これは多摩美術大学が管理する修了生の論文および 「多摩美術大学修了論文作品集」の抜粋です。無断 転載・無断使用はいかなる場合でもこれを禁じます。 使用の際は必ず以下にご一報ください。 多摩美術大学大学院 e-mail: [email protected] 私は飲食関係のデザインを主に制作していますが、はじめたのは大学3年生の頃です。授業の課題でアルファベッ トのAからZを頭文字としたイラストレーション26点描くという内容のものがあり、その際ケーキ、菓子類をモ チーフの中心としたものを26点制作したことが始まりです。Aはアップルパイ、Bはベイクドチーズケーキ、C はチョコレートケーキ、Dはだんご…という様に26点が続きます。その後、ポスターや写真等の課題でも飲食関 係の物をモチーフに作品を制作しました。そして大学4年生の時に、コーヒーを主なモチーフとした作品を、ケー キの時と同様にAからZまで26点制作しました。Aはアメリカーノ、Bはバターコーヒー、Cはカプチーノ、D はドリップコーヒー、Eはエスプレッソという様に続きます。 作品制作の手法は、手描きとコンピューターを両方使用した貼り絵が主です。まずコンピューターで型紙となる パーツを作りプリントアウトします。次にそれらを切り、貼って作品の原形を作ります。そこに色鉛筆やパステル、 水彩等を使用して、手描きで細かな部分やニュアンスを加え、それをコンピューターに取込んで手を加え、必要が あれば手描きとコンピューターによる処理を繰り返し、プリントアウトして完成に至ります。 作品を制作する際参考にするために、色々なお店を回りました。飲食関係のデザインは街に溢れています。特に 近年はスイーツブームで、メディアにも様々なスイーツが登場します。テレビでも特集番組やニュースのコーナー 内で沢山のスイーツが紹介されたりしています。そして「Cafe Sweets」の様なカフェ、パン、ケーキ関係の月 刊誌はもちろん、 「chouchou」 、 「Tokyo Walker」、「TOKYO 1週間」、「Hanako」等の情報誌でも度々特集が組 まれています。また、 そのスイーツブームはスイーツ自体にとどまらず、パティシエと呼ばれるスイーツを作るシェ フにもスポットがあてられ、 パティシエブームも巻き起こりました。有名パティシエの店には沢山の客がつめかけ、 行列ができる店もあります。そして、そのような有名パティシエが本を出したり、彼等監修のスイーツがコンビニ に並んだりしました。 「スイーツテーマパーク」なるものも幾つか登場しました。池袋のナンジャタウンではアイ スクリーム、シュークリーム、チーズケーキ、プリン等、期間毎にテーマが決められ、全国から選りすぐりの商品 が集結します。自由が丘にも「スイーツフォレスト」というスイーツテーマパークがあり、建物の中にはスイーツ 有名店がひしめき合っています。客は共通スペースへ施設内の店舗のスイーツを持ち込んで食べることができるの で、 違う店舗の物を同時に食べたり、 一緒に行った人と分け合って食べたりする事もできます。同様のスイーツテー マパーク「スイーツハーバー」が昨年末(2004 年 12 月)に神戸にでき、初日から長蛇の列ができる程のにぎわ いを見せていました。そういった、 ケーキ屋、 菓子屋を1度に沢山見られる場所として1番魅力を感じるのはデパー トの地下です。 「デパ地下」と称され、数年前から雑誌などでも多く取り上げられ、にぎわいを見せています。同 じ様にホテルの1階を「ホテイチ」と称し特集が組まれたりもしましたが、こちらはあまりぱっとせずにいます。 デパ地下には沢山の同業者が軒を列ねるため、他の店との区別化ができる商品、売り場、それらのデザインが必 要となり、競争心も後押しして元気良く盛り上がっています。洋菓子店の中でデザイン面において優れていると感 じるメーカーをいくつか挙ることにします。 まず、 「アンリ・シャルパンティエ」という関西(神戸)のメーカーです。都内のほとんどの主要エリアのデパ 地下にはあり、最近は電車や街の中でアンリの紙袋を持っている人を良く見かけます。この紙袋はうすいベージュ 地に「C」をモチーフにしたデザインが焦げ茶で大きく入り、良く目立ちます。売り場は、かわいらしく比較的シ ンプルなケーキがショーケースに並び、その横には同じかそれ以上に広く焼き菓子類などの進物用商品が数多く並 びます。それらの箱には菓子のイラストやアイコン等のデザインが施され、くどくはなり過ぎず、しかし温かみの 感じられるものが多く見られ、幅広い年齢層の需要を得られるのではないかと思います。これらのデザインはヨー ロッパのデザインチームに制作を依頼しているそうです。アンリの商品はデザインにとても重きを置いている様で、 中身を入れるためだけのパッケージというよりは、パッケージに入った状態で映える商品作りをしているように思 えます。 阪神大震災を機にアンリが立ち上げた「C3(シー・キューブ)」というラインもまた、面白いデザインが多く 見られます。こちらはカジュアルなイメージで白を基調としたシンプルなデザインが多く、清潔感が感じられます。 温かく、 少しクラシカルな要素もあるアンリとは対照的で若い年齢層にうけるデザインです。「rametto bellino(ラ メット ベリーノ) 」という棒状のチョコレートの商品とパッケージデザインは、クレヨンやパステル、もしくは 香粧品を連想させます。 次に「銀のぶどう」についてです。こちらもアンリ同様に都内のほとんどの主要エリアのデパ地下に店舗があり、 にぎわっています。店舗は、焦げ茶などの明度の低い色を使い、重厚な雰囲気もあり、デパ地下としては広めの店 舗面積を占めます。デパ地下の洋菓子エリアではその重厚感は印象的で、どこでも同じ雰囲気を出す店舗設計をし ていることで、ブランドイメージも固まり易く、どの店舗に行っても同じ商品、品質、サービスを得られる期待と 安心感が生まれ易いのです。 「西洋和菓子」として売られている商品は、マドレーヌやフィナンシェ、ラングドシャ などの定番の焼き菓子に黒糖、抹茶、小倉などの和風の材料を多用し、西洋菓子と和菓子を融合させたようなもの が多くあります。パッケージも和テイストで比較的彩度を抑え、温かみのあるものとなっています。そして、 「ラ ングドシャ」=「衣しゃ」 、 「シュークリーム」=「秀くりーむ」、「栗ふりあん」、「まどれーぬ」等、商品名にほと んどカタカナを使用していないのも特徴で、それらも温かみの演出効果を持っています。こうした商品やデザイン であれば、和菓子の購買層や比較的高い年齢層の需要の獲得も狙え、同時に和テイストブームの若い年齢層にも対 応できます。 そして、和テイストブームによって人気を得ている「KOSEN(こうせん)」という和洋菓子屋があります。京都 にある「光仙」というおばんさい屋が出したもので、始めは渋谷の東急フードショーのみの出店であったのですが、 話題を呼び、店舗を増やして丸ビル、銀座松屋など、現在では6店舗あります。商品は「日本酒仕立てのサバイヨ ン」 、 「ゆばのぷりん金時豆のカラメルゼリー」など、こちらも和の素材で洋菓子を作るというものです。パッケー ジは白を基調としたシンプルなもので、若めの購買層にうけているようです。ここのブロシュアかイラスト付きで ケーキや焼き菓子を紹介しています。 イラストレーション付きというのがポイントです。写真ではなくイラストレーションなのです。 警察が指名手配をする際に、モンタージュを使ってポスターなどで一般に呼びかけ、犯人逮捕を促しますが、写 真を使ったものよりも、手描きの似顔絵を使ったものの方が検挙率が高いのだそうです。写真よりもイラストレー ションの方が、犯人の雰囲気、人柄、印象等がより伝わりやすいからだということです。 以前デザイン事務所の人に聞いた話しでは、飲食関係の会社がホームページやカタログを作る際、最近は写真より もイラストレーションを多く使用する傾向があるのだそうです。これも同じ様な理由からではないでしょうか。多 くの飲食関係のデザインの様に、有機的で人の温もりや、充実感、幸福感を表現要素として大切にしたい場合、イ ラストレーションというのは、とても有効な手法だと考えています。 しかし飲食関係のイラストレーションの意味はそれだけにはとどまりません。上記のような温かさや、アナログ ならではの人間味や、あじなどの特性は、写真の表現でも見られないものではありません。温もりに満ちた写真作 品や、 あじのある写真作品は沢山あります。 では、それ以外のイラストレーションのメリットとは何なのでしょうか。 イラストレーションは写真とは違い、写実ではない表現ができることが、大切な違いであり、メリットであるので はないでしょうか。写真では忠実に物の形や質感を細部に至るまで表現することが出来ます。見た人はその画像を 商品情報として認識し、文字情報と合わせて、よりその商品についての理解を深めることが可能になります。イラ ストレーションでも写実的な表現をすることも出来ますが、この場合、それではイラストレーションである意味は 薄いものです。ある程度を簡略化し、 むしろ見る人への情報量を少なくすることが重要であり、それがイラストレー ションの魅力なのではないでしょうか。色や質感、細部の形状は写実的な方が分かりやすいものです。しかし、む しろ分かりにくいことこそ大事なのです。 黒澤明監督の「夢」という映画作品では、最後に満開の桜のシーンがありますが、この桜がここまでに美しく見 えるのは、それが白黒だからだと言った人がいます。もしこれがカラーで満開の桜だったなら、見る人にとって全 てはそこまでになってしまうのです。全てを説明する代わりに、それが全てになってしまうのです。しかし、それ が白黒であると、見た人は、今までに見た中で1番美しかった桜の姿と重ねて想像し、さらにその時の香り、風の 温かさ、空気の質感さえ続いて脳裏へと思い浮かんで来るのです。 あえて全てをさらけ出そうとせず、含みを持たせた表現というのもイラストレーションの魅力だと考えます。あ る所から先は見る人に想像させるのです。したがって、見る人の経験や想像力に左右される危険性はありますが、 可能性も大きいものだと言えます。 「御想像にお任せします」そんな、日本人を象徴するかのような日本語に通じる、 日本的な発想とも言えるかもしれません。 昔のプリクラは、今と比べて画質も悪く、ピントが甘かったり、いまいち不明瞭な画像も多くありました。しかし、 その方が写真よりもかわいく見えると言って女子高生達はプリクラ機の前に長蛇の列を作っていました。見え過ぎ たら幻滅ということでしょうか。ちょっと分かりにくい方がかわいく見える、隠れていた方が良い情報もあるわけ です。また、全部が分かりきってしまう女性より、どこか謎のある女性に魅かれたことはありませんか。全裸の女 性よりも、何かを纏っている方がそそられることはないですか。きっとこうなのではないか、いや、ああかもしれ ない、その様な想像や妄想はどんどんと膨れ上がるのです。経験や想像力に富んでいればいる程楽しくなってきま す。そんなチラリズムもイラストレーションも魅力の1つでもあり、それが幸せへ結びつくこともあるのです。 そもそも幸せとは何なのでしょうか。感情面、精神面でそれを定義することは非常に困難なことです。では、生 物として体内、脳内でどのような変化が起こり幸福感を得るのかについて考えてみます。すると「セロトニン」と いう物質が深く関係しているということを知ります。 セロトニンとは何でしょうか。セロトニンは合成麻薬の LSD に良く似た物質で、トリプトファンというアミノ 酸から作られています。脳内の主要な神経伝達物質の1つで、ノルアドレナリン(不安、恐怖に深く関係する伝 達物質)の活性を抑え、不安などの情動のコントロールに参加しています。* セロトニンは,私達の体の中の胃腸 管粘膜や中枢神経系に存在して,平滑筋収縮作用,胃腸管機能調節作用,血小板凝集作用のほか,神経伝達物質と して精神機能や情動運動,例えば,体温調節,睡眠,摂食行動,催吐作用,性行動,攻撃行動に関与しています。 また精神分裂病などとの関連も示唆されている,人間にとって,大変重要な物質です。(引用 1:http://www. kanazawa-u.ac.jp/faculty/kaiho_c/seto.htm)また、セロトニンは摂食障害、強迫神経症、心配、パニック障害、 生理前症候群、鬱病でも重要な役割を果たします。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感の快感、つまり感覚的レ ベルの快感があった時には増え、食欲が抑えられます。また喜びがあったときにも増えます。つまり幸せな時には 増え、不快な時には減少するのです。 ストレスによるやけ食いにもセロトニンは大きく関わります。不安、怒りなどの感情が空腹感と取り違えられる ために、栄養補給とは無関係な食行動が生じてしまうのです。そして女性のやけ食いや気晴らし食い、生理前に糖 質性の食品を好んで摂取することが多いのは、糖質の摂取によりセロトニン濃度が上昇し、情緒を安定させる効果 があるからだと考えられます。過食と拒食を繰り返す摂食障害であるブリミアを起こす人の脳はセロトニンのレベ ルが正常値と異なっているらしいのです。女性がピンク色を好む傾向にあるのは、甘いものが好きという嗜好から 導かれるという説があります。赤、オレンジ、黄などの暖色系の色は食欲を促進させる色だと言われますが、中で も赤は心理的においしさや甘さを感じさせるのです。更にピンクは、赤と似た感じを与えますが、特に甘さ、それ もソフトな甘さを感じさせる色です。ピンク色の器に菓子等をのせると甘味が増すとさえ言われます。 また、 「キレる」人の多くもセロトニンを受け止めるタンパク質が普通の人より少ないという報告もあるのです。 セロトニンが低下すると感情が不安定になり、イライラしたり、不安になります。さらに鬱病にまでなってしまう のです。鬱病に効果がある薬として SSRI(選択的セロトニン再吸収阻害剤)に分類される薬があります。これは セロトニンの脳内濃度を高めるものです。* 欝病などの患者では、様々な脳内神経伝達物質濃度が変化しており、 セロトニン濃度も低下している。この化学物質が低下すると、気分が不安定になり、神経過敏状態となる。プロザッ クはセロトニン系に作用し、セロトニン濃度を上昇させ、気分を改善させる。 セロトニンを上昇させる方法には色々あり、従来から使用されている三環系の抗欝剤にもその作用がある。しかし これらの薬品はセロトニンだけでなく、ドーパミン等の神経伝達物質にも作用し、また口渇や排尿障害、便秘等の 副作用が比較的出やすい点が SSRI と異なる。 また、セロトニンはトリプトファンというアミノ酸から作られるために、従来から栄養医学の医師たちは、 「前 駆体療法(アミノ酸療法) 」と言う治療法を用いて来た。 トリプトファン、ビタミンB6、ビタミンC、マグネシウムなどを投与して欝病などの治療を行なう方法は、副 作用が少なく安全であったが、昭和電工のトリプトファンに不純物が混入し、トリプトファンの使用が制限されて からは、従来ほど行なわれなくなっている。 プロザックは比較的副作用が少なく、効果の発現が速いことが巷で人気を集めているようである。また、作用機 序がセロトニン系中心であることより、他の抗欝剤が無効であった症例にも有効なことがある。しかし、このプロ ザックにも、めまい、振るえ、眠気、体重減少、不眠、下痢、口渇、頭痛、吐き気等の副作用が数%から20%程 度みられる。 (引用 2:http://www.fureai.or.jp/ hcc/mayuki2.html) 薬品によって不安を取り除き、幸福感へと近付くために感情をコントロールするのです。 また、薬品や糖質の他にもストレス解消の手段として挙げられるのが酒です。酒によってストレスが解消された り、不安や鬱を解消する働きがあるとされるのは、脳内のセロトニン濃度が上昇するためと考えられていますが、 大酒を飲んだ翌日は一時的にセロトニンが不足して、逆に鬱状態になるといいます。* アルコールには血中の HDL を増加させる効果や、血小板の凝集を抑えて血栓をできにくくする効果もある。実際、酒を適度にたしなむ人は、 全然飲まない人に比べて虚血性心疾患の発生頻度が低いというデータもある。近ごろ話題の赤ワインに限らず、ど んな種類の酒にも、ありがたい効果が期待できるのである。 ただし、この「適度に」という点が必要条件だ。虚血性心疾患のリスクが低下するのは、日本酒ならば 1 日 1 ∼ 2 合まで。ビールなら大ビン 2 本、ウイスキーではダブル 2 杯。この酒量を越えると、逆にリスクが上昇する し、アルコール関連疾患による死亡率も高くなってしまう。( 引用 3:http://medwave.biztech.co.jp/ndi/bn/ no/1998/1210/981210food.html)このように、糖質や薬品、アルコールなどを利用し、人々は幸福感を得よ うとしています。幸せということと、食ということはとても深く関わっているのです。 もともと食は生命維持の為の行為ですが、現在の人間にとってはそれだけを目的とする行為ではないはずです。 食についていくつか分類してみました。 まず、慣習としての食です。例を挙げると1月は正月の鏡もち、2月は節分の豆、3月はひな祭りのひなあられ、 5月はこどもの日のちまき、9月は十五夜のだんご、12月は冬至のかぼちゃ、その他イースターのたまご、クリ スマスケーキ、赤飯、紅白まんじゅう、千歳あめ、誕生日ケーキ、土用の丑の日のうなぎ、などです。その行事の 季節や意図を演出したり、冬至や丑の日ではその時期の健康維持にも非常に効果的なものです。 そして、コミュニケーションのための食というものもあります。接待やお見合いは食を伴うことでその成功率は 高まるといいます。慣習と関わるものもありますが、御年賀、御中元、御歳暮、成人祝、入学祝、卒業祝、バレン タイン、ホワイトデー、送別会、歓迎会、同窓会、食を伴った友人との会話などです。感謝や祝福といった感情を 表現したり、人とのコミュニケーションを円滑にするために使ったりするものです。 最後に、幸せ促進のための食もあります。先に述べたセロトニンの分泌とも関係しますが、疲れた時に甘いもの を食べる、嫌なことがあった時になにかおいしいものを食べようと思う、落ち込んでいる友人を食事に誘うなどが 例として挙げられます。食べるという行為を利用して、より幸せへと近付こうとするのです。 人は食べるという行為に生命維持という最低限の目的だけでなく、それ以上にあらゆる付加価値をつけて、食に 幸福を見い出し、食によって幸せを得ようとしているのです。 例えばのおはなしです。 ある男は考えていた。 感謝の気持ちが素直に表せる様な、そんなプレゼントが出来ないかと。 沢山の中でも埋もれることなく、自分らしさが出る様な。 ふと、いつもと違う帰り道で、少しだけ遠回りをした。 雲の流れに導かれて着いたのは小さな洋菓子店。 洋菓子店なんて甘ったるい所、40過ぎた男一人じゃぁこそばゆくて入りにくいよな ... なんていつもなら思う彼も、ゆるやかな追い風に背中を押されて、みせの扉を押してみた。 「こんにちは。 」 彼を迎えてくれたのは、そんな自然なあいさつと、所狭しと並んだお菓子達。 オレンジがかった光に照らされて、ちょこんちょこんと並ぶ焼き菓子達は、なんとも愛らしく、そして ... 「おいしそう ...。 」 思わず彼はつぶやいた。 しばらく見とれていた後、はっと我に返り、そして喫茶店が併設されていることに気付く。 とりあえず一服することにした。 手にしたメニューには、きらきらと、 沢山のケーキやドリンクのイラストレーションが並び、丁寧な説明書きも添えられている。 いつもはどれも同じ様に見えるケーキが、今日はどれもこれもがそれぞれおいしそうで迷ってしまう。 やっと選んだひとつのケーキと1杯のコーヒーは、ふわふわと温かいオーラを放っていた。 「... おいしい。 」 その小さなひとくちは彼を深い幸せへと誘った。 「こういう幸せもいいもんだな。 」 大切に愛されながら作られたお菓子には、沢山の愛と幸せが詰まっている。 そんなお菓子をプレゼントすれば、しあわせをあげられる事になるんだな、なんて思う。 そして手にした焼き菓子のパンフレットには、さっきのメニューと同様、 沢山の焼き菓子がイラストレーションと説明書きで幸せの演出をされていた。 「あぁ、やっぱりこれだ。 」 彼は思った。 帰りに買った焼き菓子の詰め合わせは、綺麗な包装紙に大切に包まれ、飾られ、 より一層幸福度数は上昇していた。 その幸せのプレゼントは、後に大きなビジネスサクセスへと結びつくこととなる。 ある学生がショーケースの前に立っていた。 洗練されたデザインの店内は、ケーキ屋というよりは、高価な宝石店の様だ。 ダンサーを目指す彼女は、自分を信じながらも、将来や才能に不安を感じてしまう時もある。 そんな気持ちを慰め、更なる成長へ繋げるためのアイテムを探していた。 おいしいものでも食べてふっきれよう、 彼女もそんな一般的な発想の例外ではない様で、毅然と並ぶケーキ達に目を奪われていた。 透き通ったガラスの向こうのケーキは照明に照らされ、まるでステージの様だ。 「わたしを見て。こんなにキレイ。この位は私は光るの。」 自信に満ちた表情と、それに負けない実質に、あるべき自分の姿を重ねていた。 「これをください。 」 そう言ってからしばらくして手渡されたケーキは、 シンプルでありながらも研ぎ澄まされたデザインの箱に収められ、リボンで着飾り、 一層華やかさを増していた。 「私がこのケーキを選んだように、私もきっと誰かから選ばれて、着飾る、 大切にされて、たくさんたくさん光を浴びるんだ。 私だって、このくらいは光るのよ。 」 そう思いながら、一口ずつ大切に口に運ぶ。 そのケーキは、未来の彼女の素として彼女の中に納められていった。 知ってか知らずしてか、それは食べた人を成功へと導くというジンクスのある、 白い幸せのケーキだった。 ある女は本屋にいた。 料理本のコーナーで選んでいたのは、手作り菓子の本だった。 久々に家族で過ごすクリスマスが近付いている。 夫の単身赴任も終わり、年頃の娘も今年は家にいるという。 今年は手作りのクリスマスケーキで祝おうと決めていた。 そして1冊の本に心魅かれた。 表紙には大きないちごのケーキ。 中を開くと、材料から手順、完成図までの全てが、 イラストレーション付きでていねいに説明されている。 「これなら頑張れそう。 」 お菓子作りは滅多にしない彼女の不安も一気に吹き飛んだ。 家に帰り、1ページ1ページ読み込む。 写真とは一味違うイラストレーションの温かさが、手作りのぬくもりと重なる。 やっぱり手作りっていいものよね、みんなもきっと喜んでくれるわ ... そう思いながらどれを作るか選ぶのだった。 クリスマスの当日は朝から大忙し。 スーパーの帰り、ケーキ屋の前には沢山のケーキが山積みされ、 サンタの格好をした店員さん達も忙しそうに動いている。 「今年はあなた達のお世話にはならないわ。 」 買い物袋の中のいちごをちらりと見てニヤっと笑う。 キッチンではクリスマスの定番料理とケーキが同時進行で作られていた。 いちごのヘタを取りながら彼女は、 何でもない平凡とも言えそうな幸せをかみしめていた。 「メリークリスマス!!」 家族で囲む食卓の真ん中には、幸せの象徴であるかのように、 ブッシュドノエルが横たわっていた。 「今年は母さんがんばったのよ。 」 そう言いながら切り分ける。 すると父は言った。 「甘いものってのはいいもんだねぇ。 こうして父さんが仕事で成功してまたこうやって一緒に暮らせるようになったのも、 あるお菓子をお得意さまにプレゼントしたのがきっかけなんだ。」 すると娘は言う。 「私も最近オーディションの前には、あるケーキ屋に行くの。 そうするとなんだか負ける気がしなくって。 」 「なんか甘いものって幸せになるね。 」 このお話には先程説明した「慣習としての食」、「コミュニケーションのための食」、「幸せ促進のための食」が含ま れています。母親のお話はクリスマスに関する「慣習としての食」、父親のお話は人との関係を円滑にする「コミュ ニケーションのための食」 、そして娘のお話は慰めや励ましの「幸せ促進のための食」です。 私がデサインによって表現したいものは何なのでしょうか。それは幸せです。見たり、接したりした人達が幸せ を感じられるデザイン、または幸せへと導くものに関するデザインをしていきたいのです。デザインによって幸せ を生み出す、またより多くの幸せについて関係や提案していくのが目標です。そう考えた時に、食に関するデザイ ンや、それをモチーフとしたデザインは、私の意図と深く関わり、適し、最もリアリティのあるものなのです。ケー キやのアルバイトは4年以上続きましたし、アルバイト先から歩いて銀座に行けるのをいいことに、毎日の様にデ パ地下にくり出し、ケーキを見てまわりました。お菓子教室にも行きました。ドリンクの作品制作ではスターバッ クスでのアルバイトで得た知識も役に立てつつ、より深いコーヒーの世界にも触れました。豆の産地、煎り方、種 類、抽出方法、ドリンクバリエーションについても詳しくなりました。モチーフを知り、自分の経験を伴うという ことは大切なことであり、必ず作品に反映されると考えているからです。 私は現在イラストレーションを主とした制作をしています。イラストレーションそのものを見て、温かく、幸せ な気持ちになってもらえればそれはとてもうれしいことです。しかし、食を取り巻くデザインはパッケージ等を含 めて様々な種類があります。パッケージとしての箱、鮮やかなリボン、包装紙、添えられたメッセージカード、コー ヒーカップの模様、テーブルクロス、皿の絵柄など。もっと言えば、椅子の座り心地、テーブルの高さ、流れる音 楽、照明の明るさ、窓の大きさ、その窓から見える景色などです。食品そのものの品質に加えて、ほかの要素によっ て満足感や充実感は変化してきます。デザインはそこにおいて幸福の促進を担えます。5というレベルの品質の商 品でも、デザインによって10のレベルの満足感を提供することが可能なのです。 スイーツブームが巻き起こり、食に関しての意識が高まっている風潮は、世の中が幸せを求めていることの現れ ではないでしょうか。そんな世の中でデザインは、より深く大きな幸せを演出することができるものなのです。 注 1: http://www.kanazawa-u.ac.jp/facult y/kaio_c/seto.htm より引用 2004 年5月 注 2: http://www.fureai.or.jp/ hcc/mayuki2.html より引用 2004 年5月 注 3: http://medwave.biztech.co.jp/ndi/bn/no/1998/1210/981210food.html より引用 2004 年5月 参考文献 http://www.ktv.co.jp/ARUARU/search/aruserotoninn/serotoninn_1.html http://www2q.biglobe.ne.jp/ kazu920/j015.htm http://www.sankei.co.jp/eco/special/big/66.html http://www.kusuhara.gr.jp/premenstral_syndrome.html http://www.three-f.co.jp/special/milk/sleepless.html http://www.betsubara.net/knowledge/knowledge001.html http://hotwired.goo.ne.jp/i/news/20000802307.html http://www.serotonin-web.com/sero2/exhibi/2001.html http://www.asyura.com/2002/health1/msg/423.html URL は全て 2004 年5月時点での情報
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