在宅医療インフォメーション No.16 NPPV療法の適応疾患拡大 近年、NPPV療法は急速に普及し、COPDの増悪時などの急性呼吸不全はもとより肺結核後遺症、神 経筋疾患による慢性呼吸不全にいたる呼吸器疾患治療まで適応が拡大されている。臨床応用の拡大にと もない、在宅ケアを受ける患者は増加傾向にある反面、NPPV療法の適応には医師間や病院間で技術レ ベルに差があり、これらを是正するためにNPPVガイドラインなどが安全な治療の普及に役立つものと して考えられた。本特集により、このような差が少なくなることを期待したい。 非侵襲的換気療法(NPPV) の 発展と現状 大阪回生病院 睡眠医療センター センター長 大井元晴 人工呼吸の歴史 人工呼吸の発展の歴史は、表1に示すように、呼 吸が呼吸運動による換気であることの発見、空気の 出入りが重要であること、1785年Priestleyによる酸 素の発見、機器としての人工呼吸器の発展、および 密接な関係を有する気管挿管の確立がある1)。気管 挿管は麻酔の発展とも関連が深く、口―喉頭の角度 のために、技術的に困難であったが、喉頭鏡の作成、 現在用いられている頸部の伸展法により喉頭を見や すくし、挿管する技術は第1次世界大戦ごろに確立 した。気道確保としての気管切開法の確立の歴史は ジフテリアなどの上気道狭窄の治療として適用され てきた2)。 1950年以前には人工呼吸の方法として、非侵襲的 換気として胸郭周囲を間欠的に陰圧とする陰圧型人 工呼吸と挿管下陽圧人工呼吸があり、ポリオの流行 時、鉄の肺や、胸郭外陰圧型人工呼吸器が使用さ れたが、誤嚥の問題があったために、挿管下陽圧人 工呼吸器の使用のほうが予後がよく3)、その後は、人 工呼吸といえば、気道確保による陽圧人工呼吸を意 味するようになった。しかし、1980年頃より、以下に 述べるようにマスクを使用した非侵襲的陽圧換気療 法(noninvasive positive pressure ventilation, NPPV) が発展してきた。 1 表1 人工呼吸の歴史 800 BC 聖書の救命の記載 460―370BC Hippocratesが“Tr ea t i seonAi r”で呼吸の機能と挿管による窒息の治療について記載 384―322BC Aristotelesが空気が生命に不可欠と気づく 2世紀末 Asclepadesがジフテリアに気管切開 10世紀 Albucasisが気管切開創が再癒合することを示す 1493―1541 Pa r ace l susが補助呼吸のためにふいごを使用 1541―1564 Vesa l i usが死につつある動物に葦を入れ、心拍を再開させた 1546 Brassabolaは気管の膿瘍による窒息のため瀕死となった患者を気管切開により救命 17世紀 Severinoがジフテリアの流行時気管切開 1635―1703 Hookeが生命に不可欠なのは新鮮な空気で、胸郭の運動ではないことに気づく 1763 Smellieが肺に空気を吹き込むために曲がる金属管を使用した 1775 Hun t e rが動物の換気に吸気と呼気ふいごを使用 1786 K i t eが最初の量が重要と考え、ふいご装置に従量式機構をつけた 1790 Cou r t o i sが換気のために、ふいごの代わりにピストンとシリンダーを使用 1796 Fo t he r g i l lが人工呼吸のために鼻管とふいごを使用 1833 Trousseauがジフテリアに200回の気管切開を行い、50例以上救命 1864 Jonesがスチームバスに似た初期の陰圧型ベンチレーターの一つの特許をとった 1876 Wo i l l e t zが鉄の肺に似たspirophoreをつくった 1860―1950 多くの陰圧型装置が考案された 1880 Macewenが気管内挿管チューブを作成 1886 Tu f f e rとHa l l i onがカフ付気管チューブと非再呼吸弁を使用して肺部分切除に成功 1893 Fe l lとO’ Dwye rが術中の換気のために足踏み式ふいごに喉頭カニューラを連結して使用 1895 Kirs t e i nが直接視オートスコープを作成 Jacksonが喉頭鏡を作成 1902 Ma t asが術中にFe l l―O’ Dwye r装置の駆動のために圧搾空気を使用 1904 Saue r buchが術中の換気維持のために身体の周囲に連続陰圧換気を使用 1905 Br aue rが術中の換気維持のために上気道に連続陽圧を使用 1909 JanewayとGreenが術中の使用のために間歇陽圧ベンチレーター (I PPV) を作成 Me l t ze rとAue rが気管挿管と圧搾空気を使用する装置を考案 1911 Drage rが救命のためにpulmotorを作成 1928 Dr i nke rとShawが長期換気補助を目的とした鉄の肺として知られる装置を作成 1931 Emer sonが商業的に広く使用されるようになったDrinkerとShawの鉄の肺に似た装置を作成 1940 Cr a f oo r d、F r enckne r,AndreasonがspiropulsatorというI PPVベンチレーターを作成 1941―1945 Mo r chがI PPVベンチレーターを作成 1952 ポリオの大流行がコペンハーゲンで始まった 1952―1953 スカンディナヴィアでポリオの流行時、気管切開が呼吸不全にも適用された 1967 機械換気に呼気終末陽圧(PEEP)が導入 1971 新生児の呼吸促迫症候群に連続気道陽圧呼吸(CPAP)が導入 Obe r gとS j os t r andが高頻度陽圧換気(HFPPV) を導入 1973 間歇強制換気(IMV)が換気補助から離脱させる技術として導入 1980 高頻度陽圧換気(HFPPV)が機械換気の実験的アプローチとして研究される (文献1,2より引用、著者改変) 2 pressure(bilevel PAP)が考案され13)、小型で扱い易 いため、主に在宅用の人工呼吸器として使用されるよ うになって来た。bilevel PAPは吸気時の陽圧 (IPAP) 、 呼気時の陽圧(EPAP) 、呼吸数などを設定し、吸気時 の陽圧と呼気時の陽圧の差が呼吸補助圧(pressure support 圧) となる。また、マスク周囲の漏れにある程 度代償可能で、設定圧を保つことが出来る。 近年には心不全にともなう、Cheyne-Stokes呼吸に おいての関心が高まり、CPAPの効果が検討されている が、現在のところ予後に対する効果は明確でない14)。 NPPVの発展史 1.神経筋疾患でのNPPVの発展 神 経 筋 疾 患 など による 慢 性 呼 吸 不 全 の 長 期 人 工 呼 吸 管 理 で は 、気 管 切 開 下 人 工 呼 吸 管 理 (tracheostomy intermittent positive pressure ventilation, TIPPV) が行われてきたが4)、喀痰の吸引 の 問 題 、声 が 出 難 いなどの 問 題 が ある。従 来 の TIPPVの対象患者の中には、喀痰量も少なく、誤嚥の 問題の少ない患者もある。このため、気道を確保しな い 非 侵 襲 的 換 気 療 法 として 、ポリオ 後 遺 症 、 Duchenne型筋ジストロフィーなどの神経筋疾患による 高炭酸ガス血症を伴う慢性呼吸不全の管理のため、 鉄の肺、胸郭外陰圧型人工呼吸器などの陰圧型人工 呼吸器が使用されていた。ポリオ流行時より鉄の肺を 使用している症例があり、最長46年と報告されている5)。 その後、1980年頃より口よりのマウスピースによる人工 呼吸、鼻周囲の型取りを行った鼻マスクを作製し、鼻 マスク間欠陽圧換気が行われるようになってきた6,7)。 また、神経筋疾患では、呼吸筋力の低下による喀 痰喀出困難の問題があり、この対策として一時的に 陽圧を負荷し、その後陰圧により喀痰の喀出を容易 にするisuff-exsufflatorの併用により侵襲的気道確保 の回避をはかり、非侵襲的に呼吸管理を行う方法が 発展してきている8)。 陰圧型では、気道確保が行えないために、睡眠時 には閉塞性無呼吸が出現する場合があり、効果が減 弱 する 9 )。陽 圧 型 は 、睡 眠 時 無 呼 吸 症 候 群 で の CPAP(continuous positive airway pressure) によ る気道確保の理解より10)、陽圧による気道確保と間 欠的陽圧換気によるポンプ作用があるため非侵襲的 人工換気としては陽圧換気が優れている。また、装 着も容易である。 3.COPDの呼吸管理 COPDの進行した症例では、呼吸筋疲労により高炭 酸ガス血症、運動能力の高度の低下、呼吸筋力の低 下を来すという考え方があった15)。呼吸筋疲労の治療 として人工呼吸により呼吸筋を休め、呼吸筋疲労より回 復させ、呼吸筋力、高炭酸ガス血症、運動能力の改善 を目的として、1980年代に、覚醒時使用され、主に、陰 圧型人工呼吸器が使用された。PaCO2 60mmHg前後 以上より、人工呼吸によりPaCO 2の低下が期待され、 NPPVにより同様の効果がある16)。1991年PaCO 2 の 40mmHg台の症例を対象に、陰圧型人工呼吸器の使 用による呼吸筋安静により、運動能力が増加するかど うかのprospective randomized trialが行われ、その 結果は有効ではなかった17)。その後、COPDを対象と した、呼吸筋安静の試みは少なくなったが、1995年 bilevel PAPを使用し、安静時の呼吸困難の改善と6分 間歩行テストの距離の増加が報告されている18)。これら の報告より、PaCO2 60mmHg以上であれば、覚醒時、 睡眠時を問わず1日何時間かの人工呼吸により、PaCO2 の低下などを期待しうると考えられる。また、近年では 運動負荷時にNPPVを併用し、運動能力を改善する試 みや19)、昼間に運動療法を行い、夜間にNPPVを使用 し、運動能力を高める試みも行われているが20)、これら の対象例のPaCO2は50mmHg前後以下である。 1990年代にはCOPDの急性増悪時の呼吸管理と してNPPVの効果が検討され、挿管率の減少などが 報告され、現在では、高炭酸ガス血症を伴う慢性呼 吸不全の急性増悪時に、初めに試みるべき人工呼吸 となっている21,22,23,24)。 COPDのNPPVの使用では、安定期の問題と増悪 時の呼吸管理があり、増悪時の使用は確立したもの の、安定期の使用では、今なお、予後に対する効果 ははっきりしていない。この理由の1つとして、睡眠時 の高二酸化炭素血症の悪化などNPPVの適応と考え られる症例の選択が、現在の検査では容易でないこ となどが関係していると考えられる。 2.睡眠呼吸障害の病態生理の理解と呼吸管理の発展 1980年代より、睡眠呼吸障害の研究が発展し、閉塞 性睡眠時無呼吸症候群の治療のために、鼻マスクによ るC P A P が 使 用され 、陽 圧 による気 道 確 保( a i r splinting) を行う。閉塞性睡眠時無呼吸症候群では、 呼吸筋力の低下はないため、睡眠にともなう気道閉塞 の防止により正常の睡眠が可能となる10)。睡眠時無呼 吸症候群の患者は多いため、いろいろなマスクが作成 されている。これらのマスクで、神経筋疾患、後側弯症 などの胸壁の異常による高炭酸ガス血症を伴う慢性呼 吸不全などでNPPVにより呼吸管理され11,12)、NPPVは 陽圧により気道確保を行うとともに、間欠陽圧により呼 吸補助を行うことができる。人工呼吸器に関しても、睡 眠時無呼吸症候群の患者でnCPAPに耐えられない患 者のために、吸気時の陽圧と呼気時の陽圧を別々に 設 定 することの できる bilevel positive airway 4.ICUでの呼吸管理 ICUにおいても、慢性呼吸不全でのNPPVによる呼 3 吸管理の良好な結果により、急性呼吸不全に応用さ れるようになり、当初は挿管拒否例での急性呼吸不 全の効果が検討され 25)、さらに急性呼吸不全の呼吸 管理にも試みられるようになって来た 26)。感染による 合併症の少ない可能性が示唆されており27)、臓器移 植後の急性呼吸不全28)、免疫不全を伴う場合の急性 呼吸不全で、挿管に伴う感染などの合併症が少なく、 NPPVが使用されている。心原性肺水腫においても、 CPAPの使用が主であるが有効性が確立している。 NPPVはこのようにして、発展、普及してきたが、現 在の問題点として以下に紹介するように、急性、慢性 呼吸不全ともに世界的に医師間、病院間較差がある ことであると考えられる。 急性呼吸不全 1997年秋の3週間にわたるフランス語圏での42ICU での調査では、ICU入室例の16%にNPPVが使用さ れ、挿管されずに入室した患者の35%であり、低酸 素性急性呼吸不全では14%、肺水腫の27%、高二酸 化炭素血症をともなう急性呼吸不全の50%に使用さ れ、NPPVを導入した症例では40%が挿管人工呼吸 に移行した。NPPVをまったく使用していない施設が 8施設、1施設で67%の症例に適用していたと報告さ れている31)。 カナダのオンタリオ州での2003年の調査では32)、15 教育病院、4専門科を対象とし、808人の医師中385 例(48%)が回答し、242人がNPPVを使用していた。 最も頻回に適用されているのが、COPDの急性増悪 と、心不全であった。15病院のうち12病院でガイドラ イン、プロトコール、あるいはポリシー が あった 。 NPPVを使用するかどうかは病院よりもむしろ専門家 によって異なった。内科、救急医よりも呼吸器、集中 治 療 の 専 門 医 、卒 後 の 年 数 が 少 ない 医 師 、よく NPPVを使用する医師はより頻回に使用していた。 6%のみが、モニターなしで、導入し、継続使用し、 非侵襲的人工呼吸器の保有数とともに増加した。 NPPVの論文に注意を払う医師はCOPDの急性増悪 時NPPVを使用する傾向があり、NPPVの効果を実 感すると心不全などのほかの適応に使用する傾向が あった。 アメリカのロードアイランド、マサチューセッツ州の 82の急性期病院の2002年9月より2003年1月の調査で は33)、88%の回答率で、NPPVは人工呼吸器開始時 の20%で使用され、まったく使用していない病院か ら50%以上と病院によって異なり、使用しない理由 として医師の知識、 機器の不足が主な理由であった。 詳細について調査した19病院ではNPPVの使用の 82%がCOPD急性増悪とうっ血性心不全であった。 しかし、COPD、うっ血性心不全で人工呼吸を行っ た 症 例 の N P P V 使 用 率 は 3 3 % で あった 。また 、 NPPVの成功率は平均で51%、プロトコールは56% の病院で使用されていた。 2003年4月より7月までのロンドンの6病院でのBTSの ガイドラインの利用状況について調査した報告では34)、 q型呼吸不全とw型呼吸不全での使用状況は病院に よって異なり、2病院ではq型には使用していなかった。 また、IPAPは平均17cmH2O、EPAPは5−6cmH2O が使用されている。血液ガスは入院時75%、NPPV導 ガイドラインとNPPV使用率の 医師間、病院間較差 このような経緯でNPPVは普及しつつあり、イギリス 呼吸器学会(British Thoracic Society, BTS) で実践 29) 的なガイドラインが作成され 、日本においても呼吸器学 会でNPPVガイドラインが作成され30)、表2にエビデンス レベル、推奨度を示す。NPPVのような技術的側面の 強いものは、利用されなければ絵に描いた餅に過ぎず、 導入することによりある程度の目的が達成されることに なり、導入の技術、経験も重要である。evidenceが不 十分な場合にも、技術・経験によって、成功率の増加と、 その限界の判断も適切に行える面もあると考えられる。 表2 日本呼吸器学会NPPVガイドラインの各呼吸不全の エビデンスレベルと推奨度 エビデンスのレベル 推奨度 備考 急性呼吸不全 1.COPDの急性増悪 2.喘息 3.肺結核後遺症の急性増悪 4.間質性肺炎の急性増悪 5.心原性肺水腫 6.胸郭損傷 7.人工呼吸離脱に際しての支援方法 8.免疫不全にともなう急性呼吸不全 9.ARDS/ALI 重症肺炎 Ⅰ Ⅱ Ⅳ Ⅴ Ⅰ Ⅲ Ⅱ Ⅱ Ⅳ Ⅳ A B* A* C A B* C A C C Ⅳ Ⅱ C* C* Ⅱ Ⅳ Ⅱ Ⅲ B C B B C C COPD、B 小児C COPD、B 慢性呼吸不全 1.拘束性換気障害(慢性期) 2.COPD(慢性期) 3.慢性心不全における チェーン・ストークス呼吸 4.肥満低換気症候群 5.神経筋疾患 6.小児 A(CPAP) 小児C ●エビデンスレベルの基準 Ⅰシステマティックレビュー、メタアナリシス、Ⅱ 1つ以上のランダム化 比較試験、Ⅲ 非ランダム化比較試験による、Ⅳ 分析疫学的研究(コ ホート研究や症例対象研究による) 、Ⅴ 記述研究(症例報告やケー ス・シリーズ) による、Ⅵ 患者データに基づかない、専門委員会や専 門家個人の意見 ●推奨度 A 行うことを強く推奨する、B 行うことを推奨する、C 推奨する根拠 がはっきりしない、D 行わないように勧められる、*NPPVガイドライ ン委員会として推奨する。 (文献30より引用、著者改変) 4 神経筋疾患15%、睡眠時無呼吸症候群7%、側彎症 5%であり、処方時間は15時間未満の施設が94%を 占める。呼吸器学会認定施設79%、一般病院38%と 施設間較差がある。 このように、NPPVは新しい技術のために、世界的 に共通してNPPVの使用率には、医師、病院間較差 があり、較差の是正のためには、ガイドラインなどが安 全な普及に役立つものと考えられ、また、本特集によ り、少しでもこのような較差が少なくなることを期待し たい。 入後1−2時間で55%、4−6時間で34%、退院時には 6%にしか行われていなかった。NPPV不成功時に挿 管人工呼吸に移行するかどうかを、NPPV導入時に 決めておくことにBTSガイドラインでなっているが、実行 されていたのは48%であった。 慢性呼吸不全 ヨーロッパ に お いて は 在 宅 人 工 呼 吸( h o m e mechanical ventilation, HMV) の定義を、3ヶ月以上 NPPVあるいはTIPPVを在宅あるいは介護施設で、 ほとんど毎日使用しているとし、16の欧州諸国で、 HMVを扱うセンターを対象に、2001年7月―2002年6 月に調査を行った結果では欧州のHMVの使用率 は、100,000人につき6.6であった。フランスが17と最 高で、ポーランドが最も低く、0.1であった。国によって 使用率、肺疾患、神経筋疾患でのNPPVと気管切開 の割合が異なり、この違いは、HMVサービスを始め た年数に、部分的に関連すると考えられた。肺疾患 では1年以下、拘束性胸郭疾患では6−10年、神経筋 疾患では6年以上の使用期間であり、欧州の中でも、 国あるいは施設間差が存在するため、その使用をモ ニターすることにより、供給とアクセスを確実にするこ とが必要であるとしている35)。 香港においては2002年の調査ではHMVは人口10 万対2.9であり、95%がNPPVで、3年継続率は66% と報告されている36)。 日本においては1970年代より、神経筋疾患で、 TIPPVによるHMVが先進的な呼吸ケアチームの形 成により始まり、その後の漸進的症例数の増加と、 1990年代よりNPPVが導入され、保険診療の適応に なるとともに、急激な症例数の増加となっている。 1990年にはHMVにはじめて社会保険適用が開始さ れた。その後、ほぼ2年ごとの診療報酬改定、適応 疾患の拡大、施設認定・届け出制の撤廃を経て、特 に1994年度の報酬改定が、かなり現実の費用実態に 接近を示した頃と軌を一にして、特に1994年以後、 我が国のHMV患者数は加速度的な増加傾向に転じ ている37)。わが国の特徴は、いわゆる結核後遺症の 症例が多かったことであり、NPPVの最もよい適応で あったことである。 石原らの全国調査によれば、2001年にはHMV症 例は10,400例、2004年には17,500例であり、人口10万 人あたり、それぞれ、8.2、13.7となっている。NPPV症 例は7,900例より15,000例に増加しているが、TIPPV 症例は2,600例、2,500例と増加していない38)。本邦で も、NPPV症例の増加となっている。 2004年に日本呼吸器学会が行った全国調査では、 在宅NPPVは42%の施設で実施し、うち70%がHOT を併用していた39)。結核後遺症31%、COPD 31%、 <引用文献> 1)Pilbeam SP. 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Patterns of home mechanical ventilation use in Europe: results from the Eurovent survey. Eur Respir J. 2005;25:1025-31. 36)C.M. Chu CM, Yu WC, Tam CM. et al. Home mechanical ventilation in Hong Kong Eur Respir J 2004; 23: 136-141 37)木村謙太郎。我が国の現状と課題。平成11年度在宅医療機器に関する指 導者養成講習会テキスト。pp2-16。財団法人医療機器センター。 38)石原英樹、坂谷光則、木村謙太郎ほか。在宅呼吸ケアの現状と課題:平成 16年度全国アンケート調査報告。厚生労働省特定疾患呼吸不全に関する調 査研究班平成16年度研究報告書2004;68-71 39) 日本呼吸器学会在宅呼吸ケア白書作成委員会。在宅呼吸ケア白書。日本 呼吸器学会。文光堂。2005年 〈連絡先〉 〒532-0003 大阪市淀川区宮原1-6-10 TEL 06-6393-6234 URL http://www.kaisei-hp.co.jp 6 神経筋疾患の慢性期における NPPV療法の現状と今後 国立病院機構八雲病院 小児科医長 石川悠加 表 NPPVの適応となる拘束性肺疾患 NPPV適応を考える上で大事な 神経筋疾患の定義 近年の欧米のNPPV適応ガイドラインで、 「神経筋 疾患」 また「神経筋障害」 (neuromuscular disease, or disorder:NMD) という言葉が使われている。 これは、The World Federation of Neurology Committee on Neuromuscular diseasesによる 1994年の分類(1968年と1988年の分類を改訂) に基 づいており、国際的に汎用されている。このNMDの 定義は、病変が運動ニューロン (脊髄前角細胞や脳 神経の運動神経核) 、脊髄神経根、脳神経、末梢神 経、神経筋接合部、筋肉のいずれかを主体とするも のである。日本神経学会用語委員会の神経学用語 集でも、神経筋疾患はNMDと記載されている。 わが国ではしばしば「神経・筋疾患」 という分類も 使われるが、これには中枢神経障害が機能障害の 主体である疾患も含まれている。意思確認や予後予 測がより困難な病態では、欧米でも倫理的見解が分 かれるため、未だNPPV適応ガイドラインとして示せ るに至っていない。 胸郭変形 脊柱側彎や後彎 肺結核に対する胸郭形成術 緩徐進行性の 神経筋疾患や障害 ポリオ後症候群 高位脊髄損傷 脊髄性筋萎縮症(SMA) 緩徐進行性の筋ジストロフィー ミオパチー ニューロパチー多発性硬化症 両側性の横隔膜麻痺 やや進行の早い 神経筋疾患や障害 デュシェンヌ型 筋ジストロフィー(DMD) 筋萎縮性側索硬化症(ALS) 進行の早い 神経筋疾患や障害 ギラン・バレー症候群 重症筋無力症 NPPVの適応 神経筋疾患では、慢性肺胞低換気を高率に認 める。睡眠呼吸障害(低換気、中枢性、閉塞性、 混合性)、胸腹部の呼吸パターンの異常(呼吸仕事 量増大)、微小無気肺(胸部の発達障害や変形拘 縮)、抜管困難症に対する治療としてNPPVが使 用される。 神経筋疾患の呼吸機能障害に対しても、快適性、 簡便性、携帯性に優るNPPVがほとんどの患者でフ ァーストチョイスとされるようになった(表) 。デュシェ ンヌ型筋ジストロフィー(DMD)において、睡眠時の NPPVと、希望すれば昼間のマウスピースや鼻プラ グによるNPPVを行うことによって、気管切開を行う ことはほとんど無くなったと教科書に記載された (図) 。話せて食べられる喉咽頭機能が維持されて いれば、NPPVを24時間まで続けられ、食事もでき る。生活のスタイルに合わせたNPPV使用環境を設 定する。 図 ニュージャージー州で、在宅NPPVを開始して19年になる 42歳のDMD。昼間はマウスピースによるNPPVを電動車いす 上で行う。終日NPPVと器械による咳介助(MAC)使用。自身 の生活をホームページで公開し、Bach先生との交流も長い。 お母さんは日中仕事に出かけ、週63時間の訪問ナースと過ごす。 7 吸によるMIC d. 吸気と呼気の咳介助組み合わせ e. 器械による排痰介助(Mechanically assisted coughing:MAC) :カフマシーンRやカフアシストR 使用(図参照)。a∼eから、医師による処方を得て 行う。 特に、誤嚥や風邪、術後などに、気道内異物や 分泌物排出困難になり、窒息する危険がある。喉咽 頭機能や呼吸筋力や胸郭のコンプライアンスが低下 した例、理解度が 7歳に達しない例、うつやパニッ クになる例では、徒手排痰介助習得が困難なこと がある。このような例では、MACが有効なことが ある。 風邪をひいたときには、SpO2>95%を維持するよ うにNPPVと介助咳を行う。酸素を付加しないと SpO 2 が 95%以上にならないときは、肺炎や無気肺 の可能性を考慮し、病院を受診する。気管内挿管の 抜管困難に対して、NPPVと排痰介助が有効なこと がある。 本 邦 でも、2 0 0 6 年 6 月に は日本 呼 吸 器 学 会 で NPPV(非侵襲的換気療法) ガイドラインが作成され た(南江堂)。神経筋疾患のNPPVの適応を検討す る際には、疾患が進行性であることや介護を要する 例が多いことから、欧米のガイドラインにも示されて いるように 、患者さんやご家族の協力や理解が得ら れるかどうか、経済面や介護者が十分かどうかにも 配慮する。 神経筋疾患のQOLは 過小評価されがち? スイスで、8歳から33歳までのDMD患者 35人に 調査したところ、彼らのhealth-related quality of life (HQOL) は、全身筋力低下による電動車いす使用や 呼吸機能障害によるNPPV使用により低下することは なく、維持される。むしろ、このような重い障害にもよ らず、適切な治療選択をすることにより、驚くべき高 いQOLを保つことができる。医療従事者は、しばし ばDMDの高く維持され得る可能性のあるHQOLを 低く見積もりがちであるが、人工呼吸やその他の延 命治療の決定において、 “ DMDは高いHQOLを保 ち得る疾患である”という認識を持ち、思慮していく べきである (Am J Respir Crit Care Med 2005; 172:1032 ―1036) 。 呼吸リハビリテーション DMDの呼吸ケアと同様に、ヨーロッパでは、種々 の 筋 ジストロフィー 、脊 髄 性 筋 萎 縮 症( S p i n a l muscular atrophy:SMA) 、先天性ミオパチーに対 して窒息と気管切開を回避する呼吸ケア勧告が出さ れた。 神経筋疾患の小児において、適切な呼吸機能評 価にもとづいた呼吸リハビリテーション (症状、換気と 咳の評価としてのVC、PCF、MIC、SpO 2、EtCO 2、 TcPCO2、徒手や器械による咳介助、呼吸疲労を最 小限にして有効に換気できる姿勢保持、NPPVなど) により、心身の成長発達を促し、選択肢が実現し易 い生活を可能にする。 呼吸リハビリテーションとしては、体育授業、生涯 スポーツ、遊びとして行えることも多い。学習胸郭や 上肢を積極的に動かす車椅子ホッケーやカーリング、 テーブルテニス、浮き輪を使わず、浮力と水の抵抗 を活かしての水中運動と呼吸法などを重要視した障 害者のためのハロウィック水泳法なども、地域の皆が 専門呼吸ケアチームと連動し、呼吸の健やかさを育 むことに関心を高め、楽しく安全・安心に過ごせるハ ード・ソフトの工夫が望まれる。 ATSのコンセンサス・ステートメント 昨年、ATSによるDuchenne型筋ジストロフィー (DMD)の呼吸ケアのコンセンサスが示された(Am J Respir Crit Care Med 2004; 170:456 ― 65) 。呼 吸ケアの主な流れは、①気道クリアランス ②睡眠時 の非侵襲的換気療法(NPPV)③終日NPPV ④気管 切開人工呼吸となっている。特記すべき点は主に① や③であるが、Bach JRらの方法が多く推奨されて いる。 肺活量が 2000mL以下(または%肺活量<50%) になったら、救急蘇生用バッグとマウスピースや口鼻 マスクを用いて強制吸気による息溜め(エア・スタック) を行い、最大強制吸気量(Maximum insufflation capacity:MIC) を得る。これは、咳や胸郭可動性維 持、NPPVのスムーズな導入につながる。 咳の流速(Peak cough flow:PCF) をモニターし、 12歳以上では、 PCFが270L/min以下に低下したら、 介助咳を行う。12歳未満では、排痰困難のエピソー ドがあったら、排痰指導をする。排痰の方法は、a. 自力排痰 b. 徒手による呼気時の咳介助:胸腹部 圧迫 c. 吸気時の咳介助:救急蘇生用バッグか、 NIVによる一回換気量を複数回溜めるか、舌咽頭呼 8 クし、学校を含めた地域で次世代モデルの育成をは かっていきたい。 神経筋疾患の予後の “想定内”に変化を リスクを共有できる仲間を 欧米で、人工呼吸器を使用している神経筋疾患患 者の職業には、経理/銀行員、社会福祉士/カウン セラー、会社社長、教師、エンジニア/科学者、会社 員/会社役員/行政職、 ジャーナリスト/フリー記者、 コンピュータプログラマー/技術者、弁護士、大学教 授、芸術家、保険セールス、投資ブローカーとアナリ スト、不動産ブローカー、内科医、建築家、大学の理 事、通信販売セールス、配車係(警察、トラック運輸 業) 、言語学者、牧師、受付係、図書館員、旅行代理 業などがある。 人工呼吸を使用するようになってから結婚・離婚・ 再婚複数回もある。 今後、このような欧米の選択肢を本邦でも多く実 現するには、 “衣食住”に“医” も連想する時代になっ てきたと言える。そうすることで、患者家族の心や体 調や機器の変化に対応しやすく、望む場所での安心 な生活環境の保障をする。また、患者家族が、地域 で、自由な発想や行動をしやすく、子育ての輪や自律 (autonomy) を促進することができる。そのためには、 現状の選択肢を拡げながら、その情報をフィードバッ 米国のRT(Respiratory therapist、呼吸療法士) に相当するような専門職(三学会認定の呼吸療法認 定士など)の知識と技術を活用できる多職種チーム と地域の人々が協働し、患者家族を支援していくこ とが重要である。NPPV使用の神経筋疾患の生活 拡大に関わるリスクを共有できるとお互いに思える仲 間を増やしたい。 〈連絡先〉 〒049-3198 北海道二海郡八雲町宮園町128番地 TEL 0137-63-2126 FAX 0137-64-2715 9 慢性期(COPD患者)における NPPV療法の現状と今後 公立刈田綜合病院 呼吸器科 岡田信司 はじめに 症例1 80歳、男性。喫煙歴については不詳。2001年に 肺容量減量手術を受けた。在宅酸素療法はそれ以 前から開始されている。2002年より、当院に頻回に 入院するようになった。 2004年4月29日、肺炎を合併し、入院した。入院直 後より11日間NPPV装着。その間、抗生剤、ステロイ ド剤により呼吸状態改善し、5日間のNPPVのオン/ オフの後、NPPVを離脱した。リハビリとステロイド漸 減を行い、トイレ歩行まで出来るようになり、入院後 52日目に退院した。 2004年7月5日、退院の約半月後、呼吸苦を訴え、 再度入院した。前回退院後、自宅では、呼吸苦の ため、寝たきりだった。入院時、炎症反応なく、心 不全の合併等も認められなかった。入院後、在宅 NPPVの機器を用い、呼吸苦時および夜間NPPV を 行 うことを目指 し た 。設 定 は S / T モ ード で 、 EPAPは低い圧から始め、呼気が比較的楽に行え、 呼気時の連続性雑音が若干減弱する6cmH2Oで固 定した。 IPAPは11cmH2Oとした。夜間長時間装着にて呼 吸苦の増強が強く、結局、昼夜を問わず呼吸苦時装 着することになった。 リハビリ後にNPPVを行うことで、 リハビリの継続が可能になり、トイレに立つことが出 来るまで回復し、9月30日退院した。 その後、2回ほど短期間の入院を経験したが、 2005年3月21日、肺炎を合併し入院するまでは、自宅 で生活することができた。NPPVマスクを呼吸苦時に 30分ほど着けては外すという生活だったが、 よく食い、 家族のなかで精一杯暮らした。入院後、抗生剤投与 等を行ったが、4月24日死亡した。 COPDの急性増悪に対してNPPVを行うことのメリ ットは既にひろく認められている。当院でもNPPVに より、急性増悪で来院した重症COPD患者の殆どが 挿管の危機を免れている。重症COPD患者の挿管・ 人工呼吸器装着中の肺炎やウイーニングの困難さを 考えると、NPPVなしにはCOPD診療は考えられない ところまで来ている。 それに対し、慢性期COPD患者へのNPPVについ ては 、日本 呼 吸 器 学 会 のガイドラインにもG O L D (Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease) にも、有効性についての明らかなエビデン スはないと書かれている。しかし、その一方で慢性 期COPDに対するNPPVは日本における在宅NPPV の3 1%を占めている。 慢性期/在宅NPPV治療は胸郭形成術後や筋ジ ストロフィー、原発性肺胞低換気症候群などの換気 ドライブ側に問題がある疾患で有効性が確立され てきた。当院でも、胸郭形成術後やミオパチーの患 者等に在宅NPPVを行い良好な状態を維持出来て いる。これらの患者の特徴として、気道に問題がな いこと、夜間睡眠中にREM期に一致すると思われ る周期的な高度の低換気を観察すること、夜間 NPPVを行うことにより日中のパフォーマンスが劇的 に改善することが挙げられる。一方、COPDはこれ とはまったく異なる状況にある。第一に彼らは、上 気道を含めた気道に大きなトラブルを抱えている。 第二に彼らは、高炭酸ガス血症を有するが、肺胞 低換気の患者に見られるような典型的な夜間の周 期的低換気パターンを示さないことが(私の患者で は)多い。また、NPPVにより肺胞低換気症例のよ うな 劇 的 な日常 生 活 の 質 の 改 善 は 得られ な い 。 NPPVの対象となる高炭酸ガス血症を来たす病態 として肺胞低換気群とCOPDの2種類があると考え るべきであろう。 実を言うと、私は2年前にこちらの病院に世話にな るまでNPPVに触ったこともなかった。私の経験から 安定期COPDにおけるNPPV使用の一般論やその是 非について述べるにはあまりにも経験が少ない。当院 の症例と関連ガイドラインについての紹介に留める。 10 症例2 ガイドラインとの関連性 酸素療法のようにNPPVがCOPD患者の予後を 改善するという報告は今のところない。COPDに対 するNPPVの有効性について、当初、日中動脈血酸 素濃度の上昇、日中動脈血二酸化炭素濃度の低下、 睡眠の質の改善などの効果が報告されていた。し かし、2003年に報告された172の論文・抄録のうち の適切な対照を用いた4論文の症例を統合したメ タアナリシスで、呼吸機能や、動脈血酸素分圧、動 脈血二酸化炭素分圧、睡眠効率への効果がないこ とが明らかになった。GOLDには、COPD慢性期 のNPPVの効果について決着がついていないとし て、 “長期NPPVを慢性呼吸不全を呈したCOPD患 者の日常的治療に使用することは推奨されない”と 記載された。日本呼吸器学会のガイドラインは、エ ビデンスの重み付けが適切でない部分もあるよう に思うが、GOLDよりかなりNPPVに対して肯定的 である。 日本呼吸器学会のガイドラインには、エビデンスが ないとことわった上で、 “最大限の包括的内科治療 にもかかわらず、呼吸困難感・頭痛・過度の眠気な どの自覚症状あるいは肺性心などの徴候があり、 高炭酸ガス血症、夜間の低換気をはじめとする睡 眠呼吸障害を認める症例および増悪を繰り返す症 例が今後の検討において適応になると考えられる” と記載されている。当院の症例 1、2共に、この範疇 に含まれる。 終末期COPD患者に対して(終夜)NPPVを行うこ とは、認容性が悪く困難であり、長期予後も改善し ないと言われているが、症例1ではNPPVを行うこ とにより、リハビリを続けることが可能になり、自宅 に帰ることも出来た。先のメタアナリシスの報告でも 一部の患者でNPPVにより運動耐容能の改善が得 られることが記載されている。それぞれの患者に何 らかのメリットがあるためにNPPVを続けているわ けであるが、これをどのようにエビデンスに結び付 けていくかが今後の課題であろう。 最近、PaCO 2を正常化させる程度の高圧(17∼ 40cmH2O) を吸気圧とすることによって、呼吸機能、 動脈血酸素分圧の改善および良好な2年生存率が 得られたとする報告があった。これまでNPPVの設 定などは、各施設が経験に基づいて行ってきたとこ ろが大きいように思うが、これらについてもエビデ ンスを確立していく必要がある。 76歳、男性。喫煙歴:6年前まで40本/日、20年間。 在宅酸素療法を1999年より導入している。2004年1 月ごろから夜間中途覚醒時と早朝の耐え難い頭痛 を訴え、それにあわせて睡眠薬の使用量が増加し た。2004年8月、一秒量0.41リットル(19.7%) 。9月15 日、来院時にも頭痛あり、同日、採血にてPaO2 84.1、 PaCO2 49.9、pH 7.369(酸素吸入 1リットル/分) と 高炭酸ガス血症を認めた。また、夜間呼吸モニター にてチェイン・ストークス様呼吸を認め、それに合わ せて低酸素血症の増悪も認めたことから、高炭酸ガ ス血症による頭痛と考え、2004年10月5日、NPPV導 入のために入院した。 IPAP 11cmH2O、EPAP 4cmH2Oにて開始した が、呼吸困難感強く、翌晩よりIPAPを9cmH2Oにし た。日中のPaCO 2 の改善は認めなかったが、頭痛 の軽度改善を認めたため、10月10日退院した。 夜間3時間程度のNPPVではあるが、退院2ヵ月後 頃から頭痛の訴えは聞かれなくなった。2006年3 月16日、日中のPaO2 75.8、PaCO2 50.7、pH 7.376で、 NPPV開始1年半経過後も高炭酸ガス血症は解消 されていない。NPPV開始後1年半の不時診察12 回、入院2回であり、開始前の不時診察6回、入院0 回より、明らかに増加しているが、増悪時以外は、 頭痛もなくなり、患者自身が運転して、長距離のド ライブを楽しんでいる。 COPD患者では、もともと気道病変があるところに 気道を介してNPPVを行うものであるため、この患者 のように気道合併症のために来院がより頻回になる 可能性があるように思う。NPPV開始後はさらに注意 して患者をケアしていく必要性を感じている。 リハビリガーデンから見た刈田綜合病院 11 NPPVはCOPDにおいては医療サイドの敗北と言っ てよい。NPPVが必要なCOPD患者は今後さらに増 加してくるが、医療施設内のみでなく、地域全体に対 してCOPDについての正しい知識を啓蒙して、重症 化しないようにCOPD患者を早期よりサポートしてい く必要がある。 まとめ 以上、COPDにおけるNPPVについて述べたが、 COPDにおいて最も重要なことは、患者の早期発見 と禁煙など危険因子の早期排除、それから、各種治 療を適切に加えていくことである。COPDではその 病期毎に推奨される治療が学会より示されており (図1)、これを確実に行っていくことが重要である。 NPPVは図1には示されていないが、COPDのIV 期またはその終末期近くに導入される治療であり、 〈連絡先〉 〒989-0231 宮城県白石市福岡蔵本字下原沖36番地 TEL 0224-25-2145(代) ●長期酸素療法 (呼吸不全時) ●外科的治療の考慮 ●吸入ステロイド薬の考慮 (増悪を繰り返す場合) 管理法 ●呼吸リハビリテーション ●長時間作用型気管支拡張薬の定期的使用(単∼多剤) ●必要時に応じ短時間作用型の気管支拡張薬を使用 ●禁煙 ●インフルエンザワクチンの接種 病期 0期:リスク群 Ⅰ期:軽症 Ⅱ期:中等症 Ⅲ期:重症 Ⅳ期:最重症 %FEV1 スパイロメトリーは正常で、 慢性症状(咳嗽・喀痰) 80%≦%FEV1 50%≦%FEV1<80% 30%≦%FEV1<50% %FEV1<30%または %FEV1<50%かつ 慢性呼吸不全あるいは 右心不全合併 図1 日本呼吸器学会による慢性安定期COPDの病期別管理指針 (COPD診断と治療のためのガイドライン第2版、メディカルレビュー社刊) 機器 12 急性期におけるNPPV療法の 現状と今後 日本医科大学武蔵小杉病院 救命救急センター 上田康晴 はじめに 高位頸髄損傷(C3)患者に対するNPPV療法およ び腹臥位管理の有用性について検討したものを記 述する。 日本での外傷性脊髄損傷の約75%が頸髄損傷で、 年齢的には20歳代と60歳前後を中心とした2峰性の ピークを形成する。 受傷原因は交通事故・転落・打撲・スポーツ外傷 などで、年間発生数は人口100万人あたり50.2人、男 女比は4:1と男性に多い。これらの患者の予後は受 傷部位に大きく左右されるが、特に高位頸髄損傷で は呼吸筋麻痺を呈し、人工呼吸管理からの離脱不能 例も多い。 初療時MRI及びXp所見 症例 MRI所見 症例:29歳男性 既往歴:特記事項なし 現病歴:走行中のワンボックスカーが電柱に激突し、 受傷される。本人は助手席に同乗しており、シート ベルトは装着せず、衝突時エアバッグも作動せず。 なお、フロントガラスは大破していた。 治療経過(経過表参照) 700 腹臥位 600 CPPV SIMV+PS PC/SIMV+PS P/ F ratio A-aDO2 NPPV 500 車椅子乗車 ウィーニング開始 現場でのバイタルサイン:意識レベルJCSw−30、血圧 74/30mmHg、心拍数 80回/分、呼吸回数 28 回/分(浅呼吸) 、SpO297%、瞳孔(右/左)2.0/ 2.0mm (+/+) 。なお、体幹および四肢に明らか な変形等を認めなかった。 救急隊により100%リザーバーバッグマスク6L/ 分投与し、ただちに当センターに緊急搬送された。 400 下半身浴 300 3rカヌラ(花見) 再挿管 200 100 抜管 抜管 0 1 6 OPE (C3頸椎前方固定術 /骨移植術) 11 16 21 BF 26 BF 31 LF ICU経過表 初療時:意識ほぼ清明、血圧80/40mmHg 、心拍 数110回/分、呼吸数30回/分(速迫性頻呼吸)、 SpO299∼100%(リザーバー付き酸素マスク6L/ 分投与) 、体温36.5℃、頭頂部の挫創、四肢の完全 麻痺を認めた。 XpおよびMRI所見:C3の前方脱臼は顕著であり、 C3領域を中心に頸髄はかなり圧排されている。 在宅非侵襲人工呼吸器(NPPV用) 13 36 41 (病日) ⑤第27病日、車椅子リハ開始。 ①第1病日、ただちにC3前方脱臼に対し、緊急手術 (前方固定術・骨移植術)施行。術後ハロベスト装 着しICU帰室、propofolで深鎮静下人工呼吸管理と した。なお術後経過中に肺炎・無気肺を合併した。 初めての車椅子姿勢保持。約20分ほど可能であった。 ②第8病日からweaning開始し、第12病日抜管し NPPV/腹臥位開始するも3時間で断念。再挿管 となった。 初めてNPPV装着するも3時間で、喀痰排出できず 低酸素血症をきたした。 ⑥第31病日、NPPV中止し酸素マスクで管理。車椅 子でお花見。 下肢の関節硬縮予防 第2病院駐車場にて ③第16病日から腹臥位再開。 再度装着し、そのまま腹臥位で管理。喀痰排出良好。 ⑦第34病日、入浴開始。 腹部をフリーにするのがこつ! 鼻・口があたらないように! ④第22病日、再び抜管、NPPVに挑戦。発語および 経口摂取も徐々に可能となり、本人のストレスは挿 管中よりかなり軽減された。 ⑧第37病日、友人と花見。 夜、喀痰排出不良となったため腹臥位施行。 ⑨第4 0病日には酸素投与中止。 ⑩第42病日、ハロベスト離脱、起立性低血圧を認める。 排尿訓練は成功しなかったが、タナドーパ内服で 症状改善。 第42病日ハロベスト着脱後 呼吸リハビリ開始。 嚥下訓練 腹臥位での呼吸リハビリ 14 安定したものと考えられる。 脊髄損傷患者にNPPVを使用する目的は、まず第 一に早期の人工呼吸器からの離脱であり、第二に患 者のQOLの向上である。そのためのポイントは、ICU 専門医師とのチームワークやマンツーマンでの看護を 可能にするマンパワーの確保、さらに患者様の承諾と 協力だと思われる。 一方、腹臥位に関する有用性の報告は下記の通 りである。まず1970年代にPiehl4)らは、回転ベッドを 用いて患者を腹臥位とし、PaO2 の上昇と喀痰排出の 改善を報告した。さらに1977年にDouglasら5)は、数 回にわたって患者を腹臥位とし、1∼4時間の最初の 腹臥位で PaO2は2∼178(mean69)torr 改善し、そ の 後 6 ∼ 1 2 0 時 間 に 及 ぶ 腹 臥 位 によって 4 ∼ 1 0 0 (mean35)torr 改善したことを報告している。 ⑪第104病日、さらなるリハビリテーション目的に転院 となった。なお、四肢麻痺に関しては改善を認め ていない。 考察 最近、気管挿管しないで陽圧式人工呼吸を行うこ とができるようになった。それが非侵襲的陽圧換気 Non-invasive positive pressure ventilation (NPPV) というもので、具体的にはマスクを用いて陽 圧換気を行う。NPPVはもともと睡眠時無呼吸症候 群(OSAS)の治療で使用されたものである。COPD を中心に慢性疾患への適応はすでに認められてい るが、最近では急性疾患または急性期での適応が 論議されている1)。 今日では非挿管での人工呼吸法として、様々な病 態に使用されている2)。適応としては、COPDの急性 増悪(gradeA)が最も良い適応とされる。風邪を引 いただとか、高炭酸ガス血症になった場合は特に有 効であろう。安易に気管挿管すれば、人工呼吸器か らの離脱が困難となり、気管切開が必要となるからで ある。私は、COPD患者さんにはできるだけ挿管しな いで呼吸管理することを心がけている。それ以外で は、心原性肺水腫(〇うっ血性心不全、×急性心筋梗 塞) 、尿毒症性肺水腫 (gradeE) 、胸部外傷 (gradeE) 、 神経筋疾患(gradeD) などがあげられる。COPDの 慢性期やARDS、肺炎などへの適応はエビデンスが ないとされている。 次に利点としては何と言っても挿管しないという ことである。欠点としては、①気管挿管していないた めに有効な(十分な)陽圧を与えることができない、 ②不顕性の誤嚥が増加する、③気管内吸引ができな い、などがあげられる。 このように完璧な手技ではないが、その使い方に よってはすばらしい効果を期待できるものと考えられ ている。 また、胸部外傷患者の呼吸管理にも有効だと言わ れている。救急領域では、急性期の呼吸不全だけで なく、外傷(特に頸髄損傷)の呼吸筋麻痺に対して NPPVを使用する。J ohnら3)は外傷性高位脊髄損傷 患者は、年齢が若いこと、健全な精神状態・延髄筋 系、及び閉塞性肺疾患のないことが認められれば、 非侵襲的陽圧換気療法が有益であり、適応であると 報告している。 本症例では、術後および抜管後に急性下側肺障害 を呈していた。そこで再挿管し腹臥位を取り入れた 積極的な肺理学療法を行い、抜管後は NPPVを併 用した呼吸管理を実施した。NPPVによる直接的な 換気補助に加え、その結果、肺内換気血流比の改 善・気道の再開通・酸素化の改善により呼吸状態は 最後に 高位頸髄損傷(C3)患者に対してNPPVおよび腹 臥位による管理を施行し、無事に人工呼吸器から離 脱できた症例を経験した。 頸髄損傷患者の呼吸管理は、気管挿管下での人 工呼吸管理か早期気管切開での管理が大半である。 今回のような非挿管での呼吸管理も十分なマンパワ ーがあれば有効であると思われた。 〈参考文献〉 1.Keenan SP, Brake D. An evidence-based approach to noninvasive ventilation in acute respiratory failure. Crit Care Clin.1998;14(3) : 359-72. 2.大塚将秀:人工呼吸管理の基礎と最新の知見.LISA別冊 vol.11,2004,69. 3.John R.Bach MD.,Augusta S.Alba MD.Noninvasive Options for Ventilatory Support of the Traumatic High Level Quadriplegic Patient.Chest.1990;98(3) :613-19. 4.Piehl MA, Brown RS. Use of extreme position changes in acute respiratory failure.Crit Care Med. 1976 ;4(1):13-4. 5.Douglas WW, Rehder K, Beynen FM,et al. Improved oxygenation in patients with acute respiratory failure: the prone position. Am Rev Respir Dis. 1977 ;115(4) : 559-66. 〈連絡先〉 〒211-8533 神奈川県川崎市中原区小杉町1-396 TEL 044-733-5181(代) 15 循環器疾患における NPPV療法の現状 虎の門病院 循環器センター内科 土肥智貴 子の不均等によって、肺胞毛細管間質や肺胞に体液 の貯留をきたすのである。心原性肺水腫は、左室不 全による肺毛細管圧の上昇が原因で生じるが、非心 原性肺水腫は、肺毛細管膜の透過性亢進によって起 こるいわゆる成人呼吸促拍症候群(ARDS) である。 心原性肺水腫では肺野の湿性ラ音、喘鳴、発作性夜 間呼吸困難、起坐呼吸、泡状桃色痰、チアノーゼ、頻拍、 III音、IV音、奔馬性調律などがみられる。この心原性 肺水腫の治療は心負荷の軽減を第一に考えて進めてい くことが望ましいとされつつある。それは血管拡張剤や 利尿剤、時には強心剤などの薬物治療とともに酸素化を 目的としたマスクやカニューラでの酸素投与、更に呼吸 状態が悪化すると気管内挿管による人工呼吸器管理が 一般的に行われてきた。人工呼吸の利点は気道確保と 共に、心原性肺水腫に対しては陽圧換気が可能である ことが大切である。この利点をより非侵襲的に行うことが できるのがNPPV療法であり、心原性肺水腫での低酸 素血症にはPEEP (positive end expiratory pressure) を用いた陽圧換気は有用である。PEEPは呼気終末に 気道内圧を上昇させることにより、肺胞虚脱を防ぎ換気 を改善すると共に、機能的残気量の増加、呼吸仕事量 の減少が得られる。そして、心負荷においても、胸腔内 圧の増加により静脈還流量の低下が前負荷を軽減し、 心自体に加わる経壁圧が低下することにより後負荷を減 少させる。要するに、陽圧換気療法は肺水腫に対する 治療方法のひとつなのである。 実際の臨床の場におけるNPPV治療での重要なこと は、適切な患者選択と医療従事者の臨床的技術や訓 練とされている。呼吸不全の原因疾患によってNPPV治 療の成功率に違いがあり、そのなかで心原性肺水腫の 治療成功率は間質性肺炎やARDS、市中肺炎に比べ て成功率約90%と最も高い値を示している1)。そのこと からも心疾患を合併する呼吸不全を認める患者に対し ては積極的にNPPV導入を考慮すべきと考えられる。 しかし、漫然と治療を続行するのではなく、早期に治療 効果判定を行い、気管内挿管への移行や治療の変更 のタイミングを遅らせてはならないと考える。NPPV治療 不成功のリスク因子は呼吸不全の原因が、ARDSや市 中肺炎であるとOR3.75であり、NPPV治療1時間後の PaO2/FiO2が146以下でOR2.51とされている1)。 NPPV治療のリスクを理解すると共に、禁忌や治療を はじ め に 非侵襲的陽圧換気療法(NPPV:noninvasive positive pressure ventilation) は気管内挿管や高度 の鎮静なしに呼吸を補助する方法であり、様々な病 因での呼吸不全に対して有用である。このNPPV療 法が広く認識されはじめたきっかけは、閉塞性睡眠 時無呼吸症における気道閉塞を改善する陽圧換気療 法が寄与したと考えられ、気管チューブを使用せずに マスクを用いて換気をする。気管内挿管は手技自体 にリスクを伴い、その維持には鎮静薬・鎮痛薬・筋弛 緩薬を投与しての意識レベルの調整が必要となる。 一方で、mask ventilationいわゆるNPPV療法は基 本的に自発呼吸下での換気補助であり、患者にとっ ては非侵襲的であり、意識が覚醒していることでより 多くの臨床情報が速やかに得やすい利点がある。そ の他にもNPPVには様々な利点がある一方で、気管 内挿管と比べての不利点も存在するため、その適応、 治療導入と中断には十分留意する必要がある。 NPPV療法は神経筋疾患や呼吸器疾患の呼吸管理 として臨床の現場で使用されてきた。COPD急性増悪 時の呼吸不全での効果検討は以前より行われており、 その有用性は確立している。そして、ここ数年、循環器 分野における急性期では心原性肺水腫、慢性期では 睡眠時無呼吸症候群に対するNPPV療法が注目され ている。持続気道陽圧換気療法(CPAP:continuous positive airway pressure) を含めたNPPV療法は高 血圧や心不全と深く関わる “肺水腫” や “睡眠呼吸障害” といったそれぞれの病態に対する治療手段のひとつと して重要な位置付けになりつつある。 NPPV療法と心原性肺水腫 心不全は心臓のポンプ機能が絶対的もしくは相対 的に低下し、全身の循環需要を満たせない症候名 であり、その病因も様々で、虚血性心疾患、高血圧、 弁膜症、心筋症などが多くを占めている。肺水腫は 心不全におけるひとつの主要な病態であり、肺胞へ の水分の漏出、気道抵抗の増加、肺のコンプライアン ス低下がみられ呼吸不全を呈する。肺毛細管から間 質、さらにリンパ系への体液の輸送を調節する諸因 16 が短縮し、気管内挿管率も低率であるとされている6)。 CPAPとBiPAPの比較に関しては心負荷軽減の効果 は同等であるとされ、呼吸筋に対する負担がBiPAPの 方が少ない程度であり7)、病院・ICU滞在期間や気管 内挿管率、死亡率には有意差なしとされている8)。現 時点ではCPAP、BiPAPを含めたNIV(noninvasive ventilation) は、心原性肺水腫に対して、従来の治療 に比べて気管内挿管への移行を約52%、死亡率を約 45%低下させるとのメタアナリシスの報告がある9)。こ れらのデータも踏まえて2005年に発表されたヨーロッパ 心臓病学会(ESC)の急性心不全におけるガイドライン でもCPAP/BiPAPのNPPV療法はClass2a、level of evidence Aとされ、本邦の急性心不全ガイドラインでも 改訂後はClass2aに位置付けられる予定である。この ことからも心原性肺水腫に対してはNPPV療法を積極 的に導入していくべきだと思われる (図2、3) 。 中断する因子を把握することも重要である。意識障害 や錯乱・興奮状態、多量の気道分泌物、顔面の外傷・ 熱傷、そして患者自身の治療拒否等がみられた場合は 他の換気補助や治療法を考慮すべきである (表1) 。 表1 NPPV療法のAdvantageとDisadvantage Advantages ・呼吸仕事量の軽減 ・機能的残気量の増加 ・ガス交換の改善 ・肺コンプライアンスの改善 ・気管内挿管の合併症やコストの回避 ・適切に選択された患者の死亡率の軽減 Disadvantages ・患者の不快感 ・皮膚潰瘍 ・誤嚥のリスクの増大 近年、心原性肺水腫に対するNPPV療法の有効性 が数多く報告されるようになっている。NPPVにおいて は1980年代後半よりCPAP療法と従来の酸素投与とを 比較する臨床研究が始まり、その後に二層性陽圧換 気量法(BiPAP:Bilevel positive airway pressure) を含めた報告がみられるようになった。CPAPはほぼ PEEPと同等の意義であり、BiPAPのEPAPはPEEP に相当する(図1) 。CPAP療法は従来の治療に比べ て、早期に酸素化が改善し、呼吸数減少、気管内挿 管への移行率の低下が得られるとされてきた2,3)。また、 最近では心原性肺水腫患者の治療において、CPAP 療法は酸素療法よりも治療開始48時間後の死亡率が 低いとの報告がされた4)。CPAPにpressure support を加えたBiPAPはCPAP療法よりも有効ではないかと 考えられ、様々な研究が1990年代後半から行われた。 当初、BiPAPはCPAPよりも心筋虚血を増加させるの ではないかとの報告がされたが、患者選択の際の問 題があるとされ、現在では否定的である5)。BiPAPも 従来の酸素投与と比較して十分な酸素化までの時間 図2 <63歳 男性> #高血圧で当院加療中、 夜間突然の呼吸困難感が出現し来院。 ■EF 45%,BNP1330pg/mL 1.0) :pH7.47,PaO2 47mmHg, PaCO2 28mmHg,PaO2/FiO2=117 ■BGA (FiO2 高血圧性心不全の診断にて血管拡張剤(NTG製剤)、 利尿剤とともにNPPV治療を施行する。 CPAP10cmH2O開始後、10分後には症状改善がみられ、 翌日からは食事開始し、ADL改善していった。 Baseline PH7.47 PaO2/FiO2=117 Paw Pinsp PEEP 図1 当院でのNPPV導入 Post 1hour PH7.44 PaO2/FiO2=390 来院時胸部X線 6時間後胸部X線 IPAP EPAP Bilevel positive airway pressure について 図3 17 Post 6hours PH7.46 PaO2/FiO2=416 症例呈示 NPPV療法と睡眠時無呼吸症候群 睡眠呼吸障害に眠気が合併する睡眠時無呼吸症 候群(SAS:Sleep apnea syndrome) は閉塞性睡眠 時無呼吸症候群(OSAS:Obstructive sleep apnea syndrome) と中枢性睡眠時無呼吸症候群(CSAS: Central sleep apnea syndrome)に大別される。 OSAは上気道の解剖学的な異常に基づいて発症す る。睡眠によりオトガイ舌筋や口蓋帆張筋の緊張が低 下すると、咽頭腔が狭小化して上気道抵抗が増大し、 吸気時の陰圧が軟口蓋や舌根部を引き込むようにし て咽頭を閉塞し、繰り返される咽頭の虚脱・上気道 の閉塞が起こる (図4) 。それにより低酸素血症、高炭 酸ガス血症、低酸素血症からの回復・再酸素化、胸 腔内圧の変動、覚醒が病態として存在し、その結果 として交感神経活性の亢進や血管内皮障害、酸化ス トレス、代謝異常などを来し、心血管病変の発症リス クとなるのである。OSAは高血圧や不整脈などの危 険因子であり、心不全の病因ともなりうるとされ、心不 全の前段階に多く関連する病態である。最近では OSAが高血圧や糖尿病と比較して、脳卒中や死亡の リスクを増大させる最も危険な因子であるとの観察 研究の報告もされている10)。一方で、CSASはOSAS に比べて頻度は低いとされているが、循環器領域で は十分に考慮されなければならない。CSASの一病 態 で あるチェーン・ストークス呼 吸( C S R - C S A : Cheyne-Stokes respiration with central sleep apnea)はうっ血性心不全あるいは中枢神経疾患に 伴う周期性呼吸をいう。換気量が増大し、次第に減 少する漸増−漸減(crescendo-decrescendo)型周期 性呼吸により睡眠障害がみられ、無呼吸・化学反射 の亢進による低酸素血症・交感神経活性の亢進等が 引き起こされる。CSR-CSAは心不全症候群の結果 として起こる病態であり、予後悪化因子でもある11)。 OSAに対しては様々な治療があるが、減量などの 生活習慣の改善と共にCPAP療法が知られている。 このNPPV治療は1981年にオーストラリアのSullivan らが報告して以来、現在はOSAに対する第一選択の 治療として確立している12)。CPAPの適正圧の決定 図5 をすることは非常に重要であり、終夜睡眠ポリグラフ (PSG:Polysomnography) を施行して決める必要が ある。PSGは睡眠構築や睡眠に伴う生体現象を客観 的に評価・診断するためには不可欠な検査であり、 SASの診断でも依然として最もスタンダードな検査で ある (図5) 。また、CPAPの適正圧とはOSAやapnea に伴う覚醒、いびきなどがすべての睡眠段階で消失す る最小圧を決定することである。近年では自動圧調節 CPAP(Auto-CPAP) を用いてtitrationすることがある が、体位や睡眠状態などの違いにより正確な適正圧 が決定できないことがあるため、基本的にはPSG監視 下でtitrationすることが望ましいと考える。CPAPの 効果は約80∼90%にみられ、重症なOSASでは日中 の眠気やいびきなどの症状の著明な改善がみられる。 最近の観察研究においても、OSAのCPAP治療が予 後改善を示す貴重な報告がされた13)。その研究は男 性の単純いびき症患者、OSAの未治療患者、CPAP 治療患者、および一般住民から登録した健常者にお いて、致死的・非致死的心血管イベントの発生率を比 較した(平均観察期間10.1年間) 。その結果、未治療 の重症OSAは健常者に比べて、致死的・非致死的な 心血管イベントのリスクを有意に上昇させることが示さ れた(致死的心血管イベント:OR2.87、非致死的な心 血管イベント:OR3.17) 。それと共に、CPAP治療で心 血管イベントが有意に低下することも示され、OSAを CPAPで治療することが心血管病の一次予防的な効 果があるとされたのである (図6) 。 図6 図4 当院でのPSG検査 Obstructive Sleep Apnea の解剖 18 OSA患者の致死的心血管イベントの発生率 (文献13より引用) ったcommon diseaseに対するNPPV治療の恩恵は大き いと考えられ、今後の更なる研究、発展を期待したい。 CSR-CSAは慢性心不全患者に高率に合併するとさ れ、欧米からの報告では心不全患者の33∼40%とされ ている14,15)。 本邦における大規模な疫学データはないが、 心不全患者が年々増加すると共に、心不全症候群の結 果として起こるCSR-CSAを認める患者も増加している と思われる。その危険因子としては男性、60歳以上、 安静時炭酸ガスPaCO2<38mmHg、心房細動合併例で あることが示されており、OSASとは異なり肥満傾向を 認めない14)。また、CSR-CSAを認める心不全患者は合 併しない患者と比較して予後が悪いとされており、交絡 因子を補正した後にも死亡や心臓移植の独立した危険 因子とされている16−18)。そのため、近年ではCSR-CSA に対する様々な治療が試みられている。そのなかでも、 最もevidenceが蓄積されているのがCPAP治療である 19−21) 。その効果は、心における前負荷、後負荷の軽減 やLVEDP上昇例での心拍出量の増加、交感神経活性 の亢進の改善などであり、予後が改善するデータも報告 されている17)。そして、CSR-CSAを合併した心不全患 者における大規模試験であるCANPAP(Canadian Continuous Positive Airway Pressure Trial) が最近 発表された22)。その結果、CPAP療法にて夜間の低酸 素血症、左室収縮機能、交感神経活性の亢進等の改 善は示したが、死亡率の改善がみられなかった。その 理由として、CPAP療法後にも無呼吸低呼吸指数 (AHI) が中等度以上残存していたことが考えられている。ここ 数年、CPAPだけでなく、BiPAPやASVなどのNPPV 療法の研究が行われ、CPAPや酸素投与よりも有効で あることも示されている23)。当施設でもCPAP無効群に 対する、BiPAPの有効性を示したと共に、酸素投与や CPAP療法と比較してBiPAPでよりAHIの改善がみら れることを確認している (図7) 。今後、CSR-CSAに対す るNPPV療法はその適応と換気モードを十分に検討し ていく必要があると思われる。 AHI(event/h) 70 <参考文献> 1.Antonelli M, Conti G, Moro ML, et al. Predictors of failure of noninvasive positive pressure ventilation in patients with acute hypoxemic respiratory failure: a multi-center study. Intensive Care Med 2001;27:1718-28. 2.Rasanen J, Heikkila J, Downs J, Nikki P, Vaisanen I, Viitanen A. Continuous positive airway pressure by face mask in acute cardiogenic pulmonary edema. Am J Cardiol 1985;55:296-300. 3.Bersten AD, Holt AW, Vedig AE, Skowronski GA, Baggoley CJ. Treatment of severe cardiogenic pulmonary edema with continuous positive airway pressure delivered by face mask. N Engl J Med 1991;325:1825-30. 4.L'Her E, Duquesne F, Girou E, et al. Noninvasive continuous positive airway pressure in elderly cardiogenic pulmonary edema patients. Intensive Care Med 2004;30:882-8. 5.Mehta S, Jay GD, Woolard RH, et al. Randomized, prospective trial of bilevel versus continuous positive airway pressure in acute pulmonary edema. Crit Care Med 1997;25:620-8. 6.Masip J, Betbese AJ, Paez J, et al. Non-invasive pressure support ventilation versus conventional oxygen therapy in acute cardiogenic pulmonary oedema: a randomised trial. Lancet 2000;356:2126-32. 7.Chadda K, Annane D, Hart N, Gajdos P, Raphael JC, Lofaso F. Cardiac and respiratory effects of continuous positive airway pressure and noninvasive ventilation in acute cardiac pulmonary edema. Crit Care Med 2002;30:2457-61. 8.Cross AM, Cameron P, Kierce M, Ragg M, Kelly AM. Non-invasive ventilation in acute respiratory failure: a randomised comparison of continuous positive airway pressure and bi-level positive airway pressure. Emerg Med J 2003;20:531-4. 9.Masip J, Roque M, Sanchez B, Fernandez R, Subirana M, Exposito JA. Noninvasive ventilation in acute cardiogenic pulmonary edema: systematic review and meta-analysis. Jama 2005;294:3124-30. 10.Yaggi HK, Concato J, Kernan WN, Lichtman JH, Brass LM, Mohsenin V. Obstructive sleep apnea as a risk factor for stroke and death. 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N=7 47.6 60 50 40 24.0 30 19.7 20 6.0 10 0 diagnosis O2 CPAP BiPAP 図7 CSR-CSAに対する数種の治療におけるAHIの変化 お わりに 近年、様々な臨床の場で、より非侵襲的で患者にとっ て負担の少ない治療が拡大している。NPPV療法もその なかのひとつであり、循環器分野でもその有効性と必要 性が認識され始めている。肺水腫や睡眠時無呼吸とい 〈連絡先〉 〒105-8470 東京都港区虎ノ門2-2-2 TEL 03-3588-1111(代) 19 HOT Q&A Q 非侵襲的人工呼吸(NPPV)時のマスクの種類と選択のコツを教えてください。 ◆マスクの種類 一般的に鼻マスク、鼻口マスク、トータルフルフェ イスマスクの3種類があり、使用される方の状態に よりマスク種類を選択します。 ◆マスクの選択のポイント 1) フィットするマスクかどうか リークを少なくするためフィットするマスクを選択します。 2)鼻のみの呼吸ができるか 鼻マスクの場合、鼻のみで呼吸するため口を閉 じて呼吸できるかどうかを確認する必要がありま す。鼻のみでの呼吸が難しい場合、就寝時にい びき等で開口してしまう方には、鼻口マスクを選 択します。 3) マスク装着による皮膚の圧迫症状の有無 長時間の皮膚圧迫により発赤症状が現れないよ う、顔汗や皮脂をとり、マスクの洗浄をこまめにし て清潔な状態を保つ必要があります。 ◆マスク装着時の注意点 最初は、手で保持して、マスクに慣れてからバン ドで軽く締めます。 リークによる目の乾燥、締めすぎによる皮膚の発 赤やびらんに注意する必要があります。 ◆各種マスクの紹介 種類 鼻マスク 鼻マスク(呼気ポートなし) 鼻口マスク 鼻口マスク(呼気ポートなし) 製造元 フィッシャー&パイケル フィッシャー&パイケル フィッシャー&パイケル フィッシャー&パイケル フィッシャー&パイケル ネーザルマスク HC405 ネーザルマスク HC407 ネーザルマスク 407NIV フルフェイスマスク HC431 フェイスマスク HC431NIV サイズ S/L 1種類のみ 1種類のみ S/M/L S/M/L 種類 鼻マスク 鼻マスク 鼻マスク 品名 鼻マスク 外観 鼻口マスク 製造元 レスメド レスメド レスメド レスメド 品名 パピヨンマスク ミラージュアクティバマスク ウルトラミラージュW ウルトラミラージュフルフェイスマスク S/R 標準/大/浅 大/標準/浅/浅広 大/標準、大/浅、中/標準、中/浅、小/標準、小/浅 外観 サイズ HOT Wave No.16 18 11 原口輝夫 9 定価262円(税抜250円)V6011EM E. 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