№5「甲状腺とその疾患」

東 順子の症例研究
№5「甲状腺とその
甲状腺とその疾患
とその疾患」
疾患」
(平成 16 年 3 月 14 日の田園調布教室「東順子のからだ講座」における講義録)
「新陳代謝(しんちんたいしゃ)」という言葉があります。私どもが普通に使っている言葉です。単
に「代謝」ということもあります。代謝がいいとか、悪いとか。でも、「シンチン」とか「タイシャ」とか、も
ともとの意味は何だろう、と、ある日突然気になり、さっそく調べてみました。
まず漢和辞典で文字の意味を調べます。「陳」は「ふるい」という意味があり、「謝」には「ことわる、
あやまる、去る、礼をいう、告げる」といった意味のほかに、「衰える、花がしぼむ」という意味もある
のだそうです。ナルホドですね。つまり「新陳代謝」とは、「古いものが衰えて、新しいものに代る」と
いう意味になります。
広辞苑で、「新陳代謝」をひくと、
【①ふるいものが次第に去って、新しいものがこれに代ること。②物質代謝に同じ。】とあります。
「物質代謝」を調べますと、
【生物が栄養物質を摂取し、これを変化して自体を構成し、または生活活動のエネルギー源とし、
不必要な生成物を排除するなど、生物体を構成する物質の変動全般をいう。このうち栄養物質へ
の体物質の変換・合成を同化、体物質がより簡単な物質に変化するのを異化という。物質交代。新
陳代謝。】となっています。
少しややこしい表現なのですが、「生物が」というのを「私たちのからだが」に置き換えれば、こう
いうことでしょう。
「私たちのからだが栄養と酸素を取り入れ、これを消化吸収変換して筋肉や骨や臓器などからだそ
のものをつくったり、または活動のエネルギー源として使ったあと、老廃物や二酸化炭素を排泄す
ること」となります。つまり、新陳代謝とは、生命活動そのものといってもいいのですね。
今日お話しする「甲状腺」という臓器は、この「新陳代謝」という命の活動を調節する物質をつくっ
ているのです。
新陳代謝は、かなり厳密に調節されています。ということは、低下するのはもちろん困りますが、代
謝が活発すぎてもいけないということです。新陳代謝が活発な分には、エネルギーがたくさんつくら
れるし、細胞もどんどん新しくなるので、それは元気だということではないのか、と思われるかもしれ
ません。しかし何でも、過ぎたるは及ばざるがごとし。多すぎても少なすぎても病気です。そういう病
気のお話をします。
それにしても、私たちのからだにおいて、「普通」ということが、どんなに素晴しく貴重なものである
かを再確認せずにいられません。プラスでもなくマイナスでもない「普通」です。原初、神が設定さ
れた(としか思えない)ごくごく狭い範囲の「正常域」といわれる中で、私たちのからだは機能してい
ます。それは、まさに「神わざ」としか思えない、奇跡的な精密さです。そうした神わざの上に成り立
っているのが、私たちの健康ということなのですね。
1
ホルモンについて
ホルモンについて
甲状腺は、内分泌器官です。内分泌器官とは、からだの働きを調節する微量の物質を体内に分
泌する器官です。その微量の物質のことを「ホルモン」といいますので、内分泌器官のことを「ホル
モン器官」と呼ぶこともあります。まずはじめに、ホルモンについて復習しておきましょう。
1.からだの調節機能
からだの調節機能
私たちのからだには、外部の環境の変化に対応してからだを調節し、命を守るシステム
があります。例えば、私たちの命をおびやかすような危険に遭遇した場合は、すぐさま逃
げるか戦うかしなければなりません。そういう時には、からだは自動的に筋肉を緊張させ、
その筋肉に血液をたくさん送り込むために、心臓の拍動を多くします。これは“びっくり
すると心臓がドキドキする”という現象です。
また例えば、真夏、気温が 40 度近くになっても、真冬マイナス 20 度になっても、体温
は 36 度前後と、一定です。一定に保つ機能が「調節機能」です。それから細菌やウイルス
などの外敵から身体を守る機能もあります。これらはすべて、私たちの意思とはかかわり
なく、からだが自動的にやっている調節機能です。
からだを調節するしくみには次の 3 系統があります。ホルモンもその中のひとつです。
①神経系(
神経系(有線伝導によって
有線伝導によって即座
によって即座に
即座に機能を
機能を変化させる
変化させる)
させる)
例○感覚神経→脳→運動神経
ボールが飛んできた(感覚神経)→脳(判断)→キャッチするまたは逃げる(運動神経)
○交感神経⇔副交感神経
頑張るぞ!(交感神経)⇔やれやれ、ちょっと休もう(副交感神経)
②内分泌系(
内分泌系(ホルモンによってゆるやかに
ホルモンによってゆるやかに機能
によってゆるやかに機能を
機能を変化させる
変化させる)
させる)
例○性ホルモン:一定の年齢になると生殖腺から分泌され、男性は男性らしい、女性は女
性らしい体つきになり、生殖能力が備わる。
○インシュリン:食べ過ぎたときなどに膵臓から分泌され、速やかに血糖値を下げる。
○抗利尿ホルモン:水分が不足気味のときに脳下垂体から分泌され、尿の量を減らす。
③免疫系(
免疫系(講義録№
講義録№2「アトピー性皮
アトピー性皮膚炎
性皮膚炎」
膚炎」を参照してください
参照してください)
してください)
2.ホルモンの
ホルモンの作用
ホルモンには、次のような作用があります。
①成長と
成長と成熟の
成熟の調節:成長ホルモン、甲状腺ホルモン
②生殖機能の
生殖機能の調節:性ホルモン
③エネルギー代謝
エネルギー代謝(
代謝(貯蔵と
貯蔵と消費)
消費)の調節:甲状腺ホルモン、インシュリン、グルカゴン等
④ストレスに
ストレスに対する防御
する防御:副腎髄質ホルモン、副腎皮質ホルモン
2
3.ホルモン作用
ホルモン作用の
作用の特徴
ホルモンの作用には次のような特徴があります。
○微量の伝達物質(ホルモン)を、おもに血液中に分泌(血液を介さないで局所的に作用
する場合もある)
○一つのホルモンが複数の機能を持つこともある。
例:甲状腺ホルモンは、エネルギー代謝の調節をしつつ、成長・成熟の調節に関与し
ている。
○生体のひとつの機能に複数のホルモンが関与することもある。
例:血中の糖濃度はインスリンのほか成長ホルモン、グルカゴン、カテコールアミン
など複数のホルモンが調節する。
○ホルモンが体内を循環し、目的の器官の受容体(じゅようたい)に合致したとき、その
器官に変化をもたらす。受容体とは、鍵でありスイッチである。
○ホルモンの種類によっては、複数の組織から分泌されるものもある。
○心臓や脂肪細胞など従来は内分泌組織とは考えられていなかった組織からも、ある種の
ホルモンが分泌されていることもわかってきた。
○いずれもごく微量で作用を発揮する。
○必要な時期に、必要な量が、必要な期間、分泌される。
生体の変化が内分泌組織に伝えられると、ホルモンの分泌が促進されたり、抑制される。
○成長、成熟、加齢によって分泌される。
○ホルモンの種類によってはフィードバック機能によって調節される。
甲状腺、副腎皮質、性腺などがそうです。
P6[4 甲状腺ホルモンの調節]を参照。
4.受容体(リセプター=receptor)
神経は、有線電話であり、連絡したい相手に直接接続し、ほぼ瞬時に用件を伝えること
ができます。それに対してホルモンは、手紙のようなものです。ホルモンの手紙を血管に
流しますと、血液と一緒に全身をめぐります。器官の側には「受容体」というメールボッ
クスがあります。これは鍵穴つきメールボックスです。この受容体にカチッとはまるホル
モンだけが受け取られ、その器官で作用を発揮します。関係のない器官の受容体はこのホ
ルモンを受け取ることができません。
受容体は、スイッチでもあります。そしてホルモンはそのスイッチを押す物質といって
もいいのです。ですから、ホルモンを次々に放出すると、スイッチは継続して押されます
ので、作用は続きます。作用を抑えたい場合には、放出するホルモンの量を少なくすれば、
スイッチが押される頻度が少なくなりますので、作用も減ります。
3
このように、微妙な調節が可能なのも内分泌系の特徴です。
受容体は、細胞膜あるいは細胞核の中に存在する物質です。
「内分泌」
内分泌」の言葉の
言葉の意味
からだの内部に分泌するという意味。
これに対して「外分泌」という言葉もあ
ります。外分泌は、汗、涙、唾液、粘液、
消化液などです。消化管の表面は、から
だの中にあっても、外部なのです。
甲状腺
4 隅の小体は
副甲状腺
甲状腺について
甲状腺について
個人的な体験ですが、鹿児島で開業して、お客様に甲
状腺の具合の悪い人が多いのに驚きました。今回勉強し
た資料では、日本人全体の罹患率はわかりませんでしたが、やはり地域性も関係があるのではな
いかと思っています。
全体的には、やはりしばしば流産をする人とか、産後や更年期に甲状腺の具合が悪くなるという
ケースが多いように思います。また、ストレスも大いに関係があると思います。
今回勉強した資料の中で、バセドウ病の患者さんがご自身の闘病体験を書いた本があり、これを
読んでよくわかるのは、やはり、「ストレスを受けやすい性格」というのが確かにあるな、ということで
す。勤勉で責任感が強く、努力家で、周囲に対しても自分に対しても期待するものが大きい人、と
いったらよいのでしょうか。疲れますよね、そういう人は。だって、思い通りにならないのがこの世の
中ですから。
施術の結果はかなりよいものでした。機能亢進にしても低下にしても、リラクゼーションは大切で、
あまり状態が悪い場合は 1 週間ぐらい毎日通っていただく場合もあり、驚くほど元気になります。
1.甲状腺の
甲状腺の位置と
位置と大きさ
【甲状腺 thyroid /θáiirhid/ 】
甲状腺はのどぼとけの下に、ちょうど蝶が羽を広げて気管を抱くような形でくっついて
います。大きさは、左右に広く縦4cm 厚さ1cm で重さは15g、正常の甲状腺は柔らかい
ので外からは触ってもわかりません。
4
構造は、細胞(濾胞上皮細胞=ろほうじょうひさいぼう)が袋のようにならび、袋の中
にヨード、甲状腺ホルモン及びその材料(サイログロブリン)が貯蓄されています。
2.甲状腺の
甲状腺の働き
食物中のヨード(海草に含まれる成分)を材料にして甲状腺の中で甲状腺ホルモンを 2
種類合成し、血液中に分泌する内分泌の臓器です。
2 種類の甲状腺ホルモンとは、
①ひとつの分子に 3 個のヨードを含む T3(トリヨードサイロニン)
②ひとつの分子に 4 個のヨードを含む T4(サイロキシン=thyroxin(e) /θaiir ツ ksi:n|-r ナ k-/)
です。一般に T3(ティースリー)
、T4(ティーフォー)と呼びます。
普通甲状腺から T4 のかたちで分泌され、肝臓などの末端組織で T4 の 40%が T3 に変換
されます。T3 のほうが T4 より 4 倍も強い働きをします。
甲状腺の特徴的なことは、多量のホルモンをサイログロブリンの形で濾胞内に貯蔵して
いることです。約 2~3 週間ホルモン合成が停止しても、貯蔵されているホルモンだけで十
分量のホルモンを供給できます。
3.甲状腺
3.甲状腺ホルモン
甲状腺ホルモンの
ホルモンの働き
【甲状腺ホルモン thyroid hormone】
甲状腺ホルモンは、全身(脳、心臓、消化管、骨、筋肉、皮膚、その他)の新陳代謝を
活発にする作用があり、精神神経や身体の活動の調整に働くほか、発育や成長にも欠かす
ことができません。生きている限り必ず必要なホルモンです。
血液中に分泌された甲状腺ホルモン T4、T3 は、細胞膜を通過し、細胞質、核、ミトコン
ドリアと結合します。ほとんどの体内の細胞に対して作用し、細胞内では酸素消費が進み、
タンパク合成を促進します。つまり、細胞内でのエネルギー産生をたかめ、働きを活発に
させるということです。
4.甲状腺ホルモン
甲状腺ホルモンの
ホルモンの調節
甲状腺は、副腎、性腺と同様、視床下部・脳下垂体の調節を受けています。女性ホルモンのエス
トロゲンやプロゲステロンの分泌調整と同様(講義録№1「更年期の症状」参照)です。
①視床下部がいつも血液中の T4、T3 量をチェックしており、少ない場合には、脳下垂体に対して、
「甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)」を分泌します。このホルモンの伝達事項は、
「甲状腺に
甲状腺に、甲状腺ホルモン
甲状腺ホルモンを
ホルモンを分泌するように
分泌するように命令
するように命令しなさい
命令しなさい」
しなさい」というものです。
②これを受け取った脳下垂体は、甲状腺に対して「甲状腺刺激ホルモン(TSH)」を分泌します。こ
のホルモンの伝達事項は、「
「甲状腺ホルモン
甲状腺ホルモンを
ホルモンを分泌しなさい
分泌しなさい」
しなさい」というものです。
5
③これを受け取った甲状腺は、全身の細胞に対して甲状腺ホルモン T4、T3 を分泌します。このホ
ルモンの伝達事項は、「
「新陳代謝を
新陳代謝を上げなさい」
げなさい」というものです。
④甲状腺が分泌した T4、T3 は視床下部にいき、甲状腺ホルモンの血中濃度が十分であることを
知らせます。
⑤視床下部は TRH の分泌を止めるかまたは減らします。
視床下部
甲状腺刺激ホルモン
甲状腺刺激ホルモン放出
ホルモン放出ホルモン
放出ホルモン(
ホルモン(TRH)
TRH)
「甲状腺に、甲状腺ホルモンを分泌するよう
に命令しなさい」
甲状腺ホルモン
甲状腺ホルモン(
ホルモン(T4、
T4、T3)
T3)
「甲状腺ホルモンは十分分泌さ
れています」
下垂体
フィードバック機能
フィードバック機能
甲状腺
甲状腺刺激ホルモン
甲状腺刺激ホルモン(
ホルモン(TSH)
TSH)
「甲状腺ホルモンを分泌しなさ
い」
甲状腺ホルモン
甲状腺ホルモン(
ホルモン(T4、
T4、T3)
T3)
全身の細胞へ
「新陳代謝を上げなさい」
5.甲状腺の
甲状腺の病気の
病気の特徴
甲状腺は、人間が生きていくのになくてはならないホルモンを作り、分泌している臓器
です。甲状腺ホルモンの異常による病気は、全身にさまざまなつらい症状が現れ、どこが
悪いのかわからず「いつも調子が悪い状態」になります。そして、気のせいとか、ただの
怠け者とか誤解されている人も少なくないのです。
甲状腺の病気は女性、それも 20 歳代から 40 歳代に大変多い疾患です。なぜ多いのかは
っきりしていませんが、バセドウ病や橋本病はそれぞれ甲状腺自己抗体が原因の自己免疫
疾患のひとつです。一般的に、自己免疫疾患は女性に多いことが知られています。
バセドウ病
橋本病
甲状腺疾患は
甲状腺疾患は、他の疾患に
疾患に間違われやすい
間違われやすい
種々の多彩な症状→「自律神経失調症」や「更年期障害」
、
だるさや無気力→「うつ病」
、 動悸息切れ→「心臓病」
、 体重減少→「癌」
むくみ→「腎臓病」 肝障害→「肝臓病」 かゆみ→「蕁麻疹」
高血糖、尿糖→「糖尿病」 血圧上昇→「高血圧」
物忘れしやすくボーっとしている→「痴呆」
6
など
しかし、甲状腺の病気と診断を受け、適切で確実な治療を受ければ、見違えるほど元
気になり、全く健康な人と同じように運動、妊娠、授乳、仕事と何でもできるようにな
ります。どうもからだの調子が悪い、どうもすっきりしないと思っている人は、添付の
自己チェック表を参照し、思い当たる節があれば、甲状腺専門医で検査をしてください。
6.甲状腺の
甲状腺の病気の
病気の種類
甲状腺の病気にはたくさんの種類がありますが、大きく分けると以下の 3 つです。
①甲状腺機能亢進症
いろいろな原因で甲状腺ホルモンの分泌が増えて、からだの新陳代謝を必要以上に高め
る指示を出してしまうためにおこる疾患。
年中暑がり、汗が出て、だるくなり、怠け者や更年期障害と間違われやすい。原因疾患
として一番多い病気はバセドウ
バセドウ病
バセドウ病。他に何かの原因で甲状腺組織が破壊され、一過性に甲
状腺に貯められていたホルモンが血中に流れ出る無痛性甲状腺炎
無痛性甲状腺炎や、高熱が出て甲状腺部
無痛性甲状腺炎
位が痛む亜急性甲状腺炎
亜急性甲状腺炎、ホルモンを分泌する腫瘍ができる甲状腺機能性結節
甲状腺機能性結節などがあり
亜急性甲状腺炎
甲状腺機能性結節
ます。
②甲状腺機能低下症
機能低下症は、逆に甲状腺の働きが衰えて、血液中の甲状腺ホルモンが少なくなる疾患
です。冷え、皮膚の乾燥、無気力、物忘れ、いつも眠い、受け答えがゆっくりになるなど
の症状が出るため、怠け者やうつ病と間違われることもあります。
ほとんどが甲状腺に慢性の炎症がある橋本
橋本病
橋本病ですが、血液中の甲状腺ホルモンが正常の
範囲内にあり、甲状腺の肥大の少ない橋本病の場合は、特に治療の必要はありません。
また、突発性粘液水腫
突発性粘液水腫といって、甲状腺が破壊され萎縮したために甲状腺ホルモンが作
突発性粘液水腫
れなくなってしまう病気もあります。
③結節性甲状腺腫
甲状腺内に腫瘤(はれもの、こぶ)ができる疾患です。腫瘤の多くは、甲状腺機能には
影響しないので、体調や精神状態に大きな影響が出ることはありません。
しかし良性と悪性があり、良性の結節性甲状腺腫には、甲状腺腺腫
甲状腺腺腫と、腫瘤が多くでき
甲状腺腺腫
る腺腫様甲状腺腫
腺腫様甲状腺腫と、甲状腺ホルモンを分泌する甲状腺機能性結節
甲状腺機能性結節があります。
腺腫様甲状腺腫
甲状腺機能性結節
甲状腺悪性腫瘍は、乳頭癌
乳頭癌、濾胞癌
乳頭癌 濾胞癌、髄様癌
濾胞癌 髄様癌、未分化癌
髄様癌 未分化癌、悪性
未分化癌 悪性リンパ
悪性リンパ腫
リンパ腫など 5 種類に分
けられています。
バセドウ病
バセドウ病
1840 年にドイツの医師バセドウがこの病気を報告したのでバセドウ病といわれます。ま
た、1835 年にアイルランドのグレイブスもこの病気を発表しているので、グレイブス病と
7
呼んでいる国もあります。
1.バセドウ病
バセドウ病の原因と
原因と症状
①原因
健康な人の場合は、P5「4.甲状腺ホルモンの調節」で述べているように、フィードバッ
ク機能によって、常に一定の必要量が体内に維持されています。
ところがバセドウ病患者の場合には、免疫を担当しているリンパ球の T 細胞が甲状腺刺
甲状腺刺
激ホルモン受容体
ホルモン受容体を異物と判断してしまい、これを取り除こうとして抗体を作るようにな
受容体
ります。この抗体が甲状腺刺激
甲状腺刺激ホルモン
甲状腺刺激ホルモン受容体
ホルモン受容体を刺激するために、どんどん甲状腺ホルモ
受容体
ンを分泌すると考えられています。つまり、甲状腺ホルモンを分泌するスイッチが ON に
なったままでコントロールが効かなくなっている状態です。
すなわち、バセドウ病は、自分のからだを細菌やウイルスのような敵とみなして攻撃す
る「自己免疫疾患」といえます。甲状腺刺
甲状腺刺激
甲状腺刺激ホルモン受容体抗体
ホルモン受容体抗体があることが、この病気
受容体抗体
の原因であると考えられています。ただし、この病気にはまだ解明されていないことがた
くさんあるようです。
(
「免疫」
「T 細胞」
「自己免疫疾患」については、講義録№2「アトピ
ー性皮膚炎」をご参照下さい)
視床下部
視床下部
TRH
TRH
脳下垂体
脳下垂体
TSH
TSH受容体に対
する自己抗体
する自己抗体
TSH
甲状腺
正常
甲状腺
バセドウ病
バセドウ病
T4 ・T3
T4・T3
患者の男女比は 4:1 の割合で女性のほうが多く、20 歳代から 40 歳代で発病する人が多
いのですが、子供から老人までこの病気にかかる人はいます。治療を受けないで放置した
ままでいると取り返しのつかないことになる、命にかかわる病気です。
なぜこのような自己免疫疾患が起こるかという原因は、確定されていませんが、遺伝的
要素や、ストレスなども関与していると考えられています。
②症状
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精神症状
いらいらする、落ち着かない、不眠、神経過敏、情緒不安定
循環器症状
動悸、高血圧、頻脈(100/1min 以上)
、不整脈、心肥大
消化器症状
便通回数が多い、軟便、肝腫大、便秘、食欲亢進
皮膚症状
暖かく湿ったきめ細かい肌、皮膚が黒ずむ、爪が弱くもろい、毛
が抜ける、からだのあちこちにかゆみ
全身症状
疲れやすい、多汗、暑がり、微熱、体重減少
顔の症状
眼球突出、ぎらぎらした怖い目、潤んだ目、容貌が醜くなる
血液値
コレステロール低下、血糖上昇、肝障害(GOT、GPT)
その他の症状
月経の過少や不順、不妊、流早産、甲状腺の腫れ、乳房の肥大、
筋力の低下、部分的なむくみ(前脛骨)
、周期性手足のまひ(男性
のみ)
、口渇、震え(まぶた、舌先、手足、手指)
高齢者(50 歳以上)
急にやせる、心房細動(脈がメチャクチャに打つ)
、心不全、うつ
状態、足のむくみ、腹部に水がたまる。
子供
学校の成績が悪くなる
以上の症状が全部一人の患者に出るわけではありません。人によって症状の出方は違い
ますが、頻脈はすべてのバセドウ病患者に見られます。時には橋本病(甲状腺機能低下症)
の症状が重なって出る場合もあります。例えば、毛髪がカサカサして毛が抜ける。食欲不
振、便秘、体重増加など。
甲状腺の腫れは首が太くなってきて気づきます。しかし、顔は毎日鏡で見ているのにそ
の下の首は、かなり腫大しても気づかないことがあります。また、60 歳以上の高齢者は甲
状腺が腫れにくいため、甲状腺疾患が見逃されがちです。
2.バセドウ病
バセドウ病の治療方法
甲状腺ホルモンが過剰に作られないようにするもので、抗甲状腺剤
抗甲状腺剤の
アイソトー
抗甲状腺剤の内服、アイソトー
プ治療(
手術(
治療(放射線ヨード
放射線ヨード内服
ヨード内服)
内服)、手術
手術(甲状腺亜摘出=
甲状腺亜摘出=全摘出ではなく
全摘出ではなく部分的
ではなく部分的に
部分的に摘出)
摘出)の 3 つ
の方法がありますが、病気の程度やライフスタイルによって選択は異なります。
はじめは抗甲状腺剤を服用し、個人差や病気の状態など経過を見て治療法を決めます。
薬は長期服用する必要がありますので、それが困難な場合はアイソトープ治療や手術も考
えます。すべて対症療法なので、病気を完全に治すことを約束するものではありません。
①抗甲状腺剤の
抗甲状腺剤の内科療法
抗甲状腺剤(甲状腺の働きを抑える薬)
抗甲状腺剤
略称
薬剤名
商品名
MMI
メチマゾール
メルカゾール(中外製薬)
PTU
プロピルサイオウラシル
チウラジール(東京田辺製薬) 1錠は 50 ㎎
プロパジール(中外製薬)
9
1錠は 5 ㎎
最初は大量に MMI で 1 日6錠~9錠、PTU で6錠~12 錠を、1 日 3~4回に分けて服
用します。甲状腺ホルモンは体内で約 2 ヶ月分貯蔵されているので、薬を飲んでもすぐに
は効いてきません。普通、薬を飲み始めてから 1~2 週間後に効いてきます。
4~10 週間経つと血中の甲状腺ホルモン濃度は正常になります。その後は薬の量を半分に
減らします。2 週間ごとに経過を見ながら1錠ずつ減らしていきます。3~12 ヶ月の間に、
これ以上減らすと血中の甲状腺ホルモン値が再び高くなるポイントが現れます。この量を
「維持量」として薬を飲み続けることになります。維持量は 1 日 1 錠ないし 2 錠です。
薬を飲んでいれば、大体、甲状腺機能を正常の状態に保つことができます。
甲状腺ホルモン値が正常になると、普通の生活ができるようになります。しかし良くな
ったからといって、勝手に止めると、1 ヶ月くらいで再発します。薬だけで寛解(かんかい
=治癒ではないが、甲状腺ホルモンの値が正常値になっている状態)になる確率は 5 年間
飲んだ場合でもかなり低いようです。
薬をいつ止めるかを決めるのは難しいようですが、甲状腺ホルモン受容体抗体が 3 ヶ月
正常化していれば大体止めてもよいのではないかといわれています。
内科療法(
内科療法(薬物療法)
薬物療法)の特徴
長所
外来治療、治療効果が可逆性(行き過ぎたら元に戻せる)
、妊娠・授乳が可能
短所
長い治療期間、寛解率が低い、副作用(白血球減少症・薬疹)
適応
年齢の制限はない、甲状腺腫の小さい人、薬を定期的に服用できる
対症的に
対症的に抗甲状腺剤と
甲状腺剤と併用される
併用される薬
される薬と副作用
交感神経β受容体遮断剤(ベータ・ブロッカー)
商品名
適応症
テノーミン、
頻脈、狭心
インデラル、
症、高血圧、 腹痛、嘔吐、脱力感、倦怠
中止すると突然死が起こる
カルビスケン、
手指の震え
感、目がかすむ、手足のし
ことがある。末梢での T4
アセタノール、
など
びれ、こむらがえり、徐脈、 から T3 への転換を抑制す
ロプレソール等
副作用
特徴
頭痛、不眠、抑うつ、下痢、 長期間服用中に急に服用を
ふらふら感、めまい
るといわれている。
精神安定剤
商品名
適応症
副作用
特徴
セルシン、レスミ
神経症状にある不
眠気、ふらつき、
長期間服用して、急に止め
ット、セバノン、
安、緊張、抑うつ、
めまい、脱力感、
ると一週間後になって離
バランス、コント
甲状腺機能亢進症、
口渇、視力障害、
脱症状として痙攣が起こ
ール、ホリゾン等
高血圧症等。
倦怠感
ります。
②アイソトープ治療
アイソトープ治療(
治療(放射性
放射性ヨード内服
ヨード内服)
内服)
放射線によって甲状腺の組織を破壊し、亢進した機能を低下させるやり方です。
口から放射性ヨードを飲みます。放射線治療を受けたら、1~2 週間、他の患者から隔離
10
されます。肉体的な苦痛はない治療です。
効果は 3~6 週間たってから現れます。第 1 回の放射線療法で約 50%の患者の甲状腺機
能は正常になります。症状がよくならない場合は、同じ方法で第 2 回目の治療がおこなわ
れます。
第 1 回目と第 2 回目は 6 ヶ月以上の間隔を置きます。これで約 73%の患者が寛解になり
ます。いろいろな症状がよくなっても、眼球突出は治らないことが多く、かえって悪くな
ることもあります。
放射線が効きすぎると、甲状腺機能低下症になり、放射線の量が少なすぎるとバセドウ
病が再発します。この治療後、十年たった場合、甲状腺機能低下症が発生する率は 30~70%
といわれています。
甲状腺がんや白血病にかかる頻度が高くなることはないといわれています。
入院期間は約 3 週間。
アイソトープ治療
アイソトープ治療の
治療の特徴
長所
治療が簡単、永久寛解率が高い
短所
妊娠中授乳中は不可、年とってから甲状腺機能低下症の発生が多い
適応
50 歳以上の人、手術後に再発した人、3 ヶ月以内に妊娠の可能性のない人
③外科療法(
外科療法(手術)
手術)
手術では甲状腺を一割くらい残して全部切除されます。どのくらい切除するかは勘です
るそうです。
手術後、一過性甲状腺機能亢進症として、38 度前後の熱、頻脈、精神興奮症状が出るこ
とがあります。
甲状腺のそばに、声帯や副甲状腺があるので手術は慎重で熟達した外科医によっておこ
なわなければならなりません。
甲状腺を取りすぎれば甲状腺機能低下症になるし、控えめであれば再発します。
外科療法の
外科療法の特徴
長所
短期に寛解が得られる、永久寛解率が高い
短所
入院が必要、手術瘢痕が残る
適応
若年で妊娠、出産の可能性のある女性、抗甲状腺剤で副作用の出る人、甲状腺
が大きい人、甲状腺腫瘍の合併している人、薬物療法で再発を繰り返す人。
入院日数は 20 日くらい
3.眼球突出について
眼球突出について
バセドウ病で、症状の軽い人には、顔つきがきつくなったり、目の輝きが強くなったり、
まぶしく感じるなどの症状が出ます。病気が進行すると眼球突出の症状が現れます。
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バセドウ病に特徴的な眼球の突出は、バセドウ病の 3 割の人に出ます。この眼球突出は、
薬で甲状腺ホルモンをコントロールしても元には戻りません。しかし、最近は放射線を照
射して眼球を突出させている脂肪および外眼筋の腫大を縮小し、目立たせなくすることも
可能になっています。
眼の変化
上まぶた後退…まぶたの筋肉が緊張し、まぶたが吊り上ってしまうため目が見開いたよ
うになり、眼球が突出しているように見えます。
眼球突出…眼球の奥の脂肪組織が増えたり、眼球を動かすまわりの筋肉(外眼筋)が肥
大したりして、奥から押し出されるために眼球が突出します。
眼球突出による
眼球突出による症状
による症状
結膜充血…上まぶた後退や眼球突出のため、まぶたがとじきれないので角膜に傷がつき
やすく、結膜が充血しやすくなります。
眼
痛
…同様に睡眠中もまぶたが閉じきれないため目が乾燥し角膜に傷が付きやすく
目の痛みがあらわれます。
複
視
…眼球を動かす筋肉(外眼筋)が肥大するため、両目とも目の動きのバランス
がうまく取れないので、ものが二重に見えます。
眼球突出の
眼球突出の治療方法
内科的治療…点眼液や副腎皮質ホルモン剤の投与
放射線照射…後眼窩組織への球後照射
手術
橋本病
1.橋本病の
橋本病の原因と
原因と症状
甲状腺機能低下症は、バセドウ病と正反対で、甲状腺ホルモンの量が不足して、新陳代
謝が低下し、すべてが老化していくような症状が見られます。無気力で頭の働きが鈍くな
り、忘れっぽく、ひどくなると痴呆の原因のひとつにもなります。寒がりで皮膚も乾燥し
てかさかさになったり、からだ全体がむくみ、髪も抜け、眠気がありボーっとして活動的
でなくなります。
①原因
橋本病も甲状腺臓器特異性自己免疫疾患のひとつで、体質の変化により甲状腺を異物と
みなして甲状腺に対する自己抗体(抗サイクログロブリン抗体、抗マイクロゾーム抗体)
ができます。この抗体が甲状腺を破壊していくため、徐々に甲状腺機能低下症になってい
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きます。
視床下部
しかし、甲状腺が肥大したり、のどの違和感を訴え橋本病
TRH
と診断されても、すべての橋本病が甲状腺機能低下症を伴う
脳下垂体
わけではありません。約 40%の人に機能異常があります。
TSH
②症状
甲状腺腫大:慢性甲状腺炎のため、硬く腫れてくる場合が
多い。
甲状腺機能が正常の場合:甲状腺ホルモンが正常値内にあ
るのでからだに影響はありません。そのため、
T4・T3
自覚症状は全くありません。甲状腺腫が大き
甲状腺に対する
自己抗体
い人は、たまにのどの圧迫感を訴える人がい
ます。
甲状腺機能が低下の場合:必要量の甲状腺ホルモンが作れないために、全身の新陳代謝
が悪くなり、以下のようなさまざまな症状が現れます。
全身症状
寒がり、疲れやすい、動作が鈍い、体重増加、声かれ、低音
体温
低体温
顔つき・首
むくみ、甲状腺腫大、のどの違和感、ボーっとしたような顔
神経・精神症状
物忘れ、無気力、眠たい、ぼっとしている
循環器症状
徐脈、息切れ、むくみ、心肥大
消化器症状
食欲低下、舌が肥大、便秘
皮膚
汗が出ない、皮膚乾燥、脱毛、眉が薄くなる、皮膚の蒼白
筋骨症状
脱力感、筋力低下、肩こり、筋肉の疲れ
月経
月経不順、月経過多
血液値
コレステロール上昇、肝障害、貧血
2.橋本病の
橋本病の治療方法
①甲状腺が
甲状腺が腫れて大
れて大きくなり、
きくなり、のどに違和感
のどに違和感がある
違和感がある人
がある人
甲状腺ホルモン剤を服用して様子を見ますが、甲状腺が大きくなって気管を圧迫し、そ
のため気管が狭くなっている場合は手術が必要になる場合があります。
②甲状腺機能が
甲状腺機能が低下している
低下している人
している人
甲状腺ホルモン剤を服用して不足しているホルモンを補充します。
甲状腺ホルモン剤は、最初は少しずつ服用し、徐々に増やしてその人にあった量を調べ
ます。体調がよくなったからといって服用を中止してしまう人がいますが、からだに足り
ない分を薬で補充してバランスが取れているわけですから、毎日決められた量を必ず服用
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します。補充療法ですから、根本的に治癒しません。一生毎日薬を飲み続けることになり
ます。
③甲状腺機能が
甲状腺機能が正常な
正常な人
腫れが小さければ、治療の必要はありません。しかし病気が進行し甲状腺の働きが低下
して、甲状腺ホルモンが不足する可能性もあります。3~6 ヶ月に 1 度ずつ診察を受けます。
結節性甲状腺腫
1.結節性甲状腺腫の
結節性甲状腺腫の原因と
原因と症状
甲状腺内に腫瘤ができる病気です。良性と悪性があり、次のように分類されます。
①甲状腺良性結節(腺腫・腺腫様甲状腺腫・のう胞)
②甲状腺悪性腫瘍(乳頭癌・濾胞癌・髄様癌・未分
化癌・悪性リンパ癌)
③甲状腺機能性結節(プランマー病)
結節性甲状腺腫は、甲状腺の機能にはほとんど異常
がないため自覚症状はなく、知らない間に徐々に大き
くなり、写真のようにのどの一部が腫れ、腫瘤に気づきます。
自覚症状が何もないため放っておく患者さんがいますが、悪性腫瘍の場合もありますか
ら、きちんと甲状腺専門医にかかり検査を受けることをお勧めします。
原因:不明
症状:甲状腺腫瘤…一般的に甲状腺の働きは正常で、甲状腺ホルモンに異常はないのでか
らだに影響はありません。そのために、よほど大きくならない限り自
覚症状はありません。
甲状腺機能性結節…甲状腺ホルモンを必要以上作っており、いろいろな症状(バセ
ドウ病と同じ)がでます。
2.結節性甲状腺腫の
結節性甲状腺腫の治療
結節性甲状腺腫で治療が必要なのは、腫瘤が大きく食道を圧迫している場合と、腫瘤か
ら甲状腺ホルモンが過剰に作られている場合です。腫瘤はどの臓器にもでき、そして手術
して摘出しないことには完治しません。
手術適応は ○腫瘤が大きく、食道や、気管への影響がある人
○腫瘤が小さくても、悪性の疑いがある人
○腫瘤から甲状腺ホルモンが過剰に作られている人
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①内視鏡下手術(VANS)
内視鏡下手術(VANS)
内視鏡下手術は限られた疾病におこなわれますが、開襟衣類の隠れる位置に小さい傷が
できる程度です。
②PEIT(ペイト
PEIT(ペイト)
ペイト)
甲状腺嚢胞に対しての穿刺吸引、縮小させてからエタノールを注入し、嚢胞を消失させ
る方法。2002 年 4 月から健康保険適用。
3.甲状腺悪性腫瘍(
甲状腺悪性腫瘍(甲状腺癌)
甲状腺癌)
結節性甲状腺腫のうち、悪性のものが甲状腺がんです。甲状腺癌には次の 5 種類があります。
①乳頭(
乳頭(にゅうとう)
にゅうとう)癌
甲状腺癌の 80~90%を占める、もっとも発生頻度の高い癌です。この癌は女性に多く、
また若年者や幼児にも発生することがあります。好発年齢は 20 歳から 60 歳の間です。一
般的に甲状腺内転移や頚部周辺のリンパ節転移をおこすことがありますが、外科切除で取
りきれることが多く、生命予後は悪くありません。血液による転移は比較的まれです。
②濾胞(
濾胞(ろほう)
ろほう)癌
甲状腺癌の 10%弱を占めます。好発年齢や性差は乳頭癌とほぼ同じです。癌細胞が周囲
にひろがるタイプとそうでないタイプがみられます。また、肺などに血液による転移をお
こす例があります。その場合は甲状腺全摘をしてから、アイソトープ大量療法をおこない
ます。生命予後もそれほど悪くありません。
③髄様(
髄様(ずいよう)
ずいよう)癌
甲状腺癌の 1~2%にみられます。遺伝的に発生する場合とそうでない場合があります。
遺伝性では多く発生しやすい家系があり、脳下垂体腫瘍や膵臓腫瘍、副腎腫瘍などを合併
することが多いようですが、生命予後はおおむね良好です。また、遺伝とは全く関係なく
散発的に発生することもあります。手術は甲状腺の片側だけを切除する場合と、全部切除
する場合があります。
④未分化(
未分化(みぶんか)
みぶんか)癌
この癌は極めて悪性度が高く、腫瘍が急激に増大して全身転移も早く、ほとんど救命す
ることが困難な癌です。この癌は高齢者に多くみられ、また乳頭癌から未分化癌へ変化す
る患者さんもわずかながらあると考えられています。しかし、発生頻度は非常にまれで、
甲状腺癌 100 人中 2~3 人程度です。
⑤悪性リンパ
悪性リンパ腫
リンパ腫
高齢者に多く、わずかに女性に多い傾向があります。甲状腺腫が急激に大きくなるよう
なら、未分化癌か悪性リンパ腫を疑います。悪性リンパ腫では甲状腺が周辺に広がるよう
に大きくなることが多いため、橋本病との鑑別も必要です。疑いがあればただちに甲状腺
生検をおこない、確定診断を得てから治療を開始します。
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放射線治療ないし化学療法に感受性が高く、治癒が期待できます。一方、広い範囲に転
移している症例では化学療法を中心におこないますが、生命予後はやや厳しいようです。
亜急性甲状腺炎(風邪のあとの
風邪のあとの痛
のあとの痛いしこり)
いしこり)
ウイルス感染が原因と考えられていますが、まだ詳細は不明です。風邪などの感染症、
発熱に引き続いて甲状腺の一部に自発痛、圧痛を伴った硬いしこりが現れます。この硬い
しこりは時間とともに反対側に移動することがあり、初めの病変は次第に消えていきます。
最初は結節として蝕知されるため甲状腺癌との鑑別が必要ですが、自発痛、圧痛がはっき
りしていれば診断は比較的容易です。
甲状腺ホルモン値は甲状腺組織が破壊されるために一過性に上昇することが多いですが、
大半の患者さんは 1 ヶ月~半年の間に正常化します。血液の炎症反応は陽性を示します。
甲状腺自己抗体は原則的に陰性です。
放置していても自然治癒を期待できますが、鎮痛剤や副腎皮質ステロイドが大変効果が
あります。
急性化膿性甲状腺炎(片側に
片側に痛みのある赤
みのある赤い発疹)
発疹)
咽頭からの細菌感染が原因と考えられている非常にまれな疾患で、甲状腺部に痛みのあ
る赤い発疹と腫れが見られます。通常、片側性に発生します。10 歳以下の小児に多いです
が、まれに成人にも見られます。多くの人が幼少時に頸部が化膿した既往を持っています。
甲状腺機能はほとんど正常範囲内です。膿を持つ場合は切開排膿して抗生剤を投与し、咽
頭に感染経路と考えられるろう孔が見られる場合は外科的切除が必要です。
無痛性甲状腺炎(出産の
出産の後の甲状腺ホルモン
甲状腺ホルモン上昇
ホルモン上昇)
上昇)
橋本病、まれにバセドウ病の患者さんが出産すると、2 ヶ月~半年以内に一過性に急激な
甲状腺ホルモンの上昇を認めることがあります。そのあと、甲状腺ホルモンは逆に低下し
てからゆっくり正常化に向かいます。この変化は自己免疫機序による甲状腺の破壊が起こ
って甲状腺ホルモンが血中に流出するためで、痛みをほとんど伴わないためこの病名がつ
いています。
ホルモン値が高いことから、時にバセドウ病と鑑別を必要とすることがあります。原因
ははっきりしませんが、妊娠中に抑えられていた自己抗体が出産後急激に増加するためで
はないかと考えられています。治療は必要ないか、βブロッカーや精神安定剤を投与して
様子を見ます。
このため、橋本病の患者さんが出産する場合は、産後数ヶ月間は、しばしば検査を受け
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てください。
甲状腺の
甲状腺の検査
1.甲状腺機能検査、
甲状腺機能検査、自己抗体検査
甲状腺機能に異常があるかどうか、異常があった場合、バセドウ病や橋本病などの自己
免疫疾患であるかどうかは、1 回の血液検査で次の 6 項目を調べることでわかります。
検査項目
TSH
機
能
検
査
基準値
甲状腺機能亢進症
0.35~3.8μU/ml
↓
↑
→
0.7~1.7ng/dl
↑
↓
→
2.2~4.1pg/ml
↑
↓
→
0.3U/ml 未満
バセドウ病で陽性
橋本病で陽性
橋本病で陽性
0.3U/ml 未満
バセドウ病で陽性
橋本病で陽性
橋本病で陽性
10%以下
バセドウ病で陽性
(甲状腺刺激ホルモン)
フリーT4
(フリーサイロキシン)
フリーT3
(フリートリヨードサイロニン)
TgAb
自 (抗サイログロブリン抗体)
己
TPOAb
抗
体 (抗甲状腺ペルオキシダー
ゼ抗体)
検
TRAb
査
甲状腺機能低下症 甲状腺機能正常
(TSHレセプター抗体)
2.甲状腺画像検査
①甲状腺超音波
:甲状腺の大き
甲状腺超音波(
超音波(エコー)
エコー)
さ、炎症や血流の程度や腫瘍があるのか、
腫瘍の性質やリンパ節への転移などがわ
かります。甲状腺の病気をしている人に最
低限必要な検査です。
写真左では(甲状腺が腫れているが、)、
血流がほとんどありません。しかし、写真
正常機能
右では血流(赤青が血流)を見ることがで
バセドウ病
バセドウ病
きます。
②甲状腺 MRI、
MRI、CT、
CT、レントゲン:甲状腺の腫れやコブが、周辺の臓器である食道や気管
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にどのように影響しているか
が診断できます。甲状腺腫や腫
瘍の大きい場合は、気管が圧迫
され位置がずれていたり、狭窄
していることもあります。正常
の気管は正中にまっすぐ通っ
ていますが、甲状腺腫瘍のため
気管が細くなり右へずれてい
るのを縦切りにした MRI の画
像です。
③甲状腺シンチグラフィー
甲状腺シンチグラフィー:放射線物質を利用し検査する方法ですが、とても少量の放射
線物質を使用するので、妊娠している方以外は心配がありません。
この検査の目的は、甲状腺機能亢進症の原因疾患を調べることです。写真のように、バ
セドウ病や機能性結節には放射性物質のとりこみがありますが、他の病気にはとりこみが
ないか又はわずかです。
シンチグラフィー検査は、腫瘍の大きさ・形がわかり、癌の場合は移転したリンパ線の
診断に役立ちます。
甲状腺機能性結節
バセドウ病
バセドウ病
3.穿刺吸引
穿刺吸引細胞
吸引細胞診断
細胞診断
結節性甲状腺腫の場合、悪性か良性か鑑別するのに
腫瘍に直接針をさし、その細胞の病理診断をします。
細い針をさすので、余り苦痛は感じないという資料
と、痛い検査であるという資料があり、その点はよく
分かりません。
甲状腺の悪性腫瘍の5種類のうち、濾胞癌以外の組
織病理診断がほぼわかります。その組織型により手術
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正常
方法や放射線治療や化学療法などを考えて治療にもっていきます。濾胞癌は、甲状腺エコ
ーや穿刺吸引細胞診でも診断は難しいです。
4.触診
甲状腺診察の基本は触診です。肩の力を抜いて正面
を向くか、
やや顎を上げた状態で医師と向き合います。
医師は両手の腹で甲状腺を触診します。周囲に広がる
ように腫れているのか、腫瘍が存在しているのかを見
極めます。次に同じ体勢で唾を飲み込むよう指示され
ます。ほんのわずかな指先の感触で小さな癌が発見さ
れることも少なくありませんので指示通りにおこなっ
て下さい。
5.自己チェック
自己チェック
甲状腺疾患の患者さんは『健康診断でクビが腫れて
いると指摘された』
『友人からクビが腫れている』と言
われた『何気なく触ったらしこりのようなものが触れ
た』
等で発見されることが少なくありません、
つまり、
見た感じや触った感じで発見されることが多いのです。
触診方法は親指ないし人差し指・中指の腹の部分を
皮膚から気管に軽く押し当てて、ゆっくり優しく上下左右に移動させながら感触を調べま
す。指先に何か触れた場合はその体勢で唾を飲み込んでみます。甲状腺は気管に付着して
いるため一緒に持ち上がってきて動くのがわかります。もし動かない場合は甲状腺に出来
たものではありません。当然、正常な方は”しこり”としては触れないはずです。
また、資料として甲状腺の自己チェックリストを添付しますので、ご活用下さい。
以上
参考文献
「家庭の医学」時事通信社(デジタル版)
インターネット「甲状腺疾患講座」医療法人社団
甲状腺病研究所
つ以上あてはまるものがあったら、1 度血液検査を!
インターネット「甲状腺の病気」岩淵 裕(東京都立広尾病院外科医長)個人 HP
「私のバセドウ病を探って」吉田満喜子/著 健友館/刊 ¥1,500(込)
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