癌手術後と精神症状 一精神科カルテからの読みとりと看護の指針一 呉大学看護学部 引野裕子 論文要旨 癌患者にとっては、不安、悲しみ、抑うつは正常な情緒的反応であるが、時に「病的」レベルに至 る患者もある。癌手術後に丁大学医学部精神科に入院した患者の記録をもとに臨床的背景一とくに心理社会的 背景一を調査したところ、看護の指針を追究するために役立つ若干の知見を得た。即ち(1)抑うつ、不安を 中心とする精神症状を呈し、うつ病性障害を来していた。(2)癌手術後2年半位までの精神科入院が多く、身 体的回復と同時に精神的ケアが重要である。(3)病的レベルの適切な判断により治療を開始すれば、早期に改 善する。(4)高齢患者を始めとして、家族支援の弱い事例が目立った。(5)患者のもつ不安、恐れの表出を 促し、現実生活の中で自己評価を高める支持的精神療法が有効である。(6)患者個別のアセスメントにより・ 適応に対する自信回復への援助が重要である。(「看護学統合研究」1巻1号 p.27∼32 平成11年) キーワード:癌手術後、精神症状、心理社会的背景 ■ はじめに 方法=診療記録、看護記録をもとに以下の調査票 癌患者では、しばしばうつ状態を始めとする精神 状態を来すことはよく知られている。とくに癌の診 断を受けたとき、様々な身体的苦痛を自覚するとき など、悲しみと不安,抑うつが当然の情緒的反応と 調査項目は、入院時年齢、性別、精神科診断、精神症 を作成、記人し、その特徴を調べる。 して現れる。精神科領域では「正常な」悲しみ、不安を 超えて「病的」レベルに至った患者が対象となる。 癌治療後にどのような精神症状が生じるのか、い ずれの時期に生じるのか、また癌の種類、治療方法、 さらに癌の告知の状況、家族背景などが精神症状に 及ぼす影響を明らかにすることは看護の指針を検 討する一ヒから必要なことと考える。 本研究の目的は、精神科に入院となった癌手術後 患者の臨床背景を調査し、看護の指針を追究するこ とにある。 状、癌の種類、手術後期間、告知の状況、家族背景、既 往の有無、精神科の治療経過と転帰、精神科での治 療期間などである。さらに癌と精神症状発現との関 連性について記録から読み取る。 ■ 結 果 対象となった患者は男3人、女5人の8人であ り、入院時年齢は平均60.4歳(53歳∼73歳)であっ た。精神科診断名はすべてDSM−IVによるうつ病性 障害である。精神症状は不安、抑うつ、意志・行動の抑 制、不眠を中心として原疾患部位の症状をベースと する身体症状がみられた。癌の種類は乳癌3人、十 ■対象と方法 対象:1994年から1998年までの5年間に癌の手 術後、丁大学医学部精神科に入院となった患者 二指腸癌1人、大腸・直腸癌3人、胃癌1人であった。 精神疾患の既往ありは1人だけであった。術後から 精神科入院までの期間は2年半までが6人、5年以 上1人、20年1人であった。(表) ひきの ひろこ 〒737−0004呉市阿賀南2−10−3 呉大学看護学部 一27一 癌手術後と精神症状 表癌手術後と主な臨床背景 症例 性別 年齢 状態像 診断名 (精神症状) 癌の種類 精紳疾患の既往 術綾期間 治療経過 家候背景 病名告知 入院期間 転帰 腸のポリーブ 夫と2人暮らし 40日 寛解 70日 死亡 寛餌 緊急入院 A 女 74 B 女 フ0 癌をベースとする 混合性うつ病性障書 うつ病 C 男 69 D 男 73 E 男 53 多発性脳梗塞 甲状腺機能低下症 うつ病 うつ病 中等度うつ病エビ ソード 身体が痛しい 肛門部、腰郭の痛み、 ほてり、不安.焦燥 抑うつ気分 妄想 痴呆 抑うつ気分 希死念盧 心気抑うつ状態 自殺企図 食欲不娠 身体の不嗣に基づく抑 不蜜・焦燥・抑うつ気分 大腸癌 なし 1年10ケ月 十二指腸癖 なし 2年 大腸癌 なし 直腸癌 なし 胃癌 1年6ケ月 20年 なし 5年3ヶ月 うつ →薬物調登 身体症状→外科的精董 支持的精紳療法 栄養状躯改替治療 感染症治療 つ 夫と2人暮らし 薬物鋼登 環境調聾 家躾療法 ワ 妻.長男夫婦 1回目135日 妻、長男、長女 1回目5ヶ月 母(82歳)と2人暮 1回目3ヶ月 2回目6ヶ月 3回目9ヶ月 4回目8ヶ月 5回目3ヶ月 緊急入院 漬癌性大腸 心気症状一・薬物顔整 併発した身体疾患への対 炎(息者は癌 であると覚っ 応 ている) 薬物治療 支持的精紳療法 退院後はデイケア等通所 内科的に栄養状態改善治 つ らし 療 女 41 うつ病 乳癌 なし 1年8ヶ月 薬物胴登 心身の休養 役割遂行に対する自信回 復→外泊、支持的籍神療 2回目35日 寛餌 寛鵤 6回目50日 告釦 夫長男 F 意志・行為の抑制 抑うつ気分 不眠、自責感 2回目37日 (中2) 次男(小6) 5ケ月 寛鵤 106日 寛僻 法 G 女 61 H 女 60 精神病症状を伴う重 症うつ病エピソード 亜昏迷 被害関係妄想 自律紳経症状 乳癌 抑うつ 反復性うつ病性障害 不安 不眠 乳癌 なし 2年 緊急入院 蘂物鱗整 家候療法 生活に対する自信回復 告釦 夫と2人暮らし 告釦 夫と2人暮らし 抗うつ剤、甲状腺ホルモン 41歳時うつ病 初晃 2年6ヶ月 3回の入院歴 家嘘生活に対する自信回 復→外泊、支持的精神療 10ケ月 寛郷 法 治療経過は薬物治療を中心として、入院に伴う環 即日入院となった。 境調整と休養によって精神症状は比較的短期問に 精神症状は不安、焦燥、抑うつ気分、希死念慮、極度 改善されている、,さらに外泊を繰り返して家族の支 の依存性。身体症状は自律神経症状(腰部のほてり 援体制の調整と生活に対する自信回復、癌との取り 感、胸が締め付けられる感じ)、不眠であった。 組み方(コーピング)の習得に向けての精神療法が 手術により直腸部分が肛門部より4∼5cmしか 行われている、,転帰は1人死亡、他は寛解退院後、通 残っていない、また術後吻合部狭窄のため、排便回 院により支持的精神療法が継続されている。 数が多く失敗もあり悩むことが多かった。術後から 病名告知は乳癌の場合は全員なされているが、消 腹痛、排便困難など下腹部を中心とする不定愁訴が 化器癌の患者は行われていないか、不明のままで あった。家族の支援状況は,高齢の配偶者または母 続いている。夫に対する依存、見捨てられ感が強く との二人暮らしが8人中5人を占めた。 的な腹痛,全身的苦痛の訴えが続いた。 癌と精神症状との関連性について事例毎に述べ 主治医、看護婦の注意を向けるためと思われる発作 栄養状態の改善、抗うつ薬を中心とする薬物治療 により、心気的症状の軽減、意欲改善がみられた。 る。 夫は「手術後甘えさせ過ぎた。疾病利得の傾向を 1.A事例 生じさせた」と反省しており、知的レベルが高く、医 74歳、女性、70歳の夫と2人暮らし、夫婦とも仕事 療者の支持があれば患者の健康状態の変化に取り 組める能力があると判断できた。入院治療を続ける 熱心、こり性。 精神科診断名は癌をベースとする混合性不安抑う ことのマイナス(依存性の増加、退行、好褥的になる つ障害、、 など)を避けるため早期に退院となった。以後外来 72歳時直腸癌の手術(低位前方切除術)をうけた。 通院で夫とともに支持的精神療法が行われている。 術後から排便の失敗などで悩むことが多かった。1 年後、内科開業医を受診、うつ病の診断で薬物治療 2.B事例 を受けている。 70歳、女性、夫と2人暮らし(発病後長女の家族と 腹痛など腹部の自覚症状があり精密検査を受け 同居を始めた)。 るが異常認められず。体全体が苦しい。痛しい(方言 精神科診断名はうつ病、多発性脳梗塞、甲状腺機 で痛い+苦しいの意)の訴えが続く。食欲低下、るい 能低下症。 そう。2年後「体が痛しい」との訴えで救急外来受診。 2年前、膵頭・十二指腸癌の手術を受けた。術後の 一28一 癌手術後と精神症状 経過はとくに異常はなかったが、その頃から娘の名 他科診察、検査により各種身体疾患(腎機能低下、 前を取り違える頻度が多くなっていたという。 痛風、神経因性膀胱、白内障等)が発見された。5ヶ月 術後1年10ヶ月、腹痛、腹満、下痢症状など腹部症 と入院が長期化したが、抑うつ、腰部不快感、腹部閉 状があるため外科に入院し精密検査を受けたが再 発の徴候なく異常は認められなかった。 塞感は軽快して退院した。 2年後うつ病の疑いで薬物治療が行われた(内科 5.E事例 開業医)。その後、言動のまとまりを欠くようにな 53歳男性、82歳の病弱な母親と2人暮らし。 精神科診断は中等度うつ病エピソード。 り、幻視体験、食事量減少、歩行困難となる。開業医紹 介により精神科入院後、内科と協力の下、栄養状態 改善、感染症の治療が行われたが、低栄養、多発性脳 30歳時胃癌のため胃全摘術を受ける。それまで勤 めていた農協をやめ、家業の農業を継いだが農協か らの借金を苦にしている。その頃妻と離婚してい 梗塞、感染症の重積により死亡した。 るQ 3.C事例 35歳時、不眠、希死念慮が出現し、うつ病の診断で 69歳、男性、地方公務員として40年間勤め、定年退 第1回入院。 職後も社会福祉関係の仕事を続けている。妻、長男 その後20年間、抑うつ気分、思考抑制、意欲低下、 夫婦と一緒に暮らしている。 不安、希死念慮などが出現し、6回の入退院を繰り 1年半前、大腸癌の手術を受けた。手術に引き続 返している。退院している期間は、保健所、デイケア、 いて脳梗塞、糖尿病性網膜症、前立腺肥大症、帯状庖 疹などで入院治療を受けた。徐々に抑うつ気分、意 作業所通所により体調に合わせながら農作業をし ている。胃切除後耐糖能障害により腸管に感染を起 欲・活動性の低下がみられ、希死念慮を生じたため こしやすい状態になっている。 精神科入院となった。 精神科診断はうつ病。1回目入院は3ヶ月を要し 6.F事例 て精神症状が改善され退院した。5ヶ月後また前記 と同様な精神症状が現れ、2回目入院となった。2 回目は薬物調整、環境調整により速やかに希死念慮 41歳、女性、主婦。 消失、意欲・活動性が改善されて1ヶ月で退院した。 は明朗、交際が広い。 40年間の公務員生活の後、退職後も社会福祉関係 1年8ヶ月前、乳癌の診断により左乳房切断術を 受けた(乳房温存術は癌の取り残しに不安があると の要職を務めていた人が、癌を発見され、手術、その 夫、長男(中2)、次男(小6)、本人の4人家族、必要 時、実母に家事の手伝いを頼むことができる。性格 後も引き続いて種々の病気による入院となってい 自ら切断術を選択した)。手術後細胞診でリンパ節 る。役割喪失による抑うつ気分親和状態に加えて、 に転移を認められ、化学療法が開始された。頭髪が 慢性的生命に危険を感じさせる病気によるストレ ス状態が精神症状発現と関連すると思われる。 抜け、乳癌手術の時以上にショックを受けて落ち込 んだ。不眠が出現、眠剤を飲んでも2∼3時間しか 眠れない日が1ヶ月くらい続き、憂うつな気分に 4.D事例 なった。 73歳、男性、妻、長男、長女と一緒に暮らす。 精神科を受診し、抗うつ薬の投与で憂うつな気分 20年前,潰瘍性大腸炎と告知され手術、人工肛門 が軽快したため、友達と会ったり、絵を習ったりす を造設された。癌であることは患者自身覚り、自分 ることができた。しかし2ヶ月後夏ばてに引き続 で洗腸、排便のコントロールもできている。 き、不眠、気力低下、易疲労感あり、抗うつ薬によって およそ3年前から「下腹が詰まるような、いつも も軽快せず、逆にふらつく感じになり、精神科入院 張っているような感じ」があり、頑固に訴えたが、精 となった。 密検査によっても異常は発見されなかった。精神科 精神症状は、①意志・行為の抑制・・やる気が出な に通院し、抗不安薬の投与を受けていた。次第に腹 部症状が強くなり「死んだ方がまし」と思い、首吊り い、朝起きられない、何事もおっくう、②抑うつ気 分一おもしろくない、楽しめない、うるさい③不眠 自殺企図、意識消失状態で救急外来を経て精神科入 (中途覚醒、熟睡感欠如)、食欲不振(体重減少4kg/ 院となった。入院後も腹部症状と腰から下肢にかけ 2ヶ月)、④自責感・子供の弁当作りができなくて申 てのだるさの訴えが続いた。 し訳ない。などである。 一29一 癌手術後と精神症状 癌と精神症状との関係について、患者自身以下の に意欲の向上、自発性が出てきたため、外泊の繰り ように述べている。 返しによって体調に合わせて家事の自信を取り戻 ①乳癌の手術に関しては、悪いところを切ってし した。 まえばそれですむと思っていたが、術後の抗癌剤の 副作用(吐き気、倦怠感、とくに頭髪の全脱毛)がつ 8.H事例 らく、予想したものとの落差が大きかった。②ホル 60歳、女性、主婦、夫(脳梗塞の後遺症麻痺がある) モン療法で抑うつが引き起こされることがあるの でそのせいかと思う。今後ホルモン療法を受けるべ きか迷う。③とうとう精神科に入院しなくてはなら と2人暮らし。 41歳時うつ病初発。乳癌手術までに3回の入院歴 があるが、寛解期は薬物調整をしながら会社員の夫 なくなったのかと落ち込んでしまう。④手術後の傷 の転勤に付き添って転居し、主婦の仕事をこなして 跡が気になる。人に見られたくないので1人で入浴 いたQ する。⑤癌の再発が不安・・父親が40歳代で肺癌で死 乳癌により乳房切断術を受けたが経過は順調で、 亡した。もし私が再発して死ぬようになったら,父 術後リハビリも熱心に行っていた。ほぼ同時期夫が のように怒りっぽくならずに子供たちに明るい母 親のイメージを残したい。癌になって1日1日が大 事だと思うのに、無駄な時間を過ごしており、不安 脳梗塞で倒れ、後遺症の麻痺はあるものの自力で生 と焦りがある。 のため、精神科に入院となった。 活できるまでに快復していた。しかし将来に対する 悲観、不安、抑うつ気分、意欲・気力の低下、不眠など 治療は薬物調整を中心としながら、休養を第一と 薬物の調整と休養を第一とする生活指導によっ し、食事、トイレ以外はベッド臥床を勧める。易疲労 て、精神症状の改善をはかる一方、家庭生活に自信 感、抑制症状の軽減と並行して徐々に日常生活に自 を取り戻すことを目指して外泊を繰り返した。 信がもてるよう、週末外泊を繰り返すこととした。 約5ヶ月の入院治療により軽快退院、以後外来通院 で支持的精神療法が行われている。 ■考察 本研究で取り上げた8事例は、すべて抑うつ症状 が中心で、診断名はD SM−IVによるうつ病性障害 であった。癌患者のうつ病罹患率と一般人口におけ 7.G事例 61歳、女性、夫と2人暮らし。 約2年前、乳癌で左乳房切断術を受けた。手術後 る罹患率の比較は、様々な調査があるが、それらは 経過はよく特に問題なく生活していた。夫の定年 退職を機に郷里に帰ってきた。新居を建て、引っ越 癌の種類、病期、調査集団の選び方などによって必 しなどのため忙しい毎日を送っていたが、次第に焦 うつ病を併発しやすい条件が存在することは一般 ずしも定説には至っていない。12)しかし、癌患者に 燥感と不眠を訴えるようになった。 的に理解されている。すなわち、癌患者にとっては 薬物治療を開始したが症状の改善がみられず、 徐々に食欲低下、手指のふるえが起こり家事ができ 正常な反応である不安、悲しみ、抑うつが、病気の進 行,不十分な癒痛コントロールなどによってさらに なくなった。 増強され、抑うつ気分を伴う適応障害となる。また 時期を同じくして夫も不眠、抑うつ状態となり、 抑うつ症状を生む薬物治療が多く用いられること、 一日中一緒にこたつで過ごすようになった。夫がビ さらに抑うつの原因となる医学的条件・・代謝性、栄 ニール袋をかぶり自殺企図、夫婦一緒に救急車で総 養、内分泌、神経学的障害などがある。2) 合病院に運ばれた。夫はそのままうつ病の診断で入 発病期をみると8事例のうち6事例が術後2年 院となったが、患者も亜昏迷状態を呈しており、丁 半までに精神科入院に至っている。身体症状が継続 大学精神科に入院となった。精神症状は亜昏迷、不 し、回復感が得られないまま精神症状が出現してい 安、焦燥、被害関係妄想、自責感などがあり、動i季、手 ることから身体的苦痛緩和の援助と並行して、精神 指のふるえ、不眠などの自律神経症状がみられた。 科的治療を開始する必要のある病理的レベルの発 見が重要であると思われる。精神科入院期間は1人 精神科診断は、精神病症状を伴う重症うつ病エピ ソードである。 の死亡例の他は1ヶ月∼5ヶ月で寛解している。 薬物治療により、不安、焦燥、被害妄想などが軽減 癌に罹患することは、家族にも大きな衝撃を与え し、身体症状に対する不安の訴えが消失した。徐々 るが、同時に患者を支える重要な役割を期待するこ 一30一 癌手術後と精神症状 とになる。保坂は家族に対しても患者と同様な情緒 テーションが重要である。 的サポートが必要であると指摘している。さらに 診療の場で患者本人よりも家族の方が情緒的に混 乱したり、抑うつが遷延する例が多いことことにも 乳癌は女性にとって最も一般的な癌であるが、乳 房は自尊心、セクシュアリテイ、女性らしさに深く関 を見ると、高齢の配偶者または母親との2人暮らし 係しているだけに精神的適応に複雑な間題が生じ る。Meyerowitzは乳癌の心理・社会的な影響を3つ の領域に分けている。すなわち①心理的不快感(不 が5人であり、支援状況の弱さが目立った。 快、抑うつ、怒り)、②生活パターンの変化(肉体的不 次に本研究の対象となった消化器癌患者、乳癌患 快感、夫婦生活または性生活の途絶、および活動性の 者の精神症状発現の関係について考察する。 変化)、③再発、死に対する恐怖5)である。さらに加え 消化器癌の患者は、病気に関連した対処が困難な て癌発症の年齢、生活様式、発症以前の情緒的安定 様々な問題、すなわち頑固な食欲不振、体重減少、吐 性、対人的支援の状況をアセスメントし、介入する必 き気・嘔吐、腹部不快感、排泄にまつわる問題など精 要がある。b) 神的苦痛と密接に結びつく消化器症状に苦しめら れている。術後の経過と再発徴候に対する不安や疑 問に的確に答えられないと、身体症状⇔精神症状の F事例は41歳時の発症であり、妻、母として子供 悪循環を作り出すことになる。4) A事例は術後正常な経過をとっているにもかか メージの変化も受け入れ難く、恥辱と罪の意識を もっている。また実父が癌で死亡したときのイメー わらず、全身が痛しいという身体症状と不安・焦燥、 ジと重ね合わせて死の恐怖につきまとわれている。 抑うつ気分などの精神症状を呈した。加えて子供の これらの心理的苦痛に対して、患者が感じている恐 いない高齢者夫婦にとって先行き不安からくる焦 燥感が他者に対する依存心を増大させたと考える。 れの表出を促し、支持・共感しながら現実の生活の中 注意を要するといっている。3)本研究での家族背景 の世話が十分にできなくなったことに自責感を持っ ている。さらに女性のセクシュアリテイ、ボデイ・イ で自己評価を高め、保証を与える精神療法が行われ 起こりうる症状と病気への対処方法を夫とともに 習得させることが重要であった。 G事例は癌手術に引き続き、夫の定年退職、郷里へ B事例は術後から腹部症状と精神症状が関連し の転居など主婦の役割遂行に影響をもたらした。夫 ながら急速に進行し、併発した疾患により死亡し た。病理的レベルの判断時期が影響したと思われ 状態を呈して、救急入院となっている。継続して支持 る。 的精神療法が行われている。 ている。 も同時期にうつ病発症、夫は自殺企図、患者は亜昏迷 C事例は大腸癌手術に引き続き、脳梗塞、糖尿病 性網膜症、前立腺肥大、帯状庖疹など種々の病気の 発見と治療に長期間の入院を要した。社会的役割の H事例はうつ病の既往による3回の入院歴を持 喪失から抑うつ親和状態が続き、さらに慢性的生命 対する悲観、不安から精神症状出現とうつ病の反復 に危険を感じさせる病気によるストレス状態が精 神症状発現と関連すると思われた。 となっている。 癌患者にとってあらゆる病期に適切な精神的ケア D事例は病名告知はされていないものの、患者自 身覚って人工肛門の処置、洗腸、排便コントロール 復過程で身体的回復あるいは再発のみに目を奪われ を行っている。術後20年を経て、下腹部を中心とす ることなく、精神療法的介入、患者個別のストレス対 る不快症状に悩まされ、自殺企図して意識消失状態 処に十分なケアが必要である78にとが実証できた。 つ。乳癌手術とほぼ同時期に夫が脳梗塞発症、リハビ リに付き添うなどの心身の過労が重なった。将来に が必要であることはいうまでもないが、手術後の回 で救急入院となった。検査の結果、種々の身体疾患 が発見され、治療により身体症状と精神症状が相前 ■ まとめ 後して軽快した。 E事例は30歳の若さで胃癌の発見、手術。と大き 癌手術後に丁大学精神科に入院した患者について なストレスを経験したことが想像できる。その後、 臨床的背景を調査した結果、以下のような看護上の 離婚、経済的困難を中心とする生活問題、再発の不 指針を得た。 安などストレス状況が続いている。うつ病のエピ 1)精神症状は抑うつ、不安が中心であり、うつ病 ソードを繰り返しているが、家族の支援が期待でき 性障害を来していた。 ない患者にとって、医療・福祉の専門的コンサル 2)癌手術後2年半位までの精神科入院が多く、 一31一 癌手術と精神症状 のことから身体的回復と同時に精神的ストレス対 5)患者の持つ不安、恐れの表出を促し、現実の生 処へのケアが重要である。 活の中で自己評価が高められるような支持的精神 3)病理的レベルの適切な判断により薬物治療が 療法が有効である。 行われれば、入院時症状は早期に改善される。 6)患者個別のアセスメントにより、適応に対す る自信回復への看護介入が重要な意義をもつ。 4)高齢患者を始めとして、家族的支援の弱い事 例が目立った。 文 献 1)MaryJaneMassy,河野博臣、濃沼信夫、神代尚英訳:うつ病、サイコオンコロジー、第23章、 pp12(264)一13(265),メデイカサイエンス社、東京、1993 2)山脇成人、皆川英明:サイコオンコロジーの歴史と発展、精神療法、23(5),!997 3)保坂隆:がん患者の家族への精神療法的介入、精神療法23(5),pp452−458,1997 4)Jimmie C.Holland,河野博臣、濃沼信夫、神代尚英訳:消化器がん、サイコオンコロジー、第15 章、pp191−193,メデイカサイエンス社、東京、1993 5)Julia H。Rowland and Jimmie C.Holland、河野博臣、濃沼信夫、神代尚英訳:乳がん、サイコオ ンコロジー、第14章、P176,1993 6)Julia H.Rowland and Jimmie C.Holland、河野博臣、濃沼信夫、神代尚英訳:乳がん、サイコオ ンコロジー、第14章、pp172−177,1993 7)MaryJaneMassie,JimmieC.Holland,NomanStraker,河野博臣、濃沼信夫、神代尚英訳:心理 療法的介入、サイコオンコロジー、第38章、pp168(421)一172(424) 8〉内富庸介:がん患者への精神療法的介入、精神療法23(5),pp441−450,1997 一32一
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