JARI Research Journal 20130706 【技術資料】 OpenFOAM を用いた沿道大気質モデルの開発 Development of a Roadside Air Quality Model with OpenFOAM 木村 真 *1 伊藤 Shin KIMURA 晃佳*2 Akiyoshi ITO ーの概要を示す.このモデルは,気流計算(定常解 1. はじめに 自動車排出ガスの環境影響は,道路沿道で大き 析)を実施し,そこで得られた気流計算結果と自動 く, 建物など構造物が複雑な気流を形成するため, 車排出量分布を用いガス拡散輸送方程式(定常解 沿道大気中の自動車排出ガス濃度分布も複雑にな 析)を解き,排出ガスの空間濃度分布を予測する仕 る.したがって,近年,CFD (Computational Fluid 組みである. Dynamics: 数値流体力学)を用い沿道の気流分布 3 次元形状データ (実都市形状データなど) を詳細に予測し,局所的な自動車排出ガスの濃度 分布を算出する手法が注目を集めている.2007年 度 か ら 2011 年 度 の 5 ヵ 年 で 実 施 さ れ た Japan Auto-Oil Program OpenFOAM 用の 計算格子作成 (JATOP)1)では,CFDを利用し 計算格子データ た沿道大気質モデル(以下,JATOPモデルと略記) 排出量分布を計算 を開発し,沿道大気質の環境評価を可能にした. CFDのソフトウェアの多くが市販ソフトウェ 計算格子データ 格子に割り当て 拡散計算用 排出量分布データ アであるが,近年,無償のCFDソフトウェアが使 計算格子データ 拡散計算 用されつつある.これらの中には,商用CFDソフ 排出量分布 データ 計算結果 気流計算 トウェアに匹敵する精度,機能を有しているもの もあり,CFDコスト削減の観点から大きな期待を 計算結果 集めている. Fig. 1 沿道大気質モデルの計算フロー概要 そこで,本研究は,無償CFDソフトウェアとし てOpenFOAM2) を用いてJATOP沿道大気質モデ 2. 2 気流計算 ルに代替可能なモデル(以下,OpenFOAMベース 気流計算では,OpenFOAMのデフォルトソル モデルとする)を開発し,低コストで利用できる沿 バであり,非圧縮性流体の定常解析ソルバである 道大気質モデルの実現を目指す.本稿では,開発 simpleFoamを用いた.乱流モデルに標準k-εモデ において,都市形状を簡易的に模擬した形状と実 ルを使用し,壁面の境界条件に壁関数を用いた. 都市形状を用い,JATOPモデルとの比較をした結 また,対流項の離散化にはTVD系のスキームを使 果をまとめる. 用した. 2. 計算手法 2. 3 2. 1 拡散計算 OpenFOAMには拡散計算を実施できるソルバ 沿道大気質モデルの計算フロー概要 OpenFOAMベースモデルは,基本的に,JATOP がデフォルトで搭載されていない.そのため,ユ モデルのフローと同じである3).Fig. 1に計算フロ ーザ側でソースコードを書き換え,対応するソル バを作る必要がある.本研究では,気流計算で用 *1 一般財団法人日本自動車研究所 *2 一般財団法人日本自動車研究所 博士(工学) JARI Research Journal エネルギ・環境研究部 エネルギ・環境研究部 いたsimpleFoamのソースコードをベースに拡散 計算用ソルバを作成した.なお,作成したソルバ - 1 - (2013.7) は,simpleFoamと同様,ガス濃度の定常解を求 めるものである. 簡易型都市キャノピーモデルを用いた拡散 3. 計算の実施 簡易型都市キャノピーモデルとは,単純形状の 構造物と道路に相当する谷の部分で構成された形 (a) 概略図 状であり,複雑な都市形状を簡易的に表現したも のである.自動車排ガスなどの拡散計算の基本的 な問題としてよく使用される.簡易型都市キャノ ピーモデルは,計算格子が単純であるため,両モ デルで同一の計算格子を設定できる.そのため, 計算格子の依存性を排除したモデルの比較ができ 計算スキームや乱流モデルなどの影響を確認する 場合に適している. 本章では, 簡易型都市キャノピーモデルを用い, JATOPモデルとOpenFOAMベースモデルの計算 の 比 較 を 行 い , OpenFOAM ベ ー ス モ デ ル が JATOPモデルと同等の精度を有しているか確認 (b) 寸法 (単位:m) する. 3. 1 Fig. 2 簡易型都市キャノピーモデル Table 1 簡易型都市キャノピーモデルの計算条件 計算領域 Fig. 2に本計算で使用した簡易型都市キャノピ 沿道大気質モデル JATOP モデル OpenFOAM ベースモデル ーモデルの概略図を示す. 図中の赤色の部分から, 計算領域 Fig. 2 参照(計算格子幅:1m) 自動車排出ガスを模擬したガス(以下,パッシブガ 流入速度 1 m/s ガス発生速度 1 kg/(m3・sec) スとする)を発生させている. 3. 2 計算条件 デルと同等の精度を有していることが確認できた. Table 1に計算条件を示す.表からも分かるよう Fig. 4にパッシブガスの平均濃度分布を示す. に,JATOPモデル,OpenFOAMベースモデルと 図より,JATOPモデルに比べ,OpenFOAMベー もに同じ計算条件を与えている.また,計算格子 スモデルの濃度分布が少し大きな値を示した.考 についても同一形状のものを使用している. えられる理由としては,対流項離散化スキームの 取り扱いが厳密に異なることなどが影響している 3. 3 計算結果 ものと考えられる. JATOPモデルとOpenFOAMベースモデルの平 均気流速度分布とパッシブガスの平均濃度分布の 4. 実都市形状を用いた拡散計算の実施 比較を行う.ここでは代表として,x = 72,94お 次に,実際の沿道を再現した3次元都市形状(実 よび116m位置で計算結果を見る. Fig. 3に主流方向の平均速度分布を示す.いず 都市形状)を用い計算した結果を示す.気流計算に れの位置においても,JATOPモデル,OpenFOAM 関 し て は , 前 章 と 同 様 , JATOP モ デ ル と ベースモデルの速度分布が良く一致し,気流計算 OpenFOAMベースモデルの比較を行う.なお, において,OpenFOAMベースモデルはJATOPモ 拡散計算は,JATOPモデルを用いた計算を実施で JARI Research Journal - 2 - (2013.7) 形 40 40 JATOPモデル OpenFOAMベースモデル JATOPモデル OpenFOAMベースモデル 30 高さ (m) 高さ (m) 30 20 20 10 10 0 0 0 1 気流平均速度 (m/s) 0 40 JATOPモデル OpenFOAMベースモデル JATOPモデル OpenFOAMベースモデル 30 高さ (m) 30 高さ (m) 20 (a) x = 72 m (a) x = 72 m 40 20 20 10 10 0 0 0 1 気流平均速度 (m/s) 0 10 ガス平均濃度 (kg/m 3) 20 (b) x = 94 m (b) x = 94 m 40 40 JATOPモデル OpenFOAMベースモデル JATOPモデル OpenFOAMベースモデル 30 高さ (m) 30 高さ (m) 10 ガス平均濃度 (kg/m 3) 20 20 10 10 0 0 0 1 気流平均速度 (m/s) 0 10 ガス平均濃度 (kg/m 3) 20 (c) x = 116 m (c) x = 116 m Fig. 3 気流平均速度分布 Fig. 4 パッシブスカラーガス平均濃度分布 きなかったため,結果の比較は行っていない. 状は異なる.これは,JATOPモデルとOpenFOAM 4. 1 計算領域 ベースモデルの計算格子生成機能が異なることに Fig. 5に計算で使用した計算領域を示す.Fig. 5 起因する. の(a)がJATOPモデル,(b)がOpenFOAMベースモ デルの計算領域である.いずれも計算領域の大き また,本計算で用いた実都市形状は,川崎市川 崎区池上新田公園自排局周辺である. さは4km×4km×0.2kmとしている.実都市形状 は領域中心部に設置し,この領域は細分割により 4. 2 Table 2に計算条件を示す.計算格子以外は, 計算格子の解像度を上げており,最小格子幅を 2.5mに設定している. JATOPモデル,OpenFOAMベースモデルともに Fig. 5からも分かるように,両者の計算格子の JARI Research Journal 計算条件 同じ計算条件を与えている. - 3 - (2013.7) に建物等構造物の影響が現れやすい.図より,こ れらの決定係数を算出したところ,決定係数は約 0.94となり,JATOPモデルとOpenFOAMベース モデルの気流計算の結果は良く一致し,この計算 結果からも,OpenFOAMベースモデルはJATOP モデルと同等の精度を有していることが確認でき 風速 [OpenFOAMベースモデル] (m/s) た. (a) JATOP モデル 2 R =0.936 1 0 -1 -1 (b) OpenFOAM ベースモデル 4. 3. 2 拡散計算結果 Table 2に示すように,自動車排出量分布データ Table 2 実都市形状における計算条件 計算格子の生成 1 Fig. 6 気流速度の相関 Fig. 5 実都市形状計算用の計算領域 沿道大気質モデル 0 風速 [JATOPモデル] (m/s) としてJATOPの排出量推計データを使用した.排 JATOP モデル OpenFOAM ベースモデル JATOP モデルの計算 OpenFOAM 付属の計算格子 格子生成機能を使用 生成機能を使用 出ガスはNOxで,時間帯は2005年の平日の正午を 想定した. Fig. 7に計算結果を示す.Fig. 7 (a)は割り当て 実都市形状 川崎市川崎区池上新田自排局周辺(池上と略記) た自動車排出量分布を可視化したもので,(b)は空 計算領域 4km×4km×0.2km 間に広がるNOxの平均濃度分布を3次元的に可視 最小格子幅 0.75m 化したものである.Fig. 7 (b)より,NOxが北風に 2.5m 北風,1 m/s 流入風向・風速 流されながら沿道周囲に拡散している様子が見ら れ,本モデルは,実都市形状を用いた場合でも, 池上,2005 年平日正午 排出量分布データ - 排出ガス - 4. 3 (JATOP 排出量推計データを使用) 排出ガス拡散計算が機能していることを確認した. NOx 計算結果 4. 3. 1 気流計算結果(モデル比較) Fig. 6には,JATOP,OpenFOAMベースモデ ルの計算空間の同一位置における気流速度(北向 きの気流速度)の相関を示す.これらプロットを取 得した領域は,実都市が存在する範囲で,かつ地 上から80m以下の領域である.この領域は,気流 JARI Research Journal - 4 - (2013.7) を実施可能にした. 2) 簡易型都市キャノピーモデルおよび実都市形 状を用いて,気流・拡散計算を行ったところ, 気流計算では,本開発モデルはJATOP沿道大 気質モデルと同等の性能を有していることを 確認した.しかし,排出ガスの拡散計算におい てJATOPモデルとの結果と差が出ており,こ の差の原因については今後詳細な検討が必要 である. (a) 排出量分布 今後の課題として,上記,拡散計算の精度検証 のほか,本モデルの予測結果をより実現象に近づ けるための検討を行う. 本研究は,一般財団法人石油エネルギー技術セ ンターが実施した自動車と石油の共同研究 (JATOP)の一環であり,経済産業省の平成23年度 委託事業として実施されたものである. 参考文献 1) 石油エネルギー技術センターホームページ: (b) 空間濃度分布 Fig. 7 http://www.pecj.or.jp/japanese/jcap/index_j.asp NOx 排出量分布および空間濃度分布 2) OpenFOAMホームページ: http://www.openfoam.com/ 3) 伊藤晃佳ほか:JATOP沿道自動車排出量推計モデル, 5. まとめ JARI Research Journal,2012-10-03 以下に,本研究の成果・知見をまとめる. 1) OpenFOAMを用いた沿道大気質モデルを開発 し,実都市における自動車排出ガスの拡散計算 JARI Research Journal - 5 - (2013.7)
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