2014(平成26)年9月5日 福岡刑務所 所長 青 山 純 殿 福岡県弁護士会 会 長 三 浦 邦 俊 木 聖 士 同人権擁護委員会 委員長 要 望 黒 書 当会は、人権侵犯を受けたとして救済の申し立てを受けた案件について、人権擁 護委員会による調査を行い、人権侵犯を認めた場合には、事案に応じて適宜の措置 をとることとしております。 この度、貴所に在所していた●●●●氏の申立にかかる案件について、人権擁護 委員会で調査・検討を重ねた結果、貴所に対して、下記の通りの要望をすべきもの との結論に達し、当会の議決機関である常議員会において、これを承認しました。 本要望をすることとした理由は、別紙「要望の理由」記載のとおりです。 記 申立人は、平成22年7月、大分刑務所から貴所に移送されました。申立人は、 大分刑務所では、 「認知症」、 「狭心症疑い」及び「パニック障害」の診断を受けてい ました。また、申立人は、大分刑務所では、セレスナット(降圧剤)、グペリース(安 定剤)、チスボン(抗不安剤)、アスコマーナ(不眠症)、ベゲタミンB配合錠(強い 安定剤)の処方を受けておりました。さらに、大分刑務所から貴所に移送されるに 当たって、病状連絡票にて、申立人の上記診断病名及び投与された薬剤については、 引き継ぎがされました。さらに、申立人は、大分刑務所での診断及び投薬を受ける 1 に先立って、民間の医療機関でも、これらの病名の診断及び投薬を受けておりまし た。 しかるに、申立人は、貴所医務官から、投薬を中止する特段の事情もないのに突 然、貴所への移送後の平成22年7月13日以降、前記病状改善のための薬剤の投 与を中止されました。その後、申立人は、パニックや不眠の症状を訴えております。 ところで、上記薬剤の添付文書では、少なくともパニック障害や不眠症に対する 効能のある、グペリース(安定剤)、チスボン(不眠症)、アスコマーナ(不眠症) ベゲタミンB配合錠(強い安定剤)については、急激な減少ないし投与の中止によ り、離脱症状が生じるので、投与を中止する場合には徐々に減量するなど慎重に行 うべきとされています。上記投与の中止は、上記添付文書に反するものといわざる を得ません。また、仮に申立人がパニック障害ではなく薬物依存症に過ぎないとの 貴所医務官の診断が正しかったとしても、上記グペリース、チスボン等の「ベンゾ ジアゼピン系薬剤を中止するときは徐々に減量することが重要」(『標準精神医学 第3版』403 頁、医学書院、2005)とされていることからしても、申立人に対する 上記薬剤の投与を突然中止したことは医学的にみても不相当というべきです。 そもそも、刑事収容施設に在所中であっても、受刑者が、その生命及び身体の健 康を維持するため、必要な治療を受けることができることは、憲法13条前段を引 くまでもなく、最重要の人権であります。 また、医療従事者は、良質かつ適切な医療を行うように努めなければならないと されています(医療法1条の2、同法1条の4参照)。また、国も、同様に、国民に 対し、良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制が確保されるよう努めなければ ならない責務があります(同法1条の2、同法1条の3)。 刑務所内であっても、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律56条は、 刑事施設において、社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上 及び医療上の措置を講ずるものとすると規定しております。 しかるに、貴所の医務官が、抗不安薬の依存性を理由として、他に適切な理由が 2 ないのに、従前処方を受けていた薬剤の処方を漸減させるのではなく、突然全面的 に打ち切ることは、適切な医療措置とはいえず、人権侵犯と判断します。もっとも、 当会は、貴所に対して、本事案と同様の事案において、平成22年12月2日付勧 告書において「安易に薬物の処方を打ち切り、受刑者を危険な状態に置かないよう に留意すべきこと」を勧告しております。本件の申立人に対する投薬の中止が、同 勧告の以前に行われたものであることから、今回の事案において重ねて勧告を出す ことについては、その勧告に対する貴所の対応の検証がなされていませんので、未 だ時期尚早かと思われるところですが、こうした申立事案が散見されることは憂慮 すべき事態と考えており、放置はできないと考えています。 既に、申立人は、貴所を退所されておりますが、貴所の他の受刑者に対し、かか る申立事案が再発することの無いよう、強く求められるところです。 よって、貴所におかれては、受刑者に対する適切な医療の重要性を重々自覚され、 受刑者が従前服用していた薬剤の投薬を中止する場合、医学的に必要ではない、あ るいは、抗不安薬等の依存性があるといった理由で性急に投薬を中止するのではな く、投薬量を逓減する必要性について慎重に検討していただきますよう要望いたし ます。 以上 3 (別紙) 要望の理由 第1 申立の概要 申立人は、平成22年7月、大分刑務所から福岡刑務所(以下「相手方」と いう。)に移ったが、精神安定剤や睡眠剤が効かず、寝不足、不安症の神経症 が出てきたので、医務室で診察した。これに対し、担当医は、「大したことな い。」「気にすることない。」などと申し向けて、診断や治療を行わなかった。 その後も、何度か医務室で診察するも、同様の対応であった。そこで、申立人 が、医務課長に申し出たが、医務課長には、「薬を切ったのは、あなたのため だ。」などと言われた。また、申立人は、平成22年12月には、心筋梗塞の 疑いで、ニトロ剤を服用したが、これも医務室で取り上げられた。 申立人は、適切な薬の処方を受けたい。 第2 調査の経過 1 申立の受理 申立人発信の当委員会宛郵便書簡により平成23年3月17日受付。 2 申立人からの事情聴取等 平成23年7月26日 調査委員が、申立人から相手方接見室内にて、大要、 以下の事項についての事情を聴取した。 ⑴ 年齢 申立人の生年月日は、昭和30年○月○日であり、聴取時56歳であった。 ⑵ 薬物事犯の前科・前歴 申立人は、受刑の理由となった事実を含めて、薬物事犯の前科・前歴はな い。 ⑶ 病歴 申立人は、30歳の時から、精神安定剤を服用している。 4 最近では、平成21年9月から平成22年2月20日まで、大分市内の● ●クリニックに通院していた。同病院から、ソラナックス(抗不安薬)を処 方されていた。 申立人は、平成21年12月29日、心臓が苦しくなって、大分の●●病 院に運ばれた。 申立人は、他にも、相手方に在所中の平成23年3月11日、福岡の●● 病院で、総胆管結石の内視鏡手術を受けた。 申立人には、若干の認知症の疑いとパニック障害がある。 平成15年に、前刑で、相手方で服役した際には、精神安定剤等を処方さ れていた。 申立人は、今回、相手方に来る前、毎日ソラナックス(抗不安薬)を7錠 飲んでいた。 ⑷ 障害の等級認定 かつて住んでいた東京では精神障害1級、大分では同2級の認定を受けて いた。 ⑸ 現在の状況 平成22年7月上旬ころ、相手方に、大分刑務所(拘置所を兼ねる。)か ら移送されてきた。 現在、相手方では、全く薬をもらえない。そのために、不眠気味である。 動悸がする。 相手方に来てから、体重が5キロ程度減った。 ⑹ 申立人自身による申入れ 申立人は、担当の医師(申立人によれば精神科医)に対し、直接、5、6 回、薬剤を処方するよう求めた。また、医務課長にも、1、2回申し入れを した。 ⑺ 退所の見込み 5 申立人が受けた実刑判決によれば、平成24年8月ころには、刑の執行を 終える予定であった。 3 第三者に対する医療照会及び調査協力依頼 ⑴ 報告者は、平成23年7月から9月にかけて、大分の●●病院、●●クリ ニック及び福岡の●●病院に対し、医療照会をし、その入通院の記録の開示 を得た。 ⑵ 報告者は、平成23年9月29日、大分刑務所(拘置所)に対し、調査協 力依頼をし、(ⅰ)同刑務所に在所中、診断された既往症、(ⅱ)処方され た薬剤の種類及び量、並びに(ⅲ)相手方に移送した際に引き継いだ医学的 な情報及び申立人に持参させた薬剤の種類及び量を照会した。 4 再度の相手方に対する調査協力依頼 報告者は、平成23年12月5日、3項記載の結果を踏まえ、その医療照会 で取り寄せた診療録や調査協力依頼の回答書の写しを添付して、相手方に対し、 調査協力依頼をした。 その調査の趣旨は、Ⅰ申立人が「狭心症疑い」「不眠」及び「パニック障害」 があり、投薬を受けていたにもかかわらず、申立人の薬剤の処方を求める申出 を断った理由、Ⅱ今後、申立人の必要に応じて診察と薬剤の処方をする意向の 存否、Ⅲ申立人に対して、診断した病名及び処方した薬剤の種類及び量は如何、 というものであった。 第3 1 認定事実 申立人が、相手方に入所する前又は入所中の、民間病院における受診歴、既 往症及び処方された薬剤 上記医療照会の結果、申立人は、相手方に入所する以前に、あるいは入所中、 民間病院で、以下の診断を受け、また、各薬剤の処方を受けていたことが判明 した。なお、薬剤の括弧書は、その効能を示す。 6 (1) ●●クリニック ア 通院期間 平成21年8月21日から平成22年4月13日まで イ 診断病名 ①不安障害、②解離性健忘、③抑うつ神経症、④アルツハイ マー型認知症、⑤慢性胃炎、⑥不眠症、⑦便秘症、⑧掌蹠角化症、⑨アレ ルギー性鼻炎、⑩切創 ウ 最終受診時処方薬 ①アリセプト錠5mg(認知症)、②セルベッ クスカプセル50mg(胃薬)、③サイレース錠2mg、サイレース錠 2mg、ベゲタミン錠B、ベンザリン錠5mg、ドラール錠15mg(不 眠症)④ソラナックス0.4mg錠(抗不安薬) (2) (3) ●●病院 ア 入院期間 平成21年12月29日から30日まで イ 診断病名(退院時) ウ 退院処方薬 ①血管攣縮性狭心症、②パニック障害、 ニトロペン錠0.3mg(1回に付1錠を10回分) ●●病院 通院 イ 診断病名(退院時) 2 ア 平成23年3月11日、入院期間 同月16日から17日 総胆管結石 大分刑務所に在所中の診断病名及び処方された薬剤 上記大分刑務所に対する調査協力依頼の結果、申立人は、大分刑務所に在所 中、以下の通り診断され、また薬剤の処方を受けていたことが判明した。 ⑴ 申立人は、「認知症」「狭心症疑い」及び「パニック障害」と診断された。 ⑵ そして、次の薬剤の処方を受けた。 セレスナット30mg(降圧剤)、グペリース0.5mg(安定剤)、ア ラネトリン顆粒1g(胃薬)、チスボン10mg(抗不安剤)、アスコマー ナ0.25mg(不眠症)、ベゲタミンB配合錠(強い安定剤)。以上の薬 剤は、大分刑務所からの移送直近に、いずれも21日分を処方された。 ⑶ 大分刑務所は、「病状連絡票」により、⑴⑵の情報を大分刑務所から相手 7 方に引き継いだ。相手方に持参させた薬剤はなかった。 3 各薬剤の添付文書情報 大分刑務所で、処方されていた薬剤の各添付文書には、以下の記載がある(下 線はいずれも本書起案者による)。 ⑴ グペリース この添付文書には、効能として、「①神経症における不安・緊張・抑欝・ 神経衰弱症状・睡眠障害、②欝病における不安・緊張・睡眠障害、③心身症 (高血圧症、胃潰瘍・十二指腸潰瘍)における身体症候ならびに不安・緊張・ 抑欝・睡眠障害、④統合失調症における睡眠障害、⑤次記疾患における不安・ 緊張・抑欝及び筋緊張:頚椎症、腰痛症、筋収縮性頭痛」と記載されている。 併せて、依存性がある旨の記載もある。また、副作用として、「投与量の 急激な減少ないし投与の中止により、痙攣発作、譫妄、振戦、不眠、不安、 幻覚、妄想等の離脱症状が現れることがあるので、投与を中止する場合には、 徐々に減量するなど慎重に行う。」との記載もある。すなわち、この薬剤は、 依存性があると同時に、反面、投与を中止するには、徐々に減量するなどの 慎重を期すべきであるとされる。 ⑵ チスボン(不眠症) この添付文書にも、副作用として、薬物依存の可能性の記載があると同時 に「大量投与又は連用中における投与量の急激な減少ないし投与の中止によ り、痙攣発作、譫妄、振戦、不眠、不安、幻覚、妄想等の離脱症状が現れる ことがあるので、投与を中止する場合には、徐々に減量するなど慎重に行う。」 との記載がある。 ⑶ アスコマーナ(不眠症) この添付文書にも、副作用として、⑵に記載したものと同様の記載がある。 ⑷ ベゲタミンB配合錠 この薬剤の効用は、統合失調症、老年精神病、躁病、欝病又は欝状態、神 8 経症の各疾患に、鎮静催眠があるとされる。 そして、この添付文書には、適用上の注意として、「連用における投与量 の急激な減少ないし投与の中止により、不安、不眠、痙攣、悪心、幻覚、妄 想、興奮、錯乱又は抑欝状態等が現れることがあるので、投与を中止する場 合には徐々に減量するなど慎重に行う(なお、高齢者、虚弱者の場合は特に 注意する)。」との記載がある。また、連用による薬物依存傾向を生じるこ とがあることも記載されている。 4 薬物依存症の治療方法 ⑴ ベンゾジアゼピン系薬剤(本件でこれに該当するのはグペリース、チスボ ン、アスコマーナ。)を長期にわたって使用すると耐性の変化、精神依存、 身体依存が形成されることがあり、近年では常用量の長期使用であっても依 存が形成されることが報告されている。 ⑵ 常用量依存における離脱症状は、手指の振戦、冷汗、不眠、不安、抑うつ 等軽度なものが多く、ピークも不明確なことが多い。これらの離脱症状は神 経症の症状との区別が困難であり、服薬中止後にこれらの症状が認められた ときには神経症の再燃・増悪と誤診してベンゾジアゼピン系薬剤の長期使用 を繰り返すことになりかねない。 したがって、ベンゾジアゼピン系薬剤を中止するときは徐々に減量をする ことが重要であり(ジアゼパムの場合1週間あたり 2.5mg の減量を4週間以 上かけて徐々に行うことが望まれる。)、服薬中止後に症状の再燃がみられ た際には常に離脱症状を疑う必要がある(以上、『標準精神医学 第3版』 403 頁、医学書院、2005)。 5 申立人の相手方における精神科及び狭心症の受診申出及び投薬状況 ⑴ 相手方の平成23年12月27日付け回答によれば、申立人が、平成22 年7月9日の入所時診断時に①パニック障害、うつ病及び②狭心症の申出を したことを認めている。 9 そして、同回答によれば、「同(7)月13日、当初精神科医師が診察を 実施したところ、…社会において過度の向精神薬等服用が常用状況にあるた め、同医師(精神科医)の判断により、治療的観点から、向精神薬等の処方 をいったん中止して経過観察とし…」とされている。 また、狭心症についても、心電図や心拍数から異常がない、と判断した。 さらに、同所の精神科医によれば、不眠症についても、平成22年7月1 5日に睡眠調査を行うと申立人に告げ、結果が良好であったから経過観察と した、とされている。 ⑵ これに対し、申立人が、相手方の精神科医に対し、平成22年7月13日、 パニック障害及び不眠を申し出たこと、心療内科医師に対し、8月2日、夜 中にパニック、幻聴及び幻覚が出ること、薬を中止して以降、不調が生じて いると訴えたことを相手方も認めている。また、同月18日に「胸が痛い」 と狭心症の発作が出たことを申し出たことを認めている。 しかるに、かかる申出があったものの、すべて「経過観察」としている。 さらに、当会の調査担当委員が、平成23年7月26日、相手方内にて、 申立人と面会して事情聴取をした際に、申立人は、不眠やパニック障害等の ための、従来処方されていた薬剤の処方を申し出ていた。 しかるに、同日において、従来の薬剤は処方されていなかった。 ⑶ なお、申立人が主張していたニトロ剤を取り上げられた、という点につい ては、そもそもニトロ剤を相手方で処方された事跡はなく、また、大分刑務 所から、相手方に持参させていないことから、このような事実があったとは 認定できない。 第4 1 判断 受刑者の医療に関する権利 受刑者も個人として尊重され、健康・生命を保持すべく、適切な医療行為を 10 受ける権利を有する(憲法13条)。 一方、医師、看護師といった医療従事者は、生命の尊重と個人の尊厳の保持 を旨とし、医療を受ける者との信頼関係に基づき、及び医療を受ける者の心身 の状況に応じて、医療を受ける者の意向を十分に尊重して、良質かつ適切な医 療を行うように努めなければならない(医療法1条の2、同法1条の4参照)。 また、国も、同様に、国民に対し、良質かつ適切な医療を効率的に提供する体 制が確保されるよう努めなければならない責務がある(同法1条の2、同法1 条の3)。 刑務所内であっても、これらのことは当然であり、刑事収容施設及び被収容 者等の処遇に関する法律56条は、刑事施設においては、被収容者の心身の状 況を把握することに努め、被収容者の健康及び刑事施設内の衛生を保持するた め、社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上 の措置を講ずるものとすると規定している。 2 申立人の医療を受ける権利が侵害されたこと ⑴ 相手方は、大分刑務所からの「病状連絡票」によって、移送の直前に、申 立人が、どのような病名の診断を受け、かつ、どのような薬剤を処方されて いたか、当然認識していた。 そして、大分刑務所で処方されていた薬剤のうち、少なくともパニック障 害や不眠症に対する効能のある、①グペリース②チスボン(不眠症)③アス コマーナ(不眠症)④ベゲタミンB配合錠については、急激な減少ないし投 与の中止により、離脱症状が生じるので、投与を中止する場合には徐々に減 量するなど慎重に行うべきとされている。 しかるに、相手方では、上記①から④の薬剤の投与を徐々に減少すること なく、突然中止した。すなわち、相手方の医師は、平成22年7月13日か ら、①から④の薬剤を一切処方せずに、「経過観察」としている。 かような急激な投薬の中止は、上記①から④の薬剤の減少の方法として、 11 添付文書の明示的な記載に反し、誤っていたと言わざるを得ない。申立人の 申し出た症状は、正に、添付文書に副作用として記載されていたパニックや 幻覚といったものである。 ⑵ 相手方は、血圧及び心拍数検査の数値がよかったというが、この数値を計 った時点では、申立人に症状が出ていたわけではないので、必ずしも、その 「数値がよかった」だけで、申立人の申出が虚偽であったとはいえない。ま た、たとえ申立人の睡眠調査結果が良好で、むしろ薬物依存症の症状が認め られたとしても、その標準的治療法としては、上記薬剤を徐々に減量すべき ものとされていることからすれば、投与を急激に中止したことを正当化する ことはできない。しかも、申立人には、投薬を突然中止すべき特段の事情も なかった。 なお、相手方は、平成22年9月2日以降、申立人からの狭心症を疑う愁 訴はなく、また、10月12日以降、パニック障害やうつ病及び不眠の申出 がない、などという。 しかし、調査委員が、平成23年7月26日に、申立人に面会したところ、 これらの症状が改善していることはないとのことであった。そのため、申立 人は、もはや投薬を受けることを諦めて、申し出ていないに過ぎないと思料 される。 ⑶ 以上の点にかんがみると、少なくとも、上記①から④の薬剤の投与を徐々 に減少させるのではなく、直ちに中止したことは、受刑者として受けるべき 適切な医療であったとはいえず、申立人の適切な医療を受ける権利を侵害し たものである。 ⑷ もっとも、当会は、相手方に対して、平成22年12月2日付勧告書にお いて、精神安定剤や睡眠導入剤の処方を受けていた受刑者が投薬を中止され た事件を契機に、受刑者につき、入所前に精神安定剤等の処方がなされてい た場合において、 「入所時、精神科医の診察を受けさせた上で、薬物の処方や 12 経過観察について判断し、安易に薬物の処方を打ち切り、受刑者を危険な状 態に置かないように留意すること」を勧告した。 本件の申立人に対する投薬の中止が、同勧告の以前に行われたものである ことから、今回の事案において重ねて勧告を出すことについては、その勧告 に対する貴所の対応の検証がなされていないので、未だ時期尚早かと思われ るところであるが、こうした申立事案が散見されることは憂慮すべき事態で あり、決して放置できない。 申立人は、既に、相手方を退所しているが、かかる申立事案の再発の防止 が強く求められる。 3 結語 そこで、当会としては、相手方に対し、受刑者が従前服用していた薬剤の投 薬を中止する場合、医学的に必要ではない、あるいは、抗不安薬等の依存性が あるといった理由で性急に投薬を中止するのではなく、投薬量を逓減する必要 性について慎重に検討すべきことを「要望」すべきと思料する。 以上 13
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