公共サービス効率化法とフロント・ミッド・バックオフィス

【論説Ⅰ】シリーズ論説「市場化テストとは何か」=第3回=
新たな時代の公共サービスのあり方とそれを実現する制度環境について考えるシリーズ論説:
「市場化テストとは何か」。
第3回は、市場化テストの基本思想、導入に向けた環境整備について、導入事例をもとに考えます。
公共サービス効率化法とフロント・ミッド・バックオフィス
〔目次〕
1.公共サービス効率化法
(1)市場化テストの基本思想
(2)市場化テストの導入モデル
2.市場化テストのモデル事業
(1)モデル事業
(2)地方自治体の先行的取り組み
とを目的としている。
1.公共サービス効率化法
市場化テストは、①「民でできるものは民へ」の
(1)市場化テストの基本思想
基本姿勢の具体化や公共サービスの質の維持向
政府は、市場化テスト制度を2006年度から本
上・経費節減等を図る方法であり、②官の世界に競
格的に導入する予定である。このため、2005年
争原理を導入し、官における仕事の流れや公共サー
度中に「公共サービス効率化法(仮称)」(通称:
ビス提供のあり方を変える取り組みである。こうし
「市場化テスト法」)を国会に提出する。
た取り組みを具体化するため、「公共サービス効
市場化テストは、公共サービスの質と効率性の向
率化法」は公共サービスを対象に一定の手続きに
上を実現するため、公共サービスの提供について、
則って官民競争入札を実施し、同時に関連する規制
官と民が入札を通じて競争する仕組みであり、これ
改革等を行うことを法的に担保するものである。
によって公共サービスの提供主体を流動化するこ
(図表1)見えない非効率の拡大
予算額削減
予算額
見えない
非効率の温存
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非効率の
比率が拡大
No.98)2005 年 12 月
②諸外国の市場化テスト導入事例
また、市場化テストは官業そして官の組織に対し
て民間からの新たな創意工夫を導入する取り組み
1980年代以降、欧米諸国を中心に民間化の大
でもある。公共サービスの質的改善とともに、官業
きな流れが生じ、米国、英国、オーストラリア等の
や官の組織に眠る「見えない非効率」を克服し、真
国々で中央政府、地方政府を問わず「市場化テス
の効率性、真の質的改善、そしてリスク先送り型で
ト」の挑戦が行われている。
はないリスク管理型の仕組みを実現する。見えない
具体的な事例としては、米国では「市場で供給可
非効率、すなわち官が「意識していないコストの削
能な全ての業務は、官民競争により適切な供給者を
減」、「意識していない陳腐化した手法」を掘り起
選定する」という基本理念の下で、飛行場運営、上
こすには、外部からの視点が不可欠であり、そうし
下水道運営、公共交通システム、刑務所施設運営、
た視点をもたらすひとつの手段が「市場化テストの
統計調査分析業務等が市場化テストの対象として
導入」と言える。
具体的な取り組みが展開されている。また、英国で
は地方政府を中心に強制競争入札法が段階的に導
(2)市場化テストの導入モデル
入され、中央政府に波及するボトムアップ型の広が
①市場化テストに向けた環境整備
りを見せている。97年以降、強制的性格づけは払
拭されているものの、公共サービスの質と価格を考
市場化テストの導入に際して重要な点は、「制度
面の環境整備」と「民間の受け皿の育成」である。
慮する官民競争入札の姿勢は、ベストバリュー政策
第1の「制度面での環境整備」では、まず官と民と
の一環として堅持されている。具体的取り組みとし
のイコール・フィッティングの実現が前提となる。
ては、公共施設の運営、道路維持管理、廃棄物収集
公共サービスの領域でも官と民を分けない制度設
処理、行刑施設運営等が上げられる。オーストラリ
計を可能な限り拡充する必要があり、そのために、
アでは、95年以降、連邦政府、州政府共に競争政
公物管理関連の改革、予算制度の改革、事後評価体
策改革を展開しており、失業者就労政策、公園管
制重視の必要性、公権力の行使の多様化、公務員制
理、旅券関係業務等の民間化の取り組みが進みつつ
度の改革等の具体的な制度改革に取り組むことが
ある。
不可欠となる。こうした取り組みによって、官と民
市場化テストの代表的事例として、米国インディ
の間の流動性を高めるとともに、相互の情報共有を
アナポリス市の例が上げられる。公共サービスの非
可能にし、ともに考えともに行動できる社会構造を
効率な原因を「官が事業主体であるから」と理由づ
生み出すことが可能となる。
けるのではなく、「競争原理が働いていないから」
第2の「民間企業の受け皿の育成」では、公共サ
と理由づけ、同市では市場化テストを導入してい
ービスを担うことへのスキルの蓄積のほか、社会的
る。小規模な官業から実験的にスタートし、インデ
信用の形成、独占形態に対する競争状態の維持等が
ィアナポリス国際空港の運営等の大規模なものへ
上げられる。これにより、公共サービスを担う民間
と発展させている。インディアナポリス国際空港は
部門としての自律性と対応力を高めることが可能
米国中西部の物流の要所であるものの、官による公
となる。
社形態の管理運営が行われていたため、高コスト体
質と競争力の低下による財務体力の低下という状
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況に陥っていた。こうした状況から脱するために市
を行い、中立的かつ専門的知識を有する省庁横断的
場化テストが実施され、英国の空港運営会社が落札
な推進機関を創設し、厳正な組織内分化体制と評
した。公社職員の雇用を従前同様の条件を確保しつ
価、チェックを展開するモデルである。
日本の「公共サービス効率化法」の考え方は、「民
つ、乗客数の拡大、コスト削減による発着料の低下
間主導型モデル」としての色彩が強い。具体的に
等効率性の向上、競争力の向上を実現している。
一方、同市の公用車メンテナンスについては、3
は、内閣総理大臣が毎年度、必要十分な情報開示を
年間の猶予期間を設けた後に市場化テストを導入
行う中で民間提案を最大限に尊重し、市場化テスト
している。市場化テスト導入を予告したことによっ
に関する基本方針を作成。第三者機関の議を経て閣
て、業務の効率性と質的向上の努力が官業でも実施
議決定・公表する仕組みとなっている。この基本方
された。3年後の市場化テストでは官が競争に勝ち
針では、市場化テストの対象となる公共サービス、
落札する結果となっている。同市の市場化テストで
及びこれに伴い講ずべき規制改革等の事項、不要な
は、この他、民間が落札し民間が公共サービスを担
公共サービスの廃止、公共サービスの不断の改革を
っている事業として、下水道料金の徴収、下水道処
実現するための措置を明確にすることが求められ
理施設の運営、ゴルフ場運営などがあり、官が入札
ている。
また、官民競争入札の対象となる公共サービスに
した事業としては、市道維持管理、建物管理等が上
ついては十分な情報開示を行い、実施方針におい
げられる。
て、対象となる公共サービスの範囲と契約期間、関
連する規制改革の事項、落札者決定に関する評価基
③市場化テストの導入モデル類型
準、選定スケジュール等に関する事項、モニタリン
市場化テストを導入する際の具体的なモデルと
グに関する事項等を実施方針で明確にする。
しては、「政府主導型」と「民間主導型」がある。
なお、いずれのモデルを選択する際にも、市場化
「政府主導型モデル」は、さらに英国型と米国型に
テストを導入する対象官業について、
分けられる。英国型は、財政当局が主導的に市場化
チェックを行う方式であり、財政当局の権限と同時
・行政と民間が同一手順で入札する方式
にリーダーシップが制度的に強く、財政当局が自ら
・行政のコスト・質をベースに民間企業が応札す
る方式
の領域に積極的に民間登用を行い、予算や権限の移
・最も優秀な事業者を選定し、行政と比較により
譲を行う姿勢と仕組みを前提として機能するモデ
入札する方法
ルである。これに対して米国型は、各部局毎に分散
実施するモデルである。市場化テストの実施部門と
・民間企業だけによる入札
執行部門との厳正な組織内分化体制を確立し、行政
等の方法のうち、最適な入札形態を選択し実施す
ることになる。
機関の業務を「本来行政が行う業務」と「民間との
競争の対象とする業務」とに分け、後者について
どの形態を選択する場合においても、公共サービ
は、数値目標を設定するとともにチェック機関とし
ス効率化法案では、公共サービスの質、及び価格に
ての機能を厳格に発揮させるモデルである。
着目した総合的な評価基準の設定を基本とし、「第
三者機関」(内閣府に設置予定)の議を経て落札者
以上が政府主導型であるのに対して、「民間主導
を決定する手順を明確にしている。
型モデル」は、政府の方針に対して民間が各種提案
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また、同法案においては、落札者を決定し、公共
続する必要性がないと判断された場合には、基本方
サービス提供が契約したとおりに実施されている
針で廃止を決定する措置を行う。なお、落札者に対
か否かについて、継続的なモニタリングを実施する
しては、公共サービスを担う側面から必要な規制の
ことも定められている。事前に基本方針においてモ
措置を行うことがある。公共サービス効率化法案に
ニタリング事項は開示しておくことが望ましい。モ
基づく基本的な考え方は下記の通りである。
ニタリング結果に基づいて、公共サービスとして継
(図表2)市場化テストの基本思考
全ての公共サービス
【公共サービスとしての必要性】
公共サービスとして継続する必要性の有無
継続する必要性がある
継続する必要性がない
事業の廃止、又は民営化
【効率性の検証】
官が引き続き実施する必要性があり、
かつ経営的側面まで官が責任を負う
必要性がある事業
民間が実施した方が
効率的である事業
官が実施すること、民が実施すること
どちらが効率的か明確でない事業
市場化テストによる入札
官が実施
包括的民間委託等
モニタリングの実施
資料:内閣府資料に加筆修正
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(2)地方自治体の先行的取り組み
2.市場化テストのモデル事業
地方自治体でも市場化テストに向けて先行的な
(1)モデル事業
取り組みが展開されている。指定管理者制度導入
公共サービス効率化法案の成立に先立ち、国は自
は、その一つと言える。しかし、住民や地域に対し
らの官業の中から市場化テストの制度設計に資す
て提供する公共サービスだけでなく、行政内部向け
るためのモデル事業を抽出している。その事業は
サービスに市場化テストを導入することも重要と
「ハローワーク関連事業」、「社会保険関連事業」、
なる。
「刑務所関連事業」の分野から、8事業が選択され
この事例としては、本『政策研究レポート』9月
ている。
号「視点・論点Ⅰ
この8事業について、市場化テストの先行的実験
シェアードサービスの成果と課
題」ですでに紹介した大阪府の総務事務改革の例が
が実施され、全体で127社の参加が実現してい
ある。シェアードサービスは、府民サービスに直結
る。モデル事業の具体的内容は、以下の通りである。
しない総務関係業務のコスト削減と組織全体の生
「ハローワーク関連事業」では、求職者に対する
産性向上のため、組織のスリム化、職員意識の改
無料就職支援等の業務である「キャリア交流プラザ
革、職員サービスの向上等を通じて、組織風土の改
事業」、若年層に対する無料就職支援事業である「若
革、サービス向上、関連産業の育成を目指す仕組み
年版キャリア交流プラザ事業」、ハローワークの求
として位置づけられている。具体的には、人事・給
人開拓事業の民間開放、雇用能力開発機構における
与・福利厚生・財務会計等の総務事務に関するシス
職業訓練の民間開放が市場化テストのモデル事業
テムの開発、保守・運営業務、サービス業務等を民
となっている。
間の企業連合(松下電器・富士通・NTT西日本)
「社会保険関連事業」では、国民年金保険の保険
に委託し、総事業費35億円で、平成14年から7
料収納業務、厚生年金保険等の未適用事業所への適
年間(うち、開発2年、運用5年)で事業を展開す
用促進、年金の電話相談が対象となっている。「刑
るものである。
務所関連事業」では、刑務所の施設警備、保安業務、
被収容者の処遇に関わる補助業務が対象となって
いる。
(図表3)大阪府シェアードサービスの構造
総務サービスセンター
府
庁
総務関係事務
プラット
ホーム部門
判断部門
民間事業者
資料:大阪府資料より作成
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府
組
織
託事務がほとんどであり、民間活力が導入しやすい
委託される事業は、総務サービスセンターの中の
分野である。
プラットホーム部門である。ここには総務に関する
府職員からの問い合わせに対応する「コールセンタ
「ミッドオフィス」は、企画立案、条例制定、議
ー」と、経営管理、システム運用を行う部門で形成
会対応等に関する事務である。民間化に関するコー
されている。判断部門は行政たる府の組織であり、
ディネートや制度整備、モニタリング等も担う事務
コールセンターからの引き継ぎ回答や申請の認定
領域である。この事務領域は、他の二つの事務とは
等を行う。
異なり、公的部門の新たな質を担う機能として位置
シェアードサービスの実現によって、総務担当職
づけることが求められる。つまり、外部環境に対す
員を400人削減し他の部局への配置転換、アウト
る対応(機会と脅威への対応)と内部環境に対する
ソーシングによる運営の効率化、内部管理事務のス
対応(強みと弱みへの対応)を結びつける中核機能
リム化等が実現している。コールセンターに対する
として、行政が担う領域に位置づけることが可能で
職員満足度も着実に上がっており、内部的な理解も
ある。
「バックオフィス」は、行政事務の中で対公務員
進みつつあると評価されている。
大阪府のシェアードサービスは、対市民の公共サ
サービスとも言える部分である。総務・庶務関係事
ービス等の民営化や民間委託ではなく、役所に限ら
務や財務会計等の分野が該当する。この分野は、民
ずいかなる企業でも抱える総務という業務を、民間
間組織にもほぼ共通して存在する機能であり、契約
事業者が運営等について基本的責任を負って創意
関係を明確化することで民間活力が導入しやすい
工夫の中で担っていく仕組みである。そのため、民
分野である。
すでに述べたように、行政事務の種類に関係な
間の創意工夫を可能な限り受け止められる行政体
質、職員行動の変革が求められている。こうした変
く、全てを一律にカットする等の財政再建策等は、
革まで視野に入れることで、 シェアードサービス
「意識しているコストの削減」、「意識している非
は大阪府の行政体質を再生する大きなトリガーと
効率の削減」への対処に留まり、努力する程苦しく
なる。以上のように、行政機関の内部事務自体に市
なる結果をもたらす。加えて「見えない非効率」の
場化テストを活用して事務の協働化を進めること
温存は、単に効率性だけの問題ではなく、情報共有
が重要となる。
の困難性、組織や政策展開に関連したリスクをも増
幅させる要因となる。
行政機関内部の事務は、大きく「フロントオフィ
「意識していないコストの削減」、「意識してい
ス」、「ミッドオフィス」、「バックオフィス」に
ない非効率の削減」を掘り起こすには、外部からの
分けられる。
視点が不可欠であり、そうした視点をもたらす一つ
「フロントオフィス」は、窓口業務等直接市民と
の手段が「市場化テストの導入」なのである。
接する事務である。法的拘束を受けた業務や法定受
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