日本語知覚補文テンスについての覚書き

日本語知覚補文テンスについての覚書き
−日英語の歴史的現在用法との関連において−(2)
尾
野
治
目
彦
次
0.序
1.聴覚と視覚におけるル形とテイル形
−知覚における認知のあり方をめぐって− (以上前号)
2.澤田(1997)の問題点をめぐって(以下本号)
3.歴史的現在用法におけるル形
4.英語における歴史的現在用法
2. ここで澤田(1997)を検討してみることにしたい。澤田(1997)は日
本語の知覚補文を、「知覚動詞補文」「知覚名詞補文」「知覚関係節」の三
種類に分類して、日本語知覚補文について考察しているが、結論として、
「事象Pを見た」という日本語の知覚補文のテンスを明確にするには、次
の三つの見た時点の区別が必要であるとしている(X=知覚時点、Y=語
り時点)
。
(1) ( ) 意識主体が知覚している時点(=x)
(
) 意識主体が後で報告している時点(=x')
1
(
) 語り時点(=Y)
(澤田 1997:36)
よって、知覚のパターンには、「XP型」、「X'P型」、「YP型」の三種
類があることになる。この三つの例としては、それぞれ次のような例を
あげている。
(2) 「XP型」
a .おしのは顔を挙げて、橋の方をみた。〔橋の中ほどに、俯伏せに
地兵衛が仆れている〕のが見えた。
(藤沢周平:「黒い縄」)
b .〔あわただしく動きまわる〕武装した兵たちを見ると、お市はか
つて信長の攻撃に備えた小谷城がこれと全く同じだったことを思い
出した。
(遠藤周作:『女』)
(3) 「X'P型」
a .一瞬のことだったが、〔部屋の中の有明行燈に照らされたたつの
眼が、はっきりと憎悪に光っていた〕のを、おしのはみてしまった
のだった。おしのは倒れこむように布団に戻った。
(藤沢周平:「黒い縄」)
b .お市は〔勝家が顔を横に向け、眼をしばたいた〕のを見た。剛勇
で鳴らしたこの老武将の悲しみがじんとお市に伝わった。
(遠藤周作:『女』)
(4) 「YP型」
a .橋の中ほどに、地兵衛の骸が横たわっていたが、おしのはそれを
見なかった。
(藤沢周平:「黒い縄」)
b .はじめは、風が雨戸を鳴らしたかと疑った。だがすぐにそれが、
〔小さいが規則正しく外から叩いた〕音であることに気付いた。
(藤沢周平:「黒い縄」)
2
日本語知覚補文テンスについての覚書き
問題は、この分類が知覚のパターンの有意義な一般化を捉えているか、と
いうことであるが、 本稿の見地からは、(
) の 「XP型」 と (
「X'P型」に問題があるように思われる。まず、(
)の
)の「XP型」では、
ル形とテイル形が区別なく扱われ、同種の知覚を表すとみなされていると
いう問題点がある。次に、(
)の「X'P型」であるが、はたして、この
パターンは( )の「YP」型とはっきり区別できるものなのだろうか。
まず、(
)の「XP型」であるが、(2a)の「仆れている」のテイル形
と(2b)の「動きまわる」のル形を区別ないものとして扱う澤田の見解
は、ル形とテイル形を、§1で論じたような、「知覚」と「観察」という
異なった知覚のあり方として区別してきた本稿の立場からすれば、受け入
れることのできないものであるといえる。例えば、澤田では、次のような
ル形とテイル形についても同一のものとして扱われ、その違いについては、
(1)
何等問題にされていない。
(5)
a.
[子供が無邪気に遊ぶ]光景が目に浮かぶ。
b.
[子供が無邪気に遊んでいる]光景が目に浮かぶ。
(6)
a.
[はげしく降る]雪の中を、救助隊が出動した。
b.
[はげしく降っている]雪の中を、救助隊が出動した。
(澤田 1997:32-33)
さて、この「XP型」について、先の(2b)(=
(7)
)の例とルをテイルに
した(8)を比べて見よう。
(7)
〔あわただしく動きまわる〕武装した兵たちを見ると、お市はか
つて信長の攻撃に備えた小谷城がこれと全く同じだったことを思
いだした。
(8)
〔あわただしく動きまわっている〕武装した兵たちを見ると、お
3
市はかつて信長の攻撃に備えた小谷城がこれと全く同じだったこ
とを思いだした。
澤田(1997:34)はこの
の例について、「この場面は、目の前で実際
に忙しく動いている兵を見て、意識主体の「お市」が昔を思い出している
場面である。すなわち「XP型」の知覚である。このような場合には、「て
いる」形でもかまわない」としている。しかし、これまで述べてきた本稿
の考え方からすれば、
(7)のル形には現場での「知覚」のままの臨場感が
あるのに対し、
(8)のテイル形には「観察」による事態の客観的な提示が
感じられるということができると思われる。
さて、ここで問題となるのは、知覚・観察をする主体は誰かということ
であるが、この点においてル形とテイル形の重要な違いがあると思われる。
すなわち、
(7)の「動きまわる」の知覚の主体は明らかに「お市」である
が、
(8)の「動きまわっている」との「観察」には、語り手の声が感じら
れないだろうか。つまり、描写の主体としての「語り手」の存在が、ル形
では感じられないのに対し、テイル形においては感じられるということが、
ル形とテイル形の重要な違いであると思われるが、澤田の分析ではこのこ
とについては触れられないままになってしまおう。
澤田の分析の更なる問題点としては、そもそも、テイル形であれ、ル形
であれ、表面上の観察主体、知覚主体が登場人物として表れない場合があ
るということである。
まずはル形の例である。
(9)
ほかの委員たちも、机の上にかがみこんで読み耽っている。部屋
には、しばらく声もない。咳払いと紙を繰る音だけだ。
(松本清張『地の骨(上)』
:171)
(10) 「よく見てください。その人に間違いありませんか? 」
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日本語知覚補文テンスについての覚書き
三原は、弾む息をおさえて念を押した。
(松本清張『時間の習俗』
:304)
次はテイル形の例である。
(11) だが、小田急に乗って、箱根に向っている典子の現在はあまり快
活な気持ちとはいえなかった。
(松本清張『蒼い描点』
:7)
(12) 木谷は奇体なステージ・ダンスを眺めているようなふりをして、
例の一団の客から眼を放さなかった。
(松本清張『告訴せず』
:157)
つまり、知覚が想定されるようなル形、テイル形の分析については、この
ように、知覚主体が登場人物として表れない場合についても適用可能なも
のでなければならないということである。澤田の分析では、このような場
合、
(6)の「お市」に相当する「知覚主体」ないしは「意識主体」は誰に
なるのだろうか。
この「知覚の主体」が誰であるのかの問題は澤田が「X'P型」の知覚と
したタイプの構文にも通じる問題である。例えば先の(3a)(=
(13))を
見てみよう。
(13) 一瞬のことだったが、〔部屋の中の有明行燈に照らされたたつの
眼が、はっきりと憎悪に光っていた〕のを、おしのはみてしまっ
たのだった。おしのは倒れこむように布団に戻った。
これについては、「自分の目撃した事象P (目の光) を 「おしの」 はX
(知覚時点)の時点よりも後の時点X'(布団に戻った時点)に立って描写
している」
(澤田 1997:28)としている。しかし、このような語りの文体
5
においては、語りの内容はすべて語り手によって語られるのであり、「意
識主体による後になってからの報告」ということはありうるのだろうかと
いう素朴な疑問が生じる。そもそも澤田(1997:28)は、この(13)の例
について、まずもって、次のような問題提起をしている。
(14)(21)(=
(13))において、「光っていた」と断定しているのは語
り手であろうか、それとも意識主体の「おしの」であろうか。こ
こでは「おしの」であると想定してみよう。
筆者には、断定の主は「おしの」であるよりは、むしろ、テイルの場合の
ように、
「語り手」であるように思えるのだが、もしそうであるとすれば、
ここで求められるのは、なぜ、タ、テイルの断定の主体が語り手であるの
かというその原理づけられた説明である。
このような問題、すなわち、ル形とテイル形の違い、タ形の本質といっ
たことについて論じているものに、尾上(1987)の考察がある。尾上によ
れば、確定的な意味の平叙文を述べるということは、過去と未来との対比
における現在ではなく、話者の立つ絶対的な現在において、ことの存在を
・・
承認することであるとしている。しかし、動作動詞そのものによる確言は
ことの存在を承認しえない。なぜなら、動作動詞は存在という意味を内に
・・
含んではいないからである。
一方、このような動作動詞が、「話者の立つ絶対的現在におけることの
・・
存在」を主張するために必要な文法手段が、タやテイルであるとしている。
つまり、タやテイルは動作・変化という継時的な動詞の概念を、話者の絶
対的な現在におけるあり方の表現へ持ち込むための要素であると理解され
る。
尾上のいう「ことの存在を承認する」とは別な言い方をすれば、命題の
・・
真偽値(truth-value)にコミットすることであるということができると
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日本語知覚補文テンスについての覚書き
思われる。文は真偽値を持ちえてこそ完全な文たりえるが、語りのコンテ
クストにおいても、知覚対象となりうる命題の真偽値にコミットするのは、
発話者たる語り手であると思われる。つまりタやテイルが生じた文におい
ては、真偽値を持ちうる命題であることから、いわば、必然的な結果とし
て、語り手がその真偽値にコミットすることになると考えられる。
よって、だれが断定の主であるかという問いについては次のような原則
を設けることができると思われる。
(15) 語りの文における、タ形、テイル形の断定の主は登場人物ではな
く語り手である。
「断定する」とは、「真偽値にコミットする」ことに他ならない。先の
(13)の例においても「光っていた」との断定の主が「おしの」ではなく
語り手であるのは、この(15)の原則から引き出されよう。
では、タとテイルの違いは何かという問題が生じるが、これについては、
反映される語りの時の違いであるということができる。すなわち、タでも
テイルでも、語り手はその命題の真偽値にコミットしているのであるがタ
には語りの絶対的現在である語りの今(発話時)が反映されるのに対し、
テイルに反映されているのは、語りの現場における視点(主節時視点)で
あるということである。
これに対し、動作動詞のル形の文は真偽値を持ちえないことからそもそ
も語り手がその命題の真偽値にコミットすることはありえず、よって、結
果としてル形は語り手の視点、語り手の声から解放されることになるので
ある。では、ル形は誰の視点を表すのかということであるが、先の(7)
の例では明らかに「お市」という登場人物の視点であるが、
(9)や(10)
のような例においては、語り手の声が感じられない「知覚者としての語り
手」の視点ということになる。登場人物の視点であれ、知覚者としての語
7
り手の視点であれ、ル形が表すのは、知覚対象としての事態そのものとい
うことになろう。つまり、知覚主体において知覚処理がほどこされていな
い、知覚に映じるままの現実世界なのである。ル形にはテイル形にない臨
場感が感じられるのはこのためである。つまりこの場合、ル形の事態を表
す視点は、登場人物の場合であれ、知覚者としての語り手の場合であれ、
単に、事態を映す媒介にすぎなくなっているということである。以下、こ
のような、語り手の声が感じられないル形の視点を、「語り手」と区別す
(2)
るために、
「映し手」の視点ということにする。
従来、テイルは、現場性という観点から、もっぱらル形と同列に扱われ、
これまで本稿で述べてきたような、真偽値にコミットという観点からの、
ル形との相違点とタ形との共通点についてはほとんど論じられることはな
かったように思われる。よって「誰の視点が反映されているか」という観
点から、ル、テイル、タの知覚のパターンを述べれば、次のような一般化
(3)
が可能になると思われる。
(16) ル……場面依存の「映し手」の視点
テイル……基準時における現場の「語り手」の視点
タ……発話時(語り時)における「語り手」の視点
この一般化では、結果的には、異なった語彙が異なった知覚の反映を表す
ことになり、先の澤田の一般化に比べれば、より直感に則した自然なもの
になっているといえよう。当然、この分類によれば、タは単一のグループ
でまとめられ、澤田のように、二つに分ける必要はなくなる。
ここで、
(16)の一般化を念頭に入れて次の例と解説を検討してみよう。
(17) 「何を見ているのだ? 」
と、その夫は禎子に言った。夫は〔禎子の心を覗いているような〕
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日本語知覚補文テンスについての覚書き
目つきをした。
(松本清張:
『ゼロの焦点』)
ここで、「禎子の心を覗いているような目つきをした」と感じた
のは語り手ではなく禎子自身であろう。すると、この知覚関係節
の事象が「覗いている」という具合に「ている」形になっている
理由は、禎子による「XP型」の知覚であるからだと考えられる。
(澤田 1997:34)
澤田は、「覗いているような目つきをした」と感じたのは禎子であるとし
ているが、本稿の観点からすれば、先の(16)の原則により、「覗いテイ
ル」の描写の主体は語り手ということになる。
次の(18)も同じく「のぞく」が用いられている例である。
(18) 「お姉さま、お痩せになったわ」
伶子は、昌子の顔をのぞくようにして言った。それが昌子の生活
をのぞいているような感じだった。(松本清張『山峡の章』
:37)
ここでは、「のぞく」のル形と「のぞいている」のテイル形では使い分け
がされているといえる。つまり、
「顔をのぞく」という動作は、いわばはっ
きり知覚で捉えることのできるものであるが、「生活をのぞく」について
は、知覚としてよりは、語り手の解釈が加わった観察として捉えるほうが
自然であり、よって、テイル形が用いられていると思われる。その意味で
は、澤田が問題にした(17)の「心を覗いている」についても、ル形では
なくテイル形が用いられているのは、「心を覗く」という事柄が、単なる
「映し手」としての知覚としてよりは、「語り手」の主観的解釈が感じられ
る観察として捉えるほうが自然なためではないだろうか。ル形とテイル形
の区別をしない澤田の分析では、このような微妙な使い分けは説明できな
いことになろう。
9
最後に次の例を見てみることにしよう。
(19) 講義が終って教授室に引揚げるとき、偶然に有田専務理事の大き
な身体を見かけた。……有田専務理事は、河上事務局長と話合い
ながら正面の廊下をよぎった。距離があったので、向うでは川西
が歩いているのに気がつかない。
(
『地の骨(上)』
:242-243)
この例で問題なのは、「川西が歩いている」との断定が誰によるものかと
いうことである。「気がつかない」の主語である「有田専務理事」でない
ことはもちろんであるが、また「川西」と客体視できる立場にいなければ
ならないことから「川西」でもありえず、いずれにせよ、「有田」も「川
西」も「気がつく」の意識主体でないことは確かである。結局、このXP
型も、意識主体は本稿でいう語り手ということになる。しかし、もし、こ
の引用例が、「距離がなかったので、向うでは川西が歩いているのに気が
ついた。
」という文であれば、澤田の分析では、「歩いている」との知覚は
意識主体たる「有田」の知覚を表すXPの知覚ということになろう。しか
し「気がつかない」
「気がついた」にかかわらず、「川西が歩いている」と
の描写の視点はあくまで同一の視点による分析のほうが、直感に則した分
析であると思われる。本稿では、肯定、否定にかかわりなく、テイルは
「基準時における現場の語り手の視点」を表すとすることができ、(19)の
ような例は、結果的に本稿の分析を支持する例になると思われる。
3.これまでは、いわゆる知覚補文におけるル、テイルを考察してきたが、
物語文における文末のルとテイルについては、いわゆる歴史的現在の用法
として知られてきた。しかし、結論を先取りすれば、これら文末のル形、
テイル形についても、知覚や観察が想定されるのが補文ではなく主文になっ
ているだけで、知覚補文におけるル、テイルについての考察は、そのまま
10
日本語知覚補文テンスについての覚書き
文末の歴史的現在の用法にもあてはまるとするのが本稿の立場である。
しかし、この歴史的現在用法におけるこれまでの関心は、曾我(1984)
に代表されるようにもっぱらルとタの交替にあり、先の知覚補文における
ように、ルとテイルは同じくル形として扱われ、ルとテイルの用法の違い
について論じられた考察は、これまでほとんどなかったといってよいよう
(4)
に思われる。
本稿の観点からすれば、歴史的現在用法においても、これ
まで論じてきたように、ルとテイルには、「知覚」と「観察」の使い分け
がされていると思えるのであるが、曾我を検討しながらそのことを見てい
くことにする。
まず、物語文におけるルとタの交替の研究についての曾我(1984:124)
の結論は次のようなものである。
(20) a .主筋的事象は「た」で、副次的事象は「る」で述べられる傾
向がある。
b .過去の事象を目前の事象とするため主筋的事象にも「る」が
使われ得る。
まず、
(20a)については、次のような例から引き出している。
(21) かま場から出て来た喜三右衛門は、えん先にこしを下してつかれ
た体を休めた。日はもう西の山にはいろうとしている。ふと見上
げると、庭の柿の木には、すずなりに生った実が夕日をあびて、
赤くかがやいている。喜三右衛門は余りの美しさにうっとりと見
とれていたが、やがて「ああきれいだ。あの色をどうかして出し
たいものだ。」と独り言を言いながら、またかま場の方へ引き返
した。いつも自然の色にあこがれていた彼は、目の覚めるような
柿の色の美しさを見て、もういても立ってもいられなくなったの
11
である。
喜三右衛門は、その日から赤色の焼き付けに熱中した。
(長沼直兄『改定標準日本語読本』)
確かに、この例においては、
「休めた」「見とれていた」
「引き返した」「熱
中した」の「タ」が主筋的事象、「している」「かがやいている」「のであ
る」の「ル」が副次的事象を表していると思われる。この曾我の説は、松
村(1996:29)でも踏襲され、次のように述べられている。
(22) 現在形が用いられている「西の山にはいろうとしている」「赤く
かがやいている」は、明らかに喜三右衛門の目に映じた背景を
「内から」描写したものであり、物語の筋からすると副次的事象
となる。一方、過去形の「引き返した」「熱中した」は、筆者が
物語全体の筋からみて必要と考え「外から」登場人物の行為を記
述したものであり、その意味で主筋的事象・主な出来事であると
言える。
さらに松村(1996:25)は、日本語の歴史的現在は、「語り手がその語り
中の登場人物(語りの中に描かれる語り手自身を含む)に同化して、その
人物の知覚認識を通して「内から」出来事を描写している」とも述べてい
る。この記述は一見もっともらしいようにも思えるが、「語り中の登場人
物に同化して」という記述については、すべての歴史的現在の用法にこの
ことがあてはまるというわけではないことをいっておく必要があると思わ
れる。というのは、§2の知覚補文において論じたように、そもそも登場
人物が現れず、「語り中の登場人物に同化する」ことが不可能な、次のよ
うな場合もあるからである。
12
日本語知覚補文テンスについての覚書き
(23) 日が短くなった。五時半というのに空が真暗になっている。新宿
のコマ劇場付近の飲み屋街は、どの店にも灯が輝いて、気分がで
ていた。この時刻だと会社の帰りと合うから、狭い路地は勤人ら
しい群れでざわめいている。
(
『地の骨(上)』
:229)
しかし、(21)と(23)のテイルはそれぞれ同じテイルの用法というべき
であり、先に述べたように「語りの現場における、基準時における語り手
の視点」という一般化で捉えるべきであると思われる。すなわち、(23)
はいうまでもなく、
(21)においても、テイルは、「登場人物の内からの描
写」ではなく、現場での語り手の声とすべきである。
曾我では(21)の例の他に、
『潮騒』『山の音』
『三四郎』『倫敦塔』の四
つの資料があげられているが、
『倫敦塔』の例を除いて、曾我がル形といっ
ている例は、
『山の音』での「聞える」を除き、すべてテイル形の例(「の
である」のような表現を除く)であり、本稿でのル形の例はない。すなわ
ち、「ル形は副次的事象を表す」といった場合のル形はすべてテイル形を
念頭に置いた一般化であり、正確には「テイル形は副次的事象を表す」と
いうべきであろう。確かに、テイル形は、継続的、状態的、未完了であっ
て、テイル形で述べられる事象は、(21)のように副次的であるというこ
とはいえるように思われる。
一方、曾我が(20b)のような結論も付け加えたのは、次のような全編
がほぼ、ル形で書かれている『倫敦塔』のような例があったためである。
(24) 始は両方の眼が霞んで物が見えなくなる。やがて暗い中の一点に
パッと火が点ぜられる。その火がしだいしだいに大きくなって内
に人が動いているような心持ちがする。次にそれがだんだん明る
くなってちょうど双眼鏡の度を合わせるように判然と眼に映じて
来る。次にその景色がだんだん大きくなって遠方から近づいて来
13
る。気がついてみると真中に若い女が座っている、右の端には男
が立っているようだ。両方ともどこかで見たようだなと考えるう
ち、瞬たく間にズッと近づいて余から五六間先で果と停る。
もちろん、このルは、これまで本稿で論じてきた「映し手」の視点で描か
れたルである。
ここで、他のル形の用例もいくつか見てみることにしよう。まずは、ル
形の知覚が登場人物によるものであり、松村のいう「登場人物の内からの
描写」があてはまる場合である。
(25) 途中で、寒そうな湖が見えた。次の駅で窓から覗くと、湖水から
獲れた魚を籠に入れて、汽車に乗りこむ人があった。
見覚えのある羽咋の駅を過ぎると千路、金丸、能登部と、小さ
な駅に次々と停まる。この辺まで来ると、片側に大きく山が迫り
はじめる。見知らぬ小さな駅を過ぎるのが、何がなし悲哀があっ
た。
(『ゼロの焦点』
:370)
(26) このとき、後ろから戛々と馬蹄の音を聞いた。ふり返ると、白馬
にまたがった黒の山高帽に乗馬服の騎乗者二人が速歩で近づいて
きていた。……
馬は眼の前にくる。……
「メルシイ、ムッシュ」
と会釈した声は若い女だった。……
こちらは声を呑んでいると、女性騎乗者は白い馬を速歩のまま
湖水の中に乗り入れて行く。白い飛抹を上げ、湖面に輪がひろが
る。葦の群れからはずっと離れたが、さりとて湖心に向かうので
もない。岸に沿って即かずはなれずに進む。あんがいに浅瀬で、
馬の膝の下ぐらいまでしか水に浸してない。その姿は霧に消えた。
14
日本語知覚補文テンスについての覚書き
(松本清張『詩城の旅びと』
:202-203)
次は、ル形の知覚に登場人物が関与していない場合であり、「登場人物
の内からの描写」があてはまらない例である。
(27) 大通りを「館山寺温泉行」のバスが走り抜けて行く。アーケード
の下を歩く髭男は煙草屋の前で足をとめる。この男なら、四日前
に藤沢の西田栄三に「橋本」と名乗った人物であった。
(松本清張『十万分の一の偶然』:77)
(28) 暗いアパートの部屋に入って灯をつけた。がらんとした倉庫のよ
うな空気である。壁を塞ぐ書棚も、机の上に積んだ書籍もノート
も、廃品のように生命がなかった。寒いからなおさらだ。稲木は
電気ストーブをつけ、狭い台所でガスレンジに火を点じる。コー
ヒーポットに茶色の粉を入れ、水を注ぐ。底に飲み滓のこびりつ
いたコーヒー茶碗を一個だけ洗う。茶碗の音と水の音とが寝静まっ
た夜中に響いて侘しい限りであった。
(『地の骨(上)
』:59)
(29) 「あなたは、何でも、今年の正月、京都でかなりな大金を盗難に
遭われたそうですね?」
「……」
川西は、不意をくらって椅子からすべりそうになった。顔から血
がひくのが分る。急に耳鳴りがしてきた。あたりが静かなだけに
ジーンと鼓膜の奥にひびく。
(
『地の骨(下)』
:395)
明らかに、これら文末がル形で終わる例は、文末のテイル形にはない雰囲
気を持ち合わせている。 一言でいえば、 工藤 (1995:202) のいう、
anti-narrative なルポルタージュ的な手法が持つ語り手不在の印象である。
もちろんこの語り手不在は、§2で論じたように、進行する事態そのもの
15
を、知覚するままに提示する、「映し手」の視点で描写されるためである
が、更に、これらル形が、§2のような従属節ではなく主節にあるために、
知覚の媒体が表面には表れず、よりいっそうの躍動感や眼前描写性が感じ
られるようになるといえよう。
もっとも、歴史的現在は劇的現在ともいわれるが、これらル形がすべて、
劇的な場面を表しているわけではないことは明らかである。中には、
(26)
の例文のように、一見、劇的な場面を表していると考えられる例もあるが、
(28)の「火を点じる」「水を注ぐ」「一個だけ洗う」といったことは、お
よそ、劇的とはかけ離れた動作といえよう。ただ、これらのル形が用いら
れるコンテクストについていえることは、(28)のように動作が連続する
場合に用いられることが多いといえるが、これは、現場の事態の進展ゆえ
に、語り手が、語りの立場を忘れて現場の場面に没入してしまい、ひたす
ら、「映し手」として、知覚するままに、事態の進行を語るためである。
これらの例において、ルをタにすると、タによって語り手の存在が明示さ
れるため、現場の躍動感はなくなってしまう。これらの用法は、語りの時
が表れないト書きの用法にも通じるものである。事実、(27)のル形はト
書きの用法といってもさしつかえないものである。
さて、これらの知覚を表すル形においては確かに、物語の事態は進展す
ることになり、曽我のいうように、主筋的事象を表しているようにも思え
る。とはいえ、このようなル形の主筋的事象とタ形による主筋的事象を同
一のものとしてよいかどうかは疑問であると思われる。というのは、タ形
においては、語り手の意図が反映されているのに対し、「映し手」の視点
のル形には、ル形の意図的な使用というよりは、語り手が現場の場面に没
入するあまりの、いわば、無意識的な使用と考えられるからである。この
ような文末での語り手不在の「映し手」のル形の使用は、補文でのル形と
は異なって、「〈かたり〉というテクスト性を破壊してしまう」(工藤
1995:202)恐れもあり、その使用にはある種の制限が予想されるが、事
16
日本語知覚補文テンスについての覚書き
態の進展する場面での使用は、このようなル形の出現の制約にそった用法
といえる。それゆえ、ル形による事態の進展は、タ形による主筋の明示と
はかなり性質の異なるものであり、この用法については、事態の進行する
背景の臨場感を高める副次的、背景的事象を表すという解釈も可能かもし
れない。先の『倫敦塔』の、ル形のかもしだす現実か夢か区別がつかない
奇妙な雰囲気は、語りの主体が明示されないことから生じるものであると
いえよう。
また、もしルが主筋を表せるとすると、テイルには主筋的事象を表す場
合が全くないのかという問題も生じると思われるが、次の例は、テイルで
描かれている箇所に焦点があり、主筋的事象であるとも考えられる。
(30) どこかに隙間があるらしい。はてなと思って首をもたげ、足もと
のほうへ眼をやった。次の控えの間との襖が半分あいている。
昨夜、この襖はしめたはずだったが、と思った。錯覚だったか
と思い、とにかく、そこから寒い空気が入るので蒲団から起き上
がった。閉めるつもりで歩み寄ると、次の間の廊下に面した襖が
完全に一枚ぶんあけっ放しになっている。
川西は愕然となった。……川西のうろたえた眼は洋服ダンスに
走った。扉は完全に閉ってなく、三センチばかり開いていた。
彼は扉に飛びついた。……
洋服が無かった。ハンガーだけはぶらりと下がっている。
(
『地の骨(下)』
:173-174)
そうすると、テイルも主筋を表しうるという事になり、このことをまとめ
ると、「タは主筋的事象を表すが、ル、テイルも主筋的事象を表しうる」
ということになってしまうが、このような一般化は有意義なものとも思え
ない。そもそも、主筋と副筋の区別は、はっきり二分化できるものとも思
17
えず、むしろ、牧野(1996:116)のいうように、出来事を前景とみるか
後景とみるかは、個人差があるものとみるべきかもしれない。
さて、ここで、曽我の(20)にもどると、これまで述べてきたような問
題点はあるものの、その一方で、この一般化がある程度まであてはまるこ
ともまた事実であると思われる。しかし、このような述べ方においては、
次のようにルとテイルのはっきりした区別が必要になろう。
(31) a .主筋的事象は「タ」で、副次的事象は「テイル」で述べられ
る傾向がある。
b .過去の事象を目前の事象とするため主筋的事象にも「ル」が
使われ得る。
とはいえ、この場合、「タ」の主筋的事象と「過去の事象を目前の事象」
とするための「ル」の主筋的事象は、それぞれ、「語り手」と「映し手」
によって述べられた異質なものであるとの但し書きが必要となろう。また、
過去の事象を anti-narrative に眼前の事象として述べるのが、真の意味
での歴史的現在用法であるとすれば、この用法は、「映し手」としてのル
形の用法についてのみいわれるべきであると思われる。
ここで、澤田(2000:122-123)が問題にしている次のルとテイルの違
いについて検討してみよう。
(32) 長英は星空を見あげた。ついてきた囚人たちは、堀のかたわらに
身を寄せ合っている。遠くで夜番の打つ拍子木の音がきこえてい
た。
(吉村昭『長英逃亡』)
澤田は、この例文で「きこえていた」の箇所において、「聞こえる」と
「聞こえている」になった場合の違いを次のように論じている。
18
日本語知覚補文テンスについての覚書き
(33) a .遠くで夜番の打つ拍子木の音が聞こえる。
b .遠くで夜番の打つ拍子木の音が聞こえている。
「聞こえる」の場合、その時に、ある一定時間、音が持続的にし
ているという点では「聞こえている」と共通しているが、意識主
体がその音を知覚する仕方はより主観的、内面的である。すなわ
ち、意識主体の内的描写となっている。
本稿の観点からは、
「聞こえている」は語り手の声であるが、「聞こえる」
は、主人公である長英の知覚を表していると説明できる。澤田のいう、
「意識主体の内的描写」とは、「語り手ではなく、知覚主体である主人公の
知覚」と理解されよう。結局、澤田(1997)では、ルとテイルの区別はさ
れていないが、澤田(2000)では、この違いが認められたことになる。
また、松村(1993:416)は、曽我のいう「主筋的事象は「タ」で述べ
られる傾向がある」ということについて、「タ形が重要な出来事を描写す
るのに使われるのは、聞き手が過去であることを読み込めるにも拘らず、
わざわざその出来事が過去に起こったことを繰り返すことで、それだけそ
の出来事に重要性を込める効果をあげているのである」としている。しか
し、タが重要な出来事を描写するのに用いられるとすれば、それは、過去
の出来事の繰り返しをするためではなく、重要であるとの認識がはっきり
語り手によって明示されねばならないためである。また、タとルの交替に
ついても、「日本語において歴史的現在は、文脈より過去指示が明らかな
場合にタ形の繰り返しを避ける手段となっている」
(松村1993:416)とし
ているが、この見方にも問題があるといわざるをえない。ル形は、語り手
が語りの立場を忘れて、進展する事態にのめり込んでいる語り手の心的状
況を表しており、そのためタ形での「語りの今」が反映されないのである
が、このような心的態度は、単にタ形の繰り返しを避ける手段とはみなせ
ないのである。
19
4.英語における歴史的現在は、もっぱら、話し言葉が中心であり、書き
言葉で歴史的現在が用いられることはきわめてまれとされる。これは、時
間をかけて書かれる小説などでは、固定視点が維持されるためと思われる。
一方、話し言葉では、歴史的現在用法が比較的よく見られ、この分野の文
献としてよく引き合いにだされる、Wolfson(1979), Schiffrin(1981)
も会話体の歴史的現在を扱ったものである。よって、日本語の歴史的現在
用法と英語の歴史的現在用法は、それが表れる資料においては多少なりと
も違いがあり、全く同列には扱えない面があることも確かであるとはいえ
る。
さて、歴史的現在用法とは、過去の出来事を発話時の眼前で生じている
かのように生き生きと描く用法であるということについては、ほぼ一致し
た見解であると思われるが、ではなぜ、歴史的現在時制の用法が過去の出
来事を眼前の動作であるかのように叙述できるのかということについては、
ただ過去の出来事を現在時制で表すからという暗黙の説明だけでそれ以上
の考察はなかったように思われる。しかし、この説明だけでは不十分なこ
とは明らかである。なぜなら、現在時制がすべて眼前の動作を表すとは限
らず、また、英語においては、眼前の進行中の動作を表すには進行形を用
いるのが普通であるからである。それ故、歴史的現在用法の本質を明らか
にするには、まずもって、なぜ、歴史的現在用法が、過去の出来事を眼前
で生じているかのように表しうるのかということが明らかにされねばなら
ない。
このことの本質を理解する上で参考になると思えるのは、眼前の動作を
表すのに動作動詞の単純現在時制が用いられる次のようなスポ−ツの実況
中継の用法である。
(34) Napier passes the ball to Attwater, who heads it straight into
the goal!
20
(Leech 1987:6)
日本語知覚補文テンスについての覚書き
しかし、すべてのスポ−ツの実況が単純現在時制で表されるわけではな
く、次のような進行形が用いられる場合もある。
(35) Oxford are rowing well.
(Leech 1987:19)
では、(34)におけるような、眼前の動作を表すのに進行形ではなく単
純形が用いられる場合とはどのような状況であるのかということになるが、
一言でいえば、眼前でスピ−ディ−な動作が連続して続く場合ということ
になると思われる。つまり、目前に進行する動作があまりに急であるため、
知覚主体が知覚対象の情報処理をする間もなく、知覚したままをそのまま
述べる場合である。ではなぜこの時に、進行形ではなく単純形が用いられ
るのかということについてであるが、知覚のままに表すということは、知
覚主体の知覚対象に対する心理的な関与を含み得ない形式で表すというこ
とであり、知覚対象となる命題の真偽値へのコミットといった心理的関与
が表されている過去形や進行形はふさわしくないということになろう。
原理的にはこれと同じ事が、歴史的現在用法の単純形にもあてはまると
考えられる。つまり、この用法は、話し手が、進行する事態を追うのに没
入するあまり、語られる対象の命題の真偽値にコミットする間もなく、知
覚するままに描き、結果的に発話時の話し手の今の立場が反映されなくな
(5)
る現象であると考えられる。
またこの場合における心的態度は、ある程
度持続するため、過去形であれ、現在形であり、同じテンスは群がって続
く傾向があるということになろう。よって、より正確には、ここでの単純
形は現在時を表すというよりは無時制を表すというべきであり、過去に生
じたとの意味合いはコンテクストから与えられると考えられる。つまり、
この用法は主体が明示される「語り手(話し手)」によって語られたので
はなく、主体が現れない「映し手」によって映された、知覚された現実世
界そのままを描き出す用法なのである。よって、結果的に、日本語のル形
21
の場合におけるように、「語り手によって「物語られる」わけではないの
(6)
で描写の直接性の印象が生まれ」
てくるのである。これが生き生きした
描写、臨場感が生じる所以と考えられる。
さて、歴史的現在は語りを'vivid', 'animated', 'dramatic' にするという
これまでの伝統的な見方に異議を唱えたのが Wolfson(1979)である。
彼女は、このような伝統的な見方では、英語でも重要な事実は、過去形で
述べられるという事実を説明できないと疑問を投げかけた。
例えば、彼女があげた次の
(36)の例を見てみることにしよう。これは、
一家で湖に遊びに行ったことを妻が回想して述べた場面である。
(36) Oh, yes, we decided to go to this pizza place for lunch so we
sailed− we left at eleven in the morning and we got there at
three, okay? Four miles −it was against the wind all the way.
We get up to the place, we have our lunch, we get back in the
boat, and I said to Bud, 'I think the wind died.' The wind died,
it took us hours to get back. And we were shipping water
because we had a hole in the boat.... No wind. Absolutely
dead.... And Bud finally took the daggerboard out and was
using it as a paddle.
(Wolfson 1979:173)
この箇所について、彼女は次のようにコメントしている。
(37) In this story the most dramatic point is in the past(I said to
Bud, 'I think the wind died.')The portion of the story which is in
CHP(the Conversational Historical Present)
(We get up to the
place, we have our lunch, we get back in the boat...) does not
describe action of any particular dramatic import.
22
日本語知覚補文テンスについての覚書き
(Wolfson 1979:173)
確かに、この話しの中で歴史的現在で述べられている箇所は大事な箇所で
あるとは思えず、(37)の見解は正しいように思われるが、その一方で、
従来の歴史的現在についての考え方がすべて間違っているとは思えず、
Wolfson の見解と伝統的な見解をどのように整合すべきかという問題が
生じることになる。
一方、Schiffrin(1981:51)には、歴史的現在は、時間に添っての事
態の進行を述べる箇所において用いられるが、冒頭で話しの概要について
述べる部分、話し手の評価を述べる部分、結末の部分などではほとんど生
じないといった観察があるが、この観察は、(37)の Wolfson(1979)の
観察と重なり合うものと考えられる。つまり Wolfson のいう過去形が用
いられるコンテクストとは、Schiffrin のいう話し手の評価を述べる部分、
結末の部分と解釈することが可能である。すなわち、Wolfson のいう重
要な出来事とは、話し手が重要であるとの判断を下した箇所と考えられ、
彼等の観察は、結局のところ、話し手(語り手)の立場が反映される箇所
においては、英語では過去形が用いられねばならないということであり、
これは同じ場合において、日本語ではタ形が用いられるということと平行
していよう。結局、Wolfson は、'dramatic', 'lively', 'animated' の意味
と 'important' の 意 味 を 混 同 し て い る よ う に 思 わ れ る 。(37) で の
'dramatic import' という語の使用はそのことを示してはいないだろうか。
要するに、歴史的現在用法の本質は、あくまで、連続した動作を知覚とし
て提示することにあるのであって、その対象が、'dramatic' であったり、
'important' である場合もありえようが、別にそうである必要は全くない
のである。
例えば、次の二つの例を見てみよう。
23
(38) Suddenly the door swings open and a man rushes into the
room.
He snatches Maud's handbag from her hands and
disappears through the French window.
We were so
flabbergasted that he was gone before any one of us reacted.
(R. Declerck 1991 : 89)
(39) "Do you mean," I said, "that you didn't even notice? That since
seven o'clock you haven't notice a thing?" "I didn't notice
anything, no. I sit in the sitting-room, and about eight o'clock
I start a headache, so I go into the kitchen and have a whisky,
then I feel worse, so I have another or two, and then I go to
bed."
(M. Drabble, The Garrick Year)(塚本1990:93)
(38)は、多少なりとも、劇的な場面といえるかもしれないが、(39)は先
の(36)のように少しも劇的ではなく、むしろ平凡な事柄の強調ともいえ
る。しかし、これらの用法に共通しているのは、事態を事態として、主観
を入れずに客観的に述べるというスタイルである。
語り手が、語り手の立場を表さず、事態を知覚するままに描くスタイル
は、次のような例では効果的に表れていよう。
(40) In the vineyard the water rises to the workers' knees, then
their waists, then their necks. He tries to yell at the people he
loves, telling them they must do something now, quickly, in
the next few seconds, or they will die, but though he opens his
mouth and strains his throat, no sounds will come out. Sheer
terror possesses him. The water laps into his open mouth and
begins to choke him. This is when he wakes up.
(K. Follett, The Hammer of Eden : 4)
24
日本語知覚補文テンスについての覚書き
(40)は、冒頭の書きだしがすべて単純現在時制で描かれている小説の一
部であるが、この書きだしの最後で夢であることが明かされる。この奇妙
な雰囲気は、現場の事態を知覚として提示する単純現在時制の性質をうま
く利用したものといえるが、この用法は、先に述べた、やはり同じような
想像の世界を描いた『倫敦塔』のル形の例に共通するものである。
さて、これまで、単純形の歴史的現在用法を論じてきたが、先に述べた
(34)のような進行形でのスポ−ツの実況に相当するものとして、進行形
が用いられた歴史的現在用法がある。この進行形の歴史的現在用法につい
て は 、 Schiffrin (1981 : 57) は 、 "the co-occurrence of the HP
(Historical Present)with the progressive is a way of making a past
event sound as if it were occurring at the moment of speaking−a way
of making it more vivid." と述べている。確かに、次のような例におい
ては、進行形の使用が「自分の寝室にいた男が自分の夫でないことが分かっ
た時の恐怖」を劇的に描いていると思われる。
(41) z .
So I felt him lean over the bed.
aa. And I- I start laughin'.
bb. I says,
'Oh you s-' excuse the expression
cc.
I said,
'Oh you son of a bitch,' right,
dd. And he came,
ee.
he kissed me.
When he kissed me
ff.
I felt his beard.
gg. And I'm pushin'
hh. I'm sayin'
25
'Ooh, my God! It isn't you!'
ii.
And I'm pushin' with all my might, right?
jj.
I'm saying,
'Oh my God! Who is he?' y'know.
kk. And I
ll.
PUSH.
And I'm-uh-uh I try to scream
mm. and I was too scared.
(Schiffrin 1981:59)
この例においては、先の(30)の日本語のテイルが効果をあげている例と
共通したものが感じられるかもしれない。
しかし、進行形に強調の意味合いが感じられるとすれば、それは、観察
の主体としての話し手の意図的な使用から生じるのであり、事態そのもの
を客観的な事実として提示する単純形の用法とは異質なものであるとする
べきであろう。よって、英語においても真の意味の歴史的現在用法を、
「映し手」としての anti-narrative な手法にあるとするならば、あくまで、
日本語のル形の場合と同様、単純形の場合のみをいうべきであるように思
われる。
−注−
このル形の本質、そしてテイル形との違いについては、これまで、はっきりし
ないままであったように思われる。たとえば、金田一「国語動詞の一分類」
(1950, 1976:13)には、次のような記述がある。(この指摘は中畠(1995)に
よる。
)
連体形の用法は終止形の用法に似ているが、全く同じではない。即ち、終
止形においては、現在の状態を表わし得るのは状態動詞だけであった。然
し連体形においては継続動詞もまた現在の状態を表わし得るようである。
「庭に鶯の鳴く声が聞える」「畠を打つ農夫の姿が見られる」など、「鳴い
ている声が聞こえる」「畠を打っている農夫の−」の意で、
「鳴く」「打つ」
26
日本語知覚補文テンスについての覚書き
は現在の状態を表わしていると見られる。尤もこの言葉遣いは文章語めい
た響をもつ。
しかし、ル形とテイル形には、知覚としてか、あるいは基準時が明示された
観察として述べているのかといった違いがあり、「畠を打つ農夫の姿が見られ
る」と「畠を打っている農夫の姿が見られる」の意味は、全く同一ではない。
「映し手」という名称は甲田(1998)による。甲田(1998:23)には、Stanzel
K. Franz (1979) Theorie des Erzahlens. Verlag Vandenhoeck & Ruprecht,
Gottingen.(Charlotte Goedsche(tr.) A Theory of Narrative 1984 Cambridge
University Press)の説の紹介として以下のような記述がある。
……このうち、物語の内容を再現し伝達する様態である叙法について、伝
達遂行者の種類として「語り手」と「映し手」を挙げている。映し手は、
考えたり、感じたり、知覚したりするが、語り手のように読者に向かって
語りかけない作中人物で、この場合読者は、映し手たるその作中人物の眼
を通して物語の他の人物たちを眺める。語り手によって「物語られる」わ
けではないので、描写の直接性の印象が生まれ、この錯覚が語りの媒介性
を覆い隠している。一方「語り手」は、物語世界の外に位置して作中人物
や出来事を外界の視点(例えば全知の視点)から描写し、必要に応じて解
説・注釈などを差し挟むものである。このような語りの媒介性の形成にお
いて[演劇∼物語]を対比させている。
語り手の声が聞こえるタ、テイルは、語り手での情報処理がなされているのに
対して、「映り手」によって捉えられるル形においては、映り手による知覚処
理はなされず、事態そのものだけを伝えているということになろう。
岩崎(1995)の「従属節のテンスと視点」で提案された「主節時主語視点」の
問題点についてはすでに尾野(1999)で述べたが本稿との関連において、一つ
だけ述べておきたい。岩崎の「主節時主語視点」の根拠の一つは次の a と b の
表す事態はほとんど変わらないとするところにあった。
a .土地の新聞記者が取り巻いているので今西は何だろうと思って、その一
行に目を据えた。
b .土地の新聞記者が取り巻いているのを見て、今西は何だろうと思って、
その一行に目を据えた。
(岩崎 1995:74)
つまり、 a のノデ節の視点は、主節主語の「今西」の視点が働いているとした。
しかし、 b のテイルの視点ですら、これは「今西」の視点ではなく、本稿で論
じたように現場の語り手の視点である。もっとも、次のcのようなル形になれ
ば、
「主節時主語視点」となり得よう。
c .土地の新聞記者が取り巻くのを見て、今西は何だろうと思って、その一
27
行に目を据えた。
また、本稿で論じられているル形の性質は「……ルと……」といった他のル
形の構文にも適用可能と思われる。
池上(1989:263)は、『雪国』の冒頭の「国境の長いトンネルを抜けると雪
国であった」の文には、〈語り手〉の声と〈主人公〉の声と〈読者〉の声が重
なりあっているとの指摘があるが、
〈読者〉の声はともかくとして、〈語り手〉
の声はタがかもしだすのに対し、〈主人公〉の声は、明らかに〈映し手〉とし
てのル形がかもしだすものである。このルを「国境の長いトンネルを抜けタラ
雪国であった」とタラにかえてしまうと、発話時の〈語り手〉の声しか聞こえ
てこず、〈主人公〉の声は消えてしまおう。
工藤(1995:199-200)の次のような記述においては、テイルとルの区別はさ
れていないとみるべきだろう。
実際、シテイル形式は、次のように、作中人物の知覚体験性を明示する場
合に、多く使用されている。
・岩田は玄関を出た。ふと気がつくと、西の山かげにもう陽が落ちかかっ
ている。東のボタ山のてっぺんが黄色く染まっている。岩田は表通りに
出ると、歩きながら考えた。
(死の流域)
作中人物の知覚性を明示するために、スル形式が使用される場合もある。
・伸子はそばで見ていて、そのとき、良人がしんからあわれになった。津
山に命じられる通り、彼は真心こめ、眉をあげ、大きい息を吸う。気を
つけて小さく息をする。彼がこんなに真剣で全心的なのを、どんな場合
にも見たことがなかった。
(伸子)
もっとも、ル形とテイル形の違いについて触れられたことが、これまで全く
なかったということではない。例えば、田中(1976:429-430)には次の記述
がある。
①運動場の鉄ぼうで、六年生のおねえさんが前回りのれんしゅうをしてい
る。②ぴょんと鉄ぼうにとびついた。③ひざをまげてくるっと回る。④か
みの毛がはね上がる。⑤三回めになると、顔がまっかになった。⑥それで
も、まだ回っている。⑦回り方がだんだんおそくなってきた。⑧とびおり
ると、うれしそうに、にっこりわらった。
右の例(上の例)で③の文末は「回る」であり、⑥の文末は「回っている」
である。両者の違いはどこにあるのだろうか。「回る」のような継続動詞
の終止現在形は、普通の場合、未来をあらわすことが知られている。しか
しこの場合、前後の文脈から「回る」が未来の事象をあらわしているとは
考えられない。従来は③も⑥も区別なく「歴史的現在」と呼び、「現在形
28
日本語知覚補文テンスについての覚書き
の文体論的用法」とみなして来た。従って両者の相違について分析される
ことがなかった。本稿では⑥については観念時用法の現在形とみなし、話
し手が観念上の一時点、この場合は六年生のおねえさんが鉄棒をしている
その現場に立って、その時、現に「回る」という動作がおこなわれている
ということを「ている」を附した語形で表現していると解釈する。それに
対して③は「回る」という動作そのものを具体的な時と関係づけないで表
現する超時的用法であると考える。
しかし、テイル形を「観念時用法」とするのはともかくとして、ル形を「超
時的用法」と命名することには、異論もでてこよう。なぜなら、このル形は実
際、現実世界で生じた事柄であるからである(糸井1982:54)。結局、これら
のルとテイルは本稿でいうところの、「知覚の表出」と「事実確認的な観察」
という観点から説明できよう。
葛西(1998:183)においても英語の歴史的現在用法について触れられている
箇所があり、次のように述べられている。
いま仮に無意識ないし非意図的にする話し手の表現を「流露」とし、意図
的な表現を「表出」(原文では「流出」となっているがこれは誤植であろ
う)として区別するならば、「ここ」的、
「今」的な自己中心的性格の「心
的現在」は「流露」に属するものである。これに対し、「歴史的現在」、
「劇的現在」は「表出」にふさわしいといえよう。
すなわち、話し手における過去から現在(また再び過去)への時制の移動
は話し手の視点の移動、心的態度の一貫性の欠如を示してはいるが、これ
は実は、その時、話し手が心的態度の一貫性を失うほど「強い感情」に動
かされていたということでもある。それが、
「ここ」的、「今」的に表現さ
れるので、そこに大きな臨場感がうまれるのであろう。
このような葛西の見解には、いくつか問題点があるように思われる。まずは、
ネ−ミングについての誤解と思われるが、普通一般に論じられる、いわゆる歴
史的現在用法は、本稿で論じたのも含め((24)の『倫敦塔』のル形と(40)
の The Hammer of Eden の現在形を除く)、すべて、話し手の無意識的な使用で
あり、その意味では、
「歴史的現在」は、葛西のいう「表出」ではなく、
「流露」
ということになる。
また、歴史的現在用法が、臨場感を生みだすのは、
「ここ」的、「今」的に表
現されるためというよりは、単純現在形が、「映し手」の「知覚」として捉え
た事態そのものを表すためとすべきである。また、葛西のいう「強い感情」は、
事態を事態として客観的に述べる「映し手」の視点とは、相容れないのではな
いだろうか。
29
さて、本稿や葛西などにおける英語の歴史的現在(Historical Present, 以
下 HP と略す)に対するアプロ−チは、基本的には、語りの現在から「語られ
る世界」への「視点の移動」を前提にしている。しかし、その一方で、歴史的
現在を、「視点の移動」 とはみなさない一連の樋口の研究 (1995a, 1995b,
1998) がある。
樋口は、単純現在時制は現在についての状態しか表さないとする前提に立ち、
HP は「動きを直接言葉にしたものではなく、一旦時間を捨象し固定したもの
を、再度時間の流れの上で、今度は動かない状態的なものとして捉え直したも
の」であり、「ある動きをそれを象徴する写真で捉えた様なもの」「動きを描い
てはいるが、写真自体は動かない。動かない schematic な状態とみるからこそ、
刻々移りゆく現在の一瞬一瞬でも全体図を捉えることが出来、現在形で表しう
る」としている(樋口 1995a)。それゆえ、樋口は HP は vivid でも dramatic
なものでもありえないとして、 次のように述べている。 "HP may be vivid
since it may incorporate actions, but it can also be less dynamic, since the
image is abstract and static(Higuchi 1998 : 84)."
しかし、このような HP の本質を動的でなく、静的なものとみなす分析は直
感に反する不自然な分析である。まず、問題となるのは、スポ−ツの実況中継
におけるHPであるが、これについて Higuchi は、この HP でアナウンサーが
伝えているのは、目前に進行している動作ではなく、予想されたシナリオとい
う schema をいっているのであるとしている。Higuchi はこの根拠の一つとし
て、実況の最中に予想されない事態が生じた場合は、HP が用いられている次
の a ではなく、過去時制の b が使われるとする Langacker の例を引用してい
る(Higuchi 1998 : 79)
。
a.
#The scoreboard explodes!
b . The scoreboard exploded!
この場合においては、確かに、過去時制が用いられると思われるが、それは、
"explode" という事態が予想できなかったためではなく、一連の知覚されうる
事象としては捉えられないからと考えるほうが自然であろう。つまり、このよ
うな事態は知覚ではなく、話し手の今が表れる認識として捉えられ、そのため
過去時制が用いられたと考えられる。
また、写真の説明に現在時制が用いられるのは、写真の静的な imperfective
image のためであるとしているが(Higuchi 1998 : 73-74)、これも本稿の観点
からは、いわば写真の現場に視点を移行し、「映し手」が写真にある現場を
「知覚」して事態を語らせる手法によるものと説明されよう。
更に、Wolfson があげている会話的歴史的現在についても、語られるのは
30
日本語知覚補文テンスについての覚書き
過 去 の schematic image で あ る と し て 、 次 の よ う に 述 べ て い る 。 "HP
describes the schematic image of the past that exits at the present moment
conceptualized as immediate reality, sacrificing its dynamism.(Higuchi
1998 : 85)
"
確かに英語の会話的歴史的現在には、このような考えが成り立つ場合がある
かもしれないが、日本語の物語での歴史的現在用法においては、描かれる対象
がすでに、schematic image として存在しているとは考えにくいと思われる。
また、このような考え方は、日英語を問わず、知覚補文には適用されず、主節
と補文における、単純形やル形の共通点を捉えられなくなってしまうという重
大な問題が生じてこよう。というのは、知覚補文の表す事柄は知覚の現場でま
さに進行している事態としか考えようがないからである。
結局、樋口の問題点は、現在時制は現在状態的に存在するものを表すとした
ところにある。つまり、HP の現在時制の文と A beaver builds dams. のよう
な総称文や John takes a shower everyday. のような習慣を表す文を同列の文
とみなしたのである。しかし、総称文や、習慣習性の現在時制の文は真偽値を
持っているものであるが、HP の文は、知覚内容を表しているのであって、真
偽命題ではありえないとするべきである。樋口が、眼前の動作は現在時制では
表されないとしたが、それはあくまで、真偽命題をもつ文の場合であり、いわ
ば、文として未分化の状態である、知覚を表す文についてはあてはまらず、H
Pはむしろ無時制の文であると考えられる。
確かに、視点移動説よりは、樋口の説のほうが、問題となっている "This
scruffy-looking student comes into my office yesterday and says he wants
a loan." の文の説明がうまくいくかもしれないが、だからといって、この文だ
けのために樋口説を採用するのはあまりに問題がありすぎるといわねばならな
いだろう。
注
を参照のこと。
用例出典
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』
(新潮文庫)新潮社
1975
松本清張『ゼロの焦点』
(新潮文庫)新潮社
1971
松本清張『時間の習俗』
(新潮文庫)新潮社
1962
松本清張『蒼い描点』
(新潮文庫)新潮社
1959
松本清張『告訴せず』
(文春文庫)文藝春秋 1978
松本清張『十万分の一の偶然』
(文春文庫)文藝春秋 1984
31
松本清張『詩城の旅びと』
(文春文庫)文藝春秋 1992
松本清張『山峡の章』
(角川文庫)角川書店 1992
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33
コンピュータを用いた資料組織演習の
授業展開とその評価
−Biblas for Windows CD-ROM 版を利用して−
河
村
芳
行
0.はじめに
図書館法施行規則第4条の改正に伴い、平成9年4月より図書館司書課
程科目が新カリキュラムになり整理関係科目名及び単位数も変更された。
旧施行規則時の資料目録法演習
(1単位)と資料分類法演習
(1単位)を統合
し、新施行規則では「資料組織演習(2単位)」、講義科目である資料目録
法(2単位)と資料分類法(2単位)を統合し、「資料組織概説(2単位)」と
した。
一方で、文部省生涯学習局長通知(文生学180号平成8年9月6日付)
における資料組織演習の「内容とねらい」では、①目録記入・資料分類・
件名目録作成の実際、②書誌ユーティリティ利用の実際、③データの収集
と編集、データの入力・加工などが挙げられており、書誌ユーティリティ
利用を前提としたコンピュータ目録の演習を通じて実践的な能力の養成を
図ることを示唆している。
これは、旧施行規則時には目録法、分類法それぞれに理論科目と演習科
目を対峙させていたものを新施行規則では整理関係の理論科目と演習科目
35
を横軸に統合することにより、現在の図書館がおかれているコンピュータ
ネットワーク環境における今後の書誌ユーティリティ利用を強く意識した
上での理論科目の単位半減と捉えることができよう。
そこで今年度、 資料組織演習用教材として学術情報センターの
NACSIS-CAT1)を疑似体験させる「BIBLAS For WINDOWS CD-ROM
2)
版」
を導入し、カード目録に換えてコンピュータ目録演習を実施した。
本稿では、実施例を示すと共に演習上の留意点・改善点を報告する。
1.資料組織演習
(目録法)の実施概要
表1−1は演習を進めるにあたっての授業計画
(シラバス)を示したもの
である。
図書館での目録作成業務は書誌ユーティリティを利用したコピーカタロ
ギングが主流となりつつあり、カード目録学習の不要論も聞かれる。しか
し、相当数の図書館では未だにコンピュータ目録導入以前のカード目録が
凍結されて残っており、併用利用している館も少なくない。現代のような
過渡的な時代においては情報検索の一手段としてカード目録をも検索でき、
検索したカード目録の目録記述を正確に読みとり、求める資料を的確に探
せる知識を修得させておくことも必要であろう。また、ISBD 区切り記号
法3)を使っての書誌的事項4)のカード目録への記入は、目録の「記述」部
を理解させる上で有効であることから演習システム BIBLAS の「カード
目録演習」を使用し、パソコン上でのカード目録の作成と利用を前半に演
習することとした。すなわち、この前半の演習は①記述の単位と順序、②
書誌記述の情報源、③書誌的事項と記述の順序、④記述の精粗、⑤第2水
準改行方式による記述、⑥ISBD区切り記号法などについての理解に重点
を置いた演習である。
後半は、日本の代表的な書誌ユーティリティである文部省学術情報セン
ター(NACSIS)の総合目録所在情報データベース(NACSIS-CAT)の目
36
コンピュータを用いた資料組織演習の授業展開とその評価
録作成環境に準拠した BIBLAS の「基礎演習」を使用し、①書誌データ
の検索・同定、②データ入力やリンク形成、③書誌登録、④所蔵登録(所
表1−1 授業計画表
A.カード目録演習
第1回 ①記述の単位と順序
②書誌記述の情報源
③書誌的事項と記述の順序
④記述の精粗
⑤第2水準改行方式による記述
第2回 ① ISBD 区切り記号について
②演習システム Biblas(カード目録演習)の起動と終了の仕方
③コンピュータを使用してのカード目録演習
第3回 ①カード目録演習 演習2,演習3,演習4
第4回 ①カード目録演習 演習5,演習6,演習8,演習11
第5回 ①カード目録演習 演習12,演習13,演習17,演習19
②カード目録の提出方法
B.NACSIS-CAT 目録演習(BIBLAS)
第6回 ①書誌ユーティリティ(NACSIS-CAT)での目録作成について
②システムコマンドの説明
③NACSIS-CATビデオ鑑賞(目録情報の基準)
第7回 ①Biblas(書誌ユーティリティ活用基礎演習)の起動と終了の仕方
②コンピュータ目録演習 演習和図書1,2の所蔵登録演習
第8回 ①コンピュータ目録演習 演習和図書3,4,5の所蔵登録演習
②コンピュータ目録演習 演習和図書6による JP 書誌の書誌流用入力
第9回 ①コンピュータ目録演習 演習和図書7による JP 書誌の書誌流用入力
②コンピュータ目録演習 演習和図書8による TRC 書誌の書誌流用入力
③コンピュータ目録演習 演習和図書9による NC 書誌からの書誌流用入力
第10回 ① NACSIS-CAT フィールド名及び、記述方法について
②コンピュータ目録演習 演習和図書10による書誌新規入力
第11回 ①コンピュータ目録演習 演習和図書11による書誌新規入力
②コンピュータ目録演習 演習和図書12,13によるフィールドの追加演習
第12回 ①目録の排列演習(著者、タイトル、分類、件名)
② OPAC 検索演習
③冊子体目録形式での課題の提出方法
第13回 ①各自図書を持参しての書誌新規作成、書誌登録、所蔵登録
37
蔵リンク形成)、といった一連の流れを実際にコンピュータ操作を通じて
演習することにより書誌ユーティリティを活用した目録作成の仕組みを理
解し、修得することをねらいとした。すなわち、後半の演習は参加図書館
間での共同分担目録方式によるデータベースの作成やその利用のあり方に
ついての理解に重点を置いた演習であり、現在の図書館界の趨勢からこち
らの方の時間配分を多く構成した。
なお、この演習システムには、①和図書目録登録、②洋図書目録登録、
③和雑誌目録登録、④洋雑誌目録登録が用意されているが、和図書・和雑
誌には「日本目録規則1987年版改訂版(NCR1987R)」が、洋図書・洋雑
誌には「英米目録規則第2版(AACR2)」が適用されるように、多くの
ことを扱うことは受講生の混乱をまねくことにつながると思われることか
ら本演習では和図書の目録作成に限定して実施した。
2.NACSIS-CAT と演習システムの環境
2−1
NACSIS-CAT の目録作成環境
図2−1は書誌検索から所蔵登録までの流れを示したものであり、
NACSIS-CAT における目録作成は大きく分けて4つのパターンに分けら
れる。以下にそれぞれのパターンについての操作手順を示す。
1)NC 書誌にヒットした場合
ア)情報源と書誌事項を比較した結果両者が合致する場合(すぐに所蔵
登録)
→
(例:演習和図1,2,3,4,5)
REGister コマンドで所蔵登録
→
SAve コマンドで保存
イ)自館用にデータの修正や追加をしたり、親書誌とのリンクを形成す
る等の編集を必要とする場合(NC 書誌データの修正)
Copy コマンドで書誌流用入力(NC 書誌の複写)→
38
修正や追加を
コンピュータを用いた資料組織演習の授業展開とその評価
書誌検索
1)総合目録データベースにある
2)総合目録データベースにない
レコード修正の必要
なし
あり
1)ア)
2)ア)
1)イ)
所蔵のみの登録
総合目録データ
ベースに類似書
誌がヒット
参照ファイルに
ヒット
書誌修正
ノーヒット
2)イ) 書誌作成
書誌流用入力
書誌流用入力
書誌新規入力
データ入力
リンク形成
・書誌構造リンク形成
・著者名リンク形成
・統一書名リンク形成
書
所 蔵
登
録 (所 蔵
誌
リ
登
ン ク
録
形
成)
図2−1 所蔵登録までの流れ
行う。あるいは、Linkto コマンドでリンクを形成(親書誌・著者典
拠ファイル・統一書名とのリンク付け)を行う。(例:演習和図9)
→
REGister コマンドで所蔵登録
→
SAve コマンドで保存
(手順)
①自館用にデータの修正や追加を行ったり、フィールドの追加・削除・
拡張などを行いたい場合は、書誌詳細画面で Copy コマンドをクリッ
クする。
→
書誌流用入力画面に書誌データが複写される。
39
②自館用にデータの修正や追加が必要であればここで行う。
(また、親書誌とのリンクを形成する必要があれば、ここで Linkto
Parent コマンドを実行する。)
③一連の編集作業が終了したら、REGister コマンドで所蔵登録を行う。
→
所蔵新規作成画面が表示される。
④自館の所蔵データ(LOC:保管場所、CLN:請求記号、RGTN:登
録番号など)を入力し、SAveコマンドで保存を行う。
→
自館が所有する当該書誌が学術情報センターに登録され、所蔵登
録が完了する。
なお、コマンドは大文字で示した部分の省略形を使用することも可
能であるが、演習ではコマンド入力欄に正規の形での入力を指導した。
2)NC 書誌にヒットしない場合
ア)NC 書誌にヒットしないが、JP・TRC・US・UKなどの参照 MARC5)
にヒットした場合(書誌流用入力)
(例:演習和図6,7,8)
→ CReate コマンドで書誌新規作成 → REGister コマンドで所蔵登録
→
SAve コマンドで保存
(手順)
①NC 書誌はヒットしないが JPMARC などの参照 MARC にヒットし
た場合には、情報源(図書など)と比較し、該当する書誌データを選
択する。
→
書誌詳細画面に移行する。
②CReate コマンドで書誌新規作成を行う。
→
書誌新規作成画面(書誌流用入力画面)が表示される。
③書誌データの修正や追加を行い、再度情報源と比較確認し、間違えが
なければ REGister コマンドで所蔵登録を行う。
④SAve コマンドで保存する。
40
コンピュータを用いた資料組織演習の授業展開とその評価
イ)検索の結果、何もヒットしない場合(書誌新規作成)
(例:演習和図10)
→
CReateコマンドで書誌新規作成 → REGisterコマンドで所蔵登録
→
SAve コマンドで保存
(手順)
①検索したところ、「指定された検索条件での検索結果は0件です」と
いうメッセージが表示されたら、CReate コマンドで書誌新規作成を
行う。
→
検索条件で指定したキー以外のフィールドすべてが空欄になって
いる「書誌新規入力画面」に移行する。
②各フィールドに必要なデータを入力し、書誌を作成する。
③必要に応じて親書誌(LInkto Parent コマンドを実行)や著者典拠
(LInkto Author コマンド)、統一書名(LInkto Uniform コマンド)
とのリンクを形成する。
→
リンク先が良ければ、CHoose コマンドで選択を実行する。
④REGister コマンドで所蔵登録を行う。
⑤SAve コマンドで保存する。
2−2
演習システム BIBLAS の環境
目録演習システム BIBLAS CD-ROM 版は Windows 95/98がインストー
ルされているパソコンに CD-ROM をセットすることによりスタンドアロー
ン方式で使用することができる。また、以下のような自動起動プログラム
が用意されているためインストールの必要はなく、CD-ROMをセットす
るだけで起動可能である。
[autorun]
open=Biblas¥biblas.EXE
icon=AUTORUN.ICO
41
本学の場合、スタンドアローンの単体パソコンに一個の CD-ROM ドラ
イブが接続されている環境で演習システムを利用しようとすると、立ち上
げの際に毎回 Self-Mentenance 機能が働き初期状態に戻すように設定さ
れているため演習の都度インストールを行う必要があったが、この自動起
動プログラムによりその手間が省かれた。
演習内容としては、カード目録演習、基礎演習、応用演習の3部門で構
成され、目録登録機能、目録出力機能、目録検索 OPAC 機能が用意され
ている。基礎演習では必須のコマンド(Search, Display, Create, Copy,
Edit, Linkto Parent, Linkto Author, Choose, Save, Register, Return,
Giveup など)を学習するだけでNACSIS-CATの目録作成環境を疑似体験
できるようになっており、受講者のコンピュータリテラシーの程度差や、
限られた目録演習時間への配慮がなされていると言える。
3.本学における実施例
3−1
コンピュータを利用したカード目録演習
BIBLAS の「カード目録演習」を使用し、パソコン上でのカード目録
演習を行う。なお、演習問題としては『資料組織演習(JLA 図書館情報
学テキストシリーズ10)』吉田憲一編著(p119∼125)に掲載されている
総合目録演習問題の和書に関する問題を1講義3∼4問の割合で進めた。
以下に手順を示す。
3−1−1
起動の方法
①CD-ROM をセットすると、Autorun.ico により自動的に Biblas の演習
システムが立ち上がり初期画面になる(日本地図の画面)
。
②「カード目録演習」をクリッ
クし、学籍番号欄に各自の
学籍番号(例 g99330001)、
氏名欄に各自の名前を入力
42
コンピュータを用いた資料組織演習の授業展開とその評価
し、
「ν了解」をクリックする。
→
業務選択画面(図3−1)になる。
③「1.和図書カード目録登録」をクリックする。
→
和図書目録カード演習一覧画面に移行する。
④「新規作成」をクリックすると、和図書カード目録演習画面(図3−2)
になる。
⑤情報源をもとに「記述ユニット方式」でカードに書誌的事項を記入する。
カード目録演習では目録規則の標準である第2水準の記述を採用し、
改行方式による記述を演習したので「記述ユニット方式でのカード記載
例(第2水準)
」を示しておくことにする(図3−3)。なお、区切り記
号は ISBD(International Standard Bibliographic Description:国際
標準書誌記述)による。
カード目録は、ア)所在記号、イ)標目、ウ)記述ブロック、エ)標
目指示ブロックの4つのブロックから構成されるが、本演習ではウ)の
記述ブロックの記入の仕方を中心に行うこととした。
⑥すべての記入が終わったら、
「保存」をクリックする。
データの保存、データのロード等のコマンドアイコンをクリックする
際には、アクティブ状態のメッセージ表示画面をドラッグして下にある
コマンドアイコンから離れた状態にして行うことにより誤動作を防止す
ることができることを事前に指導したい。
→
「和図書目録カード演習一覧」に目録データが追加される。
⑦「新規作成」をクリックし、次の課題に進む。
3−1−2
終了の方法
①「和図書目録カード演習一覧」画面で、
「終了」をクリックする。
→
業務選択画面(図3−1)に移行する。
②「99.業務終了」をクリックする。
43
→
初期画面(日本地図の画面)に移行する。
③3.5インチ FD を挿入して、「個人データの保存」をクリックする。
④「フロッピーディスクにデータを保存します」というメッセージに対し
て「OK」ボタンをクリックする。
→
各自のフロッピーディスクに目録作成したデータが保存され、再び
初期画面(日本地図の画面)に戻る。
⑤「終了ボタン」をクリックし、「プログラムを終了しますか?」のメッ
セージに対して「ν了解」をクリックする。
→
Biblas のプログラムが終了し、Windows の初期画面に戻る。
⑥フロッピーディスクと CD-ROM を取り出し、[スタート]→[Windows
の終了]→「コンピュータの電源を切れる状態にする」のラジオボタン
が ON になっている状態で
[はい]をクリックする。
→
コンピュータの電源が切れる。
図3−1 カード目録業務選択画面
44
コンピュータを用いた資料組織演習の授業展開とその評価
図3−2 和図書カード目録演習画面
図3−3 第2水準、改行方式の記述(*印ごとに改行する)
45
3−1−3
2回目以降の起動手順
①CD-ROM をセットすると自動的に Biblas の初期画面になる。
②各自のフロッピーディスクを挿入し、「個人データのロード」をクリッ
クする。
③「フロッピーディスクからデータをロードします」というメッセージに
対して「OK」をクリックする。
→
データのロードが始まり、終了
後、初期画面(日本地図の画面)に戻る。
④「カード目録演習」をクリックする。
⑤業務選択画面になるので「1.和図書カード目録登録」をクリックする。
→
和図書目録カード演習一覧画面に移行する。
⑥「新規作成」をクリックすると、和図書カード目録演習画面になるので
出題された課題に取りかかる。
3−1−4
カード目録の提出
与えられた演習課題を終えると第5回目までには「和図書目録カード演
図3−4 和図書目録カード演習一覧
46
コンピュータを用いた資料組織演習の授業展開とその評価
習一覧」に、12件の目録が登録されているはずである(図3−4)。3番
目の「金芝河生を語る」
、8番目の「物理便利帖」、10番目の「医学一般」
の3件を選択してプリントアウトして提出させる。
(手順)
①「和図書目録カード一覧」の画面で
[印刷]ボタンをクリックする。
→
プリンタの設定画面になる。
②[印刷の向き]が「縦」、[用紙サイズ]が「A4」になっていることを確
認し、
[OK]ボタンをクリックする。
→
印刷範囲設定画面になる。
③[番号指定]のラジオボタンを ON にして、印刷したい目録番号を「3,
8, 10」のように半角英数字で入力し、
[OK]ボタンをクリックする。
→
近くのプリンタから印刷される。
3−2
BIBLAS を利用した NACSIS-CAT 目録演習
前項で示したように4つのパターンがあるが、ここでは NC 書誌にもヒッ
トせず、さらに参照ファイルにもヒットしない場合の書誌新規作成例を用
い、一連の流れを示す。なお、図書目録演習課題情報源(表題紙、奥付な
ど目録規則の規定の情報源および目録記述に必要な書誌的事項を付記して
ある)をもとに書誌データの入力を行うが、ここで扱う課題の情報は①書
名:
「書誌ユーティリティ」、②副書名:
「新たな情報センターの誕生」、③
ウエダシュウイチ
シリーズ名:「図書館員選書・18」、④著者:「上田修一」、⑦出版地:「東
京」
、⑧出版者:
「日本図書館協会」
、⑨出版年月:
「1991年9月」
、⑩版次:
「初版」
、⑪頁付:「viii, 223p」
、⑫版型:
「19cm」
、⑬ISBN:「4-8204-91091」、⑭定価:「1600円」、⑮注記事項:「各参加館の事例報告:p95-98」で
あるものとする。
(手順)
①CD-ROM をセットすると、Autorun.ico により自動的に Biblas の演習
47
システムが立ち上がり初期画面になる(日本地図の画面)
。
②各自のフロッピーディスクを挿入し、「個人データのロード」をクリッ
クする。
③「フロッピーディスクからデータをロードします」というメッセージに
対して「OK」をクリックする。
→
データのロードが始まり、データの取り込み終了後、初期画面(日
本地図の画面)に戻る。
④「基礎演習」をクリックする。
→
業務選択画面(図3−5)になる。(個人データをロードしたので
最初のカード目録演習のときのような学籍番号・氏名等の入力画面は
表示されない。
)
⑤「1.和図書目録登録」をクリックする。
→
和図書書誌検索・簡略表示画面(図3−6)になる。
図3−5 業務選択画面
48
コンピュータを用いた資料組織演習の授業展開とその評価
図3−6 和図書書誌検索・簡略表示画面
⑥「和図書書誌検索・簡略表示」画面で、ISBN の欄に当該図書の ISBN
番号「4-8204-9109-1」を入力し、Enter キーを押す。(ISBN は「−」ハ
イフンを省略して入力しても同じ。
)
→
検索の結果、
「検索結果は0件です」と表示される。
検索の方法にはいろいろあるが、ここではまず ISBN を用いて検索さ
せている。ISBN(International Standard Book Number:国際標準図
書番号)は国際的な標準の一つとして、一書名、一版次を単位として割
り当てられるアラビア数字10桁の番号であり、書誌を特定するような検
索の場合には有効な手段である。しかし、印刷の時点での誤植や書誌登
録の時点での誤入力などの原因により実際には NC 書誌として存在する
図書が検索されないという可能性もある。ISBN による検索で NC 書誌
にヒットしなかったような場合には、書名や著者名などによる書誌を特
定しやすい別の検索キーを用いた検索を再度行い、重複書誌を作成しな
いように細心の注意を払う必要があるということを指導したい。
和図書目録検索ではNC書誌にヒットしないとき①NC 書誌→②JP 書
誌→③TRC 書誌の優先順位でファイル検索が行われる。この演習では
ISBN 検索の結果NC書誌も何もヒットしない。上記の理由で検索漏れ
を起こしているかも知れないので、書名のヨミ検索に「ショシ」と
「ユー
ティリティ」の2つのキーワードを用い、著者のヨミ検索として「ウエ
49
ダ」を用いて、二項目間の論理積検索(AND 検索)を行わせている。
⑦ISBN でヒットしないので、「和図書書誌検索・簡略表示」画面で、今
度は書名のヨミ検索としてTITLE(タイトル)の欄に「ショシ△ユー
ティリティ」という2つのキーワードによる論理積検索式を入力し、
AUTH(著者)の欄に「ウエダ」と入力し、Enter キーを押す(図3−
7)
。
キーワードは半角でも全角でも検索は可能であるが、半角で入力する
習慣をつけさせると共に、「ワカチガキのゆれ」を意識して検索するよ
う指導する。なお、△は半角スペースを示す。
→
やはり検索の結果、
「検索結果は0件です」と表示される。
(NC 書誌にも参照 MARC にも存在しないということである。
)
図3−7
検索キーの入力
⑧こういった場合には、「検索結果は0件です」と表示されている「和図
書書誌検索・簡略表示」 画面のコマンド入力欄 (上方の空欄) に
CREATE(書誌新規作成コマンド)と入力し、Enterキーを押す(図3−
8)
。
→
和図書書誌新規入力画面に移行する。
画面は項目タグだけで検索に使用したキーワード以外のデータは何も
入力されてない状態であるが、手元の情報源を参考に⑨∼⑳の手順で必
50
コンピュータを用いた資料組織演習の授業展開とその評価
須項目のフィールドすべてに必要なデータを入力する。
図3−8
書誌新規作成コマンド CREATE の実行
⑨コードブロックの YEAR(=Year of Publication:刊年)フィールド
に出版年を「1991」と入力し、TAB キーを押す。
(TAB キーを押すと次の項目欄にカーソルが移動する。マウスを使っ
てカーソルを該当項目欄へ直接移動することも可能である。
)
⑩コードブロックの CNTRY(=Country Code:出版国コード)フィー
ルドに日本の出版国コード「ja」と入力する。
ちなみに、アメリカ合衆国は「us」,英国は「uk」,ドイツは「gw」,
フランスは「fr」であることに言及する。
⑪コードブロックの TTLL(=Title Language Code:本タイトルの言語
コード)フィールドに日本語の言語コード「jpn」と入力する。
ちなみに、英語は「eng」,ドイツ語は「ger」,フランス語は「fre」
である。これらの言語コードは TXTL フィールドや ORGL フィールド
でも使用することに言及する。
⑫コードブロックの TXTL(=Title Language Code:本文の言語コード)
フィールドに日本語の言語コード「jpn」と入力する。
⑬コードブロックのISBN(=International Standard Book Number:国
51
際標準図書番号)のフィールドに「4820491091」と入力する。
(ISBN の「−」
(ハイフン)は省略して入力する。)
⑭コードブロックの PRICE(=Price/Terms of Availability:価格/入
手条件)のフィールドに定価を「1600円」と入力する。
ここでは、本体価格ではなく定価を入力することに言及する。
⑮記述ブロックの TR(=Title and Statement of Responsibility Area:
タイトル及び責任表示に関する事項)のフィールドに入力されている
「ショシ ユーティリティ」を消去して、「書誌ユーティリティ : 新たな
情報センターの誕生 / 上田修一著‖ショシ ユーティリティ : アラタナ
ジョウホウ センター ノ タンジョウ」と入力する。
(記述の形式は、「 本タイトル△:△タイトル関連情報△/△責任表示
‖本タイトルのヨミ△:△タイトル関連情報のヨミ 」である。
)
ダブルストローク(‖)は、f・10キーを押し、シフト JIS 記号表示の
中から(‖)を選択することによって表示するか、SHIFT キー+¥キー
を2回押したのち f・10キーを押して表示する。また、
(//)は「め」キー
を2度押した後、f・10キーを押して表示するなどといった記号の表示方
法の指導も必要となる。
⑯記述ブロックの PUB(=Publication, Distribution, etc., Area:出版・
頒布等に関する事項)のフィールドに、
「東京 : 日本図書館協会 , 1991」
と入力する。(記述の形式は、「 出版地△:△出版者△,△出版年 」で
ある。
)
ISBD での「出版地△:△出版者,△出版年」とは出版年の前にコン
マ、スペース(,△)ではなく、スペース、コンマ、スペース(△,
△)を置く点が異なることに言及する。
⑰記述ブロックの PHYS(=Physical Description Area:形態に関する
事項)フィールドに「viii, 223p ; 19cm」と入力する。
(記述の形式は、「 前ページ,△本ページ△:△挿図△;△大きさ△+
52
コンピュータを用いた資料組織演習の授業展開とその評価
△付随資料 」である。
)
前ページをアラビア数字に直している書誌も見受けるが、「区別のた
めに用いられているローマ数字はそのまま記録する(NCR1987R2.5.1.2
別法2)
」もあることに言及する。
⑱記述ブロックの NOTE(=Note:注記)フィールドに、「各参加館の事
例報告:p95-98」と入力する。
(記述の形式は、
「 導入語:△
」である。)
⑲リンクブロックの PTBL(=Parent Bibliography Link:書誌構造リン
ク)のフィールドに親書誌のタイトルであるシリーズ名を「図書館員選
書〈 〉」と入力する。
(記述の形式は、「 親書誌タイトル△/△責任表示‖親書誌タイトルの
ヨミ△〈親書誌レコードID〉 」である。)
注意点は、< >は半角でシリーズ名との間は半角スペースである。多
くの受講生が LINKTO PARENT(親書誌とのリンク形成コマンド)を
実行後、和図書書誌・簡略表示画面で「TAP3026E指定された検索条件
での検索結果は0件です」と表示されていた。もし、そのようになって
しまった場合には CREATE コマンドを実行し「和図書書誌新規入力画
面」に戻り、書誌データの再入力を行うよう指導したい。RETURN コ
マンドを実行すると「業務選択画面」にまで戻ってしまうことに注意を
要する。
⑳リンクブロックの AL(=Author Link:著者名リンク)のフィールド
に、著者標目形と著者標目形のヨミを「上田, 修一‖ウエダ, シュウイ
チ<>」と入力する。
(記述の形式は、「 姓,△名‖姓のヨミ,△名のヨミ△〈著者名典拠レ
コードID〉 」である。)
本来であれば、コマンド入力欄に LINKTO AUTHOR(著者典拠デー
タとのリンク形成コマンド)と入力し、Enter キーを押すことにより、
53
システムが自動的に著者典拠データを検索し、著者典拠データの表示画
面に移行し、CHOOSE コマンドを実行すると書誌データの和図書書誌
詳細表示画面に戻り著者典拠データの ID 番号が反映されるが、この演
習システムでは著者典拠作業の演習は「応用演習」で行うようになって
いるのでここでは行わないことに言及する。
書誌データの入力(④∼⑳)が完了したら、正しく入力されているかど
うかを手元の情報源とよく確認し、間違えがなければコマンド入力欄に
LINKTO PARENT (親書誌とのリンク形成コマンド) と入力し、
Enter キーを押す(図3−9)。
→
NC 書誌「図書館員選書」が自動的に検出され、和図書書誌詳細表
示画面に表示される(図3−10)
。
図3−9 親書誌とのリンク形成コマンド LINKTO PARENT の実行
54
コンピュータを用いた資料組織演習の授業展開とその評価
作成対象の資料『書誌ユーティリティ:新たな情報センターの誕生』の
集合書誌単位(シリーズ)が、ヒットした NC 書誌「図書館員選書」で
あることを確認した後、コマンド入力欄に CHOOSE(選択コマンド)
と入力し、Enter キーを押す(図3−10)。
→ もとの NC 書誌『書誌ユーティリティ:新たな情報センターの誕生』
に戻る(図3−11)
。
PTBL フィールドが 「図書館員選書‖トショカンイン センショ
<BN07632755>」のようになり< >となっていた箇所に<親書誌レコー
ド ID>がシステムにより自動的に埋め込まれていることを確認させる。
正しく入力されているかどうかをもう一度手元の情報源とよく確認し、
間違いがなければコマンド入力欄に REGISTER(所蔵登録コマンド)
と入力し、Enter キーを押す(図3−11)。
→
和図書所蔵新規入力画面に移行する。
図3−10 選択コマンド CHOOSE の実行
55
図3−11 所蔵登録コマンド REGISTER の実行
配置コード「LOC:」の欄に「本館」
、登録番号フィールド「RGTN:」
の欄に課題登録番号「WT0010」を入力し自館の所蔵データを作成する
(図3−12)。
図3−12 保存コマンド SAVE の実行
56
コンピュータを用いた資料組織演習の授業展開とその評価
入力が完了したら、コマンド入力欄にSAVE(保存コマンド)と入力し、
Enter キーを押す(図3−12)。
→
NC書誌として登録されると共に、画面下に所蔵登録の終了した書
誌が新しい書誌 ID が自動付与された状態で簡略表示される。
4.各項目のデータ記入例と入力レベル
図書書誌レコード、及び図書所蔵レコードに関する各レコード項目のデー
タ入力レベル、内容、記述規則の概要、並びに記述例を受講生指導用に示
すと共に、日本目録規則1987年版改訂版の区切り記号との相違点をまとめ
ておくことにする。なお、各レコード項目のデータ入力レベルの略語の内
容は次のとおりである。
S:自動付与(System-supplied) データ記入はシステムが自動的に行
う。
目録担当者がデータ記入を行うことはありえない。
C:センターのみ(NACSIS only)
データ記入は学術情報センターのみ
が行う。
目録担当者はデータ記入を行ってはならない。
M:必須1(Mandatory)
目録担当者は必ずデータ記入を行う。
A:必須2(Mandatory if applicable or readily available)
目録担
当者は適用可能な情報、または容易に入手可能な情
報が存在する場合、常にデータ記入を行う。
O:各参加組織は目録登録業務方針として、データ記入を行うかどうか
の選択を行う。目録担当者は自参加組織の方針に従っ
て、データ記入を行う(又は行わない)
。
U:不使用(Unused)
目録担当者はデータ記入を行ってはならない。
57
4−1
NACSIS-CAT フィールド名(図書書誌レコード)
1)コードブロック(GMD∼OTHN)
(△は半角のスペースを示す。)
画面項目名(データ要素)
入力レベル
データ記入及び表示例
子書誌
親書誌
A
O
O
O
A
O
① GMD(=General Material Designation Code:一般資料種別コード)
目録対象資料が属する媒体を示す1桁のコード。図書資料には使用し
ない。
→
GMD : v (ビ デオ ディ スク), GMD : s ( コン パクト ディ スク ),
GMD : w(CD-ROM)
② SMD
(=Specific Material Designation Code:特定資料種別コード)
目録対象資料が属する特定の種類(主に物体としての種類)を示す1
桁のコード。図書資料には使用しない。
→ GMD : a△SMD : j(地図資料)
, GMD : h△SMD:e(マイクロフィッ
シュ)
③ YEAR(=Year of Publication:刊年1△刊年2)
出版・頒布等の日付に対応する年(PUBフィールドにある出版年)
を西暦で記録する。
刊年1には、主たる出版・頒布等の日付を記録する。
PUB : 東京△:△東京書籍△,△2000.5
→
M
M
A
A
YEAR : 2000
PUB : 札幌△:△北海道立近代美術館△,△c1999
→
YEAR : 1999
刊年2には、出版・頒布等の日付が複数にわたる場合の刊行終了年を記
録する。
PUB : 東京△:△現代思潮社△,△1985-1992
→ YEAR : 1985△1992
④ CNTRY
(=Country Code:出版国コード)
A
O
M
M
最初の出版地・頒布地等(PUB)に対応する出版国コードを記録す
る。(日本→ja アメリカ合衆国→us 英国→uk ドイツ→gw フランス→fr)
PUB : 東京△:△日本図書館協会△,△1998.7
→
CNTRY : ja
⑤ TTLL
(=Title Language Code:本タイトルの言語コード)
本体タイトル(TR)の言語に対応する3桁のコードを記入する。
(日本語→jpn
英語→eng
ドイツ語→ger
フランス語→fre)
TR : 学術情報と図書館△/△永田治樹著‖カ゛クシ゛ュツ シ゛ョウホウ ト トショカン
→
58
TTLL : jpn
コンピュータを用いた資料組織演習の授業展開とその評価
⑥ TXTL(=Text Language Code:本文の言語コード)
M
M
O
O
A
A
A
A
A
A
O
O
A
A
A
A
本文の言語に対応する3桁のコードを記入する。
(日本語→jpn
→
英語→eng
ドイツ語→ger
フランス語→fre)
TXTL : jpn(本文が日本語のみ)
⑦ ORGL(=Original Language Code:原本の言語コード)
翻訳等の原本の言語に対応する言語コードを記録する。(重訳の場合
は直接の翻訳対象となったテキストの言語。
)
→
TXTL : jpn
ORGL : eng
⑧ REPRO(=Reproduction Code:複製コード)
目録対象資料が複製資料であれば「c」を記入する。複製でない場合
には、何も記入しない。
TR : 日本百科大辞典‖ニホン ヒャッカ タ゛イシ゛テン
→
ED : 復刻版
REPRO : c
⑨ VOL(=Volumes:巻冊次等)
出版物理単位の巻冊次等及び製本種別等の説明語句を記録する。
→
VOL : 上
VOL : 中 VOL : 下
→
VOL : 天
VOL : 地
→
VOL : あ∼こ
→
VOL : Ⅳ−2
VOL : さ∼と
VOL : な∼ん
⑩ ISBN
(=International Standard Book Number:国際標準図書番号)
目録対象資料に付与されている ISBN のうち、VOL フィールドに記
録されている巻冊次、説明語句に対応する番号のみを記録する。
→
4820491091
(
「−」ハイフンは記入しなくてもよい。
)
⑪ PRICE(=Price/Terms of Availability:価格/入手条件)
定価等の入手条件を記録することができる。最新の定価を記録する。
→
PRICE : 1600円 (定価が1600円、本体価格が1524円の場合)
⑫ XISBN
(=Extra ISBN:取消/無効ISBN)
目録対象資料にかかわる無効 ISBN(番号が不正)、取消 ISBN(何
らかの理由で新しい ISBN が付与されたため使用されなくなった以前
の刷次の ISBN )等
ア)無効 ISBN(番号が不正)の記入例
→
VOL :
ISBN :
PRICE : 2500円
XISBN : 4882825117
イ)取消 ISBN(ISBN が複数ある場合)の記入例
( 最 も 値 が 大 き い も の を ISBN フ ィ ー ル ド に 記 録 し 、 残 り は
XISBN フィールドに記録する。
)
→
VOL :
ISBN : 4260351702
PRICE : 1200円
XISBN : 4260351028
⑬ ISSN
(=International Standard Serial Number:国際標準逐次刊行物
番号)
→
雑誌で使用。
59
⑭ NBN
(=National Bibliography Number:全国書誌番号)
A
A
O
O
O
O
O
O
目録対象資料の出版国における全国書誌番号を記録する。和図書であ
れば、国立国会図書館が付与した番号(JP 番号)を記入する。
→
NBN : JP69000001
⑮ NDLCN(=National Diet Library Card Number:NDL カード番号)
目録対象資料にかかわる NDL 印刷カード番号のうち、「国図番号」
を記入することができる。冒頭の「国図」という記号は省略する。
→
NDLCN : 71000831
⑯ GPON
(=Government Printing Office Item Number:GPO 番号)
米国政府印刷局(GPO)刊行物管理番号を記入することができる。
→
GPON : 654
⑰ OTHN
(=Other Numbers:その他の番号)
各種の標準番号のうち、他の箇所に記録されない番号を記録すること
ができる。形式は、
「番号の種類:番号」である。
→
NBN : JP89020632
OTHN : JLA : 89003067(JLA 番号)
NBN : JP80017429
OTHN : LCCN : 80811229(LC カード番号)
2)記述ブロック(TR∼NOTE)
画面項目名(データ要素)
データ記入及び表示例
① TR(=Title and Statement of Responsibility Area:タイトル及び責
任表示に関する事項)
タイトル及び責任表示に関する事項を記録する。
[日本目録規則1987年版改訂版の区切り記号の採否]
1.1.0.2(区切り記号法)の採否
ア)は不採用とし、資料種別はGMDフィールド、SMDフィールドに記
録する。
イ)は採用する。
ウ)は不採用とし、部編や付録については「目録情報の基準第3版」
(→4.2.3
[解説(「固有のタイトルでないもの」と書誌単位)])に規定
されているタイトルの範囲に従う。
60
入力レベル
子書誌
親書誌
M
M
コンピュータを用いた資料組織演習の授業展開とその評価
エ)の条文中のピリオド、スペース(.△)は、スペース、ピリオド、
スペース(△.△)として採用する。
( .△ → △.△ )
オ)は採用する。
カ)は採用する。
キ)は採用する。
ク)は採用する。
すべての例示から資料種別を省略する。また、2番目の例示
(共通タイトル.△部編のタイトル△
[資料種別]
△/△責任表示)は不採
用とする。
①- a
本タイトル
M
M
①- b
タイトル関連情報
A
A
①- c
並列タイトル(和書)
O
O
並列タイトル(洋書)
A
①- d
→
A
最初の並列タイトル
M
M
2番目以降の並列タイトル
O
O
並列タイトル関連情報
O
責任表示
O
A
A
最初の責任表示
M
M
並列責任表示
O
O
タイトルのヨミ
A
A
タイトル関連情報のヨミ
A
A
並列タイトルのヨミ
O
O
本タイトル△:△タイトル関連情報△/△責任表示‖本タイトルのヨ
ミ△:△タイトル関連情報のヨミ
→
TR : 書誌ユーティリティ : 新たな情報センターの誕生 / 上田修
一著‖ショシ ユーティリティ : アラタナ シ゛ョウホウ センター ノ タンシ゛ョウ
② ED(=Edition Area:版に関する事項)
A
A
版に関する事項を記録する。
[日本目録規則1987年版改訂版の区切り記号の採否]
1.2.0.2(区切り記号法)は、これを採用する。ただし、ア)のフィール
ド間の区切り記号については不採用とする。
②- a
版表示
②- b
並列版表示(洋書)
O
並列版表示(和書)
U
②- c
版の責任表示
M
M
O
U
A
最初の責任表示
M
2番目以降の役割の異なる責任表示
O
A
M
O
②- d
付加的版表示
O
②- e
付加的版表示の責任表示
O
O
O
最初の責任表示
M
M
2番目以降の役割の異なる責任表示
O
O
61
→
版表示△/△版の責任表示
(版に関する責任表示とは、当該資料の一種類以上の版に対しては関
係しているが、すべての版に対しては関係していないような責任表示
をいう。)
→
[改訂]
ED : 第3版△/△志保田務△
→
ED : 増補版
改訂増補版、普及版、保存版、復刻版、私家版、縮刷版、ワイド版、
机上版、学生版、必携版、限定版、贈呈版、など。
(逐次に刊行されるものの表示「年版」など、及び NCR872.2.1.1A
で版表示とするものの範囲に含まれている「新装版」「豪華版」など
の装丁に関する版表示は VOL フィールドに記録する。
)
③ PUB
(=Publication, Distribution, etc., Area:出版・頒布等に関する
M
M
事項)
出版・頒布等に関する事項を記録する。
[日本目録規則1987年版改訂版の区切り記号の採否]
1.4.0.2(区切り記号法)は、ア)
、オ)
、カ)、ク)を除いて採用する。
ア)のフィールド間の区切り記号については不採用とする。
オ)の出版年・頒布等の前に置く区切り記号については、コンマ、ス
ペース(,△)ではなく、スペース、コンマ、スペース(△,△)を置
く。( ,△ → △,△ )
カ)の製作項目(製作地、製作者、製作年)は、出版・頒布に関するデー
タ要素とは別に、PUBフィールドを繰り返したうえで丸括弧に入れ
て記録し、丸括弧の前にはスペースは置かない。
( △(
) → (
))
ク)製作年の前に置く区切り記号については、コンマ、スペース(,△)
ではなく、スペース、コンマ、スペース(△,△)を置く。
( ,△ → △,△ )
③- a
③- b
③- c
③- d
→
62
A
出版地・頒布地等
最初の出版地・頒布地等
M
2番目以降の出版地・頒布地等
O
A
M
O
A
出版者・頒布者等
最初の出版者・頒布者等
M
2番目以降の出版者・頒布者等
O
A
M
O
A
出版・頒布等の日付
最初の日付
M
2番目以降の日付
O
O
M
O
O
製作等に関する事項
O
製作地等
O
O
製作者等
O
O
製作等の日付
O
O
最初の出版地△:△最初の出版者△,△最初の出版年(月)
コンピュータを用いた資料組織演習の授業展開とその評価
(出版年・頒布年等については、月まで記録することができる。「月」
の記録は選択事項である。
)
→
PUB : 東京 : 日本図書館協会 , 1991.5
④ PHYS
(=Physical Description Area:形態に関する事項)
A
O
目録対象資料の数量 (ページ数、 図版数等)、 その他の形態的細目
(挿図、肖像、地図等)、大きさ、及び付属資料等の情報を記録する。
[日本目録規則1987年版改訂版の区切り記号の採否]
1.5.0.2(区切り記号法)は、これを採用する。ただし、ア)のフィール
ド間の区切り記号については不採用とする。
④- a
数量
A
O
④- b
その他の形態的細目
O
O
④- c
大きさ
O
O
④- d
付属資料
O
O
O
O
→
前ページ,△本ページ,△後ページ△:△挿図△;△大きさ△+△
付随資料
→
PHYS : 8, 223p : 挿図(13図); 19cm + CD-ROM3枚
⑤ VT
(=Variant Titles:その他のタイトル)
記述対象資料に関するタイトルのうち、TR フィールドに記録されな
いタイトルの形、又は TR フィールドに記録されたタイトルの異形を記
録することができる。VT フィールドの設定は、タイトルごとに行う。
⑤- a
タイトルの種類
M
M
(タイトルの種類は、コード化して記録する。
原タイトル:OR
奥付タイトル:CL
表紙タイトル:CV
なりアクセスタイトル:VT その他のタイトル:OH
→
異
等)
付録1.4タイトルの種類コード表参照のこと。
⑤- b
タイトル
M
M
⑤- c
タイトルのヨミ
A
A
→
タイトルの種類コード:タイトル‖タイトルのヨミ
→
TR : 文化の使徒 : 公共図書館・女性・アメリカ社会 1876-1920年
/ ディー・ギャリソン著;田口瑛子訳‖フ゛ンカ ノ シト : コウキョウ
トショカン シ゛ョセイ アメリカ シャカイ 1876-1920ネン
VT : OR:Apostles of culture
:
the public librarian and
American society, 1876-1920
→
TR : 大学への期待:日本教育の課題 / 木田宏著‖タ゛イカ゛ク エノ キタ
イ : ニホン キョウイク ノ カタ゛イ
VT : CV : Japan's higher education for 21st century
⑥ CW(=Contents of Works:内容著作注記)
O
O
記述対象資料の構成部分となっている著作単位について、巻冊次、タ
イトル、責任表示及びタイトルのヨミを記録することができる。
CWフィールドの設定は、著作単位ごとに行う。
⑥- a
巻冊次等
A
A
63
⑥- b
タイトル
M
M
⑥- c
責任表示
O
O
⑥- d
タイトルのヨミ
A
A
→
巻冊次:△内容著作注記のタイトル△/△内容著作注記の責任表示
‖内容著作注記のタイトルのヨミ
→
VOL : 1
VOL : 2
VOL : 3
TR : 印度の仏教 / 中村元[ほか]編‖イント゛ ノ フ゛ッキョウ
PHYS : 3冊 ; 22cm
CW : 1 : 原始仏教思想論 / 木村泰賢著‖ケ゛ンシ フ゛ッキョウ シソウロン
CW : 根本仏教 / 柿崎正治著‖コンホ゜ン フ゛ッキョウ
CW : 2 :「印度哲学研究」諸編 / 宇井伯寿著‖「イント゛ テツカ゛ク ケンキュ
ウ」ノ ショヘン
CW : 小乗仏教思想論 / 木村泰賢著‖ショウシ゛ョウ フ゛ッキョウ シソウロン
CW : 3 : 般若思想史 / 山口益著‖ハンニャ シソウシ
CW : 仏教小史 / 藤井正著‖フ゛ッキョウ ショウシ
CW : 仏陀時代 / 増谷文雄著‖フ゛ッタ゛ シ゛タ゛イ
⑦ NOTE(=Note:注記)
記述対象資料に関する注記を記録する。NOTE フィールドの設定は、
注記ごとに行う。導入語句を伴う定型注記とそれ以外の注記とがあるが、
定型注記の場合、導入語句と注記との間にはコロン、スペース(:△)を
置く。
[日本目録規則1987年版改訂版の区切り記号の採否]
1.7.0.2(区切り記号法)のア)は、一つのデータ要素ごとにフィールド
を繰り返して記録するので、区切り記号は用いない。ただし、一つの
NOTE フィールド中に複数のデータ要素を記録する必要がある場合は、
この区切り記号法を採用する。イ)は採用する。
→
導入語:△
→
→
NOTE : 各参加館の事例報告: p95-98
TR : 辞林21 / 三省堂編修所編‖ジリン 21
NOTE : 監修: 松村明, 佐和隆光, 養老孟司
[日本目録規則1987年版改訂版で示されている注記項目のうち、別の取扱
いをするもの]
2.7.3.1(タイトルに関する注記)にあるア)の後半の「記録しなかった
他のタイトル」については、VT フィールドの適切なコードを付してそ
れを記録する。なお、「OH : 」を付して記録した場合は、情報源は必ず
注記する。
ウ)の翻訳書の原タイトルは、VT フィールドに原書名コード「OR : 」
を付して記録する。
64
O
O
コンピュータを用いた資料組織演習の授業展開とその評価
2.7.3.7(内容に関する注記)にあるア)の内容細目は CW フィールド
に記録し、「内容:△内容著作注記のタイトル△/△内容著作注記の責任
表示」といった形での注記は行わない。
3)リンクブロック(PTBL∼UTL)
画面項目名(データ要素)
入力レベル
データ記入及び表示例
子書誌
親書誌
A
U
① PTBL
(=Parent Bibliography Link:書誌構造リンク)
書誌構造における上位の書誌単位(親書誌)のタイトル等を記録する。
PTBL フィールドの設定は、書誌構造ごとに行う。
①- a
リンク先親書誌レコード TR 情報
S
U
①- b
リンク先親書誌レコード ID
S
U
A
U
O
U
親書誌レコードとのリンク形成を行うと、リンク先親書誌
レコードの TR 情報と ID が自動的に表示される。
①- c
その他の情報
「その他の情報」には、親書誌の番号等を記録する。また、
書誌構造が3階層以上になる場合には、親書誌の番号等及
び、中位の書誌単位のタイトル、責任表示、タイトルのヨ
ミ、番号等を上位から順に記録する。
①- d
構造の種類
構造の種類はコード化して記録する。(登録時に指定がな
い場合は、構造の種類コードは a が自動付与される。)
シリーズ:a
→
→
セットもの:b
付録1.7構造の種類コード表参照のこと。
親書誌タイトル△/△責任表示‖親書誌タイトルのヨミ△<親書
(リンク先親書誌レコードTR情報)
誌レコードID>△親書誌の番号等構造の種類
→
PTBL : スウェン・ヘディン探検記 / スウェン・ヘディン〔著〕‖ス
→
PTBL : ラテンアメリカの文学 / 綜合社編‖ラテン アメリカ フ゛ンカ゛ク
→
VOL : 上
ウェン ヘテ゛ィン タンケンキ
BN00037141
BN01418628
1-2b
1b
VOL : 下
65
TR : 江戸の本屋 / 鈴木敏夫著‖エト゛ ノ ホンヤ
PTBL : 中公新書‖チュウコウ シンショ
BN00119290
568, 571a
② AL
(=Author Link:著者名リンク)
A
A
O
O
記述対象資料の著者標目を記録する。AL フィールドの設定は、著者
標目の数だけ行う。ただし、記述ブロック、または PTBL フィールド
に記録されていない個人、団体、会議の名称に対し、AL フィールドを
作成してはならない。
1.リンク形成を行う場合
②-1- a
主記入フラグ
基本記入の標目については、主記入フラグとして「*」を
記入することができる。
②-1- b
リンク先著者名典拠レコード HDNG 情報
S
S
②-1- c
リンク先著者名典拠レコード ID
S
S
A
A
著者名典拠レコードとの間にリンク形成を行った場合は、
リンク先著者名典拠レコードの HDNG 情報と ID が自動的
に表示される。
②-1- d
その他の情報
著者標目が会議である場合、
「その他の情報」には副次的要
素である回次、開催年、及び開催地を記録する。
→
リンク先著者名典拠レコード HDNG 情報△
レコード ID
→
リンク先著者名典拠
△その他の情報
TR : リーマン幾何学 : ビギナーズ・ガイド/フランク・モーガン
著 ; 時田節訳‖リーマン キカカ゛ク : ヒ゛キ゛ナース゛ カ゛イト゛
AL : *Morgan, Frank
AL : 時田, 節‖トキタ, タカシ
→
DA022263113
DA05845352
TR : セボフルレン : 第34回日本麻酔学会総会シンポジウム(198
7年4月)/ 稲田豊編集‖セホ゛フルレン : タ゛イ34カイ ニホン マスイカ゛ッカイ
ソウカイ シンホ゜シ゛ウム 1987 ネン 4カ゛ツ
AL : 日本麻酔学会総会‖ニホン マスイ カ゛ッカイ ソウカイ
DA02416225
(第34回 : 1987 : 東京)
→
AL : 横川, 文雄
(1918-)
‖ヨコカワ, フミオ
AL : Hedin, Sven Anders, 1865-1952
DA00169136
DA00178319
2.リンク形成を行わない場合
リンク形成を行わない場合は、著者標目を構成する著者名情報を記録
する。ただし、著者標目が会議である場合、「その他の情報」に副次的
要素である回次、開催年、及び開催地を記録する。
66
②-2- a
主記入フラグ
O
O
②-2- b
著者標目形
M
M
②-2- c
リンク先著者名典拠レコード ID
U
U
②-2- d
その他の情報
A
A
コンピュータを用いた資料組織演習の授業展開とその評価
→
姓,△名‖姓のヨミ,△名のヨミ△< >△その他の情報
(著者標目形)(著者標目形のヨミ)
TR : 位相幾何学 / 河田敬義‖イソウ キカカ゛ク
→
AL : 河田, 敬義
(1961-)
‖カワタ゛, ユキヨシ
③ UTL(=Uniform Title Link:統一書名リンク)
A
A
O
O
記述対象資料の統一タイトル標目を記録する。UTL フィールドの設
定は統一タイトル標目の数だけ行う。
1.リンク形成を行う場合
③-1- a
主記入フラグ
基本記入の標目については、主記入フラグとして「*」を
記入することができる。
③-1- b
リンク先統一書名典拠レコード HDNG 情報
S
S
③-1- c
リンク先統一タイトル典拠レコード ID
S
S
A
A
統一書名典拠レコードとの間にリンク形成を行った場合は、
リンク先統一書名典拠レコードの HDNG 情報と ID が自動
的に表示される。
③-1- d
その他の情報
「その他の情報」には、副次的要素である言語、版、刊年
等を記録する。
リンク先統一タイトル典拠レコード HDNG 情報△ リンク先統一
→
タイトル典拠レコード ID △その他の情報
→
UTL : 竹取物語‖タケトリ モノカ゛タリ
EA00008747
2.リンク形成を行わない場合
リンク形成を行わない場合は、統一タイトル標目を構成する統一タイ
トル情報を記録する。ただし、副次的要素である言語、版、刊年等は
「その他の情報」に記録する。
③-2- a
主記入フラグ
O
O
③-2- b
統一タイトル標目形
M
M
③-2- c
リンク先統一書名典拠レコード ID
U
U
③-2- d
その他の情報
A
A
→
統一タイトル標目形‖統一タイトル標目形のヨミ△
△その他の
情報
→
UTL : 竹取物語‖タケトリ モノカ゛タリ
4)主題ブロック(CLS∼REM)
67
画面項目名(データ要素)
入力レベル
データ記入及び表示例
子書誌
親書誌
O
O
① CLS
(=Classification:分類)
記述対象資料の分類標目を記録することができる。CLS フィールド
の設定は、分類標目の数だけ行う。
①- a
分類表の種類
M
M
M
M
使用する分類表は標準的なものとし、その種類をコード化
して記録する。
→
日本十進分類法第9版:NDC9
国立国会図書館分類表:NDLC
①- b
→
等。
分類記号
分類表の種類:分類
→
CLS : NDC9 : 010.8
→
CLS : NDLC : UL5
O
② SH(=Subject Headings:件名等)
O
記述対象資料の件名標目又はディスクリプタ(統制語)等を記録する
ことができる。SH フィールドの設定は、件名標目等の数だけ行う。
②- a
件名標目表の種類
M
M
使用する件名標目表、シソーラス等は標準的なものとし、
その種類をコード化して記録する。
(付録1.5主題関係のコー
ド表参照)
→
基本件名標目表第3版:BSH
または BSH3
基本件名標目表第4版:BSH4
国立国会図書館件名標目表:NDLSH
米国議会図書館件名標目表:LCSH
等。
②- b
件名
M
M
②- c
件名のヨミ
A
A
A
A
件名のヨミについては分かち書きを行わない。
②- d
細目
細目が後続することを示す区切り記号は、スペース、ハイフ
ン、ハイフン、スペース
(△--△)
を用いる。
②- e
細目のヨミ
A
A
②- f
件名の種類
O
O
件名の種類はコード化して記録することができる。
人名件名(個人名):A
普通件名:K
等。
ただし、新規入力において(及び SH フィールド追加時)は、
件名の種類コード表に掲載されているコードのうち、E、G、
L、M は不使用コードとし、矢印の右側のコードを使用する。
E(地名件名) G(地理的名称:転置形) →F (地理的名称)、
L (個人名以外の件名) →B、 C、 D、 F、 H、 J、 又はK、
M(統一タイトル)→D(統一タイトル)のコードを使用する。
→
68
付録1.5主題関係のコード表参照
コンピュータを用いた資料組織演習の授業展開とその評価
→
件名標目表の種類:件名‖件名のヨミ件名の種類
→
SH : BSH : 図書目録法‖トショモクロクホウK
件名が細目を伴う場合は、
→
SH : NDLSH : 図書館 -- アメリカ合衆国 -- 歴史‖トショカン -- アメリ
カカ゛ッシュウコク -- レキシK
③ REM(=Remainder of MARC Record(参照ファイルで表示):非転写
S
S
フィールド)
MARC からの変換時に他のどのフィールドにも格納されなかったデー
タ(タグ、サブフィールド識別子等を含む)が、そのままの形で表示さ
れる。(参照レコードのみ)
4−2
NACSIS-CAT フィールド名(図書所蔵レコード)
画面項目名(データ要素)
内容及び記述規則概要
入
力
レベル
① LOC(=Location Code:配置コード)
A
所蔵する資料の配置場所等を示すもので、あらかじめ目録システムに申請・登
録されたコードを記録する。
→
配置コード
→
LOC : 本館
② VOL(=Volumes:巻冊次等)
A
図書書誌レコードの巻次等(VOL)に対応して実際に所蔵している物理単位
を記録する。
②- a
巻次等
A
②- b
説明語句
A
③ CLN
(=Call Number:請求記号)
O
物理単位に対応する請求記号を記録することができる。請求記号を構成する分
類記号、著者記号、巻次記号、複本記号等は、
「‖」で区切ることを原則とする。
→
分類番号‖著者記号‖巻次記号
→
VOL : 第 1 巻
CLN : 289.1‖Hu‖1
VOL : 第 2 巻
CLN : 289.1‖Hu‖2
④ RGTN
(=Registration Number:登録番号)
O
69
物理単位に対応する登録番号を記録することができる。
→
登録番号
→
RGTN : WT0010
⑤ CPYR
(=Publication Year of Copy:刷の出版年)
O
刷の相違等の理由により、図書書誌レコードの出版年(PUB)と参加組織等
の所蔵する現物(コピー)の出版年が異なる場合に、現物の出版年または著作権
表示年をアラビア数字で記録することができる。
→
コピーの出版年
→
CPYR : 1988
→
CPYR : c1988(著作権表示年の場合は先頭に「c」を記録する)
⑥ CPYNT
(=Note for Copy:刷の注記)
O
劣化資料、署名入り資料等、記述対象特定コピーの特異性に関する注記を記録
することができる。
⑦ LDF(=Local Definition Field:図書館定義フィールド)
O
物理単位にかかわる各種の情報を記録することができる。記述規則等は、各参
加組織が自由に定めてよい。
⑧ LTR(=Local Tracing:ローカルトレーシング)
O
書誌レコードに記録される標準的な標目以外に、各参加組織が必要とする独自
の標目を記録することができる。
5.演習上のトラブルと留意点
演習時間中に発生したトラブルと留意点をまとめておくことにする。
1)保存と確認
誤操作によるシステムトラブルにより、作成済の書誌データを保存でき
なか った ケー スが 何件 も発 生し た。 一 つの 課題 の所 蔵登 録が 完了 し
SAVE したら一件ごと各自のフロッピーディスクに保存させると共に、
目録出力機能を使ってタイトルでソートをかけさせ、保存されているかの
確認を行わせることが大切である。
① 所 蔵 登 録 画 面 で [Save] → ② 和 図 書 書 誌 検 索 ・ 簡 略 表 示 画 面 で
[Giveup]→③業務選択画面で[99.業務終了]→④初期画面で[個人デー
タの保存]を行い、書誌データを保存する。/⑦初期画面で[基礎演習]
→⑧業務選択画面で[和図書目録出力]→⑨和図書目録出力画面で[Sort
t]を行い、登録済書誌を確認する。/⑩和図書目録出力画面で[Return]
70
コンピュータを用いた資料組織演習の授業展開とその評価
→⑪業務選択画面で[和図書目録登録]を選択し、次の課題に取りかかる。
2)修正・編集
演習科目の場合、講義科目と違って受講生の進度に差が出る。特に、コ
ンピュータを用いた演習においては、コンピュータリテラシーの程度差に
より顕著であると言える。余裕のある受講生に対しては予備の課題を用意
すると共に、到達目標に達せず課題が終了していない受講生に対しては途
中でも一度登録し、のちに空き時間を使って次回までに作成しておくよう
事前指導することも必要である。
和図書所蔵新規入力画面で書誌データを入力中、授業終了の時間が来て
しまって途中で終えなければならないような場合には、①未入力項目のフィー
ルドに何か文字(例えば1でもよい)を入れておいて[Save]→②和図
書書誌検索・簡略表示画面で[Giveup]→③業務選択画面で[99.業務
終了]→④初期画面で[個人データの保存]→⑤[終了]を選択後、コン
ピュータの電源を落とし一旦終了する。/⑥コンピュータを立ち上げ、初
期画面で[個人データのロード]→⑦[基礎演習]→⑧業務選択画面で
[和図書目録登録]→⑨和図書書誌検索・簡略表示画面で修正したい書誌
を検索する(中途の書誌が何だかわからない場合には、
「1)保存と確認」
の⑦∼⑨を行い登録済書誌を確認する)。 /⑩和図書書誌詳細画面で
[Edit] →⑪未入力項目のフィールドに正確な書誌データを修正入力し
[Register]→⑫和図書所蔵修正画面で修正し[Save]することにより修
正・編集が可能である。
3)区切り記号法における記号とスペース
全ての入力項目において、カタカナ、アルファベット、数字等は日本語
入力モードでの全角入力が可能であるが、区切り記号法に用いられる記号
とスペースは直接入力モードでの半角入力が基本である。
書誌入力画面で全角入力されたカタカナ、アルファベット、数字等は書
誌詳細表示画面ではシステムにより自動的に半角表示されるが、区切り記
71
号法に用いられる記号やスペースをも全角入力したまま所蔵入力画面で
[Save]コマンドを実行すると、システムエラーが発生し「不正な処理」
ということでアプリケーションソフトが閉じられてしまうことがある。
[Save]コマンド実行前であれば、①所蔵新規入力画面で[Save]コマン
ドを実行せずに[Return]コマンドで書誌流用入力画面に戻り、②再び
[Register]コマンドで所蔵登録を行うことによりシステムエラーは回避
できるが、ISBD 区切り記号法に用いられる記号とスペースは直接入力モー
ドで半角入力するよう指導したい。
4)親書誌とのリンク
リンクブロックの PTBL(=Parent Bibliography Link:書誌構造リ
ンク)で「図書館員選書△< >」とする際、△(スペース)と< >は半角入
力されていなければ、Linkto Parent コマンドを実行すると和図書書誌検
索・簡略表示画面に戻り、
「指定された検索条件での検索結果は0件です」
というメッセージが表示される。この場合、AL(=Author Link:著者
名リンク)での場合も同様であるが、Create コマンドを実行し和図書書
誌新規入力画面に戻り、書誌データの再入力を行わなければならなくなる
ので事前によく注意しておく必要があろう。
NC 書誌の作成にあたっては、書誌ユーティリティのデータベースの品
質保持のためにどの場面においても正しく入力されているかどうかの再確
認は必要であるが、演習システムとしては書誌入力画面に戻り途中まで完
成されている書誌データを活用できるといった物理画面を1つ戻るワンス
テップがあっても良いように思われる。
5)重複データの削除
受講生が演習を行っている際に、誤って同じ書誌レコードを作成してし
まったというケースはよくあることである。 重複データの削除機能は
BIBLAS Ver.2.0 から正式にサポートされている。
手順としては、①目録出力画面で[Sort t]コマンドを実行し削除した
72
コンピュータを用いた資料組織演習の授業展開とその評価
い書誌レコードを見つける。②検索・簡略表示画面で削除対象書誌レコー
ドを検索する(NC 書誌が複数表示された場合には該当書誌レコードをダ
ブルクリックする)。③[Edit]コマンドを実行すると書誌修正画面に移
行するので全ての項目のデータを1文字1スペースもない状態に消去する
(この際、TAB キーで項目を移動し、Delete キーを押すと便利である)。
④「TR フィールド」に「削除予定レコード」という文字列を入力する。
⑤[Save]コマンドを実行してデータを保存すると、該当書誌レコード
を消去することができる。その際、同一書誌レコード ID で複数件作成さ
れているような場合には1件削除するとすべて削除されてしまうことにな
るが、⑥検索・簡略表示画面で該当書誌を再び検索し、所蔵登録し直すこ
とにより1件のみの登録状態にすることができる。
しかし、⑥を行わなかったが為に該当書誌が存在しない状態であったり、
④のところで「TR フィールド」に「削除予定レコード」と入れ忘れたが
為に各項目のデータは消去できても書誌レコード ID は存在しているとい
うことも起こった。書誌レコード ID のみが存在しているような場合には、
①書誌検索・簡略表示画面で「TR フィールド」に全角スペース2つ以上
を入力し検索すると登録されている NC 書誌すべてを表示することができ
るので①∼⑤を行えば削除可能ではあるが、指導上多くの注意を要した点
であり、重複データの削除に関しては指導者側の対処事項とすべきであろ
う。
6.おわりに
BIBLAS for Windows CD-ROM版を使用しての目録演習実施例、及び
演習上の留意点を示した。演習システム Biblas には矢印キーを押すだけ
で操作可能な演習指導者用掲示モード版も用意されているが、受講者のコ
ンピュータリテラシーの程度差により一斉に演習を進めるのには難があり
補助的利用が妥当であろう。本稿で示したような手順書を用意し、演習の
73
始めに演習内容の要点(関連する目録規則、操作やコマンドの解説など)
を30分程度説明した後、受講者各自のペースで進めさせ、個別指導して廻
るのが効果的であると思われる。また、演習時間内に課題を終えられなかっ
たり、何らかの理由でやむを得ず講義を欠席した受講者に対して、次回ま
でに各自補わせておくことも必要であり、手順書は欠かせないと言える。
図6−1はコンピュータを利用した「資料組織演習(目録)」の理想的
な開講時期を示したものである。
授業運営としては理論科目の修業後に演習科目が配当されるのは通常の
ことであるが、その演習にコンピュータを用いるのであれば、情報処理関
〈情報関連科目〉
情報処理Ⅰ
(1年前期必修)
・ Windows マ シ ン
の基本的操作
・コンピュータリテ
ラシー(初級)
情報処理Ⅱ
(1年後期選択)
・インターネットに
関する基本的な操
作と知識
・ 情 報 発 信 (www
ホームページの作
成と公開)
1年前期
1年後期
2年前期
夏季休暇中
資料組織演習
(目録法)
(2年前期必修)
・コンピュータカー
ド目録
・書誌ユーティリティ
活用コンピュータ
目録
図書館特論
(図書館実習)
(2年夏期必修)
・図書館現場での実
習を通じて大学で
学んだ理論の再構
築を図る
〈司書関連科目〉
情報検索演習
(2年前期必修)
・CD-ROM 検索
・オンラインデータ
ベース検索
・OPAC 検索
・インターネット検
索
資料組織概説
(1年前期必修)
・分類法1単位、目
録法1単位の理論
系講義科目
資料組織演習
(分類法)
(1年後期必修)
・NDC 分類表を 利
用しての分類演習
図6−1
74
目録演習の理想的な位置づけ
コンピュータを用いた資料組織演習の授業展開とその評価
連科目を司書課程科目受講の前提とすることにより Windows マシンの基
本操作を習得させておくことは演習を円滑に進行させる上で有効な方策で
ある。また、今回取りあげたような書誌ユーティリティを活用しての目録
演習を行うにあたっては、重複書誌や重複典拠を防ぐための検索を徹底す
ることが前提となっており、検索理論をもよく理解した上で行った方がよ
り学習効果が期待できるものと言える。
近年、コンピュータを授業に取り入れる科目が増えてきており、コンピュー
タ室の稼働率は非常に高い。司書課程科目のみを前提に理想の形を展開す
ることは難しいと言えようが、図6−1のように「情報処理Ⅰ」→「情報
検索演習」→「資料組織演習
(目録)」→「図書館実習」といった一連の流
れに資料組織演習(目録)を位置づけることによりさらなる効果が期待で
きるものと思われる。
注
1)NACSIS-CAT は学術情報センターの目録システムで、1984年、東京工業大学
と学術情報センターとの接続を皮切りに、わが国初の全国的なオンライン共同分
担目録システムとして開発され、最新の目録規則であるNCR1987年版改訂版で
規定された書誌単位の目録規則を基板として総合目録データベースの構築を図っ
ている。
2)学術情報センターの総合目録所在情報システム(NACSIS-CAT)の機能をパー
ソナルコンピュータ上で実現し、疑似的に書誌ユーティリティでの目録作成を演
習できるように考えられた M.B.A 社作成のソフトウェア。
3)ISBD(=International Standard Bibliographic Description : 国際標準書誌
記述)区切り記号法は、『日本目録規則1987年版』から本則に採用されており、
書誌情報の交換をスムーズに行って、国際的な書誌情報の流通を促進することが
可能となると共に、記号の後に続くそれぞれの書誌的事項が何であるかを指示す
ることが可能となり、資料の同定・識別および書誌情報の理解を容易にしている。
4)
「日本目録規則1987年版改訂版」では、ア)タイトルと責任表示に関する事項、
イ)版に関する事項、ウ)資料
(または刊行形式)
の特性に関する事項、エ)出版・
頒布等に関する事項、オ)形態に関する事項、カ)シリーズに関する事項、キ)
75
注記に関する事項、ク)標準番号,入手条件に関する事項、の8つの事項を規定
している。
5)NC 書誌とは NACSIS-CAT で作成された総合目録(Union Catalog)の書誌
のことである。このシステムでは参照 MARC として① JP 書誌(国立国会図書
館(NDL)が作成した日本全国書誌 (JAPAN/MARC)の和図書書誌)、②
TRC 書誌(図書館流通センター(TRC)が作成した(TRC MARC)の和図書
書誌)、③ US 書誌(米国議会図書館(LC)が作成した USMARC(books)の
洋図書書誌)、④ UK 書誌(英国図書館(BL)が作成した UK MARC の洋図書
書誌)が用意されている。
参考文献
北
克一著『資料組織演習−書誌ユーティリティ、コンピュータ目録−』M.
B. A., 1998,194p.
北 克一著『資料組織演習−書誌ユーティリティ、コンピュータ目録−(図書
館とメディア・1)
』改訂新版,M. B. A., 2000,238p.
志保田務,高鷲忠美共著『資料組織法』第3版,第一法規,1997,313p.
吉田憲一編著『資料組織演習(JLA 図書館情報学テキストシリーズ・10)
』日
本図書館協会,1998,270p.
柴田正美著『資料組織概説(JLA 図書館情報学テキストシリーズ・9)』日本
図書館協会,1998,264p.
文部省学術情報センター編『目録システムコーディングマニュアル1・2』文
部省学術情報センター,1988
河村芳行著『ワークブック資料組織演習Ⅰ(目録法)−コンピュータ目録と書
誌ユーティリティの活用−』北海道武蔵女子短期大学,2000,121p.
北 克一,志保田務,高鷲忠美「省令科目資料組織演習におけるコンピュータ
目録演習環境の構築−司書課程レベルをもとに−」『整理技術研究』Vol. 39,
1998,p. 17-29
北 克一,志保田務,高鷲忠美「資料組織演習:コンピュータ目録演習課題の
自動提示機能の展開」
『整理技術研究』Vol. 40,1998,p. 11-22
文部省学術情報センター「目録情報の基準第3版」
http://www.nii.ac.jp/CAT-ILL/MAN2/KIJUN3/kijun3.mokuji.html
文部省学術情報センター「目録システムコーディングマニュアル」
http://www.nii.ac.jp/CAT-ILL/MAN2/CM/mokuji.html
76
北海道における児童図書館の歴史
1
−児童図書館千代見園−
谷
口
一
弘
はじめに
わが国における図書館の児童サービスの最初は、大日本教育会が嚆矢と
いわれている。明治16(1883)年設立の大日本教育会が、同20(1887)年
3月に附属書籍館を開設し、ついで6月に小学生図書閲覧規則を定め、児
童図書室を併置したのがその始まりとされる。
その後、少しずつ全国各地に児童図書室を付設する図書館がみられ、特
に明治43(1910)年のいわゆる小松原文相の訓令①による児童室設置の奨
励もあってか、多くの図書館に児童図書室が備えられることになる。
一方北海道では、明治42(1909)年3月開館の私立函館図書館が、普通
室(一般閲覧室)のほかに婦人室と児童室とを併設し、児童サービスを開
始している。函館図書館規則第3条では「満五歳以上ノ者ハ何人ニテモ本
館ノ図書ヲ借覧スルコトヲ得……」② と明記し、児童の利用時間は、午後
5時までと定めている。これは、北海道における図書館の児童サービスの
始まりとも考えられるが、なお今後の検証を必要とする課題である。
この私立函館図書館の児童室開設からおよそ1年後には、同じ函館にお
いて児童図書館千代見園が開館している。明治43年11月、設立者は寺井四
77
郎兵衛である。
本稿は、これまで北海道図書館史のなかで、殆ど言及されることのなかっ
た児童図書館と児童サービスについて、その歴史的経緯やサービスの実際
を明らかにすることを意図し、ここではその児童図書館千代見園について
設置の経緯等を検証しょうとするものである。
1.寺井四郎兵衛について
この頃の函館は、北海道の玄関口として北海道の開拓や移住への出発地
点であり、また樺太、千島に及ぶ北洋の拠点でもあった。つまり、北海道
開拓期から昭和初期にかけて、函館は北海道の経済・産業の中心的位置に
あり、かつ交通の要でもあった。このことは同時に、時代の社会的背景と
しての多くの失敗者や挫折者の集中する都市でもあった。
このような時代的社会的背景のもと、身寄りのない老衰者や孤児、棄民
などの救済を目的として、明治33(1900)年12月、函館慈恵院(以下、単
に「慈恵院」という)が開院された。設立は、仲山与七③、上田大法④、寺
井四郎兵衛の三氏の発起によるものであつた。
寺井四郎兵衛は、この慈恵院設立の動機を「二十五六歳の頃名古屋の先
輩で故佐藤春蔵君より平子徳右衛門君の愛知育児院の為に御尽力なさるこ
とを聞きまして、私も将来は萬望育児事業に従事致したいと心掛けており
ますと、明治三十三年十月上田大法師が吉祥寺女学校建設の事で見いられ
ました時、図らず平素の希望を開陳いたしました。其時巳に上田師と仲山
与七君とが育児事業御計画中で、私も其のお仲間に入れて頂きましたのが、
即函館慈恵院設立の動機で御座います。
」⑤ と述べている。すでに、仲山と
上田の二人との間で進んでいた慈善事業の計画に、寺井が加わり実現をみ
たものである。
この慈恵院設立の資金として、仲山と上田が各500円を、寺井が1,500円
78
北海道における児童図書館の歴史 1
を拠出している。さらに寺井は、新川町274番地所有の私有地1,428坪をこ
の事業のために寄付、11月11日ここに慈恵院院舎が竣工し、12月開院となっ
た。理事長に寺井が、専務理事には仲山、理事は上田と決まった。これが
後に、この同じ敷地内に児童図書館を設置する契機となったのである。
寺井はその後も、明治39(1906)年には土地2,657坪を、また維持費と
して同33(1900)年から大正12(1923)年までの23年間にわたり、総額
9,124円を寄付して慈恵院の財政的基盤を支えていた。
寺井四郎兵衛は慶応3(1867)年6月18日、父四郎兵衛(初代)と母千
代子の長男信太郎として箱館(函館)に生まれた。明治16(1883)年4月、
父の死去により17歳にして家業の金物店を引き継ぎ、二代目四郎兵衛と改
名する。『函館厚生院六十年史』⑥(以下、単に『六十年史』という)によ
ると、「精励刻苦の甲斐あって、家運が次第に開け、金物店、陶器店、鋼
鉄店、漆器店、機械店、電気部、地所部等多角的な経営に乗り出すことが
出来た。」と語っている。さらに「氏は慈善の心厚く、上田大法、仲山与
七と相識るや、共に提携して、明治33年3月」、先の慈恵院の創設にいた
るのである。
2.児童図書館設置の経緯
児童図書館千代見園は、明治43(1910)年「十一月六日、寺井四郎兵衛
・・・・・・・・
が新川町二百七十四番地の所有地内に児童の文化的施設として千代見園を
・・・・・
⑦
設け、園内に児童図書館を作り、無料で閲覧せしめることとし」
(点線は
筆者)
、慈恵院と同じ敷地内に設置されたものである。
これより先、明治37(1904)年7月慈恵院に育児部が増築されたが、翌
38(1905)年12月この育児部から失火、慈恵院院舎を全焼することになる。
このため寺井はあらたに、同じ敷地に隣接する私有地2,657坪を院舎用地
として同39(1906)年に寄付し、ここにまず同年9月建坪150坪の育児舎
79
が竣工した。
明治40(1907)年2月、宮内省より院舎再興費として金500円を下付さ
れ、同5月には北海道庁から建築補助金として900円を交付された。こう
して、明治41(1908)年7月新しく建坪350坪の慈恵院院舎が竣工し、再
建された。
この再建により、ようやく院舎の事業も軌道にのりだした「明治四十三
年十一月六日、函館区東部方面児童の為めに千代見之園公開す、館の内外
・・・・・
・・・・・
共に児童の遊楽に供せんとし、遊楽に伴ふ読書の趣味を涵養せんことを期
⑧
し」
(点線は筆者)
、児童図書館千代見園が設置された。「建物は三十坪位
の洋館、瓦屋根ペンキ塗、敷地は二千三百坪で、五百坪の池があり、三四
十株の青松の間にブランコ、遊動円木等の遊園も設けられた。毎日曜ここ
⑩
で篠崎清次⑨のお伽噺の会が催された。」
児童図書館千代見園は、寺井四郎兵衛が母千代子の古希を祝い計画した
ものである。千代見園の名前は、この母の名に因んで巖谷小波⑪の名付け
によるもので、当時の園内に
竹の春
雀千代ふる
お宿かな
の小波の句碑が建てられていたといわれる。
この児童図書館千代見園は、「児童の遊楽」と「読書の趣味」とを意図
した、「児童の文化的施設」としての性格が強かったようである。毎日曜
開催されているお伽噺の会などは、今の児童サービスとしての「読み聞か
せ」に当たるものであろう。
『函館図書館第貮年報』には、明治「四十三年函館ニ千代見園文庫起ル
・・・・・・・・・
之レ本道ニ於ケル児童専門文庫ノ嚆矢ナリ札幌ノ戊申文庫⑫ハ未ダ公認セ
⑬
ラルルニ至ラザルモ学校附属ノ図書館トシテ近キモノ」
(点線は筆者)と
紹介されている。この当時、全国的に図書館設置が増える傾向となり、特
に明治30年代に顕著にみられる通俗図書館の普及が、大正後期から昭和5
年頃を頂点としたその前後の時期とも合わせ、国家的行事や皇室の慶事に
80
北海道における児童図書館の歴史 1
組み入れられた図書館が設置されるピークであった。
しかし、その多くは設置場所を主に小学校や町村の集会場所に求めたに
過ぎない図書館である。特に学校付設の場合には、のちに学校図書館ある
いは児童図書館の先駆と混同されており、その殆どは検証されていないの
である。こうしてみると、函館図書館をして「児童専門文庫」と言わしめ
た児童図書館千代見園の存在は、単独の施設として用意された児童図書館
として、大きな意義があるといえる。
3.児童図書館設置の経緯
ところが、この児童図書館千代見園開設まもない翌44(1911)年8月29
日、「本院浴場から失火して院舎を全焼し、焼死者七名を出した。……焼
失建物二十棟、七百七十六坪。損害一万五千円に上った。
」⑭
しかし、「院舎を全焼」とあるにもかかわらず、この火災では児童図書
館千代見園は類焼を免れていたようである。それは、大正2(1913)年の
⑮
新聞に「千代見園参観記、上・下」
の見出しで、「お伽噺の大家巖谷小波
先生が……再び来函して二十三日から当区千代見園、少女読書会、図書館
の為めに講演会」を開催の予定であると報じ、事前参観の記事が2日にわ
たり掲載されているからである。ここでいう「少女読書会」の詳しい事は
不明であるが、
「図書館」とは函館図書館を指している。
この記事のなかで、
「千代見園の位置は新川町の二百七十四番地である……
慈恵院の元育児部のあった畑地の裏手に当る……建物は三十坪位の西洋館
で、瓦で屋根を葺き屋壁は木造であるが、ペンキ塗の小酒張りした」建物
であると紹介されている。この記述の部分は、先の明治43年に設置開館し
たときの建物の外観と一致しており、児童図書館千代見園は慈恵院とは離
れた位置にあったがため、類焼を免れたものであろう。また、建物の再建
記録の中にも千代見園についての記載が見えない。
81
少年少女デー
記念
文友堂発売
図1
巖谷小波講演会記念絵葉書(大正2年8月23日)
ところがこの参観記ではさらに、「児童室は四間半に五間半の広さで、
其処に頑丈な卓子と腰掛けとが備え付けられ、……図書室のやうなものも
・・・・・・・・・・・・
設けられてあるが、児童図書館の目的ではないから、図書は余り集めない
さうである」(点線は筆者)と、千代見園は児童図書館としてではないと
も受けとれる記述がある。これはどういうことであろうか。
しかし、同じ参観記のなかで「園主寺井氏の本園を設立するに至った動
・・・
機は、随分久しいものであるさうだ、之は都新聞とかに連載された児童図
・・・・・・
書館を読んで感じた事で、其後上京の際予て旧交のある小波先生に面会し
て、其の記事の記者に紹介されたのが抑の起因で」(点線は筆者)さらに
「設備の未だ整はない所があるが、寺井園主の計画は決して之で満足する
ものではない」と、ここでは児童図書館はいまだ整備途上であると考えら
82
北海道における児童図書館の歴史 1
れる記事内容となっている。また、慈恵院としては先に2度の失火(明治
38年12月と44年8月)による財政的負担が重く、このことも結果的に開設
まもない児童図書館の整備に影響を与えていたものと考えられる。
ところで、寺井四郎兵衛は、いつ頃からいかなる理由で児童図書館設置
を意識したのであろうか。しかも寺井は大正7(1918)年11月には、一般
成人を対象とした図書館彰善館をも、同じ敷地内に設置しているのである。
このことに関しては、先の新聞記事の参観記にみられる動機を裏付ける
ものとして、函館彰善館『開館紀念誌』に児童図書館千代見園設置につい
ての寺井自身の、千代見園開設記念式での挨拶文が収録されている。⑯ こ
れによると、「六七年前よりして、本区東部方面の児童の状態を見まする
・・・・・
・・・・
に、施設すべき事多々御座いますが、其中に児童図書館と、児童遊園とを
兼用するものを設立して」(点線は筆者)と、その意中を述べ、さらに
「数年前にも、知己の御方と御相談を致し、又其準備にも着手致し」「上京
の上、……巖谷小波、……久留島武彦等の諸君に詢り、御懇篤の指導を得
て、計画の上工事に着手致しまして、ここに本日(明治43年11月6日)開
館式を挙行致した次第で御座います」
((
)内は筆者)と述べている。
寺井は仲山、上田の両氏と共に、慈恵院の設立に参加したときからすで
に、子どもたちの更生と社会復帰を念頭においた、次の新しい施設を思案
していたものと考えられる。当時の函館のなかでも、ここ新川町地区一円
はスラム地区といわれており、ここで生活している貧窮児童の救済には特
に力を注いでいる。その一つとして、大正6(1917)年7月私立大森小学
校を開設し、地区内の貧窮児童に義務教育を開始、昭和2(1927)年市立
大森小学校へと引き継ぐまで続いた。
こうした寺井の社会事業・慈善事業に対する意識が、母千代子の古希の
祝い、さらには巖谷小波等の助言もあり、児童図書館千代見園、彰善館の
設置へと結実したものと考えてよいであろう。当時の新聞の人物コラム欄
に、次の如き評がみられる。
83
世間或はわが寺井君を目として、一個の偽善家となし、仮面よく自他
を欺瞞するの小人に不過となす者あるも、恐らく是れ君を知らざるの
甚だしき者と云はざるべからず。君の先代は力勉寛厚の人、母堂また
温良玉の如きの人たり。君この間に生まれて一種の道徳的処世観を継
承し来る。……君また独が児童図書館を創設し称して千代見園と云ふ。
蓋し千代は母堂の名……君や一方堂々の太賈、豈賣名に汲々たるの要
あらむや。宜しく行々の心、正々の籏を進めて、世間の毀誉褒貶の上
に超越する所ありて可なり⑰
と。
4.児童図書館千代見園のその後
大正7(1918)年11月10日、
「季は初冬に属して寒風凛烈」⑱ のなか千代
見園内で盛大な式典が挙行された。寺井四郎兵衛が、同敷地内に新築した
通俗図書館彰善館の開館式である。当日の出席者は、函館区内の政財界、
教育界、社会事業関係者等百余人ほどで、函館図書館主事岡田健蔵も出席
し祝辞を述べている。これより先、寺井は今上陛下御即位記念事業として、
前年5月から千代見園に隣接して新築中であったものである。「これは千
⑲
代見園の児童図書館であるに対して一般向の図書館」
として、設置され
たものであった。
当時の新聞記事は、寺井氏の記念図書館落成として、「今回落成を告げ
たるを今上陛下御即位第七記念日なる来る十日を卜し同日午前十時より開
館の式典を挙行……該図書館の概要に就いて聞くに千代見園敷地は二千三
百坪(池五百坪)、総坪数二千八百坪内建坪総数百二十八坪半、千代見園
(児童図書館)三十坪、教育参考室十七坪半、彰善館(普通図書館)四十
坪、時習寮(寄宿舎)四十一坪なり」⑳ と、報道されている。この時に新
施設として彰善館のほかに教育参考室と時習寮も併せ新築されている。
84
北海道における児童図書館の歴史 1
図2 千代見園見取り図(大正7年11月当時)
図で見ると千代見園というとき、この頃からこの三つの新施設と先の児
童図書館千代見園とを併せた総体として、千代見園という呼称が一般的と
なり、慈恵院とは区別された使用となっていったものと推察される。
この時点で寺井は、先の児童図書館とこの彰善館との2館を経営するこ
とになったのである。がしかし、この2館はどの程度、地区の人々の利用
があっただろうか。特に児童図書館については、殆どその記録が残されて
いない。むしろ、この頃には児童図書館千代見園は、その活動がほぼ休館
の状態にあったのではないかと考えられる。
手懸かりとしての当時の新聞では、彰善館開館からほぼ1年後の大正8
(1919)年7月の報道として、「寺井図書館に遊ぶ(一)(二)」 の記事が
みられる。この内容は、開館間もない彰善館のある敷地内の景観を称して
85
「門をくぐれば……池水蓮葉の青きを浮かべ古軒老枝にのらずとするも松
樹杉木満座を掩ひ」と描写し、わずかに「館内の縦覧席は普通席の外幼年
室、婦人室の三個に分ち外に参考室あり」とのみの記述で、取材当日の図
書館自体の動きが皆目わからない。いわば、図書館のハード面としての敷
地と建物があっても、ソフト面としての肝心の利用者や図書館職員などの
姿が見えてこない取材内容となっている。
この頃の新聞記事ではほかに、「優良成績品の展覧会開催/千代見の園
「お伽大会/千代見の園で」 と、わずか数行の行事開催案内の記事
で」、
が見られるのみである。いわば、先の見取り図にある各施設の総合体とし
ての千代見園と解釈される記述となっている。
こうしてみると、とくに児童図書館がやはり休館の状況にあったものと
推察される。そのことを推測するものとして、『六十年史』では大正13
(1924)年5月5日に、「皇太子殿下御成婚記念事業として、本院内に児童
図書室を設置し、その開館式を兼ねる」 との記述がみられる。毎年5月
5日は慈恵院の創立記念日として、細やかに記念行事を催していたが、こ
の年に「皇太子殿下御成婚記念事業として」、実質的に休館中の児童図書
館千代見園の再興を図ったものとみられ、全国的な傾向としてあった、皇
室慶事に併せた寺井四郎兵衛の事業の一つでもあったとみるべきである。
ところがこれより先、大正11(1922)年10月皇太子殿下行啓記念事業と
して、本院内に第一保育所(建坪95坪)が開設された。さらに、11月には
第二保育所(建坪34坪)も竣工し、事業がさらに拡張されていく。しかも、
この保育所が施設として手狭となり、大正15(1925)年4月、第一保育所
に充てるために千代見園の改修工事が着工されるのである。すなわち「理
事会を開き、千代見園所在の旧児童図書館を所有主寺井四郎兵衛から無償
貸与を受けたので」、これを改修し保育所施設として転用したのである。
結局は、「皇太子殿下御成婚記念事業として」再興を図った児童図書館
であったが、その努力にもかかわらず僅か2年で図書館としての施設その
86
北海道における児童図書館の歴史 1
ものまでも明け渡すこととなる。児童図書館千代見園の終焉である。
こうした児童図書館千代見園に続き、やがて彰善館にもこの余波が及ぶ
ことになるのである。昭和6(1931)年8月28日の新聞で、「千代見園図
書館/寺井氏の寄附を受け東部有志で経営する」 と報じられた。「寺井四
郎兵衛氏所有の新川町千代見園図書館は目下閉館中であるが」「東部有志
は正式に寺井氏より寄附を受け内外を改造し図書を増し私立図書館として
経営する事に決定」したものである。もうこの時点での千代見園図書館と
は、彰善館を指している。
続いて、同9月20日「私立図書館/本日開館式挙行」 の見出しで「寺
井四郎兵衛氏が私費をもって経営していた私立図書館彰善館は財界不況の
余波をうけ」閉館していたが、先の報道のごとく新川町青年団有志の菅村
純之等の努力により、
「再び通俗図書館として開館」「是が開館式を今二十
日午前十時より同館附属託児所にて挙行したのが当日」。こうして、明治
43年11月6日、寺井四郎兵衛個人の財力によって、単独の児童サービス施
設として設置された私立の児童図書館千代見園と、その後に設立された彰
善館も、その歴史を閉じたことになる。
あとがき
明治40年代以降、とくに全国的に通俗図書館の設立は、大正後半から昭
和初期頃を最大のピークとした。
「図書館施設ニ関スル訓令」(1910年)の
期待に応えるかたちで、市区町村が図書館を設置しようとしたとき、その
殆どが「簡易ナ施設」として、学校に付設するというパターンであり、し
かも、児童図書室の付設にいたっては細やかなものであった。
開設間もない慈恵院の定款(明治34年)と、昭和6年の定款のいずれに
も慈恵院の目的を掲げた条項欄には、「図書館」の字句の記載が見られな
い。これは、児童図書館千代見園と彰善館は、慈恵院の事業とは切り離し
87
た寺井四郎兵衛個人の経営になるものとして、その資金も寺井個人の財力
によったものであった。この時代に独立の施設としての児童図書館設置に
は、とくに大きな決断であったであろう。無料で公開された児童図書館と
しての千代見園は、その蔵書冊数や蔵書構成、利用の実際、図書館の運用
に直接に関わる職員などが明らかでなく、かつ図書館としての活動がもう
ひとつ見えてこないのが残念である。
寺井四郎兵衛の児童図書館設立の意図は、先にみてきたように当時の表
現を借りるならば、感化救済事業の一環であり、後の彰善館もその延長上
にあったことは確かであろう。そのことも、当然のことながらがら図書館
の魅力ある利用へと結び付かなかったことの要因の一つと考えられる。
いずれにしても、児童図書館千代見園に関する記録は、彰善館も含め殆
ど皆無といえる。その最大の理由は、二度にわたる失火による院舎の全焼
と、昭和9(1934)年3月の函館大火が、関連資料を失わしめた最大の原
因である。
本稿をまとめるにあたり、特に新聞資料と絵葉書は全面的に北海道大学
附属図書館藤島隆氏にお世話になった。記して謝意を申し上げたい。
注
① 文部大臣訓令「図書館施設ニ関スル訓令」(明治43年2月3日)
文部大臣小松原英太郎は、この訓令のなかで「図書館設立ニ関スル注意事項」
として挙げた7番目の項目で、次のごとく指示している。
一、図書館ノ設備ハ概ネ左ノ各号ニ依ルヘシ但簡易ナル図書館並小学校等ニ
附設スルモノノ此ノ例ニ依ルコトヲ要セス
(一)
図書館ハ閲覧室、書庫及事務室ヲ区分スルヲ可トス其ノ他地方ノ
必要ト経費ノ多少トニ相応シ成ルヘク児童室、婦人室、特別閲覧室、休
憩室、製本室、使丁室等ヲ設クルヲ便トス
② 『函館図書館第貮年報
43.2-44.1』
③ 仲山与七(なかやま・よしち
函館図書館
明治44年3月3日 p.12
1859-1924)
安政6年南秋田郡岩城村生まれ。15歳にして両親を失い、明治13年函館に渡た
り人力車業の輓子となる。その頃、区内元町の教会が、孤児や貧児を収容し教育
88
北海道における児童図書館の歴史 1
をしているのをみて、慈善事業を識る。その後、東京養老院等を視察、一方人力
車業、妓楼を開業し蓄財をなしてのち廃業し、社会事業に専念する。
④ 上田大法(うえだ・たいほう
1869-1946)
明治2年新潟県中蒲原郡萩川村生まれ。同12年11歳で真言宗を収め、20歳で函
館の名刹高龍寺の住職となる。暫く東京にて曹洞宗大学林、哲学館、東京英語学
校等に学ぶ。女子教育の必要を説き、私立吉祥寺女学校を創設。曹洞宗宗務所長、
曹洞宗会議員等の要職を歴任し、推されて福井県永平寺顧問ともなる。
⑤ 斎藤哲治
『開館紀念誌』 函館彰善館 大正8年6月 p.20
⑥ 阿部竜夫
『函館厚生院六十年史』
⑦ 阿部竜夫
前提書 p.46
⑧ 斎藤哲治
前提書 p.32
函館厚生院
昭和35年9月 p.4-5
⑨ 篠崎清次(しのざき・せいじ 1881-1917)
明治14年三河国西加茂郡生まれ。同32年函館訓育会に入学し翌年卒業。同会の
牧師となるが、同36年東京盲唖学校で盲唖教授法を研究、帰函して函館訓育会の
組織を改組し私立函館訓育院と改称。爾来同院長として盲唖教育に尽力する。
平中忠信氏は、篠崎を「視力障害者でありながら、得意なおとぎ話を千代見園
の日曜日毎の会合に子どもたちにお話、子どもたちに読書の喜びを指導した唯一
の指導者であった。彼はキリスト教徒であったが、日露戦争に反対した平和主義
者であった」と語っている。(「函館の千代見園と彰善館」ヘカッチ
第2号
1995.10 p.65)
⑩ 阿部竜夫
前提書 p.46
⑪ 巖谷小波(いわや・さざなみ
1870-1933)
東京麹町生まれ。作家、俳人、編集者。本名季雄。明治20年硯友社に参加し、
「我楽多文庫」に作品を発表、以後しだいに児童文学に関わる。同28年、博文館
の「少年世界」の主筆となる。創作のみならず口演童話で全国を巡り「お伽のお
じさん」として親しまれた。主な著書に『桃太郎主義の教育』
(1915年)
。
⑫
戊申文庫は、明治42(1909)年2月11日、札幌女子小学校(現大通小学校)に
設置されたと言われているが、詳細は次稿に予定している。
⑬ 『函館図書館第貮年報
⑭ 阿部竜夫
43.2-44.1』 p.5
前提書 p.48
⑮ 「函館毎日新聞」№10093, 10094 大正2年8月15, 16日
⑯ 斎藤哲治
前提書 p.33-34
⑰ 「函館毎日新聞」 №11043 大正5年4月24日
⑱ 斎藤哲治
前提書 p.4
⑲ 阿部竜夫
前提書 p.81
89
⑳ 「函館毎日新聞」№11943 大正7年11月8日
「函館毎日新聞」№12191, 12192 大正8年7月18, 19日
「函館毎日新聞」№12205 大正8年8月1日
「函館毎日新聞」№12217 大正8年8月13日
阿部竜夫
前提書 p.99
阿部竜夫
前提書 p.105
「函館毎日新聞」№16566 昭和6年8月28日
「函館日日新聞」№4930 昭和6年9月20日
《付・児童図書館千代見園、彰善館関係年表》
明治33(1900)年11月11日
函館慈恵院(新川町274番地)竣工、開院式
明治37(1904)年7月24日
函館慈恵院育児部(建坪120坪)増築竣工
明治38(1905)年12月28日
育児部から出火全焼(第1回火災)
明治39(1906)年9月30日
育児舎(建坪150坪)竣工
明治41(1908)年7月25日
函館慈恵院院舎(建坪350坪)竣工
明治43(1910)年11月6日
児童図書館千代見園開設、無料公開(建坪30坪)
明治44(1911)年8月29日
浴場から出火院舎全焼(第2回火災)
大正2(1913)年8月23日
巖谷小波、千代見園で講演会
大正6(1917)年5月−日
彰善館着工
大正7(1918)年11月10日
彰善館(建坪40坪)竣工、開館式
11月15日
大正8(1919)年8月1日
8月20日
大正13(1924)年1月26日
彰善館一般開館
千代見園で優良成績品展覧会開催(同31日迄)
千代見園でお伽大会開催
皇太子殿下御成に際し、社会事業家として寺井四郎兵
衛宮内省から表彰
5月5日
大正15(1926)年4月15日
皇太子殿下御成婚記念児童図書室開室
保育所拡張のため児童図書館千代見園を改修し、保育
所に転用
昭和6(1931)年9月20日
休館中の彰善館、菅村純之等により通俗図書館として
再開
昭和9(1934)年3月21日
函館大火。本院も育児部以外全焼(第3回火災)
※ この年表は、『六十年史』をもとに作成したものである。
90
牛乳購入自由化直後のイギリスにおける
牛乳消費に関する一考察
−1950年代前半を中心として−
平
目
岡
祥
孝
次
Ⅰ.はじめに
Ⅱ.牛乳消費の実態
1.戦後の食料消費の動向
2.牛乳の需給状況
Ⅲ.牛乳消費拡大の要因
1.人口規模
2.一人当たり牛乳消費量と牛乳需要の所得弾力性
Ⅳ.むすびにかえて
91
Ⅰ.はじめに
小稿の課題は、連合王国(the United Kingdom、以下イギリスと記す)
の飲用牛乳の消費動向を、1950年代前半の時期に焦点を当てて考察するこ
とである。
周知のとおり、イギリスにおける牛乳は、第2次世界大戦下の国民食料
1)
として極めて重要な位置を占めた。
その理由としては、食料自給面と栄
養確保面から指摘されよう。前者からは、牛乳は国内自給が可能であった
ことである。1939年以前におけるイギリスは、自国の食料需要の優に半分
以上を輸入食料に依存していた。牛乳のみ完全自給を達成していたのであ
る。また、後者からは、牛乳はカルシウムやリボフラビンなどの栄養素を
2)
摂取するうえで栄養価の高い食品であったことである。
それゆえ、第2次世界大戦下におけるイギリスの食料供給政策において
は、 いわゆる牛乳政策 (milk policy) が積極的に遂行された。 食糧省
(Ministry of Food)は、生乳生産分野や生乳流通分野だけでなく、牛乳
3)
小売流通分野の再編や牛乳消費拡大策にも関与した。
その結果、イギリスにおける1人当たり年間牛乳消費量を見ると、1940
年では233.3ポンド(重量)であったが、45年には314.0ポンドとなり、大
4)
戦期間中一貫して消費量は拡大し続けた。
このような牛乳消費拡大策を
はじめとする戦時下の牛乳政策は、戦後も継続された。すなわち、45∼50
年の期間も実際上戦時に属し、牛乳も他の食料品とともに配給された。当
該期間における日常の食生活は、食料品の選択に基づくよりも、やはり食
5)
料供給事情に基づいて制約を受けたのであった。
しかしながら、1950年に入ると、消費者は自らが希望する牛乳量を購入
することが可能となった。54年には、食糧省の管理下にあったミルク・マー
ケティング・ボード(Milk Marketing Board)も完全に自立的な活動を
回復することとなった。6) そして、他の食料品に対する統制も徐々に解除
され、55年は、食料品をすべて自由に選択・購入できる最初の年となった
92
牛乳購入自由化直後のイギリスにおける牛乳消費に関する一考察
のである。リトソン(Ritson)とハッチンス(Hutchins)が指摘するよ
うに、イギリスの食生活は「戦時耐乏と配給」の局面から「通常食生活へ
7)
の回帰」の局面へと移行したのである。
以上のような事実を踏まえて、小稿では、牛乳に対する統制が撤廃され
た直後の1950年代前半の時期に焦点を当てて、イギリスにおける牛乳の消
費動向を考察したい。これまでの牛乳政策の成果が定着したか否かを検証
するとともに、牛乳の消費実態とその要因を中心として、分析を行いたい。
なお、資料の制約から、イギリス、グレートブリテン(Great Britain)、
イングランド・ウェールズ(England and Wales)と、それぞれ統計数
値ごとに特記する。
Ⅱ.牛乳消費の実態
1.
戦後の食料消費の動向
まず、戦後の食料消費全体についておおよその動向を整理しておきたい。
表Ⅱ−1は、1945年、50年および55年における代表的な食料1人当たり消
表Ⅱ−1 イギリスにおける食料消費量の推移
飲用牛乳
肉類
油脂類
砂糖・シロップ
馬鈴薯
果物(生鮮換算量)
野菜(生鮮換算量)
穀物
全消費食料エネルギー
年間1人当たり消費量(重量ポンド)
対 戦 前 比(%)
戦前 1945年 1950年 1955年 戦前 1945年 1950年 1955年
217.1 314.0 347.4 332.6
100
145
160
153
110.0
86.6
95.8 110.4
100
79
87
100
46.9
38.4
47.7
48.3
100
82
102
103
98.1
67.5
83.3 106.7
100
69
85
109
181.9 260.2 246.4 222.3
100
143
135
122
124.0
81.1 105.2 120.0
100
65
85
97
120.4 136.8 127.0 121.1
100
114
105
101
210.0 258.0 222.8 196.4
100
123
106
93
1日1人当たりカロリー(cal)
100
98
102
104
3,000 2,930 3,050 3,120
出所)Minstry of Food(1953)pp. 6∼13 および Board of Trade(1956)pp. 340
∼341より作成。
93
費量を示している。比較のために戦前の数値も付け加えている。45年の時
点では、肉類、油脂類、砂糖・シロップおよび果物の消費量が、戦前の水
準を大きく下回っている。対戦前比で見ると、肉類では79%、油脂類では
82%、砂糖・シロップでは69%、果物では65%であり、砂糖・シロップと
8)
果物の消費量の低下が著しい。これは供給不足が大きな理由であろう。
他方、飲用牛乳は戦前217.1ポンドであったが、1945年では314.0ポンド
となっている。戦前より45%も1人当たり消費量が増加している。ここに
戦時牛乳政策の成果の一端を見ることができよう。また、馬鈴薯の消費量
の増加も著しい。戦前181.9ポンドであったが、45年には260.2ポンドとなっ
9)
ている。戦前よりも43%も1人当たり消費量が増加している。
しかしながら、1日1人当たりカロリー摂取量から見ると、戦前では
3,000cal であったが、1945年では2,930cal にとどまっていた。戦前の水準
を2%程度下回っていた。
1950年では、まず油脂類の消費量が47.7ポンドとなり、戦前の消費量
46.9ポンドを若干上回った。油脂量の消費量は回復した。けれども、肉類
95.8ポンド、砂糖・シロップ83.3ポンド、果物105.2ポンドという消費量で
あり、それぞれ対戦前比87%、85%、85%までしか回復していなかった。
その一方で、飲用牛乳の消費量は347.4ポンドとさらに増加し、戦前の
消費水準より60%も1人当たり消費量が拡大した。大戦期間中極めて重要
な食料であった牛乳が、戦後の食生活においても重視されたことは明らか
であろう。戦前の食生活では、カルシウム不足が問題となっていたけれど
も、この問題は、牛乳政策を戦後も推進することによってほぼ解消された、
と言えよう。10) 馬鈴薯では246.4ポンドと、1945年の260.2ポンドより逆に
1人当たり消費量を13.8ポンド減少させた。これは、48年7月にパンが自
由化されたことに加えて、49年には肉類と魚を除いて食料供給が改善され
たことが理由として考えられる。
1日1人当たりカロリー摂取量からも、ようやく1950年では戦前の水準
94
牛乳購入自由化直後のイギリスにおける牛乳消費に関する一考察
を若干上回る3,050cal に改善された。
前述したように、1950年以降は牛乳も自由に購入することが可能になり、
55年にはすべての食料品を自由に選択・購入することが可能となったので
あった。55年には、肉類の消費量は110.4ポンド、砂糖・シロップの消費
量は106.7ポンドとなり、戦前の1人当たり消費量を若干上回る程度にま
で回復した。ただし、果物は、依然として戦前の1人当たり消費量水準を
回復するまでには至っていない。
飲用牛乳の消費量は332.6ポンドであった。この水準は戦前の水準より
も56%高いけれども、50年の消費量に比べて14.8ポンド減少した。また、
馬鈴薯の消費量は222.3ポンドであり、戦後減少傾向を示している。
ここで指摘しておきたいことは、飲用牛乳および馬鈴薯の消費量が減少
しているにもかかわらず、 1日1人当たりカロリー摂取量が55年では
3,120cal と増加していることである。野菜および穀物の生産が天候に左右
されることを考慮しても、戦後10年を経て安定的な食料供給と食生活の多
11)
様化が定着しつつあることが認められよう。
2.
牛乳の需給状況
まず表Ⅱ−2を見たい。表Ⅱ−2は、イングランド・ウェールズにおけ
る生乳の供給量・仕向け量および週1人当たり推定牛乳消費量を示してい
る。戦前の1938/39年度では、総生乳供給量は10億8,000万ガロンであっ
たが、飲用向け生乳量は7億6,300万ガロン、加工原料向け生乳量は3億
1,700万ガロンであり、加工原料仕向け比率は29%であった。また、週1
人当たり推定牛乳消費量は3.0パイントであった。
大戦末期の1944/45年度では、総生乳供給量は11億8,700万ガロンに増
加し、飲用向け生乳量は10億5,600万ガロン、加工原料向け生乳量は1億
3,100万ガロンであった。38/39年度と比較すれば、総生乳供給は1億700
万ガロン増大していると同時に、加工原料仕向け生乳量が逆に1億8,600
95
表Ⅱ−2 イングランド・ウェールズのミルク・マーケティング・スキーム基づく
生乳の供給量・仕向け量および1人当たり推定牛乳消費量
生乳の供給量および仕向け量
加 工 原 料 1人当たり
年
度 総生乳供給量 1) 飲 用 向 け 加工原料向け 仕向け比率 推 定 牛 乳
(4月∼3月)
生乳販売量 生乳販売量
消 費 量
(百万ガロン) (百万ガロン) (百万ガロン)
(%) (パイント/週)
1938/39
1,080
763
317
29
3.0
1944/45
1,187
1,056
131
11
4.0
1945/46
1,237
1,102
135
11
4.2
1946/47
1,273
1,147
126
10
4.3
1947/48
1,246
1,127
119
10
4.2
1948/49
1,427
1,285
142
10
4.8
1949/50
1,528
1,346
182
12
5.0
1950/51
1,583
1,376
207
13
5.1
1951/52
1,530
1,388
142
9
5.1
1952/53
1,599
1,359
200
13
5.0
1953/54
1,656
1,345
311
19
4.9
1954/55
1,654
1,343
311
19
4.9
1955/56
1,671
1,349
322
19
4.9
1956/57
1,813
1,342
471
26
4.9
注1)スコットランドおよび北アイルランドからの移転数量を含む。
出所)Empsos(1957)p. 349 Table l より作成。
万ガロン減少していることである。言い換えるならば、飲用向け生乳量が
2億9,300万ガロン増加している。理由は、戦時牛乳政策の結果であり、
飲用牛乳は大戦期間中一貫して消費量が増大し続けて、量的には乳製品の
12)
消費量を圧倒していた。
この点については、週1人当たり推定牛乳消費
量が38/39年度の3パイントから44/45年では4パイントに増加している
ことも、その証左の一つとなろう。
1945/46∼56/57年度の期間を通して見ると、総生乳供給量は前年度を
若干下回る年度もあるけれども、ほぼ増加傾向を示している。45/46年度
では12億3,700万ガロンであったが、56/57年度では18億1,300万ガロンと
なり、供給量は約1.47倍の増加であった。飲用向け生乳量は51/52年度が
96
牛乳購入自由化直後のイギリスにおける牛乳消費に関する一考察
最大であり、13億8,800万ガロンであった。戦後統制期においても戦時牛
乳政策が継続されたために、加工原料仕向け比率は戦前に比べて著しく低
く抑えられた。飲用牛乳消費拡大策の成果は、1人当たり推定牛乳消費量
の増加からも明らかである。すなわち、45/46∼50/51年度の期間におい
て、4.2パイントから5.1パイントと、0.9パイント増加している。
51/52∼55/56年度の期間では、週1人当たり推定牛乳消費量は51/52
年度の5.1パイントを最高に以後減少に転じて、53/54年度以降は4.9パイ
ントであった。逆に、加工原料仕向け比率は、52/53年度では19%となり、
56/57年度では26%にまで回復している。量的には、55/56年度に加工原
料向け生乳量は3億2,200万ガロンとなり、38/39年度の数量を上回るこ
とになった。
表Ⅱ−2で見たとおり、1人当たり推定牛乳消費量は、1950年代前半で
は戦前の水準よりも2パイント前後高くなった。国民の食生活の中に飲用
牛乳がほぼ安定的に定着したと考えられる。戦時牛乳政策の中で牛乳需要
の増大に寄与した施策としては、 学校牛乳支給計画 (Milk in School
Scheme)および福祉牛乳支給計画(Welfare Milk Scheme)が非常に重
要である。
学校牛乳支給計画は戦時中の計画ではなく、戦前の計画が拡大されたも
13)
のであった。
同計画は1934年に開始されたのであるが、政府とミルク・
マ ー ケ テ ィ ン グ ・ ボ ー ド (Milk Marketing Board of England and
Wales)の協力で推進された。学童1人当たり1日3分の1パイントの飲
14)
用牛乳が支給された。
この学校牛乳支給計画の目的は、①学童の栄養状態を改善すること、②
成年期に牛乳消費を増加させるために、幼少期から飲乳を習慣化させるこ
と、であった。換言するならば、国民の食生活を栄養的に改善し、生産者
が余剰乳を抱えることになった場合には、その処分方法の一つとして牛乳
販売量を増大させることを意図した計画であった。
97
他 方 、 福 祉 牛 乳 支 給 計 画 は 、 国 民 牛 乳 支 給 計 画 (National Milk
Scheme)として1940年7月1日に導入された。同計画は、5歳未満の幼
児ならびに授乳中および妊娠中の女性に対して、1人1日当たり1パイン
トの飲用牛乳を低価格(2ペンス)で支給するものであった。15) 46年に、
この国民牛乳支給は、ビタミン剤の提供とともに、福祉食料支給サービス
(Welfare Foods Service)が家庭配給計画(Family Allowance Scheme)
と連携されたときに、国家福祉サービスの恒常部門となり、福祉牛乳支給
計画と呼ばれるようになった。
それでは、学校牛乳支給計画および福祉牛乳支給計画の実績は如何なる
ものであったのであろうか。ここで、表Ⅱ−3を見てみよう。表Ⅱ−3は、
イングランド・ウェールズにおける総牛乳販売量および学校牛乳支給計画・
福祉牛乳支給計画に基づく牛乳供給量を表したものである。総牛乳販売量
は、表Ⅱ−2に示した飲用向け生乳販売量と同一数値である。
大戦末期から大戦直後の期間である1944/45∼46/47年度では、学校牛
乳支給計画および福祉牛乳支給計画に基づく供給量は1億9,000万ガロン
から2億100万ガロンに増加し、総牛乳販売量に対する比率は18%を占め
た。47/48年度では若干減少するけれども、48/49∼51/52年度の期間に
おいては、ほぼ2億ガロン強の水準を維持していた。52/53∼55/56年度
の期間では若干の変動があるものの、1億9,000万ガロン台の水準であっ
た。50年代前半における学校牛乳販売量および福祉牛乳販売量に基づく供
給量は、総牛乳販売量に対する比率で見ると、14∼15%を占めていた。大
戦直後よりも3ポイント程度低下しているが、両計画は牛乳消費において
依然として重要な役割を担っていたと、言えよう。
次に、牛乳に対する政府補助金額の推移を見たい。表Ⅱ−4は、牛乳に
対する政府補助金支出額を一般補助金、学校牛乳支給計画分、福祉牛乳支
給計画分に分けて、イングランド・ウェールズとイギリス全体の場合それ
ぞれを示している。
98
1,056
1,102
1,147
1,127
1,285
1,346
1,376
1,388
1,359
1,345
1,343
1,349
1,342
1944/45
1945/46
1946/47
1947/48
1948/49
1949/50
1950/51
1951/52
1952/53
1953/54
1954/55
1955/56
1956/57
1,146
1,156
1,153
1,154
1,164
1,185
1,174
1,143
1,076
931
946
907
866
735
注1)困難地域特別支給計画分
出所)Empson(1957)p. 355 Table 8 より作成。
763
総牛乳販売量 定価牛乳販売量
(A)
(百万ガロン) (百万ガロン)
1938/39
年
度
(4月∼3月)
49
47
46
45
44
44
41
42
43
39
41
42
42
27
学 校 牛 乳
支給計画分
(B)
(百万ガロン)
147
146
144
146
151
159
161
161
166
157
160
153
148
1 1)
196
193
190
191
195
203
202
203
209
196
201
195
190
28
15
14
14
14
14
14
15
15
15
16
17
18
18
4
国 民 福 祉 (B)+(C) (B)
+
(C)
×100
支給計画分
(A)
(C)
(%)
(百万ガロン) (百万ガロン)
表Ⅱ−3 イングランド・ウェールズにおける総牛乳販売量および学校牛乳支給計画・国民福祉牛乳支給計画の実績
イ ギ リ ス 全 体(A)
(百万ガロン)
19.3
31.0
28.4
34.8
52.1
60.7
40.6
27.9
35.3
26.8
24.8
13.0
1945/46
1946/47
1947/48
1948/49
1949/50
1950/51
1951/52
1952/53
1953/54
1954/55
1955/56
1956/57
12.1
11.2
9.4
10.1
9.5
8.4
6.8
7.1
7.3
6.5
5.2
4.2
4.3
29.5
26.8
25.7
25.5
25.9
22.2
19.4
19.3
19.9
18.2
15.1
13.1
12.7
出所)Empson(1957)p. 354 Table 6 より作成。
13.1
1944/45
54.6
62.8
61.9
70.9
63.3
71.2
86.9
78.5
62.0
53.1
51.3
36.6
30.1
21.5
35.0
37.0
46.0
36.3
52.2
73.2
63.6
44.2
35.8
38.5
24.5
17.4
34.3
13.2
11.1
11.8
11.2
10.0
8.1
8.5
8.8
7.8
6.2
4.7
4.7
34.3
31.3
29.5
29.5
29.6
25.3
22.0
21.7
22.5
20.5
17.1
14.8
14.6
70.3
79.5
77.6
87.3
77.1
87.5
103.3
93.8
75.5
64.1
61.8
44.0
36.7
学校牛乳 福祉牛乳
総
計
一般補助金 学 校 牛 乳 福 祉 牛 乳
総
計
支給計画分 支給計画分
支給計画分 支給計画分
(百万ポンド) (百万ポンド) (百万ポンド) (百万ポンド) (百万ポンド) (百万ポンド) (百万ポンド) (百万ポンド)
年
度
一般補助金
(4月∼3月)
イングランド・ウェールズ
表Ⅱ−4 牛乳に対する政府補助金(1944/45∼56/57年度)
牛乳購入自由化直後のイギリスにおける牛乳消費に関する一考察
イングランド・ウェールズでは、戦後統制期の1945/46∼50/51年度に
おいて補助金総額は著しく増加している。45/46年度では3,660万ポンド
であったが、50/51年度では8,690万ポンドとなり、約2.37倍の伸びを示
している。イギリス全体で見ても同様の傾向にあり、45/46年度から50/
51年度へは約2.35倍の伸びであった。しかしながら、51/52年度以降は、
53/54年度の7,090万ポンドを除いてイングランド・ウェールズでは減少
傾向にあったと、言える。
ここで注意すべき点は、福祉牛乳支給計画分である。1950/51年度以降
の期間を見ると、増加傾向を示している。52/53年度では前年度を若干下
回ったものの、56/57年度では2,950万ポンドとなり、50/51年度と比較
して1,000万ポンド以上増加している。学校牛乳支給計画分は、50/51年
度以降年度ごとに増減している。50/51年度では680万ポンドであったが、
56/57年度では1,210万ポンドとなり、約1.78倍となっている。
1952/53年度以降では、学校牛乳支給計画および福祉牛乳支給計画に対
する補助金合計額が、一般補助金額を上回るようになった。これは、牛乳
の購入自由化とともに、食料政策の中に社会政策的要素を色濃く反映させ
ることを意味すると、考えられる。
一般補助金の成果については、表Ⅱ−5で確認しよう。表Ⅱ−5は、イ
ングランド・ウェールズにおける飲用牛乳平均最高小売価格と一般牛乳補
助金額を表わしている。
1950/51年度では、一般牛乳補助金は1ガロン当たり10.6ペンスであり、
牛乳平均最高小売価格に対する比率は27%を占めた。しかし、それ以後は、
牛乳平均最高小売価格は上昇していく一方で、一般牛乳補助金は減少して
いる。56/57年度では、最高小売価格は1ガロン当たり60ペンスであり、
50/51年度の1.5倍に上昇したが、補助金は1ガロン当たり2.3ペンスであっ
た。最高小売価格に対する補助金の比率は4%であった。牛乳の購入自由
化以降、小売価格が上昇する傾向を示すようになり、家計支出も増加した。
101
表Ⅱ−5 イングランド・ウェールズにおける飲用牛乳平均最高価格および一般牛
乳補助金
年
度
(4月∼3月)
1944/45
1945/46
1946/47
1947/48
1948/49
1949/50
1950/51
1951/52
1952/53
1953/54
1954/55
1955/56
1956/57
普通牛乳又は減菌牛乳
の平均最高小売価格
(ペンス/ガロン)
36.0
36.0
36.0
39.0
40.0
40.0
40.0
44.3
51.0
52.3
53.7
56.0
66.0
飲用牛乳販売1ガロン当 飲用牛乳小売価格に対する
たり一般牛乳補助金額
一般牛乳補助金額の比率
(ペンス/ガロン)
(%)
3.0
8
4.2
12
6.5
18
6.1
16
6.5
16
9.3
23
10.6
27
7.0
16
5.0
10
6.3
12
4.8
9
4.4
8
2.3
4
出所)Empson(1957)p. 355 Table 7 より作成。
Ⅲ.牛乳消費拡大の要因
1.
人口規模
牛乳需要は、言うまでもなく人口規模に左右される。まず最初に、最も
単純な需要変化の要因について見ておきたい。表Ⅲ−1は、イングランド・
ウェールズにおける人口の推移を1951∼56年の期間を中心に示している。
表Ⅲ−1 イングランド・ウェールズにおける人口の推移
1939年 1945年 1951年 1952年 1953年 1954年 1955年 1956年
男性(千人) 19,920 20,549 20,016 21,110 21,206 21,288 21,389 21,517
女性(千人) 21,540 22,087 22,742 22,845 22,903 22,986 23,052 23,150
総計(千人) 41,460 42,636 43,758 43,955 44,109 44,274 44,441 44,667
出所)CSO(1948)p. 7 Table 6, CSO(1957)p 8. Table および p. 9 Table 9 を参
考にして作成。
102
牛乳購入自由化直後のイギリスにおける牛乳消費に関する一考察
比較上、1939年と1945年の人口も加えている。1939年の人口は4,146万人
であり、1956年では約4,467万人であった。39∼56年の期間中に、人口は
321万人弱すなわち約8%増加している。
あらためて表Ⅱ−2を見ると、ミルク・マーケティング・スキームに基
づく総生乳供給量は1938/39年度では10億8,000万ガロンであったが、56
/57年度では18億1,300万ガロンに増大している。75%強の伸びである。
期間の誤差を考慮しても、1939∼56年の期間中における人口の増加は、
総生乳供給量の増加に対して10分の1以下しか寄与していないのである。
要するに、1人当たり牛乳消費量の変化がはるかに重要であったことが、
明らかである。
表Ⅲ−2
代表的食料品に関する推定支出所得弾力性数値
支出の所得弾力性数値
戦 前
1955年
飲用牛乳
定価
定価および国民福祉牛乳価格
バター
チーズ
マーガリン
パン
砂糖
精肉
ベーコン
鶏卵
馬鈴薯
紅茶
コーヒー
ココア
全食料品
0.54
−
0.41
0.24
−0.17
−0.06
0.10
0.53
0.61
0.60
0.23
0.05
1.28
−0.11
0.59
0.31
0.29
0.37
0.19
−0.20
−0.05
0.06
0.31
0.32
0.39
0.13
0.06
1.64
−0.06
0.30
出所)MAFF(1957)pp. 113∼116 Appendix B Table I B を参考
にして作成。
103
2.
1人当たり牛乳消費量と牛乳需要の所得弾力性
前述したとおり、牛乳は、戦後の食生活においても非常に重要な位置を
占めた。牛乳消費における変化は、1950年以降では制約要因として家計支
出額が挙げられよう。表Ⅲ−2は、イギリスにおける代表的な食料品に関
する推定支出所得弾力性数値を示している。
戦前の飲用牛乳および食料品全体の所得弾力性数値は、それぞれ0.54、
0.59であった。1955年では、飲用牛乳は0.31、食料品全体は0.30であった。
55年推定値で見ると、ほぼ同じ値であり、両者とも戦前より低い。
また、表Ⅲ−3では、グレートブリテンにおける主要な食料品の所得弾
力性数値を、1937/38年度と52/53年度で比較している。飲用牛乳につい
ては、37/38年度では0.5であり、52/53年度では0.1であった。食料品全
体については、37/38年度では0.5であり、52/53年度では0.3であった。
16)
両者とも戦前より低く、表Ⅲ−2と同様な傾向を示している。
これらの事実から、イギリスにおける牛乳は、低所得層において所得効
果が大きくなる財であると、筆者は推測する。17) 言い換えれば、飲用牛乳
表Ⅲ−3
グレートブリテンにおける各食品需要の所得弾力性数値
飲用牛乳
小麦粉およびパン
ケーキ及びビスケット
精肉
鶏卵
馬鈴薯
リンゴ
オレンジ
砂糖
紅茶
総食料支出
需要の所得弾力性数値
1937/38年度 1952/53年度
0.5
0.1
−0.1
−0.2
0.7
0.2
0.5
0.5
0.5
0.5
0.2
0.1
1.3
0.9
0.9
0.8
0.1
0.1
0.0
0.0
0.5
0.3
出所)Brown(1955)p. 65 Table Ⅰより作成。
104
牛乳購入自由化直後のイギリスにおける牛乳消費に関する一考察
市場拡大の主たる要因は、失業率の低下と所得分配の変更であると、考え
られる。
次に、家族規模と所得の関係から牛乳消費を見よう。表Ⅲ−4は、牛乳
消費に対する家族規模・家族形態および所得の影響を表わしている。また、
表Ⅲ−5は、家族所得階層別週1人当たり推定牛乳量を表わしている。な
お、表Ⅲ−4および表Ⅲ−5ともに、1956年の数値である。
表Ⅲ−4および表Ⅲ−5にある家族形態は、2種類の形態である。すな
わち、5歳未満の子供を持つ家族(福祉牛乳支給計画の対象)および5∼
15歳の子供を持つ家庭である。
表Ⅲ−4から、5歳未満の子供を持つ家庭における牛乳消費の所得弾力
性数値は、同規模の家庭(5歳以上の子供を持つ家庭を除く)よりも小さ
いと、考えられる。たとえば、3人の子供を持つ家庭の場合には、5歳以
上の子供を持つ家庭では0.52であるが、5歳未満の子供を持つ家庭では
0.21である。このことは、現実には幼児を持つ家庭には福祉牛乳支給計画
が適用されている事実からも、当該計画が低所得の影響を改善する重要な
要素であることを示唆していると、言える。
次に、牛乳消費の所得弾力性数値は、5歳未満の子供を持つ家庭よりも
5歳以上の子供を持つ家庭において、家族規模が大きくなるにつれて急激
に大きくなっていると、考えられる。5歳未満子供1人の家庭では0.09で
ある。5歳以上子供3人の家庭では0.52であり、学校牛乳支給計画分の消
費を含めると、0.38になっている。学校牛乳支給計画は家族規模拡大の影
響を低減させる傾向にある。
表Ⅲ−5からは一点指摘しておきたい。週当たり家族所得額が7ポンド
10シリング以下の階層において5歳以上子供3人を持つ家庭では、学校牛
乳支給計画および福祉牛乳支給計画が適用されないときには、週1人当た
り推定牛乳消費量は2.8パイントである。同所得階層であっても、家族規
模よっては当該牛乳消費量が5パイント以上の場合もある。
105
規 模・家
族 形 態
0.09
0.09
0.21
0.11
0.20
0.52
56
658
499
120
規 模・家
族 形 態
出所)Empson(1958)p. 172 Table 2 より作成。
男女大人・1∼5歳未満子供1人
男女大人・5∼15歳子供1人(学校牛乳支給計画分を除く)
男女大人・5∼15歳子供1人(学校牛乳支給計画分を含む)
男女大人・1∼5歳未満子供2人
男女大人・5∼15歳子供2人(学校牛乳支給計画分を除く)
男女大人・5∼15歳子供2人(学校牛乳支給計画分を含む)
男女大人・1∼5歳未満子供3人
男女大人・1∼5歳未満子供2人および5∼15歳子供1人
男女大人・5∼15歳子供3人(学校牛乳支給計画分を除く)
男女大人・5∼15歳子供3人(学校牛乳支給計画分を含む)
家 族
0.26
0.25
0.28
0.27
0.29
0.22
全食料支出の
所得弾力性数値
5.0
(パイント)
3.8
4.5
4.4(パイント)
2.8
3.5
4.3
5.0
5.2(パインド)
週 当 た り 家 族 所 得 額
7ポンド10シリング 12ポンド10シリング 17ポンド10シリング
5.2(パイント)
5.4
(パイント)
5.2(パインド)
4.6
4.9
4.6
4.9
5.2
4.9
5.1(パイント)
5.4
(パイント)
5.6(パイント)
4.1
4.5
4.7
4.6
5.1
5.3
0.09
0.13
0.38
0.20
0.09
0.09
牛乳消費の所得弾力性数値
家庭消費牛乳・
家 庭消費 牛乳
学校牛乳支給計画分
369
120
家庭数
(世帯)
表Ⅲ−5 家庭所得階層別週1人当たり推定牛乳消費量(1956年)
出所)Empson(1958)p. 172 Table 2 より作成。
5歳未満の子供を有する家庭
男女大人・子供1人
男女大人・子供2人
男女大人・子供3人
男女大人・子供3人(うち1人5歳以上)
5∼15歳の子供を有する家庭
男女大人・子供1人
男女大人・子供2人
男女大人・子供3人
家 族
表Ⅲ−4 家族規模・家族携帯と牛乳消費の所得弾力数値(1956年)
牛乳購入自由化直後のイギリスにおける牛乳消費に関する一考察
Ⅳ.むすびにかえて
これまでに明らかなように、他の食料消費が減少している戦後統制期で
あっても、牛乳の消費量は著しく増加した。より重要なことは、一般的な
食料不足の状況が解消された後も、牛乳消費量が相対的に高い水準が維持
されたことである。
1939∼50年の期間においては、牛乳の潜在需要は高まった。しかし、消
費者が購入することができる数量が制限されていたために、牛乳購入は抑
制されていた、と言える。この潜在需要は、1950年に購入制限が解除され
て初めて完全に満たされたのである。とりわけ、学校牛乳支給計画および
福祉牛乳支給計画は、年間2億ガロン(50/51年度総牛乳販売量の15%相
当量)を無償又は特別割引価格で提供する程度まで拡大された。牛乳の小
売価格は上昇したけれども、他財の価格および賃金よりもその上昇幅は小
さかった。それゆえ、牛乳は相対的に安価な財となったのである。
1951∼56年の期間では、牛乳小売価格は38%上昇したが、食料品価格は
一般に40%上昇した。他方、工業所得は42%上昇した。18) その結果、56年
では、牛乳販売量は51年のピーク時よりも若干減少した。人口の増加が牛
乳消費量の低下傾向に歯止めをかけることになったのである。56年では、
週1人当たり推定牛乳消費量は4.9パイントであり、51年より約4%低下
した。しかし、戦前の水準よりも約65%高い。
このように、1950年代前半の期間では牛乳政策の成果が定着し、牛乳消
費は食料消費全体の中において重要な位置を占め続けることになった。
注
1)イギリスにおける飲用牛乳の総消費量は、戦前(1934∼38年年間平均)では
457万9,000t であり、戦時中(1944年) では612万1,000t であった。自給率は
100%であった。
2)た と え ば、 1942∼45年 に 実施 さ れ た 「国 民 食 生 活調 査 」(National Food
107
Survey 1942 to 1945)によると、都市労働者階層家庭では、牛乳を通して、
カルシウムの約50%、リボフラビンの約30数%を摂取していた。また、タンパ
ク質、脂肪、ビタミンAおよびビタミンB1も、ほぼ10%以上摂取していた。
3)食料省の牛乳政策遂行については、さしあたり平岡(1995)、平岡(1997)お
よび平岡(1999)を参照されたい。
4)戦時中のイギリスにおける牛乳・乳製品(バターを除く)の1人当たり年間消
費量については、たとえば平岡(1995)p. 97を参照されたい。
5)戦後イギリスの食料問題については、たとえば平岡(2000b)pp. 113∼117を
参照されたい。
6)MF(1953b)p. 4。なお、ミルク・マーケティング・ボードの組織および活
動実績については、平岡(2000a)が詳しい。
7)Slater(1991)pp. 35∼36。
8)戦前の自給率(1934∼38年平均)では、肉類(ベーコンを含む)45%、油脂7
%、砂糖類18%、果物26%という非常に低い水準であった。
9)馬鈴薯は、戦前(1934∼38年平均)では94%そして戦争後半段階では100%と
いう自給率を達成している。熱量から見ると、馬鈴薯は、他の農産物と比較し
て土地生産性が一般的に高い作目であった。
10)たとえば、1945∼49年における「国民食生活調査」によると、都市労働者階層
家庭では、牛乳からのカルシウム摂取量の総摂取量に対する比率が49.1%(45
年)から44.4%(49年)に低下している。牛乳からのカルシウム摂取量の減少
傾向は、食生活の多様化が徐々に始まりつつあることを示していると考えられ
る。
11)一例として、戦後のイギリス農業における耕地の物的生産性の変化を見ると、
1951年には戦前より20%高い水準に到達している。この点について詳しくは、
Price(1952)pp. 108∼116を参照されたい。
12)この点について詳しくは、たとえば平岡(1995)p. 97表Ⅲ−2を参照されたい。
13)全国牛乳普及協会(National Milk Publicity Council)が、民間が学校におけ
る学童向け飲用牛乳を提供していた方法を、発展させた。
14)イングランド・ウェールズにおいて学校牛乳の支給を受けた学童数は、1938/
39年度では250万人であったが、48/49年度では436万に増加している。これを
全学童に対する比率で見ると、38/39年度では55%、48/49年度では87.8%で
あり、学校牛乳支給計画は着実に実施されてきた。
15)家族所得が一定水準以下の場合には、牛乳は無償提供された。無償提供を受け
た消費の割合は、1940年では30%にのぼった。しかし、戦時中に家族所得が一
般に上昇したために、その割合は44年までに3%と激減した。
108
牛乳購入自由化直後のイギリスにおける牛乳消費に関する一考察
16)戦前の牛乳消費に関する分析については、たとえば Murray et. al(1941)pp.
28∼57を参照されたい。
17)低所得階層では、牛乳、加糖練乳、脱脂乳などが一般飲料の代替財となってい
る。なお、この点については、Empson(1958)p. 170を参照されたい。
18)Empson(1957)p. 360。
参考文献
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Proceedings of the Nutrition Society, Vol. XIV No. 1, pp.63∼70.
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Kingdom", Board of Trade Journal, Vol. 171, No. 3106, pp. 340∼341.
〔3〕 Central Statistical Office (1948) Annual Abstract of Statistics, No. 84
(1935-1946)
, His Majesty's Stationery Office.
〔4〕 Central Statistical Office (1957) Annual Abstract of Statistics, No. 94, Her
Majesty's Stationery Office.
〔5〕 Daives, J. L. (1946) "Milk in Wartime", Journal of Proceedings of the
Agricultural Economics Society, Vol. VII, No. 1, pp. 46∼58.
〔6〕 Empson, John(1957)"A Review of the Fresh Milk Market in England
and Wales, 1939 to 1956", Journal of Agricultural Economics, Vol. XII, No. 3,
pp. 349∼360.
〔7〕 Empson, J. D.(1958)"Economics, Market Research and the Market for
Milk", Journal of Agricultural Economics, Vol. XIII, No. 2, pp. 169∼182.
〔8〕 Ministry of Agriculture, Fisheries and Food (1957) Domestic Food
Consumption and Expenditure : 1955, Her Majesty's Stationery Office.
〔9〕 Ministry of Food(1951)The Urban Working-Class Household Diet, 1940 to
1949, His Majesty's Stationery Office.
〔10〕 Ministry of Food (1953a) "Food Consumption Levels", Ministry of Food
Bulletin, No. 720, pp. 6∼13.
〔11〕 Ministry of Food (1953b) Decontrol of Food and Marketing of Agricultural
Produce, Cmd. 8989, Her Majesty's Stationery Office.
〔12〕 Murray, K. A. H. and R. S. G. Rutherford(1941)Milk Consumption Habits,
Agricultural Economics Research Institute, University of Oxford.
〔13〕 Nash, F. N. (1955) "The Competitive Position of British Agriculture",
Journal of Agricultural Economics, Vol. XI, No. 3, pp. 222∼234.
109
〔14〕 Price, O. T. W.(1952)"Changes in the Physical Productivity of Arable
Land in England and Wales", The Farm Economist, Vol. VII, No. 3, pp.
108∼116.
〔15〕 Slater, J. M.(ed.)
(1991)Fifty Years of the National Food Survey, 1940-1990,
Her Majesty's Stationery Office.
〔16〕 内田勝敏(1965)
「イギリスの食料輸入の分析」
『経済学雑誌』第52巻第1号、
pp. 1-22。
〔17〕 内田勝敏(1975)
「戦後のイギリス輸入貿易の分析」『経済学論究』第29巻第
2号、pp. 33-47。
〔18〕 小林茂(1973)
『イギリスの農業と農政』成文堂。
〔19〕 平岡祥孝(1995)「第2次世界大戦下のイギリスにおける牛乳消費に関する
一考察−戦時食料政策との関連を中心として−」『北海道武蔵女子短期大学
紀要』第27号、pp. 87-114。
〔20〕 平岡祥孝(1997)「第2次世界大戦下のイギリスにおける生乳生産政策に関
する一考察」『地域農林経済学会大会報告論文集』第5号、pp. 35-40。
〔21〕 平岡祥孝(1999)「第2次世界大戦下におけるイギリスの牛乳流通政策に関
する一考察」『北海道武蔵女子短期大学紀要』第31号、pp. 147-168。
〔22〕 平岡祥孝(2000a)
『英国ミルク・マーケティング・ボード研究』、大明堂。
〔23〕 平岡祥孝(2000b)
「戦後統制期のイギリスにおける食料消費に関する一考察−
牛乳の消費動向を中心として−」『北海道武蔵女子短期大学紀要』第32号、
pp. 111-132。
〔24〕 三沢嶽郎(1958)
『イギリスの農業経済』農林水産業生産性向上会議。
110
Set Phrases From an Evolutionary
Perspective
(theory and practice in the classroom)
R. J. McGuire
Abstract
Sentence starters are the set phrases that are used to perform
various language functions by speakers of English. These set phrases
are a powerful teaching tool for the L2 classroom due to their multidimensional nature. In this paper I will explore the multi-dimensional
and evolutionary nature of interlanguage and discuss how sentence
starters can help students in learning a foreign language. Finally, I
will discuss methods of using sentence starters effectively in the
classroom.
Interlanguage
The common view of interlanguage is that of a one-dimensional
continuum(a line)along which the student progresses from the level
of no second language skill to that of native or near-native fluency.
This is the view popularized by Selinker in 1972.(Selinker, 1972)
(see diagram 1)
111
However, we could look at interlanguage as a system that grows in
many directions. By using what David Deutsch refers to in his book,
"The Fabric of Reality" (Deutsch, 1997), as an N-dimensional
hypervolume consisting of dimensions labeled "grammar knowledge,"
"vocabulary," "situational and cultural appropriateness," "fluency,"
"listening ability," "pronunciational accuracy," etc. we get a clearer
picture of what a student's interlanguage actually looks like. These
facets of language ability do not all grow at the same rate during the
course of the students' language study. The reasons for this will be
discussed later in this article. Because of this, they are best represented
by separate lines or dimensions in a multi-dimensional model.
(see diagram 2)
Using this model it becomes possible to see how the various facets
of the students' interlanguage can relate to each other. It also lets us
see how students can become strong in one dimension of interlanguage,
grammar knowledge for example, and be weak in other dimensions,
such as listening ability or pronunciation accuracy.
The Evolutionary Process of Language Learning
Language learning is an evolutionary process in two senses. First,
it is evolutionary in the sense that it is incremental. Secondly, it is
evolutionary in the sense that it, like biological evolution, is heavily
dependent on the environment in which it takes place. The
environment, whether biological or artificial, produces the selectional
factors that determine which traits succeed and which traits fail. In
evolution the environment produces selectional factors that are either
112
Set Phrases From an Evolutionary Perspective
favorable or detrimental to different traits. The organisms with traits
that help them to better adapt and thrive in a given environment are
the ones that will be successful. One example of this from biological
evolution is a population of moths with different body colorations,
light and dark for the sake of simplicity. Supposing we have a group of
moths that live in an area with predominantly dark backgrounds.
These backgrounds are anything that the moth might rest on such as
trees, plants, or rocks. Those moths with darker body colorations will
blend into the background more readily than those with lighter body
colorations and thus avoid being eaten. Those that do not blend in will
have a greater chance of becoming a meal for a bird or other predator.
Those moths that avoid being eaten and then go on to reproduce
become successful moths. It is important to stress at this point that the
dark coloration trait we are discussing, and any other evolutionary
trait for that matter, is selected over a long period of time and selected
a multiple of times. This is called cumulative selection by the biologist
Richard Dawkins,(Dawkins, 1986). Cumulative selection states that,
"The end-product for one generation of selection is the starting point
for the next generation of selection."(Dawkins 1986, p. 45)How this
idea fits into the idea of multi-dimensional interlanguage in the
classroom will be seen later.
In the language classroom the selective pressures are slightly
different than those in nature. The selective factors that do exist come
from the teacher and institution in the form of classroom and
institutional expectations. These selective pressures in turn will
determine which dimensions of the students' interlanguage grow and
which stagnate. We can call this collection of selective pressures an
113
environment.
By examining the students' current classroom environment and by
researching what kind of environments the students have been exposed
to at previous levels of education, we can create a clearer picture of
how the students' interlanguage will have developed and will be
expected to develop in the future.
By way of example, a student who has learned a foreign language
in a Japanese school setting can be expected to have a very good grasp
of grammar rules, a fairly high level of reading and writing ability,
and somewhat lower levels of listening ability and fluency in the
spoken language. This is due to the environment of the classroom
which promotes growth in the areas of grammar, reading, and writing
perhaps at the expense of listening and conversational ability.
On the other hand, a language learner who has acquired or learned
a foreign language in an L2-only environment, i.e. in the country
where the target language is spoken, may have excellent listening
comprehension, fluency in speaking, and native-like pronunciation.
However, this individual may not have any explicit grammar
knowledge of their L2 due again to the selective factors of the
environment in which they learned the language.
An important question to ask at this point is, "Can learners go
from one type of learning environment to another smoothly?" In the
case of Japanese learners of English as a second language who go from
the grammar-intensive environment of junior high school and high
school English classes to the communicative-oriented conversation
classes in college it seems that they can if they are given the right kind
of intermediate steps in their learning environment.
114
Set Phrases From an Evolutionary Perspective
The Importance of Environment
Up to the time when they enter college, Japanese students are in a
language learning environment that emphasizes test taking and the
assimilation of knowledge towards the goal of passing tests. Once they
are in a college level English conversation classroom, the emphasis
turns to communication. From this we can see that students entering
college level English conversation classes are well equipped as far as
grammar and vocabulary go, and have good reading comprehension,
but, for the most part, they have a great deal of difficulty taking part
in conversations, due to lack of practice.
Closing the Gap Between Ways of Learning
One way to help bridge the gap between the test oriented and
communication oriented environments is sentence starters or set
lexical phrases. Sentence starters were first put to extensive use by
Lewis (Lewis, 1994)
. They are set phrases that are used by native
speakers in everyday communication. By giving the students these set
phrases organized around themes, the teacher of communication
classes can help bridge the gap between what the students are familiar
with, and where they should be heading in terms of being good
communicators. Sentence starters and set phrases represent an
intermediate step between using completely pre-written dialogs and
pure improvisational speaking. In this paper pre-written dialogs refer
to the conversations found in many beginner level text books. These
dialogs are similar to scripts for plays. They allow for no, or very
little, deviation from the topic and usually do not allow for any
115
linguistic creativity on the part of the language learner. Pure
improvisational speaking on the other hand is what you would find in
a conversation between two native or near-native level speakers of a
language. The conversation shifts between topics and points frequently
and is unbounded by any constraints on language ability.
The advantage of using sentence starters and set phrases is that
they fall somewhere between the pure repetition of a written dialog and
a totally improvised conversation. They are not as rigidly structured
as the pre-written dialogs and, therefor, offer more flexibility and
freedom for the student in expressing themselves. On the other hand,
they are more structured than a completely improvised conversation.
This structure offers students a convenient "handle" to grab on to. This
handle is of great importance to students who may have basic
conversational ability, but who have difficulty in creating more
complex conversations due to either insecurity in their speaking ability
or due to a lack of knowledge of key words and phrases.
More about Cumulative Selection and Set Phrases
At this point it is a good idea to return to the idea of cumulative
selection and its effect on students' interlanguage. Simply put,
cumulative selection is the repeated sifting or sorting of a group of
items. It may be traits in biological organisms, it may be beads of
different colors in a craft class, or it may be separating good internal
rules from bad ones in a students' interlanguage. Remember that in
cumulative selection the end result of one generation of sorting or
sifting becomes the starting point for the next generation. In biology
the offspring of one generation become the parents for the next
116
Set Phrases From an Evolutionary Perspective
generation. In interlanguage the ending set of internal linguistic rules
from one generation of sifting (learning/acquisition)becomes the
starting point for the next generation of rules.
Cumulative selection works on students' interlanguage in much the
same way that it works on traits within a population of organisms. In
the case of interlanguage it is necessary to think of the units of
selection as memes(units of information or ideas)instead of genes
(the units of biological information contained in DNA in living
organisms),(Dawkins, 1989). In both cases however, the basic idea is
the same. These selectional units are sifted and sorted through
cumulative selection which is influenced by the environment in which
the selection takes place. The end result of each generation of selection
then becomes the beginning point for the next generation. Those
selectional units that thrive in the given environment are passed on to
successive generations and those that do not are discarded.
For the memes associated with interlanguage the selection process
works in the following way : A facet of a student's interlanguage is at
point A. This point represents their understanding of the target
language with regard to rules or conventions. For the sake of
illustration let us use the simple past tense. The student's internal
interlanguage on this point contains the rule, "All verbs in the simple
past tense end with the bound morpheme '-ed.'"
This rule is only partially correct, but it has so far served the student
in their use of the English language, and as such has not come under
any selective pressure to change. Now, however, the student is
corrected for using an incorrect form of a verb in the past tense. The
exchange might go something like this:
117
Student : "Yesterday I goed to the store."
Teacher : "Yesterday I WENT to the store."
From this correction the student realizes that their theory for this
particular interlanguage rule needs to be refined. The revised theory
might look something like this: "All verbs in the simple past tense end
with the bound morpheme -ed, except for 'go,' which changes to 'went.'"
This particular theory will then go through successive refinements, or
generations of cumulative selection, until the student receives no more
input that would give them reason to change this particular internal
rule.
Please note that this illustration is extremely simplified for the
sake of brevity. The students would probably receive input on many
separate occasions and from a variety of sources. In addition, there
are a plethora of internal rules that work together to make up a
student's interlanguage. We can assume that several interlanguage
rules are being modified simultaneously by input that the student
receives.
Using a process like that demonstrated above, the student is able to
keep refining their theories through cumulative selection based upon
the input provided by their language environment. These continually
changing theories make up the students' interlanguage.
What is the connection between cumulative selection and using set
phrases in the classroom? The answer is that by providing the students
with a set phrase the teacher gives them a meme that has already been
sorted and selected for its correctness, communicative worth, and
cultural appropriateness among other things. By getting this
preselected, prepakaged information the students' interlanguage rules
118
Set Phrases From an Evolutionary Perspective
take a giant leap forward. By cutting out several generations of
cumulative selection during which a set phrase would have to be
evolved, the students' interlanguage should be able to grow at an
accelerated rate when compared to students whose interlanguage
grows by standard generation by generation cumulative selection. In
addition to the leaps forward, the student can also work backwards
from the prepackaged set phrase to decipher the underlying grammar
rules and exceptions as well as look at situational and cultural
appropriateness
and
a
variety
of
other
dimensions
in
their
interlanguage. This working backwards represents the use of
primarily deductive reasoning as opposed to inductive reasoning, the
former being more efficient than the latter.
Memes Revisited
Let's return to the idea of memes for a moment. In order to be
successful a meme must have the following traits : longevity(having a
long lifetime)
, fecundity(replicating many times)and copying-fidelity
(each of the replications produced is an accurate copy of the parent
meme)
,(Dawkins, 1989, p. 194).
Giving students a meme in the form of a set phrase that they can
immediately work with gives the meme a higher fecundity because it
can replicate itself faster and spread through a class or become part of
a student's interlanguage more quickly than a phrase generated by a
series of cumulative selections. Preconstructed set phrases also have a
higher rate of copying-fidelity because they are learned as unanalyzed
chunks of language and then imitated(used)as a single unit. The
cumulatively selected phrase, i.e. one in which the words are not
119
learned as a group but are instead put together by the learner, has a
chance for error at any of the steps in its selection process, it also has
a greater chance for these errors to be passed on in its imitation
because each word is selected and memorized separately rather than as
part of a pre-packaged phrase. These advantages are primarily on the
grammatical level. Another facet of the student's interlanguage to
consider is the situational and cultural appropriateness of their
utterances. For instance, "Give me a hamburger." is a grammatically
correct sentence, but it is not situationally or culturally appropriate
when ordering food in a restaurant if it is compared to other phrases
such as, "I'll have a hamburger, please."
So far we have seen that set phrase memes have the attributes of
high fecundity and high copying fidelity. They have these two
attributes because they are pre-constructed chunks of language that
can be memorized and used as a whole without any selection processes
being involved. These memes/phrases are then easy to use and so
should be repeated in students' speech frequently. It follows then that
these set phrase memes should remain in the students' interlanguage
for a long period of time due to frequent use. Thus we have the third
attribute of a successful meme, that of longevity.
Classroom Use
Up to now we have seen an argument for using set phrases as a
way of improving students' interlanguage from the standpoint of
meme evolution. What kind of concrete things can we do as teachers to
use set phrases effectively in the classroom?
In order to use set phrases in a meaningful manner it is important
120
Set Phrases From an Evolutionary Perspective
to first organize them around a central theme. These themes can be a
language function for a situation that the students might encounter.
Having done this, the next step is to find some way of further
organizing the phrases. A good way to do this is along a cline or
gradient. An example of set phrases organized along a cline is shown in
appendix 1.
Organizing phrases along a cline, instead of providing them to the
students as an unorganized group, gives the students a further
cognitive handle to work with and will help them with parts of their
interlanguage such as social appropriateness.
The second important point to remember when giving students set
phrases to work with is that of variety. The students must be given a
sufficiently large number of set phrases in order for them to have a
useful variety in their interlanguage. The exact amount should be left
up to the teacher's discretion. However, it is always a good idea to give
the students enough phrases to give them a workable variety to use
while avoiding overburdening them with new material. Important
factors to consider are the ability level of the class and the language
function involved. You would not want to provide students with 20
different ways to discuss the time it takes to accomplish a task when
three or four will do. In addition, you would not want to overburden
students by giving them more set phrases than they can possibly
assimilate or work with.
Moderation is the key idea here. On the subject of moderation, it is
important to point out that set phrases are not a universally useful
tool for learning language. If the main thrust of a student's learning is
to acquire new vocabulary, then sentence starters should not be used.
121
Also, if a class is focused heavily on the grammar of a language, the set
phrases should not be used as extensively, or perhaps used and then
dissected in order to provide students with grammar patterns and
rules. Set phrases are helpful in classes where communicative ability is
important and where it is good for the student to be able to use a wide
variety of language to fulfill a desired function.
Conclusion
This paper has discussed the idea of the evolutionary progression
of student interlanguage and how it can be helped along by the use of
set phrases. The supporting ideas used in this paper come almost
exclusively from outside of the study of second language acquisition
and linguistics. By looking at language acquisition using ideas from
outside the field a new perspective can be gained on this subject.
The second part of this paper discussed the practical applications
for sentence starters in the ESL classroom and also mentioned some
caveats that anyone wanting to use this method should be aware of.
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no language ability
near-native language
ability
Diagram 1. Selinker
Interlanguage Model
pronunciation
social appropriateness
grammar
fluency
Diagram 2.
Multi-dimensional
Interlanguage Model
124
Set Phrases From an Evolutionary Perspective
Expressing ability and inability
Name
Number
Look at the following list of phrases. They will help you when
expressing ability and inability.
Strongest
Weakest
Weakest
Strongest
Ability
Informal
I am very good at...
I am quite good at...
I'm pretty good at...
I can
very well.
I can...
I'm OK at...
Inability
I'm not(very)good at...
I can't...
I can't
at all.
I'm terrible at...
Formal
I excel at...
I am able to
I am able to...
I'm unable to
I'm unable to...
very well.
very well.
I'm completely unable to...
Role Play
You and Your friend are trying to decide what to do this weekend. You
both want to play a sport of some kind(tennis, basketball, bicycle
riding, swimming, etc.). Ask each other what sports you are able or
unable to play in order to help you decide what to do this weekend.
Finally, make a decision on what you will do.
Ability Survey
Interview four of your classmates. Ask them, "Can you
?"
questions about any of the following topics(you can make your own
topics if you like): playing volleyball, running, playing piano, singing
karaoke, using a computer, speaking English, driving a car, cooking
Japanese food. Write down your classmates' answers on the back of
this sheet.
125
[翻
訳]
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
アル・パーディ、レイモンド・スースター、
オールデン・ノーラン詩篇より
松
田
寿
一
はじめに
本稿は、第二次大戦以降の英語で書かれたカナダ詩の中で一定の評価の
定まりつつある詩人たちの作品を訳出する試みである。わが国では比較的
なじみが薄いと思われていたカナダ文学ではあるが、近年では仏語圏も含
めた小説や劇文学の作品が次々と翻訳・出版されるとともに、詩の分野に
おいてもマーガレット・アトウッド(Margaret Atwood)やマイケル・
オンダーチェ(Michael Ondaatje)、あるいは日系カナダ人のジョイ・コ
ガワ(Joy Kogawa)らの詩作品に関する論文やすぐれた訳書を目にする
ことができるようになった。しかしここでは、すでによく知られるところ
となった上記の作家・詩人以外の作品を取り上げることで、カナダ詩の多
様な姿の一端をかい間見たいと考える。訳詩に先立ち、詩人たちの履歴等
について簡単にふれておきたい。
アル・パーディ(Al Purdy, 1918-2000)は、オンタリオ州トレントン
に近い小村に生まれた。教育はハイスクールまで。RCAF(カナダ空軍)
除隊後は、タクシー会社経営など雑多な仕事で生計を立てた。1950年代か
らは、同州のロブリン湖畔に、集めた古材で家を建て移り住んだ。自伝的
127
エッセイ Reaching for the Beaufort Sea(1993)には、この時期のさまざま
な挿話が盛り込まれ、 詩作の背景を知る上で大変興味深い。 詩集 The
Enchanted Echo(1944)以降、出版された詩集、散文等は40冊以上にのぼ
るが、自己のスタイルが確立し、作品の独自性が広く認められるようになっ
たのは、詩集 The Cariboo Horses(1966)によるカナダ文学賞(Governor
General's Award for Poetry)受賞以降である。その後は、The Collected
Poems of Al Purdy(1986)で再び同賞を受賞するなどカナダを代表する詩
人としての評価は高まり、
「カナダの精神を謳う」詩人、「最後のカナダ国
民詩人」とも称された。亡くなる直前まで、自作詩の出版、D. H. ロレン
スやジョン・ダンのベスト・ポエムズの編纂等に精力的に取り組んだ。本
訳詩集では、パーディの過去への強い関心や生命の根源の探求といった姿
勢が窺える作品を選んだ。アトウッドは、「パーディは、シェイクスピア
と寄席演芸の喜劇役者(a Vaudeville comedian)の世界とを縦横に行き
交って詩を書く(シェイクスピアもそうだったが)
」と賛辞を贈っている。
確かに悲喜劇両面の世界を併せ持つことがパーディの詩の大きさであり、
魅力でもある。「ダーウィンの神学?」は Collected Poems から、その他の
作 品 は Rooms for Rent in the Outer Planets : al purdy, Selected Poems
1962-1996(1996)から選んだ。
レイモンド・スースター(Raymond Souster, 1921- )は、トロントに
生まれ、大戦中は RCAF に入隊し、4年間兵役に服した。その期間を除
いては、トロント市内の銀行に勤務し、退職後も当地を離れずに暮らして
いると聞く。本格的に詩作を始めたのは1950年代からであるが、その頃よ
り詩誌の編集、出版に携わり、アトウッド、オンダーチェらを世に送り出
したことでも知られる。The Colour of the Times(1964)でカナダ文学賞
を受賞。その後も詩集を発表し続け、現在は Collected Poems of Raymond
Souster の8巻目が刊行されている。イマジズムや W. C. ウィリアムズを
思わせる詩風で、トロントに住むさまざまな層の人々の日常を見つめた作
128
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
品や人生についての感慨をさりげなく描いた小品が印象的である。アル・
パーディはスースターの詩について、書き留められなければ忘れ去られる
ような瞬間の出来事や感情を「潜めた烈しさ」(the muted intensity)で
生け捕るのが巧みだと述べている。確かに成功した詩では、都市の非人間
性への怒り、無垢な愛と共感に満ちた生への渇望といった内面の感情が、
切り詰められたことばやイメージに凝縮されて説得力を持つ。ときおり詩
が感傷に陥入りそうになることがあるが、それを上手く抑制しているのは、
つい
彼の 「ユーモアとファンタジーという対 の才」 でもある。 作品は主に
Selected Poems of Raymond Souster(1972)から選択したが、一部 No Sad
Songs Wanted Here(1995)等の最近の詩集からのものもある。
オールデン・ノーラン(Alden Nowlan, 1933-83)は、大西洋沿岸のノ
ヴァ・スコシア州の僻村に生まれた。時代が大恐慌の余波の中にあった頃、
生後間もなく15歳の母親に養育を放棄され(訳詩「ここにいるといい」を
参照)、祖母に預けられる。12歳で学業を離れ、森林作業等に従事。貧困
と偏見に晒される中、独学で文学や歴史を学び、のちに隣州ニュー・ブラ
ンズウィックの地方新聞社に記者としての職を得る。33歳で、詩集 Bread,
Wine, and Salt(1967)でカナダ文学賞受賞。しかしその頃、咽喉癌を患っ
ていることが判明し、何度となく手術を受けたが50歳で亡くなった。米国
の詩人ロバート・ブライ(Robert Bly)は、ノーランを「怖れの感情を
臆さずに表現しうる勇敢な」詩人として評価し、80年代末からのメンズ・
リブ(ブライによれば、それは男たちの内奥に抑圧されている感情やイメー
ジを解放するための運動だという)の集会で、しばしば彼の詩を朗読して
いる。本訳詩集中の「男らしさへの通過儀礼」やその他のノーランの詩数
篇は、ブライが元型心理学者のジェームズ・ヒルマン(James Hillman)
らと編纂した詩文集 The Rag and Bone Shop of the Heart(1992)の中にも
収められている。ノーランの詩には、死と向い合う人間の悲しみと深い人
生の洞察がある。永遠への憧れや死の翳りの漂う暗く切ないファンタジー、
129
日常の些細な出来事から掬いとられた確かな愛。ノーランの詩には、素朴
なことばよる語りかけの中に、読み手の感情を強く揺さぶる力がある。訳
詩はすべて Alden Nowlan: Selected Poems(1996)からおこした。
アル・パーディ詩篇
べルヴィルより北の国
(The Country North of Belleville)
灌木の土地
低木林の土地
カッシェール郡区やウォラストン
エルゼヴィール
マックルーア
そしてダンガノン
ウェスレムクーン湖の緑の土地
そこは
美とは何かを
知るに至るところ
見渡す限り否定する者も
いないところ
しかし
ここは敗北の国
シシュポスが幾年も太古の丘に
巨大な岩を押し転がして登り続け
数世紀に亘り
気ままに流れ下った氷塊が
至るところに岩片をまき散らしていったところ
日に晒され
雨に濡れた
苦難の日々
打ち負かされるというだけの高貴な戦いの中で
130
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
大仰にふるまうこともなく
自己を欺くこともなく
時とともに真実が
心に沁みてくるところ
ここは
静止したときが
はるかに広がる遠い国
痩せた土地
豊かな南とは違い
大地のまるい下腹に
数インチの黒土だけが覆う
農場とは名ばかりで
そこはまるで
岩だらけの土地に一人の男が
両親指を押し込んでは
土を選り分けながら
木々の間に
妻と
おそらくは幾頭かの牛と
さらに
はかない幻のための
ささやかな居場所を作るところ
そこは農場が森に
戻っていったところ
今は
ただ
なだらかな輪郭で
うっすらとそれを跡づけるだけ
古い囲いは
木々の間にぼんやりと漂い
潰えた夢のために集められた
苔むした石の積み重ねは
131
亡霊のように
うつろな空の下で意味を失っている
それらは水面下の街のよう
浮動する時という緑の波が
それらの上にうねっている
ここはわれらの敗北の国
しかし
また
秋には畑を掘り起こしながら
男は褐色の畝に立ち止まり
手をかざし
黄金色の混じる
あの赤く浮き立つところ
山々のいつも同じ場所に現れる
燃えるような木々を見つめる
幾年も幾年も
十エーカーほどの野を耕しながら
年老いて
畝のめぐりが
おのれの脳の襞のようにめぐる時まで
ここは若い者たちが
すぐに立ち去っていく国だ
父たちが知ったことは知りたくないから
母たちが黙した意味を探りたいとは思わないから
ハーシェル
湖の国土
モンティゲル
岩の国土
そしてファラディ
そして丘陵の国
世界があるところには少しばかり隣接して
市街地があるところからは少しばかり北寄りで
132
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
そして
いつか
われわれはそこに戻るかもしれない
われわれの敗北という国へと
ウォラストン
エルゼヴィール
そしてダンガノン
ウェスレムクーン湖水地方
そこはかつてカッシェール
マックルーアや
アルモラという高等郡区のあったところ
しかし
あれから長いこと経ってしまって
われわれは道を尋ねなければならない
見知らぬ人に
ドーセット人への哀歌
(Lament for the Dorsets)
(14世紀に絶えたエスキモー)
くい
獣骨と苔跡の残る野営のための環状の杭
掻きごてと槍の穂先
それらはすべて
かたど
白鳥を象る象牙の彫刻
ヴァイキングたちをあの細長い船へと駆逐して
大地と水の精霊に語りかけた
ドーセット人が残したものだ
熊の背をうち砕くほど大柄で
恐ろしい形相をした老人たちの一枚の絵
しかし現代の狩人たちの脳髄の中
ぬく
立派な思いと温いものとに囲まれて
たる き
彼らは骨の垂木の陰で小さく身を潜めているが
夜になると現れて
133
星に唾をかけるほどになる
凍れる北の大洋を越え
犬を知らず
そり
自ら橇を引いていた
手先の器用な大男たち
つむじまがりの巨人たち
アザラシを狩る者たち
彼らは
犬を連れた西方の
それともどこか暖かな
よその土地からやって来た
小柄な人間たちにはかなわなかった
アザラシたちは冷たい海へと帰っていった
はたと困ったドーセット人が
毛深い指で頭を掻いていたのが西暦1350年
しかしどうしてなのか分からない
歩き回り
悲しげに
互いに尋ね合うだけだ
「どうしたんだ?いったい何が起こったのか?
アザラシたちはどこへ行った?」
そして
彼らは滅んでしまった
20世紀の人間たち
アパート住いの人間たち
死のネオンの統轄者たち
爆薬を手にした戦争屋たち
ドーセット人たちは
自分たちの未来に果てに
そうした私たちがいることは想像だにしなかったろう
なのにどうして私たちが
134
動く氷河の陰で
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
ランプを灯してうずくまる
600年前の彼らの姿を思い描くことができようか
はるか昔の彼らの姿
石炭層が形成され
それは三葉虫と沼地の時代ほども遠い昔
最後の巨大な爬虫類たちが
ネズミサイズのほ乳類を
シューシューと音を吐いては追い払っていた頃のような
自分たちに何が起こっていたか
彼らは知っていたのだろうか?
熊に片足を食いちぎられて
不具になった老猟師が
カリブーの皮で作られたテントの中に座っている
それが最後のドーセット人?
彼の名は仮にカドックとしておこう
私たちは今
彼が2インチほどの小さな象牙に
白鳥の図柄を彫りこんでいくのを見つめている
死んだ孫娘の霊を慰めるためだ
心の奥に
いくつもの像をしまいこんだところから
白鳥の姿を取り出してくる
尖った石ノミを手にすると
白鳥の両翼に
平行な線模様の
刻みを入れていく
左手で象牙を掴み
押さえこんだ体の重みを
脳から腕へ
さらに右手へと伝えていく
135
そうして
彼の思いのひとつは
象牙そのものとなる
その彫り物は彼の傍らに置かれている
飢えの果てに訪れる
あの暗闇の始まりの中で
やがてテントに
風が吹きこんでくると
雪が彼を覆い始める
600年経った今
象牙にこめられたその思いには
まだ温もりがある
走者たち
(The Runners)
「レイヴがオーラーヴ・トリュグヴァソン王に仕えていた頃のこと、王はグリーン
ランドへのキリスト教の布教を命じ、彼に二人のゲール人(男の名はヘイキ、女の
名はへイキアという)を授けた。急ぎの用立てには、鹿よりも駿足のこの二人を使
うようにと王はレイヴに伝えていた。エイリークとレイヴは彼ら二人のあつかいが
自分たちに任されるようカルルセフニに申し出ていた。今や、新大陸を目指し、マー
ヴェル海岸を過ぎた頃、彼らはそのゲール人たちを上陸させ、南の方角へ走り、そ
の土地の様子を探り、一日と半日が経つまでに戻るようにと命じた。」
(『赤毛のエイリークのサガ』から)
お兄さん
この地の風は冷たく
足もとの丘の土も震えています
136
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
森はわたしたちに魔力をかけています
この地は私たちがここにいることも
私たちが異郷の者だということも知っています
私たちの友
海に身を寄せましょう
小賢しいこびとたちが
私たちを捕え
妹よ
闇の底から
引きずりこんでしまわぬうちに
二人の力を一つに合わせよう
互いの体の温もりがついに一つの炎となるまで
月が一つの影だけを見て
太陽が重なる二つの鼓動のみを聞き
雨が二人を分かたぬように
お兄さん
私はこの暗い土地が怖い
あの故郷の島に戻りたい
色とりどりにきらめきながら
風に波しぶきの立つところ
妹よ
ああ
あの太陽に焦がれています
そんな思いを抱いてはならぬ
一日と半日がすでに経ち
われらは船に戻らねばならぬ
もし遅れようものならば
あの北の民たちが死ぬほど
われらを鞭打つだろう
ないものを見つめていったい何になる
お兄さん
あなたの腕に包まれ立っていても
冷たい風が触れてきます
137
北の民のルーン文字の妖しい力がついに及んできたのでしょうか
樹々や石に刻まれた不気味なあの文字の力が
私はこの暗い土地が怖い
地を這う霧で
私たちは半ば亡霊のよう
沈黙はさらに幾重もの沈黙に包まれています.
..
でも
ここには木の実もなって魚がいないわけでもありません
うみぎわ
海際にはうずくまり震えながらも耳をそば立てる動物たちもいます.
..
この沈黙に私たちの思いを重ね
獣たちの道に私たちの道を合流させて
月が忘れているものを太陽が思い出す
お兄さん
あの暁の時がおとずれたなら.
..
こうしてはどうでしょう
二人でこの地に留まるのです
あの船には私たちを置いて出発させるのです
妹よ
われらはやがて死の淵へと降りていくだろう
獣たちがわれらの屍体を食いちぎり
いつしか風雨に晒されて白い骨と化すだろう
平らな岩の地を過ぎ
マーヴェル海岸をはるかに越えて
巨木の国の向こうまで
われらが駈けつづけて行こうとも
恐ろしい魔力を秘めたルーン文字
あの呪文の力はわれらに迫ってくるだろう.
..
世界の果てまで走ろうとも
われらの主人は追ってくるだろう
お兄さん
手を取って下さい
海辺の岩を越えて
138
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
二人が走りつづけるときに
このわたしたちを結ぶもの
それこそがわたしたち自身なのです
雨が二人に向かってたけび声を上げ
闇がタベをのみ込んで
し じ ま
やがて朝が静寂に広がりゆき
二人の喉に霧がのぼりくるときに
そう
二人が駈けつづけるあいだ
駈けつづけるあいだは
妹よ
小さな出来事
(Detail)
崩れた石造りの家の傍らに
老いたリンゴの木が立っている
運べるものはすべて持ち去った農夫が
唯一そこに残したものだ
世話をするものもなく
虫に食われ
それでも毎年実をつける
もっともそれは酸っぱい小粒のリンゴだから
誰も口に入れてみたりはしない
子供たちでさえ
そんなことは知っている
トレントンに行く道すがら
ひどい嵐に晒されても
月に二度そこを通る
冬中ずっと
139
木から離れない
あのリンゴのことを気に留めながら
ときには雪の帽子をのせて
小さな金の鈴のようにぶら下がっていることもある
たぶん
どんな通りすがりの人間だって
そんな風に
眺めたりはしないだろう
私だって別にそこから教訓めいた話を作るつもりもない
リンゴの木がそこにあった
でも
ただそれだけのこと
なぜか
葉を落として立っているあの木のことを覚えていて
朽ちた果実を思ってしまう
1月下旬のある週に
風が太陽を吹き落とし
大地が誰も住めない
冷たい大部屋のように揺れるとき
すべてを零度に消し去る吹雪の中で
音もなく
金の鈴だけが揺れている
ダーウィンの神学?
(Darwin's Theology?)
これらの島をまるく囲む
大いなる空の下に立つ
そこは
神の不在によって
決して満たされることのない
巨大な空虚が
140
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
残されたところ
非在の怪物によって
完全に占拠された海と空があるだけ
ガラパゴス諸島
月の呪文
(Moonspell)
こ と ば
話すべき私の言語は忘れてしまった
明日へと跳びこむ
あのペリカンたちに話しかけるため
昨日の岸辺に佇む
アオサギたちの
はるかな夢想をかき乱すため
イグアナのルビー色の脳髄に
縫いこまれた秘密の呼び名を
聞きだすために
それはミルク
島々に降り注ぐ
月明かりの
ミルク
戸口に立ち
耳をそばだて
私は溺れていく
空のミルクと
あの月に照らされた脊椎動物たちの
やさしい呟きの中に
141
これらの判読された暗号は
島に棲むものたちが
交わす名称
繰り返されることもなく
私のあらわな両肩に注ぐ
それらはすべて
彼ら自身の小さな延長だ
浮き上がるイトマキエイに
水面が泡立ち
月の光に輝いて
小魚たちが震えるとき
そう
そのようにして
うな
いつしか私のことばは唸り声に
きし
口を軋らせ
そう
舌打つ音
口ごもる声になって
そのようにして
沈める船体へ
海の深みに潜むものたちの所へと
原生動物たちの暗い彼方
もうひとつの光である
あの遠い闇に至るまで
この肉体
この発せられる声
降りていこう
142
これらの骨を脱ぎ捨てて
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
赤道直下のバードウォッチング
(Birdwatching at the Equator)
赤道直下
ガラパゴス諸島のある島で
ブービー
青足カツオドリたちが
ひねもす立ち尽くす
注ぐ太陽の光から卵を守り
あまりに強い紫外線から
ブルーの足を保護しながら
ブービー
ときにはオスのカツオドリが
羽根をばたつかせ
ダンスをしては
彼の相手を魅了する
そして
つま先を上に向け
ほれぼれと互いの足の青さについて語り合う
唯一の敵と言えば
1マイルほどの島の上空に
大きな黒い翼を広げる
フリギット
海賊グンカンドリの連中だ
彼らにエサの魚を奪われたときは
フリギット
「このくそったれ!」と声を張り上げるのが常なのだが
逆にもっとエサを捕られる始末
ブービー
夜が来るとカツオドリたちはみんな揃って
しゃがみこむ
まるで神のお告げがあったかのように
それとも一羽が残りの連中に
「おーい そろそろ休む時間だぜ」とでも声をかけたのか
ともかく一斉にへたり込む
143
青足カツオドリの進化に関する
コメント
簡明なる論評は以下の通り
もし神が沈黙をお守りになるのなら
汝
自ら事を為すべし
即ち
立ち上がるのも
体を休め
求愛し
何羽かのヒナを産み育て
エサを採っては
時折のダンス
ほれぼれ
それに
汝の足の青さに見入るのも
フ リ ギ ッ ト
まあ
そんなとこなのさ
でも
それ以外に一体何がある?
ガラパゴス諸島
イブのいないアダム
(Adam and No Eve)
彼の名はジオシェローネ(エレファントゥパス)アビンドーニ
黄色い顔の巨大な亀がそれだ
彼こそ アビンドン島種の
最後の一匹
(だからロンサム・ジョージと呼ばれている)
今ではチャールズ・ダーウィン研究所の科学者たちが
つきっきりの子守り役と言うわけで
それは大事に飼育されている
144
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
ロンサム・ジョージに一匹のメスを見つけたら
1万ドルの賞金を出そう
ジョージのためのメス探しに
科学者たちは躍起になっている
でも
あいにくメスは見つからない
ジョージの親戚たちはみな
兄弟
姉妹
いとこもみんな
厳しいおばさま
口やかましいおじさんも
すべて島から消えていった
そして
この地上からも
(賞金目当てのハンターを召集せよ:
人間の背丈ほどもあのサボテンのどこかに
二本足でなく
四本足の
動きはないか?
20世紀をふらつき歩く
潜望鏡のような首を持ったやつはいないか?
実験室のガラス器具の間に
よたよた歩くぎこちない影
あれはマーサおばあちゃんではないか?
マングローブの波打ち際に
不意に眩しいあの光
ひょっとするとあれはアビンドン島のアニー?)
何にでも値札をつけたがる人間たちは
一匹のメスは
十万ドルに値すると言う
145
ふところ
しかし
懐や銀行に
数百万、数十億ドルを蓄えていても
金庫に亀が棲んでるわけはない
ましてやポケットや財布には
実際一匹の年頃のメスに
十億ドルを用意しても
結果は同じことだろう
はら
二度と泥をして孕ますことなかれ
瞬く星たちを
渾沌に注ぐ雷光を
その証人にするなかれ
いかなる肉体の神をもってしても
安全な陸へとひた走る
あの小さな両生類を再び地上に送りこむことなかれ
アミノ酸は溶解し
彼らの生成組織式は失われてしまったのだから
だから
たとえどのような愛が
帳簿の中で
計量され
あるいは
算出され
芸術的な表象によって
測定されようと
一匹のメスの亀
(その姿はみすぼらしい古靴を思わせるのだが)
その愛こそは
彼女だけが携えていったものなのだから
あの暗闇の中へと
ガラパゴス諸島
146
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
レイモンド・スースター詩篇
蒼い馬のいるところ
(Where the Blue Horses)
通りはひっそりと静まりかえり
壁の向こうの物音が絶え
子猫が椅子にうずくまる
消し止められたラジオ 戸口に置かれた牛乳瓶
そして今は
眠りと 夢と 眠りへの予感のほかには何もない
愛し合うものたちでさえ
それは
今夜は目を覚ましていられない
騎手のいない蒼い馬たちが
誇らしげに跳ねまわる
と ち
あの見知らぬ領土へと沈んでいくとき
ブルジョア
中産階級の子ども
(The Bourgeois Child)
スラムの子になっていたかもしれない
けが
神の名を汚し
酒を飲み
盗みを働いていたかもしれない
でもぼくは
娼婦買いだってしたかもしれない
ブルジョア
中産階級の行儀のよい子に育ったから
147
そうなる前に
もうちょっと時間がかかったのさ
ジャネット
(Jeannette)
取っ組み合いの喧嘩になって
ジャネットは男友達を呼び入れる
カ フ ェ
おかげで酒場はめちゃくちゃだ
ぐでんぐでんに酔ったジャネット
警官に一発食らわせる
ハイになったり
落ち込んだり
クスリを放せないのがジャネットだ
おかげで刑務所だって
出たり入ったりという始末
ジャネットは今
客を待って立っている
ダンダス通りとジャーヴィス通りが交差するところ
いつもながらの商売をして
でも
いつの日か彼女は死んで見つかるだろう
胸をナイフで刺されるか
それとも
薄物のストッキングで
絞殺されて
でも
人出の多いこの通りでは
彼女は今宵の女王だ
148
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
ピッタリとしたセーターをまとい
自慢の胸で
男たちの気をそそる
その黒髪と満面の笑み
それがジャネットだ
ワールドシリーズの初日
(The First Day of the World Series)
今朝
ベイストリートでは
ちょっとした騒ぎがあった
女の子が
ある信託会社のビルの十四階から
飛び降りて 十階下の屋根の上に
落ちたのだった
彼女はすぐには死ねなかった
こんなにも勇敢で
つらい決断のあとでさえ
もうしばらくは
苦しまなければならなかった
か ら だ
人間の身体というものは
何かと
思い通りにはならないものだ
149
ケットル
「かのブリキのヤカン」ありき
(Here's "The Old Tin Kettle")
君にそのことを教えてあげたら
つい
ファンタジーとユーモアという対の才を発揮して
きっと、こんな風に言うと思う、
「あれはきっと、今はなきシャンプラン探検隊*のつわものが、
血に飢えたイロクワ族から身を軽くして逃れようと、途中で
脱ぎ捨てたものにちがいない」なんてね。
だからこうして芝生の上に坐りこんでいるんだ、
かぶ
兜も失い、輝く被り物も捨て去った、ただの、
ありふれた、何とも古びたヤカンとして、
でも、そこには、うち捨てられた人々や、動物たちや物の中でだけ出会う、
あの哀れみを誘うまなざしがある、だから私は外に出て、それを拾い、家
の中へと運びこむ
あやうく感傷的になりそうになって。
*シャンプラン(Samuel de Champlain, 1567?-1635)フランスの探検家。ケベッ
クを建設した。
レイク・オブ・ベイズ
(Lake of Bays)
「臆病なんかじゃないわ私.
..
」
その痩せた十歳の女の子は
150
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
ドーセット橋の途方もなく高い手すりの上で
バランスをとると
にわかに
50フィート下の水の中に
身を投じた。
「あんな子はね、
レディー
けして淑女になんかはなれないわよ」
母は立ち去るときにそう言った。
でも、私は覚えているだろう
あの褐色の体が小石のように落ちていったことを
レディー
何人もの、何人もの淑女のことは
忘れ去ったずっとあとも.
..
窓の外のクモ
(The Spider Outside Our Window)
わが家の窓の外に棲むクモには
やっかいな問題が生じていた。ずんぐりとした
バラの花弁が落ちてきて、ペッタリと
彼の網にひっかかり、何とも満足げに
居座っているのだった。
はたしてどうしたものか。味見をしても
チャーリーの口には合わず、おまけに、場所を取りすぎて
151
これでは商売は上がったりだ。
でも悲しいかな、おかげで、以前には欠いていた
ちょっとした気品が漂うようになり、だから、彼は
何とも決めかねて、動かさずにいたのだった。
でもある日、ひらめいた!
ちゅうけつ
彼は虫血ペンキで看板を作り、
得意げにそれを立てかけたのだった、
ようこそチャーリーのバラ園へ
いつでも友と出会えるところ
最初の二つのドングリ
(The First Two Acorns)
本当に大切なのは
はじめの二つのドングリだった。
最初のやつは、
一番上の枝から放たれて、
葉っぱのふるいを通りぬけ
ビューンと一気に落下した
(通った後も大気はブルブル震えたままだ)
そして、形がへこんでしまうくらい
烈しく地面にぶち当った。
二番目は、と言うと
152
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
別にどんな高さの枝から落ちてもかまわない。その夜、
ぼくらに聞こえてくるのは
草に落ちるパサッという何ともはっきりしない音だけで、
控えめに言ったって、はじめの落下と比べたら、
全くもって冴えなかった。
でも、それこそが、通りの木から木へと伝う
ときを知らせる合図だった、
だから、誰もが眠りについている、
風のない、穏やかなこの夜更けに、
次に何が起こるのか
それが一体いつなのか
思い巡らしている私がいる。
冬の貧者たち
(The Poor in Winter)
くちばし
嘴 と体を一つにして飛び続ける
あの一羽の雀
彼はどんなにか餌を
求めているだろう
あの林檎の木の
凍りついた皮を
彼は
突き破ることはできないだろう
153
猫と私
雀の動くさまを追いかけている
温かい
眺めのいい窓辺から
鳥を見ていた
(I Watched a Bird)
風に吹きつけられる鳥を見ていた
広げた両翼の動きを止めたまま
なすすべもなく翻弄されて
も の
空を漂う哀れな物体のような
ほう
風に抛られる鳥を見ていた
あら
抗がうことも 声を発することもなく
ただ 限りない空の拡がりに身を任せて
あの大いなる神秘に魅せられているかのような
夜明け間近の隣人の鳥たちに
(To the Birds of My Neighborhood Just Before Dawn)
そうだね
6時前には
夜が明けると言っていたけれど
この通り
154
ぼくはちょっと寝坊したね
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
それにしても
にわかにさんざめく
数千の君たちの囀り
純粋な喜びの歌声はなぜだろう
私も歌をうたうものの一人
聞いてもらいたい
オールデン・ノーラン詩篇
キリスト
(Christ)
バルサムの樹の高みからキリストが行くのを見ていた
二羽のカラスが枝の上で人によく似た笑い声を立てた。
キリストは丸太の塀を登って越えると
紫色の裾を引きずりながら
黄橙色の穀物畑を横切っていった。とても近くを歩いていたから、
衣擦れの音が聞こえ、赤い顎鬚の何本かさえ
はっきり見えたほどだった。一度も見上げることもなく、
私の下を通り過ぎ、山腹の牧場に続く門に着くと
キリストはみるみる縮んでいった、
最初はこぶしほどの大きさに、そして一本の指、
155
やがては丘の斜面の小さな紫色の斑点になった。
そしてとうとう、森のはずれで完全に
消えてしまった。
処
刑
(The Execution)
死刑執行の夜
戸口にいた男が
私を検屍官と間違えた
プレス
「新聞社のものだ」と私は言った
しかし彼は取り合おうとしなかった
彼は私を別な部屋に案内し
そこには郡保安官が待っていた
「遅かったですな
神父さん」
プ レ ス
「そうじゃない
私は記者だ」
「勿論ですとも
プレス神父」
私たちは階段を下りていった
「ああ
エリスさん」と補佐官が言った
プ レ ス
「記者だ!」私は叫んだ
彼は私を
黒いカーテンの向こう側へと小突いた
しかし
156
くら
眩むような光のせいで
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
向かいに座っている
男たちの顔を
私は見ることはできなかった だが きっと
彼らからは私が見えているはずだ!
「おい!」私は泣き叫んだ。
「よく顔を見てくれ。
誰も私のことがわからないのか!」
そのとき 頭巾が下ろされた
執行人が耳元で囁く 「面倒をかけるんじゃないぜ」
アメリカヘラジカ
(The Bull Moose)
紫色に樹々の霞む山から下りてきて、
白いトウヒとヒマラヤ杉の森をふらふらと
アメリカカラマツの沼地をよろめきながら
雄のヘラジカがやってきて、
ついに牧場の柵のそばで立ち止まった。
戻って行くには疲れすぎていた、それとも、
もう行き場がないと知ったのか、牛たちと一緒に立っていた。
じゃこう
麝香の香りに死の臭いをかぎつけた牛たちは、
血の神を奉る儀式の仮面のようなシカの大きな頭を見て
野原の端へと移動して、じっと様子を窺った。
157
それを聞きつけた近隣の人で、午後には
車が道に連なった。子どもたちはハンノキの小枝で
からかっていたが、
老いた我慢強いコリー犬のように、
ヘラジカは、
じっと見つめるだけだった。
いち
婦人たちは、市からでも逃げてきたのかしらね、と互いに頷きあった。
教区に一番古くから住むある男は、牛とくびきで繋がれて
畑を鋤いたへラジカのことを思い出した。
若者たちは声をひそめて笑いながら、へラジカの喉に
ビールを注ぎこもうとし、連れの女の子たちは記念に写真を撮っていた。
へラジカはされるがままに、ダニにただれた脇腹をなでさせ、
ビンで顎をこじ開けさせて、くすくす笑う女の子には、アザミをつけた
小さな紫色の野球帽を自分の頭に被らせた。
監視員が来たときも、こんなにかわいい毛むくじゃらのヘラジカを
撃ち殺すのはひどいことだとみんなは口々に言い合った、
ヘラジカは、子どもたちと一緒に寝かしつけることのできるような
ペットのように見えたのだ。
だから彼らは撃つのは控えていた。しかし、川の向こうで
夕日がまさに沈もうとしたときに、そのへラジカは断頭台の王のように、
揮身の力で、角を起こし、しっかりと立った。
ライフル
それには銃をかまえた監視員たちでさえ、あとずさりしたほどだ。
へラジカが大きな吼え声を上げたとき、人々は車の方へ逃げた。
ドサッとシカが倒れたとき、若者たちはみな長くクラクションを鳴らした。
158
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
出稼ぎ労働者
(The Migrant Hand)
容赦なく照りつける太陽の下、畑の土にまみれ、
何千年もの間、何百万もの籠と荷車とトラック分の
玉ネギや綿花、それともカブのために、この老いた男は
腰をかがめてきたのだろうか。でも、もし君が
そんなふうに尋ねても、彼はあいまいに言葉を濁らすだけだろう、
そんな問いは彼には疑わしいものだから。
本当のところはこうなのだ。楽園を追われたあの日から、
アダムは葡萄を摘み始め、古代のファラオが彼をギリシャに売りとばし、
セルジューク人のためにはニラネギを、
トスカナ人やゴート人、ノルマン人にはニンニクを、
ビルグリムファーザーズ
そして巡 礼 始 祖には、かぼちゃとトウモロコシの取り入れを続けたが、
そんなことはみな忘れてしまっただけなのだと。
ついこの十時間に耐えてきたブユと炎暑、
そして二百樽のジャガイモのこと以外の過去は
すべて忘れているだけなのだと。
ぼくはイカルス
(I, Icarus)
空を飛べたときがあった。本当だとも。
もっとよく思い出したなら、それがいつ頃のことかだってきっと言える。
ぼくの部屋は家の奥の一階にあった。
ベッドは窓に向いていた。
159
毎晩ベッドに横になると、ぼくは飛ぶことに意識を集中させたんだ。
それは、なかなか大変なことだった。
体が浮き上がるのを感じるまで
一時間もじっとしていたときさえあった。
ゆっくり、ゆっくりと浮かびながら
やっとのことで床の上に3、4フィート浮上する。
あとは、泳ぐような格好で、窓に向かって
体を進ませていくんだ。
外へ出ると、だんだん高く舞い上がり、牧場の柵の上を、
物干しの上を、牧場の向こうの暗い、
不気味な木立の上を越えていった。
そんなときはいつもどこからか、風が奏でているかのような
フルートの調べが流れていた。
ときおり歌声が聞こえることだってあった。
むかし、むかし
(Long, Long Ago)
と き
その姿を目にした瞬間から
私はずっとそのインディアンの女を見つめ
ひとときも目を離すことがなかったように思う
体の三倍もの大きさの
色とりどりに縫い合わされた大包みを引きずりながら
サウスマウンテン
「南の山」を下り
リトルブリッジ
「小さな橋」を渡り
ノースマウンテン
「北の山」を登ると
160
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
私たちの台所にやって来て
女は包みの結び目をほどき
部屋中溢れんばかりに籠を広げたのだった
サクランボ色の籠
キャベツ色の籠
11月の空の色の籠
どの籠にも
また別の小型の籠が入っていて
最後は糸と指ぬきほどしか入らないような
それは小さな籠になっていたのだった
そして彼はエジプト人たちに聞こえるように大声で泣いた
(And He Wept Aloud, So That the Egyptians heard It)
祖父の家には、
見かけたこともないような
マルハナバチほどもある蝿が
しゅうきゅう
めちゃくちゃな蹴球でもしているかのように
練乳色の窓に群がっていて、
かけたバターの小皿から
ニジマスとジャガイモを盛った
ブリキの皿へ
蛙跳びを繰り返し、
口へ運ぼうとする
二人のパンをつまみとると、
161
もみ
ざらざらした樅の木のテーブルの上に降りて来て、
跨るように重なり合っていた。
汚らしさというよりは
その数と執拗さ、そして
そう、私たちは認めなければならない、
たとえ真実に出くわしたとしても、それを胸に秘めてしまうなら、
詩には何の意味もないことを
蝿たちの象徴的な意味、
それはバール・ズィバブ神*
貧しき者と見捨てられし者の神だ。
だから、ぼくは怒りを抑えきれなくなって、
祖父の読んでいた新聞をひったくり、それを右に左に振り下ろしながら、
窓の敷居が叩き潰された死骸で溢れ、
はね
ちぎれた翅が
ぼくの手にこびりつき、
うな
部屋全体が恐怖でブンブン唸り出すまで、
狂ったように襲いかかったのだった.
..
。
狼狽し、怯えた祖父は、
オロオロと私の傍に寄ってきた。
「こんなにハエの多い年は
みたこたぁねえ。
」
まるで今まで彼もずっと蝿のことを気にしていたかのように!
老いた祖父の弱々しい声はあまりに哀れ気で、
162
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
ぼくは丸めたこん棒を木箱に投げ入れ、腰を下ろした、
ぼくは祖父に詫びたかった。
押し黙ったまま、二人が食事を続けたとき、
その静寂を壊すものと言えば、再び自分たちの世界を
構築し始める蝿たちの、かすかな、かすかな唸り声だった。
*バール・ズィバブ神
蝿の神。バール(Baal)とは古代シリアの太陽・山・泉な
どに無数にいる神で自然の生産力の象徴。ズィバブ(Zebub)とはヘブライ語で
「蝿」の意。
手術室で
(In the Operating Room)
「漕げよマイケル
岸辺に向かって
ハレルヤ!」麻酔医が歌っている
そして
私は彼の腕が
とても毛深いのを知って
驚いている
こんもりと 赤く縮れ、
さながら手首から
肩にかけての
か ら だ
彼の肉体から
丈の低い銅貨色のシダの茂みが
生え出ているかのように
私は
163
手を伸ばし
その麻酔医の
毛深い腕に
触れてみたいと思う
なぜならそれが
この世で
見届ける最後の
生きた存在になるかもしれないから
だからそれが
色白で無毛の腕ではなくて
うれしく思う
しかし もし私が望むままに
手を伸ばし
一掴みの彼の体毛を
私の人差し指に
巻きつけたら
彼らは薬のせいで
気が変になったのだろうと思い
私がもし生き延びていたら
思い出して
笑われてしまうかもしれない
だから私は 必死で
その麻酔医の口ずさむ歌に
意識を集中させている
「ヨルダン河は
濁って冷たい
ハレルヤ!」
164
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
やがて
すべてが
朦朧として
もう かまいやしない という気になって
今や
小さな炎となって
噴出する彼の体毛に
手を
伸ばして
触れようとしたとき
両腕は
革紐でしっかりと
手術台に
固定されていたことに
気づく
不思議な裸の男
(The Mysterious Naked Man)
クランストン通りで
怪しい裸の男を見かけたとの通報があってから
警察は派手なライトとサイレンでお定まりの現場検証を始めている。
付近の人もほとんどみなが外に出てくると、やじ馬たちも
わが身に災難が及ぶことがないとわかり、いつものように
胸を躍らせながら話している。
「どんなだったかね、やつは」と警部補は聞く。
165
「よくは覚えてはいないが、裸だったことは確かだ」と目撃者は答える。
警察犬も使われるらしい
なぜなら、この一件は
よくある破廉恥行為ではなさそうだし、
牛乳配達員が見かけてからも
男は何度も目撃されているのだから。そして今
たそがれの空は紫色に変わり
口づてにニュースが伝わって
子供たちが残された夕暮れの時間を夢中で遊ぶころになり
他の地区からもパトカーが応援にかけつける。
果たして、あの不思議な裸の男は
どこかのゴミ置き場の裏でかがんでいるのか
それとも
だれかの庭先でうつ伏せのまま横たわってでもいるのだろうか
ひょっとするとどこかの木陰に潜んでいて
港から吹きつける強い潮風が
彼の裸身を鞭打っているのかも知れない。
しかし望んでいたことを
すべて成し遂げた今
彼はただこのまま静かに眠ってしまうか
それとも死んでしまうのか
それとも空ヘスーパーマンのように飛んで行けたらと思う。
ジョニーの詩
(Johnnie's Poem)
見て!ぼく詩を書いたんだ!
ジョニーはそう言うと
166
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
その詩を私に見せる
それは
亡くなる前の祖父のこと
そして入院中の
私のことだ
私は泣き出したいくらいうれしくなった
なぜなら、上手く書けているかなんて
問題ではないから
大切なのは父である私のことを
彼がわかってくれているということ
詩には、自分が一番深く、そして強く
感じたことについて書くのだと彼に話した父親のことを。
男らしさへの通過儀礼
(The Rites of Manhood)
雪は激しく降りしきり、タクシーはもう走っていない。
夜番の仕事を終え、私は家路についている、
真夜中もとうに過ぎ、町全体が私のものになる、そのとき
通りの向こうに、まだ若いアメリカ人の水兵が
女の子のそばに立っているのを見る。彼は、
二人が凍りついてしまわないうちに家に送っていこうとし、
こ
その娘の住まいを聞き出そうと怒鳴っているが、彼女は
舗道にしゃがみ込んだまま、起き上がろうとしない。
二人は酔っぱらっていて、たぶんそんなことだと思うのだが、
どこかの酒場で、彼がその娘に声をかけて、
167
やがて仲間と分かれ、二人だけになり、
最初のうちは、声をかければついて来るような
女たちでいっぱいの港町で、
気ままに羽根をのばして愉しむのもよかったが、今はただ、
警官か沿岸警備員に呼び止められないうちに
彼女をどうしたらいいのかという
途方もなくやっかいな問題を解決したいと思うだけになった。
だが、この場をさもしいものにしない何かがあるとすれば、
それは、今、まさしく彼の心の中で起こっていることだ。
もし仲間の水兵がここにいたら、
そこに彼女を置き去りにして、
そのうち、そんなこともあったと、笑って済ますこともできるだろう、
だが、ここにいるのは彼ひとりだ、だから、
このうしろめたさは取るに足りない思いとして
忘れてどこかにしまい込むわけにはいかないのだ。
彼は、今、わかりかけている、
大人の男になるということはどういうことか、そして、それが
ほんの数時間前に思い描いていたのとは、いかに違ったことなのかと。
ここにいるといい
(It's Good to Be Here)
どうしようもないわ、と彼女は
彼に言った。それが、
私について語られた
この世で初めてのことばだった。
168
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
それは1932年のこと、
彼女はほんの14歳で
彼のような男たちはみな
一日働きづくめでも
やっと1ドルかそこらの時代だった。
キニーネ*があるわ、と彼女が呟いた。
馬鹿を言うな、と彼は言った。
すると彼女は泣き出した、そして
どちらも長く押し黙り
そのうち
二人は声を荒げるようになり
互いにどなりあうようにさえなった。
そして再び長い沈黙が続くと、やがて
とても静かに話し始め、最後に彼が、
ともかく二人でやっていくしかないな、と呟いた。
私はと言えば
か ら だ
彼女の胎内の暗闇にうずくまり、
心臓は高鳴っていた。
*キニーネ
解熱薬・抗マラリア薬であるが,子宮を収縮させる効果があることか
ら、堕胎を引き起こす薬物として古くから民間でひそかに用いられることがあった。
169
そのホテルには恐ろしい翼棟がある
(There Is a Horrible Wing to the Hotel)
そのホテルには恐ろしい翼棟がある。
そこではぞっとするようなことが起こっている。
便所は流れない。
床には大便が、
浴槽には小便が溢れている。
ある部屋で私は犬が
子猫を食いちぎっているのを見た。
でも人々はそこに住んでいる。
私を盗人と間違えた
あの太い腕の若者もそう、
あのとき彼の強さを知って、
抵抗してもムダだと思い、諦めていなかったなら、
私は彼のこん棒で
ひどく殴られていたはずだ。
その後は彼とは親しくなったが、
ある男の子が現われて、
彼の部屋から
安物の銅か真鍮製の
小さな三角形の品物を盗み出し
私にそれを手渡したのだ
たぶんそれは何かのトロフィーに
170
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
ついていたものだった。
若者がそれを探しにきたとき、
私は怖くて、隠してしまった。
私はその子が彼にぶたれるのを見つめていた。
でもある晩、私たちは屋上で
小さな動物の形の風船を空に放った。
それはクマや、鮮やかな赤のキリン、それに青いサイなどの風船だった。
風船は、夜の空高く飛んでいった、
私は高い所は怖いのだけれど、みんなと一緒に
見つめていると、それらはとうとう、
あの回転する巨大な通風筒の闇の中に消えていった。
風船はとても高く、とても速く飛んでいった、
私はそれほど自由なものは見たことはなかった。
大きな出来事が起こった
(Great Things have Happened)
私たちは人生で起こった
大きな出来事について話していた。
「それはやはり月面着陸かな、
それが生涯で一番大きなことさ」と私は言った。でも、
もちろん私たちは、だれひとり正直に話してはいない。
本当は、月に降り立つことなんて
171
1963年のある晩のことに比べたら
私にとって十分の一の意味もない
そう、それは、今ならお金さえあれば、
誰もが越してしまうような通りで、
ビクトリア朝時代の昔には、
ある豪商のものだったとか言う屋敷の片隅に、
三部屋を間借りして住んでいたときのこと、
クロゼット
(台所が、確かちょうど、以前の屋敷の物置だったはず)
その夜、クローディン、ジョニー、そして私の三人は
朝の4時半過ぎに目を覚まして
いっしょにシナモントーストを食べていた。
「それだけかい?」と聞き返したくなるかも知れないね。
いや、でもね、私たちはその朝、眠気で何だかぼんやりとした感じで、
そして、そう、窓の下では街路清掃人たちが
イタリア語で話しながら、機械を動かし
作業をしていて、なぜか
不安を感じさせるものは何もなくて、すべてがいつもと異なっていて、
湯沸かしでさえ昼間とはどこか違って
ヒューヒューと鳴っていた。
パンだって全く違った味がして、
バターもちょっとした冒険で、コショウの代わりに
パプリカがテーブルに置かれているような感じ。まるで
訪れたことのない国で、ときおり感じるような気分。
でも、それともひとつ違うのは、その国には誰もいなかったこと、
生きていることのすばらしさに半ばうっとりと酔いしれて、
172
カナダ詩人訳詩集Ⅰ
愛にすっぽりとくるまれた三人を除いては、誰もそこにはいなかったこと。
ここからはそこには行けない
(You Can't Get There from Here)
いつだってライラックの灌木が見える
ライラックは私の子どもの頃の
匂い、ひんやりとした川に沿って、子馬が駈け出したくなる匂い、すばら
しく自由な私の心の中の匂い
いつも赤いバラの茂みがあって、ときに
は、林檎の木や果樹園でさえも、そして、そこでは鹿が風に落ちた果物を
は
食んでいる。
背丈のある草の中では
おおばさみ
羊毛を刈る大鋏に出くわすかもしれない、鋏の化け物のようなものだけれ
ど、それだってピンセットのように一つに繋ぎ合わさったものだ、
ふたまた
そして、二股の斧、
それも片側はハンマーだ。もしも君がその廃家に足を踏み入れたなら、倉
庫に続く階段を登りつめたところに、きっと床に置かれた一隻の帆船の模
マ ス ト
型を目にするはず、3フィートの船体で、帆柱は倒れ、索具装置は腐食し
て、でも、私たちはそこにいる、積まれた野菜箱の暗がりから見つめなが
ら
灯される明かりはそこにはない、それに、君だって、私たちを見つ
けるためのランプを持ってはこなかったろう、でも、私たちには君が見え
る。そう、私たちには君が見える。
173
テキスト
Nowlan, Alden. Selected Poems. Eds. and intro. Patrick Lane and Lorna Crozier.
Concord, Ontario : House of Anansi Press Limited, 1996.
Purdy, Al. The Collected Poems of Al Purdy. Ed. Russell Brown. Toronto :
McClelland and Stewart, 1986.
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174
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マーガレット・アトウッド著、加藤裕佳子訳『サバィバル−現代カナダ文学入門』
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175
〈報
告〉
女子短大生の性役割観と
就業に向けた自立意識
−総合科目「女性と社会」講義の報告として−
和
田
佳
子
はじめに
20世紀は女性が元気な時代とも言われた。女性の社会進出が進み、平成
11年度の労働力調査によれば、わが国の女性雇用労働者数は2,116万人に
達し、雇用者総数の40%を占めるまでになった。女性就労に関わる法律の
整備も進み、女性の能力活用の場は確実に広がりを見せている。しかしな
がら、過去から脈々と継続している男女の固定した性別役割分業観は、社
会においても家庭においても未だ根深く、少子・高齢社会に向かって解決
を急がなければならない課題も多い。こうした状況下で、次代を担う若者
たちが、どのような意識で社会に参画し、自分らしい人生を築いていくこ
とになるのであろうか。
本学では、今年度(平成12年度)から全学科1年生を対象として総合科
目「女性と社会」の講義を開講した。この科目は女性を取り巻く社会的問
題について、各専門の外部講師らがオムニバス形式で講義をすすめ、家庭
や社会において女性が置かれた状況を客観的に把握しながら、学生たちに
自分の人生を展望する時間を与えることを目的としたものである。
177
各講義終了時に、学生に提出させたコミュニケーションカード(出席・
感想カード)に記載された文面からは、履修学生の大半が、講義の回数を
重ねるに連れて、それまでは思いも至らなかった物の見方や考え方に接し、
徐々に自分の生き方を探る姿勢に深まりを見せていく様子が読み取れた。
本稿では、筆者が当科目をコーディネートした立場から、その実践の経
緯をまとめ、報告としたい。また、講義時に行なった2回の意識調査結果
に照らしながら、本学学生の性役割観と自立意識についての報告と若干の
考察を加えたい。
1.講義概要
■科 目 名:総合科目「女性と社会」
(1年後期2単位)
■開講時期:平成12年9月13日∼平成13年1月17日
■対象学生:1年生385名(教養177名、英文119名、経済89名)
■ね ら い:現代女性を取り巻く状況をさまざまな視点から捉え、職場や
家庭で自立した自分の生き方を探るための手がかりとする。
■授業の構成と主な内容:
オリエンテーション
講義の進めかた、教育目標、課題と評価の方法
(第1回)
パート1
現代女性を取り巻く現状(第2回∼第5回)
講師:北海道東海大学教授・北海道立女性プラザ館長 岡田淳子氏
・「女性学」と「ジェンダー論」のあらまし
・性別役割の形成と文化的・社会的要因
・男女労働役割の特徴と働く女性の現状
・変わる、女性のライフコース
パート2
女性と法(第6回∼第9回)
講師:弁護士
淺松千寿氏・秀嶋ゆかり氏
・性差と性差別(セクシュアルハラスメントの起要因)
・結婚、離婚と法律(パワーとコントロール)
178
女子短大生の性別役割分業観と就業に向けた自立意識
・女性労働と法律(男女雇用機会均等法、育児・介護休業法
など)
・人権論の視点から
パート3
選択する人生・選択できる人生(第10回∼第12回)
講師:岩見沢市会議員・元北海道女性少年室室長 門間喜代子氏
・家族のゆくえ
・恋愛、結婚、出産、子育てとキャリア
・少子、高齢化の背景と課題、男女共同参画社会に向けて
ま と め
講演「夢を夢で終わらせない∼自分らしく輝いて生きるた
めに」(第13回)
講師:有限会社E's取締役・テレビレポーター 徳永エリ氏
■評価の方法:小課題の提出2回と出席状況による総合評価とした。
2.履修前の学生の意識
講義履修前の学生の意識をとらえ、その後の講義構築の参考とするため、
オリエンテーション時に出席した学生294名(教養160名、英文78名、経済
156名)を対象にアンケート調査を実施した。
以下の数字(図1)が示すとおり、女性問題に関連する社会的用語につ
いての学生の認知は、きわめて低く、
「パラサイトシングル」
、
「ドメスティッ
ク・バイオレンス」、「男女共同参画社会基本法」で若干、「知っている・
聞いたことはある」の回答を得た程度であり、「ジェンダーバイアス」、
「グラスシーリング」、「リプロダクティブヘルス/ライツ」に至っては、
知っていると回答した者は皆無に等しい。学生の社会的事象に対する関心
の薄さや情報量の少なさが明らかとなった。
特に関心がある社会問題について自由記述させたところ、「少子化」、
「セクハラ」、
「結婚・出産と仕事」
、「女子学生の就職難」
、「女性の職場での
179
知っている
聞いたことはある
知らない
図1.用語の認知度
扱われ方」
、「家庭と仕事の両立」などが挙げられ、近年、身近に見聞きす
る事項や就業期の不安に触れる記載が大半であった。
3.履修学生の感想に見る意識の変化
各講義終了時に学生に提出させたコミュニケーションカードに記載され
た文面から主なものを拾いあげ、講義進行の経緯と学生たちの意識の変化
を報告したい(学生感想からの抜粋は以下に資料1∼4として掲載する)
。
初回のオリエンテーションは和田が担当して、オムニバス形式の授業の
進め方と評価の方法を説明し、テーマにまつわるデータをあげて導入・動
機づけとしたが、講義方式を含めた新しい科目への期待と興味に触れる感
想と、差別意識の希薄さを窺わせる感想が目立った(資料1)
。
「パート1」の第1回目の授業では、ジェンダー論や女性学の流れにつ
いて講義され問題提起がなされたが、学生たちの間には、「男女に生物学
的差があるので、差別があるのはしかたがない」という捉え方も多く、
180
女子短大生の性別役割分業観と就業に向けた自立意識
「何が問題なのかよくわからない」という感想も多く見受けられた。しか
し、第2回・第3回で性役割の形成過程や労働役割の特徴についての講義
に入ると、「自分の中にある固定的な意識に気づかされた」という感想や
「社会における女性の立場の現実がわかった」という感想が増え始め、第4
回目になると、「差別の根源がわかった」、「生き方について深く考える機
会を得た」という感想が増え、レディネス状態の完成が見え始めた(資料
2)
。
「パート2」の女性と法律の授業では、結婚・離婚の仕組みや女性労働
にまつわる法律について解説され、さらにセクシュアル・ハラスメント等
の判例説明から現状課題について講義されたが、「弁護士さんの具体的な
判例説明によって、セクハラ、ドメスティック・バイオレンスなどの、現
実社会における深刻さがわかった」
、「あこがれの対象でしかなかった結婚
を別の角度から見ることができた」という感想が多く、「法律を知ること
が自分の身を守るために大切であることがわかった」
、「大学で勉強するこ
との意味に気づかされた」と学ぶことの意義に触れる感想が増えていた
(資料3)。
「パート3」の「選択できる人生」および最終回の講演では、講師自身
のキャリア形成の道程が体験談として語られ、次世代を生きる若者への期
待が語られたが、「先生が歩んでこられた道を考えると、自分の生き方の
甘さを感じる。豊かさの中で忘れているものに気づき、感動した」という
感想が圧倒的で、「諦めない人生を送るために、これからは男性も女性も
意識を変えていかなければならないことがわかった」というように、かな
り積極的な方向でキャリアや人生を捉える動きが見られるようになった
(資料4)。また、
「この講義を受けることによって多くのことを知り得た」
ことや、「人生を深く考える機会を得たことに感謝する」といった記述も
多く見られた。
上述のとおり、講義が進むに連れて、確実に学生たちの考えが深まり、
181
意識に変化があらわれる様子が窺えた。それは、授業を聞く態度・姿勢、
コミュニケーションカードへの記載内容にも明らかな変化となって表れて
いた。当科目の開設意図が十分に汲み取られたものと見てよいであろう。
*資料1*(コミュニケーションカードに記載された学生の感想からの抜粋)
オリエンテーションにおける学生の感想
・短大に入って、ただ何となく受けてきた講義が多かったけれど、この科目は女子
短大ならでは、の講義だと思う。自分の問題意識と直結するので、これからの講
義が楽しみです。
・女子大に入ってよかったと思えたひと時でした。いろいろな女性の生き方モデル
に接することができるのがうれしい。これから「どう生きようか」と考え始めて
いる時なので幸せです。
・今の生活では、男女差を感じることは、あまりないが、社会にはまだ差別という
ものがあるのだろうか。今後の講義で現状や課題を知りたい。
・女性差別の問題などは、よく新聞などで取り上げられているけれど、自分のこと
とは全く関係ないことだと思っていました。でも、今日の講義で示されたデータ
を見ただけでも、そうではないかもしれないと考えさせられることが多かった。
*資料2*
パート1.岡田先生の講義における学生の感想
・女性と男性は生物学的に違いがあるのだから、差別はあってもしかたがないこと
だと思う。私は、女性が差別されているということについては、あまり気になら
ないほうです。
・男性と女性の差について、今までいろいろな場所で話を聞いてきましたが、自分
のこととして真剣に考えたのは今回が初めてです。女性の生き方や社会での役割
について興味深く聞かせていただきました。
・ジェンダーについて、よくわかりました。とても惹きつけられる話でした。
・あらゆる「差別」は、「違い」を認められないところから始まるのだと思った。
男女差別も人種差別も大小の差別であって、根源は同じなのだということがわかっ
た。
・女性には学問は必要がないという考え方があったことを知り、悲しくなった。女
性は子供を産んで、家の中のことだけをしていればいいという考えが残っている
のが現実だとしたら辛い。
182
女子短大生の性別役割分業観と就業に向けた自立意識
・差別は身近なところに存在していることがわかってきた。ただ見ていなかっただ
けなのだ。女性の意識に問題があり、気が引きしまる思いがした。
・男性優位社会はそう簡単には変わらない。男性の意識も変わらないし、諦めてし
まう女性も多いと思う。法律・制度・意識の三つの変化が重要な鍵を握っている
のだと思う。
・今日の講義を家族みんなに聞かせてあげたかったです。
・今まで聞いたこともない、考えたこともない話をたくさん聞くことができました。
・この講義で、今まで「これでいいや!」と思っていたことを考え直させられた。
大切なことをたくさん学んだ。自分のこれからのことを、とても深く考えさせら
れた。
・先生の考え方は悲観的すぎると思い、同意できないこともあった。私はもっと前
向きに考えて、少しずつ改善していきたいと思う。
・何の問題意識も持たずに勉強していましたが、女性が置かれた立場は、「まだま
だ」なのだということがよくわかりました。女性自身の甘えの問題も含めて、社
会には、考えなければならない問題があるのだと思った。20世紀に変えられなかっ
たことは、21世紀に私たちが変えていかなければならないと思った。
・この授業を通して、自分のことや親のことなど、今まで考えもしなかったことを
考えたり、自分がこれから変えていかねばならないことに気づいたりした。
・最初は先生が話される内容を理解するのが難しく感じましたが、今日、ようやく、
一番何が大事なのかがわかりました。
・今までの授業で、自分の考え方が変わった気がします。女性が生きにくい社会は
男性にとっても生きにくい。世の中をどう変えていくべきか、自分なりにこれか
ら考えていきたいと思いました。
・この講義がなかったら、女性として社会に出ることについて、こんなに真剣に考
えることがなかったと思う。
・ 先生の話を聞きながら、自分や家族に当てはめて考えてみたら、今まで深く考
えることもなく、気づかずにいたことがあまりにも多いことがわかった。
・たくさんのことを考えさせられた講義だった。深く考え、意識の確立ができた授
業でした。じっくりと聞けた。
*資料3*
パート2.浅松弁護士、秀嶋弁護士の講義における学生の感想
・結局、女性の経済力のなさが、「男性による女性支配」につながるのだと思う。
・自分の人生観を見つめなおさざるを得ない話でした。
・辛いことがあると現実逃避しがちな自分にとっては、今日の話はちょっと重かっ
183
たが勉強になった。
・結婚とは「幸せにしてもらうこと」ではないということがわかった。他力本願じゃ
幸せにはなれない。今日の講義を受けることができてよかったです。
・講義を聞いて、少し考えが変わりました。結婚しても自分の人生は自分のものな
のだと思った。
・「結婚イコール幸せ」と考えていた私にとっては、あまりにも過激すぎて、感想
どころではありません。
・今日の講義は心で聞かせていただきました。母は私が2歳のときに離婚しました。
母が選択した生き方を見て、私も自分の人生は自分で決めようと思っています。
・結婚して幸せに暮らすためには、女性もきちんと自立した人間にならなければな
らないのだということを感じた。
・結婚のことについて、これほど深く考えたことはない。とてもいい勉強になりま
した。
・自分の心の中にも、外側からも、たくさんの抑圧があるけれど、自分がどう生き
るかは自分で考えていかなければならないと思った。
・虐待、デートレイプ、別姓問題、全ての話に興味が湧きました。ものすごく、考
えさせられるテーマだった。
・セクハラ、ドメスティック・バイオレンスの状況の恐ろしさを知った。ここで考
えておいてよかったと思う。
・自分が悩んだときにどうすればよいのか、自分の引出しが増えていっていると実
感している。情報を得ることの大切さを感じている。自分で自分を救えるくらい
の勉強はしておこう思った。
・毎回、ためになるお話ばかりです。これからの人生に無関係ではない良い情報、
幅広い情報を得ることができ、ためになった。幅広い情報、教養、視野を持って
生きられる女性になりたい。
・大学での勉強は、これからの人生を生きていくために必要なことなのだと気づい
た。
・興味深い講義だった。同年代の男性にもこういう講義を受ける機会を与えるべき
だと思う。女性だけが現状をわかっても、社会は何も変わらない。
*資料4*
パート3.門間先生の講義における学生の感想
・女性が仕事をもって生きることの困難さが痛いほどわかりました。「豊かさに寝
ぼけて、差別されていることにすら気づいていない」という言葉にドキッとさせ
られました。先生の話に圧倒されました。
184
女子短大生の性別役割分業観と就業に向けた自立意識
・この授業を受けていなかったら、たぶん聞くことができなかった貴重で面白い話
を聞くことができてよかった。人はなぜ結婚するのか等、他では聞けない話をた
くさん聞くことができた私たちはラッキーだと思う。
・先生の体験談を聞いて感動しました。それまでの常識を覆すことをしたり、新し
いことに挑戦したり、話を聞いていて涙が出ました。気持ちの面で成長できた気
がしています。
・毎回のことながら、興味深い話を聞けて授業に集中できました。今日聞いた話も
これからの課題にして、より深く追求していきたいと思います。
・元気が出ました。「誰かが変えてくれる」と思う前に、自分から変わっていかな
ければ何も変わらないのだと思った。
・先生のお話を聞き、学校で学ぶことの大切さをつくづく、知りました。
・この講義を受けていなければ、ただ何となく短大生活を送ってしまったのではな
いかと思った。
・今日の講義は、全てをまとめるような内容でした。先生の力強さに、自分が失い
かけていた自信を取り戻せるような気がしました。
・先生の講義は心に響いてきて、女性が社会で生きていくことを深く考えさせられ
ました。とても勇気づけられました。人間の在りかたというものを、ゆっくり考
えさせられました。
・今日の講義は本当に心で聞いていました。教科書の暗記でなく、普通の授業以上
に勉強になった。
・「女性と社会」という授業を受講して本当に良かったと思います。とてもよい勉
強になりました。これから生きていく上で大切なことを学んでいる。とても楽し
いです。
・これまで講演してくださった方たちが皆、「自分の財産を持つことの重要性」に
触れていました。最初はピンときませんでしたが、だんだんとそのことの意味が
わかってきました。
・子供を産み育てることは、「将来の労働力を育てることなのだ。自信を持ちなさ
い」という言葉が印象的でした。
・机にかじりついてペンを握って、教科書を読むだけが勉強ではない。こういう話
を聞くこともまた「勉強」なのだ。こういう勉強のしかたもあるのだと気づくこ
とができた授業でした。内容の濃い時間でした。いろんなことを感じることがで
きました。
・女性と社会の講義を通して、女性の社会的立場の弱さを痛感しました。厳しい環
境の中でがんばってこられた逞しさを尊敬します。
・本当にこの講義を選んでよかったと思った。今、自分の居場所を探すために勉強
185
しているのだということがわかった。人生はチャレンジということも心に残った。
・法律は整備されても、実行はされていない。女性がそれに気づかなければ、何も
変わらないのは当たり前だと思った。女性も男性も意識を変えていかなければな
らないのだということがわかった。
・今日は「また良い話を聞いた」という気分です。できないことはないはず、と背
中を押されてちょっと勇気が出てきた気がします。
・この講義は男の人に聞いてほしいと思います。
・「人はひとりでは生きてゆけない」。この言葉は、この講義の中で何回か聞いた。
感動ばかりの授業だった。こういう講義がなければ、こんなに深くは考えなかっ
たと思う。
・感動して泣きそうになりました。同じ女性として、男女平等を訴えて戦ってくれ
た先輩方には感謝したいと思います。
4.本学学生の性役割観と就業に向けた自立意識(調査の結果と考察)
第1回目オリエンテーション時と第13回目講義時に履修学生を対象に講
義内容に関連したアンケート調査を実施した。これらの調査結果に見る、
本学学生の意識は次のようなものである。
結婚観・離婚観と理想の子供の数
結婚についての考え方では、「する・しないは個人の自由」と回答した
者が78.2%と圧倒的で、「必ずしたほうがよい・できることならしたほう
がよい」と答えた割合は15.0%にすぎない(図2)。結婚への憧れが強い
世代でありながら、現実的な束縛感や閉塞感を察知するゆえの回答であろ
うか。非婚化傾向が社会問題となりつつあるが、それを示唆する結果とも
捉えられる。結婚の条件としては、上位から「性格が合うこと」
、「経済的
安定」
、「価値観が一致すること」
、「家庭第一に考える人であること」
、「生
活の自立ができていること」となっている。
離婚についても、「子供の有無に関係なく、離婚はやむを得ない場合は
ある」と肯定する者が69.0%を占め、「離婚はすべきではない」の23.5%
186
女子短大生の性別役割分業観と就業に向けた自立意識
するつもり
はない
1.4%
必ずしたほう
がよい
3.1%
できることな
らしたほうが
よい
11.9%
必ずしもしな
くてよい
5.4%
する・しないは
個人の自由
78.2%
N=294
図2.結婚についての考え方
一 度 結 婚 した
ら、離婚はすべ
きではない
11.9%
子 供の有 無に
関 係なく、 離
婚がやむを得な
い場合はある
69.0%
子供がいたら
離婚すべきで
はない
11.6%
子供がいなけ
れば、離婚す
ることもやむ
を得ない
7.5%
N=294
図3.離婚についての考え方
を大きく引き離している(図3)
。
学生たちが将来、産みたいと思う子供の数については、「2人」61.9%、
「3人」16.7%であり、平成12年度の合計特殊出生率1.34(北海道は1.2と
全国に比べてさらに低い水準にある)という少子化現象の深刻さを考える
と、近い将来に希望を感じさせる数字にも見える。しかし、「平成7年度
北海道児童環境等実態調査」によれば、一世帯が「理想とする子供の数」
について、「理想は3人」47.5%、「2人」36.2%と回答しながら、実際に
産みたい人数となると「3人」が31.1%に減じてしまう数字にも見られる
ように、理想に反して、実際に産む子供の数が制限されてしまうことは、
187
家事・育児の重圧や子育てにかかる経済的負担など、現代の日本社会が抱
える課題の大きさを示すものであろう。
性別役割分業観
「男は仕事をもって働き、女は家事や育児をして家庭を守る」という性
別役割分業観についての質問では、「同感・どちらかといえば同感」が
32.3%、「どちらかといえば同感しない・同感しない」が67.7%という結
果であった(図4)。これを総務庁「青少年の生活と意識に関する基本調
査(平成7年)」の結果で見ると、18∼21歳女子の「同感する」割合は29
%、「同感しない」割合は70%となっており、今回の本学学生の調査とほ
ぼ一致する数字である。概して、青少年の調査では「性別役割分業肯定派」
が多数になることはないが、本学学生たちの中にも、固定化した考えに反
発する姿勢や自由度を好む傾向が確認された。
同感しない
21.2%
同感する
3.2%
どちらかとい
うと同感する
29.1%
どちらかという
と同感しない
46.5%
N=344
図4.「男は仕事、女は家庭」の考え方
しかし、青少年期を過ぎ、年齢が高くなるにしたがって、肯定比率に高
まりが見られるのが一般的傾向である。例えば、前述、総務庁の調査でも、
22∼24歳女子になると、
「同感する」が38%、「同感しない」が60%となっ
てしまう。このことは、性別役割分業意識が、幼年期から思春期の生育過
程で受ける親子関係からの影響にとどまらず、その後、所属する教育機関・
188
女子短大生の性別役割分業観と就業に向けた自立意識
職場環境や周囲の人間関係等にも大きく影響を受けることを示すものであ
ろう。
理想の働き方・働く目的
学生が現時点で考える「理想の働き方」については、オリエンテーショ
ン時と第13回目授業時に2度同じ調査をおこなった。いずれも「ずっと働
き続ける継続型志向」より「子供ができたら退職し、子供が大きくなった
ら再び働く中断型志向」が強い結果となり(表1)、20∼24歳と45∼49歳
を山とし、30∼34歳で谷とするM字カーブを描く日本の女性就業の特徴的
パターンと同様の傾向を示すものである。
しかしながら、ここで興味深いのは1回目調査と2回目調査では回答に
若干の変化が見られたことである。初回調査で「結婚するまで」14.6%だっ
たものは2回目も15.1%とほとんど同数で変わらなかったものの、「子供
ができるまで」が8.2%から11.6%へ増加、「子供が大きくなったら再び働
く」は51.0%から41.9%に減少、「ずっと働き続ける」が25.5%から31.1%
へ5.6ポイント増加し、数回の講義を経て継続型志向が増えているのが顕
著である(表1)
。
表1.理想の働き方
〈1 回 目〉 〈2 回 目〉
職業を持たず家庭に入るのが望ましい
結婚するまで職業を持つのが良い
子供ができるまでは職業を持つのが良い
子供ができたら辞め、大きくなったら再び働
くのが良い
ずっと働き続けるのが良い
2
43
24
150
0.7%
14.6
8.2
51.0
1
52
40
144
0.3%
15.1
11.6
41.9
75
25.5
107
31.1
(人・%) 294
100.0
344
100.0
仕事に就く目的としては、「生計維持」が101名(34.4%)、「人との出会
い、自己成長」が78名(26.5%)、「親からの自立」51名(17.3%)、「能力
189
を生かす」43名(14.6%)という順になっている。
また、仕事を選ぶ上で重視することは、上位から「仕事の内容」
、
「収入」
「勤務地」、「結婚後も働けるか」、「土日が休み」、「休日日数」を挙げてい
る。「正社員か否か」を重視する者は39名(13.2%)で、社会問題化して
いるフリーターについても、「就職先がなければやむを得ない」42.2%、
「やりたくない仕事をするより良い」27.9%と答えており、フリーター否
定の割合28.9%(「フリーターの増加は憂うべきこと」12.6%、「定職に就
いて職業能力を高めるべき」16.3%を合わせた数字)を大幅に上回り、現
代若者が必ずしも正規の職に就くことを重視していないことが読み取れる。
しかし、フリーターの増加は、今後、わが国の社会保障制度の維持にも少
なからず影響を及ぼすことになると推測されるため、将来を見据えてキャ
リアプランを立てることの重要性を学生に伝え、生き方を真摯に考えさせ
る教育の機会を与えていくべきであろう。
職務挑戦志向性と自立意識
次に、本学学生の職務挑戦志向性を見てみよう。仕事をする場合の「程
度」についての質問では、「経営者になるまで」と答えた者は8.2%にすぎ
ず、「部長・課長クラスまで」が9.4%、「係長・主任クラスまで」が34.0%
人の上に立ち、
人を引っ張っ
ていく 仕 事 に
向いている
18.6%
誰かを補助し、
サポート役とし
て働く仕事に向
いている
81.4%
N=344
図5−①
190
職務挑戦志向性(1)
女子短大生の性別役割分業観と就業に向けた自立意識
であった。「役職には就きたくない」という回答は48.4%となっており、
役職やポストにおける上昇志向や挑戦志向の意識は低いという印象を受け
る。一般的傾向ではあるが、役職やポストにはこだわらない女性が多いと
すれば、設問自体に無理があったことも否めないが、職務挑戦志向性を見
る上での、ひとつの目安として捉えておきたい。
また、「自分は人の上に立ち、人を引っ張っていく仕事に向いている」
と考える者は18.6%にすぎず、逆に、「自分は誰かを補助し、サポート役
として働く仕事に向いている」と考える者が81.4%を占めている(図5−
①)
。同様に、「責任ある仕事を任されるのは気が重く、辛いと思う」と答
えた者が42.4%にものぼる(図5−②)ことと合わせて見ると、短大生の
多くが、働く以前から補助労働を志向し、職務上の重責回避志向にあるこ
とがわかる。
責任ある仕事
を任されるの
は気が重く、
辛いと思う
42.4%
精神的・肉体的
にハードでも、
責 任ある 仕 事
に就きたい
57.6%
N=344
図5−②
職務挑戦志向性(2)
もちろん、全ての学生が最初から補助労働を志向しているわけではない。
職業継続志向性の高い学生のうち、「責任ある仕事に就きたい」と答えて
いる者が67.3%、「補助的仕事に就きたい」という者が32.7%であるのに
対し、
「結婚するまで」の“とりあえず志向”の学生では、「責任ある仕事
に就きたい」と答えている者が42.3%、「補助的仕事に就きたい」と答え
ている者が57.7%というように、両者の間に意識の上で明らかな違いが見
191
られる。
また、自立度を問う設問では、「何か物事を決めるとき、他人の意見に
左右されやすいか否か」については、「そう思う」が55.4%、「そう思わな
い」が44.6%となっている。「自分ひとりで行動することが苦になるか否
か」については、「全く苦にならない・苦にならない」を合わせて74.5%、
「あまり得意ではない・苦手である」を合わせて25.5%となっている。「初
対面の人と会って話すことが苦になるか否か」については、「苦になる」
49.4%、「苦にならない」50.6%と、それぞれ半々となっている。また、
「おかしいと感じることがあったら遠慮せずに自己主張するか否か」の設
問についても、
「自己主張する」49.1%、
「しない」50.9%という結果であっ
た。
これらの回答には、自立に向けて自己確立を試みる青年期特有の揺れが
見え隠れし、まさにアイデンティティ形成プロセスの中にあることが窺え
る結果である。
母親の就業・家庭環境と自立意識の関係
母親の就業状況や家庭環境は女子短大生の就業意識にどのように影響を
与えるのであろうか。今川らの研究(1988∼1989)では、職業継続型の母
親を持つ娘ほど職業継続を望む割合が高く、母親の就労が娘のキャリアを
表2.母親の就業の有無と理想の働き方
〈母親有職〉
職業を持たず家庭に入るのが望ましい
結婚するまで職業を持つのが良い
子供ができるまでは職業を持つのが良い
子供ができたら辞め、大きくなったら再び働
くのが良い
ずっと働き続けるのが良い
192
3
25
26
99
1.4%
11.3
11.8
44.8
〈母親無職〉
0
28
20
38
0.0%
23.0
16.4
31.1
68
30.8
36
29.5
(人・%) 221
100.0
122
100.0
女子短大生の性別役割分業観と就業に向けた自立意識
促進することが指摘されている。また、総務庁の「現代青年の生活と価値
観調査」(1986)では、大学生の母親の方が、短大生の母親よりも娘に継
続就労を望む度合いが強いことが報告されている。
本学学生の母親の就業状況については、現在働いている母親は64.4%と
なっており、学生たちの職業意識形成に少なからず影響を与えているもの
と思われる。雇用形態の内訳では、パートタイマーが62.9%を占め、正社
員は12.7%、派遣・契約社員が6.3%となっている。
確かに、本講義内の調査でも、母親が就業している学生では、「ずっと
働く」継続志向が30.8%(221名中68名)、「結婚するまで」の“とりあえ
ず志向”が11.3%であるのに対し、母親が就業していない学生の場合の継
続志向が29.5%(122名中36名)、“とりあえず志向”が23.0%という意識
の差異が見られる(表2)
。
母親の就労に対して感ずることの自由記述では、
「働いている母は、生き
生き輝いている」
、「働きに行くことによって、人間関係も広がり、社会的
視野が広くなり良いと思う」
、「家事との両立をこなしながら、立派に働い
ている母を尊敬している」という意見が多く、働く母親を応援し肯定する
気持ちと、その母親を生き方のモデルにしている様子が読み取れる。また、
「自分が短大に通えるのは、母が働いてくれているからこそ。感謝してい
る」とコメントをつけている学生も少なくない。
この他、家庭の経済状況や教育方針も子供の職業志向性に影響すると仮
定して、「世帯の経済状況をどう捉えるか」という学生自身の主観的判断
による回答を求めた。自分の家庭の経済状況について、
「充分余裕がある」
または「余裕はある方」と捉えている者が39.8%、「あまり余裕はない」
46.5%、「余裕はなくギリギリである」と捉えている者が13.7%であった。
「充分余裕がある」と答えた者のうち、「ずっと働き続ける」と回答した者
は25.0%、「結婚まで」が16.7%、「子供ができるまで」16.7%となってい
る。これに対して、
「余裕がなくギリギリだと思う」と回答した者のうち、
193
「ずっと働き続ける」と回答したのは46.8%、「子供ができるまで」4.3%、
「結婚まで」が8.5%となっており、両者の間には大きな差異が見られた。
このことから、家庭の経済状況の違いが就業意識に及ぼす影響も無視でき
ないことがわかった。
続いて、家庭の教育方針と職業継続志向性の関係について見てみると、
「女の子らしくやさしくなるように育てられた」と実感している学生33名
(全体の9.6%)のうち、継続志向の者は21.2%であるのに対し、「自分の
ことは自分でできるようにと育てられた」と実感している122名(全体の
35.5%)については、継続志向の者が32.8%となっている。性別役割肯定
についても、前者が33.3%であるのに対し、後者は28.6%と差異が見られ
る。
さらに、「自分の将来について、親がどのように考えていると思うか」
という設問には、
「早く経済的に自立をし、1人で生きていく力をつけてほ
しい」が34.5%、「とりあえず就職し、近い将来結婚してほしい」が22.7
%となっている。ここで、「自分の好きな人生を歩んでほしい」が40.4%
を占めているのは、真に親の思いと一致したものなのか、あるいは束縛を
嫌う子供にとって都合の良い解釈ゆえかは定かではない。いずれにせよ、
こうした親の様々な思いを受けて、学生たちの性役割観や職業意識が形成
されていくものであろう。
おわりに
本稿では、今年度からスタートした総合科目「女性と社会」の講義進行
の経緯を報告し、あわせて本学学生の性役割観と自立意識についての調査
結果と若干の考察を加えた。
開講当初、女性にまつわる社会問題への関心の希薄さを感じさせた学生
たちであったが、講義の進行に連れて、明らかに意識の変化を見せ始め、
自分自身の生き方を社会とのつながりの中で捉え、考えを深めていく様子
194
女子短大生の性別役割分業観と就業に向けた自立意識
が窺えた。オムニバス形式の講義手法により、複数の講師の話を聞きなが
ら、日常とは異なる物の見方・考え方に接する機会を得て、大学で学ぶこ
との意味に気づいていくという意識高揚のプロセスが観取された。
本学学生の性役割観については、伝統的な性役割分担などに対する固定
観念からの解放を望む若者特有の自由志向が見えるものの、積極的に打開
しようというほどの勢いは見られなかった。それは、一例として夫婦別姓
への強い抵抗感などにもあらわれていた。
また、本学学生の職務挑戦志向性については、就業前から補佐的業務を
志向し、職務上の重責回避の傾向が見られた。就業継続の選好が学歴と正
の相関関係にあって、短大生よりも大学生のキャリア志向が強いことは東
京女性財団の調査(「大卒女性のキャリアパターンと就業環境」1999)な
どでも明らかになっているが、本学学生についても、その要因や背景を今
後より詳しく探っていきたい。
家庭の経済状況や教育方針、母親の就業状況に加え、学校教育のあり方
が、若者の職業意識形成に及ぼす影響は計り知れないものであることから、
短大では学生たちのキャリアプラン構築に寄与する正確な情報を提供する
とともに、仕事のもつ意味を積極的に伝えていかなければならないと考え
る。当科目の運営を通して、本学学生たちの社会的事象への関心の希薄さ
や、それに起因する情報量の少なさ、また、それゆえの意識の遅れと他者
への想像力不足など、今後、教育上、配慮すべき課題も種々浮かび上がっ
てきた。
次年度以降も当科目において、生き方に直結した学びの場を提供できる
ような授業づくりに努めていきたい。
最後に、当科目の開講意図をご理解いただき、時宜を得た講義を提供し
てくださった講師の方々に心からお礼を申し述べたい。
195
《参考文献》
1)井上輝子編『女性のデータブック』有斐閣
1999
2)北海道環境生活部女性室『平成10年度北海道の女性』1999
3)池木 清『女子短大教育と卒業生の職業状況』北樹出版 1997
4)岡本祐子『女性の生涯発達とアイデンティティ』北大路書房 2000
5)利谷信義『高学歴時代の女性』有斐閣選書
1996
6)熊沢 誠『女性労働と企業社会』岩波新書
2000
7)若林 満「女子短大生における性役割社会と職業興味」
『名古屋大学教育学部紀
要』第33号173-212、1986
8)今川峰子ほか「母親の就労が女子青年の職業意識に及ぼす影響について」
『聖徳
学園女子短期大学紀要』14集・15集
1988-1989
9)東京女性財団『大卒女性のキャリアパターンと就業環境』森ますみ、1999
10)労働省『平成11年版働く女性の実情』1999
196
地理的移動性のある選択的プレイ状況
における、相互協力達成に関するコン
ピューター・シミュレーション研究1
渡
邊
席
子
はじめに
私たちは、誰でも必ず何らかの社会関係の中に組み込まれている。所属
することが個人にとって利益をもたらす関係もあれば、不利益をもたらす
関係もあるだろう。あるいは、関係からの離脱が困難なものから、新しい
関係へと移動可能なものまで、その形態はさまざまであると考えられる。
こうした多様な社会関係が「良好に」維持されているかどうか、言い換え
ると、社会関係内で相互協力状態が構築されているかどうかには、個人的
な要因はもちろん、その個人が組み込まれている社会関係の構造も大きく
かかわっていると考えられる。これらの要因間の関係はトートロジー、つ
まり、鶏が先か卵が先かの議論である。筆者は、諸要因間の関連性につい
て、どちらか一方が固定的原因でどちらか一方が固定的結果であるわけで
はなく、互いにとって互いが原因であり、結果である関係が成立している
と考えている。このような関係を扱うための一つの方法として、コンピュー
ター・シミュレーションを用いることができる。コンピューター・シミュ
レーションという方法は、何かを証明するために用いるものではない。ま
た、プログラムを書く側が各種パラメータの設定を決定するため、恣意的
197
な結果を導く可能性を十分に認識しておかなければならない。だがその反
面、「思考の道具」としての有効性を多分に持つ。例えば、関連要因間の
関係があまりに複雑すぎる現象や、あまりに大規模すぎる現象について考
えるときには、大きな力を発揮する可能性がある。このようにコンピュー
ター・シミュレーションは、証明ツールではなく問題発見ツールとしての
発展性を有していると考えられる。
社会心理学の諸研究においても、コンピューター・シミュレーションが
多用されるようになってきた。本研究ではそうした流れの中で、社会関係
のあり方と、その社会関係に属する個人との交互作用関係に着目し、相互
協力的な社会関係が構築される条件について考察するためのコンピューター・
シミュレーション・モデルである、「地理的移動性モデル」を開発する。
このモデルは、社会関係の「質」を「量」として表現し、解析する可能性
を模索するための、ひとつの試みであるといえる。そして、開発した「地
理的移動性モデル」に基づくコンピューター・シミュレーション・プログ
ラムの運用可能性を探るため、2種類のデモンストレーションを紹介する。
まずは、「地理的移動性モデル」が従来の研究の流れの中でどのような
位置付けにあるのかを考えるにあたり、過去に行われた研究例を振り返る。
1.これまでの研究の流れ
過去の研究を振り返ると、各種ゲーム状況、とりわけ囚人のジレンマ
(prisoner's dilemma)ゲームを用いた研究が数多く発表されている。囚
人のジレンマゲームは、2者間の物理的、非物理的利益葛藤関係をシンプ
ルに表現したツールとして、多くの研究で用いられてきたものである。囚
人のジレンマゲームでは、
①
個々の人間にとって、「協力(協調)」か「非協力(裏切り)」かどち
らかを選択でき、
②
198
個々の人間にとっては「協力」を選択するよりも「非協力」を選択す
地理的移動性のある選択的プレイ状況における、相互協力
達成に関するコンピューター・シミュレーション研究
る方が望ましい結果となるが、
③
全員が自分にとって個人的に望ましい「非協力」を選択した場合の全
体としての利得は、全員が「協力」を選択した場合の全体としての利
得よりも低くなる
状況が想定されている。囚人のジレンマという呼称は、ある2人組の犯罪
容疑者が直面する葛藤に由来している。
2人組の犯罪者が数々の犯罪を繰り返した挙句、とうとうある事件の容疑
者として捕まった。2人はそれぞれ別々の取調室につれていかれ、取り調
べを受けることになった。取り調べを行う検事は、実はまだこの2人が事
件の犯人であるという決定的な証拠を握ってはおらず、何とかして自白さ
せようともくろんだ。検事は、2人に別々に、次のような提案をした。
「もし君が自白して、君の相棒が自白しなかったら、君のその自白に免じ
て、君の刑期を半年にしてあげよう。そのかわり君の相棒を10年の禁固
刑に処することにする。反対に君が黙秘したのに、君の相棒が自白してし
まったなら、君は10年の禁固刑に処されるが、君の相棒は半年で刑務所
を出ることができる。もし2人とも黙秘したら、この事件についての決定
的証拠がないということで、別件の軽い罪で告訴し、2人とも2年の禁固
刑とする。もし2人とも自白すれば、2人とも5年の禁固刑とする。」
さて、別々に取り調べを受けた2人の容疑者は、黙秘するだろうか。そ
れとも自白してしまうだろうか。相棒が黙秘する場合、自分は刑期2年も
しくは半年、どちらかの刑罰を受けることになる。もちろん自分にとって
よりよいのは半年の方である。ということはすなわち、自白してしまった
方がよいということになる。では相棒が自白した場合はどうかというと、
自分は5年もしくは10年、どちらかの刑罰を被ることになり、この場合も
やはり、5年で済む、すなわち自白した方が得であるという結論に達する。
199
つまり、黙秘を協力、自白を非協力と考えた場合、相手がどちらの行動を
とるかに関わらず、常に非協力(自白)をとる方が刑期が短くて済むので
ある。このように囚人のジレンマ状況では、個々のプレイヤーにとっては、
自分の利益を考えて行動する限り、非協力をとる方が有利になる。しかし
双方がこのように考えたなら、2人とも自白し、検事のもくろみ通りの結
果となる。だが、それが容疑者たちにとって最良の方策ではないことは容
易に理解できる。互いに自白してしまうと刑期は5年、黙秘し続ければ刑
期は2年である。互いに黙秘しあえば、自白しあうよりも軽い刑期で済む
のである。
2者間の囚人のジレンマ状況が3者以上の関係に拡張されたものは社会
的ジレンマ(social dilemma)と呼ばれ、我々の普段の生活の中にも多数
の類似した状況を見出すことができる。例えば、ゴミの分別を正しく行う
のは面倒であるから、個々人にとってはやらないで済ませた方が楽である。
しかし皆がそう考えたなら、燃やしてはいけないゴミが燃やせるゴミの日
に排出され、大気汚染が深刻化する可能性がある。あるいは、受験戦争も
社会的ジレンマ問題として解釈できる。個人にとっては、良い学校に入る
ためには一生懸命勉強した方がよい。しかし皆がそう考えたならば、皆よ
りもずっと多くの時間を勉強に費やさなければ上位に食い込めない状況が
生じてしまう。学生生活のほとんどすべてを勉強のために使い、友人との
語らいや遊びの時間、自分自身のことをゆっくり考える時間をなくしてし
まうことになるかもしれない。いずれの例にも共通しているのは、個々人
が短期的な自己利益を追求することで、もっと長い目で見たときには誰に
とっても望ましくない結果が導かれてしまうことである。
以上まとめると、囚人のジレンマ状況や社会的ジレンマ状況では、それ
ぞれの個人にとっては非協力をとる方が相手の行動にかかわらず常に有利
な結果を導くことは明らかであり、皆がそう考えれば相互非協力に陥る可
能性は極めてに高いと予測される。しかし、実験やコンピューター・シミュ
200
地理的移動性のある選択的プレイ状況における、相互協力
達成に関するコンピューター・シミュレーション研究
レーション研究によって、囚人のジレンマ状況や社会的ジレンマ状況にお
いて、相互協力を達成することは不可能ではない可能性が数多く示唆され
てきた。非協力が優越であるとわかっていながら協力する人が存在し、相
互協力に近い状況が達成されること自体、非常に不思議なことである。何
故、非協力が有利なのにもかかわらず協力するのだろうか。その理由はい
くつか考えられる。第1の理由としては、「人々には他者に協力的に振舞
いたい動機がもともと存在している」という解釈が挙げられる。しかし、
もしこの解釈が正しいとしても、次の疑問が生じる。それは、何故人々が
他者に対して協力的に振舞いたい動機を持つのかという疑問である。先述
の「動機説」は一見、人間の協力的行動の源泉を説明しているように見え
ながら、実は説明を先送りしているに過ぎない。そこで筆者は、第2の考
え方、「人々が協力的に振舞うのは、協力的に振舞うことが"意図せざる"
結果として、その個人にとって何らかの有益さをもたらしているからであ
る」という、「結果としての選択説」を根底におき、社会関係の中での協
力的行動の意味を問いたいと考える。
次節からは、主に社会科学の分野において囚人のジレンマゲームを採用
した研究を大きく3つに分類し、それぞれ代表的な研究例を紹介していく。
1.1
強制的プレイ状況
強制的プレイ状況では、固定された2者関係の中で、プレイヤーがそれ
ぞれ協力か非協力かを選択する。つまりプレイヤーは、自分をとりまく社
会関係を自発的に変えることができず、決められた相手とのみ囚人のジレ
ンマゲームをプレイすることが許される。強制的プレイ状況は、囚人のジ
レンマゲームを用いた多くの研究に見られる、最も基本的な状況である。
繰り返しのある2者囚人のジレンマ状況における有効な戦略を明らかに
した研究として広く知られているものとしては、Axelrod(1984)による
コンピューター・トーナメント戦がある。Axelrod(1984)は、複数の研
201
究者に依頼して繰り返しのある2者囚人のジレンマトーナメントに出場す
る戦略を募集し、 2回にわたる戦略選手権を行った。 その結果、 TFT
(TIT FOT TAT:応報戦略)が相対的に高い利益をあげることが示され
た。TFT は、プログラム行数にしてわずか数行の単純な戦略であり、「初
回は協力」
、「次回からは相手が前回とった行動をそのまま相手に返す」と
いう原理に従う互恵的戦略である。未来係数が高く(同じ相手と繰り返し
囚人のジレンマゲームを行う可能性が高く)、相手の行動についての完全
情報が得られる場合に、TFTの強さが発揮される。TFT は自分からは搾
取せず、搾取されつづけることもない。つまり「勝ちもしないが負けもし
ない」戦略であるが、協力者とは相互協力を達成できるため、相互非協力
で自滅する非協力的戦略に比べ、トーナメント戦の平均成績が相対的に高
くなったのである2。以上のことは、2者間に反復的な関係があるときに
は、相手の行動に報いる戦略が有効であり、互いに協力を取り合うことに
より相対的に高い利益を得る可能性を示している。なお、コンピューター・
シミュレーション研究ばかりでなく、実験場面においても TFT の有効性
が確認されている(Oskamp, 1971 ; 寺岡・渋谷, 1987 ; Wilson, 1971)。
1.2
選択的プレイ状況
決められた相手と必ず囚人のジレンマゲームをプレイする必要がなくなっ
た点が、強制的プレイ状況と選択的プレイ状況との大きな相違である。選
択的プレイ状況では、協力・非協力の選択の前にもう一つ、各プレイヤー
にゲームに参加するかどうかの選択権が与えられる。この設定によりプレ
イヤーは、既存の関係にとどまるか、あるいは既存の関係から自ら飛び出
し、新たな社会関係を構築していくかの選択をすることができる。例えば、
プレイヤーが現在の関係に満足していなければ、無理にその関係にとどま
らず、より満足できる関係を求めて既存の関係を断ち切り、新しい関係を
作り出すことができる。逆に、外に飛び出すリスクが大きいと判断すれば、
202
地理的移動性のある選択的プレイ状況における、相互協力
達成に関するコンピューター・シミュレーション研究
既存の関係を維持することも可能である。
林は一連の研究の中で、選択的プレイ状況を用い、すべての相手と同じ
利得構造のもとでゲームをプレイする場合とそうでない場合とでは、有効
な戦略が異なっていることをコンピューター・シミュレーションにより示
した。林のシミュレーションにおいては、各プレイヤーは指名戦略(相手
を選ぶ基準)と行動戦略(囚人のジレンマゲームでの行動)をそれぞれ有
し、ある2者が双方に指名しあったときにのみ囚人のジレンマゲームが行
われることになっていた。このシミュレーションの結果、機会コストがな
い場合、すなわちどの相手と囚人のジレンマゲームをプレイしても利得構
造がすべて同じである場合は、OFT(OUT FOR TAT:ゲームにおける
行動戦略は全面協力である。加えて、パートナーの指名にTFT的要素を
導入し、前回パートナーが協力していれば第1指名し、非協力なら第1指
名からはずす)の有効性が示唆された(林, 1993a ; Yamagishi, Hayashi,
& Jin, 1994)。この結果は、OFT を相手にしているときには非協力が割
に合わなくなることを示している。OFT は基本的には全面協力戦略であ
るから、非協力者にとっては格好のカモである。ところが、OFT をとる
プレイヤーは非協力者を二度と指名しないために、非協力者は搾取できな
いだけでなく、OFT をとるプレイヤーから完全に排除されてしまう。こ
のことは、OFT が非協力行動をとるプレイヤーに「二度とつきあわない」
という意味でのサンクションを与えていると解釈できる。これに対して機
会コストがある場合、すなわち相手によってプレイする利得構造が異なる
(現在の相手より高い利益を得ることのできる相手が存在する可能性を加
味した)場合には、OFT は必ずしも有効ではなかった(林, 1993b)。そ
のかわり、現在の相手よりもよい相手がいることを期待し、現在の関係か
ら離脱するブースターの役目を果たす、他者の意図への「信頼」をもち、
同時に OFT を採用している trustful OFT が有効であることが示された
(林, 1995)
。
203
また筆者は過去に、選択的プレイ状況における協力的行動の合理的基盤
に関する実験研究を行っている。この研究は、関係からの離脱・関係への
参入が選択可能な状況において囚人のジレンマゲームをプレイした場合、
結果として実際にゲームをプレイする人々の中に占める協力者の割合が、
もとの状況よりも高くなる可能性を示した実験研究である(渡邊, 1996 ;
渡邊・山岸, 1995, 1997)。渡邊(1996)、渡邊・山岸(1995, 1997)の実
験研究は、Orbell & Dawes(1991, 1993)にヒントを得た研究である。
選択的プレイ状況において、他者の意図を判断するために必要な情報が不
足しているとき、人々は自分自身の特性を情報として用いる。それは、情
報が皆無であるよりも、1サンプルでも利用した方が合理的だからである。
協力者は他者に自分の協力傾向を投影し、他者も協力的だろうと思う故に
囚人のジレンマゲームに参加する。これに対して非協力者は、他者に自分
の非協力傾向を投影し、他者も非協力的だろうと思う故に囚人のジレンマ
ゲーム には参加 しない。 つまり 、 人々 はフォ ールス・ コンセン サス
(Ross, Greene, & House, 1977)に従って囚人のジレンマゲームでの行動
を決定する。すると、実際にゲームに参加した人の中での協力率は、もと
もとの協力率よりも上昇し、参加した協力者にとっては、本当に「皆が協
力的な」社会が生じるであろうというのが Orbell & Dawes(1991, 1993)
の指摘である。また、初期協力率がある程度以上高ければ、非協力する方
が有利な利得構造が仮定されていても、協力者の方が相対的に高い利得を
得られる可能性がある。 渡邊 (1996)、 渡邊・山岸 (1995, 1997) は、
Orbell & Dawes(1991, 1993)の議論をさらに発展させ、囚人のジレン
マ状況での相手候補者についての情報を用いることができる条件と、用い
ても意味のない条件を設定し、囚人のジレンマゲームプレイ前と実際に囚
人のジレンマゲームをプレイした後の協力率を比較した。すると、相手に
ついての情報を用いても意味のない条件、すなわち実験参加者がフォール
ス・コンセンサスを起こしやすい状況でのみ、協力者は非協力者よりも多
204
地理的移動性のある選択的プレイ状況における、相互協力
達成に関するコンピューター・シミュレーション研究
くの相手と囚人のジレンマゲームをプレイすることを望んでゲームに参入
し、もとの協力率よりも囚人のジレンマゲームをプレイした人の間での協
力率の方が大幅に高くなっていることが示された。このことから、フォー
ルス・コンセンサスに基づく他者への期待と協力傾向とが連動しているこ
とによって、相互協力がより達成されやすくなる(相互協力的な社会関係
が創発的に生じる)可能性が示された。自身の協力傾向と他者への期待と
が完全に連動していれば、協力者のみが囚人のジレンマゲームに参入し、
実際にゲームをプレイする人々の間では完全相互協力状態となるだろう。
しかし連動が完全でなければ、囚人のジレンマゲームに参入する非協力者
がいて、彼らがより大きな利益をあげることになる。それでも、多くの協
力者にとっては、「もとよりはよい状態」が創発的に生まれることに変わ
りはない。
1.3
地理的概念の導入
先に紹介した強制的プレイ状況や選択的プレイ状況では、プレイヤーと
その相互作用相手との間に「距離」は存在していない。これに対して、プ
レイヤー間の物理的・地理的距離を想定した研究も数多く行われている。
例えば格子構造をもつフィールドを仮定した研究では、すべてのプレイヤー
が2次元格子状あるいは1次元鎖状のフィールドに配置され、相互作用を
行うことのできる地理的範囲が隣接した固体に限定される。多くの場合、
最も高い利得を得たプレイヤーが、自分と同じ「遺伝子」をもつコピーを
自分のすぐそばに作る再生産ルールが採用されている。このようなゲーム
のルールは、ある行動特性や戦略がどのように地理的に広がっていくか、
あるいは消失するかを、グラフィックとして視覚的に観察することを可能
にする。
Axelrod(1984)は、現実社会において人々はおおむねある領域内で行
動することが多く、隣人とうまくやっていけるかどうかが、自身の成功、
205
すなわちより多くの利益を得ることができるかどうかに大きく関わると述
べている。Axelrod(1984)は、彼が主宰した第2回コンピューター・トー
ナメントに出場した63の戦略を、14×18のトーラス状(端と端がつながっ
た、切れ目のない)格子フィールドに4つずつランダムに配置し、それぞ
れ辺を共有する4つの隣人セルと囚人のジレンマゲームをプレイさせた。
そして、相互作用の結果優れた成績を上げた戦略が、そうでない戦略が配
置されているセルを乗っ取れるというルールのもとでコンピューター・シ
ミュレーションを行った。その結果、生き残って当初4つだけだったセル
数を増やすことのできた戦略は皆、大きさはまちまちながら塊(似たもの
同士の隣人づきあい)を形成することが示された。
また Morikawa, Orbell, & Runde(1995)は、100×100の球状のフィー
ルドに10000人のエージェントを配置したコンピューター・シミュレーショ
ン研究を行った。各エージェントには協力度が与えられ、その協力度に応
じて特定の相手と囚人のジレンマゲームをプレイするかどうかを決定した。
そして各世代終了後に獲得利得を計算し、1)利得が0より大きい、2)利
得が上位5000位に入っている、の2つの基準を満たしたエージェントが、
基準を満たすことができずに駆逐されたエージェントの代わりに、自らの
コピーをひとつ増やすことができた。シミュレーションの結果、囚人のジ
レンマゲームの相手を全フィールドから選択することが可能な場合は、初
期集団の協力率が低すぎる(協力率=.4程度)と、やがては集団全体が滅
びてしまった。しかし、それぞれのエージェントが自身をとりかこむ8人
の隣人からのみ相互作用相手を選択可能な状況を仮定すると、運良く協力
的な「良き隣人」に囲まれた協力的なエージェントが、子孫を増やせる可
能性が示された。このことは、協力的なエージェントが互恵的小集団をつ
くってコピーを増やすことによって、もともと非協力的な社会が協力的な
社会へと移行していく可能性を示唆している。
以上のように、社会科学の分野ではコンピューター・シミュレーション
206
地理的移動性のある選択的プレイ状況における、相互協力
達成に関するコンピューター・シミュレーション研究
を用いた研究が多数行われ、社会関係のあり方と人々の行動や認知との関
係についての示唆を与えている。次節では、異分野で精力的に行われてい
る「複雑系」的研究について、代表的な例を紹介しつつ、その利点につい
て論じる。
2.
「地理的移動性モデル」
コンピューターの著しい発達は、計算機としてのコンピューターの有効
性をより高めると共に、ビジュアルツールとしてのコンピューターの利用
可能性を大きく進展させた。全くの素人でも、コンピューターを使えば数
的解析について天才的なスピードを発揮できる時代が来たともいえる。そ
のような流れの中で、地理的なフィールドを仮定し、その上に単純な原理
に従いつつ自発的に移動可能なプレイヤーを置いて相互作用させ、視覚的
にプレイヤーの「動き」を表すことで、ポピュレーション・ダイナミクス
をとらえようとする研究が多数表れてきた。本研究で紹介する「地理的移
動性モデル」は、これらの研究からビジュアル化のアイディアも取り入れ
ている。
2.1
地理的移動
ビジュアル化を取り入れた研究の利点は、エージェント(プレイヤー)
間の相互作用の結果として生じる現象を、非常にわかりやすい形で視覚的
に表現することが可能な点である。単純なルールに従うエージェント同士
が相互作用を行うことにより、ボトム・アップ式に複雑な事象が生じうる
可能性は、いわゆる「複雑系」(合原, 1997 ; Kawata & Toquenaga, 1994
; Waldrop, 1992)の基本的な考え方と合致するものである。独立したエー
ジェントが自由に相互作用を行った結果として、ボトム・アップ式に生ま
れる結果の多様性を目で見てわかる形に表すには、ビジュアルツールとし
てのコンピューター・シミュレーションが非常に有効である。 例えば
207
Reynolds(1987)が行ったコンピューター・シミュレーション「boids」
は、動物の群行動の本質を研究し、その創発をデモンストレートするプロ
グラムである。それぞれの boid は自律的にフィールドを移動するための
3つの単純なルール、
①
環境内にある他の物体や他の boid との距離を最小限に保つ、
②
近隣の boid と速度をあわせる、
③
近隣の boid の質量中心に向かって移動しようとする、
に従って動いている。これらの3つのルールは、個々の boid の自律的移
動の規則に過ぎない。また、「群になる」ことを直接命令するマクロレベ
ルのプログラミングがなされているわけではない。にもかかわらず、群は
必ず生成される。これは、単純なルールのみをもつエージェント同士が相
互作用を行い、マクロレベルの現象が創発として生じるひとつの例である。
また Epstein(1998)は、デモグラフィック PD と名づけたモデルを用
いた研究を行っている。デモグラフィック PD では、
①
エージェントは協力か非協力かの固定した戦略をもっている、
② エージェントは相手が協力者か非協力者かを識別することができない、
の2点を満たす状況が想定されている。エージェントは30×30のトーラス
格子状フィールドにおかれ、この上を移動しながら相互作用を行う。それ
ぞれのエージェントは、協力もしくは非協力、どちらかの戦略をもって生
まれ、自分の周りに見えるセルのうち、空いているセルをランダムに選び、
そこへ移動して、それぞれの隣人と囚人のジレンマゲームをプレイする。
自分の周りにどこにも空のセルがない場合には、その場にとどまって現在
の隣人と囚人のジレンマゲームをプレイする。ある程度の資源を蓄えたエー
ジェントは、自分の目の届く範囲にまだ誰もいないセルがあった場合に限
り、コピーを作ることができる。その結果、デモグラフィック PD におい
ては、前回の相手の行動を知ることができず、かつ、相手が協力者か非協
力者かを認識できないにもかかわらず、協力行動が生じることが示された。
208
地理的移動性のある選択的プレイ状況における、相互協力
達成に関するコンピューター・シミュレーション研究
デモグラフィック PD のサンプルプログラムでは、各種パラメータを自由
に設定でき、協力行動が広がっていく様を時系列的に観察することができ
る。しかしこの結果にはひとつの重要なトリックがある。自分のそばにコ
ピーをつくることができるという増殖ルールは、生物学的にはもっともら
しいルールである。というのは、自分と同じ遺伝子をもつ子孫は、まずは
親となる個体の庇護下に置かれる、すなわち、親個体のすぐ近くに生まれ
るからである。しかし、これが実は格子構造をもつフィールドにおいては、
Axelrod(1984)や Morikawa, Orbell, & Runde(1995)が指摘してい
るように、局所的な相互協力を維持し、拡大するのを助ける役目を自ずと
果たしているのである。
さらに Resnick(1994)が紹介したスターロゴは、格子上のフィールド
に複数のタートル(エージェント)を配置し、様々な特性を有したタート
ルの相互作用によって創発的に生じる秩序を観察するためのツールとして
開発された3。スターロゴをツールとして用いることで、例えば野火がど
のように広がっていくのかをシミュレートしたり、病気が伝染していくプ
ロセスをシミュレートしたりすることができる。また、生物学の分野にも
応用でき、粘菌のコロニー形成のプロセスをシミュレートしたり、蟻の巣
作りをシミュレートすることも可能である。同様に、Epstein & Axtell
(1996)は、ビジュアル化されたプログラムによって人工社会を作り出し、
戦争が起こるプロセスや文化伝播のプロセス、経済ネットワークの広がり
をシミ ュレート し、 多 数のデモ ンストレ ーショ ンを紹介 している 。
Kawata(1997)のコンピューター・シミュレーションにおいても、個体
が自律的にホームグラウンド内を移動して補食を行うモデルが採用されて
いる。
上記の研究はいずれも、単純な原理に基づいて、個体がフィールドを移
動することによって、全体として思いがけない事象や複雑な事象の創発プ
ロセスを観察するためのツール研究であり、大変興味深いものである。全
209
ての研究に共通する最も興味深い点は、あらかじめトップ・ダウン式にプ
ログラミングされていなくても、つまり、あらかじめ綿密な設計図が与え
られていなくても、ボトム・アップ式のプログラミングが多様な世界を作
り上げることである。言い換えれば、トップ・ダウン式にではなく、ボト
ム・アップ式に世界を眺めると、一見複雑に見える現象も、もとをただせ
ば非常に単純な原理の交互作用によってできあがっているだけであり、表
面上複雑に見えているだけなのかもしれない。社会現象を考えるにあたり、
このような発想は従来「あたりまえ」とされていた発想の転換を促し、今
まで見えなかった新しいことを見せてくれるかもしれない。複雑系的アプ
ローチは、サンタフェ研究所の衰勢に伴い、90年代序盤頃の勢いは失って
いる。しかし、個々のプレイヤーが自発的に相互作用を行った結果生み出
されたマクロレベルの現象を創発としてとらえることの有効性を今一度示
し、個人と社会との交互作用を扱おうとした社会心理学のマイクロ・マク
ロ的原点を思い出させてくれた点で、単なるブーム以上の重要な役割を果
たしたといえよう。
2.2
「移動」の意味
社会科学の分野では、プレイヤーがフィールドを移動しながら相互作用
を行うデザインでのコンピューター・シミュレーションはほとんど行われ
てこなかった。先述したように、プレイヤーの移動をビジュアル化するな
らば、視覚的にポピュレーション・ダイナミクスを表現できるようになる。
しかし、画面上の「距離」の意味をいかに定義するか、また、移動によっ
て変化する地理的な「距離」が社会関係的に何を意味するのかを慎重に考
えなければならない。本研究において筆者は、画面上の距離を社会的距離
であると定義し、「地理的移動性モデル」を紹介する。ここではまず、地
理的距離を社会的距離に置き換えることの意味を、Heider のバランス理
論の拡張としてとらえる。
210
地理的移動性のある選択的プレイ状況における、相互協力
達成に関するコンピューター・シミュレーション研究
Heider(1983)は、3者間の対人感情についてバランス理論を提唱し
た。Heider(1983)は、自分(P)
、相手(O)
、第3者もしくは話題になっ
ていること(X)の間にある関係は、バランス状態に向かう傾向を持つと
いう仮説を提起した。Heider(1983)は3つのユニット同士の関係のう
ち、特に P→O、O→X、P→X の3つに着目し、「→」で表現された関係
をプラスかマイナスかで表現した。これら3つの矢印のプラス・マイナス
符号の積がプラスとなるときにはバランス状態、マイナスとなるときには
インバランス状態となり、インバランス状態の場合には、いずれかの矢印、
すなわちユニット同士の関係を変化させることにより、バランス状態に向
かおうとする。この議論を画面上の距離にあてはめると、プラスの矢印は
社会的距離を近づけようとすることを意味し、マイナスの矢印は社会的距
離を遠く保とうとすることを意味すると考えられる。「地理的移動性モデ
ル」においては、第3者Xを1人に限らず、第3者群と考えることで、バ
ランス理論を4者以上に適用可能なモデルに拡張しようとしている。
地理的移動性モデルにおけるプレイヤーはゲーム前の段階において、3
種類のバランス関係のうち O→X の矢印のプラス・マイナス符号が固定
された状態におかれる。各プレイヤー P は、相手 O との関係をプラスと
するかマイナスとするかをゲームでの行動によって決定する。この決定は
さらに、第3者 X とプレイヤー P との関係のあり方に影響を与える。加
えて、P と X の関係の変化及び、P と O の関係の変化は、長期的な X と
O の関係の変化に対し、間接的に影響を与える可能性を有する。議論を
整理すると、プレイヤーにとっては次の4種の状況が想定される。
①
O→X がプラス、かつゲームの結果 P→O がプラスとなった場合
②
O→X がプラス、かつゲームの結果 P→O がマイナスになった場合
③
O→X がマイナス、かつゲームの結果 P→O がプラスになった場合
④
O→X がマイナス、かつゲームの結果 P→O がマイナスになった場合
①のように、自分 P と他者 O の社会的距離が近く、また他者 O と第3者
211
X の社会的距離も近いときにバランス状態を維持するには、自分 P も第
3者 X との関係をプラスにする、すなわち社会的距離を近くすればよい。
②のように、自分 P と他者 O の社会的距離が遠く、他者 O と第3者 X
の社会的距離が近いときにバランス状態を維持するには、自分 P は第3
者 X との関係をマイナスにする、すなわち社会的距離を遠くすればよい。
③のように、P→O がプラス、かつ O→X がマイナスの場合、すなわち自
分 P と他者 O の社会的距離が近く、他者 O と第3者 X の社会的距離が
遠いときにバランス状態を維持するには、自分 P は第3者 X との関係を
マイナスにする、すなわち社会的距離を遠くすればよい。最後に、④のよ
うに、自分 P と他者 O の社会的距離も、他者 O と第3者 X の社会的距
離も遠いときにバランス状態を維持するには、自分 P は第3者 X との関
係をプラスにする、すなわち社会的距離を近くすればよい。
本研究にて用いられるコンピューター・シミュレーションでは、Heider
(1983)の理論に示されたプラス・マイナスの矢印はフィールド上での移
動方向を示す。例えば①の状況であれば、P は O にも X にも近づく。こ
れは、彼等の間にある社会関係が近くなったことを示し、画面上では密な
集団ができているように見える。またこの状況は、P、O、X それぞれの
間に相互協力的な社会関係が成立していることを示す。②の状況であれば、
P は O からも X からも遠ざかる。これは、O と X の間に成立している相
互協力的な社会関係から、P のみが遠ざかることを示す。③の状況であれ
ば、P は O にのみ近づき、X からは遠ざかる。これは、P と O のみが相
互協力的な社会関係を成立させ、X からは双方ともに遠ざかることを示
す。④の状況であれば、P は O からは遠ざかり、Xには近づく。これは、
P が X と相互協力的な社会関係を成立させ、O との関係を遠ざけること
を示す。実際のコンピューター・シミュレーション・プログラムでは、こ
れらのプラス・マイナスの矢印がベクトルとして捉えられている。そして
全てのベクトルの加算によって、プレイヤーが最終的に集団内での自身の
212
地理的移動性のある選択的プレイ状況における、相互協力
達成に関するコンピューター・シミュレーション研究
位置をどこに置くかが決定される。
このように、Heider(1983)の議論は、対人関係の質の変化を概念化
したものであると考えられる。「地理的移動性モデル」では、この「質」
の変化を画面上の距離、すなわち「量」として操作的に定義している。そ
してこの定義により、社会関係の変化を画面上での集団凝集性(密度)と
して示そうとしている。つまり、社会的距離が近く安定した者同士は凝集
性の高い集団を形成・維持し、そのためには相互協力的な関係を築いてい
なければならない。逆に、社会的距離が常に遠い者同士、あるいは、社会
的距離が安定的に定まらない者同士は集団を形成することはできない。こ
のことは同時に、それらのプレイヤー間には相互非協力的な関係が成立し
ていることを示す。このモデルを用いると、画面上に展開されているプレ
イヤーの分布の変化を観察するだけで、関係の質を理解することができる
ようになる。
2.3
シミュレーションの流れ
「地理的移動性モデル」をコンピューター・シミュレーション・プログ
ラムとして表現すると、具体的な流れは以下のようになる。
1)すべてのプレイヤーは、コンピューター・シミュレーション・フィー
ルド(600×800ピクセル)上のランダムな位置に配置される。
2)ひとりのプレイヤーがランダムにアクティベートされ、相互作用を行
うパートナーを決定する。パートナーは、画面上の距離に従って確率
的に決定される(選択的プレイ状況である)。プレイヤー間の距離が
近いほど相互作用を行う可能性が高く、距離が遠いほど相互作用を行
う可能性が低い4。また、あまりにも離れすぎたプレイヤー間には、
その時点では相互作用可能性は生じない(移動を繰り返した結果、将
来的には相互作用が生じる可能性がある)
。
3)アクティベートされたプレイヤーは、それぞれのパートナーと相互作
213
用(各種ゲーム)を行い、その結果に応じてフィールドを移動する。
移動の基本的原理は前節に示した通りである。すべてのプレイヤーは
移動によって、各種ゲームにおいて協力的に振舞った人との社会的距
離はなるべく近いままに維持し、非協力的に振舞った人との社会的距
離は遠く保とうとする。プレイヤーがフィールド上を動くたびに、プ
レイヤーの分布はさまざまな形態に変化する。安定した凝集性の高い
集団がフィールド上に形成された場合、その集団内では相互協力が達
成されている。集団が形成されず、プレイヤーが常にフィールド上を
動き回っている場合は、相互非協力状態となっている。
4)一定回数のアクティベーションが終了した後、最も高い利得を得たプ
レイヤーは自分のコピーをつくることができる。最も低い利得を得た
プレイヤーがフィールド上から消失し、その場所にコピーが出現する。
最も高い利得を得たプレイヤーのすぐそばコピーが作られるとは限ら
ない。また、厳密に生物学的な意味で遺伝子を仮定しているわけでは
ないので、コピーの意味を、優れた戦略を「真似る」、あるいは優れ
た戦略を「学習する」ととらえてもかまわない。
プロシジャ2∼4までを一定回数繰り返したものが1世代である。任意
回数の世代を繰り返したものを1ケースとし、どのようなプレイヤーが生
き残るか、そしてどのようなプレイヤーの分布ができあがったかを観察す
ることで、ある環境において相互協力を達成しうる要件を特定する5。
以上をまとめると、「地理的移動性モデル」は、複雑系的発想と、選択
的プレイの発想、および「距離」の概念を取り入れた、社会関係を扱うた
めのモデルであるといえる。
3.デモンストレーション1
それでは、「地理的移動性モデル」に基づいたコンピューター・シミュ
レーション・プログラムを用いたデモンストレーションを2種類紹介する。
214
地理的移動性のある選択的プレイ状況における、相互協力
達成に関するコンピューター・シミュレーション研究
最初に紹介するデモンストレーション1では、集団の凝集性を高め、相互
協力を達成する可能性のある諸戦略を仮定し、囚人のジレンマ状況におい
て、それらの戦略がどのような分布で生き残り、どのような社会関係を構
築するかを観察する。
3.1
相互協力と内集団ひいき
社会心理学においては、内集団バイアス、すなわち他の集団(外集団)
の成員よりも同じ集団(内集団)の成員をより優遇する傾向が、集団間コ
ンフリクトの原因となる一方で、内集団の協調性を高めたり、凝集性を維
持するために重要な役割を果たすと考えられている。何故内集団バイアス
が起こるのかについて、説明原理は大きく2種類存在している。第1の説
明は、人々が内集団を優遇するのは自らの自尊心を高く保つためであると
する、 社会的アイテンティティ理論 (Billing & Tajfel, 1973 ; Tajfel,
1982)による説明である。この理論は、Tajfel, Billig, Bundy, & Flament
(1971)が行った最小条件集団実験の結果を解釈するひとつの見方である。
最小条件集団実験では、ささいな基準(例えば、絵画の好みや、スクリー
ンに投影された点の数を多く見積もるか少なく見積もるか等)によってカ
テゴリー化されるだけで、人々が内集団をより優遇する差別的行動をとる
可能性が示唆されている。自尊心を高めるために、人々は優秀な集団に属
しようとする。言い換えると、素晴らしい集団の成員であると自己定義す
ることにより、自分自身もまた優れているとみなそうとする。しかし、内
集団が外集団よりも客観的に優れているとは判断できず、また集団を去る
ことができない場合は、自ら内集団の優越性を高めることによって自尊心
を保持しようとする。これが、社会的アイデンティティ理論による内集団
バイアスについての解釈である。
第2の説明としては、内集団を優遇する行動の発生には、プレイヤー間
の相互依存性の認知が必要であるとする考え方が挙げられる。神を中心と
215
した研究グループは、それまでの研究で内集団バイアスとしてひとくくり
にされてきたものには、2種類の概念が混同されていることを指摘した。
神らは、内集団バイアスには「態度」としての側面と「行動」としての側
面があり、社会的アイデンティティ理論で説明できるのは「態度」の側面
であり、「行動」の側面を説明するには社会的影響を考慮する必要がある
と考えた。その上で、内集団ひいき的な行動は相互依存性のある状況でな
ければ生じないという主張を、多くの実験研究を通じて繰り返し議論して
きた。神・山岸(1997)の実験研究では、最小条件集団実験を行い、①相
手が内集団成員であるとしても、相手からの協力が期待できないとわかっ
ている場合には協力的な行動はしないこと、②他の内集団成員が協力的に
振舞ってくれるだろうという期待をもつためには、相手が内集団成員であ
るという情報だけでなく、相手も自分が相手と同じ集団に属していること
を認識しているとの期待も必要であることを示した。つまり、単にカテゴ
リーを内在化しただけでは、ひいき的態度は生じるかもしれないが、ひい
き的行動は起こらないことが示されている。
このように、内集団ひいき的行動や態度をひき起こす要因についてはさ
まざまな知見が提出されている。本研究で主に扱うのは、内集団ひいき的
な態度や認知ではなく、行動である。行動の裏側には多くの心理的・内的
プロセスがかかわっているであろうが、実際の社会関係内においてより実
質的な意味をもつのは、行動として表出される側面であると考えるからで
ある。例えば我々日本人は、オリンピックやワールドカップで日本人選手
が優勝すれば、嬉しいと感じたり、自分が彼らと同じ日本人であることを
誇りに思うかもしれない。しかし、だからといって現実場面で日本人を優
遇し、外国人に対して差別行動をとることは恐らくないであろう。単に日
本人としての自分や日本人そのものを誇りに思うことと、差別的行動をと
ることは全く別な事象である。つまり、思っているだけならば社会的影響
はないが、思っていることが具現された場合には、この社会的意味を考え
216
地理的移動性のある選択的プレイ状況における、相互協力
達成に関するコンピューター・シミュレーション研究
る必要性があると言い換えることができる。
では、内集団ひいき的行動をとることの社会的意味とは何であろうか。
人々が同じ集団に所属する他者に対して内集団ひいき的な行動をとるなら
ば、実質的に所属集団内部では一種の相互協力状態が生じることになる。
この状態を維持するためは、ある前提が必要である。それは、「内集団を
構成する成員が、必ず内集団に資源を与え(協力的行動をとり)、搾取は
しない」ことである。だが、この前提は現実的ではない。もしも、内集団
成員からは資源をもらうだけで、自分は資源を提供しない裏切り者がいれ
ば、その者は当然集団内では相対的により大きな利益を得ることになる。
ただ乗りが許される状態では資源を与えない方が有利であり、皆がそのよ
うに考えて行動するならば、当然内集団ひいき的行動による相互協力は成
り立たない。内集団ひいき的行動をする者は搾取されて滅び、やがては誰
も協力する者がいなくなってしまうだろう。だとすれば、内集団ひいき的
行動などしない方がよいということになる。しかし経験的には、程度の差
こそあれ、内集団ひいき的行動は確かに実社会に存在している。この矛盾
をどのように解釈すべきなのだろうか。これまでの内集団ひいきに関する
研究は、集団内の裏切りの可能性には特に着目しておらず、裏切る方が個
人にとって有利な状況であり、かつ集団内に裏切り者がいる状況において、
内集団ひいき的行動特性による相互協力状態が発生し、長期的に維持され
るかどうかについては、あまり議論されていない。そこでデモンストレー
ション1として、個人間に利害葛藤が存在する状況において、内集団ひい
き的な行動が有効であるかどうか、有効であるとするならば、その有効性
を支える要因とは何なのかを探るコンピューター・シミュレーションを行
う。
3.2
シミュレーションデザイン
このコンピューター・シミュレーションでは、2つのカテゴリー(A と
217
B)を仮定している。すべてのプレイヤーは A か B かいずれかのカテゴ
リーに属し、所属するカテゴリーを示すマーカーをつけている。カテゴリー
の意味としては、何を想定してもかまわない(国、男女等々)。また、す
べてのプレイヤーは次のうちいずれかの行動特性に従って囚人のジレンマ
ゲームでの行動を決定する。
①
プレイヤー1:普遍的協力傾向型
パートナーが「他者全般」に対し
て分け隔てなく協力的であったかどうかに基づいて、自分の行動を決
定する。
②
プレイヤー2:カテゴリー別協力傾向型
パートナーが「自分と同じ
カテゴリー」に所属する成員に対して協力的であったかどうかに基づ
き、自分の行動を決定する。内集団成員をより優遇し(外集団成員に
は非協力をとる)、内集団ひいき的行動特性をもつ(カテゴリーマー
カーを認識できるのはこのタイプのプレイヤーだけである)
。
③
プレイヤー3:前回の行動型
前回の相互作用でパートナーが「自分
に対して」どのような行動をとったかに基づいて、自分の行動を決定
する。第1章で紹介したTFTはここに含まれる6。
これらのプレイヤーがコンピューター・シミュレーション・フィールド上
で囚人のジレンマゲームをプレイする。コンピューター・シミュレーショ
ンは、第2章第3節に紹介した手順に従って行われる。
3.3
結果
60ケースのデータをとり、出来上がったプレイヤーの分布を見ると、ほ
とんどのケースで凝集性の高い小集団が生じた。相互非協力になったケー
スは60ケース中2ケースであり、全ケースの平均協力率は.96(sd=.17)
であった。この結果は、ほとんどのケースでプレイヤー間に相互協力関係
が生じていたことを示すと考えられる。また、相互協力を達成しているプ
レイヤーの内訳をみたところ、相手の前回の行動に依存して自分の行動を
218
地理的移動性のある選択的プレイ状況における、相互協力
達成に関するコンピューター・シミュレーション研究
決定するプレイヤー3が全体の92.40%を占めていた。さらに、それらの
プレイヤーのうち89.62%が TFT をもつプレイヤーであった。以上のこと
から、囚人のジレンマゲームをプレイする場合には、多くの先行研究で得
られた結果と同様にTFTが有効である可能性が示された。またこの結果
は同時に、個人間の利益葛藤があり、集団内に裏切り者が存在している状
況においては、内集団ひいき的な行動特性だけでは、相互協力的な集団を
形成・維持することが困難である可能性を示している。さらに、プレイヤー
1のように、相手に協力するかどうかを決定する基準の厳しすぎる戦略は、
TFT のように相手を区別して協力・非協力を決定する戦略に対しても厳
しく対応しすぎるので、かえって不利になる可能性も示している。
4.デモンストレーション2
デモンストレーション1より、TFT の有効性が再確認されるとともに、
内集団ひいき的行動による相互協力達成が困難であることが示された。デ
モンストレーション2では、場合によっては内集団ひいき的行動特性が有
効な戦略として機能する可能性があることを、デモンストレーション1と
は異なる環境を用いて確かめる。
4.1
2つの交換関係
社会心理学における内集団ひいきについてのさまざまな解釈とは別個に、
進化生物学においては、 内集団ひいき的な行動は互酬性 (reciprocal
altruism : Trivers, 1971) お よ び 血 縁 選 択 (kin-selection : Hamilton,
1964)の観点から理解され、遺伝子レベルでの適応行動とされている。自
分と同じ遺伝子を共有する、すなわち血縁度が高い個体に協力する遺伝子
は、その遺伝子を持つ個体そのものを犠牲にするかもしれない。しかしそ
れによって、遺伝子自体の適応度は高まる。血縁内での内集団ひいきとし
て経験的に理解されるこの状況は、動物だけでなく人間にも観察可能であ
219
る(Alexander, 1979 ; Rushton, 1987, 1995)。それぞれの個体は事故に
遭ったり、あるいはいずれ寿命が来て死んでしまうが、個体が持つ遺伝子
は子孫にうけつがれる可能性をもっている。Hamilton(1963)は、血縁
に愛他的に振る舞うことが、愛他的に振る舞うことで被るコスト(例えば
血縁を助けるために自分が犠牲になるなど)を補って余りある場合には、
愛他的な行動が進化しうるというもっともらしい予測を導いている。実際、
親子関係、兄弟関係等の血縁関係内では、協力的な行動が発生しやすいこ
とは、経験的にも容易に理解できる。
しかし現実世界を見ると、血縁に頼らず協力的な関係を築いている例が
多数存在する。これは、血縁選択では説明しきれない問題である。この問
題についてひとつの解釈を与えるのが Trivers(1971)の互恵主義の考え
方である。Trivers(1971)は、血縁に頼らない相互協力的な関係(例え
ば、アリに住処と食物を提供するかわりに自分自身を守ってもらうアリア
カシア(Janzen, 1966)、イチジクコバチに受粉を手伝ってもらうお返し
に寄生を許すイチジク(Janzen, 1979)等に見られる共生関係)を説明す
る原理として、互恵主義を提出した。共生関係にある生物たちの間には血
縁関係はないが、互いが互いの利益となるギブアンドテイク関係は存在し
ている。このような相互協力関係は血縁選択では説明できない。Trivers
(1971)の考えに基づけば、先に紹介した TFT も OFT も広い意味では互
恵主義の中に含まれることになる。ただし、互恵的戦略は「自分に対する
相手の行動」に対して直接お返しをするギブアンドテイク戦略である。直
接お返しができない状況においても、互恵的行動が相互協力達成に結びつ
くのだろうか。
先に紹介したデモンストレーション1で想定されていたのは、他者との
間に直接的な交換関係が成立していた状況、すなわち限定交換(Ekeh,
1974)状況であった。つまり、限定交換状況だからこそ、相手に直接お返
しをする TFT が有効に機能したという解釈も可能である。それでは、直
220
地理的移動性のある選択的プレイ状況における、相互協力
達成に関するコンピューター・シミュレーション研究
接お返しができない状況とはどのような状況なのか。また、そのような状
況において相互協力を達成しうる戦略とはいかなるものなのだろうか。限
定交換とは異なり、他者との間に直接的な交換が必ずしも成立しない状況
としては、一般交換(Ekeh, 1974)状況が挙げられる。一般交換状況にお
いては直接的、即時的なギブアンドテイク関係が成立しないため、純粋な
TFT では対処しきれないと考えられる。このような状況で有効な戦略と
して、Takahashi & Yamagishi(1995)と高橋・山岸(1996)は、「下方
OFT」を提唱した。下方 OFT に従っているプレイヤーは、相手がある基
準よりも他者に利他的に振舞っている場合には自分もその相手に資源を与
え、他者に利他的に振舞っていない場合には資源は与えない。Takahashi
& Yamagishi(1995)と高橋・山岸(1996)が行ったコンピューター・
シミュレーションの結果は、プレイヤーが下方 OFT に従っているとき、
一方向的な利他行動が結果的に有利になる可能性があることを示していた。
また高木(1994, 1995)、Takagi(1996)は、2人以上の集団の中に一
般的な互酬状態がある場合を想定し、Giving ゲームを用いたコンピュー
ター・シミュレーションを行うことにより、人間社会の利他性を成立させ
る根拠を探求しようとした。TFTが有効に機能するのは、内輪づきあい
を重視するからであるとするのが、高木(1994)の解釈である。すなわち、
自分に資源を与える者を「仲間」と認め、そのような者にだけ資源を与え
る続けるところに利点があると指摘した。これに対して一般交換状況では、
直接的な見返りが期待できないため、TFTはただ乗り者に直接対処でき
ない。そこで高木(1994)とTakagi(1996)は、一般交換状況において
有 効 に 機 能 す る 戦 略 と し て 、「 条 件 つ き 利 他 主 義 戦 略 (Conditional
Altruist, C-Alt)
」を考案した。この戦略は、自分は完全に利他的であり、
直前の試行において自分のもつ仲間認定基準以上他者に資源を与えていた
プレイヤーを「仲間」と認め、その仲間に対してだけ資源を与える戦略で
ある。しかし、この戦略が成功するためには厳しい仲間認定基準が必要で
221
あり、仲間認定基準が甘い=情け深すぎると、利己主義者が侵入するきっ
かけを与えてしまう。そこで次に高木は「内集団利他主義戦略(In-group
Altruist , I-Alt)」を考案した。この戦略は、「ある基準以上を他者に与
える者に対して与えた資源量の総計がある基準以上」である者に対しての
み、利他的に振舞う戦略である。コンピューター・シミュレーションの結
果、I-Alt は C-Alt が生き残れなかった過酷な状況でも生き残れることが
示された。続いて高木(1995)は「集団中心的利他主義(Group-centric
Altruism, G-Alt)」を提案した。G-Alt は2つ以上のカテゴリーに属す
るプレイヤーが混在する状況において、自分と同じカテゴリーに属する者
の中から、同じカテゴリーの他者にある基準以上貢献している者を資源を
与える相手として選ぶ。 コンピューター・シミュレーションの結果、
G-Alt が非常に頑健な戦略であり、I-Alt よりもさらに有利である可能性
が示された。さらに清成・山岸(1999)も、内集団ひいき行動は一般交換
関係でのみ生じ、限定交換関係では生じない可能性を実験により示してい
る。
これらのことから導き出される予測は、限定交換状況と一般交換状況に
おいては、有利な戦略が異なるということである。具体的には、限定交換
状況では TFT が、一般交換状況では内集団に利他的に振舞う戦略が、そ
れぞれ有効に機能すると考えられる。
4.2
シミュレーションデザイン
デモンストレーション2では一般交換状況を仮定し、地理的移動性モデ
ルを用いることにより、デモンストレーション1の結果を補足する。この
シミュレーションにおいては、一般交換関係をシンプルに表した Giving
ゲーム(高木, 1994, 1995 ; Takagi, 1996)状況が想定された。デモンス
トレーション1で用いられた囚人のジレンマゲームは限定交換状況、すな
わち相互作用の相手との間に明確な"渡す"・"返す"の対関係がある場合で、
222
地理的移動性のある選択的プレイ状況における、相互協力
達成に関するコンピューター・シミュレーション研究
直接的な互恵関係が成立しうる。Giving ゲーム状況では囚人のジレンマ
状況と同様に、個人にとっては非協力、すなわち、自分は資源を全く与え
ず、他者から与えられるだけの戦略が最も有利になる。同時にこのゲーム
では一般交換状況、すなわち2人以上の集団において特定の相手との間に
必ずしも直接的な交換関係が成立しない状態が仮定されている。具体的に
は、アクティベートされたプレイヤーが、資源を与える相手を一方的に選
び、一方的に資源を与えるだけである。相手は将来的に資源を返してくれ
るかもしれないが、一切お返しをしてくれないかもしれず、相手との互恵
性は将来的に全く保証されていない。デモンストレーション2では、この
Giving ゲームを囚人のジレンマゲームの代わりに用いた。
4.3
結果
結果はデモンストレーション1とは大きく異なっていた。60ケースのデー
タをとり、できあがったプレイヤーの分布を見ると、すべてのケースで凝
集性の高い小集団が生じ、全ケースの平均協力率は.99(sd=.02)であっ
た。この結果は、すべてのケースでプレイヤー間にほぼ完全な相互協力関
係が生じていたことを示すと考えられる。また、相互協力を達成している
プレイヤーの内訳をみたところ、基本的に内集団ひいき的行動をとるプレ
イヤー2が全体の75.91%を占めていた。以上のことから、Giving ゲーム
をプレイする場合には、高木の一連の研究による指摘の通り、TFT は囚
人のジレンマ状況下のような効果を発揮することができず、カテゴリーベー
スの内集団ひいき的行動特性が、相互協力的な集団を形成・維持できる可
能性をもつことが示された。デモンストレーション1では裏切りに弱く生
き残れなかった内集団ひいき的行動をもつプレイヤーであったが、直接的
なギブアンドテイクが成り立たない環境では効力を発揮した。これは、個
人対個人の明確な関係の対応がなく、個人対「仲間全員」の関係が成立し
ている場合には、結果として内集団ひいき的な行動が相互監視システムと
223
して機能し、集団内での裏切りを効果的に排除しうる可能性を示唆してい
るのかもしれない。
これら2つのデモンストレーションの結果を総合的に解釈するならば、
環境によって相互協力を達成しうる戦略が異なる可能性、すなわち、環境
と個人の行動特性との交互作用の一例が示されたといえるだろう。
5.考察と展望
2つのコンピューター・シミュレーションの結果は、さまざまな環境に
よって、個人にとって有利な行動特性が異なる可能性を示唆している。言
い換えれば、ある行動特性が有利に機能する特定の環境が存在するという
ことである。本研究の最初に述べたように、筆者はある社会現象に関連す
る要因間の関係はトートロジーであると考えている。今回紹介した結果は、
相互協力状態が生じるのは、単に個人が協力的・愛他的な行動特性をもっ
ていたからではなく、そのような特性が相互協力を達成できる特定の環境
を支え、また、その環境自体が、相互協力を達成しうる個人の行動特性の
存在を支えている可能性を示したものである。環境から個人へ、個人から
環境へという双方向からの見方を取り入れた、社会心理学的な発想の原点
に、今一度立ち返ったともいえるだろう。
2つのコンピューター・シミュレーションによって示された、双方が双
方にとっての原因であり結果であるような、個人要因と環境要因の「セッ
ト」は他にも多く存在している可能性がある。将来の研究ではこのシミュ
レーションモデルを、一見複雑な社会現象を、単純な要素の「セット」と
して解析する、すなわち、その社会現象を支える根本的な原理を見つけ出
すための思考の道具として用いることができるだろう。本研究は、「地理
的移動性モデル」を抽象的な議論だけでなく、より現実的な社会現象発生
の根本原理の解明に対し、手軽な解析ツールとして用いるための最初の一
歩を提供したといえる。
224
地理的移動性のある選択的プレイ状況における、相互協力
達成に関するコンピューター・シミュレーション研究
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脚注
1
本論文は、筆者が平成12年3月に提出した北海道大学審査学位論文の主要な結
果について補足し、要約したものである。
2
ただし、 集団構成人数が2者を越えると、 TFT は必ずしも有効ではない
(Axelrod, 1986 ; Dawes, 1980 ; 山岸, 1990)。何故なら、ある特定の相手に対する
応報的行動が、それ以外の相手にまで影響を与えてしまう可能性があるからである。
また、ゲームを1度だけ行う場合には応報が不可能であるため、相互協力達成のた
めには別な原理が必要である。
3
雨宮(1997)が非常に詳しく、スターロゴについての紹介をしている。日本語
版の説明についてはそちらを参照されたい。
4
相互作用を行う確率を
(α=任意の定数、d=プレイヤー間の距離)とす
る。
5
このモデルは、Watanabe & Yamagishi(1997, 1998, 1999)及び渡邊(1998)
で紹介されているモデルをさらに改良したものであり、渡邊(2000)にて報告され
ている。
6
228
過去の行動についての情報をまだ持たないパートナーと遭遇した場合や、初対
地理的移動性のある選択的プレイ状況における、相互協力
達成に関するコンピューター・シミュレーション研究
面のパートナーと遭遇した場合には、協力か非協力かのいずれかをとるよう設定さ
れている。
229
専任教員研究業績一覧
(平成11年4月1日∼平成12年12月31日)
著書、論文、翻訳
氏名・職名
納
谷
浩
一
(教養・教授)
村
形
貞
研究報告等題名
北海道における教員研修のあ
2000.1
り方
彦 「短大生のためのメディア論
(教養・教授)
Ⅰ−日本におけるマスコミの
掲載誌名または
発表年月
発表場所
備
考
社団法人日本教育会
「北の教育」誌
平成12年
本学発行
4月1日
あゆみ−」
「テレビの危うさ−スポーツ
平成11年 とわの森三愛高校
文化講演会
からダイオキシン報道まで−」 10月15日
向
井
亮
(教養・教授)
1.論文
「玄奘が『般若心経』と出会っ
1999年
「北海道印度哲学仏
5月30日 教学会会報」第13号
たのはいつか−
『般若心経』
成
(平成11年5月)
立の謎をめぐって−」
2.学会発表
1999年
第15回北海道印度哲
「空思想における比喩の意義」 7月31日 学仏教学会学術大会
於:北海道武蔵女子
短期大学
3.書評
「松長有慶編著
『インド密教の
1999年
『印度哲学仏教学』第
10月30日 14号
形成と展開』
」
4.公開講座講義
「仏教が説く心のしくみ−アー
2000年
平成12年度北海道武
同左『講義集』
6月17日 蔵女子短期大学公開 (2000 年 3 月
ラヤ識と悟り−」
講座
刊 )に 講 義 録
第16回北海道印度哲
2001年中に活
掲載予定
5.学会発表
「四諦の順序について」
2000年
7月29日 学仏教学会学術大会
字化の予定
於:札幌大谷短期大
学
6.文献調査・整理
「天台真盛宗年表 世情・仏教
2000年
『天台真盛宗年表』
共同執筆
『印度哲学仏教学』第
巻頭論文
10月28日
界 」
7.論文
「 空 の二面性について−阿
2000年
10月30日 15号
(平成12年10月)
含経における考察−」
8.書評
「櫻部建・小谷信千代著
『倶舎
2000年
『印度哲学仏教学』第
10月30日 15号
論の原典解明−賢聖品』
」
231
氏名・職名
向
井
亮
(教養・教授)
中
澤
著書、論文、翻訳
研究報告等題名
9.研究発表
「称名念仏の源流について
2000年
備
発表場所
考
天台真盛宗・浄土宗
発表原稿は単
11月25日 西山深草派合同研究
行 本( 共 同 執
−龍樹造
『十住毘婆沙論』易行
会
筆2002年刊行
品の考察−」
於:大津・真盛学院
予定)に所収
千磨夫 「少年・小野篁、成長の物語
(教養・教授)
掲載誌名または
発表年月
1999.5.『週間・読書北海道 「 子 ど も の 文
を読む−伊藤遊著
『鬼の橋』
−」 11
メール版』21
化 と 本 」第 4
回
評論23枚
「宮澤賢治を疑う−吉田司著
1999.
『宮澤賢治殺人事件』
ほか−」
6.22
『週間・読書北海道 「 子 ど も の 文
メール版』27
化 と 本 」第 5
回
評論29枚
「子役はつらい
(上)
−青木富夫著『子役になって
1999.
8.3
『週間・読書北海道 「 子 ど も の 文
メール版』33
はみたけれど 小説・突貫小
回
僧一代記』
−」
「子役はつらい(下)
化 と 本 」第 6
評論17枚
1999.
−高峰秀子著
『私の渡世日記』 9.21
『週間・読書北海道 「 子 ど も の 文
メール版』39
(上・下)
−」
化 と 本 」第 7
回
評論23枚
「子どもの哲学
(上)
−ピ エ ール ・ フェ ル ッチ 著
1999.
11.2
『週間・読書北海道 「 子 ど も の 文
メール版』45
『子どもという哲学者』
−」
化 と 本 」第 8
回
評論16枚
「子どもの哲学
(下)
−永井均著『子どものための
1999.
12.7
『週間・読書北海道 「 子 ど も の 文
メール版』50
化 と 本 」第 9
回
哲学対話』
−」
評論12枚
「記憶の不思議−脇和子著『記
憶の中の四季』
−」
2000.
1.25
『週間・読書北海道 「 子 ど も の 文
メール版』55
化 と 本 」第 10
回
評論21枚
「へんてこもりのナンセンス−
2000.
たかどのほうこ著『へんてこ
3.14
もりへいこうよ』
−」
『週間・読書北海道 「 子 ど も の 文
メール版』61
化 と 本 」第 11
回
評論17枚
232
専任教員研究業績一覧
氏名・職名
中
澤
著書、論文、翻訳
研究報告等題名
千磨夫 「どこに視点を定めるか
(上)
(教養・教授)
−塩田明彦監督・映画『どこ
発表年月
2000.
5.9
掲載誌名または
備
発表場所
考
『週間・読書北海道 「 子 ど も の 文
メール版』67
までもいこう』
を読む−」
化 と 本 」第 12
回
評論17枚
「どこに視点を定めるか
(中)
2000.
−日記体という戦略−ヴァン
6.13
『週間・読書北海道 「 子 ど も の 文
メール版』72
バ著『ジャンニーノのいたず
回
ら日記』
−」
評論19枚
「どこに視点を定めるか
(下)
2000.
−何を信じたらいいのか−ア
7.18
『週間・読書北海道 「 子 ど も の 文
メール版』77
ゴタ・クリストフ著『悪童日
化 と 本 」第 14
回
記』−」
評論19枚
「宮澤賢治の不思議な視点
(上) 2000.
−「風の又三郎」
の語られ方を
化 と 本 」第 13
9.5
『週間・読書北海道 「 子 ど も の 文
メール版』81
めぐって−」
化 と 本 」第 15
回
評論19枚
「宮澤賢治の不思議な視点
(中) 2000.
−「風の又三郎」
の映画化をめ
10.24
『週間・読書北海道 「 子 ど も の 文
メール版』87
ぐって−」
化 と 本 」第 16
回
評論19枚
「宮澤賢治の不思議な視点
(下) 2000.
−賢治・語り/騙りの秘密−」 12.5
『週間・読書北海道 「 子 ど も の 文
メール版』90
化 と 本 」第 17
回
評論20枚
「大林宣彦の
『異人たちとの夏』 1999.
を読む」
『啖』6
評論27枚
『北海道武蔵女子短
論文64枚
11.18
「痙攣するデジャ・ヴュ−ビ
2000.
デオで読む小津安二郎−④小
3.31
期大学紀要』32
津の汽車が走る時」
「映画の舞台・さっぽろ」
1999.
6.8
豊平区創造学園
講演
(札幌市月寒公民館)
「宮澤賢治の新しい読み方−
1999.
平成11年度学校図書
「雪渡り」と「注文の多い料理
6.15
館地域開放事業司書・
講演
ボランティア前期研
店」を中心に−」
修会(札幌市教育文
化会館)
「山田太一
『異人たちとの夏』
−浅草への旅−」
1999.
みなみ区民講座「旅
9.30
と文芸Ⅱ」第1回(札
講演
幌南区民センター)
233
氏名・職名
中
澤
著書、論文、翻訳
研究報告等題名
千磨夫 「山田太一の世界」
(教養・教授)
掲載誌名または
発表年月
発表場所
1999.10. 絵本・児童文学研究
備
考
講演
13(2回)
、 センター正会員ゼミ
10・14、 (絵本・児童文学研
「永井荷風『断腸亭日乗』−岡
山への旅−」
10・17
究センター
(小樽市))
1999.
みなみ区民講座「旅
10.14
と文芸Ⅱ」第2回
講演
(札幌南区民センター)
「児童文学ファンタジー大賞
をめぐって」
2000.
第2回絵本・児童文
河合隼雄・工
1.14
学研究センター京都
藤左千夫との
研修旅行
鼎談
(国際日本文化研究
センター(京都市))
「60年代の日活青春映画と吉
永小百合」
2000.
十文字学園女子短期
田島良一・鷲
6.17
大学国語国文学会
田小彌太・江
(十文字学園女子短
期大学(埼玉県新座
藤茂博とのシ
ンポジウム
市))
「小津安二郎監督『一人息子』 2000.
を読む」
「柳田邦男の世界」
『北聚』読書会(かで
7.25
講演
る2・7(札幌市))
2000.
8. 絵本・児童文学研究
講演
23、
8.24 センター正会員ゼミ
( 2 回 )、(絵本・児童文学研
8.
25(2 究センター
(小樽市))
回 )、8 .
27
「川端康成「有難う」と清水宏
監督『有りがたうさん』
」
2000.
9.
8
みなみ区民講座
「
「路」 講演
と文芸」第2回(札幌
南区民センター)
「ビデオで読む小津安二郎
2000.
キノ映画講座(シア
−『淑女と髯』
を中心に−」
10.
22
ターキノ(札幌市))
「川端康成「伊豆の踊子」と五
2000.
みなみ区民講座
「
「路」 講演
所平之助監督ほかの映画化を
11.
10
めぐって」
と文芸」第6回
(札幌南区民センター)
「山口昌男著『踊る大地球』
」 1999.
『北海警友』
5.
15
「梅原猛・河合隼雄・松井孝
1999.
典著
『いま、
「いのち」
を考える』
」 5.
9
(署名・鴉)
234
講演
以下参考
書評7枚
『北海道新聞』
(「ほっ
かいどうの本」)
紹介2枚
専任教員研究業績一覧
著書、論文、翻訳
氏名・職名
中
澤
千磨夫 「坂本龍三著『岡田健蔵伝
(教養・教授)
発表年月
研究報告等題名
北
1999.
6
掲載誌名または
発表場所
『北の文庫』27
日本が生んだ稀有の図書館人』
」( 日 付 な
備
考
書評3枚
(1998 .9 .26
し)
『むさし通信』
21からの再録)
「高橋康雄著『冒険と涙 童話
以前 』
(署名・鴉)
」
「和田徹三さん」
「ポール・クローデル著
『孤独
1999.
7.
11
1999.
『北海道新聞』
(「ほっ
紹介2枚
かいどうの本」)
『北海道近代文学懇
短評5枚
9.
1
話会会報』9
1999.
『北海警友』
書評6枚
『アポリア』9
書評4枚
『アポリア』9
書評6枚
『本の道案内』6
書評3枚
『むさし通信』23
短評4枚
『北海道新聞』
(「ほっ
紹介2枚
な帝国 日本の一九二〇年代』 9.
5
「山田太一
『異人たちとの夏』
−死者たちへの交情−」
「梨木香歩著『からくりからく
さ』」
1999.
9.
25
「ばーじにあ・りー・ばーと
ん/文と絵
1999.
9.
25
いしい ももこ
1999.
9.
25
/訳『ちいさいおうち』
」
「月と地震」
1999.
9.
30
「亀井秀雄著『「小説」論『小説
1999.
神髄』
と近代』
(署名・鴉)
」
10.
31
「第五回児童文学ファンタジー
大賞選後評」
「寺山修司は死なず」
( 署名・
嘘鬼)
「長谷川慶太郎・中村嘉人著
1999.
かいどうの本」)
『DAWN』7
選評5枚
『東京新聞』夕刊(「大
短評2枚
11.
28
2000.
1.
12
2000.
30
『定年後とこれからの時代』」 1.
波小波」)
『北海道新聞』
( ほっ
紹介2枚
かいどうの本」)
(署名・鴉)
「ナイチャーズ編
『沖縄いろい
2000.
ろ事典』
池澤夏樹編『オキナワ
2.
5
『北海警友』
書評7枚
『東京新聞』夕刊(「大
短評2枚
なんでも事典』
」
「老年文学の誕生」
( 署名・冷
や水)
「山中貞夫墓参のことなど」
2000.
2.
10
2000.
2
(日付な
波小波」)
『文藝家協会ニュー
短評2枚
ス』
し)
「唇の誘惑」
2000.
『むさし通信』24
短評5枚
3.
15
235
氏名・職名
中
澤
著書、論文、翻訳
研究報告等題名
千磨夫 「河合隼雄先生のこと」
(教養・教授)
発表年月
2000.
掲載誌名または
発表場所
備
考
『むさし通信』24
短評6枚
『北海道武蔵女子短
書評36枚
3.
15
「荷風日記の新しい見え方
2000.
−吉野俊彦著『「断腸亭」の経
3.
31
期大学紀要』32
済学荷風文学の収支決算』
−」
「遠くを見た人−星野道夫と
池澤夏樹−」
2000.
『北海道新聞』夕刊
短評5枚
『北海道新聞』
( ほっ
紹介2枚
4.
11
「河合隼雄・谷川俊太郎・山
2000.
田太一著『家族はどこへいく
4.
30
かいどうの本)
のか』
(署名・鴉)
」
「椎名誠、林真理子、藤野千
2000.
夜、 村松友視、 盛田隆二著
7.
5
『北海警友』
書評6枚
『東京小説』」
「亀井勝一郎」
「唐木順三」
「河上徹太郎」
「近代の超克」
「純愛は生きているか」
2000.
『日本歴史大事典1』 項目1枚
7.
10
(小学館)
2000.
『日本歴史大事典1』 項目1枚
7.
10
(小学館)
2000.
『日本歴史大事典1』 項目1枚
7.
10
(小学館)
2000.
『日本歴史大事典1』 項目1枚
7.
10
(小学館)
2000.
『図書館報』
( 北海道
8.
30
武蔵女子短期大学附
短評9枚
属図書館)31
「金兩基著
『韓国人のまっかな
2000.
ホント』下川裕二+ぷれすア
10.
5
『北海警友』
書評6枚
ルファ著
『ソウルのホント』
亜
州奈みづほ著
『ソウルはもう、
お隣り気分』
浜井幸子著
『韓国
まんぷくスクラップ』
」
「国策文学」
「竹山道雄」
「辰野隆」
「第六回児童文学ファンタジー
大賞選後評」
236
2000.
『日本歴史大事典2』 項目1枚
10.
20
(小学館)
2000.
『日本歴史大事典2』 項目1枚
10.
20
(小学館)
2000.
『日本歴史大事典2』 項目1枚
10.
20
(小学館)
2000.
『DAWN』8
11.
12
選評5枚
専任教員研究業績一覧
著書、論文、翻訳
氏名・職名
中
澤
千磨夫 「和田徹三という生き方」
(署
(教養・教授)
谷
口
研究報告等題名
一
弘
名・善財童子)
1.パネル展解説
(教養・助教授)「北海道教育資料展−教科書
発表年月
2000.
掲載誌名または
発表場所
備
考
『啖』7
短評2枚
「北海道教育大学創
資 料『 北 海 道
12.
1
1999年
11月4日
で見る20世紀−」
立50周年並びに大学
教育資料展
院修士課程完成記念
−教科書で見
事業」
る 20 世 紀 − 』
於:札幌グランドホ ( 北 海 道 教 育
テル
大学附属図書
館編集)監修
2.論文
「図書館員のための資料ガイ
2000年
「北海道武蔵女子短
3月
期大学紀要」第32号
2000年
北の文庫
ド:教科書の歴史」
3.書誌
『坂本亮著作目録
(未定稿)
』
西中薗
浩
判例解説「引渡命令」
( 東高決
(教養・助教授) 平9.
12.
3)
11月
1999.
判例タイムズ1005号
9.25
「引渡命令
〔不動産引渡命令に
2000.
対する執行抗告事件〕
(東高決
9.25
判例タイムズ1036号
平10.
7.
8)
和
田
佳
子
1.著書
(教養・助教授)「オフィスワーク演習ノート
1999年
久須美プランニング
4月
事務所
2000年
文眞堂
共著
em POWER・改訂版」
2.著書
「働く女性」
3.学会発表
「札幌および近郊の企業にお
共著
4月
2000年
平成11年度日本ビジ
3月
ネス実務学会北海道
ける秘書の変遷」
ブロック研究会
於:かでる27
4.学会ワークショップ発表
「これからの秘書教育を考え
2000年
日本ビジネス実務学
9月
会第19回全国大会
る」
河
村
芳
行
1.著書
於:札幌国際大学
平成12年
(教養・専任講師) 「 資 料 組 織 演 習 Ⅰ( 目 録 法 ) 9月
北海道武蔵女子短期
大学
−コンピュータ目録と書誌ユー
ティリティの活用−」
2.論文
「電子図書館時代における市
平成12年
北海道武蔵女子短期
3月
大学紀要第32号
町村立公共図書館の位置づけ」
237
氏名・職名
河
村
芳
行
著書、論文、翻訳
研究報告等題名
3.講演
(教養・専任講師) 「情報化社会と21世紀の図書
発表年月
平成11年
5月
館のゆくえ」
4.講演
「学校図書館メディアをどう
掲載誌名または
備
発表場所
考
平成11年度(第9回)北
海道武蔵女子短期大学
公開講座
平成12年 石狩管内高等学校図書
10月
活用するか−情報検索から情
館司書業務担当者研究
会
(第13回定例研修会)
報発信まで−」
渡
邊
席
子
1.本のチャプター
(教養・専任講師) "Emergence of Strategies in
1999年
'Resolving Social
共著(本人
6月
Dilemmas : Dynamic,
が第一著者)
a Selective Play Environ-
Structural, and Inter-
ment with Geographic Mo-
group Aspects'
bility : A Computer Simula-
M. Foddy, M. Smith-
tion."
son, S. Schneider, &
M. Hogg
2.学会発表
1999年
8th International
本人が筆頭
"Emergence of Strategies in
7月
Conference on Social
発表者の共
Dilemmas
同研究
a Selective Play Environment with Geographic Mo-
(Zichron-Yaakov, Is-
bility : A Computer Simula-
rael)
tion II".
3.学会発表
1999年
The third conference
"Self-esteem from compara-
8月
of the Asian Associa-
tive perspective."
共同研究
tion of Social Psychology (Academia
Sinica, Taipei, Taiwan)
4.学位論文
(博士)
「地理的移動性のある選択的
2000年
2001年1月現在未刊行
3月
北海道大学
プレイ状況における、戦略の
審査学位論
創発と相互協力構成条件に関
文
するコンピューター・シミュ
レーション研究」
5.講演
「こころの隙間への侵入
−マインドコントロールとマ
インドレイプ」
238
平成12年度
2000年
第10回北海道武蔵女子
6月
短期大学公開講座
専任教員研究業績一覧
氏名・職名
渡
邊
席
子
著書、論文、翻訳
研究報告等題名
6.シンポジウム
(教養・専任講師) "Emergence of Strategy and
掲載誌名または
発表年月
2000年
第10回数理生物学シ
10月
ンポジウム(静岡大
Cooperative Groups in Two
備
発表場所
考
学)
Types of Exchange Situation : A Series of Computer
Simulations."
7.学会発表
「交換状況の相違が相互協力
2000年
日本社会心理学会第
11月
41回大会(関西大学)
達成に及ぼす影響に関する−
考察−コンピューター・シミュ
レーション研究−」
木
村
淳
子
(英文・教授)
Four Poems from A Happy
2000年
Japan Poetry Re-
Leaf by Junko Takahashi
5月
view No. 6
(高橋順子の詩4篇の翻訳)
アナイス・ニンの回帰の旅
2000年
デルタ:ヘンリー・
5月
ミラー、アナイス・
ニン、ローレンス・
ダレル研究論集3
テッド・ヒューズの水仙(解
1999年
説と訳詩)
5月
ニッ キ ・ジ ョ ヴァ ン ニの 詩
(解説と訳詩)
尾
野
治
彦
(英文・教授)
1.著書
2000年
1999年
形と
「タ」
形−新獲得情報の処
『英語学と現代の言
語理論』葛西清蔵(編
著)、 北海道大学図
理のありかたをめぐって−」
「日本語知覚補文テンスにつ
オーロラ5号
11月
「認識・発見文における「ル」 10月
2.論文
オーロラ4号
書刊行会、89-99
2000年
3月
『北海道武蔵女子短
期大学紀要』第32号、
25-51
いての覚書き−日英語の歴史
的現在用法との関連において−
(1)」
2000年
英語語法文法学会第 『 英 語 語 法 文
11月
8回大会
法学会第8回
の使い分けをめぐって
於:大阪樟蔭女子大
大会研究発表
−
「知覚」
と
「認識」
の観点から−」
学
3.学会発表
「知覚動詞補文の do と doing
ハンドアウト
集』に掲載
(26-30)
239
著書、論文、翻訳
氏名・職名
松
田
寿
一
(英文・教授)
発表年月
研究報告等題名
1.翻訳・解説
1999年
「オールデン・ノーランの詩」 5月
2.翻訳・解説
2000年
「マイケル・オンダーチェの
11月
掲載誌名または
備
発表場所
考
『翻訳詩と詩論オー
ロラ』4号
『翻訳詩と詩論オー
ロラ』5号
詩とカナダ文学」
青
木
睦
子
Goal Setting and Peer Co-
(英文・専任講師) operation in a Self-Directed
平成12年
北海道武蔵女子短期
3月
大学紀要第32号
Listening Program(共同研
究)
Self-Directed
Listening
Program: First Steps and
平成11年 全国語学教育学会北
5月30日 海道支部年次大会
Insights(共同発表)
於:北海道インター
ナショナルスクール
シンシア・
1.論文
12年3月 「北海道武蔵女子短
エドワーズ 「Goal Setting and Peer Co-
共著
期大学紀要」第32号
(英文・専任講師) operation in a Self-Directed
Listening Program」
2.論文
12年5月 「英語教師協会 TE-
「 ABCs of employment in
Japanese higher education」
lletin」vol. 10 No. 4
11年5月 「全国語学教育学会
3.学会発表
「 Self-Directed
Listening
共著
SOL Placement Bu-
30日
第17北海道支部大会」
2000年
未刊行
共著
Program : First Steps and
Insights」
村
上
佳寿子
1.修士論文
(英文・専任講師) Aiding Second Language :
提出先
4月
Heidelberg
College
A Study of Adults and
Their Early Childhood Language Education
Robert
McGuire
Presentation :
May 30,
JALT
"Sentence Starters in the
1999
Conference.
(英文・専任講師) EFL Classroom."
Sap-
Septem-
Sapporo. Gakkuin
of
ber,
University
CAL(L)Through Integra-
1999
Successful
Adoption
tion With Existing CoursesA constructivist Model
copresenterr
poro, Japan
Publication :
240
Hokkaido
Jinbugakkai
Volume 66
Kio.
co-author
専任教員研究業績一覧
氏名・職名
Robert
著書、論文、翻訳
研究報告等題名
発表年月
掲載誌名または
Publication :
Decem-
JALT
Sentence Starters in the
ber,
Proceedings
(英文・専任講師) EFL Classroom: Findings
1999
McGuire
備
発表場所
Hokkaido
考
co-author
and Applications
Presentation :
Novem-
JALT
Using Sentence Heads in
ber 4,
Conference.
EFL : Findings and Appli-
2000
Shizuoka, Japan
1999年
日本消費経済学会第
National
co-presenter
cations
平
岡
祥
孝
(経済・教授)
1.学会発表
「第2次世界大戦下における
6月12日 24回全国大会
イギリスの牛乳流通政策に関
(於:郡山女子大学)
する一考察」
2.解説
「転換期を迎えた英国ミルク・
2000年
『酪農乳業速報新春
1月
特集』
2000年
大明堂
マーク」
3.著書
『英国ミルク・マーケティン
2月
平成11年度科
学研究補助金
グ・ボード研究』
「研究成果公
開 促 進 費 」交
付図書
4.論文
「戦後統制期のイギリスにお
2000年
3月
『北海道武蔵女子短
期大学紀要』第32号
ける食料消費に関する一考察
−牛乳の消費動向を中心とし
て−」
5.論文
「第2次世界大戦下における
2000年
『日本消費経済学会
3月
年報』第21集
2000年
日本消費経済学会第 『 日 本 消 費 経
イギリスの牛乳流通政策に関
する一考察−飲用牛乳戸口配
達制度の改革を中心として−」
6.学会発表
「戦後統制期のイギリスにお
6月11日 25回記念全国大会
(於:専修大学)
ける牛乳・乳製品の消費動向
済学会年報』
第22集に論文
掲 載(2001 年
に関する一考察」
3月刊行予定)
7.論文
「市街地空港の高質的活用に
2000年
9月
『都市問題』第91巻第
共同執筆
9号
関する研究−丘珠空港をモデ
ルケースとして−」
241
氏名・職名
大
塚
昇
三
著書、論文、翻訳
研究報告等題名
辞典項目解説
(経済・助教授)「フーリエ」
「コンシデラン」
松
木
靖
1.研究発表
(経済・助教授)「砂糖市場・甘味資源政策と
掲載誌名または
発表年月
発表場所
備
考
2000年
経済学史学会編『経
辞典の人名項
6月
済思想史辞典』丸善
目二つを執筆
1999年
平成11年度第2回沖
6月26日 縄国際大学産業総合
北海道のてん菜生産地域」
研究所研究会
於:沖縄国際大学
2.学会発表
「農協の地域農業振興政策の
江原大学・北海道大
北海道農業研
9月28日 学共催第6回韓日農
1999年
究 会『 北 海 道
実践」
業シンポジウム
農業』№26
於:江原大学(大韓 (2000年2月)
民国)
3.調査報告
「韓牛経営農家の調査報告」
4.論文
「集落を基盤とする土地資源
2000年
2月
『北海道農業』№26
2000年
北海学園北見大学学
2月
術研究会『北見大学
管理組織と農協・地方自治体
に全文掲載
北海道農業研究会
論集』第22巻第2号
の支援−北海道・北見市と相
内農協の事例−」
5.論文
「大規模畑地型農業の活性化
2000年
2月
と地域・環境政策」
6.論文
「北海道におけるてん菜生産
究』第8巻第2号
2000年
北海学園北見大学開
3月
発政策研究所『開発
2000年
北海学園北見大学開
3月
発政策研究所『開発
2000年
沖縄国際大学産業総
3月
合研究所『産業総合
2000年
北海道地域農業研究
3月
所
の動向と課題」
7.論文
「沖縄におけるさとうきびの
「砂糖市場の動向と甘味資源
『常呂町農家意向調査報告書
共同執筆
政策研究』第2号
共同執筆
研究』第8号
政策の方向」
9.調査報告
共同執筆
政策研究』第2号
生産構造と地域性」
8.論文
北海道農業経済学会
『北海道農業経済研
分担執筆
−常呂町第5次農業振興計画
策定に向けて−』
10.調査報告
『甘味資源の地域経済に及ぼ
すインパクトと関連主体の認
知構造の分析』
242
2000年
沖縄国際大学産業総
6月
合研究所
分担執筆
専任教員研究業績一覧
氏名・職名
松
木
靖
著書、論文、翻訳
研究報告等題名
11.著書
(経済・助教授)『新斜網型畑作の萌芽と営農
掲載誌名または
発表年月
発表場所
備
考
2000年
北海道地域農業研究所、 分担執筆
10月
地域農業研究叢書№35
2000年
北海道農業研究会研究
集団』
12.研究発表
「網走市農業の構造と課題」
13.学会発表
「土地資源管理の諸形態と関
11月10日 例会
2000年
第100回北海道農業経
11月11日 済学会例会シンポジウ
係機関の役割」
ム
於:酪農学園大学
14.研究発表
「土地資源管理と関係機関の
2000年
平成12年度第3回沖縄
11月25日 国際大学産業総合研究
役割」
所研究会
於:沖縄国際大学
小
松
隆
行
1.論文
(経済・助教授)「Some Properties of the Ex-
Decem-
Electronics and Com-
ber 1999
munications in Ja-
pectation Coordinate Sys-
pan, Part III : Funda-
tem of a Binary Exponen-
mental
tial(Distribution)Family」
Science, Vol. 82, No.
査読付論文
Electronic
12, pp. 88-97, SCRIPTA
TECHNICA,
John Wiley & Sons,
Inc, U.S.A.
2.論文
2000年
電子情報通信学会論文
「2値指数型分布族における
5月
誌 A 分 冊 、 Vol. J83-
情報量の特性について」
査読付論文
A, No. 5, pp. 554-567.
243