QIAGEN eyes

QIAGEN
eyes
3
News & Topics from QIAGEN
September 2012
Contents
Worldwide Research ̶ Hot News
XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX
新規バイオマーカーへのアプローチ
Biobanking Review
研究資源としてのヒト由来試料
Interview
システムバイオロジーと
がんゲノム研究の展望
2∼8
Pathway Application
システムバイオロジーと
ソフトウェア・プラットフォーム 13 ∼ 15
9
Hot New Products ̶ 新製品ご案内 16 ∼ 17
10 ∼ 12
キャンペーン/モニターおよび学会情報
18
QIAGEN クイズ
19
ウェブ/カタログ紹介および次号予告
20
Sample & Assay Technologies
Worldwide Research ̶ Hot News
大規模ゲノムコホート研究から解明された ATM 遺伝子における
遺伝子内エピジェネティック変異と乳がんリスクとの関連性
by Michael D. O’Neill
遺伝子内エピジェネティック変異が乳がんと関連しており、がん発症数年前にそれを検知することが可能であるということが、国際
研究チームによって初めて示された。インペリアル・カレッジ・ロンドン医学部外科・癌部門癌科エピジェネティクス部研究員およ
び乳がんキャンペーン研究員のジェームス・フラナガン博士(Ph.D.)率いる本研究チームは、3 つの大規模な前向きコホート研究に
参加した女性のうち、浸潤性乳がんを発症した 640 人と対照の 741 人の乳がん診断前の抹消血液内白血球(WBCs)の遺伝子メチル
化を調べた。
2
ATM と呼ばれる遺伝子内領域のメチル化が最高レ
領域を開くものである。これが可能になれば、乳が
ベルであった女性の 20%は、その領域のメチル化
んだけでなく他のがんのリスクを予測することも
が最低レベルであった女性と比べて乳がん発症リス
可能となる。フラナガン博士と研究チームは現在、
クが 2 倍であった。研究チームは DNA メチル化の
ゲノム全体の遺伝子内の抹消血中白血球で検出可
検知および数量化のため、Bisulfite 変換およびパイ
能な乳がんのエピジェネティック・バイオマーカー
ロシークエンサーを使用した。このテクノロジーは
を研究する、エピゲノムワイド・アソシエーション・
DNA メチル化の正確かつ定量的検出においては最
スタディー(EWAS)に従事している。
適であると考えられている。本研究結果は 2012 年
「フラナガン博士によるエピジェネティクスについ
5 月 1 日付けの Cancer Research 誌に掲載された
(1)
。
ての研究は、乳がん発生リスクを発生の数十年前か
本研究結果は、将来乳がんリスクを、容易に入手
ら見つけることができることを示唆しているため、
できる末梢血液を用いた簡単な血液検査によって、
非常に興味深いのです。エピジェネティクス変化に
がん発生前に検知することが可能になることを示
よるがんがどのように起きているか研究を続けるこ
している、と研究チームは述べる。それにより早期
とで、がんの早期発見および予防法が見いだされ、
スクリーニングおよびリスク・アセスメントが可能
人々の生存率を最大限まで伸ばすことが可能になる
になり、リスクのある女性はがん発生のサインを見
でしょう」と、本研究に資金供給した乳がんキャン
逃さないようにモニタリングすることで、早期治療
ペーンの最高経営責任者、バロネス・デリス・モー
が可能となる。フラナガン博士は、腫瘍または正常
ガン氏は語る(2)
。
組織サンプルを採取するのに比べて、抹消血液の採
エピジェネティクス
取は非常に簡単であり、前向き研究においても頻繁
エピジェネティクスとは、DNA 配列の変異以外の
に使用可能であることを強調した。本研究における
メカニズムによって引き起こされる遺伝子発現、ま
採血からがん診断の期間は、1 ヶ月から 11 年にわ
たは細胞の表現型における遺伝的変異の研究であ
たり、平均 3 年であった。
る(3)。この変異は、塩基配列の変化は伴わない。
また、一つの遺伝子とエピジェネティックな変化と
このような変化の例としては DNA メチル化やヒス
の乳がんリスクとの関連付けをした今回の研究成
トン修飾があり、この二つは DNA 配列を変えるこ
果は、同様のリスクが多くの遺伝子のエピジェネ
となく遺伝子発現を調節する。
ティック変異にも関与している可能性を示唆して
例えば、DNA メチル化ではシトシンが 5- メチルシ
いる。そのため、がんリスクにおける複数のエピ
トシンに変換され、多くの場合は CpG 部位でメチ
ジェネティック・バイオマーカーを同定するよう
ル基が DNA に追加される。5- メチルシトシンはグ
な(がんリスクのエピジェネティック・バイオマー
アニンとペアになり、通常のシトシンのように作用
カーを全ゲノムでくまなく調べる)全く新しい研究
する。ゲノムの一部では他よりもメチル化が高く、
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Worldwide Research ̶ Hot News
これら高メチル化領域の転写は、そのメカニズム
ケート、さらには人体測定データと DNA 採取のた
は十分に解明されていないが、不活化される傾向に
めの血液サンプルが集められた。メチル化研究のた
ある。
め、
閉経前の女性グループ(146 症例と 145 対照者)
ATM 遺伝子
ATM(血管拡張性失調症変異)遺伝子は、難病の劣
性遺伝性希少疾患である毛細血管拡張性運動失調症
(AT)の研究の過程で初めて発見された。AT 患者は
致命的となる多くの深刻な問題に加え、特定のがん
発症リスクの増加に苦しんでいる。その後の研究で
は、ATM 遺伝子は通常、DNA 二重鎖切断を修復す
る DNA 修復遺伝子であることが分かった。AT 家系
の女性のヘテロ接合体(例:AT 小児の母親)は乳
がんリスクが高く、複数の乳がん家系において生殖
系列 ATM 変異が同定されているため、現在 ATM 遺
伝子は乳がん感受性遺伝子と考えられている。
3 つのコホート研究
と閉経後の女性グループ(139 症例と 146 対照者)
の 2 つにグルーピングされた。対照者は様々なクラ
イテリアに応じて照合され、非浸潤性乳がんである
腺管上皮内がん(DCIS)は研究対象から外された。
結果 248 症例と 291 対照者がメチル化分析に利用
可能であった。
した。まず、3 つの独立した研究を利用することで
3 つの研究全ての結果を比較することが可能であっ
たため、より一般的な(1 つのコホートに特化しな
い)結論を導き出すことが可能であった。研究対象
であったコホートの規模の大きさもまた、着実な統
向き研究の使用は、がん発生および治療によって生
まず一つ目の研究は KConFab(Kathleen Cunningham
じる交絡因子に影響されることなく、メチル化の解
析を可能にした。最後に、これらの前向き研究を利
用することで、アクセス容易な診断前血液サンプル
びニュージーランドの乳がんになりやすい 1395 家
の使用が可能であったことが重要だった。
族から 12,747 人の抹消血液サンプルを採取し調査
パイロシークエンシングと QIAGEN 製品
がん患者がいた。血液採取から平均 45 ヶ月後に浸
潤性乳がんを発症した人の中から合計 166 患者が
メチル化解析に選ばれた。これらの解析の結果は、
KConFab 研究に登録された非血縁健常者 225 人の
血液サンプルと比較された。
QIAGEN のパイロシークエンシング技術を 6 年以
上にわたり使用しているフラナガン博士は、本研
究のメチル化定量解析は全て QIAGEN パイロシー
クエンサーによって得られたと述べた。PyroMark ™
システムはパイロシークエンシング技術を使用し、
シークエンス変異と CpG メチル化のために設計さ
2 つ目は英国の一般女性約 100,000 人が参加した
れた定量ができるシークエンサーで、1 回につき最
BGS(Breakthrough Generations Study)である。参
大 24 または 96 サンプルが解析可能である。この
加者は 2010 年 6 月までに BGS のケース・コント
システムには PyroMark CpG Software ソフトウェア
ロール研究で浸潤性乳がんと診断された人全員から
が付属されており、研究者から「内蔵された全体的
集められた。無作為に集められた 253 症例と、複
なクオリティーアセスメントが各サンプルにあり、
数の基準で対照とされた 253 例が最終的にメチル
予想パターンから外れたシークエンスにはフラグが
化研究に選ばれた。患者の血液サンプルは平均して
立てられます。このクオリティーコントロールに満
診断の 18 ヶ月前に採取された。
たないサンプルは分析から外れます」と、評価され
3 つ目は大規模な一般コホート約 520,000 人を含む
EPIC(European Prospective Investigation into Cancer
ている(1)
。
「PyroMark Q96 MD のパイロシークエンシングの良
and Nutrition)研究である。EPIC 研究の一環として、
さは、高い精度と定量性があるという所です」と、
標準的なライフスタイルおよび個人健康履歴のアン
フラナガン博士は語る。世の中の他の研究室は
Issue 3/2012
3. Wikepedia.
るこれら 3 つの大規模な前向き研究の重要性を強調
計法を用いて関連効果を検出する助けとなった。前
した。これらの家族には、家族ごとに平均 3 人の乳
2.“Breast Cancer Risk Can
Be Seen Years Before It
Develops.”Breast Cancer
Campaign Press Release
(May 1, 2012).
ト研究無しでは不可能であった」と、本研究におけ
研究から選ばれた。
Aspect of Breast Cancer)で、オーストラリアおよ
1.“Intragenic ATM Methylation
in Peripheral Blood DNA As
a Biomarker of Breast Cancer
Risk.”Cancer Research
72(9):2304-2313 (May 1,
2012).
フラナガン博士は、
メチル化研究は「これらのコホー
本メチル化研究の対象は、3 つの大規模な前向き
Foundation Consortium for Research into Familial
参考文献
Sample & Assay Technologies3
Worldwide Research ̶ Hot News
参考文献
4.“Gene-Body
Hypermethylation of ATM
in Peripheral Blood DNA
of Bilateral Breast Cancer
Patients.”Human Molecular
Genetics 18(7):1332-1342
(2009).
5.“DNA Methylation Array
Analysis Identifies Profiles
of Blood-Derived DNA
Methylation Associated
With Bladder Cancer.”
Journal of Clinical Oncology
29(9):1133-1139 (March
20, 2011).
6.“Genomic DNA
Hypomethylation As a
Biomarker for Bladder Cancer
Susceptibility in the Spanish
Bladder Cancer Study: a
Case–Control Study.”The
Lancet Oncology 9(4):359366 (April 2008).
7.“The Human Colon Cancer
Methylome Shows Similar
Hypo- and Hypermethylation
at Conserved Tissue-Specific
CpG Island Shores.”Nature
Genetics 41(2):178-186
(February 2009).
違う方法を好むが、Sequencing by Synthesis に基づ
におけるメチル化(腫瘍抑制遺伝子のメチル化がそ
いたパイロシークエンシングこそが、彼の研究室に
こで見つかることが多かったため)に焦点を当てて
おいて正確で定量的なメチル化解析の“ゴールドス
いた。しかし、最近のデータは遺伝子内シークエン
タンダード”であると述べた。
「我々にとってパイ
スのメチル化もまた、遺伝子発現の個人差に深く関
ロシークエンサーを使用する一番の利点は一塩基分
係していることを示している(7)
、と研究チームは
解能にあります。使用も比較的簡単でサンプルあた
述べる。
りのコストも安く、サンプル準備から結果までの時
間が早いのです」と、フラナガン博士は説明する。
例えばフラナガン博士の研究チームは以前、マイク
ロアレイを使用して、17 個のがん関連遺伝子(以
研究者達はまた、血液サンプルからの DNA 採取工
前に乳がん感受性遺伝子または散発性乳がんのケー
程のほとんどに QIAGEN の QIAamp® DNA Blood
スにおいて頻繁に過剰メチル化されている遺伝子)
Mini Kit を、そして LINE1 エレメントのメチル化解
がプロモーター領域ではなく遺伝子内反復エレメン
析には QIAGEN の PyroMark Q96 CpG LINE-1 を
ト(4)と関連していることを示した。その研究で
使用した。
は、ATM 遺伝子内のメチル化変異位置(MVP)と
して知られる遺伝子内の差動的メチル化領域(DMR)
理論的解釈
数百の遺伝子プロモーターの CpG 域における過剰
メチル化や 5- メチルシトシンレベルの全体的な減
少など、腫瘍 DNA におけるエピジェネティックな
修飾不全はほぼ全てのがんにおいて見られると研究
チームは述べた。それにもかかわらず、がんのリス
ク要因および早期疾患バイオマーカーとしてのエピ
ジェネティック修飾の役割は、未だ明らかにされて
いない。
が遺伝子発現と関連しており、両側性乳がん 190
例および 190 の対照から採取された診断後の血液
サンプルで、明らかにより多くメチル化されていた
ことを示した。ATM 遺伝子は家族性乳がんにおい
て生殖細胞系列変異を持ち、明らかな病原性があ
り、反復エレメントと関連している複数の遺伝子内
MVP を含んでいるため、綿密な評価のために ATM
遺伝子が選ばれた。メチル化ステータスが最も変動
的だったのは、ATMmvp2a と ATMmvp2b の二つの
研究チームによると、最近のデータは白血球におけ
遺伝子座であった。ATMmvp2b 座のさらなる分析は、
るエピジェネティックな特徴が、腫瘍候補遺伝子
このメチル化レベルが遺伝子レベルと反比例してい
リスクの有望なマーカーであることを示している
ることを示した。メチル化レベルが高いほど遺伝子
(4 ∼ 6)
。白血球は多くの大規模な前向き研究の血
発現は減少した。加えて、両側性乳がん患者の抹消
液サンプル中から容易に入手可能であるため、これ
血液 DNA の方が、対照と比べて ATMmvp2b 座の
はとても重要である。以前の白血球メチル化および
メチル化がより高かったことが分かった。
がんリスクの研究は、以下の事に焦点を当てていた、
と研究チームは述べる:ゲノムの反復領域における
全体的な DNA メチル化(例:LINE1 と Alu エレメ
ント)
、ゲノム DNA 中の 5- メチルシトシンの存在、
候補遺伝子における遺伝子特定 DNA メチル化レベ
ル、そしてマイクロアレイ研究におけるゲノム全体
の DNA メチル化である。
Cancer Research 誌に掲載されている研究レポート
は以前の研究のフォローアップとして、ATM 遺伝
子における反復エレメントまたはグローバル反復エ
レメント(LINE1 エレメント)の診断前の遺伝子内
メチル化が、将来的な乳がんリスクと関連している
という仮説をテストするために行なわれた。具体的
には、反復エレメント(ATMmvp2a と ATMmvp2b)
これらの研究からは“魅力的な”データが得られた
を含む 2 つの ATM 遺伝子内座および LINE1 反復エ
が、サンプル数が少なく有意性にかける、もしくは
レメントの、ゲノムワイドな DNA メチル化におけ
サンプルを診断後に採取したためにがん発生や治療
る白血球 DNA メチル化を調べた。後者のテストは、
関連の交絡因子が発生し結果の解釈が複雑になるな
DNA メチル化においてゲノムワイドな変動があるの
ど、問題点があった。さらに、以前行なわれた研究
かどうかを診断するために行なわれた。
のほとんどは、遺伝子プロモーター領域の CpG 域
4
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結果
は DNA 修復遺伝子であるため、発現低下ががん
ATMmvp2a 座の中程度メチル化は、KConFab 研究
リスク増加に繋がると考えることは論理的である。
では症例は対応対と比較して明らかに高レベルで、
本結果は、乳がんや他のがんのリスクマーカーとし
BGS では集団ベース症例は対応対と比較してわずか
に高い程度であった。EPIC コホートでは症例と対
応対の間で中程度メチル化に差は見られなかった。
どの研究においても、ATMmvp2b 座および LINE1
エレメントにおけるメチル化に有意な違いは見られ
なかった。
て、一般的なエピジェネティック変異解析が非常に
有効であることを研究チームは強調した。候補遺伝
子の研究に加えて、現在入手可能なハイスループッ
ト技術を使用して EWAS も可能である。がんリス
クのエピジェネティック・バイオマーカーを発見す
るためには、大規模なサンプル数を確保できた研究
3 つの研究の統合データ(研究と採血時の年齢に応
で診断前に血液サンプルを採取することが、候補遺
じて調整)を解析した結果、メチル化ステータスの
伝子およびエピゲノムワイドなアプローチに必要不
上位 20%(研究におけるメチル化平均 >6.3%)ま
可欠であった。前述したように、フラナガン博士と
でにいる女性は、メチル化ステータスの下位 20%
研究チームは現在、抹消血中の白血球で検出可能な
にいる女性と比べて乳がんリスクが 1.9 倍であっ
乳がんリスクのエピジェネティック・バイオマー
た。ATM リスクの関連性は、若い年齢の女性におい
カーを探すため EWAS を探求している。
て最も一貫していたため、今回の知見はこのように
若い女性または早期発症乳がんにより適用可能であ
ることを示唆している。別の研究では、ATMmvp2a
メチル化は少なくとも 6 年間安定していることが示
された。
さ ら に フ ラ ナ ガ ン 博 士 は、 関 連 す る エ ピ ジ ェ ネ
ティック・リスク・データを現在個人のリスク予測
に使用されている解析モデルにに統合することが
非常に重要になるだろうと指摘した。
両側性乳がん研究で発見された ATMmvp2b との強
本研究で共同研究を行なっている研究所は複数あ
い関連性は、本研究では再現されなかった。これは
り、主な所はハーバード公衆衛生大学院、ケンブ
異なる研究デザインおよび集団研究、例えば診断前
リッジ大学、The Institute of Cancer Research(ICR)、
および診断後の血液サンプルの使用、コントロール
そしてドイツがん研究センターである。
集団のソース、そして疾病の発生対存在率または両
側性対片側性乳がんの参入などによるものである、
と研究チームは述べる。
結論
研究チームは、ATMmvp2a 座における高メチル化
が乳がんリスクのバイオマーカーかもしれないと結
論付けた。
「我々の知る限り本レポートは、前向き
コホートの診断前血液サンプル白血球 DNA の遺伝
子特定メチル化と乳がんリスクとの有意な関連性を
示す初めてのものです。使用したパイロシークエン
シングも非常に定量的な方法です」と、研究チーム
は述べる。
ATMmvp2a 過剰メチル化が、がんリスクを高める
メカニズムは現在不明であると研究チームは述べ
た。しかし以前の研究では ATMmvp2b の過剰メチル
化が ATM 遺伝子の転写を低下させることを示した。
そのため ATMmvp2a も同様の効果があると考えら
れるが、これは実験的に検証する必要がある。ATM
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ジェームス・フラナガン博士(左)
(首席著者)とケビン・ブレナン博士(筆頭著者)/ラボの
PyroMark システムと共に
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コホート研究
肺がんステージⅠにおける microRNA のプロファイリングと
無再発生存期間の予測
by Michael D. O’Neill
がんが厄介である理由は、再発と転移を起こし易いからである。正確な予後マーカーを同定し、適切な治療方法を採用することが急務
であると言われ続けているが、早期に予測することは容易ではなかった。これにチャレンジしたのが、ウィスコンシン医科大学がんセン
ターの研究チームであり、非小細胞がんのステージⅠにおける無再発生存期間の予測を、microRNA(miRNA)をプロファイリングする
ことにより可能とした。
Carcinogenesis 誌 2012 年 2 月 13 日号に掲載され
析が容易なのです。miRNA はサイズが小さいので、
たのは、非小細胞がんのステージⅠ全てのサブタイ
ホルマリン固定を行なう際のクロスリンクの影響が
プについて、無再発生存期間を予測できる 3 個の
少なく、冷凍保存組織と同程度のデータが得られま
miRNA が同定されたという画期的な内容であった。
す。病理学部門が保存しているパラフィンブロック
更には、10 個の miRNA が脳転移に関連している
は、まさに miRNA 研究の宝庫と早変わりするので
ことも同定された。本論文では、ワシントン大学医
す」と説明する。
学部から得た、非小細胞がんのステージⅠ組織の
miRNA とは塩基数 19 ∼ 30 個程度の小さな ncRNA
ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)357 ケース
で、ヒトゲノムの 60%を制御していると考えられ
を活用し、miRNA によるコホート解析を行なった
ている。miRNA の働きは多岐に渡り、mRNA の相
結果に基づいている。アメリカにある Mayo Clinic
補的な領域に結合して遺伝子の発現を抑制したり、
(メイヨー・クリニック)の患者由来 170 ケースの
タンパク翻訳のブロックや、アルゴノート複合体を
独立コホートについては、マーカーについての有効
形成して mRNA を分解したりする。miRNA の働き
性評価に使用され、バイオ統計学的なデータの修正
の変化により発がんや疾病の進行を誘発する場合が
評価にも細心の注意が払われている。
ある(3、4)のは、そういうメカニズムに起因し
研究の背景と miRNA 活用の長所
非小細胞癌(NSCLC)ステージⅠ患者は通常切除
手術を受けるが、結果としておよそ 30%に再発が
。術後に再発のリスクを診断できれ
見られる(1)
ば、補助療法などの適切な治療法を選択し、先手を
6
ているのだ。一般的には、1 つの miRNA が 200 ∼
300 個の遺伝子を制御すると考えられており、言い
換えれば miRNA のプロファイリングの方が、ゲノ
ム発現解析プロファイリングより多くの情報が得ら
れるということなのだ。
打った対応が可能となり、大幅なクオリティ・オ
論文の概要
ブ・ライフ(QOL)の改善が期待できる。主著の一
筆者らは、527 人の NSCLC ステージⅠ患者から得
人であり、ウィスコンシン医科大学がんセンター長
られた miRNA のプロファイリングを行なった。そ
であるミン・ヨウ博士は「遺伝子発現をベースにし
れをがんのサブタイプ毎に脳転移肺がんと無再発生
て予後診断を目的とする、総合的なトランスクリプ
存ケース(RSF)とに分類した。miRNA の発現パター
トーム解析はこれまで多く行なわれてきました。し
ンは、肺腺がんと扁平上皮肺がんとを比較すると
かし臨床的なデータとしては安定性を欠くという問
Let-7 ファミリーと miR-205 を含む 171 個の miRNA
題があります(2)
」と語る。解析対象を miRNA と
で明らかな違いが観察された。脳転移に関与する
することについて主著の一人であるラムズウエイ
と思われる 10 個の miRNA の中には、浸潤と転移
ミー・ゴビンダン M.D. は「mRNA 発現解析と比較
を抑制する miR-145 が含まれていた。RFS に関与す
して、miRNA は FFPE 等の保存サンプルを用いた解
ると思われる有望な 2 個の miRNA も同定された。
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357 人の NSCLC ステージⅠ患者から得た 34 個の
す る miRNA は 92 個 で
miRNA はがんのサブタイプに依存しないが、27 個
あった。腺がん特異的
の miRNA は腺がん特異的であった。この特徴につ
な 92 個 の miRNA の う
いては、別の 170 人のステージⅠ患者由来の FFPE
ち 23 個 は、 先 に Landi
組織サンプルや凍結組織サンプルを用いた確認試験
等(7)が提唱した複数
も行なわれている。
肺がんに関連する最近の miRNA 研究
最近の研究では肺がんに相関する miRNA がマイ
クロアレイ解析で明らかにされている(5 ∼ 8)
。
Yanaihara 等の報告では has-miR-155 の発現は、肺
がんの予後として極めて好ましくないことが実証
されて い る(5)
。Raponi 等 は miR-146b に よ っ て
78%の精度で扁平上皮がんの予後の分類ができる
の let-7 ファミリーを含
A A A AAA
Pre-miRNA
Exportin-5
ている。
Pre-miRNA
miR-34 フ ァ ミ リ ー は、
Dicer–TRBP
アポトーシスや細胞周
いる。腺がんでは余命に miRNA の発現は関与しな
ン ト ロ ー ル し て お り、
p53 に 対 す る 中 心 的
なメディエーターとし
Mature miRNA
RISC assembly
High homology
て 機 能 し て い る(9 ∼
Sequence-specific
mRNA cleavage
使用したサンプルは、1990 年から 2005 年までの
位置し、メチル化によるエピジェネティックな修飾
期間にワシントン大学医学部で非小細胞がんステー
によって発現の調整をしている。hsa-miR-34c-5p と
ジⅠと診断され、切除術を受けた 357 人の患者か
hsa-miR-34a を含む 5 つの miRNA が扁平上皮がん
ら採取した組織の FFPE サンプルであった。サブタ
の予後の悪性化に関与していると Landi 等は報告し
イプとして、腺がん、扁平上皮がん、大細胞がん、
ているが(6)、本論文では、hsa-miR-34b、hsa-miR-
細気管支−肺胞性がん、腺扁平上皮がん、大細胞神
34b、hsa-miR-34c-3p と hsa-miR-34c-5p の発現量が
経内分泌がんなどが含まれる。フォローアップは
低い場合は、腺がんにおいて予後が悪性化する傾向
2009 年 12 月まで、若しくは死亡まで行なわれた。
にあることを明らかにした。
域を解析した。検証グループに使用されたサンプル
は、1997 年から 2008 年までの期間に、メイヨー・
クリニックで非小細胞がんステージⅠと診断され、
切除術を受けた患者由来の 85 ケースの FFPE サン
プルと 75 ケースの凍結組織が使用された。
Translational repression
and/or mRNA degradation
肺腺がんに比べて扁平上皮肺がんにおいては、let-7
ファミリーの活性は低い。Let-7 ファミリーの異常
発現は扁平上皮肺がんに関与し、一方、KRAS の変
異が逆に腺肺がんにおいて let-7 の活性を低下させ
る。この KRAS とは、細胞増殖のシグナルを核に伝
達して細胞増殖を進めるアクセルとしての機能を有
する。
明らかになったマーカーと治療戦略への
展望
係している。本研究では 10 個の miRNA がそれに
がんの脳転移ケースの 50%は、非小細胞がんと関
腺がんと扁平上皮がんで、明白に発現量が異なる
関与していることが明らかになった。そのうちの
miRNA が同定された。扁平上皮がん特異的に過剰
miR-145 は転移遺伝子 MUC1 を標的とし、細胞浸
発現する miRNA は 53 個、腺がん特異的に過剰発現
潤や転移を抑制することが既に示唆されている
Issue 3/2012
Partial homology
は p53 と共に腫瘍抑制
ネットワークの中心に
染色を行ない、がん性細胞が 70%以上を占める領
mRNA binding
12)。miR-34 ファミリー
サンプリングと解析メソッド
腫瘍組織は切片化して、ヘマトキシリン・エオシン
3’
Exportin-5
が明らかに過剰発現し
さ せ る p53 を 直 接 コ
合によって再発が予測できるとしている(8)
。
DGCR8
んに比べて has-miR-205
んでは、miRNA の発現量が明らかに異なるとして
わってくる(7)
。Patnaik 等は 6 つの miRNA の割
Pri-miRNA
5’
扁平上皮がんでは腺が
としている(6)
。Landi 等は、腺がんと扁平上皮が
191、let-7e そして miR-34a が余命の予測に大きく関
Drosha
む miRNA と同じものだ。
期の停止や老化を誘発
いが、扁平上皮がんでは miR-25、miR-34c-5p、miR-
RNA Pol II transcription
Sample & Assay Technologies7
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(13)
。また miR-218 は Robo1 受容体を標的とし、
的治療ターゲットとなるし、がんの再発予防と治療
胃がんの浸潤や転移を抑制することが報告されてい
目的で活用することになると思われます。つまり、
る(14)
。
「私たちの研究結果は、ステージⅠ肺が
非小細胞がんの予後コントロールを行なうことは夢
ん患者の予後診断と治療選定において、重要な情報
ではなくなってきているのです」とミン・ヨウ博士
を提供するものです。同定された miRNA は組織学
は語る。
参考文献
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“BioQuick ニュース 日本語版”のご紹介
“WORLDWIDE RESEARCH ̶ HOT NEWS”は、サイエンスライターとして 30 年以上
の豊富な経験を有するマイケル D. オニール氏によって取材編集されています。
株式会社キアゲンは同氏が編集長を務める独立系科学メディア“BioQuick ニュース
日本語版”に協賛しています。
注目のストーリー(記事は週 3 回更新)
■■ H.ピロリ菌が胃の中の酸性環境からどうやって逃げているのか−原子結晶構造解析で判明
■■ グルコース欠乏が、ガン細胞を殺傷するフィードバックループを活性化させる
■■ ガン治療薬においてパスウエイを理解する重要性
■■ 関節リューマチにおける遺伝子のエピジェネティックな変化
■■ 老いたミツバチの脳が若返る
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8
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Issue 3/2012
Biobanking Review
研究資源としてのヒト由来試料(第 2 回)
増井 徹 博士(独立行政法人 医薬基盤研究所 難病・疾患資源研究部 部長 政策・倫理研究室 研究リーダー)
前回は、
“情報物質としてのヒト由来試料”という内容で、DNA が情報リソースとして血液一滴から一個人
の多くの情報が得られる時代となり、バイオバンクでのヒト DNA の収集が各国で進んでいるその一端を
ご紹介いただきました。今回は、DNA 研究の難しさとは異なる倫理的な配慮など、バイオバンクの課題に
ついてご紹介いただきます。
優れた研究資源とは何か?
て、患者からの承諾を得ることを求める動きがある。この点は
ヒトが一生物種の研究対象として成熟したことは、すなわち人を
パブリックコメントの中で批判に曝されている。上記の問題も含
対象として科学研究を行なうことができる環境が整ったという
めて、今年の夏に何らかの結論が発表される予定である。このよ
ことである。先に述べたヒト由来タンパク質に対する抗体の
うに、ヒト由来試料は 1 から 3 までの条件を満たすものではない。
レパートリーにしても、ヒトを研究する道具立ての良好な整備状
難病研究資源バンクの立ち上げの経験から
況を示す。
それでは、ヒト由来の試料は優れた研究資源であろうか。生物系
の研究で研究対象として優れた研究資源とは何を意味するのか。
現在私たちは、難病研究資源バンクを構築し、運営しようとして
いる(www.raredis.nibio.go.jp)。難病とは、希少であり治療法
が未発展で、患者にとって厳しい疾患である。希少な疾患試料を
以下の 5 つの条件をあげることができる。
集めるためには広範なネットワークが必要である。そして、収集
1. 十分な数量が存在すること
する場合に疾患を限定し厳選するだけでなく、その周辺の疾患を
2. 手軽に入手することができること
丁寧に収集する体制を構築することを考えている。先に述べた優
れた研究資源というなら、整理された疾患の収集が効率的なよう
3. 生物学的に安定した再現性のよい現象を持つこと
に思われるが、分類できない類似疾患の試料が蓄積されることに
4. その生物的性質を測る尺度があること
よって、“これとこれとはもしかするとつながっている”という、
5. その尺度を用いて、異なった時間に行なわれた研究結果が比較
可能なこと
ところが人体に由来する研究資源(試料と情報)は、これらの
性質を満たさない。確かに、目の前には多くの人間が存在する。
しかし、そこから研究資源を得て研究をするとなると、研究計画
を立てて、研究倫理審査委員会に申請し、試料採取においては研
究内容を説明して同意を得て採取することが必要である。試料に
よっては、死後でないと採取できない試料、例えば脳のようなも
のが存在する 注 1。本人の同意があったとしても、死後遺族への
説明と同意の過程を経て、初めて試料を得ることができる。この
ように、試料の採取にはそれなりの労力が必要である。
次の新しい研究の芽が生まれると考えている。
終わりに
昔、整理をすること、捨てることがはやった時代に、そのヒステ
リックな論調に対してある評論家が、人間の本質としての“蒐集”
ということを書いていたことを思い出す。実際に、英国バイオバ
ンクの計画の段階から言われていたのだが、英国バイオバンク
は“仮説に依存しない収集”という表現が用いられた。何か特定
の目的のために収集する訳ではないというのである。2009 年の
Time 誌は世界を変える 10 のアイデアの中で“バイオバンク”を
あげていた。そこでは米国国立がん研究所のバイオバンクが紹介
「あなたが病院に行き、
されている注 2。そこで強調されているのは、
また、臨床のために採取された試料の残余物、例えば手術摘出組
診断と治療を受けたときに、臨床試料と情報が生成され、それら
織の場合でも、研究倫理指針を遵守して研究利用することが求め
の蓄積が次の研究を支える」という臨床と研究の円環について
られる。研究内容について説明し、研究利用のための同意を由来
述べられている。医学研究と診療の関係が今後変化していく象徴
者から得ることが求められる。
として、バイオバンクという世界的な現象があると考えている。
現在、米国でのヒトを対象とした研究に対する Common Rule に
ついて、現状を反映した視点から医学研究の見直し改定を行なお
うとしている動きは興味深い。その中では、これまでは比較的自
由であった、臨床のために採取された試料の残余物の利用につい
Issue 3/2012
注 1:脳バンクについては、興味深い特集がある。Brain and Nerve ̶ 神経研究の
進歩、2011 年 10 月号、医学書院
注 2:私たちはこの米国国立がん研究所のバイオバンクにつての文書を和訳して公
表している。「米国国立がん研究所 ヒト生物資源保管施設のための実務要領」
http://mbrdb.nibio.go.jp/kiban01/document/NCI_Best_Practices_060507_j.pdf
Sample & Assay Technologies9
Interview
システムバイオロジーとがんゲノム研究の展望
高橋 隆 教授(名古屋大学大学院医学系研究科(分子腫瘍学分野)
)
北野 宏明 博士(特定非営利活動法人 システム・バイオロジー研究機構 代表)
生命現象をシステムとして解明する研究が進められ、近年の技術革新によりシステムバイオロジーが新たな段階に展開しつつあります。
今回はがん研究におけるシステムバイオロジーをテーマに、各分野の最先端でご活躍されている先生方に対談して頂きました。
異分野の共同研究は、言葉や考え方の違いを乗
高橋先生のバイオインフォマティクスとの出会いは
り越え、お互いを理解し、尊敬することが大切
どんなものだったのでしょうか。
まずは自己紹介として、現在、最も力を入れていらっ
高橋:米国留学中にその必要性を感じていましたが、
しゃるご研究をご紹介ください。
帰国後データの解析が必要になり、およそ 10 年前
高橋:肺がんの分子病態を基礎研究から
患者さんへの応用研究までを手がけてい
ます。肺がん関連遺伝子やバイオマーカー
の探索・同定・機能解析を、ゲノミクス
やプロテオミクスなど様々なアプローチ
で行なっています。
北野:私は創薬システムバイオロジーに
取り組んでいて、製薬企業や大学の研究
者と共同研究しています。かつてはウェッ
ト系の実験設備を揃えて研究していまし
たが、今は実験は酵母のラボを一つ運営
高橋 隆 教授
しているだけで、他はすべて共同研究者
にお願いしています。化合物と標的のマッチングか
らネットワーク解析動物モデルまで投入していま
す。大手製薬企業との共同研究を行なった抗がん剤
が米国でフェーズⅡ試験に入りました。また、東京
にバイオインフォマティクスの若手の研究者に研究
室に入ってもらいました。そして、毎日議論するう
ちに門前の小僧のようにドライ系の研究者の考え
方、アプローチを学びました。また、彼も医学部を
卒業した研究者よりも医学や分子生物学、肺がんに
詳しくなりました。
3 年前から文部科学省の新学術領域研究「システム
がん」
(リーダー:東京大学医科学研究所ヒトゲノム
解析センター 宮野 悟 教授)の研究に参加していま
す。私たちがん研究者の視点からは例えば普通の山
や地面に見えるものが、システムバイオロジーの解
析を通じてダイヤモンドや金、つまり、がんにとっ
て重要な遺伝子やパスウェイ、ネットワークのハブ
が埋まっているのが見えてくる。推定して実験して
評価して、また患者さんのデータに戻して見直すこ
とができる。これは凄く面白いなと思っています。
大学医科学研究所の河岡義裕教授とインフルエンザ
お二人とも融合領域で研究されています。違う分野
のドラッグターゲットのスクリーニングも行なって
の研究者との考え方や言葉の違いはいかがでしょ
います。高橋先生が肺がんという軸をお持ちである
うか?
のに比べると、我々はよろず屋ですね。薬の効果や
代謝は種類に関わらず、共通のパスウェイを介する
ことも多いので、経験が役に立ちます。
高橋:研究室でも最初は言葉が通じませんでした。
お互いに何を言っているのかわからなかった(笑)
。
同じ医学でも基礎研究の研究者と臨床家でも起こる
高橋:縦糸と横糸みたいなものですね。私は肺がん
ことですが。今でも、
多くのウェットの研究者にとっ
を理解するためなら何でもやります、ということで。
ては、理論や計算で研究を進めるドライ系の研究者
先生のご研究とどこかで交差するわけです。
はやはり異言語を話す異星人です(笑)
。
北野:臨床経験がない我々は、一流の専門の研究者
北野:私自身は理論物理学からコンピューターサイ
と組むことで得意なところで世の中に貢献しようと
エンスに移ったときにも曖昧さに驚き、
「コンピュー
いうことです。
ターが動きさえすればいいのか」と思いました。し
かし、勉強してみるとそうでもないことがわかる。
10
www.qiagen.co.jp
Issue 3/2012
Interview
物理学は真理探究ですが、コンピューターサイエン
ていくのに継続して発現していることが必要であ
スはエンジニアリングとサイエンスの融合で、デザ
ることを 2007 年に報告し、今年は TTF-1 に転写活
インが必要なのです。さらに生物は多様性が大き
性化されて生存シグナルを担う受容体型チロシン
くて、種や種の中でも個別に研究しないといけな
キナーゼを見つけました。米国の研究グループがゲ
い。システムバイオロジーの研究室を始めたころは、
ノムワイドに研究した結果でも肺腺がんに関する領
コンピューターサイエンスの研究者にはウェット系
域が同定され、オーバーラップした遺伝子は TTF-1
の実験をさせ、生物学から来た研究者にはソフト
一つです。ただ、TTF-1 はがん遺伝子であるものの、
ウェアを設計させました。今は疾患領域ごとに責任
発現している腺がんは予後がいいことが知られてい
者を決めていて、その疾患のことは十分に知ってお
ます。これは TTF-1 が転写制御している遺伝子の一
くようにさせています。
つが細胞骨格に働きかけて、細胞の運動を、逆説的
高橋:違う分野の研究者が一緒に研究するときには、
相手の研究を学んで理解すること、そして相手への
リスペクトが欠かせませんね。
ですが、ネガティブに制御しているからだと分かり
ました。この興味深い TTF-1 という遺伝子の機能の
全貌をシステム的なアプローチで見たいと思ってい
ます。
遺伝子や創薬ターゲットをシステムとして
みていく
北野:次世代シークエンサー
現在注目しているターゲット、今後の研究の方向性
の爆発が起こり、システム的
はどのようにお考えでしょうか。
にものを見て議論したいとい
北野:パスウェイの範囲を拡大する方向もあります
が、抗がん剤のように組み合わせて使う薬について
は、組み合わせをターゲティングごとに合理的に設
計する、既存薬を別の目的に使う、個別化医療に向
けてコンパニオン診断薬やバイオマーカーを探すと
いうニーズがあります。
などの技術の向上で、データ
う ニ ー ズ が 高 ま っ て い ま す。
これまでのクラスタリング分
析のような一般的な解析より
もっと突っ込んで、パスウェ
イとのマッチングなどを求め
ている研究者が増えています。
北野 宏明 博士
これらの研究に臨床サンプルを使うことで、より
高橋:私たちは、2004 年にがんにおける let-7 マイ
リアリティーのある研究が可能になってきていま
クロ RNA の異常を発見して以来、マイクロ RNA の
す。例えば、がんであれば、各々のセルラインの挙
役割に注目した研究を進めています。また、転写因
動はモデルで予測できるようになりましたが、実際
子の TTF-1 遺伝子に注目しています。これは肺腺が
の患者さんのがん組織は不均一で、しかも治療に
んの発症の主要ながん遺伝子で、腺がん細胞が生き
よってもどんどん変化する。多くの患者さんの、し
かも患者さんごとの多様性とその変化を見ていかな
いといけないですね。
高橋:私の研究室では患者さんの肺がんのサンプル
をゲノムやプロテオームなどの観点から幅広く解析
しています。かつては遺伝子、分子、狭い範囲のパ
スウェイでよかったけれど、北野先生がおっしゃる
ようにがんは色々な異常が蓄積していきます。ゲノ
ムがエピジェネティックな変化を受け、その結果が
フェノタイプとして出てきているわけです。比較的
大人しいがん、転移しやすいがん、薬がよく効くが
んなど同じ肺がんでも特徴があります。がんをシス
テムの異常として捉えたいと考えています。
Issue 3/2012
Sample & Assay Technologies11
Interview
がんの研究にはこれまでとは異なる考え方での
アプローチが必要
今後、がん研究にはどんなことが必要になるでしょ
うか?
よってがんを起こすものがある可能性があります。
頻度が低いから意味がないのではなく、何割かは
コンビネーションが重要で、今の理解ではつかみよ
うがないが、違う見方でマッピングすると解けるか
もしれないものがあると思います。
高橋:肺がんでは EGFR 遺伝子や ras 遺伝子、EML4ALK 融合遺伝子といった、その変異が大きく影響す
るドライバー遺伝子が知られてきました。しかし、
まだよくわからない肺がんがある。これらは既知の
パスウェイや機能分子と意外な形でネットワークと
してつながっているのではないでしょうか。
北野:がん組織の遺伝子の変異の分布をゲノムワイ
ドで見ると、非常にロングテールです。最終的に細
胞の機能、フェノタイプががんになるような異常が
パスウェイに分散していて、コンビネーションに
高橋:薬になりやすい、遺伝子変異などの頻度の高
いターゲットに関しては既に開発が始まっていま
す。一方で、頻度の低いものはパスウェイ、ネット
ワークとして集約していくボトルネック、大事なも
のがつながるハブを探すなど発想の転換が必要にな
ります。
北野:皆が重要だと思う、いわゆるセレブリティー
遺伝子の周囲は研究が進みます。他方、それ程注目
されていない遺伝子が集まって影響を持つケースを
どうするかが課題ですね。遺伝子の変異やその複製、
エピジェネティックな変化はまだまだ表面をなぞっ
ているようなものです。今までのような薬の作り方
や研究の仕方では資金も足りない。新しい考え方が
必要です。がんは不均一性とダイナミクスがありま
す。同じ患者さんでも治療に抵抗性を示して生き
残っていくがん細胞は変わっていきます。全体的な
タイムスパンで捉えたうえで戦略的な最適化をやっ
ていかないと。単一細胞での測定も可能になってき
ました。これまで技術的な制約で全体のシステムを
対談を終えて
Nature 日本版 2012 年 9 月 13
見るのは難しかった。今後は少しずつ全体像が明ら
日号にも北野博士と高橋教授の
かになるでしょう。
対談が掲載されています。
高橋 隆 教授
1954 年三重県生まれ。1979 年名古屋大学医学部卒業。外科医としての 5 年間の臨床研修の過程で、がんの本質の理解に根差したブレークスルーの必要性を痛感。
名古屋大学医学部胸部外科に帰局直後より愛知県がんセンター研究所でがんの基礎研究を開始。1988 年医学博士(名古屋大学)。1988 年米国国立がん研究所(NCI)
博士研究員。p53 遺伝子異常を肺がんにおいて発見。1990 ∼ 2004 年愛知県がんセンター研究所(分子腫瘍学部・部長)。1993 年日本癌学会奨励賞。2004 年名古屋
大学大学院医学系研究科教授(神経疾患・腫瘍分子医学研究センター・分子腫瘍学分野)。2012 年同・センター長。肺がんの分子病態をより深く理解すべく、新た
な肺がん関連遺伝子・分子標的の同定および機能解析などの基礎研究から、極めて近未来における臨床への導入を目指したバイオマーカー探索などの応用研究まで、
ゲノミクス、プロテオミクス解析を含む実験室におけるウェットの解析と、コンピューターを用いたインシリコの解析を統合し、多角的に研究を展開中。
北野 宏明 博士
1961 年埼玉県生まれ。1984 年国際基督教大学教養学部理学科
(物理学専攻)
卒業後、
日本電気
(株)
に入社、
ソフトウエア生産技術研究所勤務。1988 年より米カーネギー・
メロン大学客員研究員。1991 年京都大学博士号(工学)取得。1993 年ソニーコンピュータサイエンス研究所入社。1996 年同シニアリサーチャー、2002 年同取締
役副所長、2008 年同取締役所長、2011 年同代表取締役社長。1998 年 10 月∼ 2003 年 9 月、科学技術振興事業団 ERATO 北野共生システムプロジェクト総括責任
者兼務。2001 年 4 月、特定非営利活動法人システム・バイオロジー研究機構を設立、会長を務める。学校法人沖縄科学技術大学院大学教授。公益財団法人がん研究
会 がん研究所 システムバイオロジー部 部長。Sir Louis Matheson Distinguished Professor, Australian Regenerative Medicine Institute, Monash University。Computers and
Thought Award(1993)
、Prix Ars Electronica(2000)
、JCD デザイン賞(社団法人日本商環境設計家協会)
(1996)
、日本文化デザイン賞(日本文化デザインフォーラム)
(2001)
、ネイチャーメンター賞中堅キャリア賞(2009)受賞。ベネツィア・建築ビエンナーレ、ニューヨーク近代美術館(MoMA)等で招待展示を行なう。
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Issue 3/2012
Pathway Application
システムバイオロジーとソフトウェア・プラットフォーム(第 3 回)
北野 宏明 博士(特定非営利活動法人 システム・バイオロジー研究機構 代表)
システムバイオロジーの研究は、細胞内の特定のパスウェイ研究から、さらに生体全体を対象とした研究へと展開し始めている。
同時に、細胞内の分子間相互作用などのモデル化とシミュレーションに関しては、従来のパスウェイ中心のモデル化から、さらに細胞内
オルガネラの構造、高精度イメージングなども取り入れた次世代細胞システムバイオロジーともいえる研究が始まっている。どちらの
方向の研究においても、多階層性をモデルに取り込む研究が必須であり、そのためのソフトウェア基盤が必須である。
そこで我々は、これらのニーズを満たすために、
臓器に対応するモジュールが定義される。さらに、
PhysioDesigner というソフトウェアを開発している。
各々の臓器を詳細にモデル化する場合には、細分化
PhysioDesigner は、大阪大学のグローバル COE で開
した下位モジュールを定義する。これらのモジュー
発されていた生体シミュレーション向けソフトウェ
ルの定義の後で、モジュール間の相互作用を定義
アであった insilicoIDE を、グローバル COE の終了
する。脳ならば、脳又は特定の領野を最上位とし
に伴い、沖縄科学技術大学院大学ならびにシステム
て、神経回路ユニットまたは、神経細胞をその下の
バイオロジー研究機構で継承し、全面的なリエンジ
モジュールとし、シナプス部分をさらにその下に定
ニアリングとリブランディングを行なった上で、本
義するなどの階層を構成する(図 1)
。
年 4 月にバージョン 1b をリリースしたものである。
多階層生体モデルの開発には、各々の階層における
北野 宏明 博士
モ デ ル の 規 模 が 大 き く な る に 従 っ て、 こ れ ら の
モジュールの階層関係や連結関係は複雑さを増して
複数のモデルの構築と、それらに対して階層関係や
くる。そのため PhysioDesigner では、連結関係を回
連結関係を定義することを可能とするソフトウェア
路図のように見ることができる Nesting Diagram と、
プラットフォームが必要である。この際に、分子レ
階 層 関 係 を ツ リ ー 状 に 見 る こ と が で き る Tree
ベルから個体レベル、さらには環境レベルなどまで
Diagram の二つの表示モードを同時に利用できるよ
をモデル化の対象とすることが必要である。これは、
うにしてある(図 2)
。
各々の階層で、別々の機能原理を有する対象をモデ
ル化することを意味しており、モデル化支援ソフト
ウェアとモデル記述言語には、大きな柔軟性が必要
とされる。
PhysioDesigner では、モデル化の単位として「モ
ジュール」を設定し、
そのモジュールと他のモジュー
ル間の相互作用ならびに包含関係を定義することで
階層性のあるモデルを構築する。例えば全身代謝循
環モデルなどを作る際には、最上位は「全身」に対
応するモジュールとなり、その構成部分として各
図 1. 多階層モデルにおける階層マッピングの概念
Issue 3/2012
図 2. PhysioDesigner Verion 1.0 Screenshot
中央が、連結関係が回路図状に見ることができる Nesting Diagram。階層関係は、モジュールの入れ
子として表現される。右が、階層関係をツリーとして表現する Tree Diagram。
Sample & Assay Technologies13
Pathway Application
定義することで可能となる。例えば、各々の神経伝
達物質の濃度を入力として定義して、膜電位を出力
として定義するなどである。例えば、膵臓ベータ細
胞のモデル化に際して、膜上のイオンチャンネルの
部分までを PhysioDesigner で記述し、細胞内の相
互作用を CellDesigner で記述することが想定される
(図 4)
。この場合、
PhysioDesigner におけるモジュー
ルの一つが CellDesigner のモデルに対応することに
なる(図 5)
。
図 3. 神経回路網モデルの一例(大脳基底核モデル)
さらに、同じ内部構造を有するモデルを複数利用す
る場合がある。神経細胞を 1000 個定義してそれら
を連結させ、神経回路網のモデルを作る場合などで
ある。このような場合は、
「テンプレート」の概念
を利用できる。例えば、Hodgkin-Huxley 型ニューロ
ンのモデルを定義し、これを一つのテンプレートと
して複数のニューロンに対応するモジュールを定義
する。そして、それらのモジュール間のコネクショ
ンを定義することで、神経回路網の定義が可能とな
る。図 3 には、このように定義された神経回路網の
一例が示してある。
図 4. PhsyioDesigner のモジュール定義(PHML で記述される)に
CellDesigner のモデル(SBML で記述される)を埋め込む
さらに、PhysioDesigner は、イメージングデータを
取り込んで 3 次元モデルを構築することもできる。
大規模な脳のモデルを構築する際に、CT スキャン
や fMRI のデータを取り込んで、統合的脳モデルの
研究も可能である。
さらに、各々のニューロ
ンの内部のシグナル伝
達などをさらに詳細に
モ デ ル 化 す る 場 合 に は、
CellDesigner に連動させ、
分子間相互作用を定義
し、それを PhysioDesigner
のモジュールの内部定
義として利用すること
も で き る。 こ の 場 合、
PhysioDesigner のモジュー
ル と CellDesigner の モ デ
ルの関係を定義すること
が 必 要 と な る。 こ れ は、
幾つかの入力、出力に対
応する変数の対応関係を
14
図 5. PhysioDesigner と CellDesigner の連携のイメージ
www.qiagen.co.jp
Issue 3/2012
Pathway Application
図 6 に、CT スキャンデータを取り込んでいる様子
逆に細胞モジュールか
を示している。この場合、大量のイメージデータか
ら、さらに詳細な細胞
ら、3 次元モデルを構築する。図 7 には、3 次元構
内構造を再現したモデ
造モデルの一例を示した。
ルを構築することも視
野 に 入 れ る。 例 え ば、
細胞内のオルガネラも
明示的に定義したモデ
ルを開発したい場合も、
PhysioDesigner で「 細
胞」を定義し、その部
分として「核」
「ミトコ
ンドリア」
「小胞体」な
図 7. 3 次元構造モデルの表示
どを定義する。PhysioDesigner は、3 次元の形態を
扱うこともできるので、これらのオルガネラを 3D
的に再現するデータを利用して細胞の 3 次元構造モ
デルを構築することも可能である。この 3 次元構造
モデルに、階層モデルをマッピングすることもでき
る。例えば、ミトコンドリアの分子間相互作用を定
義したモジュールを、3 次元構造モデルのミトコン
図 6. イメージデータの取り込み
我々の開発マイルストーンには、実験室から臨床ま
での、色々なレベルの画像データからの 3 次元モデ
ルの再構築、そのモデルの解析、動的モデル化など
がある。
ドリアの部分に対応関係を定義することで、その部
分にミトコンドリアの分子間相互作用が埋め込まれ
た細胞モデルとして計算をすることができる。現在
の PhysioDesigner では、これらのことを実現する機
能の一部を実験的に実装し、どのようなマッピング
が可能か、ソフトウェアの仕様としては何が必要か
現在、各々の神経細胞から脳全体までを一気にモデ
ル化することはできないが、脳の神経回路網の全て
の 3 次元データを蓄積するプロジェクトは、幾つ
かの場所で進められている。例えば、MIT の Brain
Connectome プロジェクトでは、脳組織をスライス
して、電子顕微鏡画像を網羅的に取得し、各々の神
経細胞の 3 次元構造を抽出しようとしている。この
ようなプロジェクトからのデータを PhysioDesigner
に取り込み、脳全体のモデルを最上位モジュール
として多階層モデルを構築することは、将来的には
現実的なプロジェクトとなっているであろう。この
場合、各々の領野に対応するモジュールを、脳の
3 次元モデルの対応する領野に関連づけ、領野間の
コネクションを定義する。この場合、各々の領野内
のモデルも、例えば、MIT のプロジェクトなどで取
得されたデータを基にした 3 次元モデルとなるで
などの検証を行なっている。
今後、順次実装されるこれらの機能を極限まで利用
すれば、理論的には分子間相互作用、細胞内 3 次
元構造、細胞動態、組織、臓器、個体、個体集団相
互作用までを包含する多階層モデルが構築可能であ
る。実際には、これら各々の階層のモデル化を可能
にするだけの知見の蓄積と、極めて大規模になる
モデルのより効果的な構築サポートと、計算量の
サポートが必要となる。このようなモデルが構築さ
れるのはかなり先のことにあるであろうが、各々の
局面の小規模、中規模のモデルが現在でも構築可能
であり、これらの研究に対する統合的なソフトウェ
アサポートが必要である。PhysioDesigner ならびに
CellDesigner は、このようなニーズを広範にサポー
トするソフトウェアツールである。
PhysioDesigner:http://www.physiodesigner.org/
あろう。
CellDesigner:http://www.celldesigner.org/
Issue 3/2012
Sample & Assay Technologies15
Hot New Products ̶ 新製品ご案内
qBiomarker Copy Number PCR Arrays/Assays
コピー数変異および多型のプロファイリング
Sample
Isolate DNA from
research samples.
遺伝子のコピー数変異およびコピー数多型を、SYBR® Green リアルタイム PCR
法を用いて迅速かつ正確にプロファイリングを行なう、PCR アレイおよびアッ
Reference
セイです。
Experiment
qBiomarker Copy Number PCR Array には 96-well および 384-well、100-well
Add genomic DNA
to mastermix.
disc があります。qBiomarker シリーズのプライマーデザインとマスターミック
スは 23 または 95 の異なる遺伝子座特異的産物の増幅を可能にします。
qBiomarker Copy Number PCR の特徴:
Pipet sample
onto plate.
■■ 殆どの市販のリアルタイム PCR 装置を用いてコピー数プロファイリングが
可能
■■ 1 千万以上のウェットバリデーションされた優れたパフォーマンス
■■ Easy to Use な無料解析ソフト
Run in your
real-time PCR
instrument.
Real-time PCR instrument
RT2 Profiler PCR Arrays システム、EpiTect Methyl PCR Array システム
(対象生物種:ヒト)におけるアップグレードのお知らせ
今回のアップグレードでは、プライマーデザイン等の見直しを行なった
Analyze your
results.
ことで、より高い感度での検出が可能となりました。
なお、プライマーをクレゾールレッドで染色することで製造工程での
工程管理を改善しました。この色素は実験パフォーマンスには影響いた
A
B
C
D
E
F
G
H
I
J
K
しませんので安心してお使いください。
L
Gene
qBiomarker Copy Number PCR Array のワークフロー
細胞、組織、血液やホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)サン
プルから DNA 精製。DNA を qBiomarker SYBR Mastermix に加え、
1 アレイにつき 1 サンプルを分注する。それぞれのアレイには、
23 または 95 遺伝子座特異的アッセイと qBiomarker Multi-Copy
Reference Copy Number PCR Assay が quadruple replicates で乗っ
ている。リアルタイム PCR 装置でプレートをかけ、対応するウェ
ブベースのデータ解析ツールでデータ解析を行なう。
【アップグレードに関する詳細】
RT2 Profiler PCR Arrays システム:
http://www.sabiosciences.com/RT2PCRArrayUpdate.php
EpiTect® Methyl PCR Array システム:
http://www.sabiosciences.com/dnamethylationupdate.php
注:アップグレード製品には PCR 機器番号の前に“Z”が付きますのでご注意ください。
ご不明な点はパスウェイサイエンティスト(Tel:03-6890-7312、E-mail:[email protected])までご連絡
ください。
Cat. no.
製品名
内容
qBiomarker Copy Number PCR Arrays
Disease, pathway or custom panels of copy number assays
Varies
qBiomarker Copy Number PCR Assays
Laboratory-validated qPCR assays for measuring changes in copy number
Varies
qBiomarker SYBR Mastermixes
Reagents for real-time PCR reactions (available with appropriate loading dyes)
Varies
16
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Issue 3/2012
Hot New Products ̶ 新製品ご案内
微量サンプルを用いた miRNA プロファイリング
miScript ™ PreAMP シリーズ
37
限られた採取サンプルや少量サンプルを用いて、miRNA のプロファイリング
33
体液や FFPE、少量の細胞などの場合に用いることができます。
Mean CT
を行なう際の cDNA 増幅を確実に行なうためのキット。血清・血漿サンプル、
29
25
Nonpreamplified
Preamplified
21
10 倍以下の cDNA から miRNA 検出での 100%の増加
トータル RNA は、miRNeasy Serum/Plasma Kit で 5 μl のヒト血清から精製された。その後 cDNA は
0.7 μl の血清相当量(SE)から miScript HiSpec Buffer と miScript II RT Kit で準備された。cDNA(0.7 μl
SE)は直接 miRNA プロファイリングに、10 分の 1 量の cDNA(0.07 μl SE)は miRNA プロファイリ
ングの前に、miScript PreAMP PCR Kit と miScript PreAMP Pathway Primer Mix で前増幅された。miRNA
のプロファイリングは miScript miRNA PCR Array で行なわれた。平均の CT 値がプロットされた。
17
0
10
20 30 40 50 60 70
Assay on Serum & Plasma miScript
miRNA PCR Array
80
Cat. no.
製品名
内容
miScript PreAMP PCR Kit (12)
Enzyme, reagents, and controls for 12 preamplification reactions
331451
miScript PreAMP PCR Kit (60)
Enzyme, reagents, and controls for 60 preamplification reactions
331452
miScript PreAMP Pathway Primer Mix
60 μl primer mix for 12 preamplification reactions; for use with a
Pathway-Focused miScript miRNA PCR Array
331241
miScript PreAMP Pathway HC Primer Mix
60 μl primer mix for 12 preamplification reactions; for use with a
miScript miRNA HC PCR Array
331242
miScript PreAMP miRNome Primer Mix
60 μl/tube primer mix for 12 preamplification reactions; for use with a
miRNome miScript miRNA PCR Array
331251
miRNA 研究とアプリケーションに関してはウェブサイト www.qiagen.com/products/byapplication/mirna/default.aspx
をご覧ください。
リアルタイム PCR 技術を用いた食品・飼料安全研究試薬
mericon DNA 検出シリーズ
食品/動物飼料の材料および動物や植物原材料を含むある種の医薬品において、GMO 由来 DNA、
バクテリア病原体 DNA など多数のターゲットを特異的に解析するための最適なキットです。すべての
アッセイは、リアルタイム PCR をベースにした同一の PCR プロトコールを用いて実施することが可能
です。
製品の詳細はウェブサイト www.qiagen.com/products/assays/foodsafetytesting.aspx をご覧ください。
Issue 3/2012
Sample & Assay Technologies17
キャンペーン/モニターおよび学会情報
キャンペーンおよびモニター情報
“最小限のサンプル量で最大限の結果を獲得!”プレゼントキャンペーン実施中
キャンペーン期間内に、微量サンプルからの核酸精製キットまたは微量核酸の増幅用キットをご購入いた
だいた方の中から、抽選で 100 名様に 500 円分の QUO カードが当たります。さらにダブルチャンスで、
複数キットをご購入された方の中から 3 名様に 10,000 円分のぐるなびギフトカードをプレゼント!
是非この機会に QIAGEN の微量サンプル用製品をお試しください。
キャンペーン対象製品:弊社ウェブサイトキャンペーンページをご覧ください。
キャンペーン実施期間:2012 年 9 月 4 日(火)∼ 11 月 30 日(金)ご応募分まで
Rediscover キャンペーン
QIAGEN 製品には、精製・アッセイ製品以外にも様々な製品があります。期間内に対象キットをお買い
上げいただくと、日々の実験にすぐご活用いただける製品をプレゼント致します。
プレゼント第 2 弾は、DEPC を使用しないヌクレアーゼフリー高純度精製水です。
第 2 弾プレゼント製品:Nuclease-Free Water(50 ml x 1 本)
キャンペーン実施期間:2012 年 7 月 3 日(火)∼ 9 月 28 日(金)
QIA キャンペーン
QIA キャンペーン対象製品に同梱されている“QIA キャンペーン抽選カード”で当たりカードが出たお客
様に 1,000 円分の QUO カードをプレゼント致します。カードをご確認いただき、QIAGEN ウェブサイト
からお申し込みください(お客様登録が必要となります)。
キャンペーン対象製品:弊社ウェブサイトキャンペーンページをご覧ください。
キャンペーン応募期間:2013 年 5 月 31 日まで
各キャンペーンおよびモニター情報の詳細はウェブサイト www.qiagen.com/CampaignJP をご覧ください。
学会情報
n 第 32 回分子腫瘍マーカー研究会(2012 年 9 月 18 日:さっぽろ芸文館)
n 第 71 回日本癌学会学術集会(2012 年 9 月 19 ∼ 21 日:ロイトン札幌[展示]、さっぽろ芸文館[ランチョンセミナー])
□ ランチョンセミナー
“がんの分子病態解析とウェットとドライの統合”
高橋 隆 教授(名古屋大学大学院医学系研究科神経疾患・腫瘍分子医学研究センター分子腫瘍学分野)
n 第 21 回日本 DNA 多型学会学術集会(2012 年 11 月 8 ∼ 9 日:京都教育文化センター)
n 第 35 回日本分子生物学会年会(2012 年 12 月 11 ∼ 14 日:福岡国際会議場・マリンメッセ福岡)
学会の詳細および、その他の学会はウェブサイト www.qiagen.com/events/meetings.aspx をご覧ください。
18
www.qiagen.co.jp
Issue 3/2012
QIAGEN クイズ
QIAGEN クイズ
?
がん化メカニズムに関わるテロメア長を
測定するための新しいアプリケーション
に使用した装置は次のうちどれでしょう?
1)QIAcube ™
2)TissueLyser LT
3)QIAgility ™
4)Rotor-Gene ™ Q
ヒント:弊社ウェブサイト(www.qiagen.co.jp)の検索ボックスに
“QIAGEN News 2011 e4”を入力しクリック!
応募方法:
クイズの解答と氏名、所属(施設名、学部、研究室名)
、住所、電話番号、
メールの件名に“QIAGEN クイズ応募”とご記入の上、電子メール
([email protected])にてご応募ください。抽選で 30 名様に
弊社から粗品を送付させていただきます。
応募期間:2012 年 10 月 19 日(金)まで
またご応募された方には、定期的に弊社の製品、アプリケーション
情報満載のメールマガジンを送付させていただきます。
注:当選者の発表は、賞品の発送をもってかえさせて頂きます。
関連アプリケーションのご紹介
HRM 解析による PCR 産物の識別
PCR 産物は、その塩基組成(GC 含量)
、配列、長さなどに依存した産物特有の解離温度(Tm 値)を有します。インターカレーター
105
Normalized fluorescence
を用いた PCR の後に行なわれる融解曲線解析では、この産物特有の Tm 値の違いを利用して、プライマーダイマーや非特異的副
95
85
産物の有無の確認が可能です。High Resolution Melt(HRM)解析とは、この融解曲線解析を極めて精度の高い温度分解能を利用
75
して、僅かな Tm 値の“ずれ”でさえも検出することができる技術です。Rotor-Gene
Homozygote
65 Heterozygote Q の遠心エアコントロール方式での温度分
mutant
55
解能は ±0.02℃であるため、PCR 産物中に一塩基の違いがあっても高感度に検出可能で、卓越した温度均一性と光学的均一性は
45
HRM に最適です。
HRM は次のようなアプリケーションに最適です:
35
25
15
5
Wild type
78 79 80 81 82 83 n
84 多型配列解析
85 86 87
n ジェノタイピング(図 1) n メチル化定量解析 n 遺伝子スキャニング Temperature (°C)
105
95
85
75
65
55
45
35
25
15
5
B
Heterozygote
Homozygote
mutant
Wild type
78 79 80 81 82 83 84 85 86 87
Temperature (°C)
Normalized fluorescence
minus wt
Normalized fluorescence
A
15
Homozygote
mutant
10
5
0
Heterozygote
Wild type
78 79 80 81 82 83 84 85 86 87
Temperature (°C)
Normalized fluorescence
minus wt
図 1. HRM による正確な SNP ジェノタイピング
ヒト PPP1R14B 遺伝子(protein phosphatase 1, regulatory [inhibitor] subunit 14B)の SNP rs60031276(A が G に置換)を異なる遺伝子型のゲノム DNA
15 ™ HRM PCR Kit を用いて Rotor-Gene Q で解析した。ホモ接合体野生型(AA、青線)、ホモ接合体変異型(GG、赤線)、ヘテロ接合体(AG、緑線)
10 ng と Type-it
Homozygote
野生型(wt)に対して標準化した difference plot。
サンプルを A HRM 解析融解曲線、 B mutant
10
Heterozygote
5
0
Issue 3/2012
Wild type
78 79 80 81 82 83 84 85 86 87
Sample & Assay Technologies19
News in Short
QIAGEN
eyes マガジンと E-Newsletter 配信登録のお知らせ
QIAGEN 情報配信にご登録いただいた皆様に、世界での新しい研究
事情や QIAGEN の新製品などの情報を、マガジンと E-Newsletter に
てお届けしております。この機会に是非ご登録ください。
ご登録方法:
QIAGEN ウェブサイトの“連絡先”のタブより“QIAGEN 情報
配信申し込み”を選択いただき、必要事項をご記入の上、お申し
込みください。
QIAGEN プロダクトガイド 2012 の公開のお知らせ
新しい PDF 版カタログ“QIAGEN プロダクトガイド 2012”が弊社
ウェブサイトにて公開されました。これまでの印刷版ではご紹介
しきれなかった製品も新たに掲載されています。
また、ご研究にお役立ていただける製品を簡単に検索できるほか、
各ページのリンクをクリックすることで、より詳細な情報と価格が
掲載されている製品ウェブページをすぐにご覧になれます。
この機会に是非ダウンロードしてご活用ください。
次号予告:11 月発行予定
次世代シークエンサー(NGS)技術の活用によりエクソーム、
エピジェネティクス、
トランスクリプトーム
解析が進み、がん研究分野で新たな展開が期待されています。次号では、NGS を利用したがん研究の
最新情報をご紹介させて頂く予定です。
記載の QIAGEN 製品は研究用です。疾病の診断、治療または予防の目的には使用することはできません。最新のライセンス情報および
製品ごとの否認声明に関しては www.qiagen.co.jp の“Trademarks and Disclaimers”をご覧ください。QIAGEN キットの Handbook お
よび User Manual は www.qiagen.co.jp から入手可能です。
Trademarks: QIAGEN®, QIAamp®, QIAcube ™ , QIAgility ™ , EpiTect®, miScript ™ , PyroMark ™ , Rotor-Gene ™ , Type-it ™ (QIAGEN Group); SYBR® (Life Technologies Corporation).
本文に記載の会社名および商品名は、各社の商標または登録商標です。 2302009 08/2012
© 2012 QIAGEN, all rights reserved
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株式会社 キアゲン n 〒 104-0054 n 東京都中央区勝どき 3-13-1 n Forefront Tower II
Tel:03-6890-7300 n Fax:03-5547-0818 n E-mail:[email protected]
Sample & Assay Technologies