第一審判決後の事実実験公正証書により被告製品の構成を認定し

生田哲郎◎弁護士・弁理士/森本晋◎弁護士
第一審判決後の事実実験公正証書により被告製品の構成を認定し、
特許権非侵害とした第一審判決を取り消した事例
[知財高裁 平成23年6月23日判決 平成22年
(ネ)
第10089号]
原審:東京地裁 平成22年11月25日判決 平成21年
(ワ)
第1201号
1.事案の概要
(1)はじめに
本件は、被告製品が特許発明の構成要件を充足しな
いとして特許権者の請求を棄却した第一審判決後に、
にシート状の外皮材を供給し、
1B:シャッタ片を閉じる方向に動作させてその開口
面積を縮小して外皮材が所定位置に収まるよう
に位置調整し、
原告が被告製品を入手し、事実実験公正証書を作成し
1C:押し込み部材とともに押え部材を下降させて押
て、控訴審において証拠提出し、控訴審裁判所がこれ
え部材を外皮材の縁部に押し付けて外皮材を受
に基づいて被告製品の構成を認定し、第一審の特許権
け部材上に保持し、
者敗訴の判決を取り消した、という珍しい事例です。
(2)本件特許権
原告(控訴人)は、パン生地、まんじゅう生地等の
外皮材によって餡、調理した肉・野菜等の内材を確実
に包み込み成形することができる、食品の包み込み成
形方法および装置についての特許権を有しています
(特許第4210779号)
。
原告は、食品製造加工装置である被告装置1ないし
3を被告(被控訴人)が製造・販売等する行為は、本
1D:押し込み部材をさらに下降させることにより受
け部材の開口部に進入させて外皮材の中央部分
を開口部に押し込み外皮材を椀状に形成すると
ともに外皮材を支持部材で支持し、
1E:押し込み部材を通して内材を供給して外皮材に
内材を配置し、
1F:外皮材を支持部材で支持した状態でシャッタを
閉じ動作させることにより外皮材の周縁部を内
材を包むように集めて封着し、
件特許権を侵害または間接侵害(特許法101条4号)
1G:支持部材を下降させて成形品を搬送すること
するものであるとし、被告に対して差し止めおよび損
1H:を特徴とする食品の包み込み成形方法。
害賠償を請求しました。
(3)本件発明1
本件特許の明細書の特許請求の範囲の請求項1に記
(4)争点と第一審判決の判断
本件では、被告装置1の動作[被告の主張にかかる
被告装置1の動作(抜粋)について次ページの図参照]
載の発明(本件発明1)を、構成要件に分説すると次
について、構成要件1Bないし1Eの充足性が争点と
のとおりです[本件特許は、方法の発明(請求項1:
なりました。
本件発明1)と装置の発明(請求項2:本件発明2)
からなりますが、両者は実質的に同一内容の発明のた
め、本件発明1についてのみ解説します]。
1A:受け部材の上方に配設した複数のシャッタ片か
らなるシャッタを開口させた状態で受け部材上
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第一審判決は、「押し込み部材」について、「同部材
によって、外皮材を成形品の高さと同程度の深さに
『椀』形の形状に形成し、同部材によって形成された
椀状の部分の中に内材が吐出されるものを意味する」
と解されるところ、被告装置を用いた食品の包み込み
生地の位置調整工程および窪み成形工程(第5図)
5A図(シャッタ平面図)5B図(主要部正面図)
・シャッタ片8を閉じる方向に揺動させてその開口面積を縮小し、その際揺
動するシャッタ片8を生地Fの周縁部に当てて押圧し、開口部7Aとほぼ同
心状態となる所定位置に生地Fを位置調整する。
・また、シャッタ片8で生地Fの周縁部を押圧することにより生地Fの中央部
を生地Fの自重によって載置部材7の開口部7Aから少し下方に窪ませる。
・生地Fの中央部に生じた窪みの底部は支持コンベヤ10に支持される。
生地の押え工程(第6図)
6A図(シャッタ平面図)6B図(主要部正面図)
・生 地押え部材5のみを下降させて生地押え部材5を生地Fの縁部に押し付
け、載置部材7上に生地Fを保持する。
ノズル部材下降工程(第7図)
7A図(シャッタ平面図)7B図(主要部正面図)
・ノズル部材4を下降させてノズル部材4の下端部を生地押え部材5の下面
より突出させ、生地Fの窪みに当接させ、その位置で停止させる。
・弁部材4Bをノズル部材4内で上昇させノズル部材4の吐出口4Dを開く。
生地の椀状成形工程(内材の供給工程)(第8図)
8A図(シャッタ平面図)8B図(主要部正面図)
・ノズル部材4から生地Fに内材を供給し、内材Gの吐出圧により生地Fを膨
張させて椀状(袋状)に成形するとともに、支持コンベヤ10が生地F中央部
の底部を支持しながら徐々に下降し、所要位置で下降を停止する。
成形方法(被告方法)においては、
「ノズル部材」が「同
触させ、外皮材を下端部の形状に沿う形にわずかに窪
部材の下端部を外皮材の中央部分に形成された窪みに
ませる程度の状態で停止するものではなく、受け部材
当接させる状態で停止し、又は、せいぜい、同部材の
の開口部に一定程度の深さで進入することにより外皮
下端部を外皮材に接触させ、外皮材を同部材の下端部
材を椀状に形成することを想定しているものというべ
の形状に沿う形にわずかに窪ませる程度の状態で停止
きである」としました。
するもの」にすぎないので、被告方法は本件発明1の
また、
「
『椀状』の程度については、特許請求の範囲
「押し込み部材」を充足しないなどとして、原告の請
に何らの限定もなく、特許技術用語としても、浅いか
求を棄却しました。
深いかを問わずに『椀状』という用語を用いている例
原告は、被告装置1を入手のうえ、その構成を確認
があることに照らすと、原判決が認定するように『成
して「ノズル部材」の昇降位置を調整し、内材を生地
形品の高さと同程度の深さ』というほど深いものであ
により包み込んで封着する事実実験を公証人に嘱託し
る必要はなく、その後内材の配置及び封着ができるも
て実施し、その結果を記載した事実実験公正証書を控
のであれば足り、
浅いか深いかを問わない」
としました。
訴審において証拠提出しました。
(2)被告装置の構成の認定、構成要件充足性
裁判所は、原告(控訴人)が控訴審で提出した事実
2.裁判所の判断
(1)構成要件の文言解釈
実験公正証書に基づいて、被告装置1では、「ノズル
部材の下端部を生地に接触させ、生地をノズル部材の
裁判所は「本件発明1の作用効果に照らすと、本件
下端部の形状に沿う形に窪ませる程度に使用される
発明1における『押し込み部材』とは、その下端部を
が、ノズル部材を下降させることにより、その下端を
外皮材の中央部分に形成された窪みに当接させる状態
載置部材の開口部に、下面から深さ7ないし15㎜の位
で停止し、又は、せいぜい、その下端部を外皮材に接
置まで進入させることができ、これにより、生地の中
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央部を押し込み、生地にノズル部材の先端形状に沿っ
た窪みを形成するとともに、生地を載置部材で支持す
4.考察
(1)第一審判決について
るように使用することができる。そして、浅いか深い
第一審判決は、
「押し込み部材」
「椀状」というクレー
かを問わずに構成要件1Dの『椀状』ということがで
ム文言を重視して本件発明1の技術的範囲を限定的に
きることに照らすと、被告方法1において、ノズル部
解釈しました。
材の下端を載置部材の開口部に、下面から深さ7ない
しかし、控訴審判決も指摘しているとおり、被告主
し15㎜の位置まで進入させることにより、生地の中
張の構成を前提としても7B図の形状を浅い椀状とみ
央部に形成した窪みも、『椀状』ということができる」
ることも可能であり、第一審判決の解釈はやや特許権
と認定し、被告装置1を用いた食品の包み込み成形方
者に厳しすぎるようにも思われます。控訴審判決が特
法は構成要件1Dを充足すると判断しました。
許権者の請求を一部認容したのは結論において正当で
(3)時機に遅れた攻撃防御方法の却下の主張に対して
あると考えます。
被告(被控訴人)は、原告(控訴人)による控訴審
なお、本件は、「押し込み部材」「椀状」といったク
での事実実験公正証書の証拠提出が時機に遅れた攻撃
レーム文言についてより限定的に解釈されるおそれの
防御方法の提出であり、却下されるべきであると主張
少ないクレーム文言とすることもできた事案であった
しました。しかし裁判所は、本件事実実験公正証書は
と思います。
「被告装置1を入手して行った事実実験公正証書であ
(2)時機に遅れた攻撃防御方法の却下の主張について
り、従前の控訴人の主張を裏付ける証拠として提出さ
被告(被控訴人)は、原告(控訴人)が控訴審にお
れたものであり、しかも控訴審の当初に被控訴人の反
いて提出した被告装置にかかる事実実験公正証書が時
論反証が可能な時期に提出されたものであって、時機
機に遅れた攻撃防御方法であり、却下されるべきもの
に遅れたということはできない」として、被告(被控
(民訴法157条1項)であると主張しましたが、裁判
訴人)の主張を認めませんでした。
(4)判決の結論
裁判所は、被告装置1は本件発明1の構成要件をす
べて充足し、本件発明1の方法の使用にのみ用いられ
所は認めませんでした。
本件で、事実実験公正証書の証拠提出が訴訟の完結
を遅延させることになるとはいえないと考えられます
から、裁判所の判断は妥当と考えます。
る物であるとして、被告(被控訴人)が被告装置1を
なお、特許権侵害訴訟においては時期に遅れた攻撃
製造・販売等する行為は、本件発明1にかかる特許権
防御方法の却下の主張がしばしばなされますが、認め
の間接侵害であるとしました。被告装置3についても
られたケースはほとんどありません。もっとも、皆無
同様に本件発明1にかかる特許権の間接侵害であると
ではなく、無効の抗弁に対する訂正の主張を時機に遅
しました。
れた攻撃防御方法として却下した事例(東京地判平成
また、被告装置2については、被告装置2を用いる
方法は本件発明1の方法と均等であり、本件発明1の
22年1月22日判時2080号105頁)もあるため、注意が
必要です。
技術的範囲に属するとして、本件発明1にかかる特許
権の間接侵害であるとしました。
さらに、裁判所は、本件発明2にかかる特許権侵害
も認めました。
結論として裁判所は、差し止め・廃棄の請求を認容
いくた てつお
1972年東京工業大学大学院修士課程修了。技術者としてメーカー
に入社。82年弁護士・弁理士登録後、もっぱら、国内外の侵害訴
訟、ライセンス契約、特許・商標出願等の知財実務に従事。この間、
米国の法律事務所に勤務し、独国マックス・プランク特許法研究
所に在籍。
し、損害賠償請求を一部認容(1766万円余。請求額
もりもと しん
は3600万円)しました(上告)。
東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録。生田名越高橋法律特
許事務所にて、知的財産権侵害訴訟、技術法務案件等に従事。日
本弁理士会特定侵害訴訟代理業務能力担保研修講師。
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