命あるものを無条件で 大切にする心を育てる 東京都千代田区立九段小学校教諭 杉本 謙 指導の工夫 ①資料に現実感をもたせる工夫 ターたちの活動を知らせることで︑資料の ・ V T R を 用 い︑ 現 実 に 行 わ れ て い る シ ス 読みを深める︒ ②話合いを効果的に行う工夫 心情を正確にとらえることで︑次時の発問 ・二時間扱いの授業とし︑一時間目の児童の 内容を精選し︑話合いの焦点化を図る︒ ・﹁〜さんの発言についてどう思うか﹂など ・座席を円形にし︑互いの顔を見合えるよう 児童の発言と発言をつなげる言葉かけを工 資 料 名﹁ き せ き の 生 か ん の か げ に ﹂ ︶ で は︑ にする︒時にグループでの話合いもできる 資料の概要 夫する︒ ミニヤ・コンカ山で遭難した松田さんの生還 ようにする︒ 第 一 次 九 月 第 四 週︵ 主 題 名﹁ 大 切 な 命 ﹂ 道徳教育の基盤は︑生命尊重であると言え さと一つの命を救うために力を注いだ地元の までの奇跡を通して︑人間が生きることの尊 人たちの熱い思いを理解し︑自他の生命︵存 切にしようとする心であると考える︒この生 命尊重の心を育てていくためには︑ 意志を受け継いだ人々の献身的な活動を描い 本資料は︑マザー・テレサの生涯と︑その 在︶を大切にする心情を育てた︒ 第二次十一月第二週︵主題名﹁生きること た内容である︒ ②生命が支え のすばらしさ﹂ 資料名﹁お母さんへの手紙﹂ ︶ マザー・テレサの命あるものを無条件に愛 ①他の生き方から学ぶこと では︑心臓手術を目前に控えた佐江子さんが し︑大切にするという生き方から︑生命を尊 ③生命の誕生に 立ち会うこと お母さんに送った手紙の内容を通して︑自分 めていくことをサポートすることが本時の主 を共にしてくれている人がそばにいることを ができる児童を育てていきたい︒ ぶ心情に触れ︑生命尊重を土台に据えた行動 ●出典 ﹁マザー・テレサ﹂六年︵文溪堂︶ 考え︑自信をもって生きていく心情を育てた︒ いている︒ また︑本時は︑年間計画の第三次に位置付 たるねらいである︒ ④生命の死に立ち会うこと ⑤生命にかかわるけがや病気を経験すること をかけがえのない存在と思い︑喜びや悲しみ られていることを知ること 尊重の心情を自分の中に発見し︑それを見つ などが考えられる︒小学六年生の児童が生命 3 2004/7 ● 34 道徳と特別活動 2 る︒生命尊重とは︑命あるものを無条件で大 はじめに 生命尊重 第6学年 1 徳 道 ● 道徳実践例 4 学習指導案 ○本時のねらい 自他の存在を大切に思い,人の命を大切にするために自分ができることをしよ うとする心情を育てる。 〈3−⑵生命尊重〉 【展 開 例】 段階 学習活動 1.マザー・テレサ のVTRを見る。 主な発問(○)と予想される児童の反応(・) (◎は中心発問) ○ 教師の働きかけ 導入 マザー・テレサは,ノーベル平和賞を受賞しま ・マザー・テレサの写真を掲示 した。マザー・テレサとは,どんな人でしょうか。 し,その人物像について関心 [児童が心の中で気付く。] を向け,動機付けとする。 ・貧しい人を助けてあげた人。 ・VTRを見ることでマザー・ ・小さな命を大切にした人。 テレサについて伝える。 2.資料「マザー・ ○ 5場面のうち,特に心に残ったのはどの場面で テレサ」を聞き, すか。その理由も書きましょう。 話し合いたい場面 ここまでが1時間 を選択する。 ・読み聞かせる前に,心に残っ た場面を後に問うことを予告 しておく。 展開前段 3.資料を振り返る。 ○ 資料の内容を写真を見ながら振り返りましょう。 4.小グループで意 ○ 同じ場面を選んだ人たちは,どんなところが心 ・全体を内容によって5場面に 見を交換し合う。 に残ったのでしょうか。 分け,同じ場面を選んだ人と ・③の場面 今にも死んでしまう子どもの命さえ 小グループを作らせ,意見を 大切にし,愛情を注いでいたところ。 述べ合い,共感を促す。 ・④の場面 怒った人を納得させてしまうシス 5.全体で話し合わ ターたちの姿に感動した。 れたことを交流し ・②の場面 どんな子どもにもほほえみをかけて 合う。 教えるなんて偉いな。 ○ いろいろな意見の中で, 「そうだな,大切なこ ・出された意見を次の観点で分 とだな」と思ったことを紹介してください。 類し板書することで,テレサ ・どんな人にも心から優しくすることが大切だと の人々への思いに気付くよう 思った。 にする。 ・弱い人や見捨てられている人を助けることが大 ○生命の尊重 ○思いやり 切だと思った。 ○奉仕 ○夢や願い ・すべての命は大切にされなくてはいけないと 思った。 ◎ マザー・テレサは,死にかけた人の手を握り, ・写真を提示し,スタディー 何と言っていると思いますか。 シートの吹き出しに言葉を書 ・もう心配はいりませんよ。 き込むことでテレサの思いに ・あなたは,わたしにとって大切な人よ。 触れる。 展開後段 終末 6.自分たちの生活 に置き換え,でき ることを考える。 ○ あなたは,人の命を大切にしていますか。人の 命を大切にするために何ができるでしょうか。 ・寂しそうにしている人に,温かい言葉をかけた い。 ・友達と遊んでいない人を誘って遊びたい。 ・世界の困っている人に募金をしたい。 7.教師の体験談を 聞く。 ○ マザー・テレサの言葉「与えるよりも多くのも のを受けている」を引用した話をする。 ・日本で講演したテレサの言葉 「食べ物がない,住むところ がないということよりもっと つらいことは,人に必要とさ れない,人に相手にされない という孤独感です。」を引用 し,身の回りにも貧しい人が いることを伝える。 ○本時の評価 ・人を愛するマザー・テレサや修道女の思いに触れることができたか。(発言の内容) ・人の命を大切にするために何ができるかを考えることができたか。 (スタディーシート) 35 ● 道徳と特別活動 2004/7 授業の記録 C C C そうですね︒人の命を大切にするために ユニセフなどに募金をしたいと思います︒ 友達の話を聞いてあげたいです︒ 仲間はずれにしないようにしたいです︒ いろいろなことができるのですね︒ T 安心してゆっくり休んでください︒ と 言 い︑ ﹁ 死 ぬ 前 に︑ 話 を 聞 い て ほ し い︒ て き ま し た︒ そ の 人 は︑ ﹁ 自 殺 を し た い︒﹂ た︒十五年ぶりにある人から電話がかかっ T ︵教師の説話︶先週の日曜日のことでし わたしも神もあなたのことを見放しませ ところで︑あなたは︑人の命を大切にし いの人と二人で︑その方と話していると︑ て話すことを勧めました︒わたしと知り合 い︒ ﹂と付け加えました︒ 何とか話をし︑ 会っ そ し て︑ 死 ん だ 後 に み ん な に 話 し て ほ し ていますか︒人の命を大切にするために周 ん︒ ここがあなたの家ですよ︒ もう心配はいりませんよ︒ 握り︑何と言っていると思いますか︒ マザー・テレサは︑死にかけた人の手を ︿本時の指導・中心発問以降﹀ T C C C C T り の 人 へ 何 が で き る で し ょ う か︒ ス タ 緊張した顔が︑次第にほぐれてきました︒ る か と 思 っ た よ︒﹂ と 口 々 に 言 い の 人 は︑ ほ っ と し︑﹁ ど う な す︒でも︑その人の命は守られ 一時間目を終えた後の教師のメモ ディーシートに書いてみましょう︒ 最後にその人は﹁自殺をする の は や め ま す︒﹂ と 言 っ て 帰 っ 日本の人たちに向かって次のようなことを いました︒ ていきました︒わたしと知り合 話 し ま し た︒ ﹁ 食 べ 物 が な い︑ 住 む と こ ろ わたしがしたことは︑時間を さて︑みなさんは︑人の命を大切にする ました︒みなさんは︑何ができ 作り︑話を聞いてあげただけで た め に 周 り の 人 へ 何 が で き る で し ょ う か︒ るでしょうか︒ います︒ 友達が一人でいたら︑声をかけたいと思 書いて︑発表してください︒ という孤独感です︒ ﹂ 人に必要とされない︑人に相手にされない がないということよりもっとつらいことは︑ マザー・テレサは︑日本に訪れたときに︑ できない︒ ︶ C︵半数近くの児童が︑なかなか書くことが T C ▼ 2004/7 ● 36 道徳と特別活動 5 ▲円形の座席で意見を聞く児童 ● 道徳実践例 察 子どもたちとの感動を大切にした資料の活用 ◆計画的,重点的な年間指導計画の作成 本授業では,生命尊重を取り扱う年間計画 くむという視点から,資料と出合ったときの 子どもたちの感想や感動を大切にする活用方 上で第3次になるということである。第1次 では 「自他の生命を大切にする心情を育てる」 ことをねらい, 第2次では「強く生きていく」 視点からの生命尊重を学ばせている。そして, 第3次の本時では「無条件の愛」を基盤にし た生命を尊重する心情に触れ, 「生命尊重を 土台に据えた行動のできる児童」の育成を 願って授業が展開されている。 年間指導計画では指導内容が複数用意され ていることが一般的であり,1内容3主題と いうことも少なくない。こうした場合大切な ことは,複数扱いの主題において,計画的, 重点的指導が意図的に設定されているかとい うことである。質的な深まりをもたせること や,考え方や感じ方が広がっていくような展 開への配慮がなされているかどうかというこ とである。本授業では,第1次から第3次に 向けての展開が丁寧に押さえられている。年 間指導計画を作成する上で参考にしたい事例 法で授業を展開していく方法が多く試みられ るようになってきている。 感動を与える資料を開発,発掘するという ことは簡単なことではないが,本時で取り扱 われた「マザーテレサ」は,子どもたちの心 に響くという意味で適切な資料であり,必ず 子どもたちに出合わせたい資料である。 本時では本資料を活用して,複数時間で取 り扱おうと試みている。こうした1主題を複 数時間で取り扱うときに留意したいことは, 1時間目で子どもたちの受けた感動を,いか にして翌週の道徳の時間まで継続させるかと いうことである。1時間目が「読書」におけ る道徳教育 (読んで感想を発表するに留まる) にならないよう,2時間目の学習過程を適切 に意図的,計画的に構想しておくことが必要 である。ただ単に資料が長いからというよう な理由付けで安易に複数時間の扱いにしては ならない。本授業を参考に,よりよい「心に である。 ◆子どもの感動を大切にした授業の展開 心に響く道徳授業を通して豊かな心をはぐ 響く」感動を大切にした授業を積み重ねてほ しいと願っている。 (本誌編集委員会) 37 ● 道徳と特別活動 2004/7 まとめ ﹁マザー・テレサ﹂を通した授業実践は︑多 その中で︑あえて﹁生命の尊重﹂の指導の最 く 行 わ れ 積 み 上 げ ら れ て い る と こ ろ で あ る︒ 後に位置付けたのは︑単にテレサの表面上の も大切にした姿勢が現在の日本人に必要であ 行為がすばらしいだけではなく︑人の内面を ると思ったからだ︒一時間目のほとんどが︑ ビデオ鑑賞に割かれたが︑児童たちは食い入 したときの児童は真剣そのものだった︒遠い るように見入っていた︒価値あるものに直面 インドのこととわが日本のことをどう結びつ けていくか苦労したが︑テレサの幾冊かの本 本授業では︑テレサの行為に目を留めるこ の中に答えを見つけることができた︒ とから出発し︑テレサの言葉かけの内容から テレサの行為の源泉である信念に目を向けさ せた︒さらに︑テレサからの問いかけに対す る応答という形へと発展させた︒児童の中に は︑テレサの思いをくみ取り︑卒業文集に自 らの気持ちを書いた児童もいたが︑遠い国で の出来事︑援助しなくてはいけないという気 持ちでいる児童もいた︒児童が身近な問題と してとらえることのできる展開を一層工夫し ていく必要があることも実感した実践であっ た︒ 考 6
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