11.道徳(モラル)について考えよう

9章
社会・文化
TFU リエゾンゼミ・ナビ 『学びとの出会い』
11.道徳(モラル)について考えよう
2011 年 3 月 11 日に東日本大震災が起きました。そして、大災害に見
舞われながら、略奪などの混乱が起きず、助け合っていることについて、
外国のメディアは日本人の驚嘆すべきモラルとして報じました。
また、幕末の日本を訪れた外国人は、日本人のモラル(礼儀正しさ、
勤勉さ、親切、誠実さ、清潔さなど)に驚いたといいます。
「モラル(moral)」は「道徳」の訳ですが、今はカタカナ語として、
ルールも含めたより広い意味で用いられることが多くなっています。こ
こでは、「道徳」として考えてみます。
1
学生関与理論
山田礼子「学生の情緒的側
面の充実と教育成果-
CSS と JCSS の分析結果
から-」、広島大学高等教
育開発センター大学論集、
40、188-189、2009、野田
文香「アウトカム評価とし
てのインスティテューシ
ョナル・リサーチ機能」、
立命館高等教育研究、9、
125-140、2009 を参照。
課外活動
テキスト 2 章 9 節「課外
活動に参加しよう」参照
道徳の意味
国語辞書で「道徳」を調べると、次のようにあります。
「①人々が、善悪をわきまえて正しい行為をなすために、守り従わなけ
ればならない規範の総体。外面的・物理的強制を伴う法律と異なり、自
ボランティア活動
テキスト2章 10 節「ボラ
ンティア活動に参加しよ
う」参照
発的に正しい行為へと促す内面的原理として働く。②(道と徳を説くこ
とから)老子の学。
」
(デジタル大辞泉)
つまり、第一に、道徳は善悪の判断を与えるものです。第二に、道徳
は規範です。第三に、道徳は内面的原理です。第四に、正しい行為へと
とうや
促す、つまり人格の陶冶をもたらすものです。また、老子によれば、道
徳を支えているのは“道”と“徳”ということになります。
〔1〕善悪の判断としての道徳
善とは何か、悪とは何か。これも大問題です。
ギリシャ哲学では、プラトンによって、相対的な善を越えた絶対的な
善の存在(イデア)が論じられます注1)。また、人は自分の心の中の悪の
問題にも悩み、善悪を越えた慈悲や愛が説かれるようになります。
よ
しか
他方、中国の老子は、
「上善は水の如し。水は善く万物を利して而も争
にく
お
注2)
わず。衆人の悪む所に拠る。故に道に近し」といいます
。つまり、水
のように他を生かすことが最高の善と説かれています。
他に、小善、独善、偽善などの言葉もあります。
「小善は大悪に似たり、
-1-
オフィス・アワー
曜日・時間については、ユ
ニバーサル・パスポートで
確認するか、各教員に確認
してください。
ユニバーサル・パスポート
テキスト 1 章 6 節「ユニ
バーサル・パスポートを活
用しよう」参照
サービス・ラーニング
教室での学習とボランテ
ィア活動を組み合わせた
教授・学習法。本学は平成
5 年度に日本の大学で初
めてボランティア活動に
注1)
対する単位認定を行った。
藤沢令夫『プラトンの哲
学』岩波新書,1998
美術工芸館
テキスト
注2) 9 章 3 節「芹澤
銈介美術工芸館に行って
小川環樹訳『老子』中公文
みよう」参照
庫,1997
大善は非情に似たり」といわれるように、これらは善のように見えても、
実は悪につながるものでしょう。
そうすると、道徳は他を生かすことにあると考えられるでしょう。
〔2〕規範としての道徳
規範とは、行動や判断の基準、手本のことです。
では、規範はどこからくるのでしょうか。
古代インドでは、ダルマ(法)思想があります。ダルマ(法)とは、
宇宙の原理と秩序に基づく正しい生き方のことです
注3)
。なかでも、『マ
ヌ法典』が有名です注4)。自分の運命を悪くする行為として、心による三
種の行為(「他の財産をむやみに欲しがる」「善くないことを心に思う」
「誤った考え方に夢中になる」
)
、言葉による四種の行為(罵言、虚言、
むやみやたらな中傷、無駄なおしゃべり)、身体による三種の行為(与え
注3)
まこと
のり
校歌の「 真 と法をひたす
ら求め」の“法”とはダル
マのこと。
注4)
渡瀬信之訳『マヌ法典』中
公文庫,1991
られないものを取ること、規定にない殺生をすること、他人の妻と交わ
ること)を挙げています。また、至福をもたらす最高の行為として、ヴ
ふせっしょう
ェーダ(聖典)注5)の復唱、苦行、知識、感官の制御、不殺生、師への
服従を挙げています。
他方、西洋では、法神授思想があります。神が絶対の規範を授けたと
いうものです。旧約聖書の『十戒』や『ハムラビ法典』が有名です。
『十
注5)
ヴェーダは、古代インドで
は、ウパニシャッドととも
に、天啓聖典とされる。
「ヴ
ェーダ」とは「知識」の意、
「ウパニシャッド」とは
「近くに坐す」の意で、
「奥
義書」と訳される。
戒』では、人と人との関係について第 5~第 10 戒(父母を敬うこと、殺
人・姦淫・盗み・偽証・貪りに対する戒め)が示されています注6)。
いずれにしても、道徳は、本来、普遍的な原理に基づくものと考えら
れます。
注6)
日本聖書教会『聖書』
(出
エジプト記:20 章 3-17)
〔3〕内面的な原理としての道徳
トマジウスは、法の外面性と道徳の内面性を提起しました。さらに、
カントは、合法性と道徳性を区別し、道徳では動機が問題とされること
クリスティアン・トマジウス
(1655-1728)
ドイツの哲学者、法学者。
ドイツ啓蒙主義の父。
を示しました。例えば、同じ寄付するという行為でも、見返りや果報を
求めて寄付していたものが、見返りや果報を期待することなく真心で寄
付するようになったとすれば、道徳性は高まったと考えられます。また、
金銭的に余裕があるときにしか寄付していなかったものが、困っている
人の気持を推し量って自分の飲食代を少し削ってでも寄付するようにな
ったとすれば、道徳性は高まったと考えられます注7)。
このように、道徳は外的な状況に左右されない内面的なものと考えら
うら
もっ
れます。老子の言葉「怨みに報ゆるに徳を以てす」にもみてとれます注2)。
-2-
イマヌエル・カント
(1724-1804)
ドイツの哲学者。ドイツ観
念論哲学の祖。
注7)
映画『シンドラーのリス
ト』も参考。金儲けしか考
えなかったシンドラーが、
ユダヤ人を虐殺から助け
るために身の危険も顧み
ず尽力するようになる。
〔4〕人格の陶冶を促す道徳
陶冶とは、人の性質や能力を円満に育てあげることです(デジタル大
辞泉)
。道徳は、善悪の判断、規範、内面的な原理を育て、正しい行為を
促すので、人格の陶冶を促すともいえます。
古代インドでは人生の完成をめざすことが望まれました。
『バガヴァッ
ド・ギーター』では、そのための精神的生活習慣として、身体の苦行(主、
神々、師、知者への崇拝、父母や目上の人を敬うこと、清潔、廉直、禁
欲、非暴力)
、言葉の苦行(誠実で他を不安にさせず、真実で好ましく有
どくじゅ
益で、聖典を読誦常修する)
、心の苦行(心の平安、温和、沈黙、自己支
配とその浄化)が挙げられています注8)。また、『ヨーガ・スートラ』で
は、修行の第一段階として禁戒(非暴力、正直、不盗、禁欲、不貪)が
どくじゅ
挙げられ、第二段階として勧戒(清浄、知足、苦行、読誦、祈り)が挙
じょうどう
はっしょうどう
げられています注9)。釈迦は、成 道 の基礎として、八 正 道(正見、正思、
しょうじょう
正語、正業、正命、正精進、正念、 正 定 )を説きました注 10)。
古代ギリシャでは、ソクラテスが、徳として、魂をより善くするよう
に配慮すること(魂の配慮)を挙げています注 11)。
タオ
中国の老子は、道の存在とその働きである徳について説いています注2)。
道は、天地以前に存在し、隠れていて名前はなく、見ることも、聞くこ
とも、触れることもできないが、いつも存在しているといいます。道が
万物を生み出し、徳が万物を養うといいます。そして、道を学んで、陰
注8)
堀田和成『クリシュナ バ
ガヴァット・ギーター』
(全
4 巻)
法輪出版,1997-2002
注9)
中村元『ヨーガとサーンキ
ヤの思想-インド六派哲
学Ⅰ』(中村元選集決定版
第 24 巻)春秋社,1996
注 10)
堀田和成『八正道のここ
ろ』法輪出版,1988
注 11)
プラトン(久保勉訳)『ソ
クラテスの弁明・クリト
ン』岩波文庫,1964
徳を積み、道と一つになる生き方を説いています。しかも、徳を為して
も徳と意識しない上徳と、徳を為したと意識する下徳があるといいます。
つまり、道徳は、人に知られないように行い、しかも自負心や自己満足
を持たないことが肝要となるでしょう。
このように、道徳は人格の陶冶を促すと考えられるでしょう。
2
道徳性の発達
コールバーグは、児童期から成人期に至るまでの道徳性の発達を調べ
ました。そして、3つの水準6段階に分けてとらえました(表1)注 12)。
道徳性の発達においては、役割取得(role-taking)の能力が重要と考え
られています。つまり、他者の立場になって気持を考え、他者の気持ち
を大切にする能力です。そこで、役割取得を自覚して行い、その能力を
伸ばすことが望まれます。
-3-
ローレンス・コールバーグ
(1927-1987)
アメリカの心理学者、道徳
性発達理論の提唱者。
注 12)
原田唯司「青年の社会的発
達」 久世敏雄編『青年の
心理を探る』福村出版,
1989,85-116
表1
水準
段階
例:ボランティア活動、授業中の私語を慎む
やるように言われたから
従順と罰への志向
うるさくすると怒られるから
前慣習
的水準
道徳性の発達
自分も困ったときに助けてもらいたいから
素朴な自己中心的志向
人から感謝の言葉を言われたいから
うるさくしなければ単位がもらえるから
慣習的
水準
人からよくやっていると認められるから
よい子への志向
いい学生と評価されるから
権威と社会秩序の維持へ 社会の一員として当然のことだから
の志向
後慣習
授業を妨害しないことは規則だから
困っている人は助けられるべきだから
契約的遵法的志向
多くの人にとってよいこととみんなで決めたことだから
水準・
原理的
水準
世話になって生きてきたので返すのは当然だから
良心または原理への志向
まわりの人に嫌な思いをさせるのは心が痛むから
他の幸せやみんなにとっての幸せを考えることは人として
大切なことだから
出典)水準と段階は原田(1989)
3
ガンジーとマザー・テレサに学ぶ道徳
「最高の道徳とは、不断に他人への奉仕、人類への愛のために働くこ
とである」(ガンジー)といわれます。また、道徳は手本ともいいます。
そこで、最高の道徳を表したと認められるガンジーとマザー・テレサを
へんりん
手本として、道徳についてその片鱗を学びたいと思います。
〔1〕非暴力、信念、自己浄化、忍耐
ガンジーは、インド独立の父として有名です。憎しみと暴力の連鎖に
対して、非暴力・不服従運動を提唱し、イギリスからの独立運動を行い
ました。非暴力・不服従運動は、暴力で向かってくるイギリス兵に対し
て、自分の中の臆病や不安を克服し、反撃も逃げもしないというもので
す。ガンジーは「非暴力を行うには、大きな勇気がいる」と述べていま
す。
ガンジーの非暴力運動を支えたものは何でしょうか。
-4-
マハトマ・ガンジー
(1869-1948)
ガンジー(蝋山芳郎訳)
『ガ
ンジー自伝』中公文庫,
1983;松本徳松『ガンジ
ー』旺文社文庫,1966;
DVD『ガンジー』などを
参照。
マザー・テレサ
(1910-1997)
沖守弘『マザー・テレサ
あふれる愛』講談社文庫,
1984;ホセルイス・ゴオ
ザレス・バラド編(渡辺和
子訳)
『マザー・テレサ 愛
と祈りのことば』PHP 文
庫,2000;DVD『マザー・
テレサ』などを参照。
「私は失望したとき、歴史全体を通していつも真理と愛が勝利したこ
さつりくしゃ
とを思い出す。暴君や殺戮者はそのときには無敵に見えるが、最終的に
は滅びてしまう。どんなときも、私はそれを思うのだ」と述べています。
つまり、真理と愛についての強い信念が非暴力運動を支えていました注 13)。 注
学習を深める引用
13)
・参考文
また「あらゆる生命を持つものを同一視することは、自己浄化なしに
は不可能である。自己浄化なしに守られた不殺生の法則は、虚しい夢に
とどまってしまわなければならない」注
14)「内なる精神が変わらない限
り、外界の事象を変えることはできません」とも述べています。そして、
ガンジーは、本当の敵は心の中にあり、自分の心の中の悪と戦うことを
説いています。自己浄化・内なる精神を変えることが非暴力運動を支え
てもいました。
さらに「善きことはカタツムリの速度で動く」
「冷静に耐えよ。忍耐こ
そ、不屈の精神である」といいます。ガンジーはたびたび投獄されまし
た。それだけでなく、インド独立を性急に求めて暴力に訴えかける人た
ちにも対さなければなりませんでした。それでも、非暴力運動を続け、
インド独立を成しとげたのは、大きな忍耐があったからと思われます。
〔2〕謙虚、誠実、博愛
マザー・テレサは、カトリック教会の修道女であり、インドのカルカ
ッタにおいて、
「死を待つ人々の家」を始めとするホスピスや児童養護施
設を作り、もっとも貧しい人々のための慈善活動を献身的に行いました。
1979 年にノーベル平和賞を受け、賞金は貧しい人のために使いました。
マザー・テレサの活動を支えたものはイエス・キリストへの愛と信仰
ですが、参考になるものをみていきたいと思います。
マザー・テレサは「私は、神の手の内にある小さな鉛筆にすぎない」
といいます。そして、
「主よ、私をあなたの平和の道具としてお使いくだ
さい」と祈りを捧げていました。謙虚さを教えられます。
また、
「大切なのは、どれだけたくさんのことをしたかではなく、どれ
だけ心を込めたかです」
「身近な小さなことに誠実になり、親切になりな
さい。その中にこそ私たちの力が発揮されるのですから」といいます。
誠実さを学びたいと思います。
また、「貧しい人々を愛すること、その人々に奉仕するということは、
私たちの残り物、または私たちの嫌いな物を彼らに与えることとは違い
ます。流行遅れになった、または飽きてしまったが故に、自分では着な
くなった衣服を与えることでもないのです。そんなことで、貧しい人々
-5-
非暴力運動はインドの宗
献
●秋庭道博『
教上の戒めであるアヒン
「質問力」で
仕事は9割うまくいく』学
サー(非暴力・不殺生)に
研、2010 ガンジーは、愛
由来する。
●箱田忠明『できる人の聞
読し実践に努めていた
『バ
き方・質問の仕方』西東社、
ガヴァッド・ギーター』
に
2011
強く影響を受け、
アヒンサ
●野口吉昭
『コンサルタン
ーを
「害をなさないという
トの「質問力」
』PHP ビジ
単なる消極的な状態では
ネス新書、2008
なく、
愛するという積極的
●齋藤孝『質問力 話し上
な状態」としてとらえた。
手はここが違う』ちくま文
庫、2006
注
14)
●谷原誠『人を動かす質問
自己浄化と他への奉仕の
ジョー・ジラード
力』角川 one テーマ 21、
どちらも必要不可欠とい
(1928-)
2009
う姿勢は、
本学の教育の理
ギネスブックに
12 に重な
年連続
念
「自利利他円満」
で「世界 No.1 のセールス
る。
マン」として認定。「成功
へのエレベーターは故障
中! 階段を使うしかあ
りません…一段、一段、上
へと」などの名言がある。
の貧しさを分かち合っているといえるでしょうか。とんでもないことで
す」
「真の愛は痛みを生む原因となります。イエスは、ご自分の愛の証と
して十字架上で死なれました。母親も、一人の子どもを産むためには、
苦しまなければなりません。もしあなた方が本当に互いに愛し合ってい
いと
るなら、犠牲を厭うことはできないはずです」といいます。博愛につい
て考えさせられます。
藤原正彦『国家の品格』
道徳にはどんなものがあ
で紹介され、有名にな
るかな?
った会津藩の「 什 の
じゅう
掟」もあるね。
新渡戸稲造が日本人の精
『南総里見八犬
神性を著した『武士道』は、
伝』には、仁・義・
世界的なベストセラーに
礼・智・忠・信・
なったわ。武士道をテーマ
孝・悌の8つの玉
にした映画『ラストサムラ
が出ていたよ。ワ
イ』も感動したわ。
クワクしたなあ。
清水次郎長親分の
仁義、『男はつらい
よ』寅さんの人情、
『ワンピース』の強
い信念と仲間の絆
…、教育の理念の中
の「利他」の心!
什の掟(会津藩の子どもの心得)
一
年長者の言うことに背いてはなりませぬ
五 弱い者をいぢめてはなりませぬ
二
年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
六 戸外で物を食べてはなりませぬ
三
虚言をいうことはなりませぬ
七 戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
四
卑怯な振舞をしてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです
-6-