『デザイン史学』第 #$号$%!""&$デザイン史学研究会 音楽と同時性について クリストフ・シャルル 私たちは大抵、音楽を時間の芸術として考えている。つま り、音や和音(音の組み合わせ)は、次々に流れてくるよう な状態を想像している。が、その音楽におけるすべての出来 事は、同時に共存しているような状態を想像できないのか? ハイデガーはモーツァルトの文章を参照している:「一つの アイディアが成長し、私はそれを展開させ、すべてが明らか になる。作品は、長い曲でも、自分の頭の中で完了する。一 目で、美しい絵や美しい人のように、心の中でその曲を見る ことができる。私は想像だけではそれぞれのパートが曲の順 で聴こえておらず:私は一度に全部が統一している状態を聞 くことができる。美味しい瞬間!発見と制作の過程の全ては 自分の中で、明快な美しい夢のようで行なわれている。しか し、最も美しいのは、それは一度にすべてを耳にすることで ある」。ハイデガーは次のようにコメントをしている: 「聴く ことは見ることである。『一目で』作品全体を『見る』こと と、 「同時にすべてを聴く」ことは、単一の行動である。聴 いている人の中で、モーツァルトは最高に聴いていた人であ る、ということである」 ( $「根拠律」より)。 伝統的な音楽作品には通常、始まり、中と、終わりがあ る(起承転結)。しかし、モーツァルトとハイデガーのよう に、観聴客が音楽の時間を絵画や彫刻のように自由な感覚で 体験することができるのだろうか?音楽は耳だけでなく目の ための時空間の過程になり、つまり時間を空間化する、とい うことを意味する。可能性を開くことは、すべての可能な展 開を同時に統覚する('(()*+)(,-./)ことを前提にしている。 ジョン・ケージとクリスチャン・ウォルフが、すべての可能 性が含まれている状況を「ゼロ時間」と呼んでいる。どの時 点でも、観聴客自身が何を聴くかを決断する。同様に、演奏 者自身が演奏方法を決断する。01 世紀に、モーツァルトは、 フレーズの順番を定義していない音楽的ゲームを作曲した (「234-5'6-4+7)4$89*:)64(-)6」;<=0>:?。つまり順番を演奏者 に任せる、という方法を取っており、偶然性による不特定な 状況を提案していた。同様にケージにとっては、楽譜という !"# ノ イ ズ !"#$% ノイズ$@$クリストフ・シャルル 『デザイン史学』第 #$号$%!""&$デザイン史学研究会 ものは完成された作品ではないと考えている:楽譜はカメラ のようなツールで、新しい楽譜を作るためのものである。そ の楽譜を「演奏」する(ここでは再構成する)度に新しい作 品が生まれる。聴くことは演奏することであり、作曲するこ とは聴くことである。その際にケージが利用している偶然性 (「チャンス・オペレーション」)は可能性の範囲を拡大する れていた「意図」に開かれるようになった:「今後は、作曲 するという行為自体において、偶然性のみならず、恣意的な 選択をも自由に用いることができる。だが、選択による決断 は、偶然性による決断に優勢するべきではない。ある規律の 中で、好みや判断は、決断をするための一つの手段でしかな い。(略)意図は許容されているにしても、それを優勢して ためのものである。 はいけない。制作過程が出来事のバリエーションや量を十分 マルセル・デュシャンの「レディメイド」 (0&0A 年∼)や、 に生成することによって、意図的な決断はただ一つの方法で ケージが 0&A# 年に発表したマニフェスト「B7)$C3,3*)$.:$ あるということになる。(略)好みを許容すれば、すべての 234-+D$E*)F.」( 「サイレンス」より)の教えによって、すべ レベルにおいて許容しなければならない。また逆説に、好み ての音が音楽の中に許容されるようになった。音楽の音を、 を厳密に排除する制作方法も許容されるべきである。(略) すべての音を受容するということも、規律に身をつけるとい 音楽の世界とすべてのその規則は、途中で収集されたものと う意味もしている。また、「自我の消滅」に身を開くことに 一緒にそれ自体に復旧されたが、その世界に属していた価値 よって、すべての生き物が、それは音と無音、知覚するもの 観だけが削除された。 」$K8WO$&#X&1? と知覚しないもの、すべてが自分になる(G)$,7)H4)6I)4) 、 エ リ ッ ク・ サ テ ィ の 音 楽 の よ う に、 ケ ー ジ が 時 間 的 という状況を提案している。ジャン・グルニエは「タオの 精神」に説明しているように、これは道教の「意思の存在論 的な放棄」のことである。ケージが 0&=! 年の「J 分 AA 秒」 な 関 係 の ネ ッ ト ワ ー ク、 つ ま り「 構 造 」 を 強 調 し て い る。「 サ テ ィ の 弁 護 」( 「N):)/4)$.:$V',-)」) と い う 講 義 に お い て は、 時 間 の 本 質 で あ る 同 時 性 を 弁 護 し、 ハ イ を次のように説明している: 「すべてを受容することを可能 デ ガ ー の「)Y3-,)H(.*'6-,Z」 ([6)-+7\)-,-M5)-,$ ま た は$ とする(略)でもそれは、基本には何も定めていない場合」 [6)-+73*4(*9/M6-+75)-,)との関連性を位置づける。ケージ KL/.,7-/M$-4$,'5)/$',$,7)$G'4-4LD$8NO$!0?。ケージは身体が無 が次のように述べる: 「音楽作品の機能、実際には音楽の最 限に拡張されているサウンド・エンバイロンメントを提供し 終的な意味は(略)本来は逆説の要素を共存させることであ ている:「P'*-',-./4$PQQ」(0&>> 年)の際、電子テクノロジ る」 (]ENVO 1J)$。$ 同時性()Y3-,)H(.*'6-,Z)はどのよう ーを利用し、都市全体の音をコンサート会場に導入した。マ な意味をしているのか。「現在」が時間の包括的な、第一の ーシャル・マクルーハンの「地球村」のアイディアを実践 次元になるというような解釈は、形而上学の階層的な考え方 し、パフォーマーは、環境から、これを音をキャッチ。「R,6'4$ である。そのような見方によれば、存在(つまり現在という S+6-(,-+'6-4」と「S,3F)4$R34,*'6)4」という曲では、音楽は 次元)は不在(過去と未来という次元)に優勢している。し 星座まで延びていく。 かし同時性とは、存在と不在の間の相補性を意味しており、 このような絶対敵な同時性(4-H36,'/)-4H)によって、長 い間拒否されていた要素を復活させている。ケージにとっ てこれは拒否の拒否である:アルノルト・シェーンベルグ が雑音を拒んだため、ケージはシェーンベルグの 0! 音技法 を拒否した。そしてすべての音に開いている打楽器音楽を 書き始めた。性能のすべての側面を、ここで何かが起こる ことは偶然の一致かもしれない不確定的に作成されている。 「TUVETN」 (0&>& 年)までは、 「意図」 $だけは拒否されていた。 しかし、「TUVETN」以降、それまで音楽が必然的に拒否さ !"1 「優勢」という意味は含まれていない。音楽的な構造の場合、 作品は固定されたものではなくなる。その構造自体は過程を 記憶し、その生成過程が含まれている「予測」には、プロセ ス自体の性質を展示している。モートン・フェルドマンの音 楽の「スタシス」 (停滞)は、劇的なコントラストのない、 「修 辞法から解放されている」「平らな表面」を連想させている。 「その時間の中の実際の展開以前は、音の構築は存在してい ない」$KBNO$>>X>#?。 「ゼロ時間」という概念と関連性のある、 「時間と場所の囘 !"& ノ イ ズ !"#$% ノイズ$@$クリストフ・シャルル 『デザイン史学』第 #$号$%!""&$デザイン史学研究会 互相入」について、西谷啓治が次のように述べている: 「それ !11*6"5&,"&$2%"=0*1":*%-"?",(6"@$*8062%*"!;'O$W)*/O$W)/,)6-O$0&1=O$((<$!#AX!#J<$ ぞれの『もの』の有における相入、存在の根源的な相對性に ][D$])'/$[*)/-)*O$AB*6@-08",5"3($O$C6'HH'*-./O$0&#A<$ おいて成り立つことを意味する。のみならず、 『世界』が一つ の全體、即ち一つの『世界』として成り立つことは、それが 多くの『世界』の囘互的相入において成り立つことを意味する。 2TD$ 2'*,-/$ T)-F)MM)*O$ A*" @-0&20@*" ,*" -(06$&$ KN)*$ V',\$ I.H$ [*3/F?O$ U'*-4O$ ['66-H'*FO$0&>!< ^;D$西谷啓治『宗教とは何か』創文社 O$0&>J 年(英訳:+*10)0$&"(&,"C$8%0&)&*66O$ ,*'/4<$GZ$]'/$P'/$W*'M,O$f/-I)*4-,Z$.:$E'6-:.*/-'$U*)44O$0&1A)$。 それの他に多くの可能性的或は現實的な(ライブニッツ的に いへば (.44-G6) 或は +.H(.44-G6) な)世界の考へられる世界 である。併しそれが考へられる空の場において、一々の世界 はあらゆる世界をうつし得るでありながら、然もかかるもの としてそれぞれがリアルなそれ自身である」 (^;O$01!) 。 る:未知の過去の音楽や、他の文化の伝統の音楽の発見によ ノ イ ズ って新しい音楽が生まれるので、フォームとスタイルは一時 !"#$% 現在は絶対的な相対性の時代である、という意味をしてい 的な価値しか持っていないと断言できる。ケージはそこで年 代記という概念を破壊し、多くの共存している態度の相乗効 果のおかげで起きている「ラジカルな時代錯誤性」 (「*'F-+'6$ '/'+7*./-+-,Z」 )を提案している。「音楽の未来」とは、「過 去を改善しており」、「逆に過去に陥れている」というもので はなく、未来とは「故意に構築されたり、または偶然に一緒 になったりする、過去のどのものからでも成り立っている」$ KUCO$!#J?。ケージは組合や選択を用い、 「特別な何かへ向か って行く」わけでもない作品を制作している。彼は「歴史の 無数のモードと方法に、メガ NQ_ を実践し、自分の想像力 を行使し、その自由を私たちを教えるためには自分自身のス タイルを、自分の芸術と自分の人生」$KUCO$!#J?$。これは「空」 ( ū/Z',ā)への誘いでもある。 こ の 文 章 は、 ダ ニ エ ル・ シ ャ ル ル の「B.`'*F$'$U.),-+4$.:$V-H36,'/)-,Z$X$ ].7/$E'M)a4$234-+$.:$E7'/+)O$'/F$E7.-+)」 (「同時性の詩学$X$ジョン・ケージの 偶然性の音楽と選択方法」、発行年と発行場所は不明)を再構成し、筆者が翻訳、 加筆したものである。引用は下記の論文から由来している:$ 8WD$8-66-'H$W*..54O$bE7.-+)$'/F$E7'/M)$-/$].7/$E'M)c4$*)+)/,$234-+dO$)F-,)F$GZ$ U),)*$[)/'$e$]./',7'/$W*)/,O$!"#$%&"'()*"+*(,*-.$^)`$_.*5O$U),)*4O$0&1!O$((<$1!X0""<$ ]ED$].7/$E'M)O$/01*&2*O$8)46)Z'/$f/-I)*4-,Z$U*)44O$0&>0<$ BND$B7.H'4$N)g-.O$3%*"45602"$7"4$-8$&"9*1,:(&O$Sh+)64-.*O$0&&><$ 8ND$8-66-'H$N3+5`.*,7O$bR/Z,7-/M$Q$V'Z$8-66$W)$2-43/F)*4,..FD$R/$Q/,)*I-)`$ `-,7$].7/$E'M)dO$-/$b].7/$E'M)$',$V)I)/,ZXC-I)dO$;52<&*11"+*=0*>O$)F-,)F$GZ$i-+7'*F$ C6)H-/M$'/F$8-66-'H$N3+5`.*,7O$W3+5/)66$f/-I)*4-,Z$U*)44O$0&1&O$((<$0=XAA<$ UCD$U),)*$C*'/5O$bU.4,X2.F)*/-4HD$B7)$C-*4,$U)*4./$U63*'6dO$)F-,)F$GZ$[<]<$g-4+75'O$ !0" !00 D*60)&"E068$-F"Q443)$#$%!""&$N)4-M/$T-4,.*Z$ &'"()*+($#,*-./*0#1(2)-.%#)3 E7*-4,.(7)$E7'*6)4 8)$.:,)/$+./4-F)*$H34-+$'4$'$,)H(.*'6$'*,O$`7)*)$4.3/F4$ '/F$+7.*F4$'(()'*$./)$':,)*$,7)$.,7)*<$234-+$4))H4$,.$ G)$ '$ 6-5)$ '$ `',)*-/M$ (-()$ `7-+7$ ,*'/4H-,4$ '$ +./4,'/,$ '/F$ +./,-/3.34$ :6.`<$ W3,$ `7Z$ /.,$ -H'M-/)$ '$ H34-+$ -/$ `7-+7$'66$)I)/,4O$4./-+$.*$/.,O$`.36F$G)$'66$+.X(*)4)/,j$ 2.\'*,$`*.,)D$ bB7)$-F)'$M*.`4O$Q$F)I)6.($-,O$'66$G)+.H)4$ -/+*)'4-/M6Z$+6)'*O$'/F$,7)$(-)+)$-4$'6H.4,$+.H(6),)F$-/$ HZ$7)'FO$)I)/$-:$-,$-4$'$6./M$./)<$-/$'$3/-Y3)$M6-H(4)O$ 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