石川県産原料を用いた伝統的釉薬の基礎的研究 髙橋宏* 木村裕之* 九谷焼の主原料である花坂陶石の有効利用と伝統産業としての独自性の確保を目的に,石川県内で入手可能な草木灰を九 谷焼の釉薬原料として利用するための検討を行った。入手した灰は炭酸カルシウムが主成分で,灰汁(あく)抜き処理により 水溶性のカリウム成分が溶脱することが分かった。二ヶ月程度の処理でほとんどのカリウム成分が抜けるが,完全に溶脱す るには200日以上を要する場合もあった。釉薬の調合試験では,灰の配合割合が3割である調合が基礎的な釉薬として有望で あったが,貫入の発生も見られたため,実用化の際は粒度管理が必要である。今回得られたデータは,データベース化し今 後の釉薬開発や改良に活用していく。 キ ー ワ ー ド :九 谷 焼 , 灰 , 釉 薬 , 灰 汁 抜 き 処 理 , 花 坂 陶 石 Fundamental Research of Traditional Glazes Using Raw Materials from Ishikawa Prefecture Hiroshi TAKAHASHI and Hiroyuki KIMURA For the purpose of using Hanasaka pottery stone, which is the main raw material used to Kutani ware, and to maintain the originality of the traditional industry, plant ashes from Ishikawa Prefecture were examined for suitability as raw material for Kutani ware glaze. Calcium carbonate was the main component of the ashes. Water-soluble potassium element was eluted into water by the removal of lye. Most of the potassium elements were eluted for about two months. More than 200 days are required for them to be eluted completely. A 30% ratio of ashes to glaze was most suitable for a basic glaze. However, we found crazes in some samples. For practical application, it is necessary to control the particle size to prevent crazing. The data obtained from this research will be compiled into a database. It will be used for the future development and improvement of glazes. Keywords : Kutani ware, ash, glaze, removal of lye, Hanasaka pottery stone 1.緒 言 雑 木 等 の 混 合 灰 で あ る 土 灰 , 柞 (イ ス )の 木 か ら の 柞 灰 , 石川県の伝統産業の一つである九谷焼は,五色の 赤 松 か ら の 松 灰 な ど が あ る 3) 。 こ れ ら 灰 は , 同 一 種 の 上絵と金銀彩の絢爛豪華な加飾が特徴である。これ 樹木であっても生育する自然環境により微量成分が ら の 加 飾 は , 素 地 上 に 和 絵 具 (色 ガ ラ ス )を 800℃ 前 後 異なることから,産地の特性が現れるといわれてい 1) の高温で融着させ形成される 。また九谷焼の素地は, る。 石川県内で産出する花坂陶石を主原料としている。 県内で入手可能な灰と陶石のみで釉薬を作製でき 九谷焼の上絵は,過去より培ってきた産地独自の素 れば,陶石の有効利用だけでなく,伝統産業として 地特性によって可能となっている。花坂陶石につい の独自性の確保が可能となる。本研究では,現在入 ては,継続的な良質な原料の確保という課題の一方 手 可 能 な 灰 や そ の 成 分 , 灰 汁 (あ く )抜 き 処 理 の 効 果 お で,九谷焼出荷量の減少に伴う陶石利用量の減少歯 よび陶石との配合による釉薬への応用について検討 止めも鉱山経営の課題である。九谷焼の伝統を維持 を行 った。 するには,一定の陶石利用量を確保しながら,良質 2.実験内容 な陶 石の調査開発 が必要である 。 釉薬は伝統的製法として,陶石や長石などの鉱物 2) と,草木灰で調合することができる 。灰としては, 2.1 灰の入手 本研究に供する灰の入手先は,県内近隣地域で継 続的に一定量が確保できるところを選抜した。調査 * の 結 果 , 山 中 漆 器 産 業 技 術 セ ン タ ー (石 川 県 加 賀 市 )を 九 谷焼技術 センター - 43 - 仲 介 に , 山 中 漆 器 の 挽 物 (ひ き も の )削 り 屑 の 焼 成 灰 , 石 及び HR陶 石か らなる 三成分 系につ いて検 討 した 5) 。 南 加 賀 木 材 協 同 組 合 (石 川 県 小 松 市 )か ら の 製 材 屑 の 焼 各原 料は個別に 200mesh (75µm)篩 全 通まで粉 砕し ,二 却灰が一定量の入手が可能であった。また,薪窯焼 成 分 系 調 合 は , 灰 : 陶 石 類 が 1:9~ 9:1の 割 合 で 全 量 が 成灰の活用事例として,加賀市の窯元の薪窯焼成灰 50gに 配 合 し た 。 三 成 分 系 調 合 は , 灰 :K1陶 石 :HR陶 石 を入手した。各灰の主な木材種は,山中はケヤキ, が 1:1:8~ 8:1:1の 割 合 で 全 量 が 50gに 配 合 し た 。 原 料 粉 ミズメサクラ,南加賀木材協同組合はスギ,ベイマ 体 と 水 50mLを 樹 脂 製 玉 石 の ポ ッ ト ミ ル で 30分 間 混 合 ツ他,加賀市窯元はアカマツであった。山中からは して釉薬試料とした。釉薬試料はプラスチックボト 二 種 入 手 し , そ れ ぞ れ A灰 , B灰 と し た 。 南 加 賀 木 材 ル内で静置し粉体を沈降させ,上澄み水を調整し, 協 同 組 合 か ら 入 手 し た 灰 は MM灰 , 加 賀 市 窯 元 か ら 入 釉の水分量調整を行った。作製した釉薬は組成分析 手 し た 灰 は SS灰 と し た 。 各灰 の 成 分 分 析 は , 蛍光 X線 を行 った。 分析 装置 ((株 )リガクシ ステム 3270E, 50kV, 50mA)で , 結 晶 解 析 は 粉 末 X 線 回 折 分 析 装 置 (( 株 ) リ ガ ク RINT 2.4 釉薬の評価 2100, 40kV, 20mA, CuK α )を用い て行った。 2.3で 作 製 し た 釉 薬 を , 鋳 込 み 成 形 し た 素 焼 き 試 験 片に施釉後,二成分系は酸化焼成および還元焼成, 2.2 灰の処理 三成分系は還元焼成し観察評価した。酸化焼成は電 灰 5㎏ を 5mesh (4000µm)篩 で 篩 い (ふ る い )分 け し , 気 炉 で 大 気 中 , 最 高 温 度 設 定 1255℃ で 行 い , 還 元 焼 燃え残りの木屑や炭などを取り除いた。更に篩下の 成 は ガ ス 炉 で CO 濃 度 が 4 ~ 6vol% , ゼ ー ゲ ル コ ー ン 灰を 水に浸した後 , 60mesh (250µm)篩 で再度篩 い分け SK9完 倒 の 条 件 で 行 っ た 。 ノ リ タ ケ チ ッ プ SP5に よ る し 不 純 物 を 取 り 除 い た 。 篩 下 の 灰 は 容 量 50Lの 水 に 浸 炉 内 温 度 計 測 で は , 酸 化 焼 成 は 約 1270℃ , 還 元 焼 成 4) し , 良く 撹 拌後 静 置し て灰汁 抜 き 工 程 に 供し た。 1,2 は 約 1290℃ で あ っ た 。 焼 成 後 の 試 料 表 面 は す べ て ス 週間 毎 (灰汁抜き 初期は 1週間 毎,状況 を見て 2週間毎 キャ ナーにより写 真画像で取り 込みデータ化 した。 に 切 り 替 え )に 水 を 入 れ 替 え , そ の 際 に 灰 を 採 取 し て 分析試料とし,灰汁抜き処理による化学組成変化を 2.5 釉薬のデータ化 調査 した。 釉薬開発のツールとして活用できるように,今回 作成した各試験釉薬の組成分析データ,写真画像を 2.3 釉薬調合試験 データベースとしてまとめた。データベースは簡便 処理した灰と県内産陶石で,釉薬の調合試験を行 性を重視し,専用ソフトウェア使わず一般的な統合 っ た 。 灰 は 前 述 の 4種 , 陶 石 類 は 花 坂 陶 石 水 簸 物 (H オフィスソフトウェアの,ワープロソフトと表計算 陶 石 ), 花坂 陶石 水簸 残渣 物 (HR陶 石 ), 河 合陶 石 1級 品 ソフ トを用いた。 (K1陶 石 ), 河 合 陶 石 混 合 品 (KM陶 石 , 河 合 陶 石 1級 : 3.結果と考察 河 合 陶 石 3級 を 7:3の 割 合 で 混 合 )を 用 い た 。 灰 と 陶 石 3.1 の 組 合 せ は , 灰 (A,B,MM,SS) と 陶 石 類 (H,HR,K1,KM) 灰の物性 そ れ ぞ れか ら なる 二 成分 系と , 灰 (A,B,MM,SS)と K1陶 表1 Si A灰 B灰 MM灰 SS灰 処理 前 処理 後 処理 前 処理 後 処理 前 処理 後 処理 前 処理 後 16.43 12.19 8.72 9.37 8.39 10.82 3.85 5.25 各灰の灰汁抜き処理前後の組成 (モル%) Al Ti Fe 5.14 4.25 4.11 4.09 6.12 6.21 1.29 1.82 0.28 0.37 0.26 0.25 0.23 0.29 0.00 0.00 3.65 1.36 2.42 0.97 1.81 1.31 0.45 0.55 Ca Mg 42.14 66.04 55.04 70.47 39.30 54.49 70.19 81.39 6.14 10.53 6.28 10.32 8.41 22.79 7.15 5.43 - 44 - K 18.21 0.82 17.79 0.75 30.00 0.33 12.18 1.19 Na 1.28 0.28 1.28 0.31 3.00 0.00 0.70 0.23 P 3.16 3.28 1.94 2.56 1.69 2.82 1.82 2.33 Mn 0.39 0.44 0.46 0.48 0.28 0.51 1.16 1.40 S 1.27 0.16 1.09 0.11 0.40 0.38 0.55 0.00 表 1に 各 灰 の , 灰 汁 抜 き 処 理 前 後 の 化 学 分 析 値 を 示 す 。 図 1に は X線 回 折 プ ロ フ ァ イ ル を 示 す 。 灰 は カ ル シウムおよびカリウムといったアルカリ成分に富む 物 質 で あ り , 炭 酸 カ ル シ ウ ム (CaCO 3 ), い わ ゆ る 石 灰 が 主 な 物 質 で あ っ た 。 こ の う ち MM灰 (南 加 賀 木 材 協 同 組 合 )は , 酸 化 カ ル シ ウ ム 等 の 焼 却 炉 に よ る 高 温 焼 成に より形成した と思われる物 質が検出され た。 3.2 灰汁抜き処理による物性変化 灰汁抜き処理過程におけるカリウムおよびカルシ ウ ム の 成 分 変 化 の 推 移 を 図 2に 示 す 。 図 3に は , 処 理 後 の 各 灰 の X線 回 折 プ ロ フ ァ イ ル を 示 す 。 ど の 灰 も 灰 図1 入手した灰のX線回折プロファイル 汁抜き処理により水溶性のカリウム成分が取り除か れ , 炭 酸 カ ル シ ウ ム に 精 製 さ れ た 。 処 理 開 始 か ら 2ヶ 月程度で,ほとんどの水溶性カリウム成分の溶脱が 進 み , A灰 , B灰 は 約 150日 , MM灰 , SS灰 で は 約 220 日 で 変 化 が な く な っ た 。 MM灰 の 処 理 が 長 期 化 し た の は,他の灰と比較してカリウム成分が多いためと考 え ら れ る 。 ま た , MM灰 は 他 の 灰 と 比 較 し て カ ル シ ウ ム 成 分 の 変 化 が 特 徴 的 で あ っ た 。 MM灰 は , 焼 却 炉 に よ っ て 800℃ を 超 え る 高 温 で 焼 成 さ れ て で き た 灰 で あ る た め , 図 1に 示 す よ う に , 炭 酸 カ ル シ ウ ム の 分 解 反 応 で 形 成 さ れ た 酸 化 カ ル シ ウ ム (CaO)が 検 出 さ れ て い る 。 水 に ほ と ん ど 不 溶 の 炭 酸 カ ル シ ウ ム (溶 解 度 : 0.015g/L) と 異 な り , 酸 化 カ ル シ ウ ム (溶 解 度 :1.19g/L) は水に溶解するため,カルシウムの溶脱も起こった と 思 わ れ る 。 SS灰 は , カ ル シ ウ ム 成 分 の 割 合 や 処 理 後の残留カリウム分が他の灰よりも高いことなど, 木材種の差と思われる違いが見られた。以上から, 焼成温度や木材種の違いで,灰汁抜き処理の効果に 図2 灰汁抜き処理によるCa及びK成分の変化 は差があり,原料として品質の安定化には細心の注 意が 必要である 。 3.3 釉薬調合試験の結果 作 製 サ ン プ ル の 一 部 を 図 4, 5に 示 す 。 図 4は , A灰 ×H陶 石 (二 成 分 系 調 合 )の サ ン プ ル で あ る 。 図 5は , A灰 ×K1陶 石 ×HR陶 石 (三 成 分 系 調 合 )の サ ン プ ル で ある。二成分系調合では,灰の割合の増加に伴いガ ラス化し,気泡の発生が顕著となった。これは今回 のすべての組み合わせで同様の傾向であった。還元 焼 成 に お い て , A, B, MM灰 を 用 い た 釉 薬 の 色 調 は 緑 色 系 で あ る が , SS灰 は 茶 色 系 で あ っ た 。 灰 :陶 石 = 図3 灰汁抜き処理後の灰のX線回折プロファイル 3:7 前 後の 割合 が基礎 釉とし て有 望で あっ た。た だ 貫 - 45 - 釉表面のくすみは,三成分系では観察されなかった。 花 坂 水 簸 物 ×A灰 ; 9:1 8:2 7:3 6:4 5:5 4:6 3:7 2:8 1:9 二 成 分 系 調 合 と 同 様 に , 灰 の 割 合 が 2~ 4の 範 囲 で 基 礎釉 として良好で あっ た。 3.4 データの まとめ 天然原料は採取時期や採取場所が変われば,物性 値は異なる可能性がある。そのため,原材料や調合 図4 釉薬の化学組成等の物性値を数値化し記録すること 二成分系釉 薬調合試験サン プル は,釉薬の再現や不具合対策を検討する上で重要な (上 段:還元 焼成,下段 :酸化焼 成 ) 知見になる。そこで,本研究で得られた各原料,釉 薬 の 分 析 値 等 を デ ー タ ベ ー ス 化 し た 。 図 6に デ ー タ ベ ースの基本画面を示す。使用原料,調合割合,化学 組成の他に釉薬であれば釉表面および色調が分かる ように,サンプルの写真を取り込める。今後もデー タを 追加し拡充し ていく。 4.結 言 本 研究において 以下の結論を 得た。 (1)灰 の 灰 汁 抜 き 処 理 に よ り , 水 溶 性 成 分 (本 研 究 に お 図5 いて は特にカリウ ム )が 除去され た。 三成分系釉 薬調合試験サン プル (2)灰 汁 抜 き 処 理 で は , 水 溶 性 成 分 の ほ と ん ど は 2ヶ 月 程度で溶脱した。溶脱成分を完全除去するには, 灰の 種類にもよる が 4ヶ月以上 必要である。 (3)草 木灰 (土 灰 ,イ ス灰 )で は , 灰汁 抜き 処理 によ り , 炭酸 カルシウム (石灰 )の精製が 進 んだ。 (4)本 研 究 で 用 い た 灰 お よ び 陶 石 の 組 み 合 わ せ で , 釉 薬を調合することができ,県内調達原料のみでオ リジ ナルの釉薬を 作製すること が可能であっ た 。 (5)基 礎 釉 と し て 調 合 す る 場 合 , 灰 と 陶 石 が 3:7の 割 合 が良 好であった。 謝 辞 本研究を遂行するに当たり,ご協力を頂いた山中 漆器産業技術センター,南加賀木材協同組合,窯元 須 田 菁 華 , 河 合 鉱 山 (株 )な ら び に 二 股 製 土 所 に 感 謝 し 図6 統合オフィスソフトを利用したデータベースの画面 入の発生も見られるため,粒度調整が必要である。 九谷焼では色絵の剥離防止対策が必要である。化学 的組成が不安定な灰と陶石の組み合わせだけでは, 調整が困難な場合もあり得る。そこで,三成分系調 合 で は 珪 石 系 原 料 お よ び 粒 度 調 整 剤 と し て HR陶 石 を 用 い た 。 HR陶 石 の 配 合 で , 貫 入 や 釉 の 切 れ は 抑 制 さ れ た 。 ま た , 灰 と HR陶 石 の 二 成 分 系 調 合 で 見 ら れ た - 46 - ます 。 参考文献 1)大西政太郎.陶芸の伝統技法.理工学社.1983, p. 6.1-6.8. 2)大西政太郎. 陶芸の釉薬. 理工学社. 1976, p. 3.1-3.5. 3)大西政太郎. 陶芸の釉薬. 理工学社. 1976, p. 3.8-3.18. 4)大西政太郎. 陶芸の釉薬. 理工学社. 1976, p. 3.5-3.8. 5)加藤悦三. 釉調合の基本. 窯技社. 1974, p.37-41.
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