タラ新聞 - タラ号

N°10
Journal gratuit publié par Tara Expéditions. Représentant légal et directeur de la publication : Étienne Bourgois. Rédacteur en chef : Michel Temman. Direction éditoriale et coordination : Éloïse Fontaine et Élodie Bernollin.
Assistance éditoriale : Marc Domingos, Johanna Sanson, Estelle Cavalin. Direction scientifique : Éric Karsenti. Direction artistique et maquette : Le design c’est l’Aventure ! Valentine Petit Morin, Solène Louedec. Photographie de couverture : J.Bastion / Tara Expéditions.
Imprimeur : Roto Champagne. Tiré à 60 000 exemplaires. Date de parution et de dépôt légal : 15/10/2015. ISSN 1953-6798. Fonds de dotation Tara : 12, rue Dieu, 75010 Paris, France - +33 1 53 38 44 89 - www.taraexpeditions.org
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海洋
と
気候
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CIAL I
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ECIAL I
THE OCEAN
ST
IN THE 21
CENTURY
特別号
タラ号 21 世紀の海洋
気候システム
公海の
非常事態
Le Journal Tara Expéditions n°10
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極地研究
海水中の氷
プランクトン
神秘的な
世界を知る
マイクロ
プラスチック
不幸な海
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Le Journal Tara Expéditions
論説
私たちの
共通のプロジェクト、
海洋
文:ロマン・トゥルブレ、「タラ号プロジェクト」事務局長
タラ号の歴史
2003 年以来、タラ号プロジェクトでは、
気候変動の海洋への影響について調査を
実施してきました。
~ 年
年 月
年 月~ 月
年 月~ 年 月
年 月~ 年 月
~ 年 月
年 月
年 ~ 月
年 月 日
年 月
年
~ 年
アジア太平洋地域にてサンゴ礁の調査を予定。
科学雑誌『サイエンス』にタラ号海洋プロジェクトで得られた最初の主要な
成果が掲載。
国
際連合創設後 70 年近く経過し、新世
紀を迎えた現在、戦後の世界の指導
者にインスピレーションを与えてき
た人道主義的なビジョンはどこにいったので
しょうか?
タラ号地中海探検プロジェクト
地中海におけるプラスチック汚染調査、現地の環境問題に関する意識向上
のための科学調査を実施。
過去 15 年間で、デジタル革命が起こり、ま
た、アジアが政治世界で中心的な役割を担う
ようになりました。こうした出来事により私
たちの世界観が変わり、指導者たちの短期的、
中期的、長期的な考え方も、変化し続ける新
たな課題に翻弄されてきました。どの大陸で
もあらゆる種類の格差が日々拡大し続け、隔
離、世界の分岐が進んでいます。
しかし、現在私たちが経験している気候変
動や人口増加が、発展途上国や先進国のどち
ロマン・トゥルブレ © V・イレール/タラ号プロジェクト
らに住んでいるかに関係なく皆に関わる問題
であることは、常識的には言うまでもなく、
科学的見地からも示されています。これほど
の困難に立ち向かうには、国際社会が幅広く
協調して対応を講じることが必要です。
現状を考えると、海について心配するのは
少数の熱烈な理想主義者の仕事で、そんな必
要はないし馬鹿らしいとさえ思われるかもし
れません。それでもおそらく、人類を結び付
け、地球の 4 分の 3 を占めるこの広大な海は、
私たちにとって豊かな発想の源と言えますし、
海が自由の源であり共通財であるという、世
界中の人々が共有する考え方こそが、歴史上
稀にみる大胆な条約であった 1982 年の国連
海洋法条約の調印を促したことは疑う余地が
ありません。
各自の向いている方向が同じでなくとも、
海の象徴的な価値そして広大さが私たちを
再び結び付ける役割を果たすと
私は信じています。その大きさ
だけをとっても、私たちの吸い
込む空気や体をつくるたんぱく
質と同じように、海が地球上の
生命に必要な条件を作り出す重
要な役割を果たしていることは
実に明白です。そして、グロー
バル経済にとっても不可欠な役
割を果たしています。健康管理
のためには皆を脅かす病気を防
ぐことが必要なのと同じで、国
連の諮問機関であるタラ号プロ
ジェクトのような団体が、
「公海」
と呼ばれる国際的な海域に法的
な地位を与えうる協定の締結に向けた交渉の
開始を歓迎するのは当然のことなのです。
潜在的に生じる影響についても明らかになっ
てきています。世界の海の酸素濃度減少、温
暖化および酸性化について、より多くの研究、
技術革新、取り組みが求められています。タ
ラ号海洋プロジェクト中に実施されてきた科
学的調査が、その他の研究成果とも合わさっ
て、海の未来、すなわち私たち自身の未来に
ついてより高い精度で予測し、今後力を合わ
せて克服すべき課題についてより多くのこと
を示す手がかりとなっているのは間違いあり
ません。
タラ号やその探査を支える人々は皆、人類
にとって特別な重要性を帯びた海の健康を保
つことが、歴史的な分断を乗り越える共通の
「その大きさだけをとっても、
私たちの吸い込む空気など
と同じように、海が地球上の
生命に必要な条件を作り出
す重要な役割を果たしてい
ることは実に明白。
」
社会が十分に対応してこなかった海洋への
数々の直接的負荷(乱獲、あらゆる種類の汚
染、海岸線のコンクリート化)については、多
くの科学者がすでに指摘してきた通りですが、
現在、私たちの活動によって間接的かつより
ロマン・トゥルブレ
プロジェクトとなることを願っています。ま
さに 21 世紀のためのプロジェクトです。21
世紀の私たちのチェレンジが目の前にあり、
力を合わせた対応が必要とされています。さ
あ、私たちと一緒に、タラ号に乗船しましょう!
タラ号海洋プロジェクト、タラ号北極圏プロジェクト
プランクトン生態系とその気候変動への脆弱性について調査するために、
30 か月におよぶ科学探査を実施。科学・教育上の目的で、北極海近辺を航行。
タラ号北極プロジェクト
欧州の研究プログラムDAMOCLESの一環として、507 日間にわたり北極
海 2,600kmを航行。
年
グリーンランド、南極、パタゴニア、南ジョージアで 6 回の探査を実施。
アーティストのセバスチャン・サルガドおよびピエール・ユイグがタラ号
に乗船し南極へ。
ブラジリアの写真家サルガドが自身のプロジェクト『ジェネシス』遂行の
ために乗船、フランス人アーティストのユイグは映画『A Journey That
Wasn't』撮影のために乗船。
「モンターニュ・デュ・シランス(沈黙の山)」グループとともに南ジョージ
ア探査へ。
聴覚障害者と健常者両方が参加する登山家グループが、探検家アーネスト・
シャクルトンの足跡を追う旅に出航。
北極生態学研究グループ(GREA)の研究者たちがタラ号に乗船し、グリー
ンランド北東部の状況調査に向かった。
エティエンヌ・ブルゴワとアニエス・トゥルブレの元で、「シーマスター号」
が「タラ号」に改称。
シーマスター号で探険中、ピーター・ブレーク卿がブラジルで海賊に殺害
されるという悲運に見舞われた。
伝説的なヨット乗りピーター・ブレーク卿が、船名を「シーマスター」に改称。
年
ジャン=ルイ・エティエンヌはアンタルクティカ号に乗り、南極、パタゴ
ニア、スピッツベルゲンへと何度も出航。
探検家ジャン=ルイ・エティエンヌ、アンタルクティカ号購入。
リュック・ブヴェとオリヴィエ・プティの設計に基づき、SFCN(フラン
ス造船会社)の造船所で建造された。
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研究
特
別
記
事
プランクトン:
神秘的な世界を知る
タラ号海洋プロジェクト中に全世界の海で実施された、最も広範囲のプランクトン調査が終了して 18 か月近く経過した現在、科学雑
誌『サイエンス』に掲載された 5 本の論文では、探査中に収集された 35,000 点のサンプルの秘密が明らかにされています。あらゆるレ
ベルで、この研究結果は私たちの海洋生態系に対する理解の根本を変えたのです。
この小さなクラゲは地中海で捕獲されたもので、不死と考えられているベニクラゲという種と密接な関わりがある。 © クリスチャン・サルデ/CNRS(フランス国立科学研究センター)/タラ号プロジェクト
2
015 年 5 月 22 日は、タラ号プロジェクトの歴史で永久
に語り継がれるでしょう。この日、タラ号海洋プロジェ
クトと関わりのある研究者誰もが、一種の緊張と安堵
感が入り交ざった興奮に襲われまし
た。2009 年 か ら 2013 年 ま で に ス
クーナー船タラ号が実施した探査の
成果が正式に発表されたからです。
探査で得られた結果を詳細に記し
た 5 本の論文が、世界的に名高い科
学雑誌『サイエンス』の特別号に掲載
されました。これは度肝を抜くよう
な数字です。微生物だけでも 4,000
万点以上もの遺伝子配列が解析され、
細菌やバクテリアなど、その大部分が従来科学界では未知の
ものでした。
細菌と異なり、DNAが核の内部に含まれる真核生物につい
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ては、塩基配列から抽出された約 10 億のDNAバーコードから、
15 万の異なる遺伝子型の存在が示されました。現在までに存
在が示されたのは 11,000 種にすぎないものの、複数の種が同
一の遺伝子型
に属する可能
性があるため、
プランクトン
系の真核生物
の種の数は 100
万を超える可
能性がありま
す。また、これ
らの種の生物
多様性は従来考えられていたよりもはるかに大きく、細菌の
生物多様性を上回ります。さらに良いことに、分析は飽和点
に達しつつあるため、新しいサンプルから得られる新たな遺
タラ号海洋プロジェクトを通じた
発見により、海洋表層はその全容
が明らかになった初の主要生態系と
なった。
伝子は少なくなる一方です。言い換えると、タラ号海洋プロ
ジェクトチームが、地球上に生息するほぼすべてのプランク
トン種を収集するという目標を達成したということになるの
です。
果てしない相互作用の世界
得られた所見は海洋学の分野にとどまりません。史上初め
て、主要な生態系がほぼ完全にその姿を現したのです。森を
例に挙げると、森に生息する主要な生物は大抵知られていま
すが、土壌に生息するウイルス、土壌に生息する様々な動物
に集まる小型寄生虫や腸内細菌についてはどれほど知られて
いるでしょうか?タラ号海洋プロジェクトを通じた発見と『サ
イエンス』誌に掲載された結果によって、海洋表層はウイルス
や単細胞生物から最大級の哺乳類に至るまで全容が明らかに
なった初の主要生態系となったのです。
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数字で見るタラ号
12 年間で 10 回の探査
総航行距離 32 万km
40 か国出身の 350 名がタラ号に乗船し
探査に参加
探査実施期間 2,000 日
40 か国を通過
75 の研究所・研究機関が参加
21 の科学研究分野
海洋生物学、分子生物学、分類学、海洋学、
生命情報学、生物地球化学、ゲノム科学、
画像診断、生態学、モデリング、
微生物学(細菌学・ウイルス学)、気象学、
エネルギー収支法、降雪学、氷河学、動物学、
鳥類学、考古学、地質学、化学
テキサスノコギリガザミ(泥蟹の一種)
©スペンサー・ラウエル/ノエ・サルデ/タラ号プロジェクト
南大西洋アセンション島とリオデジャネイロの間で採取されたプラン
クトンのサンプル
©マティアス・オルメスタッド/カヒ・カイ/タラ号プロジェクト
前例のない今回の調査は、生態系の機能について間違いな
く理解を深めたと言えます。さらに、生態系の進化や生態系
についても実体を知ることができました。特に、タラ号に乗
船する研究者らの仕事は海面下に生息する生物の一覧作成に
とどまらず、サンプルから得られた結果により有効性が認め
られた複雑なコンピューターモデルを使用し、生物同士の相
互作用についての理解も試みています。初期の観察結果から、
環境的要因(水圧、塩分濃度など)は生物の空間的分布に予想
していたほどの影響がないことが判明し、何よりもプランク
トン種の相互作用に関する一連の先駆的なマッピングを通
じて、捕食、共生さらには競争以上に、最も幅広く影響を及
ぼしている相互作用は寄生であることが明らかになりました。
このことが意味するのは、もし多くの生物が寄生する中心的
な生物が消滅すると、それに寄生している他多数の生物にも
影響が及ぶということです。
何千万もの遺伝子の塩基配列を解読
「プランクトンフィッシング」に加え、タラ号海洋プロジェ
クト中に実施されたサンプリング作業は、塩分濃度、水圧、
温度、光量など数多くの物理化学的パラメーターを測定する
タラ号海洋プロジェクト、
『サイエンス』誌の表紙を飾る
機会となりました。そこで得られたデータをプランクトンの
膨大な遺伝子塩基配列解読の結果と突き合わせると、特定地
点における生物種の構成を決めているのは、もっぱら温度で
あるということがわかりました。気候変動が進む現在、この
情報は極めて重要であるように思われるのですが、2015 年 5
月 22 日に『サイエンス』誌で発表される数多くの発見の 1 つに
すぎません。海洋におけるプランクトンの分布、海流による
ウイルス拡散のあり方、海洋に生息する細菌群についての説
明など、発表された数多くの科学的業績を一覧にまとめるの
は難しいことです。どんなに重要なものだったとしても、発
表された成果は今まで光が当てられなかった分野の解明に向
けた最初の一歩にすぎません。プランクトンにはまだ未発見
の秘密が数多くあるといえるでしょう。タラ号海洋プロジェ
クトで発見された何千万点もの塩基配列が解明された遺伝子
は、海洋生物の 80%にも及ぶものがすでにオンラインで世界
中の研究者に公開されています。
今後数年、数十年のうちに、科学界からは神秘的なプラン
クトンの世界について新たな知見が提供され続けるでしょう。
グレーとオレンジのスクーナー船タラ号を共通のきっかけと
して、将来重要な発見がなされることが期待されます。
Y.S
『サイエンス』2015 年 5 月 22 日号表紙。AAAS(アメリカ科学振
興協会)の許可を得て転載。 転載禁止。
「タラ号海洋プロジェクトで得られた
データを使えば、温度に応じて海洋生態系の
進化を予測する方法を考案できるようになる。
気候変動の影響や未来について考えていくために、
こういった予測を他の生物にもあてはめて
推定することが必要。」
エリック・カルセンティ
CNRS研究ディレクター、EMBL(欧州分子生物学研究所)配属
タラ号海洋プロジェクト責任者、2015 年CNRS金賞受賞
カツオノカンムリ(群体性クラゲの一種) ©パトリック・チャン/CNRS/タラ号プロジェクト
エリック・カルセンティ © V・イレール/タラ号プロジェクト
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特別号
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海洋
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気候
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21世紀の海洋
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海洋と気候
ECIAL I
巡航中、公海上で科学調査を実施するスクーナー探査船タラ号。
タラ新聞の第 10 号のタイトルとして「 21 世紀の海洋」を選んだ理由は言うまでもありません。現
在、公海では非常事態が進行中で、地球規模で気候を調節している海洋の大部分が、温暖化と酸
性化に直面しています。そしてこのような変動が、海洋の生物多様性を脅かしています。地球上
で起こっているゲリラ豪雨や干ばつ、ハリケーンや被災地などは、誰が見ても衝撃的な状況です。
様々な出来事が複雑に絡み合い、深刻な気候変動を引き起こしています。強い意志と勇気ある行
動で前に進み、厳しい決断をすることを迫られています。今こそ私たちが、科学の力を借りてよ
り明確に見極め、しっかりと現状を見つめ直さなくてはならないのです!
ミッシェル・テマン
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CO2
気候システムP.6-7
北極
極地研究P.8-9
インタビュー
アンヌ・イダルゴ:
「みんなが気候変動に
関心を持つべき」P.10-11
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特別号
海洋と気候
CO2
気候システム:公海の非常事態
気候は主に海によって調節されています。しかし、気候変動会議などでは、その変異がどこまで海に影響を与えているか、まだ十分に
検討されていません。その中で、素早い変化を求める世論が高まりつつあります。
海
が気候を変動する仕組みをよりよく理解するには、ま
ず私たちが生きていくために、海が担っている根本
的な役割について理解する必要があります。海は海
流を通じて、太陽熱や人間活動で発生する余剰熱の 93%を吸
収、貯蔵、運搬し、地球の温度を調節する役割を果たしてい
ます。そのため、海の影響は地球の気候変化を間違いなく左
右する要因となります。また、海は同じく人間活動で発生す
る二酸化炭素(CO2 )を吸収する能力もあるため、世界の温度調
節器であるだけでなく、巨大な炭素ポンプの役割も果たして
いることがわかります。海は地球の表面積の 70%を占めてい
ますが、毎年人間が空気中に排出するCO2 の 4 分の 1 を吸収し、
人間が吸い込む酸素の半分以上を供給しています。
さらに、温度上昇により海水が増え、氷河や大陸氷の溶解
も合わさって海面上昇につながっています(フランスの気候変
動に関する政府間パネルGIECは、2100 年までに 26∼82cmの
海水面上昇を予測しています)。一方、CO2 の吸収により、海
の化学的性質に変化が生じています。pH値が下がり、水の酸
性度が高まっているのです。これに伴い、科学者たちは海洋
の動植物が骨格や貝殻、その他カルシウムを用いる構造を成
長させるために用いる炭酸イオンの数が減少していることを
突き止めました。牡蠣やムール貝、その他の軟体動物や甲殻
類といった馴染みのある食べ物が消えてしまった世界を想像
してみてください。
れます。特に魚が主
要な動物たんぱく
源となっている南の
国の人々の食の安全
性が脅かされており、
新たな問題となって
います。
海からの警鐘
サンゴ礁は環境
的・経済的価値が年
間 270 億 ユ ー ロ と
推計される生物のオ
アシスですが、地球
の様々な場所で消滅
し始めています。サ
ンゴ礁は海岸線を浸
食から守るだけでな
く、観光地としても
大変重要です。タラ
号プロジェクトが支
援する研究は、気候
世界海洋デー( 2015 年 6 月 8 日、パリで開催)の最中に発表された「気候を守るための海からの警鐘」は、一般の人々
システムの中で海洋
に対し「海を脅かす重大かつ不可逆的な変化について意識するよう呼びかける」ことを目的としている。
が果たす役割の認知
この後半の記述では、こうした脅威が地球の生命の進化に
向上に貢献していま
与える影響を示しています。私たちの生活が海洋生態系に与
す。COP21 をめぐり議論が行われ期待が高まる今、ロマン・トゥ
える負荷は増大し続けているのです。
る斬新な解決策を生み出すための対策」といった 4 つの主要な
ルブレは海洋環境に関する深い知識と船乗りとしての経験に
提案を掲げています。あらゆる生態系と同様、海洋にも適応
海水温が上昇し酸性化しているだけでなく、酸素も激減し
依拠し、自身の見解をこう語ります。「乱獲されている種もあ
能力がありますが、変化のスピードが速すぎて追いつけない
ています。地球上の大きな海がまさに追いつめられているの
る一方で、海洋生態の約 80%については全く未知の世界です。 生物もいます。そのため、被害を受けやすい地域の保護、回
です。その結果何が起きるでしょうか?生物が食性や成長・ 科学、医学、工業、エネルギー生産、医薬品産業といった分
復力など、プラットフォームが「気候を守るための海からの警
生息する場所を適応させようとするため、海の多様性が損な
鐘」や政策勧告を通じて訴えている概念に注目することが重要
野は全て、未活用の資源を持続的に利用することで利益を得
われる恐れがあります。このような変化により最終的には生
です。
られる可能性があります。」私たちに為す術はないのでしょう
態系が衰退し、結局は人間の食料資源の減少を招きます。こ
か。そんなことはありません。それどころか、2014 年 6 月に
ういった過程の認識不足により、海の持続可能性への取り組
はタラ号プロジェクトといくつかの提携団体は、世界の政策
2015 年 6 月 8 日に国連主導のもとパリで開催された世界海
みが妨げられているのではないでしょうか?乱獲や汚染の影
決定者や各国政府、大規模組織に対し、海が直面している問
洋デーで発表された「気候を守るための海からの警鐘」は、一
響も加えると、ますます深刻な状況です。海はかつてのよう
題に目を向けさせるために「海洋と気候のプラットフォーム」 般の人々に働きかけ「海を脅かす重大かつ不可逆的な変化につ
に食料を供給・生産できなくなるという悲観的な状況が見ら
を立ち上げました。現在までに 60 を超える団体がプラット
いて注意を呼びかける」ことを目的としています。この問題は、
フォームに参加し、科学研究機関、非政府組織、 国際的な気候変動会議などでは未だに扱われていません。目
的は、国連気候変動枠組条約第 21 回締約国会議(COP21 )を前
市民社会や経済界の指導者などもメンバーと
して加わっています。プラットフォームでは、 に、政策決定に関わる政治家や主要な経済界の重鎮に対する
「二酸化炭素吸収源として保護された海洋生態
圧力を高めることにあります。少しずつでも当事者全員が問
系を作り、海洋の気候変動緩和能力を強化す
題意識を持ち、行動してくれることを期待して。
ること」、「気候変動と海洋の相互作用に関す
アンヌ=ソフィー・ノヴェル
る研究の進展」、「海と沿岸の生物多様性保護
さらに詳しく知りたい方はこちら
ロマン・トゥルブレ の解決策を講じるための沿岸地域向けの資金
海洋と気候のプラットフォーム研究
援助」、「エネルギー、食糧、輸送などにおけ
www.ocean-climate.org
「海は無限だと考えられていたが、実際に
はある程度限界に達しているため、海に
対する考え方を変えなくてはならない。
」
空気中CO2
人間活動
温室効果
大気中CO2
大気の乱れ
マングローブ
溶解CO2
海水の動きが
循環を促進
100 M
植物
沿岸生態系の崩壊
プランクトン
酸性度上昇
海水温上昇
サンゴ
海洋生物の生育異常
炭素は深海の
冷水の中に蓄積される
2014 年に立ち上げられた海洋と気候のプラットフォームの目的の 1 つは、教材などを通して海と気候
の相互作用への理解を深めることである。 © Ocean-climate.org
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www.taraexpeditions.org
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適温を求める
特定種の移動
海水温が上昇すると海水が増加し、CO2 の吸収により海の化学的性質が変化。その結果、沿岸や海洋生態系の攪
乱の果てしない連鎖が起こる。 © Ocean-climate.org
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汚染
マイクロプラスチック:不幸な海
海はゴミ捨て場になっています。海運活動から出されるゴミもありますが、海洋に投棄されるゴミの 80%は陸地から、下水道や河川、
風、嵐によって運ばれてきます。しかし、特に問題なのは漂流するゴミの大部分がプラスチックだということです。
プラスチックで汚染された海はよく「 7 番目
の大陸」と呼ばれます。プラスチックは、海面
だけでなく深海も含め、海という海すべてを
漂流しています。遠い場所で起きている目に
見えない環境災害ですが、非常に重大で大変
有害です。廃棄物による海洋汚染は、製造品・
加工品問わず、海洋や海岸に廃棄されたり流
されたりしてきた一切の固形物質によって引
き起こされています。
化粧品、歯磨き粉、洗濯機…
海洋表層の 88%がこ
のような微小粒子で
汚染されている…
ら極地に至るまで地球の最も辺鄙な場所で
あっても、二次マイクロプラスチックは海洋
環境中のどこにでもあることがわかっていま
す。
タラ号地中海探検プロジェクトにて、マイクロプラスチックのサンプルを調査中。 © スペンサー・ラウエル
毎年、海には 1,000 ∼ 2,000 万トンのゴミ
が投棄されており、その 80%がプラスチック
です。さらに、過去 10 年で世界のプラスチッ
ク材料の生産量は容赦なく増え続けており、
2012 年には 2 億 8,000 万トンに達しています。
どれほどの量が海に吸収されたのかは全く想
像もつきません。今日、海はゴミ捨て場と化
しています。太陽光や酸化、海流の作用が重
なり合い、プラスチックゴミの一部がマイク
ロプラスチックと呼ばれる、大抵 5mmにも
満たない微小粒子に分解されます。
海面の 88%がこのような微小粒子で汚染さ
れていると推計されています。マイクロプラ
スチックはほとんどが漂流ゴミのため、海流
や風で流され、海面に蓄積していきます。さ
らに、地球の自転により渦(旋流という言い方
が広く知られています)が海で発生し、無数
のプラスチック破片を集めて巨大な汚染のた
まり場を作り出します。プラスチックで覆わ
れた巨大な海域がこれまでに見つかっていま
すが、とりわけ印象的なのが 1997 年に発見
された北太平洋の「ゴミベルト」です。深さ 30
メートル、広さ 340 万平方キロメートル(フラ
ンスの国土面積の約 6 倍)に達するこの海域に
は、プランクトンの 10 倍のプラスチックが存
在します。この「プラスチックスープ」を、魚
や食物連鎖の最下位にいるプランクトンまで
が摂取してしまっているのです。
機物質の両方からのポリマーが連鎖したもの
です。現在広く使用されているプラスチック
物質としては、ポリスチレン(PS)、ポリエチ
レン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリ塩化ビ
ニル(PVC)およびポリエチレンテレフタラー
ト(PET)があり、全世界の生産量の 90%を占
めます。これらのプラスチックは全て粒子の
特性を有しています。不活性のものもありま
すが製造過程で添加された物質を含む場合も
あり(可塑剤、充填剤、着色料、難燃剤、安定
剤など)、製品の耐久性向上、劣化防止や防火
このような破片が今日、海洋の至る所にある。
© N・パンシオ/タラ号プロジェクト
り発生する複雑な分子です。
生物との相互作用
このような有害物質は生分解耐性が非常に
強く、長期間有害性を保ちながら環境中に残
留します。マイクロプラスチックの表面に生
息する生物がこれらの汚染物質を吸収し、ま
たプラスチックに含まれる添加剤が海洋環境
中に放出されます。その結果、有毒物質は食
物連鎖の全段階で生体組織内に蓄積され(生
物濃縮)、人間の体内に取り込まれます(生物
蓄積)。
添加剤の中には内分泌攪乱物質が含まれ、
その生物多様性や食の安全性、人間の健康に
対する悪影響についてはまだ解明が始まった
ばかりです。海洋を漂流する大きなプラス
チック片は海鳥や亀に直接影響を与えていま
すが(プラスチック袋内での窒息や獲物と間
違えて誤食し、毎年 10 万体以上の海洋生物が
死んでいる)、マイクロプラスチックははる
かに複雑なタイプの汚染を引き起こしており、
目に見えないため対策が困難です。また非常
に小さいため、毒素を吸収したままムール貝
やカキなど、あらゆる種類の生物が摂取され
る可能性があります。食物連鎖の中に入り込
みやすいのは明らかです。
疎水性、生物非分解性のプラスチックは、
細菌や藻、菌類などにコロニー化されてしま
います。海流によりプラスチックが何千キロ
も運ばれれば、侵入生物種や病原体を広げる
いかだのような役割を果たし、生態系全体に
混乱をもたらす恐れがあるのです。
プラスチックは残留性の高い有機汚染物質を
まるでスポンジのように吸収し、食物連鎖の
全段階で生体組織内に蓄積され、人間の体内
に取り込まれる。
マリア・ルイザ・ペドロッティ
性向上が図られています。危険なのは、この
ヴィルフランシュ=シュル=メールの
ような物質が環境中に入ると、可塑剤として
海洋観測研究所研究員(CNRS/UPMC)
広く用いられるフタレート・ビスフェノール
マイクロプラスチックは合成ポリマーで、
A(BPA)など
通常裸眼では見えません。大きさや形、色、
の化学物質
密度、化学組成、出所などが異なる多様な
を放出する
粒子が含まれています。一次マイクロプラス
点 で す。 さ
チックと呼ばれる微小粒子形態であれば、化
らに悪いこ
粧品や歯磨き粉、洗濯機、産業用品(プラス
と に、 プ ラ
チックの粒、プラスチックボール、織物繊維、
スチックは
有毒物質
塗料)など様々な形で海洋環境に侵入する可
残留性の高
能性があります。
い有機汚染
太平洋と異なり、地中海では恒久的なゴミ
物 質(POPs)
ベルトは見つかっていません。しかし、地中
大きめのプラスチックゴミの分解によって
海は世界で最も汚染された水域の 1 つであり、 を ま る で ス
生じる二次マイクロプラスチックは一次マイ
ポンジのよ
マイクロプラスチックの濃度は北太平洋と同
クロプラスチックよりはるかに多量です。微
うに吸収す
レベルです。海面には約 2,500 億個のプラス
粒子やナノ粒子の環境放出量が増え、破砕す
る の で す。
チック粒子が漂流しており、重量 500 トン相
るプロセスが時とともに無限に増えているた
当と推計されています。
POPsは 殺 虫
めです。消え去るまでには数百年とかかるで
プラスチックゴミは脅威として認識され、 剤、 燃 焼 生
しょう。サンプルを収集しこの破片の濃度を
汚染物質とみなされており、今世紀に入りさ
成 物、 工 業
測定するために、数多くの調査が世界中で実
らに重要な問題となりつつあります。プラス
用化学物質
施されてきました。その結果、海面・深海問
チックは炭素、ケイ素、水素、酸素のほか石油、 な ど、 人 間
プラスチックの粒、ボール、繊維、織物など…。 © スペンサー・ラウエル
わず、海岸や入り江、外洋、さらには赤道か
石炭、天然ガスの派生物など、有機物質と無
の活動によ
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2015 年 7 月、グリーンランド東沿岸における研究探査で活躍中のタラ号。 © F・オーラ/タラ号プロジェクト
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特別号
北極
海洋と気候
極地研究:
海水中の氷
適温を求めて移動する鯨のように極地で活躍するスクーナー船タラ号は、2015 年、氷床
での作業に復帰しました。今回向かったのはグリーンランドです。氷の極地を航海でき
るように設計されているタラ号はその夏、馴染みの地で活躍しました。
タ
ラ号が得意の海氷へと戻りました。さかのぼること
2004 年、極地探査船タラ号は当時新たに所有者と
なったエティエンヌ・ブルゴワとアニエス・トゥルブ
レ(アニエスべー)のもと、北極生態系研究グループ(GREA)と
提携しグリーンランドへの初の研究探査を実施しました。エ
ティエンヌ・ブルゴワ、ジャン・コレ、さらに鳥類学者のオ
リヴィエ・ジルグとブリジット・サバールがその初探検に参
加しました。2015 年 7 月初め、生息する生物について調査し、
11 年前のデータと比較可能な情報を収集するために、彼らは
再びこの巨大な氷の島の東岸へと向かうことを決めたのです。
タラ号北極プロジェクト:
1893 年のフラム号漂流後初
( 2006∼2008 年)
10 年近く前、「タラ号北極プロジェクト」
として知られるタラ号の初の極地探査が、ピエール・マリー・
キュリー大学の海洋学者、CNRS研究ディレクターならびに欧
州化学プログラムDAMOCLESの調整員( 2005∼2010 年)を務
めていたジャン=クロード・ガスカールの指導のもと実施さ
れました。北極点周辺での地球温暖化の影響を調べるために、
極地の海氷を切り分けて船を進め、大規模な探査が実施され
ました。1893 年にノルウェーの探検家フリチョフ・ナンセン
が帆船フラム号で試みた探査以来の偉業です。
15 か月間にわたり浮氷群に閉じ込められながら漂流してい
たタラ号はようやく自由になり、上空 1,500 メートルまでの大
気や凍てつく北極海の深さ 4,000 メートル地点から収集した
貴重な科学的データを持ち帰ることができました。そこには、
気温や水温、気圧、塩分濃度、風力、氷床がすべて、リアル
タイムで綿密に観測されていました。
氷河
2013 年、CNRSの研究ディレクターとして欧州分子生物学
研究所(EMBL)に勤務するエリック・カルセンティと協力し、
タラ号プロジェクトは北部海域でプランクトンを調査する異
例の探険「タラ号海洋プロジェクト」を終えました。今日、タ
ラ号海洋プロジェクト( 2009∼2013 年)中に収集したデータ
は、科学界にとって思いも寄らない貴重な情報源となってお
り、プランクトンの世界から採取された数百万点もの新しい
遺伝子が蔵書のような形で提供されています。タラ号海洋プ
ロジェクトにより、海洋を調査し気候変動を判定するあり方
が変わったのです。変化し続ける極地域に関する確かな知識
や増え続ける科学的知見によって世界の科学界からも肯定的
な反応を得ているタラ号プロジェクトは、環境問題に対する
国際的な発言機関として地位を築きたいと考えています。タ
ラ号プロジェクトの創設者エティエンヌ・ブルゴワとこの団
体の事務局長ロマン・トゥルブレの目標は、海洋だけでなく
海氷についても意識を高めることです。
「気候とは、何よりもまず大気の問題なのです。」とマリー=
ノエル・ウセは断定します。「海は氷で覆われている間は大気
から隔離されていますが、氷という蓋がなくなると、再び大
気に触れ、激しい熱や湿気の循環を引き起こす可能性があり
ます。そして、晩夏、晩秋の氷河にその後数か月の気候が左
右される場合があります。つまり、氷量は北極地域の冬の気
候、さらには大規模な相互作用を通じて温帯地域にも影響を
及ぼすのです。」気候予測は、現在最も重要な論点の 1 つとなっ
「海は氷で覆われている間は大気から隔離されているが、氷
という蓋がなくなると、海が大気に触れ、激しい熱や湿気の
循環を引き起こす可能性がある。
」
マリー=ノエル・ウセ
ピエール・マリー・キュリー大学(パリ)の海洋学・気候研
究所(LOCEAN)で極地海洋学および海氷を専門とするマリー
=ノエル・ウセもこの目標を共有しています。彼女は海氷と
極地の海の相互作用について研究を行っています。過去 35 年
間の雪氷圏の衛星観測結果から、夏季に北極の海氷が大幅に
減少していることがわかっています。夏季の海氷が記録的に
減少した 2012 年には、10 年間で 14%のスピードで氷河が減
少すると推計されました。「氷量の減少については過去 10 年
以上も議論を重ねていますが、1990 年代後半に収集された氷
厚データからそれが明らかになりました。」と、CNRS研究ディ
レクターを務めるウセは説明しています。「ここ 2、3 年で万
年氷の量は安定したようにも見えますが、全体像がわからな
いため、氷量の減少傾向が回復に向かっているのかはわかり
ません。急速に氷の範囲が減少しているバレンツ海のような
地域もありますが、近年の冬に関しては氷量の減少はかなり
緩やかになってきています。」
海と氷に注目して気候を予測
漁業やあらゆる種類の採掘活動が膨大な影響を及ぼしてい
る北極海の大西洋側では、問題が差し迫っています。夏は大
気によって氷の表面が溶け、冬は海によって氷河が溶けるの
です。
気候予測は、現在最も重要な論点の 1つ。
気候予測のためのデータは海や海氷から得
られることがわかっている。
ています。気候予測のためのデータは海や海氷から得られる
ことがわかっています。「季節ごとの氷量を予測することは可
能になりつつありますが、12 か月以上先まで予測可能にする
ことが課題です。」そして、海全体を見ることが重要です。「海
氷とは、海面の凍った部分にすぎません。」とマリー=ノエル・
ウセは付言します。「深海では、気候変動の現象がもっとゆっ
くり生じるため、影響も長期的に現れます。この場合、10 年
先のスケールで予測可能と考えています。」
北大西洋の海面温度の変動は、何十年もかけて北極や世界
の気候に影響を与えます。一方、北極も大西洋の海面や深海
での海水循環に影響を及ぼします。これにより、北極からの
密度の高い冷水が南下し、赤道地域まで回流してしまうのを
妨げられる可能性があります。
2019∼2021 年に第 2 回北極漂流を計画
海が気候システムに影響を及ぼす重因子であることを呼び
かけるタラ号プロジェクトの政策提言は、科学者の知見を活
用して立案されています。このように確かな知識を基盤とし
て活用することで、当団体は国際機関向けの諮問団体として
地位を固めました。公海イニシアチブを立ち上げ、国連のオ
ブザーバーとしての地位を認められたタラ号プロジェクトは、
今後北極評議会のオブザーバーとして承認されることを期待
しています。
一 方、 タ ラ 号 は 北 極 の 氷 河 群 に 戻 る 準 備 を し て い ま す。
2006 年 に 開 始 さ れ た 第 1 回 目 の 北 極 漂 流 に 続 き、2019 ∼
2021 年には第 2 回目となる北極漂流がすでに計画されていま
す。
ディーノ・ディ・メオ
ジャーナリスト
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Le Journal Tara Expéditions
生物多様性
タラ号、アジア・太平洋へ:
サンゴ礁の本質
広大な太平洋やアジア地域でのサンゴ礁調査を行うと、なぜサンゴ礁の中でも危機にさらされている種と
繁茂している種があるのか、知りたくなると思います。要因は何であれ、気候と人間活動の相互作用はサ
ンゴに悪影響を及ぼしています。
芸
術的ともいえる外見を持ち、大変美しい樹木状の枝分
かれした果物のような共生生物。海面・深海を問わず
海で生息・成長し、もっとも多様な海洋生物の生息地。
それがサンゴです。「本当は、サンゴは複数形で語るべきなの
です。」と説明するのは、フランスのサンゴ専門家でペルピニャ
ン大学CNRS研究ディレクター兼フランス領ポリネシアの研究
センター・環境監視団体CRIOBE所長のセルジュ・プラーヌで
す。「なぜならよく見ると、一番よく知られているサンゴのほ
かに、石灰構造を作り出すサンゴ藻、そしてヒドロ虫類(アナ
サンゴモドキとも呼ばれる)という本物のサンゴではなく変形
したクラゲの一種と、主に 3 種類からサンゴ礁が作られている
ことがわかるからです。サンゴとヒドロ虫類は、イソギンチャ
クの一種であるサンゴと、サンゴが成長できるようエネルギー
を作り出す単細胞の藻が共生しているのと同じようなもので
す。つまり、サンゴ礁の形成プロセス全体を知るカギは、食
物が極めて少ない海域であろうと、イソギンチャクもどきの
生物と藻の間にあるこの共生関係にあるのです。」
生きた尾根
全世界の環礁に生息するこの 3 種類の生物は、海面のわずか
0.02%にすぎませんが、数多くの小群が混じりあって存在し
ています。「 1,000 種類近くあるサンゴの中には、数百万年前
に出現したものもあります。熱帯雨林と同様に、これらのサ
ンゴも、海洋生物の約 4 分の 1 にものぼる生物多様性の宝庫と
いうべき生息地を作り出しています。」とセルジュ・プラーヌ
が付言します。
サンゴ礁を単なる興味深い地形と捉える時代は終わりまし
た。サンゴは広大な生きた尾根を形成しており、種類を問わ
ず正真正銘の生物なのです。誕生し、狩りをし、生殖し、死
んでいきます。「クラゲと同じくサンゴも刺胞動物で、チク
チクした(とげのある)細胞により、通過するプランクトンや、
小さなエビや魚の稚魚に至る小さな生物に衝撃を与え、動け
なくして食べることができます。」と、ヴィルフランシュ=シュ
ル=メールの海洋学観測所に勤務するCNRS研究長クリスチャ
ン・サルデが説明します。
サンゴのストレス要因
サンゴ表面。1,000 種近くあるサンゴの中には、数百万年前に出現したものもある。 © S・ボレ/タラ号プロジェクト
南アジアには地球上で発見されたサンゴの半数以上が生息し
ています。特に、台湾から沖縄諸島の間、フィリピン・マレー
シア間、インドネシアあるいはパプアニューギニアと南太平
洋の間に集中しています。「もう 1 つの脅威として、沿岸水域
の過度な富栄養化があります。窒素やリン酸塩、その他の施
肥剤が多すぎると、海藻の成長は促されますがサンゴには害
が生じます。」とセルジュ・プラーヌは指摘します。
気候変動を引き起こしている温度上昇も大きな脅威です。
「あらゆる海洋生物の中でサンゴ礁は最も敏感です。海面水温
がわずか 0.5 ℃上昇するだけで、何十平方キロメートルにも
わたるサンゴ白化現象という、目に見えて明らかな大異変が
生じてしまいます。」と、モナコ科学センターの科学ディレク
ター、ドゥニ・アルマンは警告します。サンゴの健康につい
て知り尽くした専門家ドゥニはこう指摘します。「島国キリバ
スのテブア・タラワ島やアバヌエア島など、すでにいくつか
のサンゴ礁の島が水面下に沈んでいます。また近い将来、ツ
バル、ミクロネシアの小島、マーシャル諸島、モルディブなど、
危機に瀕する島が他にもあります。」私たちに
は島々やサンゴ礁を注意深く見守る必要があ
るのです。
タラ号海洋プロジェクトの中で、タラ号に乗船する科学者
たちは世界のサンゴ生態系の状態を調べました。2009∼2012
年の間、ジブチからマヨット、(仏領ポリネシアの)ガンビエ
島に至るまで 102 か所を調査し、良好な状態にあることを確
認しました。2016 年、タラ号はアジア・太平洋で 2018 年ま
で調査を続けるために未訪問の地へと向かいます。セルジュ・
プラーヌの説明によると、今回のサンゴ礁探査の目的は次の
通りです。
「ゲノム、遺伝子、ウイルス、バクテリアの特性といっ
た環礁の隠れた生物多様性を解明し、周辺海域との比較がで
きるようにすることです。サンゴ群全体の多様性について十
分に把握し、その多様性を理解したいと願っています。」また、 非常に敏感な生物、サンゴ礁。 © A・アミエル/カヒ・カイ/タラ号プロジェクト
「探査中、海面・深海でサンゴ礁のサンプリングを実施する予
定です。」と語るのは、プロジェクトリーダーのロマン・トゥ
ルブレ。「気候上の理由、人為的理由を問わず様々なストレス
要因に対するサンゴ礁の反応も比較する予定です。」重要なの
は、外的なストレス要因に対して十分抵抗できているサンゴ
礁は多いものの、オーストラリアのグレートバリアリーフな
ど特にアジア・太平洋の多くのサンゴ礁は、海岸開発や海運業、
工業などの影響に悩まされているということです。ストレス
ドゥニ・アルマン
要因としては、汚染、橋の建設、防波堤建設、土地の埋め立
て、漁業、乱獲、人口増加などが挙げられます。さらに、東
海面水温がわずか 0.5℃上昇するだけで、
何十平方キロメートルにもわたるサンゴ
の白化現象という、目に見えて明らかな
大異変が生じてしまう。
ミッシェル・テマン
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インタビュー
北野武:
「 2019年には
タラ号で北極に行きたい!」
日本人タレント・俳優で、週に 8 本以上の番組に出演する北野武さんは、日本でのタラ号大使に選ばれて
「嬉しい」と語っています。日本で最も著名な映画監督でもある彼のインタビューをご覧ください。
距離を泳がないといけないことを説明したいな。タラ号に乗
れなかったとしても、日本のテレビ番組で情報を伝えること
はできるよ。最近やってるみたいに自分がタラ号の話をして
もいいし、テレビ制作者に番組でタラ号のプロジェクトにつ
いて取り上げるよう言ってやってもいいし。そしたら日本で
「みんなが感じていると思う
けど、地球はひどいありさま。
タラ号の活動にちょっとでも
貢献できるなら嬉しい。
」
北野武
もタラ号プロジェクトの熱心な支援者が増えるだろ。日本は
トヨタとか大企業の本拠地だし、よく世界第 5 位の汚染国って
言われるんだけど、自分の番組では視聴者とか日本国内の大
企業に対して、大気中にCO2 排出を減らすようにもっと努力し
ないとダメだってよく呼びかけてるよ。それから実業家とか
日本の大手企業にもタラ号プロジェクトを積極的に支援する
ように頼んでたの。そうしたらその中の 1 人から、「自分がタ
ラ号のスポンサーになれば」って言われてさ。
タラ号は日本人の気候変動に対する意識の向上に
役立つでしょうか?
北野武。2010 年、パリのカルティエ現代美術財団にて。 © Sipa Press
タラ新聞:北野武さん、インタビューに応じてい
ただきありがとうございます。
北野武:嬉しいね!タラ号にはすごく興味があるよ。タラ号
はアニエスベーが所有しているんだよね。タラ号は今どこに
いるのかな?
この夏( 2015 年)、グリーンランドに向かって、そ
の後スウェーデンとイギリスを回ってからフラン
スに帰還する予定です。あなたはタラ号のどんな
ところに興味を持たれたのですか?
10 代のころ、ジャック・クストーと彼
の世界一周航海が大好きだったんだよ。彼
の映画は日本のテレビで放送されて、当時
すごい人気だった。クストーに影響を受け
て、自分も彼みたいに海洋生物学者になり
たいって思ってたな。だから、明治大学の
工学部に入学したんだけど、自分には向い
てなかったね。タラ号は考え方は違うかもしれないけど、ク
ストーと似たような冒険をしている気がする。クストーの時
代と変わったのは、地球の状態が悪化したことだな。気候変
動と地球温暖化で自然のバランスがここまで危険にさらされ
たことはないもの。気候が変動して、人間がその代償を払う。
たぶん今やっとその深刻さに気付き出したんだ。
タラ号は、2019 年の 2 回目の北極探査の前に、間
もなく 2 年間の長期アジア探査に向かい、日本にも
寄港予定です。
忙しいけど都合がつけばぜひタラ号に乗りたいね。2019 年
にはタラ号や乗組員と一緒に北極に行って、現地レポートし
「クストーに影響を受けて、自分も彼みた
いに海洋生物学者になりたいと思ってた。
」
北野武
たり、日本の視聴者になんで北極の氷が溶けてきているのか
とか、ホッキョクグマが安定した氷にたどり着くために長い
たぶんね。タラ号プロジェクトの強みは、テレビとか大き
なメディアの使い方がわかっていて、研究結果を公共の場に
伝えてきたことだと思う。テレビはみんな観るでしょ。小さ
な画面でたくさんの人に環境問題について話をすることがで
きる。タラ号プロジェクトが取り上げる問題って、その辺を
歩いている普通の人にとっては難しいこともあると思う。気
候や海の問題はすごくとっつきにくいんだよな。でも行動し
なきゃいけないし、タラ号プロジェクトみたいに、行動した
ことをみんなに知らせ続けなきゃいけないんだ。
海に関心があるのですね。子どもの頃、晴れた朝
にお父様に連れられて、東京の南の方の海に初め
て行ったと伺いました。
『あの夏、いちばん静かな
海』という映画も制作されていますね。また、イル
カたちと泳ぐために頻繁に来日していたフランス
人ダイバーのジャック・マイヨールのことも以前
お話されていましたが…。
マイヨール、そうそう。あのダイバーはベッソンの映画『グ
ラン・ブルー』で有名になったんだ。確か深海ダイビングで 7、
8 分も息を止められたんじゃないかな。日本にいる間ヨガをし
ていたよ。息を止める方法を生み出すのに役立ったっていう
特別なやつ。それよりクストーの話だよ。彼には本当に感動
させられた。結局、自分は海洋生物学者にはならずに別の人
生を歩んで、舞台や劇場に立ったわけだけど、地球や海、自
然界への関心は残っているよ。みんなが感じていると思うけ
ど、地球はひどいありさまなんだ。タラ号の活動にちょっと
でも貢献できるなら嬉しいな。
インタビュアー:ミッシェル・テマン
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Le Journal Tara Expéditions
教育
特
集
タラ号、海、熊、小さな紙の船
タラ号の地中海探険や子供向けの本『にじいろのさかな』にヒントを得て、芸術家の卵たち 16 人が、ケルナスクレダン(ブルターニュ州)
の小さな学校で特別なアニメを制作しました。タラ新聞では、ブルターニュの学校とスクーナー船タラ号のすばらしいコラボレーショ
ンを振り返りたいと思います。
2015 年 6 月
かってタラ号が壊れなかったのだろう?」子どもたちは質問し、
答えを本やインターネットで探します。そして子どもたちも
ついに、小さな芸術家たちがブルターニュのロリアン港で、
夢を持ちます。「僕も熊を見たかったなあ、とても美しいから」 待ち焦がれていたタラ号を目にする機会に恵まれました!
と 7 歳のティフェンは目を輝かせて話しました。実際には陸地
アンナ・ドゥニオ・ガルシア
から離れることなく世界の海を駆け巡った子どもたちが何よ
ジャーナリスト
り願うのは、「タラ号に乗りたい!」ということです。残念な
がらタラ号は点検中で、冬の間、一般に公開されません。少
ケルナスクレダンのケルマティア校の子どもたちが作成したアニメ
し我慢が必要なようです。せっかくなので、タラ号の料理人
マリオン・ロテールが学校を訪ねました。とても記念に残る
「私たちは 1 年間、ブルターニュのロリアンを母港とするスクーナー船タラ号の
イベントで、子供たちはタラ号の秘密を少し知ることもでき
冒険について調べてきました。私たちは、タラ号の初期の探険を中心にストー
リーを作り、なぜタラ号が美しいものを共有したくなかったのか考えてみまし
ました。ここだけの話ですよ。
た。映画の作成にあたり 600 点以上の写真を撮影しました。」
2015 年 1 月
オレンジのタラ号を含む 5 隻の紙船。 © A・ドゥニオ/タラ号プロジェクト
2014 年、再び学校へ
ブルターニュの村ケルナスクレダンにある単一学級の学校
ケルマティアは、新任教師オロール・ギニーの尽力により、
タラ号地中海探険プロジェクトに関わるようになりました。
科学探査船タラ号がこれまで調査してきた距離の長さを実感
するため、生徒たちはタラ号の航海日誌にじっくりと目を通
しました。
高学年の生徒が航海日誌を読み、まだ 5 歳くらいの小さな生
徒たちのために簡単なまとめを書きました。「タラ号はプラス
チックやマイクロプラスチックを探しに行き、たくさん見つ
けました。マイクロプラスチックはとても小さいので動物が
食べてしまいます。これは動物たちにとって悪いことです。」
エステバンは自分の言葉で、タラ地中海探険プロジェクトの
大きな目標の 1 つを「プラスチック汚染を見つけ出すこと。」と、
簡潔に説明しました。
そして、タラ号の経験を最大限に活用するために、若い教
師であるギニー先生はインターネットビデオを使い、タラ号
に乗船する科学者や船員を生徒たちに紹介しました。「子ども
たちはタラ号の探検をたどることで海に関する知識を学んで
いきます。海岸から離れたブルターニュの中央部に住んでい
るので、海の環境のことはほとんど知らないのです。」と彼女
は説明します。記事や写真、ビデオを通じて、ケルナスクレ
ダンの子どもたちは海洋環境、特にプランクトンのことに夢
中になりました。「プランクトンが夜光り輝くなんて知らな
かった。実際に見たらきれいなんだろうなあ。」この学校の生
徒で 6 歳のユーアンは興奮気味に話します。今回も、タラ号は
多くの子どもたちに新しい夢を与えました。「科学者になって
プランクトンを研究するんだ。」とジョナサンは打ち明けまし
た。エステバンは船乗りになるそうです。これで将来は決ま
り!
海についてのアニメ映画を作るのはどうだろう?ギニー先
生はひらめきました。タラ号の探険と、子供たちが好きな物
語の 1 つ、スイスの作家マーカス・フィスターの『にじいろの
さかな』を組み合わせた映画を作るというアイディアに、みん
なが賛同しました。低いテーブルの上に映画の背景が用意さ
れ、青い布切れで波打つ海原を表現しました。赤と白の灯台
は段ボールで再現し、何軒か家も作りました。オレンジ色の
タラ号をはじめ、紙の船を 5 隻用意しました。カメラの裏側、
背景の周りに子どもたちが集まり、力を合わせて 1 コマごとの
ストーリーに息を吹き込みます。ナレーションの録音には携
帯電話を使いました。「あたしがタラを作って、セリフも暗記
したの」とユーリディスが誇らしげに語ります(彼女はまだ保
育園児で、字の読み方を習っていません)。最後は環境保護の
呼びかけでしめくくられました。「すてきな惑星、地球を守ろ
う!」
動画をご覧になるには、こちらのQRコードからアクセス
タラ号地中海探検プロジェクトの間、タンジェ(モロッコ)で実施され
たタラ号見学
© N・パンショ/タラ号プロジェクト
タラ号プロジェクトの 12 年間
2014 年 11 月
地中海での 7 か月間の探査を終えて、タラ号はロリアンに
戻ってきました。しかし、ケルナスクレダンの小さな学校の
冒険はまだまだ続きます。さらに学びたいと思った小さな船
乗りたちは、タラ号の過去の探査「タラ号海洋プロジェクト」
「タラ号北極圏プロジェクト」について調べることにしました。
一週間に 1 回、年少の児童たちが休みの日、年上の子どもた
ちがスクーナー船タラ号の他の世界巡航について討論します。
「なぜ氷が解けるのだろう?」
「氷山って何?」
「なぜ氷がぶつ
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2004年~ グリーンランド
2005年~ 南ジョージア/南極半島/アーティストの乗船
2006年~ 南ジョージア/イギリス領南極科学調査/パタゴニア
2006~2008年 タラ号北極プロジェクト
2009~2012年 タラ号海洋プロジェクト
2013年~ タラ号北極圏プロジェクト
2014年~ タラ号地中海探険プロジェクト
タラ号は 2003 年以降の主要な探査で約 32 万kmにわたり航海しました。 © 図:Ianiak.com/タラ号プロジェクト
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特別号
海洋と気候
インタビュー
アンヌ・イダルゴ
「みんなが気候変動に関心を持つべき」
パリ市長アンヌ・イダルゴは、フランスの首都パリやその周辺地域で気候変動対策や温室効果ガスの削減のため精力的に取り組んでき
ました。今回のインタビューでは、市長が自らの取り組みについて語ります。
す。近代的な大都市に見合った誰もが満足できる有益な経済
り方を変えざるをえません。温室効果ガスの 3 分の 2 は都市部
から排出されます。つまり、大都市には特に責任があるのです。 モデルを構築する必要があります。パリの未来、パリ市民の
幸福がかかっているのです。
私は 2015 年 2 月、大気汚染対策計画をパリ市議会に提出し
ました。私の任期中の大きな目標の 1 つでもあったのですが、
汚染物質を多く出す車両の使用を抑制するための措置も盛り
込まれています。パリはまた、循環型経済というコンセプト
を大きく支援しています。これらは、壊さずに生産し、無駄
遣いなく消費し、汚染せずリサイクルするために、できるだ
け早く実行すべき社会に有益なプロジェクトです。パリ首都
圏でまとまって大きな評議会を作るという「パリ首都圏循環型
経済評議会」は 2015 年 3 月に立ち上げられ、首都圏という広
大な地域全体での循環型経済実現に向けた最初のステップと
なりました。評議会では活動当事者が集まり、フランス政府、
地域圏議会、地方自治体、慈善団体、企業、学術界が参加し
協力的な手法で取り組みが進められます。
アンヌ・イダルゴ © ジャン・バプティスト・グルリア/パリ市役所
結局、対策を実施するための適切な方法を見つけ
るのが最も難しいのではないでしょうか?
企業も責任を持ち、グリーン
経済への移行を実体の伴った
ものにする必要がある。多く
の企業がすでに炭素排出量削
減のための対策策定能力を発
揮している。
アンヌ・イダルゴ
気候変動は事実であり、誰もが毎日影響を受けています。
例えば、大気汚染について考えてみましょう。地域レベルでは、
市民は強力な措置を支持しており、汚染がピークに達するた
びにそうした措置を実施するよう要求が出されます。公衆衛
生に関わる問題に直面したとき、選挙で選ばれた政治家たち 「気候会議の首都であるパリ」
には具体的に何が必
には民主的なプロセスに基づいて、大胆で現実的な目標を立
要なのでしょうか?
てる責任があると思います。まさにパリ市議会がやってきた
ことです。しかし、パリだけでグリーン経済への移行を実現
することはできません。必要な法制措置の中には、国やその
パリは国連気候変動枠組条約第 21 回締約国会議(COP21 )の
アンヌ・イダルゴ:長年、パリ市議会は気候変動および 他の当局の決定次第というものもあるため、フランス政府か 開催都市に選ばれており、これを踏まえて気候変動の影響や
らの支援が必要です。共通の取り組みに一層多くの人を巻き
原因に取り組む姿勢を示し、環境首都として模範的な役割を
パリ市民の生活の質に対する気候変動の影響への対策に積極
果たす必要があります。課題が都市部に集中しているのであ
的に取り組んできました。パリ市は、大胆な気候計画を立案し、 込んでいく必要があると考えています。
れば、都市が解決策実現に向けエネルギーを費やせるように
2020 年までに目標達成を目指しています。温室効果ガス削減
しなくてはならないのだと思います。
タラ新聞:パリは人口密度が高い都市で、気候変
動に対する人間の脆弱性を考えた時に住居の不平
等がカギとなっていたり、大気汚染の問題が頻繁
に取り上げられています。パリでの気候変動の影
響に、市長はどのように対処されているのでしょ
うか?
温室効果ガスの 3 分の 2は都市部から
排出されるため、大都市には特に責任
がある。
アンヌ・イダルゴ
に向けて、斬新な政策の実施は不可欠です。そこで、一部の
住宅移転計画を実施してパリ市内の自然空間を広げ、社会的
住宅の断熱改修計画を加速しています。
もちろん、私たちを取り巻く課題は依然多いので、取り組
みを追求し充実させていかなければなりません。パリ市議会
は気候変動適応に向けた戦略の立案を進めています。パリ市
民および市民の日常生活への影響を予測し、対策を講じます。
パリのような大都市に対しては、気候計画のほか
にどのような追加的措置が実施される可能性があ
るのでしょうか?
気候変動に対応するには、物事のやり方、生産や消費のあ
日頃から都市では革新的な取り組みが実施されています。
私が実施している大気汚染対策計画、パリ首都圏循環経済評
議会のいずれも、パリ地域における私たちの決意を示すもの
です。私たちはCOP開催まで待たずに変化に向けて対策を講
じています。これは未来に向けて希望のメッセージを伝える
ために多様な積極的関係者をつなぐ絶好のチャンスなのです。
タラ号プロジェクトの取り組みについてはどう思
いますか?
市民はどこまで取り組むべきだと思いますか?そ
私はタラ号の探険が始まってからずっと関心を持ってきま
して、企業、特に汚染物質を最も多く出す企業は、
した。気候変動に関わる問題について市民の理解を大きく深
どのように貢献すればいいのでしょうか?
みんなが気候変動に関心を持つべきです。例えば、これま
でに汚染軽減に関する公聴会などの場を通じてパリ市民に働
きかけてきましたが、企業も責任を持ち、グリーン経済への
移行を実体の伴ったものにする必要があります。多くの企業
がすでに炭素排出量削減のための対策策定能力を発揮してい
ます。
地方自治体と企業は、経済発展や雇用と、資源や市民の健
康保護を両立させることのできる適切で環境に優しい対策を
見つけるために協力しなければならないと私は確信していま
めてくれたという点で、素晴らしい探査だったと思います。
タラ号は、特にたくさんの文化・教育活動を通じて、科学的
な精密さを追求しつつ情報提供に熱心に取り組んでいますよ
ね。
海に影響を及ぼしている現在の環境危機とそれに対処する
必要性についての意識を高める上で、タラ号は大きな役割を
果たしているのです。
インタビュアー:アンヌ=ソフィー・ノヴェル
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Le Journal Tara Expéditions
アート
アニエスベーとマリック・ネジミ:
「タラ号は、アートと世界の美しさを
喚起し続けるもの」
2003 年以降、タラ号は海を駆け巡り環境問題や関連する問題に立ち向かってきました。科学探査の航海の中で、スクーナー船タラ号
がアートの本質や目的を見失うことはありませんでした。そこで今号のタラ新聞では、タラ号プロジェクトの共同創設者でデザイナー
のアニエスベーと、タラ号地中海探険プロジェクトでタラ号を拠点に活動したアーティストの 1 人マリック・ネジミの対談をお届けし
ます。インタビュアーはヤミナ・ベナイです。
18 回にわたりタラ号が寄港して実施したガイドツアーに、子
どもたち 4,000 人を含む 15,000 人もの方が参加してくださっ
たことにも興奮しています。
ヤミナ・ベナイ:あなたは科学探査のごく初期から、セバスチャ
ン・サルガドやピエール・ユイグ、グザヴィエ・ヴェイヤン
といった数々のアーティストたちを、1∼2 週間のタラ号乗船
に招待していて、個人的にタラ号地中海探険プロジェクトに
招待したマリック・ネジミもその 1 人です。モロッコ人を父に
持つフランス人アーティストのネジミは、その作品を超えて
あなたの心に触れているように思えます。あなたは彼が描い
ているモロッコという国を 40 年ほど前に初めて訪れて、親し
みを感じ続けてきただけでなく実際にタンジェ(モロッコ北部
にある都市)のフィルムライブラリーのスポンサー兼後援者と
なって支援されてきたわけですよね。
アニエスベー:そうですね、最初は仕事でモロッコに滞在して、
ピエール・ダルビーというファッションブランド向けにカサ
ブランカで生地の染色をしました。私は工房で働いていた染
色職人ユセフからいろいろなことを教わりました。それ以来、
モロッコを何度も再訪し、毎回素晴らしい人との出会いや文
化体験をしてきました。だから、20 年ほど前にタンジェを初
訪問した際に、当時アーティストのイト・バラダが進めてい
たフィルムライブラリーの維持をサポートすることにしたの
です。映画はたくさんの観客に美的感性を伝えることができ
るので本当にありがたいメディアです。同じようにタラ号も
寄港中、実施した研究を教育の取り組みに正確に反映するこ
とを徹底しながら、大人にも子どもにもメッセージを伝えて
います。
アニエスベー © P・プランテ/タラ号プロジェクト
ヤミナ・ベナイ:アニエスベーさん、環境問題が今ほどは議
論されていなかった 2003 年当時からあなたがタラ号プロジェ
クトを通じて支援している取り組みは、長年にわたり先駆者
としての役割を果たされてきたあなた自身を象徴しているか
のようです。実際に、1975 年に初めて店舗を開設されて以来、
1984 年にアートギャラリー「ギャラリー デュ ジュール」を開
設された時など、これまで繰り返し先駆者的な役割を果たし
てこられたと思います。揺るぎない心の広さこそがあなたの
経歴の特徴だと思うのですが、それはどこから来ているので
しょうか?
的な見識を持っていた先生や、偏見を持たないことを教えて
くれた先生、惜しみなくその知識を共有してくれた先生がい
ました。あとはおそらく個人的な性格も合わさっているん
じゃないかしら。好奇心とか創るのが好きなこととか、いろ
んな世代の人たちと生きることを純粋に楽しいと思う性格と
か。これらすべてのおかげで、私は自然のものも人工的なも
のも、この世界の美しいものをいつも意識するようになりま
した。だから、もっと意識を高めて次世代のために美しいも
のを守ることはすごく大事だと思います。タラ号は地球やアー
ト、この世界の真の守護者であるアーティストに対する私の
思いを具体化したものです。それから、素晴らしいアーティ
ストたちとギャラリーで展開するとい
う作業、これは、私が彼らの作品をよ
く理解し、展示を成功させるための大
事な取り組みだと思います。私たちの
ギャラリーで次に展示するアーティス
トを選ぶ、これは私の大好きな作業な
アニエスベー
のです。ギャラリー デュ ジュールと
タラ号には似ている部分があります。
どちらも、探して、着手して、皆さんと対話をする。だから、
私たちが初めて作品を展示した画家や写真家、ビジュアルアー
ティストたちが後に国際的な場面で活躍したと聞くととても
嬉しいですし、海のプラスチック汚染とその悪影響に焦点を
合わせて最近実施した地中海科学キャンペーンで、7ヶ月間
「タラ号は地球やアート、この世界の真の守護者
であるアーティストに対する私の思いを具体化
したもの。
」
アニエスベー:ヒューマニストに囲まれて育ったということ
と関係しているのは確かです。まずは両親。音楽や芸術、文
学だけでなく、どんなジャンルにおいても創造的表現や他者
に対し、受容的であれと古典文化の世界を教えてくれました
から。また、先生方からも影響を受けました。広範囲の文化
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ヤミナ・ベナイ:タラ号は非常に機能的に設計されていて、
船内に余分なものは何もありませんが、科学的な作業はどの
ように実施されてきたのでしょうか?
アニエスベー:スクーナー船タラ号のキーワードは「無駄がな
いこと」です。装置だけでなく、水などの運搬する消耗品に
ついても同様です。私たちは環境保全の目的を決して見失い
ません。プロジェクト実施時は毎回専門のラボと提携し、研
究実施やサンプル採取作業に加わる科学者を選んでもらいま
す。収集されたサンプルは分析するために各国のラボへ送ら
れ、プロジェクトは毎回、学術誌の論文や講演に使われてい
ます。タラ号プロジェクトの目的は、いうまでもなく啓発活
動にありますが、今後 20 年間の差し迫った問題への解決策を
示す責任も担っています。
嬉しいことに、2016 年以降フランスでは、小売店で使い捨
てのプラスチック買物袋が禁止されるそうです。プロジェク
トを実施するたびに確かな成果が現れているのです。
北極探険後、CNRSの研究ディレクター、エリック・カル
センティとの会議を経て、毎日私たちのために大きな役割を
果たしているプランクトンという見えない生態系を調査する
ことにしました。そしてエリックは、タラ号海洋プロジェク
トで科学ディレクターの任務を続投することになったのです。
地中海でのプラスチック汚染の規模についての調査を終えた
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地中海の風景 #1、2015 年、ギャラリー・パルティキュリエール提供。 © シルヴァン・クジネ・ジャック
私たちの次の任務は、太平洋とアジアのサンゴ礁調査となる
予定です。
マリック・ネジミ:アニエスベーが私にくれたテーマは、文
字通り私の航海の出発点となりました。私は、船内の標識や、
乗組員・科学者たちが共有しているありとあらゆる情報を利
用しました。それは、自らの
感情に揺さぶられながら父の
祖国のど真ん中へと向かう入
門旅行のようであり、無限大
で気まぐれな美しい世界が広
がる海への、シンボリックで
パワフルな集中訓練旅行のよ
うでもありました。船上は最
初から、親切な雰囲気で覆い
マリック・ネジミ
つくされていました。おかげ
ですぐに雑念は消え、本題の
クリエイティブな作業に集中することができました。タラ号
乗船中、ある世界から別世界へ旅をし、父の元へ戻る不思議
な感動という概念を育てると決めました。私は乗組員を 1 人
ずつキャビンに呼んで、目を閉じてポーズを取り、頭の中で
船の揺れ動きを感じながら、プロジェクト中に見た最も素晴
らしいものを思い描いてほしいとお願いしました。私は 1 人 1
分ずつ動画を撮影し、各自との 親密 な瞬間を共有しました。
制作したビデオ(『An Odyssey』、16 分)は、おそらく科学の夢
を表現したようなものです。この経験に基づき、繰り返し考
えていたことをビデオの重要なメッセージの一部として盛り
込みました。「私は地球上で、海にいる時ほど大きな幸せを感
じたことはありません。」
インタビュアー:ヤミナ・ベナイ
「タラ号乗船中、不思議な感動という概念を育てると
決めた。乗組員を 1人ずつ自分のキャビンに呼んで、
目を閉じてポーズを取り、プロジェクト中に見た最も
素晴らしいものを思い描いてほしいとお願いした。
」
Untitled, 2014 © Spencer Lowell
ヤミナ・ベナイ:タラ号は、海で得た科学的知識をただ伝え
るだけではなく、乗船するアーティストたちの眼を通して、
海の持つ自然の素晴らしさも伝えています。アーティストた
ちが観察し、彼らならではの感性や想像力に根差したアート
作品が生み出されています。マリック・ネジミさん、アニエ
スベーはあなたに対し、「親密」なイメージという特別なテー
マを与えたそうですが、バルセロナからタンジェまでの 5 日間
の船旅で船乗員や科学者たちと日常生活を送るというこの変
わった経験から、どんなことを得ましたか?
ジャーナリスト
UN VOYAGE EN MÉDITERRANÉE
LES MARINS,
LES SCIENTIFIQUES
ET LES ARTISTES
SYLVAIN COUZINET-JACQUES LORRAINE FÉLINE
KATIA KAMELI YOANN LELONG CLÉMENCE LESACQ
SPENCER LOWELL MALIK NEJMI LOLA REBOUD
EMMANUEL RÉGENT CHRISTIAN REVEST CARLY STEINBRUNN
9 JUIN
18 JUILLET 2015
44 rue quincampoix, paris 4e
『An Odyssey』、2014 年。 © マリック・ネジミ
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VERNISSAGE LE 6 JUIN DE 18H À 21H
galeriedujour.com
du mardi au samedi de 11h à 19h
ギャラリー デュ ジュールでのタラ号地中海探険プロジェクト展に参
加したアーティスト。 © タラ号プロジェクト
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インタビュー
エティエンヌ・ブルゴワ
「タラ号プロジェクトは、
共有すべき科学でもある!」
グリーンランドから帰還したスクーナー船タラ号は、現在アジア太平洋地域のサンゴ礁やその生態系に
ついて調査する新たなプロジェクト( 2016∼2018 年)に向け準備を進めています。この機会に、エティ
エンヌ・ブルゴワにこれまでのプロジェクトや現在の優先課題(タラ 2 号や今後の北極探査など)について
話を聞いてみましょう。
し、2015 年にその論文が発表されました。もちろん、これ
ほど権威のある雑誌から認められたことで、探査に参加した
タラ号の乗組員や科学者は本当に喜んでいます。私としては、
探査結果の掲載を待ちつつも、もっと多くのことを知りたい
と切望していました。非常に高度な機械を用いてサンプルを
収集するのですが、分析はタラ号内ではなく陸上の研究所で
行われ、長い時間を要します。まず探査を行い、科学調査を
実施してから研究成果の発表となるわけです。そして今こう
して、はるかアジアに至るまで圧倒的なインパクトを与える
『サイエンス』誌に掲載されています。
情熱が伝わってきますね。
はい。ささやかなレベルでも、知識の進歩に貢献できるわ
けですから。『サイエンス』誌の論文は、今後長期にわたり海
で起きている現象を知るための指針になると言われました。
私たちが、時には航海にぎりぎり足りる程度の船体や予算
で、タラ号を使って貢献できたということは象徴的です。素
晴らしいことです。チームワークに感謝します。科学団体と
ともに活動するのは、大きな喜びでありモチベーションの源
にもなると思います。
エティエンヌ・ブルゴワ © N・パンシオ/タラ号プロジェクト
タラ新聞:あなたは全世界で 2,200 名が働くアニ
エスベーという会社の代表取締役で、タラ号プロ
ジェクトの共同創設者兼委員長でもありますが、
海に向き合う動機は何でしょうか?
晴らしい冒険です。とはいえタラ号は本来北極探査船であり、
私は何としても当初から想定されていた任務である北極探険
をしたいと決めていて、2006∼2008 年にそれが実現しまし
た。私たちは以前から北極に関心を持っていたのですが、国
際極年(IPY)は記録的な解氷が記録された年でもあり、北極が
いかに重要かを思い知らされました。私たちは南極にも向か
エティエンヌ・ブルゴワ:当初、タラ号は全くの個人プロジェ
い、プラスチック汚染について調査しました。(ちなみに、南
クトでした。私とアニエス・トゥルブレ(アニエスベー)にとっ
極のプラスチック汚染の結果が発表されれば、地中海のプラ
て海や帆船は、何よりも家族の歴史の一部であり、心から情
熱を持てるものでしたから、2 人で一緒に船を購入したのです。 スチック汚染という深刻な問題について私たちが推計を発表
した時と同様、間違いなくメディアが大騒ぎするでしょう。)
その後、もっと大きくプロジェクトを成長させるべきなので
私たちはプランクトンやその気候への影響にも注目してきま
はと思いました。今や期待通りに拡大し、プロジェクトの長
した。タラ号海洋プロジェクト( 2009∼2013 年)の前後で私
期的成功につながっています。アニエスベーにとって、タラ
号はこれまでも現在もとても重要な存在です。アニエスベー
たちを取り巻く状況に明らかな変化がありましたが、タラ号
は基礎研究への資金拠出を念入りかつ大胆に実行し、環境問
プロジェクトには冒険という別の側面もあります。スクーナー
題に取り組んできました。ファッションデザイナーとしては
船タラ号は探険という 18 世紀の理想をよみがえらせているの
異例です。このようなイニシアチブに今後も資金が拠出され
です。出航して海に出てしまえば、国境はありません。
ることが重要です。私は企業トップで、時間的にとても忙し
いのは確かですが、タラ号は私に一層のエネルギーを与えて
くれます。そして、タラ号プロジェクトに 150%の力を注い
でいるロマン・トゥルブレやチームの存在もあります。
タラ号プロジェクトは、海でも陸でも類まれな人
類の冒険なのですね。
はい。2014 年の地中海探険プロジェクトで各地に寄港し、
人々に出会い現地での取り組みをサポートした時にそのこと
を感じました。訪問国の治安が不安定な場合もあり、人々の
優先課題が気候ではないことは容易に想像がつきますが、そ
れでも一般の人々が私たちと同じくらい環境問題に懸念を抱
いていることが分かりました。だから、タラ号は科学探査船
であると同時に、現在と未来を結ぶ人道支援船だと思うので
す。多くの大都市が海岸に建設されています。公害や地球温
暖化、清潔な飲み水の利用、砂漠化などは、海岸から 100km
未満の地域に住む 20 億人もの人々に影響を与えている問題で
す。2050 年までには、気候関連を理由に 2 億 5000 万人が移
住を余儀なくされると推計されています。
タラ号が焦点を当てる問題の多くは政治にも影響
を及ぼしていて、それは避けられないと思います
が、そういった政治的側面に
はどのように対処しているの
毎回異なるプロジェクトは、通常複雑な準備 でしょうか?
タラ号が過去 12 年間、科学者チームと協力して実
施してきた多くのプロジェクトについてどのよう
に考えているか、簡単に教えていただけますか?
非常に素晴らしい成果が得られたと考えています。2003
年の開始以降、私たちは科学に焦点を当てて、広範囲の探査
に基づく主要な研究プログラムを開始しました。スクーナー
船タラ号は科学者やアーティスト、作家、子どもたちにとっ
て、豊かな交流と出会いの場です。毎回異なるプロジェクトは、
通常複雑な準備を要するものですが、私が知る限りどれも素
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を要するものですが、私が知る限りどれも素
エティエンヌ・ブルゴワ
晴らしい冒険です。
タラ号が
『サイエンス』の表紙を飾りましたが、1 つ
のサイクルが終わり新たな冒険が始まるというこ
とでしょうか?
2009 年初めに 3 年間に及ぶタラ号海洋プロジェクトを開始
「公海」に法的地位を付与しようと
いう提案をした際にこの問題が出て
きました。ロマン・トゥルブレとア
ンドレ・アブルと一緒にこの政治的
側面の問題について取り組みました。
そしてこの取組みによって、タラ号プロジェクトは国連のオ
ブザーバーとして認められ、私たちにとって大きな一歩とな
りました。先進国と発展途上国のより緊密な協力を推進して
いきたいと思います。教育は私たちの活動の中心にあるので、
UNESCOとの協力関係を再構築しました。近いうちにタラ号
への寄付基金が、実行委員会を持つ本格的な基金になればと
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タラ号プロジェクトをフォローして最新ニュースを入手しよう!
40 カ国 350 人以上の人々がタラ号での世界探査に参加。右:© D・ソヴール/タラ号プロジェクト 左:V・イレール/タラ号プロジェクト 中央:© タラ号プロジェクト
思っています。
短期・中期的な優先課題のうち、最も重点を置い
ているのは何ですか?
発祥の地であるフランスを超えて世界的にもっと報道され
るよう、タラ号プロジェクトの教育活動を広げたいと考えて
います。フランス国民向けの啓蒙活動を続ける必要はありま
すが、それだけでは不十分です。タラ号は来年アジアに向か
うので、ソーシャルメディアを活用しタラ号やそのメッセー
ジ、ニュースを、特に中国や日本で宣伝していくことがとて
も重要だと思います。
では、タラ 2 号の噂はいかがですか?既に計画が進
んでいるのでしょうか?
タラ 2 号の可能性について今後検討は進めつつも、当面タラ号
が啓発活動の先頭に立ち続けるでしょう。
現在、タラ号はアジア・太平洋でのサンゴ礁や関
連生態系の研究探査を準備していて、2016 年春に
ロリアン(フランス)から 2 年間の航海に向かう予
定ですが、これは新しい大きな一歩といえるでしょ
うか?
より大型の海洋調査用の帆船、
タラ 2 号の建造も検討すべき
かもしれません。新しい素材
で建造し、新たなエネルギー
源を使用する見込みです。
数か月前、私が新しい船の提案をしたことは事実です。タ
ラ号が海で活躍し始めて 25 年が経ちます。多くの負荷がか
かり、メンテナンスも必要になってきます。それを考えると、
エティエンヌ・ブルゴワ
帆船ながらもより大型の海洋調査船タラ 2 号の建造もおそらく
検討すべきかもしれません。新しい素材で建造され、新たな
エネルギー源を使用する―エネルギー源については既に候補
が挙がり始めています。そう、2 号計画があるのは確かですが、
そうですね、タラ号は熱帯の海向けに設計されているわけ
この類のプロジェクトには長期的な資金確保が課題なのです。 ではありませんが、適応可能だと思います。アジアが私たち
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にとって新しい一歩となるのは確かです。タラ号の活動や海
洋プロジェクトの成果について紹介し、気候変動が海に及ぼ
している影響について各機関や一般の人向けに話をする予定
です。フォーラムや展示会、数々の討論の場が設けられるこ
とでしょう。アジアでは、タラ号はプラスチック汚染や生物
多様性の状況について新たに研究を実施する予定です。また、
サンゴ礁のサンプルを採取して、特にゲノムの研究を行いま
す。これまでのプロジェクトの継続という形です。
太平洋ではサンゴ礁についての多くの調査が実施済みです
が、重要なのはサンゴ礁が人為的な負荷にどのように影響を
受けているかを比較調査し、調査で判明したこと、しなかっ
たことについて分析することです。大規模な研究プログラム
になるでしょうし、素晴らしい航海になると確信しています。
ニュージーランド、オーストラリア、日本、中国、韓国、台
湾の研究者をタラ号に迎えられればと考えています。タラ号
プロジェクトは、共有すべき科学でもあるのです!
インタビュアー:ミッシェル・テマン
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取り組み
海を守れという声
独創的な活動、パートナーシップ、有名人との活動など、タラ号プロジェクトでは海を守るために、多くのコラボプロジェクトや感銘
を与えるようなプロジェクト、魅力的なプロジェクトを応援してきました。その取り組みに目を向けてみましょう。
ミスター・グッドフィッシュ:
海産物への明確で責任ある取り組み
ミスター・グッドフィッシュプログラムは、ワールドオー
シャンネットワークという慈善団体を通じて始まりました。
一般の人々や漁業界全体に対し、海産物消費への明確で持続
可能な取り組みをするよう促しています。自ら責任を持って
水産物を食べることが健康や環境によいと人々に知られるよ
うになる中、ミスター・グッドフィッシュでは消費者に対し、
海洋資源を守るために魚を直接購入することを推奨していま
す。目的は明確です。漁業や乱獲の影響の軽減と、その結果、
持続不可能な漁業保護区に対する人的圧力を減らすことです。
数百のパートナー(流通業者、鮮魚商、レストランなど)が
加入するミスター・グッドフィッシュのネットワークでは、
季節ごとの漁獲可能量や魚の大きさ、漁業資源の健全さなど
を考慮した水産物の膨大なリストを作成しています。より好
奇心旺盛で創作意欲のある方に向けて、当団体では有名シェ
フが考案したシンプルで独創的なレシピをご用意しています。
まさにぴったりの名前の慈善団体です。
プランクトン・プラネット:
海洋研究 2.0
アルガリータとキャプテン・ムーア:
太平洋のプラスチックハンター
プランクトン・プラネットは、科学的側面だけでなく船員
1997 年、ヨットレース後にカリフォルニアに向けて出帆し
に対して市民的責任を推進していることからも、タラ号プロ
た海洋学者でヨット乗りのチャールズ・J・ムーアは、北太平
ジェクトにとって身近な水先案内人プロジェクトです。タラ
洋の亜熱帯還流沿いの悪名高い「第 7 の大陸」と呼ばれる水面に
号 海 洋 プ ロ ジ ェ ク ト で は、2009 年 か ら 2012 年 に か け て 世
浮かぶゴミだらけの渦を漂っていたときに衝撃的な発見をし
ました。ビンの破片やフタ、缶、買い物袋など、何百万トン
界各地の 200 地点から膨大な数のプランクトンサンプルを採
にも及ぶ半透明の漂流物が、目に見えないくらいで、衛星写
取し解読しました。プランクトンが地球表面で唯一の断続的
真では判別できないくらいのプラスチックの渦となって、自
な生態系であることを考えると、それを理解するにはプラン
分を取り巻いていたのです。それ以来、彼は海をきれいに
クトンのサンプリング作業が重要です。プランクトン・プラ
ネットとともに、冒険は続きます。セーリング愛好家の中でも、 することに重点的に取り組んできました。アルガリータ海
洋研究教育財団(カリフォルニア)の創設者で研究長を務める
実行が容易かつ厳格な手順に従いながらプランクトン採取に
チャールズ・J・ムーアは多くの科学者と協力し、太平洋のプ
勤しむ人が増えています。初級レベルの研究者から熟練者に
至るまで、愛好家たちは「市民科学」の分野でしかるべき役割
ラスチックゴミの渦(海面・深海問わず)の中心で 15 回ほどに
を果たしており、国際的なセーリング愛好家のネットワーク
及ぶ探査を共に実施してきました。ムーアは非常に精力的で、
構築が進んでいます。このような海洋研究は、経済的で汚染
数多くの記事や書籍を執筆していますが、中でも有名なのが
物質を出さないネットワークを形成して進められており、国 「プラスチックの海」です。プラスチックゴミや海洋生物、特
際的な科学者と緊密に協力し、科学者らがサンプル分析やプ
にクジラやイルカ、亀への影響と闘うべく先頭に立って取り
ランクトンの生物多様性測定、時間・空間的変化について調
組んできました。アルガリータはカリフォルニアで毎年プラ
査しています。海洋の変化予測に役立つ手段です。タラ号海
スチック海洋汚染解決策(POPS)に関するフォーラムを開催し、
洋プロジェクトの成果を受け継いだこの勇気づけられる取り
缶や瓶入り飲料が及ぼす破壊的影響について若者向けの啓蒙
組みで、今後長い世代にわたって私たちの海の記憶を引き継
活動を行っています。
いでいくことを目標としています。
J.S.
www.mrgoodfish.fr
E.B.
www.planktonplanet.org
M.T.
www.algalita.org
巨大な青い穴。ベリーズのライトハウス・リーフ。 © ヤン・アルテュス=ベルトラン
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www.taraexpeditions.org
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主要提携・スポンサー
提携科学機関
特別協力
提携メディア
資金協力
提携行政機関
提携教育機関
オフィシャルパートナー
認証パートナー
ARMATEURS DE FRANCE - ENTRE LES LIGNES - INTERNATIONAL PEINTURE - GROUPE EYSSAUTIER - AGRION - IXBLUE - NET HELIUM
慈善団体
MISTER GOOD FISH - SNSM - GREA - SAUVETEURS EN MER - FONDATION GOODPLANET
ブルターニュ南部、
ロリアン
セーリング・バレー*へ
10 年間の
ようこそ!
パートナー
09 15 - www.agence-smac.com - Crédit photo : François Trinel.
タラ号の母港
2006∼2008 年タラ号北極プロジェクト、2009∼2012 年タラ号海洋プロジェクト、2013 年タラ号北極圏プロジェクト、
2014 年タラ号地中海探険プロジェクトの出航地・帰港地
ブルターニュ第 3 の都市圏、「セーリング・バレー」の中心都市
レジャーボート用に 3000 隻分の埠頭あり
海洋施設・産業に 1300 名が従事
10 の主な外洋ヨットチーム、80 名のプロヨット船長が活躍
近代的セーリングの科学・技術的拠点エリック・タバリー記念ヨット博物館
*セーリング・バレー:優れたセーリングの拠点
www.lorient-bretagne-sud.fr
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Le Journal Tara Expéditions n°10
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「 21 世紀の海、絶え間なく進化し続ける不可欠な要素
船乗り、科学者、アーティスト、そして私たち
世界の住民、海の住民」
アニエスベー
© スペンサー・ラウエル
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