す」 アメリカ・ホームステイ日記 なんと運が悪いのでしょう。まず、ホストマザーが空港に迎 えに来てくれませんでした。それに携帯電話が使えませんでし グレゴリー・ストロング 著 た。さらに電車が動いていなかったのです。 「アメリカは初めてですか」と男性は聞きました。 舞はどぎまぎしました。ほとんど泣きそうでした。 JFK空港 男性は彼女のわきのいすに腰を下ろしました。そして彼女の 小島舞は1週間のホームステイをするためJFK空港に到着し ました。彼女は 19 歳で、1人で旅行するのは初めてでした。と ころがホストマザーがどこにも見当たりません。彼女が乗った 飛行機は定刻に到着しました。ホストマザーは舞が乗る便のこ とを知っていましたが、迎えに来ていませんでした。 手に触れました。 「心配しなくてだいじょうぶですよ」と彼は言いました。 「ど ちらまで行くのですか」 この人は体を寄せすぎだと舞は思いました。彼女は少し体を ずらしました。「ブルックリンまで行くところです」 飛行機から乗客が降りてくるのをたくさんの出迎えの人たち 「ブルックリン?」男性はにっこりしました。「偶然ですね。 が待っている様子を、舞は不安げに見ていました。その人たち 私はブルックリンに住んでいるのですよ。だからこれから車で はさまざまな顔つきをしていました。1人の背の高い男性が目 お送りできます。車は空港の駐車場に置いてあります」 に入りました。おそらく 20 歳か 21 歳でしょう。髪は明るい黄 「助けてもらえますか」と舞は聞きました。 色でした。たぶん彼の一家はスウェーデンかドイツの出なので 彼は手を伸ばしてまた舞の手に触れました。「喜んで。ただ、 しょう。赤毛の女性も目に入りました。たぶんアイルランド系 お金をいくらかいただくことになります。空港の駐車料金は高 です。背が低く、肩幅が広くて黒い直毛の屈強そうな男性が、 いものですから」 彼女の前を通り過ぎました。この人は中央アメリカの出身です。 舞の周りには世界じゅうのほとんどあらゆる国々から来た人た ちがいました。ところがホストマザーは全然見当たりません。 舞は急にとても心配になりました。どうすればいいのでしょ う。ホストファミリーの住所はわかっていますし、電話番号も 舞は首を振りました。 「アメリカのお金はあまり持っていない んです」 彼は部屋の向こう側を指し示しました。 「あそこに銀行の両替 機があります。両替してきてください。ここで待っていますか ら」 わかっていました。それで彼女はすぐに携帯電話でその番号に 舞は両替機を見ました。そして立ち上がりました。 かけてみました。携帯電話は作動しませんでした。その時、彼 「だいじょうぶですよ。スーツケースの番をしていますから」 女は思い出しました。彼女の携帯電話はアメリカでは使えない のです。さあ、どうしましょう。 と男性は言いました。 彼女はスーツケースに手を伸ばしました。 「お手数をおかけし 舞は窓の外を見ました。暗くなっていました。 たくないので、自分で持っていきます」 いすがあったので、彼女は座って考えました。同じ飛行機に 突然誰かが舞の名前を呼びました。赤と黄色の花柄の白いワ 乗っていた人たちはほとんど行ってしまいました。ホストファ ンピースを着た黒髪の大柄な女性が目に入りました。その女性 ミリーの家まで自力で行けるでしょうか。彼女はニューヨーク は駆け寄ってきました。 のガイドブックを持っていましたが、それには電車や地下鉄の 「小島舞さんね。私はカーラ・ゴッティ。あなたのホストマ 駅が 468、路線が 28 あると書いてありました。ニューヨークに ザーよ。遅れちゃってごめんなさい。渋滞していたものだから」 は巨大な地下鉄網がありました。彼女は空港から出る路線を見 ホストマザーにはエレナという小さな女の子がいるのを舞は つけました。 思い出しました。確かに彼女のわきに小さな女の子が立ってい ちょうどその時、灰色のビジネスジャケットを着た背の高い ました。この子は4歳ぐらいだと舞は思いました。ホストマザ 浅黒い肌の男性がやって来ました。 「あのう、電車を利用するの ーのカーラは 30 歳ぐらいでした。カーラは優しそうな顔をして ですか」 いました。舞の母親のようなかわいい顔ではありませんが、カ 舞はびっくりしました。彼は話を続けました。 「あいにく電車 は故障しています」 「初めまして、ゴッティさん」と舞は言いました。 「故障?」と舞は聞きました。 ホストマザーは太い腕で舞の肩を抱きました。 「カーラと呼ん 「そうなんです」と男性は言いました。 「復旧は明日になりま アメリカ・ホームステイ日記 Homestay in the USA ーラは優しい笑顔をしていてとても人懐こそうでした。 1 でね」 ホストマザーが抱きついてきたので舞はびっくりしましたが、 会えてとても幸せでした。 いました。すばらしい歌でした。舞は歌詞が少しだけ聞き取れ ました。 今となっては男性にブルックリンまで送ってもらう必要はあ りません。あのビジネスジャケットの男性にそう言おうと男性 を探しましたが、いませんでした。とても奇妙でした。 「ニューヨークを歌った歌がたくさんあるのはどうしてです か、ゴッティさん」と彼女はたずねました。 「カーラと呼んで」カーラはラジオのボリュームを少し上げ カーラは舞に手を貸して、スーツケースを車にのせました。 ました。 「フランク・シナトラの歌よ。ニューヨークを歌った歌 カーラと舞は前の座席に座りました。カーラはエレナを後部座 はたくさんあるわ。みんな一度はニューヨークに行ってみたい 席のチャイルドシートに乗せました。カーラはブルックリンに と思うのね」 向けて車を発進しました。 ニューヨークに本当に来たことを思うと、舞はまたわくわく ホストマザーは舞に機内のことをたずねました。舞はカーラ してきました。彼女は車の窓越しに明るい街の明かりを見まし に、空港にいたビジネスジャケットの男性のことを話しました。 た。街の中心部に近づくにつれて、建物はどんどん高くなって カーラは急に心配になりました。 いきました。それから車は大通りからわき道に入りました。し 「その人の車に乗らなくてよかったわ。空港でよくある手口 なのよ。近寄ってきて、電車は動いていないと言うの。あるい はバスの便はないと言うのよ。でもそれは大うそ。それでダウ ンタウンまで行きたいか聞いてきて、お金を払えば車で送って あげると言うの。大金よ」 ばらく進むと、車は白い小さな家の前で止まりました。正面に は芝生があり、垣根で囲われていました。 「さあ、着いたわ」カーラは舞にかぎを渡しました。 「スーツ ケースを家に運んでね。私はエレナを連れていくから」 エレナは眠っていました。カーラはエレナを抱いて家に入り 「それでどうなるのですか」と舞は驚いて聞きました。 ました。 「運賃として 80 ドルか 90 ドル要求してくるのよ。もしかし たらもっと多くかも。電車ならたったの7ドル 50 セントなのに」 舞はひどく動揺しました。 「日本ではそんなことはあり得ない です」 舞はスーツケースを持って家に入りました。 舞は家に足を踏み入れると、靴を脱ごうとしました。 カーラは首を振りました。 「だいじょうぶ。靴ははいたままで いいのよ」 「たぶんそうね」とカーラは言いました。 「でも、日本でなら 知らない人の車に乗って空港から家まで送ってもらったりする かしら」 舞はびっくりしました。靴がとても汚れていたのですが、靴 をはいたまま居間に入りました。これがアメリカ式でした。 カーラは舞にサンドイッチを作ってくれました。それからカ 舞は首を振りました。 「絶対そんなことはしません。確かに私 は間違っていました」 ーラはエレナを寝かせ、舞に部屋を見せました。大きな窓がつ いた広くてかわいらしい部屋でした。壁は明るい黄色に塗って 「別の日本人の女の子がうちにホームステイしたことがある の」とカーラは言いました。 「とてもいい子だったわ。あなたみ たいに。その子はダウンタウンの旅行案内所に行ったの。それ でカウンターへ呼ばれたのだけれど、かばんをいすに置いたま まだったのよ―」 ありました。ベッドもとても大きいものでした。 「あのう、カーラ。バスルームを使っていいですか」と舞は 聞きました。 ホストマザーは廊下にあるトイレを指さしました。 「トイレは あそこよ。いちいち聞かなくてもだいじょうぶよ。ホームステ 「かばんを盗まれたのですか」と舞は聞きました。 イの間、私の家はあなたの家なのよ」 「そのとおり」とカーラは言いました。 「あのう、おふろに入りたいのですけれど」と舞は言いまし 「パスポートもなくなったのですか」 た。 カーラは話を続けました。 「かばんにはパスポートもさいふも 入れてなかったわ。でも iPad を盗まれたのよ」 「すぐ先にあるわ」とカーラは言いました。 舞はスーツケースを開けてパジャマを取り出しました。そし 「ニューヨークはとても危ないところだわ」と舞は思いまし てパジャマを着ました。靴はどうすればいいのかよくわかりま た。 「日本のほうがずっと安全だわ。アメリカに来るべきじゃな せんでした。カーラとエレナは靴をはいたまま家の中を行き来 かったかしら。東京の英会話学校で英語を勉強するほうが、ア していました。舞は靴を脱いで足が汚れるのがいやだったので、 メリカでホームステイするよりずっと楽だわ。そのほうがずっ 靴ははいたままにしました。 と安くあがるし」 カーラはそれに気がつきませんでした。 「青いタオルを使って カーラの車のラジオからはニューヨークを歌った歌が流れて アメリカ・ホームステイ日記 Homestay in the USA 2 ね。それがゲスト用のタオルだから」 舞はバスルームでシャワーを浴び、髪を洗いました。それか マ姿で靴をはくなんて」とカーラは言いました。 「それは奇妙ね」 ら浴槽にお湯を入れ始めました。大きな浴槽だったので、いっ 舞は笑いました。「日本人みんなではなくて、私だけです」 ぱいにするには時間がかかりました。温かいお湯につかってゆ 「そうよね、それならいいわ」とカーラは言いました。 「とこ っくりしたいと思ったので、舞は気にしませんでした。彼女は ろで私の夫のことだけれど、夫のことをもっと知りたくないか お湯を止め、浴槽に入ってゆっくりしました。 しら」 少しすると、バスルームのドアの向こうから怒ったような小 さい声が聞こえました。 「いいえ、知らなくてもいいことですから」舞はとまどい、 目をそらしました。 「間に合わないわ」とエレナが大きな声を出しました。 それでもカーラは続けました。 「結婚生活というのは大変なも 「どうしたのかしら」舞は浴槽の中で上半身を起こしました。 のなのよ。私は結婚が早すぎたの。ともかく、何か月か前に夫 「ママ、漏れそう」とエレナは言いました。 「もう間に合わな と別れたのよ。でも心配しないでね。今は結婚していないけれ いわ」 ど、彼は私たちの生活費の一部を払ってくれるし、エレナは今 カーラはドアをノックしました。そしてドアを開け、エレナ を連れて中に入ってきました。アメリカのバスルームにはトイ レと浴槽の両方が備わっていました。 でも週末は彼と過ごすのよ」 舞は何と言えばいいのかわかりませんでした。それに眠くて しかたなかったのです。彼女はやっと答えました。 「お気の毒な 「気にしないでね」 ことです、カーラ。私、とても疲れていて目がくっつきそうな 舞はどぎまぎして何も言いませんでした。 んです」 エレナはトイレを使いました。 「そうね、もう 11 時だわ。すごく疲れているでしょうね」と 「ごめんなさい、舞。あなたがバスルームにずいぶん長いこ ホストマザーは言いました。 「こんなに遅くまで起こしておいて といるものだから」とカーラは言いました。 「うちではたいてい ごめんなさい。私が抱えている問題をあれこれ聞く必要はない シャワーで済ませるのよ。それだと時間もかからないし、おふ わよね」 ろにお湯をためるより水の量が少なくて済むから。水道料金は 「ふだんは何時に寝るのですか」と舞は聞きました。 高いのよ」 「11 時か 12 時」とカーラは言いました。 「エレナの面倒を見 舞はひと言も口にしませんでした。彼女はまたおろおろして るのに早起きしないといけないの。でも、あなたは好きな時間 しまいました。おふろに入っていただけなのに。これって普通 に寝ればいいのよ、舞。夕食までに帰ってきてね。でないと心 のことではないの? 配だから。遅くなるときは電話してね」 この家ではどこに行けばゆっくりできる のかしら。 「明日の私の予定はどうなっているかしら」と舞は聞きまし 舞はその時スーザンのことを思い出しました。舞の高校の外 国語指導助手です。舞はよく、日本とアメリカの文化の違いに ついてスーザンと話しました。スーザンは言いました。 「アメリ カでは最初のうちいろいろなことが奇妙に思えるでしょう。ア た。 「だいじょうぶ。学校まで車で送ってあげるわ」とカーラは 言いました。 2人はおやすみなさいを言い、舞は居間を出ました。そして メリカ人のやり方は間違っていると思うこともあるでしょうね。 寝室に入ると靴を脱ぎ、大きなベッドにもぐりこみました。と でも、正しいとか間違っているとかいう問題ではないのですよ」 ても疲れていましたが、寝つけませんでした。ベッドは自分の 舞は体をふいてパジャマを着ました。そして靴をはき、バス 家のものとずいぶん違いました。アメリカに来て初めての経験 ルームから出ました。彼女は心の中で思いました。 「この格好で をたくさんしました。明日は学校の初日です。どんな1日にな 靴をはいていたら、すごく変じゃない?」 るでしょうか。舞は英語のことが不安になってきました。通じ カーラは居間に座っていました。テレビを見ていました。カ ーラは舞にも座るように勧めました。 るでしょうか。その時舞はまた、学校の外国語指導助手のスー ザンのことを考えました。スーザンがよく言っていたのは、ア 「あなたに伝えたい大事なことがあるの」 メリカは日本とだいぶ違うから、アメリカに行くと大変なこと 舞はソファーに腰かけました。 もあるということでした。でもスーザンは、旅行はとても有益 「その前に一つ聞きたいわ。日本人はみんなパジャマ姿で靴 だとも言っていました。旅行すると文化の違いがわかるのです。 をはくものなの?」 そうこうするうち、舞は眠りに落ちました。 舞は首を振りました。「アメリカにいるときだけです」 「そんなばかな! 日本人はアメリカにいるときだけパジャ アメリカ・ホームステイ日記 Homestay in the USA 3 第1日 黒い肌をしたメキシコ人の男子でした。 次の朝起きたとき、舞はまだひどく疲れていました。ニューヨ ークでは午前7時ですが、東京では午後8時なのですから。 ジェーンは生徒たちと教科書にある会話練習をしました。そ れからジェーンは生徒たちを3人ずつの2組に分けて、世界の 舞はカーラとエレナといっしょに朝食の席に着きました。と 問題について討論するように言いました。彼女は討論のテーマ てもおなかがすいていました。目の前には皿が1枚置いてあり の一覧を生徒たちに配りました。テーマは貧しい国、飢えた子 ましたが、何ものっていません。彼女は食卓を見渡しました。 どもたち、環境問題、戦争などの重要な事柄でした。 ご飯もありませんし、汁物もありませんでした。 「考えてみてください。皆さんはいろいろな国から来ました。 「自分でやってね」と言って、カーラは舞に大きなびんに入 皆さんはそれぞれ違った観点を持っています。皆さんに討論し った牛乳を渡しました。そして小さなシリアルの箱がいくつか てもらいたいのは、こういった問題を世界はどうすれば解決で 食卓に置いてあるのを指さしました。 「好きなのを食べてちょう きるかということです」 だい」 箱入りの朝ごはん? 舞のグループにはパブロとリンがいました。この2人は同時 舞はちょっと困ってしまいましたが、 おなかがすいていました。彼女は箱の1つに手を伸ばし、それ を裏返してよく見てみました。どうすればいいのかわからなか ったのです。 にしゃべり出しました。舞は何も言いませんでした。日本の学 校で世界の問題について討論したことはありませんでした。 舞はもう一方のグループに耳を傾けました。舞のグループと 同じように、みんな討論していました。 「さあさあ、シリアルに牛乳をかけるのよ」とカーラは言い ました。 「僕たちは力を合わせなければならないんだ」とアンドレア は言いました。 カーラは舞にパンの皿を渡しました。「トーストを焼いたの。 ピーナツバターとジャムもあるわ」 「でも、みんなの仲が悪いということだってあるでしょう」 とノラは答えました。 舞はトーストを1枚取り、バターを塗りました。 「たいした朝 ごはんじゃないな」と彼女は思いました。 「そうだわ」とマリが言いました。 「フランスではみんなあま り協力して働くことはないのよ。そうしようとはしているの、 カーラは食卓から立ち上がりました。 「カーラに保育所へ行く 用意をさせるのよ。パンを取ってお昼用のサンドイッチを自分 で作ったらどう? 果物もあるわよ」 だけど、簡単じゃないわ」 舞はまた世界の問題のことを考えました。それを解決するの はとても困難なことでした。 舞はびっくりしました。ホストマザーはにっこり笑いました。 「いいかしら。お昼用のサンドイッチを自分で作るのよ」カ 「舞はどう思うの?」とパブロがたずねました。 「日本人はど う考えるのかな」 ーラは食卓にあるバナナがのった皿を指さしました。 「バナナと 「よくわからないわ」と彼女は答えました。 ピーナツバターのサンドイッチなんてどうかしら。それとリン 舞がこう言うのをジェーンが聞きつけ、舞のグループのとこ ゴを持っていってね。健康的なお昼だわ」 ろにやって来ました。 「舞。アメリカではみんな言うべきことが あるのよ。その点、日本とはだいぶ違うのよね」 カーラはダウンタウンの学校のところで舞を車から降ろしま した。舞は先生のジェーンに会いました。30 歳ぐらいの小柄で 「私たちはアメリカにいるのよ、舞。あなたの考えはどうな の?」とリンが聞きました。 やせた女性で、髪は明るい茶色でした。ジェーンは授業中笑顔 「そうだよ。君の考えは?」とパブロが聞きました。 をたやさず、舞は好感を持ちました。彼女は安心しました。ジ 私の考えはどうかって? ェーンは生徒たちに自己紹介するように言いました。 舞は赤くなりました。どぎまぎし てしまいました。 「私の考えでは…私たちは…みんなもっと一生 クラスの生徒は6人だけでしたが、いろいろな国から来てい ました。アンドレアとノラは黒髪のイタリア人で、2人ともよ く笑いました。この2人同士が話すときはイタリア語なのです が、イタリア語は心地よい響きだと舞は思いました。パリから 来たマリは赤毛で、すごくかわいい空色のワンピースを着てい ました。中国人のリンは大きなめがねをかけていて、とても頭 懸命努力して…」 「そう、そのとおりだね。みんなもっと一生懸命努力しなけ ればならない―それは何のために?」とパブロが聞きました。 「お互いの言うことに耳を傾けるために!」と舞は大きな声 で言いました。 ジェーンは笑いました。 「そう、舞の言うとおりね。アメリカ の良い子でした。リンはよく手を上げて先生に質問をしました。 人は自分が話すのに夢中で、ほかの人の言うことを聞いていな 舞が特に好感を持ったのは、パブロという名前の背が高くて浅 いことがあるのよ。このクラスにも当てはまるわね」 アメリカ・ホームステイ日記 Homestay in the USA 4 授業ではその後、アメリカの習慣を学習しました。その次に 教科書の練習問題をやりました。 リンは首を振りました。 「私には買わないでいいわ。そんなも のにお金を使っちゃだめよ」 その後は昼休みでした。生徒たちは別の部屋に集まりました。 パブロはメキシコ出身で、メキシコは貧しい国だということ 舞は自動販売機で飲み物を買い、クラスメートといっしょに座 を舞は知っていました。舞はさいふから何ドルか取り出しまし りました。みんな舞と同じような紙袋を持っていました。 た。 「パブロ、このお金を使って。ホットドッグ代は私に出させ 「あなたのお昼は何?」とリンがたずねました。 てちょうだい」 舞はサンドイッチを取り出しました。 「ピーナツバターとバナ ナのサンドイッチよ」 メキシコ人の男はかわいい女の子が2人いたらお昼をおごって リンは自分の紙袋をテーブルにのせました。 「私も同じ。アメ リカ人ってどうしてこんなにピーナツバターが好きなのかし ら」 あげたいと思うんだよ。君にはすしのホットドッグ。リンには 中華風ホットドッグがなければチリドッグを2つ買うよ」 リンは腕組みをしました。 「やっぱり何も買わないほうがいい パブロは言いました。 「ピーナツバターはアメリカ人の国民食 と言ってもいいね」 と思う。すごく高いんだから」 パブロはさいふを広げて見せました。お金がたくさん入って 「アメリカ人はお米や野菜を知らないのかしら」とリンが聞 きました。 いました。 「ねえ、君たちは僕のことを誤解しているよ。メキシ コは裕福な国ではないさ。でもうちの家族はというと金持ちな 「バナナは健康的よ。あなたは果物を持ってきた?」と舞は たずねました。「私はリンゴを持ってきたわ」 んだよ―心配しないで。うちは金持ちだから」 彼は部屋を出ていきました。そして何分かすると戻ってきま リンは紙袋の中をのぞきました。「もう1本バナナがあるわ。 私のホームステイ先にリンゴはないみたいね」 した。彼は紙にくるんだ大きなホットドッグを3つ持っていま した。 パブロは笑いました。 「君たちはなんでぶつぶつ言っているん だい? パブロは首を振りました。「おいおい、僕がおごりたいんだ。 僕は昼ごはんを持たせてもらえなかったよ。うちのホ リンはチリドッグを開いて中身を確認しました。 「タマネギと チリとお肉。だいじょうぶね」 ストファミリーはひどいんだ。僕に話しかけてもくれない。そ リンはチリドッグを元に戻すと、ちょっとだけ食べました。 のうえ僕ともう1人を同じ部屋に置いて、お金をかせごうとし そしてすぐにテーブルに置きました。 「思ったとおり、あまりお ているんだ」 いしくないわ。中華風のホットドッグがなくてよかった。考え 「それはひどいわ」とリンが言いました。 「私は自分専用の部 屋があるわ。学校に言いつけなさいよ。なんとかしてくれるわ よ」 ただけでも気持ち悪いわ」 舞はすしのホットドッグを全部食べようと考えました。なに しろパブロが舞のために買ってくれたのですから。そして舞は 「気にしないさ」とパブロは言いました。 「ホームステイはた った1週間だから」 包んである紙を開きました。まずそうでした。 出てきたのはソーセージをごはんとサラダでくるんだもので 「私の部屋も自分専用よ」と舞が言いました。 「うちのホスト マザーはとても親切だわ」 した。東京の人ならこんなすしは絶対に食べないでしょう。舞 は日本の友達に見せたいと思い、写真を撮りました。そしてホ 「それにお昼ごはんも持たせてくれたしね。言っただろう、 君たちは運がいいんだよ」パブロはポケットから大きなさいふ を取り出しました。 「まあ、昼ごはんは別に問題じゃないさ。お ットドッグを手に取り、食べ始めました。 パブロとリンは舞の様子をじっと見ました。2人は舞の顔を のぞきこみました。 金を持っているから。今日はみんなに何かおごるよ。学校のす とんでもない味でした。舞は口に手を当てながら食べました。 ぐ前にホットドッグ屋さんがあるよね。あそこはいろんな種類 「まずいのよね?」とリンがたずねました。 のホットドッグを売っているんだ。すしのホットドッグまであ 「今まで食べたうちで最悪のすしかな?」とパブロがたずね るよ」 ました。 「すしのホットドッグですって?」と舞は答えました。 「気持 ち悪い」 舞は急いでジュースを飲みました。そしてすしドッグをもう 少し食べました。彼女はパブロに笑顔を向けようとしました。 パブロは笑って手をたたきました。 「すしのホットドッグを見 「このすしドッグを食べるのは今までにない経験だわ」 てみたいな。舞に1つ買ってあげるよ。リンは何がいいかな? パブロはすり寄ってきました。「それで味はどうだい?」 たぶん中華風のホットドッグも売っているよ」 舞は首を振りました。 「ああ、すっごくまずい。これで満足か アメリカ・ホームステイ日記 Homestay in the USA 5 しら」 カーラは娘のほうを向きました。「今のを聞いた、エレナ? パブロは笑いました。 「僕もまずいと思っていたんだ。君がど んな顔をするか見てみたくて買ったんだよ」 舞はほんとにいい子だわ」 舞はどぎまぎして下を向きました。でもカーラがそう言うの 3人は笑いました。 を聞いてとてもうれしく思いました。 「アメリカのことで1つ知っておいてもらいたいんだ。アメ ところが驚いたことに、カーラはもう舞に皿を渡しませんで リカ人は食べ物について実に奇妙な考え方をするんだよ」とパ した。その代わりエレナにアップルパイをあげました。自分に ブロは言いました。 はチョコレートケーキを取りました。カーラとエレナは食べ始 「あなたのチリドッグはどうなの?」と舞が聞きました。 めました。それから思い出したように皿を舞に渡しました。 パブロは食べ始めました。 「このチリドッグはそんなに悪くな 舞は大きなピーナツバタークッキーに目をやりました。 「あら いな。メキシコでは売れないけれど。でも、試してみてよかっ まあ」と彼女は思いました。 「今日は朝ごはんにも昼ごはんにも たよ。アメリカは目新しいことだらけだね」 ピーナツバターを食べたのに、デザートまでピーナツバターな 昼食が終わり、生徒たちは教室に戻りました。午後は自分の 長所と短所について話し合いました。 んて」それにその後1週間ずっと、お昼にはピーナツバターを 食べるのです。彼女はカーラとエレナに弱々しい笑顔を向けま 舞にとって自分の短所をみんなに話すのは楽でした。人前で した。そしてクッキーを取り、大きくひとかじりしました。 話すととても緊張すること。物覚えがよくないこと。特に英単 その夜寝るとき、舞は1日の出来事を思い起こしました。彼 語を覚えるのが苦手なこと。それに学校であまり熱心に勉強し 女はようやくアメリカと日本の違いが少しわかりました。彼女 ないこと。一方、長所となると1つしか思い当たりませんでし はアメリカでやっていかなくてはなりませんでした。自分の考 た。人に親切にするよう努めていることです。 えを言わなければなりませんでした。意見を言わなければなり 授業が終わるとジェーンが舞に話しかけてきました。 「舞、午 ませんでした。 後の授業ではよく発言したわね。午前中の授業よりずっとたく さん話したわ」 火曜日 「英語がうまい人がたくさんいるものですから、びくびくし てしまって話せないんです」と舞は答えました。 午前の授業は順調に進みました。舞は昨日までよりも緊張しな いで話すことができました。それからジェーンは、木曜日の午 ジェーンはにっこり笑いました。 「あなたは自分で思っている よりずっと英語がじょうずよ」 前の授業で一人一人何か発表をするように言いました。 「パリの人が着る服のことはどうですか」とマリが聞きまし 舞は首を振りました。「そんなはずありません」 た。 「話す量が増えてきているでしょう。その調子でがんばって」 「それはだめ。ほかのテーマにしなさい」とジェーンは言い とジェーンは言いました。 「自分の意見を言う練習をするように ました。「このクラスにはいろいろな国の生徒がいるのだから、 しましょう。この教室の授業を利用して、それからホストファ 各国のことを学ぶ絶好の機会ですよ。皆さんは自分の国と文化 ミリーとたくさん練習してくださいね」 について話してください」 その晩、舞はホームステイ先で自分の考えを言う機会があり その日の午後、ジェーンは生徒たちを実地研修に連れていき ました。カーラがお菓子の皿を持ってきました。ピーナツバタ ました。最初にセントラルパークへ行きました。この公園は東 ークッキーとチョコレートケーキとおいしそうなアップルパイ 京の新宿御苑か代々木公園みたいなものだろうと舞は思ってい がのっていました。 ました。でもセントラルパークは代々木公園の3倍、新宿御苑 「アップルパイがいい!」とエレナが大きな声で言いました。 の6倍の広さがあるのでした。セントラルパークはニューヨー カーラはお菓子の皿をエレナが届かないところに置きました。 クのダウンタウンの 59 番通りから 110 番通りにかけて広がって 「エレナ、びっくりさせないでちょうだい。いい子にしなさい。 いました。公園の中央には池がありました。多くの樹木があり ゲストが最初に選ぶものなのよ」 ました。舞たちは公園のほんの一部を歩いただけでしたが、舞 「ごめんなさい、ママ」とエレナは答えました。 はとても疲れました。そしてようやく歩くのをやめ、5番街と カーラはその皿を舞に渡しました。「どれが食べたい?」 85 番通りの近くの芝生で昼食を食べました。その場所はメトロ 舞もアップルパイを食べたいと思いました。でも優しく振る ポリタン美術館の裏側でした。ジェーンはその美術館を「メッ 舞おうと思って言いました。 「決められないわ。カーラとエレナ ト」と言い、みんなはこの後そこに行くことになっていました。 が先に選んでくれないかしら」 アメリカ・ホームステイ日記 Homestay in the USA メットは大きくて古い灰色の建物で、入り口までは少なくと 6 も 50 段の階段がありました。この階段に人がたくさん座ってい の動物を見て回りました。エジプトの古文書も見ました。それ て、おしゃべりをしたり昼食を食べたりしていました。中には から大きな展示室に入りました。その部屋の壁の1つは巨大な 舞たちが階段を上っていくのを見ている人もいました。美術館 ガラス張りでした。床には大きな池が造ってありました。その の入り口には大きな扉と窓がありました。この建物は東京駅み 池の中央に小さな島がありました。この島に、2,000 年前に建て たいだと舞は思いました。 られたあの有名なデンドゥール神殿がありました。ほんとうに 「この美術館は世界最大級のものです」とジェーンは生徒た ちに話しました。彼女は美術館の案内図を配りました。 美しかったです。 彼女はこの古い建物に入りました。茶色い壁面にナイル川沿 「ここはすごく広いので、今日の午後だけで全部見るのはと ても無理です。見たいと思う場所を1つか2つに絞りなさい。 3時間後にこの階段に集合です」 いの動植物が描かれていました。エジプトの神々の絵もありま した。彼女は目を閉じ、太古のエジプトに思いをはせました。 その時、誰かが舞の名前を呼びました。舞はびっくりして振 舞はこの巨大な美術館に足を踏み入れました。何百人もがホ ールを歩いていました。 り向きました。パブロでした。彼はこの古い建物の中で舞の後 ろに立っていました。 天井は頭上高くにありました。 「ごめん。僕は君といっしょにデンドゥール神殿を見たかっ 「君は何を見るつもりなの、舞」とパブロがたずねました。 たのだけれど、そこにマリが来たんだよ。マリを追い払うわけ 「エジプト部門のデンドゥール神殿よ。この美術館でいちば にもいかなくて」 ん有名な展示の1つなの」舞はパブロに案内図を見せました。 「僕もいっしょに行きたいな」とパブロは言いました。 「僕も エジプトを見たいよ」 舞は首を振りました。 「もういいわよ。私は怒ったのよ。それ でそそくさとあの場を離れたの」 「ここで会えてよかったよ」と彼は言いました。 「もちろんいいわよ。喜んで」 ちょうどその時、池の向こう側にマリがいるのが舞の目に入 2人はエジプト芸術部門へ向かいました。マリが2人の後を 追いかけました。 りました。舞はびっくりしました。舞は気に食わなかったので すが、笑顔を向けようとしました。 「私もいっしょに行っていい?」 「ああ、見つかった」とマリは言いました。 「いっしょに写真 パブロは何も言わず、舞のほうを見ました。 を撮りましょう」 舞はパブロのことをもっとよく知りたいと思っていました。 「マリは僕の後をついてきたんだ」とパブロは言いました。 パブロと2人きりになりたかったのです。でも、マリを傷つけ マリはデンドゥール神殿の前にいる2人に合流しました。彼 たくありませんでした。彼女は「もちろんよ。いっしょにエジ 女はパブロと舞の間に立ち、パブロに腕を回しました。そして プトの展示を見に行きましょう」と答えました。 マリはほかの来館者に写真を撮ってくれるよう頼みました。 マリは2人に案内図を見せました。 「でも、フランス芸術の名 品もあるわ。そっちを見に行かない?」 ここで3時間の自由時間が終わりになりました。美術館を出 てジェーンやほかの生徒と落ち合わなければなりませんでした。 舞は今こそ自分の意見を述べるときだと思いました。 「でも私 たちはデンドゥール神殿を見たいのよ」 みんなはいっしょに帰りました。そしてジェーンは木曜日の発 表のことを改めて話しました。その日の夜から準備を始めるよ 「フランス芸術を見るのはどう、パブロ?」とマリはたずね ました。 うみんなに伝えました。 その晩、舞は発表のネタをいくつか考え出そうとしました。 パブロはどちらか1つを選ぶのはいやでした。彼はようやく 日本の文化のことでクラスメートに何が教えられるでしょう。 「じゃあ両方見ようよ。それでいいかい、舞?」と言いました。 特にパブロは日本に興味があるようでした。ジェーンやクラス 舞はそういうパブロに腹が立ちました。 「絵を見に行きなさい メートに見せるものはあまり持ち合わせていませんでした。琴 よ、パブロ。私はデンドゥール神殿を見るから」 の演奏を録音したものがあるので、それを聞かせることはでき 舞は2人を残して歩き出しました。すごく腹が立っていて、 振り向きもしませんでした。 ました。カメラには先月横浜で挙式した友人の結婚式の写真が ありました。その友人は伝統的な白無垢を着て、頭には白い角 舞はエジプト部門にまっすぐ歩いていきました。そして冷静 隠しを着けていました。こういったものも日本文化の一端です になりました。美術館の作品は1人で鑑賞するほうがいいもの が、でも舞はもっと何かをみんなに見せたいと思いました。外 でした。1人で作品に思いをめぐらすことができるからです。 国人は日本の文化のどういう点が好きなのでしょうか。彼女は 彼女はエジプトの美しい芸術作品や金製の鳥やライオンなど アメリカ・ホームステイ日記 Homestay in the USA 7 カーラに聞いてみることにしました。 「いろいろ好きなことがあるわよ」とホストマザーは言いま した。 「日本人が紙で作るあれは何というの? エレナはあれが 大好きなの」 いました。男の子がクラリネットを吹いていました。ギターと ドラムのロックバンドまでいました。地下鉄の乗客が1人、彼 らにコインを投げました。ミュージシャンたちの演奏がすばら 「折り紙のこと?」と舞は聞きました。 「日本人はみんな折り 紙ができるわ」 しいと思ったので、舞もお金を少しあげました。 ニューヨーク市には折り紙に興味を持っている人がたくさん 「アメリカ人は折り紙のことをあまり知らないわ」とカーラ は言いました。 いました。インターネットによると、世界じゅうの折り紙ファ ンが年に1度ニューヨークに集まるそうです。盛大なイベント カーラの指摘で舞は思いつきました。日本の伝統芸術である 折り紙をみんなに教えようと決めたのです。 でした。ダウンタウンに折り紙ファンが集まる店がありました。 タロウズオリガミショップといい、そこでは 30 分の折り紙教室 がありました。驚いたことに、42 番通りの近くには折り紙も売 水曜日 っている紀伊國屋書店まであったのです。ニューヨークには何 水曜日の授業はあっという間に過ぎました。みんな木曜日の から何までそろっていました。 発表に向けて準備に余念がありませんでした。メトロポリタン 彼女は紀伊國屋で折り紙を買いました。舞に日本語で話しか 美術館へ行った後、みんなは自分の国の文化を自慢したがりま ける店員もいました。まるで東京に戻ったみたいでした。それ した。 から彼女はホームステイ先に戻りました。その夜、舞は一生懸 「エジプトには古い建物がたくさんあるね」とパブロが言い 命発表の準備をしました。 ました。 「でも、メキシコにもあるよ。メキシコの各地に古い建 物があるんだ」 木曜日 「イタリアにはローマがある」とアンドレアが言いました。 木曜日の午前中に行われたリンの発表はすばらしいものでした。 「それにローマ時代の道路と建物があるわ」ともう1人のイ 彼女はパソコンを使って、インターネットからダウンロードし タリア人のノラが言いました。 た中国のきれいな画像を見せました。リンは中国が稲作の発祥 マリが手を挙げました。 「有名なパリのエッフェル塔をみんな 知っているでしょ」 地であり、また中国人が初めて紙を製造したことを話しました。 「蔡倫という中国の役人が2世紀に初めて紙を作りました」 「それがどうしたの」と舞は言いました。 「日本には東京スカ イツリーがあるのよ。エッフェル塔の2倍の高さよ」 とリンは言いました。 リンが発表を終えると、クラスのみんなは拍手をしました。 リンは腕組みをしました。「万里の長城のことを忘れないで ね」 みんなリンに笑顔を向けました。 「すばらしいわ、リン」と、リンの発表を評してジェーンは ジェーンは首を振りました。 「だめよ。みんなの考えは間違っ 言いました。 「でも、ちょっと考えてみて。中国人が紙を作った ているわ。今回の発表の目的の一つはもちろん英語を学ぶこと。 のよね。でも、ドイツ人のヨハネス・グーテンベルクがその紙 もう一つの目的は自分の国の文化について話すことで、建築物 を使って本を作ったのよ」 の自慢ではないのよ」 するとほかの生徒たちは、自分の国が発祥のものについて話 その日の午後、舞は急いで教室を出ました。パブロと残って おしゃべりすることはしませんでした。本当はそうしたかった のですが、やるべきことがたくさんありました。 し始めました。 「銀行はどうだ? 銀行はイタリア発祥なんだよ」とアンド レアが言いました。 彼女は地下鉄の駅へ行きました。毎日学校へ地下鉄で通って いました。ニューヨークの地下鉄が古くて汚いのに舞は驚きま した。東京の地下鉄とは大違いです。それに地下鉄はよく遅れ ました。駅には表示が少ししかありませんでした。舞は地下鉄 路線図を手放せませんでした。 「それにパスタもね」とノラが答えました。 「チョコレートもコーヒーも南アメリカ起源だよ」とパブロ が言いました。 「あと、フランス料理」とマリが言いました。 「フランス料理 を忘れちゃ困るわ」 42 番通り出口はグランドセントラル駅の中を通り抜けていま 「みんな、静かに」とジェーンは言いました。 「よく聞いてく した。地下鉄網で最大級の駅の一つです。とても大きなホール ださい。1つの国だけで世界の文化が成り立っているわけでは があるきれいな場所でした。地下鉄の路線の間を歩いていると、 ありません。どの国もどの文化も世界の文化に寄与しているの ミュージシャンが何人かいました。女の人がフルートを吹いて です。 アメリカ・ホームステイ日記 Homestay in the USA 8 この授業ではみなさんにこの点をもう少し考えてもらいたい されていました。 わね。どうすればお互いから学び取ることができるのか。さま 「ワールドトレードセンターのことでおそらくあなたたちが ざまな文化背景をもつ人たちと話をするときは、そのことが重 知らない話をしましょう。破壊された建物のことです」とジェ 要ですよ」 ーンは言いました。「山崎實さんが設計したのです」 次は舞の番でした。なんて運が悪いのでしょう。いちばんす 「日本人ですか」と舞がたずねました。 ばらしい発表のすぐ後が舞の順番だったのです。彼女は首を振 「アメリカの日系人社会は規模は小さいけれど、とても重要 りました。舞はパソコンを持ってきていませんでした。パソコ なんです」とジェーンは答えました。 「山崎さんが建物を完成さ ンに書いてあることを読み上げるのはいやだったのです。でも、 せるのに 10 年かかりました。そして 1972 年についに開館しま 写真を1枚も用意していませんでした。さらに困ったことには、 した。開館記念式典で山崎さんは未来を信じていると述べまし リンが紙について発表をして、その後に舞も紙について話をし た」 ようとしていたのです。舞は机にのせた色のついた折り紙を見 「山崎さんの演説の一部を読みましょう」ジェーンはかばん ました。彼女が用意したのはそれだけでした。たくさんの紙だ から紙を取り出しました。 「ワールドトレードセンターは人類が けでした。 前進していることのあかしです。私たちが協力してやっていけ 舞は折り紙をまとめると立ち上がりました。どきどきしてい ました。そして教室の前に向かいました。 ることのあかしです。私たちが望めば戦争を止めることができ ることのあかしです」 舞はパブロの隣に座っているマリを見ました。 舞は自分が日本人であることを誇らしく思いました。でも、 パブロは舞の視線をとらえました。彼はマリの隣に座ってい るのが不満そうでした。 山崎さんが建てたビルは世界平和の象徴でした。そのことを考 えるととても悲しくなりました。 「ワールドトレードセンターが その時、ジェーンが手を挙げて舞を止めました。 崩壊して、山崎さんは何と言いましたか」 「悪いけど、今日はもう舞の発表を聞く時間がなさそうだわ。 明日にしましょう。最後の授業でね」 「山崎さんがそのことを知ることはありませんでした。1986 年、彼の偉大な作品が破壊される何年も前に亡くなったのです」 「僕は舞の発表が楽しみなんだ。日本はかっこいいよ」とパ ブロは言いました。 とジェーンは言いました。 「ニューヨーク市民としてワールドト レードセンターが再建されてよかったと思います。今では世界 「あら、いやだ」と舞は思いました。 「パブロったらそんなこ じゅうの人が再びこの地に集まるようになりました。だから私 と言わなくていいのに」彼女はまたとても不安になりました。 はあなたたちをここへ連れてきたのです。山崎さんが夢見た世 金曜日に発表するのは舞だけでした。それでとても心配になり 界の平和のために、私たちは努力しなければならないのです」 ました。木曜の夜にも準備できることがせめてもの救いでした。 その夜、舞は発表の準備に取り組みました。ワールドトレー その日の午後、ジェーンは生徒たちをワールドトレードセン ドセンターで体験したことを、日本文化の紹介と結びつける方 ター・メモリアル・アンド・ミュージアムへ連れていきました。 法を見つけたのです。彼女は日本が平和のためにどのような努 舞はとても悲しい体験になるだろうと思いました。ほかの生徒 力をしているかを考えました。また彼女はパソコンを使った短 たちと同じく、舞もあのテロ攻撃のことを知っていました。テ いプレゼンも作りました。 ロリストが2機の飛行機を乗っ取り、ワールドトレードセンタ カーラがお茶を持ってきてくれました。 「まだ勉強しているの ーの2棟のタワーに突っ込んだのでした。2棟のタワーは崩壊 ね。あまり遅くまで勉強していてはだめよ、舞。明日になって しました。この2棟の近くにあった建物の何棟かに破片が当た 疲れが出るわ」 り、一部が破壊されました。世界じゅうから集まったおよそ 3,000 人の罪のない人々の命が奪われました。 「日本について話したいことがあるのよ」と舞は言いました。 「どうしてもこれを仕上げたいの」 今ではその2棟があった場所に新しいビルが2棟建っていま 「わかったわ。私は寝るわね」とホストマザーは言いました。 す。その1つは 104 階建てで、アメリカ史上最も高い建物でし 舞は遅くまで起きていました。それでも彼女はがんばりまし た。 た。もう午前3時近くでした。やっと完成しました。 新しい2棟のビルのわきにメモリアルパークがありました。 舞とクラスメートは2つの大きなプールの周りを歩きました。 金曜日 このプールは2つのタワーがあったまさにその場所に造られて 舞の発表はクラスの中でいちばん独創的でした。彼女はパソコ いました。2つのプールを囲む壁面に死亡した全員の名前が記 ンで日本の名所をいくつか紹介しました。そして琴の演奏を流 アメリカ・ホームステイ日記 Homestay in the USA 9 しました。これで佐々木禎子の話にうまくつなげることができ ました。 た。そしてパブロのわきに座りました。 ジェーンは教室の前に行きました。 「みなさんの発表はどれも 「昨日はワールドトレードセンターメモリアルを見学して心 すばらしかったです。みんなとっても立派ですよ」 が動かされました。山崎實さんの話を聞いて誇らしく思いまし 「中でも特に舞にありがとうと言いたいわ。舞の発表は、世 た。彼はみんなに世界平和のために協力するよう呼びかけたの 界平和のためにみんなが力を合わせなければならないことを教 です。私も平和について考えました。そしてある日本人の少女 えてくれました」 のことを思い出しました。佐々木禎子という人です。彼女は兵 授業の終わりにジェーンは生徒たちにゲームとお菓子を持っ 士ではありませんでしたし、何も悪いことはしませんでした。 てきました。すると、夜にみんなでお祝いに出かけようとパブ ワールドトレードセンターが攻撃されて巻き添えになった人た ロは思いつきました。全員賛成でした。生徒たちがしたくをし ちと同様、罪のない女の子でした」 ていると、ジェーンは舞に話しかけました。 広島が爆撃を受けたとき禎子はまだ2歳だったと舞は話しま 「この1週間、ほんとによくがんばったわね。自分の意見を した。禎子は爆撃の影響で 10 年後の 1955 年にがんを発症しま 言ったし、すばらしい発表もしたわ。クラスのみんなであの鶴 した。禎子の親友が8月に見舞いに来て金色の紙を1枚持って を折ったわね。それに佐々木禎子の話は感動的だったわ」 きたと舞は話しました。彼女はその紙で禎子に鶴を折りました。 日本の言い伝えによると、鶴を千羽折ると神様が願いをかなえ てくれるのでした。 「こういう場を設けてくれてありがとうございます」と舞は 答えました。 「うまくいってすごくうれしいです」 「あなたの発表を聞いて思いついたことがあるのよ、舞。あ 「禎子は鶴を折り始めました。入院しているほかの人にも協 なたにぴったりの仕事をいくつか考えついたの。一つは先生。 力を頼みました。入院患者たちは友人や家族がくれたお見舞の それと、貧しい国に対する日本政府の支援計画の仕事ね。それ 包み紙を禎子にくれました。禎子の友達も学校から紙を持って はいろいろな文化に興味を持っている人に向いている仕事だか きてくれました。8月の末までに禎子は千羽の鶴を折りました。 ら」 そしてその2か月後、禎子は亡くなりました」 舞はまごつきましたが、とてもうれしく思いました。今では 「みなさん、今日は私といっしょに禎子のことを思い起こし て鶴を折りましょう。そして世界平和を願いましょう」 英語を話すのがずっとうまくなりました。 「ありがとうございま す。ジェーン先生の授業でたくさんのことを学びました。ホー 彼女はピンクと青と黄色と緑の折り紙を配りました。自分用 ムステイでもたくさんのことを学びました」 には金色の折り紙を取っておきました。彼女はみんなに折り紙 金曜日の夜、ジェーンと生徒たちは人気のブロードウェーミ をどうやって折るのか説明しました。そして折り紙を上から下 ュージカルを見にいきました。それからニューヨークでも有名 へ、右から左へと折りました。ゆっくりやってみせて、みんな なレストランへ行って、コーヒーとデザートにしました。最初 がついてこられるようにしました。全部で 26 段階ありました。 にジェーンが帰りました。帰る前にジェーンはみんなにがんば クラスのみんなは少々難儀したものの、彼女が教えたように折 ってくれてありがとうと言いました。その後、クラスメートた りました。彼女は机を回り、みんなを手伝いました。それから ちは1人、また1人と帰っていきました。最初にマリが帰りま 教室の前に急いで戻り、最後のほうの一連の折り方をもう一度 した。買い物をしたかったのです。その後アンドレアとノラが やってみせました。そして鶴の羽を広げ完成させました。 急いで地下鉄の駅に向かいました。 「できた人は手を挙げてください」と舞は言いました。 舞とパブロとリンはレストランに残り、おしゃべりをしまし しばらくすると全員が鶴を作り終えました。 た。舞は気分が高揚していて、また少し悲しくもありました。 舞は自分が折った金色の鶴を掲げました。 「世界平和と相互理 今日で学校は終わりで、アメリカのホームステイも終わりなの 解のために」 ですから。 クラスのみんなも鶴を掲げました。そしてみんなにこやかに 笑い、舞に拍手を送りました。 れていました。舞は今では以前よりもその歌がよく理解できま パブロは立ち上がると激しく手をたたきました。 「すばらしい 考えだ」 した。舞はホストマザーに電話して、帰りが遅くなることを伝 えました。 そう言うとパブロは席を移り、舞の近くに座りました。マリ はパブロが離れていったのでひどく驚いたようでした。 「最後の夜だから楽しんできなさいね」とカーラは言いまし た。 「ご協力ありがとうございました」と舞はみんなに言いまし アメリカ・ホームステイ日記 Homestay in the USA レストランではフランク・シナトラのニューヨークの歌が流 10 「ありがとう、カーラ」と舞は言いました。 「明日の午前中にしたくをすればいいわ。飛行機は午後の便 だから。エレナと私が空港まで車で送るわ」 こへ行っても成し遂げる」ことができるのでした。 この旅を始めるとき、舞はニューヨーク市に誰も知り合いが 舞はこの夜がいつまでも続けばいいと思いました。ニューヨ いませんでした。今では友人がいますし、この街のこともいく ークの地下鉄は終夜運転しているので、遅くまで家に帰りませ らかわかっていました。舞はアメリカのホームステイのことを んでした。もう午前2時近くでしたが、3人はまだおしゃべり 決して忘れないでしょう。 をして笑い声をあげていました。 「ニューヨークは本当に眠らない街だね」とパブロが言いま した。 午前 2 時 30 分になってようやく3人はレストランを出ました。 3人は地下鉄の駅まで歩きました。誰も帰りたくありませんで した。 やっとリンが2人のほうを向きました。 「ニューヨークを離れ るのは寂しいわ」 「メキシコに帰ったら大学生活が始まって、うちの家業のこ とを勉強するんだ」とパブロは言いました。 「ホームステイは本当に楽しかったわ」と舞は言いました。 リンはパブロと握手しました。 「F線の電車が来たわ。これに 乗らないといけないわ」 そしてリンは舞と握手しました。 「あなたの発表はとてもよか ったわ、舞。いちばんよかったわよ。東京と上海はそんなに離 れていないから、いつかまた会えるといいね」 リンはそう言うと去っていきました。パブロと舞はしばらく の間駅にいました。そしてパブロは舞の手を取り、電車のホー ムまで送っていきました。 彼は手を伸ばし、舞にキスしました。「さようなら、舞」 舞は赤くなりました。キスされてどぎまぎしましたが、いや ではありませんでした。キスはすてきな愛情表現でした。 「キス するっていうメキシコの習慣が私は好きよ」と舞は言いました。 「メキシコに来てね」とパブロは言いました。 2人は再びキスをしました。 「まるで映画みたいだわ」と舞は 思いました。その時舞が乗る電車が到着し、舞は歩き出しまし た。 舞はパブロに笑顔を向けました。「日本に遊びに来てね」 そして舞は電車に乗りました。彼女は心がはずんでいて幸せ でした。それと同時に、パブロと別れてニューヨークを後にす るのは悲しいことでした。明日カーラは舞を空港へ送っていく のです。 舞は昨日インターネットでフランク・シナトラの「ニューヨ ーク、ニューヨーク」の歌を見つけ、歌詞を覚えました。それ を思い出して1人で歌いました。歌詞には、ニューヨークのよ うな大都会で暮らすのはたいへんだとありました。この街は舞 が知っている日本のどの街とも違っていました。でも、ひとた びニューヨークで「成し遂げる」ことができれば、世界の「ど アメリカ・ホームステイ日記 Homestay in the USA 11
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