障がい者週間 - 大分県障害者社会参加推進センター

平成27年度
障害者社会参加推進センターだより
大分県障害者社会参加推進協議会
発 行:第19号 平成28年3月
編 集:大分県障害者社会参加推進センター 大分市大津町2丁目1番41号
TEL・FAX 097-558-8797 Eメール [email protected]
障がい者110番:TEL・FAX 097-558-7005
平成27年度を振り返って
大分県障害者社会参加推進協議会
会 長 藤 波 志 郎
大分県障害者社会参加推進協議会は、県内の 27 の福祉関係団体で構成されており、これ
までも『障がい者の自立と社会参加の実現』に向けた取組みを進めてまいりました。
本年度も、多くのボランティアの方々をはじめ、障がい者団体など関係各位並びに行政の
皆様方のご協力やご支援のおかげをもちまして、各種事業を滞りなく終了することができま
した。心からお礼を申し上げます。
まず、37 回目を迎えた『大分県障がい者・児“秋の交歓会”』として、
9月には「卓球バレー
大会」や「ふうせんバレーボール大会」を、
10 月には「ふれあい広場」や「ゲートボール大会」
を行い、障がい者・児と健常者が一堂につどい、交流交歓の輪を広げることができました。
次に、11 月には 17 回大分県民芸術文化祭参加行事として障がい者・児の芸術・文化活動
に寄せる意欲をいっそう高めるために「ときめき作品展」を開催し、
多くの応募をいただき、
実り多いものとなりました。
そして、12 月日田市で開催しました「障がい者週間」福祉大会では、行政・福祉関係者
をはじめ多くの方々のご協力をいただき実り多い大会となりました。
当事者体験発表では、
「幼
い頃からの苦労や頑張ったこと」、「明るい未来のために職場で頑張っている姿」、「障がいを
のり越えてきた姿」をご覧いただき、
「ときめき音楽祭」では、それぞれの演奏者の思いが歌・
リズムに乗せて届けられました。
今後とも、本協議会といたしましては関係者の方々との協力・連携を図りながら『障がい
のある方自身が積極的に社会参加しようとする意欲を持つとともに、障がいの有無にかかわ
らず、全ての人が広く障がい者福祉について関心と理解を深めていくための取組み』を進め
てまいりますので、引き続きより一層のご支援とご協力を賜りますようお願い申し上げます。
《表紙の絵》 「春」 大分県立別府支援学校 西 山 美 沙 希
作品に対する思い入れ・コメント…春の雰囲気を大切にして色彩にこだわりました。春の草花は、とても瑞々しく元気そうでした。
―1―
第 37 回大分県障がい者・児「秋の交歓会」
障がいのある人とない人が一堂につどい、交流の輪を広げ相互に理解を深めながら、楽しいひとときを
過ごして、温かい社会づくりに寄与することを目的に第37回大分県障がい者・児「秋の交歓会」が開催
されました。9月の「卓球バレー大会」や「ふうせんバレーボール大会」につづいて、10 月の「ふれあ
い広場」や「ゲートボール大会」ともに天候に恵まれ、
けが人もなく交流の輪を広げることができました。
<参加者をはじめ多くのボランティアの皆様ありがとうございました>
◆ 卓球バレー大会 ◆
◇ 開催日・参加チーム数・優勝チーム等
平成 27 年9月5日㈯
大分県身体障害者福祉センター体育室
16 チーム 129 名
優 勝:中津ろうタイガーA
準優勝:別府フラワーズA
第3位:安心院スッポンクラブ
敢闘賞:日田フレンドワーク
◇ ご協力いただいた団体・ボランティア等の皆様(敬称略)
大分県障がい者スポーツ指導者協議会
大分県卓球バレー協会
大分県立大分商業高等学校 生徒のみなさん 写真ボランティアグループ「シャボラン大分」二宮延子
手話:大分県聴覚障害者協会 救護:日本赤十字社大分県支部
卓球バレー大会に参加して
九重町身体障がい者福祉協会 会 長 森 有 為
第 37 回大分県障がい者・児「秋の交歓会」卓球バレー大会が開催されて、わが九重町障がい者福祉協
会も選手を選抜して、2チーム・15 名が優勝を目指して参加しました。私自身、
はじめての卓球バレーです。
競技ルールなどの知識は皆無。どんな競技でどんなルールがあるのか興味がよぎりました。
県下から 16 チーム・129 名の選手が大会に参加されて、素晴らしい卓球バレー競技が繰り広げられま
したが、鍛えられた動と技を発揮するチームも沢山ありました。
一球一打に歓喜と大声が飛び交う競技会場、観客も熱心に思わずコブシを握って見とれた試合もありま
した。
残念なことに我が愛する九重町チームは、一勝する事もできませんでしたが、来年は勝利を目標に練習
に励む事を約束しました。
卓球バレーは障害者に適応した素晴らしい競技種目だなと、あらためて感心いたしました。
また、大会当日、選手宣誓をしましたが上手く宣誓できたのか疑問です。今後ともよろしくお願いい
たします。
(明るく 楽しい パンチのきいた 選手宣誓 ありがとうございました)
選手宣誓
サーッ、試合開始!
―2―
審判団(得点、どんな感じ?)
パートごとに熱戦 6人1チームで卓球台を囲みネットと台の間に球を通して打ち合う 午前中のテレビ取材ニュースを見入る参加者
優勝 中津ろうタイガーA
◇ 豆知識 卓球バレーって、どんなん?
昭和49年頃、
筋ジストロフィー症児のために京都の養護学校で始まっ
た競技で、
子どもからお年寄りまで、また、重い障害のある人も楽しく
体を動かせる競技です。
①1チーム6名ずつ、計12名が普通の卓球台を囲み、3打以内で相手
コートに返す。
②車いすの人は車イスで、歩ける人はイスに座ってスタンバイしま
す。
②ラケットの代わりに、かまぼこ板のような長方形の板で、通常より
高く上げたネット(球の直系1.5倍ほど上げて)と台のスキマを転
がして打ち合います。ボールには、中に金属球が入っていて音が鳴
ります。
平成27年9月7日㈪ 大分合同新聞 朝刊
◆ ふうせんバレーボール大会 ◆
◇ 開催日・参加チーム数・優勝チーム等
平成 27 年9月6日 ㈰
大分県身体障害者福祉センター体育室
20 チーム 161 名
由布グループ
鶴見グループ
優 勝
大分振興委員会
安心院町すっぽん
準優勝
イミテーションゴールド
アップルミント
3 位
O . E . B . Cポップコーン
ここのえB
敢闘賞
ビタミンシックス
木埋学園
―3―
◇ ご協力いただいた団体・ボランティア等の皆様(敬称略)
大分県障がい者スポーツ指導者協議会・ふうせんバレーボール部会
楊志館高等学校様 佐々木修先生、ボランティア部の生徒のみなさん
写真ボランティアグループ「シャボラン大分」平川良子 髙橋賢一
手話:大分県聴覚障害者協会 救護:日本赤十字社大分県支部
ふうせんバレーボールに参加して
就労継続支援B型 ぱれっと
私たち「ぱれっと」は、作業を共にする仲間同士の交流をもっと深めたい、他施設の様々な障害のある
方たちとの交流を持ちたいという思いで今回参加しました。
参加を決めて、わずか2ヵ月。練習中、チームがバラバラになるハプニングや、ルールを理解すること
に頭を悩ませたりしましたが、なんとかやり遂げようとするみんなの精神力は強いものを感じました。
優勝も少しねらった大会‥結果は一勝でしたが、
楽しく笑顔の多い会場の中でいつも以上にみんな笑い、
様々な方々との握手や交流でいい出会いも持つことができました。
また、自分達と同じように障がいのある方々のチームプレイを見て、来年は「優勝」やと言う意欲的な
言葉も多く、いい経験ができました。ご支援いただいた皆様、本当にありがとうございました。来年も宜
しくお願いいたします。
仲良く、選手宣誓!
パートに分かれて試合開始!
レシーブ決まった!
由布G 優勝 大分振興委員会
鶴見G 優勝 安心院町すっぽん
審判団・ボランティア等のみなさん
―4―
◇ 豆知識 ふうせんバレーボールって、どんなん?
ふうせんバレーは、子どもからお年寄りまで、また障がいを持つ方、車
椅子を使用されている方でもできるスポーツとして考案されたもの
です。
障害がある人とない人が一緒にプレーを楽しめる競技です。
①チームは障がいのある選手3~4名と障がいのない選手2~3名
の合計6名で構成
②バドミントンコートを使用
③ボールは、
鈴の入った直径40cmのゴムふうせんを使用
④ボールが自コートに入ってからチーム全員がボールにタッチした
後で10回以内に相手コートに返す。
⑤15点先取するか、規定時間内に多く得点したチームの勝ち。
平成27年9月9日㈬ 朝日新聞 朝刊
ふれあい広場
大会に参加して
ふれあい広場に参加して
一般社団法人 大分県身体障害者福祉協会
会長 佐藤 一夫
大分県身体障害者福祉協会は、生活の安定及び福祉の増
進を目的として様々な活動に取り組んでいますが、結婚相
談事業もその中の主な活動です。
今回のふれあい広場では、結婚相談事業として行ってい
ます「ふれあい教室」の参加者が中心となり、トンボやモビー
ル作りの工作をしていただき大変喜ばれました。
出店のレイアウト、飾りつけ、接客時の役割分担もそれ
ぞれアイデアを出し合い、和気あいあいとした雰囲気で行
うことができました。
また、ふれあい教室を含む結婚相談事業の活動を紹介し
うまくできたよ♪
たことにより、問合せや新規加入者もあり、今後の活動に大いに役立つ内容であったと感謝しています。
来年度は、さらに沢山の人に活動して頂けるよう、情報発信と交流ができればと思います。ご支援あり
がとうございました。
◇ ご協力いただいたボランティア等の皆様(敬称略・順不同)
厚板OB会、ボランティア西の洲、うさぎの会、凪の会
写真ボランティアグループ・シャボラン大分 髙橋賢一 武本雅英
司会:木下和子、後藤貞夫
手話:大分県聴覚障害者協会 救護:日本赤十字社大分県支部
―5―
◇ 10月11日㈰ ◇ 10月10日㈯ オープニング
ステージ出演…9団体
開会式
ゲートボール大会
餅まき
苗木の無料配布
ステージ出演…7団体
苗木の無料配布
出店:味のコーナー 工芸 手芸 バザー
農産物販売 など
出店:味のコーナー 工芸 手芸 バザー
農産物販売 など
ボランティアの皆さん 準備完了
好評な苗木の無料配布
好調に売れています!
餅まき:当事者の方々に参加いただきました
オープニング・大分県警察音楽隊(結成 54 年 県民と警察を結ぶ音の架け橋)
―6―
「伸びる芽を育てよう」を合い言葉に和太鼓演奏
「好きな曲を好きなように」をモットーに演奏
元気に踊り、皆さんに楽しんでいただければ最高
「笑顔で楽しく」をモットーに演奏
ふれあい広場に参加して
救護施設・大分県光明寮
すずむし楽団 会長 酒井 義宏
すずむし楽団は、全員重度の障害者で構成している光明寮のリズムクラブです。毎月2回、短い練習時
間ですが一生懸命に練習をして、豊後大野市内の各種団体が主催するイベントで年間2~3回程度演奏し
ています。
今回の出演は、これまで経験したことのない大イベントでの発表でしたので、メンバーの中には緊張す
る人もいましたが、全員練習の成果を十分に発揮することができたとよろこんでいますし、とても楽しく
演奏することができました。さらに、練習に励んで次のステップに向けていこうと意欲の湧く貴重な出演
でした。
私たちも一人ひとりがなにかしらの障害を持っていますが、イベントに参加された方々、出店された方々
の楽しそうな笑顔が見受けられ、お互いに助け合いながら更なる目標に向かって頑張りたいとの思いを持
つことができた一日となりました。出演の機会をいただきありがとうございました。
平成27年10月25日㈪ 大分合同新聞 夕刊
―7―
◆ ゲートボール大会 ◆
◇ 開催日・参加チーム数・優勝チーム等
平成 27 年 10 月 11 日㈰
15 チーム 100 名
優 勝:由布市 挾間支部
準優勝:杵築市
第3位:中津身障協生会
第3位:国東市
◇ ご協力いただいた団体・ボランティアの皆様(敬称略・順不同)
大分県ゲートボール協会
写真ボランティアグループ・シャボラン大分 武本雅英
手話:大分県聴覚障害者協会 救護:日本赤十字社大分県支部
開会式・大分県ゲートボール協会審判団の皆様
元気に選手宣誓
強いチームばかりです
あっち、こっち熱戦中!
いつも通りにハイッ!一打
優勝した「由布市 挾間支部」チーム
―8―
平成 27 年度「ときめき作品展」
障がい者・児の芸術・文化に関する自主的な取組みを支援し、その成果を発表・展示する機会を設ける
ことにより、障がい者・児の芸術・文化活動に寄せる意欲を一層高め、より自発的で積極的な社会参加を
促すことを目的として、11 月 26 日㈭から 30 日㈪の5日間開催しました
(大分県民芸術文化祭参加行事)
。
本年度は、大分県立美術館が完成しましたので、近くの iichiko アトリウムプラザで開催しました。
絵画 168、工芸 63、写真 25、書 11、陶芸7、合作 25 の合計 299 点作品の応募をいただきました。
また、ご来場の方々へのアンケートにより、部門ごとに感動された作品を選んでいただき、12 月6日、
日田市で開催した大分県「障がい者週間」福祉大会西部大会において表彰しました。
◇ ご協力いただいたボランティア等の皆様(敬称略)
オープニング演奏:平野家の皆様(平野祥司・平野敏子・平野美優・平野愛子)
厚板OB会 うさぎの会
手話:大分県聴覚障害者協会
開会式
平野家の皆様によるオープニング演奏
テープカット 昨年度大賞受賞者代表参加(中央)
ご来場の皆様
アンケート 感動した作品の投票です。
―9―
平成27年度「ときめき大賞」の作品
絵
画
の
部
夢の橋
戸石 薫さん(別府市)
こんな大きな作品を描けるのかと不安でした
が、どんなことでも積極的にやってみようと挑
みました。空は日本の空を描きました。 工
芸
の
部
四季桜(ひょうたん)
宮崎 等さん(日田市)
人の心に灯りをつければ、日本独特の桜の花
が開く様に、人それぞれの個性が輝く事を信じ
1つ1つの彫刻に心を込めました。
写
真
の
部
ミサゴの狩
元木 敬一さん(大分市)
被写体が近くに来るのをじっと待つ時間をつ
ぶすのがつらかった。
書
の
部
夏みかん
平野 喜久男さん(別府市)
私はドラマ「花燃ゆ」が好きです。その舞台
となった萩市の特産である夏みかんを題材にし
て筆を走らせました。
陶
芸
の
部
織部釉まな板皿
安部 カヨ子さん(大分市)
きめの粗い土を使ってざらざら感を出しまし
た。お刺し身を盛り付けたら映えそうです。
― 10 ―
合
作
の
部
あけび
第二杉の木園さん合作(大分市)
園にたくさんあけびが実りました。あんまり
きれいな実だったので、みんなで貼り絵にしま
した。時間をかけて仕上げました。
平成27年11月27日㈮ OBS大分放送
― 11 ―
(横断幕:大分県総合社会福祉会館まえ歩道橋に提示)
大分県「障がい者週間」福祉大会
西部大会
12 月6日㈰、「日田市民文化会館パトリア日田」で、県内各地から約 1,000 人が集い盛大に開催されま
した。
「当事者体験発表」では、代表3名の方々が「幼い頃からの苦労や頑張ったこと」
、
「明るい未来のために
職場で頑張っていること」、「障がいをのり越えてきたこと」を発表されました。
「式典」では、今年度の「ときめき作品展」の絵画、工芸、写真、書、陶芸及び合作の6部門で「ときめ
き大賞」に選ばれた6名の方々に賞状、盾、記念品が贈られました。
「記念講演」では、「知って得するイルカの話」と題して、大分マリーンパレス水族館「うみたまご」取
締役常務執行役員 館長 田中 平さんに講演していただきました。
「ときめき音楽祭」では、それぞれの演奏者の思いが歌・リズムに乗せて届けられ、結びに、参加者の幸
せと再会を願って全員で「合唱」しました。
開催にあたり、ご支援、ご協力をいただきました地元日田市、九重町、玖珠町をはじめ多くの関係者や
ボランティアの皆様ありがとうございました。
式 典
ときめき 大 賞 受 賞 の 皆 様
― 12 ―
当 事 者 体 験 発 表
「障害と共に生きる!」
宿 利 拳 悟
皆さん、こんにちは!僕は幼い頃から耳が聞こえにくい聴覚障害者です。全く聞こえないというわ
けではありませんが、補聴器を使用すればある程度までは聞き取ることはできるし、人の口の動きを
見て判断もしています。
今回、この福祉大会で発表の機会をいただきまして、
皆さんに何をお伝えしようかと悩みましたが、
これまで僕が経験してきた様々な苦悩や体験、そしていま頑張っていることや夢を追って目指してい
ることについてお話しさせていただこうと思います。
まず、小さい頃のことからお話します。僕が聴覚障害と分かったのは3歳くらいの時でした。最初
に気づいてくれたのは通っていた保育園の先生でした。単なる言葉の遅れだけではなく、呼んでも振
り向かない、友達とのコミュニケーションがうまくいかないなどの理由から、もしかして聞こえてい
ないのでは?との助言をいただき、色々な病院めぐりが始まりました。
初めて補聴器をつけたときは大きな音にびっくりもしましたが、よく聞こえることに感動したのを
覚えています。
小学校・中学校は何とか周りの方々にサポートしてもらいながら地元の学校に通っていました。小
学校高学年になり大好きなサッカーをはじめ地元のチームに所属していました。中学生になってから
は部活動としてサッカー部に所属し頑張ってきましたが、いつになってもレギュラーとして認めても
らえず、くやしい思いをしていました。きっと僕がへたくそだからもっと頑張らなくてはいけないん
だと自分に言い聞かせて日々、練習にはげんでいました。
しかし、あきらめきれず顧問の先生にレギュラーとして試合に出たいことを打ち明けました。その
時の答えが「聞こえにくいことで指示が通らない・・・」とのことでした。ショックでした。みんな
と同じ!と僕自身思っていたからです。でも、その後の話し合いでゴールキーパーのポジションをも
らい最後まで頑張ることができました。
高校の進学を決めなければいけない時期がきた時、僕は地元の高校で過ごしたく担任の先生に相談
し、進めてもらっていました。しかし、普通の高校では今までみたいに支援を受けられないというこ
とで、聾学校理容科へ進学することを決意し理容師をめざし頑張ってきました。見事、理容師国家試
験にも合格し、免許を取ることができました。
次の目標として美容師の資格も取りたく現在、美容専門学校で日々勉強にはげんでいるわけですが
今度は就職活動も同時にしなくてはならなく仕事を探しています。
しかし、現状はきびしく、僕が聞こえにくいとの理由でコミュニケーションがとれないのに雇えな
い!どうして、学校は聞こえないのに理容師・美容師を育てるのかわからない!など批判の声もあり
ました。つらく・悲しい言葉でしたが、僕はこれが厳しいとされる現代社会なんだ!と気持ちを切り
替え、障害者わくでの就職活動に変更し見つけようとした矢先、現在の学校側からも「障害者だから
― 13 ―
と言ってすぐ入れると思うな!考えが甘い!」という言葉が返ってきました。僕はどうして良いか
わからず、ずっと悩んでいました。
しかし、ちゃんと自分の言葉で自分の思いは伝えなきゃ!と学校の先生とも繰り返し繰り返し話
し合い、自分の思いを伝えてきました。先生も理解してくださり、障害を持つ人との関わりも勉強
になったと言って下さいました。
僕は、まだまだ、就職活動中ではありますが、とにかく今は美容師国家試験合格を目指し頑張っ
ていきます。そして、これからも甘くはない現実にあきらめず、努力をおこたらず笑顔をたやさず
立ち向かっていこうと思っています。今日、この会場にきていらっしゃる皆様、僕の話を聞いてく
ださりありがとうございました。
「私の職場~明るい未来のために~」
川 野 忠 光
私は、2005 年3月、社会福祉法人「ぴぃたぁパンの家」に入社しました。当時、
私は 31 歳でした。
勤務時間は、8時から 15 時まででした。仕事は、
「ぴぃたぁパン」のパン部門でした。
作業の主な内容は、2つの作業に係り一つはパン製造部門で、もう一つはパン配達部門でした。製
造部門での作業内容は、オーブンで焼きあがったパンを配達先のケースに振り分けることでした。パ
ンは、1日 1,000 個ぐらい焼きあがります。それを配達先ごとのケースに振り分けます。
配達先は大変沢山あり、パンの数も多いので、一人ではとてもできません。何人かと一緒にやって
いました。お昼前に、配達の車が出発するので、ゆっくりと仕事はできません。テキパキとやらなけ
ればならないので、頑張ってやっていました。
パン配達部門での仕事内容は、毎日4台の車で配達先に指導員と一緒にパンを持って行って販売す
ることです。沢山売れる日もあれば、そうでもない日もありました。
沢山売れた日は、達成感を感じることが出来ました。その配達先の一つに、今現在努めている「ダ
スキン」がありました。
「ぴぃたぁパン」での思い出は、みんなで研修旅行に行ったことやクリスマスイベントに参加した
ことです。
研修旅行は、
毎月旅行積み立てをしていました。
そして大阪のユニバーサルスタジオジャパンに行っ
たときは、積立金だけでは、お金が足らなかったので、当時年3回出ていたボーナスから不足分を出
して、
ユニバーサルスタジオジャパンに皆で研修旅行に行きました。
大変楽しかった思い出として残っ
ています。
クリスマスイベントは、仲間と一緒に飲んだり食べたりして楽しく過ごしました。いまでも、当時
の「ぴぃたぁパン」の仲間たちと一緒に町の中で遊んだりしています。
このようにして約4年間「ぴぃたぁパン」に勤めました。
その後、
「ぴぃたぁパン」から、そろそろ一般就労をしませんかと勧められ、以前パンの配達に行っ
― 14 ―
当 事 者 体 験 発 表
ていた株式会社ダスキンでした。
まず、実習から始め、「ぴぃたぁパン」のスタッフの方がいろいろと指導に入ってくれたおかげで
大変不安でしたが、何とか実習を終えることが出来ました。
7月1日、ダスキンに入社でき、ダスキンの方々には、大変感謝しています。ダスキン就職後も、
「ぴぃたぁパン」のスタッフの方が、私が心配だったのでしょう、数回会いに来てくれました。お陰
で私も落ち着いて仕事に取り組むことが出来ました。
いちばん最初に不安だったことは、ダスキンの従業員の人達とうまくやっていけるか、雰囲気に慣
れることができるかということでした。
ダスキンの従業員の人達から、いろいろと優しく声をかけてもらえたおかげで、安心して仕事に取
り組むことが出来ました。
現在の主な仕事は、ダスキンの倉庫担当で、配達するいろいろな商品を指示通りに従業員の人たち
に出す作業です。種類がとても多く結構大変です。
ダスキンのスタッフから、指導を受けながらこの仕事を3カ月ぐらいで覚えることができました。
皆さんから、早く覚えたので褒められ嬉しかったです。
もう一つの仕事は、スタッフと一緒にお客様のところへモップやマットなどを一緒に配達もしてい
ます。私は、今のこの仕事がたいへん楽しいです。
これからも頑張って、ダスキンの仲間と一緒に楽しく仕事をしたいと思っています。
これで、川野 忠光の発表を終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございました。
「私は、こうやってのり越えた」
石 松 敏 憲
私は、うつ病です。今年の 3 月まで生活保護を受けながら、育成会の作業所に 1 年間通いました。
そしてその後、日田市が行っている障がい者雇用対策の一環で、雇用期間が 1 年間ですが老人ホー
ムの清掃を中心とした仕事に就きました。最低賃金はあり、保険はついています。いろいろ不安はあ
りました。知り合いに相談をしたところ、「やめたほうがいい」、「頑張ってみたら」といろいろなア
ドバイスをもらいましたが、最終的には、頑張ってステップアップしたいと思い、この仕事に就きま
した。収入に関しては、生活保護の時より若干上がりましたが、支出は病院代、公共料金等が増えま
した。
生活保護を受けはじめて、いちばん思い出すのは叔父の言葉です。「お前は、他人様に食べさせて
もらっているのを忘れるな」と言われた言葉です。
決して私は、仕事がしたくないのではありません。それどころか、私は人1倍仕事をしたいと思っ
ています。そして、人より丁寧に仕事ができると思っています。しかし、病気のせいでしょうか。そ
― 15 ―
れがなかなかうまく出来ません。
また、コミュニケーションを上手にとることがなかなかできません。
私は、水道屋に生まれました。その手の学校に進学し、水道関係のスキルを身に付けました。そし
て水道屋として仕事を始めました。トイレに手を突っ込み、ブラシの入らないところまできれいにで
きます。薬剤の薄め液を使っていたので、ゴム手袋を使っていましたが水だけでと言われれば、素手
でも掃除をしました。後で手を洗えば何でもありませんでした。
このような経験は、今現在老人ホームの清掃作業にとても役に立っています。水回りの様々な作業
に関して私はほかの誰よりも、このような仕事に対するスキルはあると思っています。今の職場に入
居している方は、お年寄りの方たちです。
食事の際、ご飯をこぼし足で踏みつけてそのご飯粒が床にこびりついて中々取れなくなっていると
ころが何か所か毎日あります。
そこでスクレーパーというコテのようなものを用意してもらい、きれいにすることが短時間で出来
るようになりました。毎日の掃除機かけや、週に2~3回のモップ掛けもスムーズにできるようにな
り、全体の掃除の時間短縮にもつながりました。
また、電球のブランケットがあり、石膏ボードに直接木ねじで取り付けていたために石膏の穴が広
がりブラブラしていました。そこで、ボードの内側でひろがるねじ止めを用意してもらいきっちりと
取り付けました。網戸の修理もできましたので、業者に頼まずに材料だけ用意してもらい、修理をし
ました。
そのうち、逆に職員の方からブロックが欠けているのだけれど何とかなりますか、と相談を受けま
した。破片もきれいに残っていたのでコンクリートボンドがあればできますよと返事をしました。コ
ンクリートボンドを仕入れてもらうようにしています。うまくいかないこともあります。
2階のロビーの清掃は、入居者の方が昼食で1階に降りてからやります。また、
月曜日、
金曜日はモッ
プ掛けもあります。その作業時間の調整がかなり困難です。時間の調整に関して職員の方ときっちり
打合せをしなければと思っています。
自分としても、コミュニケーションをとることが上手なほうではありません。
今現在やっている作業は、だれのための作業なのかということを忘れていたような気がします。こ
のことをしっかりと肝に銘じて職員の方たちと話し合いをやり、お互いにやりやすい仕事場を作るこ
とが出来ればと思っています。
うまくいくか行かないかは、仕事が上手にできるかそうでないかということもあると思いますが、
いかに職場の人たちといい関係を作り、相談できるようになっているかだと思います。
この8か月の間に、精神的にまいった時期が数度ありました。その時、私には相談できる人が数人
いました。おかげで気を持ち直し、落ち着いて仕事に励むことが出来ました。人に相談するというこ
とは、すごく大事なことだと思います。
今いる職場は、来年の3月で終わります。この約8か月の経験を生かして次の職場に生かすことが
出来るように頑張りたいと思います。
以上で、石松敏憲の発表を終わらせていただきます。ありがとうございました。
― 16 ―
と き め き 音 楽 祭
福祉大会西部大会の
「ときめき音楽祭」
に参加させていただきましたこと、
心より感謝申し上げます。
今年で透析歴が 33 年(立花)、10 年(森本)になります。随分長い間、病気にとらわれていまし
たが、いろんな趣味に支えられ目標をつくり、チャレンジし続けたことが、今回の出演で実をつけた
ようです。
初めの頃は、自ら心で障がいを作っていたように思いましたが、今では障がいに感謝する気持ちに
もなれた気がします。
これからもいろんな困難に遭うかもしれませんが、
互いに困難を楽しむ気持ちで生きるつもりです。
主催者の方々には、本当に感謝申し上げます。有難うございました。
日田市内でのミニコンサートや老人施設等への訪問活動を続けています。
神来の郷「透析ブラザーズ」
立花 信一・森本 昭典
神来の郷「透析ブラザーズ」
つま弾くギターの音色と美しいハーモニー♬
大分県立日田支援学校高等部
勇壮で迫力ある中にも、一人ひとりの技と個性が光った
ステージ (^^ ♪
玖珠メルヘンの会
気持ちが一つになって弾けた時の爽快感 みごとなアンサンブル!
会主にインタビュー~♪
合唱 会場の皆様と共に
神来の郷透析ブラザーズ
玖珠メルヘンの会
スタッフ
― 17 ―
記 念 講 演
「知って得するイルカのお話」
大分マリーンパレス水族館うみたまご
取締役常務執行役員
館 長 田 中 平 氏
昭和 49 年3月入社。飼育部にてラッコやアザラシ等の飼育調教に携わり、平成 17 年8月「うみ
たまご館長」に就任。大分県博物館協議会長としてご活躍中。平成 27 年 10 月、「うみたまご」入
館者は、開館 11 年余りで1千万人を突破。
「知って得するイルカのお話」と題した、日頃聞くことのできない貴重なお話でした。
1 イルカの基礎知識(ハセイルカの救命)
鯨類は、全世界で約 83 種類。これは、小型のハセイルカのお話。2008 年2月、宮崎の漁師
さんから、
「赤ちゃんイルカが一頭だけ網に入り、
死にかけている」との電話があった。イルカは、
群れで生活しているが、網の中に一頭ということは、海に帰しても生きていけないので、引き取
ることにした。
イルカは、私たちと同じ乳をあげる哺乳動物で肺呼吸する。呼吸場所の鼻に水が入らないよう
ワセリン油を塗り、皮膚が乾燥しないよう湿ったウエスで包み、担架に載せ、水族館まで運んだ。
相当弱っていた。赤ちゃんか否かは、舌で見分ける。
赤ちゃんは、
海中で親イルカの乳を飲む。
舌は、
乳首が外れないように乳首を包む形状だが、このイルカには親イルカがいないので乳をあげられ
ない。消化が良く柔らかい魚をあげ、水中に放したが泳げなかった。飼育員がサポートしないと
ブクブク沈み溺れる。寒い時だった。飼育員が 30 分おきに二日間サポートしたが、ずっと続け
るわけにはいかない。そこで、沈んでも溺れないようライフジャケットを工夫して作り装着する
ことにした。このハセイルカ、大変貴重な動物で、他館で7年程生きた記録があるが、現在は世
界中で、
「うみたまご」にしかいない。4月にオープンした「あそび~ち」でお客さんと触れ合っ
ている。
ハセイルカの救命 2008.2.19
ライフジャケット作成・装着
現在のハセイルカ 2015.11.23
新施設「あそびーち」にて飼育中
2 イルカと鯨の違い・口の中にひげがあるか歯があるか
イルカは、水族館でたいへん人気のある動物。
イルカと鯨の見分けは、
生物学的には根拠は無く、
単純に名称、呼び名の違いに過ぎない。違いは、
口の中にひげがあるか歯があるか。では、
ひげ鯨っ
てどんなものか。ザトウクジラを例にすると、ヒゲでプランクトンや小魚を食べるので歯は必要
ない。ヒゲがあるのは殆どが大型の鯨。水族館によくいるバンドウイルカには、口の中に鋭い歯
― 18 ―
記 念 講 演
がある。
イルカは、比較的小型で、一般に全長4m未満の歯鯨を指し、
イルカも鯨も同じ仲間である。
3 多い質問「イルカ、頭いいんですよねっ・頭いいんでしょう!?」
うみたまごのイルカは、野生で飼育員から直接エサを取るまで数ヶ月(個体差あり)を要し、
完全に餌付いてから各種トレーニングや調教を始める。ダイナミックなショーやジャンプ等がで
きるようになるまで、毎日根気よく訓練して、約2~3年必要。セイウチ君は、人間の言葉を 50
ぐらい理解する。人間の3~4歳児くらいの知能があるのでは。トドやアザラシも飼育員との信
頼関係によりショーは完璧。頭の良さや人慣れもイルカだけが特別なではなく、他の動物と同じ。
4 欧米捕鯨と日本捕鯨との違い
シロナガスクジラは、地球上で最大の鯨で全長約 30 m。日本人は、今から5千 500 年程前の
縄文時代から、漂着する鯨だけでなく積極的に捕獲していた記録や遺跡が残っている。はじめは、
イルカが捕れる一部の漁村や貴族階級が食していたが、江戸時代になると、一般庶民にも普及。
江戸時代の沿岸捕鯨では、毎年、鯨の来る季節に山の見張り台から鯨が来たことを知らせ、手こ
ぎの船で追い、鯨を網にかけ、モリを打ち込み捕獲していた。
18 世紀、ヨーロッパで産業革命が始まると鯨油が機械油として珍重され、近代商業捕鯨がは
じまり、帆船や蒸気船で大西洋のクジラを鯨油目的で乱獲し、生息数枯渇に追込んだ。
次は太平洋。大海原で捕鯨を効率的に行うには、食糧補充、船員の休憩等の事情から捕鯨船団
の補給基地が必要。アメリカは、当時独立国であったハワイを捕鯨船団の補給基地とするために
植民地とし、ハワイ沖の鯨を捕りまくった。
1853 年(幕末の日本・鎖国中)
、アメリカは日本近海捕鯨の補給基地を作るため、ペリーが軍
艦で来航し開国を迫った。日米和親条約により浦賀(今でいう大使館にあたる)を鯨の補給基地
とした。ところが、条約締結5年後の 1859 年、アメリカで大規模な油田が発見され、鯨油の需
要が急速に減少、捕鯨が衰退した。
欧米型の捕鯨は、クジラ(セミクジラやマッコウクジラ)の鯨油のみ利用し、他の部分 90%は
海に投棄。日本型捕鯨は、100 パーセント利用。神の恵みというか哀れみの心というか、それに
感謝をしていたというような文化歴史が至るところにある。
このことが、
欧米と日本の大きな違い。
クジラへの感謝のこころ
クジラの死を悼むこころ
山口県長門市 向岸寺
米国式帆船捕鯨による北太平洋でのセミクジラ捕獲位置(1852 年~)
― 19 ―
5 IWC(国際捕鯨委員会)・反捕鯨国と捕鯨推進国・マッコウクジラ数
IWCは、
世界の鯨を科学的に管理し永久的に継続利用するために設置。日本は 1951 年に加盟。
鯨やイルカは 83 種類、世界的に保護・管理されている鯨は 13 種類。
反捕鯨国はヨーロッパが中心の 50 カ国、捕鯨推進国は 38 カ国。原住民の捕鯨もロシア、アメ
リカ、グリーンランド、セントビンセントとあるが、日本は原住民というかたちでは認められてい
ない。
日本は、20 年程前まで商業捕鯨をしていたが、今は調査捕鯨のみ。しかし、アイスランド、ノ
ルウェー、カナダやインドネシアなどはいまだに商業捕鯨を堂々とやっている。
シロナガスクジラは、まだまだ数が少なく保護をしないと、この地球上から姿を消すくらいの段
階。北極鯨は、枯渇し、あと数十年でいなくなる可能性もある。ナガスクジラは、保護したため今
では健全になっており、少し捕っても良いのではないかという段階。イワシ鯨も、資源を把握管理
しておけば少しは捕っても良いのではないか。
マッコウクジラは、かなり増えている。ある程度間引きをしないと、イルカや他の水産資源にも
かなり影響を与える。さて、クジラの餌の量。ミンククジラ(最大で8m 未満)でさえ、オキアミ、
カタクチイワシ、サンマ、スケソウダラやイカ等を一頭が一日2~ 300 キロ食べる。これが 100
万頭。毎日食べる水産資源量が想像できる。
6 WAZA・JAZA・日本の動物園と水族館の違い
半年程前、WAZA(世界動物園水族館協会)、JAZA(日本動物園水族館協会)やイルカ問
題が報道された。JAZAには、動物園(89 園館)と水族館(63 園館)が加盟。水族館の内、
イルカを飼っているのは 34 園館、飼っていないのは 29 園館。この他、日本では協会に加入せず
に飼っている施設が幾つかある。
日本動物園水族館協会の動物園と水族館の違いは何か。動物園の人気の動物は、
ライオン、
虎、
象、
サイ、キリンやチンパンジー等で、日本にいない外国産が中心。多くが動物園で繁殖しているので
自然界からの入手はほとんど無いし、海外も含めて、動物園間で動物を交換や融通により入手。
一方、日本の水族館のタイ、イワシ、サメ、エイ、哺乳動物のイルカ、アザラシやトド等は全て
日本産。イルカや鯨は、沿岸捕鯨ということで水産庁が管理し、また長い歴史文化の中で資源とし
て見ている。その資源を水族館が、年間 20 頭くらい譲っていただき展示に使っているのが現状(ア
ザラシも同様に水産庁の調査により、頭数を割り当てる)
。
7 WAZAの勧告と愛護団体等
JAZAは、WAZAに加盟(50 カ国、300 団体)。このWAZAから、「太地町のイルカ追込
み漁(和歌山県で唯一)漁は残酷なので中止せよ。残酷だから(残酷であるという説明無し・意味
不明)
、追い込み漁による入手を中止しなければJAZAを除名する」と通告された。水族館は、
WAZAから退会しても、世界との生き物を取引していないし、殆ど自給自足できるので困らない。
一方、動物園は殆どが外国の動物で、取引・入手するには、その国の顔色を伺わざるを得ない。多
数決により、今まで通りWAZAに残ることになった。
8 太地町のイルカ追い込み漁の正当性と水族館の入手手段としての利点
①イルカの資源量管理は、国(水産庁)が行っている科学的な調査に基づき、資源量が十分なイル
カに限り、毎年種類ごとに捕獲頭数を定める方法で行われている。
②太地町のイルカ漁は、毎年設定される水産庁の捕獲頭数枠の範囲内で、和歌山県知事の許可を得
て実施。また、沿岸捕鯨はIWCの対象外。法律上問題なし。
③水族館は、
捕獲されるイルカの一部を購入しているが、
追い込み漁のイルカは個体に与えるダメー
ジが少なく展示用として極めて良質。現実的で最も安全・確実な捕獲方法である。
― 20 ―
記 念 講 演
9 情報戦に備えて・言いたいことは三つ
今回のWAZA・JAZAイルカ問題の背景には、強力な組織力と資金力を備えた海外の動物
愛護団体(反対勢力)の存在が大きい。彼らの流す情報によって、
「イルカの追い込み漁が残酷で
ある」というイメージが国内においても浸透しつつある。彼らの活動目的は、寄付金の獲得であ
り、このまま反論もせず放置することは、リスクを助長することになり危険。水族館のみならず、
国や地方の公的機関、学術研究者、その他一般融資などが幅広く連携し、私たちの活動や文化と
してのイルカ漁の正当性を訴えていく必要がある。
私たちが言いたいことは三つ。
①減っているわけでもなく、世界的に取引される動物でもなく、日本の水産庁が管理している(あ
る意味水産資源)イルカを年間 20 頭、人間が管理した中で継続的に利用すればよいこと。
②反捕鯨団体(エコテロリズム)は、国の文化や事情など無視して過激な行動をしている。
③JAZAから退会すれば、水族館業界の情報や連帯が少なくなるかもしれないが、これに代わ
る新しい組織(情報交換の場)を作れば何とかなるのではないか。
10 なぜ日本は反捕鯨団体の対象になっているのか
動物愛護団体(反対勢力)は、日本人はイルカを捕まえたり食べたり展示していると、世界中
に訴え反捕鯨の仲間を増やしている。南極の調査捕鯨でも目立つような活動をしないと、企業や
個人からの献金が受けられない。要するに、過剰な環境・動物愛護を利用した企業である。
何故、日本は反捕鯨団体の対象になるのか。他の捕鯨国で反捕鯨活動をすると、テロリストと
判断され、下手をすれば船の撃沈や命を落としかねない。日本での活動は、命の保証はあり、過
激な対処はしない。だから、その対象を日本に持ってきている。彼らにとって日本を攻撃するこ
とが一番の資金源となる。
11 新施設「あそび~ち」・うみたま体験パーク「つくみイルカ島」
「あそび~ち」は、4月にオープンした開放型の施設。イルカは宮崎で保護したハセイルカ、気
が向いて遊びたくなると人に寄って来る。エサ欲しさに寄って来るわけではない。
「つくみイルカ島」は、5年前に津久見市にオープン。ここの魅力は、ダイナミックなショーが
できるし、唯一、イルカと共に泳いだり写真撮影できること。ボートを出すと、周りに寄ってきて、
エサもやれる。このような施設は、日本に5、6館あるが、最大級。
『ご来場スタッフ一同、心よりお待ちしております。
』
― 21 ―
大 会 ス ナ ッ プ
~西部大会を終えて~
五蘊の風(夢風)
佐 藤 美 恵 子
大分県の最も西部に位置する日田市へ県内各地から利便性の悪い中、多くの皆様方にお越し頂きま
したこと、まずは深く感謝申し上げます。
スタッフとして受付を担当する中で、参加される各地域、各団体の皆様が笑顔に溢れ元気に生き生
きとされていることに感動を覚えました。
会場では3名の体験発表、ときめき作品展の大賞受賞者の表彰、記念講演、ときめき音楽祭と 1,000
人の心がひとつになり、価値ある時間を共有できたと思っております。何よりも会場を後にする時の
皆様の表情で、そのことを充分に知ることができました。
障がい者だからこそ見えるもの、感じるもの、聞こえるものがあり、それを生かす力を持っている
ことを強く感じました。障がいと寄り添い受け入れることが、前を向く原動力になっていることを私
たちが教えられ(気付かされ)、自らを正していく術にもつながっていることを実感しております。
このような大会に参加させて頂くことは、本当の福祉とは障がいとは、またその中で健常者である
私たちがどうあるべきか、改めて考え直す良い機会だったと、ありがたく思っております。
本大会の開催にあたりご尽力頂きました関係各位の皆様方に深く感謝申しあげ、今後も地域全体が
障がい者の方々に対し暖かいご配慮ご理解をと願い結びと致します。
皆様、本当にありがとうございました。
体験発表者家族 宿 利 昌 代
この度は、息子が大きな大会の体験発表者として参加させていただき誠にありがとうございまし
た。お世話いただいた皆様にも感謝申し上げます。
実は、今回このお話をいただいたとき、息子は丁度就職活動中で、色々な職場を探している最中で
したが、聞こえにくいというハンディーから中々、美容業界での受け入れは難しく苦労していました。
落ち込んでいく本人をみるのは忍びなく辛かったのですが、
「私たちまで落ち込んでいては未来は
ない!」と思い、何とか家族で支え合い「何とかなる!」精神で本人の背中を押してきました。
そんな中、福祉大会へのお誘いを受け、拳悟が生まれてからこれまでの事を振り返ることができ、
苦労しても何とか頑張ってきたことに改めて感じることができ感無量でした。 また、大会を通じ色々な方々に出会うことができ、お声かけを頂いたことは本人や私達家族にとっ
ても、大きな宝物となりましたし、他の方々の素晴らしい発表や作品など拝見させていただき、とて
も感銘を受けました。
障害=ハンディではなく、障害=生きる力であるとも私は思っています。拳悟の夢も「人を元気に
明るくしたい !」へと変化しました。まだまだこれからではありますが、色々な方々からのご指導・
ご鞭撻いただきながら大きく飛躍していくことと思います。
結びに、大会に携わっていただいた皆様に感謝申し上げお礼の言葉といたします。
― 22 ―
大 会 ス ナ ッ プ
福祉施設の出店
受付の様子
たくさんの方々にご来場いただきました
要約筆記の皆さん
ときめき大賞作品を写真でご紹介
来年は、大分市
ホルトホール大分で
お会いしましょう
― 23 ―
大分県障害者社会参加推進協議会
〈順不同〉
団 体 名
TEL
団 体 名
TEL
(一般)大分県身体障害者福祉協会
097-551-9775
大分県重症心身障害児(者)を守る会
0979-32-5104
(公社)大分県手をつなぐ育成会
097-551-1821
(社団)日本てんかん協会 大分県支部
097-596-7052
(公社)大分県精神保健福祉会
097-551-2080
(一社)大分県断酒連合会
0977-67-3188
(社福)大分県盲人協会
097-532-8450
(社福)大分県聴覚障害者協会
097-551-2152
大分県精神障害者当事者の会(大分どげえ会)
(社福)大分県社会福祉協議会
097-551-2080
097-558-0300
大分県肢体不自由児者父母の会連合会
0977-73-0195
大分県身体障害者福祉センター
097-558-4849
(公社)日本オストミー協会 大分県支部
0978-42-5621
大分県身体障害児者施設協議会
097-558-0300
大分盲導犬協会
097-546-5136
大分県知的障害者施設協議会
097-558-0300
大分豊声会
097-538-0478
(社福)大分県社会福祉事業団
097-552-1316
NPO 法人 大分県難病・疾病団体協議会
097-535-8755
大分県精神科病院協会
0977-24-5920
大分県脳性まひ児(者)父母の会
097-520-2438
大分県障がい者体育協会
097-536-1111
大分県身体障害者相談員協会
097-551-9775
大分県障害者スポーツ指導者協議会
0977-66-0277
大分県ダウン症連絡協議会
097-567-7930
大分県福祉保健部障害福祉課
097-536-1111
大分県自閉症協会
080-6447-1962
― 24 ―
平成28年度 大分県障害者社会参加推進協議会行事予定
行 事 名
総
期 日
会
5 月 27 日(金)
時 間
場 所
大分県総合社会福祉会館内
13:30~
母子福祉センター会議室
秋
卓球バレー大会
9:00~15:00
9 月4日(日)
8:30~15:00
10 月 15 日(土)
10:00~16:00
大分県総合社会福祉会館内
大分県身体障害者福祉センター体育室
の
9 月3日(土)
ふうせん バレ ー
交
ボ ー ル 大 会
歓
ふ れ あ い 広 場
会
(出店・ステージ等)
11 月 10 日(木)
と き め き 作 品 展
~ 11 月 13 日
(日)
大分県総合社会福祉会館内
大分県身体障害者福祉センター体育室
大分いこいの道広場
(ホルトホール大分前)
10:00~17:00
11 月 14 日(月)
10:00~12:00
12 月4日(日)
9:30~13:00
大分市アートプラザ
「障がい 者週 間 」福 祉 大 会
当事者体験発表
ときめき音楽祭
※日程は、変更する場合があります。 ※ゲートボール大会は休止します。
ホルトホール大分