フランスにおける「職業訓練」と職業資格

国際地域学研究
第10号 2007年 3 月
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フランスにおける「職業訓練」と職業資格
中
上
光 夫
.日本の「職業訓練」
フランス語の“formation professionnelle”は日本では一般に「職業訓練」と訳される。
“formation”
は原義が「形作ること」であり、日本語では「育成」「教育」「研修」「養成」などの意味を与えられ
ており、これをストレートに「訓練」と解することは困難であろう。“formation professionnelle”を
原義に即して訳すとすれば「職業養成」といった言葉になるのではないかと思われる。
そもそも日本語でいうところの「職業訓練」とはどんなものなのか。一見、多くの人がわかって
いる自明のことのように思われるが、そうであるのだろうか。日本語の「職業訓練」とは、もとも
と“Vocational Training”の訳語であったという。日本では、「職業訓練」とは「技能を訓練するこ
とである」というように理解されることが多く、これは1958年の「職業訓練法」が定着させた誤っ
た理解であるといわれるが、
「1960年頃の職業訓練は、実習を重視し、現実の職業を目指した訓練で、
工業高 的であり、皆の目にわかりやすかった。
」というのも事実であろう。
「職業訓練」を技能訓練や実習として理解しようとする背景には、「職業訓練」と「教育」とを区
別しなければならないとの え方が存在していた。そもそも“Education”は、「能力開発」とか「職
業能力開発」を意味する言葉であり、開発の対象には「職業に関する能力」も含まれていたのであ
るが、日本では明治以来、カネのかかる職業教育を排除して「最も簡単な教科書と黒板だけで指導
できる読み・書き・算の基礎教育」の整備に向かい、それこそが「教育」であるとする
え方が成
立していった。学ぶことを意味した「学問」の普及を目的として設立された文部省が、設立 4 年後
の1875(明治 8)年末の太政官布達によって、こうした意味での「教育の事務を管理」するところで
あるとされたことも、縦割り行政とあいまって、
「職業訓練」と「教育」の区別の促進要因であった。
こうした流れの中で、日本ではこれまで、中学・高
系の「専門高
・大学といった学
教育の範疇では、職業
」などを別にすれば、職業に繫がっていく「職業訓練」や「職業教育」を含まない
「教育」が行われ、それゆえ、むしろ「教育」とは職業に直接結びつくものとは
えられず、「職業
能力の開発」は就職後の企業内において、日本的雇用慣行といわれる終身雇用・年功賃金制のもと
で、「企業内訓練」として行われると理解されていたであろう。そして、「サラリーマン」はこうし
た内部労働市場において、主に OJT によって、また「研修」などを通じて、経験を積み、技能や熟
練を高め、職業能力を向上させ、昇進や昇給を獲得していったと
えらる。こうした状況の下にあっ
東洋大学国際地域学部;Faculty of Regional Development Studies, Toyo University
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て、「職業訓練」とは、現実の職業を目指した「技能の訓練」と理解されており、職業系の高 の高
生のように就職を目指す人や再就職を目指す失業者が受けるものとみなされていたと言えよう。
既に企業で働いている労働者が職業能力の開発のために受ける研修や OJT といった「企業内訓練」
は「私的職業訓練」であるわけだが、それらは通常「職業訓練」とは呼ばれなかった。
日本の
「職業訓練」を巡るこうした状況は、現在ある程度は変わっている。「教育訓練」という
「
『職
業訓練』と『学
教育』とを包摂する概念」が1960年の「国民所得倍増計画」で登場し、以後、1974
年の雇用保険法を初めとして労働関係の法律でも「教育訓練」という用語が
われるようになった。
1993年の労働省告示に基づきホワイトカラーに対する職業能力開発として「ビジネス・キャリア制
度」が始まったが、ここでは、学ぶべき内容として次の10 野の教育訓練コースが設定された。①
人事・労務・能力開発、②経理・財務、③営業・マーケティング、④生産管理、⑤法務・
務、⑥
広報・広告、⑦物流管理、⑧情報・事務管理、⑨経営企画、⑩国際業務。このことは、こうした
野も広い意味での「職業訓練」の領域に含まれるようになっているということを示している。
また、学
教育と職業の連携の必要性も認識されるようになり、学
教育の中で職業との連携を
図る取り組みも行われるようになっている。企業においても、終身雇用・年功賃金制は縮小し、成
果主義的方式が拡がり、それに連動して、企業は長く勤続するかどうかがわからない従業員に対し
て、コストのかかる「企業内訓練」の実施を減らし、サラリーマンも即戦力となるために自 自身
で「職業訓練」を受けるようになりつつあると言われる。現在の日本における「職業訓練」の概念
は図 1 によって示されているように、かなり広い範囲をカバーしており、普通「訓練」と呼ばない
領域も含んでいるのである。このように えれば、フランス語で「職業養成」や「養成」と呼ぶも
のを日本語で「職業訓練」と呼ぶことも可能といえるだろう。
図1 日本の「職業訓練」の概念
出所:田中萬年『職業訓練原理』
、39 頁。
(注) 認定職業訓練とは、企業内訓練の中で法令の認定を受けているもので、コンピュータカレッジ
などの第 3 セクター施設も、法令的には認定職業訓練 である。企業内の職業訓練短期大学
のような認定職業訓練施設も増えつつある。また、 共職業訓練施設だけでは、失業者に対す
る職業訓練がまかなえないため、各種の教育訓練施設(民間・専門学 など)で委託訓練が行
われている。同書、52,54頁。
中上:フランスにおける「職業訓練」と職業資格
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.フランスにおける「職業訓練」の位置づけ
フランスの「職業訓練(formation professionnelle)」に関して、日本と異なる点は、フランスでは、
学
と職業、また、職業能力の開発という意味での「職業訓練」または「職業養成」、「職業教育」
と学
教育とが密接に繫がっているということである。その典型が高度職業教育機関としてのグラ
ンゼコールの存在であろう。近年は、高度教育研究機関として存在してきた大学においても、
「大学
職業教育センター(IUP)」や 2 年制工業技術短大(IUT)といった高度専門的な知識を付与する職
業教育課程・講座が徐々に導入されてきている。それらは、大学の自主編成の場合と企業等との契
約に基づく場合があり、受講に際し、選抜試験があり、試験、論文等で一定の成績を修めることが
修了要件でもあり、大学院レベルのプログラムが大半を占める。社会人対象ではあるが、これらの
プログラムでは、正規課程で授与される免状、資格などが所定の要件で取得できる。グランゼコー
ルでも、高度職業資格を取得するためのコースを提供している。
後期中等教育機関(高
部
相当)であるリセ(中でも技術教育課程)や職業リセにおいて、また、
的には、前期中等教育機関であるコレージュ(中学
相当)においても職業教育は行われてい
る。後期中等教育機関では、各種領域の専門職業教育、語学、CAP
(certificat d aaptitudeprofessionnelle:職業適性証書)などの資格取得などのための「職業訓練」が行われる。継続的職業養成(formation professionnellecontinue)として、教育機関 において、企業在職者が企業等の委託で「職業訓
練」を受けたり、
「個別養成休暇」(conge individual de formation:CIF) 取得者、失業者、個人
などが養成を受けるということも行われている。
中等教育との関係で大きな問題となるのは、低学歴や無資格・低資格者への「職業訓練」である。
彼らはバカロレアを有しないという意味で「サン・バック(sans Bacまたは sans le bac)」といわ
れ、免状がないという意味で「サン・ディプロム(sans diplome)
」といわれる。バカロレアを取得
していない人とはどのような人だろうか。前期中等教育課程コレージュを落第経験なしで終えるの
が15歳であり、16歳の義務教育修了まであと 1 年ある(コレージュの 4 年間の「原級率」は、近年、
各学年において、だいたい 4∼10%弱といったところで、コレージュ4 年を落第なしで修了するのは
「リセ」
。 2.
「職業
6 割ほどである)。 コレージュを終えた後の進路としては次のものがある。 1 .
リセ」
。 3 .企業などに就職しながら義務教育の補完教育が受けられる国立の「見習い養成センター
CFA(centre de formation d apprentis)」。これは後述の「見習い養成(apprentissage)制度」の一
部を成すものでもある。 4 .2 年制や 3 年制の各種の専門学 。
1 .のリセは、国民教育省所管の 3 年制の普通教育課程および技術教育課程の後期中等教育機関
で、現在は、両課程の学生とも、バカロレアの取得と高等教育進学に向かう。生徒数は、2003年に
おいて151万人であった。 2 .の職業リセでは、2 ∼ 4 年の課程が置かれており、中心をなす 2 年制
の課程では、CAP や BEP(brevet d etudeprofessionnelle:職業学習証書)の職業資格取得に向けた
教育を行っている。職業リセはもともと就職希望者を対象とした後期中等教育機関であったが、高
等教育への進学希望者が増加する中で、1985年に「職業バカロレア BP(lebaccalaureat profession-
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nel)」が
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設され、CAP(職業適性証書)や BEP を取得した後に、職業リセの 2 年制の職業バカロ
レア準備課程を経て、試験に合格することで BP が取得できることになった。これにより、高等教育
機関への進学も可能になり、2002年には、BP 取得者の44.4%が進学した。とはいえ、職業リセをは
じめとする職業教育課程は普通教育課程のリセと比較すると人気がなく、学業不振の生徒が不本意
ながら進学するケースが多い。2003年現在、職業リセの生徒数は、70.7万人で、そのうち CAP と BEP
取得コースに通っている者は51.2万人、BP 取得コースに通っている者は17.8万人、同年に BP を取得
した者は8.7万人であった。
2003年において、コレージュ最終学年修了者のうち、61%が「リセ」に進学し、23%が「職業リ
セ」に進学した。 残りの16%ほどは、上記の 3 .や 4 .の進路に進んだ人、もしくは、落第などで
既に16歳に達していて、最終学年修了とともに学業を終える人などであるのだろう。このほかに、
コレージュ最終学年に達する前にコレージュを去った人もいるだろう。こうしてみると、
「sans Bac」
は、 1 .リセや職業リセに進学しなかった者。この中には、コレージュの中退者や「見習い養成セ
ンター」
進学者、専門学
進学者が含まれる。 2 .職業リセへの進学者で、BP を取得しなかった者。
ただし、彼らの多くは CAP や BEP の職業資格を取得している。 3 .リセへの進学者で、バカロレ
アを受験しなかったり、不合格であった者、ということになろう。彼らは、前期中等教育も修了せ
ず、資格も全くない人から、バカロレアはもっていないにしても、CAP や BEP の職業資格を持って
いたり、バカロレア取得に近いところにいる人まで、かなり多様な存在である。この人々は失業率
が高い
ということもあって、政府の行う職業資格向上のための「職業訓練」の主要な対象となる。
「職業訓練」すなわち養成は教育機関以外でも行われている。1971年の法律は、労働者の養成の
経済的保証として、従業員10名以上の事業主に、賃金
額の最低1.5%(企業規模により負担金は異
なる)
を「職業訓練」のために支出することを義務付ける負担制度を 設した。また、
「養成休暇
(conge
」 を労働者の権利として取得させることが雇用主の義務とされたが、この養成休暇
de formation)
制度は、財源不足、労働者の職場を離れることの不安や抵抗感、養成後の昇進・昇給に直接的結び
つかないことなどの理由から利用者が停滞し、1984年には養成期間中の賃金保障の改正がなされた。
現在は、休暇期間中、通常賃金の80%の手当(1 年に 1,200時間以上の場合は60%)が支給される。
(droit individual a la formation)が制定され、正規雇用の労働
2004年には「養成への個人的権利」
者は、年間20時間の養成のための時間(6 年間持越し可能で120時間)を雇用主に請求することがで
きるようになった。フランスでは、
「職業訓練」はこれから就職する若者や求職者だけが受けるもの
なのではなく、既に在職中・就業中の者にも受けることが認められるだけでなく、権利として受け
ることが積極的に推奨されているのであり、また、「職業訓練」は、教育機関において、企業におい
て、また教育機関以外の養成機関において、と種々の機関で提供されているのである。
.フランスにおける職業資格とその格付け
フランスでは、学歴や職業資格の有無やその水準が就職や経済的社会的地位を決定する大きな要
中上:フランスにおける「職業訓練」と職業資格
51
因として存在する。学歴や職業資格がなかったり低かったりする者は就けるポストが低く賃金が低
いばかりでなく、就職すること自体が難しく、失業率も高い。高い学歴や職業資格をもつ者は、そ
の逆であり、しかもそれは広く社会的に承認されているのである。フランスでは、勤続年数による
昇給や手当の増額がないわけではないが、新たな職業資格を取得して自
のポジションを上げない
限り、通常は、最初に雇用契約を結んだ時点での「ランク付け」によって、生涯のポストと賃金水
準が決まってしまう。 そして、職業資格はすべて資格(学歴)水準体系に位置づけられているので
ある。
以下に、水準を表す表を 3 種類示す。
A表 職業資格と学位免状の 認表 Homologation
水
水
水
水
水
準
準
準
準
準
修士より上級の学位を有するもの、博士号
大学卒、修士卒
DUT、BTS
、BT(Bac technologique)
BP(Bac professionnel)
CAP、BEP
Bac+5 plus
Bac+3、Bac+4
Bac+2
Bac+0
sans Bac
出所:浅野清編『成熟社会の教育・家族・雇用システム』38頁。
(注) かつては大卒が「水準 」であったが、高等教育が大衆化した結果、大学卒も修士修了も「水準 」になっ
た。
B表 技能資格の水準表
水
水
水
水
水
準
準
準
準
準
グランゼコール、商業学 、技術学
大学卒、修士卒、他
DUT、BTS 、DEUG、他
Bac取得者、BP、BT
バカロレア以下の職業資格、CAP、BEP
Bac+5 plus
Bac+3、Bac+4
Bac+2
Bac+0
sans Bac
出所:浅野清編、前掲書、148頁。
C表 フランスにおける資格の水準と種類
資格水準の 類
訓練・資格の水準表及び定義
第 1・第 2 水準
技師学士号または技師学 と同等か、またはそれ以上の水準の訓練を通常必要とする職
業の従事者
該当する教育免状:大学の第 2 期(学士、修士)
・第 3 期(博士)の免状(バカロレア取
得後 3 年以上)
、グランゼコールの免状
第 3 水準
上級テクニシャン免状・技術短期大学部の免状・高等教育第 1 期修了の水準の訓練を通
常必要とする職業の従事者
該当する教育免状:バカロレア取得後 2 年の課程修了証(大学第 1 期課程の免状(バカ
ロレア取得後、2 年間高等教育を修め、所定の免状等を有している者)
、技術短期大学免
状(DUT)、上級テクニシャン免状(BTS)
、リセ付設中級技術者養成課程の免状など)
第 4 水準
普通バカロレア・技術バカロレア・職業バカロレア・職業免状と同等の水準の資格を必
要とする職業の従事者
該当する教育免状:リセの最終学年・職業リセの職業バカロレア取得課程の最終学年終
了(バカロレア取得)、バカロレア取得後大学 2 年課程の中退
第 5 水準
職業リセの修了(CAP、BEP)
、リセ最終学年の中退
準第 5 水準
最大 1 年以内の短期の訓練(とりわけ職業教育証明書(BEP)や他の同等の証明書の取得
のため)を前提とする職業の従事者、職業リセの中退者、コレージュ第 4 学年終了者
第 6 水準
義務教育終了以上の訓練は必要としない職業の従事者、コレージュ第 3 学年履修、1 年間
の職業準備教育履修など
出所:厚生労働省編『世界の厚生労働2006』、94頁。
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これらの水準の基準は、バカロレアに置かれる。A 表と B 表では、バカロレア合格を基準にして、
それからさらに何年の教育課程を終えたと
えられるかによって格付けされている。一番下に位置
づけられる「バカロレア無し sans Bac」から、バカロレア取得後の追加教育のない「Bac+0」、追加
の 2 年間の教育課程を終えた「Bac+2」、3 年間の教育課程を終えた「Bac+3」、同様に「Bac+4」
、
「Bac+5」……「Bac+8」
、「Bac+9 」などが存在する。高等教育機関のそれぞれの課程の修了証書
(ディプロム
diplome)は、この基準で格付けされる。例えば、「Bac+2」に格付けされるのが、
BST(上級テクニシャン免状)、DUT(技術短期大学免状)、DEUG(大学一般教育課程修了証書)
であり、
「Bac+3」に格付けされるのが Licence
(学士号)、「Bac+4」に格付けされるのが Ma rise
(修
士号)
や DRT、
「Bac+5」が DEA や DESS、グランゼコール卒の免状、
「Bac+8」が文科系の Doctrat、
「Bac+11」が専門医などとなっている。 しかし、若者や無資格者の問題を えるには、
「バカロレ
ア無し」を、
章で行ったように、さらに細かく 類する必要があり、そのためには C 表のような
類が必要になってくる。
フランスでは、より上位の学歴や職業資格を取得することが職業経歴において大きな意味をもつ
わけだが、上位の学位や資格の取得を可能にし、またその取得を促進するシステムが用意されてい
る。継続的職業養成によって、より上位の職業資格を取得し、水準を上げることができる。2002年
の「社会現代化法」(la loi de modernisation social)では、労働経験の認証(validation des acquis
de lexperience:VAE) によって資格の引き上げができるようにしている。
.職業資格を目指す「職業訓練」
学
教育に関するフランス政府の一つの基本方針は、学
教育を通じて、職業資格の取得者を増
やし、国民により高水準の職業資格を取得させることによって雇用・失業問題を改善し、フランス
経済の国際競争力を高めることである。そこで、後期中等教育最終学年への到達者を西暦2000年ま
でに同一年齢層の80%にまで高めることを目標とするとともに、資格社会のフランスで職業資格の
ない者の就職はたいへん困難なことであるから、後期中等教育 2 年終了レベルの資格(CAP、BEP
等)を全員に取得させることを目標にした。これにより、バカロレア取得者の割合は大きく増加し
た(1985年29.4%→ 1995年61.4%→ 2004年61.7%)。しかし、バカロレア取得者の割合が高まると、
中等教育修了レベルの職業資格の価値は相対的に低下し、就職等に際して従来以上に不利となって
しまったので、2005年には、新たに高等教育に関する目標を設定し、同一年齢層の50%に高等教育
を受けさせる目標を掲げた。さらに、留年率が高く学業不振が深刻な問題となっているコレージュ
における教育課程の多様化や、コレージュから職業リセの 3 年制の職業資格取得準備コースへの進
級の拡大、個人の適性にあった教育の提供等、全ての生徒が何らかの資格を取得できるようにする
ための政策がを進められているが 、ここでは、学位や職業資格の向上の観点から採られている
「職
業訓練」を伴う主要な対応策を取り上げる。
中上:フランスにおける「職業訓練」と職業資格
⑴
53
互養成(lalternance, formation alternee, formation en alternance)
職業教育のディプロム(DUT,BTS, 技術者免状(Brevets deTechnicien:BT)、職業バカロレア、
CAP、BEP)は、教育システムの中でのフルタイムの教育(ただし、企業での養成期間も排除しな
い)によって、または「 互養成」によって取得される。「
業経験と教育機関における理論的養成の両方を
互養成」とは、生徒が企業における職
互に組み合わせることで雇用へのアクセス促進を
目指す仕組みであり、企業での養成期間に教育期間を含めた仕組みである。典型的には、後述の
「見
習い養成契約(contrat d apprentissage)」の制度を利用して、生徒が「見習い養成センター(CFA)
」
と企業の双方で養成を受け、CAP 取得を目指すのが「 互養成」である。 こうした仕組みは、ド
イツのデュアルシステムや英米の「養成訓練制度(Apprenticeship)」などの制度と、職業養成とと
もに学 教育を受けるという点で共通したものである。 1984年の雇用適応契約(contratd adaptation:CA)と資格取得契約(contrat dequalification:CQ)、1989 年の雇用連帯契約(contratemploisolidarite)、1991年の職業指導契約(contrat d orientation:CO)は、若者の社会参入のための 互
養成である。クレッソン内閣の時代(1991∼92年)に、若者の就職を促進するための職業教育の充
実、とりわけ産学連携が推し進められ、 互教育の土台ができたといわれる。労働法典は、企業に
おける生徒の受け入れ条件を定めている。 企業での養成期間は、職業リセの CAP 取得課程(2 年
間)では年間 7 週間、職業バカロレア取得課程(CAP 取得後 2 年間)で年間 9 週間とされ、高等教
育においては第 2 期課程(licence 取得課程)において、4 か月半∼ 5 か月とされている。
互養成の制度は、企業での「実地研修」を経験させることにより、資格取得を容易化するとと
もに、卒業後に即戦力として働けるような人材を養成し、就職率を上げることを目指すものである。
互養成に対して企業側の協力が得られたことにより、「企業内実習」
を受けた方が就職が有利とな
るため、 互養成を受ける生徒数は増加している。
⑵
企業アクセス研修(Stage d acces a lentreprise:SAE)
ANPE において、一定の養成を行えばある特定のポストに採用が見込まれる求職者や、企業内で
の昇進のために資格取得を必要とするサラリーマンを対象として実施される。この「職業訓練」に
は、年齢や ANPE 登録期間による制限はないので、長期失業者も若年者も対象となる。AANPE は、
企業および養成機関と協議のうえで、対象者にふさわしい研修の内容・実施方式を決定する。この
制度は、特定の資格取得が目的となっている。2000年の SAE 利用者は、企業内昇進のための資格取
得を目指す人を含め 2 万 2 千人であったが、その34%が25歳未満の若者であった。上位の職業資格
取得を目指す多様な人々によって利用されているといえよう。
⑶
社会参入雇用養成研修(Stage d insertion et de formation a lemploi:SIFE)
RMI 受給者や 1 年以上の長期失業者、扶養家族を抱える単親者など就職が困難な者を対象にした
ANPE あるいは全国成人職業養成協会(Association nationalepour la formation professionnelledes
adultes:AFPA)が提供する研修である。25歳以下の求職者は、地域圏によるプログラムまたは特
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第10号 2007年 3 月
殊雇用契約が推奨されるため、SIFE の対象とはならない。研修の大半は集団的に実施されるが、個
人的 SIFE もあり、2000年に集団的 SIFE を利用したのは11万 4 千人、個別 SIFE の利用者は 2 万 9
千人であった。中高年者が比較的多い制度であり、資格取得との関係はあまり強くないようで、低・
無資格の就職困難者をとにかく就職させるということが主眼と えられる。
⑷
見習い養成契約(contrat d apprentissage)
この見習い養成制度は、
「sans Bac」の若者に、「見習い養成」契約を結ぶことによって、バカロレ
ア水準
(「Bac+0」)
やそれ以上の水準の学位や職業資格の取得を可能にする仕組みといえる。コレー
ジュを修了した16∼25歳の若者や26歳の障害者で、リセにも職業リセにも進学しなかった(義務教
育だけの)者および職業リセに進学したが CAP(職業適任証)を取得しなかった者などにとって、
この制度の利用は職業リセの課程をやり直す意味をもつことになるだろう。「sans Bac」の若者は、
この制度のもとで、働いて賃金を受け取りつつ理論教育と企業実習が組み合わせられた「職業訓練」
を受けて、CAP が未取得であるなら CAP の取得を目指し、さらに、
「Bac+0」水準の職業資格であ
る「職業バカロレア(BP)」と「技術バカロレア BT(Bactechnologique)」、その上の「Bac+2」水
準(A 表、B 表の水準 、C 表の第 3 水準)の職業資格である上級テクニシャン免状(BTS)の取得
を目指すこともできることになっている。この制度は、対象となる若者たちにとって利用しやすい
制度であるといえよう。
この制度は、国と地方自治体の責任のもとで運営され、通常の職業訓練においては地方が主導的
な役割を果たす。雇用主は対象となる若者を「見習い社員」として雇い、企業の中で指導員(tuteur)
の下で、および「見習い養成センター(CFA)」において、彼らに「
互養成」を受けさせる。さら
に、若者は、高等教育機関やリセ、職業リセ等の教育機関における理論教育等と企業における実習
や実地訓練との組み合わせによる「職業訓練」を通じて上位の職業資格の取得を目指すこともでき
る。
雇用主は、「見習い社員」に対して、年齢や経験年数に応じて、SMIC の25∼78%以上の賃金を支
払う。地方自治体は若者を雇った雇用主に対して、毎年、補償手当を支給する。補償手当の詳細は
県議会が決定するが、最低金額は年1,000ユーロとされている。
「見習い社員」を雇う企業は、一人あ
たり年1,600ユーロの税額控除を受けることもできる。さらに、従業員数10人以下の企業は、見習い
養成制度を受けている若者に係る社会保険料を完全免除、11人以上の企業では SMIC の11%まで控
除できる。
この制度維持のための「見習い養成税」に、企業は2000年に13億ユーロを拠出し、そのうちの3,9
億ユーロが「見習い養成センター(CFA)
」や他の見習い養成機関に投じられた。CFA は、そのほ
かに、地域圏から 7 億 5 千万ユーロ、適正配
基金から 1 億 5 百万ユーロの助成金を受けた。2000
年に国は14億ユーロを見習い養成制度に支出した。同年において、「見習い養成」契約を利用する企
業はサービス産業が最も多く53,1%を占め、そのうちの約半数は商業であった。企業の規模別では、
従業員10人未満の企業が全体の 3
の 2 以上を占めていた。2000年には新たに24万人が見習い養成
中上:フランスにおける「職業訓練」と職業資格
55
契約を締結して職に就いた。そのうちの水準 V(「sans Bac」であり、CAP や BEP を取得、または
バカロレア不合格など)レベルまでの教育を修了した者が契約者の大半(82%)を占め、取得目標
資格は CAP あるいは BEP が70%となっていた。
「見習い養成」を新規に契約したのは23万7876人で、男性が70.8%、女性が29.2%
2000年において、
を占めた。また、全体の64%がコレージュを終えた直後に「見習い養成」契約を開始したのに対し
て、26%はすでになんらかの「見習い養成」を経験済みであった。年齢別では、全体の51.5%が17歳
以下、48.5%が18歳以上であった。また、契約開始時の「水準」別では、水準 (「Bac+3」または
「Bac+4」レベル)と水準 (「Bac+2」レベル)と水準 (
「Bac+0」レベル)の者が17.9 %、水準
の者が33.2%、水準
bis(水準が準
。職業リセの中退者、コレージュ第 4 学年修了者など)と
水準 (コレージュ第 3 学年履修者など)が48.9 %と、半数近くが「sans Bac」の中でも CAP や BEP
といったレベルの職業資格も持たない「無資格」と
は、水準 ∼
が17.0%、水準
えられる人々であった。取得目標の水準別で
を目標とした者が全体の9.9 %、水準 の職業バカロレア(BP)取得を目標とした者
の CAP や BEP の取得を目標とした者が70.2%、「補足資格」を目指した者が2.9 %
であった。「見習い養成」の契約期間は、12ヶ月以下が18.7%、13∼24ヶ月が72.8%、25ヶ月以上が
「見習い養成」の制度の実像を
8.5%であった。こうした状況から、
えてみるに、一部に、バカロレ
ア水準を越えている少し年長の若者が水準 (
「Bac+0」レベル)の職業バカロレア(BP)やさらに
上位の職業資格の取得を目指して「見習い養成」制度を利用することはあるにしても、この制度を
利用する契約を結んでいる者の大半は、バカロレア水準に達していない無資格の16∼18歳程度の若
者で、2 年以内に CAP や BEP といった初級の職業資格を取得しようとしているのだということが
見えてくる。2002年において、36.3万人がこの制度を利用した。
⑸
専門化契約(Contrat de professionnalisation)
専門化契約は、2004年10月 1 日から、強制的な「職業訓練」を伴う特殊な雇用契約である「資格
取得契約(CQ)
」、
「雇用適応契約(CAE)」、
「職業指導契約(CO)」に代わるものとして成立したも
ので、
「専門化のための活動(laction de professionnalisation)」のある
互養成を伴う有期もしく
は無期限の労働契約である。最初の養成の補完を目指す16∼25歳までの若年者、および26歳以上の
求職者が対象で、彼らに社会で通用する職業資格を取得させ、就職・再就職を促進することを目的
とするものである。
契約の対象者は、事業主との間で CDI(contrat a duree indeerminee期間の定めのない無期限雇
用契約)もしくは、CDD(contrat a dureedeerminee 有期雇用契約)を結ぶ。専門化契約が無期限
契約の形をとるとき、「専門化のための活動(専門化活動)」が契約の開始から行われる。契約は文
書で作成され、県労働雇用職業養成局(DDTEFP)に提出される。この契約を締結できるのは、継
続職業養成への出資を引き受けているすべての雇用主であるが、国などの
だし、商工業の
的団体は除かれる。た
営事業所と海運企業は専門化契約を締結できる。人材サービス会社(entreprises de
travail temporaire)も、有期雇用制度のもとで、この専門化契約を利用できる。
56
国際地域学研究
第10号 2007年 3 月
「専門化活動」は、企業における労働期間と養成期間を含んでいる。専門化活動の期間は 6ヶ月か
ら12ヶ月である。この期間は協約や部門の共同合意によって、24ヶ月まで
は、特に、
長されうる。この 長
認の職業資格なしで学 システムから離れた人々に対して、また、目指す資格の性格
から必要とされるときに行われる。
「養成」すなわち評価と付き添いの活動(actions d evaluation et d accompagnement)並びに一
般・職業・技術教育(enseignements generaux,professionnels et technologigues)は、養成機関によっ
て、あるいは企業が養成サービスを用意できるならば企業自体によって、実施される。養成活動の
期間は、有期契約の専門化契約の場合はその契約期間全体の15%から25%で最低150時間以上、無期
限契約の場合は専門化活動の期間の15%から25%である。協約の規定で、ある種の契約締結者、特
に中等教育第 2 期(リセ)を修了していないで、技術教育や職業教育のディプロムを持たない若者、
およびディプロム取得のための養成(formations diplomantes)を目指す人々に対して、養成活動期
間をより長く設定しておくことができることになっている。また、契約締結者が、養成の評価試験
に不合格であった場合、マタニティ、病気、労働災害の場合、養成機関の機能が低下した場合で目
指す資格が取得できなかったとき、契約は 1 回
新できる。
雇用主は専門化契約締結者に、職業資格の取得を可能にする養成を確保し、有期契約の期間中や
無期限契約の場合の専門化活動の期間中、この目的と連携した雇用を彼らに提供することを約束す
る。一方、契約締結者は、この雇用主のために働き、契約で決められた養成を受けることを約束す
る。専門化契約締結者は、完璧な労働者である。それゆえ、法律や規則や団体協約は、それらの規
定が養成する上での必要性と両立しうる限り、他の労働者と同じ条件で適用される。労働時間につ
いても、労働者が養成を受けている期間も労働時間に含むとされ、その労働時間が、企業の中で実
施されている週労働時間を超えることも、日々の労働時間を超えることもできないとされた。
賃金については、専門化契約を結んでいる26歳未満の労働者は、有期契約の期間の間、または無
期限契約の場合は専門化活動の間、年齢や養成の水準に応じて計算された最低賃金を受け取るが、
協約や契約がより有利な規定をおいている場合もある。この賃金は、21歳未満の場合、SMIC の55%
以上、21歳以上の場合、SMIC の70%以上である。この賃金は、契約締結者が、職業バカロレアある
いは同水準の職業目的の資格やディプロムと同等以上の資格を保持している場合、21歳未満であれ
ば SMIC の65%以上、21歳以上であれば80%以上となる。21歳になる若者の賃金率は、彼の 生日
の翌月 1 日から変わる。26歳以上の専門化契約締結の労働者は、有期契約の期間の間、または無期
限契約の場合は専門化活動の間、SMIC 以上の、また彼らが雇用されている企業が属する
野の団体
協約・合意で規定された最低報酬の85%以上の賃金を受け取る。有期契約が契約期限になった時は、
いかなる契約修了手当も支払われない。有期契約、あるいは無期限契約の専門化活動が期限前に破
棄された場合、雇用主は破棄後30日以内に県労働雇用職業養成局(DDTEFP)、
認集金労
機関
(organisme paritaires collecteurs agrees:OPCA)、URSSAF(Union de Recouvrement des Cotisations de Securite Sociale et d Allocations Familiales:社会保障家族手当保険料徴収組合)にそのこ
とを通知しなければならない。労働契約破棄の場合に、契約締結者から雇用主へ養成費用を払い戻
中上:フランスにおける「職業訓練」と職業資格
57
すという契約条項(「養成−違約金」
)は無効とされる。
養成では、指導者(tuteur)による指導が行われることがある。雇用主は、義務ではないが、専門
化契約の一環として指導員を指名することができる。指導員を指名する場合は、その企業の資格あ
る従業員の中から選ばなければならない。選ばれた人はボランティアでなければならず、目指す専
門化の目標に適した資格において 2 年以上の職業経験がなければならない。雇用主は、資格と経験
の条件を満たせるならば、自ら指導を行うこともできる。指導員の任務は、契約締結の労働者を受
け入れ、支援し、情報を伝え、指導することである。指導員はまた、時間割の遵守に気を付けなけ
ればならない。彼はまた、評価と付き添いの活動並びに一般・職業・技術教育を実施する責任のあ
る養成機関や養成業務との連携を確保し、養成継続の評価に加わる。雇用主は、指導員が職務を果
たし、自己研修するために必要な時間を持てるようにしなければならない。指導員が従業員である
時、彼は専門化契約、見習い養成契約や専門化の期間の中にある 3 人以上の従業員に対して同時に
指導を行うことはできない。雇用主が指導員である場合は、対象となる 2 人以上に対して同時に指
導を行うことはできない。
専門化契約の開始から 2ヶ月以内に、雇用主は契約締結者である労働者とともに、彼の学識・経験
に照らして養成計画が適当であるかどうかを検討する。不適当である場合、雇用主と労働者は、契
約期間の範囲内で、専門化契約に追加条項を加えることができる。この場合、この追加条項は養成
に出資する OPCA に伝達され、さらに県労働雇用職業養成局(DDTEFP)に届られる。
養成活動は、労
によって
設された政府
認組織である OPCA によって、資金提供される。資
金は、協約による合意によって決められた 1 時間あたりの一括代金(forfaits)を基礎にして、ある
いはそのような合意がない場合は 1 時間につき9.15ユーロを基礎にして提供される。この一括代金
には、労働者の教育費、報酬、社会保険料(法によるものと協約によるもの)、
通費などが含まれ
る。指導員の養成に対する費用も、最高40時間、養成 1 時間あたり15ユーロの範囲内で職業養成基
金の集金機関(un organisme collecteur des fonds de la formation professionnelle)によって負担し
てもらうことができる。指導者の教育費、報酬、社会保険料(法と協約によるもの)、
通・宿泊費
はこの費用に含まれる。それに、最長 6ヶ月間、1 月当たり養成される者 1 人につき最高230ユーロ
の範囲内で、集金機関は指導業務に関わる費用を負担することもできることになっていた。
専門化契約による採用によって、企業はいくつかの利益を得る。この契約が26歳未満の若者また
は45歳以上の求職者との間で締結された場合、社会保障、労災、家族手当の事業主負担
が免除さ
れる。この免除は、有期雇用契約の場合は契約が終了するまで、無期限雇用契約の場合は専門化活
動の終了まで、適用される。失業保険制度の手当受給者を雇用する雇用主に対しては、専門化契約
の一環として、一括援助(aide forfaitaire)が支給されうる。
雇用主は、専門化契約を、 互養成の名で、遅くとも契約開始から 5 日以内に、OPCA に届けな
ければならない。この機関は、専門化契約について意見を述べ、養成費用の負担を決める。いずれ
にせよ、専門化契約の受付日から 1 か月以内に、OPCA は、契約の実施場所の DDTEFP に、契約
および資金提供に関する意見と決定を提出する。DDTEFP は、専門化契約が法律や規則や協約の規
国際地域学研究
58
第10号 2007年 3 月
定に適合しているならば、その契約を登録し、雇用主と OPCA にその決定を通告する。登録日から
1 月以上返事がない場合、登録の決定は有効である。登録拒否の場合、雇用主は訴
に訴える前に、
地域圏労働雇用職業養成局長に請願をしなければならない。この請願は、決定の通告から 1 月以内
に行われなければならないとされていた。
この制度は「資格取得契約」、
「雇用適応契約」
、「職業指導契約」に代わるものとされるが、制度
の煩雑化を避けるために一つの制度に整理統合したといえよう。従来の 3 種類の契約は25歳未満の
若年者を対象としており、特に「資格取得契約」は利用者も比較的多く、バカロレアを有したり、
CAP や BEP の職業資格を持つような若者が一段上の資格取得を目指して資格取得契約の制度を利
用していたわけであるが、専門化契約は26歳以上の求職者をも対象にしながら、養成の最低時間数
を少なくするなど、「職業訓練」
を通じた職業資格取得支援の対象を拡大するとともに、事業主側に
も配慮することで職業養成の一層の普及を目指したと
結
えられる。
語
日本では、「職業訓練」という言葉の「訓練」という語のイメージが影響するからであろうか、
「職
業訓練」は仕事のためのトレーニングという印象が強く、一般に、学
されていると
教育とはかなり画然と区別
えられているであろう。だが、日本でも、現在は「職業訓練」の領域と教育の領域
の相互乗り入れはある程度進んでおり、両者を包摂する「教育訓練」という言葉も一般化し、「職業
訓練」も結構広い領域をカバーする概念と捉えられるようになっている。そういう点を踏まえるな
らば、フランス語の“formation professionnelle”と日本語の「職業訓練」は比較的近い意味を有す
ると
えることができるので、本稿では、“formation professionnelle”に対して、主に「養成」とか
「職業養成」という表現を っているが、「職業訓練」という語も時に括弧付きで
うことにした。
フランスは学歴社会であり、資格社会であるといわれるが、高い学位、高い職業資格を持つ者ほ
ど高いポストや高い賃金を獲得しやすく、その逆に、「sans diplome」といわれる学位のない人や低
い学位・資格しか持たない人は就職が難しく失業率が高く、ポストや賃金の高低は学位や資格の高
低と正の相関関係を持つとされる社会である。そこでは、その学位や職業資格は、
式に格付けさ
れており、ポストや賃金はそれらに連動するものとして社会に受け入れられている。
学位や職業資格は、まずは学
教育を通じて取得される。学
教育の中に formation といわれる
「職業訓練」が組み込まれているし、学業を終えた後で、また企業で働き始めた後でも、あるいは
失業中であっても、賃金や手当を受け取りながら職業養成を受けることができるような多様な制度
が用意されており、そうした養成を通じてより上位の職業資格を取得することができるようになっ
ている。あるいは、学
教育で教えられる授業・講義も職業養成となりうるわけであるから、働き
ながらであっても、「職業訓練」
の場を学 教育に求めれば、より高レベルの学位を取得することも
できる。職業養成によってより高い職業資格を取得し、「上昇」していくことが実行しやすい社会に
なっているといえよう。職業養成は単にある仕事で即戦力として役立つ知識・技術・技能を身につ
中上:フランスにおける「職業訓練」と職業資格
59
けるというにとどまらず、社会的に各付けされた職業資格を取得するというところに目的が置かれ
ている。
本稿では、資格取得を目標とするフランスの職業養成制度の仕組みを見てきた。「職業訓練」
が受
けやすくなっているということは、
「上昇」
志向のある者には
利な制度である。だが、「サン・ディ
プロム」の人々は、しばしばもはやそうした志向を失っているので、「職業訓練」が受けやすくなっ
ているということも彼らには特に意義があるということにはならないだろう。本来、職業養成は職
業能力の開発であるのだから、社会の発展の見地からも、失業対策の一環としても、その必要性は
明らかであるし、特に職業能力が十 に開発されてない人々にはその必要性が高いわけであるが、
そのような人々が職業養成に積極性を示さないのである。そういう人々の「社会保障への依存」が
問題となる中では、職業養成は、手当という形態であれ賃金という形態であれ、彼らがカネを受け
取るための儀式でしかなくなったとしても、職業養成の必要性はなくならない。とはいえ、彼らに
職業養成への意欲をもたせるにはどうしたらよいのか、その課題は残されたままである。
注
1 ) 田中萬年『職業訓練原理』財団法人職業訓練教材研究会、平成18年、15、42-43頁。
2 ) 同書、10頁。
3 ) 同書、40-43頁。
4 ) 浅野清編『成熟社会の教育・家族・雇用システム −日仏比較の視点から−』NTT 出版、2005年、61-62頁。
5 ) 養成機関としては、 的機関と私的機関に けられ、前者では、国民教育省管轄下に、約 5 千のリセやコレー
ジュを集める GRETA(groupements d etablissements pour la formation continue)
、大学、工業技術短大(IUT)
などがあり、雇用省(労働省)管轄下の175センターを有する全国成人職業養成協会(AFPA)、商工会議所、農
業会議所などもある。私的な養成機関としては、営利目的または非営利目的の多数の機関がある。ClaudeLobry,
Droit du travail & securite sociale,́
Edition 2004-2005, Chiron editeur, 2004, p.117。
「職業訓練」を受けたり、試験を受けるために休暇を
6 ) 企業の養成計画に基づく職業養成とは別に、個人的に、
取れる。
7 ) 浅野清編、前掲書、24-26頁。
8 ) 厚生労働省編『世界の厚生労働2006 −2004∼2005年海外情勢報告−』TKC 出版、2006年、93-94頁。
9 ) 同書、92頁。
10) フランスでは、失業率は高い学位・職業資格所持者ほど低く、学位や資格が低くなるほど高まるということ
はよく知られている。cf. TABLEAUX DE L ECONOMIE FRANÇAISE Edition 2006 ,INSEE,2006,p.91.
11) Code du travail, 65e edition, Edition 2003, DALLOZ, 2003, p.948 et s., Art. L. 931.
12) 岩崎久美子『フランスの生涯学習支援』http://ejiten.javea.or.jp/content.php?c=TWpZd01ERTQ%3D
13) 浅野清編、前掲書、143頁。
14) 同書、30-32、39 頁。
15) Code du travail, op. cit., p.962 Art. L. 934-1.
16) 厚生労働省編、前掲書、98頁。
17) Social 2004 (Memento Pratique), Edition Francis Lefebvre, 2004, pp.511-512, no.4601.
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第10号 2007年 3 月
18) 厚生労働省編、前掲書、43-45、59 -61、75-82頁。
19 ) Code du travail, op. cit., pp.353-354, Art.L. 211-1, pp.983-985, Art L. 980-1.
20) Social 2004, Dictionnaire RF, 23e edition,Groupe Revue Fiduciaire,p.535. 厚生労働省編、前掲書、98頁。
21) 林 雅彦、高津洋平『フランスの失業保険制度と職業訓練政策 −Welfare to Work の観点から−』海外労
働時報2003年 臨時増刊号 No.342、38-39 頁、林雅彦、高津洋平『フランスにおける失業者の職業訓練』日本
労働研究雑誌 No.514/May 2003、61-62頁。
、38頁、林雅彦、高津洋平『フランスにおける
22) 林雅彦、高津洋平『フランスの失業保険制度と職業訓練政策』
失業者の職業訓練』62頁。
、39 -40頁、厚生
23) Lobry, op. cit., pp.119 -121、林雅彦、高津洋平『フランスの失業保険制度と職業訓練政策』
労働省編、前掲書、99 頁。
24) Code du travail, op. cit., p.952,Lobry, op. cit., p.118.
25) Social 2004 (Memento Pratique),́
Edition Francis Lefebvre,2004,pp.511-512,no.4601. フランス労働省ホー
ムページ:http://www.travail.gouv.fr/informations-pratiques/fiches-pratiques/
contrats-travail/contrat-professionnalisation-992.html