Page 1 イギリスにおける 死因究明制度改革 I はじめに 「死亡の証明と

イギリスにおける
死因究明制度改革
宇都木伸
1 はじめに
「死亡の証明と調査の効果的システムは、市民社会の極めて重要な(vita1)
要素です。それは公衆の健康を監視する現代的システムにとって、また犯
罪の疑われる状況や医療過誤その他の欠陥の探索にとって、欠かすことの
できないものであります。この二つの要請に応える単一の、間隙のないシ
ステムを継続することが最善の道であると信じますが、それは個々の死亡
について不審がある場合には、より詳細な調査をなしうるものでなくては
なりません。」(LuceReport)
1.本稿の目的
イギリスは死因究明のシステムとして、13世紀の昔からコロナという専
門の機関を持つ国として知られ、アングロサクソン法系の国々に大きな影
響を与えてきた1)。社会の変化と共に、コロナの制度は変化を遂げてきた
が、とりわけ21世紀に入ってからは大幅な改革が求められており、2010年
現在でも未だに制度改革作業の最中にある。
我が国においても、近年、死因究明の制度の構築が緊急の課題とされて
いるところから2)、イギリスにおける論議と動きとは参考に値すると考え
1)しかも他のコロナシステムを備える国々に比して、コロナヘの送致数、解剖数、そして審
間数も断然頻度が高いという。しかし、この事実に自己満足していたイギリスは、他国が各
自なりの改革を進めてきた中で、完全に劣後してしまったようである(LuceReport,p19)。
2)2009年度日本医事法学会シンポジウムのテーマは、死因究明制度であった(年報医事法学
第25巻(近刊)参照。各党法案などについて同書参照
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東海法科大学院論集 第2号(2010年3月)
られる。著者の本来の関心はイギリスの制度の変化の動因と過程の解析に
あるが、それは続稿にゆずることとし、本稿では現在のイギリスで想定さ
れている変化の方向と、論点との検討を取りいそぎ紹介しておきたい(第
2章)。
但し、「コロナシステムのごく初期には、コロナ審間は多くの場合に死
亡に関する法的調査の唯一の形であった。しかし現代では全く事情が異な
る。今日審問の対象として取り扱われる死亡事例の大部分は、他の形の調
査の対象にもなっている。」(Luce Report,pll1)。このことを裏返すと、
死因究明の意昧が大きく変化してきている現代においては、コロナ制度に
期待される役割もまた変化してきていることを意味する。ここに問題の難
しさがある。
2.本稿の資料について
改革案紹介の基軸を、2004年に公表された内務省のポジションペーパ
「コロナと死亡証明サービスを改革する」(以下、ポジションペーパと称し、
PPと略記する〉3)におくこととする。その意味するところは、次のよう
である。
1)このポジションペーパの由来
続稿で詳論するが、このポジションペーパが生まれた直接的契機4)と
しては、信じがたいほど奇怪な事件があった。
A l998年にShipmanというGP(一般開業医5))が、81歳の患者女を、
その自宅でモルヒネを多量投与し死に至らしめたと疑われ、逮捕された。
捜査を開始すると同種の余罪が次々と発覚し、Shipmanは15件の同種の殺
人の罪で起訴され、2000年1月31日終身刑の判決を受けた(彼は2004年に
3)Home Officel Reforming the Coroner an(1Death Certification Service−A Position Paper,
March2004,Cm6159.
4)それ以前にも主として留置場内、刑務所内の死に関連して少なからざる紛争があり、コロ
ナシステムの改革を求める運動はあった。たとえば、Ryan,Mick:Lobbyingfrombelow−
INQUEST血(lefence ofcivil hberties,Davi(1J.Whi枕acker1995,Rep血電e(12004by Routledge.
5)イギリスでは国民全員が毎年、特定のGeneral Prac丘tionerに「登録」をし、これに一年間
の家庭医機能を委託する。むろん毎年同一のGPに登録し続けるのが通例である。
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イギリスにおける死因究明制度改革
刑務所内で緯死している)。これだけでも、医師への国民の信頼を揺るが
す大事件であろう。しかし、捜査の過程で明らかとなった同種被害は、24
年ほどの間に500人にも上ることとなったにもかかわらず、コロナの調査
対象となった事例は2例でしかなくしかもそれらは間題なしとされて終わ
ってしまっていた。「現行システムは、社会の保護に失敗している。」と言
わざるを得ない。こうして、イギリスのコロナ制度から始まり、死亡登録・
埋火葬制度、医師の資格・自律の制度6)、薬剤の管理の制度などの諸制度
が、実質的に何らチェック機能を果たしていなかった、という大きな反省
を迫られることとなった7)。
B この事件を受けて、内務大臣は、2001年7月にコロナの制度および
死亡登録の制度の全体の見直しと、改善の方策を提案するための委員会を
設置し、2003年4月にその報告書が公表される8)(その委員長名を取って、
LuceReportと呼ばれる)。
C 他方、保健大臣は、Shipman判決の翌日、将来の患者を守るため
に現行システムをいかに変えるべきかをはっきりさせるために私的な調査
を命じたが、患者家族とマスコミの請求を受けて高等法院は保健大臣に再
考を求めた、という。その結果2000年9月に調査審判所(証拠)法19219)
に基づく公開調査がなされることとされ、国会の認証を経て、DameJanet
6)イギリスでは、開業医の代表や医育機関や学会の代表者からなる医師中央評議会(General
Medical Counci1)に登録を認められることによって、Registered MedicalPrac雌oner(登録
医)と称することができる。これが我が国に言う免許にほぼ相当し、これを得ることによっ
てNHSなどの公的な医療活動が認められる。このGMCは内部の専門行為委員会(ProfessionaI
Conduct Committee)等の自律のための機関を備え、資格の管理を行っている。薬剤師なども
同様であり、Shipmanに多量のモルヒネを調剤した薬剤師AHttは、その行為の適正さにつき
薬剤師評議会の審理を受けたが、非行はなかったと認定されている。
7)近年になって死因究明の制度の改革を促した事件としては、Shipman事件の他にも、大学
病院小児科における長年に亘る死亡率の高さを看過してきたBristol事件、病理解剖後の臓器
の無断・無益の保存事件AlderHey事件、テムズ川における観覧船の沈没死亡事故の後処理が
紛糾したMarchioness事件、欧州人権条約が要請する国民の生命を保護する国家の義務をめ
ぐる争いなど、多種類の事件が背景にある。(宇都木伸「イギリスの死因究明制度から」年報
医事法学25号(2010年〉75−80、同;「死体からの臓器・組織の研究利用」ジュリスト1247号
(2003年)62−69、同;「死体検査の際に採取されたヒト由来物質一イギリスの最近の動向から」
東海法学25号(2002年)239−276、など参照)。
8)Deat血Cert浦cation amd Investigation血Engla皿(1,『Wales and Northem L・elamd−The Report of
a Fundamental Review2003,Cm5831.
9)丁盛bmals ofInquky(Evidence)Act1921.
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SmithDBE高等法院判事による調査TheShipmanInquiryが2001年2月か
ら開始された。この調査班は、2002年7月に第1報告書を公にして以来順
次検討を進め、2005年1月27日第6・最終報告書を公表して解散した。こ
のうち2003年7月14日に公表された第3報告は「死亡証明およびコロナに
よる死亡調査」と銘打たれ、Luce報告とほぼ同じ課題をになうものであ
ったlo)。「Luce氏への付託事項は、Shipman調査の付託事項とダブっては
いたが、同一ではなかった。Luce氏に協力を依頼したところ、氏は2003
年の我々のセミナーにおいて話をし、報告書の草案を読ませてくれて、そ
の報告書において展開するアイデアを、我々の調査班と共有してくれた。
その寛大さに私はとても感謝している。」とSmith女史は報告書(以下、
Shipman皿として引用する。)の序言に述べている。
D ここで基軸に据えるポジションペーパは、「この(上述の二つの報
告の)作業に対する政府の応答であり、制度改革のための我々の提案の概
略を示すものである。どのような変革を導入しようとしているか、そして
数年のうちにどのようなことを成し遂げようとしているかを示すものであ
る。」
これが、本稿がこのポジションペーパを基軸に据えるゆえんである。
2)その後
ただし、2006年6月に憲法事項省および大法官から提案された意見公募
のためのコロナ法草案mは、必ずしもこのポジションペーパに忠実では
なかった。そしてこれに対する各方面からの意見を受けて、少なからざる
修正を施して、2009年1月に政府法案が下院に提出された。しかしそれは、
「コロナーおよび正義法2009」案12)と名付けられており、コロナに関する
規定のほかに、刑事犯罪、刑事証拠・捜査・手続き、宣告、その他の刑事
規定、法律扶助、刑事補償、1998年情報保護法、その他という極めて多様
な162条に上る改正法の一部と位置づけられており、全体が成案に至るの
10)Thir(1Report−Death Cert田cation an(1the Investigation ofDeaths by Coroners,Cm5854.
11)Secretary of State for the Constitutional Affairs and Lord Chancellorl Coroner Reform:The
Govemment’s DraftBin,Jme2006,Cm6849。
12)Coroners an(i Jus廿ce Bill.14January2009,Bi皿9.
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イギリスにおける死因究明制度改革
はかなりの時間を要するのではないかと思われる。
したがって、このポジションペーパに描出されている提案は、一方でそ
の生まれてきた過程の中で、ことに先述の2つの報告における論議を参考
にして、その提案の性格が確認されるべきものであり、他方でまたその後
の法案化の動きの中で、その提案に対する評価と、今後の方向性を見通す
ことが必要とされる。
イギリスの死因究明の制度の基本を形作るコロナにせよ死亡登録にせ
よ、制度自体が我が国にはみられないものであるので、改革の前提として
その大略の説明が必要とされることがあるが、それを承知の人には余計な
ことであろうし、叙述の煩項さを避けるために現行制度の概説は註に落と
すことにする。
皿 ポジションペーパの主要な提案とその意義・問題点
「政府は、コロナシステム13)は残存させはするが改革をし、また死亡証
明のシステム14)の完全なオーバーホールを図る。政府が信ずるところで
は、現存の諸制度を改組して焦点を合わせることによって、死亡証明と死
亡調査が効果的にかつ手頃になされることになろう。」(PR p10Summary
より)。その上でペーパは、この方針を12の具体的目標として表している。
①「残された者」と社会一般の二一ズに応える。②大半の死を迅速に処
理する。③調査を必要とするケースをより効果的に選び出し、そこに焦点
を当てて資源を用いる。④イングランド・ウェールズおよび北アイルラン
13)現在の英国では1988年コロナー法(Coroners Act1988,以下CAと略す)によって規制さ
れている・これによると・コロナ地区(coroner’sdis面ct)はおおよそ・1つのmetropohtan
comtyごとに、またnon metropohtan comtyの場合には2countγごとに設けられ、1名のコ
ロナが配置されることになる(同法§1)。コロナに任命されうる資格は、5年以上の経験の
ある法律家もしくは医師とされているが(CA§2)、現任の123名の大部分は法律家である。
地方議会によって任命され、地方当局の財政によって維持される職であるが(CA§3)、職務
塀怠や収賄等により有罪判決を受けた場合の他は、罷免は大法官のみがなしうる法律職であ
る(CA§3(4))。実際には、常勤専任のコロナが独立のコロナ事務所を構えているケースから、
委嘱を受けた開業ソリシターが自分の法律事務所で処理をするケースまで多様のようである
(LuceRep.p13とPPp7とでは数値が異なる)。
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ド全体を一貫させる。⑤地方の死亡傾向を地方公衆保健局長が管理する。
⑥首席コロナ1名、40∼60名のコロナおよび専門訓練を受けた医療スタッ
フとによって、よりよく管理された、より専門的な全国サービスを提供す
る。⑦司法的に独立的とする。⑧コロナ評議会という助言機関を設ける。
⑨公衆衛生と直接連携する。⑩検査、トレーニングそして責任という点に
より深く医療的意見を取り込む。⑪高度の水準を保つために監察とモニタ
のシステムを確保する。⑫死亡調査の新しい法的枠組みの中で、他の関連
14)イギリスでは人が死亡した場合には、出生死亡登録に登録されなければならない。(Births
and Deaths RegistradonAct1953,§15)。その死が屋内で起こった場合には、死亡後5日以内
に届け出る義務が親族等にある(同法§16)。その死をもたらした疾病について医師の診療を
受けていた場合には、その主治医が死因証明書(Medical Cert趙cate ofCause ofDeath,以下
MCCDと略記する)を発行し、登録官に届けなければならない(§22)。登録官は、原則とし
て、そこに書かれた死因を、証明医の名前と共に登録する。ただし、登録官は一定の死につ
いてはコロナに回付(refer)しなければならず、その場合には、コロナからの回答をまって
登録がされる。そのコロナに回付されるべき死亡の種類として1987年規則は次の7点を挙げ
ている。TheRegistrationofB辻thsandDeathsRegulations1987。Reg,4L
①その死者の最後の疾病に医師が付き添っていなかった場合
②死亡証明が得られない、もしくはその証明医が患者を診ていないと思われる場合
③死因不明と思われる場合
④不自然死、暴力もしくは過失死、妊娠中絶、あるいは死亡状況に不審が疑われる場合
⑤手術中もしくは麻酔から覚醒中の死亡と思われる場合
⑥職業上の疾病あるいは中毒によると思われる場合
⑦他の者ないし他の当局がコロナに届け出る(report)義務があると思われる場合 (届出
伝染病、拘留中の死亡など)
登録がなされたという証明書が発行されると、死体の処理が許されることになる(§24)。
そして死体の埋葬等の処理の結果状況は、登録官に通知されなければならない。
死体が火葬(最初の火葬規則Crem雅on Regulationができた1903年には、年間火葬数477件
であったものが、2001年には全死亡数の70%、427,944件に上るという。Shipman皿p63)に付
せられる場合には、Cremahon(EnglandandW飢es)ReguIa廿ons2008によれば、まず火葬当局
に対して遺族らによって火葬の許可申請がなされるが、その際には登録官による死亡登録証
明書、主治医の死因証明書、および確認証明書が提出される必要があり、さらにその火葬当
局ごとに任命されている医療レフェリーの許可状を得て初めて火葬が可能とされる(上記規
則Reg。16)・このうち「確認証明」(conBmatory medical certificate)は・5年以上の経験の
ある、主治医以外の医師であって、死者や主治医の親族でない者によってなされる死亡の原
因の証明書である(同Reg.17)。当初の計画では、この第2医は自身で死体を診るものとさ
れていたが、1935年の規則では、自身で死体を診たかどうか尋ねられてはいるが、診てなく
ともその書類が無効とされることはなかった。1935年の内務相通知は、「死者の主治医だった
医師以外の者自身による調査を確保して、火葬を犯罪隠匿の手段とされないように、書式が
作られていることを想起するように」と述べる(Shipman皿p69∼)。入院中の死亡で、他の
医師が病理解剖をしている場合には、確認証明を必要としない。また、医療レフェリーとは、
火葬当局ごとに大臣によって任免され、大臣の定めるガイダンスに適した資質を持つ、経験
5年以上の医師であり、代理が相当数おかれることになっている。コロナであることもある
ようである(同Reg.12)。
土葬の場合には事後的に必要に応じて死体発掘(exhuma廿on.それは大臣の許可状を要する
BurialAct1857,§25)をすることができるが、火葬ではそれは不可能になるから、入念な死因
チェックをしておくわけである。
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イギリスにおける死因究明制度改革
専門職、たとえば死亡登録官らと、緊密な連携を図る(PPp10)。
本稿では、このポジションペーパの目標を、著者の関心に即して、(A)
コロナの制度の改革(上述項目の、④、⑥、⑦、⑧、⑩、⑪)、(B)遺族
重視という原理の徹底(上述項目の①)、そして(C)コロナー周辺の制
度との連携(上述項目の②、③、⑤、⑨、⑫)という、三群に分けて検討
することとする。
以下では、それぞれの群毎にポジションペーパの具体的提案を紹介し、
その案件の2報告の中での位置づけを見、その点に関するその後の法案化
等の動きを跡づけておく。
(A)コロナの機構改革
1)人口100万程度の地域に1つのコロナ地区(10cal coronerarea)
を設け、一人の専任コロナ(法律家)、一人ないし複数の代理(deputy)
コロナをおく。各事務所には少なくとも1名の検案医(medical
examiner)が常駐しなければならない。(女王家のコロナは廃止さ
れるべきであると考える)(paras.46,47)。
2009年法案によればイングランドは、原則として地方当局(10cal
authority。countyの下部分類のdistdctsがほぼこれに当たる)を単位と
するコロナ地域に大法官によって区分けされる15)。その地区ごとに1名
の上級コロナ(senior coroner)が、大法官と首席コロナの同意を得て、
当該地方当局により任命される(§21,Schedule2)。地域の状況をみて
大法官は地域コロナ(areacoroners)、あるいはコロナ助手(assistant
coroners)の任命を要請することができる(Schedule3)。3者とも給与
15)現在のEnglandには300あまりのdishict相当の区分があり(名称はさまざま)、人口は20万
人平均であり、ポジションペーパ提案より規模の小さな単位となる。
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は地方当局の負担とし、70歳未満で、司法官資格をえて5年以上の者でな
ければならず、地方議員との併任はできない。罷免されるのは、無能力・
非行の認められた場合で、大法官が首席コロナの同意を得て罷免すること
ができる。
検案医については、2009年法案は、プライマリケアトラスト16)が、検
案医を任命し、その財政的責任も持つこととした(§18)。その者は医師
として5年以上の経験がある者の中から選定され、その身分の詳細につい
ては大臣が規則を定めることとしてある。
実は2006年法案にはこの職は欠落しており、その法案提案文の中で憲法
事象大臣は「(それは立法を要しないことであるが)コロナは資金を与え
られ、医学的助言を購入する(to buythe medical support)ことができる
こととなろう。」と説明していた(同法案Foreword)。つまり常任として
設置するのでなく、availableな専門家の意見を、その時々に求める方式を
想定している。政府の見解では、この者の審査を必置とするとなると、
煩項で葬儀の遅延の原因となること、費用対効果が得られないことが挙
げられているとのことである(B.DimondlLEG飢AsPEcTsOFDEA盟,Quay
Books,2008p140.以下Dimondと略称)この2006年法案の考え方に対して
は国会特別委員会が強く批判し、政府にもっと勇気をもってコロナシステ
ムを改造し、公衆の保健と安全のために財政的基盤をしっかり確保するよ
うに求めたという(Dimond14章)。その意味で、2009年法案は専任者を
置くという基本線に戻ったと言える。
★Luce報告は、コロナと同数の法定医療評価官(StatutoryMedical
Assessor)を置くこととし、それはプロセスの監督・監査、また公衆保
険その他の医療ネットワークとの連携などが任務とされていた(Luce
Report,p70)。そして現存の医療資格を持つコロナをこれにコンバートす
16)第1次医療(p血1arycare)に当たる者(いわゆる一般医GP=家庭医のみならず、歯科医、
薬剤師等を含む)が、地域毎にトラストを形成しその担当患者を病院トラストに送り込む権
限と財源を持つ。現在Englandには152のトラストがあるから、2コロナに1ぐらいの割合と
なる。
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イギリスにおける死因究明制度改革
るというアイデァを持っていた(同,p71)。その機能を考えると、命名と
してはmedicalexaminerよりはこのSMAの方がふさわしいかもしれない。
2)中央には1名の首席コロナ(ChiefCoroner)が置かれ、これに
は1名の医学助言者(MedicalAdvisor)および首席事務官が付け
られる(paras.48−50)。この態勢により、司法上の独立性を保ちつ
つ、コロナの監督態勢を作り上げようというわけである。但し、そ
の監督機能は行政・管理事項に限られ、コロナの司法的判断には上
級裁判所が監督権を持つ。首席コロナの主たる責務は、①コロナお
よび調査官等のトレーニングのための規則制定、②コロナ決定に関
する不服の申立を受ける、ところにあった(para.51)。
「上訴(appea1)の道」を整えることは、新システムの要請であると2
報告書は共に強調していた。
★「現在の制度下で遺族らに認められているところは、検事総長を通し
て請求がなされる場合に審間のやり直しをHigh Courtが命ずる事がある
という規定と、コロナの判断プロセスを司法レビューの方法で監督する規
定のみであるので、より上訴を容易になし得るシステムを作りたいと願
っている」(LuceReport,p18)。そしてLuce報告は、行政管理事項につい
てはRegional Coronerが、法的事項についてはChiefCoronerさらには控
訴院がreviewするものとしていた(LuceReport,p190)。これに対して、
Shipman報告の方は、医療コロナ、司法コロナ何れの決定もそれぞれの
ChiefCoronerのreviewを受けるシステムを勧告していた(Shipman皿
pl9,132)Q
2009年法案によれば、高等法院首席判事が、大法官と協議の上、首席コ
ロナおよび複数名の代理首席コロナを高等法院判事資格者の中より任命す
る(§27)。医学助言者の地位が法案では削除されているが、この点につ
いては、2006年法案提案文には「(それは立法を要しないことであるが)
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一人の首席医学助言者を付け、首席コロナは医学的間題については彼に助
言を求めるようにするつもりである。」と述べられている。
なお、コロナ機能の基本をかたちづくるコロナ規則(Coroners
Regu1甜ons)は大法官の貢任によって、またコロナズルールは首席判事
の責任で作られるものとされている(§32)(2005年憲法上の改革法、別
表1)。
そもそも全国に現存しているコロナが、適正に機能していないというと
ころから出発した今回の改革であるから、遺族達の主張を聞くことを基本
に据え、首席コロナという監督機関を中央に置き、事項の多様性に適した
アピールの道を新設したわけである。この点は、コロナの機能の側面であ
るので、次項でより詳しく見ることとする。
3)コロナ評議会(Coronial Counci1)なるものを、当初は行政庁の
責任で作り、やがて制定法に根拠を持つものにする。そのメンバー
は各種の専門職の代表と素人からなり、新機構に対する社会の介入
の窓口として、また諸制度の相互の調整役となることが期待されて
いる(par乱52)。
この評議会は“独立的助言団体”17)であり、“全国的にコロナサ
ービスの質の向上をはかる”ものである(para.80)。
当初は行政庁の責任で、というポジションペーパのスタンスのためであ
ろう、2009年の法案には(2006年の法案にも)規定は置かれていない。
Luce報告書においては、評議会は制定法によって定められ(st3tutory
Coronial Counci1)、首席医務官、登録長官、最高裁判事、内務省や警察の
代表などからなるものとされ、コロナ制度全体をモニターし、諸ガイドラ
イン、後述する家族憲章、解剖実施要領などを発する枢要な機関と位置づ
17)Indepen(1entAdvisory Bo(iy
102
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けられていた。ポジションペーパーでは性格があいまいなものとされ、
2009年法案では落とされたわけである。そして上記の諸機能は首席コロナ
や法務省の任とされた。行政レベルに引き下げられたといえるかもしれな
いQ
4)コロナ調査官(coroner’s of飾ers)と行政スタッフのチームによ
る支援の大切さ
現在も多くの地方に置かれているコロナ調査官の立場をより明
瞭にし、調査的役割をより多くもたせ「こうすることで、不審でな
い(non−suspicious)死に関して、現在の警察の果たしている責任
を移行することができよう。そして、コロナ調査官は、死因調査
の全期間を通して、残された家族と緊密に連絡をとる必要があろ
う」から、それなりに統一的な訓練を必要とすることになる(paras.
60−62)。
現在のコロナ調査を補助する者は、警察から派遣された者であったり、
元警察官であった者が多いといわれているが、コロナ機能の変化に伴い、
その連係が不適切なものになってきている。「警官あるいは元警察官は、
コロナ調査官が果たすべき広い機能を担うには適していない、ということ
を認めるべき時である」(Shipman皿p191,8.38)。Luce報告もその不適正
を指摘し(Luce Report,pl84)。さらにコロナ地区に10名程度の調査官を
置き、ケースワー久遺族との連絡・調査を行うこととしている(Luce
Report,p194)。そのように問題点の指摘も多かったが、2009年法案は「調
査官その他のスタッフが警察当局によって提供されない場合には、コロナ
当局は必要なスタッフの提供を保証しなくてはならない。」という(§23)。
現況との妥協であろうか。
行政管理事務を取り扱う行政スタッフとは別の、調査を手助け、遺族か
らのヒアリングなどをもっぱらとする者であり、コロナ活動の実働部隊で
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ある。
5)そのほかの、管理的諸改革事項としては、a。統一的ITシステ
ムの導入、b.専用の事務所と法廷の用意(出生・死亡登録所と
の同居案はどうか。現在採用しているところもあり、残れる者に
も便宜)、c.将来は、コロナ職は公正・公開のコンペとすべし、
などが挙げられているが、ここでは略する(paras.54−56)。
(B)「“残された者”(遺族)と社会一般の二一ズに応えること」
「提案する変革の中心は、残された者の二一ズに対して鋭敏
(sensitive)なシステムを作る必要性である。」「我々は、システム
の中心に『残された者』(bereaved)を置く必要性と、サービスの
要請、すなわち死に関する問題への解答を見いだすことおよび公
衆保健のための正確な情報を確保するために採られるべき、独立
的な徹底した行動、との間のバランスをとることになろう。」(para.
23)
これらの者は、死因調査の過程でsensitiveに取り扱われるべき
であるに止まらず、死因の調査に対してより積極的な役割を与えら
れるべきことになる。残された者たちはしばしば関連した情報を持
っているからである。「これを新システムの不可欠の一部とするこ
とを提案する。それによって、将来の死に関して家族が抱く不安を
より容易に表現できるであろう。」18)この要請を充足するためにポ
ジションペーパは、“家族憲章”(familycharter)を制定し、これ
を全てのコロナ事務所に掲げ、関係者に周知させることを提案して
いた。また、この憲章は、すべてのコミュニティーの二一ズを認識
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イギリスにおける死因究明制度改革
すべきことをも提案されていた。ここにいうコミュニティーは「地
域共同体」ではなく、信仰や信念を共同する者を指している。また
死因究明サービスの社会像(pubHcprome)を向上させることが勧
告されている。(paras.23−27)
「変革の中心」に位置づけられている、この「残された者への配慮」は、
これまでの日本の論議においては必ずしも十分でなかったと思われるの
で、少し丁寧に紹介しておきたい。
この種の憲章を作ることを強く提唱したLuce報告は、「家族への一貫
したサービスが法的効果を持った家族憲章(f&milycharter)によって支
えられるべきである」という総論的提案をした上(p22)で、具体的には「コ
ロナ評議会は家族憲章を発布すべきであり、それは全てのコロナー地域で
最大限度遵守されるべきである」(p228)としていた。またSmith判事は、
おびただしい数の被害者の遺族にヒアリングを行った記録を残している
が、「残された親族(bereaved relatives)」という言い方がされているにも
かかわらず「親族とか、家族という場合に私は、その死者の死因とそれに
対する調査に相当な関心(interest)を持つにふさわしい近しい関係にあ
ったすべての人を考えている。」(pp1−2)。というのも、彼女はShipman
事件の担当となったコロナの悪意ではないが無神経な態度によって、関係
者をいたく傷つけ、事態を混乱させたことを如実にみたからであったから
であろうか(pp271∼)。但し、彼女は「憲章」というアイデアは持って
18)1998年9月13日Shipman逮捕を伝えたThe Sunday Ma翌紙によると、事件発覚の事情は次
のようであったらしい。1998年6月に死亡した81歳のKathleen Grundyの娘で、ソリシタの
資格を持つAngdaWoodruffが、母が約100万ポンドの遺産をShipmanに遺贈した遺書が、死
亡の15日前にShipmanの診療所で作られたことを知ったときに、警察に遺体発掘を依頼し、
薬物検査の結果、致死量のモルヒネが発見されたという。そして、2000年2月3日判決3日
後のCo面鋒M飢紙によると、Woodruff夫人は次のように述懐しているとのことである。“我々
は繰り返し繰り返し検討し、考えに考えた。Shipman医師に違いない、しかしそんなことが
あるだろうか。そんなことはあり得ない。彼は医師だし、母は彼を好いていたし、尊敬して
いたのに”と。そして、判決の後に、犠牲者たちの遺族の多くが、同様の疑問を持ったが、
あえて言い出せなかったことを明らかにしていた。
105
東海法科大学院論集 第2号(2010年3月)
いなかった(p271以下参照)。
Luce報告が考えていた憲章は、コロナ評議会の作るものと考えていた
ようであるが、ポジションペーパは作成者を「我々」すなわち内務省(あ
るいは政府)と考えている。
2006年6月にコロナ法案が提出されるとともに、「コロナシステムに関
わりを持つ、残された人々のための憲章」の第1草案が法務省から公表さ
れた19)。その後、意見公募を踏まえて、2009年1月に第2草案が公表され
た20)。コロナ制度そのものの改定に合わせて、2、3年のうちには成案と
なるであろうとされている。
その表題からも推測されるようにこの憲章は、新コロナシステムをその
制度の対象者である「残された人々」の目から見たものということができ
よう。当然のことながら、そこではコロナそのもの、またシステムについ
ての説明が入ってくることになるが、その多くは本稿では別途論ずるとこ
ろであるので、ここでは「残された人々」の権利義務として約束されてい
るところをとくに注目して拾い出してみよう。本節において〔〕内の数字は、
2009年憲章草案における項数をあらわすこととする(この憲章は草案であ
るので、法的にも倫理的にも「義務」を表すものではないwinという助動
詞が頻用されており、本稿では原則として「こととされる」という訳を当
てている。この種の行為は通常は期待される(expect)ものであり、それ
がなされないときには相手方に対して苦情を申し立てることはできるが、
法的に実施を求めることはできないようである。成案になった場合には、
あるいはmustやshouldに置き換えられるところも出てくるのかもしれ
ない)。
なお、この草案は「改革コロナシステムの中で、残された人々がどんな
サービスを期待することができるのか、またそれらスタンダードが守られ
19)mustrative〔1raft:Draft Charterforthe bereave(1peoplewho come into contactwiththe coroner
service,June2006.
20)MinistryofJusticel Charterforthebereavedpeople,14January2009。
106
イギリスにおける死因究明制度改革
なかった場合に何をなし得るかを明らかにするもの」として、法務政務次
官(Parhamentary UnderSecretaryforJustice)の責任において公表され
たものであるが、その法的位置づけは、新コロナ法による制定法上のガイ
ダンス(statutoryguidance)となるべきものとされており、その法によ
って新設されることになる首席コロナによって成案とされる事が予定され
ている。
したがって、未だ内容的にも不明確な部分が多く、成案に至るまでには
少なからざる変化を見ることが予想される。
それにしても、コロナとの接触という、多くの人が経験しなければなら
ない、しかしそれは極めて異常な状況の中にある国民の「権利」という側
面から見つめ直そうとしている点で、学ぶところが多いと思い、すこし詳
しく紹介しておくこととする。
pubHc pronleについてみれば、保健省のホームページには、“死亡時になに
をなすべきか(Whatto do a脱r a death)”というガイドブックが既に公表さ
れている。そこには、コロナのシステムの説明と共に、そこにおける国民の
基本的権利が謳われているほか、埋火葬の手引き、費用の工面方法、移植用
の臓器・組織の提供方法に至るまで詳細に書かれ、その上に相談窓口、関連
民間団体連絡先などが記されている。
(1)この憲章の対象者
上記において「残された人々」(bereaved people)と称してきた者は、
本草案においては「死んだ者の親族であって、コロナが“適切な利害関係
を持つ者(properlyinterestedperson)”と決定した者」〔1〕と説明され
ている21)。ただし、「適切な利害関係を持つ者」の中には、親族以外の者
もふくまれ22)、それぞれに適した情報が与えられることになる。
21)親族のうちには、spouseと並んで、civil partneちpart皿erが含まれる。その他、親、子…と
続く(§9)。
22)2009年法案§36は、利害関係者の詳細な定義を置く。親族の他に、personalrepresenta廿ve
や検案医等の職務上の関係者、保険名宛人、保険者、死因に寄与した者、職場の代表者、犯
罪捜査に携わる者、その他が挙げられている。
107
東海法科大学院論集 第2号(2010年3月)
(2)コロナヘの通知の権利〔13,14〕
医師らがコロナに通知(その義務については、後述)をしようとしない
場合には、遺族は自分でコロナに通知することができる事とされており、
結果として遺族は公費による死因究明を要求することが出来ることにな
る。そしてコロナは、この通知があった場合には、この通知にどのように
対応するかを伝えなければならないこととされている。
(3)解剖(postmortemexamination)23)に関連して
①解剖がなされるに際しては、その必要性、いつどこでなされるか、遺
族が望むなら自分の依頼した医師に立ち会ってもらえることを、コロナは
遺族に対して告げることとされており、これに対して遺族は苦情を申し立
てることができるが、この点については上訴権はない〔15〕。
②コロナが死因究明や個人同定のために、臓器や組織に追加的な検査を
しようとするときも遺族に伝えることとする〔16〕。
③同じタイプの解剖がコロナによって2回指示された場合には、遺族は
苦情を申し立てたうえでなお不満がある場合には、首席コロナに上訴する
ことができる〔17〕。
④コロナが解剖をしない決定をなし、遺族がこれに不満を持つ場合であ
って、話し合い(diSCUSS)で解決しなかった場合には、遺族は首席コロ
ナに上訴することができる〔18〕。
⑤家族は、解剖の報告書をみることを請求する権利がある〔19〕。
⑥そして、解剖結果の出るのが遅れる場合には、3月に一度は遺族に情
報を知らせることとされる〔21〕。
(4)審問に関連して
①審問とする決定がなされた場合には、すくなくとも審間当日の4週問
前には、時期、地域、会場を知らせることとされる〔22〕。
23)postmortemという語は、たとえば「PostMortemExamination−Goodprac廿ceinconsent
Imd care ofthe bereaved,2004」というconsulta“ve documentによると、「死亡の後の期間を
指す詞であるが、不正確に(loosely)解剖(anatomy)を表す言葉として用いられている・」
と説明されている。
108
イギリスにおける死因究明制度改革
②時期については家族の意向が顧慮されることとされる。また審問の目
的、出席するであろう人などについて、また審問手続きに参加する機会の
あることについで情報が与えられることとされ、さらには法律扶助につい
ての情報も与えられることとされる〔23〕。
③審問に使用される全ての関連文書は、コロナが利害関係があると判断
した人に対して、要求があれば、無料で、事前に開示される〔25〕。ただし、
法的理由から開示されない文書もありうるが、その際にはコロナによって
その理由が説明されることになる〔26〕。
④コロナが審間前聴聞をしようとする場合には、時期、日にち、場所、
聴聞の目的とその期間中の家族の権利等について、説明を受ける〔27〕。
⑤CCSS(Coroners’CourtsSupportService(審間の際に家族を援助す
る人))の利用ができるところもある。ないところではコロナ事務所が、
そのつとめを果たす[29]。
⑥Mediaによる審問手続きの報道は自由だが、PressComplaints
Commissionの綱領を、家族は見ることができる〔30〕。また、コロナ事
務所が、近親者の同意なくして公表しうるものは、概要に限られる。写真
も同様である〔31〕。
(5)将来の死を防ぐための報告書
①審間の結果、将来の死を防ぐ力ある組織に報告すべき事柄があるかど
うかをコロナは判断する。そのような報告書を書く場合には、それを公に
することとする〔32〕。
②その調査に利害を持つとコロナが判断した遺族には、そのコロナ報告
書は送られることとされ、上述の組織体の対応についても同様とする〔33〕。
③その報告書は首席コロナに送られ、そのサマリは国会に提出される
〔34〕。
(6)その他の参加の権利
①コロナの目的のために死体がもはや必要でなくなった場合は、例外的
場合を除いて、家族の同意なくしてその体を保管し得ない。刑事調査がな
される場合には死体が葬儀用に返還されるのは30日以内とされるが、実際
109
東海法科大学院論集 第2号(2010年3月)
にはもっと早く返還される〔36〕。
②ときに、追加検査のために臓器や細胞が保管される。そのような場合
には、コロナ目的のためにもはや必要でなくなったときにそれをどうする
かについて、事前に合意をしておくべきである。その場合には、コロナは
近親の希望を病理医に伝えなければならない。
(7)コロナの決定に関して不服がある場合で、discussによっても解決し
得なかった場合には、中央の首席コロナに、決定後60日以内に文書をも
ってアピールする権利が認められる〔40,42,43〕。
☆家族は、次の事項に関する決定についてはappea1する権利(rightto
appea1)を持つ〔38〕
・コロナの、解剖をしないという決定、および同種の解剖を2回すると
いう決定に対して
・コロナ調査がなされるか否か
・コロナが停止した調査手続きを再開するか否か
・審問に陪審をつけるか否か
☆さらに死後30日以上経ってもコロナが死体を保持する提案をしてきたこ
とに不満がある場合には首席コロナヘの申立権限representaUonを持つ。
☆また、次の場合にもアピール権をもつ。
・審問の前に調査を中止せんとするとき
・審問の終了時に与えられる決定について
(8)家族の責任〔46−49〕
・調査に関連する全ての情報をコロナに提供する責任がある
・開示された情報、文書に対する秘密保持
・住所の変更等、連絡に必要な情報の提供
・調査の過程で、コロナやスタッフを礼儀と敬意をもって遇すべきこと
(9)遺族へのサービス〔51〕
コロナは、全国あるいは地方の遺族の篤志団体、支援グループ、信仰
グループ情報を保持して、遺族や代表者にそれを提供すべきである(例:
Victims,Vbice,Su(1den Death&the Coroner等)。
110
イギリスにおける死因究明制度改革
(C)コロナーの機能と、周辺の制度との連携
1)ポジションペーパは、「死因の証明とは別個のステップとして死
亡の確認(vert且c甜on)」という段階を導入することを提案する。
この確認は医師のみならず、パラメディックや上級ナースもできる
こととし、これがなされると、死亡に関する記録・文書の作成・収
集が開始されることになり、また必要に応じて死体の移動も許され
ることとなる。いくらかの地域ではすでにパラメディック用のプロ
トコルもあるようであるが、一般的には現在は、医師が死体を自ら
診るべきものとされているため、遅延の原因になって家族には悩ま
しく、医師にとっても負担となっている(paras.28,29)。
Luce報告においては、在宅患者の死亡、公の場での死亡に救急隊員が
到達している場合などを挙げて、制定法で、死亡証明とは異なる死亡確認
というステップのあることをはっきりさせるべきであると勧告し、そして
それをなしうるグループとしては、医師、登録看護師、救急救命士、パラ
メディックなどを挙げている(LuceReport,p48)。なお、Shipmanにはこ
れに関する記述は見られない。
2009年法案では、この制度は全く触れられていない。この問題は基本的
にはコロナの問題と言うよりも、医師や保健医療従事者の業務権限の問題
である、と考えているからであろうか。
なお、Luce報告は、死因証明にもナースが関わる可能性を指摘したと
ころ、看護協会からは用心深い歓迎を受けた、と記している。看護協会が
言うには、死亡が予測されている場合には、登録看護師は死亡証明を記入
する権限を持つべきである。医師以外の者がこの貢任を引き受けるために
は、死亡証明のためのトレーニングと手順書作成がなされるべきであると
のことである(LuceReport,p58)。
111
東海法科大学院論集 第2号(2010年3月)
2)「死亡直前に治療に当たっていた医師」(これは第1証明医first
cert迅erと呼ばれる)がMCCDを作成し、ルーチンな証拠(診療録、
検査結果等)を付する(para.30)。
このMCCDは全て、検案医(medicalexaminer)に送られる
(refer)。この検案医は、新コロナ制度下に作られるものであり、
NHSから独立しており(医療過誤などの場合には、この独立性が
是非とも必要とされる)特別の訓練を受け、スタッフチームを率い、
死者の家族からの情報の収集にもあたるなどして、第1証明の確認
作業に当たり、またその結果を第1証明者にフィードバックするも
のとされる。「これにより、第1証明医の不注意や不正直を防ぐこ
とができる」(par乱30)。
検案医は、死因を確認した後に、コロナに報告する必要がないと
判断した場合には、埋火葬の許可を与える(para.32)。このように
して、これまでの埋葬と火葬の手続きは一本化される。
検案医は、公衆保健地方局長の任命になるもので、公衆衛生情報
機関とシステマティックな連携をもち、死亡に関するデータベース
を管理するものとされる。
検案医は各ケースの医学的一件記録(account)を作成し、
Shipman報告書が要求した「包括的な死亡調査システム」が作ら
れることになる(para.41)。また、必要に応じてコロナに医学的助
言をする。
2009年法案によれば、1953年法(出生・死亡登録法,1953)第2編によ
って、要請されている死亡登録に関する規則は大臣の定めるところによる
ものとされている(§19)が、これまでのところ、規則案は公にされてい
ない。2009年法案中に、規則制定事項として提案されているものは、主と
して次の諸事項である(§19)。名称には違があるが、実質は同様である。
①主治医(attendingprac雌onerそれは死者の生前に3ttendしてい
112
イギリスにおける死因究明制度改革
た医師)は、分かる限りで最善の死因を証する主治医証明(attending
practitioner’scertt恥ate)を書くか、あるいは、死因を確定できない場合
には、上級コロナに回付する。②主治医証明のコピーは、検案医に送られ、
③検案医は必要な調査の上、その死因を確認し(検案医証明)、その旨を
登録官に通知する。④検案医が、死因を確認することができなかった場合
は、検案医はそのケースをコロナに回付する。
3)登録官からコロナに回付されるべき死のタイプは、(1)届出
すべき死(reportablecasesたとえば、収監中の死、職業病治療
(occupational health treatment)に続く死等、別表2にリスト★)
および(2)医師が死亡原因を特定し得ない場合とに分けられ
る24)(par乱39)。
コロナは回付された事例を次にしたがって3分して処理する。
a)(検案医の助言によって)既に手元にある情報から死亡の医学
的原因が証明できる場合
b)(検案医の助言によって)死体解剖を含めた医学検査を必要と
する場合
c)審問を必要とする場合(para.40)
★[ポジションペーパに付せられた別表2は、コロナの調査
(invesdgadon)を必要とする事例の暫定リストとしてLuce報告書
に依拠しつつ、次の7点を挙げている。
①暴力あるいは傷害死:ここには交通事故、職場の死(workplace
24)現状では、コロナヘの通知のうち、登録官からのものは3.4%に止まり、大部分は医師およ
び警察からのものであるという(LuceReport,p33)。また、Shipman報告では、全ての死亡を
コロナに届け出るという徹底した勧告がなされていたが、それでは“リスク最大の地点への
資力の注入”ということへの効果は疑わしく、また葬儀の不必要な遅滞をもたらしかねない、
として政府の容れるところとならなかったという(D㎞ond,p14)。
1ヱ3
東海法科大学院論集 第2号(2010年3月)
deaths)、明らかに自傷から・傷害から・毒から、火事あるいは溺
死その他の不自然な原因からの死
②刑務所、軍隊の拘留場、警察留置場、特別病院、法律による精神
保健権限の下にあるもの、さらには保釈中のもの、老人ホームにお
ける死
③職業病が働いたと思われる死
④ケアの不足、不適医療、処方箋薬の副作用等が死に寄与している
場合
⑤自然疾患からの死と証明できない死
⑥死因あるいは死の状況に関して、家族の側のあるいは社会のメン
バーのあるいはまた医療従事者、埋葬従事者その他専門職の人たち
の、重大な不安もしくは疑いの対象になっている場合
⑦登録官が重大な不確かさを持っている場合
2009年法案においてコロナの調査の対象となる死亡は、①暴力あるいは
不自然な死が疑われる場合、②死亡の原因が不明であると疑われる場合、
③拘留中その他国家の拘束の中での死が疑われる場合とされるのみである
(§1 (2))。
また、2009年法案には、医師がコロナに届け出る(not取)べき状況に
ついて、大法官が規則で定めることとされている(§17)。この規則はこ
れまでのところ公にされていないが、登録官が回付すべき事例(それは登
録規則に列挙されている)を援用する可能性が高い。その詳細を定めるの
は出生死亡登録法制のなすべきことであるが、当該規程である1987年規則
の41条(注14参照)は、2006年同規則改定の際には変更されなかった。
ポジションペーパーの挙げるリストは、現代的観点から組み換えられた
ものであり(④と注14の⑤の相違に注目)、登録法制の改革の際は検討さ
れることが期待される。
114
イギリスにおける死因究明制度改革
4)審間(inquest)は、不自然死の状況に関する公開聴聞として残す
べきであり、それは6ヶ月以内に終結させるべきである。審間に付
されなければならない死亡は、①収監中の死、②災害後の複数死亡、
③職場の死亡、④国家機関に原因すると主張される死亡(paras.69,
70)。
「本編にしたがって人の死因の調査に当たる上級コロナは、(調査の一部
として)死亡に関する審問を開催する。但し、第4条第3項(a)に従う。」
という2009年の法案規定は、コロナの本来の業務全体を「調査」と称する
こと、その中心部分は審問にあること、例外的に審間を略することがあり
うること、として相互の関係を明確にしている。
ここにいう例外として審間を略しうる場合とは、審間を開始する以前に
死体解剖検査によって死因が明らかになっており、コロナ調査を継続する
必要はない、と判断するときである(§4(1)&(3))。さらに但し、
死因が明らかであっても、暴力死もしくは不自然死である場合、あるいは
拘留中その他国家の拘束の中での死が疑われる場合には、必ず審間が開始
されることになる (§4 (2))。
このようにして、2009年法案においては、強制的に審間に付されるべき
ケースは、ポジションペーパのように拡大されることはなく、従来の範疇
(すなわち、上記のうちの①および④)に限られた。ただし、②、③につ
いてもコロナが必要と考えれば審問に付することはできる。この②、③は
本来司法審査でなく、衛生行政的検討に適するタイプの事柄であろう。
★Luce報告は、コロナの任務を審問に絞ることに否定的であった。
「独立の、客観的、家族がアクセスできる一般的死亡調査(general death
invesUgation)が必要である」ことを強調していた。言い換えると、行政
的調査(administra伽e invesHga丘on)という選択肢を重視し、それとの対
比の中で、公開審問の特徴と機能を明確にしてゆこうというものであった
(Luce Report,P77)。
115
東海法科大学院論集 第2号(2010年3月)
5)陪審を必要とする場合
(審問において)(7∼11人からなる)陪審を必要とするケース
については大まかに言うと、広く社会の関心あるいは信頼の懸かる
事例(例、刑務所における死亡)、あるいは枢要な事実が間題にな
るような場合とされる。審間陪審は刑事陪審ほど大きい必要はなく
(現行は7∼11人だが最大9名でよい)、刑事陪審とは全く違った機
能を果たすものである(para.73)。
2009年法案は、コロナ陪審の規模としては6∼9人としているが、これ
は2006年法案の5∼7人案を少し増加させたものである。2009年法案§7
は、陪審を必要とするケースを次のように絞っている。(a)収監中ある
いはその他の国家的拘束中の死であり、かつ、暴力死ないし不自然死が疑
われる場合あるいは死因が不明である場合、(b)その死が、警察官もし
くはサービス警察団のメンバーの職務遂行上の行為もしくは不作為の結果
である場合、(c)屈出義務のある事故、中毒あるいは疾病によって引き
起こされた死である場合。
★Luce報告によると、陪審付きの審問は、全体の3%にとどまるとい
う。陪審を必要とする事例以外でも、コロナの裁量で陪審を付けることが
できるが、それは少ないようである。その現実を見た上で、Luce報告は、
国家の管理下にある人の不審の死、国家機関によって死がもたらされる場
合と、そしてさらにEU人権規約2条の範囲の事例についてのみ陪審を付
けることを勧告している。実際には、この最後者の事例と前2者の事例は
重なるところが多いことになると思われる。次稿の課題である。
6)審問のもっとも効果的な成果(outcome)は説明型評決(narra伽e
verdict)であろう。それは、単に“事故”とか“偶発事故”等とい
116
イギリスにおける死因究明制度改革
う単純な現行の評決より情報が豊富で、その死亡の状況を説明し、
同種事故の再発防止のための統計データを含むことになる。それら
を説明型評決にどのように含ませるかはなお検討を要するところ
である。
現在のところ、コロナは死亡状況報告を、同種事故の再発防止
のために適宜な当局へ送ることはできるが、これには法的根拠はな
い。「コロナの調査から得られた教訓(1essons)を活かすために」は、
コロナの死亡状況調査報告を保健・安全局、関連監察局あるいは公
衆保健長官に送付することが有益であると思われる。また年次報告
は国会に提出されることが有益であろう(paras.74−76)。
死因調査結果等の活用については、2009年法は法規定を提案している。
それは2009年法案別表4の、コロナーの権限の末尾に付せられている次
のような規定である。
「6項 【他の死亡を防ぐ行動】
(1)(a)上級コロナが本編の下に、人の死亡に関する調査を行ってき
た場合であって、(b)調査によって明らかになったことのうちに、
他の死亡の危険性を造り出す状況が起こりそうである、あるいは
継続しそうである場合であり、さらに、(c)そのような状況の発
生や継続を妨げるために、あるいはそのような状況によって引き
起こされる死亡の危険性を排除ないし減少せしめるために、行動
をとることが必要であると、コロナに思われた場合には、そのよ
うな行動をなす権限を持つと思われる者に対して、コロナはその
事実を報告することができる。
(2)上級コロナからそのような報告を受け取った者は、これに対する
応答を文書によって当該上級コロナに対してしなくてはならな
い。」
この規定は、犯罪防止もさることながら、むしろ職業病、産業災害また
117
東海法科大学院論集 第2号(2010年3月)
事故等の再発防止を目指すものであり、コロナの衛生警察的機能をよく表
している。
刑務所内の死亡・自殺、医療中の死亡などにつき、その審間の必要性、
あるいは調査結果の有効利用をめぐり、多くの判決がある。とりわけ欧州
人権規約2条との関わりについては別稿を期したい。
★Luce報告は、分析的・説明的な結果(analyticalandnarr甜vecontent
of inquestoutcome)の表出を強く主張した。そしてさらに必要とあれば、
コメントを公にする裁量権限をコロナに与えようという(:LuceReport,
p87)。コロナの調査結果の取扱をめぐっては、コロナによって相違が大き
く、一般に遺族の側に不満が多いようであり、同種事故の再発防止のため
にそれを用いることをめぐって、少なからざる判決がある。死因究明制度
の根幹に関わる間題であり、後稿の課題としたい。
★また2009年法案は、全く新しく“保証された調査”(cer面ed
inve甜gation)という概念を作った。
これは、国家安全に関する、あるいはUKと他の国との関係に関する、
さらには犯罪の捜査や予防に関する利害を保護するために、あるいは証人
の安全の保護のために、その他社会の具体的利益への害を防ぐために、調
査が公開されるべきでないと大臣が判断した場合には、大臣はその調査を
cert醇することができる、とするものである。保証されたケースは、上
級コロナの手を離れ、首席判事の任命する最高裁判事の取り扱うところと
なる。(§ll)
7)解剖がなされるべきケースについて現存する不統一をあらため、
全国的に統一化する必要がある。検査に際しては、検案医からの助
言を得ることによって、最小限度の侵襲度で死因究明が可能となる
(paras.64−66)。
118
イギリスにおける死因究明制度改革
2009年法案は解剖については、「適切な医師」(suitable pracdtioner)に
必要に応じて検査事項を特定して、要請するものとされている(§15)。
この「適切な医師」の認定・訓練については、先述のように検案医が責任
を負うことになる。
医師の不適切治療に原因して死亡が生起したという情報がコロナに伝え
られた場合には、当該医師は検査をすることはできないが、その検査に代
理人を参加させることはできる(§15(4))。
8)コロナには、現在は与えられていない、施設内立ち入りおよび文
書押収権限が与えられるべきである(para.63)。
この点については、2009年法案は、別表4「上級コロナの権限」を用意
し、①証拠提出請求権限、②立ち入り、捜索、押収の権限、③検査のため
の死体発掘命令権限といった調査の過程における権限を明記したが、本稿
では略した。
9)また死因究明に必要な組織・臓器の保存については、その必要な
期問を含めて、死者の近親者に告げなくてはならない。その保存は
「絶対的に必要な場合」に限られるべきであり、家族や友人の二一
ズを考慮するべきである。使用後の処理方法についても、近親の意
見が求められるべきである(para。67)。
これについては、2004年改定の人体組織法に詳細に定められており、著
者は別稿において検討している25)。
25)宇都木伸、佐藤雄一郎「イギリス人体組織法の改訂」東海法科大学院論集第1号(2006年)
55−103頁。
119
東海法科大学院論集 第2号(2010年3月)
10)他の種類の調査が進行中の場合(刑事訴訟など)については、特
別の取決めを必要とする。そこで十分な調査がなされていると判断
される場合には、コロナの調査の必要はない、と考える(para.71)。
ll)複雑なケースのために、審問の範囲を確定するためにプレ審間聴
聞(pre−inquesthearing)の規定を、また複雑・長期化の予測され
るケースには評議会の支援を得るための規定を置く(para。72)。
12)審問における法律代理人のための公的補助は、現在限定的である。
Luce報告は、当局が代理人を付けてくる場合には、全ての家族に
それを用意するべきであると言うが、我々は現行の基準を下回らな
いことを要求するに止める(para.75)。
13)なお、財物調査責任は、死亡調査のためのコロナの第一義的なシ
ステムとしっくりしない面がある。このコロナの歴史的任務を、コ
ロナに過大な負担をかけずに、保証するか否かは、文化・メディア、
スポーッ博物館省と共になって、検討中である(para.77)。
2009年法案はtreasureに関するコロナの権限を残す(§20)こととし
たが、ここでは触れないこととする。
(うつぎ・しん 本学法科大学院教授〉
120