現状把握と比較による 日本の土地利用の問題と解決 目次 1.日本の土地 ............................................................................................................................. 3 1.1.日本の地価の水準 ............................................................................................................... 3 1.2.東京の土地利用 ................................................................................................................... 5 1.3.土地の高度利用 ................................................................................................................... 7 1.4.日本の土地の課題 ............................................................................................................... 9 1.5.高度利用の便益 ................................................................................................................. 10 2.土地税制の効果 .................................................................................................................... 11 2.1.日本の地価 ........................................................................................................................ 11 2.2.特定の土地利用の優遇 ...................................................................................................... 12 2.3.土地の流動性の阻害 .......................................................................................................... 13 2.4.土地税制の意義 ................................................................................................................. 13 3.譲渡所得課税 ....................................................................................................................... 14 3.1.譲渡所得税の計算 ............................................................................................................. 14 3.2.譲渡所得税による土地の零細化 ........................................................................................ 15 4.相続税.................................................................................................................................. 15 4.1.土地の相続税評価額 .......................................................................................................... 15 4.2.相続税の計算 .................................................................................................................... 16 5.特定分野への優遇税制 ......................................................................................................... 17 5.1.小規模宅地への優遇税制 ................................................................................................... 17 5.2.生産緑地への優遇税制 ...................................................................................................... 17 5.2.1.農地制度の経緯 .............................................................................................................. 19 5.2.2.都市に農地を必要とする理由 ...................................................................................... 21 5.2.3.問題点 ........................................................................................................................... 21 6.土地取引に関わる税制 ......................................................................................................... 21 7.望ましい税制や規制 ............................................................................................................. 22 7.1.譲渡所得税 ........................................................................................................................ 22 7.2.相続税 ............................................................................................................................... 23 7.3.小規模宅地への優遇税制 ................................................................................................... 23 7.4.容積率規制 ........................................................................................................................ 23 7.5.生産緑地 ........................................................................................................................... 24 7.5.1.農地側による生産緑地の活用 ...................................................................................... 24 7.5.2.農地を保全する場合の策 1 ........................................................................................... 25 7.5.3.農地を保全する場合の策 2 ........................................................................................... 25 8.結論 ..................................................................................................................................... 27 参考文献 ................................................................................................................................. 27 1.日本の土地 日本の都市は地価が高いにもかかわらず、土地の高度利用が進んでいないのが現状であ る。地価が高ければその土地を効率的に使用しようというインセンティブが働くのが普通 である。日本の都市の例として、東京の土地がどのように利用されているのかを見てみる と、空き地や駐車場、狭い土地を利用したペンシルビルや低層住宅地が密集している地区 など非効率的な土地の利用が数多く存在している。日本の地価はバブル以降下がってきて いるとはいえ、海外と比べて高い水準にある。にもかかわらず、日本の都市では海外に比 べ、土地の低度利用されているのである。 本論文では日本と他の先進国の都市を比較することで日本の土地利用の現状を明らかに し、日本における土地の問題点を浮き彫りにしていく。そして土地の効率的な利用を妨げ る原因である税制や規制の効果を検討することで望ましい土地税制について考えていく。 1.1.日本の地価の水準 日本の高度商業地の賃料を例として日本の地価が海外と比較してどの程度の水準にある のかをみていく。図 1 は OECD 加盟国の調査対象都市の調査地点の高度商業地の 1 ㎡ 当たりの月額の新規賃料の比較である。 東京の賃料は 8,200 円であり、ロンドンに次ぎ世界で 2 位の高さにある。OECD 加 盟国のロンドンをのぞいては、全て東京の水準を下回っており、日本の賃料水準が高い水 準にあることがわかる。日本の地価の水準が高いことが悪いというわけではない。地価が 高いということは土地の効率的な利用が促進されるからである。地価の高さによって希少 な土地を高度利用しようというインセンティブが働き、効率的な土地利用をもたらすので ある。だが、実際の東京の土地利用を例にみてみると必ずしも地価に見合った土地の利用 がされていないことがわかる。 図 1 高度商業地の賃料(月額 1 ㎡当たり)の都市間比較(基礎データ)1 高度商業地の賃料(月額 1 ㎡当たり) OECD 加盟国の都市 通貨単位 東京 円 バンクーバー C ドル ニューヨーク 為替相場 (各国通貨) (円) 空室率 (%) (指数) 8,200 8,200 12.0 100.0 85.2 44 3,749 4.0 45.7 US ドル 87.78 65 5,662 13.0 69.0 サンフランシスコ US ドル 87.78 32 2,838 14.0 34.6 ホノルル US ドル 87.78 31 2,721 13.1 33.2 メキシコシティ ペソ 6.94 160 1,110 3.0 13.5 ロンドン ポンド 116.26 90 5.0 127.6 パリ ユーロ 116.26 45 5,232 5.0 63.8 フランクフルト ユーロ 116.26 18 2,073 12.0 25.3 ベルリン ユーロ 116.26 22 2,500 10.0 30.5 ブリュッセル ユーロ 116.26 9 1,008 1.0 12.3 ソウル ウォン 0.07 41.000 2,870 5.0 35.0 シドニー A ドル 80.51 50 4,026 7.9 49.1 オークランド NZ ドル 63.26 33 2,088 14.0 25.5 1出典) ー 10,46 3 社団法人日本不動産鑑定協会「国際不動産評価情報」 『平成 23 年(平成 23 年 6 月公 表)世界地価等調査結果』 〈http://www.fudousan-kanteishi.or.jp/japanese/material_j/pdf/tikatyousa_h23.pdf〉 (2011 年 11 月 16 日アクセス) 1.2.東京の土地利用 図2 平成 21 年東京都区部の高度利用進展状況2 概算容積率、指定平均容積率と充足率 (単位:㎡、%) 区 名 宅地面積 建物延床面積 概算容積率 指定平均容積率 容積率充足率 A B C=B/A×100 D C/D×100 千代田区 3,651 21,862 598.8 558.7 107.2 中央区 3,950 21,183 536.3 570.3 94.0 港区 9,286 35,461 381.9 408.4 93.5 新宿区 9,870 23,906 242.2 386.8 62.6 文京区 5,915 11,860 200.5 338.0 59.3 台東区 4,540 12,818 282.3 484.8 58.2 墨田区 6,842 12,565 183.6 325.7 56.4 江東区 14,683 26,614 181.3 288.3 62.9 品川区 11,579 21,242 183.5 277.3 66.2 目黒区 9,049 12,453 137.6 207.3 66.4 大田区 25,013 33,379 133.4 216.8 61.6 世田谷区 34,609 34,761 100.4 168.5 59.6 渋谷区 8,093 18,791 232.2 327.4 70.9 中野区 10,052 12,407 123.4 214.9 57.4 杉並区 21,574 21,392 99.2 155.4 63.8 豊島区 7,868 15,432 196.1 352.9 55.6 北区 9,550 13,230 138.5 251.5 55.1 荒川区 5,448 8,483 155.7 325.8 47.8 板橋区 17,966 21,468 119.5 235.6 50.7 練馬区 28,145 25,258 89.7 162.7 55.2 足立区 27,260 24,990 91.7 242.2 37.9 葛飾区 16,555 16,409 99.1 212.3 46.7 2出典)財団法人不動産流通近代化センター「調査・研究」 『2011 不動産統計集(9 月期改定) 6 土地』 〈http://www.kindaika.jp/wp-content/uploads/2010/11/tokei2011_6.pdf〉 (2011 年 11 月 16 日アクセス) 江戸川区 23,343 24,583 105.3 232.2 45.4 区部計 314,841 470,547 149.5 256.4 58.3 図 2 は東京都区部の高度利用進展状況を表したものである。概算容積率は、宅地面積に 対する建物延床面積の割合で実際の容積率を表している。指定容積率は「用途地域ごとに 具体的に指定された容積を区市町村単位で集計し、当該区市町村の都市計画区域の総面積 で除した平均の容積率3」である。実質的な容積率を示す概算容積率はほとんどの区域で指 定容積率を下回っている。指定容積率を満たしているといえるのは千代田区、中央区、港 区だけである。それ以外の区はおよそ 50%前後に留まる結果である。 図 3 平成 18 年度 中高層化率4 江戸川区 足立区 板橋区 北区 中 高 層 化 率 杉並区 渋谷区 大田区 品川区 墨田区 文京区 港区 千代田区 0.0 20.0 40.0 60.0 80.0 100.0 区名 また、図 3 は平成 18 年度の東京都の中高層化率(全建物に対する 4 階以上の段を有する 建物の割合)である。この図から、千代田、中央は 75%、港は 60%を越えているが、杉並、 世田谷、練馬、足立、葛飾、江戸川は 10%台と低い水準になっていることが分かる。この ように東京では地価が高いにも関わらず、実際の日本の土地は地価に見合うだけの効率的 3山崎福寿(1999) 『土地と住宅市場の経済分析』 ,東京大学出版会,p6 4出典)東京都「10 中高層化率」 『東京の土地利用 平成 18 年東京都区部」の作成について』 〈http://www.metro.tokyo.jp/INET/CHOUSA/2008/05/DATA/60i5k111.pdf〉 (2011 年 11 月 16 日アクセス) な利用がされているとは言い難い。 1.3.土地の高度利用 土地の高度利用されている都市としてニューヨーク市のマンハッタンを挙げることがで きる。マンハッタンの容積率を東京と比べてみることでニューヨーク市が東京よりも遥か に土地の高度利用が進んでいることが理解できる。 図 4 ニューヨークの使用容積率5 図 4 はニューヨークの使用容積率である。ニューヨーク市のマンハッタンのように地価 の高い場所では建物が高層化していくのである。東京の容積率は一番大きい千代田区でも 森ビル株式会社 - MORI Building「マンハッタンの使用容積率」『東京の容積率』 〈http://www.mori.co.jp/company/urban_design/mid-tokyo/mtm08.html〉(2011 年 11 月 16 日アクセス) 5出典) 598.8%であるのに対し、住宅地のアッパーイーストでも平均すると 631%、オフィスビル が多いミッドタウンでは、平均して 1,424%である。 しかし、東京では容積率や中高層化率からも分かるとおり、建物の高層化があまり進ん でいない。土地を効率的に活用しないため指定平均容積率を満たしてないことに加え、日 本では容積率の規制が厳しいためである。 図 5 東京都とニューヨークの人口密度比較6 (人/ha) (人/ha) 300 300 200 200 100 100 0 0 図 5 は東京とニューヨークの人口密度を比較したものである。マンハッタンの面積は 6139ha、都心 4 区は 6036ha とほぼ同じ面積であるが、マンハッタンには都心 4 区の 3 倍 弱の人が居住している。 東京では都心 4 区よりも周辺の人口密度が高くなっている。これに対してニューヨークの マンハッタンでは中心の方に人口密度が集中している。通常マンハッタンのように地価の 高い都心部では土地の需要量を減らして、その代わりに資本を投入することで高層化を図 り、より多くの住宅やオフィスの床面積を生み出そうというインセンティブが働く。これ が中心部の人口密度を高くしている原因である。しかし、東京では一番地価の高い中心部 の高層化が進んでいないために周辺部よりも人口密度が低くなるという現象が起きている。 6出典)国土交通省「図表 1-4-2 東京とニューヨークの人口密度比較」『平成 14 年版 土地 白書』 〈http://wwwwp.mlit.go.jp/hakusyo/syoListDetailAction.do?syocd=npbb200201&dtailflg =M&first_page=3&t22_id=&searchFlg=off&ass_flag=true&seldspnm=&syoclscd=all&d occlscd=all&keyw1=&keyw2=&keyw3=&keyw4=&operator1=AND&operator2=AND&o perator3=AND&SYOname=&gengo_from=Y&nendo_from=&gengo_to=Y&nendo_to=& dispcount=10&cur_page=1&highlight_search_flag=off&newkeyw=〉(2011 年 11 月 1.4.日本の土地の課題 ニューヨーク市との比較からもはっきりしたように、東京では地価が高さに見合った土 地の利用がされていないため、建物の高層化が進んでいない。このためオフィスやマンシ ョンの床面積は海外と比べ小さくなる。 図 6 世界主要都市におけるオフィスワーカー1 人あたりの標準利用床面積7 (㎡) 25.0 20.0 15.0 10.0 5.0 0.0 図 6 は世界主要都市におけるオフィスワーカー1 人あたりの標準利用床面積について比較 したものである。オフィスワーカー1 人当たりの床面積を海外と比較すると、日本の床面積 も国際的にみて低い水準となっている。日本では商業地の賃料が高く、1 人当たりの床面積 が小さいということが国際比較でわかってくる。日本では都心部におけるオフィスやマン ションの供給が少ないため超過需要となり地価が上昇する。加えて日本では高層化が進ま ないため、多くの床面積を生み出されることがない。特に図 7 の住宅用の貸家については 7出典)国土交通省「図表 1-1-77 世界主要都市におけるオフィスワーカー1 人あたりの標準 利用床面積」 『平成 18 年版 土地白書』 〈http://wwwwp.mlit.go.jp/hakusyo/syoListDetailAction.do?syocd=npbb200601&dtailflg =M&first_page=2&t22_id=&searchFlg=off&ass_flag=true&seldspnm=&syoclscd=all&d occlscd=all&keyw1=&keyw2=&keyw3=&keyw4=&operator1=AND&operator2=AND&o perator3=AND&SYOname=&gengo_from=Y&nendo_from=&gengo_to=Y&nendo_to=& dispcount=10&cur_page=1&highlight_search_flag=off&newkeyw=〉(2011 年 11 月 16 日 アクセス) はっきりとデータに出ており、日本の貸家の床面積は 46.34 ㎡と最も低くなっている。 国土面積を考慮しても日本はドイツと同程度であり、イギリスよりも大きいくらいであ る。しかし、日本では貸家の床面積の規模が著しく小さくなっている。このように日本で は地価が高いにも関わらず、土地を高度利用されていないため高層化が進まず、その結果 1 人当たりの貸家の床面積が小さくなる。 図 7 戸当たり住宅床面積の国際比較8 1.5.高度利用の便益 東京もニューヨーク市にように高層化を促進していくことで、様々な便益を得ることが できる。一つ目のメリットとして高層化によって住宅供給量が増えることでマンション価 格や賃料が低下し、さらに 1 人あたりの床面積が広くなる。2 つ目として都内の供給が増え ることで通勤時間が短くなり、郊外における開発が減っていくことが期待される。3 つ目と して高層化によって不必要な宅地を減らすことで、公園や道路、オープンスペースの確保 などの便益を得ることができる。 また土地が高度利用されていないことは防災上の観点からも不利益が生じる。阪神淡路 大震災では、密集市街地(一般的には敷地、道路が狭く、老朽木造建物が高密度に建ち並 んでいる)で大きな被害が出ており、またペンシルビルのような建物は火災に弱く、新宿 8出典)池上博史(2009)『2009 年(平成 21 年)度版住宅経済データ集』住宅産業新聞社,p177 の歌舞伎町ビル火災では 44 名もの死亡者が出ているのである。このような土地の利用は地 震や火災で大きな被害が出るため、防災上の観点からも土地を効率的に利用していくこと が望ましい。 2.土地税制の効果 前章では日本では土地は地価の水準が高いにもかかわらず、効率的に利用されていない ということがわかった。本章では土地の高度利用を妨げる要因、地価を押し上げる原因が 土地の税制にあることを明らかにし、税制がどのような効果をもたらすのかを検討してい く。 2.1.日本の地価 図 8 は 2011 年の各都市の調査地点における商業地の地価と賃料である。調査対象地は現 地の選定の評価人が、最も標準的な土地利用のエリアを調査地点として選定した場所であ る。収益率には土地の値上がり率を含めてはいないが、日本の土地の収益率はかなり低い。 日本の土地の収益率は低い水準であるのは、地価を押し上げる原因が存在することにある。 日本では高層化が進んでいないために住宅の供給量が少ないことで地価が上昇していると いうことが前章から分かったが、他の原因として税制や規制が土地資産を優遇しているこ とが挙げられる。 土地税制によって土地資産が他の資産よりも有利になり需要される結果、地価が上がっ ていく。その上、建物の高層化が進まない原因としても土地税制の問題がある。土地税制 は土地資産を保有するインセンティブを与えるために土地の流通が悪くなり、加えて土地 を零細化させる効果を持つ税制が存在するため、まとまった広い土地が手に入りにくいの である。このような資源配分に歪みをもたらす土地税制の効果は大きく 2 つに分類するこ とができる。 図 8 2011 年 商業地の地価と賃料9 都市名 東京 バンクーバー ニューヨーク サンフランシスコ ホノルル メキシコシティ ロンドン パリ フランクフルト ベルリン ブリュッセル 利用区分 土地価格(㎡) 年間床賃料(㎡) 収益率(%) 普通 2,630,000(円) 高度 11,300,000 (円) 56,400(円) 2.14 98,400(円) 0.87 普通 4,300(C$) 660(C$) 15.35 高度 14,500(C$) 528(C$) 3.64 普通 2,690(US$) 516(US$) 19.18 高度 6,916(US$) 774(US$) 11.19 普通 2,905(US$) 280(US$) 9.64 高度 3,658(US$) 387(US$) 10.58 普通 2,627(US$) 396(US$) 15.07 高度 3,633(US$) 372(US$) 10.24 普通 10,750(peso) 1,584(peso) 14.73 高度 19,600(peso) 1,920(peso) 9.80 普通 9,200(€) 384(€) 4.17 高度 14,953(€) 1,080(€) 7.22 普通 3,500(€) 420(€) 12.00 高度 5,500(€) 540(€) 9.82 普通 2,050(€) 190(€) 9.27 高度 15,200(€) 214(€) 1.41 普通 2,850(€) 101(€) 3.54 高度 7,425(€) 258(€) 3.47 普通 1,150(€) 168(€) 14.61 高度 2,000(€) 104(€) 5.20 2.2.特定の土地利用の優遇 土地税制には「特定の土地利用を優遇し、優遇された分野に過剰に土地を配分してしま 社団法人日本不動産鑑定協会「国際不動産評価情報」 『平成 23 年(平成 23 年 6 月公 表)世界地価等調査結果』 〈http://www.fudousan-kanteishi.or.jp/japanese/material_j/pdf/tikatyousa_h23.pdf〉 (2011 年 11 月 16 日アクセス) 9出典) う10」税が存在する。農地や住宅、小規模宅地への税制優遇である。こうした税制は特定の 分野への固定資産税や相続税などを大幅に減免してしまうため、その土地への資源配分を 過剰にし、非効率的な土地利用を促進することになる。特に小規模宅地への優遇税制は零 細な土地を利用にインセンティブを与えるため、規模の経済のない開発、外部不経済など をもたらす原因となる。 2.3.土地の流動性の阻害 土地税制が他の資産と比較して優遇されているため、土地を有効利用しない地主や住宅 の所有者に利益を与え、その結果として土地が資産目的で保有され、地価が上昇する。市 街化区域内の生産緑地がその典型であり、「農地として保有していれば、相続税と固定資産 税に関して大きな優遇措置を受けることができるので、住宅地として大きな価値をもつ土 地であっても農地のままにしておかれている11」のである。また譲渡所得税にはロック・イ ン効果を期待した土地の保有効果があり、不動産取得税や登録免許税などの土地取引税は 土地の売買を不利にし、土地の流動性を阻害する効果を持っている。 2.4.土地税制の意義 以上のように政府が行う土地利用の規制や税制は、資源配分や効率性に大きな影響を与 えることになる。もちろん資源配分を乱さないことが望ましいことではあるが、外部不経 済の解決や公平性を確保するために必要なことでもある。土地の利用規制は景観の保護、 工場や住宅の混在を防止、道路渋滞の防止など様々なメリットがある。また住宅などへの 税制の優遇は富の分配の不平等化が進んでいく中で公平性を保つために行なっている政策 である。 しかし、こうした税制や規制が土地資産にインセンティブを与え、土地の供給率を低下 させることにもなる。もちろん、土地を資産として保有することは問題ない。土地の資産 価値を考慮して、土地を利用することが効率的な土地の利用に繋がるからである。土地の 投機的な利用を排除すると、開発地点の選択に大きな影響を与え、非効率な開発が行われ るようになる。問題は譲渡所得税や相続税などの税制によって土地が低度利用されること である。 10金本良嗣(1994) 「土地課税」 『税制改革の新設計』(野口悠紀雄編)第 5 章,日本経済新聞社, p155 11金本良嗣(1994) 「土地課税」 『税制改革の新設計』(野口悠紀雄編)第 5 章,日本経済新聞社, p154 3.譲渡所得課税 譲渡所得税は土地を売却して利益を実現したときに課税されるものであるため、税延期 の利益が発生する。この税制の下では、土地の売却を延期することによって、もし今期土 地を売却したならば支払わなければならなかった納税額の利子分を節約できる。これは、 延納の利益とよばれるが、この利益のために土地保有者は売却を延期する結果、土地の供 給が減少することを土地譲渡所得税の凍結効果という。 本来、譲渡所得税は土地への投機を抑制するために 5 年未満の土地所有者が売却すると 重い税率を課されることになるが、譲渡所得税にはロック・イン効果があるため、長期に 渡って土地を所有し、売却するインセンティブが働くのである。 3.1.譲渡所得税の計算 現在譲渡所得税は 20%であり、土地の値上がりはないとするケースを考える。今年土地 を売却すると 5000 万円の譲渡所得が実現する場合、居住用財産には 3000 万円の所得控除 が認められているため、2000 万円に 20%の税率で課税され、400 万円納めることになる。 1 億円の譲渡所得が実現する場合には 3000 万円の所得控除をした 7000 万円に 20%の税率 で課税され、1400 万円納めることになる。 図 9 譲渡所得税の凍結効果 14,000,000 12,000,000 10,000,000 割 引 価 値 8,000,000 6,000,000 4,000,000 2,000,000 0 0 10 20 30 40 50 保有年数 そして、図 9 からも分かるように売却時のキャピタルゲインが大きいほど延納利益は大き くなっていく。このため、取得価格がただ同然である先祖伝来の土地を所有している地主 や農家は土地の売却を遅らせ、土地を保有するのである。 3.2.譲渡所得税による土地の零細化 譲渡所得税には零細な土地を切り売りすることにインセンティブを与える効果をもつ。平 成 23 年 6 月 30 日現在(国税庁) 、土地譲渡所得税に対して、3000 万円の特別控除が認め られている。したがって、値上がり益が 3000 万以上でなければ税金は課税されない。 したがって土地譲渡所得税が課税対象は大地主だと考えられる。地主にとって譲渡所得 が大きくならないように、土地を切り売りするのが合理的な選択となる。このため譲渡所 得が 3000 万を越えないような土地の切り売りがされるようになる。このような零細な土地 では規模の経済が働かないため非効率的な開発となっていく。 4.相続税 日本では土地で相続する方が他の資産で相続するよりも税制上有利であるため、土地資 産への需要を増加させ、土地の保有を促すことになる。本章では相続税において土地資産 の評価が安くなることや、小規模宅地への優遇税制など土地で相続するに大きなインセン ティブを与えることを実際に相続税を計算することでみていく。 4.1.土地の相続税評価額 図 10 時価,公示価格,路線価格の比較 所在地 地域 ㎡単価 市場価格 港区三田(白金高輪駅から徒歩 3 分) 商業地 170 万円12 公示価格 港区三田 4-7-27 商業地 142 万円13 路線価格 港区三田 4-7-27 商業地 114 万円14 土地の相続税評価額が実際にどのようにされていくのかを考えていく。不動産の相続税 評価は市場価格(時価)とは異なるものになっている。相続税に用いられるのは路線価格 であり、これは公示価格の 8 割程度、次いで公示価格は市場価格の 7 割程度になっている 12出典)国土交通省「不動産取引価格情報」 『国土交通省 土地総合情報システム Land General Information System』 〈http://www.land.mlit.go.jp/webland/servlet/PopTradeListServlet?TTC=29001&TKC=9 6&TTY=3&ARC=131030180&SFL=0&FFL=0:0&PG=1〉 (2011 年 11 月 16 日アクセス) 13出典)国土交通省「国土交通省地価公示(標準地)」 『国土交通省 土地総合情報システム Land General Information System』 〈http://www.land.mlit.go.jp/webland/servlet/PopLandPriceDetailsServlet?LNO=40091 74&LM=0&LY=2011〉 (2011 年 11 月 16 日アクセス) 14出典)国税庁「港区(路線価図・町丁名索引) 」『財産評価基準書 平成 23 年分』 〈http://www.rosenka.nta.go.jp/main_h23/tokyo/tokyo/prices/html/19022f.htm〉 ため、実際の相続税評価額は市場価格とはかけ離れたものになっている。 平成 22 年にあった不動産取引の例から実際の土地の評価額をみてみる。取引した土地は白 金高輪駅付近の東京都港区三田の商業地であり、80 ㎡の土地を 14,000 万円で売買している。 市場価格 1 ㎡当たりの地価は 170 万円であり、この場所における公示価格 142 万円や路線 価格 114 万円よりも高い水準にあることがわかる。東京都港区の商業地では、相続税評価 額である路線価格は市場価格の 67%となっている。このように土地資産では相続税評価額 が時価よりも低くなるのである。 4.2.相続税の計算 先ほどの土地を相続した場合の相続税がどうなるのかを考えていく。相続税が課税され る価格は「課税価格の合計額-基礎控除額(5,000 万円+1,000 万円×法定相続人の数)15」 という計算となる。先ほどの例では路線価 114 万円、面積 80 ㎡の土地であるため、不動産 評価額は 9120 万円となる。したがって、9120 万円-5000 万円+1000 万円×法定相続人 の数が遺産への課税となる。しかし土地相続の場合には小規模宅地への優遇税制の特例が あるため、相続税は更に安くなっていく。 図 11 小規模宅地に対する税の特例16 宅地等の利用区分 事業用宅地 限度面積 減額される割合 特定事業用宅地 400 ㎡ 80% 特定同族会社事業用宅地 400 ㎡ 80% その他の事業用宅地 200 ㎡ 50% 特定居住用宅地 240 ㎡ 80% その他の居住用住宅 200 ㎡ 50% 居住用宅地 15 国税庁「2 相続税の総額の計算」 『No.4152 相続税の計算』 〈http://www.nta.go.jp/taxanswer/sozoku/4152.htm〉 (2011 年 11 月 16 日アクセス) 16出典)国税庁「2 減額される割合等」『No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等 の価額の特例(小規模宅地等の特例)』 〈http://www.nta.go.jp/taxanswer/sozoku/4124.htm〉 (2011 年 11 月 16 日アクセス) 今回相続する土地は特定事業用宅地だとすると、80 ㎡の土地は図 11 より 80%の減額対 象となっていることがわかる。よって 9120 万円の 20%、1824 万円が課税価格となる。1824 万円は基礎控除額の 5000 万円を下回るため相続税は 0 円となる。 以上のように土地による相続は市場価格よりも安く評価される上、小規模宅地には税制 優遇が存在するため、土地資産は他の資産よりも税制上有利になる。したがって、土地を 保有することのインセンティブが働き、地価が上昇するのである。さらに小規模宅地への 優遇税制は零細な土地の利用に有利であるため、土地を集約して使用することが阻害され、 非効率的な土地利用となる。 5.特定分野への優遇税制 特定分野への優遇税制は、優遇された土地利用を過剰に配分することとなり、非効率的 な土地利用を促進することとなる。この章では小規模宅地、生産緑地への優遇税制にどの ような問題があるのかをみていく。 5.1.小規模宅地への優遇税制 相続税の例からも分かるように小規模宅地への課税は大きく減免されている。相続税の ほかにも固定資産税や都市計画税、不動産取得税など様々な税制において優遇されている のである。固定資産税の場合、一般住宅地において固定資産評価額が既に 3 分の 1 に減額 されているにもかかわらず、200 ㎡以下の小規模住宅地はさらに固定資産評価額の 6 分の 1 にまで減額される。都市計画税の場合には一般住宅地が固定資産評価額の 3 分の 2 まで減 額されているのに対し、200 ㎡以下の小規模住宅地は固定資産評価額の 3 分の 1 と大きく 減額されるのである。その上、土地を取得する場合においても住宅用地に限り、床面積を 240 ㎡以下にすることで不動産取得税のほとんどを減額することができる。 こうした住宅のみの優遇税制は商業地や工業地の供給を減らし、さらに住宅需要を大き くすることで住宅価格を上昇させる。加えて先ほどの相続税の部分でも述べたとおり、小 規模宅地に対する税制の優遇は狭い土地を持つことにインセンティブを与えるため、土地 を集約して効率的に利用することを阻害する。 5.2.生産緑地への優遇税制 日本の市街化区域には未だに多くの農地が存在しており、特に問題となるのが生産緑地 の問題である。 市街化区域とは概ね 10 年以内に優先的に市街化を図るべき区域であるため、 「市街化区域農地とは、原則的には宅地化されるべき農地17」である。しかし、図 12 から も分かるように市街地区域である東京都区部には農地は 705.6hA が存在し、全体の 1.12% 17山崎福寿(1999) 『土地と住宅市場の経済分析』 ,東京大学出版会,p 126 (区部 62745.6hA)ほどが農地として存在する。都心には農地はほとんど存在しないが、 少し離れた練馬区や世田谷区、江戸川区、杉並区などの住宅地には未だに多くの農地が残 っている。 図 12 東京区内の農用地18 平成 18 年土地利用面積(区部・区別) 合計 単位(hA、%) 農用地 農用地の割合 区部(H18) 62,745.6 705.6 1.125 千代田区 1,136.1 0.0 0.000 中央区 1,045.1 0.0 0.000 港区 2,098.0 0.0 0.000 新宿区 1,824.7 0.0 0.000 文京区 1,135.2 0.0 0.000 台東区 1,007.8 0.0 0.000 墨田区 1,372.8 0.0 0.000 江東区 4,189.9 0.4 0.010 品川区 2,344.0 0.1 0.004 目黒区 1,475.9 3.4 0.230 大田区 6,106.3 5.8 0.095 世田谷区 5,806.9 138.7 2.389 渋谷区 1,511.9 0.1 0.007 中野区 1,563.9 4.8 0.307 杉並区 3,398.4 55.6 1.636 豊島区 1,298.4 0.0 0.000 北区 2,053.0 0.6 0.029 荒川区 1,022.5 0.0 0.000 板橋区 3,209.4 30.9 0.963 練馬区 4,818.4 258.5 5.365 足立区 5,320.0 79.1 1.487 葛飾区 3,480.9 52.0 1.494 江戸川区 4,849.4 75.6 1.559 676.7 0.0 0.000 中央防波堤 土地利用面積」 『東京の土地利用 平成 18 年東京都区部」の作成について』 〈http://www.metro.tokyo.jp/INET/CHOUSA/2008/05/DATA/60i5k102.pdf〉 (2011 年 11 月 16 日アクセス) 18出典)東京都 「1 東京区部のように市街化区域であり、地価の高い土地を農地として使用する非効率的な 土地利用だといえる。農地にも規模の経済があるため、東京のような零細な土地での農業 は生産性という観点からも非効率的であると考えられてきた。しかし、今市街化区域内農 地を維持しようとする声も高まっている。 5.2.1.農地制度の経緯 戦後の日本は都市への人口集中と工業優先のなかで、農地を縮小していく傾向であった。 昭和 37 年~38 年にかけて戦後第 1 回目の地価高騰が起こったため、昭和 43 年に新都市計 画法が制定された。同法は、都市の区域としての都市計画区域を定め、その内部を「市街 化区域」と「市街化調整区域」(市街化を抑える地区で、5 年ごとに見直しする市街化の予 備軍)に分けた。都市計画法により、市街化区域内の農地は耕作しても農地とはみなされ ず「宅地並み課税」(昭和 45 年制定)が課せられていた。 しかし、農業復興政策の取り組みが盛んに行われ、昭和 47 年に「農地等についての相続 税納税猶予制度」ができ、昭和 57 年に「長期営農継続農地制度」が成立した。同制度のよ り、昭和 57 年における「宅地並み課税」の対象となった三大都市圏の特定市にある市街化 区域内農地 42,566 ヘクタールのうち、83.5%にあたる 35,542 ヘクタールが、長期営農継続 農地の認定を受け、「宅地並み課税」を回避した。 1980 年代後半になると、バブル発生に伴い、大都市を中心とした地価の高騰を受け、大 都市地域における住宅・宅地供給は重要な政策課題となった。そのため、良好な生活環境 を確保することが掲げられ、残存農地の計画的な保全の必要が高まっていった。しかし、 これは都市環境の確保よりも、宅地化すべき農地の吐き出しに重点がおかれていたように 見える。いつまでも宅地化しない農地に対して、どうしても農業を継続するなら腰を据え てかなりの長期にわたり農業を継続し、農業を継続しないなら速やかに宅地化を図るべく、 市街化区域内での農地の在り方に決断を迫ったと言える。そして、平成 3 年の税制改革に より、長期営農継続農地制度が廃止され、「生産緑地法」改正にあたっては、考える暇も ない短時間の決断だったが求められた。 平成 4 年から三大都市圏の市街化区域農地は、固定資産税・相続税ともに宅地並み課税 が始まった。市街化区域でも「生産緑地地区」の指定を受けると、固定資産税は農地とし ての課税で済み、相続税についても納税猶予を受けることで宅地並み課税を回避すること が可能となる。それに伴い、節税目的で「生産緑地への転用」の指定者が続出した。 他方、生産緑地地区に指定されると、「農業の主たる従事者」が死亡したとき、又は身体 的・精神的障害等により農業を従事することが不可能に至った時を除き、指定後 30 年は、 市長に対し、買取りの申し出ができない。さらに、建築物等の新築、改築又は増築、宅地 造成、土地の形質変更などの行為が制限されてしまう。従って、指定されると自由な売買 や農業以外の目的で使用ができなくなることから、都心郊外の数百坪から数千坪といった 広大な土地が、事実上「遊休地」のようになっているところもある。つまり、このような 厳しい条件づけは、都市における将来の永続的な農地の確保を目指したものとは考えられ ず、次世代での農地の消滅を見込んでいると思われる。相続のたびに段階的に農地が減少 し、さらに 30 年の義務期間が満了すれば、また大幅に減少し、自ずと決着が付く構図にな っている。いつまでも市街化区域に農地が存在しているという、区域区分制度の矛盾の最 終決着がつくわけである。 しかし、現在、都市農地の存在意義が大きく転換している。都市農地の存在をむやみに 否定することがなくなったのである。では、なぜ都市に農地を必要とする声が強くなって いるのか。 図 13 農地区分19 市街化区域内農地 保全する農地 宅地化する農地 生産緑地の指定 ◎固定資産税・都市計画税:「宅地並み課税」 ・面積 500 ㎡以上 ・緑地機能 ◎相続税納税猶予の特例:適用しない ◎地価税:1992 年から 5 年間は非課税 1997 年からは課税対象 ◎固定資産税・都市計画税:農地課税 ◎相続税納税猶予の特例:適用 (ただし 20 年営農の免除要件は適用除外) ◎地価税:「農地」として非課税 市街化調整区域への逆線引き ・穴ぬき逆線引きは面積 2ha 以上 ◎固定資産税・都市計画税:農地課税 ◎相続税納税猶予の特例:適用 ◎地価税:「農地」として非課税 19出典)日本土地法学会『漁業権・行政指導・生産緑地法』 5.2.2.都市に農地を必要とする理由 都市に農地を必要とする最大の理由は、都市の安全性の確保、すなわち「防災機能」の 確保である。日本の都市は、度重なる都市化を経て、スプロールを追認しながら市街地が 形成されてきている。都市化の速度に都市基盤施設の整備が追いつかないまま市街地形成 がなされてきている。その結果、公園や広場も乏しく、道路網も不備なままに、燃えやす り建築物が高密度に集積している。この為、多くの日本の都市では、大災害が発生した際 に、その避難場所もなく、延焼防止等の空間もなく、復興のための空地もない状態である。 これに対して都市住民が本能的に危険を感じ始めたといえる。広範な市街化が進んでいる 0 都市では、はるか彼方の市街化調整区域に、広大な空地が存在していても、防災機能の発 現上からはほとんど意味あない。市街化区域で公園や広場が不足している状態では、都市 農地以外にこれに応える空地が存在しない。 5.2.3.問題点 近年では高齢化、あるいは後継者不足などで、こうした生産緑地の維持管理が困難な地 権者も増えているが、相続税対策などから簡単に宅地変更も行うことができないのが実情 である。せっかくの資産である生産緑地を持て余している地権者も少なくない。たとえ生 産緑地として残った農地も、周辺がビルになることによる日照条件の悪化など農業を続け る保障はされておらず、農業の継続が困難になるケースの増加が問題となっている。 他方、生産緑地改正により「宅地化する農地」を選択した者でも、92 年の東京都の調査 によれば、その 88%が 5 年以上の営農継続をすると回答し、すぐに農地ではなくなるわけ でもない。現行の宅地並み課税の水準では、固定資産税の強化が必ずしも宅地化をもたら すわけではなかった。農地の一部を賃貸アパートや駐車場にして固定資産税を支払うこと によって残りの農地の維持存続を図る傾向も多く見られた。しかし、個別に小規模の宅地 化や駐車場化が進んでは、良好な市街地形成とは言い難い。従って、現行水準の宅地並み 課税では、宅地供給につながらず、都市計画の効率がなされていない。 6.土地取引に関わる税制 土地や取引する際に不動産所得税や登録免許税などが課税されるが、このような税制は 「土地や建物の取引コストを高め、流動性を阻害する効果を持つ20」。不動産所得税は不動 産を取得した個人または法人に課税される都道府県税であり、取得時した価格の半分に 3% の税率が課される。登録免許税は登記等を受ける者へ課税であり、登記時の価格に所有権 移転の登記の場合が 2%、所有権保存の登記、所有権の信託の登記の場合には 0.4%の税率 で課税される。どちらも固定資産評価基準を基にするため、路線価格への課税ということ 20山崎福寿(1999) 『土地と住宅市場の経済分析』 ,東京大学出版会,p220 になる。 先ほどの例にもあった 1 ㎡当たりの路線価格が 114 万円の土地 80 ㎡を取得した場合、不 動産取得税は 9120 万円×0.5×3%=136.8 万円となる。登録免許税は 9120 万円×2%=182.4 万円となる。また不動産所得税には住宅用に限り小規模宅地への優遇税制が存在する。床 面積が 240 ㎡以下の場合、1 ㎡当たりの土地価格×(住宅床面積×2)×3%まで軽減される ため、不動産取得税はほとんどの場合は 0 円となる。今回の計算例では土地への課税のみ を注目をしたが、実際の不動産所得税及び登録免許税は土地だけへの課税だけではなく、 建物を取得した場合には建物への課税も発生する。不動産の取得価格への課税は大きな負 担となり、市場の流動性を阻害する結果となる。 7.望ましい税制や規制 3 章から 6 章では土地の税制の問題点を指摘した。これらの税制が日本の土地の高度利用 を妨げる要因となっている。地価の高騰や土地の非効率的な利用を解消するためにも税制 を修正する必要があり、7 章では土地税制の問題の是正策を検討していく。 7.1.譲渡所得税 7.1.1.岩田 土地含み益利子税 土地が売却されるときには、その譲渡所得を 100%課税するとともに、納税延期に対して 適当な延納利子を徴収するというもの。また、凍結効果を解除するための税案であるが、 この利子税は納税延期の利益を完全に消滅させる必要は無い。もし、納税延期の利益を完 全に消滅させてしまったら、新規需要に影響はないが、土地の留保需要が減少し、結果と して土地の取引量がかえって増加してしまう可能性があるからである。 7.1.2.八田 売却時中立課税 保有期間が長いほど譲渡所得税率を上昇させて、保有期間に関係なくキャピタルゲイン に対する実効税率を一定にする課税方式。売却益に対する税というよりはむしろ、元来は 利子と同じように毎年支払われるべき税を、資産売却時まで利子付で延納する制度ともと れる。つまり、年々支払い義務が生じる税の現在価値を、売却時に一度に支払うことと同 義である。増加税率が定率ならば、それに同等な譲渡益税率は保有期間の長さに応じて高 くなる。 この方式の下では譲渡益と利子所得に対する課税方法は実質的に同じになるため、凍結 効果がなくなるのである。また、土地の細分化を防ぐために一定面積未満の土地の取引に 関して罰金をかけることが考えられる。こうすることによって小さな土地を取引するメリ ットを無くし、土地をまとめあげるようなインセンティブが働くはずである。こうすれば 土地の細分化が防ぐことができ、付随して景観や防災の面で向上することになる。 7.2.相続税 路線価が地価の半分であることは資産として土地を保有するインセンティブを与え、平 屋の住宅が著しく多く非効率的な土地利用となってしまっているので、望ましい相続税を 達成するためには路線価を地価に近づけることが不可欠である。 一方で路線価を地価に近づけることは、それだけ相続税額が増えることを意味するが、 それほど深刻な問題が起こるとは考えられない。なぜなら、現行の制度上、基礎控除(5000 万円+法定相続人の数×1000 万円)があるからである。仮に法定相続人が 1 人であった場 合でも 6000 万円が控除されるので、通常の宅地に住んでいる人にはそれほど問題はない。 ただし、資産として大規模な土地を保有している人は相続税額が増えることになるので、 土地の供給が増える。 7.3.小規模宅地への優遇税制 前述のとおり、小規模宅地への優遇税制は土地の細分化を奨励する効果を持っており、 効率的な土地利用を阻害する。これは弱者保護という名目の下に行われているものの、実 際には比較的裕福な人も利用が可能なため税として徴収される金額を少しでも減らそうと 利用されているのが現状であり、税収の低下を招いている。この税収の低下は真の低所得 者への個人再分配の源泉になるはずの税収を減らし、個人再分配の拡大自体を阻んでいる。 もし本当に低所得者のためを思うのであれば、小規模宅地への優遇税制を廃止しその分 税収を増やし、その税収の増加分を再分配するべきである。 7.4.容積率規制 日本の現状の容積率は建築基準法で定められているが、法定の容積率は面している道路 の幅など様々な条件にもよるが、指定容積率は住宅地で 100%~500%、商業地では 200% ~1300%と定められている。この規制が厳しいため狭い土地に高層マンションを建てるこ とができない。この容積率の低さが土地の有効利用を妨げている一面もある。 2010 年時点で東京 23 区の道路や公園などを除く建物が建てられるエリアの容積率平均 は約 150%であり、最も高い千代田区でも約 600%であり平均 6 階建てしかない。例えば、 ニューヨークのマンハッタンの住宅の容積率の平均は 631%と東京で最も高い千代田区を 越えている。また、台湾では住宅地に使える土地が非常に少ないため高層化が進み、それ に伴い世界から投資が集まり香港のマンション価格は 1 戸あたり 3 億円程度と非常に高く なっている。 このように高層化が可能であれば中空に新しい富を創出できるので、土地の価格が上が ることが予想されるので、平屋の家を売り、より収入を得られるであろう高層マンション を建てる人が増えると考えられる。これにより土地の有効活用が図られると考えられるの で容積率を緩和すべきである。 7.5.生産緑地 東京都の都市公園の都民一人当たりの面積は 4.4 ㎡(『‘91 東京都緑の倍増計画』によ る)にすぎないが、これを農地に加えると 13.9 ㎡と 3 倍になる。東京のように緑地の少な いところでは農地はかけがえのない財産であることから、東京都の土地開発資金を充実さ せることや用地の先行取得のための起債枠を拡大する等の財政的な措置の拡充により農地 の公有地化を図ることが望ましい。都市による住宅・宅地の供給のためには改めて生産緑 地法の在り方を検討する必要がある。 7.5.1.農地側による生産緑地の活用 生産緑地は「自分の土地なのに自由に使えない」といった問題を掲げているが、法律上、 一定要件の下にいくつかの例外がある。その一つが社会福祉事業への利用で、社会福祉法 人への貸地や、介護施設の建設に限って収用が認められている。 社会福祉法人の施設とは、特別養護老人ホームや老人保健施設、グループホーム、デイ ケアサービスセンターなど多様な施設がある。 さらに、生産緑地の社会福祉事業目的への活用を後押しするのが、厚生労働省が平成 23年度までの時限立法として施行している助成金制度がある。これは「介護基盤緊急整 備等臨時特例基金」という名称で、介護事業の基盤設備推進施策として3011億円の助 成基金が設けられた。また、東京都では「定期借地利用による整備促進特別対策事業」 として、50年以上の定期借地を条件に地代については路線価の2分の1を上限に助成す る。建設される介護施設は、国策として助成される事業であるから、長期的に安定した 権利関係でなければならない。それだけに50年間は安定収入が得られる。 例えば、生産緑地を特別養護老人ホームの建設用地として地代 3%とする定期借地契約を 締結したとする。まず、助成制度で得られる「一時金」の運用益として高額収入が得られ る。 1)行政からの助成金(一時金)=路線価 100 万円×貸地面積 1000 坪×1/2=5 億円 2)一時金の運用方法=収益物件の購入又は収益施設の建設 3)この一時金を元に年間の利回りが 5~6% その結果、年間の運用益は 5 億円×(5~6%)=2500 万~3 千万円。これに社会福祉法人 からの地代で安定収入が得られる。 1)年間地代=[(50 年間の地代収入)-(一時金)]÷50 年 =[(1000 坪×100 万円×3%)×50 年-5 億円]÷50 年 =(15 億円-5 億円)÷50 年=2000 万円 地代約 2 千万円を加えると、年間の総収入は 4500 万~5 千万円。 こうした長期にわたる安定収入は、生産緑地の指定を返上することによって発生する税 務上の問題を解決する。つまり、それまで猶予されていた相続税、それに伴う利子税につ いて、この安定収入を担保に納税資金の調達が可能になる。一方、社会福祉設立は生産緑 地を都市住民全体の利益として活用することができる。このような制度が設けられている 為、農地や林地を所有する農家の側から売り意欲が高まってきた。 7.5.2.農地を保全する場合の策 1 農地と近隣住民がお互いに支え合えば、農地を保全することが可能である。例えば、半 径 500mの範囲で、農家が核となって、被災時に避難場所の提供と優先的な農産物を提供し、 代わりに近隣の市民は核となる農家から日常の農産物を購入する。相互の信頼関係の確保 の為に、都市住民は異物の混入の排除、残渣の水切りの徹底等の協力をする。このように 普段から身近な農家と都市住民が、お互いに支え合う関係を構築することが重要である。 行政は、非常用発電機や用水ポンプの設置、井戸の水質検査、非常食、毛布、仮設テン ト等の備蓄倉庫の設置等に補助をし、核となる農家をミニ防災拠点と傘を広げたように拡 大して行けば、平時には身近に農業的空間を確保しながら、食料の確保ができ、非常時に は避難し復興の拠点を確保することができる。行政としても、避難場所の特定と避難者の 確認ができる。また救済情報の配布等からも便利である。農業を核とした、都市における 新しい地域社会の形成は、今よりずっと農地を有効活用できる。 7.5.3.農地を保全する場合の策 2 農地の保全を選択した場合においても、自己耕作地にするのではなく「市民農園」と位 置付ける方が望ましい。「市民農園」とは所有者から借りた生産緑地を整備して、区民に 有料で貸し出している農園のことである。実際に東京都練馬区では、「市民農園」として の活用を充実し、農地と住宅の共存型開発の推進を行っている。農園利用者の希望者が多 く、倍率は 2~3 倍。自治体によっては 10 倍近くの場合もあり、申し込んでもなかなか当 たらないという。 図 14 より、都市住民を対象にしたアンケート調査においても、東京に農業・農地を残し たいと思う人は約 8 割、さらに、東京の農業・農地に期待する役割は、新鮮で安全な農畜 産物の供給と答えた人が 6 割。従って、都市内の農地は、新鮮で安心な地産地消の農作物 を提供してくれる農業生産機能を中心に、自然とのふれあい、憩いの場、防災機能等の農 地の多面的機能を、都市政策の面から検討するべきである。 図 14 東京に農地を残したいか21 (設問)東京に農業・農地を残したいと思いますか。 思う 思わない どちらとも言えない 図 15 東京の農業・農地に期待する役割22 東京の農業・農地に期待する役割 新鮮で安全な農畜産物の供給 自然や環境の保全 食育などの教育機能 地域産業の活性化 農業への関心の呼び起こし 生活に潤いや安らぎを提供 地域の伝統・文化の継承 災害時の避難場所などの防災機能 良好な景観の形成 地域コミュニティーの場 身近なレクリエーションの場 その他 66.4 49.2 40.1 30.8 28.7 16.4 15.4 13 10.1 9.1 6.1 3 21出典)東京都「都政モニターアンケート結果 東京の農業」『東京の農業』 〈http://www.metro.tokyo.jp/INET/CHOUSA/2009/06/DATA/60j6u100.pdf〉(2011 年 11 月 16 日アクセス) 22出典) 農林水産業「都市農業をめぐる情勢について」『都市農業の多様な役割』(2011 年 11 月 16 日アクセス) 現在、議論とされているのが、農地の一部を宅地並み課税に、残りを生産緑地としたが、 実際に都市部で農地として利用されている意義を認めるならば、なぜ全体に奨励策を講じ てはいけないのか、という議論が出ている。さらに、生産緑地は農地と位置付けられたの であるから、国としても農業施策の対象とすべきであるが、市街化区域については、都市 計画法以来、農林水産省の守備範囲からはずしたままになっている。農業会議をはじめ、 多くの団体が都市農業に対する本格的テコ入れを願って政策建議・提起をしている。従っ て、現行の考え方では、行き詰まりに来ている。これからは、農家・市民・行政が共存し て、市街化農地を考え直す必要がある。日本のように、都市の中に多くの農地が存在し、 都市市民と共存している都市は、世界でも希有である。日本型の環境共生都市の実現を目 指すべきではないだろうか。 8.結論 日本が土地の高度利用を進めていくためには、まず宅地の供給量を増加させていく必要 がある。現状では都市における零細な土地利用や密集市街地が多く存在するために再開発 が進まない。こうした土地を集約していき、建物の高層化を図っていくべきである。建物 の高層化によって都市の人口を高めると同時に土地の整理を行い、道路や鉄道などの社会 的資本を充実させ、交通の混雑を緩和するなどのデメリットの解消を図っていく必要があ る。土地の高度利用を促進させ、密集市街地を減らしていくことや道路の拡張、公園など のオープンスペースを作っていくことは大きな震災が頻発する日本には必須である。地震 などの震災が発生した場合、安全に非難できるようになるためにも再開発を進める必要が ある。また、日本の粗悪な住宅事情を解決するためにも土地の高度利用は不可欠であり、 都市の高層化を進めていくことで住宅価格の減少、賃貸の床面積の増加、通勤時間の短縮 などの住宅水準の改善を図ることができる。 そのためにも土地の流動性の阻害する相続税や譲渡所得税などの土地税制の問題や、小 規模宅地利用のインセンティブ、生産緑地などの非効率的な土地の利用などの問題を解消 する必要がある。しかし、一度建設された建物には不可逆性があるため、低層の建物から 高層ビルへと立て替えていくことは困難である。このため税制が望ましい方向に見直され たとしても、土地の高度利用は一朝一夕に出来る問題ではないことを留意すべきである。 参考文献 金本良嗣(1994) 「土地課税」 『税制改革の新設計』(野口悠紀雄編)第 5 章,日本経済新聞 社,p141-184 金本良嗣(2007) 『都市経済学<プログレッシブ経済学シリーズ>』,東洋経済新報社 山崎福寿(1999) 『土地と住宅市場の経済分析』,東京大学出版会 山崎福寿(2001) 『経済学で読み解く土地・住宅問題―都市再生はこう進めよ』,東洋経済 新報社,p2-99 山崎福寿、浅田義久(2008) 『都市経済学 (シリーズ・新エコノミクス) 』,日本評論社 黒田 達朗、中村良平、田渕隆俊(2008) 「地価と土地政策」第 7 章,「住宅市場の理論と 政策」第 8 章『都市と地域の経済学』,有斐閣ブックス pp121-172 国土交通省都市地域整備局市街地整備課(2009)「土地関係税制の概要」『詳解 整理の税制<平成 21 年版>』,ぎょうせい,pp169-172 日本土地法学会(1995)『漁業権・行政指導・生産緑地法』、株式会社有斐閣 土地区画
© Copyright 2024 Paperzz