統一特許裁判所(UPC)の管轄から欧州特許を適用

( 33 )
論
説
統一特許裁判所(UPC)の管轄から欧州特許を適用除外させる戦略的考察
Dr. Christian Lederer*, Dr. Anja Lunze**
事 務 局(訳)
1.付与欧州特許を適用除外させる実務的
な意味合い
1.1 適用除外
適用除外の大筋は UPC 協定第 83 条に規定され
ている。第 83 条は,UPC 手続規則 5 の数多くの
統一特許裁判所(UPC)が最初にその業務の
扉を開くとき ,従来の欧州特許
1)
2)
に関する紛争
規定によって補足され,同規則では適用除外及び
その取下げ方法について規定している。
を扱う同裁判所の管轄権は,7 年の移行期間に関
UPC 施行に伴い,従来の欧州特許はすべて自
する重要な制限を受けうることとなる。そのよう
動的に新 UPC 制度に基づき管理される。第 83 条
な制限の 1 つとして,従来の欧州特許及び欧州特
では移行期間中(現状では 7 年に設定)に限り,
許出願
従来の欧州特許に関する紛争について,UPC,
3)
は,UPC が管轄する特許及び特許出願
から適用除外(opt-out)を受けることができる。
又は UPC 協定締約国の国内裁判所のいずれかにお
この適用除外は特許の存続期間すべてについて有
ける訴訟手続を認めている 5)。従来の欧州特許に
効になるものと予測される 4)。適用除外は特許の
ついて UPC 制度に基づき訴訟が提起された場合,
存続期間すべてにおいて取下げ可能であるが,7
UPC 協定第 34 条によると,裁判所の判決は,欧
年の移行期間の終了後は適用除外の可能性が消滅
州特許が効力を有する締約国すべての領域をカバー
する。
する。すなわち従来の欧州特許における指定国す
UPC 制度に留まること,及び同制度の適用を
べてが対象となる。それぞれの指定国ごとに,こ
除外することは,いずれも従来の欧州特許を対象
れは国内裁判所,これは UPC と訴訟タイプを分
とする管轄権,そして侵害判決の執行及び取消判
けることはできないが,従来の欧州特許であれ
決の効力に大きく関係する。たとえば UPC 制度
ば,国内裁判所又は UPC のいずれかに訴訟を提
に基づく侵害判決,特に差止命令は欧州全域(又
起することができる 6)7)。更に,いったん UPC 制
は更に正確にいえば,UPC 制度の締約国すべて)
度によって特許の訴訟手続が行われた場合,適用
に執行可能であり,これは国ごとの訴訟が要求さ
除外は不可能となる。
れる現行制度と対照的なものである。ところがそ
ただし移行期間の終了後は,その時点までに適
の一方で,この欧州全域に広がる効力は,UPC
用除外を選択していない限り,UPC 協定を批准
締約国すべてを対象とする 1 件の無効訴訟に基づ
した締約国を指定する従来の欧州特許はすべて
き特許が取り消されるというリスクも持ち合わせ
UPC の専属管轄の対象となる。適用除外を選択
ている。この理由から,新たな UPC 制度が開始
することによって,従来の欧州特許は UPC の専
する時に備えて,特許権者の現状の欧州特許ファ
属管轄から除外される。欧州特許の適用除外が,
イルの中で何が強みで何が弱点なのか徹底的に分
その指定国それぞれの国内法の適用を条件とする
析することが,喫緊の課題となっている。
* Attorney-at-law,Taylor Wessing
** Attorney-at-law,Taylor Wessing
AIPPI(2015)Vol.60 No.3
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── 統一特許裁判所(UPC)の管轄から欧州特許を適用除外させる戦略的考察 ──
のか,それとも国内裁判所が,特に実体的な特許
UPC 裁判所制度から取り除きたい特許があればで
法に関する規定 について UPC 協定の適用義務を
きる限り早期に適用除外したことを確約しなけれ
負うことになるのか,依然として議論が続いてい
ばならない。
8)
る。昨年 1 月に準備委員会は,適用除外特許につ
いて(UPC ではなく)関係国内法を適用すべき
2.適用除外及び適用除外取下げの手続
であると説明する注釈 9)を発行している。
適用除外となった従来の欧州特許は,その存続
期間すべてにおいて各指定国の国内裁判所のみに
従来の欧州特許は,UPC の発効後,又は発効
前であっても適用除外を受けることができる。
対して訴訟を提起することができる。ただし特許
権者は,移行期間の終了後であっても,依然とし
て適用除外を取り下げること,すなわち UPC 制
度の適用を再び受けることができる。
2.1 UPC 発効後の適用除外
従来の欧州特許又は特許出願,及びそれに基づ
き付与された補充的保護証明書について UPC 専属
適用除外を選んだ場合には,すべての締約国に
おける従来の欧州特許全体に影響を与える。特許
管轄の適用除外を行使するためには,登録局に適
用除外を申請しなければならない。
権者は,UPC の管轄(この場合,従来の欧州特
適用除外の申請手続は手続規則 5 に規定されて
許には自動的に新たな UPC 規則が適用されるの
いる 11)。申請には次の事項を含まなければならな
で,特別なアクションは不要である)
,又は国内
い。
裁判所の管轄(この場合には適用除外を宣言しな
ければならない)
のいずれか 1 つを選択するしかな
・対象とされる(1 件又は複数件の)特許(及び
い。したがって特定の国のみに関して適用除外と
それに基づき付与された補充的保護証明書)
することは不可能であり,適用除外の選択,そし
並びに出願の詳細。
て適用除外の取下げの選択は,それぞれの指定国
・関係する(1 件又は複数件の)特許権者又は出
が UPC 協定を批准している範囲内で,従来の欧
願人の氏名若しくは名称,住所,並びに該当す
州特許の指定国すべてに影響を与える。
れ ば 電 子 ア ド レ ス 。こ れ に 関 し て 所 有 者
移行期間終了後に出願された従来の欧州特許は,
すべて自動的に UPC の専属管轄となる。このよ
(proprietor)に排他的ライセンシーが含まれ
るのか明らかでない(後述を参照)
。
うな特許又は特許出願には適用除外の可能性が残
現状の手続規則案によると,申請を登録簿に登
されていない。
録する前に単一の固定額手数料を支払い,この手
1.2 適用除外に対する制限
数料は特許の指定国すべて,そしてその指定に基
適用除外を受ける権利には重要な制限が存在し
づき付与された補充的保護証明書を賄う。この手
ている。従来の特許出願の適用除外申請が登録簿
数料がどの程度のものであるのか依然として明ら
に掲載される前に,統一特許裁判所がその欧州特
かにされておらず,政治的な議論が続いている。
許に関する訴訟を扱うことになった場合,その訴
ただし既に明らかにされたと思われる部分として,
訟手続は統一特許裁判所で継続しなければなら
手数料は特許ごとに支払うので,パテントファミ
ず
リー又は分割などについての減額は適用されない
,特許存続期間すべてにおいて適用除外の申
10)
請が不可能になる。
ようである。
これが実務に与える影響として,たとえば競争
適用除外は登録簿に登録した日から有効となる。
者などが早期に提起した取消訴訟によって UPC の
適用が強制されるリスクを回避するために,特許
権者又は適用除外の責任を負う当事者は,特に
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AIPPI(2015)Vol.60 No.3
── 統一特許裁判所(UPC)の管轄から欧州特許を適用除外させる戦略的考察 ──
2.2 UPC 発効前の適用除外(「サンライズ」規
定)
( 35 )
る従来の欧州特許であっても適用除外が可能であ
り,これは,その特許に基づき付与された補充的
手続規則の起草中に懸念が表明されており,そ
保護証明書が自動的に適用除外されるという結果
れによると UPC 発効の初日であって所有者が適用
を意図している。ただし重要な点として,特許が
除外を行使する機会を有する前に,従来の欧州特
移転されており,補充的保護証明書の所有者が,
許の取消訴訟,又はその特許に関して非侵害の宣
その基礎となる特許の所有者と異なる場合,適用
言を求める訴訟がセントラルアタックとして提起
除外を有効とするためには,補充的保護証明書の
される可能性があり,そうなると適用除外の行使
所有者が特許権者と共同で適用除外を申請しなけ
が妨げられてしまう。この問題に対処するために
ればならない。
が手続規則に盛
この規則から明らかなように,統一特許に基づ
り込まれ,所有者は UPC 協定の発効前から欧州
き付与された補充的保護証明書は適用除外が認め
特許庁(EPO)において欧州特許及び特許出願
られない 15)。ただし,統一特許に基づく統一の権
の適用除外を行使することが認められる。EPO
利として補充的保護証明書が付与されるのか,そ
はその後,UPC 協定の発効日に,このような適
れとも既存の各国における補充的保護証明書制度
用除外申請すべてを同日から有効なものとみなし
が統一特許に適用されるのか,大きな疑問が残さ
て登録局に送付し。先制攻撃を防止する。
れている。いずれの状況であっても欧州制度の改
「サンライズ(Sunrise)
」規定
12)
この申請は上述したものと同額の手数料支払が
正が要求されるが,2 番目の選択肢のほうが保守
条件となり,EPO が定める方式要件を遵守しな
的であり,法制度及び運用システムの方法を変更
ければならない。
する必要性も少ない。とは言うものの,補充的保
護証明書に国内法を適用するよう特許権者に要求
2.3 適用除外の取下げ
した場合には,補充的保護証明書に関していえ
適用除外申請と同様に,現存している適用除外
ば,統一特許に伴う効率性及びコスト削減効果が
の取下げも可能である。これは登録局に適用除外
部分的に失われるかもしれない。統一特許の上で
の取下げ申請を行わなければならない
。ここで
補充的保護証明書がどのように作用するのかとい
も適用除外申請と同様に,登録局が取下げ申請を
う問題は,そのような補充的保護証明書の基礎と
登録簿に登録する前に手数料を支払わなければな
なる市販認可の性質(すなわち,それは集中化さ
らない。この条件を満たした場合,申請はできる
れているのか,非集中化されているのか,それと
限り早期に登録され,登録簿に登録した日から効
も国内なのか)
,そして補充的保護証明書に異な
力が生じる。
るアプローチを採用しているために証明書の保護
13)
なお,移行期間の終了後であっても適用除外の
対象がパッチワーク状となるおそれがある各特許
取下げは可能である。ただし関係する特許がいっ
官庁の間でどのように統一保護を確約するのか等,
たん訴訟対象となれば,取下げは不可能となる。
更に複雑な問題を生み出すであろう。現在,これ
3.補充的保護証明書(SPC)の適用除外
らの問題は欧州委員会で検討されている。
4.適用除外の責任
適用除外を受ける権利は補充的保護証明書にも
適用されることが表明されており,適用除外とな
4.1 特許の共同所有者
る特許の保護製品について発行された補充的保護
従来の欧州特許/特許出願について UPC の適用
証明書について,適用除外が自動的に拡張される
除外は誰が申請しなければならないのであろうか。
旨が手続規則 5.2
から明らかになっている。ま
手続規則案の規則 5 に規定する適用除外手続によ
た規則 5.1 によると,既に存続期間が満了してい
ると,適用除外は付与特許又は出願の「所有者
14)
AIPPI(2015)Vol.60 No.3
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── 統一特許裁判所(UPC)の管轄から欧州特許を適用除外させる戦略的考察 ──
」が申請しなければならない。出願
(proprietor)
そうなると排他的ライセンシーは,適用除外に
又は付与特許の所有者が複数名いる場合には「す
ついて同意しなければならない「所有者(pro-
べての所有者が申請する」
。実務的にいえば,こ
prietor)
」と同様に扱うべきであろうか。契約上
れは特許の各共有者が,自身の特許/特許出願に
の観点からすれば,ある当事者が排他的権利を手
ついて適用除外を希望するのか同意しなければな
に入れ,特許権者に通告するだけでそれを行使す
らないことを意味するので,早期段階から適用除
る権能を有するのであれば,その当事者による管
外の戦略について共同作業を進める必要がある。
轄権選択を可能とするのが当然であろう。しかし
特許登録簿から所有権は簡単に証明できることか
4.2 所有者が異なる指定国
ら,UPC の適用除外を選択する決定権は,敢え
第 17 次手続規則案の規則 5.1(c)の条文では「欧
て特許権者に限定するよう論じる余地が十分にあ
州特許の指定国である締約国すべて」に関して行
る。特許ライセンスは登録されないことが多く,
われる適用除外申請について述べている。このこ
同一の特許又は指定国に基づき複数の排他的ライ
とから明らかなように,従来の欧州特許は指定締
センスが許諾されることもあるので,この権利を
約国すべてについて適用除外を行うか,又はまっ
排他的ライセンシーにまで拡張することは実現性
たく行わないか,いずれかが要求される。
も乏しい。
異なるいくつかの締約国における所有権が第三
そこで,特に排他的ライセンシーが自己名義で
者に移転された場合,1 つの指定国における特許
特許権を行使する場合など,特許権者に代わり排
権者はすべての指定国について適用除外を受ける
他的ライセンシーが適用除外の選択を決定するよ
ことができるのであろうか。
「すべての所有者」
う希望するのであれば,特許権者がその決定に同
が申請する 16)という要件,そして申請に関する
意するよう義務づける条項を,両当事者がライセ
要件からすれば,これは不可能である。したがっ
ンス契約に規定すればよい。それ以外の状況につ
て 1 件の従来の欧州特許が付与された後に複数の
いては,全員一致による決定を規定しておけば十
指定国について譲渡が行われている場合には,各
分であろう。いずれにしても排他的ライセンスの
所有者の間で同意を得る必要がある。この同意に
各当事者は,ライセンス契約を締結する前に十分
は,適用除外の申請時に UPC 協定を批准してい
な説明を受け,選択の決定及びその同意の問題を
なかった指定締約国の特許所有者も含まれる。
検討すべきである。
4.3 排他的ライセンシーの地位
5.必要な戦略的考察
UPC 協定及び手続規則のいずれも,適用除外
の選択に関する排他的ライセンシーの地位につい
特許権者又は適用除外の決定責任を負う当事者
て明言を避けている。ただし手続行為の当事者に
は,今からでも遅くないので自己の特許ファイル
ついて扱う UPC 協定第 47 条(2)では,特許権者,
を洗い出し,UPC に基づく訴訟のほうが適切な
そして排他的ライセンシーに本質的に同一の権利
特許があるのか,その特許はどれか,そして従来
を与えている。
の国内訴訟手続に留めておくべき特許,すなわち
適用除外を受けるべき特許はどれか,検討を始め
「ライセンス契約に別段の定めがある場合を除
るべきである。時間的なプレッシャーを掛けず
き,ある特許に関する排他的ライセンスの保持
ファイルを入念に考察した後に,この戦略的な考
者は,特許権者に事前通告することを条件とし
察について決定するよう強く推奨する。たとえば
て,特許権者と同一の条件で裁判所に訴訟を提
競争者が早期に取消訴訟のセントラルアタックを
起する資格を有する。
」
提起したことによって,UPC の適用を余儀なく
されるリスクは回避すべきである。また適用除外
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── 統一特許裁判所(UPC)の管轄から欧州特許を適用除外させる戦略的考察 ──
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を選択するのか否かの決定は,起草委員会で依然
断を示すことになる。この場合に特許権者
として検討中である適用除外手数料の額によって
は,このような方法で特許を危険に晒すので
左右されることも確かである。排他的ライセン
はなく,むしろ国ごとに訴訟手続を進める
シーはライセンス契約を検証し,ライセンス特許
(したがって UPC 制度の適用を除外する)こ
を適用除外する利点,そしてリスクについて分析
とを選ぶかもしれない。
すべきである。この場合,排他的ライセンシーは
契約の再交渉を開始して,適用除外手続について
・特許の強さ,その特許の取消リスク
特許権者に義務づけることも可能である。同様
特許の強さはどのくらいであろうか。取消
に,特許権者が複数名いる場合には,適用除外の
に関係する理由が存在するであろうか。たと
選択肢について共同で討議すべきである。
えば医薬品分野では,特許がまったく新規な
化合物についての化合物特許であるのか,製
適用除外の選択において有用と思われる戦略的考察
UPC 制度に基づく訴訟の大きな利点として,
剤特許であるのか,それとも第二次医学的利
用に関するものであるのかが関係するかもし
UPC 規模での差止による救済,すなわち現状で
れない。最初のタイプの特許は他のものと比
要求される国ごとの訴訟に代えて,1 件の単一裁
較して取消が困難になるであろう。したがっ
判所手続によって UPC 全域を通じて特許権侵害の
て取消のリスクと比べて,UPC に基づく訴
救済すべてが受けられることが挙げられる。ただ
訟による利益のほうが勝るかもしれない。
し,それと同時に特許権者は,この状況において
管轄 UPC 裁判所が非侵害の判決を行った場合,す
べての UPC 締約国に影響するというリスクも負
・関係する市場
特許権者が関係する国はどこであろうか。
ど
う。特許権者にとって更に深刻な不利益として,
こで製品が販売されるのか,競争者の市場は
UPC 全域に特許取消の効果が広がるというリスク
どこなのか。EU 域内で競争者の製品を輸送
が挙げられる。ちなみに現在では,異議申立期間
する一般的なルートは何か。特許権者が訴訟
の終了後であれば,各締約国において国内問題と
を提起するかもしれない国はどこなのか。こ
して特許を取り消さなければならない。いずれの
れらの回答が少数の国にとどまらなければ,
ケースであっても,多数の国内裁判所に別個に提
UPC に基づく訴訟のほうが簡便かつ安価であ
訴する状況と比較して訴訟費用は大幅に低額とな
り,おそらく(どの国の国内裁判所制度と比
るであろう。
較するのかによって左右されるが)迅速でも
適用除外を選択するのか否かの決定は,企業の
ある。もちろん(現状では不明であるが)
特許ファイル中の各特許について入念に検討する
UPC 裁判所制度の将来的な手数料構造がこれ
必要がある。特に次の側面を考慮すべきである。
に関して大きく関係するであろう。
・特許の経済的重要性
・企業理念
特許権者は,自身にとって高い経済的重要
企業理念として侵害者に対する特許権の行
性を持つ特許(たとえば医薬品業界におけ
使は積極的であろうか。それとも企業理念は
る,いわゆるブロックバスター特許)を,
むしろ防衛的であろうか。後者の場合,UPC
UPC 制度を利用してリスクに晒すことは望ま
全域での差止による救済の必要性は低いもの
ないであろう。UPC 制度内における 1 件の
と思われ,実際のところ,適用除外によって
単 一 裁 判 所 手 続 に よ る 判 決 は ,す べ て の
国ごとに国内裁判所に対する特許訴訟を提起
UPC 締約国に関して,侵害(非侵害)
,そし
するよう競争者に強いるほうが有益であろう。
て特許の有効性(無効性)の問題について判
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── 統一特許裁判所(UPC)の管轄から欧州特許を適用除外させる戦略的考察 ──
るのか否かは,関係する地方又は広域部門の
・企業戦略
企業は,侵害者に対する権利行使を目的と
将来的な裁判所のプラクティスによって大き
して自社特許を利用していないとすれば,ど
く左右されるであろう 17)。更に,フランスに
のような目的で利用しているのであろうか。
そ
おける「証拠保全手続(saisie contrefaçon)
」
の企業は自社特許を他の当事者にライセンス
のような広範囲の検査及び情報提示命令に関
しているのであろうか。特定の経済部門にお
しても,UPC によって同様の選択肢が可能
いてクロスライセンスが頻繁に交わされてい
となるであろう 18)。
るのか。その企業は,ライセンス関係にある
企業からの潜在的な攻撃を防ぐために,膨大
ご 存 じ の よ う に ,従 来 の 欧 州 特 許 に つ い て
な特許ファイルを擁しているのであろうか。
こ
UPC 制度から適用除外を受けるのか,それとも,
れに対して明快な回答はないが,この場合に
この新しい体制を自動的に適用させるのか,その
国内権利を有していれば,更に柔軟な戦略を
明快な事例は存在していない。これに関して異な
講じることができるであろう。
る考察が多数あり,時には相容れないものであ
り,それらを各特許について十分に検討しなけれ
・状況を静観する
ばならない。これは適用除外についての決定を難
移行期間中,既存の制度に留まることを選
び,新たな UPC 制度に基づく判例法の進展
しくするが,その一方で各特許権者による戦略的
必要性の「微調整」
を可能にするものといえる。
を注視する企業もあるかもしれない。一部の
特許については UPC 制度を積極的に試してみ
るが,その他の特許は国内裁判所に留めてお
く企業もあり得る。しかし一部の特許ファミ
リーについて適用除外を受けるが,その他に
ついては適用除外を受けない場合には,特許
権者が関係する特許の強さに自信を持ってい
ないという印象を競争者に与える可能性があ
る。したがって初期段階で UPC が試されて
いる間は,特許の適用除外を選択する用心深
いアプローチを採用するのも道理であるが,
時
間が経過するにつれて,適用除外の選択に対
する市場の反応にきめ細かく対応する必要が
ある。
・フォーラムショッピング
ある特定の国において訴訟手続を進めるた
めに適用除外を選択する理由となり得る特別
な側面に関して,適用除外を選択する前に,
UPC に基づく訴訟という並行的な選択肢を入
念に検討すべきである。たとえばドイツにお
ける侵害と無効の手続分岐(bifurcation)に
関して,UPC に基づく場合であっても分岐
手続は原則として可能であり,分岐を使用す
( 242 )
(注)
1)現在,新たな UPC 制度の開始時期は推測の域に
ある。多くのオブザーバ及び実務家は 2015 年後半
から 2016 年初頭と予測している。
2)ここでは統一的効果を有する特許(統一特許)と
区別するために,
「従来の(classical)
」という言
葉を採用する。
3)本稿で「特許」という場合は,該当すれば分割特
許,更に特許を基礎とする補充的保護証明書
(Supplementary Protection Certificate)を含む。
4)これは現状での検討事項である。適用除外の有効
性を 7 年の移行期間(及び場合によっては追加で
7 年)のみにすべきか議論がなされている。
5)現在の批准状況については次のリストを参照され
た い 。 http://ec.europa.eu/internal_market/ind
prop/patent/ratification/index_en.htm
6)係属中の訴訟については,ブリュッセル規則(民
事及び商事事件における裁判管轄及び判決の承認と
執 行 に 関 す る 2012 年 12 月 12 日 の 理 事 会 規 則
(EC)No.1215/2012(改正))第 29 条及び第 30
条が適用される。
7)UPC 第 83 条に関して,適用除外を宣言せずに国
内で特許訴訟手続が可能であるのか,そして可能
であるとすれば,その国内訴訟手続の開始が事実
上の適用除外とみなされるのか,そのような事実
上の適用除外は取下げ可能であるのか,明確にさ
AIPPI(2015)Vol.60 No.3
── 統一特許裁判所(UPC)の管轄から欧州特許を適用除外させる戦略的考察 ──
れていない。ただし移行期間中,従来の欧州特許
について(事前に適用除外を宣言することなく)
最初に国内裁判所に訴訟を提起し,その後に UPC
制度に基づく訴訟手続が並行的に開始された場合に
は,UPC 協定第 34 条と抵触することになる。し
たがって UPC 裁判所はブリュッセル規則第 29 条
及び第 30 条に基づき自身の管轄を否認するものと
推測される。
8)特に UPC 協定第 24 条以降の規定。
9)注釈は次のウェブサイトで閲覧可能である。
http://www.unified-patent-court.org/news/71interpretative-note-consequences-of-the-applica
tion-of-article-83-upca.
この反対意見は Tilmann, Mitt. 2014, 58 にみら
れる。進展の最新情報については次を参照された
い。www.taylorwessing.com/unitarypatent
10)UPC 協定第 83 条(2)。
11)http://www.taylorwessing.com /fileadmin/files/
docs/Rules_of_Procedure_Draft_16.pdf
( 39 )
12)現在の第 17 次手続規則案,規則 5.13。
13)第 17 次手続規則案,規則 5.8。
14)第 17 次手続規則案。
15)第 17 次手続規則案,規則 5.2(e)。
16)第 17 次手続規則案,規則 5.1(b)。
17) 詳 細 に つ い て は Lunze/England, Intellectual
Property Magazine 2014, April, 42-44: “Mind
the injunction gap”を参照されたい。たとえば次の
サイトからアクセスできる。
http://www.taylorwessing.com/fileadmin/files/
docs/IP_bifurcationUPC.pdf
18) Kamlah/Ou/England, Intellectual Property
Magazine 2013, October, p. 23-25: “It is all in
the evidence”参照。たとえば次のサイトからアク
セスできる。
http://www.taylorwessing.com/fileadmin/files/
docs/AllintheEvidence.pdf
AIPPI(2015)Vol.60 No.3
(原稿受領日 平成 26 年 11 月 15 日)
­
( 243 )