関東学院大学『経済系』第 225 集(2005 年 10 月) ベンチャーキャピタルファイナンスにおける転換社債型 新株予約権付社債の利用 Venture Capital Finance and Convertible Bonds 辻 聖 二 Seiji Tsuji 要旨 一般に,企業は財務活動と営業活動のバランスをとりながら,上手くリスク管理して事業継 続していくべきであると考えられる。ベンチャー企業の場合,そのプロジェクトの不確実性やリス クが大きく,当該企業と投資家の間の情報の非対称性も大きいと思われる。したがって,ある程度 財務基盤を強固にしておく必要があるが,実際にはこれは困難な問題である。ベンチャーキャピタ リストの立場からは,株主資本でベンチャー企業に投資することはリスクが大き過ぎ,負債による 資金提供はそのリスクに対してリターンが少ないであろう。他方,ベンチャー企業側からすれば, 株主資本による調達は経営の自主性を脅かすことになり,負債による調達は,財務内容の悪化が経 営の足かせになるかもしれない。本稿の目的は,このような状況において転換社債型新株予約権付 社債が果たす役割を分析することである。その結果,転換社債型新株予約権付社債がベンチャー企 業とベンチャーキャピタリスト双方に効率的な投資を促すインセンティブとして機能することが示 される。 キーワード ベンチャーキャピタル,ベンチャーキャピタリスト,ベンチャー企業,転換社債型新 株予約権付社債,新株予約権,インセンティブ,不確実性 1. 1. はじめに 2. 3. ベンチャーキャピタルファイナンスにおける転換社債型新株予約権付社債の インセンティブモデル― モデルの仮定と枠組み ― 確実性状況下のインセンティブモデル 4. 5. 不確実性状況下のインセンティブモデル ベンチャーキャピタルファイナンスの実際とモデル はじめに 金調達面で困難が伴うようである。これは,リス クや情報の非対称性と密接な関係があると考えら 我が国では経済活性化のための一つの方策とし れる。というのも,起業家がこれから展開しよう て起業家養成やベンチャー企業支援といったこと としている事業は成功するのかどうか,その成功 の必要性が叫ばれて久しい。しかしながら,中小 確率はどの程度か,そもそもこの起業家を本当に 企業庁の調査 1)によると,起業に際しては特に資 信用してよいのか,といったことは評価が極めて 〔注〕 いたところ, 「自己資金」(80,9 %), 「親・兄弟・親 1)中小企業庁『創業環境に関する実態調査』2001 年 12 月。本調査によると,創業時の困難性として「自己資 戚等からの出資・借入」 「民間金融機関からの借入」 (共に 27,9 %), 「親企業・元の勤務先からの出資・借 金不足」を挙げた者が最も多く (49,4 %),次いで「販 売先の開拓」(34,2 %), 「創業資金の調達」(33,4 %) 入」(20,4 %) の順になっている。このことから,外 部からの資金調達が少ない,あるいは難しいことが 等と続いており,資金面で困難に直面していること が分かる。また,創業時の資金調達源泉について聞 分かる。 (ただし,いずれの結果も複数回答のため 合計は 100 %を超えていることに注意されたい。 ) — 18 — ベンチャーキャピタルファイナンスにおける転換社債型新株予約権付社債の利用 困難だからである。したがって,資金を提供する 企業が状態を観察した後に最初の転換社債型新株 投資家側からすれば,株主資本という形で投資す 予約権付社債に関する契約内容を再交渉によって るのはリスクが高過ぎる。負債という形で資金提 修正することができるならば,それによって双方 供すると,安全性は高いが,事業が成功を収めた が効率的な投資を行うというファーストベストな 場合資金提供のリスクに対してリターンが少ない, 状況が達成され得ることを示す。 ということになる。 本稿の構成は以下の通りである。次の第 2 章で 本稿の目的は,こうした事業のリスクや情報の は,われわれのインセンティブモデルの仮定と枠組 非対称性と投資家サイドのリスク=リターンに関 みを述べる。第 3 章では,状態 θ の実現に関して不 する要求をうまく結び付けるために,転換社債型新 確実性が存在しない,すなわち状態 θ を所与とした 2) 株予約権付社債 が果たす役割に焦点を当ててモ 場合,転換社債型新株予約権付社債を上手く利用す デル分析を行うことである。本稿では,推移的な ることによってベンチャー企業とベンチャーキャ 投資に伴う一般的な二重モラルハザード問題を検 ピタリスト双方に効率的投資を行わせ,プロジェ 討し,ベンチャーキャピタリスト 3)がベンチャー クトの余剰がベンチャー企業とベンチャーキャピ 企業に転換社債型新株予約権付社債で資金提供す タリストの間に任意の望ましい方法で分配され得 ることによって,ベンチャーキャピタリストとベ ることを示す。第 4 章では,状態 θ の実現に不確 ンチャー企業の双方が効率的に投資することを促 実性が伴うためベンチャー企業とベンチャーキャ し得ることを示す。先行研究として Nöldeke and ピタリストの間で事前に効率的な契約を結ぶこと Schmidt[10] のモデルを挙げることができるが,本 は難しいが,状態 θ の実現後両者の再交渉によっ 研究はいくつかの点で彼らのモデルを拡張してい て再びファーストベストな解が達成され得ること る。第一に,本研究では,先行的に初期投資が実施 が示される。最後の第 5 章では,われわれのモデ されると仮定し,その後のベンチャーキャピタリ ルの枠組みや結論をベンチャーキャピタルファイ ストとベンチャー企業双方の努力に応じて当該プ ナンスの実際と比較検討し,その特徴と今後の課 ロジェクトの成果が影響されるケースを検討する。 題を明らかにする。 この初期投資資金はベンチャーキャピタリストと ベンチャー企業の何れかによって新たに資金調達 2. される必要があり,そこで転換社債型新株予約権 付社債が果たす役割を分析する。第二に,社会的 余剰はベンチャーキャピタリストとベンチャー企 ベンチャーキャピタルファイナンスにお ける転換社債型新株予約権付社債のイン センティブモデル ― モデルの仮定と枠組み ― 業の間に任意の望ましい方法でシェアされ得るこ とが示される。最後に,われわれは不確実性を導 ベンチャー企業とベンチャーキャピタリストと 入し,もしベンチャーキャピタリストとベンチャー いう二人のプレイヤーが存在し,彼らは潜在的に 収益性のあるプロジェクトを実行することができ 2)周知のように,2001 年の商法改正により,従来の転 る。モデルの一般化のために,ベンチャーキャピタ 換社債は新株予約権付社債の一形態とみなされるよ うになった。本稿で取り上げる転換社債型新株予約 リストに関して特別な制約は課さない。プロジェ 権付社債は,新株予約権の行使によって取得する新 株の代金として社債金額を強制的に充当する「強制 クトは一定の初期投資額 I(> 0) を必要とし,収益 代用払込条項付」の新株予約権付社債であるとされ る。 ンチャー企業の努力水準 a,ベンチャーキャピタ 3)本稿では,ベンチャー企業に投資を行うベンチャー キャピタル企業やエンジェルのような個人投資家等 を包括する概念として,ベンチャーキャピタリスト と呼ぶことにする。 X (a, b, θ) を発生する。この収益 X (a, b, θ) は,ベ リストの努力水準あるいは追加的な金融投資 b,プ ロジェクトの質,ベンチャー企業の能力,市場条 件などといった状態 θ の実現という三つのファク ターに依存する。 — 19 — 経 済 系 第 225 集 表 1 モデルの時間構造と発生する事象 時点 発生する事象 t=0 ベンチャーキャピタリストとベンチャー企業が契約を結ぶ。 ベンチャー企業が初期投資 I を実行する。 状態 θ が発生する。 t=1 ベンチャー企業が a だけ投資を行う。 t=2 ベンチャーキャピタリストが b だけ投資を行う。 t=3 プロジェクトの総余剰 X(a, b, θ) が実現する。 契約終了。 S (a, b, θ) = X (a, b, θ) − a − b ベンチャー企業とベンチャーキャピタリストの間 の関係は以下のようにモデル化される。時点 t = 0 で,ベンチャー企業とベンチャーキャピタリスト は互いの関係を統治する契約を結ぶ。その段階で は,発生する状態 θ はベンチャー企業とベンチャー キャピタリスト双方にとって未知である。状態 θ は初期投資 I が実行された後に発生し,ベンチャー 企業とベンチャーキャピタリストはこの状態 θ を 観察可能であると仮定する。事前には多くの潜在 的なベンチャーキャピタリストやベンチャー企業 が存在し,互いに契約を結ぶために競争状態にあ る。彼らの間の競争は契約を結ぶ当事者双方の間 によって与えられる。ベンチャー企業とベンチャー キャピタリストは共にリスク中立的であると仮定 される。 このモデルの時間構造と発生する事象は,表 1 の ように纏められる。 参考のために,ファーストベストな効率的投資水 準を定義しておこう。いま,状態 θ においてベン チャー企業が a (θ) だけの投資を行い,ベンチャー キャピタリストが b (θ) だけの投資を行った場合の 正味社会的総余剰 S (a(θ), b(θ), θ) を で潜在的な余剰をシェアする方法に影響を与える S (a(θ), b(θ), θ) = X (a(θ), b(θ), θ) かもしれない。しかしながら,いったん初期投資 I − b(θ) − a(θ) (1) が実行されると,契約を結んだベンチャー企業とベ ンチャーキャピタリストは互いにその契約に固定 とする。このとき,効率的投資水準 (a∗ (θ), b∗ (θ)) される。時点 t = 1 で,ベンチャー企業はプロジェ は一意であり, (2)式によって与えられると仮定 クトを展開するために一定の投資 a (a ≥ 0) をする する。 (a∗ (θ), b∗ (θ)) = argmax X (a, b, θ) − b − a (2) 必要がある。この投資は契約で決められるもので a,b はなく,ベンチャー企業の努力水準と考えられる。 時点 t = 2 で,ベンチャーキャピタリストはその われわれの目的は,上手く転換社債型新株予約権 プロジェクトへの彼の参加について意思決定しな 付社債を利用することによってベンチャー企業と ければならない。ベンチャーキャピタリストの追 ベンチャーキャピタリストの双方が効率的な投資 加的な投資 b (b ≥ 0) も契約によって決められてい 選択を行うことを示すことである。このために,以 るものではない。この投資は彼のかけたコストに 下のようなオプションをベンチャーキャピタリス よって測られる。最後に,時点 t = 3 で,プロジェ トに与える転換社債型新株予約権付社債 (C, F ) に クトによって生み出される総余剰 X (a, b, θ) が実 焦点を当てて分析を進めていくことにしよう。契 現され,時点 t = 0 で結ばれた初期の契約に応じて 約で特定化されたある時点 t = T 4)で,ベンチャー 余剰はベンチャー企業とベンチャーキャピタリス 4)この時点 t = T は,一般に転換社債型新株予約権付 トの間に分配される。正味社会的総余剰 S (a, b, θ) 社債の権利行使日,または満期日と考えてよいであ ろう。 は — 20 — ベンチャーキャピタルファイナンスにおける転換社債型新株予約権付社債の利用 キャピタリストは一定の支払額 C 5)を受け取るか, 追加的に F 6) だけ支払い新株予約権を行使して彼 の債権をベンチャー企業の株式 100 %に転換するか 特性をより良く理解するために,まず状態 θ の実 現について不確実性がないケースを考えてみよう。 ここで,状態 θ が所与のとき, を選択することが出来る。したがって,ベンチャー S (a∗ (θ), b∗ (θ), θ) ≥ I (5) 企業がベンチャーキャピタリストから必要な初期 投資額 I を転換社債型新株予約権付社債 (C, F ) で という関係が成立していると仮定する。すなわち, 資金調達することを所与とすると,ベンチャー企 当該プロジェクトは状態 θ の発生前に初期投資が 業とベンチャーキャピタリスト双方に対する支払 実行されることを条件としているが,その正味社会 い構造 U E および U VC は,それぞれ以下のよう になる。 X (a, b, θ) − C − a (ベンチャーキャピタリストが 権利行使しない場合) UE = (3) F − a (ベンチャーキャピタリストが 権利行使する場合) UV C C −b−I (ベンチャーキャピタリストが 権利行使しない場合) = (4) X (a, b, θ) − F − b − I (ベンチャーキャピタリストが 権利行使する場合) 的総余剰 S (a∗ (θ), b∗ (θ), θ) は初期投資のコスト I をカバーするのに十分なものであるとする。一般 性を失うこと無しに,初期投資額 I はベンチャー企 業の発行する転換社債型新株予約権付社債 (C, F ) をベンチャーキャピタリストが引き受けることに よって資金調達されると仮定する。次の命題 1 は, 上手く転換社債型新株予約権付社債 (C, F ) を利用 することによってベンチャー企業とベンチャーキャ ピタリストの双方が効率的投資水準 (a∗ (θ), b∗ (θ)) を選択し,プロジェクトの余剰がベンチャー企業 とベンチャーキャピタリストの間に任意の望まし い方法で分配され得ることを示している。 命 題 1:任意の所与の状態 θ に対して, C =I +K F = X (a∗ (θ), b∗ (θ), θ) − b∗ (θ) 効率性を改善する可能性が生じるときはいつで も,初期契約はベンチャー企業とベンチャーキャピ タリストによって再交渉されるだろう。特に,状態 θ が実現した後あるいはベンチャー企業が投資 a −I −K (6) (7) ただし, 0 K S (a∗ (θ), b∗ (θ), θ) − I (8) を決定した後では,再交渉は利益をもたらすかもし を満たす転換社債型新株予約権付社債 れない。再交渉から得られる余剰はベンチャー企 (C, F ) は,ベンチャー企業とベンチャー 業とベンチャーキャピタリストの間に λ と (1 − λ) キャピタリストの双方に効率的な投資行 の割合で分配されると仮定する。 動 a∗ (θ) と b∗ (θ) を取らせ,次のような支 払いを与える。 3. 確実性状況下のインセンティブモデル 転換社債型新株予約権付社債のインセンティブ 5)C は,転換社債型新株予約権付社債の元本と考えら れる。 6)F は,ベンチャーキャピタリストが転換社債型新株 予約権付社債の新株予約権行使にあたって支払うプ レミアムと考えられる。 — 21 — U E = S (a∗ (θ), b∗ (θ), θ) − I − K (9) UV C = K (10) ここで,転換社債型新株予約権付社債 (C, F ) とは,時点 t = 3 でベンチャーキャ ピタリストに所定の金額 C を払い戻すか, あるいはベンチャーキャピタリストから 経 済 系 第 225 集 追加的な金額 F の支払いを受け新株予約 いま,ベンチャー企業の最適投資戦略につい 権の行使を通して彼の債権をベンチャー て考えることにしよう。プロジェクトの収益 企業の株式 100 %に転換するか,いずれ X (a, b, θ) はベンチャー企業の投資水準 a に関 かの権利を与えるものである。 して狭義増加であることに注意されたい。ゆえ に,もしベンチャー企業がその投資水準として a (> a∗ (θ)) を選択するならば,ベンチャーキャピ 命題 1 の証明 ベンチャー企業が投資水準 a∗ (θ) を選択した タリストにとっては新株予約権を行使すること と仮定しよう。もしベンチャーキャピタリスト が厳密に最適となる。したがって,ベンチャー がその新株予約権を行使すれば,彼のペイオフは 企業は自己の株式をすべて失い一定の支払い F U V C = X (a∗ (θ), b, θ) − b − F − I を受け取るだろう。このように,a∗ (θ) より少し (A1) となる。このとき,ベンチャーキャピタリストは でも多く投資することはベンチャー企業にとっ て最適ではない。次に,ベンチャー企業が投資 a 社会的総余剰から一定の金額を控除した残余額 を選択すると仮定しよう。ベンチャー (< a∗ (θ)) に対して完全な残余請求権者となる。したがっ キャピタリストはその投資水準として b = 0 を て,彼は効率的に投資を行い b = b∗ (θ) を選択 選択し C だけの払い戻しを要求することによっ するだろう。その結果,彼のペイオフは て,K だけのペイオフがなお保障され得ること に注意されたい。もちろん,これは非効率であ U V C = X (a∗ (θ), b∗ (θ), θ) − b∗ (θ) るから,ベンチャーキャピタリストが限界にお − X(a∗ (θ), b∗ (θ), θ) + b∗ (θ) +I −K −I =K いて完全な残余請求権者になり効率的に投資を (A2) 行うことを確かにするために,ベンチャー企業と ベンチャーキャピタリストは最初の契約を再交 となる。もしベンチャーキャピタリストが新株 渉するであろう。しかしながら,この場合の正 予約権を行使しないならば,彼は一定の支払い 味社会的総余剰 S (a(θ), b(θ), θ) は a = a∗ (θ) の C を受け,したがって,b = 0 という投資を選 場合よりも少ないので,ベンチャーキャピタリス 択し,彼のペイオフは U VC =C −I =K トは K というもうひとつのオプションよりも少 ない金額しか与えないような新しい契約には同 (A3) 意しないであろう。したがって,再交渉した後 のベンチャー企業のペイオフは,彼が a = a∗ (θ) となる。 を選択した場合に受け取れる金額 このように,もしベンチャー企業が投資水 ∗ 準として a (θ) を選択したと仮定するならば, S (a∗ (θ), b∗ (θ), θ) − I − K ベンチャーキャピタリストは,効率的に投資 を行って新株予約権を行使すること (b = b∗ (θ)) (A4) よりも少なくなるに違いない。 と,何も投資しない(b = 0)で新株予約権も行 Q.E.D 使しないこととの間で無差別になる。ここで, 均衡においては,ベンチャーキャピタリストは ∗ この命題に対する直感は以下のとおりである。 b (θ) を投資しオプションを行使しなければなら ベンチャーキャピタリストに効率的投資 b = b∗ (θ) ないことに注意されたい。さもなければ,ベン を選択させるためには,ベンチャーキャピタリス チャー企業はベンチャーキャピタリストの無差 トが当該企業の株式すべてを保有することが必要 別を破るために a∗ (θ) より少しだけ多い金額を である。しかしながら,ベンチャーキャピタリス 投資するだろう。しかし,これは均衡ではあり トは新株予約権を行使することを選択する場合に 得ない。 のみ株式を得るだろう。ここで注意すべき重要な — 22 — ベンチャーキャピタルファイナンスにおける転換社債型新株予約権付社債の利用 点は,新株予約権の価値がベンチャー企業の投資水 ない投資を行った場合の社会的総余剰は a∗ (θ) だ 準 a に依存するということである。ベンチャー企 けの投資を行った場合の社会的総余剰に比べて少 業の投資 a が多ければ多いほど,ベンチャーキャ なくなるので,ベンチャー企業のペイオフもより ピタリストにとって新株予約権を行使することが 少なくなるはずである。ゆえに,ベンチャー企業 魅力的になる。オプションの権利行使価格を上手 は正しくファーストベストな投資水準 a∗ (θ) を選 く選択することによって,ベンチャーキャピタリ 択するように動機付けられ,ベンチャーキャピタ ∗ ストは,もしベンチャー企業が a (θ) だけの投資 ∗ リストも効率的投資水準 b∗ (θ) を選択しオプショ をしたならば,b = b (θ) だけの投資をして新株予 ンの新株予約権を行使する。つまり,均衡経路に 約権を行使することと b = 0 の投資をして新株予 おいてベンチャー企業とベンチャーキャピタリス 約権を行使しないこととの間で無差別になる。両 トの間の再交渉は存在しないことになる。 転換社債型新株予約権付社債に関して最も興味 方の場合において,ベンチャーキャピタリストの ペイオフはちょうど C − I = K となる。ここで, 深い特徴は,転換社債型新株予約権付社債がベン もしベンチャー企業が a∗ (θ) だけの投資を行いベ チャー企業とベンチャーキャピタリストに,限界 ンチャーキャピタリストが新株予約権を行使する において両者を残余請求権者にすることなしに, ならば,ベンチャー企業は,最大社会余剰からベン 効率的に投資するよう動機付けできることである。 チャーキャピタリストがオプションの新株予約権 さらに,上述の議論は微分可能性の仮定に依存し を行使するか否かに関わらず行わなければならな ていないことに注意されたい。たとえ投資が離散 い一定の支払い額を差し引いた金額を受け取るこ 的あるいは多次元的に行われたとしても,うまく とに注意されたい。なお,a∗ (θ) より多くを投資す 転換社債型新株予約権付社債を利用すればファー ることはベンチャー企業にとって利益になり得な ストベストな解を達成できる。これらの特徴こそ い。というのも,ベンチャーキャピタリストだけ が,ベンチャー企業とベンチャーキャピタリスト が新株予約権を行使することによってベンチャー それぞれに関わるモラルハザード,すなわち二重 企業の追加的な投資による限界的利益のすべてを モラルハザード問題において転換社債型新株予約 受け取ることができるからである。他方,a∗ (θ) 権付社債を強力なインセンティブ手段にするので より少なく投資してもベンチャー企業のペイオフ ある。 を増加させることにはならない。この場合,ベン 読者の中には,転換社債型新株予約権付社債が チャーキャピタリストが当該企業の株式 100 %を 効率的な投資を達成する最も単純な契約であるか 所有し投資水準 b を効率的に選択することを確実 どうか,あるいは,おそらく再交渉が必要であると にするために,新株予約権行使のために必要な追 思われるが,標準的な負債-株式契約を利用するこ 加的支出額 F はベンチャー企業とベンチャーキャ とでも同じ結果が得られるのではないか,といっ ピタリストの間の再交渉によって引き下げられる た疑問を抱く人もいるかもしれない。Nöldeke and であろう。しかしながら,ベンチャーキャピタリ Schmidt[10] は,その中の命題 4 で,ベンチャー企 ストは少なくとも C − I = K だけのペイオフを 業が再交渉ゲームにおいてすべてのバーゲニング 得る必要がある。というのも,このペイオフ水準 パワーを持つ (λ = 1) か,ベンチャー企業の投資水 は,b = 0 という投資を選択し新株予約権を行使 準の変化が限界においてそのペイオフに影響を与 しないことによってベンチャーキャピタリストが えない,すなわち無関連であるならば,かつその場 得ることのできるペイオフと同じ水準だからであ 合に限り,標準的な負債-株式契約によっても効率 る。したがって,ベンチャーキャピタリストのペ 的な投資が達成され得ることを示している。これ イオフは,ベンチャー企業が a∗ (θ) だけの投資を を確かめるために,最初の契約がベンチャー企業 行った場合に得られるものより少ないことはあり に 100 %の株式を与えるものであるとしよう。ベ ∗ 得ない。しかし,ベンチャー企業が a (θ) より少 ンチャー企業の投資 a が行われた後,ベンチャー — 23 — 経 済 系 第 225 集 キャピタリストが効率的に投資 b を行うようにす 新株予約権付社債の新株予約権行使に対して支払 るために,この契約はベンチャーキャピタリスト うプレミアム F が非常に大きい契約を最初に結ぶ に 100 %の株式を与えるように再交渉されるであ とすると,ベンチャーキャピタリストは決してオプ ろう。したがって,ベンチャー企業のペイオフ U E 7) は,次の(11) 式によって与えられる 。 まり,この契約は,純粋な負債契約と等価である。 もし再交渉がないならば,ベンチャーキャピタリ U E = X (a, 0, θ) − a ストは一定の支払い額 C を受け取り,ベンチャー + λ [X (a, b∗ (a, θ), θ) − b∗ (a, θ) −a − X (a, 0, θ) + a] ションの新株予約権を行使しないことになる。つ (11) ∗ 企業の投資水準とは関係なく時点 t = 2 で自らの 投資水準として b = 0 を選択するであろう。この ただし,b (a, θ) はベンチャー企業が状態 θ にお ように再交渉がない場合,ベンチャー企業は (13) いて投資水準 a を選択したことを所与とした場合 式で表される投資水準 â(θ) を選択するであろう。 のベンチャーキャピタリストの効率的投資水準で â(θ) = argmax X (a, 0, θ) − a ある。胞絡線定理を使うと,ベンチャー企業の投 資に対する限界利益は(12) 式のようになる。 dU E dX (a, 0, θ) = (1 − λ) da da dX(a, b∗ (a, θ), θ) +λ −1 da しかしながら,状態 θ が実現した後では,もしベ ンチャー企業が a∗ (θ) を投資するならばかつその (12) 場合に限り,再交渉を通してベンチャーキャピタ リストがオプションの新株予約権を行使し効率的 に投資するように新株予約権のプレミアム F を引 もし λ < 1 ならば, き下げることによって,効率性を改善する余地があ dX (a, b∗ (a, θ), θ) dX (a, 0, θ) = da da る。次の命題 2 は,再交渉によって再びファース という特別な場合を除いて, (12)式の値が負にな るので,われわれはベンチャー企業の投資インセ ンティブを歪める標準的な停止問題に至る。ゆえ に,一般に,うまく条件設定された転換社債型新 株予約権付社債はファーストベストな解を達成す るが,ファーストベストな解を達成するような負 トベストな解が達成され,期待最大社会的余剰を任 意の望ましい方法でベンチャー企業とベンチャー キャピタリストの間に分配することが可能である, ということを示している。 命 題 2:ベンチャー企業とベンチャーキャピタリ 債-株式契約は存在しないと言えよう。 4. (13) ストが次の (14) 式のような純粋負債契約 を結んだと仮定しよう。 不確実性状況下のインセンティブモデル 今,ベンチャー企業とベンチャーキャピタリス トが状態 θ の実現を知る前に最初の契約を結ばな ければならないと仮定しよう。時点 t = 0 で,ベ C = I − (1 − λ) いる。ベンチャー企業とベンチャーキャピタリス トの間でベンチャーキャピタリストが転換社債型 7)ここでは,主としてベンチャー企業の投資水準とペ イオフとの関係に分析の主眼があるので,負債の返 済については無視している。 — 24 — [S (a∗ (θ), b∗ (θ), θ) −X(â(θ), 0, θ) + â(θ)] d G(θ) + K (14) ただし, ンチャー企業とベンチャーキャピタリストは状態 θ の発生に関して累積分布関数 G(θ) だけを知って θ 0K θ S (a∗ (θ), b∗ (θ), θ)d G(θ) − I であり,ベンチャー企業の投資水準 â(θ) は (13) 式によって与えられるとする。こ の契約は,再交渉することでベンチャー企 業とベンチャーキャピタリストにファー ベンチャーキャピタルファイナンスにおける転換社債型新株予約権付社債の利用 ストベストな投資決定を行わせ,以下の チャーキャピタリストに与えるように契約の再 ような期待ペイオフをもたらす。 EU E = S (a∗ (θ), b∗ (θ), θ)d G(θ) 交渉を行うならば,命題 1 によってベンチャー 企業とベンチャーキャピタリスト双方は効率的 に投資するよう動機付けられ,社会的総余剰は θ −I −K (15) EU V C = K (16) 均衡経路上でこの契約は再交渉されて転 換社債型新株予約権付社債(C, F ) になる 最大化されるであろう。 F = X (a∗ (θ), b∗ (θ), θ) − b∗ (θ) − C (A7) 再交渉による余剰 S (a∗ (θ), b∗ (θ), θ) − X (â(θ), 0, θ) + â(θ)(A8) だろう。ただし,ベンチャーキャピタリ ストが新株予約権を行使せず転換社債型 は,ベンチャー企業とベンチャーキャピタリスト 新株予約権付社債の満期日に受け取る金 の間にそれぞれ λ と (1 − λ) の比率で分配され, 額C は (14) 式によって与えられ, 再交渉後のそれぞれのペイオフは(A9), (A10) 式によって与えられる。 F = X (a∗ (θ), b∗ (θ), θ) − b∗ (θ) − C (17) U E = X(â(θ), 0, θ) − â(θ) − C + λ [S(a∗ (θ), b∗ (θ), θ) である。 −X(â(θ), 0, θ) + â(θ)] (A9) 命題 2 の証明 UV C = C − I もしベンチャー企業とベンチャーキャピタリ ストが最初に契約を結んだ後その契約内容につ いて再交渉による修正を行わないならば,ベン + (1 − λ) [S (a∗ (θ), b∗ (θ), θ) −X (â(θ), 0, θ) + â(θ)] (A10) チャー企業の投資水準に関係なく,ベンチャー したがって,時点 t = 0 におけるベンチャー企 キャピタリストは転換社債型新株予約権付社債 業とベンチャーキャピタリスト双方の期待ペイ の新株予約権を行使せず,その満期日において一 オフはそれぞれ λS (a∗ (θ), b∗ (θ), θ) EU E = 定の支払額 C を得,したがって時点 t = 2 で自 らの投資水準として b = 0 を選択するであろう。 したがって,もし再交渉がなければベンチャー θ − (1 − λ)[X(â(θ), 0, θ) − â(θ)]d G(θ) − C (A11) 企業は (13) 式によって定義される投資水準 â(θ) を選択し,ベンチャー企業とベンチャーキャピ タリストの間で再交渉の余地が生じ得る双方の ペイオフの臨界点 (threatpoint) は以下のように 与えられる。 Û E = X (â(θ), 0, θ) − â(θ) − C (A5) Û V C = C − I (A6) もしベンチャー企業とベンチャーキャピタリス トが(A7)式に示される新株予約権行使のプレ ミアム F を追加的に支払うことによってベン チャーキャピタリストの負債請求権を当該企業 の株式の 100 %に転換できるオプションをベン — 25 — EU V C = C − I + (1 − λ) θ [S (a∗ (θ), b∗ (θ), θ) −X(â(θ), 0, θ) + â(θ)] d G(θ) (A12) となる。 (A11), (A12)式にそれぞれ(14)式を代 入して整理すると, EU E = S (a∗ (θ), b∗ (θ), θ)d G(θ) − I − K θ EU V C = K (A13) (A14) 経 済 系 第 225 集 に効率的な努力(投資)を促すインセンティブと を得る。 Q.E.D して機能することを示したのである。 このように,われわれのモデルは,なぜベンチャー 命題 1 と命題 2 は,転換社債型新株予約権付社 キャピタルファイナンスの分野においてしばしば 債のインセンティブ特性に焦点を当てている。そ 転換社債型新株予約権付社債が利用されるのか, れらは,広く文献等で言及されているリスクシェ という疑問に対する一つの説明要因を暗示してい アリングや税制の問題に加えて,転換社債型新株 るように思われる。しかしながら、この説明を広 予約権付社債の利用に対するもう一つの新しい理 くベンチャーキャピタルファイナンスに適用しよ 論的根拠を与えている。すなわち,命題 1 と命題 うとするとき,まだまだ現実との乖離が大きく, 2 は,ベンチャー企業が初期投資額 I の資金調達 命題 1 と命題 2 だけでは甚だ不十分であると言わ にあたって転換社債型新株予約権付社債 (C, F ) を ざるを得ない。 ベンチャーキャピタリストに対して発行する場合, ベンチャー企業とベンチャーキャピタリストの間 5. で上手く転換社債型新株予約権付社債 (C, F ) の条 ベンチャーキャピタルファイナンスの実 際とモデル 件をコントロールすることによって,双方に効率 的な投資を行うよう促し,プロジェクトの余剰を 新株予約権付証券は,ベンチャーキャピタリス ベンチャー企業とベンチャーキャピタリストの間 トが若いベンチャー企業に投資を行う際の有力な に任意の望ましい方法で分配することが可能であ 手法である。しかしながら,新株予約権付証券は, ることを示している。 よりしっかりと確立されたリスクの少ない中小企 実際,ベンチャー企業のプロジェクトはリスク 業の大部分と大企業に資金提供する銀行や受動的 が大きく,当該企業とベンチャーキャピタリストと な外部株主にはあまり利用されていない。銀行と の間の情報の非対称性も大きいと考えられる。し の対比で,ベンチャーキャピタリストは投資対象 たがって,ベンチャーキャピタリストの立場から となるベンチャー企業の多くにおいてより積極的 考えると,直接株主資本でベンチャー企業に投資 な役割を演じ,ベンチャーキャピタリストの貢献 することは,事業が成功した場合のリターンは大 がベンチャー企業の究極的な成功にとって非常に きいかもしれないが,失敗のリスクも大き過ぎる。 重要である,ということがしばしば強調される。 また,純粋な負債で資金提供した場合,ある程度 したがって,ベンチャー企業とベンチャーキャピ リスクは低減できるかもしれないが,ベンチャー タリストの間の関係を統治する最初の契約は,ベ 企業が事業に成功した場合のリターンが固定的で ンチャー企業とベンチャーキャピタリストの双方 あり,資金提供のリスクに対して投資の妙味に欠 にプロジェクトに効率的に投資するよう促すもの けるであろう。他方,ベンチャー企業の立場から である必要がある。このことは,われわれのモデ すると,株主資本による資金調達は財務内容の健 ルの枠組みに適合しているように思われる。 全性を高め経営戦略の自由度が増すかもしれない しかしながら,われわれがベンチャーキャピタル が,一方でベンチャーキャピタリストに経営権や 業界において観察する実際の契約は,本稿で特徴付 事業成功の果実を奪われる危惧がある。また,純 けられた最適な契約とはいくつかの重要な点で異 粋な負債による資金調達を行った場合,経営権を なる。主な相違点を二つ挙げると、まず第一に,ベ 奪われる危険性は後退するものの,財務内容の悪 ンチャーキャピタリストは典型的にベンチャー企 化が経営の足かせになることも否定できない。わ 業の株式の 100 %を得るようなオプションを持っ れわれのモデルは,このような状況において,転 ておらず,実際には 100 %よりもかなり小さい割 換社債型新株予約権付社債による資金調達が,ベ 合しか持っていない。われわれのモデルでは,資 ンチャー企業とベンチャーキャピタリストの双方 本構成や株式の所有権構造の変化がベンチャー企 — 26 — ベンチャーキャピタルファイナンスにおける転換社債型新株予約権付社債の利用 業とベンチャーキャピタリスト双方の行動に影響 の 5 倍以上の収益をもたらした。残りの約 50 %が を及ぼすかもしれないという問題を回避するため ほどほどの成功を収めたという。一般に,この最 に,初期投資額 I はすべて転換社債型新株予約権 後のタイプのプロジェクトは,ベンチャーキャピ 付社債で資金調達され,それぞれの株式所有比率 タル業界では「死に体 (Living dead) 」と言われて が 0 %か 100 %になるように単純化した。また,こ いる。というのも,たとえこれらのベンチャー企 の点との関連で,われわれは,新株予約権付社債 業がそれなりの収益を上げていても,ベンチャー や新株予約権付融資,新株予約権そのものだけの キャピタリストはしばしばそれらを追加的な投資 発行による資金調達なども考察の対象としなかっ の価値がないと考え,それらにより多くの時間や た。しかしながら,より一般的・現実的な議論を お金を費やそうとしないからである。 展開するためには,新株予約権の権利行使前後の しかし,もちろんプロジェクトの収益性は外生的 資本構成を明示的にモデルの中に取り入れていく な要因だけに依存するものではない。ベンチャー 必要があるであろう。 企業の努力は非常に重要である。当該企業は,研 第二に,前章のモデルは新株予約権が(おそら 究開発に従事し,製品を開発し,生産設備を確立し く再交渉の後に)均衡経路において常に行使され て,製品のマーケティング活動を行うなどしなけ るだろうということを含意している。しかしなが ればならない。さらに,多くの若いベンチャー企 ら,ベンチャーキャピタル業界において新株予約 業の究極の成功のためには,経験のあるベンチャー 権は最も収益性の高いベンチャー企業に対しての キャピタリストの積極的なサポートも非常に重要 8) み行使される 。多くのそれほど収益性の高くな である。ベンチャーキャピタリストは産業固有の いベンチャー企業は負債を返済するかベンチャー 知識に精通し,その産業内に優れたコネクション キャピタリストによって清算されるかのいずれか を持ち,彼らが資金提供するベンチャー企業の多く である。 において積極的で重要な役割を果たす。Hellman ベンチャー企業とベンチャーキャピタリストの and Puri[7] による実証研究では,ベンチャーキャ 間の契約段階では,双方の間の情報の非対称性が ピタリストの二つの役割が区別され得ることが示 大きく,プロジェクトの見通しについてもかなり されている。第一に,ベンチャーキャピタリスト のリスク・不確実性が存在する。当該プロジェク は,もしベンチャー企業が正しい方向に進んでいる トが技術的に実行可能であるかどうか,より優れた ならばそれをサポートする。つまり,ベンチャー あるいは安価な製品を提供するライバル企業が存 キャピタリストは,ベンチャー企業の戦略的な意 在する(現れてくる)かどうか,良い従業員を引き 思決定にアドバイスを与え,潜在的なサプライヤー 付けることができるかどうか,そのベンチャー企業 と顧客に接触したり,当該企業の日々のオペレー に経営能力があるかどうかといったことは,しばし ションに参加さえしたりする。これらのサポート ばはっきりしない。Sahlmann[12] は 383 件のベ はベンチャー企業の努力を補完するものである。 ンチャーキャピタル投資のサンプルを分析してい このようなサポートはベンチャーキャピタリスト る。彼の調査結果によると,プロジェクト全体の約 にとってコストのかかるものであるが,結果的に 35 %が赤字あるいは初期投資額を回収できなかっ 彼らとベンチャー企業に利益をもたらすであろう。 た。およそ 15 %が高い収益性を示し,初期投資額 第二に,もし物事が悪い方向に向かっていれば,ベ ンチャーキャピタリストはその支配権を行使する。 8)この理由として明確なものはないが、ベンチャーキャ ピタリストがファンドの収益性や運用効率を重視し ていること、それほど収益性の高くないベンチャー 企業に対して新株予約権を行使した場合その後の投 資活動に悪い影響が残る懸念があること,等が挙げ られよう。 特に,彼らは収益性の低いベンチャー企業を清算 したり,元の創業者を専門的な外部の CEO に取 り替えたりする。こうした行為もベンチャーキャ ピタリストにとってコストのかかるもので企業価 値を高めるが,ベンチャー企業とは対立し,ベン — 27 — 経 済 系 第 225 集 チャー企業の努力を代替するものであると言える。 の支配の問題をモデルに取り込んでいくことを検 以上,米国の実証研究結果を中心にわれわれの 討すると同時に,実証的な側面からの研究にも積 モデルの枠組みや結論との比較検討を行ってきた 極的に取り組んで行きたい。 が,最後に,我が国におけるベンチャーキャピタ ルファイナンスをめぐる事例を紹介し,本稿のむ すびとしたい。我が国では,起業家支援や規制緩 [参考文献] [ 1 ]Admati,A.R.and P.Pfleiderer., “Robust Financial Contracting and the Role of Venture Capitalists”, The Journal of Finance, Vol.49, 1994, 和等によりベンチャー企業の資金調達の多様化が 進むと同時に,ベンチャーキャピタル企業におい ても投資のノウハウが蓄積されるようになってき pp.371–402. [ 2 ]Bergemann,D. and U.Hege., “Venture Capital た。本稿で取り上げた転換社債型新株予約権付社 Financing, Moral Hazard, and Learning”, Journal of Banking and Finance, Vol.22, 1997, 債に関しても,われわれが行ったヒアリング調査 によると 「最近では投資対象企業の業績が思うように pp.703–735. [ 3 ]Biais,B. and C.Casamatta., “Optimal Leverage and Aggregate Investment”, The Journal of Finance, Vol.54, 1999, pp.1291–1323. 伸びずなかなか株式公開に至らないケースも 見られることから,ベンチャーキャピタル企 業がリスクを低減するために転換社債型新株 予約権付社債(転換社債)などオプション付 の有価証券を活用してベンチャー企業に投資 [ 4 ]Cornelli,F. and O.Yosha., “Stage Financing and the Role of Convertible Debt”, Review of Economic Studies, Vol.70, 2003, pp.1–32. [ 5 ]Hellmann,T., “The Allocation of Control Rights in Venture Capital Contracts”, RAND Journal of Economics, Vol.29, 1998, pp.57–67. することもある。9)」 という。また,大手都市銀行の間でも,ベンチャー 企業に資金を供給するため新株予約権付社債を引 [ 6 ]Hellmann,T. and M.Puri., “The Interaction between Product Market and Financing Strategy: The Role of Venture Capital”, Review of Financial Studies, Vol.13, 2000, pp.959–984. き受ける動きが出てきた。 「UFJ 銀行は新規株式公開を目指す有望な ベンチャーに資金を供給するため,新株予約 [ 7 ]Hellmann,T. and M.Puri., “Venture Capital and the Professionalization of Start-up Firms: 権付社債の引き受けを本格的に始めた。UFJ Empirical Evidence”, The Journal of Finance, Vol.57, 2002, pp.169–198. はベンチャー企業の上場時にキャピタルゲイ ンを獲得できる可能性が大きいため,低利で 社債を引き受ける。一方,ベンチャーは低利 [ 8 ]Kaplan,S.N. and P.Stromberg., “Financial Contracting Theory Meets the Real World: An Empirical Analysis of Venture Capital Contracts”, CEPR Discussion Paper, No.2421, 2000. で調達した資金を設備投資などに回し,上場 の実現に向けて企業価値を向上する。・・・ ベンチャー向けの無担保融資と比べると『金 利が安くメリットが大きい』 。・・・上場が実 現しなかったり,株価が四十万円(権利行使 [ 9 ]Marx,L., “Efficient Venture Capital Financing Combining Debt and Equity”, Review of Economic Design, Vol.3, 1998, pp.371–387. [10]Nöldeke,G. and K.M.Schmidt., “Sequential Investment and Options to Own”, RAND Journal of Economics, Vol.29, 1998, pp.633–653. 価格)以下になったりしても,予約権を行使 しなければ UFJ に損失は発生しない。10)」 [11]Repullo,R. and J.Suarez., “Venture Capital Finance:A Security Design Approach”, CEPR Discussion Paper, No.2097, 1999. このように,我が国においてもベンチャー企業 の間に新株予約権を利用した資金調達が広まりつ つあり,今後は,先に指摘した資本構成や経営権 9)拙稿[14],17 ページ参照。 10)日経金融新聞,2005 年 5 月 12 日による。 [12]Sahlmann,W., “The Structure and Governance of Venture-capital Organizations”, Journal of Financial Economics, Vol.27, 1990, pp.473–521. [13]Schmidt,K.M., “Convertible Securities and Venture Capital Finance”, CEPR Discussion Paper, — 28 — ベンチャーキャピタルファイナンスにおける転換社債型新株予約権付社債の利用 No.2317, 1999. [14]拙稿「創造的事業の育成とプライベートエクイティ — 29 — の役割」日本郵政公社関東支社貯金事業部,2005 年 3 月。
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