第 12 分科会 健康情報 ヘルスリテラシー 基調講演及びグループワーク 医療情報を探す・評価する 北澤京子(医療ジャーナリスト,京都薬科大学客員教授) 佐藤正惠(千葉県済生会習志野病院図書室/ ヘルスサイエンス情報専門員上級) グループワーク1「信頼できる情報をどう探すか・読み解くか」 グループワーク2「チェックリストを使い記事を読み解く」 事例発表 図書館でヘルスリテラシー講座 佐藤晋巨(聖路加国際大学学術情報センター図書館・ 学習コミュニティ支援室) 分科会概要 1.はじめに 現在,医療や健康を取り巻く環境には,あらたな変化が起きています。団塊の世代が 75 歳以上の後期高 齢者に達する 2025 年問題や国が推進している「在宅医療・在宅介護」などによって,医療や健康に関す る情報を必要とする市民の一層の増加が予想されます。 「病気や治療についての情報は,もはや「患者・市民が入手可能な情報がない」ことが問題なのではな く, 「情報があっても,どこにあるのかがわからない」 「自分にぴったりの情報が探せない」 ,さらには「情 報の質を吟味できない」ことこそが問題( 『患者のための医療情報収集ガイド』北澤京子/著,筑摩書房よ り)と言われています。図書館にとっては,レファレンス・サービスや資料の選択に関わる課題です。 2.2016 年度の分科会について 2016 年度の分科会では,健康情報サービスを行うにあたり必要とされるヘルスリテラシーをテーマと します。 基調講演では,北澤京子氏をお迎えして,講義と参加者による小グループでのグループワークを行いま す。最初に,ヘルスリテラシーについての講義を受け,続いて2種類のワークショップを行います。 グループワーク1は,一般的な「信頼できる情報をどう探すか・読み解くか」をテーマに,参加者の皆 さまがふだんされているコツを共有するイメージを考えています。 グループワーク2は,一定のチェックリストに沿って記事を読んでみます。 事例発表では, 聖路加国際大学学術情報センターによる,文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援 事業「地域住民のヘルス・リテラシー向上に寄与するアクティブ・ラーニング教材の開発」についての報 告を行います。 13:30~14:00 基調講演(最初のトーク)北澤京子氏(医療ジャーナリスト・京都薬科大学客員教授) 14:00~14:10 アイスブレーク 1 / 第 12 分科会 健康情報 14:10~14:50 グループワーク1(信頼できる情報をどう探すか・読み解くか) 14:50~15:05 休憩 15 分 15:05~15:55 グループワーク2(チェックリストを使い記事を読み解く) 15:55~16:25 まとめ,全体のフィードバック 16:25~16:30 休憩 16:30~17:00 事例発表 佐藤晋巨氏(聖路加国際大学学術情報センター) 情報の収集と評価は,レファレンス,資料の選択など図書館業務のさまざまな場面で必要とされます。 医療・健康情報という観点から,図書館職員に必要なリテラシー,利用者教育について学ぶ機会とします。 (講師略歴)北澤京子 医療ジャーナリスト・京都薬科大学客員教授。 京都大学理学部卒。日経 BP 社で『日経メディカル』 『日経ドラッグインフォメーション』の編集に携わ り,2014 年退社。07 年英国ロンドン大学公衆衛生学・熱帯医学大学院修士課程修了。著書に『患者のた めの「薬と治験」入門』 (岩波ブックレット) , 『患者のための医療情報収集ガイド』 (ちくま新書) ,翻訳書 に『病気の「数字」のウソを見抜く-医者に聞くべき 10 の質問』 , 『過剰診断』 (H・ギルバート・ウェル チ/ 著,筑摩書房) 。 (柚木聖:浦安市立図書館) 2 / 第 12 分科会 健康情報 基調講演及びグループワーク 医療情報を探す・評価する 北澤京子(医療ジャーナリスト,京都薬科大学客員教授) 健康や医療に関する情報は,私たちの身の回りにあふれている。厚生労働省「健康意識に関する調査」 (1)によると,一般市民が健康に関して「いつも接している」情報源として最も多かったのは「インター ネット」 (32.5%) ,次いで「テレビ・ラジオ」 (31.9%)だった。確かに,テレビショッピング番組では毎 日のように健康食品の情報を流しているし,インターネットの検索サイトで思いついた単語(たとえば糖 尿病)を入力する(あるいは単に,スマートフォンに向かって話しかける)だけで,糖尿病に関する情報 が延々と出てくる。 その影響は決して小さくない。乳がん手術を公表したテレビタレントが自らのブログで乳がん検診を呼 びかけると,各地で検診を希望する女性が増えた。テレビ番組で「ダイエットによい」と紹介された食品 は,すぐに品薄になってしまうらしい。 健康や医療に関しては,もはや「入手できる情報がない」わけではないし,インターネットの検索機能 が発達して「情報がどこにあるかが分からない」ことでもなくなってきた。問題はむしろ, 「どれが信頼で きる情報か分からない」あるいは「自分に合った情報が探せない」ことではないかと思う。食品安全委員 会が公表した「いわゆる「健康食品」に関するメッセージ」 (2)でも, 「知っていると思っている健康情報 は,本当に(科学的に)正しいものですか。情報が確かなものであるかを見極めて,摂るかどうか判断し てください」と指摘されている。 残念ながら現実には,正確で役に立つ情報がある半面,誇張された情報,本当かウソか紛らわしい情報, さらには,まったくでたらめな情報が紛れ込んでいる可能性もある。信頼できる(=質の高い)情報と, 怪しい(=質の低い)情報とをより分けた上で,質の低い情報は捨てて質の高い情報を抽出すること,そ して,その情報を実際に使うかどうかを判断することが,情報に接する一人ひとりに求められるようにな ってきている。 知りたい疑問を 2 つに分ける 一般市民が健康や医療に関する情報を求めるときは,何か「知りたいこと=疑問」があるはずだ。この 疑問は,大きく「背景(バックグラウンド)疑問」と「前景(フォアグラウンド)疑問」とに分けられる。 背景疑問とは, 「○○とは何か?」と言い換えられる疑問,すなわち知識を問う疑問をいう。たとえば「糖 尿病とは何の病気か」 「HbA1c とは何を調べる検査か」 「糖尿病の治療にはどんな薬があるのか」といった 疑問だ。医療の専門知識に乏しい患者・市民は,まず背景疑問を解決する必要がある。一方,前景疑問とは 「何を(どう)すればよいか?」と言い換えられる疑問,すなわち自分の取るべき行動に結びつく疑問だ。 前景疑問は,以下の「PICO(ピコ) 」の形にまとめることができる。たとえば「血糖値が高めと言われ た 40 代男性が(P) ,昼食に刺身定食を食べると(I) ,昼食にロースカツ定食を食べるのに比べて(C) , 食後の血糖値が低くなるか(O)」といった具合だ。 P(patient) :誰に対して I(intervention) :何をしたら C(comparison) :何に比べて O(outcome) :どうなるか 3 / 第 12 分科会 健康情報 背景疑問と前景疑問とでは情報源も異なる。知識を問う背景疑問の情報源としては,教科書や公的資料 といった“定番”を用いるのが基本となる。前景疑問に対する情報を探す際は,PICO を手掛かりに,EBM (根拠に基づく医療)の考え方にのっとった資料が情報源となる。情報源は以下の 6 種類(6S ピラミッ ド) (3)に分類され,上の階層ほど情報が統合され,実際の行動の指針になりやすい。 System:下位の情報を患者の情報と統合したシステム Summaries:診療ガイドライン,根拠に基づいた教科書 Synopses of syntheses:系統的レビューの梗概 Synthesis:系統的レビュー Synopses of single studies:個々の研究の梗概 Single studies:個々の研究 情報の妥当性をチェックする「いなかもち」 情報の妥当性をチェックするために一般市民にも気軽に取り組める方法として,聖路加国際大学が開発 した「ヘルスリテラシー学習用 e ラーニング教材」 (4)では以下の「いなかもち」を提唱している。 い:いつの情報か? な:何のために書かれたか? か:書いた人はだれか? も:元ネタ(根拠)は何か? ち:違う情報と比べたか? インターネット上の情報に「いなかもち」を当てはめてみると,曖昧な情報が多いことに改めて気づか される。 「いつの情報か?」に関しては, 「今年」 「先月」などいつの情報か分からない場合が少なくないし, 「何のために書かれたか?」に関しても,一見「記事」のようで実は「広告」である場合もある。 「書いた 人はだれか?」,「元ネタ(根拠)は何か?」,「違う情報と比べたか?」についても同様で,よく分からな い,あるいはまったく書かれていないことがめずらしくない。 もう少し詳しいチェックリストとして,厚生労働省の「 「統合医療」に係る情報発信等推進事業」のウェ ブサイト(5)では,EBM の基本的な考え方に基づいて,以下の 10 か条が挙げられている。 1 「その根拠は?」とたずねよう 2 情報のかたよりをチェックしよう 3 数字のトリックに注意しよう 4 出来事の「分母」を意識しよう 5 いくつかの原因を考えよう 6 因果関係を見定めよう 7 比較されていることを確かめよう 4 / 第 12 分科会 健康情報 8 ネット情報の「うのみ」はやめよう 9 情報の出どころを確認しよう 10 物事の両面を見比べよう マスメディアの記事を ABC で評価 テレビや新聞などのマスメディアは,一般市民の目に触れやすい情報源であり,その内容が社会(世論) に与える影響も大きい。マスメディアの記事を A(accuracy),B(balance) ,C(completeness)の観点 から評価するため,メディアドクター指標が開発されている。 メディアドクター研究会(6)で用いている指標は,以下の 10 項目から成る。当日は,メディアドクタ ー指標を用いて実際にマスメディアの記事を評価するグループワークを体験していただく予定である。 利用可能性 新規性 代替性 あおり・病気づくり 科学的根拠 効果の定量化 弊害 コスト 情報源 見出し 参考資料 (1) 厚生労働省「健康意識に関する調査」 http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000052548.html (2) 食品安全委員会「いわゆる「健康食品」に関するメッセージ」 https://www.fsc.go.jp/osirase/kenkosyokuhin.data/kenkosyokuhin_message.pdf (3) Resources for Evidence-Based Practice: The 6S Pyramid http://hsl.mcmaster.libguides.com/ebm (4) 聖路加国際大学 ヘルスリテラシー学習用 e ラーニング教材 http://quilt.slcn.ac.jp/HLproject-1/materials/ (5) 厚生労働省「「統合医療」に係る情報発信等推進事業」 http://www.ejim.ncgg.go.jp/public/ (6) メディアドクター研究会 http://mediadoctor.jp/ 5 / 第 12 分科会 健康情報 事例発表 図書館でヘルスリテラシー講座 佐藤晋巨(聖路加国際大学学術情報センター図書館・学習コミュニティ支援室) はじめに 大量の健康情報を容易に手にできるようになった私達。手元の携帯電話からさっとインターネットを探 すだけでも読み切れない情報が見つかります。見つけた情報の全てに目を通すことは難しく,インターネ ットの場合,検索結果からホームページをクリックして見に行くのは多くの場合 2,3 ページ目までだそう です。沢山の情報の中から,私たちはどの情報を自分の健康課題について意思決定する際に使うのかを選 ぶことが課題になっていると感じます。 身近な公共図書館の本を使い,健康情報を読み解く方法を具体的に学んだら,今よりも多様な情報から納 得のいく情報を手にできるのではないか。このように考え,公共図書館でヘルスリテラシー講座を開催し ました。この講座について本日はご紹介します。 ヘルスリテラシー学習拠点プロジェクト 聖路加国際大学では 2004 年より当時の聖路加看護大学看護実践開発研究センターに「聖路加健康ナビ スポット:るかなび」(以下,るかなび)を開設しました。るかなびでは,私たちが自らの健康について自 分で決める力を身につけるため,看護職による無料の健康相談,骨密度や体脂肪の測定等のサービスととも に,約 3,000 冊の図書を所蔵する図書館分室を一般に開放してきました(図1)。 2013 年度より 3 年間にわたりヘルスリテラシーを学習する拠点としてるかなびを整備するために,文部 科学省の助成を受けた「ヘルスリテラシー学習拠点プロジェクト」を進めました。このプロジェクトの一 つとして,ヘルスリテラシーを学習するための e-Learning 動画教材(以下,動画教材)を作り,インターネ 6 / 第 12 分科会 健康情報 ットで公開しました(聖路加国際大学ヘルスリテラシー学習拠点プロジェクト http://quilt.slcn.ac.jp /HLproject-1/materials/ ) 。動画教材は全部で 12 本あり,ヘルスリテラシーの概要,情報の探し方,見つ けた情報の確認ポイント,情報を正しく理解するためのポイント等を,各 5 分程度のアニメーションで紹介 しています。 ヘルスリテラシー講座 この動画教材を用いて,神奈川県川 崎市宮前図書館を会場としたヘルスリ テラシー講座を 2015 年 12 月に開催し ました。講座は全 2 回からなり,内容 は第 1 回がヘルスリテラシーの概要及 び健康情報の確認方法,第 2 回は情報 を正しく理解するためのポイントとし ました。参加者は,会場となる図書館が ある川崎市に在住,あるいは在勤者を 定員 20 名で募集し,第 1 回 14 名,第 2 回 17 名が参加しました。 講座は講義形式を最小限に抑え,参 加者が個人あるいはグループで図書,ホームページ,広告を用いて健康情報の評価と理解を体験して学ぶ 時間を多くとりました。講師からヘルスリテラシーに関する話を聞くだけより,具体例を用いて健康情報 の評価や確認ポイントについて自ら考え,他の参加者と意見交換をすることで,ヘルスリテラシーを身近 なものとして考え,講座が終わってからも参加者が健康情報を確認する際に活用できるのではないかと考 えたからです。 例えば,第 1 回の講座では,健康情報を確認するための教材として,会場の図書館で所蔵している医学・ 健康に関する本から予め 100 冊程度を選び,会場に用意しました。参加者は用意された本の中から 1 人 1 ・ 冊を選び,自分なりに本を評価した後,動画教材で健康情報の確認ポイント[いなかもち:いつの情報,何 ・ ・ ・ ・ (なん)の目的,書(か)いた人は誰,元(もと)ネタは何,違(ちが)う情報とくらべる]を視聴しまし た。最初に自分が評価した内容と動画教材を視聴した後の評価を比べて「目からうろこ」だった点につい てお隣同士で意見交換しました。第 2 回目では,ヘルスリテラシー学習拠点プロジェクトで教材として作 成したサプリメントの広告(図 2)や参加者が持参した広告を用いて,信頼できる点,怪しい点をまずは 参加者同士で考えた後に,健康情報の評価を紹介した動画教材を視聴し,もう一度同じ広告を見直して意見 交換をしました。 講座を開催する前は,グループで意見交換をする際に講座で初めて会う人同士では難しいのではないか と懸念していたのですが,特に働きかけなくても制限時間いっぱいまで話が盛り上がり参加者に助けられ た感があります。しかし,グループワークに戸惑いを感じた参加者もいたことから,事前に参加型で行う等 のアナウンスも必要ではないかという課題は残りました。 7 / 第 12 分科会 健康情報 おわりに 情報を探す場面で図書館員が支援することは多々あります。情報が豊富で自由に手に取れる現在,私た ちが見つけた情報の中からその人により適した情報を選択する支援として図書館員にできることがもっと あるのではないかと思います。ヘルスリテラシー講座で図書館利用者と共に学び,必要な情報を見極める ポイントについて意見交換することで新たな支援方法のきっかけが掴めるのではないかと考えています。 今年度もヘルスリテラシー講座の開催を予定しています。まだ開催回数が少なく,ヘルスリテラシーを より多くの人と,より分かりやすく学ぶにはどうしたらよいのか試行錯誤しております。講座,そして講座 で用いる教材についてご意見,お知恵を頂戴できますと有難く存じます。 この講座は 2013-2015 年度文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業 聖路加国際大学ヘルスリ テラシー学習拠点プロジェクトにより実施しました。公共図書館で講座開催を開催するにあたって川崎市 宮前図書館の舟田彰氏,墨田区ひきふね図書館パートナーズの小田垣宏和氏に大変お世話になりました。 この場を借りて改めて感謝の意を表します。 聖路加国際大学ヘルスリテラシー学習拠点プロジェクトメンバー(菱沼典子,高橋恵子,八重ゆかり,廣瀬 清人,中山和弘,有森直子,亀井智子,松本直子,佐藤晋巨,藤田寛之,朝川久美子,白倉清美,大垣尚子) 第 102 回全国図書館大会ホームページ 掲載原稿 URL:http://jla-rally.info/tokyo102th 2016 年 9 月 21 日 作成 2016 年 10 月 5 日 更新 8 / 第 12 分科会 健康情報
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