29 Apr 2015 Research Briefing ギリシャ ギリシャには、ユーロ圏離脱も有力な選択肢 ギリシャがユーロ圏から脱退しても、経済的な問題がすべて解決するわけではない。現在抱える問題が新し い問題に置き換わるだけで、脱退後には景気が大きく落ち込むだろう。だがギリシャの家計、企業などセク ターごとに細かくバランスシートを分析すると、ユーロ圏脱退後1年以内かもっと早くに、ギリシャ経済は 力強い成長路線に復帰できる可能性もある。また、ギリシャがユーロ圏脱退と同時に他の改革も実行するな らば、長期的には、ユーロ圏に留まるよりも良い状況となる可能性がある。 ギリシャにとって、ユーロ圏脱退という選択肢は十分考慮する価値がある。債務が速やかに縮小して競争力が 高まる可能性があり、それによって財政緩和が可能になったり、輸出主導型の経済成長が促される。反面、ギ リシャ政府は大幅なヘアカット(債務元本の削減)を交渉するだろうが、負債がユーロ建てで残ることは確実 である。ドラクマ建て負債の大幅な減少は期待できず、GDP 比で 100%を大きく上回る状態が続くだろう。 ギリシャがユーロ圏から脱退すると、税収が急減すると同時に他の収入源も乏しくなると考えられる。2015 年の基礎的財政収支は、GDP 比 3%の黒字どころか、GDP 比で約 2%の財政引締めを行って均衡させること がやっとになるだろう。政府が国債の中央銀行引受けを実施するなら、ドラクマの下落がさらに進む。すると ユーロ建ての政府債務の負担が増加するほか、輸入価格の大幅上昇により実質所得が少なくとも最初のうちは 減少する。為替レートの大幅下落を防ぐため金利も上昇すると見込まれる。長期化はしないだろうが、ユーロ 脱退の結果として少なくとも一定期間の深刻なリセッションは避けられない。 1 点心強いのは、ギリシャ対外純債務のほとんどが政府部門に存在しており、家計、企業、銀行は、ユーロ建 てで残る負債よりも、ユーロ建てで残る資産の方が大きいとみられることだ。言い換えると、ユーロ圏から脱 退した後、ギリシャ民間部門のバランスシートは全体的に改善し得る。 ユーロ圏脱退後、ギリシャ銀行セクターは、厚く備わっている資本バッファーの維持を重視するだろう。その 結果、脱退後の不安定な状況や経済活動の縮小も加わり、融資条件は非常に厳しくなるとみられる。銀行以外 を通じた信用供与も逼迫して、当面のあいだギリシャは「代金引換」の経済になる。経済への打撃は深刻で、 信用フローの回復が政府の緊急課題になるだろう。 だが、こうしたユーロ圏脱退直後の混乱が一段落した後は、ギリシャ経済が力強く成長し始める可能性が高い。 資産価格も急騰するだろう(落ち込んだ後の非常に低い水準からではあるが)。ギリシャが一時的な GDP 減 少を受け入れてそれを上回る将来的な経済発展を目指すならば、ユーロ圏脱退を決断することになる。 但し、ユーロ圏から脱退してもそれだけではギリシャ経済の長期的な成功は保証されない。長期的に成功する かどうかを決めるのは経済の基礎的条件(ファンダメンタルズ)である。しかし、ギリシャがユーロ圏を去っ た後も構造改革を継続するならば、大勢の見方とは全く逆に、ユーロ脱退はギリシャにとって最終的には望ま しい結果に繋がることも十分あり得る。仮にそのような成功が達成できれば、景気が低迷するユーロ圏の他の 国に、緊縮政策やデフレに代わる改革の道筋を示し得る。 Economist: Ben May, Senior Eurozone Economist | +44(0)20 7620 8779 | e-mail: [email protected] 1 29 Apr 2015 Research Briefing ユーロ圏脱退か、残留か? ギリシャ政府は現在、資金に余裕がない、資金借入が不 可能、大量の政府債務償還という、相互に関連する 3 つ の短期的な課題に直面している。そして、民間部門の大 きな負債、競争力の欠如、過酷な緊縮政策の一方で政治 的支援がわずか、という基本的な 3 つの問題も抱えてい る。 規制を施行した場合、ギリシャはユーロ圏から脱退する 可能性のほうが高い(確率は 70%)とみている(参照: we attach a 70% conditional probability to such an event)。弊社はギリシャがユーロ圏に留まる確率の方が 高いが、脱退の確率も 35-40%と十分大きいとみており、 このレポートでは、ユーロ圏脱退のインプリケーション を議論したい。 IMF など公的国際機関による融資の増額が解決策の 1 つ 理論的には、ユーロ圏脱退は魅力的な選択肢 だが、ギリシャが第 2 次支援プログラムで定められた財 理論的には、ギリシャがユーロ圏に留まっている限り、 政改革や構造計画を実施しないと、ユーロ圏の他国もギ 3 つの基本的な問題(国際競争力のなさ、多額の負債残 リシャを援助する気は起こらないだろう。いずれにせよ、 高、厳しい緊縮政策をこれ以上続ける国民の意思が失わ れている事)の解決は、他国・国際機関からの大きな援 1-2 か月の間に現在の手詰まり状態を解決する必要があ る。 助なしでは難しいだろう。 弊社は、「最終的にはギリシャが最終的には要求されて 以前に推定したように、ギリシャの実質為替レートは約 いる施策を実施、公的国際機関からの経済的援助が再開 20%過大評価されていると弊社は考えているが(参照: される」と想定している。この場合は他のユーロ圏の Greece’s real exchange rate is about 20% overvalued)、 国々も多少譲歩し歩み寄りが可能になるかもしれない。 ユーロ圏内に留まりながらこれ程の実質為替レート調整 この結果、ギリシャが現在抱えている当面の問題が徐々 をするには、ギリシャの賃金や物価が他の国に比べて減 に和らぐ結果につながるであろう。しかし、中期的には、 少・低下する必要がある。だがユーロ圏の他の国でもイ ンフレは落ち着きつつあり、これには何年もかかる。 ギリシャの改革への真の熱意や、ユーロ圏の国々がギリ シャへの援助にどれくらい同意するかが、ギリシャの命 運を握っていることは言うまでもない。 この事実と、今後数年間の世界貿易伸び率見通しが比較 的低水準であることから、ギリシャの輸出が大きく増加 ギリシャとユーロ圏の間で合意がまとまらない可能性も するとは考えづらい。GDP が大きく増加して潜在 GDP あり、その場合は国際通貨基金(IMF)や欧州中央銀行 に追いつくには、国内主導型の経済成長が必要になる。 (ECB)への返済が不可能になる。この事態が現実化す ると資本規制が実施され、ELA(緊急流動性支援)が凍 結、ギリシャ銀行システムも機能停止に至る。 ギリシャがユーロ圏内に留まる限り、力強くかつ持続的 な内需拡大は難しいだろう。結局、厳しい財政緊縮、賃 金減少や物価下落の結果起こる公共・民間部門の債務負 現段階では、ギリシャには 3 つの選択肢がある。1つは、 担の増加、銀行システム全体で融資余地が限られている こと、そしてギリシャの将来の見通しが不確かなことが、 ギリシャの有権者が、住民投票や選挙を通じてユーロ圏 残留が何よりも重要と意思を示し、ユーロ圏の諸国との 協力関係を取り戻す事だ。 ギリシャが譲歩を拒否して、ユーロ圏に留まりながらも 大小を問わず国内投資の妨げとなり、問題は深刻となる。 ユーロ圏の他の国々のギリシャ問題へのアプローチが大 きく変わらない限り(現時点では全く考えられないが)、 債務の返済を拒否する事も不可能ではない。その場合は、 ギリシャは内需や輸出の伸び悩みが長期化する。これら の問題は、構造的失業の増加ばかりか、ギリシャからの 銀行システムの機能は放棄となるだろう。だが長期的に みると、これが実現する可能性は小さい。ギリシャの中 頭脳流出も招く。ユーロ圏に残留しても将来的にはギリ 途半端な状況が長引くほど、ユーロ圏脱退の現実性は高 シャの GDP ギャップは解消するとみられるが、その大 まる。 部分は、潜在 GDP が低下して実際の GDP 水準に近づく 最後に、ギリシャがユーロ圏を脱退して新しい通貨を発 形で実現すると考えられる。 行することも考えられる。これは急進左派連合の目標で そのため少なくとも理論的には、ユーロ圏からの脱退は あり、現時点でまだこれが実現していないのは、脱退の ギリシャにとって魅力的な解決策である。通貨切下げや 責任を外部に押付けたいからに過ぎない。弊社は、資本 デフォルトでギリシャの競争力が回復するほか、海外債 権者に債務不履行を宣言することで債務負担が一晩のう Economist: Ben May, Lead Eurozone Economist | +44(0)20 7620 8779 | e-mail: [email protected] 2 29 Apr 2015 Research Briefing ちに減少する。債務負担軽減により元利支払いも減少し て、財政政策を緩和できるようになるだろう。為替レー トの減価が輸出を押し上げることも手伝い、景気回復が 始まることも見込まれる。 脱退如何に関わらず、財政拡大は困難 ユーロ圏脱退の潜在的なメリットの 2 つ目は、ギリシャ が財政政策を緩和できるかもしれないということだ。債 務負担が削減されることで、ギリシャは、債務持続性を 景気停滞期を避けることで、ギリシャの潜在 GDP が低 確保しつつ、現在の救済措置で要求されているよりも基 下して実際の GDP に一致する可能性は小さくなる。こ 礎的財政収支の黒字幅を小幅にし、財政負担を軽減でき の場合は、実際の GDP の最大化を図ることが政府の長 る。 期的目標となるだろう。そして、良好な経済状況につな がるという理由からユーロ圏脱退が支持される。 但し、スムーズな脱退が本当に可能かは別問題 長期的な経済成功は生産性向上などのファンダメンタル に大きく影響されるため、ユーロ圏脱退と通貨の切下げ だけでギリシャの長期的な見通しが良くなる訳ではない。 新通貨の発行だけでは生産性は向上しない。ユーロ脱退 によってもたらされる理論的な利益が、実際にはもっと 小さくなることも考えられる。 債権者が大きなヘアカット(債務元本の削減)に同意す れば、ギリシャ政府の現地通貨建て債務は大きく軽減さ れる。だがギリシャの法律が適用されない負債契約の債 権者が、債権がユーロ建てで残っていると主張すること はほぼ確実だ。ドラクマ建て負債も GDP 比でみると、 大きな重荷として残るだろう。 ギリシャが債権者への払い戻しを拒否する事もできる。 だが、ユーロ圏に留まって公的機関の債権者との取引に 応じた場合に比べて、ユーロ圏から脱退する方がより厳 しい財政緊縮を迫られる可能性もある。脱退直後は、金 融市場の機能がほぼ間違いなく停止するだろう。政府元 利払いの確保や延期は可能かもしれないが、日々発生す る支出への支援までは提供されない。資金繰りに奔走す る最近のギリシャ政府の様子を考えると、ユーロ圏を脱 退する時に金銭的余裕はまずないと思われる。少なくと もギリシャ政府は脱退後も、基礎的財政収支を赤字にす る余裕はない。 国際通貨基金(IMF)は、今年のギリシャの基礎的財政 収支を GDP 比 3%の黒字と予測している。これが正しけ れば問題はないが、向こう数ヶ月はちょうど季節的に支 出が収入を超える時期であり、ユーロ圏を脱退した場合、 少なくとも当初の数ヶ月は財政引締めが必要になる。 ギリシャ中央政府の基礎的財政収支(キャッシュベース) Greece: Central gov't primary bal. (cash basis) しかしギリシャがそれを実行すると、国際通貨基金 €bn 2.5 (IMF)やユーロ圏の他国は強硬姿勢をとるだろう。ギ 2.0 リシャが長期訴訟に巻き込まれる可能性もあり、その間 1.5 は金融市場からの資金調達が不可能となる。そのため政 1.0 府は、なんとか予算の均衡を保つか、金融政策を実行す 0.5 0.0 るしか手はない。ギリシャにとっては、経済的・政治的 -0.5 に影響を持った他の問題を EU、ユーロ圏の国々と交渉 -1.0 することも重要だ。もしもギリシャが負債の返済を拒否 -1.5 するなら、EU も強硬な態度で交渉に臨むだろう。ギリ -2.0 シャが EU から離脱すれば、1 年当たり GDP 比でおよそ 3%の損失を被る。 そのためギリシャは、ユーロ建ての負債も大幅に(ユー Surplus -2.5 -3.0 2012 2013 2014 Deficit Jan Feb Mar Apr May Jun Jul Aug Sep Oct Nov Dec Source : Oxford Economics/Haver Analytics ロ圏に留まった場合は不可能なほど)ヘアカットすると それよりも重要なポイントは、IMF は、ギリシャのユー 見込まれる。しかし、ドラクマ安によって GDP 比 100% ロ圏残留と景気回復の加速を前提にギリシャの基礎的財 を超える負債が残り(参照:debt would remain well 政収支を黒字と予測していることだ。実際は不確実性や above 100% of GDP)、それはイタリアやポルトガルの 景気後退に伴い、調整期間やユーロ圏脱退直後に税収が 同 130%とほぼ一致する。現在の同 177%よりは大幅に 急減するだろう。 小さくなるが、ギリシャ財政の問題として根強く残る。 Economist: Ben May, Lead Eurozone Economist | +44(0)20 7620 8779 | e-mail: [email protected] 3 29 Apr 2015 Research Briefing ギリシャ中央政府の基礎的財政収支(現金ベース)は、 国内向けに政府が支払いを遅らせることで問題は回避さ 2015 年には 2014 年の 18 億ユーロをはるかに上回る 58 れるかもしれないが、この措置は財政引締めと結局は同 億ユーロの黒字になると見込まれていた。そのほとんど じことだ。またその代わりに、ギリシャ銀行(中央銀行) は、前年比プラス 6%(28 億ユーロ)の税収増を当てこ が新発国債を引き受けることも考えられる。ユーロ圏脱 んだものだ。実際に 3 月までに、黒字は当初計画も 16 退後にはこうした財政ファイナンスも多少は避けられな 億ユーロ上回っている。全体の歳入額は見込みより少な いだろうが、限られた規模での実施が望ましい。緩和的 かったが、基礎的支出の延期・削減が計画比大きかった。 な財政政策に必要なマネーを中央銀行が大量に引き受け 2011 年の経済危機の頂点でも、中央政府の税収は現金ベ ースで 4.5%減少に留まった。名目 GDP 成長率のマイナ ス 8.3%よりは遥かに小幅だったのは、増税が実施され たからだ。 れば、政策立案者は信用を損ねドラクマの価値はさらに 低下する。そして結局、ユーロ建て政府負債の返済はも っと困難になる。 結論として、ギリシャがユーロ圏から脱退してかつ経済 もし税収が 2015 年に 5%落ち込むとしても(ちなみに 3 月時点で前年同期比 3.6%減少している)、他の歳入が 目標並みで支出が当初見込み通りならば、基礎的収支の 黒字を確保できる。ただ政府は増税を嫌うだろうから、 危機も避けるためには、厳しい財政引締めが避けられな い。短期的な財政政策について考えれば、少なくとも救 済プログラム下と同じ、実際にはより厳しいものとなる 可能性が高い。 実際には 2011 年より大きな税収減となるかもしれない。 民間部門のバランスシートは、比較的良好 税収が 10%減少すれば、基礎的財政収支を均衡させるに 一方、民間部門の場合、ほとんどの資産がユーロ建てで は 14 億ユーロ(または 2.8%)の基礎的支出削減が必要 残り、ドラクマへの通貨転換を伴うユーロ圏脱退の直接 だ。 的影響はかなり小さいとみられる。 ギリシャ:中央政府の税収(1-3 月)rev. (Jan - Mar) Greece: Central government tax % 0 1 点心強い材料がある。2014 年第 4 四半期の時点で、ギ リシャ全体の対外純債務は 2,180 億ユーロ(GDP 比 122%)だったが、ユーロ圏や IMF に対する大きな負債 -2 を抱えるギリシャの政府部門は GDP 比 140%に達して -4 いた。逆に言うと民間部門の海外資産は、対外債務額を -6 上回っている。 家計セクターは、1,220 億ユーロにのぼる負債の全てと -8 -10 Change from a year earlier 所得の大半がドラクマ建てに転換されると見込まれる。 Deviation from target また 2014 年 Q3 には家計の全資産の 3.8%に当たる 95 -12 億ユーロが海外資産だった。各自が(非公式な手段で) 貯めこんだユーロも考慮されておらず、ドラクマ転換に -14 Direct Indirect Total よる好影響が実際はもっと発生する可能性もがある。 Source : Oxford Economics/Haver Analytics さらにギリシャ政府は、現時点では欧州中央銀行(ECB) やユーロ圏の中央銀行が国債の買入れで得た利益の一部 である 18 億ユーロを受取るつもりだが、ユーロ圏から 脱退するならば現実味は低くなる。また現況から判断す ると、脱退不安の広がりと相まって、政府が今年予定し ていた民営化による 5 億ユーロの収入を得るのは難しい。 これらに加えて 10%の税収減を想定すると、政府財政は 37 億ユーロの現金不足となり、それを補うには GDP 比 2%の財政引締めが必要だ。銀行支援のコストや元利支 払いも考慮に入れると、状況はさらに厳しくなる。 Economist: Ben May, Lead Eurozone Economist | +44(0)20 7620 8779 | e-mail: [email protected] 4 29 Apr 2015 Research Briefing ギリシャ:対外純投資 Greece: Net international investment position 2014 年 Q3 の時点で、家計資産のうち約 770 億ユーロは €bn -150 現金や預金以外であり、それらの資産についてはユーロ 圏脱退の直後には価値が急落するだろう。 -160 -170 一方、企業が保有する資産の多くはギリシャ国外の資産 -180 で、ユーロ圏脱退後もドラクマ建てに転換されない。 -190 2014 年 Q3 時点でギリシャの事業法人は、国外の銀行に -200 (過去最高に近い)約 300 億ユーロの預金を保有、また -210 国外に 200 億ユーロ前後の資産を持っている。これらを -220 合わせるとギリシャ企業の資産合計の 50%を上回る。さ -230 らに左下の図の通り、その後国内預金は更に減少してい -240 る。それがユーロ圏の他国に流出したとすれば、企業資 -250 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 Source : Oxford Economics/Haver Analytics ギリシャの家計の預金は 2009 年以降に大きく(790 億 ユーロ、GDP 比 44%)減少、その大半は急減した家計 所得を補うために消費に使われたと考えられる。しかし、 11 月以降に 180 億ユーロ減少した大半は資本流出が主因 だろう。790 億ユーロのうち約 3 分の 1 は資本流出が理 由とすれば、家計セクター全体でも、ドラクマに切替え られない金融資産が 350 億ユーロ前後あることになる。 ドラクマが下落した場合、こうした資産のドラクマ建て の価値は増える。例えば名目為替レートが 30%下落する 産のうち最大 60%はドラクマに転換されないことになる。 企業の負債サイドをみると、ギリシャ企業全体では国外 から約 100 億ユーロの長期融資を受けており、これはド ラクマに転換されないだろう。ただ、ドラクマに転換さ れないことが確実な債務は、他にはほとんど存在しない。 企業の負債・資本の 80%程度は国内銀行からの融資か自 己資本で、ドラクマに転換されることはほぼ確実だ。こ れらをトータルすると、ドラクマ転換はバランスシート にはプラスに働くと考えられる。 ギリシャ:事業法人の金融資産 Greece: Non-fin firms' financial と、それに伴い、ドラクマ建てでは 100 億ユーロ(GDP 比 6%)分、資産が増える。またこの家計が保有するユ ーロ建ての資産は、ユーロ脱退までにまだ増えるだろう。 ユーロ脱退にかかるプロセスが長期化した場合、その間 assets Foreign shares and equity 16.7% Foreign loans 3.8% Foreign debt securitues 0.7% Other 8.7% に資本流出が続き、その分、民間バランスシートにはプ ラスとなる。 Foreign bank deposits 32.0% Domestic shares and equity 11.6% Greece: Domestic bank deposits ギリシャ:国内銀行の預金 €bn 250 Non-financial firms Households 200 150 Source: Bank of Greece Domestic bank deposits 25.4% Domestic debt Domestic securities loans 0.8% 0.2% もちろん家計・企業の両セクターのなかでも、ドラクマ 切替えによる勝者と敗者は生まれ、債務不履行の恐れが 生じる企業も当然出てくるだろう。また少なくとも当初 100 は、どの負債や資産がドラクマ建てに変更されるのかが 不明確となる可能性があり(契約の正確な文言しだいと 50 なるため)、こうした不確実性が解消するには時間がか かる。 0 2005 2006 2007 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 Source : Oxford Economics/Haver Analytics Economist: Ben May, Lead Eurozone Economist | +44(0)20 7620 8779 | e-mail: [email protected] 5 29 Apr 2015 Research Briefing ユーロ脱退直後は、どの企業や個人が支払不能になるの することで持続的な通貨安につながり、対外債務の返済 か、判りにくくなるかも知れない。その後しばらくは先 負担が大きく拡大することにもなる。 行きが不透明なことから、信用が逼迫する可能性がある。 特に外貨建て融資は乏しくなり輸入は急減するだろう。 GDP 成長率の落ち込みは(輸入減少から純輸出が増加す ることで)内需ほど大きくならない。しかし貿易金融を 利用できなくなることは、生産に輸入財を必要とする輸 出業者には痛手だ。輸出業者にも短期的な制約となり、 銀行の資本バッファーは厚い ギリシャがユーロ圏から脱退すれば、銀行システムは非 常に大きな影響を受ける。ユーロ圏脱退までに(かつ資 本規制が実施されるまでに)、銀行は取付け発生で大打 撃を受ける。半面、ユーロ圏脱退で銀行は預金流出の圧 力から解放され、預金が力強く戻ってくる可能性もある。 輸出が通貨下落の影響を受けることになる。 結局、ユーロ圏脱退による民間セクター全体でみたバラ ンスシートへのインパクトは大きくないとしても、ドラ クマへの切替えで、ギリシャ経済が短期的に大きな影響 を受ける可能性がある。 しかし、銀行システムには新たなプレッシャーがかかる。 ユーロ圏脱退に伴う通貨のミスマッチと不良債権増加、 デフォルトや当初の景気減速により、銀行資本の毀損が 進むとみられる。過去の例から考えると、銀行には大幅 な資本注入、また債務支払いを確保するためにはおそら ただその後は、ユーロ脱退によって民間バランスシート く国有化が必要となる。ただ、銀行には非常に厚い資本 が最終的には全体的に改善、景気見通しも明るくなると バッファーがある。2014 年第 3 四半期の時点で、自己資 みられる。ドラクマ切替えによる敗者の多くも、デフォ 本比率(リスク加重資産ベース)は 15.3%と、最低基準 ルトまたは債務リストラでバランスシートが強化され、 の 8%を大きく上回る。 勝者たちは思いがけず得た利益をキープするだろう。ア ルゼンチンの例から考えると、勝者たちは外貨建て債務 の一部リストラも可能となるかも知れない。 実質賃金は減少するだろう 民間セクターのバランスシートが改善しても、家計消費 通貨のミスマッチという面で、心強い兆しもみえる。銀 行負債の大半はドラクマに転換される。2 月時点で銀行 の海外金融機関向け負債は 120 億ユーロに過ぎない。一 方 ECB の融資残高(ユーロ建てのまま維持されるとみ られる)は 3 月時点で 387 億ユーロである。 はすぐには増えない。財政引締めによる可処分所得減少 残りの負債・資本は、預金と ELA(緊急流動性支援。ギ や、名目為替レート下落による輸入財・サービス価格の リシャ中央銀行は、ドラクマへの転換とロールオーバー 急上昇で実質所得が減少するためだ。 に合意すると弊社はみている)、自己資本である。これ 弊社が以前に推定したところ、名目為替レートが 10%下 落すれば、2 年間で物価は 3%以上上昇する。30%の名目 為替レート下落で、実質賃金は 10%減少する計算だ。多 少の代替効果が発生するとしても、国内の財・サービス 消費は抑制されるだろう。 らはすべて、(下図の「その他負債:other」とともに) ドラクマに転換されると弊社は想定している。 Greece: Banks' liabilities ギリシャ:銀行の負債(2015 年 2(Feb 月) Liabilities to Foreign Cis 3.1% Capital 7.5% 2015) Bad loan provisions 9.9% もちろん、実質賃金が減少すればギリシャの競争力が向 Other 5.8% 上、ひいては輸出も増加する。さらに、実質賃金低下で ECB loans 9.7% 企業の雇用意欲も強まるとみられる。したがって、実質 賃金の急減で当初は家計所得が減少するが、最終的には 雇用の伸びが加速して失業率も通常時を下回る、そして 経済全体にもポジティブに働く。 Dep of nonmfis 46.7% ELA 17.3% 政府は(特にポピュリスト政権ならば)短期的には、名 目賃金を押上げて実質賃金の低下から家計(個人)を守 りたくなるかも知れない。しかしそれを実行すると、輸 Source: Haver Analytics 出業者の競争力がまだ弱いため、雇用主導の景気回復が 銀行はその一方で、(ユーロやその他通貨建てのままに 望み薄となる。また賃金と物価の上昇スパイラルを助長 なると見込まれる)580 億ユーロの証券と、海外向け債 Economist: Ben May, Lead Eurozone Economist | +44(0)20 7620 8779 | e-mail: [email protected] 6 29 Apr 2015 Research Briefing 権 320 億ユーロを保有している。このため銀行は、ユー 最後の 3 つ目の経路は、民間セクター向けの不良債権増 ロ圏脱退後、むしろ実際には、恩恵を享受する側面をあ 加である。ユーロ圏脱退後は、次の 2 つの理由から銀行 ると言える。ドラクマ転換では銀行資本が差引きベース は不良債権増加が避けられない。それは①リセッション で大きく増減することはなく、銀行の資本毀損は主に、 となれば融資元利払いが不可能になるケースが急増する、 引当金積増しや貸倒れ増加により生じるだろう。 ②通貨ミスマッチの影響を受けた借り手が、外貨建て、 そうした損失は主に 3 つの経路で発生する。まず、ユー ロ脱退後に銀行が ECB 融資の返済が不可能となれば、 デフォルトとなり担保をすべて失う。3 月時点のデータ では、銀行がデフォルトすれば 16 億ユーロの損失が発 国内通貨建て融資ともにデフォルトとなる可能性がある。 損失規模は不透明でユーロ圏脱退後のギリシャ景気次第 だが、少なくともバランスシートを全体的にみると、通 貨ミスマッチ効果が大惨事を起こす可能性はない。 生する(銀行は ECB から 387 億ユーロの融資を受け、 銀行がどれだけの不良債権に耐えられるか、弊社で試算 403 億ユーロの担保を差入れている)。なおそうした損 してみた。不良債権率が 1 ポイント上昇するごとに、不 失が発生しても、銀行システム全体での自己資本比率の 良債権の金額は 23 億ユーロ前後増加する。ただ銀行も、 低下は 1 ポイント未満で、大惨事とはならない。 元本を全額失うことはないだろう。弊社は銀行の引当率 2 つ目の経路は、政府向け貸倒損失の増加である。ギリ シャの銀行には 2014 年第 3 四半期の時点で、政府証券 と政府向けの貸出が 180 億ユーロ前後ある(主に、長期 を、(現在と同様の)50%と想定した。すると不良債権 率が 1 ポイント上昇するごとに、銀行資本は 12 億ユー ロ減少すると考えられる。 貸付金 68 億ユーロと長期債券 50 億ユーロ)。また弊社 このことから、不良債権率が 10%上昇して自己資本比率 は、短期債券や融資はドラクマ建てに変更されたあと、 が 8%を下回るまで、銀行は耐えられると考えられる。 最終的には全額返済されると想定している。 また不良債権率が 23 ポイント上昇しない限り、銀行シ 長期貸付金もドラクマ建てとなるが、こちらはデフォル トする可能性がある。ユーロ国債はギリシャ法に基づく ものではないため、厳密に言えばドラクマ建てに切り替 わらないが、60%程度の大幅なヘアカットの可能性があ る。但しドラクマが対ユーロで 30%下落すれば、ドラク ステム全体の資本バッファーが全て消滅することはない。 イメージとしてわかりやすいのは、不良債権率と失業率 の関係だ。過去の相関で見ると失業率が 7 ポイント上昇 すれば自己資本比率が 8%を下回り、失業率が 15 ポイン ト上昇すれば資本バッファーが完全に消滅する。 マ建での損失は 60%から 30%を差し引いた 30%となる。 ユーロ圏から離脱した時の銀行資本 Bank capital losses and exit 長期融資も同じくらいヘアカットされるなら、銀行資本 € bn は 22 億ユーロ減少する。だが、これと ECB に差し入れ 32.4 Regulatory capital '14 Q3 (1) 1.6 た担保の喪失を合わせても、自己資本比率は最低基準を ECB related loss (2) 2.2 優に上回る 13.5%へ低下するだけである。 Loss on government exposures (3) 28.6 Adjusted capital (1)-(2)-(3) Greece: ECBから銀行への貸出 lending to banks ギリシャ:ECB € bn 140 Emergency Liquidity Assistance (ELA) ECB lending to banks via conventional operations Capital required to maintain min. 8% ratio 16.9 120 Total gross loans '14 Q3 100 Provisions for a 1% rise in NPLs 228.1 1.2 80 Source: Oxford Economics/IMF 60 銀行の自己資本比率が 8%の最低基準を徐々に下回るな 40 らば、各行が個別に資金を調達することも可能かも知れ ない。だが大幅かつ急速に下回るなら、政府による支援 20 0 2007 が必要になるだろう。また短期的には、銀行が資産売却 2009 2011 2013 2015 や融資残高の削減を通じてリスク加重資産を減少させ、 自己資本比率の維持を図ると考えられる。その結果、安 Source: Oxford Economics/Haver Analytics Economist: Ben May, Lead Eurozone Economist | +44(0)20 7620 8779 | e-mail: [email protected] 7 29 Apr 2015 Research Briefing 全で収益性がある融資機会も放棄され、景気低迷に拍車 ギリシャの GDP 成長率は、危機が高まった 2010 年と がかかるとみられる。 2011 年の各四半期に平均でマイナス 2.3%縮小した(ユ 資産価格が早期に回復が始まる見込み ーロ圏全体の同様の数字はプラス 0.4%)。厳しい引締 め政策と不透明感の高まりがその背景である。弊社の見 すでに述べたように、為替レートは名目で 30%以上、実 たところ、ユーロ圏脱退は決してスムーズには進まず、 質で 20%下落すると弊社は見込んでいる。インフレ率が 脱退前後で同じくらいのマイナス成長が 4 四半期続き、 10%かそれ以上に達するとも推定している。 ギリシャの GDP は 10%減少すると考えるのが妥当だ。 為替レートがどこまで下落するかは、様々な要因に左右 歴史的な例から考えると、ギリシャが救済パッケージの される。政府のマクロ経済政策や財政政策の有効性、マ 下でユーロ圏を脱退して過度の為替レート下落を避け、 ネー供給量、ユーロ圏脱退に伴う混乱の度合いなどだ。 銀行システムの健全性を確保してバランスシートの不透 ギリシャ銀行(中央銀行)は過度の為替レート下落や物 明さを解決すれば、GDP の縮小を最小限に食い止められ 価急騰を避けるために、短期金利を引上げるとみられる。 る可能性がある。だが逆に、ユーロ圏脱退プロセスが長 引き混乱、政策面での重大な誤りも重なって、GDP の減 インフレの 2 次的影響も懸念されるが、経済のスラック (たるみ、余剰)が非常に大きいため、そうした影響は 少が 10%を大きく超えることも考えられる。 軽微で、インフレは当初(ユーロ圏脱退後に)加速する ギリシャの GDP 成長率 Greece: GDP が、その後に急減速すると見込まれる。 % quarter 4 また為替も、ユーロ圏脱退から数週間経てば、ドラクマ 3 が上昇し始める可能性がある。すると直ちに、株式やそ 2 の他金融資産が非常に割安だと見られ始め、資金流入が 1 0 始まるだろう。さらに、ユーロ脱退前に流出した資金の -1 一部がギリシャに回帰して、ドラクマの需要がさらに高 -2 まることも考えられる。 -3 -4 通貨(ドラクマ)の上昇で、インフレも減速するだろう。 -5 その結果、金利もすぐに低下し始めると見込まれる。 -6 2007 V 字型で「リセッション」→「景気回復」に 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 Source : Oxford Economics/Haver Analytics 実体経済の回復にはやや時間がかかるだろう。GDP はユ いずれにせよ、短期的な影響が一巡すると、状況は好転 ーロ圏脱退前に急減、脱退後も(ペースは弱まるが)数 するとみられる。問題が解決すれば、これまでの約 6 年 四半期は減少が続くとみられる。そしてユーロ圏から脱 間に比べて不透明感は和らぐだろう。銀行システムのバ 退して約 1 年後に景気回復の芽が出始めると予想される。 ランスが回復すれば、家計や企業のバランスシートも健 全性が明らかになるほか、実質賃金減少を受けて雇用増 過去の例から考えると、「ギリシャの GDP はユーロ圏 加も始まり持続的な景気回復期に入るとみられる。そう 脱退後に壊滅的に減少する」という懸念は当たらない可 なると、ユーロ圏脱退直後の緊縮財政を緩和することが 能性もある(参照:historical evidence)。通貨連合から 可能となり、金融政策の緩和も可能となるかもしれない。 脱退した時に GDP が大幅に減少するのは、戦争、また は計画経済から市場経済への移行のケースが多い。 しかし、通貨統合からの脱退には、大きな不透明感を伴 うほか脱退交渉がスムーズに進まないリスクもある。ギ リシャとユーロ圏の現時点の緊張関係を考えると、ギリ 結論 ギリシャがユーロ圏を脱退するインプリケーションは複 雑で非常に不透明だ。しかし不透明さの背景を考えると、 いくつかの明確なメッセージが浮かび上がる。 シャのユーロ圏脱退がスムーズにいくとは考えづらい。 ギリシャがユーロ脱退を好条件かつ秩序立てて進められ、 また政府が構造改革を逆行させようとしているため、政 政府債務の GDP 比が大きく低下するというシナリオは 府への信頼感がない状況でユーロ圏を脱退することにな 現実的ではない。ギリシャが債務支払いを完全に拒否し る。 た場合、ユーロ圏諸国との債務削減交渉が長期化し、EU Economist: Ben May, Lead Eurozone Economist | +44(0)20 7620 8779 | e-mail: [email protected] 8 29 Apr 2015 Research Briefing からも排除されるだろう。その場合、ユーロ圏向け債務 ユーロ圏脱退やデフォルトがギリシャの長期的利益にな の比較的小さなヘアカットとともに秩序あるユーロ圏脱 るかどうかは、結局ファンダメンタルズ次第だ。政府の 退を交渉した場合よりも、立場が悪くなる可能性がある。 最近の動きをみると、脱退後に政策の自由度が増すと改 ただ、ギリシャがユーロ圏から脱退したときに、民間セ クターのバランスシートが大きなダメージを受けそれが 長引くこともないだろう。当初の不透明さが解消すれば、 民間金融は見込みよりも健全になるとみられる。 現在ギリシャ資産を保有している投資家は、ユーロ圏脱 退までやその直後に大きな損失を被るだろう。しかし、 脱退直後にギリシャ資産を購入すれば大きな利益を得る 可能性が高い。 また実体経済の面では、ユーロ圏からの脱退は、現存す 革意欲が減退する可能性があるが、政府は正しい行動を 求める市場の圧力を引続き受ける。一方で理論的には、 景気が回復局面に入れば、構造改革への抵抗が和らぐ (改革を実行しやすくなる)可能性がある。 ユーロ脱退が大惨事につながることも否定できないが、 ギリシャの将来は懸念されるほど悲惨とはならない可能 性の方が高い、と弊社は考えている。ギリシャが脱退後 の混乱から抜け出して持続的な景気回復に入るならば、 ユーロ圏に留まりながら景気回復を果たせないでいる他 の国の参考となる。 る問題の一部を多少違う別の課題に置き換えることと、 短期的な経済活動の大きな縮小を受入れる引換えに、中 期的には力強い成長路線への復帰を目指すことを、それ ぞれ選択するという意味になる。 Economist: Ben May, Lead Eurozone Economist | +44(0)20 7620 8779 | e-mail: [email protected] 9
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