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真のOne to Oneマーケテ
ィング実現に向けた課題
組織とテクノロジーの壁
Vol.1 No.4
西川 智章
プライスウォーターハウスクーパース株式会
社
日本マーケティング学会ワーキングペーパー Vol.1 No.4
発行: 2015年04月23日 更新: 2015年04月24日 https://www.j-mac.or.jp/wp/dtl.php?wp_id=5
著者名および所属
プライスウォーターハウスクーパース株式会社
アナリティクスセンター(ビックデータ)
米国公認会計士 西川智章
タイトル
真の One to One マーケティング実現に向けた課題
分類
コラム
要約
One to One マーケティングの実現には、オンラインとオフラインの見込み及び既存顧
客データを名寄せし、最適なチャネルで、最適なマーケティング施策を展開する必要
がある。ところが、実際のプロジェクトでは、組織の壁とテクノロジーの壁に阻まれ、苦
労が絶えない。本コラムでは、現場のコンサルティング活動において、直面した課題を
取り上げたいと思う。
キーワード
データ主導型意思決定、ビックデータ、顧客接点、顧客情報統合、One to One マーケ
ティング、部門の壁、テクノロジー、マーケティング組織、CMO、CIO
1.はじめに
私は、プライスウォーターハウスクーパースという会社でコンサルタントとして働いている。
プライスウォーターハウスクーパースは、ロンドンを本拠地とし、世界 157 カ国 195,000 人以上のスタッフを擁する世界
最大級のプロフェッショナルファームである。
その中において、アナリティクスセンター(ビックデータ)に所属しており、企業のデータ活用を推進するために日々、
悪戦苦闘しながら、クライアントの企業価値向上に貢献できるよう努力している。
昨年 12 月に PwC Japan は「直感とビッグデータ」というビッグデータやアナリティクス活用の現状を調査したレポート
を発行した。これは、PwC が英国の国際経済誌「The Economist」の調査部門(エコノミスト・インテリジェンス・ユニット)と
共同で 1100 名超の経営リーダーに対して実施した調査レポートになる。
その結果によると、「データ主導型の意思決定を実践したリーダーは、その意思決定の質や精度が大幅に改善され
た」と回答している。回答者全体の 64%のグローバルリーダーがビッグデータによって意思決定方法が変わった回答し
ており、また、25%が今後 2 年以内に、意思決定方法を変える予定があるとしている。ここで注目すべきは、日本企業が
この中に、ほとんど含まれていないことだ。
欧米企業はデータを活用することに長けている。また、グローバル中韓企業(中国・韓国)の経営者は、グローバルの
欧米企業でデータを活用した意思決定をゼロから叩き込まれた強者や欧米のトップ MBA を卒業した優秀な人材が、定
量情報と定性情報を自社の意思決定プロセスに融合させている。
2.マーケティング領域の取組み
マーケティング領域においても、データ活用のシーンは多々存在する。One to One マーケティングの実践にもデー
タ活用は欠かせない。顧客の属性情報と行動履歴(社内外サイト閲覧履歴、マス・デジタル広告反応、メルマガ反応、
キャンペーン反応、コールセンター問合せ履歴、購買履歴など)を分析しながら、最適なチャネルで、最適なマーケティ
ング施策を展開するために各顧客接点から収集された情報に基づきデータ分析を実施する。しかしながら、One to
One マーケティングの実現はそんなに簡単にはいかない。
One to One マーケティングは、一昔前に流行した用語の一つで、オムニチャネルや O2O という新しいマーケティン
グ用語の登場から、再度注目を浴びてきている。しかしながら、真の One to One を実践している企業は数えるほどしか
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存在しない。
Wharton School of the University of Pennsylvania の Peter Fader 教授が彼のクラスの中で、こんな話をしていた。「ス
ターバックスほどの企業でも One to One(彼は、カスタマーセントリックと表現)を実現できていない。」確かにその通りで
ある。
私は、千葉に住んでおり、近くのイオンモールに店舗を構えるスターバックスを良く訪れる。いつも、店員さんが気さく
に話しかけてくれる。「今日もキャラメルラテですよね!」。私がレジに並ぶ前に、スターバックスは、既に 1 杯のキャラメ
ルラテの受注を完了させている。
私は、この店舗では優良顧客であり、ロイヤリティも高い。(と私は思っている)
ところが、仕事で、渋谷に出かけた際に、クライアントとのミーティング時間の合間にフラっと立ち寄ったスターバックス
では、私は優良顧客と認識されていない。店員とも初めましてである。私は既にキャラメルラテを注文することを心に決
めており、長い長い列に並んでいる。
その日は、あまりに混んでいたため、後ろを振り向いた。その時に、道路を挟んで対面にドトールがある事に気づく。
そこで、長い注文の列から離脱し、対面のドトールに足を運んだ。
地元のスターバックスでは、並んでいる間に、店員が声をかけ、その場で注文が確定している。一方、渋谷のスター
バックは、競合にみすみす優良顧客を奪われてしまう。(店にも入ったのに!)
スターバックスでさえ、真の One to One を実現できていない。他の企業ではなおさらである。では、そこにはどんな課
題が横たわっているのか事例を見ていこう。(一つ断っておくと、これから説明する事例は、スターバックスの事例では
ない)
3.クライアントの悩み
あるクライアントは、オンラインとオフラインの複数の顧客接点を有する成長著しい国内有数の企業である。
オンラインの接点は、デジタル広告、自社サイト、メルマガ、SNS。オンラインの接点は、マス広告、対面販売、コール
センターを有しており、顧客一人ひとりのライフステージを踏まえた顧客視点での One to One マーケティングを展開し
たいと考えている。
この会社は、インターネット直販事業部、代理店事業部、コールセンター事業部があり、売上構成比は、代理店事業
部が圧倒的に高く、発言力を有している。
インターネット直販事業部は、インターネット広告を活用して、自社サイトの流入量を増やし、資料請求やサービス契
約までのコンバージョンを上げることを目的としている。自社サイトを訪問したユーザーが最終的に代理店やコールセン
ターでコンバージョンするケースもあるので、実際は、認知(Attention)、興味(Interest)、検索(Search)に相当程度貢
献しているが、効果が測定できないため、マネジメントに対して事業部の価値を十分に理解させることができていない。
そこで、彼らは、One to One マーケティング実現の構想を取り纏め、オンラインとオフラインの見込み及び既存顧客
データを名寄せし、真に顧客視点に立脚したマーケティングを展開したいと理想に燃えていた。
ところが、CIO は、主要チャネルである対面販売と比較して約%程度しか売上にインパクトがないインターネット直販
事業部の取組みを優先度の低いものと位置付けていた。また、「単にネット広告を運用することで、売上に貢献したかど
うかもわからない資料請求数の増加を追いかけているだけではないか。」と事業部自体の存在価値を過小評価してい
た。
こうなると、なかなかプロジェクトは進まない。全社横断的なマーケティング組織は、インターネット直販部門だけでは
立ち上がらない。対面販売を統括する部門と協力した上で、CIO を説得しなければ、顧客情報を分析するためのシス
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テムインフラの投資も期待できない。
私が見てきた会社は、部門の壁で苦しみ、全社的なマーケティング組織や CMO などの統括責任者なども設置され
ておらず、CIO がシステム投資にも渋っているケースである。
昨今、テクノロジーがマーケティングに与える影響は大きい。CMO と CIO の役割をどうするのか。どのように協力して
いくか。などを決着させるのは一苦労である。また、オンライン広告の業界地図であるカオスマップを見ていただければ
わかるが、テクノロジーを提供している企業は星の数ほどあり、毎年、新しい会社が創業され、買収などで消えていく。
また、これにアナリティクスベンダー、Multi Channel Campaign Management ベンダー、SNS マーケティングベンダー、マ
ーケティングオートメーションベンダー、マーケティングクラウドベンダーなどが入ってくる。
この中から、テクノロジーやマーケティングの動向を考慮し、自社の競争力を高めるために必要なテクノロジーソリュ
ーションを選択するのはハードルが高い。
そうこうしているうちに、グローバル欧米中韓企業は、トップがやれと言う。恐ろしいほどのスピードで、組織を変革し、
人材を入れ替え、テクノロジーを導入し、プロジェクトを推進する。
そんな課題を少しずつ紐解きながら、今後のロードマップを描き、マーケティング組織の設計、CMO の設置、CMO・
CIO の役割と責任の定義、統合した顧客接点を活かすためのプロセスや KPI の設計、顧客情報統合や情報分析基盤
などのシステム構築。など地道な取組みを一歩、一歩進めるのが、我々の役割である。
拙い文章で恐縮ですが、最後までお読み頂き有難うございました。
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