企業倫理と人材育成 - 経営行動科学学会

Japanese Journal of Administrative Science
Volume20, No.1, 2007, 99-123.
ワークショップ
経営行動科学第20巻第 1 号, 2007, 99−123.
ワークショップ
の闇カルテルを告発し,会社からの長年の差別的扱いを
「企業倫理と人材育成」
受けられました。しかし,それに耐えて地裁で勝訴し,
経営行動に関する様々の不祥事の続発を受け,近年,
法の制定に大きな貢献をなされた方です。本日は,「ホ
企業倫理に関する研究が高まりを見せていますが,企業
イッスルブローアー」という題でお話し頂きます。それ
倫理の確立のためには,企業倫理に則った行動を取りう
では,初めに霍見先生,宜しくお願い致します。
る「人材の育成」と,そのような行動を可能にする「組
霍見:今日の私の話の,学術論文的裏づけというか,い
織の仕組みの整備」が不可欠だと思われます。今回は,
かにアメリカのMBA教育がここ30年ほどに間違ったい
そのような視点から,企業倫理と人材育成および組織の
わゆる市場原理主義だとか,新自由主義だとかいうのを
仕組みとの関連に焦点を当てたワークショップの開催を
教えていて,これに企業活動が引っ張られていて経済も
企画致しました。
社会もおかしくなっているかに触れます。そして,米国
講演は,経営学の広範な領域で大きな業績を上げてこ
MBA教育の見直しの必要性を延長して,日本のMBA教
られたニューヨーク市立大学の霍見芳浩教授と,実際に
育への提言,つまりアメリカの悪いところばかり真似を
企業内で闇カルテルについての内部告発を行い,会社か
するなと言う警告になればと願っています。これについ
らの長年の差別的扱いに耐え,地裁での勝訴を経て和解
ての論文は星野教授のおかげで,去年度の経営行動科学
に至られたトナミ運輸の串岡弘昭氏にお願い致しており
学会誌に出ておりますので,見ていただきたいと思いま
ます。霍見教授には,企業倫理との関連でのグローバル
す。
時代の人材育成について,また串岡氏には,ご自身の体
早速ですが,国際時代といえば,日本にいても外から
験に基づいたお話を頂きました。全体討論では,本学会
日本を見る視点,いわゆる複眼と言っているのですが,
会長の星野靖雄筑波大学大学院教授のコメントとそれに
学問としての比較経営の分析の視点が必要なんです。日
対する質疑に続いて,全体での討論を行いました。本ワ
本にいながら日本のメディアだけ,それから昔の大本営
ークショップは2006年7月8日㈯,筑波大学東京キャン
発表的な,霞ヶ関と永田町のお下げ渡しを増幅するだけ
パスで実施されました。
の日本のメディアに頼っていたんでは,日本も見えない
企画司会:河合 忠彦(筑波大学大学院ビジネス科学
し世界も見えない。そうなってくると,われわれ研究者,
その後,和解して今日に至っておられ,公益通報者保護
研究科)
学者,教師の役割として,教育であれば,学生に対して
インターネット時代は,非常に便利ですから,例えば,今,
司会:経営行動に関する様々の不祥事の続発を受け,近
日本で大きく報道されている,北朝鮮のデポドンミサイ
年,企業倫理に関する研究が高まりを見せていますが,
ル問題でも結構ですし,先の日米首脳会談に対してえら
企業倫理の確立のためには,企業倫理に則った行動を取
い大成功だ,アメリカでも注目されていたなどと日本の
りうる「人材の育成」と,そのような行動を可能にする
メディアは小泉ヨイショをしているが,米国のメディア
「組織の仕組みの整備」が不可欠だと思われます。本日は,
はどう扱っているかとの問題意識を持って自分で日米比
そのような視点から,企業倫理と人材育成および組織の
較検証してみろと勧奨する必要がある。そうすると,じ
仕組みとの関連に焦点を当てたワークショップを開催致
ゃあNYタイムズは,どういう切り口でやっているかと
したいと思います。
いう問題意識をお持ちになって,検証していただきたい。
本日は,
まず霍見芳浩教授と串岡弘昭氏にご講演頂き,
英国のファイナンシャル・タイムズはどうだと。それで
休憩後,星野教授よりコメントを頂いた後,フロアの皆
ないと,永田町および官僚霞ヶ関グループの宣伝に乗せ
様との質疑応答,議論という順序で進めて行きたいと思
られてしまう。
います。霍見先生は日本人で初めてハーバード大学で経
アメリカで今度の日米首脳会談を一枚の絵で表すと,
営学博士号を取られた方で,その後,ハーバード大学,
ブログ等にもいろいろ出回っていますし,昨日(2006
コロンビア大学,カリフォルニア大学教授を経て,現在
/ 7 / 7)発売になった『週刊金曜日』の私の本文の挿
はニューヨーク市立大学の教授をしておられます。ご専
絵にも使っていますが,(絵を指しながら)このように
門は経営学ですが,日米の政治・経済・社会問題にも御
皮肉られている!今,もちろん北朝鮮のミサイル問題も
造詣が深く,ニューヨークから様々の情報発信,問題提
含めて,世界貿易問題も日米経済の本格的な再建等々と
起をなさっておられます。本日は,「グローバル時代の
いうのを含めて,日米の首脳がせっかく集まるなら二人
企業倫理と複能人材の条件」と題してお話し頂きます。
で胸きんを割って話し合っていただきたいことはたくさ
串岡弘昭氏は,トナミ運輸の営業所時代,トラック業界
んある。しかし,残念ながら馬鹿殿様の御両人の国に対
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ワークショップ
経営行動科学第20巻第 1 号
してこんな品格の無い事をしてという切り口。それです
ー・ステイトなのか,レッド・ステイトなのかという使
から,日米首脳会談については,アメリカのちゃんとし
われ方をしている。もちろんレッド・ステイトの中にも
たメディアは一切黙殺しました。会談があった後もニュ
ブルー人がいるし,ブルー・ステイトの中にもレッド人
ースにならない。あったということすらニュースになら
がいるわけです。しかし,ここでの使い方はブルーのア
ない。ただし,その後のプレスリー邸への遠足は,みん
メリカ,それが建国以来のアメリカで,特に日本人が考
な皮肉るわけです。馬鹿殿さまが二人こんな忙しいとき
えているいわゆるアメリカとは,特に明治維新以降,そ
に,両国の税金を使って,それでプレスリー邸に行って
して,第二次世界大戦後にアメリカをならえと言われた
はしゃぎまわっていると。ワシントンポストも大きな写
時のアメリカです。いわゆるユダヤ=キリスト新教をベ
真入で今度は初めてトップの一面に載せた。ところが,
ースにした民主的な政治,経済,そして社会の構造とイ
この意味が日本のメディアには分からない。日本から
デオロギーの地域です。いろんなフェア(公正)な概念
の同行記者が,「ワシントンポストの一面トップで写真
が制度化されている。法治国家だとか,司法の独立だと
入で小泉さんを取りあげた」と喜んでいる。この写真の
か,政教分離だとか,それから政治家,官僚そして企業
キャプションを見てください。「ああ,驚いた」と,小
経営者の公的責任(バブリック・アカウンタビリティ)
泉首相が日本の品格を傷つけたのを皮肉っている。そ
を追及するだとか。企業としては,特に1930年代の大恐
らそうでしょう。日本の総理とあろう者が,エルビス・
慌以来,市場原理主義という形で,資本主義の暴走を許
プレスリーの「Love Me Tender」を身ぶり,口ぶりで
せば必ず爆発をすることを示してくれたわけです。資本
真似してはしゃいでいると。小泉さんを含めて日本人
主義は社会のまかない方として便利でいいんだけど,放
のほとんどのイミテイション・プレスリーが「Love Me
任すると壊れて暴発する。ならばこれを修正しようと言
Tender」のLとRの発音を間違えます。ですから,
「Love
う形で,企業経営の透明性を高めるために有価証券取引
Me Tender」ではなく,「Rub Me Tender」,つまり「私
委員会(SEC)を作ったり,独禁法委員会などを強化し
のいいとこをやさしくこすって頂戴よと」。これはアメ
たりと,やはりきちんとした民主的で公正の枠を資本主
リカの卑猥な替え歌です。30年来ずっと続いている。し
義に当てはめないといかん。しかし,残念ながら2001年
かも,それを知らずにやるというので,日本人の猿真似
にブッシュ政権になってから,それまで70年余続いた資
とナイーブさのジョークになっている。私が最初にこれ
本主義の暴走けん制は全部はずされつつある。意図的に
を聞いたのは1958年。慶応からスタンフォードに行った
これをやっている。その意図は,米国を恐慌以前,100
ときに聞かされた。
年前の成金時代の社会に押し戻すことです。その時代に
アメリカの同行記者のなかには,小泉がまたあそこで
は,もちろんSocial Security(国民年金)もなかった。
やるかもしれないと思っていたときに彼が「こすって頂
今度Social Security をやめようとしたけれど,さすがに
戴よ」とやったもんだから,どっとわいた。ところが,
国民の大反対を受けてダメになった。それから金持ちと
日本のメディアは,「小泉首相のユーモアがどっと受け
大企業優遇の大減税等々,これはみんな結果的には税制
ている」と,一斉に披露した。
システムを大きく変えて,勤労者,賃金だとか給与だと
日本では,経営行動にしても,経済活動にしても米国
かいう形で,所得を得る他ないという人,アメリカ人で
の悪い点の真似が始まっている。いわゆる市場原理主義
も本当の9割に近いグループでしょう,そこからは,ど
を揚げてブッシュがどんどん進めている仕組みを小泉・
んどん税金取るし増税もする。ただし,資産で食える人
竹中コンビは,日本も新自由主義と言ってブッシュ米国
達,株配当だとか,利子だとか,株や不動産の値上がり
を真似している。はたして,米国の経済成長そのものが
益だとか,
「オーナーシップソサエティ(持てる者の社会)
モデルになるかどうかは,経済学も経営学も,サイエン
をキャッチフレーズにして富を持てるものを優遇する社
スですからこの手法で検証可能なわけです。それを話し
会にしている。税制にしてみれば,アメリカは大恐慌の
たいと思います。
反省として,いわゆる累進課税という形で中間所得層の
アメリカに学べと言うけど,どのアメリカを学べと言
育成を目指した。それから第二次世界大戦後は当然それ
っているのでしょうか。はっきり言って,今のアメリカ
が大いに功を奏して,米国の経済,技術開発,軍事力も
は真っ二つに分かれています。赤い州は2004年の選挙で,
政治力も大きくなった。日本は,敗戦後米国のブルーの
ブッシュがその州の代議員を全部取ったところ。州ごと
ステイトの民主党主導のそういう仕組みを導入した。こ
の大統領選出代議員の割あて数のうち,州の総得票で一
れには共和党も追従してきたわけです。これまで,共和
票でも多くをとった候補者が代議員票を全部取るという
党,民主党の政権交代のブレがあったとしても,大恐慌
仕組みです。ケリーがとった州が青。アメリカではブル
以降70年ほどの大きな枠には変わりはなかった。しかし,
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ワークショップ「企業倫理と人材育成」
ブッシュはそれを意図的に100年前の成金社会に必死に
汚点はブッシュをハーバード・ビジネススクールの私の
戻そうとする。それによる米国のいろんな経済破壊,社
クラスで学生として持ったこと。本当にしょうがない。
会破壊,いわゆる格差社会というけど大変な分裂国家が
怠け者で病理的な嘘つきであります。学生ですから例え
作られている。
ば宿題忘れたなんかの時に,犬が食べてしまっただとか,
一般国民の多くもやっと気付いて,ブッシュの支持率
急に叔父が病気になりましただとか,いろんな嘘の便法
は急落して,今では30%そこそこ。ご存知のようにアメ
を言う学生はどこにでもいるわけです。そういうことを
リカは広いのに加えて多民族国家として,大統領の支持
言っているのではない。彼の場合は例えばテキサス州に
率が50%を割ると大統領の指導力はイエローゾーン,40
は人種偏見はないとか。自分でそう思い込んでいる。自
%を割るとレッドゾーン,30%になると政治的死に体。
分が一度思いこむと方々からつつかれても,それに固執
ですからブッシュとしては,外国首脳で自分にすり寄る
して,頑迷で,「俺の信条だ」などと開き直る。それが
者は小泉さんしかいない。これが米国内外でどう見られ
本当なんだと自分でそう思い込む。俺だけが正しいとム
るかお考え下さい。ですから日本として,アメリカを見
キになって,批判する者を敵視する。しょうがない人間
習えというときには赤のアメリカなのか,青のアメリカ
でした。その後,大統領になってから神がかっている。
なのかをまずはっきりさせなくてはならない。ブッシュ
ハーバード・ビジネススクールを出てからテキサスに帰
の赤のアメリカには南部の奴隷社会のなごりが残ってい
るんですが,少なくとも私の学生だったときにはキリス
て,いわゆる南部をベースにした政府です。企業も市場
ト教原理主義者につかまってませんでしたから,自分の
原理主義など神がったものを持ち出してきて,彼らの定
偏見を神のお告げという方で正当化することはなかっ
義では市場原理主義というのは,企業が市場競争という
た。しかし,テキサスに帰ってからは,ビリー・グラム
煉獄の中でかってに弱肉強食のなんでもありで,やりあ
宣教師につかまって自分の偏見というウソを神の教えと
えばそれでいいとしている。これを規制しちゃいかんと
いい始めたから非常に困ったことになっている。
いうむちゃくちゃな話です。それから,所得格差は持た
さすがにやっと米国民の多くは目を覚している。ブッ
ざる勤労階級の労働意欲を高め,もっと稼ぐために必死
シュの間違った市場原理主義だとか偏見による経済と社
にさせるから経済成長にいいなどと,これまで,理論的
会政策の破綻,そしてイラク政策の破綻とか内外政策の
にも経験的にも実証された事のない迷信を古今の真理と
破綻がはっきりして来たからです。これは2005年の12月
言う。この迷信は怖い。世の東西を問わず,ご存知のと
のNewsweekの表紙です。「Bush’s world」の現実。ブッ
おり論理的にも経験的にも,論証されているのはむしろ
シュがガラス玉のバブルの中に入って中から外の現実を
反対です。
一生懸命見ようとしているけれど見えない。不機嫌そう
この迷信の元祖が,ミルトン・フリードマンです。ミ
な顔です。僕のクラスでも授業が分からなくなったらす
ルトン・フリードマンによると,企業の一株当たりの利
ぐこういう表情をしてた。現実から遊離して,一人自分
益にもとづく株価が企業の価値を計る。株価は単なる一
の檻の中に入っているということを強烈に皮肉ったわけ
価格,企業の一時的で部分的な価格でしかないんだけれ
です。それでブッシュのアメリカ。今度日本に来て方々
ども,株価が企業の価値を計ると思い込んでいる。従っ
で私の講演やセミナーの一つのタイトルは,「明日の日
て企業としては,短期の株価極大だけをやってけばいい
本を今のブッシュのアメリカにしないこと。」企業レベ
んで,社会的責任とか社会貢献とかやる必要がないとい
ルでいうと「明日の日本企業を今の米企業にしないこと」
うのはミルトン・フリードマンの考え方です。政府の役
なんです。ブッシュの政策は,いわゆる貧乏人から取っ
割は,軍事と外交と治安で,それ以外のことは大企業に
て金持ちに貢ぐこと。大富裕階級だとか大企業の減税を
任せろと。連邦政府の役割は大企業の私益追究を助ける
する。それで,逆さま(?)のロビンフッドなんて言っ
こと。これにはさすがにミルトン・フリードマンの同僚
てるわけです。英国のロビン・フッドというのは伝説に
でもあったフレデリック・ハイエックも呆れた。ハイエ
よると,義賊で腐った金持ちから奪って貧乏人に与えた。
ックは哲学を持ってて骨のある人で,マーガレット・サ
日本にも江戸時代にねずみ小僧次郎吉というのがいて因
ッチャー英首相のいわゆるビッグバン・サッチャー・イ
業な金持ちから奪って貧乏人に与えた。しかし,ブッシ
ズム改革は,ハイエックの考え方でした。ハイエックは
ュがやっていることは逆さまです。
ミルトン・フリードマンの処方箋を偽せ学問といってい
それで小泉さん,竹中さんが今やっている税制の改革
る。人間社会には適合できない偽せ学問だと大変な厳し
だのゼロ金利だのは僕から見るとまったくブッシュに追
い評価をしている。
随している。これは逆さまのねずみ小僧じゃないですか。
ブッシュですけれども,私のいままでの経歴の唯一の
中産階級や勤労所帯等々所得でいうと年収が20万ドル以
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ワークショップ
経営行動科学第20巻第 1 号
下っていうのはアメリカでは少なくとも9割近い人々に
出力に比べて10分の1以下になっている。それですから
なります。年収が20万ドル以下の実際の税負担は,連邦
雇用なき景気回復(Jobless Recovery)といわれている。
税がちょっと減ったとしても,地方税がその分だけどっ
しかも,失業率が減っているとブッシュは頑張ってい
と上がっている。しかも,いろんな教育だとか治安だと
るけれども,フルタイムの仕事が減ってパートタイムの
か公共サービスは支出削減でどんどん減っている。中産
職が多くなっている。これはブッシュの減税政策の間違
階級の支えが減っている。しかも,イラク戦争の影響で
いによる。ブッシュはこれを意図的に進めてきているわ
原油が高騰した結果,光熱費,交通費などが上がるとす
けです。いわゆる企業は株主のためだけにあるというの
ぐに家賃から,いわゆる必需品を直撃します。私の家計
が市場原理主義者の考え方です。企業は株主だけのもの
を見てみても,今年の冬の光熱費は去年の光熱費に比べ
であるというのは,ひとつの仮説です。仮説に過ぎない
て3割は上がっている。温かいところではいざしらず,
んだけれど,米国の大学や大学院ではそれを真理として
そうでもないところではほんと命にかかわる。
経済学や経営学で学生に吹き込むわけです。企業は株主
私のクラスではブッシュは何と言っていたか。その時,
に報いることだけを考えればいい,というミルトン・フ
第一次石油ショックがあった時代でしたから,年金や退
リードマンの御神託です。どの株主のグループですか,
職金に頼っているような人は急に光熱費や生活費が2倍
ということすら考えない。株主だっていろいろいる。投
になる3倍になるようなショックに適応できない。それ
資ファンドで長期のリターンをねらっている人なのか,
に対して政府の役割は,何んだというようなことを僕の
投機的なデイ・トレーダーなのか,お手盛りで株式を自
クラスで議論して教えていたわけです。すると,ブッシ
分で持っている一握りの経営貴族といわれている企業の
ュがいうには貧乏人を助ける必要がないと。人間が貧乏
トップ幹部なのか。しかし,フリードマンはこれには答
なのは怠け者なんだからとシャーシャーという。それを
えません。それで,これがやっとアメリカで問題になっ
本人は信じいているわけす。じゃあ,金持ちってのは一
てきた。ビジネススクールを出た企業人の行動の批判が
生懸命に働いて勤勉なのかというと,ブッシュのように
やっと出始めて,こういうことをさせたビジネススクー
その反対です。じゃあ,お前を見てみろと。お前は例外
ル教育とは何にかとの疑問が広がっている。ビジネス教
かと。突くと黙ってしまっていた。思いやりがないので
育を受けた者の不正が出てきた。エンロン社のお話をお
私のクラスでも,「ジョージ,おまえみたいなのがプレ
聞きになったかもしれないが,あの社長のジェフリー・
ジデントになったら」−ハーバードビジネススクールの
スキリングはハーバードのMBAです(背任横領罪で第
時にはみんな社長のプレジデントになりたいと言ってい
一審で有罪で25年の実刑となった)。それから,会長の
たから−「お前がプレジデントになったら,社員も顧客
ケネス・レイ。今度,死にましたけど。彼はMBAとっ
も世間も大困りだぞ」とたしなめた。それが,同じプレ
てないけど彼のスタッフはMBAです。
ジデントでも大統領のプレジデントになるとはお釈迦様
MBAカルチャーが批判され始めた。MBAの経営貴族
でも思ってなかったでしょう。
が腐敗して権力をお手盛りで取る。しかも,社会正義感
アメリカ経済がブッシュの政策の結果どうなったかと
だとか思いやりだとかかけらもない。どういう教育を
いうと,勤勉な物作り文化が消えて,浮利を追うマネー
してんだということになる。私は,ジェフリー・スキ
ゲーム経済,米経済のカンジノ化です。そりゃ GDPで
リングがハーバードのMBAで学んだということですが,
計れば,カジノの活動も入ってますからこのマンガのよ
MBAグループにやっぱり見せしめにしなければだめだ
うに,USエコノミーのロケットはどーんとあがってい
と。そうすると,彼を有罪にして刑務所にほうりこむこ
る。ところが乗組員を見たら全部取り残されているとい
とになるけれど,ほうり込んだとしても見せしめになら
う。GDPは上がってます。ブッシュ政権下,GDPで見
ないんで,ハーバードビジネススクールの便所掃除をさ
る限り景気循環が終わって成長期に入っているわけです
せたらよい。あの,服役者用のオレンヂ色のジャンプス
が,10年前の回復期と今のブッシュの回復期の大きな違
ーツを着せて。いずれにしても,残念ながらビジネス教
いがある。10年前ですと,例えばGDPがあがれば,そ
育,特にMBA教育を受けた者は,ビジネスとは投機的
れに応じて製造業とサービス業,特に高賃金,高スキル
なマネーゲームであると思いこまされている。これが特
の職が増えたわけです。いろんな試算があります。私の
に1985年ごろからひどくなったのですが,今では圧倒的
試算では10% GDPがあがると,製造業の雇用の伸び率
になっている。
が少なくとも 3.5%,それに伴うサービス業の雇用の伸
いわゆるトップの年間報酬が一般社員の平均収入の何
びがもうちょっと多くて 4.5%。今度はGDPが10%あが
倍かと,ちょっと(グラスを見てほしいのですが)1940
ったとしても,米国経済の雇用創出力は10年前の雇用創
年から,戦時中から,つい最近まで1980年代まではずっ
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ワークショップ「企業倫理と人材育成」
と通して30倍から経験的に50倍に抑えられていて,社内
入して,タバコに変えて英国やヨーロッパにどんどん供
の秩序も保たれていれば,一般社員の高い労働意欲と労
給する。タバコ商人の間で排他的な談合が始まる。これ
使一体感のビジネスモデルだったわけです。それが特に
はもうはっきりとダメだと。それから関税反対。役人と,
1980年代以降,レーガン政権が政権をとって以来,共
政府の関税役人,そしてプリンスという言葉が出てきま
和党がネオ・コングループ(国粋右翼)のレッド人とレ
すけれど,プリンスというのは当時の公権者で,領主と
ッドステイトの考え方に席巻されて以来,経営トップ
かそれに連なる,いわゆる今でいう政治家・官僚,高給
のお手盛りで報酬がドンドン増えて,今では 600倍から
グループとの癒着。ですから,アダム・スミスのフリー
1,200倍の天文学的な数値です。しかも,僕が問題にし
コンペティションは,癒着や談合の情実・談合型の資本
ているのは,会社が全員でやって儲かっていて一生懸命
主義の対極にある。
にやっているなら致しかたがない。そうじゃなくて,け
これは,「貪欲は美徳なり」という市場原理主義への
っして企業の成績が良くない場合でも,お手盛りで自分
警告です。分業にしても,国富論を一生懸命読んでみま
達の報酬を増やす為に一般社員の首切りで逃げ,自分の
すとはっきり書いてある。人間はやっぱり分業では単能
ところでモノを作るのをやめてアウトソーシング(外注)
化していって,確かにトータルの生産量は上がるかもし
だとかに切り替えている。この方が大きな問題です。こ
れないが,それをやらせられる人間へのインパクトを見
れを市場原理主義という偽せ学理で正当化している。さ
てみると,それは単能化をずっとしていけば,これ以上
すがにこれに対する反論がいろいろ出始めている。弱肉
人間として馬鹿になることはないくらいまで馬鹿になる
強食で社員切捨てが拡大し,企業の独占化と経営貴族の
という表現です。その結果,創造性だとか技術革新だと
横暴が目立っている。
かアイデアだとかの労働意欲の実質が落ちる。これは,
市場原理主義の源流はなんだと詰問されると,皆んな
国富論の中の最後の章ぐらいのところで述べられてい
アダム・スミスだと言い始める。アダム・スミスが市場
る。米国でも,日本でも経済学や経営学では,国富論な
競争の神様なんだと。アダム・スミスの国富論をお読み
んてきちんと勉強させません。まぁ,子引き孫引きの先
になった方がいるかもしれませんが,僕も何度も読み返
生たちが口コミで覚えたものや自分のつまみ食いを勝手
したんですが,アダム・スミスの国富論のどこを探して
に解釈して,市場原理主義を賛美している。
も,企業は儲けるために無茶苦茶に何をやってもいいと
たまたま私が慶応大学に入ったころ,まだ福沢諭吉に
はどこにも書かれていません。ましてや,アダム・スミ
最後に教えを受けた高橋誠一郎博士がご存命でいらし
スはご存知のとおり経済学の先生ではなかったんです。
た。その授業で当然経済理論学を支える社会思想史とい
倫理と道徳の社会学の教授でした。当然,あの当時の社
うのを勉強した。もちろん,国富論も学んだ。彼が講義
会のキリスト教的,特にスコットランドですから,スコ
でおっしゃったことを今でもはっきりと覚えている。そ
ットランド啓蒙主義のキリスト教の概念などいわゆる倫
れがあったからそのあと自分で読み直したら,やっぱり
理,人間性を強調して,その枠内でのいろんな議論の話
そうだと。ですから,市場原理主義というのは偽せ学問
をしているだけです。アダム・スミスの市場で「見えざ
です。特に,ミルトン・フリードマン以降その後の竹中
る手」といって,各企業の利益追究が「見えざる手」で
平蔵,その他の孫引き屋や,ブッシュグループがやって
集められて,社会全体の利益になる。この「見えざる手」
いるのはまったくの偏見で自分の都合を満たすため単な
という表現はあの1500ページぐらいあるアダム・スミス
る後づけの偽せ学問だと私ははっきり言っている。
の国富論の中のたった一行に出てくるだけです。これを
それからビジネスモデル。企業の目的は何なんだ,短
知らないと,フリードマン以下の市場原理主義者がアダ
期の利益極大がビジネスの目的であることになってい
ム・スミスを誤用しているのが分からない。しかもアダ
る。では,実際きちんと成長し,国際競争力をどんどん
ム・スミスが言っていることは分業が必要だ。分業体制
高めている企業は,日本でもアメリカでも,どういう行
になると市場でのいろんな交換が始まるからマーケット
動をしているかと科学的実証が可能です。例えば同じ市
市場経済という発達があって,当然それが経済の発展に
場で同じお客相手にというのがそろわないと,日本で通
よろしいということを当然いっているわけです。こうい
用するものかもしれないがアメリカではどうだとの議論
う風に国富は蓄積されていく。しかし独占に対してはも
で逃げますから。今,一番いいのは,例えば自動車産
うきびしくはっきり言っています。独占の弊害はそうい
業。デトロイト,特にゼネラル・モーターズ(GM)と
う自由で公正な競争を破壊すると指摘している。独占と
フォードは段々落ち込んでいるけど,同じアメリカでた
いったときに彼がモデルにしたのはグラスゴーのたばこ
だ売っているだけではなく,作りもし研究開発もしメー
商人です。米国植民地のバージニアからタバコの葉を輸
カーとしての一応の形態を整えている日本の自動車メー
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ワークショップ
経営行動科学第20巻第 1 号
カー,特にホンダとトヨタですけれども,これは利益も
去年アメリカのトップ 200社の利益の番付を出してみ
市場占拠率も顧客満足度も拡大している。ビジネスモデ
る。そのうちトップ80社は,地方税も連邦税もビタ一文
ルが全然違う。GMとフォードは,一株あたりの利益極
納めていない。その代わり,地方の中小企業等々小さい
大のビヘイビアをずっと続けている。経営トップは,会
ところ,ましてや,賃金でしか報酬を得られない勤労者
計出身だとか,お金を稼ぐことしか知らない人たちだか
からは税金を取る。その結果,アメリカ経済が本当に世
ら,良くなるはずがない。確かにはっきりと日米のビジ
界の国際競争力のトップになるということであればいい
ネスモデルの相違が目立つ。
んですがそうではない。
企業はコモディティ(商品)と同じで,金銭的売買の
最後に皆さんと同じように研究者として申し上げたい
対象になるベレというのが市場原理主義です。ですか
事があります。例えば,国際競争力とか,国際経営とか
らM&Aとか何とか国際テイクオーバーだとか言うけれ
国際戦略とか言います。また,グローバル時代と口では
ど,日米でもM&Aをやったら,実際本当にその後の成
みんな言いますが,そのはっきり分析に耐えるような定
長力があるのかと検証可能なわけです。皆さんにもやっ
義はほとんど知らない。分析に耐えられる定義は20世紀
ていただきたいのだけれども,星野教授の書かれている
と今の21世紀の世界経済はどう違うんだという認識から
ものを読ましてもらったこともありますが,私が調べた
始める必要がある。私なりの研究分析ではグローバル時
だけでも,アメリカでM&Aをやった時,大体三年後に
代というのは,一国および一企業の成績を左右するのに
は8割がただめになっている。衰退しています。そらそ
色んな投入要素,経済学者がいうインプット,生産要素
うでしょう,買収する側は今の経営者より俺のほうがう
があるわけです。特にその中でファイナンスキャピタル
んと経営ができると勝手に思い込むわけです。だからこ
(資本)と技術と情報,この3つがインターネットを通じ
れを少々の借金をして買い取った,買い叩いたとしても,
て,光のスピードで世界を駆け巡る,これがグローバル
経営できると思い込むわけです。しかも買い取るために
時代。
はプレミアムをつけて買い取らなければならないから,
収穫逓減の法則が18世紀以来経済学や経営学をずっと
多額の借金をして買う。しかも,買収側のエクイティフ
支えてきた。インターネット時代になると,情報,技術,
ァンドなんかは早いとこ購入投機を回収して儲けなきゃ
資本取引にはコストの逓減という収穫逓減の法則は働き
と考える。投資ファンドもそう思っている。
ません。一度ネットワークを作ってしまえば,皆さんの
そうすると,
手っ取り早いのは買い取った会社の解体,
E-mailと同じなんですが,各取引の増分コストが限りな
切り売り。これでは,企業が良くなるわけがない。企業
くゼロに近づくわけです。一人にEメールを送っても,
のM&A,特に国際テイクオーバーでは,企業の経営者
百万人に送っても同じです。そういう時代が出てきてい
はすぐ怠けるとの前提がある。エージェンシーセオリー
る。
と言いますが,コーポレートファイナンスやエージェン
それから国家の国際競争力,企業の国際競争力の定義
シーセオリーでは,職業経営者は,株主の雇われエージ
は,比較的簡単なわけです。国際的な市場で活動するこ
ェント(代理人)で,株主が企業の持ち主だと。経営者
とによって,企業の長期成長を保てるかどうか,そのた
というのはエージェントだと。株主のエージェントが経
めに環境変化に大きく対応できるかどうか,この適応能
営をしている。
力が企業の国際競争力であるという定義を私は使ってい
経営者は株主の代理人というのはフィクションですけ
ます。国の国際競争力というのは例えばアメリカ,日本
れども,職業経営者というのは信用ならんという前提か
の国際競争力というのはなんで定義するのかというと,
ら始まる。それをどういう形で監視したらいいかという
経験的に一国の国際競争力は実質GDPの長期成長力が
ことで,じゃあ経営者の報酬をストックオプションやボ
保てるかどうか,そしてその配分で,家計所得も増え,
ーナス重視にして,株主の利益極大,つまり,当期利益
国民の生活水準も長期に増大する力が一国の国際競争力
極大にあわせるような報酬にする。ブッシュ政権下では,
です。ですから,GDPだけではなくて雇用の拡大と維
ストックオプションは無税。その分を給与でもらったら
持と所得配分の問題もでてくるわけです。そうすると企
税金で持っていかれるから,人間馬鹿でない限り少なく
業にしろ,国にしろ,質のいい成長が求められる。質が
ともストックオプションで,いろいろもらいます。これ
いいっていうのは高賃金で高スキルの雇用を長期に維持
はオーナーシップソナエティーの概念に合うからとブッ
できるだけの実質的GDP成長が求められる。そういう
シュは言う。それから株式配当収入も無税にしたい。さ
形でやらないとカジノ経済の表面的なGDP成長にみん
すがに今は抵抗があるから無税にしたいのだけれどもで
なごまかされます。どうもありがとうございました。
きない。
司会:霍見先生ありがとうございました。つづきまして
− 104 −
ワークショップ「企業倫理と人材育成」
串岡先生お願いします。
運賃制でありました。許認可を非常に多く持っているの
串岡:えー,富山から参りました串岡です。私は霍見先
が運輸省でした。
生と違いまして高尚な話ができるわけではありません。
日本経済が非常に伸びて,運輸業界にとっては荷物も
またこういうところにお呼び頂ける機会というのも,私
増えてきていました。そういう時代では自由競争が行わ
にとってこれが最後の最後かともいえるわけです。
れていたのです。
で私は内部告発をし,裁判も行った者として,企業と
ところが,中東戦争を機に結果的に一時的ではありま
はどういうものかということを,裁判の中身にも触れな
したが,不景気になった。運輸業界では燃料のコストに
がら話をしていきたいと思います。
占める割合が非常に高い。燃料が上がったものですから,
皆さんにお渡しするために昨日コピーしたものが何枚
ヤミカルテルというようなものが考えられるようになっ
か皆さんのお手元にあると思います。資料として私が内
てきたわけです。それが1974年(昭和49年)くらいから
部告発した順番になっています。
ですかね。そういうことがあった。ここで一つ日本の経
先ず,内部告発をしました当時の経済状況を,と言い
済に違う状況が生まれた。
ましてもそんなに難しい話ができるわけではありません
ヤミカルテルというのはどういうことをやったという
が,お話しをしていきたいと思います。
ことを話します。運輸業界の運賃は運輸省の認可による
私は1970年に明治学院という大学を卒業しました。
ものでした。その認可運賃には幅がありました。標準運
1970年代というのは高度経済成長の時代でありました。
賃がありまして,
そこを基準に上下10%の幅がありました。
消費者物価は年率10%を越え,経済成長率は10%をはる
ちょっと考えれば直ぐ分かることですけれども,製品
かに越えていました。
によってはものすごく値段の高い物もありますよね。そ
1992年のバブル経済崩壊後,就職活動行ってきた学生
れからプラスチックの刺身皿のように,当時1枚30銭ほ
さんたちと私たちが学生だった頃とでは雲泥の差がある
どのものもあります。まとめて沢山ダンボール箱に詰め
と思います。日本の高度経済成長期の頃は,就職をする
込みましても,商品自体安いわけです。運輸会社にとっ
ことが難しい時代でありませんでした。そういう時代背
ては軽いのは助かりますが,非常にかさばる荷物で多く
景も認識しておいて頂きたいと思います。
を積めないということあるわけです。生産者から言えば,
やがて私は,運輸業界のヤミカルテルを内部告発する
刺身皿のような安い製品には運賃をあまり払いたくあり
ことになるのですけれども,私が運輸会社に入った昭和
ません。運賃負担能力が低い。テレビとかそういうもの
45年当時はですね,
今申し上げたように高度経済成長期,
は値段が高い製品ですから,ある程度高い運賃も払える
今のように企業が中国や外国に逃げていくということは
はずです。ですから,認可運賃には幅をもたせてある。
ありませんので,高度経済成長の中で人手不足という状
運賃について顧客と自由に交渉して決めていいというこ
況が常態化していました。ということで,就職すること
とになっていたわけです。
は困難でなかったし,私が入った運輸業界ではそういう
私は入社2年目から営業を担当していました。70年(昭
好景気,高度経済成長の中で荷物はどんどん増えていっ
和45年)に入社しまして,71年(昭和46年)は桶川営業
た時代でありました。この時代は大変な経済成長の時代
所(埼玉県),それから四日市営業所に行きました。そ
ですから荷物はどんどん増えていく,選びきれないほど
の後さらに岐阜に異動しまして,74年に岐阜営業所で内
荷物がある時代ですから,多くの大手の運輸会社も急成
部告発するというわけなんです。
長を続けていました。運輸業界が日本の経済成長に合わ
どういうことを運輸業界では考えるようになっていっ
せて同じように成長していた時代が私が会社に入った昭
たか,企業というものはどういうふうに考えるかという
和45年から昭和48年くらいまで続いていました。
ことをこのへんで一つお話ししたいと思います。
ところが,昭和48年にですね,第4次中東戦争の影響で
企業・運輸業界というのはそういうように不景気にな
第一次石油危機が起こります。これが石油の値段が一気
った時,お互い運輸会社同士でお客を取り合うこと,自
に4倍ほど上がるという事態がありました。ここで私は
由競争はというものは,運輸業界の発展にならないと考
不景気,景気が悪くなるという状況を経験しました。そ
えるようになっていったわけです。つまりどういう事か
れまでは運輸業界においてはですね,比較的ヤミカルテ
といいますと,運輸業界にはですね,業界は過当競争で
ルという状況はなかったんです。
あるという認識がありました。一方で業界は共存共栄を
ヤミカルテルを少し詳しく説明をしてまいります。当
図らなければならないという考えがありました。この一
時運輸業界の運賃は,バスとか飛行機とか国鉄(現在の
つ一つは問題ないんですが,この二つが結びつくとです
JR)タクシー運賃と同じでありまして,運輸省の認可
ね,どういうことになるか。過当競争という業界の認識
− 105 −
ワークショップ
経営行動科学第20巻第 1 号
は,独禁法でいうところの正確な認識ではありません。
私はこの運輸業界のヤミカルテルを破棄させるにはど
誰だって人はですね,自分の給料が低いと思うのと同じ
こに訴えたらいいのかと考えました。新聞社に訴えでる
でして,自分の業界がちょうどいい競争常態などとは言
のが先か,公正取引委員会に訴え出るのが先かと思案し
いませんし,大変儲かっているなんていう言う人など誰
ました。その結果,最初は新聞社に訴え出て,お客(荷
もいない,それと同じなんです。過当競争というのはあ
主)や国民に知らせることが最優先されなければならな
くまで主観的判断で,経済学的とか法律的(経済法)に
いと考えました。
というものではないんです。
ここで,運輸業界が行っていたヤミカルテルの内容に
実際にこの二つが結びつくと,(今運賃を上げなけれ
ついて若干触れていきます。業界として認可運賃の最
ばならない時期であるのに),お客を奪い合うことはダ
高額をお客から収受することに統一することに決めたの
ンピング競争になるという認識になっていってしまうわ
です。最高運賃の収受が各運輸会社に義務づけられた最
けです。自由な競争ではお客から運賃を下げられてしま
低の条件で,認可以上の違法な運賃収受は各運輸会社の
うと考えるわけです。(不況下で)ダンピング競争にな
事情で収受しなさいという暗黙の了解事項があったので
れば,お客がA運輸からB運輸に,B運輸からC運輸に移
す。
るだけである。運輸業界全体の総運賃収入の底上げにな
最高運賃を収受する,あるいは認可運賃以上の違法な
らないと考えるわけです。しかもこういう燃料代が上が
運賃の収受を可能にするためには,お客を取り合うこと
っているときに自由競争は運輸業界の共存共栄を危うく
を禁止しなければならないと業界は考えました。ヤミカ
するという考えが支配するようになってきたのです。
ルテルの誓約書の文言では荷主移動の禁止のことです。
こういうことから独禁法違反のヤミカルテルというも
で,これが成功するかどうかということがこのヤミカル
のが出てきた。おそらくこういう考え方というのは運
テルの成功の鍵だったわけです。そこで運輸会社はヤミ
輸業界に限ったことでなくいろんな業界にある。そし
カルテルを破る会社が出ないようにと業界団体の全日本
て,それを正当化する企業の論理というものがあるわけ
トラック協会に違約金を納める取り決めをしました。
です。常にい自分の働く会社,業界を犠牲的立場に置い
それまではですね,違約金を納めるというまでのことは
て,今申し上げたように運輸業界の立場で言えば過当競
なかったんです。
争であるという認識です。そうであるのに運輸省はそれ
私は常々今どちらの方向に向っているのかということ
に相応しい,3Kといわれるような長時間労働を強いら
を非常に重要視しています。政治でも,経済でもです。
れる業界にしっかりとした運賃を認めない,と運輸業界
ヤミカルテルに関して言えば,その当時はどんどん(ヤ
は受け取るのです。ですから,業界では認可運賃の最高
ミカルテル)強化していく方向にあった。それまでは,
額に統一し,また運賃値上げの認可申請を運輸省に出し
ヤミカルテルも,こういう抜け道がある,こういう抜け
ている段階で,認可運賃を先取りするような形で違法な
道があるということで徹底されなかった。徹底されない
運賃をとってしまったのです。そういうビヘイビア(行
から,やはり徹底しようという形になった。
動)をとる業界構造になってしまっていた。そこに皆が
私は営業をしておりまして,お客さんと正当な金額で
染まっていくのだということ点を先ず皆さんに申し上げ
荷物を出してもらう契約をするのですけれども,ヤミカ
たい。私は,なぜそうならなかったといういことは,時
ルテルの誓約書の中に荷主移動禁止条項があるために,
間があれば申し上げます。
元の運輸業者にお客を戻さなければならない状況が生ま
私が内部告発といわれるものを何回やったのか,それ
れてきてしまった。
でどのような結果になったのか,さらには裁判について
私がお客を取ったら,元取引していた運輸会社から抗
も,概略申し上げます。
議を受けて戻さざるを得ない,私の方の客が取られた
第1回目の告発先は新聞社でした。皆さんのお手元の
ら,所長が取った運輸会社に抗議に行って取り戻そうと
資料の読売新聞の1974年(昭和49年)8月1日記事でお分
する。こんなことが続くと荷主移動の禁止条項が守られ
かりになると思います。この告発を岐阜で行ないました。
ていないじゃないか,ということでトラック協会の各地
「東海道路線連盟50社闇協定か」と見出しに出ています。
域にある支部での総会で,誓約書の主旨をどう徹底して
東海道路線連盟は日本の経済の大動脈をなす東海道経済
いくかを討議するという具合でした。
圏から生産される製品,その自動車輸送を担う大手の運
荷主移動の禁止条項については,守らない運輸会社に
送会社が加盟している業界団体です。このヤミカルテル
は当初は警告から始まる。警告を無視すれば,運輸業界
を運輸業界全部でやっていた。北陸道路線連盟,中国道
全体で吊るし上げる。それでも無視すれば,納めてある
路線連盟なども皆これと同じことをやっていた。
違約金をお客を取られた運輸会社に差し出す。荷主移動
− 106 −
ワークショップ「企業倫理と人材育成」
の禁止条項を破ることは自由競争の原理原則から言えば
独禁法,当時どういう法律であったのかということに
全くの正しい営業であるになるわけです。その正しい営
触れます。一言で言って業界から見れば怖くない法律,
業に対する一番きつい運輸業界としての制裁はですね,
逆にやり得の法律の観さえありました。
ヤミカルテルを破った運輸会社に,その地域で仕事が出
皆さん店で何か買った際に,一万円札を出した。本来
来ないように,岐阜営業所でいえば岐阜市内や岐阜近郊
ならおつりが9千円返してもらわなければならないのに5
での仕事が出来ないように,その運輸会社のお客の荷物
千円しか戻らなければ,間違えた店の人は謝罪して,9
をただ(無料)で運ぶというやり方を決めるわけです。
千円を返します。ところが,日本の最大規模の運輸会社
それこそ究極の制裁の仕方です。この場合そのような制
が50社もヤミカルテルを結び,認可運賃の最高額を収受
裁が実際に効果を収めたかどうかではなく,そのような
していても,ヤミカルテルをやめましたということにな
ヤミカルテルが強化される方向に向っていたということ
れば,それ以上公正取引委員会は追及できないような法
が重要なわけです。
律であったわけです。独禁法は違反しても,企業側にと
私はこの事態を何としてもやめさせなければならな
ってはやり得の法律だったわけです。破棄公告が出され
い,やられるほうとしては破棄しなければならないと考
てしまった後では,公正取引委員会はそれ以上の勧告は
えました。どこに訴えるか?公正取引委員会に訴えるべ
できませんでした。それが,当時の独禁法の限界でした。
きか,読売新聞社に訴えにいくか,僕がかって,学生時
ヤミカルテルで最高運賃に統一してお客様から収受した
代に新聞配達をしていたので読売新聞だったわけです。
運賃の総額を返却などしなくて済んだのです。
読売新聞に訴えました。それはお客さんにこういう事実
衆議院物価問題等の特別委員会議事録の2枚目ですが
があるということを知ってもらわなければいかんと考え
ね,マーカーでなぞったところですですが,松浦議員が,
たからです。これが第1回目の告発です。読売新聞にこ
最初に運輸業界のヤミカルテルを質問しようとしたんで
ういう新聞記事が出たわけです。
す。その時その委員会に運輸省の高橋寿夫自動車局長が
その次に,名古屋の公正取引委員会名古屋支部に出向
来ておりませんでした。それで自動車局長が入室してか
きました。当時この事件を担当した綱本さんとは今も交
ら質問したわけです。
流があります。毎年,年賀状の交換をしております。
先の運輸業界が破棄公告を出すに至ったのと国会質問
この間(新聞に掲載されてから公正取引委員会名古屋
が一週間しか違いませんね。どうも僕が国会で追及して
支部に出向く間)に,私は(新聞社に)告発したのは私
ほしいと考えて,日本消費者連盟の竹内さん,鈴木さん
だと名前を明らかにしました。私は名古屋支店長に「こ
と松浦議員の方に行った時に,国会質問があること一週
ういうような違法なヤミカルテルは,お客さんを無視す
間前以上に分かることもあるらしいですね。それで運輸
るものだ」と言ったら,支店長は驚きました。支店長に
業界が先手を打って破棄公告出したようなのです。
告発したのが私だと明らかにしたことが,裁判をして,
当時の社会党松浦利尚議員が衆議院物価問題等特別委
そして定年まで内部告発にかかわるという会社人生を決
員会で質問したかは,その議事録の5ページからに書い
める瞬間となったわけです。
てあります。私が今ここで一つ一つ説明しますと時間が
次のページを見て下さい。これが第2回目の告発の結
かかります。時間がありませんので,こういうことをし
果です。公正取引委員会が立ち入り検査に入った後,東
て業界のヤミカルテルの反省のなさを追及したというこ
海道路線連盟がヤミカルテルを認めて,その破棄公告を
とを覚えておいて頂ければ結構です。ヤミカルテルをや
毎日新聞と日本経済新聞に出した時の記事です。これは
っても,独禁法違反に対する罪の意識はなかったのだと
裁判所に証拠としても出してあります。こういう内容に
いうことを指摘しておきたい。
なっています。認可運賃の最高額の収受や荷主移動の禁
運輸業界は破棄公告も出したので,これでこの事件は
止等を申し合わせたということを,ここに(破棄公告)
終わったと思い込んでいました。実は,破棄公告を隠れ
書いたわけであります。この破棄公告の前に公正取引委
蓑に,まだ運輸業界では認可以上の違法な運賃を取って
員会の立ち入り検査がありました。なぜこれが(破棄公
いたのです。私は運輸業界の追及をやめるわけにはいか
告)ですね,昭和50年3月20日なのかということになり
ない決意していました。業界の違法運賃の実態を日本消
ます。
費者連盟の鈴木了一さんに話していました。鈴木さんが,
私は,3月20日の一週間後,3月27日に第3回目の告発
「それじゃ,実験的に荷物を送って証拠を掴みましょう
として,国会の衆議院物価問題等特別委員会で,運輸業
か」と言われてやりましたのが第4回目の告発です。北
界の反省のなさを追及すべく,宮崎県選出の松浦利尚議
国新聞にその記事が載っています。この記事は共同通信
員に依頼していました。
社が配信しました。記事を書いた記者は社会部中の社会
− 107 −
ワークショップ
経営行動科学第20巻第 1 号
部記者といわれた片岡 清さんでした。実に頭のいい人
和50年に東京地検に呼ばれたときには,51年早々に強制
でした。私のわずかな説明で,でたらめな運賃を収受し
捜査(1月末から2月頃)に入る確信を得ていました。
ている業界であるとか,輸送の仕組み,トナミ運輸の際
今考えて見ますと,告発の方法はこの順番でよかった
立った違反,西濃運輸の違反,日本通運の違反というの
のではないかと思っています。昭和52年に結局,東京地
をこと細かく理解された。
検は事件を不起訴にしました。
僕は一社に3個ずつ,全部で9個作ったわけですけれど,
昭和51年早々ロッキード事件が始まりました。バーン
そのわずかな荷物でどういうことを明らかにしたか,こ
とアメリカからロッキード事件が入りましたので,東京
こに(北国新聞記事)に詳しく出ています。こういうこ
地検は皆この事件にかかりきりになった。その結果つい
とをしまして,はっきりと3社が違法な運賃を取ってい
に不起訴にしてしまいました。
ることを証明しました。
皆さんのお手元に運輸省が運輸業界に特別監査に入っ
運輸業界が破棄公告を出しても,国会で追及した後も
た記事があるはずです。これは日本消費者連盟の竹内さ
違法運賃をとっていました。これで私はこれを証拠と
んが運輸省に申し入れて,運輸業界に初めて特別監査に
して新聞に公表しまして,東京地検特捜部に道路運送法
入ったのです。その結果は,全体として認可運賃を超え
違反でこの3社を告発しました。で,告発する時は,当
て,21パーセントの違法運賃の収受が見つかった。
時,代表取締役会長でした綿貫民輔を被告の代表にしま
運輸省のやることはこの程度のことでさえ難しかった
した。数年前まで衆議院議長だった人で,霍見先生と同
という裏話を一ついたします。
じ慶応出身であります。綿貫民輔衆議院議員,皆さんご
一連の運輸業界の追及の最後が運輸省への申し入れで
存知の現在国民新党の代表です。東京地検特捜部に告発
した。運輸省が運輸業界への特別監査に入った時の運輸
した1971年(昭和51年)当時の社長は南 義弘で,綿貫
省自動車局長は高橋寿夫という人でした。先ほど国会で
議員の従兄弟です。この人は運輸業界にいた人ではあり
追及したことを話しましたが,国会で福田赳夫副総理,
ませんでした。まだ社長になって一,二年でした。綿貫
先の福田官房長官のお父さんが副総理の頃です。こうゆ
民輔は当時国会議員で3期目に入っていたと思いますが,
う業界はけしからん,(値上げ運賃の申請を)せっかく
まだ会社の代表取締役会長でした。被告トナミ運輸で罰
認可してもそれを悪用して最高運賃に統一するとはけし
せられなければならないのは綿貫であると,綿貫が罰せ
からんと答弁していました。それでも運輸業界は違法な
られなければと思ってトナミ運輸の責任者を社長でな
運賃を取っていたわけです。やはり福田副総理の答弁と
く,会長の綿貫にしたわけです。
いう,ある意味でお墨付きがあったからこそ,自動車局
この時(東京地検特捜部に告発する少し前),かって
長の高橋寿夫さんは運輸業界の特別監査ができたと思わ
は全日本トラック協会に勤務して,トナミ運輸に入社し
れます。
て取締役にまでなっていた人が,日本消費者連盟代表の
青木 公という当時朝日新聞記者は,私に「高橋寿夫
竹内直一さんに,東京地検に告発しないように頼みまし
はもうこれ以上出世しないよ」と言いました。つまり高
た。トナミ運輸の取締役は,東京地検に告発しないで済
橋という人は,事務次官になれないよということなので
ませてくれれば,私は責任を取って取締役を辞任すると
す。つまり,運輸業界(他の業界であれ)に厳しく対処
言ったそうです。
するような人は次官になれないことを,青木 公さんは
竹内さんは私に電話してくれました。これはもう,私
よく知っていたのです。業界に強く対処するような人は
は東京地検へ訴えるべきだと話しました。こうしてトナ
省内では異端なのでしょう。だから,自動車局長の下に
ミ運輸,西濃運輸,日本通運の3社は道路運送法違反容
いる自動車部長,部長以下を押さえてよくやったという
疑で東京地検特捜部に告発されたわけです。
評価になるのです。
東京地検に告発後,私は何度も富山地方検察庁に説明
運輸省の自動車局長がよくやったと言われる特別監査
に出向き,東京地方検察庁にも出向きました。富山地方
の内容は,どこの運輸会社に,どういう違反の詳しい内
検察庁に出向いたのは,真の告発者である私が富山に住
容があったかまでは説明していないわけです。新聞記者
んでいたため,事情を聞きやすいようにと東京地検が富
のこの点への質問にも運輸省は答えなかったのでした。
山地検に依頼したからです。
私は新聞に独禁法違反のヤミカルテルかと書いてもら
東京地検では小林永和という検事が事件を担当してい
った。以後,公取に訴えた結果,立ち入り検査が行われ,
ました。小林検事はやる気(強制捜査から起訴に向けて)
運輸業界は破棄公告を出した。それでも反省がないので
満々でありました。私は「こういう事件は直接こちらに
国会で追及しました。東京地検にも告発しました。
持ってきてもらいたかったな」といったほどでした。昭
私は自分の会社を訴え,自分の会社のやったことの内
− 108 −
ワークショップ「企業倫理と人材育成」
容を4回目の告発をした新聞に載せている。三つの,細
さんが最後心労で亡くなった。最後に,自社の不当商法
かい内容を明らかにしました。運輸省のやっていること
を訴えた人が亡くなったのですけれども,ここでこう言
は,この程度のことが精一杯だということなのです。
っている。ECの競争(公正取引)総局長は「強盗犯人
次に申し上げていきたいのは,自由経済とは,内部告
をつかまえず,通報者を逮捕するなんてバカな話が正し
発は裏切りかということについてです。
いわけではない」とたとえたのです。
この朝日新聞の記事は今から26年前のものでありま
当時,朝日新聞は“内部告発は裏切りか”と問うた訳
す。内部告発は裏切りか,ということについて先に申し
です。
上げる。私たちはしばしば株主総会を目にいたします。
内部告発者は,この事例のように逮捕されないまでも,
日本の会社の株主総会における顕著な総会屋の存在,暗
実際には過酷な現状にあることは間違いないわけです。
躍があることは知られている。総会屋という存在を日本
私は内部告発から27年後に裁判を起こしました。30年
ではなかなか断ち切れない。
前の1976年3月28日の朝日新聞の「声」欄に投書して,
経済界の人たちには内部告発は密告であるという考え
日本で,内部告発者を守るべき法律を作れと訴えまし
を持つ人が非常に多いのではないか。そのようにみて間
た。この新聞の記事は10枚ほどしかコピーしていません
違いない。内部告発が多くなれば密告社会になるとでも
ので,皆さん,全部の方に渡してはありません。
思っているわけです。ですから内部告発者を守るための
内部告発をやった人の大変さというのはどういうこと
法律,公益通報者保護法など必要ないと考えてきたわけ
か。内部告発があって,世の中の人がそれを正しいと認
です。
めたとしても,消費者やお客様のためになったとしても,
私は,日本の企業社会は非常に密告主義的な体質を色
会社の方はですね,誰一人責任を取らされる心配があり
濃く持っている社会だ,と思っています。特に企業社会
ません。むしろ,内部告発を行なった者が解雇されたり,
はですね。
欧州の例のように逮捕されたりして,会社から確実に報
内部告発というのは,企業への裏切りでもなく,密告
復されてきたのです。また,私のような生涯を,会社人
でもなく,むしろその対極にあると私は考えています。
生を窓際族として送らざるを得ないということになる。
一方,総会屋はいうのは,企業の内部の不祥事,内部
そういうことで私は裁判を行った。
のいろんなことを知っているわけです。しかし,それを
私がなぜ会社に残ったかについてお話いたしましょ
表に出しません。お金にするために絶対に表に出しませ
う。会社の残るのもいばらの道,会社を去ってもいばら
ん。総会屋は企業とつながっているから表に出ません。
の道だと私は覚悟いたしました。退社して別の会社に移
総会屋は,国民,消費者のためになるような行動を決し
っても,どこで働いても彼は内部告発者,会社の企業秘
て取りません。総会屋こそ密告者なのです。
密を外に流す人だと思われてしまいます。ですから逃げ
これに対してですね,私は内部告発の当初から名前を
道はない,会社に残るしか方法,選択肢はないと考えま
明らかにしていましたので,私を密告者という人はいま
した。また,私には,責任を取らなければならないのは
せん。名前を言わない内部告発者もいます。それは名前
あなた方(経営者)である,お客さんや国民に大きな迷
を明らかにすると迫害を受けるので言えないのです。
惑(ヤミカルテルを行い,違法運賃を収受して)かけて
私は裁判をしている間に,いろんな人から内部告発の
いる責任はあなた方(経営者)にあるとの思いが非常に
話しを聞きました。内部告発者はやっぱり精神的な病気
強かった。それゆえに私にはですね,会社を辞めること
になっちゃうことが多いのです。あるいは,精神病の烙
はできないという思いと同時に,なぜ私が会社を辞めな
印を押されたという人もおられる。そういう内部告発者
ければいけない,(会社を辞めるのは経営者である),正
の厳しい現実とお金を目的とする総会屋とは,全く意味
義は通そうじゃないかと思ったのです。そして,いずれ
が違うんだということを私は説明したい。
会社と,こういう表現はきついかもしれませんが,会社
私は講演に呼ばれますと,朝日新聞1980年11月30日(日
と一戦を交えるという思いで会社を辞めないでずっと耐
曜日)朝刊8面不自由経済,というタイトルの記事を見
えてきた。私は一人になってでも,失うものがなくなっ
せます。左下隅に「ひとりごと」という記事があります。
てでも,会社と一戦を交えたい,そういうことで裁判を
これを読んで頂ければ分かるんですけれども,欧州で大
行ったわけです。
手製薬メーカーの社員が,自社の不当商法を欧州共同体
内部告発というのはどういうことかと言いますと,や
に訴えた事件が載っています。ECの調査はクロ。しかし,
っぱり自らの良心に最大の価値を置く行為だと思うんで
この社員は産業スパイ罪で投獄されたため,ECは保釈
す。私は明治学院という大学を出ました。決して皆さん
や裁判費用に大枚をはたいて擁護しました。告発者の奥
のように,慶応大学のように入学するのが難しい大学で
− 109 −
ワークショップ
経営行動科学第20巻第 1 号
はありません。
原 繁と同じ東大の先生でした。その後,早稲田に移り,
早朝に起床して,眠いのを我慢して新聞配達して一浪
私の恩師(ゼミの先生)が明治学院に非常勤として講師
してやっと入れたのが明治学院であります。しかし,私
に呼びました。私は本当は法律より政治学,宗教改革か
はこの大学で非常にいいことを学んだ,独禁法も学んだ
らの政治思想を学びたかった。近世民衆主義思想は宗教
ということを,私の本(ホイッスルブローアー)に書い
改革の所産であるということは概ね学者の意見の一致す
ています。
るところなのではないでしょうか。
独禁法は経済憲法である。独禁法の精神というのは能
アメリカではキリスト教的ということが,政治の世界
率競争である,
ということを学びました。独禁法違反は,
において,民主的と言われた時期があるわけです。政教
野球に例えれば八百長試合にあたります。昔,八百長投
分離一つをとっても,ジェファーソンが政教分離法案を
球を行った投手はプロ野球界から永久追放処分を受けま
世界で初めて通した。今もアメリカでは政教分離が徹底
した。私は独禁法違反に対してはそういう認識を持って
している国です。フランスの政教分離は政治と敵対して
いるのです。そのような認識は野球界にはある。しかし,
きた,敵対的政教分離にあたります。それが,現在の日
一般の路線運輸業者の間にはありませんでした。
本国憲法の政教分離に生かされているわけです。
企業というのは悪いことをやっても,それを正当化し
まあそういう意味で,私はアメリカという国に対して,
ようとする考えが必ずそこにあります。それが先ほど言
かってのアメリカに対してなのかも知れませんが,アメ
いましたように,非常な被害者意識があって,それを(違
リカに行ったことないからこそかも知れませんが,アメ
法や不正)を正当化する理由になっている。だから,違
リカの民主主義への深い尊敬の念があります。日本の現
法な運賃をとってもよいという形になっていく。常に,
憲法にも,アメリカ独立戦争からの理想が生かされて盛
そういうビヘイビアになりやすい。私がそうはならなか
り込まれています。そういうふうに言えます。
ったということが言えると同時に,やはり人間というの
私は常にこう思っています。読売新聞奨学生として卒
は自分の良心に恥じるようなことをしてはいけないので
業時に渡されたアルバムに,一人一人の寄せ書きに「悪
す。
名を恐れず,言うべきことを言え」というような言葉を
霍見先生はアメリカの大学で教えておられる。そのア
書きました。これは私の一つの信念でありました。やっ
メリカに厳しい意見ももっておられる。私はアメリカに
ぱり自分の言いたいことを言うために,給料少なくなっ
行ったことないですし,アメリカを理想主義的に捉えて
ても言うべきことは言わなければならないということで
いるかもしれません。先生からみれば私はアメリカもよ
あります。ですから,会社の社長が誰であろうが,衆議
くないよ,と言われるかもしれません。ただそれでも私
院議長であろうが何であろうが,私は強く訴えてきた。
はアメリカを非常に理想化していることを認めた上で申
で,時間があまりないもんですから,これまでお話し
し上げます。
してきたことからちょっと飛びます。新聞のところを,
アメリカの精神の中にピューリタンの精神があるのじ
2005年10月30日の北陸中日新聞,富山新聞,北日本新聞
ゃないか。霍見先生の言われる『ブルーズ・アメリカ』
とですね,もう一つエルネオスという経済情報誌が出て
もそうです。アメリカのピューリタンの精神というのは,
いると思います。この二つを関連付けてお話し申し上げ
教会によらず,法王によらず,組織によらず自らの良心
ます。私は提訴後にこの本(ホイッスルブローアー)を
を貫くという精神が,これがアメリカのピューリタニズ
出版しました。富山県には新聞(地方紙では)が北陸中
ムの精神であったんじゃないか。そういう精神というの
日新聞,北日本新聞,富山新聞とあります。富山新聞と
は子供の頃から教えられる教育の仕組みがあった,とい
北日本新聞は完全なる地元紙であります。北陸中日新聞
うふうに思うわけです。私は母校の明治学院大学で初め
は名古屋の中日新聞,東京中日新聞系です。昨年,早稲
てピューリタンの精神に接した,大学で学んだわけです。
田大学で,内部告発をテーマとしたシンポジューム,ワ
よく識者は,普通,大学に行っていたにもかかわらず,
セダカルチャートーク2005に私はパネリストとして呼ば
大学教育から得たものはありません,とか話すのを聞き
れました。前年か,一昨年に早稲田大学を卒業した共同
ます。私の場合は反対で,私はほとんど大学に行かなか
通信社記者が取材に来てくれました。彼は記事を書き,
ったけれども,それでも大学というのは非常に影響があ
全国に配信しました。その配信記事を北陸中日新聞,北
った。
日本新聞,富山新聞が載せてくれました。ただし,左上
政治学の堀 豊彦先生は「国家も部分社会」と言った。
の北陸中日と違いがあります。どこが違うか。ここ(記
今もって私はこの命題を考えています。国家を部分社会
事)の真中の方ですね。私は雪印食品の問題で西宮冷蔵
だというふうな考え方を講義する先生がいた。先生は南
が告発をしたことで,西宮冷蔵が国土交通省から営業停
− 110 −
ワークショップ「企業倫理と人材育成」
止処分を命じられた例を取り上げました。私は西宮冷蔵
私の裁判が2年と10 ヶ月たった時に,判決は昨年の2
に制裁を加えるようなやり方だと国土交通省を批判した
月23日だったんですけれども,一昨年(2004年)の10月
のですが,そこのところの記事が抜けているのです。
と11月,二度の和解提案というのがありました。一回目
これは皆さん何で抜けたとお思いですか。やはり,私
和解提案は電話で弁護士から聞きましたが,即拒否して
のこの本は地元紙に広告の掲載を頼んでも載せてくれな
下さいと弁護士に伝えました。私は弁護士にですね,私
いということもありました。
の裁判は絶対判決ですよと言っていたからです。11月に
これはどういうことか。富山県出身の綿貫衆議院議長,
もう一回の和解提案がありました。裁判所へ来てくれと
当時(提訴の2002年頃)ですね,この方はトナミ運輸の
いうので裁判所に行きました。裁判長,裁判官,判決文
オーナー的存在で,今従兄弟の人,南 義弘氏が代表取
を書く若い裁判官,私の弁護士と私が揃いました。
締役会長です。この方は長年,30年間社長をやっていま
それでこういう時(和解交渉の場)では,裁判官は豹
した。綿貫民輔氏の息子,綿貫勝介が社長になりました。
変するんだということをよく覚えとくといいです。和解
綿貫というのは地元有力企業のオーナーである。同時に,
交渉を経験した人なら大体一致しています。口頭弁論が
政治力もある。田中派,竹下派,橋本派の重臣だったわ
開かれる法廷内での裁判官は非常に穏やかですね。無表
けです。どういうことかといいますと,綿貫氏は,県内
情でさえあります。ところが和解を勧める場では豹変し
の有力企業のオーナーであると同時に,政治力もある。
ます。「あなたはなぜ和解に応じないんだ」というこう
政治力も経済力もある。政治力だけならまだしも,経済
いう態度です。非常に厳しい態度でした。
力と両方ある。そしてこれがまた地元企業と非常に密接
弁護士は法廷でのみ裁判官と対峙しているわけではあ
な関係にある。綿貫議員は,国会議員として国から(国
りません。裁判所の中ではありますが,法廷外でも接触
土交通省関連の)いろんな土木建築事業を富山県に持っ
していますからいつも通じ合っているわけです。
てくる。(公共事業を地元選挙区の富山県に)持ってく
私の裁判では,私は会社と戦っているだけでなく,
(和
るから,富山県の土木建築業界はこぞって綿貫議員を支
解を勧めたい)私の弁護士とも闘った結果,ようやく判
持しているわけです。そこ(国土交通省)への批判をし
決にこぎつけたということになるのです。
た私の発言を,地元新聞は地元企業との利害関係が非常
裁判官はどういうふうに考えていたか。裁判を和解で
にありますから,この発言部分の記事は削除せざるを得
終わらせれば,会社が私にこれだけ醜いことをやってい
ないわけです。国土交通省への批判が綿貫議員への批判
たから(会社から)高い金を取れますよというわけです。
と受け取られかねないことを地元紙が恐れたのです。全
私のために会社から高額の和解金を取ってあげましょう
国紙とは違った,地方紙としての弱みというか,悲哀が
ということです。
ある。私はこの点を強く非難するものではありませんが,
判決は表に出す(公になる),一方,和解ですと,そ
しかしこれは話しておかなければなりません。地方紙と
の内容というのは表に出したがらないんです。特に和解
いえども政治家を恐れないことです。
金額はですね。ところが(和解金額)出してもいい。裁
私にある人が言った。「串岡さん,出る杭は打たれる
判長としての見解を法廷で述べてもいいという譲歩(一
けれど,出過ぎた杭は打たれないんですよ」と。マスコ
回目の和解提案にはなかった)をしました。これは,私
ミは,地方紙といえどもそういう精神を私は持ってもら
の弁護士が私が判決を望んでいることをよく知っていま
いたいな,という思いからこういうのをちょっと説明し
したので,裁判官にその旨伝えた結果,裁判官が精一杯
たわけであります。
私の判決に込めた思いを組み入れた和解案であったわけ
で後,まあいろいろありまして,時間の関係もありま
です。
すので,私の裁判について若干申し上げておきたい。
私は判決にこだわっていましたから,「(金額が)ゼロ
裁判で判決を出すというのは,非常に,ある意味で困
でも判決です」よと言ったりもしました。裁判官は(判
難があります。しかし,判決を出す意義はというのは非
決ですと)「相当違いますよ(和解に比べたら金額はう
常に大きいわけであります。二審で和解して裁判は終り
んと低いという意味)」と語気を強めて話しました。い
ましたけれども,それも必ずしも和解しようと思って和
つも見る法廷での穏やかな表情の裁判官と違い表情が豹
解に踏み切ったわけではありませんでした。
変していました。
なぜ判決を出すのがむずかしかったか。で,これは今
和解を二度にわたり断った時点で,損害賠償金が低い
の裁判,現在の民事訴訟の裁判は長くなる傾向がありま
判決になることが分かりました。判決前に正確な金額は
す。その結果,裁判官と弁護士,あるいは企業の方の弁
分からないまでも,うんと低い損害賠償金しか出ないと
護士は和解ということを考えます。
覚悟しました。しかし,それでも私は判決にこだわりま
− 111 −
ワークショップ
経営行動科学第20巻第 1 号
した。
れているというのです。ちなみに会社は控訴を断念して
平成17(2005年)年2月23日に判決が出ました。判決
いました。一応,一審で勝訴したと思われる私が控訴し
文は81ページありました。判決要旨が8ページ,判決骨
て,負けた会社が控訴を断念するという,通常とは逆の
子が1ページでした。
裁判となりました。
普通,裁判長は法廷で判決骨子しか読み上げないそう
一審で勝ったとはいえ,私は(和解を拒否した時点で
です。私の裁判の場合は判決骨子が1ページですからそ
控訴して)次だな(高等裁判所)と,当然そう思ってい
れだけしか読まないはずなんです。裁判長は,異例の判
ました。
決要旨まで読んだのです。今私の判決文はどういうこと
控訴審は非常に困難な状況が生じました。会社は,も
になっているかというと,最高裁判所のホームページの
うこれでいいじゃないかとお金も払った。控訴もしなか
下級審主要判例に掲載されているということです。法律
った。高等裁判所の裁判長は,「串岡さんは,なんで勝
専門誌も判決をいろいろと取り上げてくれている。やは
ったのに控訴するの。」と,こういうふうに考えられた
り判決を出した意味があった。判決でなければならない
のではないかと思われます。
ということもあるわけです。
私は法律的な論点もあるし,よりよき判決のために,
私の弁護士,私の意志に反して,裁判長と一緒な意向
一審の判決はこれは結構だけれども,金額の面でも判決
でした。弁護士も非常に弱い点がある。裁判官に弱い。
にふさわしいものを出してもらいたいという形,それか
弁護士は基本的には裁判官と,やはり良好な人間関係を
ら謝罪文も出してもらわなければならないということで
保ち続けていたいと考えます。弁護士と裁判官は離婚調
控訴したわけです。
停などでいつも接触する機会があります。ですから裁判
控訴審が始まるやいきなり和解をしませんか,和解勧
官と良好な関係を維持しながら裁判官に訴えて情状を
告でした。私が証人申請した,一審でところで申請した
汲んでもらってよい解決をしてもらいたいと望むわけで
経営者のトップ4人,暴力団を使った人も綿貫議員も社
す。
長も,私に会社を辞めろと政治家を使ってやった人も,
私は,弁護士とは違い,しっかり判決を出してもらい
一審で一人として証人として認めてくれなかった。そこ
たいと考えていました。私の裁判,判決,小さな事件か
で高等裁判所で,再度,証人申請したのです。認められ
もしれない,裁判官はこれからずっと裁判をやっていく
ない(審理に)応じられない。で,いきなり和解勧告で
わけであるが,判決は歴史に残る,歴史に残っていくと
した。ですから和解交渉に応じました。和解交渉をして
いう思いを胸に刻み,その上で判決を出してもらいたい
いく中で厳しく対処していく,(願わくば判決に持って
と望んでいたわけです。
いく可能性もわずかでもあるかもしれない)そういう方
裁判官が私に対して,(和解に応じなかったのは,和
針で臨まざるを得ないと考えました。
解を拒否したのは)
「けしからん,たいした人間ではない」
和解交渉に応じましたが,裁判官の口からは,やはり
と私に悪感情を持ったとしても,裁判官,あなたは一時
金額は全然出ませんでした。もう(基本的には)一審の
の迷いで判決を出してはいけませんよ,歴史の進歩に耐
判決でいいんじゃないか。ちょっとだけもらう(一審の
え得る判決を出されるべきである,というのが,私の裁
判決で出た金額に,若干,上乗せする和解金)という形
判官に対する期待であり,切実な望みであったわけです。
だったんです。他にいろいろな条件,和解条項をどうす
私の判決でなければならないとの思いは,このような
るかの話もしていました。私は金額の面では応じません
ものでした。で判決が出ました。私の裁判を和解で終わ
よとはっきり言ったんです。和解交渉の早い段階で,そ
らせたかった弁護士もですね,昨年,2005年10月か,11
んな金額には応じませんよ言いました。当初,裁判官は
月に,いい判決を出しましたということで,日本労働弁
強気でした。私に「そういうふうに啖呵を切る人がいる
護団賞をもらった。その授賞式でさすがの弁護士もいさ
んですけれども,どうしてもお金は必要ですから(串岡
さか決まりが悪かったのか「本来なら串岡さんがもらう
さんが考える金額よりうんと低くても)もらっておかれ
べきなんですが,立場上,私がもらいました」と挨拶し
たらいいですよ」と言っていました。
たわけです。その頃からどうやら弁護士もやっぱり判決
和解交渉の4回目,いろいろと和解条件がつめてきて
出しよかったんだと思い始めたようです。そういうこと
いましたが,私は突如,「裁判官,金額についてはどう
で判決文は81ページになる。
なるのか,私は応じませんよ」と裁判官に言ったのです。
次,和解交渉であります。控訴審は名古屋高等裁判所
裁判官は「じゃあ,あなたはいくらを望まれるのですか」
金沢支部で始まりました。控訴審の第1回口頭弁論時に
と私に問い返してきたのです。私は「○○です」と答え
いきなり和解の打診がありました。一審で審議は尽くさ
ました。いつもはお金の話になると腰砕けになるのです
− 112 −
ワークショップ「企業倫理と人材育成」
が,はっきり言いました。本当は和解交渉を壊すつもり
が施行される。法律は2004年6月14日に成立しておりま
だった。和解交渉を壊してもよいと,控訴審はもう捨て
す。だけど,この法律は大きな問題があるということで,
身で行かなければダメだと,活路は開かれないと覚悟し
これについてぜひ載せてもらいたい,もう直ぐにも改善
て向っていました。
が必要なんだということを訴えたかったのです。
普通は訴えた方が早く裁判を終わらせたいと思うでし
私の視点の担当の人はそういうふうにして,今まだ法
ょうけれども,私は長く続いてもよかった。(裁判が)
律が施行されていないことだし,どうなっていくかわか
長く続いて,とことんやるという姿勢を示したものです
らないのに,初めから批判的な記事を書くことはできな
から,裁判官はですね,困っちゃったんです。(和解交
いというお考えでした。山田さんはですね,AERAの記
渉を担当した裁判官は)3月に転勤だった。
者でもありますが,私と同世代です。「朝日新聞がそん
それまでに(転勤前に)解決できなければ困ることに
な弱気なことでどうするんだ」と,叱咤激励する形でこ
なった。そこで裁判官は会社に話しましょうということ
の記事が掲載されました。
になりました。
『私の視点』というところを見ていただきましょう。で,
裁判官は,会社に対して串岡はこの金額でないと和解
この法律の問題点はどこにあるのかということを若干申
に応じませんと話をしたのですが,会社は従わざるを得
し上げておきたい。
ないわけです。
この法律の問題点はやっぱり企業を公益通報者の訴え
裁判官は和解交渉の早い段階では,私が和解に応じな
先として認めていることです。日本の企業では,内部告
いと(私にとってとても不利な判決が予想される)出し
発者を密告だと思っている。そういうようなところに内
ていいですよという姿勢をちらつかせていました。ああ
部告発をする,公益通報者が訴える,企業を想定するな
それはいいですよと私も言った。先に先手を打ってしま
どとは,やはり非常に危険がある。これまでの内部告発
うと裁判官も困っちゃったんです。
を見ますと,皆大体個人なんです。大きいな産業別組合,
裁判官,私の希望金額を,(別室に控える)会社に伝
組合がこぞって内部告発をする,そんなことはしないし,
えに行った。これが和解でまとまる結果となっていった
組合でも賛成しない。経営者もそうです(経営者が自ら
理由です。
内部告発をするなどないとの意味)。
和解と判決には大きな違いがある。和解いうのは常に
先ほど言いましたように,自らの良心に逆らうことが
秘密主義。新聞は私の裁判の行方にずっと関心をもって
できないということで内部告発するわけです。その時に
来てくれていても,当分の間,金額を言ってくれるなと
ですね,企業へ訴え出たときに,企業はどんな反応をす
言って,和解金いくらだと言ってくれるなと言って,皆
るか。たとえばヒューザーのような耐震偽装されたマン
秘密主義です。これが公の裁判だと全部公開になる。ま
ションを販売していた会社がありました。あれ倒産しま
ったく同じ裁判でありながら判決と和解とは全く正反対
したね。あのマンション販売会社,ああいうところに,
(社
の対応となる。
員が)耐震偽装がありますと訴え出たとしたら,会社は
まだ時間がありますか。そろそろですか。最後にで
事が公になれば確実に倒産することが分かります。そう
すね。飛び飛びになりました。お話しすることを事前に
いったところに内部告発した場合に,会社は「君の言っ
しっかりまとめてこなかったからなのです。これから公
たように会社が悪かった。全て国民に知らせよう,倒産
益通報者保護法について話します。皆さんのお手元に朝
するのも覚悟しよう」と言うでしょうか。
日新聞の記事があるはずです。この記事は朝日新聞の
この場合,会社はどのような対応をするということが
AERAという雑誌で私を2回ほど取り上げてくれた山田さ
考えられるか。飴と鞭を使う可能性がある。黙っていて
んという記者に依頼してみたところ記事になりました。
くれたら,監督官庁,国土交通省,マスコミに発表しな
私はこの法律は問題がありすぎる,ですから私はぜひ
かったら君に一億円あげようと,飴をあげようとする。
朝日新聞に投稿という形でどこかに載せてもらいたいと
お金をけって,それでも公にしなければならない監督官
言いましたら,「はい分かりました。売り込みましょう」
庁に行かなければならんと訴えたら,今度は一転,命に
ということで,同じ新聞社内で売り込みましょう,とい
危険が及ぶような事態も起こらないとも限らない。これ
う形で朝日新聞に売り込んだのです。
は何もヒューザーがそのような会社であったと言ってい
串岡さんのことなら載せられるかもしれない,と山田
るのではない。過去にそのような事例があったというこ
さんは思ってくれました。が,『私の視点』の担当者は
とを言っているのである。公にするまでに段階があり,
これはおかしい。まだ法律が施行されていない。施行は
期間をもたせるような法律は問題があります。
4月1日からでした。今年の4月1日から公益通報者保護法
現実にもう一ついい例があります。東京電力の原子力
− 113 −
ワークショップ
経営行動科学第20巻第 1 号
発電所のひび割れ偽装事件です。2000年7月1日にアメリ
―休憩後後半―
カ人技師(1980年代に原子力発電所の点検をしていた)
司会:それでは,休憩前の星野先生のほうから霍見先生
から原子力保安院に内部告発があったわけです。この時,
と串岡さんのお話に対してコメントをいただきまして,
技師についたアメリカの弁護士は東京電力へは言わない
そのあとフロアーからの質疑応答ということでお願いし
ほうがいいというアドバイスを受け,原子力保安院に訴
ます。
えたのです。
星野:筑波大学の星野です。事前に霍見先生からは3つ
原子力保安院はそれから東京電力とやりあっておりま
の評論をメイルでいただいておりまして,それをベース
す。それが実に2年間なんです。2000年の前年,1999年
にしてコメントし,今日伺ったお話をその後コメントし
に東海村の原子力施設バケツで,ひしゃくで濃縮ウラン
たいと思います。それから串岡さんの方は,事前に,こ
を入れて爆発をした大きな事件がありました。あの時に
こに持ってきている『ホイッスル・ブローカー−内部告
いち早く原子力関係の方で内部告発者を守る法律ができ
発者−』を買って読みましたので,それについてコメン
ました。これが全く機能していません。ですから機能し
トしたいと思います。この本の出版社に電話しまして,
ていないということが,十分前例になるわけです。法律
串岡さんと連絡が取れたわけです。串岡さんとは,事前
が機能しないということはですよ。
にはまったく面識がありませんで,今日初めてお目にか
東京電力の場合,2年たって公表された。国民に知ら
かりました。実は,さっきここへくる時に,地下鉄の駅
れたら東京電力の社長は直ぐ辞めた。だから国土保安院
でお見かけして初めてお話ししたわけです。
に言っても良かった,そう考えてはいけないのです。東
霍見先生から頂いたうちのひとつは週刊金曜日の2006
京電力と2年間やりあっている間に原子力保安院も追及
年4月28日号で,タイトルは「ブッシュ盗賊集団に貢ぐ
を諦めようとした場面もあったと考えざるを得ないので
小泉“軍曹”」です。この評論で,初めに「小泉・竹中・
す。原子力保安院に(東京電力の追及に)非常に熱心な
奥田の日本売却三人男」が国際株式交換制度を進めてい
人がいたから公になりました。東京電力は自ら進んで偽
るといわれています。それはそれである一面で正しいか
装隠しをした事実を2年間も公表しませんでした。
もしれないと思うのですけれども,そのことは,資金の
原子力保安院だけでなく,あのような告発があったこ
国際流動性が高まる,より効率的な資金の運用ができる
とを国民にもマスコミを通じて公にして国民の力で東京
と普通は考えるわけですね。だからどちらかと言えば私
電力に対処していれば,東京電力は国民の目から逃れら
たちは結構なことと思うのですけれども,それに対して
れるとは考えなかったはずです。東京電力が2年間も白
非常に辛らつな酷評ではないかということです。2つ目
を切り通した背景には,それまで常に隠し通すことがで
は先ほどと同じ「小泉・竹中・奥田の日本売却三人男と,
きたことを物語るものでもあるわけです。
安倍,ブッシュは社会的病質的権力欲で一致しており」
原子力の事故というのはチェルノブイリでも起こり,
という表現の仕方も私なんかは抵抗があります。そこま
アメリカでも起こりました。もう既に起きています。一
で言うことは無いのではないかと思いまして,違った考
旦事故が起きますと,そこに人が住めない。長い,何百
え方であることは確かであるけれども。病質的という表
年か住めない。そこに住んでいた人の遺伝子は傷つけら
現は少しなんとかならないかと考えていますね。それか
れ,文化は絶える。だから原子力の事故は,10年後,20
ら経済金融政策は,日本国民から支持されていると考え
年後,30年後,100年後でもあってはいけないんです。
られます。ただし政治的な問題としてのイラク攻撃,そ
東京電力では昔のことで,社員皆退社してしまったと
れについてはむしろ現状で見たら日本国民のほとんどが
いって,原子力保安院の追及を逃れていました。東京電
反対,少数の人が賛成している,そこが食い違っている
力が原子力保安院に協力する気ならできたはずです。そ
というわけです。それから3つ目ですね,ブッシュ帝国
して自主的に協力する内部告発者もいなかった。これが
主義という言葉が出てくるのですけれども,それは言葉
日本のトップ企業にしてこの有様です。これが日本の企
としてはですね,やはり帝国主義という言葉は違うのじ
業の変わらざる企業風土だと私は思います。
ゃないか,そういう表現が少し過激ではないかと言うの
まあこの辺で時間も来ましたようですから,後は質疑
が卒直な感想です。2つ目の評論は,これは熊本日日新
応答の中でお聞きください。ちょっと支離滅裂でありチ
聞の2006年1月31日の記事であり,ライブドア事件−米
ェックしてこなかったで,たいした話になりませんで申
国からの視点というタイトルです。ライブドアの暴走を
し訳ない。じゃこれで終わります。
許したということなんですけれども,東京地検の捜査で
司会:それでは前半終了ということで,15分ほど休憩し
わかったことであれば,事後的に暴走したと言えばそう
まして4時5分から始めます。
なんですけれど,事前にはそういうことは分かってない
− 114 −
ワークショップ「企業倫理と人材育成」
わけですね。粉飾決算とかインサイダー取引とか,そう
すね。それが大事であって,確かに差が広がっているの
いうことは事前には分からないわけであります。そこま
だけれども上と下の差だけで,問題があるというのはち
で言うのはちょっと言い過ぎではないかと思います。粉
ょっと違うのではないかと思います。それに関係して地
飾決算の村上ファンドと同様に事前にはわかってないけ
球環境財団の監訳でワードウォッチ研究所の地球環境デ
れども,その当時,社会を改革しようとしているとい
ータブック2003−2004というのがあります。そこに入っ
う意味で改革の旗士ということになったのですね。とこ
ている論文で「特別分析ストックオップションで急速に
ろが実際にはイリーガルなことをやっていたわけですか
拡大するCEOと労働者の給与格差」ありまして,2001
ら,これは処罰されるべきであるというのはそれもまた
年でCEOと製造業生産労働者の倍率はアメリカでは 350
当然であろうと思います。それから2番目に,「粉飾決算
倍,ストック・オプションを含まないと41倍,2位はメ
とインサイダー取引の規制強化がうやむやになる恐れが
キシコで 233倍,メキシコはストック・オプションが入
ある」と書いてあるのですけれども,それはそうじゃな
っているか分からない,データに書いてないんですから。
くて規制強化ですね。資本主義,自由主義にもやはり色々
イギリスは24倍,日本は14倍,ドイツで13倍,スイスで
と規制が必要であり,きちんとルールが必要であるとい
12倍ということで,確かにアメリカではストック・オプ
うことです。それから3番目で小泉改革の本丸である郵
ションの存在が倍率をあげているという特徴がある,し
政民営化があります。郵政民営化そのものには,私はや
かし,もう1つの変数で,所得の不平等を表すジニ係数は,
はり賛成派なんです。現時点では,日本国民の大多数は
経済学でよく使う指標ですけれども,0が完全平等で1が
郵政民営化が望ましいと考えているというのが世論調査
完全不平等,ゼロ・イチですね。ゼロ・イチで取ります
の示すところです。社会主義は非効率であり,ことごと
とアメリカは0.40で高いが,もっと高い国はロシア0.49,
く失敗であったということは歴史が証明しているわけで
ブラジル0.60と結構高い。それから日本の場合は 0.304
す。郵便局というのは金融社会主義の代表であり,やは
(2004年)で,若干最近あがったと言われる。こういう
り民営化が必要です。
指標で見ると,特にアメリカが悪い事にはならない。た
そ れ か ら 英 語 の 評 論 が あ り ま し て,The Harvard
だ先ほど,霍見先生が言われたように年間報酬に関して
Crimson の2005年4月6日号に掲載の “Hail to the Robber
労働者の平均とCEOとの比とは,違った結果が出たと
Baron? ” で す。 そ の 中 に エ ン ロ ン のCEOで あ っ た
Skillingに代表されるようにMBAを持っている多くの米
いうことです。それから霍見先生の本で「日本企業繁栄
国経営者が従業員や株主を犠牲にし,非倫理的行為をし
平社員の平均年収に対して,企業の最高経営者の年間総
ているとあります。アカウンティングやファイナンスを
報酬額の倍数をツルミ指数と呼ばれるとあります。
操作しているということが書いてあります。それは非常
霍見:それはあの指数を1976年に初て僕が使った。そし
に一面的な見方ではないかと思います。私の担当領域は
て,1980年代の初め,日米経済摩擦が米国で政治問題に
ファイナンスですが,表現の仕方が少しきついのではな
なり,日本叩きが始まった。これに対応して,日米企業
いかと思います。もちろん,株価操作はイリーガルです
行動と経営哲学の相違を指摘する為にCEO対一般社員
からそうなのですが,メイクマネーはいいわけで,合法
の報酬比指数を説明した。そして,米国のテレビのトー
的なメイクマネーするのが資本主義のルールだと思いま
ク番組などで,米企業のマネーゲーム化を批判し,米国
す。合法的でなく,やくざがお金を儲ける,これはイリ
のもの作り文化の消滅を警告した。すると,アダム・ス
ーガルということです,処罰されるべきです。その峻別
ミスというペンネームを持っていた高名な経済評論家が
が必要でしょう。それから,3つ目に1980年にフォーチ
テレビで“ツルミ指数”と言い出した。僕は霍見指数な
ュンの大手 500社のCEOの年間報酬が,従業員の70倍く
んてことは言っていない。
らいある。それがブッシュ政権になったら,もっと大き
星野:はい,そういうことですか。
くなり,先ほど1200倍といわれて驚いたのですけれども。
霍見:僕はインエクウィエティ・インデックス(不平等
600から1000倍くらいなっていると指摘されているわけ
指数)という言葉を使っていた。それがこのごろ広く
です。ニューヨークタイムズのほうもペーパーを先生か
やっと使い始められました。トップ(CEOの年間報酬)
らいただいていますけれど,それだと,800倍くらいに
でいうと 1,600倍,2,000倍くらいのもあるわけです。そ
はなっている,1000倍,1200倍だったらそれ以上だとい
れから一般社員の平均値で取るか,最低で取るかで幅も
うことになります。それから,可処分所得の分布が書い
違ってくるわけですが,大体基礎が同じであれば日米と
てある。大切なのは,両極の最高と最低の差じゃなくて
か企業間比較に使えます。米国では1980年代からそのト
分布です。物価を考慮した可処分所得の最低限が重要で
レンドがべらぼうに開き始めている。しかも2001年にブ
の条件」が光文社から1992年に出ているのですけれども,
− 115 −
ワークショップ
経営行動科学第20巻第 1 号
ッシュ政権になってからは極端に広がっている。この現
の責任だと私は考えています。
象を確認するのには,不平等指数の日米比較や米国の企
星野:だまっている場合もありますね。
業比較が役立つ。そして,この原因はという問題意識を
霍見:内部告発者は大変な損害や迫害を受けるわけです。
広げて,ブッシュの経済政策が米企業の行動と構造を変
星野:責任はたぶんあります。
え,米国経済の国際競争力を弱めているのに気づいても
霍見:責任があると思った人が告発する。それは非常に
らう。今では,米企業の成績の悪いときでもCEOはど
いいことなんだけれど,しかし多くの人がなぜやらない
んどんお手盛りで一部の経営貴族の報酬だけを増し,米
のかというと,やったら社会的にも潰されるからでしょ
国の格差社会を悪化させている。これが問題。しかもそ
う。
のために,いわゆるアウトソーシングとかなんだとか言
星野:それはトップに対する処罰が甘いからです。今回
うことを言いながら,社員の首切りだとか契約社員化と
の件に関してもトップが替わってないのですね。本来一
かいろんな事をやっている。ワーキングプアの急増です。
番責任があるのは経営者なのです。当然トップが替わる
これが問題です。そこで結局企業は誰のためにあるのか
べきなのです。処罰されるべきですが,されていません。
という問題が,初めて議論されます。ブッシュが目指し
そこが大事なことです。それからもう少しコメントを続
ているのが百年前のシステムだというのも不平等指数が
けますが,大きな問題は官製談合ですね。官庁が主導し
如実に示しています。ロバーバロン(泥棒男爵)という
て談合を促進し天下りするシステムです。談合しても官
言葉が出てきたのはその当時なんです。
側の罰則規定がないといわれますが,事前に落札価格を
星野:次の,コメントをします。「企業の社会的責任は
漏らすということで守秘義務違であり,入札妨害です。
誰が取るべきか」ということで,バブル崩壊後,総会屋
当然犯罪を形成するわけで,官側も当然処罰されるわけ
の問題とか銀行の不正融資とか欠陥車隠し,談合とか企
です。それをなくす工夫が早期退職,定年を廃止するこ
業の不祥事の告発とかの企業の社会的責任の取り方とい
とですね。官僚が早く辞めなければいけないとか,ある
うことです。奥村宏さんは「エコノミスト」2006年4月
いは定年があるということは,働く意欲があるかぎり次
26日号で,企業は民事上の損害賠償をするが刑事責任は
の仕事が必要だということになります。天下りするため
問われなく,その代わり経営者は社会的責任をとる,と
に,談合するわけですね。アメリカでは定年が廃止され
いう考えです。そして,不正に加担するあるいは知って
ているということですので,そういう問題はないのだろ
いても無視することにより不正を助長する経営者,従業
うと思うのですがいかがでしょうか。また,定年制度が
員,株主,消費者,関連企業の関係者にも企業の社会的
ある欧州ではどうでしょうか。企業の社会的責任の問題
責任が発生する。だから日本の企業目的は必ずしもアメ
のみならず,我々大学人ですから大学人でも社会的責任
リカ流のファイナンスでの企業目的である株主の利潤拡
の問題があります。例えば,最近,早稲田大学の教授が
大化,株価の最大化じゃなくて,ステークホルダーのた
学生のアルバイト料口座を操作して現金化するという不
めにあるというわけですね。それから対象となる人の職
正経理の問題があります。それから空出張があるし,東
責と情報の質と量に依存するわけです。企業の社会的責
大で有名な副学長がこの問題で副学長のポストを辞めま
任が一番あるのは職責からすれば経営者ですね,ただし,
したが,教授職は辞めていませんね。筑波大学では他人
従業員だから責任が全くないかというと,やはり従業員
の論文を盗用して首になった人がいますし,日大では会
にも責任はあるわけです。知っていて無視するとか知ら
計学の分野である。データの偽造でも,東大や韓国でも
ない振りをすれば当然責任は発生する。株主だって同じ
有名な事件があり,アメリカでもある。それからあとセ
わけですね。ウエイトがかなり違うのですけれども経営
クハラ問題で,米国トヨタのCEOがセクハラで訴えら
者が特に重大である。消費者にも同じようにある。そう
れています。その人物は先生の先ほどの本の中に実名で
いう考え方ですね。
登場しています。
霍見:それは星野先生の考え方ですね。
霍見:僕は下半身のことは知らない。僕が知っている限
星野:私の考えかたということです。また,わが国で
りでは彼は,ブラックメーラー(ゆすり屋)にはめられ
は,一般的にもそう思われているわけです。
たんだと思う。
霍見:串岡さんの件で見てみると,一般社員が責任を感
星野:今日持ってきた,これが串岡さんの本「ホイッス
じてやろうとすると,司法だとか警察だとかメディアだ
ルブローアー=内部告発者」ですね。「ヤミカルテルを
とかその社会でホイスル・ブロアーを支持すべき人間も
内部告発して28年,ついに会社を提訴した社員」とあ
勇気ある一般社員を評価してくれないという現状がある
わけです。一般社員が非社会的な行為に走るのはトップ
ります。この本には,東京新聞の昭和50年8月14日の,
「貨物輸送運賃水増し請求 大手会社軒並み」(76頁)や
− 116 −
ワークショップ「企業倫理と人材育成」
北国新聞の同時期の「トナミ,西濃,日通など 軒並
のほうですね,最初の例えば小泉ブッシュとか企業の社
み水増し運賃 重量,距離ごまかす」(77頁)の記事が
会的責任をどうやって問うのか?企業の社会的責任は誰
掲載されています。本の内容でお聞きしたかった第1点
が問うのか?官製談合や大学での最近での不正等ありま
は,1975年の東京地検の検事から呼び出しがあり,事情
すけれども,それらに関してですね,先ほどヒューザー
聴取に応じられたのであるが1977年に不起訴の決定を
等の話がありましたけれど,日米との差が有るとか,例
出したとあります。(105頁)東京地検がロッキード事件
えば告発することに関しての感覚の差であるだとか,あ
にかかりっきりであったことと関係があるのかもしれま
るいはそれに対するそれぞれ組織がどう対応しているか
せんが,不起訴の決定後の再告発は,出来なかったのか
どうか,日米の相異についてお話を頂きたい。
と思いました。例の金丸事件のときに1企業の経営者が
霍見:まあ,いろいろあります。内部告発については,
検察の玄関にペンキを塗って抗議し検察批判をしたこと
日米の差は確かに有ります。歴史的には米国の百年前の
が,検察の再調査を触発し脱税で金丸は捕まったわけで
世界なんて今の日本よりひどい。今の日本の百年(前の
すね。そういうことがあるから,再告発が可能であった
方)がもっとひどかったけれども。それで日米の大きな
かどうか,あるいは,検察審査会への提訴も可能であっ
差というのは,一つあるとすれば,いわゆる司法の独立
たかどうかをお聞きしたいと思います。それからこの本
というのがアメリカの場合には確立されている。これが
には代表取締役の南義弘さんの謝罪文が掲載されていま
大きい。内部告発は,結局第三者ではっきりと黒白決め
すが,日付が書いてありませんね。それに180頁,181頁
てもらいましょうという仕組み。裁判官の検察や行政官
に入社31年で55歳男性の総支給額が 241,945円で手取り
僚,そして与党政治家との癒着がはびこっていて,日本
額18万円余と書いてあります。そのような冷遇から和解
の場合には司法の独立が消えている。アメリカの場合に
後には通常の待遇に戻ったのかどうかと,先ほどお聞き
は今では非常に少ない,例えば内部告発法で告発者を保
したら,戻ってないといわれました。するとこの謝罪文
護出来る。日本の場合には,裁判官の独立は憲法で保証
は何であったということになります。これが2点目です。
されているけれども,これまでの30年間でほとんど消え
それから,企業の論理しかない日本社会と言われるので
ている。先ほどの串岡さんの控訴審の御苦労は日本の裁
すけれども,企業の論理というのは本来,合法的な論理
判官の独立が弱いからです。
であるわけで,非合法なビジネス,ヤクザビジネスはビ
要は日本の裁判官はなぜ権力に弱くなってしまったか
ジネスとはいえないと思います。この企業論理の理解を
というと,1970年代以降,最高裁の事務局と法務省のも
どうお考えになられますか(第4点),第5に,公益通報
のすごいコントロール下におかれた。これは違憲判決を
者保護法は串岡さんの内部告発を契機として制定された
出させないためで,歴史的には特に1960年の日米安保騒
のですが,串岡さんは朝日新聞の私の視点2006年3月25
動以降,極端にそういうことになって来た。それで裁判
日で「内部告発:公益通報者保護法を見直せ」を書いて
官を締め付ける手段は,クルクルと転勤と昇進だ。その
おられます。そこで,公益通報者への不利益な措置を行
基準は勤務評点。先ほど串岡さんの話を聞いていても,
った経営者への罰則がないとあります。そのとおりです
私が知っている限りですが,勤務評点がなんであるか。
が,株主である必要はありますが,株主代表者訴訟があ
裁判官,特に民事や行政裁判をいかに処理しているかと。
ると思います。2つ目に,通報先に順番があり,事業者,
各企業でもノルマみたいなのがあるけれど,それよりひ
行政機関,それで改善されなければ新聞などのメディア
どい件数処理のノルマの指数での管理です。そうすると
があります。ただし,事業者が問題である場合,官製談
裁判官は原告に対して,和解しないと裁判になったら絶
合のように行政機関が問題である場合には内部告発が有
対おまえに優利にしないぞという脅しで強制的に権力に
効な手段であるというのはその通りだと思います。3つ
都合の良い和解を押しつける。そういうことをするのは
目に密告のような内部告発とありますが,密告というの
なぜかというと,和解になると裁判官の担当件数が消え
は秘密裏に告発するということですから,そうではなく
るからです。
公開して内部告発をすること,社会正義に基づく内部告
そうすると何件やったうちにどれだけ処理したかとい
発が重要であることになります。
う分数をみて勤務成績が決る。それだから,裁判官は強
最後に,串岡さんが,内部告発,裁判,和解を通じて,
制和解に持っていこうとする。原告に対して和解が示唆
経営行動,企業社会に対してなされた社会正義の実現へ
される。そのときに脅しが入る。その場合は,どちらか
の貢献は高く評価できると考えます。本日,具体的なお
というと裁判官は企業だとか検察庁だとか官庁だとかの
話をお伺いできてありがとうございました。
方に有利にする。例えば,いろんな不良債権処理の例を
司会:どうも,ありがとうございました。まず霍見先生
一つ取ってみても,日本の変額保険の押し付け融資問題
− 117 −
ワークショップ
経営行動科学第20巻第 1 号
を調べましたが,日米の差が今大きくあるのは,アメリ
霍見:いや,もう例がたくさんあるわけです。例えば学
カの場合にはそういう時代もあったけれども,今では歴
生に対するセクハラやアカハラ。教師や学生の行動ルー
史を通じて裁判官の独立が確立されている。裁判官は裁
ルは校則として決めるのではなく,カルチャーとして機
判所毎に採用されて,そこでおしまい。
能するのがいちばん良い。例えば,ちゃんとした大学で
日本では裁判官転勤は,最高裁事務局の一存で三年ご
は,最低三つの教師足るものの倫理が決まっている。一
とにクルクルと換わるわけです。そして事務局の覚えめ
つは,学生を搾取するな。二つは,同僚を不当に非難す
でたい者が出世して行く。覚えめでたくない者は全国の
るな。三つは,盗作など学問的不正をするな。
ドサ(支部)廻り。刑事ですと,検察の言うとおりです
例えば消費者行動を調査したいなら,実際の消費者の
から99.8%の有罪率。これは,サダム・フセインも羨む
サンプルだと大変だし,面倒くさい。ならば学生を強制
ようなものです。中国の裁判制度も日本に似ている。日
的に調査サンプルにしたり,モルモットにしたりして,
本の裁判は決して民主的ではない形態です。刑事件数で
実地調査に代える。これは,一種の学生搾取です。それ
あれば早く有罪に持っていってしまう。しかも違憲判決
から同僚,および学生に対する嫌がらせ(つまり)ハラ
をださせない。民事であれば処理が多くて,対銀行だと
スメントをやっちゃいかん。3つ目は同僚の名誉棄損は
か対大企業だとか対政府というのであれば,一般の民間
慎しむ。この3つのルールがきちんとカルチャーとして
人だとか中小企業に不利な強制和解をどんどんやる裁判
行なわれている大学はやっぱりいい大学。
官は覚えめでたい。そうでない人は,非常に辺鄙な支部
学会出張があるんですが,もちろん規定としてはペー
へ廻される。いわゆる左遷です。待遇が違ってくる。な
パーを出すか,ディスカスタントとしていけば当然経費
ぜかと言えば給料が違ってくるわけです。大都市が一番
扱いで出張費をだす。どこの大学でもやっているけど,
手当てが高い。みんな東京だとかに行きたい。退職する
学会参加で旅費を申請しておいて,実際にはそうでない
ときの恩給はなんで決まるかというと,そういう手当て
場合がある。特に観光先で行きたい所,パリなんかで学
まで入れたトータル生涯報酬で決まるわけですから。さ
会やるときはどっさりと皆ペーパー申請中ですとの口実
らに手当てだとか昇進のスピードだとかで大きな違いが
で大学から旅費を取る。この間もハワイで,学会で論文
でてくる。そうすると裁判官も人間ですから,早く強制
発表もし,パネル討論もやってきたんですが,来ている
和解を押しつけようとする。しかも大企業だとか権力側
人間の半分は学会に出るために来ているのではなくて,
に優利なように。ましてや,相手に行政がからんでくる
皆ワイキキの浜辺に行こうとしている。これは簡単にい
ときにはそっちに有利なようになる。例えば,行政裁判
うと不正汚職です。この不正が放置されるかどうかは帰
というのは市民が地方自治体や中央官庁を訴えるもの。
ってきてチェックされているかどうかです。会計で経費
環境汚染だとかいろんな損害だとかで。行政裁判の手続
として清算するときに,実際にディスカスタントならデ
き自体はっきりしていない。仮に訴えられたとしても行
ィスカスタントで,ペーパーを出したという証拠をつけ
政側が勝つ。少なくとも九割以上です。日本では第三者
てきちんと出させる。ぼくらの大学で5年前からそうい
による客観的審判として裁判所は機能していない。
う風にしました。ひとつそういうのをちょっと緩めると
アメリカの場合には今では裁判所の客観性がかなり確
どこの社会でも同じで,拡大解釈されて不正がはびこり
立されています。これが「法治国」です。日本は「法痴国」。
ます。
それからもう一つ違うのはマスメディアの役割。さっき
アカデミック・レスポンシビリティというのはなんだ
もマスメディアでは確かに世論喚起をする。日本のマス
ろうというのがきちんとしているところはやっぱり前か
メディアは,先ほどの日米首脳会談の報道を一つ取って
ら厳しくカルチャーとして,若い人が入ってきたとして
みても権力側と癒着している場合が非常に多い。ですか
も古手の者が日常で教える。シニア教授の中には,自分
ら,審判の役を果すべきの正式の裁判システム,それか
は論文作成に貢献していないのに,共著として自分の名
ら,正式のシステムじゃないんだけれども,社会の木鐸
前を若手や大学院生に強要する者がいる。私は絶対しな
としての審判役を勤めるべきマスメディアの役割が日本
いんだけれども,しかし人によっては例えば学位論文を
の場合にはほとんどこのところ消えているとしかいえな
指導したというんであれば,フット・ノート(脚注)に
い。
書いてあればいい。教授によっては,このペーバー出そ
司会:霍見先生は大学の先生ですが,学生がいわゆる内
うじゃないかそして私が第二著者だと押しつける。これ
部告発すべきネタを見つけて,まだ大学には告発してい
はやっぱり一つの学問的不正だと,私の倫理観からすれ
ない場合,先生は告発されますか。告発者がいたときに
ばそう思ってます。
先生が組織の長だったら,どうされますか?
司会:ありがとうございました。それでは次に串岡さん
− 118 −
ワークショップ「企業倫理と人材育成」
に対する質問をしたいのですが。串岡さんは,司法,組
ヵ月後に,執行役員,重役になりました。やっぱり私の
織,マスコミについてはどのようにお考えですか。
言ったとおりなんですよ。
串岡:そうですね,僕は裁判を通じて会社というのがど
労働組合は全く機能しない。日本では,産業別組合,企
ういう弁護方針をとるのかという事の中に,今この中で
業内組合は全く機能しない。ですから,このために何か
言ったように全て否定するのではなくて,こちらが全て
いい手段があるかって言うのじゃなくてですね,日本の
証明しなきゃいかんと。証明できない部分は全て虚偽だ
中で自由を獲得してきた歴史がないことが決定的なんで
と,逆に僕の所にいって来るわけです。そういうことが
す。一人一人が本当に声をあげていくような,あるいは
十分可能な民事裁判の場合にはですね,最初はお金を取
勇気を持つようにとは言いませんが,ある程度の覚悟の
りたいんならここまで証明しなさいよというという形で
上でやっていく,そういう一国の気風を作っていくしか
やってくるわけです。裁判では今言われました通り,刑
ないじゃないかと。そういう意味で,私の場合は,一人
事的な責任を全く問うということはないという安心感が
であっても(会社にこれだけ)抵抗出来たんだと理解し
あるわけですね。ですから,刑事的な責任を取る必要が
て頂きたい。これだけの判決が出たことにより,一人の
あるないとかは別としてですね,そこは僕がいう通りに,
社員でも,会社はそう簡単に解雇できませんよというこ
これからも内部告発者にきびしい将来が待っているとい
とになる。これだけ会社は串岡に対して報復をしても,
うことになる。でそうなると,やはり一国の企業行動だ
会社は差別したわけではない,(昇格昇進がないのは)
けじゃないけれども,一国の気風が変わらなければいけ
あれは実力であったんだと,隔離したわけではないと言
ませんね。一国の気風とはどういうことかというと,例
い張っていました。マスコミは非常にトナミ運輸と私を
えば有給休暇を見ればわかります。日本では有給休暇は
話題にしました。ですから(会社が社員に不当な差別を
取れませんよね。ほとんど取らない。誰もが取りたいと
したならば)会社は社会から逆に批判されるということ
いう思いとは別に,実際は休暇は取れない,取らない。
を,トナミ運輸は非常に身に沁みたと思う。そういうこ
今度,私の裁判でも(有給休暇について)論争している。
とに多少私は貢献できた。やっぱりそういうことで少し
会社は,私が有給休暇を取ったことに文句を言っている。
ずつ変えていくしかないと思うわけです。
私が会社と調整しないで取ったとか,勝手に取ったとか
アメリカのことをちょっと申し上げますと,アメリカの
といってものすごく厳しく非難している。それが西洋と
場合には,これはやっぱり不正や違法は早い段階で刈り
か,アメリカなどではバカンスを二週間,三週間取るの
取っておかなければならないという考えがある。根本に
は当たり前です。有給休暇を取らない人が,有給休暇を
は,人間は組織の中で悪いことをするもんだ,という認
取る人の権利を侵しているという考えになっていない。
識があると思います。日本では企業は悪いことをしない
有給休暇に限らず,
多くの権利についていえることです。
もの,あるとしてでも例外的だという前提に立っている。
これが一国の企業風土であり,組織に対する考え方です。
ここに日米の根本的な違いがあるような気がいたしま
皆がこのような組織に従っているだけです。
す。ですからアメリカの通称サンシャイン法(日本の公
日本の企業の癌というのは,企業の中にいて自由に発
益通報者保護法にあたる内部告発者を守る法律)は,不
言しようとする気風がないことにあります。有給休暇と
正や違法を公にする,(市民に)明らかにしなければな
いう権利を取ろうと努力しないわけです。誰かが率先し
らない,ということを根本精神としている。日本の場合
て有給休暇を取っていると,非難の側に回わったりしま
はですね,公にしたら,明らかにしたら企業が潰れるん
す。そして誰かに言ってもらうことを待っているだけで
じゃないかという,そいうふうに企業の方ばかりを向い
す。また,企業の側,経営者の側に社員に自由な発言を
ている。国民の方を向いていない。それは今の一国の企
許すような包容力が全くない。そしてずっと今日,この
業風土,一国の風土が非常に大きく関係しているという
地点まできている。この点については労働組合も全く機
風に私は強く思うわけですね。アメリカの企業,アメリ
能していません。私の本,ホイッスルブローアーの中で,
カの社会をして,先ほどのことと関連しますけれどね,
労働組合の幹部は,特に書記長・委員長を辞した後,経
いろんな社会に一人一人は,5,6団体に参加している。
営者になっている実態を捉え,「労働組合は重役の養成
何かを解決しようと思ったらすぐ団体を作るんだという
所」と言っています。会社はそんな慣行はないと言って
ことをフランスの歴史家トクビヴィルはですねよく語っ
いましたが,事実が真実を物語っている。私と同期入社
ている訳ですね。アメリカの社会は何かこう改善しよう
の一人が昨年まで労働組合の委員長でした。昨年(2005
と思ったら一つの団体を作る。そしてそうやりましょう
年)の9月か,10月に辞めましてね,今年の4月に部長に
と。企業の不正を正しましょう,そういう人を支援する。
なった。今年(2006年)の6月に,部長になってから2
今も非政府組織(NGO),非営利団体(NPO)とかいろ
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ワークショップ
経営行動科学第20巻第 1 号
いろ出てきますよ。そういう風な団体を結成して,いく
本全国からきて,一年に一回だけ二泊三日で合宿しなが
つもの団体に関わっている。日本の場合には企業の中と,
らわいわいトークをするというような,そういうフリー
企業の人間と付き合い,企業の人間と飲み,いつもそこ
な市民の場で知り合いになりました。それで,何年間に
で群れているんです。村社会があるんですけれども。だ
渡って顔見知りで少しずつお話をする中で,こういう形
からいろんな社会と接点を持つ,僕の場合には幸い消費
で知遇を得たんですけれども,串岡さんという人が日本
者団体とかそんな人たちの立場が分かると。そういう接
の風土に現れたかということを考えますと,個人として
点が全然ない社会になってしまっているということが僕
やはり声を発することができたということで,まず自分
は大きな問題だと思います。
ってのは,社会と自分ってのをどう認識するかというそ
霍見:星野教授は,さっき,私がブッシュを精神病的と
の枠組みを知っているからこそ公益を犯さないようにど
評したのは行き過ぎだとの事でした。社会病質的とい
うすればよいのかという措置がきちんとできているのだ
うのは私の造語ではなくて,いわゆるソシオパセイック
と思います,そういう自覚もちゃんとある,日本の場合
(sociopathic),良心の呵責のない人間です。ブッシュの
には親分についていればまあなんとか自分も何か益に預
場合は私はむしろ八分ほどに控えめに言ってる。ウソで
かれるだろうといったぼんやりとした認識なので,あま
固めたイラク占領はじめ社会病質的な行動は沢山ある。
り自分たちが結果的に公益に反することをしているとい
それから民主主義ですけども,民主主義の政治条件は
う自覚がない。
司法の独立に加えて,行政や政治からの1人1票の価値を
霍見:そのアメリカは,ブルーのアメリカなんです。明
等しくて,選挙の不正を排除する。アメリカの場合には
治学院を作った,米人宣教師や明治日本の文明開化を助
ブッシュが2000年と2004年の大統領選挙で勝ったのはそ
けた米人の出身地は全部ブルーの州。しかもこのキリス
ういう政治投票と条件を敢えて潰したからです。
ト新教の人で,ユダヤ・プロテスタントの人達です。南
それから経済条件があるわけです。民主主義の経済条
部のいわゆるキリスト教原理主義者は全てプロテスタン
件は資本主義が情実・談合型となって市場の暴力化する
トなんだけど全く違う。自分の私利追及。しかもレッド
のを許さないためのものです。例えば,独禁法。市場競
のカルチャーですから公権力の乱用や汚職大賛成。今,
争のルールを透明にして社会的公正の基準をはっきりす
ブッシュ政権も汚職まみれです。原油と軍事基地を求め
る。それからGDPや国富の分配もいわゆる中産階級の
てイラクへの侵攻の為に米国民を騙すのも平気です。
育成を目指す。ジニ係数でいうと大体 0.3から0.4くらい
質問者A:レッドネック?
の間に止めておくような所得再分配構造とか雇用維持
霍見:そう,レッドネック,レッドネックカルチャー,
政策。そしてアメリカの場合にはブッシュ政権下でもう
しかし,今,ブルーの人々の巻き返しが始まっている。
0.4は超えて0.5近くなった。いわゆる米国のラテンアメ
質問者A:南北戦争以来ですか?
リカ化現象と僕は呼んでいます。しかも,米国のラテン
霍見:そう,南北戦争以来。だからブッシュが大統領に
化を意図的に進めるために,市場原理主義の偽せ学理に
なったというのは,南部グループ,心情は南部グループ
もとづいた大企業と富裕層優先の経済政策,社会政策,
による北軍へのリベンジなんです。
金融政策,通商政策が行われている。日本にとって,国
質問者A:プランテンション経営による。
際株式交換は,金融政策としてはプラスと星野教授はお
霍見:全くそういう経緯がある。白人至上主義であり,
っしゃったが,金融政策の目的は国際資金の流れを高め
公権力の乱用と公私混同。今,日本で日銀総裁の福井さ
る事ではない。金融政策の目的はやはりどういう民主社
んと村上ファンドの癒着の問題が出てるけど,資産公開
会にするかで,米国のラテン化や日本の格差社会化は民
もそういう要職についたらしなきゃダメなんだけど,そ
主主義の破壊となります。国際株式交換制はブッシュが
れをおそろかにしているのがブッシュ。
日本に押しつけたもので,日本企業を買い叩き易する為
質問者A:ただ,よくアメリカのグローバリゼーション
のものです。三つ目が民主主義の社会的条件で,政教分
ていいますよね。グローバリゼーションを推進したのも
離,言論の自由,基本的人権,差別廃止などがある。
ブッシュ。
質問者A:はい。私は,日本思想史っていうのをやって
霍見:グローバリゼーションの内容を聞かなきゃダメで
いた。今日のテーマというのは企業倫理と人格形成です
す。大金持ちでエクウィティファンドとかいろいろあっ
ね,それでどうして串岡さんと知り合いになったのかな
て,米国内外の企業を買収解体している。カーライトグ
と思いましたら,串岡さんが今おっしゃったように,今
ループとかいろんなエクウィティファンドに代表される
自分の属している集団ではなくて,いろんなオープンな
ように,社会的責任感の無いレッドグループです。
社会と接点を持つ,そういう場で一年に一回,本当に日
質問者A:そこら辺がちょっと混乱しちゃって,グロー
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ワークショップ「企業倫理と人材育成」
バリゼーションの定義が。
ッショナルが応募して来ますが彼等の評価ができない。
霍見:例えばブッシュ政権のチェイニー副大統領。副大
日本からきたマネージャーはプロ意識と抜擢感覚で人を
統領という現職のままリバートンという石油と軍事会社
見ず,米人の帰属性だとか忠誠心だとかに目くじらを立
から給料をまだもらいつづける,これは副大統領弾劾に
てる。
なってしかるべきなんだけど,共和党が上下院を牛耳っ
質問者A:日本は集団とか組織に帰属するということが
ているので弾劾裁判にならない。
目的であって,だから内部告発っていう言葉もおかしい
現職の副大統領が自分がそれまで勤めていた企業のい
なって思うのは内部って言い方ってことは自分がその組
ろんな利益を図ることは,もちろんのこと,イラク占領
織の中にいる内部であるという見方ですよね。つまり自
運営の民営化という名前の元での下請けでものすごくぼ
分がそこに帰属している一部である。その発想があるか
ろ儲けしている。
ら内部告発っていうんだと思うんですよ。振り返ってそ
質問者A:情実ですか?
んな発想ないですか?
霍見:ええ,情実談合型社会です。
質問者B:あの,今日人材育成という問題がいくつも出
司会:先程,愛媛県警の人のお話がありましたが,ビジ
てきたんですが,良く分からないんですが,アメリカで
ネス倫理の形成における報道の役割についてはどのよう
はビジネススクールでも人材育成というさっき言われた
にお考えですか。
ような科目があり,こちらではどうなのかという問題も
霍見:愛媛県警の問題を報じたのは愛媛新聞と朝日新聞
あります。そういうことをやっててもエンロンとかあり
だけなんです。他の中央紙の愛媛支局は知ってても問題
ますよね。アメリカの優秀な企業でもそういう身にしみ
にしない。新聞の役割は大切なんです。日本で今言われ
て感じる教育をしない限り,ああそうですかで終わるよ
ている企業倫理はつまり,法令遵守。そんなのあたりま
うな気がするんですがこの点どんな教育で。
えだけどあたりまえのことができてない。それから法令
霍見:しかし,ビジネススクールというのは大学院なわ
になってなければ違法じゃないからって,じゃあ新しい
けです。この時点ではほとんど人間が出来上がっている
法令を作る必要がある。ビジネス倫理と僕が言っている
わけです。ブッシュの例のように。
のは,その上のことなんです。違法かどうかという基準
質問者B:先生の教えでもどうしようもない
よりも,自分の生き様として反社会的な事は行なわない。
霍見:僕は関係ないけど,ビジネススクールでやってる
アダム・スミスが言っているのは,そういうことなんで
のはやっぱりその法令遵守,コンプライアンスです。そ
す。法令遵守をいくら積み重ねていったってビジネス倫
のためにはこれまでの授業でも例えば独禁法の問題等々
理という哲学的なものにはなりにくい。
を企業のルールとして教えるわけですが,いかんせん「貪
質問者A:もう一ついいいですか。私も大学で見てると
欲は美徳なり」という市場原理主義のカルチャーがこ
大学でても,最近の若い人は就職しないんですね。企業
れまで25年ほどビジネススクール,それから経済学部か
へ入らない,人がだんだん増えてきた。それから社会問
ら法科大学院なんかのグループをせっけんして来ていま
題でいわれていますようなフリーターといわれています
す。企業の目的は1株あたりの利益をどんどん増やして
が,よく考えてみたら,アメリカの人たちも有る意味で
いくことにつきると教える。株価極大のためにアナリス
はフリーターみたいなもんで,会社と契約してその期間
トをだますことなんて簡単です。認められている会計基
働いているということですから,いってみれば日本の人
準等々のやり方でやれば,短期の株価を上げるように合
たちが幸か不幸か若い人たちがフリーターという立場で
法的な決算操作が行なわれる。ビジネススクールではこ
契約においてその会社とかかわっているんだという意識
のテクニックをよく教えるわけです。そうするとテクニ
を育ちつつあると思うんです。それで,割に個人として
ックを教えられた人間は小さい頃から「貪欲よ美徳なり」
彼らはフリーランスとして自分の人生を決定しながらこ
なんていうので育って来ている。そういうのが例えばエ
れから生きていくわけですから,こういったフリーター
ンロンなんて会社に入っていく。
であるとかニートといわれる人たちがある意味ポテンシ
アメリカの場合には企業による差別がいかんと今では
ャルじゃないかなと思うんです。
されている。最近起こっているのが性差別,人種差別も
霍見:やはり日本では未だ就職ではなくて,就社なんで
もちろんいかん。年齢差別もいかん,年齢を理由に辞め
す。やっとこのごろ転職では,就職といいますね。取る
させたらいかん。定年が無い。これらは闘争の歴史があ
ほうも何がやりたいんだということもやっと聞き始めた
るわけです。最近起こってるのはゲイ差別(同性愛者)
訳です。これはアメリカで日本企業から派遣されてきた
はいかんと。ゲイの人たちからすると最後に残っている
マネージャーが一番面食らうわけです。色々なプロフェ
マイノリティだということでは有る意味あたっているわ
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ワークショップ
経営行動科学第20巻第 1 号
けです。レッドステイトに行くとまたそのゲイとか労働
霍見:家風とか社会というサブ・カルチャーです。
組合を冒涜する構造があるから,彼らは非常に差別され
質問者A:ブルーアメリカでも問題があるっていうのは
る。そういうところの企業では嫌がらせ,ハラスメント
やはり社会的な前列を追求するために工程化であるとい
があったとしても,かなり泣き寝入りの場合が多い。ブ
うかシステムですよね。そうしますと非常に頭の働く人
ルーステイトでは同性結婚も当然じゃないか,人間の権
たちは今度は法の網をくぐり抜けて,法にさえ触れなけ
利としてという時代まできてる。ところがブッシュはレ
れば何でもできるということが今起きてるんですね。で
ッドステイトの人間を囲い込むためには,同性結婚は憲
すからやはり教育といいますか,カルチャーの中で人格
法違反だなんていって,憲法改正してまで反対するなん
がといいますかね,自分というか,人格が形成されると
てことを言っている。さすがに,上院議院でやっと憲法
いうのをカルチャーだと。企業に関していえば企業風土
改正の規定はつぶされたという時代です。
って言葉がありますけれど,企業カルチャー,どういう
経済学や経営学で教えてる倫理は既存の法令遵守なんで
人を人としてみるかという,やはりものすごく基本的な
す。学生の中には市民の価値観を身につけている者も居
元に戻る話で,さっきおっしゃったジワーと感じるとい
る。連帯意識や社会奉仕。「人間はパンのみに生きるに
うのは例えば串岡さんであるとかそういう人が周りにい
あらず」という感覚を誰れが身に付けているかを見ると,
るだけで,あ,こういう生き方ができるんだということ
やっぱり育ちです。家庭だとか,コミュニティだとか宗
で,周りにいる子供たちや家族をやはりジワーッと,自
教グループで身につけている。「子供は大人の背中見て
分の中で内面化できると思う。たぶん,だからそういう
育つ」というのは確かです。
非常に具体的な現実の生活の中でどうあるかということ
ブッシュなんてのは誰に責任があるんだと考えると,
がカルチャーだということ,それが結局は企業風土につ
やっぱり育ちです。母親が悪いわけです。社会病質的な
ながっていると思う。
母親のエピソードは沢山あります。2005年の8月末にカ
質問者C:1つだけ質問いいですか。先生はアメリカの
トリーナハリケーン暴風がニューオリンズを水浸しにし
将来を現地で楽観的に考えていらっしゃるのか悲観的に
た。ブッシュは何もしなかった。それというのは逃げれ
考えていらっしゃるのか。
なかった被害者はほとんど黒人なんです。白人でも最下
霍見:楽観的に考えています。というのはやはり司馬遼
層の人たち。ブッシュは全然痛み感じなかったら,救助
太郎さんが指摘している米国の自浄力に期待していま
しなかった。さすがに政治問題になると,逃げろといっ
す。やっぱり政治なんです。民主的な政治が曲がりなり
たのに逃げなかったのが悪い,なんてことを言うわけで
にも未だ機能しています。ですからブッシュは 100年前
す。冗談じゃない。逃げるための車もなければ場所もな
の米国に戻そうとしているけれども,これに危機感を持
い。どこに行ったらいいのかわからない。しょうがない
った国民の反対もどんどん起きているわけです。国民の
からそういう人たちをどっかに避難させなければならな
一人一人が,こういう,よこしまなことを許したらいつ
かった。それで例えばテキサスのヒューストンのアスト
かは俺がやられると危機感を持つ。何も奇麗事でやって
ロドームという大きな日本の後楽園ドーム球場のような
いるんではなくて,アメリカの民主社会に合わない例外
ところに収容したんです。そういうところしか大きなと
を許したら,いつかは俺にかかってくるかもしれないと
ころありませんから。そしてテレビのPR用にブッシュ
の自衛本能です。そして一人では戦えないから市民連帯
のおふくろさんを慰問に行かせた。そういうジェスチャ
の輪を広げて民主的なゆり戻しの為に野党による政権交
ーをやるわけです。そうしたらお袋さんの地が出ちゃっ
代を達成させる。これが,民主社会の市民社会のいいと
て,そこにいたのはほとんど黒い人ばっかり。そうした
ころです。
ら,
「ニューオーリンズの生活よりここのがよっぽどい
ブッシュが一生懸命,憲法改正してまでもその同性愛
いでしょ」と言った。あの人の感覚というのはそういう
反対なんていっても,それはさすがにつぶされる。し
ものなのです。これを受け継いだのがブッシュです。ブ
かもそういうことをやったブッシュだけじゃなくていわ
ッシュ親子の社会病質と無能さと傲慢さがついに隠し切
ゆる共和党グループ,共和党議員なんてのは2006年の中
れなくなり,カトリーナ暴風雨以降は,それまでブッシ
間選挙で落とせなんてことになってくるわけです。アメ
ュにおもねていた保守系のメディアも,もう弁護の余地
リカ人は一般市民感覚でいうと,憲法に対して非常に親
なしとして,ブッシュの内外政策の破綻を批判し始めた。
しみを持っている。というのは憲法が自分を守ってくれ
質問者A:先生がおっしゃるのはカルチャーですか。
ると信じている。日本の場合そういうことはない。国民
霍見:はい,カルチャーです。
のほとんどが憲法と自分の暮しは関係ないという憲法感
質問者A:さっきおっしゃった。
覚。最高裁は憲法の番人じゃありません。ですからアメ
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ワークショップ「企業倫理と人材育成」
リカの政治には楽観的ですか悲観的ですかというと楽観
的です。ただし,私は楽観主義者なんですけれども,何
が問題かというのをまず厳しく見つめないと,ここをど
う直せば直せるというのがわかりません。こんな気が遠
くなるような難問もここをどう直せば直せると信じるか
ら僕は楽観主義者です。そしてその為に一生懸命戦って
いると,やっぱり助けてくれる人は多いですよ。
僕なんかも最初のうちは一人,ブッシュのやり方けし
からんと書いたり,話したりして,ブッシュ一派からの
個人攻撃の的にされていた。1980年代の日米摩擦で,米
国人が日本バッシングなんてやってるときは孤軍奮闘と
いわれてましたが,あれ,あいつあんなに必死にやって
論理的に話しを聞いてみると意外に筋が通っとるわいと
いうところでサポーターがどんどん出て来た。サポータ
ーの掘り起し方ですが,一市民に何ができるのか。まず
いろんなことを書いたりしますね。これを自分のレベル
でどんどん広める。インターネットを使い,また自分で
コピーをしたりして仲間に配る。これに賛同した人がま
た広げてくれる。日本ではこれが機能しないんです。ア
メリカのためになるはずなことを指摘すると,自分で読
んでみて確かにいそうだと思った人間がどんどん広げて
くれる。新聞もメディアも。トピックにも使うし,教師
は教材にも使い出す。これが日本にはありません。残念
ながら日本の主要メディアは,今では与党と官僚のヨイ
ショで,悪政けん制の起爆剤になることをなかなかやっ
てくれない。それで,みなさんにちょっと。
『週間金曜日』
という週刊論壇誌をおすすめしたい。米国の『ザ・ネー
ション』(The Nation)みたいな政治・経済・社会の木
鐸です。私も時々寄稿します。日本を知るのにも,世界
を知るのに役立ちます。
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