アジア諸国にみる環境型社会

ISSN 1345-5060
アジア研究所・アジア研究シリーズ No.83
アジア諸国にみる環境型社会
平成 23・24 年度研究プロジェクト
「アジア諸国にみる環境型社会」
亜細亜大学アジア研究所
2013年3月
アジア研究所・アジア研究シリーズ83
アジア諸国にみる環境型社会
平成23・24年度研究プロジェクト
「アジア諸国にみる環境型社会」
研究代表者 小林 煕直
目 次
まえがき 小林 煕直………………………………………………… 1
中国のレアアース産業政策と環境問題
小林 煕直………………………………………………… 3
東南アジアの水問題とアジア太平洋水サミット
大和谷久次…………………………………………………27
国連持続可能な開発会議(RIO+20)とその課題
―「持続可能な発展」を中心として―
鈴木 亨尚…………………………………………………63
モンゴルの鉱業法について―法律問題を中心にして―
関上 哲…………………………………………………91
モンゴルの政治状況と環境・開発問題
ジャムスランジャワ・バーサンフー………………… 117
モンゴル調査日誌
大江 宏・関上 哲・南波 正仁(写真協力)…131
アジア諸国にみる環境型社会
まえがき
1
ま え が き
研究プロジェクト代表 小 林 煕 直 本報告書『アジア諸国にみる環境型社会』は、亜細亜大学アジア研究所の
平成23−24年度(2011−12年度)の共同研究プロジェクトの成果物である。
周知のように、世界経済に占めるアジア諸国の経済的プレゼンスはますま
す大きなっている。GDP(名目、2011年)で見れば、中国(第2位)、日本
(第3位)、インド(第10位)
、韓国(第15位)、インドネシア(第1
6位)な
どである。実質経済成長率(2011年)でみれば、モンゴル(17.
5%)は世界
第1位であり、中国は減速してきたとはいえ、9.
2%で9位、インドは6.
8%
(34位)である。因みに日本は−0.
8%(174位)である。アジア諸国、とり
わけ経済規模が大きくなった中国やインド、そして経済発展を加速している
アジアの新興工業国が、世界経済の成長を牽引している姿がある。
経済成長によって豊かな国づくりを目指すことは好ましいことではあるが、
残念ながら、世界はまだ、経済成長と環境保全の両立、あるいは、経済成長
・環境保全・資源とエネルギーのトリレンマを解決するに至っていない。経
済成長に伴う環境破壊、資源・エネルギー消費の拡大に伴う地球温暖化を加
速する懸念、あるいは地下の鉱物・エネルギー資源をめぐる資源安全保障と
のかかわりも重要になってきている。
こうしたアジアの社会経済環境は、日本も率先して努力してきた、国づく
りにおける「環境型社会」
「循環型社会」の視点を外すことはできない。広く、
資源・エネルギー消費を抑制し、省エネルギー・省資源で経済・経営の効率
化を図り、消費者の意識とライフスタイルを環境保全型にしていくこと、す
なわち持続可能な環境型、循環型の社会経済の発展を目指して行かなければ
ならない。
本研究プロジェクトは、こうした問題意識の下で、メンバー各自が個別テー
2
マに挑戦し、活発な研究会発表(2011年度5回、2012年度4回、うち外部講
師1回)、2回の海外実地調査(2011年度はメンバー1名の自主調査、2012
年度はメンバー3人が参加。いずれも調査先はモンゴル国)を踏まえて、5
本の論文と1本の調査報告を取りまとめたものである。世界有数の鉱山開発
ブームが起きているモンゴルにおける開発と環境保全問題は世界的にクロー
ズアップされてきているので、継続的にウオッチングしていきたいと念じて
いる。テーマ的には、中国、東南アジア、モンゴル、世界環境サミットにつ
いて、レアアース、水資源、鉱山開発を巡る政治と法制度問題、持続可能性
のガヴァナンス、などの対象を掘り下げている。
いずれもアジアにおける経済的発展と環境保全の両立を願う問題意識を出
発点としており、掲載テーマに興味を持つ読者にとって些かなりともご参考
になれば幸いである。
中国のレアアース産業政策と環境問題
3
中国のレアアース産業政策と環境問題
小林 煕直 ∼An Analysis on the Policy of Rare-Earth Industries
and Enviromental Issues in China∼
Hironao Kobayashi はじめに
“中東には石油があるが、中国には希土があり、埋蔵量は世界の80%を占
める。その価値は中東の石油に匹敵し、重要な戦略的意義を有する。希土を
[1]
立派に経営し、中国の有する希土の優勢を発揮させなければならない。”
1992年における小平のこの指示に代表されるとおり、レアアースは1990
年代前半にはすでに中国にとって重要な戦略物資であった。
しかし、世界のレアアース埋蔵量に占める中国のシェアは、2009年には
36%へと激減し、その後も更に2
3%へと低下している。南方のイオン吸着型
重希土に至っては、余すところ1
5年で資源が枯渇するという[2]。それにも
かかわらず中国は世界のレアアース需要の90%以上を供給し続けているわけ
であり、戦略物資としての価値が十分に活かされていない状況にある。
このような状況に対応するため、ここ数年来、採掘認可証の発給の停止、
生産・輸出量に上限を設ける、生産企業を集約化するなどの措置を実施する
とともに、環境保護の視点からも採鉱・選鉱・精鉱などに厳しい条件を課し
つつある。
4
本稿では、以上のように転換期を迎えつつある中国のレアアース産業と環
境問題について、直面する課題とその対応策を中心に紹介することとする。
第1章 レアアース産業政策
第1節 レアアース生産上の諸課題
本題に入る前に、先ずレアアースとは何かについて簡単に紹介しておきた
い。
レアアース(希土類元素)とは、スカンジウム、イットリウムおよび原子
番号57のランタン以下の15元素(ランタノイド族)の総称である(表−1参
照)。これらのうち原子番号63のユーロピウムまでを軽希土類、6
4のガドリ
ニウム以下を重希土類と呼ぶが、62∼64番を中希土類と呼ぶこともある。
一般に重希土類は軽希土類に比較して埋蔵量が少なく、特に磁性材料とし
て需要の大きなジスプロシウムやテルビウムは、中国の華南地域に偏在して
いるといわれる[3]。
レアアースは石油産業などの触媒、排ガス浄化剤、光学ガラス、蛍光体、
電池、液晶ガラスや半導体の研磨、ニューセラミック用材などに使用される
が、近年では電気自動車の普及に伴い、モーター磁石としての用途が注目さ
れている。ネオジウムやジスプロシウムなどを加えることによって、磁石の
磁力の保持や耐熱性を強化することができるのである。
今やレアアースはハイテク産業の“ビタミン剤”として重要な存在である
が、埋蔵量・生産量において世界をリードしている中国では以下のような問
題に直面している。
1.資源の枯渇と浪費問題
2009年における主要国のレアアース埋蔵量と生産量をみると、中国は可採
埋蔵量では36%、生産量ではほぼ98%を占めている(表−2参照)。しかし、
乱開発が続いた結果、前述のとおり埋蔵量に占めるシェアは急速に低下し、
中国のレアアース産業政策と環境問題
5
表−1 希土類元素
原子番号
元素記号
元素名
21
Sc
スカンジウム
39
Y
イットリウム
57
La
ランタン
58
Ce
セリウム
59
Pr
プラセオジム
60
Nd
ネオジム
61
Pm
プロメチウム
62
Sm
サマリウム
63
Eu
ユウロピウム
64
Gd
ガドリニウム
65
Tb
テルビウム
66
Dy
ジスプロシウム
67
Ho
ホルミウム
68
Er
エルビウム
69
Tm
ツリウム
70
Yb
イッテルビウム
71
Lu
ルテチウム
(中文表記)
(出所)西脇文男『レアメタル・レアアースがわかる』日本経済新聞出版社、2011年、P13
および国務院新聞弁公室『中国的希土状況與政策』人民出版社、2012年、P3より
作成。
201
1年には23%へと下っている。表−2は2009年における主要国の埋蔵量と
生産量を示したもので、カナダ、マレーシア、ブラジルなどは入っているが、
最近になって資源賦存が確認されたカザフスタンなどが入っていないため、
この数年間における中国のシェアの変化を読み取ることはできない。しかし、
各種の資料からは違法な開発や資源回収率の低さなどから、中国のレアアー
ス資源保有量が急速に減少しつつあることは事実のようである。
6
表−2 主要国のレアアース可採埋蔵量・生産量(09年) (万トン、%)
中国
埋蔵量
3,
600
ロシア
米国
オーストラリア
インド
1,
900
1,
300
540
310
19
13
5
3
0
0
0
0.
27
(2,
700)
(シェア)
3
6
(27)
生産量
12
(注)( )内は2010年の可採埋蔵量。
(出所)王 之編著『中国希土保衛戦』中国経済出版社2011年、P9
資源の枯渇という問題では、北方の軽希土類より南方のイオン吸着型重希
土類の方が厳しいようである。中国におけるレアアースの分布は内モンゴル
(バインオボ)83%、山東(微山)8%、四川(凉山)3%、南方7省(江
西、福建、湖南、広東、広西など)3%、その他3%となっているが[4]、前
述のとおり、南方のイオン吸着型重希土の可採埋蔵量は、20年前には残り50
年分であったが、現在は1
5年分しかないといわれている。イオン吸着型希土
類の可採埋蔵量(主に南方7省)については諸説あるが、2008年の国土資源
部の統計によれば、確認埋蔵量は805万トン、うち江西283万トン(35%)、
広東2
44万トン(3
0%)、福建1
21万トン(1
5%)、広西8
0万トン(1
0%)、そ
の他湖南、雲南など10%となっており、現在のペースで採掘しても40∼50年
分が存在することになる。しかし、2009年11月の商務部(省)の発表によれ
ば、主産地である江西と広東両省の可採埋蔵量は残り8年分しかないという
[5]
。国務院が2012年6月に発表した残り15年という数字も必ずしもレアアー
ス輸出量の削減を正当化するためだけのものではなさそうである。
資源枯渇の一要因としての違法採掘の問題は第2章の環境の部分で触れる
こととし、以下では資源の浪費問題を回収率との関係で紹介する。レアアー
スの回収は一般に採鉱−選鉱−精鉱−精製という工程で行われるが、中国の
場合は本来回収可能な資源(精鉱)の回収率が国有企業で60%、私営企業で
40%程度と低いうえ、違法操業の企業に至っては5%前後に過ぎないという。
中国のレアアース産業政策と環境問題
7
貴重な資源を含んだ大量の鉱石が尾鉱(くず鉱石)として放棄されていると
いう。軽希土類の産地である内モンゴルのバインオボの例では、可採埋蔵量
4,
350万トンのうちいままでに1,
250万トンが採掘されたが、実際に回収され
た資源(精鉱)は120万トン前後に過ぎず、900余万トンは尾鉱となっており、
資源回収率は10%未満に過ぎなかったという。近年における年間採鉱量は約
50万トンであるが、資源の回収率は5万トン程度であるとみられる。
重希土類が多く、企業集約化の遅れている南部の場合、資源回収率は極端
に低く、1トンの希土酸化物を回収するために2,
000∼3,
000トンの鉱石が使
用されるという[6]。資源回収率の引上げは採鉱から精製に至る工程におけ
る最大の課題であるといえよう。
2.生産構造と輸出価格問題
中国のレアアース産業が直面しているもう1つの課題は、生産構造が不合
理なことである。産業の集約度が低いうえ、新材料や最終製品における特許
の保有件数が少ないため、現状では希土酸化物や合金を低価格で輸出し、先
端技術製品を高価格で輸入しなければならないという歪んだ構図になってい
る。
国務院が2012年6月に公表したレアアース白書(『中国的希土状況與政策』)
によれば、レアアース産業では選鉱・製錬(抽出・分離)設備は過剰である
が、末端の応用技術では国際水準との差が大きく、保有する知財権やハイテ
ク技術を応用した製品が少ないのが現状であるという。レアアース関係の企
業は約200社あり、大手企業も20社ほどあるものの、集約化されていないう
え、6,
000名ほどの研究者も多くの企業や研究所に分散化されており、基礎
理論やハイテク製品研究開発への資金・人材の投入が少ないという[7]。この
ような状況は合理的な価格形成にもマイナスの影響を与えているようである。
2010年下半期以降レアアース価格は上昇し、2000年比2.
5倍となったが、そ
の間、金・銅・鉄鉱石の価格はそれぞれ4.
4、4.
1、4.
8倍にもなっており、
レアアースとの差は大きい[8]。
8
レアアースの希少性が価格に反映されない状況は、輸出面でも顕著である。
中国のレアアース企業は、選鉱・製錬工程の技術は比較的高いが、製品化の
段階では、永久磁石、発光材料、水素吸蔵合金[9] や研磨剤など付加価値の
低い製品の生産が主流で、輸出の約75%もこれらローエンド製品で占められ
ており、高純度の希土酸化物などは25%程度に過ぎないという。
主要レアアース製品の個別特許保有状況は表−3に示したとおりであるが、
中国の場合、国内での特許申請件数は多いものの、ハイテク製品での特許保
有では米国、フランス、日本などに後れを取っている。このため世界のレア
アース需要の90%以上を供給しているにもかかわらず価格決定権がなく、現
状では中国からの輸出製品価格を1とすれば、ハイテク製品の輸入価格は数
百倍も高くなっているという。例えば酸化ネオジムの場合、中国から日本へ
の輸出価格は1トン20余万元であるが、高純度の金属として日本から輸入す
る時は1キログラムが20余万元になるという[10]。
輸出価格の変動は、レアアースに対する需要の増減が最大の要因であるが、
表−3 レアアースの技術特許保有状況
製品
主要保有国
石油触媒分離蒸留剤
米国、オランダ、日本
自動車排ガス浄化剤
米国、フランス、日本
ネオジム磁石材料
米国、日本
蛍光粉
米国、日本
光学ガラス・エルビウム光ファイバー
米国、日本、ドイツ
クロム酸化ランタン発熱材料
日本
水素吸蔵およびニッケル水素電池
米国、日本
クロム酸ランタン発光材・製品
日本
ニューセラミック
米国、日本
高性能研磨粉
米国、フランス、韓国、日本
(出所)表−2に同じ、pp32∼33。
中国のレアアース産業政策と環境問題
9
中国の場合は輸出競争が激しいうえに密輸(「走私」)も価格を押し下げる要
因となっているようである。2006、2007、2008年の3年間の輸出量をみると、
中国の通関統計における輸出総量よりも輸入国側の通関統計における輸入総
量の方がそれぞれ35%、59%、36%も多くなっている。2011年の場合には
輸入量が輸出量よりも1.
2倍も多くなっており、一斉取り締まりでは、8件
(23人)の密輸事件が発覚しており、769トンのレアアースが差し押さえら
れている[11]。輸出割当制の下でも密輸が行われていることは事実のようであ
る。
第2節 レアアース産業政策の推移と新規目標
1.レアアース産業政策の推移
1990年代以降、表−5にみるとおりレアアース産業に関しては次々と新し
い政策が実施されてきた。以下ではこれら一連の政策を、輸出規制の実施お
よび企業集約化とハイテク技術の誘致という2つの側面から簡単にみてみた
い。
(1)輸出規制の実施
レアアース製品に関しては、1998年に早くも輸出規制を目的とした輸出割
当(「配額」)制が実施され、2005年には輸出の奨励を目的に行われてきた輸
出還付税も廃止されている。また外資企業などの輸出枠外での取引を規制す
るためにレアアースは加工貿易禁止品目に指定されている。
2005年12月には、中国が自国の産業構造の調整(高付加価値化)を目的に、
「産業構造調整暫定規定」と同「指導目録」を改正しているが、その折、レ
アアース原鉱は輸出禁止品目に、付加価値の低い採鉱・製錬は制限類に、加
工・応用は奨励類に分類している。この規定改正の意図は、付加価値の低い
製品の生産・輸出を規制し、より付加価値の高い製品の生産・輸出への転換
にあったことは明らかで、そのために高い技術力の必要とされる加工・応用
部門は奨励類に分類されている。2007年12月には、「外商投資指導目録」も
改正されているが、その内容も「産業構造調整暫定規定」の主旨に沿ったも
10
のとなっている。
その後、2006年にはレアアース類の輸出関税率を引上げるなどの措置が採
られたにも関わらず、供給過剰による過当競争からレアアース製品の価格が
大幅に上方調整されることはなかった。例えば、液晶ガラスや半導体の研磨
に利用されるセリウムの場合、純度99.
8%の酸化セリウムでもその価格は長
い間1キログラム18元程度で、豚肉並であったという[12]。
このような状況に対応するため、2008年にはレアアースの輸出関税率を15
∼25%に引上げ、2009年には2010年からの年間の輸出量を3万5,
000トン以
下に抑える計画が発表されている。表−4にみるとおり2010年の輸出割当額
は3万300トンで前年比約40%も縮小されている。2010年における輸出枠の
大幅な削減を受けて、2011年6月末の価格は2010年に比較して大幅に上昇し
た。例えば、モーター磁石の耐熱性の強化などに利用される重希土類ジスプ
シウム鉄合金の場合、輸出価格で4.
9倍、国内価格で1.
1倍となり、携帯電話
のレンズなどに利用される軽希土類ランタンの場合もそれぞれ2.
8倍、4倍
となったと報じられている[13]。
しかし、レアアースの最大の輸出先(2009年、45.
6%)であった日本での
代替品の利用・資源回収率の向上に加え、大幅な値上がりによる新規供給国
の市場参入や米国の再参入などがあり、中国のレアアース輸出実績は2010年
こそ輸出枠を上回ったものの、2011年1万859トン、2012年1万6,
265トンと
いずれも輸出割当枠の5
0%程度にとどまっており、2
012年末には価格も希
少価値の高いジスプロシウムなどを除いては2
010年末の水準に戻りつつあ
る[14]。
レアアース需要の急減から2012年10月には内モンゴルの包鋼希土高科技公
司などは江西省における2工場の生産を暫時停止するなどの措置を採ってい
るが[15]、2016年には中国以外での生産量が6万トンを超え、中国市場以外
での需要の5.
5万トンを上回るとの推計もある[16]。今後はより多くの企業が
生産調整を余儀なくされる可能性が高い。その意味では企業の集約化は輸出
規制などより緊急性の高い課題と言えよう。
中国のレアアース産業政策と環境問題
表−4 レアアース製品輸出割当量の推移 年
05
06
07
08
11
(単位:万トン)
09
10
11
12
割当量 50,
000 45,
000 43,
000 47,
500 50,
145 30,
300 30,
184 30,
966
生産量 103,
890 1
56,
969 126,
000 134,
644 129,
405 ・・・ 96,
900 ・・・
(注)生産量は製錬(
「冶錬」)ベース、割当量には合金製品なども含まれる。…は生産量
不明。2009年の5万145トンは内資企業3万3,
300トン、外資企業1万6,
845トンで、
外資企業の輸出許可枠が33.
6%を占めていた。
(出所)割当量:2
005∼2010年は王 之編著『中国希土保衛戦』中国経済出版社2
011年、
P103、2009年は『中国希土学会年鑑2009』pp135∼140、2011年は『朝日新聞』2011
年7月5日、2012年は『日本経済新聞』2013年1月31日。
生産量:2
005∼2009年は『中国希土学会年鑑2
009』P330、2011年は国務院『中国
的希土状況與政策』2012年、P4。
(2)企業の集約化とハイテク技術の誘致
2
011年5月、国務院から「希土産業の持続的発展に関する意見」
(以下「希
土産業に関する通達」
)が出された。そこには後述するように大型企業によ
る希土産業の集約化、特に南方の産地における上位3企業への集約化が重要
な目標として掲げられている。
レアアース関連企業の再編に関しては、2003年にすでに2大企業への集約
化政策が提起されていたが、実際に集約化が進んだのは軽希土類の主要産地
である内モンゴル自治区であり、南方では最近まで中小企業が乱立したまま
であった。これが生産・輸出価格を押し下げる1つの要因となっており、資
源枯渇への懸念とも相まって、2010年には『人民日報』にも“希土王国にな
ぜ発言権(価格決定権)がないのか”といった記事が掲載されるに至ってい
る[17]。
内モンゴル地区では、2007年頃から包鋼希土高科技公司による集約化が進
められ、同公司が包頭地区の95%の資源を保有するに至っているという[18]。
しかし、レアアース産業の上流(採鉱・選鉱・製錬)部門にはまだ淘汰の対
象となる中小企業が多く、2011年9月現在、35企業を対象とした整理・淘汰
計画が完了しない状況にあると報じられている。その要因は、2011年にはレ
12
アアースの価格が大幅に上昇し、閉鎖対象企業が当初計画での補償金額に不
満を持ったことにあるようである。例えば、酸化セリウムや酸化プラセオジ
ムの場合、年初価格は1トン当り5万元、23万元であったが、6月末にはそ
れぞれ23万元、120万元と大幅な値上がりとなっている[19]。レアアースの価
格は、輸出量の減少などから前述のとおり2012年には2010年末の水準に戻っ
ているため、北方(包頭)地区における企業の集約化をめぐる問題は早晩解
決されよう。
南方では、重希土類の主産地である江西省
州市を中心に採鉱量規制や、
新技術の開発・導入とともに企業の集約化が進められつつあるが、包鋼希土
高科技公司を初め資源大手である中国五鉱集団、中国
業(アルミ)集団、
中国有色金属(非鉄)建設公司やその子会社の進出が著しい。江西省では包
鋼希土が
州晨光希土新材料公司など代表的な3社の株式を取得しているほ
か、中国五鉱集団や中国
業集団も進出している。南方では「希土産業に関
する通達」で上位3社へ8
0%集約することが目標とされているため、レア
アース製品の価格が大幅に上がらない限り、企業の集約は更に進むことにな
ろう。
企業の集約化は過当競争の抑制ばかりでなく、新技術の導入にも有利であ
る。中国のレアアース産業では、採鉱から精錬までの技術は一定の水準にあ
るとされるが、新技術の開発・応用・製品化では、前述のとおり外国企業に
後れをとっている。製錬以降の応用・加工工程における技術力を高めること
は中国のレアアース産業にとって焦眉の課題といえよう。この課題を克服す
るために、包頭市には国家レベルの包頭国家希土高新技術(ハイテク)産業
開発区が設けられ[20]、技術力の高い内外資企業は様々な優遇措置が受けら
れるようになっている。
包頭希土ハイテク産業開発区には、2008年末でフランス、英国、日本(昭
和電工)などの外資企業を含めて1,
5
00企業が設立登記をしており、そのう
ち23社がハイテク企業に認定されているという[21]。投資企業には土地使用
料、電気料金などの割引や新技術投資に対する補助制度があるが、ハイテク
中国のレアアース産業政策と環境問題
13
表−5 レアアースに関する主要政策の推移
年
政策概要
1994 希土生産企業間で希土製品の最低価格を取決め。
1998 レアアース製品の輸出割当(「配額」)制を実施。
2003 北方(包頭)と南方産地を2大企業集団で管理する政策を提起。
2005 「レアアース11・5発展計画」を発表、レアアース産品に対する輸出還
付税を廃止し、加工貿易禁止品目に。「産業構造調整指導目録」では、
レアアースの採鉱・冶金は制限類に、加工・応用は奨励類に、原鉱は輸
出禁止品目に。
2006 レアアース採掘許可証の発給を暫定的に停止し、採掘総量を抑制。輸出
関税率を引上げ。2
007年の輸出割当枠を5万トンから4万5,
000トンに
縮小。
2007 レアアース鉱石および冶金・分離製品を国家指令性計画管理(行政が生
産量・価格を決定)品目に。
2008 レアアース製品の輸出関税率0∼10%を15∼25%へ引き上げ。
2009 「稀土工業発展的専項規画2009∼2015」を発表、2009∼2015年の年間輸
出量を3万5,
000トン以下に。2010年の輸出割当枠を2009年比40%削減。
2010 内モンゴルの包鋼希土高新科技公司と国土資源部が共同で希土の備蓄
制度を導入。江西省などはレアアース製品に統一価格導入へ。国務院が
「企業併合・再編に関する意見」を通達、希土類も対象に。
2011 レアアースに対する資源税トン当り04
. ∼2元を04
. ∼60元に引上げ(軽希
土60元、中重希土30元)(1月)
国土資源部「希土・鉄鋼国家規画鉱区」を設定し、探鉱、採鉱を規制
(2月)
「希土工業の持続的発展に関する意見」を通達(5月)
「希土工業汚染物排放(排出)標準」を施行(11月)
希土企業の集約化に着手。
2012 中国希土産業協会設立。包頭希土産品交易所有限公司(希土取引所)を
設立。
(出所)蘇文清『中国希土産業経済分析與政策研究』中国財政経済出版社、2009年。王
之編著『中国希土保衛戦』中国経済出版社、2011年。国務院『中国的希土状況與
政策』2012年などより作成。
14
産業に認定された場合、税制面では次のような優遇措置が受けられる[22]。
①増値税:開発区留保分(地方税分)を7年間100%補助(免除)。②企業所
得税:同5年間100%免除、6∼10年間は50%。③営業税:同3年間100%免
除となっている[23]。ハイテク産業に認定されない場合でも企業所得税と営業
税は3年間80%免除などとなっている。また研究・開発費の投資が販売総額
の5%以上、大学専門学校卒以上の科学技術スタッフが従業員総数の30%以
上、研究開発部門のスタッフが従業員総数の10%以上などの企業には補助金
がでるなど、多様な補助金制度でハイテク企業を支援する態勢が整えられて
いる。このような各種の優遇措置からも、中国が如何にハイテク企業の誘致、
即ち製品化面での新技術の導入を重要視しているかがうかがえよう。
2.レアアース産業の新規目標
過当競争からくる生産過剰、資源の浪費、環境破壊などを規制すると同時
に、製品の技術水準を高めることを目的に、2011年5月、国務院から「希土
産業に関する通達」が出された。ここには、レアアース産業の抱える課題と
ともに、政府としてのレアアース産業政策が明示されている。今後の中国の
レアアース産業の発展方向を理解する上で重要な資料と考えられるため、以
下ではその内要を紹介する。
(1)発展目標
ここでは以下の4つの目標が掲げられている。即ち①1∼2年間の間に資
源開発・製錬・市場の流通秩序を規範化し、無秩序な開発・生産の拡大、環
境の悪化や密輸などを抑制する。②大型企業を主体とした産業編成を実施し、
南方のイオン吸着型希土産業では80%以上を上位3企業に集約させる。③新
製品と応用技術の開発を進める。④規範的かつ高効率な管理体を構築する。
その後さらに3年間程度で持続的な発展の局面を形成する。
(2)産業管理の強化
以下の6項目に関する標準化や管理体制の強化の方法が示されている。①
採鉱、環境保護標準をさらに厳格化し、「希土工業汚染排出標準」を厳格に
中国のレアアース産業政策と環境問題
15
執行する。②指令性生産計画管理を実行し、採鉱・製錬・輸出の関連性を強
化し、製錬企業も生産許可制とする。採鉱・製錬・製品の流通台帳を専用の
領収書で管理する制度を確立する。③輸出企業の資本金、製品の品質、輸出
量と金額などに関する管理水準を高め、輸出企業数を合理的に確定する。④
採鉱や生産量と同時に希土金属、希土酸化物、塩類や鉄合金などの輸出を厳
格に管理し、国内の生産・消費と国際市場の状況を考慮して年間の輸出割当
量を確定する。輸出割当枠の転売行為を厳禁し、レアアース品目の関税番号
を細分化すると同時に、法定検査目録に入れる。採鉱・生産・輸出企業間の
伝票を連動化させることにより形を変えた輸出を防止する[24]。⑤資源税徴
収標準の引上げ(第2章参照)、価値と価格が釣り合うようにし、生態回復
保証金制度によって企業にも生態環境保護と復元に対する経済的責任を負わ
せる。⑥鉱産資源法[25] など関連法規を厳守させる。
(3)法に基づく秩序の維持
①希土採鉱総量規制指標の管理を厳格にし、違法標準超過採鉱を防止する。
探鉱・採鉱許可証の発給は再審査し、合法的な企業名を公表する。②国家希
土指令性生産計画を強化する。鉱石のソースを追跡調査し、違法な売買企業
を処罰し、生産許可証や販売資格を取り消す。③生態環境破壊や環境汚染行
為を取り締まり、汚染物排出総量規制指標を超える企業には精算を停止させ、
一定期限内に改善できない場合は関連の許可証を取り消すこととする。④密
輸や違法輸出を取り締まる。虚偽の申告や虚偽の品目名による輸出や分割申
請やサンプル製品を装った輸出などを厳しく取り締まる。
(4)産業構造の調整
①新規の探鉱、採鉱申請の受理を引きつづき暫時停止すると同時に、現有
鉱山の生産拡大を禁止する。②現有の選鉱・精錬設備能力や規模の拡大を禁
止する。③資本参入、合併などの形式で選鉱・製錬企業数を大幅に減少させ、
産業の集積度を高める。工業信息(情報)化部がレアアース産業再編方案を
作成する。④先進技術を導入し、浸池方式やアンモニア鹸化分離方式などの
旧式の技術や生産ラインは淘汰する。
16
(5)希土資源の備蓄と応用技術の強化
①政府と企業は実物(鉱石・製品)と資源(埋蔵量)を関連させた形での
戦略的備蓄計画を確立する。その際、南方のイオン吸着型希土と北方の軽希
土資源の備蓄量を統一的に配分する。備蓄用とする希土資源は国家の許可な
く採鉱できない。資源・製品備蓄地方政府や企業には中央政府が財政補助を
する。②重要な応用技術の研究開発とその産業化を加速させる。
(6)組織指導力の強化
①工業信息化部(工業・情報化省)に希土弁公室を設け、レアアース産業
の管理を統一的に実施する。②レアアース関連の国務院各部・局の責任と分
担を明確にする。③工業化信息部はレアアース産業の管理を全面的に行い、
指令性生産計画を策定する。発展改革委員会は希土産業への投資の規模と輸
出総量をコントロールする。発展改革委員会、財政部、国土資源部は希土の
戦略的備蓄計画を策定する。国土資源部は探鉱・採鉱、総量抑制および備蓄
に責任を負う。環境保護部門は環境保護と汚染防止に、商務部は輸出割当の
管理、各国との貿易の調整をし、また税関は密輸防止に責任を負う。
以上が、「希土産業に関する通達」の概要である。今後の目標としては企
業の集約化、生産・輸出量の抑制、新技術の開発と製品化の促進、環境保護
の強化と備蓄制度の確立などがあげられているが、最重要課題は新技術の開
発と製品化であろう。新規の政策としては財政補助による備蓄制度があるが、
レアアース市場への供給量の調整によって、一定の価格水準を維持すること
ができるため、レアアース価格の大幅な変動を抑制できるという面での意味
が大きい。環境保護の面では、生態回復(復元)保証金制度の導入が提起さ
れているが、資源税などとの関係がどうなるのか、また、生産面における環
境コストをどう評価するなど、今後の課題として注目される。
中国のレアアース産業政策と環境問題
17
第2章 レアアース産業における環境問題
第1節 環境汚染の実態
中国のレアアース産業には、前章で紹介したとおり、世界需要の90%以上
を供給しながら、価格の決定権がないという問題がある。その1つの要因と
しては、乱開発・過剰生産による過剰供給もあげられるが、より重要な要因
はその生産サイクルにある。中国の場合は製錬あるいは精鉱までが主流で、
その後の先端技術を応用した高付加価値製品を製造できるメーカーが少ない。
このため低付加価値製品を低価格で輸出し、高額な高付加価値製品を輸入す
るという悪循環が繰り返されているのである。
この生産サイクルにおける問題は、レアアース市場における価格決定権に
影響するばかりでなく、環境面でも負の影響をもたらしている。採鉱・選鉱
・製錬の過程では、大量の森林伐採や廃鉱(くず鉱石)の発生で生態環境が
破壊されるばかりでなく、選鉱のために蓚酸やアンモニア・チッソ、硫酸ア
ンモニアなどの化学薬剤が大量に使用されるため環境汚染が起きる。それば
かりでなく軽希土類鉱石にはトリウムなどの放射性元素が混在しているため、
放射性物質の飛散といった汚染も発生する。レアアース生産では製錬(分離)
以降の工程では環境汚染が少なく、前の段階ほど環境問題が深刻であるため、
中国の現状は、レアアース製品を低価格で輸出しながら、環境汚染という負
の遺産を一手に引き受けているということになる。以下では各地における環
境汚染の状況とともに、採鉱量の規制をめぐる問題などを紹介する。
1.主要産地における環境汚染状況[26]
南方のイオン吸着型重希土類の採鉱では“堆浸・池浸工芸”(管を地中に
挿入して、水や硫酸アンモニアなどを注入し、流出した液体状の希土鉱石を
洗鉱池で蓚酸などで分離させる方式)などの旧式の技術が多いため、1トン
のレアアースを分離するために、地表の植物を200伐採し、表土300を削
り取らなければならず、このため200の廃砂が生れ、年間1,
200万の表土
18
が流出するという。
広東興寧市寧中鎮では、過去20年間の採鉱により農田が破壊され、飲料水
も汚染されたため半分以上の農民が村を離れてしまっている。江西省全南県
では、約12.
5万ha に600万の樹林があったが、100個以上の鉱山ができたた
め、山には穴が掘られ、平地には採掘された土が盛られ、雨季には土砂流出
が常態化してしまったという。広東省の始興県澄江鎮暖田村では山下の洗鉱
池に硫酸、硝酸アンモニアなどの化学薬品が流入したため、1四方で異臭
がし、洗鉱後の大量の廃水が水田を通って小川に流入したため、大量の作物
が枯れ、魚が死に悪臭を放っているという。
包頭市のバインオボ鉱区、鉱山の周辺には大量の尾鉱(くず鉱)が放置さ
れている。1998年11月の検査ではこれらのくず鉱置場からは放射性物質が飛
散し、周囲の牧草や土壌も汚染されていることが判明し、更に鉱石を粉砕し
て採鉱される鉄鉱石と希土精鉱にもそれぞれ放射性元素であるトリウムが
0.
24%、0.
057%含まれていた。この地区の尾鉱は1億5,
000万トンもあり、
乾燥した日には風で東南方向へと飛散するため、南側の沼地、農田、草地、
動物はその影響を受け、大面積の土地がアルカリ化し、耕作や放牧が出来な
くなっている。
中国のレアアース産業では、汚染基準を守っている企業でも、その基準自
体が米国やオーストラリアのそれよりかなり緩いという問題がある。現在、
1トンのレアアース製品の生産に8,
500のフッ素が使用されている。またレ
アアース産業は年間アンモニア・チッソ10万トン、フッ素6,
000トン、放射
性物質300トンを放出しているという。
2.採鉱量の規制をめぐる問題∼
州市の事例[27]∼
“希土王国”と称される江西省
州市では2011年に「タングステン・希土
鉱採鉱総量規制に関する通知」を公布している。以前から生産を停止されて
いた寧都県と
州市に加えて信豊県も生産停止となった。国家による生産量
統制が厳しくなったうえ、3大主産地での生産が全面停止となったため、
中国のレアアース産業政策と環境問題
19
州市では1トン10万元程度であったレアアース価格が一時42万元にまで値上
がりし、8月末には6倍にまで値上がりするものがでてきていた。これが違
法採鉱を激増させることとなったという。
信豊県では「違法採鉱を厳格に取締ることに関する通知」を出し、同時に
許可証のない原鉱輸送者を確認し告発したものにはトン当り2万元の報奨金
を現金支給し、違法者の罰を重くしている。主要道路には検問所を設け、硫
酸アンモニウムや蓚酸などの鉱山への輸送や原鉱石の積み出しを監視するこ
ととした。
しかし、採鉱の現場は山奥にあり、犯人を拘束できるのは鉱区が10ムー
(約0.
67ha)以上という規定があるために、現場に到着したときには違法採
鉱者は立ち去った後であったり、いたとしても面積が確認できなかったり、
という状況で取締りの成果には疑問符が付けられている。10月に入るとレア
アースの価格は下がってきたが、多くの在庫を抱えた人々の違法採鉱と取引
は後を絶えない状況にあると報じられている。
採鉱規制の強化とレアアース価格急上昇の中で起きたのが、信豊県安西鎮
で発生した“7・10事件”であった。爛泥坑という希土鉱山の老板(経営者)
と村の幹部を棍棒や鋤を持った村人が襲ったのである。この鉱山は低コスト
での生産が可能ないわゆる“堆浸方式”で安価な蓚酸や硫酸アンモニウムを
使用しているためレアアース価格の値上げで莫大な利益を得ていたという。
このような状況の中で、村民が違法に採鉱に着手したため、鉱山主と対立し、
村の幹部も鉱山主側に立ったため上述のような衝突事件が起きたのである。
村民の不満は厳しい環境汚染は勿論、村の所有していた鉱山で鉱山主が莫大
な利益を上げていることや村の幹部が鉱山の使用権を鉱山主に売るにあたっ
て一回も村民代表大会が開催されず[28]、販売収入の分配にも預からなかっ
たことなどであった。
安西鎮では、レアアース鉱山開発に伴う環境汚染も酷く、貯水池(養魚池)
への硫酸アンモニウム汚水の流入などで、2011年9∼10月には3万匹もの魚
が死ぬ事件も起きている。信豊県は調査の結果、違法なレアアースの採鉱な
20
どは中止させているが、貯水池の浄化ばかりでなく、約100万元といわれる
養魚業者の経済的損失をどう補償するかなどの問題は残されたままという。
ここでは信豊県の事例を紹介したが、レアアースは企業の利益になるばか
りでなく、資源税などの税収を通じて地方政府にも利益をもたらすだけに、
採鉱量の調整をどうするかは、村民の環境問題にどう対応するかと同様に判
断の難しい問題と言えよう。
第2節 環境保護政策の強化
1.環境保護制度
2011年10月、中国で初めてレアアースを対象とした汚染物廃出標準を定め
た「希土工業汚染物排出標準」が施行された。この標準は、近年中国で増加
している重金属による環境汚染(公害)の防止をも目的としたもので、汚染
物の排出標準は濃度で示されている。この排出標準の公布によって、従来レ
アアース工業企業をも対象としていた「汚水総合排放(出)標準」、「大気汚
染物総合排放標準」および「工業炉大気汚染排放標準」やその関連規定から、
レアアースは除外されることとなった。
1989年に「環境保護法」が施行されて以来、中国では矢継早に環境保護関
係の法規が公布・施行されてきた。その中に「水汚染防治法」「大気汚染防
治法」、「固体廃棄汚染環境防治法」など、いわゆる“三廃”の排出による環
境汚染の防止を目的とした法律や環境汚染を事前に防止することを目的とし
た「環境影響評価法」などがある。環境影響評価制度を補う制度とし“三同
時”制度[29] の実施が義務付けられている。また汚染物の排出を管理する制
度としては汚染物総量規制制度と排汚許可制度および排汚費徴収制度があり、
基準を超えた汚染物を排出する企業に対しては期限付き汚染防止制度がある。
環境保護関連の法律の主旨を具体化するために、上記のような様々な制度
が実施され、数多くの標準が定められており、環境保護標準の数は、1
999∼
2010年間だけでも国家レベルの標準994、地方政府レベルの標準1
88に達して
いる。しかし、これら多数の制度や標準が十分守られているわけではない。
中国のレアアース産業政策と環境問題
21
例えば、環境影響評価法は2003年に施行されたが、2007年における四川省で
の調査ではその執行率は50%程度とされる。また汚染物総量規制制度、排出
許可制度や排汚費徴収制度でも依拠すべきデータの正確さに問題があったり、
現在増加しつつある汚染物質が対象になっていないなどの問題が指摘されて
いる[30]。
その一方で、国家レベルでの環境保護目標はより高くなっており、「国家
環境保護1
1・5計画」(2006∼2010年)では CO2 と SO2 の排出量の削減を、
また「12・5計画」(2011∼2015年)では CO2 に加えてアンモニア・チッ素
やチッ素酸化物の排出量の削減が“約束性”(行政の責任で実行する)指標
として掲げられているし、近年社会的注目を集めているカドミウム、クロム
など重金属汚染に対しても2010年には「重金属汚染総合防治規画2010∼2015
年」が提起され、2011年2月には国務院から公布されている。このような状
況の中で施行されたのが先に紹介した「希土工業汚染物排放標準」である。
国務院が2012年6月発表した「希土白書」では、この排出標準によってレ
アアース企業が許可証なく汚染物を排出することが禁止され、またインオ吸
着型希土における“堆浸、池浸”などの旧式の選鉱方法は禁止されるし、1
種類の鉱石の採鉱のみを目的にした開発や環境汚染や生態破壊の著しい採鉱
方法なども強制的に淘汰されることになる。また2011年からは、関係部門に
よるレアアース関係の鉱山、製錬、金属生産などの全企業を対象とした環境
保護査察を実施し、同時に環境レベルを引き上げるために40億元を投じる予
定であるという。
2011年5月の「希土産業の発展に関する通達」でも、「希土工業汚染物排
放標準」の厳守と標準を超えた汚染物排出企業の生産を即時停止することが
明記されており、これらの政策が実行されれば、レアアース産業の特に上流
部門で著しい環境問題も現状よりは改善されそうである。
2.資源税条例の改正と環境問題
2011年11月、原油・石炭・鉄鉱石やレアアースなどを対象とした資源税条
22
例が改正された。1994年1月施行の資源税条例と改正資源税条例との相違は
次の2点、即ち税率の引上げと従量税から従価税への移行の2点にある。石
油、天然ガスの課税方法が従量税から従価税へと改められ、レアアースへの
課税率がトン当り0.
4∼2元から0.
4∼60元へと引上げられている。改正税率
では軽希土(フッ化セリウムなど)がトン当り60元、中重希土(
イットリ
ウム、イオン吸着型希土類)30元などとなっており、94年の基準に比較して
大幅な引上げとなっている[31]。
資源税条例は改正されたが、レアアースを対象に実際に徴収される各種の
税金や経費には、環境問題を含めて次のような課題が指摘されている[32]。
(1)税よりも経費の徴収が重視されている。
実際の課税では、国税部門(中央政府)はレアアース製品の販売に関わる
増値税を、地方政府は資源税、鉱山経営者の個人所得税、営業税、印紙税、
都市建設税および教育付加費などを徴収する。
これらの税徴収以外にも、各主管部門が次のような経費を徴収する。国土
資源部:国土資源補償費、臨時土地占有費、水利部:水土保持費、表土流失
防止費、林業部:森林回復費、環境保護部:汚染排出費、工商行政管理局:
工商管理費。
これら各主管部門以外にも鉱山のある県や郷村ではそれぞれ調査費や管理
費などが徴収されるため、課税額より経費として納める金額の方が多くなり、
資源税として一定の規模にならず、財政収入で環境保護事業を実施すること
が困難である。
(2)徴収方式や徴収標準が企業間で異なる。
レアアースに対する税費の徴収は、増値税、資源税は同一標準で実施され
が、その他の税費に関しては各県が定める税費標準で徴収されるため、企業
間で負担が異なり、公正な市場競争を形成することができない。
(3)レアアースへの課税額はその価値を反映していない。
レアアース関連の株式上場会社の粗利益は50%以上であるが、課税率は主
要営業収入の6∼8%に過ぎず、税負担は極めて軽い。改正資源税では課税
中国のレアアース産業政策と環境問題
23
率が0.
4∼60元に引上げられたが、レアアースの価格が1トン数十万元であ
るにもかかわらず、資源税はトン当り3万6,
000元程度に過ぎず、またレア
アースの希少性やレアアース間での品質の相違も反映されていない。低コス
トでレアアース市場への参入が可能であればそれだけ乱開発を誘引すること
になる。
(4)課税方式が従量税で価格の変動を反映しない。
石油や天然ガスは従価税となったがレアアースは従量税のままであり、課
税対象は販売量であり在庫などは課税対象にならない。このため、価格が上
昇しても資源税額は増えない。
(5)資源税には環境コストが加算されていない。
レアアースの採鉱は、池浸・堆浸方式などの低コストの生産方式で行われ
るため、環境破壊と環境汚染が激しく、レアアースを1トン採鉱すれば表土
の流失だけでも年間1,
200万にもなる。廃水、廃気、残渣による環境汚染
が著しいにもかかわらず、レアアースの開発コストには環境コストが入って
いない。現在の資源税率では地方政府が税収から大規模な環境回復費用を支
出することは困難である。各種主管部門は表土流出防止費、森林回復費、汚
染排出費などを徴収しているが、これらの経費は各部門の事業経費を賄うだ
けで環境保護に充当させるという規定がない。
(6)資源税収の分配が不合理
資源税は地方政府の収入であるため、資源開発が増加すればするほど地方
政府の財政収入が増える仕組みとなっている。これが各地方での乱開発を増
加させる要因となっており、環境悪化や資源の浪費を招く1つの要因となっ
ている。資源税が地方政府の収入であるため、中央政府は地方交付税という
形で地方の環境問題に関与することができない。
以上のような指摘から、改正資源税の問題点をまとめてみると次のような
3点になろう。①従価税でなく従量税であるため、レアアースの価値(品質)
や価格が税額に反映されていない。②レアアース開発に伴う環境コストが加
算されていない。③地方政府の収入であるため中央がコントロールできず、
24
税収を目的に乱開発を招き易いということである。
これらの問題を解決するためには、石油や天然ガスが国際価格の変動を反
映できるように課税方式を従量税から従価税へと変えたように、レアアース
も従価税とすべきであるが、江西省信豊県の事例でも明らかなように、市場
価格が高騰した場合は開発の簡単なレアアースでは違法開発が増加する可能
性も高く、その点石油とは同じにならないかも知れない。ただ従量税であっ
ても税率の中に環境コストを加味しておくことは必要であろう。2011年5月
の「希土産業に関する通達」では、生態環境回復保証金制度の設立が提起さ
れていたが、資源税とは別枠で環境税を設けることも一考に値しよう。
まとめ
本文中でも説明したように、中国のレアアース産業には2つの特徴がある。
第1は新技術の開発:応用・製品化のレベルが相対的に低いということであ
り、第2は採鉱から製錬までの環境負荷のもっとも大きな部分を背負ってい
るということである。前者は低付加価値製品の輸出と高付加価値製品の輸入
という悪循環を生み出しているし、後者はレアアース産地に重大な環境汚染
をもたらす結果となっている。
前者に関しては、研究・開発費やハイテク産業への財政補助の増加などに
よって時間をかければある程度解決できよう。しかし、環境問題の解決は容
易ではない。生態環境回復保証金制度も考えられているようであるが、財政
赤字の多い地方政府は企業からの税収の増加に期待し、住民の利益より企業
の利益を優先する事例が多い。地方交付税の配分増などがない限り、地方政
府が積極的に企業を取締る状況にはならないであろう。
最近の中国の環境問題では、重金属汚染が社会的注目を集めており、関連
報道も多い。それらをみていると、環境意識の高いのは中央政府と住民で、
企業の意識は必ずしも高くないことが伝わってくる。2012年1月、広西省で
河川にカドミウム汚水が流入する事件が発生したが、取締官が見つけたのは、
中国のレアアース産業政策と環境問題
25
工場から河川への暗梁であった[33]。このように経営者が意図的に環境汚染
を隠蔽しようとする事件は枚挙にいとまがない。レアアースの場合、違法採
掘の現場の多くは人里離れた山奥の県境にあるため、レアアースの価格が高
水準にある限りいたちごっこが続くことになろう。
中国のレアアース輸出規制の動きに対抗して、2012年3月、米国、EU、日
本が WTO への提訴に踏み切った。輸出量が輸出割当量を大きく下回ってい
る現状では、提訴の意味は薄れつつあるが、中国が環境問題を重視せざるを
得ないという点ではそれなりの価値があろう。
[注]
[1]
1992年1月18日から2月21日の間、小平は武昌(湖北省)、深、珠海、
順徳(広東省)および鷹潭(江西省)を巡回している。その折の各地に
おける発言が小平の「南方談話」
(南巡講話)としてまとめられている。
ただ各講話が何処でなされたものかは明示されていない。
[2]
王 之編著『中国希土保衛戦』中国経済出版社2
011年、P30。国務院新
聞弁公室『中国的希土状況與政策』人民出版社、2012年、P3など参照。
特に説明はないが、埋蔵量は可採埋蔵量(「工業儲量」)を示すものと思
われる。
[3]
西脇文男『レアメタル・レアアースがわかる』日本経済新聞出版社、2011
年、P47。
[4]
前掲、『中国希土保衛戦』、P20。
[5]
前掲、『中国希土保衛戦』、P169。
[6]
前掲、『中国希土保衛戦』、P41。
[7]
前掲、『中国希土保衛戦』、P33。
[8]
前掲、『中国的希土状況與政策』、P7。
[9]
水素吸収度の高い合金・金属で、液体状の水素と比較し、貯蔵上の安全
性が高い。『知恵蔵2007』朝日新聞社、P712.
[10]
前掲、『中国希土保衛戦』、P32。
[11]
前掲、『中国的希土状況與政策』、P9、P32。
[12]
前掲、『中国希土保衛戦』、P47。
[13]
『朝日新聞』2011年7月7日。
[14]
『朝日新聞』2012年12月29日など。
26
[15]
『日本経済新聞』2012年11月23日。
『人民日報』2012年3月14日。
[17]
『人民日報』2010年8月11日。原文は“希土王国”為何没有話語権。
[18]
『経済日報』2010年11月29日。
[19]
『中国青年報』2011年9月9日。
[20]
中国には56か所の国家レベルハイテク産業開発区があるが、
“希土”とい
う名称が付されているのは包頭だけである、
『経済日報』2009年8月11日。
[21]
注[20]に同じ。
[22]
『包頭国家希土高新技術産業開発政策匯編』2009年3月。
[23]
これら3税の中央と地方政府の配分率は、増値税75:25、企業所得税60:
40、営業税0:100であり、開発区留保分とはこのうちの地方税の部分を
示す。即ちハイテク産業と認められた企業は、地方税部分が一定期間免
税されることになる。
[24]
レアアースを含まないメタル合金とか研磨剤などの名目で輸出すること。
[25]
1986年公布、2009年8月改正。鉱産資源が国有であることや国有鉱山の
採鉱は国有企業が主体であること。また、資源開発時には関連規定に基
づいて資源税や資源補償費を納めなければならないことなどが規定され
ている。
[26]
蘇文清『中国希土産業経済分析與政策研究』中国財政経済出版社、2009
年、pp216∼218、および前掲『中国希土保衛戦』pp38∼40など参照。
[27]
『中国青年報』2011年10月25日。
[28]
2000∼2006年に農民の経済的負担を軽減する目的で税費改革(農民の負
担する税金と費用に関する改革)が実施されたが、この改革の過程で、
農民への分担金の割り当てや労働力の調達などの場合、事案1件ごとに
村民代表大会を開催して決定するという“一事一議”の原則が定められ
ている。
[29]
主体工事と環境汚染防止施設とを同時設計、同時施行、同時操業すること。
[30]
汪勁主編『中国環境法治藍皮書1
979∼2010』北京大学出版社、2
011年、
p183、103など。
[31]
前掲『中国的希土状況與政策』pp13∼14.
[32]
頼丹、呉一丁「我国希土資源税費存在的問題與改革思路」『中国財政』
2012年 No.4、 pp46∼48。
[33]
『中国青年報』2012年2月1日。
[16]
東南アジアの水問題とアジア太平洋水サミット
27
東南アジアの水問題とアジア太平洋水サミット
大和谷 久次 Asia-Pacific Water Summit and Water Problems in Southeast Asia
Hisatsugu Yamatoya はじめに
近年、日常生活の中で、異常気象、地球温暖化、地球環境問題と言われる
現象に思いをはせない人はいないだろう。それを物語るかのように、世界各
地では洪水、猛暑、熱波、水質汚濁、水不足など、深刻な「水問題」にまつ
わる事象が相次いで見られる。水問題は環境、農業、工業といった一つの分
野の問題や援助の問題だけでなく、人間の安全保障や国家の社会・経済発展
の根幹にかかわる問題でもある。人間、動物、植物を含め、生命あるものす
べてが水をなくしては生きられない。それが故に「水を制する者は世界を制
す」「20世紀は石油を巡る戦争の世紀だったが、21世紀は水を巡る戦争の世
紀」「21世紀は水問題との戦いの世紀」「110兆円市場の水ビジネス」とさま
ざまに言われ、水問題に関する文献も多くなってきた。
そもそも地球上には膨大な量の水が存在する。だが、そのうち97%は塩分
を含む海水であり、日常生活や農業に利用できる淡水は3%に過ぎない。し
かもその大部分は南極などの氷雪であり、湖沼や河川、地下から得られる利
用可能な水は地球上の水の0.
1%にも満たない。世界人口70億人のうち既に
11億人が淡水の不足に直面しており、なかでも深刻なのがアフリカ、アジア、
中南米の開発途上国で、地球上ではまさに南北問題ならぬ「水の格差問題」
28
が起きている。水不足などの原因には爆発的な人口増加に加え、都市化、ラ
イフスタイルの変化、乱開発、気候変動などさまざまな要因が考えられる。
本稿では、この水問題がアジア地域でも深刻化している現状を踏まえ、か
つてアジア研究所プロジェクトで「世界水フォーラムとアジア太平洋水サ
ミット」と題して執筆した報告書のフォローアップと、東南アジアの水問題
として今後深刻化しそうなメコン川、2011年に起きた「タイ洪水問題」を取
り上げ、それらの水、環境問題を考える上で、「世界水フォーラム」の地球
規模での対応、取り組み、役割がますます重要になってきたとの立場に立っ
て原稿をまとめようとするものである。2012年2月には同年3月にフランス
で開かれた「第6回世界水フォーラム」に向けたタイでの「第2回アジア太
平洋水サミット」開催が洪水問題の影響を受けて延期となったが、同水サ
ミットは「2013年5月開催」が決定した。
1.地球上の水問題
地球上の水は、
「蒸発 − 凝結 − 雲の形成 − 降水 − 地表流 − 海」
といった循環サイクルで止めどなく繰り返され、その水循環周期は加速して
いる。つまり蒸発量と降水量がともに増え、これは気温の上昇が蒸発を促進
することに起因するもので、地球温暖化が影響とされる。氷河の後退も水循
環変化の一例となる。水循環に影響を及ぼす人間の活動としては、農業、ダ
ムの建設、森林伐採や造林、地下水の汲み上げ、河川からの取水、都市化な
どが挙げられる。水問題とは水危機を内包しており、水危機は1
970年代から
現代までの地球上の水資源と人類の需要とを比較したときの状態で、とくに
水不足、水質汚染が主要問題とされる。地球上の水は、地下、表層、大気に
蓄えられるが、その絶対量には上限がある。また、海水を飲用水にするため
の処理、研究、努力もなされているが、人類が利用できる水資源は一部の淡
水に限られる。水の危機は、安全な飲み水を得ることができない1
1億人の
人々、地下水の過剰な汲み上げによる農耕地の不毛化、水資源の過剰利用と
東南アジアの水問題とアジア太平洋水サミット
29
汚染による生物多様性の低下、水資源の不足による地域紛争のような形で顕
在化している。水危機はまさに水の危機による健康被害、水の不足、河川の
断流と湖沼の縮小、地下水の枯渇、水質の汚染、洪水、生物多様性へのダ
メージ、地域紛争などの形で現れている。
2012年、国連は3月11日に世界各地で食糧需要の増加と気候変動によっ
て水不足が深刻化し、水の無駄遣いを防止する努力が必要だとする報告書
「World Water Development Report」を「第6回世界水フォーラム」開催に
合わせて発表した。同報告書は2003年、2006年、2009年に続いて4度目。ま
た、米国の「国家情報長官室」は3月22日、今のままでは2040年までに世界
の水が足りなくなり、世界の食料市場や経済成長に悪影響を与えるとの報告
書「Global Water Security., Intelligence Community Assessment, ICA201208, 2 February 2012」を発表した。同報告書は、水不足を巡って戦争が起こ
るリスクを分析するために国務省の指示で作成されたもので、
「戦争が1
0年
以内に起こるとは考えにくいが、国家間の対立の原因になる恐れがある」と
警告した。と同時に、世界の水需要は人口増加や経済発展などで2030年には
現在よりも30%増加、一方地球温暖化の影響で水の供給量が減り、北アフリ
カや中東、南アジアなどでは水不足が深刻化する恐れがあると警告。そして
水確保を巡り、大河流域の国々では緊張が高まり、上流の国が水を独占した
り、ダムなどを狙ったテロが起きたりする恐れがあると指摘する。8月15日
には、アジア開発銀行(ADB)がアジアの都市と環境に関する報告書「Key
Indicators for Asia and the Pacific 2012」を発表し、1980∼2010年でアジア
の都市人口は約10億人増えたが、2040年までには更に約10億人増える見通し
で、経済成長による急速な都市への人口集中に都市基盤の整備が追い付かず、
2025年までにアジア沿岸部で約4億人(2010年は約3億人)、内陸部で約3
億5,
000万人(同約2億5,
000万人)の計約7億5,
000万人が洪水被害を受け
る危険性があると警告した。従って、このまま放置すれば公害や公衆衛生の
問題も深刻化するため「環境に配慮した都市づくりに迅速に着手する必要が
ある」と提言した。
30
3つの報告書は近い将来、水不足や洪水など水問題がさらに深刻化するこ
とを警告したものである。世界には263の河川系があり、国境をまたぐ国際
河川も数多く存在する。問題が基本的な生存問題に絡んだ深刻な場合には係
争が起きることもある。そうしたケースでは、ほかに端を発する国境問題と
緊張関係があった上で、付加的に水資源を巡って争われることが多い。東南
アジアのメコン川においては中国が上流部でダム建設を行っており、これが
流砂を止めるためにメコン・デルタや沿岸農地が縮小されるのではないかな
ど環境問題も含めた視点からも懸念材料となっており、深刻な問題に発展し
かねない状況にある。
2.メコン川の環境・水問題と紛争
東南アジアでは、台風や豪雨による洪水、土砂崩れ、インドネシアでの地
震に伴う津波など水に絡む問題が毎年のように見られ、その被害は年々深刻
さを増してきた。2004年12月26日のインドネシア「スマトラ島沖地震」
(マ
グニチュード=M9.
1)に伴う津波等の死者は22万6,
566人(2005年1月20日
時点)以上に達した。2
008年4月2
7日にベンガル湾で発生したサイクロン
「ナルギス(Nargis)」は5月2日にミャンマーのイラワジ川(エーヤワ
ディー川)デルタに上陸、ミャンマー史上最悪と言われる甚大な被害をもた
らし、5月3日にタイ国境付近で消滅した。ナルギス被害地はミャンマー、
スリランカ、バングラディシュにまで及び、ミャンマーにおける死者・行方
不明者は1
3万8,
366人、被害総額は約40億ドル、家屋被害は80万棟、冠水し
た農地は60万 ha と試算されたが、国連人道問題調整事務所などの推計値で
は死者1
0万人、行方不明者22万人とされた。フィリピンの南部ミンダナオ島
を襲った2
011年12月の「台風2
1号」による死者は1,
453人(12月27日時点)
に達し、被災者33万人、避難生活者約4万3,
000人、行方不明者も1,
000人以
上に上り、アキノ現大統領は12月20日に「国家災害事態宣言」を発令した。
2012年7月末∼8月初めの「台風9号」や豪雨による影響で「マニラ首都圏
31
東南アジアの水問題とアジア太平洋水サミット
の50%が洪水に見舞われた」(ラモス国家災害対策本部長の発表)被害では
8月7日時点で57人以上が死亡、195万3,
000人以上が被災し、避難者は約25
万人とされた。また、シンガポールは国内水源だけでは必要な水消費量を賄
いきれないため、マレーシアのジョホール州からパイプラインで3億5,
000
万ガロンの水を購入している。シンガポールは1961年と1962年の英国植民地
時代に2つの The Tebrau and Scudai Rivers Water Agreement, The Johor
River Water Agreement を締結、一つは2011年(1961年合意)、もう一つは
2061年(1962年合意)に契約が満了期となる。
そのほか、東南アジアでは中国を含めた6カ国を流下するメコン川で幾つ
かの水問題が提起される。それは上流、下流問題、開発に伴う流況の課題、
低平地の洪水対策、都市化による深刻な環境・水問題などである。メコン川
は、東南アジアを流れる全長4,
880、流域面積79万5,
000を持つ国際河川
で、海抜5,
200以上のチベット高原に源流を発し、中国の雲南省を通り、
ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムを通って最終的には南シ
【東南アジア諸国の面積、人口及び年間水量】
国
ブルネイ
カンボジア
面積(ha)
57
6,
50
0
18,
1
06,
0
0
0
インドネシア 19
0,
45
7,
0
0
0
需要 2
00
4
人口
水資源量 利用可能な
水資源量
(1
0
0万人)(mcm/年) (mcm/年) mcm/年
%
0.
3
7
4
8,
5
0
0
3,
4
2
5
1
4.
1
3
1
1
2
1,
0
0
0
需要 2
02
5
mcm/年
%
8
3
2.
4
2
1
51
4.
4
1
1
3
3,
6
0
0
6
21
0.
4
6
1,
7
42
1.
3
0
2
4
5.
5
4
0 2,
8
3
8,
0
0
0 1,
8
5
2,
5
7
6
8
6,
15
6
4.
6
5 1
18,
4
0
0
6.
3
9
ラオス
23,
6
80,
0
0
0
5.
7
5
8
1
9
0,
0
0
0
3
0
8,
0
0
0
5,
7
00
1.
8
5
na
−
マレーシア
32,
9
75,
0
0
0
2
5.
6
7
1
5
8
0,
0
0
0
6
3
0,
0
0
0
1
1,
62
2
1.
8
4
1
4,
50
4
2.
3
0
ミャンマー
67,
6
58,
0
0
0
5
4.
7
4
5
8
8
1,
0
0
0
9
0
1,
0
0
0
2
8,
23
3
3.
1
3
7
85
0.
0
9
フィリピン
30,
0
00,
0
0
0
8
2.
6
6
4
4
7
9,
0
0
0
2
2
6,
4
3
0
2
9,
95
5 1
3.
23
8
5,
22
1 3
7.
64
6
64 1
10.
6
7
シンガポール
66,
7
0
0
4.
5
8
8
6
0
0
8
9
0
4
47 7
4.
50
タイ
51,
3
12,
0
0
0
6
4.
4
7
0
2
1
0,
0
0
0
2
1
6,
1
2
3
5
2,
67
1 2
4.
37
ベトナム
33,
1
69,
0
0
0
8
2.
2
2
2
3
6
7,
0
0
0
3
3
5,
0
0
0
6
6,
31
6 1
9.
80 1
00,
2
5
7 2
9.
93
合計
44
7,
99
5,
5
0
0
5
7
9.
7
7
3 5,
6
7
5,
1
0
0 4,
6
0
6,
7
5
4 2
81,
8
0
4
na
−
6.
1
2
出典:ASEAN 2005, FAO, WRI, World Bank, GWP, Encarta 2007, PUB Singapore
(出所):Asia-Pacific Water Forum, Asia-Pacific Regional Document. 5th World Water
Forum., P. 39
32
ナ海に抜ける。中国領域ではメコン川はその源から海抜3
0
0の国境まで
2,
200流下する。メコン川にかかる中国・雲南省、ミャンマー、ラオス、
タイ、カンボジア、ベトナムの人口は2億4,
000万人であり、このうち約7,
000
万人がメコン川流域内に住み、流域の平均人口密度は87人/である。メコ
ン川は、カンボジアのプノンペンで本流とバサック川に大きく2つの流れに
分かれる。2つの流れは、下流のベトナムでさらに分岐し、農業生産、とく
にコメの生産に欠かせない肥沃なデルタ地帯を形成するとともに、流れが大
きく減速し、密集した水路のネットワークを作る。メコン・デルタは5万
5,
000の面積に1,
800万人の人口を抱え、主な都市にはカントー、チャウド
ク、ミトーなどがある。ベトナムに到達したメコン川はソン・チュー・ロン
(=九龍川)とも呼ばれて9つの流れ、9匹の龍になって南シナ海に注ぎ込
む。雨期には流量が増して流れが速いため、船の運航は非常に難しい。乾期
には流量は減るが、浅瀬が増えるため船舶の運航が難しくなる。本流、支流
周辺では日用品の取引などの小規模な貿易が行われる河川でもある。
そのメコン川流域は生物の多様性が最も豊かな地域でもある。生息が特定
あるいは推定されている魚の種は1,
200以上に上る。漁業はそれぞれの領域
の経済活動の非常に重要な要素となっており、約1
20種の魚が商業取り引き
されていると同時に、食料としての重要なタンパク源にもなっている。メコ
ン川上流域では流入する雪解け水により一定の流量があるため、比較的透明
で流れは速い。下流域ではとくに雨期に赤茶色に混濁する。インドシナ半島
に広く分布する紅土であるラテライトの土壌を河岸侵食するのがその理由で
ある。流れの速い上流では、魚類はドジョウ、吸盤ナマズ、鯉が支配的な種
であり、流れの遅い中流域、下流域では鯉、メコンオオナマズ、および線鱧
が支配的な種である。哺乳類や爬虫類は重大な危機に直面している。淡水に
生息するメコンイルカはかつて下流域では一般的に見られたが、治水と乱獲
のため、現在は見かけることがまれになった。川の中や川の周りに生息して
いる他の沼沢地哺乳動物としてはカワウソ、スナドリネコが挙げられる。固
有種のシャムワニも報告例は非常にまれになってきた。
東南アジアの水問題とアジア太平洋水サミット
33
【中国のメコン川ダム建設計画】
名 称
発電量
(MW)
完成
功果橋ダム
2008年
Gongguoqiao Dam
小湾ダム
Xiaowan Dam
漫湾ダム
Manwan Dam
位 置
750 北緯25度36分43.
7秒 東経99度17分45.
6秒。
北緯24度42分19.
1秒 東経100度5分31.
8秒。建設中
高さ292。三峡ダムに次ぐ規模。
2013年
4200
1996年
1500 北緯24度37分20.
2秒 東経100度26分56.
4秒。完成
大朝山ダム
Dachaoshan Dam
2003年
1350 北緯24度1分40.
3秒 東経100度22分9.
8秒。完成
糯扎渡ダム
Nuozhadu Dam
2017年
5850 計画中で、小湾ダムをさらに上回るダム規模。
景洪ダム
Jinghong Dam
2010年
1750 北緯21度50分48秒 東経100度58分21.
4秒。建設中
橄欖 ダム
Ganlanba Dam
n/a
150 計画
孟松ダム
Mengsong Dam
n/a
600 計画
小湾
保山
漫湾
中 国
大朝山
思茅
糯札渡
ミャンマー
中国のダム
完成
建設中
計画中
昆明
景洪
ハノイ
ボーテン
チェンセン
フェイサイ
ルアンプラバン
南
北
チェンマイ 回
廊
ラオス
ビエンチャン
ヤンゴン
東西回廊
モーラミャイン
タ イ
イ
ン
ド
洋
メ
コ
ン
ダナン
川
ベ
ト
ナ
ム
バンコク
カンボジア
プノンペン
ホーチミン市
タイ湾
南シナ海
拡大メコン地域の開発計画
0
200
400km
(出所):新潮社「March 2007 Foresight」85ページ。Hiroshi Hori, The Mekong: Enviroment
and Development., United Nations University Press, 2000. そのほかニュース報道
資料などから作成。
34
メコン川流域各国における政策では、将来の開発目的と主な水関連の経済
活動、すなわち灌漑農業、水力発電、漁業、湿地、洪水軽減、航行、観光、
都市・工業用水供給に焦点が置かれる。それが故に、流域地域では水位・流
域の変化、漁業生産性と生態系機能、水質悪化、河岸侵食と河床変動、航行
障害、森林破壊などの環境問題にも目を向けるようになってきた。メコン川
が現在直面している2つの大きな問題は、ダム建設と急流を緩和する治水工
事である。メコン川流域では本格的に動き始めたラオスのサイヤブリ・ダム
建設事業を含む最大13基のダム建設計画が存在し、メコン川上流の中国側で
も大規模なダム建設計画が進められている。中国は既に漫湾ダムをはじめ3
つのダムを建設しており、さらに12基のダム建設を計画中である。中国のこ
うしたダム建設の動きに伴って、メコン川の水位は低下し、捕らえられた魚
は小さくなり、漁獲量も4分の1に減少し、メコンイルカやマナティーを含
む多くの種が絶滅の危機にさらされるようになってきた。中国のダム建設が
今後とも計画通り行われるとさらに深刻な影響を及ぼすことになる。東南ア
ジアの下流域諸国は環境破壊と汚染に加え、低い水位が魚の遡上を妨げ、産
卵ができなくなるという川の閉塞問題にも直面してきた。
中国のダム建設、メコン川の水量や流れの変化、環境問題で、とくに影響
を受けているのがカンボジアである。カンボジアの農業生産は絶妙な水量の
バランスの上に成り立っており、それが崩れることで、大規模な飢饉と壊滅
的な洪水というシナリオが危惧される。メコン川流域のラオスの都市やベト
ナムのホーチミン市も低い水位と汚染により、大きな打撃を受けるが、経済
が未発達なカンボジアでは食料供給の大部分をメコン川に依存している。年
に一度の氾濫は、メコン川支流であるトンレサップ流域を肥沃化するために
必要な多量の水を供給している。氾濫がなければ、この地域は乾いたほこり
だらけの生産力の低い土地となり、ひいては都市を維持することもできなく
なる。トンレサップ生物保護区は、トンレサップ周辺領域を保護するために
創設された。2011年12月19∼20日、ミャンマーの首都ネピドーでメコン川流
域6カ国首脳が集まって「第4回大メコン川流域開発計画(GMS)首脳会
東南アジアの水問題とアジア太平洋水サミット
35
議」が開かれ、同流域の成長と開発、貧困削減などを掲げた2012∼22年まで
の戦略計画共同宣言が発表された。そしてメコン委員会も含め、メコン川流
域ではダム建設計画の延期、環境影響調査の方向にも一歩踏み出す動きを示
してきている。ダム建設問題という意味でミャンマーのテイン・セイン大統
領が2011年9月30日、北部カチン州イラワジ川上流で中国と2009年に締結し
た水力発電用大型ダム「ミッソンダム」の開発中止を決断した点は注目され
た。
3.2011年:タイの洪水問題
過去の洪水問題
2011年、メコン川流域のミャンマー、タイ、カンボジア、ベトナムのイン
ドシナ各国は近年にない大洪水に見舞われ、洪水被害も深刻であった。なか
でも、タイの場合は過去50年で最悪の被害とされ、記録的な大洪水は長引く
政争、地球温暖化などもその原因とされた。タイでは5∼10月が雨期である
が、2011年は7∼9月に平均を30%も上回る過去50年で最多の雨が降った。
6∼9月までの降水量はチャオプラヤ川上流部のチェンマイで平年の1.
3倍
(921)であった。チャオプラヤ川流域は、タイ中央部に位置し、その流域
面積は16万3,
000とタイ最大の流域である。本流域はタイ全土(51万4,
000
)の約3分の1を占め、全人口の約40%が居住する。タイには25の大河川
流域があり、そのうち中央部に位置するピン川、ワン川、ヨオン川、ナーン
川、サッゲークラン川、パサック川、チャオプラヤ川を合わせてチャオプラ
ヤ川流域と呼称される。この下流域には首都バンコク圏も位置しており、ま
さに経済、文化等の中心地域でもある。バンコク首都圏はチャオプラヤ川流
域のデルタにて発展してきた。
バンコク首都圏の水害原因を見ると、浸水の危険がある低平地で人口が急
増し、毎年発生する洪水に対して「タイは雨が多い国だから仕方がない」
「雨
期だから仕方ない」
「洪水は毎年起こるものだから」という思考の下で水害
36
に備えることなく都市化が進展してきたことが指摘される。もう一歩踏み込
んで言うならば、チャオプラヤ川の洪水による水位の上昇とチャオプラヤ川
本流からの氾濫、潮位の影響、上流域から農業用水路を通じて上流に降った
雨水と農業用水が大量に流入、バンコク首都圏に降る豪雨、地下水の汲み上
げによる地盤沈下の進行、もともと浸水する地域での浸水を許容しない都市
化・土地利用の進展、洪水防御・排水施設の不十分な整備、洪水に関する情
報収集と提供体制の不備、バンコク首都圏の浸水を考慮しない上流域での農
業用水の供給と排水、バンコク首都圏を含む下流域の浸水を考慮しないダム
の操作、バンコク首都圏庁の対応部局の体制の不整備と経験不足、土地利用
の誘導と規制の欠如および不備、浸水の危険性に対応しないで建設された建
築物、公共施設、水害についての情報不足などが原因として列挙される。
チャオプラヤ川流域の洪水は過去の事例から示すと、上流部で頻発して死
者も多数出してきた「山岳域」と、2カ月以上も洪水が引かない「中流域や
下流域」における長期間にわたる洪水、「バンコク」に代表されるような市
街地における内水氾濫とに分けられる。とくにバンコクで顕著な内水氾濫に
は地形が原因に挙げられる。海抜1∼1.
5程度のバンコク市内はチャオプ
ラヤ川より低い位置にあり、形状もくぼ地になっておりそこにモンスーン特
有の雨が降り、排水施設の不足などによって浸水域が拡大する。チャオプラ
ヤ川本流においてこれまで被害が大きかった洪水は1942年、1978年、1980年、
1983年、1995年、1996年、2001年、2002年、2006年、2010年で、1995年洪水
は7∼9月初めまでの豪雨によるものでナーン川やヨオン川一帯の約1万
5,
000が浸水した。この洪水でバンコク市内はチャオプラヤ川本流からの
被害が少なかったものの、同市外は多大な被害を受けた。同洪水によって、
道路や橋などの被害は64億バーツにも及んだが、この被害額には家や穀物、
工業活動被害などは含まれていない。ナーン川とパサック川流域における降
水量は450、345を記録した。
2002年洪水はチャオプラヤ川上流やパサック川上流で、モンスーンブレイ
ク後の8∼9月にかけて急激に降水量が増大、パサック川流域では既往を越
東南アジアの水問題とアジア太平洋水サミット
37
える降水量を観測し、チャオプラヤ川とパサック川が合流するアユタヤ付近
では大きな被害に見舞われた。2002年の洪水被害は、1995年の洪水被害とほ
ぼ同じ地域で起こった。しかし、1995年と同様にバンコク市内では大きな被
害は受けなかった。当時の洪水被害の主な要因はモンスーンブレイク後の急
激な雨量の増加によるもので、当局もその予測はできずに対応の遅れが言わ
れた。対応の遅れには、テレメーターシステム等の危機の故障、恒常的な予
算難のために機器が稼働していなかったこと、さらに水文観測者がデータを
取得してから国務省が洪水対策で対応するのが後手後手になっていたことが
あった。2002年洪水被害は死亡者128人、負傷・怪我人62人、被害89万1,
290
世帯の328万9,
358人、避難者1万4,
351世帯の3万1,
772人、物的被害は8,
881
本の道路、355の橋、994のダム、526の排水溝が被害に合い、家屋倒壊1,
030
世帯、家屋損壊6万3,
303世帯、1,
453棟の政府建物、寺、学校などが被害を
受けた。1966∼201
0年のタイ自然災害では洪水の災害数が自然災害数の58.
5
%を占め、洪水は頻繁に発生してきた。ダムの決壊防止目的による大量放水
は1983年、1995年、2002年、2006年、2010年洪水で見られ、記録的な大雨と
いう意味では1983年、1996年、2002年、2010年洪水が列挙される。
2011年洪水問題
1
1年大洪水」被害は、タイ北部からバンコクに向けた河川
50年ぶりの「20
における水量の増加を伴いながら南下した。7月中旬から北部(チェンライ
県、ナーン県など)、東北部(ノンカイ県、サコンナコン県など)で豪雨に
よる洪水被害が報告、その後度重なる台風などの降雨で川が増水し、堤防の
決壊などにより洪水被害が広がった。10月初めに11のダムが基準貯水量を超
え、10月4日に北部のプミポンダムで放水量を増やしたことが下流地域の増
水に一段の拍車を掛けた。10月上旬には日系企業が多く入居するアユタヤ県
の工業団地(サハラタナナコン工業団地、ロジャナ工業団地)でも冠水し、
操業が相次いで停止された。タイ政府が10月15日時点で発表した被害状況に
よると、77都県中6
1県に洪水の影響が及び、248万世帯以上856万人が被害を
38
受け、全国で297人の死亡者数が確認された。また、経済的被害も甚大で860
万ライ(約138万平方キロ)の農地と990万頭の家畜も被害を受け、損害額が
600億∼900億バーツと見積もられ、10月17日時点でタイ中央銀行と国家経済
0∼1.
7%に上ると見積もった。インラッ
社会開発庁は洪水被害が GDP の1.
ク首相は11月19日にバンコク都心部の「安全宣言」を発令、12月23日にはス
クムパン・バンコク知事も「洪水終息宣言」を行ったが、12月28日時点の洪
水発生県は77都県中5都県(洪水が発生したものの既に水が引いた県は39
県)、死者7
52人、行方不明者3人、洪水面積4万5,
023を記録した。その結
0%に落
果、タイの2011年1
0∼12月期の GDP 成長率は前年同期比マイナス9.
1%となった。
ち込み、2011年通年の GDP 成長率も前年比0.
2011年の大洪水は、単に豪雨、台風、異常気象、地球温暖化によるだけで
なく、
「政争、人災」による要因も加わったとの見方も根強い。タイを中心
にインドシナ各国では経済成長が進む中、急激な森林破壊や農村から都市へ
の人口移動、インフラ開発などが展開されてきた。その中で最も影響が大き
いとみられるのが熱帯雨林の急速な減少だ。これは森林の保水能力の低下に
結び付く。経済成長に連れて国土開発が進み、タイの森林は ASEAN の中で
も特に速いペースで減少した。タイの森林は販売目的の伐採や開発などで過
去20∼30年間で急速に失われた。1980年から90年までの10年間の森林減少率
990年の林野率(国土に占める林野の
は年率3.
3%で ASEAN 最大となり、1
割合)は25%まで低落した。つまり、乱開発で森林資源が減少、保水能力が
大幅に低下したことも予想以上の被害となった。また、タイの中心部はチャ
オプラヤ川により形成されたチャオプラヤ・デルタといわれる堆積土により
形成された三角州で、タイの国土の多くが平坦な土地によって形成されてい
る。タイ北部から流れるチャオプラヤ川水系のほとんどが高低差なく、川の
流れが緩やかになっていることが豪雨の際の排水量不足にもつながり、大量
の水が処理しきれずあふれて洪水となった。タイは災害対策への投資が少な
いので、堤防の建設、河川の浚渫が最近では改善されつつあるものの、遅れ
ていることが排水能力不足につながった。
東南アジアの水問題とアジア太平洋水サミット
39
今回のアユタヤの被害は上流部のダムや水門の調節にも問題があった。ダ
ムの放水のタイミングを過って下流地域に浸水被害を及ぼすなど人為的ミス
があった可能性も高い。タイにはダムと運河という効果的な洪水防御システ
ムがある。政府はそれを適切な時期に使うべきだったが、今回は遅きに失し
た。タイは7月初めの総選挙で、インラック首相率いるタイ貢献党が政権を
奪還。洪水が政権交代期と重なったのも対策の遅れにつながった。チャオプ
ラヤ川には支流も含め3つの大規模ダムがあった。しかし、10月にはそのダ
ムが満水となり、大量放水を始めた。これが大洪水を引き起こすきっかけと
もなった。早期から計画的に放流していれば、これほどの洪水は防げた可能
性もある。タイは頻繁に洪水災害に見舞われており、治水対策の必要性が長
年にわたって指摘され、1990年代には日本の国際協力機構(JICA)がチャ
オプラヤ川流域で治水調査を実施、ダムの管理強化、堤防のかさ上げ、放水
路や排水ポンプの整備などを含む包括的な計画を策定してタイ政府に提案し
ていた。しかし、首都バンコクはチャオプラヤ川や運河の氾濫による被害を
防ぐため堤防や排水路など最低限の備えを持つが、国全体としての対策は遅
れていた。タクシン元首相は在任中、25の河川流域で総合的な治水対策に取
り組む方針を示していたが、2006年にクーデターで失脚。政争が激化するな
か、本格的な治水事業への着手は先送りされてきた。
洪水被害拡大と政争
タイでは2006年以降、タクシン・チナワット元首相(2001年2月9日∼2
006
年9月19日)を支持する勢力と同元首相の政治手法に反対する勢力との間で
対立が続き、2008年にはタクシン派政権に対し「市民民主化同盟」
(PAD、
通称『黄シャツ』)が半年以上にわたる反政府デモを行い、過激化した抗議
活動は首相府およびスワンナブーム国際空港の占拠とその後の政権交代に至
り、2008年12月に反タクシン派政権であるアピシット政権が誕生した。これ
に対し、今度はタクシン元首相支持派の「反独裁民主戦線」
(UDD、通称
『赤シャツ』)がアピシット政権に対する反政府運動を開始、2009年4月に
40
はパタヤでの ASEAN 関連首脳会議会場の占拠、バンコク数カ所の道路封鎖
などを伴う大規模かつ過激な反政府デモ・集会が発生した。2
010年3月から
UDD は再びデモ活動を大規模に展開し、同年4月にはバンコク中心部を占
拠するなど、タイの経済および都民の生活に多大な影響を与え、ついにタイ
政府は同年4月7日以降バンコクおよび周辺地域に対して「非常事態宣言」
を発令した。しかし、その後もデモ隊によるバンコク中心部の占拠が続いた
ため、タイ政府は同年5月13日より同占拠地域を封鎖。5月19日に治安部隊
がデモ隊排除の行動に踏み切ったことを受け、UDD 幹部はデモ・集会の終
結宣言を行った。その後、タイ政府は同年12月22日付で上記事態に係る非常
事態宣言をすべて解除、2011年に入ってからはバンコク中心部に適用されて
いた国内治安維持法も5月24日を以って解除した。
2006年軍クーデターで当時のタクシン元首相が追放されて以来、タイでは
タクシン派、反タクシン派が政争に明け暮れ、首相も2011年8月に就任した
インラック・チナワット首相までほぼ1年に一人のペースで交代してきた。
と同時に、両勢力とも治水という長期的な政策の視点を欠いてきた。プミポ
ン国王は約15年前、バンコク知事に対して都市開発や工業団地の造成と並行
して治水も行うよう指示したが、政治対立によって治水事業が後回しにされ、
両派とも10∼20年先を見据えた治水を疎かにし、農民支援など選挙に勝つた
めのばら蒔きしか考えてこなかった。その典型例が今洪水問題に対するタク
シン派のインラック首相と反タクシン派の民主党重鎮であるスクムパン・バ
ンコク知事の対立、足並みの乱れで見られた。
スクムパン知事は10月26日、商店や住宅が浸水し始めたチャオプラヤ川沿
いのバンコク中部ブラナコン地区を視察し、インラック首相は「万全の準備
態勢だ」と胸を張ったが、同知事は「今夜、首都内の50地区すべてに水が来
る可能性がある」と対照的な発言をしてインラック批判を繰り返した。さら
に、インラック首相が10月31日、バンコク東部のサムワ水門の開閉を巡り、
既に浸水している地区の住民が座り込むなどしたため一部の水門開門を命令
したのに対してバンコク都が反発して迷走した。インラック首相の指示に対
東南アジアの水問題とアジア太平洋水サミット
41
して、バンコク側は「水門を広げ水量が増せばバンチャン、ラクラバン工業
団地などが浸水し、東部地域の被害が拡大する恐れがある」と異議を唱えた。
タイ政府とバンコク当局との「水のコントロール」を巡る対立が顕著に見ら
れ、これらが事態をさらに混乱、深刻化させた。アピシット・ウェーチャ
チーワ前首相は11月15日、バンコク市内の国会内で朝日新聞(16日付朝刊)
記者と会見し、拡大する洪水被害は「政府の不手際が悪化を招いている」と
現政権を批判し、7∼8月の大雨が洪水の原因ではあるが、①ダムの放水遅
れ、②水を東西に十分迂回させず、多量の水が首都へ流入、③水門故障と水
量見通しの誤り、④住民や企業への情報不足−が被害拡大につながったと指
摘した。
インラック首相は11月9日、訪問先のバリ島でラジオ演説し、「バンコク
中心部が浸水する恐れはなくなった」として、バンコク都心部に「安全宣言」
を発令。スクムパン・バンコク知事も12月23日、最後まで水が残っていたバ
ンケン区での排水作業が22日に完了したのに伴い、バンコク市内の「洪水終
息宣言」を出した。在位65年を数えたプミポン国王は12月5日、84歳の誕生
日を迎えた祝賀式典で参列したインラック首相ら政府関係者、軍幹部に対し、
「問題解決に当たって国民が手を取り合えば、人々の幸せと国家の安定がも
たらされる」と述べ、洪水で被災した国民を救うために団結を要請。また、
2012年5月26日には洪水で甚大な被害を受けた中部アユタヤ県を訪問し、被
害を軽減するための遊水池などを視察した。同遊水池は1996年に同国王の発
案によって洪水対策用に整備された池でもあった。
ゴミ・衛生・環境問題の事例
・タイの大洪水で、皮膚病や下痢などを訴える人が増えた。浸水が長引き、
回収されず水面に漂う大量のゴミで衛生環境が悪化。避難所に仮診療所を
設けるなどしたが、医師らは感染症の流行を懸念した。避難所として計
540人が生活するバンコク中心部のチュラロンコン大学体育館で11月9日、
お年寄りや親に手をひかれた幼児らが事務室に設けられた「医務室」を相
42
次いで訪れた。1日40人程度が訪れ、発熱や咳、皮膚炎など主に感染を原
因とする症状を訴えた。
・洪水被害が広がるバンコクでは、ゴミの収集作業が滞り、深刻な問題と
なった。冠水のひどい地域では回収率が通常の3割程度にとどまった。ゴ
ミは排水溝を塞ぐなどして排水作業にも支障を来した。当局は10月以来、
ボート約200隻を投入してゴミ回収に力を入れた。ゴミ回収が遅れれば、
感染症の広がりを助長し、ネズミの格好の餌となる。腎不全などに陥る危
険もあるレプトスピラ症の病原体を含むネズミの尿が水に混ざり、人に感
染する恐れも拡大した。また、洪水とともに、ガソリン、ゴミ、汚物と混
じった汚水処理、悪臭も深刻な問題となった。
・洪水による水が引いた後、バンコクでは水浸しになった家電や家具、衣服
などが大量に捨てられ、あちらこちらに山のように積み上げられた。50
を超える浸水で泥がこびりついた椅子や棚など店内の家具はすべて捨てて、
店内は空っぽの店もあった。悪臭をとるために洗剤を使って床、壁全体を
拭き掃除も目に付く。バンコクでは各地に緊急のゴミ捨て場を指定したが、
その一つでは道路沿いの幅10ほどの歩道と空き地に長さ1以上にわた
る高さ約3のゴミの山ができていた。生ゴミ混じりでハエがたかって悪
臭も放っていた。12月8日のゴミ回収量は過去最高で、通常の約1.
5倍の
1万2,
463トン。
・主要道路の排水は2
011年内に完了する見通しとなったが、水の引いた街で
は住民が大量のゴミと格闘が続く。バンコク北部ラクシー地区の住宅街で
も水が引き、住民は清掃作業に忙しくした。日常で出るゴミに加え、浸水
で使い物にならなくなった家具や家電も大量に捨てられ、高さ1ほどに
積み上げられたゴミが道幅6ほどの道路半分を塞ぐ。回収が追い付かず
放置されたままの生ゴミには大量のハエがたかり、衛生面での被害も懸念
東南アジアの水問題とアジア太平洋水サミット
43
される。バンコク当局は臨時職員約900人を雇って回収に全力を挙げたが、
洪水で発生した約10万トンを回収するには年内かかる。清掃業者への依頼
は殺到しており、再開の見通しが立たない工場も多い。
・タイ政府は11月1日、洪水による死者が43人増えて、計427人になったと
発表。タイ保健省は洪水の死者427人のうち50人以上が感電死で、浸水に
よる漏電や電源が水没したことによる原因と分析。洪水被害が広がるタイ
で、感電死する人が続出し大きな問題になった。冠水後も自宅に住み続け
る住民が多いこと、電力当局も苦情を恐れて送電を遮断できないことが事
故の頻発につながった。また洪水で疾病や感染症の危険も出てきた。平地
が多く水はけの悪いタイでは、生活排水や動物の糞尿に汚染された水が市
街地や農村に滞留し、細菌が発生しやすい。感染症には飲食物を通して菌
が入り込むコレラや腸チフス、傷口から感染する破傷風などがある。水が
引いた後に大量発生する蚊が媒介となって感染するデング熱の可能性も。
・バンコクの北約75キロにある世界遺産の寺院群で、タイを代表する観光地
「アユタヤ遺跡」もほぼ全域冠水。古都アユタヤでは、貴重な遺跡群の仏
塔が損傷するなどの被害が出ている。大量の水で地盤がゆるみ、仏塔が傾
くなどの深刻なケースも少なくない。国連教育科学文化機関(ユネスコ)
の世界遺産に登録された寺院群が被災しており、ユネスコはタイ当局とと
もに実態調査に乗り出す。首都バンコク中心部の観光名所「エメラルド寺
院(フットプラケオ)」や王宮の一部も浸水。
・洪水被害が深刻な中部アユタヤの動物園で10月、飼育されていた数十匹の
ワニが増水により動物園外へと流出する騒ぎ。9月には東部の観光地パタ
ヤのワニ園から体長2∼4のワニが逃げ出す騒ぎも。また大洪水で、バ
ンコク東部の動物園「サファリ・ワールド」ではライオンやトラ、キリン
など1,
000頭以上の動物が周辺の高台へ避難。動物たちの動き回るスペー
44
スも限られてきた。また、バンコク住民の間ではワニへの警戒感が強まっ
てきた。洪水で郊外のワニ養殖場から逃げ出したワニが浸水地域の広がり
とともに首都まで進出。11月3日にはタイ人男性が「ワニにかまれた」と
怪我を訴え、11月7∼8日には相次いでバンコク内でワニが捕獲された。
タイ政府は1匹1,
000バーツ(約2,
500円)の懸賞金を設けて捕獲に躍起。
タイは世界最大級のワニ養殖国。
4.世界水フォーラムとアジア太平洋水サミット
(1)第5回世界水フォーラム
メコン川、タイの洪水問題など国、地域、地球レベルの水を巡る諸問題
を討議、検討するのが「世界水フォーラム(World Water Forum、略称:
WWF)」である。WWF は、民間シンクタンクである「世界水会議(World
Water Council、略称:WWC)」によって運営されている国際会議である。
世界水会議は本部事務局をフランスのマルセイユに置く民間シンクタンクで、
グローバル規模での水問題対処を目的として1996年に設立された。会員数は
70カ国から成り、国際機関、政府機関、民間企業、非政府組織(NGO)、研
究機関等も含めると約400団体に上る。代表のルイ・フォション氏(Loic
Fauchon)は、フランスきってのグローバル水企業「スエズ・リヨネーズ
社」の子会社であるマルセイユ水道サービス(SEM)会長でもある。世界水
フォーラムは、世界で深刻化する水問題、特に飲料水、衛生問題における世
界の関心を高め、水企業、水事業に従事する技術者、学者、NGO、国連機関
等からの参加で世界の水政策について議論することを目的とする。国連主催
の会議ではないものの、各国の政府関係者や代表も多数参加、閣僚宣言など
も出されることから、世界の水問題とその政策に関する議論に大きな影響を
与えるようになってきた。第1∼4回世界水フォーラムについては拙稿「世
界水フォーラムとアジア太平洋水サミット」を参照されたいが、以下ではそ
れ以降の第5、6回世界水フォーラムをフォローしたい。
東南アジアの水問題とアジア太平洋水サミット
45
【世界水フォーラムとアジア太平洋水サミット】
第1回世界水フォーラム
1997年3月19∼23日 モロッコ(マラケシュ)
第2回世界水フォーラム
2000年3月17∼22日 オランダ(ハーグ)
第3回世界水フォーラム
2003年3月16∼23日 日 本(琵琶湖・淀川流域)
第4回世界水フォーラム
2006年3月16∼22日 メキシコ(メキシコ市)
2006年3月21日(日本時間22日)
アジア太平洋水フォーラム設立宣言
2006年9月27日
アジア太平洋水フォーラム発足式典
フィリピン(マニラ)
2007年12月3∼4日
第1回アジア太平洋水サミット
日本(大分県別府市)
第5回世界水フォーラム
2009年3月16∼22日 トルコ(イスタンブール)
2008年6月 第1回∼
シンガポール国際水週間
(2012年7月第5回)
第6回世界水フォーラム
2012年3月12∼17日 フランス(マルセイユ)
2013年5月19∼20日(2012年2月、6月→)
第2回アジア太平洋水サミット
タイ(チェンマイ)
第7回世界水フォーラム
2015年3月 韓 国(大邱市、慶尚北道)
(出所):「世界水フォーラムとアジア太平洋水サミット」(140ページ)に加筆修正。
第5回世界水フォーラムは2009年3月16∼22日の7日間、アジアと欧州の
2つの大陸に跨るトルコのイスタンブールのストゥルジェ会議・文化セン
ター、フェスハネ国際フェア・会議・文化センターで開催された。主催は
WWC とトルコ政府(水電力庁、イスタンブール市、イスタンブール上下水
道公社等)による。第5回フォーラムには192カ国から2万5,
000人以上の参
加者があり、20カ国から135人の子供たちと2
00人以上のユース、1,
000人以
上のジャーナリストも参加した。WWF 事務局の発表によると、同フォーラ
ムには3人の大統領、5人の首相、3人の皇太子(日本、オランダ、モナコ)
、
90人の閣僚、90人の大臣、63人の市長、156カ国、148の国会議員を含め総勢
2万8,
000人の参加者に上ったとも言われる。400を超える団体によって運営
された113分科会、1,
300人以上の政治的プロセスへの参画、100を超えるサ
46
イドイベント、EXPO・水フェアへは2
77の団体が出展した。同フォーラム
では「水問題解決のための架け橋(Bridging Divides for Water)」との全体
テーマの下で、地球規模の変化と危機管理、人間の発展の促進とミレニアム
開発目標、水資源の管理と保全、ガバナンスと管理、資金調達、教育と知識
と能力開発−の6つの柱が設定された。地域プロセスではアフリカ、米国、
アジア太平洋、欧州、中東・北アフリカ、地中海、トルコ及び周辺の7地域
に分かれた。ハイレベル・パネルでは水と災害、水への資金調達、水・食料
とエネルギー、衛生、気候変動への適応が討議され、市民社会とメジャーグ
ループでは女性、NGO、労働者と労働組合、企業、農民、子供フォーラム、
ユースフォーラムも企画された。
第5回世界水フォーラムのイスタンブール首脳宣言では、「水は人間の生
命や環境を維持し、また人々、文化、経済を結びつける。水はすべての経済
・社会開発、食料安全保障ならびに貧困および飢餓に終止符を打つことに不
可欠なものである。また、ミレニアム開発目標とその他の国際的に合意され
た開発目標の達成にも不可欠である。世界は急速な人口増加、人の移動、制
御されていない不健全な都市化、土地利用の変化、経済的拡張、貿易形態の
変化、気候変動といった水資源に直接の悪影響を与える地球規模の大きな変
化に直面している。この地球規模の変化は、水の利用可能性および水質に対
して深刻な脅威となっており、過剰取水を助長している。昨今の経済・金融
危機も認識されるべきであり、そのような危機の統合水資源管理と水資源の
便益に対する影響は早急に見極められるべきである。水は洪水、ハリケーン、
干魃を通じて経験されてきたとおり、生命および生活を破壊する力も有して
おり、気候変動がこれらのそもそも悲惨な出来事を悪化させることが予想さ
れる」と指摘した。と同時に、「我々は、イスタンブールに参集した国家、
行政府および国際機関の長は、21世紀においてより持続的で水が安全である
世界を創り出すことを誓約し、この課題に立ち向かうことに参加するようす
べての人々に求める」と訴えた。
東南アジアの水問題とアジア太平洋水サミット
47
(2)第6回世界水フォーラム
2012年3月12∼17日、ヨーロッパ大陸であるフランスのマルセイユ(パル
ク・シャノ・コンベンション・センター等)で水問題「解決の時(Time for
Solutions)」との全体テーマの下、世界173カ国から国家元首・首脳15人、閣
僚級103人、市長250人、国会議員250人を含む計約3万5,
000人が参加して第
6回世界水フォーラムが開催された。同フォーラムには閣僚や議員をはじめ、
各国から子供、ジャーナリストの多くも参加し約400の会議が開催された。
ミネラルウォーター「evian」でも知られるようにフランスは水問題にも力を
入れている代表的な国家で、2003年6月1∼3日には「第29回主要国首脳会
議(エビアン・サミット)」を主催した。過去5回の世界水フォーラムは3
月2
2日の「国連水の日」を挟んで開かれてきたが、第6回フォーラムは3月
12∼17日の開催となった。この開催日程は4月22日と5月6日に行われたフ
ランス大統領選挙によるものであったが、開催主催は WWC とフランスの
外務省、環境省、マルセイユ市で、開催内容は開会式(首脳級、皇室等、3
月12日)、閣僚級会合(3月1
3日)
、国会議員会合(3月1
5、16日)、地方自
治体会合(3月14、15日)、セッション(テーマ別、地域別、3月1
2∼16日)、
EXPO・水、閉会式(3月17日)であった。3月13∼16日にかけてのハイレ
ベル・パネルでは「水と災害」
「地球上の水の統治」
「水と食料安全保障」「水
への権利」「202
5年以降の水」「水への資金調達」「大国の開発における水」
「グリーン成長」
「水、食料、エネルギーネクサス」が討議された。
同フォーラムでは水の世界的な課題に対処するため12の優先行動課題と、
「みんなの健康と幸福を保障する」「経済発展に貢献する」「青い地球を維持
する」という3つの戦略的な枠組みが設定された。12の優先課題とは、①全
ての人の水供給サービスへのアクセスと水への権利を保証、②全ての人の高
度な衛生サービスへのアクセスを保証、③水を通じて衛生と健康の改善に寄
与、④人々と経済をリスクから守る、⑤協力と平和に貢献、⑥多様な利用を
バランスさせる、⑦食料の安全を保証、⑧エネルギーと水を調和、⑨生態系
とグリーン成長を保全しその価値を評価、⑩水資源と生態系の質を改善、⑪
48
人間の活動による水へのプレッシャーとフットプリントを調整、⑫都市化が
進む世界で気候変動や地球規模の変化に対応−であり、①∼⑤が「みんなの
健康と幸福を保障する」、⑥∼⑨が「経済発展に貢献する」、⑩∼⑫が「青い
地球を維持する」枠組みとなった。そして、その成功のための条件は「良好
なガバナンス」「みんなのための水資金調達」「対応可能な環境整備」である
とした。地域プロセスは第3回、第4回フォーラムの5地域(アフリカ、ア
ジア太平洋、アメリカ、欧州、中近東・地中海)
、第5回の7地域(+トル
コ周辺=DSI、地中海=IME)から、今回は「米国」「アジア太平洋」「アフ
リカ」「欧州」の4地域に加え、2つの大陸横断地域として「地中海」「アラ
ブ地域」に区分されて討議が行われた。
同フォーラムにおける議論成果は「閣僚宣言」にまとめられ、閣僚宣言で
は先進国、途上国、国連機関等による水問題の解決に向けた取り組みを促し
つつ、6月の「国連持続可能な開発会議」(リオ+20)などの国際会議にお
いてこうした取り組みの重要性を訴え、具体的に①安全な水と衛生へのアク
セスは全ての人の「人権」であり、引き続き達成に向けた努力を促進する、
②水問題が関わるセクターを横断的に捉え、適切な水資源管理を目指す「統
合水資源管理」を推進するとともに、とくに相互関連が深い「水と食糧」
「水
とエネルギー」はそれぞれを統合したアプローチによって問題解決を促進す
る、③リオ+20を見据え、「グリーン経済」に不可欠な水の役割(経済成長、
環境保全、社会の安定それぞれの根幹を成す)について認識を国際社会に広
めていく、④気候変動の水資源への影響および水関連災害への適切な対応に
ついて、途上国での取り組みを強化する、⑤途上国・援助国とも、開発計画
における水・衛生に高い優先度を付与するとともに、多様な資金調達メカニ
ズムを模索する−とした。
世界水フォーラムは、世界中の水に関する関係者が一堂に集い、水と衛生
に関わる様々な問題への対処について情報交換や議論を行う場であり、その
規模と注目度は回を重ねるごとに高まってきた。将来を担う子供に加え、専
門家、学者、政治家、ジャーナリスト、一般市民、NGO、各国政府代表と首
東南アジアの水問題とアジア太平洋水サミット
49
脳、国連各機関代表も多数参加するようになってきた。そうした会議に水と
衛生の分野におけるトップドナーである日本からは国連「水と衛生に関する
諮問委員会」名誉総裁を務める皇太子殿下、森喜朗元総理(アジア太平洋水
フォーラム会長)らが出席してきた。皇太子殿下は第3回、第4回、第5回
と3回連続で世界水フォーラムに出席された。皇太子殿下は同じく水問題に
関心の深いオランダのオレンジ公(皇太子殿下)などと共に、水問題に関す
る国際的な「顔」の一人となってきた。しかし、2012年2月1
8日の天皇陛
下の心臓冠動脈バイパス手術に伴う国事行為により、皇太子殿下は世界水
フォーラムを初めて欠席され、「水と災害:津波の歴史から学ぶ」というタ
イトルで約24分間のビデオメッセージを送り(3月15日)、「東日本大震災」
の実情を紹介し、歴史的な文献に見られる地震・津波災害の教訓を分析、水
と災害を「世界の持続的な発展に向けて、国際社会が正面から議論すべき主
要課題の一つだ」と指摘した。第6回世界水フォーラムの開催期間中、国連
は3月11日に食糧需要の増加と気候変動によって世界各地で水不足が深刻
化し、水の無駄遣いを防止する必要があるとの報告書「世界水発展報告書
(World Water Development Report)」を発表。また、タイ政府は3月1
6日
に「第6回世界水フォーラム」のアジア太平洋地域セッションにおいて、洪
水の影響で「2012年6月まで開催」と延期していた第2回アジア太平洋水サ
ミットを「2013年」に開催し、「バンコクからのメッセージ」を発信すると
正式に発表した。そして、2015年3月の「第7回世界水フォーラム」は韓国
が主催することも併せて発表された。
なお第6回世界水フォーラムに向けた準備は、2010年6月2∼4日のパリ
・エリゼ宮でのキックオフイベント、キックオフ会合でスタートした。6月
2日にエリゼ宮で開かれたキックオフイベントにはフランスのサルコジ前大
統領、水関係省庁・団体、WWC 理事、トルコ環境大臣、中国水利副部長、
各国大使が参加。サルコジ前大統領は人口増加、汚染、気候変動による脅威
の存在、水飢饉への懸念を強調し、トルコからの継承、南アフリカとの協力
を軸に世界の水問題解決に向けた行動を促進すべく、とくに水を政策課題の
50
【第7回世界フォーラムまでの水問題経緯】
1
9
7
2年6月 国連人間環境会議(スウェーデン・ストックホ
2006年3月
ルム)
1
9
7
7年3月 国連水会議(アルゼンチン・マルデルプラタ)
※国連主催の初めての水会議。1980年を「国
際水供給と衛生の10年」とする決定。
1
9
8
1∼9
0年 「国際水供給と衛生の10年」
1
9
9
2年1月 水と環境に関する国際会議(ダブリン)
※淡水資源の確保に関する原則
1
9
9
2年6月 国連環境開発会議(=地球サミット、リオデ
ジャネイロ)
※アジェンダ2
1(21世紀に向けての人類の行
動計画)
。アジェンダ2
1の中で「淡水資源
の質および供給の保護」。
1
9
9
2年1
2月 「国連水の日:3月22日」採択(国連総会決議)
1
9
9
6年
世界水会議設立
1
9
9
7年3月 第1回世界水フォーラム(モロッコ・マラケ
シュ)
※マルデラプラタ、ダブリン、リオで合意さ
れた事項の実行についての議論(NGO
ベース)
。21世紀に向けた「世界水ビジョ
ン」策定が決定。
2
0
0
0年3月 第2回世界水フォーラム(オランダ・ハーグ)
※「水を全ての人の課題に」というテーマの
下で「世界水ビジョン」を策定。閣僚級会
議を開催し、水問題解決に向けた基本的課
題を政府レベルで確認。
2
0
0
0年9月 国連ミレニアム・サミット
※「国連ミレニアム宣言」
2
0
0
0年1
0月
2
0
0
1年1
2月
2
0
0
2年8∼
9月
2
0
0
3年
2
0
0
3年3月
2
0
0
3年6月
2
0
0
4年3月
2
0
0
5∼1
5年
国際河川及び洪水対策に関する国際会議(モザ
ンビーク)
国連淡水会議(ドイツ・ボン)
国連ヨハネスブルグ・サミット(WSSD、ヨ
ハネスブルグ)
※アジェンダ2
1のレビューとさらなる推進:
政治宣言、実施計画文書、連携構想(タイ
プⅡ)
。
国連「国際淡水年」
(2000年12月2
0日、国連総会
決議)
第3回世界水フォーラム(日本:京都、滋賀、
大阪)
※「行動と約束」をテーマに水問題解決の行
動を議論。閣僚級会議を開催し、WSSD
(持続可能な開発に関する世界首脳会議)
をフォローアップ、自立と連携による水問
題解決を議論。
G8エビアン・サミット(フランス・エビアン)
※「水に関するG8行動計画」
国連「水と衛生に関する諮問委員会」設立
※アナン国連事務総長が3月22日「世界水の
日」設立発表。
「
『命のための水』国際の10年」
※2
0
03年1
2月2
3日、国連本会議決議。
第4回世界水フォーラム(メキシコ・メキシコ
シティ)
2006年6月
2007年1
2月
2008年
2008年6月
2008年7月
2008年6∼
9月
※「地球規模の課題のための地域行動」が
テーマ。
アジア太平洋水フォーラム設立
第1回アジア太平洋水サミット(日本)
※20
07年12月3∼4日、大分県別府市で開催。
別府宣言発表。
「国際衛生年」
※200
6年12月20日に国連総会本会議で採択。
シンガポール「第1回国際水週間」
(6月23∼27
日)
G8・北海道洞爺湖サミット
※20
08年7月7∼9日、第34回主要国首脳会
議。衛生と水は持続的経済成長を促進する
上で極めて重要。
スペイン「サラゴサ万博」(3カ月間)
※6月14日∼9月14日、サラゴサ万博のテー
マ「水と持続可能な開発」
第5回世界水フォーラム(トルコ・イスタン
ブール)
2009年6月 シンガポール「第2回国際水週間」
(6月22∼
26日)
2009年3月
2009年9月
2010年6月
2010年9月
2010年1
0月
2010年1
2月
2011年7月
2011年7月
2011年1
1月
2011年1
2月
2012年2月
2012年3月
2012年6月
2012年7月
国連気候変動サミット
シンガポール「第3回国際水週間」
(6月28日
∼7月2日)
ストックホルム国際水週間(9月5∼11日)
国連生物多様性保全条約締約国会議(COP10、
日本)
国連気候変動枠組条約締約国会議(COP16、
メキシコ)
シンガポール「第4回国際水週間」(7月4∼
8日)
タイ大洪水(中南米、東南アジア各地でも洪水)
∼1
2月
COP17(南アフリカ・ダーバン)∼会期延期
閉幕、12月
水に関するボン会議(ドイツ)
第2回アジア太平洋水サミット(バンコク)
※2月5∼6日開催予定が「2011年洪水」の
影響で6月開催に延期、そして最終的には
「201
3年5月開催」ヘ再延期。
第6回世界水フォーラム(フランス・マルセイ
ユ)
※テーマは水問題「解決の時」
「国連持続可能な開発会議」
(リオ+2
0、6月
20∼22日)
シンガポール「第5回国際水週間」
(7月1∼5
日)
2012年1
1月 COP18(カタール・ドーハ)∼12月
2013年5月 第2回アジア太平洋水サミット(チェンマイ)
2015年3月 第7回世界水フォーラム(韓国)
(出所):「世界水フォーラムとアジア太平洋水サミット」(147ページ)に加筆修正。
東南アジアの水問題とアジア太平洋水サミット
51
中心とすることと、水の権利を確保することの重要性について挨拶があった。
またフランスのジュアノ・エコロジー省副大臣からは、第6回世界水フォー
ラムは共同行動計画を策定するための参加型の世界的な水の円卓会議となる
ことが重要であり、その運営システムとして国際的な枠組みと国内の仕組み
を構築したとの報告があった。フォション WWC 会長からは健康と公正、
水による成長、水の権利、水と食料・エネルギーの関係強化、技術革新への
期待が述べられた。マルセイユのル・ファロ宮殿で開催された3∼4日のキッ
クオフ会合では、第6回世界水フォーラムに向けた運営体制と同フォーラム
における各プロセスに関するテーマ(テーマプロセス、地域プロセス、政治
プロセス、その他)で議論が成された。以降、9月8日にはストックホルム
国際水週間(9月5∼11日)において第6回世界水フォーラムの枠組みが発
表、12月17∼18日には同フォーラムの概要説明会が東京で行われ、2
011年1
月17日∼18日にはパリでステークホルダー・コンサルテーション会合(第2
回会合)
、6月8日には WWC 会員会合2
011がマルセイユの水レクリェー
ションセンターで開かれてきた。
(3)第1回アジア太平洋水サミット
2006年3月21日(日本時間=22日)、メキシコで開催された「第4回世界
水フォーラム」のアジア太平洋水閣僚会議において、アジア太平洋地域ひい
ては世界水問題解決に向けたネットワークとして「アジア太平洋水フォーラ
ム(APWF)」が設立宣言された。同フォーラムは「中央アジア」
(=アフガ
ニスタン、アルメニア、アゼルバイジャン、グルジア、カザフスタン、キル
ギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン)、「北東アジア」
(=中国、韓国、日本、モンゴル、北朝鮮)
、「南アジア」
(=バングラディ
シュ、ブータン、インド、ネパール、パキスタン、モルディブ、スリランカ)
、
「東南アジア」(=ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレー
シア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、東ティモール、ベト
ナム)、「オセアニア・太平洋」(=オーストラリア、クック諸島、フィジー、
52
キリバス、マーシャル、ミクロネシア、ナウル、ニウエ、ニュージーランド、
パラオ、パプアニューギニア、サモア、ソロモン、トンガ、ツバル、バヌア
ツ)の5つのサブ地域から組織、優先テーマは「水インフラと人材育成」
「水
関連災害管理」「発展と生態系のための水」の3点で、「知識や経験の活用」
「各地域の能力向上」
「広報戦略の拡充」
「投資効果のモニタリング」
「フォー
ラムとサミットの支援」を活動の柱としたものであった。水問題は人間の安
全保障や国家の社会・経済発展の根幹にかかわる問題であるばかりでなく、
国家レベルでのリーダーシップの発揮も求められることから、水問題に関す
る首脳級会議「アジア太平洋水サミット」が提唱された。
第1回アジア太平洋水サミットは2
007年12月3∼4日、大分県別府市の国
際コンベンション・センター「ビーコンプラザ」で、APWF と第1回アジア
太平洋水サミット運営委員会の主催によって開催された。同水サミットの全
体テーマは「水の安全保障:リーダーシップと責任」で、アジア太平洋地域
の水問題解決に議論の中心を置いた。2日間にわたる同水サミットには36カ
国・地域から政府首脳、政治家、研究者ら2
31人(うち首脳参加は10カ国)、
その他の出席者が140人で計371人が参加した。プレス関係者も260人参加し、
12月1∼5日のオープン・イベントには5,
000人の参加者がいた。12月4日に
は議長総括で水問題に向けたアジア太平洋各国政府の努力を促す「別府宣
言:別府からのメッセージ」が発表された(拙稿「世界水フォーラムとアジ
ア太平洋水サミット」を参照)
。
(4)2013年:第2回アジア太平洋水サミット
第4回世界水フォーラム閣僚会議において、アジア太平洋水サミットは2
∼3年毎に開催するよう要請された。それに基づいて、第2回アジア太平洋
水サミットは第6回世界水フォーラムの1カ月前、2012年2月5∼6日にタ
イで開催されることが決定していた。当初はタイ政府(タイ王国天然資源・
環境省)のリーダーシップと協力により、第2回水サミットは「水の安全保
障:リーダーシップと責任」というテーマの下で、各国政府首脳および政府
東南アジアの水問題とアジア太平洋水サミット
53
高官、国際機関、民間代表者等を含む各界リーダーが一堂に会して水に関す
る諸問題を議論する場を提供するとして2月5∼6日を予定した。だが、
「2011年洪水」による影響で「2012年6月までの開催」と延期になった。
第2回アジア太平洋水サミットの開催に向けたキックオフ会議は2010年10
月14日、フィリピンのマニラにあるアジア開発銀行(ADB)本部にて、APWF
主催の形でアジア太平洋水フォーラム執行審議会副議長のエルナ・ウィット
ラー氏、ラビ・ナラヤン氏の議長によって開催された。同キックオフ会議で
は、第2回アジア太平洋水サミットのプログラム、サブテーマ、実施組織、
2
成果文書等について、APWF 関係者間で意見交換が行われた。そして、1
月6日に開催予定の APWF 執行審議会第8回会合に、サミット全体の枠組
みについてのコンセンサスを図ることになった。キックオフ会議、APWF
執行審議会第8回会合に続き、2011年4月21∼22日にはアジア太平洋地域会
合の第1回目会合(バンコク)、6月16日には外交官説明会(バンコク)、7
、7月9日にはア
月8日には APWF 執行審議会第9回会合(シンガポール)
ジア太平洋地域会合の第2回目会合(シンガポール)
、11月29日には APWF
執行審議会第10回会合(シンガポール)と、サミット開催に向けて順調に準
備が進められてきた。また、2010年11月30日∼12月2日には韓国・ソウル市
内の新羅ホテルで「アジア地域における水に関する国会議員会合2010」が計
60人の議員参加の下で開催されてきた。以下は、第2回アジア太平洋水サ
ミットに向けてタイ王室から発表された「ファースト・アナウンスメント」
の開催〈背景と目的〉である。
<背景と目的>
すべての国の発展過程において、水の安全保障は、経済・社会の安定及び持続可能な環
境の実現のために、常に中心的な要因であると認識されてきた。タイ王国、プミポン・ア
ドゥンヤデート国王陛下はそのお言葉の中で、
「水は生命である」と述べられ、世界の人々
に水資源管理の重要性を示された。60余年に及ぶご治世を通じ、タイ政府の支援の下、水
資源の健全な管理を確保すべく、数多くの王室プロジェクトを立ち上げ、その結果、多く
のタイ国民の生活が大幅に改善された。持続可能な水資源の開発及びその管理に対する国
54
王陛下の多大なる貢献は、周知の事実となっている。2011年12月、国王陛下が干支7周期
に当る、84歳の誕生日を迎えられるという慶事を記念し、タイ王国は2012年2月5、6日
の両日、バンコクにおいて開催される第2回アジア太平洋水サミット(APWS)の場にお
いて、王室プロジェクトから得られた貴重な経験と実践を、国際社会と分かち合いたいと
考えている。
この地域の抱える喫緊の水問題を目の当たりにして、アジア太平洋地域の問題に対処す
べく、2006年3月にメキシコで開催された第4回世界水フォーラムにおいて、アジア太平
洋水フォーラム(APWF)が設立された。APWF は独立、非営利、不偏不党のネットワー
ク組織であり、この地域の水問題解決への貢献を目的としている。APWF は、日本の別府
市において、「水の安全保障:リーダーシップと責任」をテーマに掲げて、第1回アジア太
平洋水サミットを主催した。本サミットにおいて、
「別府からのメッセージ」を採択し、地
域の水問題解決を目指して一連の具体的な取り組みを開始した。以来3年余が経過し、タ
イ王国は様々な国際機関の支援のもとに、APWF と協力し、第2回 APWS を開催する運
びとなりました。第2回 APWS は、引き続き「水の安全保障:リーダーシップと責任」を
全体テーマとし、水の安全保障を確保するための3つの政策的優先課題である「発展、災
害予防・対策の強化、生活向上」に焦点を当てて議論を行う予定です。
第2回 APWS は、王室プロジェクトを水資源管理の優良実践事例として提示し、地域の
リーダーによる活発な議論を促し、アジア太平洋地域において、水の安全保障に関するよ
り効果的な地域協力・協調関係を発展させる重要な機会となる。本サミットは、地域にお
ける水の安全保障を確保すべく、官・民セクター、技術者、学者、市民社会などあらゆる
人々が参加し、水資源開発と管理に関する解決策を模索する機会を、地域のリーダー、水
関係者、及び国際機関に提供するものです。第2回 APWS と並行して、水問題に対する意
識の向上及び知識の共有を目的とした多様な活動も展開される。テクニカル・セッション、
展示会をはじめとして、水資源やその他の水関係活動に対するタイ国王陛下の献身的な取
り組みに関する短編ドキュメンタリー映画上映なども予定される。更に2012年2月5日午
前には、サミットに先駆けて、フォーカスエリアセッションが開催される予定です。
【第2回アジア太平洋水サミットの概要】
会議名 第2回アジア太平洋水サミット(APWS)
テーマ 水の安全保障:リーダーシップと責任
開催期間 2012年2月5(日)∼6日(月)
会 場 クイーン・シリキット・ナショナル・コンべーション・センター(タイ)
主 催 タイ王国
東南アジアの水問題とアジア太平洋水サミット
55
参 加 アジア太平洋地域の各国政府首脳、財務・政策立案関係閣僚、地方自治体代
表、民間および市民社会のリーダー等
URL 第2回 APWS 公式ウェブサイト:www.apwatersummit2.org
サブ地域 コーディネーター
中央アジア 世界水パートナーシップ中央アジア・コーカサス
(GWP CACENA)、アラル海救済国際基金執行委員会
(EC IFAS)
北東アジア 韓国水フォーラム(KWF)
南アジア 世界水パートナーシップ南アジア(GWP SAS)
東南アジア 世界水パートナーシップ東南アジア(GWP SEA)
オセアニア・太平洋 太平洋諸国応用地球科学委員会(SOPAC/SPC)
フォーカスエリアセッション リード組織
水の安全保障:リーダーシップと責任 アジア開発銀行(ADB)
家庭における水の安全保障 国連アジア太平洋経済社会委員会
(UNESCAP)
経済・食糧と水の安全保障 国際食糧農業機関(FAO)、国連アジア太平洋
経済社会委員会(UNESCAP)
都市における水の安全保障 国連人間居住計画(UNHABITAT)、シンガ
ポール水事業庁(PUB)
環境上の水の安全保障 国際自然保護連合(IUCN)
水リスクと回復 水災害・リスクマネジメントセンター
(ICHARM)
水の安全保障が確保された世界に向けた 国連教育科学文化機関(UNESCO)
統合水資源管理(IWRM)プロセス 以上が2012年2月開催に向けた「第2回アジア太平洋水サミット」の事前
の動きとその概要であったが、延期の末に「2013年開催」となった同水サミッ
トの開催内容もほぼ上記を踏まえた内容になることが「第6回世界水フォー
ラム」のアジア太平洋地域セッションで確認された。3月16日にマルセイユ
のパルク・シャノ・コンベンション・センターで開かれたアジア太平洋地域
56
セッションでは森喜朗・アジア太平洋水フォーラム会長とラビ・ナラヤナン
・アジア太平洋水フォーラム執行審議会副議長による共同議長の下で「アジ
ア太平洋地域における水問題解決のための具体的な目標・解決事例の発表」
「アジア水開発展望(AWDO)2
012に関する発表」「第2回アジア太平洋水
サミットに関する発表」
「第2回アジア太平洋水サミットに向けた各界リー
ダーへの提言に関する議論」が行われた。そして上記「フォーカスエリア
セッション」を目標に、その実現に向けて行動を起こして行くことが約束さ
れた。と同時に、2015年3月には韓国(大邱市)で「第7回世界水フォーラ
ム」が開催されることも発表、2013年5月19∼20日の「第2回アジア太平洋
水サミット」と、アジア地域の水問題が非常に重要となってきた。
おわりに
タイでは2012年9月も大雨による洪水が起き、北部での洪水は下流の中部
アユタヤ県などにも拡大、一部郡などは「洪水災害地域」に指定された。イ
ンラック首相が9月13日にアユタヤ県などを視察し、救援・復旧作業に全力
を挙げることを約束したものの、東南アジアを含むアジア太平洋地域には世
界人口70億人のほぼ60%が集中し、同地域には世界第1位、第2位の人口を
抱える中国、インド、そしてインドネシアと人口の多い国が存在する。一方
で「成長センター」と言われるように経済開発、経済発展、都市化の波も加
速度的に進んでおり、当然さまざまな水問題の深刻さも予兆させる。5人に
1人(7億人)が安全な飲料水を利用できず、2人に1人(19億人)が基本
的な衛生設備を利用できない。水関連災害による被害も甚大で水災害による
世界の死者数の80%がこの地域に集中している。そうした中、東南アジアを
含むアジア太平洋地域がそれぞれ中央アジア、北東アジア、南アジア、東南
アジア、オセアニア・太平洋と5つのサブ地域組織を作り上げ、「アジア太
平洋水サミット」を開催し、世界規模の「世界水フォーラム」と連動して水
問題の現状、課題に対応し、認識、行動を共有することは非常に重要である
東南アジアの水問題とアジア太平洋水サミット
57
と同時に意義深い。
しかし、「アジア太平洋水サミット」が日本で開催されて以来、第2回開
催がなかなか実現して来なかったのも現実。2012年2月に予定していた「第
2回アジア太平洋水サミット」が開催延期になり、その分同年3月にフラン
スで開催された「第6回世界水フォーラム」でしっかりと東南アジアを含
むアジア太平洋地域の水問題が討議された。水問題に関する第6回世界水
フォーラムの成果は同年6月20∼22日にブラジルで開催された「国連持続可
能な開発会議」に反映された。第6回世界水フォーラムはさまざまな地域の
関係諸アクター(議員、決定権者、市民社会、資金提供者、専門家)による
有望な解決策の実施と展開に向けた強力な約束とパートナーシップを醸成す
る場となったことは間違いない。水問題に関する国際的「顔」であり、国
連「水と衛生に関する諮問委員会」名誉総裁を務め、第3∼5回の世界水
フォーラムに参加してきた皇太子殿下は第6回の世界水フォーラムにはビデ
オメッセージの形での参加となった。その皇太子殿下は6月25日∼7月1日
までタイ、カンボジア、ラオスを訪問し、6月25日にはバンコクの首相府で
インラック首相と会談、またチャクリ宮殿ではプミポン国王と約3時間会談
し、26日には中部アユタヤを訪れて「2011年洪水」の被害地を視察した。
世界人口は2050年には93億人となり、アジア太平洋地域における水問題の
深刻化もさらに予測される半面、水問題の現状、将来に向けた具体的対応と
行動、治水対策も急ぐ必要性も求められる。そうした中、2013年5月開催の
アジア太平洋水サミット、2015年3月開催の韓国での世界水フォーラムの役
割は非常に重要であり、アジア地域における水問題の現状、課題、対処方法
に大きな焦点が当たることは間違いなく、アジアの水問題を検討する絶好の
チャンスとなる。韓国・釜山では2012年9月16∼21日に「第8回国際水協会
(IWA)世界会議」が開催され、既にその方向に一歩動き出した。メコン川
の水問題、タイの洪水事例、フィリピン、インドネシア、ベトナム、そして
2012年に見られた中国、北朝鮮、ロシア、フィリピンにおける洪水、水問題
はアジア太平洋地域の水問題そのものであった。ADB 報告書「Key Indicators
58
for Asia and the Pacific 2012」は、アジアにおける都市人口は前例のない速
さで急増し、環境に過大な負担になっているとして、環境悪化の流れを食い
止め、グリーン・テクノロジー(green technology)とグリーン・アーバナ
イゼーション(green urbanization)を促す政策の実施が求められるとした。
第2回アジア太平洋水サミット、第7回世界水フォーラム等に向けた水問題
での日本の役割とリーダーシップが国、地域、地球レベルでますます重要と
なってきた。日本はこれまで同水サミット、フォーラムでは主導的役割を果
してきた。
【主要引用・参考文献】
・拙稿、「世界水フォーラムとアジア太平洋水サミット」『アジアにおける経
済成長と環境保全の両立は可能か』2009年3月、アジア研究シリーズ№72。
「世界水フォーラムと日本」『アジア地域の環境対策の現状と課題』2007
年3月、アジア研究シリーズ№66。
「日本・ASEAN 特別首脳会議とメコン
河流域開発」
『アジア諸国の環境問題:RIO+10の検証』2005年9月、アジ
ア研究シリーズ№54。「メコン河流域開発プロジェクトと日本」『21世紀ア
ジアの環境:現状と課題』2
003年12月、アジア研究シリーズ№4
8。「メコ
ン河流域の開発プロジェクトと ADB」『アジアの環境問題への多角的研
究』2001年3月、アジア研究シリーズ№35。「メコン河流域開発計画と環
境問題」『アジアの開発・環境・環境協力』
(1999年1月)、アジア研究シ
リーズ№2
5、亜細亜大学アジア研究所。
・環境経済・政策学会編、『アジアの環境問題』1998年9月17日、東洋経済
新報社。
・朝日新聞「地球プロジェクト21」、『アジアと共に生きる』1998年8月10日、
朝日新聞社。
・砂田憲吾編、『アジアの流域水問題』2008年2月10日、技報堂出版。
・高橋裕編、『地球の水危機:日本はどうする』2
003年2月28日、山海堂。
・高橋裕著、『地球の水が危ない』2003年12月5日、岩波新書。
東南アジアの水問題とアジア太平洋水サミット
59
・嘉田由紀子編、『水をめぐる人と自然:日本と世界の現場から』2003年5
月20日、有斐閣。
・中西準子著、『水の環境戦略』2004年12月15日、岩波新書。
・沖大幹監訳、沖明訳、
『水の世界地図:刻々と変化する水と世界の問題<第
2版>(Maggie Black and Jannet King, The Atlas of Water: Mapping the
s Most Critical Resource, Second Edition)』平 成2
2年12月20日、丸
World’
善株式会社。
・スティーブン・ソロモン著、矢野真千子訳、
『水が世界を支配する(Steven
Solomon, WATER: The Epic Struggle for Wealth, Power, and Civilization.
2010)』2011年7月31日、集英社。
・モード・バーロウ、トニー・クラーク著、鈴木主税訳、『「水」戦争の世紀』
2009年4月6日、集英社新書。
・柴田昭夫著、『水戦争:水資源争奪の最終戦争が始まった』2008年3月29
日、角川SSC新書。
・アシット・K・ビスワス、橋本強司編著、レックス・インターナショナル
訳、『21世紀のアジア国際河川開発』1999年1月5日、勁草書房。
・アジア開発銀行著、吉田恒昭監訳、
『アジア変革への挑戦(Emerging Asia:
Changes and Challenges, Asian Development Bank, 1997.)』1998年6月25
日、東洋経済新報社。
・堀博著、『メコン河:開発と環境』1
996年3月18日、古今書院。(Hiroshi
Hori, The Mekong : Environment and Development, United Nations
University Press. 2000.)
・石田正美編、『メコン地域開発:残された東アジアのフロンティア』2005
年11月30日、JETRO アジア経済研究所。
・松本悟著、
『メコン河開発:21世紀の開発援助』1997年5月26日、築地書館。
・手計太一著、『タイ王国の水資源開発:歴代為政者たちの水資源政策』2008
年5月2日、現代図書。
・玉置充子、「2011年タイ洪水の原因と影響」『海外事情』2
012年2月号、拓
60
殖大学海外事情研究所。
・助川成也、
「『タイ大洪水』を振り返る」
『海外事情』2
012年5月号、拓殖
大学海外事情研究所。
・ニューズウィーク日本版、
「タイの大洪水は『人災』だった」
『Newsweek
日本版』2
011年11月9日号、
「メコン川開発強行の代償は」
『Newsweek 日
本版』2012年9月5日号、阪急コミュニケーションズ。
・日本貿易振興機構(ジェトロ)バンコク事務所、
『日タイ洪水復興セミナー:
タイ大洪水∼早期復興に向けた現状と課題∼』2011年12月27日版、JETRO。
・浜田和幸著、『中国最大の弱点、それは水だ:水ビジネスに賭ける日本の
戦略』2011年1月23日、角川 SSC 新書。
・吉村和就著、『水ビジネス:110兆円水市場の攻防』2011年4月25日、角川
ONE テーマ21。
・第1回アジア・太平洋水サミット事務局(日本水フォーラム)、『「第1回
アジア・太平洋水サミット」水の安全保障:リーダーシップと責任(最終
報告書)』
・アジア・太平洋水フォーラム、『第5回世界水フォーラム:アジア・太平
洋地域文書』平成21年3月。
・アジア・太平洋水フォーラム事務局、「第6回世界水フォーラム:アジア
・太平洋地域コミットメント・セッション」2012年3月16日。
・The Secretariat of the Asia-Pacific Water Forum, 6th World Water
Forum: Synthesis Report of the Asia-Pacific Regional Process.
・Bangkok Post, January−December, 2011., January−June 26, 2012.
・The 4th edition of the UN World Water Development Report (WWDR4)
・http://www.adb.org/publications/key-indicators-asia-and-pacific-2012
・http://www.dni.gov/nic/ICA_Global Water Security.pdf.
・http://www.waterforum.jp/jp/home/pages/index.php
・http://www.worldwaterforum5.org/
・http://www.ambafrance_jp.org/spip.php?article5246
東南アジアの水問題とアジア太平洋水サミット
61
・6th World Water Forum _ Marseille 2012 (http://www.worldwaterforum6.
org)
・Asia _ Pacific Water Forum _ APWF (http://www.apwf.org/)
[追記]
・原稿執筆を終え、2012年11∼12月の校正段階でも、地球環境悪化に伴う洪水など「水問
題」に関するニュース報道が相次いだ。(1)ヒンドゥー・ロハニ ADB(アジア開発銀
行)副総裁が日本経済新聞(1
2月6日付、夕刊)のインタビューに応え、地球温暖化に
伴う災害でアジア地域が大きな被害を受ける恐れがあると警告。
(2)11月11日には「水
の都」として知られるイタリア北部の世界遺産都市、ベネチアが豪雨と高潮により市内
中心部の約7割が浸水。
(3)12月4∼5日にかけては台風24号「パブロ」がフィリピン
南部のミンダナオ島を横断し、12月13日時点で死亡者数902人、行方不明者数635人、負
傷者数2,
661人、避難者数約76万人以上、被災者数約547万人以上、被災家屋数約15万戸
−と甚大な被害。(4)その一方、
11月2日にはシンガポールでアジア太平洋水フォーラ
ム(APWF)執行審議会第1
2回会合が開催、
「第2回アジア太平洋水サミット」
(タイ)
と「第7回世界水フォーラム」(韓国)の開催日程、概要が発表された。
国連持続可能な開発会議(RIO+20)とその課題
63
国連持続可能な開発会議(RIO+20)とその課題
―「持続可能な発展」を中心として―
鈴木 亨尚 ‘Sustainable Development’and World Summit
on Sustainable Development (RIO+20)
Yukihisa SUZUKI 第1節 はじめに
1992年の「国連環境開発会議(United Nations Conference on Environment
and Development, UNCED、
『地球サミット』とも呼ばれる、以下、
『UNCED』
と記述)
」の20周年を記念して、2
012年6月20日から22日まで、ブラジルの
リオデジャネイロで開催された「国連持続可能な開発会議(World Summit
on Sustainable Development、『RIO +20』とも呼ばれる、以下、『RIO +20』
と記述)」には、1
88か国から、国連の会議としては過去最大級の約4万5千
人が参加したが、オバマ米大統領、キャメロン英首相、メルケル独首相、日
本の野田佳彦首相などは参加せず、主要先進国の首脳で参加したのはオラン
ド仏大統領だけであった(1)。
「持続可能な発展(sustainable development)」をめぐる歴史は、先進国と
発展途上国との対立と妥協の歴史、すなわち、南北問題の歴史でもある。
我々は、発展途上国側が、「持続可能な発展」概念を用いながら、1960年代
から70年代に、南北問題や地球環境問題が国際社会の問題として浮上して以
来、先進国側との交渉力を高め、多くの利得を獲得していったと考えている。
なお、
‘sustainable development’は「持続可能な開発」と訳される場合も多
64
いが、ここでは、発展途上国の観点で、環境分野を超えて、政治・経済・社
会分野の発展を含めた概念として、これを理解するので、「持続可能な発展」
と訳することにした。ただし、参照している翻訳文献が「持続可能な開発」
としている場合には、そのままにしている。
本稿では、発展途上国の観点から、
「持続可能な発展」概念の展開を中心
「持続可能な発
に、RIO +20に至る過程を検討する。そのため、第2節では、
展」概念の誕生以前の国際社会の状況を検討する。第3節では、「持続可能
な発展」概念の誕生を検討する。第4節では、ブルントラント委員会の「持
続可能な発展」概念を検討する。第5節では、UNCED を、「持続可能な発
展」概念を中心に検討する。第6節では、持続可能な開発に関する世界首脳
会議を、
「持続可能な発展」概念を中心に検討する。第7節では、リオ+20を、
「持続可能な発展」概念を中心に検討する。そして、最後に、それまでの議
論を整理する。
第2節 「持続可能な発展」概念誕生前の状況
1 国連人間環境会議
1972年に、国連が初めて環境分野に特化して主催した「国連人間環境会議
(United Nations Conference on the Human Environment)」がストックホル
ム(スウェーデン)で開催され、「人間環境宣言(Declaration of the United
Nations Conference on the Human Environment)、
『ストックホルム宣言』と
も言う」が採択されている。この段階では、「持続可能な発展」概念は登場
していないが、環境保護と経済開発の対立の可能性と調和の必要性という問
題は生じており、そこに「持続可能な発展」概念の萌芽をみることができ
る(2)。この会議では、今日に繋がる南北対立、すなわち、環境を重視する先
進国と開発を重視する発展途上国という対立の枠組みが生じている。
「人間
環境宣言」は、発展途上国の要求を反映して、「開発途上国では、環境問題
の大部分が低開発から生じている。何百万の人々が十分な食物、衣服、教育、
国連持続可能な開発会議(RIO+20)とその課題
65
健康、衛生を欠く状態で、人間としての生活を維持する最低水準をはるかに
下回る生活を続けている。このため開発途上国は、開発の優先順位と環境の
保全、改善の必要性を念頭において、その努力を開発に向けなければならな
い」と宣言しているが、この段階では、地球環境問題に対する体系的な戦略
はなく、したがって、開発問題とのリンケージはなされているものの、体系
的なものではない(3)。当時、発展途上国の関心は天然資源に対する恒久主権
など「新国際経済秩序(NIEO)」に向かっており、環境保護はこれを規制す
るものとして、発展途上国は消極的な態度をとった(4)。
2 成長の限界
ヨーロッパの知識人・産業人によって作られたローマ・クラブの『成長の
限界』は、以下のように述べている。
「(1)世界人口、工業化、汚染、食糧生産、および資源の使用の現在の成長
率が不変のまま続くならば、来たるべき100年以内に地球上の成長は限
界点に到達するであろう。もっとも起こる見込みの強い結末は人口と工
業力のかなり突然の、制御不可能な減少であろう。
(2)こうした成長の趨勢を変更し、将来長期にわたって持続可能な生態的な
らびに経済的な安定性を打ち立てることは可能である。この全般的な均
衡状態は、地球上のすべての人の基本的な物質的必要が満たされ、すべ
ての人が個人としての人間的な能力を実現する平等な機会をもつように
設計しうるであろう。
(3)もしも世界中の人々が第一の結末ではなくて第二の結論にいたるために
努力することを決意するならば、その達成するための行動を開始するの
が早ければ早いほど、それに成功する機会は大きいであろう(5)」。
このように、『成長の限界』は「持続可能な発展」という概念は用いては
いないものの、この概念に近い議論をこの時点で既にしていた。しかも、
「持続可能な発展」概念が妥協に満ち、十分には「持続可能」とはいえない
内容であるのに対し、現実の政治に直接は関わらない、知識人・産業人の勧
66
告である『成長の限界』は、後日、
「持続可能な発展」と呼ばれる内容をよ
り尖鋭にめざしていた。
第3節 「持続可能な発展」概念の誕生
「持続可能な発展」という概念は、1
980年に、国際自然保護連合(International Union for Conservation of Nature and Natural Resources, IUCN)が
UNEP(United Nations Environment Programme)と WWF(World Wildlife
Fund)のアドバイス・協力・資金援助、FAO(Food and Agriculture Organization of the United Nations)とユネスコ(United Nations Educational,
Scientific and Cultural Organization, UNESCO)の協力を得て、刊行した
『世界保全戦略―持続可能な開発のための生物資源の保全―』で誕生した。
同書は、「新しい国際経済秩序が達成され、新しい環境倫理が採用され、人
口が安定し、持続可能な開発の方法が例外ではなくルールになるまで、人類
の生物圏との関係…は悪化し続けるだろう。生物資源の保全は持続可能な開
発の前提条件の1つである。ここで、開発は、『人類のニーズを満たし、人
類の生活の質を改善するための生物圏の変更と人的、資金的、生物、非生物
資源』と定義される。開発が持続可能であるために、それは、経済的要因と
同様に社会的要因・エコロジカルな要因、生物資源基盤・非生物資源基盤、
代替的行動の短期的・長期的な長所と短所を考慮に入れなければならな
い(6)」と述べており、「持続可能な発展」は生物資源の保全に関する概念と
なっている。
第4節 ブルントラント委員会
「持続可能な発展」という概念は、1987年に公表された「環境と開発に関
する世界委員会(World Commission on Environment and Development,
WCED)」の報告書『Our Common Future(我ら共通の未来)』により、広
国連持続可能な開発会議(RIO+20)とその課題
67
く国際社会に普及した。この委員会の委員長はブルントラント(Gro Harlem
Brundtland)ノルウェー首相で、ブルントラント委員会(以下、「ブルント
ラント委員会」と記述)と通称された。同報告書は、「持続可能な開発」を、
「将来の世代が自らの欲求を充足する能力を損なうことなく、今日の世代の
欲求を満たすこと(it meets the needs of the present without compromising
(7)
」と定義してい
the ability of future generations to meet their own needs)
る。ここに明確に表れているように、同報告書は、第1に、世代間の関係に
おいて、将来世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、現代世代のニー
ズを満たすような開発が必要であると認識している。
同報告書は、この有名な定義に続けて、持続可能な発展の「概念には、い
くつかの限界が内包されている。それらは絶対的限界ではなく、今日の科学
技術の発展の状況であるとか環境をめぐる社会組織の状況、あるいは生物圏
が人間活動の影響を吸収する能力といったものである。しかし、経済成長が
新たな時代への道を開くため技術・社会組織を管理し、改良することは可能
である」と述べている。さらに、持続可能な発展により「全ての人々の基本
的な欲求を満たすとともに、よりよい生活への憧れを充足する機会を提供す
る必要がある」と述べている(8)。ここから、同報告書は、第2に、エネル
ギー消費や廃棄物の排出などの限界を設定せず、技術進歩などにより、それ
らのより一層の拡大が可能であることを示すことにより、「持続可能な発展」
という概念を先進国にも発展途上国にも受け入れ可能なものにしようとして
いる。従って、この当初の段階から、「持続可能な発展」という概念は、多
くの人々が想像しているものよりずっと持続可能ではなく、開発を志向した
ものであった。これとの関連で、ブルントラント委員会は、「環境資源基盤
を持続させ、さらに拡張しようとする政策に支えられた新たな経済成長の時
代を我々が創り出すことが可能なのだと考えている。また、このような経済
成長は、開発途上国の大部分でますます深まっている貧困を軽減するために
も絶対に不可欠であると信ずるものである(9)」と述べている。多くの論者
が「持続可能な発展」という概念のあいまいさを指摘しているが、当初は、
68
その概念は上でみたように極めて明確である。にもかかわらず、そのような
主張が生じるのは、先進国の立場に立つ場合と、発展途上国の立場に立つ場
合では、同概念に対する解釈が異なるからである。つまり、定義のどの部分
を重視するかなどが異なるのである。関係者は、このような多様な解釈を許
容することにより、先進国側と発展途上国側との対立が極めて激しくなり、
地球環境問題や開発問題の国連などの会議が開催されなかったり、条約や宣
言などの一定の成果が得られなかったりするというような事態を避けようと
したのである。
第5節 UNCED
1 リオ宣言
UNCED の「リオ宣言(Rio Declaration on Environment and Development)」は、「持続可能な開発」に関連して、以下のように述べている。
原則(3) 開発の権利は、現在及び将来の世代の開発及び環境上の必要性
を公平に充たすよう行使されなければならない。
原則(4) 持続可能な開発を達成するため、環境保護は、開発過程の不可
分の部分とならなければならず、それから分離しては考えられないものであ
る。
原則(5) すべての国及びすべての国民は、生活水準の格差を減少し、世
界の大部分の人々の必要性をよりよく満たすため、持続可能な開発に必須不
可欠なものとして、貧困の撲滅という重要な課題において協力しなければな
らない。
原則(6) 開発途上国、特に最貧国及び環境の影響を最も受け易い国の特
別な状況と必要性に対して、特別の優先度が与えられなければならない。環
境と開発における国際的行動は、全ての国の利益と必要性にも取り組むべき
である。
原則(7) 各国は、地球の生態系の健全性と完全性を、保全、保護及び修
国連持続可能な開発会議(RIO+20)とその課題
69
復するグローバル・パートナーシップの精神に則り、協力しなければならな
い。地球環境の悪化への異なった寄与という観点から、各国は共通のしかし
差異のある責任(common but differentiated responsbility)を有する。先進
諸国は、彼等の社会が地球環境へかけている圧力及び彼等の支配している技
術及び財源の観点から、持続可能な開発の国際的な追求において有している
義務を認識する。
原則(8) 各国は、すべての人々のために持続可能な開発及び質の高い生
活を達成するために、持続可能ではない生産及び消費の様式を減らし、取り
除き、そして適切な人口政策を推進すべきである。
原則(25) 平和、開発及び環境保全は、相互依存的であり、切り離すこと
はできない(10)。
2 アジェンダ21
「アジェンダ21(Agenda 21)」は、前文以外に、セクションⅠが社会的・
経済的側面、セクションⅡが開発資源の保護と管理、セクションⅢが主たる
グループの役割の強化、セクションⅣが実施手段となっており、ここでの議
論では、前文とセクションⅠが重要である。セクションⅠはさらに、発展途
上国の持続可能な開発を促進するための国際協力と関連国内政策、貧困の撲
滅、消費形態の変更、人口動態と持続可能性、人の健康の保護と促進、持続
可能な人間居住計画の促進、意思決定における環境と開発の統合に分れてい
る。
第1章 前文
「アジェンダ21は動的なプログラムである。…アジェンダ21は、必要性や
状況の変化に伴い、時とともに進化し得る(11)」。
セクションⅠ 社会的・経済的側面(social and economic dimensions)
第4章 消費形態の変更(changing consumption patterns)
A.生産と消費の持続不可能な形態に焦点を当てること
行動の基礎
70
「地球環境が悪化し続ける原因は、主として、特に先進工業国における持
続不可能な形での消費と生産である(12)」。
「消費形態を変えるためには需要に焦点を当て、貧困者の基本的ニーズを
満たしつつ、浪費と生産の過程での限られた資源の使用を削減する多角的な
戦略が必要であろう(13)」。
目標
「幅広い目標を満たすための以下の行動が必要である。
(a)環境へのストレスを軽減し、人類の基本的ニーズを満たすような消費と
生産形態を促進すること。
(b)消費の役割、及びより持続可能な消費形態を創出するための方策につい
ての理解を向上させること(14)」。
行動
「原則として、各国は、環境と開発を統合するという観点で、消費と生活
様式のあり方に取り組むにあたり、以下の基本的目的に従うべきである。
(a)すべての国は持続可能な消費形態を促進すべきである。
(b)先進国は率先して持続可能な消費形態を達成すべきである。
(c)開発途上国は、貧困者の基本的ニーズに対する備えを保証しつつ、その
発展過程において、特に先進工業国にみられる環境に対して極めて危険
で、開発の過程において非効率で浪費的であると認識されている持続不
可能な形態に陥ることを防ぎ、持続可能な消費形態を達成しようと努力
すべきである。このためには先進工業国からの技術援助等がさらに必要
である(15)」。
第8章 意思決定における環境と開発の統合(integrating environment and
development in decision-making)
A.政策、計画、管理の各レベルにおける環境と開発の統合(integrating
environment and development at the policy,planning and management
(16)
。
levels)
目標
国連持続可能な開発会議(RIO+20)とその課題
71
「(a)環境と開発の統合を着実に推進するため、経済及び各セクター並びに
環境に関する政策、戦略計画について国家的再検討を実施すること。
(b)あらゆるレベルの意思決定において、環境と開発の十分な統合が可能と
なるよう組織構造の強化を図ること。
(c)あらゆるレベルの意思決定において、関心を有する個人、団体、組織の
参画が容易になるような関連するメカニズムを開発し、又は改善するこ
と。
(d)意思決定において、環境と開発を統合していく国内的手段を確立するこ
と(17)」。
行動
「まず第一に必要なことは、環境と開発に関する意思決定過程の統合であ
る。このため政府はそれぞれの国における国家的再検討を行うとともに、経
済効率的で社会的に公正で、かつ環境上適正な開発を実現するのに必要な経
済、社会、環境問題の統合(integration of economic, social and environmental
issues)を着実に推進するよう、必要に応じ意思決定過程の改善を図ってい
くべきである(18)」。
最後の「行動」に示されているように、この段階で、経済問題とは別に社
会問題、言い換えれば、経済発展とは別に社会発展が議論されるようになっ
ているが、それはさほど詳細なものではなく、それが本格的になるのは、
1995年にコペンハーゲン(デンマーク)で開催された「世界社会開発サミッ
ト(World Summit for Social Development)」においてである。その「社会
開 発 に 関 す る コ ペ ン ハ ー ゲ ン 宣 言(Copenhagen Declaration on Social
Development)」の第6項は「我々は、経済発展、社会開発及び環境保護が相
互に依存し、それらは、すべての人々がより高い質の生活に到達することに
向けての我々の努力の枠組みである持続可能な開発のために相互に強化し合
う要素であることを強く確信する。貧しい人々が環境資源を持続的に利用で
きるようにする公平な社会開発は、持続可能な開発のために必要な基礎であ
る。我々はまた、持続可能な開発のコンテキストの中での広範な基礎に基づ
72
く持続的経済成長が、社会開発と社会的公正を支えるために必要であること
を認める(19)」と述べている(20)。
第6節 持続可能な開発に関する世界首脳会議
1 ヨハネスブルグ宣言
2002年の「持続可能な開発に関する世界首脳会議(World Summit on
Sustainable Development, WSSD、「ヨハネスブルグ・サミット」とも呼ばれ
る、以下、
「WSSD」と記述)は、アジェンダ21を検証し、実行を促すための
「持続可能な開発に関するヨハネスブルグ宣言(Johannesburg Declaration
on Sustainable Development)(以下、「ヨハネスブルグ宣言」と記述)」と
「実施計画(Plan of Implementation)」を採択した。この会議では、
「持続可
能な開発」が会議名に入り、UNCED に引き続き、同概念は重要なものと
なった。ヨハネスブルグ宣言は、「我々は、持続可能な開発の、相互に依存
しかつ相互に補完的な支柱、即ち、経済開発(economic development)、社
会開発(social development)及び環境保護(environmental protection)を、
地方、国、地域及び世界的レベルで更に推進し強化するとの共同の責任を負
う」と述べて、経済開発、社会開発、環境保護のバランスの維持が重視され
た(21)。WSSD はアジェンダ21の検証だけでなく、2000年の国連ミレニアム
・サミットで採択されたミレニアム宣言に基づく「ミレニアム開発目標
(MDGs、以下、「MDGs」と記述)
」を継承する形で行われたので、貧困削
減、アフリカ問題などが、UNCED 以上に重視されて議論された。一方で、
2001年の9.
11同時多発テロの影響で、先進国を中心に環境に対する関心は大
きく低下していた。
ヨハネスブルグ宣言も実施計画も持続可能な発展を定義していないが、ヨ
ハネスブルグ宣言は、「国連環境開発会議において、我々は、リオ宣言に基
づき、環境保全と社会・経済開発が、持続可能な開発の基本であることに合
意した。そのような開発を達成するために、我々はアジェンダ21及びリオ宣
国連持続可能な開発会議(RIO+20)とその課題
73
言という地球規模の計画を採択したが、我々はこの計画への公約を再確認す
る(22)」と述べているので、UNCED における考え方を引きついていると考え
ることができる。
ヨハネスブルグ宣言は、「我々が直面する課題」として、以下5点を示し
ている。
「(1)我々は、貧困削減、生産・消費形態の変更、及び経済・社会開発のた
めの天然資源の基盤の保護・管理が持続可能な開発の全般的な目的であ
り、かつ、不可欠な要件であることを認める(We recognize that poverty
eradication, changing consumption and production patterns and
protecting and managing the natural resource base for economic and
social development are overarching objectives of and essential
requirements for sustainable development)。
(2)
人間社会を富めるものと貧しいものに分断する深い溝と、先進国と開発
途上国との間で絶えず拡大する格差は、世界の繁栄、安全保障及び安定
に対する大きな脅威となる。
(3)
地球環境は悪化を続けている。生物多様性の喪失は続き、漁業資源は悪
化し続け、砂漠化は益々肥沃な土地を奪い、地球温暖化の悪影響は既に
明らかであり、自然災害はより頻繁かつ破壊的になり、開発途上国はよ
り脆弱になり、そして、大気、水及び海洋の汚染は何百万人もの人間ら
しい生活を奪い続けている。
(4)
グローバリゼーションは、これらの課題に新たな側面を加えた。急速な
市場の統合、資本の流動性及び世界中の投資の流れの著しい増加は、持
続可能な開発を追求するための新たな課題と機会をもたらした。しかし
ながら、グローバリゼーションの利益とコストは不公平に分配され、こ
れらの課題に対処するに当たり開発途上国が特別な困難に直面している。
(5)
我々は、これらの地球規模の格差を固定化する危険を冒しており、また、
我々が貧困層の生活を根本的に変えるような方法で行動しない限りは、
世界の貧困層は、彼らの代表と我々が公約している民主的制度に対する
74
信頼を失い、その代表者たちを鳴り響く管弦楽器かじゃんじゃんと鳴る
シンバル以外の何ものでもないとみることになるかもしれない(23)」。
2 実施計画
「実施計画」は貧困撲滅、生産・消費形態の変更、及び経済・社会開発の
ための天然資源の基盤の保護・管理が中心となっている。
「(1)貧困を撲滅することは、今日世界が直面している最大の地球規模の課
題であり、特に開発途上国にとっては、持続可能な開発のために不可欠
な条件である(24)」。
「(2)世界規模で持続可能な開発を達成するためには、社会の生産消費形態
の根本的な変更が不可欠である。特に、環境と開発に関するリオ宣言の
第7原則に述べられている共通だが差異のある責任の原則も含めたリオ
諸原則に留意しつつ、すべての国が裨益する形で、先進国が主導し、す
べての国が持続可能な生産消費形態を促進すべきである。持続可能でな
い生産消費形態を変更するにあたり、政府、関係国際機関、民間セク
ター及びすべてのメジャーグループが、積極的役割を果たすべきであ
る(25)」。
「(3)資源の利用と生産過程における効率性と持続可能性を改善し、資源の
劣化、汚染及び廃棄物を軽減することを通じて環境悪化に対処し、適切
な場合には経済成長と環境悪化を分離すること(delinking)によって、
生態系が持つ維持能力の範囲内で社会及び経済開発を推進するために、
持続可能な生産消費形態への転換を加速するための計画に関する10年間
の枠組みの策定を奨励し、促進する。途上国のために、全てのリソース
からの資金的及び技術的支援とキャパシティ・ビルディングを活用する
ことで、先進国が主導し、開発途上国の開発の必要性と能力を考慮に入
れつつ、すべての国が行動を起こすべきである(26)」。
「(4)人間の快適な生活と経済活動にとって欠かすことのできない資源と
サービスを提供する生態系全体に対して人間の活動が及ぼす影響が増大
国連持続可能な開発会議(RIO+20)とその課題
75
している。持続可能で統合された方法で、この基礎となる天然資源を管
理することは、持続可能な開発に不可欠である。これとの関連で、現行
の天然資源の劣化傾向を可能な限り早期に逆転させるためには、地域、
国及び地方の能力を高めつつ、生態系を保全し、土地、水、生物資源の
統合的な管理を達成するための国家、適切な場合には地域のレベルで採
択された目標の達成を含む戦略を実施する必要がある(27)」。
このように、WSSD の段階で、‘sustainable development’は、経済開発、
社会開発、環境保護の3つを柱とするようになった。社会開発は、経済開発
や環境保護以上に、アクターの主観的な判断や主体性が重視される領域であ
る。これが3つの柱の1つとして取り上げられている以上、
‘sustainable
development’の客体性が重視される「持続可能な開発」ではなく、その主
体性が重視される「持続可能な発展」がこの用語の日本語訳として用いられ
るべきであるというのが我々の判断である。したがって、本論文で、これ以
前の段階に対しても、「持続可能な発展」という訳語を与えていたのは、あ
くまでも、用語の統一という要請から来るものである。
第7節 RIO +20
1 準備
RIO +20は、2012年に持続可能な発展に関する国連の会議を主催したいと
いうブラジル政府の申し出を受け、2
009年12月の第6
4回国連総会で決議6
4/
236に基づいて、
(1)持続可能な発展に関する新たな政治的コミットメントを
確保し、(2)持続可能な発展に関する主要なサミットの成果の実施について
の現在までの進展及び残された課題を評価し、(3)新しいまたは出現しつつ
ある課題を取り扱うことを目的とし、(1)持続可能な発展及び貧困根絶の文
脈 に お け る グ リ ー ン・エ コ ノ ミ ー(a green economy in the context of
sustainable development and poverty eradication)、
(2)持続可能な発展のた
めの制度的枠組み(institutional framework for sustainable development)を
76
主要テーマとする。また、成果文書は焦点を絞った政治文書になる予定であ
る(28)。
国連加盟国は、2010年5月の第1回準備委員会の際、準備過程を導き、そ
の工程表や組織を決定するために、
「国連持続可能な発展会議の準備過程の
た め の 幹 事 国 会 議(Bureau of the Preparatory Process for the United
Nations Conference on Sustainable Development)、以下、「幹事国会議」と
記述」を組織した。それは、10人(5地域から各2人)のメンバーと主催国
であるブラジルの非公式メンバー1人から構成される。第1回準備委員会の
前の2
010年4月から幹事国会議は非公式に行われており、同月の第2回幹事
国会議でパク(In-Kook Park)韓国国連大使とアシェ(John W. Ashe)アン
ティグア・バーブーダ国連大使が共同議長を務めることを内定し、第1回準
備委員会で正式に決定した(29)。
幹事国会議は、アンティグア・バーブーダ、アルゼンチン、ボツワナ、カ
ナダ、チェコ、クロアチア、エジプト、イタリア、韓国、パキスタンの代表
によって構成された(30)。これら10か国にブラジルを加えた11か国の1人当た
り国民総所得(GDI)を表1に示した。国連の加盟国の圧倒的多数は発展途
上国であるにも関わらず、6か国が高所得国、ブラジルを含む3か国が上位
中所得国、2か国が下位中所得国であり、1人当たり国民総所得(GNI)が
995ドル以下の低所得国は1か国もない。この後検討するように、我々は、
このような幹事国会議の構成が「我々が望む未来」の内容に大きく影響した
と考えている。
2012年1月10日付で作成された「我々が望む未来(The Future We Want、
「ゼロ・ドラフト」と通称されているので、以下、「ゼロ・ドラフト」と記
述、「Zero Draft」と引用)」も、これを改定した2
012年3月28日付で作成さ
れた「CST:我々が望む未来に対するリオ・コミットメント(CST:Rio
Commitment to the Future We Want、以下、
「CST」と記述・引用)」も共
同議長が作成したものである(31)。
ゼロ・ドラフトは、それ以前の発展途上国からの批判に対応して、「我々
国連持続可能な開発会議(RIO+20)とその課題
77
表5―1 1人当たりGNI(2010年)
国
分類
1人当たり GNI
カナダ
OECD 加盟高所得国
43,
250ドル
イタリア
OECD 加盟高所得国
35,
700ドル
韓国
OECD 加盟高所得国
19,
890ドル
チェコ
OECD 加盟高所得国
17,
890ドル
クロアチア
その他高所得国
13,
890ドル
アンティグア・バーブーダ
その他高所得国
13,
280ドル
ブラジル
上位中所得国
9,
390ドル
アルゼンチン
上位中所得国
8,
620ドル
ボツワナ
上位中所得国
6,
790ドル
エジプト
下位中所得国
2,
420ドル
パキスタン
下位中所得国
1,
050ドル
(出所)World Bank, ed., World Development Indicators 2012, September 28, 2012, pp. 2426 and p. 38.
(注)12,
276ドル以上が高所得国、3,
976∼12,
275ドルが上位中所得国、1,
006∼3,
975ドル
が下位中所得国である。
は、グリーン経済を我々の全般的な目標にとどまらなければならない持続可
「グリー
能な開発を達成するための一つの手段(32)」に過ぎないと位置付け、
ン経済が固定化された一連のルールではな(33)」いことを強調し、「我々は、
経済的、社会的及び環境面での開発の具体的現実並びに具体的な状況及び優
先事項を尊重して、各国が適切に選択を行うことを認識している(34)」と述べ
ている。一方、それは、発展途上国の批判にもかかわらず、グリーン経済に
関するロードマップ(工程表)を含んでいた(35)。
2 「我々が望む未来」
RIO +20は、成 果 文 書(outcome document)と し て、
「我 々 が 望 む 未 来
78
(The Future We Want)」を採択した(36)。
「我々が望む未来」の原案作りは、先進国と発展途上国の対立が大きく、
2012年6月1
3日から15日まで、リオデジャネイロで行われた第3回準備委員
会での事務レベル交渉は難航した。グリーン経済が最大の争点で、先進国は、
財政難で資金や技術面での支援の余力は乏しい一方で、資源の枯渇や人口爆
発に対処するにはすべての国が歩調を合わせる必要があると訴え、特に、欧
州連合(EU、以下、
「EU」と記述)は目標ごとにロードマップ(工程表)を
作り、移行を急ぐべきであると主張したのに対し、発展途上国は経済成長の
制約になりかねないと警戒する一方、資金や技術面での支援を求めた。その
ような中、1
6日以降も交渉が続けられ、議長国ブラジルが16日修正案を示し
た(37)。ここでは、グリーン経済は、持続可能な開発のための手段の1つであ
り、各国が国情に応じて取り組む選択肢とされた。グリーン経済について、
この案で、先進国側と発展途上国側は大筋で合意した(38)。また、その他の点
に関しても、双方の対立点をばっさり削除し、再修正にはすべての参加国の
了解を得るという条件を付けたこの案で先進国側と発展途上国側は妥協する
ことになり、19日に実質合意され、22日に採択された(39)。
このように、「我々が望む未来」では、その原案作りから合意に至るまで、
新興国など発展途上国のうち、比較的経済力の高い国々が重要な役割を担う
ことになった。そして、これらの国々が「バランサー」となって、妥協を形
成するというポジティブな側面を持つ一方、発展途上国のうち、特に、経済
力のない国々の利益を損なうネガティブな側面も持った。とはいえ、先進国
と発展途上国の対立という地球環境問題の近年の構図、特に、気候変動枠組
み条約の対立の構図からみると、国際政治秩序の変動を反映した新しい動き
として評価することができるだろう。
(1)「共通ビジョン」と「政治的コミットメントの更新」
「我々が望む未来」は、まず、「共通ビジョン」で、「持続可能な開発に向
けた我々のコミットメントを再確認し、我々の地球と現在及び未来の世代の
ため、経済的、社会的、環境的に持続可能な未来を促進する」ことを宣言し
国連持続可能な開発会議(RIO+20)とその課題
79
ている。そして、次に、
「貧困の撲滅は今日世界が直面する最大の挑戦であり、
持続可能な開発にとって、絶対に必要な条件である」と述べている(40)。さら
に、「持続可能な開発目標を達成するために、すべてのレベルで、効果的且
つ透明性があり、責任のある民主的な制度が必要である」と主張している(41)。
すなわち、図1に示したように、「我々が望む未来」は、持続可能な発展を
目的とし、貧困撲滅、グリーン経済、制度的枠組みの3つをそのための手段
と位置付けている。
図5―1 持続可能な発展とそのための3つの手段
手段 目的
貧困撲滅
グリーン経済 持続可能な発展
制度的枠組み
(出所)United Nations, The Future We Want, 24 July 2012, pp. 2-3[環境省訳『我々が望
む未来』2012年、1∼2頁]に基づいて筆者が作成。
次に、「我々が望む未来」は、「政治的コミットメントの更新」で、「とり
わけ『環境と開発に関するリオ宣言』の第7原則において規定される『共通
だが差異ある責任』の原則を再確認(42)」した。また、政策決定によりよい情
報を提供するために、
「GDP を補完する広範囲の進捗尺度が必要であると認
識する。この点に関し、我々は、関連する国連システムの諸機関及び他の関
連機関と協議して、国連統計委員会に、既存のイニシアティブに基づき(43)」、
この分野の作業プログラムを開始するよう要請すると述べた。すぐ下でみる
ように、グリーン経済は経済成長だけでなく、地球環境の保全、社会開発な
どさまざまな事柄に関連する概念であり、これをキー概念としていこうとす
ると、GDP だけでは不十分であるとの考えから、それを補完するものが必
要となるのである。また、これは、日本政府が提案した「幸福度」に関わる
が、「我々が望む未来」では、議論を継続することを確認するに留まった。
80
(2)「持続可能な開発と貧困撲滅という文脈におけるグリーン経済」
1)グリーン経済
「我々が望む未来」は、「我々の全般的な目標である3つの側面での持続
可能な開発を達成するためには、それぞれの国の状況及び優先事項に従って、
実行できるアプローチ、ビジョン、モデル、ツールが異なることを認める(44)」
と述べている。そして、「この点に関し、我々は、持続可能な開発及び貧困
撲滅の文脈におけるグリーン経済を、持続可能な開発を達成するために実行
できる重要なツールと認識するとともに、政策決定のための意見を提供し得
るが、柔軟性のない規則となってはならないと考える。我々は、グリーン経
済が、地球の生態系の健全な機能を維持すると同時に、貧困の撲滅、持続的
な経済成長、社会的包含の強化、人間の幸福の改善、すべての人々に対する
雇用機会及びディーセントワークの創出に寄与すべきであると強調する(45)」
と述べている。
2)貧困撲滅
「我々が望む未来」は、
「地球上の5人に1人、すなわち1
0億人以上の人々
が依然として極度の貧困状態にあり、7人に1人―すなわち14%―が栄養不
足で、流行病や伝染病などの公衆衛生課題が、偏在する脅威であることを深
く懸念している(46)」。「我々が望む未来」は、「我々は、ミレニアム開発目標
(MDGs)を含む国際的に合意された開発目標の2
015年までの達成を早期実
現するために全力を尽くすというコミットメントを再確認する(47)」と述べて
いるので、MDGs の貧困と栄養不良に関するデータをみていくことにしよう。
MDGs の第1目標「極端な貧困と飢餓の撲滅」に含まれる第1ターゲットは、
「1990年と2015年の間に、1日1.
25ドル未満で暮らす人々の割合を半減する」
ことである。最新のデータである2008年に、サハラ以南アフリカを含むすべ
ての発展途上地域で、貧困人口と貧困率が1990年以来初めて低下し、発展途
上地域全体で、1.
25ドル未満で暮らす貧困人口は20億人以上から14億人未満
に減少し、貧困率は47%から24%に低下した。世界銀行による2010年の貧困
率の暫定的推計は、MDGs の目標に先行して、1990年の半分以下になってい
国連持続可能な開発会議(RIO+20)とその課題
81
る。しかし、このような進展にも関わらず、
2015年に、貧困率は16%になるも
のの、貧困人口は依然として約10億人であると予測される。その8割は南ア
ジアとサハラ以南アフリカである。地域別にみると、東南アジアは1990年の
45%から2008年の17%、東アジア(中国のみ)は60%から13%と既に目標値
を達成しているが、南アジアは51%から34%、サハラ以南アフリカは56%か
ら47%にしか低下しておらず、目標達成は困難となっている。サハラ以南ア
フリカでは、2005年から2008年に、貧困率が52%から47%に低下し、貧困人
口が、1981年初めて、3億9,
500万人から3億8,
600万人に減少している(48)。
第1目標第3ターゲットは、「1990年と2
015年の間に、飢餓人口の割合を半
減する」ことである。1990∼02年の発展途上地域の人口に占める栄養不良の
割合は19.
8%、1995∼97年が16.
8%、2000∼02年が1
6.
5%、2006∼08年が
15.
5%と順調に低下しているが、栄養不良人口は1
990∼02年の8億4,
800万
人から2006∼08年の8億5,
000万人に増加している。地域別にみると、1990
∼02年と2006∼08年の間に、東アジアは18%から10%、東南アジアは24%か
ら14%へと順調に低下しているが、南アジアは22%から20%、サハラ以南ア
フリカは31%から27%へと、わずかにしか低下していない。2007∼08年の食
糧価格の高騰や2008年の金融危機の影響は、アジアでは2007年の5億5,
600万
人から2008年に1
00万人栄養不良人口が増加したという比較的小さなものに
留まったのに対し、サハラ以南アフリカでは2007年の2億1,
300万人から2
008
800万人も増加した(49)。
年に1,
(3)「持続可能な開発のための制度的枠組み」
「我々が望む未来」は、「我々は、持続可能な開発のための制度的枠組み
を強化する重要性を強調する。これは、現在及び未来の課題に対し、一貫し
た効果的な答えを出し、持続可能な開発アジェンダを実施する上でのギャッ
プを効果的に埋める。持続可能な開発のための制度的枠組みは、バランスの
とれた方法で、持続可能な開発の3つの側面を統合するとともに、とりわけ
一貫性、協調性を強化し」、取り組みの重複を避け、「持続可能な開発の実施
における進展を再検討することによって実施を強化すべきである。我々は、
82
また、枠組みが包括的で、透明性があり、効果的であるとともに、持続可能
な開発に対する世界的な課題に関する共通の解決策を見いだすべきであると
再確認する(50)」と述べている。
ゼロ・ドラフトでは、持続可能な開発委員会に関し、2つの案が併記され
ていた。1つは持続可能な開発委員会の機能強化であり、他の1つは「持続
可能な開発理事会(Sustainable Development Council)」への改組である(51)。
「共同議長は、48項から51項については本文を提案しなかった(52)」
CST は、
と書いている。ここには、持続可能な開発委員会と国連環境計画(UNEP)
に関する記述が入るはずであったが、いくつかの案の併記すらできないほど
に議論が対立していたと考えられる。
「我々が望む未来」は、持続可能な開発委員会の「強み、経験、資源、及
び包括的な参加様式に基づき、後に委員会に代わる普遍的な政府間ハイレベ
ル政治フォーラムを設立することを決定する。ハイレベル政治フォーラムは、
費用効率が高い方法で、持続可能な開発の実施を追求し、既存の体制、機関、
団体との重複を回避すべきである(53)」と述べている。
「我々が望む未来」は、「我々は、第6
8回国連総会の開始までに、第1回
ハイレベルフォーラムを開催することを目的として、ハイレベルフォーラム
の形式及び組織的事項を定義するために、総会の下で、政府間の、開かれた、
透明性のある、包括的な交渉プロセスを開始することを決定する(54)」と述べ
ている。
持続可能な開発委員会に関しては、当初は、持続可能な開発理事会の創設
なども議論されたが、G77+中国が提案したハイレベル政治フォーラムでま
とまった(55)。
ゼロ・ドラフトは、国連環境計画(UNEP)に関し、2つの案を併記して
いる。1つは国連環境計画の強化であり、他の1つは「他の国連専門機関と
対等に活動する環境のための国連専門機関の創設」である(56)。
「我々が望む未来」は、「我々は、世界的な環境アジェンダを定め、国連
システム内で持続可能な開発における環境的側面の一貫した実施を促進し、
国連持続可能な開発会議(RIO+20)とその課題
83
世界環境にとっての正式な擁護者として働く、主要な世界環境機関としての
「国連環境計画」
(UNEP)の役割を強化することにコミットする。…我々は
第67回国連総会において、UNEP を強化し、格上げする決議を採択すること
を求める(57)」と述べている。国連環境計画(UNEP)に関しては、EU、ア
フリカ諸国、中央アジア諸国が専門機関化を提唱し、日、米、カナダ、イン
ドなどが反対した結果、専門機関化には至らず、その強化に留まった(58)。
(4)「行動とフォローアップ」
「我 々 が 望 む 未 来」は、「我 々 は、『リ オ 宣 言』、『ア ジ ェ ン ダ21』及 び
『JOPI(ヨハネスブルグ実施計画)
』において持続可能な消費と生産に関し
て為されたコミットメント、また特に、JOPI の第3章における、
「10ヵ年計
画枠組み(1
0YFP)」を奨励及び促進する旨の要請を想起する。我々は、社
会における消費と生産の形態の基本的変化が、世界的に持続可能な開発の達
「国家の中に
成に不可欠であることを認識する(59)」と述べている。そして、
は、浪費を促し、持続可能な発展を傷つける有害で能率の悪い化石燃料への
補助金を段階的に廃止するためにそれらがしてきたコミットメントを再び主
張した国もある。我々はその他の国に、能率の悪い化石燃料への補助金の合
理化を考慮するよう要請する…。我々は、A/COF. 216. 5 に含まれているよう
に、持続可能な生産・消費パターンに関する10か年計画を採択し、10か年計
画が任意であると強調する。我々は、国連総会が第67回総会時に、計画を完
全に実施するために必要とされる手段を講じるため、加盟国による代表を任
命するよう要請する(60)」と続けている。
「我々が望む未来」は、持続可能な開発目標(sustainable development
goals, SDGs)は「2015年以降の国連開発アジェンダと整合的であると同時に
同アジェンダに統合されるべきであり、その結果、持続可能な開発に貢献し、
また国連システム全体における持続可能な開発の実施及び主流化の原動力の
役割を果たすべきである。これらの目標の開発は、ミレニアム開発目標の達
成から、焦点または努力が逸脱することがあってはならない(61)」と述べてい
る。また、「我々が望む未来」は、「オープンな作業部会は、第67回国連総会
84
の開始(2012年9月)までに発足され、また、公正、平等、バランスの取れ
た地理的代表の達成を目標に、5つの地域グループを通じて加盟諸国から指
名される30名の専門家で構成される。…同部会は第68回国連総会の会合へ、
SDG の提案を盛り込んだ報告書を提出して、検討及び適切な行動を仰ぐこと
になる(62)」と述べている。
持続可能な開発目標は、コロンビア、アラブ首長国連邦、ベルーが共同提
案した。EU、アメリカなど先進国はそれを支持するとともに、具体的な対象
分野について合意すべきと主張したのに対し、発展途上国はミレニアム開発
目標が損なわれるとして、これに懐疑的であり、リオ+20での具体化に反対
した(63)。
第8節 おわりに
ここまでの議論を整理していこう。「持続可能な発展」という概念は、
UNCED 以降、地球環境問題をめぐる先進国と発展途上国の対立を緩和する
上で、シンボルとして重要な役割を果たした。この分野の多くの文献で、そ
の定義はブルントラント委員会のものが採用されている一方で、UNCED、
WSSD、RIO +20などの国際会議やそこで採択される条約や宣言などにおい
ては、その定義・内容などは明確とはなっていない。国際社会においては、
意図して、その定義・内容をぼかすことにより、先進国、発展途上国、それ
らの国家グループ、国内アクターなどが、各々の意図に沿う形でそれを理解
することにより、先進国側と発展途上国側の抜本的対立を回避してきた。そ
のような中で、
‘sustainable development’は、経済開発、環境保護に次ぐ第
三の柱として社会開発を含めるようになった。これは、先進国側との交渉で、
発展途上国側が得た大きな利益である。そして、社会開発を大きな柱として
含む‘sustainable development’の日本語訳は、
「持続可能な開発」ではなく、
「持続可能な発展」であると我々は考えるようになった。
2
1世紀初頭まで、国際社会は、「共通だが差異ある責任」原則に基づき、
国連持続可能な開発会議(RIO+20)とその課題
85
たとえば、気候変動枠組み条約やその下の京都議定書では、先進国が負担を
負い、発展途上国は負わないという二分法をとったが、その後、中国、ブラ
ジル、インド、ロシアに代表される新興国が登場し、国際政治経済秩序は大
きく変動することとなった。しかし、現在まで、国際社会は、この新しい秩
序に対応した新しいガバナンスの枠組みを構築するに至っていない。それが、
近年のポスト京都議定書や生物多様性条約をめぐる交渉を停滞させている主
な原因であるが、ここまで検討したように、RIO +20では、新興国が一定の
役割を果たすという新しい動きが出た。それは、今回の会議を成功に導くよ
うな顕著なものではなく、将来に向けて拡大・定着するものであるかも定か
ではない。しかし、それは、大変興味深い動きであり、今後、注視を必要と
するであろう。
注
(1)
『朝日新聞』2012年6月23日。
(2)西村智朗「現代国際法と持続可能な発展」(松田竹男・田中則夫・薬師
寺公夫・坂本茂樹編『現代国際法の思想と構造―Ⅱ 環境、海洋、刑事、
紛争、展望―』東信堂、2012年)30頁。
(3)United Nations, Declaration of the United Nations Conference on the
Human Environment, 1972[環境省訳『人間環境宣言』2003年、1頁]。
(4)西村智朗、上掲論文、29頁。
(5)Donella H. Meadows, Dennis L. Meadows, Jφrgen Randers and William
s
W. Behrens Ⅲ, The Limits to Growth: A Report for the Club of Rome’
Project on the Predicament of Mankind (New York: Universe Books,
1972), pp23-24[大来佐武郎監訳『成長の限界―ローマ・クラブ「人類の
危機」レポート―』ダイヤモンド社、1972年、11頁]。
(6)International Union for Conservation of Nature and Natural Resources
with the Advice and Cooperation of United Nations Environment
Programme and World Wildlife Fund, World Conservation Strategy:
86
Living Resource Conservation for Sustainable Development, 1980,
1. Introduction: Living Resource Conservation.
(7)World Commission on Environment and Development, Our Common
Future (Oxford: Oxford University Press, 1987), p. 8[大来佐武郎監修『地
球の未来を守るために』福武書店、1987年、28頁]。
9頁]。
(8)Ibid., p. 8[邦訳、28∼2
。
(9)Ibid., p. 8[邦訳、20頁]
(10)United Nations Conference on Environment and Development, Rio
Declaration on Environment and Development, 1992, pp. 1-3[環境庁訳
『国連環境開発会議(地球サミット:1992年、リオ・デ・ジャネイロ)
環境と開発に関するリオ宣言』、1993年、1∼4頁]。
(11)United Nations, Agenda 21, 1992, Paragraphs 1. 6[「エネルギーと環境」
編集部編『アジェンダ21実施計画(’
97)―アジェンダ2
1の一層の実施の
ための計画―(1997年国連環境開発特別総会採択文書)』エネルギー
ジャーナル社、1997年、66頁]。 Ibid., Paragraphs 4. 3[邦訳、86頁]。
(12)
(13)Ibid., Paragraphs 4. 5[邦訳、86∼87頁]。
(14)Ibid., Paragraphs 4. 7[邦訳、87頁]。
(15)Ibid., Paragraphs 4. 7[邦訳、87頁]。
(16)Ibid., chapter 8[邦訳、146頁]。
(17)Ibid., Paragraphs 8. 3[邦訳、147頁]。
(18)Ibid., Paragraphs 8. 4[邦訳、147頁]。
(19)United Nations, Copenhagen Declaration on Social Development, 1995
[国連広報局編『世界社会開発サミット コペンハーゲン宣言及び行動
計画』1995年、3頁]。
(20)西村智朗、上掲論文、35頁。
(21)United Nations, Report of the World Summit on Sustainable
Development: Johannesburg,South Africa, 26 August-4 September
国連持続可能な開発会議(RIO+20)とその課題
87
2002 (New York: United Nations, 2002), p. 1[外務省訳『持続可能な開発
に関する世界首脳会議 南アフリカ 2002年8月26日∼9月4日 持続
可能な開発に関するヨハネスブルグ宣言』、2002年、1頁]
。
(22)Ibid., p. 2[邦訳、1∼2頁]。
(23)Ibid., pp. 2-3[邦訳、2頁]。
(24)Ibid., p. 9[外務省訳『持続可能な開発に関する世界首脳会議実施計画』、
2002年、2頁]。
(25)Ibid., p. 13[邦訳、7頁]。
Ibid., pp. 13-14[邦訳、7∼8頁]。
(26)
(27)Ibid., p. 20[邦訳、16頁]。
http://www.uncsd2012.org/rio20/index.php?menu=17 2011年8月28日に
(28)
ダウンロード;United Nations, Resolution Adopted by the General
Assembly 64/236 Implementation of Agenda 21, the Programme for the
Further Implementation of Agenda 21 and the Outcome of the World
Summit on Sustainable Development, March 2010, p. 2 and pp 4-5.
(29)http://www.uncsd2012.org/rio20/index.php?menu=17 2011年8月29日に
ダ ウ ン ロ ー ド;http://www.uncsd2012.org/rio20/index.php?menu=28
2011年 8 月2
9日 に ダ ウ ン ロ ー ド;United Nations, Report
of
the
Preparatory Committee for the United Nations Conference on
Sustainable Development, May 2010, p.8.
(30)http://www.uncsd2012.org/rio20/bureau.html 2012年10月13日にダウン
ロード。
(31)United Nations, The Future We Want, January 10, 2012[環境省訳『我々
が望む未来』2012年];United Nations, CST: Rio Commitment to the
Future We Want, March 28, 2012[環境省訳『CST:我々が望む未来に
対するリオ・コミットメント』2012年]。
(32)Zero Draft, op. cit. p. 6[邦訳、6頁]。
Ibid. [同上、6∼7頁]。
(33)
88
(34)Ibid. [同上、7頁]。
(35)Ibid., p. 8[同上、9頁]。
(36)United Nations, The Future We Want, 24 July 2012[環境省訳『我々が
望む未来』2012年]。
(37)
『朝日新聞』2012年6月18日。
(38)
『朝日新聞』2012年6月19日。
(39)
『朝日新聞』2012年6月24日。
(40)United Nations, op. cit., p. 2[邦訳、1頁]。
(41)Ibid., p. 3[同上、2頁]。
Ibid., p. 3[同上、3頁]。
(42)
Ibid., p. 7[同上、7頁]。
(43)
Ibid., p. 10[同上、10頁]。
(44)
Ibid., p. 10[同上、10頁]。
(45)
Ibid., p. 5[同上、4頁]。
(46)
Ibid., p. 5[同上、4頁]。
(47)
(48)United Nations, The Millennium Development Goals Report 2012, 2012,
p. 4 and pp. 6-7.
(4
9)Ibid., p. 5 and pp. 11-12.
(50)United Nations, The Future We Want, p. 14[邦訳、14∼15頁]。
(51)Zero Draft, op. cit., p. 9[邦訳、11頁]。
(52)CST, op. cit., p. 16[邦訳、16頁]。
(53)United Nations, The Future We Want, p. 16[邦訳、17頁]。
Ibid., p. 17[同上、18頁]。
(54)
(55)宮澤郁穂「リオ+20における主要国の立場から見えたもの―国際合意か
ら自主的取組みへ―」(『OECC 会報』第66号、2012年8月)8頁。
(56)Zero Draft, op. cit., p. 10[邦訳、11∼12頁]。
(57)United Nations, The Future We Want, p. 18[邦訳、18∼19頁]。
(58)宮澤郁穂、前掲論文、8頁。
国連持続可能な開発会議(RIO+20)とその課題
(59)United Nations, The Future We Want, p. 43[邦訳、47頁]。
(60)Ibid., p. 43.
(61)Ibid., p. 47[邦訳、51頁]。
Ibid., p. 47[邦訳、52頁]。
(62)
(63)宮澤郁穂、前掲論文、8頁。
89
モンゴルの鉱業法について
91
モンゴルの鉱業法について
−法律問題を中心にして−
関上 哲 About the mining law of Mongolia
Mainly through the legal issues
Satoshi SEKIGAMI 1.はじめ
2.モンゴルの概要
3.モンゴルの法制度史
4.鉱業法をめぐる分析視点
5.モンゴル鉱業法
6.まとめ
Key Word:探鉱権、採掘権、戦略的鉱床
1.はじめ
問題意識:草原の国(ウルス1)モンゴルは、東アジアの日本海から黒海
沿岸(現ウクライナのクリム半島)に至るまでの大帝国を築いた人物チンギ
ス・ハーン2 を輩出した国である。今日、世界的に豊富な鉱物資源が多く埋
─────────
1 ウルス Ulus
は、古代モンゴル語では「人の渦、部族集団」を意味する。現代モンゴル
語では「国」を意味する。
2 チンギス・ハーン ЦИΗГИС ΧааН 成吉思汗1
162∼1227、大小の民族抗争を
92
蔵されている国でありながら一人当たり GDP がわずか2,
562ドルという国
である。日本の国土の4倍の面積を占める国でありながら、その国には約
280万人の人口が暮らす広大な草原の国である。政治的には、88年前に社会
主義の国として誕生しながら、20年ほど前には資本主義の国となり民主化を
果たした国である。それ故、モンゴル国は、法制度においても近年数百とい
う法律が制定されている。しかし、法律相互の関連性が薄く、法制度の整備
を必要としている国である。このことは、モンゴル国自身においてもまた日
本においても両国にとり利益をもたらしているとはいえない。本論文は、日
本がモンゴルに法制度上にどのような支援ができるのかを踏まえ、それを課
題としながら現状の中で埋蔵鉱物資源の諸問題をモンゴルの法制度を中心に
分析する。
2.モンゴルの概要
モンゴルは、人口281.16万人(2011モンゴル国家統計委員会、NSC3)、面
28万人(全人口の約4割、NSC)、
積156.
4万4、首都ウランバートル市人口1
政体 共和制5、元首ツアヒャー・エルベグドルジ大統領(2009年就任)、名
目 GDP 8,
557.
6百万米ドル(2011、世界銀行)
、一人当たり GDP 2,
562ドル
(2011世界銀行)、経済成長率17.
3%(2
011、NSC)、インフレ率1
0.
2%(2011,
NSC),失業率約7.
7%(2011,NSC)、2011年新規確定埋蔵量:金3
5t、タン
グステン6万t、鉄鉱石3
000万t、石炭8
4億t、14種112鉱床が「国家鉱物
資源埋蔵量登録簿」に登録されている(世界の鉱業の趨勢、2012)。石炭確
─────────
一代で統一し、モンゴルの遊牧民族の諸部族を統一した。これを第1次即位という。
1206
年クリルタイで「ハン」位につき、モンゴル系・トルコ系の諸部族を統一してモンゴル
帝国を形成した。詳細は後述する。
3 National Statistical Committee:NSC
4 日本の約4割、世界1
8位
5 大統領制と共和制の併用
モンゴルの鉱業法について
93
認埋蔵量約223億トン(世界第9位)、ウランの未確認埋蔵量139万トン(世
界第1位)、中国との関係ではモンゴルから中国への石炭輸出量は2009年710
万t、2
010年1,
67
0万t、2
011年2,
110万tとなっている。輸出額は2009年
30.
5万ドル、2
010年87.
15万ドル、2
011年222.
74万ドルである。中国へはト
ラック輸出である6。今後、石炭輸出は、モンゴル資源庁によると2012年
3,
000万トン、2013年3,
300万トン、2014年4,
000万トン、2015年5,
000万トン
となり、鉄道建設が不可欠とされている7。反面、1日2ドル未満で暮らす
貧困層は115万人いると推計されている。国民の40%以上を占めている畜産
は、羊1,
550.
91万頭、山羊1,
580.
9万頭、牛231.
5
1万頭、馬209.
3万頭、ラク
ダ27.
96万頭を飼育し、2
011年の総家畜頭数は3,
6
00.
58万頭に達し、2
010年
比で327.
63万頭増加し10%増加した8。牧草地の広さは国土の約80%である。
畜産は、そのほとんどが遊牧で行われ
ている9。
ロシア
ウランバートル
中華人民共和国
外務省地図より
─────────
6 2
011年9月中国への石炭輸出路をめぐり、中国からの陸路経路の申し出を断り、ロシア
の経路を探るとモンゴル政府が発表した。
間225鉄道建設契約が Dorniin Resouces と締結され
た。最終的には、ダランザドガット∼タバントルゴイ∼ツアガン・ズブラガ∼ンバヤン
400万が計画されている。
8 モンゴル経済の主要分野である牧畜業は毎年1
2月末に家畜頭数が調査される。2011年12
月統計、
「モンゴル通信」No.02、第334号より引用した。2
009年対前年比1,200万頭の
減少、2010年対前年比1,
130万頭の減少は、「ゾド」といわれる冷害、雪害による家畜の
被害が、家畜総数に影響を与えた。
7 2
012.
5.
9Sainshand∼Tavantolgoi
94
3.モンゴルの法制度史
本論文では、モンゴルの法制度史を次のように大きく8つの時期区分とす
ることで分析した。
(1)12世紀末∼13世紀 チンギス・ハーンによるモンゴル帝国全盛期
1189年チンギス・ハーンはモンゴル国を平定した(第1次即位)。1202年
にはチンギス・ハーンは厳しい「掟」を発布した。兵隊の規律を厳しく戒め
る「軍律」である。こうして、1206年全モンゴルのチンギス・ハーンとなる
(第2次即位)。第2次即位と共にチンギス・ハーンはモンゴル草原を統一
し周辺諸国へ遠征した。全モンゴル人民に「ヤサ法」Ih Zsag or The Yasag
を発布した。これは、①原始的コモン・ローといわれ、②遊牧社会の掟を法
の次元に引き上げた法律であり、③モンゴルの氏族社会の慣習を補ったもの
である。原文は、鉄の板に刻まれたといわれている。④内容はA:人間の倫
理つまり遊牧民のあるべき姿を土台とした法律、B:道徳の訓え、義務の規
定、刑罰に関する規定、C:遊牧民のあるべき理想的な姿を土台にした法集
成等である。14世紀半ばモンゴル帝国はアドリア海から日本海に及ぶ大帝国
となった10。
(2)15世紀半∼17世紀前半 モンゴル衰退期前期
中国で明朝が勃興した後、モンゴル草原はチンギス・ハーン一族の子孫を
擁する北元によって支配されていた。しかし、北元も明朝に支配され、帝国
が分裂すると、各ハーン国は衰退した。
─────────
9 Mongolian
Statistical Yearbook 2011.
10 1
206年以来、ハーン自身の判断を法律としたもの。現在は、原本・写本は失われた。モ
ンゴル語 jasag は、同じ意味のトルコ語 yasaq、yasa に由来する、jsasaq は、現代には
特にチンギス・ハーンによって定められた法令をさすようになり、これは時にはエケ・
ジャサすなわち礼撤、大法令と称したとされている。(『東洋史辞典』山川出版、2000、
p379)。
モンゴルの鉱業法について
95
(3)17世紀後半∼18世紀 モンゴル衰退期 後半
1635年 最後のハーンであるリンダル・ハーンの遺児エジェイが、満州族
のホンタイジに降伏し、支配下に入った。1696年清朝の康熙帝にガルダン・
ボショクト・ハーンが敗れた後、1755年全モンゴルが清朝の支配下に入った。
清朝は満州族・モンゴル族・漢族による同君連合であった。清朝支配下のモ
ンゴルでは、外藩蒙古(現、モンゴル国)と内蒙古(現、内モンゴル自治区)
に分けられ、盟旗制度11 が導入された。旗の長は世襲貴族が中心となった。
12 とその特別法としての「蒙古例」が適
清朝支配下のモンゴルでは、
「清律」
用された。
(4)18世紀 仏教建立期
チベット仏教がモンゴルに広がると文化・学問・医療はチベット仏教の影
響を強く受けるようになった。清朝は、モンゴルの勢力を削ぐ目的で仏教を
奨励し、ガンダン寺、エルデニズー寺、アマルバヤスガラン寺などの仏教寺
院をモンゴル各地に建設した。仏教寺院はチベット仏教哲学を通して医療・
科学・文学などを教育する役割も果たした。
(5)19世紀末 ボグト・ハーン政権期
清朝が列強の干渉を受けるようになると、清朝は藩部の統治方針を変更し、
モンゴルを含めた藩部を国内植民地にしようとした。モンゴルの漢人の入植
が進むと、これに脅威を覚えた北モンゴルの貴族たちは、帝政ロシアの支援
による独立を模索し始めた。辛亥革命が勃発すると、北モンゴルの貴族たち
はチベット仏教の高僧である活仏ジュブツンダムバ・ホトクト8世をボグド
・ハーンとして最高君主に推戴し、1911年中国からの独立を宣言した。ボグ
ド・ハーン政権期にモンゴル貴族は中華民国軍と戦闘を続け、内外モンゴル
─────────
11 清朝政府がモンゴル諸部を征服した後に、モンゴルの伝統的政治体制と所属関係を取り
消して創立した行政制度
12 中国,清代の基本的刑法典
96
を占領するが、中国との対立を恐れたロシアは、ロシア・中国・モンゴルに
よるキャフタ会議13 を開催した。モンゴルの独立は認められなかった。中国
の宗主権下における自治を認められた。この期間は、ボグド・ハーン政権期
あるいは自治政府期と呼ばれ、モンゴルの近代化が開始された時期とされて
いる。キャフタ会議において、ロシア・中国と議論を戦わせたモンゴル代表
団は、西欧諸国の政治制度・法制度を学ぶことを必要とした。このため「万
国公法」がモンゴル語に翻訳された。ボグド・ハーン政権は、ボグド・ハー
ンの下で政教一致の政治を目指し、ボグド・ハーンの諮問機関として上院・
下院からなる二院制の議会を開設した。ボグド・ハーン政権は1915年「欽定
モンゴル国法典」の編纂を開始した14。
(6)20世紀初め ジャムツアラーノ期
ブリヤート族15 の中から、モンゴル自治政府の顧問として活躍する知識人
たちが現れた。その代表的人物はツェベーン・ジャムツアラーノであった。
彼は『国法学』(1915年)という著書を著した。諸外国の憲法制度を紹介し、
人権や統治機構について解説するなど、「モンゴルで初めての憲法の概説書」
となった。この著書は、モンゴルにおける憲法思想の系譜であり、自治政府
期の開始の重要書とされている。
(7)20世紀 人民政府のモンゴル憲法採択期 1917年ロシア革命の勃発でモンゴルのロシア勢力が退潮すると、中華民国
の袁世凱は、モンゴルに遠征軍を送り、自治を取り消した。モンゴルの独立
運動はシベリア内戦に巻き込まれていった。モンゴルの民族主義者たちの結
成した独立運動組織は、シベリアのソ連赤軍である第五軍と極東共和国軍の
─────────
13 1
727年清国とロシアとの間に締結された条約
14 ボグド・ハーン政権はモンゴルの自立した国家建設すべく、政治機構をはじめ、政治・
経済・文化などの各方面での整備事業に取り組み、教育制度の整備もした。
15 ロシア帝国領内のバイカル湖周辺に住むモンゴル系遊牧民
モンゴルの鉱業法について
97
支援を受けて中国軍、ロシア白軍を破り、臨時政府を樹立した。臨時政府は
立憲君主制の憲法草案を起草したが廃案となった。その後、大臣会議は自治
政府期の司法大臣マグサルジャブ・ホルツを委員長とする憲法起草委員会を
設立した。さらに、清朝の法制度とモンゴルの旧法を研究することを命じた
といわれる。ボグド・ハーンの死後、共和制の移行が決まり、首相ツェレン
ドルジを委員長とする憲法起草委員会が設置された。ジャムツアラーノは権
力集中という社会主義憲法に反対したが、モンゴルの政治家たちはコミンテ
ルンの憲法草案を受け入れることにより妥協する道を選び、モンゴルで「最
初の憲法」が採択された。
(8)社会主義体制期 この時期の法律の分析にあたり、さらに憲法体制により3期に分類して分
析した。
① 1924年の憲法体制期(1924∼1940年)第1期 封建的階級打破と反資本主義政策が実施された時期である。1924年憲法は
10章、全50か条からなる。第1章共和政体制定に関する原則、第2章モンゴ
ル勤労人民の権利宣言、第3章国家大会議、第4章国家小会議および小会議
幹部会、第5章大臣会議、第6章経済会議、第7章地方自治、第8章選挙権
及び被選挙権、第9章予算編成権、第10章国家紋章及び国旗、という編纂と
なっていた。1924年憲法は、1918年ロシア・ソビエト憲法を簡略化したもの
で、地方に関する規定は大きく異なった。
② 1940年の憲法体制期(1940∼1960年)第2期 社会主義体制が成立した時期である。1940年憲法は12章、全95か条からな
る。第1章社会機構、第2章国家機構、第3章国家大会議、第4章国家小会
議及び小会議幹部会、第5章モンゴル人民共和国人民委員会議、第6章国家
および地方行政機関、第7章裁判所・検事局、第8章モンゴル人民共和国歳
出入、第9章モンゴル人民共和国選挙制度、第10章人民の権利と義務、第11
章国家紋章・国旗・首都、第12章モンゴル人民共和国憲法改正手続き、とい
98
う編成となっていた。1940年憲法は、ブリヤート=モンゴル自治共和国1937
年憲法の国名をモンゴルに置き換えたものであった。
③ 1960年の憲法体制期(1960∼1990年) 第3期 社会主義の崩壊による国家体制が混乱した時期である。1960年憲法は、全
4編、10章94ヵ条からなる。<第1編モンゴル人民共和国の社会経済機構>
第1章国家組織の本質及び一般原則、第2章国家の基本的な経済原則及びそ
の機能、<第2編モンゴル人民共和国の国家機構>第3章国家権力の最高機
関、第4章最高及び中央の国家行政期間、第5章国家権力および国家行政の
地方機関、第6章裁判所及び検察庁、<第3編モンゴル人民共和国市民の基
本的な権利と義務><第4編その他の条項>第7章市民の基本的な権利と自
由及びその実現の保障、第8章市民の基本的義務、第9章国家紋章・国旗・
首都、第10章モンゴル人民共和国憲法の改正と廃止について等であった。
・1960年にモンゴル国立大学に法律コースが設立された、モンゴル国内でモ
ンゴル人の法学者・法律実務家の養成が開始された。
・1985年ソ連でゴルバチョフが書記長に就任すると、モンゴル人民革命党書
16 が開始され、国営企業
記長のツェデンバルは失脚させられ、
「シネチレル」
改革や牧畜協同組合の生産性向上を目指した経済法の改革が実施された。
(8)1990年∼2010年 民主化と市場経済期
今日モンゴルは法律制定と法制度改革による社会的経済的混乱期である。
1989年に東欧革命が達成されモンゴル民主化運動が発生した。1990年3月モ
ンゴル人民革命党中央委員会が総退陣し、モンゴル民主化同盟が結成した。
1990年5月人民代表大会で憲法から一党独裁条項が削除され、複数政党制が
採用され改正案が採択した。1992年市場経済化で経営単位法と民営化法が採
択された。「ネグデル」(国営牧場)と国営農場の民営化が進展し、ソ連経済
の支援喪失による深刻な物不足が発生した。この時期は、日本とモンゴルの
─────────
16 刷新 shinechilel
モンゴルの鉱業法について
99
友好関係が深まり、市場経済国との関係が改善され、日本の ODA によるモ
ンゴル支援が開始された。1992年新憲法が採択され、土地の私有化が歴史的
に初めて実施された。それ以前までの土地観は、伝統的にモンゴルの土地に
手を入れることは禁じるという言い伝えが根強く、土地の私有化は遊牧生活
が維持できなくなるという危惧と外国人に国土を買い占められる恐怖感が
あった。そのために牧地は私有化の対象としないで、外国人は土地を私有す
ることが出来ないという条文が憲法に取り入れられた。1992∼1994年農牧業
協同組合や国営農場は短期間で証券化による民営化が進み、証券取引所の
になった。1996年国
オークションが開始された。その結果、国内生産は 1/4 会選挙が実施され野党の民主連合が勝利し、政権交代が実現した。人民革命
党は野党に転落し、民主連合政権は①中小規模の国営企業の民営化、②家畜
の私有化、③住宅の私有化、④賃借方式による土地貸与制度の導入など急進
的な政策を進めた。2000年国会選挙が実施され、人民革命党が圧勝して人民
革命党政権が発足した。2000年強引に土地私有化法を採択することにより土
地法の反対運動が起った。2004年国会選挙で人民革命党の議席が半減して与
野党が伯仲し、連立政権が発足したが1年で崩壊し、人民革命党・祖国党・
共和党・国民党からなる新たな連立内閣が成立した。2005年5月大統領選挙
が実施され、人民革命党が推薦したエンフバヤル国家大会議議長が当選し、
憲法改正によりロシア法の強い大統領を目指したが断念した。2008年6月国
会選挙で、選挙結果に不満を持った野党支持者が人民革命党本部前でデモ行
進を起した。モンゴル史上初の大統領の非常事態宣言が発令され、その後人
民革命党と民主党の連立内閣が発足した。2009年5月大統領選挙が実施され
民主党の推薦によるエグベルドルジ大統領が現職のエンフバヤル大統領を破
り、12年ぶりに非人民革命党出身の大統領が誕生した。
このような政治の動きの中で1992年「現行の憲法」は、6章、全70ヵ条か
らなる。第1章モンゴル国の主権、第2章人権及び自由、第3章モンゴル国
の国家組織、第4章モンゴル国行政地方単位とその統治、第5章モンゴル国
憲法裁判所、第6章モンゴル国憲法の改正、という編成になっている17。
100
4.鉱業法をめぐる分析の視点
「鉱業法」は、一般的には鉱物資源を合理的に開発し、公共の福祉に寄与
することを目的としている法律と考えられている。そのため、鉱業権の取得
・移転・消滅、探鉱及び開発に関わる権利の設定とその内容並びにその権利
の存続期間、作業の対象区域、鉱区に貸す税やロイヤリティなどの支払いな
どについて規定している法である。歴史的に鉱業の起源は古く、石器時代に
すでに人類の鉱業的活動がみられるといわれており、社会の発展とともに、
とりわけ貨幣制度との関係で、その国家による権力的規制がなされてきた法
876年明治近代化を推し進めるために鉱工業の発展が
である18。日本では、1
殖産興業奨励のために欠かせないものであり、大陸法の思想「無主の鉱物は
国に属する」を参考に鉱業法が多数制定されており、鉱業に関わる学術書も
多く出版されている19。
先進国では地価の鉱物を無主とする考えが一般的であり、鉱物を採掘する
権利すなわち鉱業権は国より免許されるものであるとする考え方と地価の鉱
物はその土地の所有者に帰属するという考え方に大別されている。ドイツ、
フランス、イタリアなどの欧州大陸諸国は前者に属し、英米法の国々は後者
に属する。前者は、国が鉱業権を免許する手続きとその内容を規定する鉱業
─────────
17 2
012年8月、「総選挙」後、人民革命党が単独政権を誕生させた。
18 『世界大百科事典』第2版を参考に関上が加筆した。
19 宮部準次『鉱業注釈義』1
906、『袖珍鉱業法全書』日本法令会1908、『鉱業法注釈』嵩山
堂編輯局1910、『鉱業法注釈』後藤本馬1905、『鉱業法通論』塩田環1914、『鉱業法釈義』
阪本三郎1
914、『日本鉱業法論』水谷嘉基地1922、『鉱業法講話』浅野兼助1919、『最新
鉱山と鉱業法』岩永三郎、丸山慶夫1919、『新鉱業法詳解』資源庁鉱山局1951、『石炭鉱
業合理化臨時措置法執便覧』通商産業省石炭局1
961、『鉱業法』法律学全集第51・1958
年、『臨時石炭鉱業管理法解説』石炭長探鉱国管準備室1948、『鉱業抵当法・観光施設財
団抵当法特別法 コンメンタール』平野忠昭、岩崎平八郎1976、『鉱業関係法全書昭和
28年改正』村田繁、飛田玄武1953、『鉱業関係法1951年新法律第1』技報堂1951、『新鉱
業法概説』吉田法晴1953、『鉱業及び鉱業抵当法1958年』香川保一1958他多数。
モンゴルの鉱業法について
101
法が必要とされるが、後者は、土地の所有者は自らその地価の鉱物を採掘で
きるし、またその権利を他人に貸与して採掘させ、その一部をロイヤリィティ
として受け取ることが慣習法(common law)として確立されており、成文
法としての鉱業法は存在しないといわれている。
モンゴルの鉱業法は、前者の立場が全体を占め、一部後者のロイヤリィティ
も憲法には設定されている混合型の法律であるといえる。詳細は後述する。
この視点に立ちながらモンゴルの法制度を考えると、特に「鉱業法」を中
心に分析を試みる必要が現代のモンゴルには必要とされている。
5.モンゴル鉱業法
資源枯渇が問題視される中、各国の資源政策の根幹をなしているのは鉱業
である。同時に鉱業は環境破壊の大きな原因ともなっており、その意味で鉱
業は特に環境にやさしいものが奨励される。そこで、鉱業法をめぐる問題に
関連して、日本に期待される法的問題を整理すると、鉱山関係では、モンゴ
ル国内に埋蔵されている天然資源に関する法整備への支援である。特に世界
のメジャー企業は、銅や石炭の埋蔵量が多いモンゴルに注目している。巨額
の資金を必要とする資源開発は、今後中小企業がその周辺分野の事業機会と
して注目していることを考えると、この方面での法整備が必須の要件と考え
られる。
このような点を踏まえ、本論文では次のようにモンゴル鉱業法の現状をま
とめた。
(1)鉱業一般の概況
モンゴルの鉱業法の概況を最初にまとめる。
①モンゴル経済に取り、鉱物資源は牧畜産業に次いで重要な産業である。
②2007年の鉱工業総生産の鉱業部門比率は67.
8%。③鉱業開発には資金不足
であり、資源開発には外資系企業に依存せざるを得ない。④近年主な鉱産物
102
は、タバン・トルゴイ鉱床 TT、オユ・トルゴイ鉱床 OT が注目されている。
⑤2005年からモンゴル政府の鉱業権益の関心が高い。⑥2006年5月価格高騰
時に適用する超過利得税、2006年7月に国が定めた戦略的鉱床に対する国の
権益確保を盛り込んだ新鉱業法がモンゴル議会において承認された。モンゴ
ル資源ナショナリズムの台頭が問題視されることになった。⑦2007年カナダ
Ivanhoe Mines 社がモンゴル南部の南ゴビ地区において、世界最大級の銅、
金鉱床の開発に着目した。⑧国境を接する中国はモンゴルとの資源面での関
係を強めている。なぜなら、社会基盤整備に欠かせない非鉄金属の消費が急
激に需要増加となっている。⑨そのため中国の民間企業の開発投資が増加し
ている。
(2)モンゴルの鉱業政策の動向
次にモンゴルの鉱業政策の最近の動向をまとめる。①モンゴルは旧ソ連の
崩壊とともに、1992年に社会主義体制、計画経済体制から民主主義、市場経
済への移行を開始した。②政府は、世界銀行などの国際機関および西側先進
国の支援を受けて経済自由化、市場経済の導入に必要な法整備を開始した。
③鉱業に関連して、1
988年旧体制下、人民会議において採択された鉱業法
(「地下資源法」)の改正作業が、1992年に開始され、1994年に「新鉱業法」
が土地法などの関連法規とともに成立した(1995年施行)。④1991年外国投
資法は外国投資家の保護と税制面での優遇措置をさらに盛り込み、1993年に
改正されるなど法体系が整備された。外国資本誘致の制度づくりがなされた。
⑤しかし、外資導入が予想通り伸びなかった。⑥1997年に鉱業法が再改定さ
れた。外国投資法は1998年2002年に外国企業により有利な内容に改正された。
モンゴル政府は経済発展のために鉱業を重視し、鉱産物の輸出の拡大を図っ
ている。⑦モンゴル政府は法整備の一環として、投資環境整備の施策の一つ
として、地質情報の整備を進めた。2004年までに20万分の1の地質図を全土
作成、主要鉄道・主要道路沿いや主要都市の5万分の1の地質図を作成した。
200
1年∼2
002年13億トグルグ(Tugurik 以後 TG)、2003年14億 TG、2004年
モンゴルの鉱業法について
103
20億TG を支出した。⑧モンゴル政府は、鉱業を育成するため、外国政府か
ら経済支援、借款などによる資金を利用するのでなく、外国民間資本による
資金利用への移行を推進した。⑨鉱業分野の法的環境をより強固にするため、
「新鉱物資源法」の導入を行い、2006年7月8日に国会で承認した。南ゴビ
の Tavan Tolgoi TT20、Oyu Tolgoi OT21、TSTsagaan Suvraga の 新 規 開 発
鉱床でのインフラ整備も計画した。⑩2006年5月から金、銅及び銅精鉱金、
銅の価格がある水準を超えて上昇した場合、それ以上の価格部分に対して課
税を実施することとして、「一部鉱物資源価格急騰による利益に対する税法」
を国会で可決した。「超過利得税」と呼ばれた。対象鉱物は金、銅及び銅精
鉱である。⑪2006年7月鉱区税や毎年の最低探査費用などの新たな導入、国
費で実施したプロジェクトに関してはモンゴルが50%の権益を保有し、ロイ
ヤリティの倍増、環境保全や市民への情報提供などの社会的動議及びモンゴ
ル人を90%以上雇用する義務などを盛り込んだ新鉱業法がモンゴル議会にお
いて承認された。⑫しかし、モンゴル労働者の技術的未熟練性や賃金の高騰
が外国企業にモンゴル人の雇用に対する不安を募らせている。
─────────
20 タバントルゴイ石炭鉱山は、中国国境から2
00の南ゴビにある。西ツアンヒ炭田、東
ツアンヒ炭田、ボストルゴイ炭田、ウハークダグ炭田で構成され総埋蔵量6
4億トン。ふ
つう、亜炭・泥炭、褐炭、亜瀝青炭、瀝青炭、無煙炭という順序で左より炭素含有量が
示される。タバントルゴイ鉱山に多く埋蔵されるコークス炭の発熱量は6,
500∼7,
500
900kcal/kg。1t当たり7
0∼80US$ で中国に陸路で輸出さ
kcal/kg。一般の原料炭は4,
れている。露天掘りに近い採掘。2010年7月同国はモンゴル政府が西鉱区の開発業者を
選考する国際入札を実施した。落札業者は開発費を負担する代わりに精算分を販売する
権利を得る。石炭鉱山の権益を取得するとは、採掘権及び販売権を獲得することを意味
する。
21 オユトルゴイ金・銅鉱山は南ゴビにある。銅3
600万トン、金1200トンの埋蔵量が確認さ
れている。投資企業は加のアイバンホー・マインズと英豪のリオ・テントである。モン
ゴル政府の Erdenes Oyu Tolgoi LLC が34%、Resources リオ・テントは6
6%の株主で
ある。モンゴル労働者は60%、約1万1千人が雇用される予定。
104
(3)モンゴル鉱業法
モンゴル鉱業法を分析するに当たり、最初に鉱物資源関連法の制定経緯を
次のようにまとめた。
モンゴルの鉱物資源関連法の推移
1988年
地下資源法制定(社会主義体制下の鉱業法といえる)
1994年
鉱物資源法制定(民主主義体制になってからの最初の鉱業法である)
1997年
鉱物資源法施行(世銀の支援の下で制定、透明性高く、外資に有利)
2006年
改正鉱物資源法制定(戦略的鉱床の指定、国家の関与強化、超過利潤
税の制定など、外資の反発を招く。
2009年8月
オユ・トルゴイプロジェクトにつき投資協定で合意。2006年の4法を
改正。
2010年11月
鉱物資源法改正、鉱産物の海外輸出にもロイヤリティを課す。
2011年1月
銅及び金に関わる2011年超過利潤税は廃止された。
2012年8月 2012年の総選挙により7月6日臨時会が招集され,新議員69名の宣誓
を行った。8月9日アルタンホヤグ首相は、5省を新たに設置し16省
19閣僚体制とする省庁再編を実施し8月20日までに組閣を終えた。ア
ルタンホヤグ首相は、組閣後に行った所信表明演説で,①国民の雇用
・所得の確保、②汚職の撲滅・公正な社会の実現、③社会における責
任と義務,監督の定着の3つを政策目標に掲げる旨表明した。この政
治情勢の変化から、「鉱物資源法」について随時改定される方向性が
強まっている22。2013年まで開発予定だった OT が2012年8月開発を
開始した。
2012年9月
モンゴル政府は資源など主要産業分野における外国企業の投資規制を
緩和するとの発表した(ガンホヤグ鉱業相)。同年5月に施行した外
のうち外国の国有企業は投資制限を続けるが、外資の民間
資規制法23 企業については誘致の拡大を図るとした。
─────────
22 外務省、各国地域情勢、アジア地域、モンゴル国の内省事情より。
23 モンゴルの外資規制法は、モンゴル政府が戦略分野と指定する資源や金融、通信・メ
ディア産業を対象に、投資額が約60億円を超えて外資の出資比率が49%を超える場合、
政府の審査や国会の承認を義務付ける内容である。政府の審査などを得るのは難しく、
事実上の外資締め出し策との見方が広がった。2012年6月下旬の総選挙を控えた多数の
議員が法案成立に賛成した。その結果、株価指数が約1割下落し、不透明感が強まった。
(2012年9月4日、日経新聞)
モンゴルの鉱業法について
105
次に、鉱業法を内容別に次のように分析した。
a.鉱業権の目的 A1 Purpose of the law 鉱業権 Mining Right は探鉱権(Exploration License)及び採掘権(Mining
License)の2種類からなる24。鉱業権は、国境、国の特別保護地域(国立
公園、自然保護区、遺跡など)また地方行政による保留地等を除いて設定
できる。鉱業権の付与は「先願主義」である。
鉱業ライセンスは譲渡可能であり、担保として利用することができる。
鉱業権者は、鉱区内の鉱物資源を管理、販売する完全な自由を持っている。
2012年現在、新規鉱業権付与は禁止されている。さらに、鉱区維持料納付
制度により、国土に占める鉱区の割合は2
005年44.
5%、2009年25.
2%、
2010年16%、2011年14.
2%と減少している25。この点よりモンゴル国の鉱
業法にかかわり改善されるべき点として、鉱区維持料ならびに納付制度の
減額への見直しが必要とされているといえる。
b.鉱業権取得の手続き A24 Requirements for obtaining a mining license
外国投資家が鉱物資源の探鉱活動を実施する場合、鉱物資源石油管理庁
から探鉱権を取得しなければならない。外国投資家が採鉱権を申請する場
合、外 国 投 資 庁 Foreign Investment and Foreign Trade Agency : FIFTA
の投資許可取得および国家登記局への企業登記を行わなければならない。
探鉱権の審査・発行、採掘権の審査・発行は鉱物資源石油管理庁の地質
局 Geological Department 及び鉱山局 Mining Department がそれぞれ行
う。鉱 業 権 の 管 理 は 地 質・鉱 業 登 記 局 Geology and Mining Cadastre
Department である。この点からモンゴル国では、鉱業権の取得の簡素化
と公開性ならびに汚職の撲滅の努力が必要とされているといえる。
c.鉱業権保有資格 A5,A7
この資格を持つ企業はモンゴル国内法に基づいて設立された法人で、か
─────────
24 モンゴル鉱業法
Mineral Law of Mongolia 2006、第1条鉱業法の目的 Article 1 : pupose
of the law. を参照せよ(以下英文省略)。
25 土井正典「世界の鉱業の趨勢」JOGMEG、2
011.
7.
30.
106
つ、納税実績のあるものとされている26。従来は個人でも保有できた「探
鉱権」につき、改正後は法人格がないと探鉱権の保有ができなくなる。た
だし、地面を掘らない調査はライセンス不要で誰でも実施可能である。こ
の点からモンゴル国では探鉱権の維持と公明性ならびにモンゴル国内企業
と外資系企業の合同企業化の推進が必要とされているといえる27。
新 2
00
6
旧 19
94
探鉱権及び採掘権:モンゴル国内法 探鉱権:モンゴル国民、外国人また
に基づいて設立された法人で、かつ は法人
納税実績のある者。
採掘権:モンゴル国内法に基づいて
設立された法人
d.鉱業権許可期間 A22,28
探鉱権の有効期間は3年間とこれに続く3年間(1回の更新が可能)で、
合計で9年間の探鉱権の許可期間となる28。採掘権の有効期間は30年間で
あるが、埋蔵量によってはこれに続いて20年間(1回の更新が可能)であ
り、合計で採掘権の許可期間は7
0年間となる29。
新 2
00
6
旧 19
94
探鉱権:最長9年
探鉱権:最長7年
当初3年+3年+1回更新
当初3年間+2年延長×2
採掘権:最長7
0年
採掘権:最長100年
当初3
0年+20年延長×2
当初60年+4
0年延長
(埋蔵量による)
─────────
26 第2
4条 鉱業権を取得するための用件を参照せよ。
27 第5条 鉱物の所有権並びに第7条 資格所有者の鉱床探査並びに採掘作業に関する一
般的要件を参照せよ。
28 第2
4条 鉱業権を取得するための要件ならびに第24条4.
1参照。
29 第2
2条 探鉱炭資格の存続期間の延長・第28条 鉱業権の存続期間の延長を参照。
モンゴルの鉱業法について
107
e.探鉱権(Exploration License) Chap3 A15∼23
新鉱業法によれば、探鉱権は対象地域について最初に適正な申請を行っ
た申請者に対して発行され、発行手続きには約10日を要する。探鉱権対象
区の大きさは、
25ha∼40ha である30。探鉱権の鉱区税は探鉱権対象区の大
00∼324万 US$
きさが2
5ha∼40万 ha なので、探査を9年間実施すると、2
を鉱区税として納付する必要がある31。また、毎年一定額以上の探鉱費用
をかける義務規定が新たに導入された32。この点よりモンゴル国内では、
鉱区の存在する土地の転売により権利取得が移転していき、モンゴル国に
とり転売利益が生まれることの禁止を促進する必要があるといえる。
鉱区税 33
最低探鉱費用
探鉱権:1ヘクタール(ha)あたり、
1ha あたり
1年目→0.
1US$
1年目→無料
2年目→0.
2US$
2∼3年目→0.
5US$
3年目→0.
3US$
4∼6年目→1.
0US$
4∼6年目→1.
0US$
7∼9年目→1.
5US$
7∼9年目→1.
5US$
(9年間探鉱すると8.
5US$/ha)
(9年間探鉱すると8.
1US$/ha)
f.採掘権(Mining License) Chap4 A24∼A31
探鉱権が正式に与えられた地域においては、探鉱権を保有する企業のみ
が採掘権を申請できる。それ以外の地域においては、最初に適正な申請を
提出した企業に対して採掘権が与えられる。保護地域に対して採掘権を発
行する場合には、議会の承認が必要である。
申請手続きには約2
0日を要する。採掘権の申請費用は1ha あたり1
5.
0
US$ /年(石炭は1ha あたり5.
0US$ /年)である34。採掘権対象地区の大
─────────
30 第1
7.
4条 探査領域の規模について を参照。
31 第2
5条 探鉱資格の存続期間の延長 を参照。
32 第2
9条 投資協定を参照。
33 第3
2条 ライセンス料を参照。第33条 探鉱費とその最小の検証費 参照。
108
きさは直線を境界線とした多角形でなければならず、長さ500以上の直
線とする。及びその他の広く分布する鉱物資源の場合、鉱区の境界線の長
さが100以上とする。2
011年の採掘権は、5
00社へ1,
091件が付与されて
いる。鉱物別では、金127件、蛍石4
9件、石炭28件、建築資材224件である。
所有別では、モンゴル企業7
46件、外国企業1
98件、外国合弁企業1
47件で
ある35。
g.国による鉱業権益保有比率(新たに導入された規定) A4.1.11、A6.1.1、
戦略的鉱床 Strategically important deposits36 について、国の予算により
調査をしたものについては上限50%、それ以外については上限34%まで国
が参入できる(第5条)。戦略的鉱床は、「国家安全保障上、経済・社会開
発上インパクトを与える可能性のあるもの」と定義されている37。すでに、
戦略的鉱床として1
5鉱床が、また、戦略的鉱床候補として39鉱床がリスト
アップされている。また、企業が10%以上のシェアを売却する場合にはモ
ンゴル証券取引所を通してしか売却できない。
「戦略的鉱床リスト」15鉱床
鉱 床 名
鉱物資源の種類
所 在 県
1
タワン・トルゴイ
石 炭
南ゴビ
2
ナリーン・ソハイト
石 炭
南ゴビ
3
バガノール
石 炭
ウランバートル市
4
シベー・オボー
石 炭
ゴビスンベル
5
マルダイ
ウラン
ドルノド
─────────
34 第4章 鉱物の採掘 第2
9条投資協定、第30条 投資、第32,33条参照ライセンス料と
炭鉱人最小量の検証 を参照。
35 土井正典 前掲書 参照。
36 モンゴルに数多く存在する各種資源の鉱床については、モンゴル政府により各種資源の
鉱床のうち、モンゴル政府により国家戦略上15の鉱床が定められている。国際的にも注
目度が高い鉱床である。あるいは開発・操業中の鉱山で政府権益を取得するような鉱床
を言う。
37 第4条 用語の定義 参照。第4条1.
11 参照。
モンゴルの鉱業法について
6
ドルノド
ウラン
ドルノド
7
ゴルワン・ボラグ
ウラン
ドルノド
8
トゥムルテイ
鉄
セレンゲ
9
オユ・トルゴイ
銅、モリブデン
南ゴビ
1
0
ツァガーン・ソワルガ
銅、モリブデン
ドルノゴビ
1
1
エルデネット
銅、モリブデン
オルホン
1
2
ブレンハーン
燐
フブスグル
1
3
ボロー
金
セレンゲ
1
4
トゥムルテイン・オボー
亜鉛、鉛
スフバータル
1
5
アスガット
銀
バヤン・ウルギー
109
h.投資協定 A28,29
この協定はモンゴル政府と企業が締結する協定である。資源開発には莫
大な投資が必要なため、開発の最初の5年間に一定規模以上の投資を行う
場合にはその後税率の変更などがあっても適用しない旨協定を締結し、投
資環境を安定させることにより外国投資誘致を促進するという目的があ
る38。これの点からモンゴル国では、さらに外資系企業との投資協定を積
極的に進め、合弁企業化を図る必要があるといえる。
新 2006
旧 19
94
投資協定(investment agreement) 安定協定(stability agreement)
5千万 US$ 以上の投資→5年間
0年間
2百万 US$ 以上の投資→1
1億 US$ 以上の投資→15年間
5年間
2千万 US$ 以上の投資→1
3億 US$ 以上の投資→30年間
i.ロイヤリィティ Chap9,A57、A58
ロイヤリティとは、生産鉱物資源が売却、処分されたとき、使用された
時の売上高に対して、その土地および鉱物資源の所有者である国及び行政
機関に対して支払うものである。採掘権のロイヤリティは、国内向け燃料
─────────
38 第2
8条 投資協定、第29条 投資 参照。
110
用石炭及び広く分布する鉱物資源(砂金を除く)に対して、国内での販売
価格の2.
5%と定められている。その他の鉱物資源の場合は、販売価格の
5.
0%となる。販売価格は以下の基準に準じて算出されている。この点か
らモンゴル国では、ロイヤリティの販売価格での減額が望まれているとい
える。
新 2
00
6
旧 19
94
販売価格(sales value)の5%
販売価格(sales value)の2.5%
(国内向け燃料石炭と広範囲に存在 (金については7.
5%)
する鉱物資源については2.
5%)
鉱物資源を輸出した場合は、国際市場でのその月の平均価格及び国際貿
易の規定に基づいて精算される。また、国内で売却、または消費された場
合は、その商品の国内市場価格及び類似する鉱種・製品の価格に準じて算
出され、国内で消費された場合で市場価格が不明な場合は、事業者の提出
売上金額が基準とされている。
j.環境保護 A37∼40
モンゴルにおける環境対策に関する証人・管理は国家大会議に直属する
独立機関である国家専門検査庁 The State Specialized Inspection 内の自然
環境知識鉱業管理局が行っているが、地方自治体がそれぞれの地域におい
て鉱業活動に関する環境管理を主体的に行っている。また、環境対策は鉱
物資源石油管理庁の承認も必要とされている。
鉱山開発事業には、政府機関による許可書と環境評価書が必要である。
環境評価書は事業または開発企業が環境に対して悪影響を及ぼす可能性を
評価し、環境保全計画を明確に示さなければならない39。環境評価書の作
成は新規探鉱事業開始前、鉱業権更新、鉱業権譲渡の場合において必要で
ある。地方自治体は、探鉱権や採掘権が発行される前に、政府の土地開発
計画に基づいて、申請者が提出した環境評価書、環境保護計画、必要設備
─────────
39 第3
7条 環境保護
モンゴルの鉱業法について
111
説明書などに対して、意見を述べる権限を持っている。法令遵守違反者に
対しては2か月間の鉱業活動停止、環境に深刻な損害を与えた場合には、
以後20年間のライセンス発行禁止の罰則がある40。
しかし、このような鉱業法には、1:具体的な環境基準が設定されてい
ないことが課題である。第37条、第38条1∼第39条9まで、具体的な環境
基準が提示されていない。条文の中でいわれていることは、掘削した土壌
は鉱物資源を掘り出した後は、地層を変えないように元の地層どおりに埋
め戻すことが規定されているに過ぎない。環境基準の規定不明確性が問題
である。2:探鉱権や採掘権を獲得した外資系企業は、環境保全計画書を
掘削前30日以内に提出することになっている。その後、環境保全計画は3
年ごとに見直されるだけである。この点から、3:甚大な被害が露呈しな
い限り、企業に対して警告ができない点が大きな課題である41。
k.外国人雇用の上限(新たに導入された規定) A43
1
997年の旧法では「ライセンス所有者は探査・採掘にあたりモンゴル人
を雇うこと」という規定のみだったものが、新たに「外国人労働者は10%
を超えてはならない」等も規定された42。この点は、今後も継続的にモン
─────────
40 第3
8条 探鉱資格保有者の環境保全義務
41 「ニンジャ」と呼ばれる不法掘削者達が、金鉱山で無許可のままで、金採取をする行為
をしても取り締まる法律がない。特に、鉱山開発を実施している区域に忍び込み、金を
採取する者や鉱山開発が終了した跡地の手つかずの山を掘り起こす者もいる。「ニン
ジャ」は地下資源の有無を判断することが困難で、開発許可を得た鉱山区画の見通しの
悪い山を人力により掘り下げ、金を採取する。解発許可企業や地元民との小競り合いが
絶えない。さらに、ニンジャ達は金を鉱石中から製錬する方法として、「アマルガム法」
といわれる古代から使用される有害物質である水銀と水を攪拌して、金を水銀に溶け込
ませる方法をとる。さらに、シアンを混入することで水銀と金を剥離し、金を取り出す
方法を容易な方法として取る。水銀やシアンは日本の特定有害物質に指定されている。
モンゴル住民の飲料水は、地下水に依存することが多く、二次的公害被害が懸念されて
いる。この有害物質が「phytoremediation」として遊牧民生活の重要な収入源であるヒ
ツジ・馬・ラクダなどの各地の飲料水にも溶解し、家畜に取り込まれることが懸念され
ており、二次災害や三次災害まで懸念されている。
42 第4
3条 雇用要件
112
ゴル国内では維持されていく必要があり、雇用創出とともに失業者救済の
ためにも必要とされている点である。
l.情報提供(新たに導入された規定) A48
ライセンス保有権者は一般市民向けに、総販売額、納税額を含む生産・
販売関係の情報を公開しなければならない43。違反した場合は最高100万
TG の罰金を支払わなければならない44。現在本新鉱物資源法にはウラン
は含まれず、ウランに関する鉱業法は新鉱業法をベースに環境対策や平和
利用などの条項を加えたものを作成中であるが、施行時期は未定である。
この点は、情報の公開も含め情報公開法の制定も必要とされていることを
示している。その後の動向が注目される。
6.まとめ 結論 Conclusion
本章では、2012年8月のモンゴル調査を終えて、新たに分かった点などを
踏まえ、モンゴルの法制度上の分析結果を次のようにまとめた。
1.総合的分析より、モンゴルは鉱業法をめぐる法整備がまだ道半ばという
側面が隠せず、現状ではモンゴル国内の産業育成政策のための外国資本誘致
の投資環境はまだ未成熟である。この点鉱業法については、
「ブルントラン
45 をもう一度確認する点を感じた。さらに、1:具体的な環境基準が
ト報告」
設定されていないことが課題である。2:探鉱権や採掘権を獲得した外資系
企業は、環境保全計画書を掘削前30日以内に提出することになっているが、
その後、環境保全計画は3年ごとに見直されるだけである。3:甚大な被害
が露呈しない限り、企業に対して警告ができない。4:「ニンジャ」と呼ば
─────────
43 第4
8条 豊穣の効果の推進
44 第4
8条 情報の公開化の推進
45 ブルントラント報告の理念は「将来の世代のニーズを満たす能力を損うことなく、今日
の世代のニーズを満たすような開発」と説明されている。
モンゴルの鉱業法について
113
れる不法掘削者達が、金鉱山で無許可のままで、金採取をする行為をしても
取り締まる法律がない等である。
2.鉱業法と継続的側面
鉱業法の分析と現地調査を通して明らかとなった点を次にまとめる。①鉱
業権に関連して鉱区維持料と納付制度の減額への見直しが必用とされる。②
鉱業権の取得の商業化と公開性、汚職撲滅などが必須とされる。③鉱業権保
有資格においては、探鉱権の維持と公明性またはモンゴル国内企業と外資系
企業の合弁化の推進が必用とされる。④探鉱権に関連して鉱区の存在する土
地の権利取得後ただちに転売し、売買利益のみを追求する取得は禁止するこ
とが必用とされる。⑤投資協定においては、ロイヤリティの販売価格での減
額が望まれる。⑥外国人雇用の上限は今後も継続されるべきであり、モンゴ
ル国内の雇用の促進並びに失業者の救済が急務である。⑦情報公開法の制定
が鉱業権の資格保有者の権利からも必要とされている。
3.投資障害の側面
投資障害としては、A:法整備を改善すること。B:法律の執行ならびに
行政関係者の遵法能力を向上すること。C:政治家の野心の存在は長期的な
投資活動の阻害要因であり、政治家には利益追求の野心を排除し、国の発展
のために長期的で計画性のある政策を立案し、人が代わってもそれを維持・
継承すること。D:数年前のカナダのアイバンホー Ivanhoe Mines 鉱業に対
する超高税率の課税提示問題は、各方面から「しのびよる収用(国有化)」
の一つに該当するとされ、今後も資源ナショナリズムの存在と共に懸念され
ていること等である。
4.その他
今回の調査から、モンゴル経済の今後を考えると、インフレ抑制と財政の
健全化を図り、法的整備の下で開発競走を促進し、十分かつ良質なインフラ
114
ストラクチャーを整備し、金融サービスへのアクセス等を改善する必要があ
る。具体的には、生産的な投資を推進する法制度のさらなる整備の必要性と
電力・輸送網、遠距離通信網を整備することが重要である46。その結果、魅
力ある投資環境が創出されて、経済成長が促され、投資家の財産権の保護と
契約の執行が担保されることで、長期投資が促進される。その結果国内には
雇用機会と持続的成長が促されることを期待できる。独立後、数十年を経た
モンゴルの国だからこそ、望ましい法律システムを整備し経済の繁栄を期待
すべきである。
5.展望
最後に、今後モンゴルと日本について、今までの一方的支援関係から戦略
的パートナーシップの構築のための法律問題をまとめる。①外国資本の管理
と透明性を法律の制度面においても高めること。②立法過程においては、
a:一般市民や利害関係者に公開すること。b:市民や利害関係者が審議会
に参加したり、国会の聴聞会に招請できるようにすること。c:法案が何時
作成されてどのように審議されたかを国民に明確にすること。d:法が施行
される日時を明確にし、混乱を避ける手立てを準備すること等である47。
このような法制度上の課題はあるものの、2012年9月4日ガンホヤグ鉱業
相が「現在モンゴルは資源をそのまま輸出するが、日本企業と協力し資源を
加工して付加価値を高めて輸出する産業を育成したい」としている点は、日
─────────
46 今回の調査により、ザランザドガッドとタバン・トルゴイ:TT
鉱床,オユ・トルゴイ:
OT 鉱床を採取した鉱物を輸送するための道路網の整備並びに送電線網の工事が進行し
ていた。さらに工場関連の下水道関係ではインフラ関係の整備も進んでいた。
47 筆者は2
012年8月25日∼29日の調査中に、首都ウランバートル市内の「交通政策」に立
ち会うことになった。市内で走行可能な車は、ナンバーにより自動車規制措置が採られ
た。しかし、その規制措置は事前に住民に十分周知されることなく、住民らは友人・知
人より情報を入手し、この規制措置に対応したとのことであった。当日は、警察官と共
に、交通指導員が随所に立ち指導していたが、その前の市内の道路事情より若干は整理
されたものの、法制度の実施が周知されない場面を目にすることになり、問題の深刻さ
を実感させられた。
モンゴルの鉱業法について
115
本がモンゴルとの戦略的パートナーシップを築くときの大きな指針となる発
言であると期待できる(同日の日本経済新聞、朝刊 記事より)。
謝 辞
本論文は、亜細亜大学アジア研究所の研究プロジェクト「アジア諸国にみ
る環境型社会」の一環として、モンゴル調査(タバン・トルゴイ鉱床、オユ
・トルゴイ鉱床の調査)に同行させていただく貴重な機会を与えていただい
たことにより完成できた。このような貴重な機会と幸運を与えたいただいた
亜細亜大学並びにアジア研究所・前小林煕直所長さらに研究調査に同行させ
ていただいた大江宏先生そして現地調査に当たり最初から最後までお世話い
ただいたバーサンフー氏さらには現地でお世話いただいた方々に、この場を
お借りして心より感謝申し上げます。モンゴル調査はモンゴルの自然環境の
すばらしさと共に自然環境が次々と破壊されていく姿を一度に目にする貴重
な調査となりました。この体験から、今後筆者はモンゴルの自然を保全する
ために自分は何かせねばならない、今この時期を逃したら自然の良さが失わ
れる、何か自分が行動せねばならないという切なる願いが瞬時に沸き起こり
同時に深い責任を負わされるものであったことをご報告いたします。今後も
モンゴル調査を継続することで、今回の調査の成果を生かしていきたいと
思っております。 モンゴルの政治状況と環境・開発問題
117
モンゴルの政治状況と環境・開発問題
ジャムスランジャワ・バーサンフー On the Present Political Situation and
Environmental-Developmental Problem of Mongolia
Jamsranjav Baasankhuu 目次
1.はじめに
2.モンゴルの民主化及び市場化と政治の変遷
3.2012年の総選挙の状況
(環境問題や鉱山開発の諸問題に対する各政党の主張)
4.開発と環境保全に対する政府のガバナンスの現状・課題・展望
5.終わりに Key Word:資源開発、環境保全、民主化
1. はじめに
1990年の社会主義から資本主義への移行とともに、モンゴルが市場経済へ
と向い、政治・経済的体制の改革に取り組んでから、既に22年が経過しよう
としている。移行期初頭、モンゴルは国営の企業倒産や民営化に伴う高い失
業率、インフレ化の進行、国民生活の貧困増加、社会保障制度の弱体化など
様々な課題に遭遇していた。1994年以降から経済が安定し回復し始め、その
118
後鉱物資源の国際市場の高騰により鉱山業の開発が進み、高い経済成長率を
達成している。しかし、近年資源開発に伴う環境破壊、水資源や大気汚染な
ど市民生活や健康への悪影響等が大きな課題となっている。
本稿では、1990年民主化以降のモンゴル政治の変遷、特に2012年の総選挙
において争点となった環境問題や鉱山開発の諸問題に対する各政党の主張、
開発や環境保全に対する政府のガバナンスの現状・課題・対策等を概観する。
2. モンゴルの民主化及び市場化とモンゴル政治の変遷
1)モンゴル概要
モンゴル国(以下、モンゴル)は北東アジアに位置しており、北はロシア、
南は中国に挟まれた内陸国である。国土面積は1,
566,
500日本の約4倍で、
人口は281万人である1。
1921年以降モンゴルは7
0年間、旧ソ連など他の社会主義国家同様に社会主
義国家の道を歩んできた。人民革命党(Mongolian Revolutionary Party,以
下 MPR)の政策決定にモスクワの指導が大きな影響を与えていた結果、モ
ンゴルに対するソ連の政治的イデオロギー、軍事や経済的面での影響力が大
きかった(Batbayar, 2003)。
モンゴルは1990年以降の社会主義体制の崩壊後、中央計画経済から市場経
済体制へ移行した。移行に伴ってモンゴル経済は混乱に陥ったが、政府の経
済構造改革に向けた制度改正、外国直接投資を促進する政策や外国からの支
援により経済が低迷から脱し1994には経済成長率が2.
1%に達成した。その
後1995年∼2004年間の経済成長率は平均4.
2%であった。2004年に10.
6%の
高い成長率を見せ、その後2008年まで経済はプラス成長を記録し続けた。し
かし、鉱物資源の国際相場の下落と国際金融危機の影響を受けて2009年の実
─────────
1 “Mongolian
p. 83-107
Statistical Yearbook 2011”National Statistical Office of Mongolia, 2012,
モンゴルの政治状況と環境・開発問題
119
質成長率は −1.
3%まで低下した。その後,鉱物資源価格の国際相場の回
復により,2010年の経済成長率は6.
4%,2011年は17.
3%に達成した。この
ような高度経済成長を支えているのが金、銅や石炭などの鉱物資源の輸出で
あり、モンゴル経済にとって鉱業部門は重要な産業の一つである。2011年の
GDP に占める鉱業部門の割合は、21.
7%で、鉱産物の輸出額は,全輸出額の
およそ3分の1を占めている2。主な金属鉱産物は,銅,モリブデン,金,
蛍石等である。主要な輸出国は中国、ロシアなどが中心となっている。
2)政治的変遷
経済の市場化への移行は、社会・政治的な面でも民主化という大きな変化
をもたらした。1980年代後半ソ連のペレストロイカの影響を受けて民主化運
動が急速に拡大し、1990年3月に人民革命党は一党独裁制を放棄し、複数政
党制を導入した。同年の7月に実施された初の複数政党制による国家大会議
の最初の自由選挙が実施された。この選挙では人民革命党、民主党、社会民
主党並びに4つの少数政党が争い、人民革命党が50議席中31議席を獲得し、
第一党となった。多党制による自由選挙により選出された国民大会議は人民
革命党のオチルバト氏を初大統領に指名し、副大統領(社民党)、総理大臣
と国民小会議(定員50人)を設置した3。
1992年4月に国家大会議は新憲法を制定し、大統領制と国民大会議の議院
内閣制の政体を導入した。新憲法により国家権力の最高機関たる国家大会議
(議員定数7
6人)は4年毎に国民の直接選挙で選出される。一方、国家元首
たる大統領は国家大会議に議席を持つ政党の推薦で4年毎に国民による直接
選挙で選出される。なお、新憲法においては国家大会議で選出される首相は
大統領より強い権限を持っている4。
─────────
2 “Mongolian
Statistical Yearbook 2011”Nationa Statistical Office of Mongolia, 2012,
p. 83-107
3 http://www.state.gov/outofdate/bgn/mongolia/23760.htm
4 21世紀 COE プログラム「スラブ・ユーラシア学の構築」 研究報告集、1
4『ロシア外
120
1992年6月に新憲法による第1回国家大会議総選挙では、13の政党が争い、
人民革命党が76議席中71議席を獲得する圧勝で終わり、政権を獲得した。一
方、1993年に実施された大統領の直接選挙では祖国民主連合から立候補した
現職の P.オチルバト大統領が再選された。
1996年 6 月 の 第 2 回 の 総 選 挙 で は、国 民 民 主 党(Mongolian National
Democratic Party)と社会民主党の「祖国・民主連合」(Mongolian Social
Democratic Party)が76議席中50議席を獲得し、初民主連合政権が発足した。
この当時の選挙の主な争点は政治的・経済的改革政策が課題となり、祖国・
民主連合政権は価格の自由化、民営化、金融部門改革などを急速に推し進め、
その結果政治の失敗が露呈し経済の混乱が続いた。社会的には政治の汚職問
題、国民生活の貧困の拡大など国民から批判を受けた5。
1997年5月に行われた大統領選挙では祖国民主連合から現職の P.オチル
バト、人民革命党の N.バガバンディと J.ゴンボジャブの三人が立候補し、
Н.バガバンディが当選した。翌年の1998年には民主化運動の指導者 S.ゾ
リッグ氏が暗殺される事件あり、現在まで犯行の真実は解明されていない。
2000年7月、第3回総選挙が行われ、人民革命党が76議席中72議席を獲得
し、エンフバヤル党首が新首相に就任した。翌年の2001年5月の大統領選挙
では人民革命党の Н.バガバンディ大統領が再選された。次の2005年大統領
選挙では人民革命党党首の N.エンフバヤル氏が大統領として選出された。
2004年7月、第4回総選挙が行われた結果、人民革命党37議席、祖国民主
連合35議席、共和党1議席を獲得し、その他無所属3人が選出された。人民
革命党と祖国民主連合は連合政権を作ることに合意し、祖国民主連合の推薦
で Ts.エルベグドルジ氏が首相に就任し連立政権が誕生した。しかしながら、
祖国民主連合内での内紛や対立が深まり、同年の12月に祖国・民主連合が解
─────────
交の現在Ⅱ』
、荒井幸康「混乱のモンゴル政治−2
004年6月総選挙後の状況−」北海道
大学スラブ研究センター、p. 59 参照。
5 Kerry and Wayne(2
009)
モンゴルの政治状況と環境・開発問題
121
散され、Ts.エルベグドルジ連立政権は崩壊した。その後、2006年1月に人
民革命党の M.エンフボルド新政権が誕生したが、2007年11月に人民革命党
の S.バヤル幹事長が新首相に就任し、2008年の第5回総選挙まで内閣を継
続した6。
2008年第5回総選挙では人民革命党が圧勝したが、7月1日に首都ウラン
バート市の中心部で、数千人の民主党支持者らが総選挙は不正選挙だとして
抗議活動を行い、人民革命党本部に放火・略奪するなど暴力行為に発展した
ため、N.エンフバヤル大統領はウランバートル市内に4日間の非常事態を宣
言した。その騒動により5人の尊い命が失われ多くの人々が負傷した。
2008年の総選挙では人民革命党や民主党は国民に100∼150万トゥグルグを
交付する公約を選挙にかかげていた。その後、2009年大統領選挙で Ts.エル
ベグドルジ(民主党)が選出された。2008年の選挙公約から2年間この公約
が実現されなかったため、2010年3月に選挙公約実現を要求する市民運動が
起こり国民連合がデモ行進した。
2
01
0年11月に人民革命党が党名から「革命」の語を削除し、人民党に名前
を変更した7。それに反発した N.エンフバヤル前大統領を含め一部の党員が
人民党から分離し、「人民革命党」の名称を引き継いで「新党」を立ち上げ
た8。
2011年1月に前回総選挙後の暴動や違法選挙活動の繰り返しを防止するた
めに、国家大会議が新選挙法を採用した。
新法により指紋認証による有権者確認とマークシート方式の電子投票を導
入して、国家大会議76議席中48議席が小選挙区で選出され、28議席を比例代
表選挙で選出された。また、在外投票も初めて実施され、同時に違法宣伝や
チラシの配布、選挙公約以外の約束、物品や紙幣の市民への配布、選挙活動
を目的とした演奏会の開催などを違法選挙活動として禁止した9。
─────────
6 荒井幸康(2
006)「混乱のモンゴル政治−2004年6月総選挙後の状況−」
7 人民革命の
HP http://www.nam.mn/index.php/man/story
8 http://www.state.gov/r/pa/ei/bgn/2779.htm
9 モンゴル中央選挙管理委員会の
HP http://www.gec.gov.mn/
122
2012年4月に人民革命党党首や公正連合10 のリーダー N.エンフバヤル元
大統領が汚職容疑で逮捕され、総選挙に参加できなくなった。
3.2012年総選挙の状況(環境問題や鉱山開発の諸問題に対する各政
党の主張)
上述した政治的状況の中で、2012年6月28日に第6回国家大会議総選挙が
行われた。2012年の総選挙では人民党、公正連合(人民革命党、国民民主党)、
第3勢力連合11、国民勇気・緑党並びに8少数政党から立候補者が出た。選
挙結果は民主党が31議席、人民党2
5議席、公正連合11議席、国民勇気・緑の
党2議席、諸派・無所属3議席を獲得し、4議席が未確定となった。以下で
は、国家大会議議席を獲得した民主党、人民党、公正連合及び国民勇気・緑
党の各々の選挙マニフェストを取り上げる。
1:民主党は「職・所得のあるモンゴル人」、「健康なモンゴル人」、「安全な
環境に生きるモンゴル人」、「教養あるモンゴル人」、「自由なモンゴル人」の
12 マニフェストを提示した。例えば、「職・所
5項目を主点に「モンゴル人」
得のあるモンゴル人」では中小企業支援、輸入代替と輸出促進、工業化、農
牧畜業・観光開発、ハイテク、バイオ、ナノ技術促進、羊毛、カシミア、皮
革加工産業の発展による雇用創出、その結果としての所得の向上を目標とす
ると、している。
13 は中小企業育成、農牧業近代化、輸
2:人民党の「私とモンゴルの4×4」
入代替産業・輸出産業促進などによって雇用を増加し、年金・賃金制度の改
革などによる国民の「給料・所得」の確保、建築資材の国内生産の実現を目
指している。
「住宅プロジェクト」、「健康・保険」「高度な教育」と「安全・
─────────
10 「人民革命党」と「国民民主党」より結成された政党連合である。
11 共和党、全モンゴル労働党により結成された政党連合である。
12 http://www.democrats.mn/index.php?coid=284&cid=90
13 http://hutulbur.nam.mn/
モンゴルの政治状況と環境・開発問題
123
安定食糧」「工業化」「インフラ整備」、「モンゴルの天然資源・環境」の8論
点項目を有権者にマニフェストとして主張した。つまり、政府基金等による
金融支援や高度な技術導入による国内の産業育成、雇用創出・所得向上、年
金や賃金の引上げ、医療・保険部門の発展やそのサービスの向上、経済活動
促進のためのインフラ整備などを主張した。また、資源関係以外の中小企業
問題については民間企業の振興、高等教育・職業訓練の質の向上を主張した。
14 として「政治改革」による独占
3:公正連合は「モンゴル救済改革5項目」
表1.環境や鉱山開発問題に対する各政党の主張
政党マニフェスト
民主党「モンゴル人」 人民党「私とモンゴ 公正連合「モンゴル救 国民勇気・緑党
職・所得
済改革5項目」
「国民生活」
所得・雇用
社会的改革
個人生活
住宅建築促進
公正な制度実現
家庭生活
政治的改革
都市生活
教育
教育
知性的改革
地方生活
健康
経済発展政策
経済的改革
国家生活
自由の確保
・グリーン経済
・水源保護地域・森林 ・グリーン経済
安全な環境
・水源地環境政策
公
約
項
目
ルの4×4」
・森林保護法実施
・環境に優しい先進
技術の鉱山分野へ
の導入を支援し
・環境破壊を行った
企業に土壌回復を
義務付け
・土壌回復費用を国
・再 生 可 能 エ ネ ル
ギー資源の使用
・水資源の保全
地帯における鉱物資 ・エコ食品・健
源の探査・利用の禁
止
康生活
・保険制度改善
・地域環境に配慮し ・知識・イノベーショ ・教育制度
た経済活動
・環境配慮型鉱業
ンによるグリーン経 ・地下資源正当
済の実現
分布
・国主導型資源開発 ・全部門で環境に優し ・障害者生活改
・自然環境に悪影響
い技術使用
善
を及ぼす鉱山の閉 ・国立公園、自然保護 ・母子家庭生活
鎖
の特別基金に積み 環境保全
区などに鉱業開発禁 ・新外交政策
止
立て
・インフラ整備、精
製工場建設支援軽
減融資等
出典:人民党、民主党、公正連合、国民勇気・緑党の選挙マニフェスト書を基に著者が作
成
124
政治制度の防止、国民参加・監視制度による政治的「公正改革」、国内産業
の育成、戦略的鉱山開発や資源の公正な分配による「経済改革」、
「社会改革」
「精神的改革」の三大改革を提示した。
15 マニフェストは「個人生活」
「社会」
「家
4:国民勇気・緑党の「国民生活」
庭生活」「都市生活」「地方生活」「国家生活」の充実を目的とした6つの論
点を主張している。
民主党は公正連合及び国民勇気・緑の党を含んだ連立政権を発足させ、民
主党党首アルタンホヤグ氏は首相に就任した。新内閣誕生後はアルタンホヤ
グ氏が①国民の雇用・所得の確保,②汚職の撲滅・公正な社会の実現,③社
会における責任と義務,監視の定着の3つを重要目標として採りあげている
16
。
2012年9月18日連立政権は、民主党の「モンゴル人」マニフェストを基本
に、国民の勇気・緑の党の「国民生活」マニフェスト、および人民革命党・
国民民主党「公正連合」の「モンゴル救済改革5項目」マニフェストの一部
の公約を含むモンゴル国政府の2012∼2016年の施政方針を発表した。それは、
①雇用と収入の確保、②健康、③教育、④安全な社会・環境⑤自由なモンゴ
ル人等である17。
4.開発と環境保全に対する政府のガバナンスの現状・課題・対策
(1)現状と課題
モンゴルの市場経済化に伴う経済活動の変化は、都市への人口集中、地球
温暖化に伴う降水量の減少などにより、砂漠化、森林消失、水資源、生物多
様性の減少、都市部の大気汚染、廃棄物処理等の環境問題が大きな課題となっ
─────────
14 http://www.maxn.mn/
/
15 http://www.civilgreen.mn/index.php/programm-life
16 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/mongolia/pdfs/kankei.pdf
17 Mongolian
Government’
s Action Plan for 2012-2016 http://www.mecs.gov.mn/article121-307.mw
モンゴルの政治状況と環境・開発問題
125
ている。特に、近年鉱物資源開発による環境破壊や環境汚染問題が重要な課
題となっている。
モンゴルは世界の鉱物資源状況から見ても銅、亜鉛、鉛、クロム、マンガ
ン、水銀、モリブデン、タングステン、レアアース、金、鉄、ウラン等の鉱
物資源に恵まれている国である。モンゴルでは鉱物資源を国内発展の重要な
戦略的資源として位置付けている。そのため1993年に設置された外国投資法、
1997年鉱物資源法(2006年改正)の制定・施行しながら、鉱業部門への内外
の企業投資を増やすための政策を実施し、その企業数は急速に拡大している。
2011年の GDP において大きな割合を占めるのは,鉱工業分野(2
1.
7%)
と農牧業分野(13%)である18。このまま鉱物資源開発が順調に進めば、モ
ンゴルの GDP における鉱工業の占める割合はますます増えてくると予想さ
れる。鉱物資源開発の中心は国営企業と外資系企業及びモンゴルの金採掘企
業であるが、この他に手作業による資源採掘を行う“ニンジャ”と呼ばれて
いる個人採掘者も多く活動し問題となっている。資源開発活動は多くの場合、
国、企業や個人に富を生むばかりではなく、反面、環境破壊や環境汚染など
様々な問題も引き起こしている19。例えば、2007年にダルハンウール県
(Darhan -Uul aimag)ホンゴル村(Hongor soum)に発生したシアン化物
や水銀による環境・水源汚染は周辺の人々に健康被害として悪影響を与え
た20。
(2)対策
このような資源開発による環境破壊や汚染は周囲の環境や人々に悪影響を
与えることになっており、近年モンゴル政府は鉱物資源開発による環境への
悪影響を防止・軽減するために、法制度の改正や新規法制度の導入を進めて
いる。
─────────
18 Mongolian
Statistical Yearbook 2011, p. 133
Farrington (2000)“Environmental problems of placer gold mining in the Zaamar
Goldfield, Mongolia”, World Placer Journal, vol. 1, pp. 112-120
20 Mongolia Human Development Report 2011, p. 23
19 J.
126
1)1997年の鉱物資源法や1998年の「環境影響アセスメント法(Environ21 により環境汚染を防止し、環境に大きな
mental Impact Assessment Law)」
影響を及ぼす事業については、その影響を事前に予測・評価し、地域住民な
どの意見を聞きながら、計画に修正を加える制度が実施されている。これら
の法律では事業実施に当って環境影響評価が企業に明確に義務付けられた。
環境評価書には、開発計画の環境への悪影響の評価、採掘から閉山まで環境
保全計画を明確に示す必要がある。政府機関は探鉱権や採掘権を発行する際、
企業の環境評価書、環境保護計画、必要設備説明書等に対する地方自治体の
報告書に基づいて決定する。
2)2006年に鉱物資源法の再改定では「国立公園,自然保護区,遺跡」など
「国の特別保護地域」において鉱業権の発行を禁じた。以下、鉱物資源法に
よる環境保護に対する採掘権者の義務を取りあげる。
・ 年間の環境保護計画実行費用の50%に相当する保証金を払う。保証金の
返還は環境評価を行う官庁が決定する。
・ 当該年度の環境保護計画の実行内容の報告書の提出
・ 環境保護並びに回復のための設備の確保
・ 鉱区開発・環境回復の費用が鉱山事業の利益を超える場合、採掘権は不
許可となる。
・ 環境保護計画、環境管理検査計画、鉱山事業計画を毎年度、環境省及び
関連官庁に提出し、その結果を行政機関に報告する。
・ 当該年度の環境保護計画の実行内容を国家専門検査庁及び行政環境担当
者が管理する。
3)2009年7月に水源保護地域及び森林地帯における鉱物資源の探査及び採
掘を禁止する「水源保護地域・森林地帯における鉱物資源の探査・利用の禁
止法」が制定された。同法により「汚染者負担原則」
(Polluter Pays Principles)、
環境監査制度(environmental auditing scheme)、環境や国民の健康に悪影響
─────────
21 2
001年11月に改正
モンゴルの政治状況と環境・開発問題
127
を与える事業等については資金や融資による貸手責任制度を導入した。同法
が施行された結果、水源保護地域・森林地帯の環境に悪影響を与える254事
業の鉱業権が取り消された。
モンゴルでは、上述したように経済発展や急速な資源開発等により、環境
汚染源が鉱区地域だけではなく、周辺の人々の健康や生活にまでに悪影響を
与えている。近年モンゴル政府は様々な環境政策や取組みを実施している。
汚染物質の総量規制だけでなく、汚染物質の排出そのものに対して損害料金
の徴収を図り、規制に違反する企業には罰金を課するなど規制強化も試みら
れている。
しかしながら、日本の4倍に相当する広い面積を持つモンゴルでは、環境
保護政策や法律による環境管理・環境監査制度は政府機関や専門家だけでは
財的・資金的な側面から難しい状況である。その意味では、地方政府に環境
対策の管理や実行に関する権限を与え、地元のコミュニティや住民の力を借
り公民が連帯し協力しながら環境法や規制を遵守できるように環境実態を客
観的・実証的に評価し,環境保護対策を進める必要がある。
おわりに
近年、モンゴルは民主的な政治・行政改革を進めながら、豊かな鉱物・地
下資源の開発を経済発展の土台と位置付けている。経済状況を判断する場合、
政治的な安定や公正な法制度の施行が重要な役割を果たすことは言うまでは
ない。民主化移行後のモンゴルは初の自由選挙以来、現在までに6回の総選
挙が実施されてきたが、そのたびに政権が交代するという経緯を辿っている。
その結果、議院内閣における政党間の権力争いは増加しており、政府官僚の
汚職問題はなお深刻な社会問題となっている。
一方、経済的資源開発が活発になるとともに、近年環境保全・汚染が多発
しており、その防止のために政府による法制度改革や新規法制度の強化等が
次々と実施されている。しかしながら、資源開発の活発化が急速に高まる中、
128
環境対策や法制度の効果的な実行は中央政府機関や少数の公務員行政だけで
は、建前的な対応や局所的な対応に終わり、環境問題の解決が難しい。繰り
返えしになるが、地域の行政と住民が連携・協力して環境法や規制の遵守を
徹底して、環境保護対策を進めることが重要な課題である。その他に、環境
対策、環境保護に関するノウハウや資金力を有する日本を始めとする先進国
の政府や企業とパートナーシップを強め協力しながら環境保護対策の効率化
を図ることなどが必要とされているといえる。
参考文献
1.荒井幸康「混乱のモンゴル政治:−2
004年6月総選挙後の状況」(2006
年1月9日),Retrieved from
src-h.slav.hokudai.ac.jp/coe21/publish/no14/arai.pdf
2.Bayarlkham Byambaa, Yasuyuki Todo, and Jambajamts Lkhamjav
(2011)“Technological Impact of Placer Gold Mining on Water Quality: A
Case Study of Tuul River Valley in the Zaamar Goldfield, Mongolia,”
Meteorological and Hydrological Issues, the National University of
Mongolia, 335(10), pp. 136-143. Retrieved from
http://www.waset.org/journals/waset/v51/v51-27.pdf
3.Dumbaugh. K, Morrison. W (2009). Mongolia and US Policy: Political and
Economic Relations. Congressional Research Service: June 18,
Retrieved from www.fas.org
4.General Election Committee of Mongolia, Web site
http://www.gec.gov.mn/
5.J. Farrington (2000)“Environmental problems of placer gold mining in
the Zaamar Goldfield, Mongolia”, World Placer Journal, vol. 1, pp. 112-120
6.Mongolian Statistical Yearbook 2011 National Statistical Office of
Mongolia
s Action Plan for 2012-2016,
7.Mongolian Government’
モンゴルの政治状況と環境・開発問題
129
http://www.mecs.gov.mn/article-121-307.mw
8.R Grayson, T Delgertsoo, W Murray, B Tumenbayar et.al (2004)“The
s Gold Rush in Mongolia-the Rise of the‘Ninja’Phenomenon”
People’
World Placer Journal, November, Vol. 4, pp. 1-112.
9.The Law of Mongolia on Environmental Impact Assessment (Revised
version 2001) Retrieved from
http://www.unece.org/fileadmin/DAM/env/eia/documents/WG13_may
2010/Mongolia_Law_on_EIA.pdf
10.The Mineral Law of Mongolia (Revised 2001), Retrieved from
http://www.mad-mongolia.com/wp-content/files_mf/minerallawsofmon
golia. pdf
11.The manifesto for general elections of 2012“I and Mongolia”, Mongolian
s Party Party’
s manifesto for general elections of 2012, Retrieved
People’
from http://hutulbur.nam.mn/
12.The manifesto for general elections of 2012“Five Revolutions to Save
s Revolutionary Party. Retrieved from
Mongolia”, Mongolian People’
http://www.maxn.mn/
/
13.The manifesto for general elections of 2012“Mongolian People 2020”
Democratic Party of Mongolia. Retrieved from
http://www.democrats.mn/index.php?coid=284&cid=90
14.The manifesto for general elections of 2012“Life”, The Civil Will-Green
Party. Retrieved from
http://www.civilgreen.mn/index.php/programm-life
15.Ts. Batbayar, (2003)“Mongolian-Russian Relations in the Past Decade”.
Asian Survey. Vol. XLIII, 6, pp. 950-970.
16.US Department of State (2011), Mongolia.
http://www.state.gov/outofdate/bgn/mongolia/23760.htm
17.UNDP (2001) Mongolia Human Development Report 2011: From
130
Vulnerability to Sustainability: Environment and Human Development,
Retrieved from
http://hdr.undp.org/en/reports/national/asiathepacific/mongolia/NHDR
_Mongolia_EN_2011_2.pdf
モンゴル調査日誌
131
モンゴル調査日誌
大江 宏・関上 哲・南波 正仁(写真協力) A daily record of the field survey in Mongolia
Hiroshi Ohe, Satoshi Sekigami, Masahito Namba ・調査参加者(順不同):大江宏(亜細亜大学経営学部教授)、鈴木敏正(北
海道大学教育学部名誉教授)、関上哲(アジア研究所嘱託研究員)、J・バー
サンフー(アジア研究所嘱託研究員)、南波正仁(㈱IHI OB、エンジニア)、
南波多美子
・調査内容:本調査は、アジア研究所の「アジア諸国にみる環境型社会」の
研究プロジェクトの一環として、2012年8月19日より同年8月29日までの10
日間、モンゴル国南ゴビ県のタヴァン・トルゴイ鉱床ならびにオユ・トルゴ
イ鉱床を中心とした鉱物資源(石炭、銅、金)の採掘状況調査と環境保全の
実態ならびにモンゴルの歴史・文化遺産の仏教寺院等の修復実態を主な調査
目的として実施した。以下は、今回調査の「旅日誌」である。
羽田からウランバートルへ(第1日目)
8月19日午前3時、Mongolian Airlines(AR7012)にて一路チンギスハー
ン空港へ向かう(写真1)。5時間弱でウランバートルのチンギスハーン空
港へ到着。直ちに空港からスフバートル広場(1921年のモンゴル革命の指導
者の一人でモンゴルの英雄を冠した中央広場)へ移動、チンギスハーンの大
理石像やスフバートル像を見物する(写真2)。スフバートル像のモニュメ
132
写真1
写真2
ントには「我が人民がひとつの方向に、ひとつの意志に団結するならば、
我々が獲得できないものはこの世にひとつとしてない。我々が知りえないも
のもない。できないことも何一つとしてない」という言葉が刻まれている。
その後、ガンダン寺院(Gandantegcheling Monastery)を見学する。第5
代活仏ボグドハーンにより建立されたチベット仏教寺院である。ガンダン寺
観音堂に高さ25メートルの観音像がある。スターリンにより1938年に破壊さ
れ、現在の仏像は2代目である。ついで、自然史博物館を見学後、ようやく
ホテル(Flower Hotel)にチェックイン、昼食となる。午後からは、民族歴
史博物館にて、モンゴル舞踊とホーミーによるモンゴルの伝統的民俗文化を
鑑賞する。夕食前に、ウランバートル市街を見渡せるザイサン丘を訪ねる。
スフバートル広場から南へ約3、
1971年 に 建 立 さ れたモンゴル・ソ
ヴィエト友好記念碑が立つ。
「ソ連
戦士の記憶は、空の太陽のように永
遠であり、大地の燃える火のように
神聖である」と記されている。夜景
を見ながら、しばし社会主義時代の
モンゴルに思いをはせる(写真3)。
写真3
モンゴル調査日誌
133
ウランバートルからダランザドガド、そしてタヴァン・トルゴイ鉱床へ(第
2日目)
8月20日朝5時に起床して、チンギスハーン空港へ。8時30分、Mongolian
Airlines の小型機(ZY−855)でウランバートルの南約550の南ゴビ県ダラ
ンザドガドへ。空からみる大地は、南に向かうにつれて、薄緑色(草地)か
ら茶色が混じるようになり、干からびた川筋様な跡が目立ってくる。1時間
半のフライトでゴビ・アルタイ山脈の東外れに位置するダランザドガド空港
に到着。約300南は、中国・内モンゴル自治区との国境である。空港到着
後、今回の旅の主目的の1つである鉱床・鉱山見学に向かうため2台の4輪
駆動車(ランドクルーザーとハリアー)を運転手つきでチャーターする。な
ぜ、4輪駆動車でなければならないのか、その後砂漠を移動中に身をもって
知る。鉱床調査の丸々3日間の運転手つきの車両借り上げ料金の交渉は、ガ
ソリン代は別で(これがかなり高い)、1日110∼120US ドルとなった。昼食
を終えて移動開始。先ずは、商店で5
00ml 入りの水1ケース、軽食用のパン
等を購入して砂漠での万一の際の備えとしてから、約100東方のタヴァン・
トルゴイにむけて出発。舗装道路はすぐに切れて、砂漠にひかれた轍を走る。
ゴビ砂漠の‘ゴビ’とは、「まばらな短い草が生えている土地」(『地球の歩
12)という意味だそうだ。砂だけの砂漠ではなく、砂と礫
き方モンゴル』P.1
が混じった砂漠礫であり、草が生えている砂漠性草原である。草は近くで見
るとまばらであるが、家畜の放牧に適した牧草であり、羊、山羊、ラクダな
どが食べ分けている幾種類もの牧草が育つ自然環境である。
砂漠を移動中、放牧するラクダの群れに出合い、一同間近で記念撮影をし
た。夕方、ソクチャ村の Tavan Tolgoi Camp(Energy Resources 会社の現
地オフィス・宿泊施設)へ到着(写真4)。キャンプの所在するソクチャ村内
を車中より見学。村には、中国系企業、銀行、商店、病院等が雑然と建設さ
れ、道路交通標識に当たるものは、路傍におかれた石が道路標識替わりと
なっていた。さらに、町を移動中、鉱山で働く従業員のための大型マンショ
ンが2棟ほど建設されており、夕闇の中で存在感を示していた。もともとは、
134
写真4
写真5
200人しか住んでいなかった村が鉱山労働者の流入で現在急速に増加中との
ことであった。
キャンプ内の宿舎は幹部社員やゲストのためのもので、部屋はビジネスホ
テルのワンルームと同サイズ。二階建て構造の建物は、十字型の配列形式で
約80室配置されていた。部屋の構造は建物の中にさらに建物が入る二重の構
造になっている(寒さ暑さ対策)。つまり、砂漠の真ん中に位置するこの
キャンプは、厳しい環境から社員を保護する、宇宙ステーションのような存
在であるといえよう。建物の外には、荒涼たるゴビ砂漠が果てしなく広がっ
ているのである。
建物に隣接して、鉱床従業員のためのゲル(3∼4人宿泊用。ただし、
シャワールームは別棟)がおよそ100テントほど建設されていた。
タヴァン・トルゴイ石炭鉱山の見学、そしてハンボグド村へ(第3日目)
9時、Energy Resouces(ER)社のタヴァン・トルゴイの UkaaKhudag
石炭鉱区の見学開始。先ずは現地オフィスで鉱山における環境対策の概要を
説明してくれたのは環境コーディネーターの Galmanndanh さんと環境アド
ヴァイザーの Nyamgarv さんの二人の若い女性である。本地区での採掘活
動による環境影響を最小にするための大気、粉塵、騒音、水質の環境基準や
施設内で使用する水の再利用や廃棄物の3Rへの取り組みについての説明を
モンゴル調査日誌
135
受けた。彼女らの環境保全活動を担うチームは、社長直属の組織になってい
て、100万ドルの予算で13人が働いている。そのあと施設周辺で展開する表
土を守り砂漠の緑化を目指す植林活動や植生研究の様子を見学した(写真5)。
肥料は、羊やラクダの糞を利用した有機コンポストを開発中との事であった。
さらに、砂漠に強い植物を実験栽培により開発し、その植物を石炭鉱床採掘
後に、土砂を埋め戻しながら砂漠の緑化を進めるという遠大なプロジェクト
であると語っていた。さらに、実験農場の一角に実験ビニールハウスが建設
され、試験用の果物も植えられているとのことであった。
オフィスに戻り、ER 社広報部門の Guldauren Tabiga さんから、タヴァン
・トルゴイ石炭鉱床の概略説明と見学時の安全上の注意(ヘルメット、ゴー
グル、マスク、安全ウェアー着用)を聞き、カザフスタン出身のエンジニア
2人が加わって、採掘現場の見学が開始された。専用ジープに乗り込み、先
導車に誘導されながら移動した。車には、2メートルほどの高さの移動専用
のフラッグが大型トラック車にも確認できるように取り付けてあった。最初
に目に飛び込んだのは鉱山全体の電気を賄う発電設備であり、地元にも電気
は還元されているとのことであった。石炭採掘は大型の露天掘り工法であり、
半径2キロ位の規模で実施されていた。見学者は高台から掘削現場を見るこ
とが可能であり、直径3∼4キロくらいの鉱床が眼下に広がっている様子は
巨大な隕石が落ちた穴のようであった(写真6と7)。さらに、掘り出した
写真6
写真7
136
石炭は水で洗鉱され大型トラックで10∼20先の石炭仮置き場まで運ばれ、
その後、仮置き場の石炭は、100tトラックで約200南の中国(内モンゴル
自治区)へ運ばれているとのことであった。
昼 食 後、ER 社 の Ukhaa Khudag 鉱 区 の 近 く に あ る 国 営 企 業 Erdenes
MGLLC 社の石炭採掘現場を見学。国は、Erdenes Tavan Tolgoi Project を
推進中であり、Tavan Tolgoi の石炭鉱床の9
6%を保有していて、ここはその
一部である。石炭の質は、黒色が強く品質が ER 社の鉱区よりも良質に見え
た(コークス炭1)。見学時に見た石炭は、艶のある黒色であり、光る黒いダ
イヤと呼ばれる理由がわかるような気がした。
採掘後の石炭は、直接トラックで運び出すので、経済効率が悪く原石に近
い状況で、中国側に安価に売られているとのことであった。今後、日本の協
力による石炭生産技術を向上させながら、付加価値の高い石炭を輸出する国
家計画も検討されていているとのことであった。
明日、Oyu Tolgoi を訪ねるために、南東約1
00にある宿泊地のハンボグ
ド(Khanbogd)村に向け出発。夕闇迫る頃に村に着いたが、宿泊場所が見
つからず、ようやく社会主義時代の古い村営宿泊所に辿り着いた。6人で
60,
000トグルグ(約3,
500円)の料金。安いだけあって、簡単なベッドと毛
布があるだけ。宿泊所内に洗面施設やトイレもなく、外の広場の奥にある共
同トイレは周りを板で囲った程度の野外トイレであった。出発前に購入した
水や菓子パンがどれほど役立ったかは言うまでもない。明かりが消えて真っ
暗な真夜中の星空の美しさは格別であった。Oyu Tolgoi まで約45のハンボ
グド村での宿泊であった。
─────────
1 タヴァン・トルゴイ石炭鉱山は、中国国境から2
00の南ゴビ県にある。西ツアンヒ鉱
区、東ツアンヒ鉱区、ボストルゴイ鉱区、ウハークダグ鉱区で構成され総埋蔵量6
4億ト
ン。この鉱床に多く埋蔵されるコークス用の石炭の発熱量は高く、1t当たり7
0∼
80US$ で中国に輸出されている。
モンゴル調査日誌
137
オユトルゴイ銅・金鉱山の見学、そしてダランザドガドに戻る(第4日目)
8時にハンボグド村の村営宿舎を出発して、世界有数の銅・金などの埋蔵
量が確認されているオユ・トルゴイ鉱山2 に11時に到着した(写真8)。ここ
は Oyu Tolgoi Project として、カナダ、オーストラリア、そしてモンゴル政
府が関わって国際的に開発が進められている国の戦略的鉱山の一つである。
建物の一室で、見学前に鉱床全体のレクチャーを受ける。社会関係部門の
Ariunaさん(モンゴル大で地質学専攻)が、鉱山での作業がいかに環境に配
慮しているかを、例えば、大気、粉塵、騒音などのモニタリング体制を、規
制値や測定器具を示しながらスライドで紹介してくれた。説明を受けた後、
一行はバスに乗車し、バス内より鉱山施設と鉱床の様子を移動しながら見学
した。最初に Oyu Tolgoi 鉱床から産出される鉱石の分析・展示施設に寄る。
2011年夏から露天掘りの鉱区で銅鉱石などの試掘が行われているが、立坑の
ための第一シャフトが2012年に完成し、目下第二シャフトが建設中であった。
第一シャフトは地面から垂直に1,
300掘り下げ、そこから世界有数の銅鉱
脈に沿って横に掘り進み、掘り出した鉱石を地上に運び上げるための施設で
ある。掘り出された鉱石は2.
7のベルトコンベアで運ばれ砕石され、巨大
な施設に貯蔵される。そこからさらに小さく砕かれ、選鉱施設で銅や金の含
有率が高い鉱石に濃縮される。2012年末までに選鉱や精錬施設が完成し、中
国からの電気が届けば本格的稼働が始まる。見学ルートの最後に、採掘した
石を積み上げた20メートルほどの高台に設置された見学場所よりオユ・トル
ゴイ施設の全体を見渡せた(写真9)
。精錬のためには多量の水が必要にな
るが、遠方から地下水を運んでくる工事も進んでいたが、砂漠地帯での地下
水の大量使用はこれから大きな問題になるであろうと思われた(写真10)。
見学終了後、鉱山従業員(役職、事務職、工事現場関係者)が利用する大
─────────
2 オユ・トルゴイ金・銅鉱山は南ゴビ県にある。銅3,
600万t、金1,
200tの埋蔵量が確認
されている。投資企業はカナダの Ivannhoe Mines とイギリス・オーストラリアの Rio
Tinto 社である。モンゴル政府の Erdenes Oyu Tolgoi LLC が34%、Rio Tinto は66%の
株を持つ。モンゴル労働者は60%、約11,
000人が雇用される予定。
138
食堂で食事した。ほとんどセルフサービスであるが、おいしく味付けされて
いた。多くの従業員が一堂に会し食事するさまは熱気にあふれていた。多様
な職種の従業員が同じ食事をすることは会社の一体感の醸成につながる。た
だ、中国からの出稼ぎ労働者たちは、彼らだけの宿泊場所と食堂を利用して
いて、交流はない。移動途中、彼らに出合った。青色の作業服を着た一団が
一列縦隊で移動しており、一瞬軍隊の行軍を想像させた。(写真11)。
そのあと、一同は、一部は舗装道路を、多くは砂漠の轍を走って、6時間
かけてダランザドガドに戻った。夕闇迫るころ到着した Khan-Uul Hotel &
Suite ホテルは、モンゴル大統領も宿泊できる街一番のホテルで、昨夜の村
営ホテルと大違いであった(但し、給湯や電気器具などのホテル・サービス
の品質向上はこれからである)。
写真8
写真9
写真10
写真11
モンゴル調査日誌
139
ウランバートルで、火力発電所やカシミア工場の見学(第5日目)
0時20分到着)。
Mongolian Airlines ZY−956に乗り、チンギスハーン空港へ(1
すぐに第4火力発電所を見学した。案内役は、D. Erdene-Ochir(Specialist
of Procurement Section)さん。第4火力発電所は1983年のソ連の技術援助で
建設された発電所であり、第1から第3の火力発電所が老朽化しているため
(第1発電所は停止中)、現在ウランバートルの電力需要の71%、熱需要の
200t/h の
6
3%を供給している重要施設である(最大5
78MW/h の電力と3,
熱蒸気)(写真12)。
1990年代の初頭の市場経済移行直後の混乱期から今日まで、日本を中心と
した資金・技術援助で設備の更新・増強と修繕・維持を行ってきて、現在8
ボイラー、6蒸気タービンで稼働している(写真13)。
ひっ迫する電力需要に対応するため、JICA の追加援助などを基に、国際
入札で第5、第6の発電所建設を計画している。
その後、カシミア織物工場(Goyo-Cashmere)を見学した。Goyo 社は、
モンゴルの代表的産業であるカシミア製品を製造販売する大手企業の1つ
である(国内シェア8%)
。同社は、モンゴル最大の企業グループの MCS
(Energy Resouces 社なども傘下に入る持ち株会社)の1社である。因みに
Goyo 社の筆頭株主は、日本の㈱HIS 会長の澤田秀雄氏である3。
工場の織物機械は、ドイツ、イタリア、スイス製である。工場の壁には
写真12
写真13
140
「みんなの力を合わせてがんばりましょう」とあった。Stool を編む機械は
ドイツ製である。二つのパーツを縫い合わせる織物機械は中国製である。作
業は、非常に繊細で精密な作業で、女性たちの労働時間は、4時間勤務との
ことであった。
この日の調査は忙しく、夕方官庁の終業前ぎりぎりに、教育文化科学省
(Ministry of Education, Culture and Science of Mongolia)のオフィスを訪
ね、同省に属する政府統計局の刊行物取扱い部署で Mongolian Statistical
Yearbook 2011 など統計資料を購入した。
環境省、WWF、Tavan Tolgoi 広報施設など訪問(第6日目)
早朝より、ウランバートル市内の行政官庁や NGO を訪ね、モンゴルの環
境関連の諸側面についてのヒアリングを行う。
先ず訪ねたのは、自然環境観光省の水資源庁の専門スタッフ。モンゴルの
環境政策の概要を説明してもらった。政府が取り組む環境対策のポイントは
次のとおりである。①環境関連法の整備。例えば、関係する18本の法律を10
本に整備し、開発にともなって拡大する汚染を防止するために規制値や罰則
の強化を図った(2012/5/31)。さらに、ウランバートルの大気汚染低減のた
めの規制と課税の強化は近々の課題である。②鉱山の採掘後の環境修復も大
きな課題になっており、預託金の増額や修復期間の短縮。大企業だけでなく
中小企業も規制対象にするなどの新規制法を制定した。③産業廃棄物も都市
ごみも、3R(Reduce, Reuse, and Recycle)が進まないので、規制の強化や
有料化を推進していく。遊牧民への教育も強化していく。④水問題は大きな
政策課題である。鉱山開発に伴う大量の水の使用と汚染水の排出問題とウラ
ンバートル市の水源・水質確保が重要である(詳細は、関上論文参考)。
─────────
3 澤田氏は、澤田ホールディングス㈱の社長でもあり、モンゴルへの活発な投資を行って
いる。2003年にはモンゴル農業銀行を買収後、Khan Bank と社名を変更。リテールバ
ンクとして発展させ、モンゴル第1位の銀行に成長させた。現在は同銀行の取締役会長。
モンゴル調査日誌
141
次に、WWFのモンゴル・オフィスを訪ねる。モンゴル・オフィスはウラ
ンバートルのメインオフィスに18人のスタッフを有する大きな事務所である。
他に Altai-Sayan と Dadal にフィールド・オフィスを置き、2
0人ほどの現地
スタッフがいる。われわれは、環境教育と環境保全のそれぞれをテーマとす
る2組に分かれて概要説明を受けた。環境教育専門家の Selege Gantumur 女
史は、環境教育こそが人々の環境への態度と行動を変えることができるもの
と考え、若い世代に焦点を置いた環境教育への取り組みを説明してくれた。
また、環境保全プログラムとその成果・評価の責任者である Batkhuyag
Galdangombo 氏は、1
992年から現在に至る、モンゴルにおける WWF の環
境保全の取り組みの概要と現状・課題などを説明してくれた。気になった
のは、彼の観察では、大企業の多くの環境対策が、いわゆるグリーン・ウ
オッシュ4 にすぎないという点であった。
WWF は、モンゴルの自然生態系における生物の種と多様性を保全するた
め、多様な生態系に合わせて、また重点化して活発な活動を展開している。
例えば、森林や草原面積、水源の保全、移動性動物(ガゼル、野生のロバな
ど)の生息環境の保護、絶滅危惧種(ユキヒョウ、アルガリ・シープ、サイ
ガ・カモシカ、アイベックスなど)の保護にあたっている。
タヴァン・トルゴイ鉱山開発の国営会社 Erdenes-TT のサテライトにも
寄った。ここは鉱山開発が、一部の政治家と企業が結託して巨利をむさぼっ
ているのではないかという国民の批判に対する TT 開発プロジェクトの PR
センターである。Khongor Zorigtbaatar 氏からタヴァン・トルゴイの全体像
の説明と今後の計画の説明を受けた。
─────────
4 グリーン・ウオッシュ(green
wash)とは、環境に明らかな悪影響を及ぼしている企業
が、一部の環境対策や社会貢献活動などを PR することで、そうした行為を隠そうとし
たり、あるいは、実態が伴わないのに環境配慮をしていると、社会に誤解を与えるよう
な行為をいう。
142
古都ハルホリン(カラコルム)へ(第7日目)
朝から黄砂がウランバートル市内を覆う中、一路ハルホリンのツーリスト
キャンプを目指し、舗装された幹線道路を西に移動した(ウランバートルよ
り西へ約4
00)。移動途中、いたるところにあるオボー5 の1つを見学した
(写真14)。途中で、遊牧民のゲルテントを訪問し、一同は馬乳酒をごちそ
うになり、初めてラクダ騎乗を体験した(写真15)
。
途中、モンゴルのお祭りにも遭遇した。仏像に魂を入れる儀式らしく、大
人も子供も大勢集まり、仏像に線香をあげたり、馬入酒とチーズで談笑した
りしていた。我々のような観光客も温かく迎えて、馬入酒をふるまってくれ
た。
夕刻近くになり、目指すキャンプを探すものの、暗闇迫る時間であり、別
のツーリストキャンプのゲルテントに宿泊することになった。初めてのゲル
テント体験である。食事は大テントの食堂で、チンギスハーンの銅像を前に
した食事であった。その後、小さな焚火を囲んで、満天の星空を見上げなが
ら、遊牧民出身の運転手が歌う童謡に耳を傾け、旅情に浸った。ゲルテント
は、想像よりもはるかに快適な空間である。ただし、トイレと洗面所はかな
写真14
写真15
─────────
5 標柱のことであり、石または木で作られ、山頂や峠のような高所に建てられる。オボー
は仏教儀礼が行われる場所であり、山岳信仰やテングリといった宗教的意味を示す役割
を持つといわれている。今日、境界標識や道標としての役割も持つようである。
モンゴル調査日誌
143
り離れた場所にあり、しかも社会主義時代の古い施設であった。また、ゲル
テントは外の音がストレートにテント内に入ってくることもわかり、自然の
中での寝床であることを実感した。
カラコルム博物館、エルデニ・ゾー、文化財修復現場など見学(第8日目)
先ず、カラコルム博物館(Kharakuhorum Museum)を見学した(写真16)。
この施設はモンゴルで一番近代的で瀟洒な博物館といってよい。それもその
はず、日本の文化無償資金協力(JICA 主管)で2011年6月に完成したばか
りの真新しい博物館である6。古くから栄えたこの地で発掘された古代から
モンゴル帝国の時代までの文化遺物を展示している。展示には、モンゴル語、
英語のほかに日本語でも説明されている。古都時代の模型展示もあり、帝国
がいかに栄えたかを今に伝えている。
博物館を出て、小高い丘の中腹にある「亀石」や「男根石」を見た。その
近くでは、文化遺跡の発掘や修復を手作業で行っている現場があった。この
一帯は、2004年にユネスコの世界遺産にも登録されている。その目玉の一つ
が「エルデニ・ゾー」である。108個の卒塔婆(仏塔)をつけた外壁が囲む
巨大な(約400×400)な敷地にある仏教寺院群であり、モンゴル最古の固
定した寺院である。伽藍や付属の建
物が18棟も現存している。中国式の
木造寺院であるゴルバン・ゾー(三
寺)、さらにチベット仏教のラブラ
ン寺などがある。近年の観光客の増
加に合わせ、文化財修復を急ぐ現場
がいくつもあった。
宿泊予定地の温泉地がなかなか見
つからず、ウランバートル方向に移
─────────
6 JICA
モンゴル事務所のホームページ参照。
写真16
144
動し、ホスタイ国立公園(Hustai National Park)まで行くことにした。夕方
になってきていたが、雨が降り出す7。やがて行く手の空に、小雨の中で夕
日を浴びて輝く、二重にかかる虹に遭遇。自然の一大叙事詩に一同大いに感
激し、車を止めて見とれた。
暗闇迫る幹線道路で、車の事故や車に衝突して路肩に横たわる放牧の馬や
それに群がるけものを見た。舗装道路を外れて、とっぷり日暮れた雨上がり
のウェットロードで幾度もスリップしながら、ようやくホスタイ国立公園の
キャンプに真夜中近くに到着した。
ホスタイ国立公園でタヒの観察、ウランバートルで JICA 訪問(第9日目)
8 を求めて、草原あり、
朝、宿泊キャンプを出発して、タヒ(モウコノウマ)
水辺あり、山ありの高原地帯に入る。タヒにはなかなか出会えなかったが、
途中では、タルバカン(マーモットの仲間)やキツネ、あるいは可憐なナデ
シコ科の仲間の草花を楽しみながらのドライブになる。
水辺に建つ遊牧民のゲルに立ち寄る。真新しいゲルの1つは、生後6か月
の赤ちゃんを持つ新婚夫婦で、快くゲル内を見せてくれた。ゲルの天井には
幸せを呼ぶといわれる「馬頭琴」が飾られ、テレビ(太陽光発電)、食器戸
棚など現代的でこぎれいなゲル生活をしているようだった(写真17)。ゲル
の外には車やバイクがあり、馬も飼育している。結婚祝いに両方の親から分
けてもらった計100頭の羊を500頭に増やすのが当面の目標である。ただ近年
は、川の水量が毎年少なくなってきているという。子育てにも熱心で、遊牧
民の子どもたちの多くは街に出て寄宿舎に入って学校に通うとのこと。そし
─────────
7 今年のモンゴルは例年になく雨の多い年になっているという。昨年の同じころ、メンバ
の一人(大江)がこの近くに来ているが、一面茶色の草原であったが、今年は草原はま
だ緑色であった。
8 シマウマなどを除き、真に野生の馬は、この地からも絶滅したが、オランダなどの動物
園にいたタヒ(モウコノウマ、モンゴルではタヒと呼ぶ、英名 Prezewalski’
s Wild Horse)
を戻してもらい、ホスタイの保護区で増やして、現在300頭を超える数になっていると
いう。
モンゴル調査日誌
写真17
145
写真18
て子供を大学に入れることが親の希望だという。
数時間走って、ようやく小高い丘陵に囲まれたタヒの生息地に辿り着いた。
遠くの山腹に数頭の群れが見え隠れしていたが、麓の方にいる群れも見える
ようになり、引き上げようとした時に、水辺から戻る仔馬ずれの親子をかな
り近くで見ることができた。旅行案内書にある通り、たてがみと尻尾と足首
が黒く、体は薄茶色ですぐに識別できる。その野生の美に感激しながら、タ
ヒに別れを告げた(写真18)。
ウランバートルに戻り、(独)国際協力機構(JICA)モンゴル・オフィスを
訪問する。企画調査員の荒井順一氏から JICA のモンゴルでの取り組み、環
境関連の支援プロジェクトについての話を伺う。JICA は、多方面にわたる
開発調査、技術協力、有償および無償の資金協力、草の根の技術協力などを
地道に行ってきている。荒井氏は次のプロジェクトについて説明してくれた
(詳細は、JICA ホームページにも掲載されている)。
(1)ウランバートル(UB)市における廃棄物管理能力強化
モンゴルの人口の約4割(110万人)が集中する UB では、人口の急増と共
に、市場経済への移行と消費生活の変化に伴い、排出されるごみ量が増加し、
廃棄物問題が深刻化している。JICA は、2004年から UB 市の「廃棄物管理
計画調査」、「廃棄物管理改善計画」による最終処分場の建設、ゴミ収集車な
どの機材投入、そして2012年9月に終了する「管理能力強化」の3カ年プロ
146
ジェクトでは、廃棄物管理の組織、システムの構築、人材育成、コンセプト
(3Rの定着)などソフト面での取り組みを行ってきた。組織やシステムの
強化はなかなか進まないが3R面では着実に成果を上げつつある。
(2)UB 市における大気汚染対策能力の強化
UB 市の大気汚染、特に冬季のそれは凄まじい。市内に電力と温水を供
給する3つの石炭火力発電所、約2
00カ所の中規模熱供給用小型ボイラ設備
(Heat Only Boiler)、約1,
000カ所の事業用小型ボイラー(Coal Fired Water
Heater)、その他約1
4万世帯といわれるゲル地区における家庭用暖房用の石
炭燃焼により特に浮遊粒子状物質による大気汚染が著しい。そこに、急速に
普及している自動車の排気ガスによる汚染が加わり、健康被害が懸念されて
いる。
JICA は、大気汚染対策に関わる人材育成と行政能力の強化に関する支援
を行ってきた。例えば、汚染発生源の調査・解析と大気環境評価能力の構築、
ボイラーの排ガス測定、汚染源に対する行政の規制能力強化に向けた取り組
みなどである。
(3)UB 市交通渋滞対策
都市化と同時に車両台数が急増しているが、道路整備・維持管理が追い付
かず、UB 市の道路交通事情は悪化の一途をたどっている。特に、同市は鉄
道により南部の工業地帯、北部の官公庁街・商業地域に分断されているが、
この2つの地域を結ぶ既存の高架橋は劣化・老朽化が激しく、慢性的な交通
渋滞が生じている。そのため、無償資金協力で南北を結ぶ新たな高架橋を建
設していて、秋には完成する。また、新たな国際空港の建設にも協力してい
る。
(4)そのほか、上下水道に関する調査、ダルハンにおける給水システム改
善協力、CCT(Clean Coal Technology)のモンゴルでの利用可能性、公務員
の人材育成などの支援に関わる説明を伺った。
モンゴル調査日誌
147
日本大使館訪問(最終日)
日本大使館を訪問し、経済班の大津清子1等書記官、枝村暢久2等書記官
よりモンゴルの社会経済の概況と日蒙関係についての説明を受けた。
大津氏によれば、日蒙関係は実質的には、1990年ごろから始まり、モンゴ
ルの民主化と市場経済化を支援してきた。今後は、無償資金協力を卒業し、
互恵化を進めていく時期であり、戦略的パートナシップへとシフトしている。
戦略的とは、経済的、互恵的関係の樹立を言う。民間の経済交流の拡大が重
要であるが、カントリー・リスクが支障になっている。このリスクをいかに
少なくするかが課題であり、そのうえで日本企業が進出しやすいように友好
的関係を築いていく必要があるという。リスクには、法律が、政治情勢から、
朝礼暮改的にすぐ変わり、大企業はともかくも、中小企業は対応しきれない
こと、それと内陸国モンゴルは、ロシアと中国の両方とうまくやらねばなら
ない点があるという。
日本企業が中国やロシアなどの他の外国企業に比べて、現時点でモンゴル
進出に控えめなのは、日本とそうした国々とのビジネスの土俵のギャップや
ビジネス観の違いからくるのではないかとみていた。
また、JETRO はモンゴルに事務所を置いていないが、その点について、
大津氏は、JICA が経済領域も兼ねていること、JETRO が目下内部改革中で
あることを指摘したうえで、JETRO 内でもモンゴルに対する注目度は上
がっているという。しかし、経済成長率が高くても、モンゴルの市場規模の
小さいこと、人件費が急速に上がっ
てきているなどの懸念材料も指摘し
た(写真19)。
今回のモンゴルの旅の締めくく
りは、ザハ(市場)になった。ザハ
には肉・魚、野菜・果物、スパイス
・岩塩などあらゆる食品が売られて
いる建物である。ウランバートルの
写真19
148
台所見物を楽しんだ。午後、チンギスハーン空港へ。そして、一同無事に、
Mongolian Air lain MR7011 にて早朝の羽田に到着した。
執筆者紹介(掲載順)
小林 煕直 亜細亜大学アジア研究所教授
大和谷久次 世界政経調査会研究部長兼上席研究員
鈴木 亨尚 亜細亜大学非常勤講師
関上 哲 富士見丘学園参事
ジャムスランジャワ・バーサンフー 亜細亜大学アジア研究所嘱託研究員
大江 宏 亜細亜大学経営学部教授
(アジア研究所・アジア研究シリーズ83)
アジア諸国にみる環境型社会
2013年3月15日 発行
編集者 亜細亜大学アジア研究所
発行者 〒180-8629 東京都武蔵野市境5-24-10 0422(54)
3111
e-mail:[email protected]
印刷所 松井ピ・テ・オ・印刷
〒321-0904 栃木県宇都宮市陽東5-9-21 028(662)
2511
IAS Asian Research Paper No.83
The Institute for Asian Studies
ASIA UNIVERSITY
TOKYO JAPAN