平成 26 年度「成長事業分野等における中核的専門人材養成 の戦略的推進事業」 日本型コンシェルジュの世界 ・・・・あなたのホテル旅館を高品位にするために 訪日外国人受け入れに対応する日本型コンシェルジュ育成事業 学校法人 穴吹学園 専門学校穴吹ビジネスカレッジ (目次) はじめに 今、日本型コンシェルジュを提言する意味 1 第1章 コンシェルジュとは何か 4 (この章の狙い) 4 (1) コンシェルジュ概念の起源 (2) 欧米ホテルビジネスにおけるコンシェルジュのありかた (3) コンシェルジュの基本的な役割 (4) 日本におけるコンシェルジュの種別 第2章 ホテル・旅館業の基礎知識 12 (この章の狙い) (1) ホテルと旅館 それぞれの産業略史 (2) ホテル産業の業態分類 (3) 旅館業の業態分類 (4) ホテル業と旅館業の違い 第3章 コンシェルジュとしての接遇 25 (この章の狙い) (1)みだしなみ (2)姿勢・物腰 (3)挨拶 (4)接客用語 (5)職場のなかでの振る舞い 第4章 インバウンド客対応の初歩 (この章の狙い) (1)インバウンド客に対する基本的な心構え (2)インバウンド対応の初歩会話事例 33 第5章 インフォメーション・ガイド機能 37 (この章の狙い) (1)ルーム・インフォメーション (2)ハウス・インフォメーション (3)交通機関 (4)シティガイド(各種チケット手配など依頼事項含む) 第6章 飲食施設についての基礎知識 46 (この章の狙い) (1) 飲食施設の業態と業種 (2) 各種専門店の特徴と対策 (3) 飲食施設との接点をつくる 第7章 食材・調理・飲料の基礎知識 52 (この章の狙い) (1)西洋料理の世界 (2)日本料理の世界 (3)中国料理の世界 (4)アルコール飲料の基礎知識 第8章 日本文化理解初歩 59 (この章の狙い) (1)日本の季節感 (2)日本人のおもてなし 第9章 海外文化理解初歩 (この章の狙い) (1)外国人と接触する時の基本マナー(プロトコル) (2)食の宗教的タブー 67 第 10 章 地元学の構築 74 (この章の狙い) (1) 「地元」を調べることの意味 (2)地域密着をどう可能にするか 第 11 章 「サービス」と「ホスピタリティ」 82 (この章の狙い) (1)サービスとホスピタリティ 語源から探る発生の違い (2)サービス「業務」とホスピタリティ「おもてなし」 (3)なぜ、今、ホスピタリティか? 第 12 章 日本型コンシェルジュとして「生きる」こと 89 (この章の狙い) (1)日本型コンシェルジュに必要な資質 (2)感情労働としての日本型コンシェルジュ (3)日本型コンシェルジュの将来 参考文献 95 (はじめに) 2014 年という年は観光産業にとって画期的な一年となりました。 何と言っても、訪日外人観光客の数が2年連続で1000万人をこえ、13 00万人まで数字が伸びてきました。この勢いが持続できれば、東京オリンピ ック、パラリンピックのある2020年に3000万人という数字の達成が可 能になるかもしれません。 そして、政府が主導する「地方創生」の声も上がってきました。まだ、その 中身は見えていませんが、地方に予算と関心が集中されるきっかけが生まれて います。 いよいよ「おもてなしの国・日本」への本格始動です。 外国も含めて遠来の客を楽しく迎え入れ、そして日本国内の、それもすぐお 隣に住んでいるような人たちにも、あらゆるサービス業の施設が優しく、人間 的に接するような社会の実現に具体的に一歩踏み出そうという瞬間に我々は今、 佇んでいます。 この「成長事業分野等における中核的専門人材養成の戦略的推進事業」のプ ロジェクトに、観光分野が占める比重には決して軽くないものがあると思いま す。 平成 26 年度、わたしたちは観光分野の中でも、宿泊産業のフィールドにとく に注目し、ホテル・旅館双方を視野に入れたなかで、 「コンシェルジュ」という 比較的新しい職域についての人材開発を考えることにしました。 人は旅をする生き物です。そして旅に不可欠なものが宿泊施設でしょう。旅 している間、一日のうちおそらく平均して10時間近くは、宿泊施設のなかで、 人は時間を過ごしているのではないでしょうか? 人は眠らなければならない し、旅先で食事もとらなければなりません。 そんな旅を安全かつ楽しくするためには、なんといってもいちばん大量に時 間を消費する宿泊施設での「おもてなし」が決め手になるのではないでしょう か? 明るい日中、素晴らしい景色を眺め、おいしい料理を食べても、肝心の 宿舎で嫌な気分になったらすべてが台無しです。 そして、宿泊施設でのおもてなしは、 「料理」もあるでしょうし、客室のしつ らえも大事。でも、いちばんは宿の人がどれだけ温かい気持ちで旅人を迎え入 れるかでしょう。 わたしたちが、ホテルや旅館の中のスタッフの中でも「コンシェルジュ」に 1 1 着目したのも、よく「よろず承り係り」と訳されるこの職務が、ゲストの気持 ちに常に寄り添って、ある意味ホテル旅館が顧客に示す好意のいちばんの代弁 者と考えたからです。 良いコンシェルジュがいるところに、また行きたくなる。人は親身になって くれる人がいるところに愛着を感じるのです。豪華なシャンデリアや華麗なフ ランス料理の皿の上だけで、愛着を得ることはできないものです。 そんな経緯でおもてなしプロバイダ―としてのコンシェルジュについての人 材養成プログラムを考えようとしたのですが、今、コンシェルジュというと代 表的なものが、東京や京都・大阪など大都市にある最高級のシティホテルの方 たちを指すことが多いのです。 わたしたちもはじめ、外人客がもとから多く泊まる国際級ホテルのコンシェ ルジュを尋ね、様々、取材を重ねました。 どこも素晴らしいおもてなしを実現するコンシェルジュを擁していて、日本 のホテル産業の水準の高さを実感させていただきました。 しかし、一面、これは皮肉ではなく、シティホテルのコンシェルジュのレベ ルが高すぎて、そのままの形で、育成プログラムに反映させることの困難を感 じました。 とはいえ、取材過程で、いかにコンシェルジュの存在がそのホテルの人気を 高め、リピーターを生み、つまりブランディングに寄与するかも、よく理解で きました。 そこで、わたしたちは、コンシェルジュという「思いやり」の職務をなんと か、地方都市のホテル、観光地の旅館やリゾートホテル、はたまたビジネスホ テルのフロント要員などにも導入できないものかと検討を重ねることにしまし た。 これをあえて「日本型コンシェルジュ」と名付け、シティホテルがやってい る水準には届かないかもしれないが、顧客密着、そしてその地域文化との連携 役としての機能は果たせるのではないかという前提で、プロジェクトに臨みま した。 最初は泥臭いかもしれないし、行き届かないかもしれない。でも、その宿泊 施設のある地域の文化とそこを訪れる旅人との接点を担う人がいれば、それは 立派なコンシェルジュではないか、と思います。 訪日外人客が今後も増えるでしょう。シティホテルの洗練されたコンシェル ジュサービスは多くのファンを獲得することでしょう。でも、日本全体のおも 2 2 てなしの底上げは、地方やビジネスホテルでのサービス・ホスピタリティレベ ルの向上がなければありえません。 その観点で、わたしたちは「日本型コンシェルジュ」に向けて、カリキュラ ム体系の整備、知識教材の開発に取り組んだ次第です。 今、手に取られているこの冊子は、日本型コンシェルジュに必要な知識を詰 め込んだ教材ですが、基本的には、まずこれくらいは知っておいてほしい、と いう初級レベルでまとめてみました。 まだまだ、これは試作品段階で、これからさらに構成の吟味、目次の改廃な どを進めなければいけないと思いますが、手がかりがなければ先に進めません。 創造的なご批判、ご意見をたまわれれば幸いに存じます。 学校法人穴吹学園 3 3 専門学校穴吹ビジネスカレッジ 第1章 コンシェルジュとは何か (この章の狙い) ここでは、 「コンシェルジュ」という職務がどのような経緯で生まれ、どのように展開し てきて、現在に至ったかについて考えます。 まず、コンシェルジュという言葉の語源、発生を説き、それが今、現在、欧米ではどの ような形で展開しいくかを簡単に見ていきます。 そして、その職務が日本のホテル業界に導入され、そしてそれがどのように拡散してい ったかをたどり、最後に西欧に学びながらも、これからの日本のホテル旅館業界に必要な 「日本型コンシェルジュ」像を提案したいと思います。 (1) コンシェルジュ概念の起源 コンシェルジュ(Concierge)という言葉の語源をラテン語までさかのぼると、”Con Servos” (コン・セルヴォス)という説が一般的で、これは、仕える人、あるいはお供、と いう意味の Con と奴隷(英語で言う slave)を意味する”Servos”を一緒にしたもので、 直訳すれば「奴隷のお供」、「奴隷に仕えるもの」といことになります。ちなみに、サービ ス(Service)の語源も、この Servos と無縁ではありません。 奴隷にお供がいるのか、と奇異に思わるけれど、古代ローマは奴隷制社会で、奴隷たち を管理するために見張りや門番が必要になり、それが”Con”ということになるわけです。 これが後世、転じて、ある建物に居留するゲストたちのためにいろいろな面倒をみる役目 という意味の Concierge になったとする説がひとつ。 もうひとつは、フランス語の”Comte de Cierge”で、comte(コント)は爵位、cierge は教会で使われる蝋燭のこと。つまり教会の祭壇に灯す蝋燭を司る者という意味で、転じ て concierge になったという説もあります。 そして、今、一般的に使われているコンシェルジュという言葉の上品さとはうらはらに、 ここから派生した言葉に conciegerie(コンシェルジュリー)というのもあり、これはパリ 1区、ノートルダム寺院のすぐそばに作られた監獄を指しています。多くの王侯貴族も投 獄された監獄ですが、そこの鍵番をコンシェルジュと称したとも言われています。 なお、今、国際的な一流ホテルのコンシェルジュたちが集まって、”Les Clefs d'or” (レ・クレ・ドール)の会を作っていますが、これは黄金の鍵(クレ)という意味。コン シェルジュの象徴である「鍵」はパリの監獄の鍵番からきていることになります。 いずれにしても、なんらかの形で「館」にいる人たちのたちを管理したり面倒をみる、 というイメージの言葉が concierge ということなのです。 4 4 この概念がフランスではアパルトマン(集合住宅)の管理人を意味するものとして多用 され、その後の 1900 年前後から一流ホテルで顧客の様々なリクエストに応える仕事にまで 拡大適用されていったのです。 レ・クレ・ドール・インターナショナルの見解では、初めてコンシェルジュの人たちが 集まったのは、1908 年、フランスのことで、このとき集合した 10 名がホテルコンシェル ジュをきちんとホテルの仕事の一部として位置づけたとされています。 この活動は第一次世界大戦で一時的に休止を余儀なくされましたが、終戦後はパリの高 級ホテルのコンシェルジュを中心に活動が再開され、今にいたる下地が作られたわけです。 (2)欧米ホテルビジネスにおけるコンシェルジュのありかた このようにコンシェルジュ職の発生は 20 世紀初頭のフランスだったと考えてさしつかえ ないようです。 この頃の旅行の形態は船旅が主流、そして旅行客は基本的に裕福な階級に属し、当然、 運ぶ荷物の量も半端ではなかったと思われます。ルイ・ヴィトンのかばんなどは、こうし た 20 世紀はじめの貴族的なツーリストのために頑丈なものを作ったことで定評を得たほど です。そして、当然、ひとつのホテルに長期滞在で、1カ月、2カ月の逗留などざらだっ たように思われます。 そうなると、ホテル側も宿泊客の予約確認、港までの出迎え、荷物の運搬などにベテラ ンの世話係が必要になります。また、宿泊泊客は生活をまるごと移すようなものなので、 そこでの暮らしを豊かで便利なものにするためにも、土地のことを良く知っていて、また 人脈もあるコンシェルジュを必要とした事情があったのです。 このような経緯を経て、ホテル業界に定着した初期コンシェルジュ職には以下のような 特徴が見られます。 1、基本的に宿泊客のパーソナルな要求に応える(パーソナライズド・サービス) 2、活動の場所は主にロビー。レストランや客室などでの面倒は、そこのスタッフに任せ る(基本的にはロビーサービス) 3、大事なポイントだが、主たる収入は個客からのチップ(tip)による(顧客の気分によ り額が左右されるが、基本的には頑張った分だけ報酬が厚くなる成果配分制だ) 4、自分が忠誠を尽くす相手は、あくまで顧客で、ホテル組織に対するロイヤルティ(忠 誠)は二の次(きわめてスペシャリスト)。 5、自分ではできないことを、他ホテルのコンシェルジュに頼むことで解決する習慣が初 5 5 期からあり、そういう意味では個別ホテル企業の枠に縛られないギルド(職人集団)的な 要素がある 1にあるパーソナルな要求の中には、単なる観光ガイド的なものではなく、この土地の これを調達せよ、とかこの地域の有力者とコネをつけたいとか、子供の家庭教師を選んで くれ、といった様々に個人的なものがまざってきます。 コンシェルジュは、そうした時に想定外の要求にも応えなければならないので、幅広い 知識、問題解決に役立ちそうな人を知っている人脈などを具備しなければいけない。単純 にその土地の地図とかガイドブックを渡せばそれで済むという仕事ではないのです。 きわめて個人的なリクエストに応じるのが仕事ですから、当然、その顧客にとって、他 人に知られたくないようなことについての解決策も出てきます。口が堅くて、顧客に信用 される人柄でなくてはつとまりません。 日本ではコンシェルジュというと、まだまだ若い女性が中心になっていますが、ヨーロ ッパではやはり中年過ぎの、人生の酸いも甘いもかみ分けた男性が多いのもそういう背景 があるからです。 2の働く場所はロビーです。通常はコンシェルジュ専用のデスクがあり、そこで待機し ます。ロビーサービスですが、ドアを開けるのはドアパーソンの、お客をフロントからル ームに案内するのはベルパーソン、荷物や服を預かるのはクロークの仕事ですから、コン シェルジュは肉体労働ではなく、頭脳労働ということになります。 3の報酬。ここが微妙なところですが、元来はホテルからの給与はもらわず、もっぱら お世話した顧客からのチップ(またはグラチュイティ=心づけ)を収入源としていたので す。 世界でも一流と言われるホテルのコンシェルジュになると、そのチップだけでそのホテ ルの総支配人よりも多い年収を得られたりする例もまれではないといいます。 ヨーロッパでは、とくにそういうパーソナルな用件に人手を煩わせることに対して、き ちんと対価を払う習慣があるのです。 よい待遇を確保する究極のコツは、チップをけちらないこと、というのは欧州ではとく に効きます。ホテルに着いたら、なるべく早く、いちばん気が利きそうなコンシェルジュ を探し出し、チップをど~んと渡す。日本円で1万とか2万ではだめで、まあ5万円以上 の半端じゃない額を渡すのがコツと聞いたことがある。そうすれば、必ずコンシェルジュ が味方になってくれて、それこそ魔法的なことが起きるらしいです。好意をお金で買うと いうのは、我々日本人にはどぎつい行為なのですが、向こうはプロフェッショナル。支払 った額以上の便利さを提供してくれるのだから、チップを渡す時の痛みはあっても、結局、 そっちがお得ということなのです。 6 6 つまり、コンシェルジュの仕事は、ホテルの組織から与えられる業務ではないのです。 あくまで、奉仕の対象は顧客です。その意味では、総支配人から始まるホテルの組織図に なじまない部分が当然出てきます。まして、報酬の大半も顧客から直接渡され、ホテルか らの給与でないのですから、コンシェルジュとしては、ホテルには「稼ぐ場所」としての 忠誠度はあっても、組織としてのホテルに縛られているわけではないのです。もしも、気 に入らないことがあれば、もっといい顧客のいるところに移籍すればいい、ということで もあります。これが4のいうスペシャリストたるゆえんです。 但し、こういうホテルの命令系統に明快に組み入れられないことをあまり愉快に思わな い部分もあります。ヨーロッパに比べて、アメリカではホテル経営は総支配人のもと一糸 乱れぬ運営をすることがよしとされたので、スペシャリスト的なコンシェルジュの職を正 式に認めるまでは時間がかかりました。組織図的にも、「ゲストリレーション」の名前を与 え、フロント部に所属させるケースが多く見受けられました。 このことは日本でも同じで、コンシェルジュのような特殊な職を設けると、組織秩序が 乱されるというホテルが多かったのも事実です。日本ではチップ制度がないから、なおさ らでした。 しかしながら、コンシェルジュという顧客に密着した親切な知り合いが、そのホテルに いるかどうか、も顧客がそのホテルを選び続ける重要な要素になってきた現在。アメリカ でも日本でも、コンシェルジュという職名が正式にセクション名として定着しはじめてい るのも事実です。 最後にギルド的な要素。 自分一人の力で解決が難しい案件を、他のホテルにいるコンシェルジュの力を借りて解 決に導くことがよくあります。コンシェルジュによっては、航空券の確保なら任せなさい と言う人もいれば、歌舞伎座のチケットならなんとかなるよ、といった具合に、それぞれ がとくに強い部分をもっているので、それをお互いに利用するわけです。また、顧客が次 の訪問先に行く予定があるときには、コンシェルジュ同士がその顧客情報をある程度知ら せ合うこともあります。 当然、協会などを作って、コンシェルジュ同士が切磋琢磨する機会もあるようです。 (3)コンシェルジュの基本的な役割 コンシェルジュはよくホテルの中の「よろず承り係」と訳されることが多い。いってみ れば「便利屋」さんでもある。 その業務の特色を上手に表現したのが、以下の多桃子氏の言葉です。 7 7 「今日のコンシェルジュは、ホテルのマネジメントを代表して、お客様のこまごまとし た要望に出来る限り応え、苦情なども処理する役割を負った、ひと言で言えばお客様サー ビスの総責任者であり、その能力は、ホテルの質そのものを決定づけるほど重要です」(多 桃子『黄金の鍵で、心、読みます』2006) それでは具体的にどんな業務内容なのか。 1、ルーム・インフォメーション 2、ハウス・インフォメーション 3、シティ&エリア・インフォメーション 4、リクエスト対応 5、VIP対応(日本での特色) などが主要な業務になります。 これらを大別すると、1~3は「ガイド機能」、4が「カウンセリング機能」、5が「アテ ンド機能」となりましょう。 1はどんな顧客がどの部屋に滞在しているか、を把握すること。この仕事は基本的にフロ ントの業務範囲なのですが、コンシェルジュとしてはホテルにとって大事なVIP客も含 め、団体客の大雑把なルームアサイン(どの部屋にそのお客を入れたかを示す言葉)状況 を把握していることは必須です。 2は自分のホテルの中のことをきちんと把握しておくことを指します。各種レストラン、 アスレチック施設、ショッピング施設などの営業時間などはもちろん、大きな会議、イベ ントの会場、時間などについて、担当セクションへの照会なしに答えられることが望まし いのです。 3は交通機関などの案内。市内観光バスや観光ルートの紹介などはもちろん、その地域の お祭りやイベント、美術館・博物館などで行われている特集展示などまで顧客に伝えたい ものです また、希望者には、その土地柄を楽しむための旅程をつくることができるくらいまで、 その地域についての知識を深めておくことも重要です。 4は各種チケットなどの手配業務、レストランなどへの予約代行業務などが代表的な仕事 だが、この他にも思いもよらない相談事があるといいます。そういうリクエストにできる かぎりNOを言わないでいけるか、そこでコンシェルジュとしての力量が問われるのです。 8 8 5については、比較的、日本のコンシェルジュに多く割り当てられている役割です。もと もと、日本ではコンシェルジュという職名がなく、ゲストリレーションと称される例が多 かったのですが、その業務のひとつにホテルにくる特別に重要な顧客に対するアテンド(随 伴して面倒をみること)業務を含ませることが多かったからです。一般的には、総支配人 室のような総支配人直轄の組織があってそこが対応することが多いのです。 (4)日本におけるコンシェルジュの役割 日本で初めて、コンシェルジュという職務を意識的にホテル組織に取り入れて特徴を出 そうとしたのは、1987 年、東京・銀座に誕生したホテル西洋銀座だと思われます。 このホテルは西武セゾングループが絶頂期に作られたもので、東京・銀座という超一流 の立地にたった 77 室(全室スイート)のラグジャリーホテルを作ろうと構想されたもので、 そのサービスの新機軸として導入されたのが、コンシェルジュだった。 当初から、お客様からのあらゆる相談ごとに応えますという姿勢を明確に打ち出したこ ともあり、お客の客室ライフにまつわるサービスを担うバトラーサービス(たとえば靴磨 きであるとか衣服のランドリーの手配といったことを手伝う)とともに、新しいホテル機 能ということで大きな話題をまいたのです。 西洋銀座は 2013 年、惜しまれながら閉館して今はありませんが、コンシェルジュの言葉 をホテル業界に植え付けた功績には大きなものがありました。これ以降、都市ホテルでは コンシェルジュの職種をきちんと設け、専用のデスクやコーナーを設けるところも出てき ました。つまり、職種として社会的に認知されてきたのです。 その後、コンシェルジュ、ホテル業だけではなく、接客を伴う様々なサービス業にまで 広がっていきます。それは、主にコンシェルジュがもつ「ガイド機能」に着目したもので、 それまでにインフォメーションデスクであるとか顧客相談係といった職名で存在していた ものをコンシェルジュという言葉で置き換えることで、サービス業のエッセンスを皆様に 提供していますよ、というメッセージにしたいということの表明のように思えます。 たとえば、今、JRの駅には駅コンと略して語られることもある駅コンシェルジュがい るし、百貨店にも買い物コンシェルジュがいて、顧客の買い物の随行、アドバイスを行っ たりしています。観光地にも○○コンシェルジュという人がいて、ガイドをしてくれたり するのです。最近では遊戯施設にもコンシェルジュがいたりするという時代になったので す。 コンシェルジュという言葉の響きが上品なのも手伝っていますが、やはり顧客からの問 い合わせに真剣に対応します、とのイメージがその業種の品格アップにつながるというこ となのでしょう。 9 9 このように、コンシェルジュという言葉の使われ方が若干インフレ気味になっているの ですが、ホテル本来で使われているコンシェルジュにも、もう少し広義の意味を持たせ、 地方都市のホテルや観光地の旅館、リゾートホテル、そして宿泊特化型のビジネスホテル などにも導入しやすいように考えようというのが、この「日本型コンシェルジュ」という 概念の提案なのです。 このことは「はじめに」でも触れたことですが、コンシェルジュという職種の考え方を、 もっと幅広に捉え、都市ホテルのそれのような研ぎ澄まされた専門職ではなく、ホテル旅 館の日々の営みに係る人たちの大半がコンシェルジュ的な役割を果たせることが、日本の 宿泊施設のホスピタリティレベルを一気に押し上げるのではないかと考えてもいいのでは ないでしょうか。 日本における「都市ホテル型コンシェルジュ」、このテキストでいう「日本型コンシェル ジュ」そして、今、日本の各種商業施設で増殖中の「ガイド機能型コンシェルジュ」を比 較したのが、次ページに掲載した表になります。 10 10 11 11 ・宿泊客からの各種問い合わせ対応 ・着地型刊行の提案 ・旅館独自、又は地域イベントへの参 加勧奨 ・館内の利用ガイド ・地域との連係プレー提案 専門職化の方向 (ゲスト・リレーションの職位名も) ・宿泊客からの各種問い合わせ対応 ・宿泊客の旅程手配 ・宿泊客のダイニング・ガイド ・宿泊客の各種チケット手配 (・館内の利用ガイド) ・VIP 接遇(一部のホテルで) ・個別レストラン・施設の開業披露などへの参加 有 3~6名 高度なコンビニエンス実現によるリピーター創造 専門職傾向 仕事の内容 地域との接触 専門デスク チーム 実現する価値 顧客密着 専任はいない 無 ・地域づくりへの積極的参加 ・地域イベントへの労務提供 フロント・客室係の兼任 都市ホテル 所属業態 日本型コンシェルジュ 地方都市・リゾートホテル・旅館 (含 ビジネスホテル) 都市ホテル型コンシェルジュ コンシェルジュ3類型比較 ユーザーフレンドリーの実現 2~3名(交代制) 有 ・基本的に外部との接触は希薄 (マスコミ対応はあり) ・館内利用問い合わせ対応 (ガイド機能オンリー) (・VIP接遇) 極めて限定された専門職 様々な商業施設 (百貨店・駅・SC・遊技施設… …) ガイド機能型コンシェルジュ 第2章 ホテル・旅館業の基礎知識 (この章の狙い) コンシェルジュデスク、あるいはゲストリレーションのコーナーにいると、顧客にとっ ては、それだけで何となく頼もしくなって、なんでも知っていそうな感じがするものです。 もちろん、いろいろなリクエストや質問が寄せられるのですが、そのなかに、素朴な「ホ テルっていつ頃から始まったの?」とか「旅館とホテルって、どこが違うの?」といった 問い合わせがあったりします。 宿泊施設の中での「物知り屋」さんとして、ある程度、自分が働いている業界の歴史や 特性などを知って、分かりやすく説明できることは意外に大事なことのように思います。 この章では、あなた方が働いている業界についての基礎的な知識を提供します。 (1)ホテルと旅館、それぞれの産業略史 まず最初に、日本という国が宿泊文化という点では世界にも類例のない特徴を持ってい て、それは実に誇らしいことだと示したいと思います。 というのは、日本で旅をすると、夜を明かすための場所、つまり宿泊施設に大きく2種 類のタイプが用意されていて、自分の好みで選べるということが、他の国ではできない素 晴らしいことなのです。 日本には宿泊施設に「ホテル」と「旅館」の二大選択肢があります。そのふたつの違い については、のちほど詳しく論じますが、大雑把にいって、ホテルは洋風、ベッド、旅館 は和風、お布団といったイメージの差がありましょう。接客でいえば、きりっとしたユニ フォームに身をつつんだホテルパーソンと綺麗なお着物をまとったお部屋係さん、といっ た差があります。 わたしたち日本人は、旅をしているとき、その時の気分で西洋風でこざっぱりし、能率 的なホテルを選んでもいいし、ちょっと温泉につかってリラックスしたいな、早目に浴衣 に着替えてお庭や町の情緒を楽しみたいなと思えば旅館を選ぶことができます。 こういうことが出来るのは、世界広しといえど、先進国ではおそらく日本だけではない でしょうか。 グローバル的に眺めるなら、世界中の宿泊施設はほとんど洋式のベッドルームタイプの ホテル形式になってしまっています。お隣の韓国には、オンドル(床暖房)を入れた広めの 部屋に複数の旅人が相部屋なる「韓式旅館」があったのですが、首都ソウルでもほとんど 見かけなくなったといいます。 日本にくる外国人は増えつつありますが、彼らにも都会のホテルだけでなく、地方やリ 12 12 ゾートに足を運んでもらい。旅館という文化をどんどん体験してほしいものです。 旅館は日本ならではの文化として、世界に誇っていいものです。コンシェルジュとして、 もしも外人さんから温泉旅行などの相談があれば、堂々と胸を張って、旅館のこと説明し てほしいものです。 [ホテル業の歴史―前史] ホテルの歴史というのは、元をたどればはるか、はるか昔の始まりですから、もちろん 諸説あります。 人間が他の動物と際立って違うところがあるとすれば、そのひとつは「移動する」とい うことです。人間は食べ物がなくなれば、入手できるところがあれば、そこに移動します。 ホモ・サピエンス(現生人類)イコールホモ・モーベンス(移動人類)という表現を使う 学者もいるほどです。 1991 年、オーストリア国境近くのアルプスから下山中の登山家夫婦が谷底に転がってい るミイラのようなものが発見した。これが実は 5000 年前の人間で、手傷を負いながら、ア ルプス越えの旅をしていたらしいことが、その後の研究で明らかにされたのです。このミ イラは通称アイスマンと呼ばれていますが、要するに新石器時代から、人間は旅をしてい たということなのです。 旅をすれば、当然、どこかで夜明かしをしなければならない。ですから、お宿の歴史は 相当前に遡れます。 紀元前、アジアとヨーロッパを「隊商」が行き来していました。ラクダや馬に乗って交 易のための旅をしている一団を泊めるための施設がキャラバンサライ(隊商宿)でした。 ギリシャ時代は、都市国家ポリスの全盛。ポリス間を往来する人が多く、そこでは宿泊 もできる「レスケ」と呼ばれる施設が生まれ、またとくにギリシャ人以外の外国人を泊め る「パンドケイオン」と呼ばれるものも作られています。 ところで、多くの人間が一塊になって旅をするのが軍隊です。古代ローマ帝国は、イタ リアに発し、軍隊をどんどん外国に派遣し、その勢力範囲を広げていったのです。当然、 遠征先に兵舎のようなものを建てていったにちがいないのですが、ここで大きく触れてお きたいのは、古代ローマ人の温泉大好きぶりです。 よく映画などでも描かれるように古代ローマは、温泉を利用した大浴場を各地につくり、 そこをある種の社交センターにしていました。お風呂好きの国民性は軍隊遠征中でも、ヨ ーロッパ各地で温泉を探し、浴場施設をつくることに発揮されたのです。 今も温泉観光地として隆盛を誇る南ドイツのバーデン・バーデンやバート・ホンブルグ などは、みんな古代ローマ帝国軍が発見したものです。なお、古代ローマの版図はシーザ 13 13 ーの時に最大になり、その勢力範囲は英国にまで及んだのですが、彼らの好んだ場所に、 今ならロンドンから特急で 1 時間ほどのところにバース(BATH)というのがあります。こ こが温泉地で、英語で風呂場、浴場のことをバスというのは、この地名が語源になってい るのです。 現在でもホテルが提供する機能は、寝る場所(ベッドルーム)、食事が提供される場所(中 世ではリフェクトリーという)、そして人々が集う場所、の3つが重要です。 この3つの機能を結果的にみごとにひとつの館に集約し、今のホテルの原型に近いもの となったのが、ヨーロッパ中世 12 世紀から 14 世紀くらい(それはちょうど大量移動を伴 う十字軍遠征の時代と重なります)に発達したホスピス(Hospice)です。 これは、ヨーロッパに点在するキリスト教の僧院が巡礼者のために施設の一部を開放し たもので、壁際に寝るコーナーがずらっと並んだベッドルーム(個室ではない)、テーブルが 整然と並ぶリフェクトリー(食堂) 、そして礼拝堂(みんなが集まる場所)が備わっていま した。このホスピスはホスピタリティと語源を同じくしていて、のちにホテル(Hotel)と いう名称に変わっていきます。 中世からルネサンス(14 世紀~16 世紀)に時代が変わると、個人の自由が保証され、富 を求めて旅をする人も増えます。そういういわば個人旅行のために、1階が馬車が止めら れるスペース、2階以上がベッドルームというスタイルのイン(Inn)が誕生します(イタ リア・フィレンツェが発祥との説) 。いってみればステーションホテルの元祖のようなもの です。 このインという業態はドイツ、英国にまで波及し、ヨーロッパの市民社会形成に一役買 っていくことになります。 インには人が集まるので、そこにコーヒーなどを提供するコーヒーハウス(カフェ)が生 まれ、酒場(タバーン)が登場するのも時の勢いだったのでしょう。 [ホテル業の歴史―近代から現代へ] こうして、徐々に今あるホテルの様式に近づいてくるのですが、意識的に「ホテル」と 名乗り、18 世紀から 19 世紀にかけてのブルジョワジー(富裕層)の旅の需要に応え、豪華 華麗に施設を展開したのは、パリが先駆け。 1850 年、パリに「グランドホテル」が生まれ、これが現代までつづくグランドホテルの 源流になったのです。 このグランドホテルに様々な近代的な経営手法を取り入れたホテル業界の精神的な父と いうべき人間が、スイス生まれのセザール・リッツ。セザールは 1880 年、パリにリッツを つくり、優美なホテルサービスを創造しました。今も、リッツカールトンホテルのブラン 14 14 ドに名前を残しているのはご承知の通り。 このように 19 世紀から 20 世紀への変わり目が「グランドホテルの時代」。ちなみに、我 が帝国ホテルも 1890 年の誕生。世界のグランドホテル時代に対応しています。 こうしたブルジョワジー的なホテル展開とは、一味異なった展開となったのが、アメリ カでした。 アメリカにも、もちろんグランドホテルは生まれたのですが(その代表格がNYのウォ ルドルフ―アストリア) 、もともと建国の精神が独立自尊ですから、貴族階級だけしか泊ま れない業態に限界を感じるホテル企業家も現れます。 近代ホテル革命の父と呼ばれるエルスワース・ミルトン・スタットラーが 1908 年、バッ ファローに開業したスタットラーホテルは「近代的なホテルを大衆料金で」を看板にして、 一気に全米に拡大するチェーンになった。 まず、建築仕様からお部屋の家具・備品まで標準化し、コストダウンさせ、大衆価格料 金でも利益が残る体質にする。そして丼勘定をやめ計数管理をしっかり行う。今では当た り前のことを実行したのがスタットラーで、ホテルが一気に「企業化」していくきっかけ を作ったことになります。 そんなスタットラーの衣鉢を継いだのがヒルトンホテルチェーンの創業者コンラッド・ ヒルトン。ヒルトンホテルは米国内だけでなく、国外にまで進出し、グローバルホテルチ ェーンになります。 第二次大戦後のアメリカのホテル業界は、ほとんど一人勝ちの繁栄ぶりを背景に百花繚 乱のように多数の企業家が出現します。 自動車を使ってセールス旅行する人たちのために、より大衆的な価格で高品質なモーテ ルチェーン、ホリディインを作ったケモンズ・ウイルソン。ワシントンDCの街角でアイ スクリームの屋台をひいていたジョン・ウイラード・マリオット Sr.が展開するマリオット ホテルチェーン、そしてE・ヘンダーソンとR・ムーアの二人組が開発したシェラトンホ テルチェーンはアメリカで最初のホテル業としての株式上場を果たします。短い期間で世 界最高のホスピタリティを実現したと言われるフォーシーズンズホテルのイサドア・シャ ープの名も忘れてはいけません。 このように、ホテル業界にも様々なイノベーターがいて、今のホテル業界になっている のです。 [ホテル業の歴史―日本では] 日本のホテル業は、結局、「輸入品」です。 15 15 江戸時代のはじめにはオランダとの交易があって、長崎の平戸と出島に商館が設けられ、 ベッドルームが備え付けられた。長崎市出島の博物館でその頃の洋室を見ることができま すが、今のホテル様式とそれほどの差は感じられません。 これは来日するオランダ人のための特殊施設ですが、外人客が一般的にりようできるホ テルとなると、1867 年に東京築地に開業した築地ホテル館が嚆矢といわれます。幕末にな ると、外人さんの来日が増え、どうしてもホテル整備が急務になったのです。 そんな動き中で、日本が世界の一流国に仲間入りするためには、各国のグランドホテル に負けない品格のものを作らなければと当時の井上馨外相が提案して生まれたのが帝国ホ テル(1890 年創業)だ。 帝国ホテルはその後、老朽化のためにアメリカの名建築家、フランク・ロイド・ライト を招聘し、立て替えたのが 1923 年。その開業日当日、関東大震災が起きたにもかかわらず、 びくともしなかったというのは、有名な話です。 20 世紀の初頭は国立公園の指定などもあり、日本のリゾート地の見直しが進んだ時代で もありました。その頃、生まれたリゾートホテルには箱根富士屋ホテル、日光金谷ホテル、 雲仙ホテル、上高地帝国ホテルなどがあり、今でもクラシックホテルと呼ばれ人気を誇っ ています。 一方、都市部でもホテル産業のイノベーションが進みます。阪急電鉄の創業者、小林一 三は天性のアイデアマンで、娯楽面では宝塚歌劇団、宿泊業の分野では第一ホテルを世に 送り出します。 第一ホテルは、収容能力の高いホテルでリーズナブルな価格が魅力のホテルで、帝国ホ テルなどのグランドホテル型とは異なる宿泊需要を掘り起こしました。 第二次大戦後、日本のホテル業界は何度か「ホテルラッシュ」といわれるブームを経験 します。 その第一弾が 1964 年。 東京オリンピックにやってくる外人客対応も含め、東京の主要な場所に大型ホテルが 次々と誕生しました。ホテルオークラ、アメリカの企業と提携した東京ヒルトンホテル、 そして 1000 室クラスの超大型ホテルニューオータニの開業もこの時です。 次のウェーブは 1970 年、大阪万国博覧会と重なり合います。ついでながら、大阪万博は 6カ月間の営業で来場者数が実に 6500 万人。今、日本で最も集客力があるのは東京ディズ ニーリゾートでしょうが、こちらは 12 か月フルに営業していて 3000 万人。日本人の二人 16 16 に一人が行ったイベントなど、その後も現れていません。 そんな万博で喚起された需要を飲みこむように生まれたのがホテルプラザ、東洋ホテル などで、東京でも日本最初の高層ホテルとして京王プラザホテルが生まれたのも、万博景 気の流れでしょう。 こうして、ホテルは徐々に日本でも庶民に手が届くようになり、1984 年頃からバブル景 気の波にのって、またまた大型のホテルが都心、リゾートに展開します。1984 年からの 10 年間を「イベントなきホテルラッシュ」と呼んでいいと思います。ちなみに、東京ディズ ニーランドの開業が 1983 年。その4年後くらいから、ヒルトン、シェラトン、第一、東急、 サンルートなどが続々立ち上がっています。 このホテルラッシュの最後のランナーとしてやってきたのが、ウエスティンホテル東京、 フォーシーズンズホテル東京椿山荘、パークハイアット東京の外資系ホテルの”御三家” でした。 外資系ホテルのデザインや接遇の洗練度が、ホテルの新しい魅力となり、その流れは 21 世紀に入っても、ザ・ペニンシュラ東京、マンダリンホテル東京、ザ・リッツカールトン 東京といったホテルのオープニングにつながっています。 そういうシティホテルの流れの裏側で、東横インやアパホテルなどの低廉な価格が売り 物のビジネスホテルチェーンや、スタイリッシュな装いを売り物にするデザイナーズホテ ル、また究極の「寝るだけ」業態としてのカプセルホテルなど、業態にもバリエーション が生まれ、現在に至っています。 [旅館業の歴史] ホテルのルーツが 1000 年以上前まで遡れるように、日本旅館の歴史も 1000 年以上あり ます。 3年ほど前、帝国データバンクが日本の老舗企業の発祥年度順の番付を発表しました。 日本でいちばん古い企業は、法隆寺を建築した金剛組で創業が 578 年。そして、驚きはこ のベストテンに旅館業が4つも入っていることなのです。 3位の西山温泉慶雲館(705 年) 、4位の兵庫県・古まん(717 年) 、5位の粟津温泉・善 吾楼(718 年)9位の夏油(げとう)温泉(1134 年)の4つです。 それぞれ、温泉と結びついて存在している館ですが、旅人に一夜の宿を与えるというこ とだけなら、もっと遡って、7世紀頃から旅館のルーツというべきものがあったと言われ ます。それは、仏教のお坊さんが、旅で行き倒れになりそうな人を救おうと建てた布施屋 (ふせや)というものです。床に柱を4本立て、簡単な屋根をつけた、最初は壁もろくに なかったといわれる簡易建物でしたが、これが旅人が雨露をしのげる施設だったことは間 17 17 違いありません。 こうした布施屋から温泉信仰と結びついた施設、お寺に付属する宿坊などと徐々に宿泊 のための体裁が整えられ、戦国時代あたりからは、木賃宿(きちんやど)という、当時必 須の交通機関である馬を休ませながら、旅人も泊まれる施設が整備されてきた。なお、日 本では宿泊施設を「旅籠」と称することがあるが、この「籠」とは馬の餌を盛った飼葉桶 のこと。つまり、車をとめて、乗り手も泊まるモーテルの原型が日本にもかなり以前から あったということです。 江戸時代に入ると世間も安定し、旅する人のための宿泊施設も整備されてきます。 まず本陣。 これは参勤交代で江戸にくる大名諸侯のお殿様が泊まる施設。今でいうエグゼクティブ ホテル。最高級の宿です。 商人宿。 江戸時代には街道が整備され、いくつも宿場町が生まれます。そこにできたのが商人宿。 街道を行き来する商人さんたちのためのものですが、当然、お侍も一般の人たちも泊まれ る施設です。 お茶屋。 江戸、京都、大阪など当時の大都市の歓楽街の裏にひっそりと存在したお料理屋兼宿泊 施設。2階にお部屋があり、よく密会に使われたりするので、今ならさしずめラブホテル 的な存在でしょう。 こういう風に1階に店舗的なものを設け、2階に宿泊のためのスペースを確保するお宿 には、「船宿」などもありました。 若衆宿(娘宿) 漁師の町などにあったとされる元服した若者が漁のことや社会のしきたりを合宿で習う 施設。トレーニングスクールです。また、地方には婚儀の前に花嫁修業を合宿形式で習う 娘宿というのもあったといいます。これなどは欧米の上流階級の娘さんが社交界に打って 出る前に学びに行くデビュタント・スクールと同じ発想でしょう。 このように旅館にも様々なバラエティがあったのです。 戦後は昭和 30 年代に「観光爆発」という現象が起きて、温泉地で飲めや歌えの大騒ぎを 楽しみにする温泉旅館が大ブームになりました。熱海や伊豆の旅館などが、そうした歓楽 型温泉需要の受け皿になりました。 昭和 40 年代に入ると、歓楽型はさらにスケールアップし、ボウリング場付きであるとか 華やかなレビューショーを見ることが出来るとか「遊びきれないホテル」が人気を得ます。 昭和 50 年代には、石川県・和倉温泉に加賀屋が渚亭という別館を建て、これが規模と高 品質を同居させ、かつ女将さんたちの丁寧な接客が評判を生み、名旅館ブームが起きます。 18 18 昭和 60 年代から平成。バブル経済が崩壊するとともに、大型旅館よりも静かな環境を求 める流れが生まれて、秘湯ブーム、小宿ブームが到来。旅館に賑やかな歓楽を求める時代 から、自然をゆっくり味わう癒し志向に変わっていきます。 (2)ホテル業の業態分類 [業種と業態・言葉の整理] まず、「業態」という言葉から整理しましょう。 それは「業種」とどう異なるか。世の中の学者さんでも経営者の方でも、この業種と業 態を適当に使って混同されている方が多いのですが、ここではきちんと使い分けできるよ うにしましょう。 業種=「何を」商売のネタにするか。つまり WHAT TO 業態=「どう」商売を「するか。つまり HOW SELL TO SELL 薬を売っているから「薬屋」。そばを出してお代をいただいているから「そば屋」さん。 車を打っていれば「カーディーラー」。これらはみんな、その店の主力商品を看板にしてい る「業種」表示店なわけです。 でも、同じ「そば屋」さんでも、ざるそば一枚で 1000 円以上取るような高級手打ちそば の店もあれば、駅前の立ち食いそばだってそば屋さんには違いありません。 つまり、業種は商売の性質のほんの一部を示すものでしかありません。同じ「看板」で も、商売のやり方は様々です。 そんな商売のやり方を「業態」と言います。そば屋さんの例でいくなら、ざるそば一枚 1000 円の店は高級外食施設(英語でいうとプレステージストア)という業態、立ち食いそ ばは安くて早くて、でもその代り椅子にも座れない食環境はあまりよくないファーストフ ード業態となります。 つまり、ビジネスは業種は同じでも、業態は複数存在しうるわけです。 業態のポイントは「価格」と「来店動機」です。 1000 円のそばはそうそう毎日気軽に食べられるものではありません。グルメ的な需要。 または自分の大切な人に特別なご馳走をしようという接待的な来店動機で選ぶものです。 一方、立ち食いは安くて、ぱっと食べられる。毎日でも支払える範囲の金額でしょう。つ まり日常使用に耐えられるのが、この業態というわけです。 この業種と業態の使い分けをすることは、コンシェルジュにとって、意外に大事なこと です。たとえば、顧客から「どこかにいいそば屋さんはないかねえ」と聞かれたとき、や みくもに名店ばかり紹介してもいけないのです。どういう理由でどういう形でおそばを召 19 19 し上がりたいのか、観察し、時には直接お尋ねしてでも、知ろうとしなければいけません。 この人は金持ちそうだから、名声店を紹介すればいいと短絡的に判断するのは禁物です。 時間が惜しくて、近場でいいから、そこそこの店でいいといいケースもあるし、時には駅 の立ち食いそば屋さんでも、おいしいと定評のある店を教えたらものすごく喜ばれるとい うことがあったりします。 ですから、みなさんはある商売が繁盛していたら、何を売っているかを知ることだけで 満足せずに、どういう商売のやり方をしているかまで考える習慣をつけるといいのです。 これが業種思考と業態思考ということです。 [ホテルの業態バラエティ] ホテルという言葉を、お客様に安全で快適な夜を提供すると定義づけると、カプセルホ テルも帝国ホテルも全部、ホテル業になってしまいます。つまり、ホテル業もある種の業 種用語なのです。 ホテルにも様々な商売のやり方があります。業態で分別してみましょう。 ・シティホテル・・・・大都市の中心部にロケーションし、その都市の経済活動、政治活動、 文化活動の拠点になるようなホテル。ルームチャージでいうと、ワンルームナイトで2万 ~10 万円。基本的に高級で、外人客比率も高い。レストランも和洋中とフル装備で、また 宴会場も大小とりまぜて、数が多い。なんといっても、このホテルはおしゃれ、安心、親 切という信用力が勝負所。そういう意味ではブランドになっているホテルだ。 ・コンベンションホテル・・・・大型。客室数も 400 を超えることが多い。大規模な宴会場を 擁し、国際的な会議、学会、イベントを打つことができるホテル。ルームチャージはシテ ィホテルと遜色ないが、団体利用での割引措置もあり。 ・ビジネスホテル・・・・普通のサラリーマンが出張で使うホテル。価格が勝負ポイント。今 はだいたい 5000 円~1 万円未満。今、企業が社員に出す出張旅費のうちの宿泊代は上限で 9000 円~1 万円程度。その枠内で品質のいいビジネスホテルには人気が集中。 ・カプセルホテル・・・・お部屋ではなく、カプセルに潜り込んで夜明かしする宿泊施設。最 近は安く、長く日本を旅行したい外国人さんに大好評。 ・オーベルジュ・・・・眺めのいいリゾートにあるきわめて特殊な業態。腕前のいいコックさ んがいて、その素晴らしい料理を求めてお客くる。そのまま、帰るのではなく、用意され た客室に泊まってしまうというもの。 20 20 注意して欲しいのは、業態分類は決して、高級、低級を示す言葉ではないということで す。業態はビジネスをやる側からいえば「商売の方法論」ですが、お客の立場からすれば、 「使用目的別の分類」なのです。 (3)旅館の業態分類 一見、どの旅館も似たように見えるかもしれませんが、細かくチェックを入れると、や はり様々な業態があることが分かります。 ・小規模高級旅館・・・・部屋数にして 10~20 室程度。一泊二食料金でおひとり様3万円以上 か。亭主や女将さんの気配りが行き届く範囲で、常連さんを大切にしてくれる。いい調理 人がいることが多く。結果的に料理もいいものが出る。静かで心が休まる宿。 ・ファミリー型旅館・・・・部屋数は 50 室くらいまであるが、料金が一泊二食で 1 万~3万円 未満。だいたい1万 5000 円くらいが標準になって、個人旅行に最適な業態。 ・完全セルフサービス型旅館・・・・この 10 年くらいに勃興した夕食も朝食もビュフェ、部屋 の布団も敷きっぱなし。でも温泉大浴場はしっかりしていて、従業員からのホスピタリテ ィはあまり期待できないが、お腹いっぱいになって、温泉に浸かれるというだけで満足な らOKの旅館。一泊二食で 6000~7000 円といったところ。旅館によっては専用バスまで出 して、往復バス代こみで1万円を切る価格破壊型を打ちだしているところもあります。 ・修学旅行旅館・・・・京都・奈良にはまだ相当数存在する業態。名前の通り、中学校、高校 の修学旅行を専門に受ける旅館だ。一部屋に6人とか7人とかを寝かせるスケール感。大 食堂や宴会場で一気に百名単位の食事を出せるかどうかが問われる。東京にも文京区本郷 などに十数軒残っています。 この他にもシーサイドや山の中にある「民宿」も立派な業態だし、最近では一室のなか に二段ベッドを数基置き、男女相部屋(カーテンの仕切りはもちろんあり)、シャワールー ム、トイレ共用、その代わり一泊 3000 円程度と徹底的にエコノミーな寄宿舎(ドーミトリ ー)型の宿泊施設も登場しています。 (4) ホテル業と旅館業の違い ホテルと旅館はどう違うの? という質問はよく出ます。 21 21 ホテルが洋式で、旅館が和風。それでいいのですが、気の利いた答えをするためには、 それぞれのいい点、足りない点などをきちんと把握しておく方がいいでしょう。 21 ページにある「ホテルと旅館のちがい対照表」を見ながら考えて欲しいのですが、ま ず第一の大きな違いは、客室構成です。 ・ホテルは洋室でベッド。旅館は和室、座敷で布団。 ふだんでも自分はベッド派、布団派と分れることが多いと思いますが、旅館は今でも基 本的に和室で寝具は布団です。最近は自宅マンションでも和室のない物件が増えています。 今や、旅館の和室はノスタルジー商品になりつつあるかもしれません。 ただ、最近は4人に一人が 65 歳以上という高齢化社会。高齢な方にはやはりベッドの方 が寝起きが楽ということもあり、温泉旅館でも和室の畳の上に厚めの緞通を敷き、その上 に低めのベッドを載せるといういわばモダン和洋室も増えています。 ・料理も大きな相違点です。ホテルにはどんな分野の料理店もありますし、また一歩ホテ ルの外に出ればそれこそなんでもあるのが日本の都市風景です。選び放題です。 一方、旅館は基本的に和食。それも素材を巧みに調理し、コースに仕立てる会席が主流 です。そういう意味では「選べない」残念さが旅館にはつきまといます。 ・お風呂。これはなんといっても旅館のアドバンテージです。自然の恵みである温泉に身 を浸すリラクゼーションは、我々日本人だけでなく、世界の人々に共通のグローバル商品 になりつつあります。 シティホテルも最近はバスルームの面積を広くし、バスタブに浸かったまま外の景色を 見られるよう工夫したりバスライフの充実を期しています。 ・パブリックエリアでも、お客さんがスリッパ、浴衣姿で歩けるテンションの低さは旅館 ならではのものです。ホテルは客室を一歩出ると、廊下であっても原理的には公道と同じ。 ですから、マナーを欠いたスリッパ、浴衣姿は許されないのです。テンションをほどける 旅館の良さは意外に味わい深いものです。 ・さて、ホテルと旅館の分水嶺として大事なのが料金体系です。 ホテルは基本的にルームチャージを支払って、一夜の宿を確保します。お腹を満たす食事 代はチャージに含まれません。食事代は別に払いますが、その代わり自由に食事の種類、 場所を選べます(こういうのを泊食分離料金制度という) 。 旅館の方は原則的に一泊二食料金でチャージします。逆に言うと、夕食と朝食をここで 摂りますと覚悟しないと、泊まる権利が得られないのです(泊食一致料金制度)。一回の支払 22 22 いでルーム代も食事代も全部済むので便利ではあるのですが、逆に食事は宿側が用意した ものを食べるしかない。選択ができないのです。おいしければ問題ないのですが、その逆 だと悲劇になります。旅館の最大の弱点がそこにあると言われ続けています。 ということで、旅館とホテルにはそれぞれいい点、問題点が同居しています。 ただ、ホテルが便利さや、うっとうしくない感じ、そして時にはある種の華麗さが売り 物になるのに対し、旅館は自然との一体感、浴衣や温泉に象徴される「だらしないことが 許される」楽しさがポイントになるでしょう。 コンシェルジュとしては、ご同業のホテル状況に関心を持つのは当然ですが、旅館業の 良さを顧客にもどんどん伝えて、日本独自の商売、文化を外国人の皆さんにも広めてほし いものです。 23 23 ホテルと旅館のちがい ホテル 旅館 誕生 幕末維新(日本) 奈良平安王朝(布施屋) 建築様式 洋館 木造日本家屋 90%洋室 90%和室 (和室はスイート扱い) (最近では和洋室主体) 都市部 名所・温泉観光地 シーサイド・高原など (少ないが都市部にも) 和洋中レストラン 和食会席・郷土料理 (ルームサービス) (お部屋出し) 客室内 温泉大浴場 (ビジネス系大浴場あり) (露天風呂など) 誰でも入れる 宿泊者のみ (浴衣・スリッパ不可) (浴衣・スリッパOK) 定員(ベッド数) 1~6 名(布団の敷き方) 施設ごと発生 対顧客個別対応 (ゾーンディフェンス) (マン・ツー・マンディフェンス) 能率的・ドライ 情緒的・ウエット ルームチャージ 一泊二食料金 (泊食一致) (泊食分離) 法律・監督官庁 ホテル業法(国交省) 旅館業法(厚労省) 経営形態 資本と経営の分離 家業・生業 客室構成 ロケーション 食事 お風呂 パブリックエリア 一室内収容 サービス形態 料金体系 24 24 第3章 コンシェルジュとしての接遇 (この章の狙い) コンシェルジュはホテルや旅館のロビーにいて、注目を集める存在です。 それは舞台の上で演技している俳優さんと同じで、自分の姿を前から後ろから、頭のて っぺんから爪先まで、観察されているようなものです。その姿がだらしなかったりすると、 そのホテルの品格まで問われてしまうようなところがあります。 もちろん、顧客と会話をかわすことが仕事ですから、言葉遣いのひとつひとつが重要で す。 どんなに知識が豊富で、気が利いていても、ちょっとした接遇のほころびが致命傷とな りかねません。ここでは、接遇の基礎について触れていきます。誰もがそんなこと知って いることだ、と思うようなことが羅列されていますが、あらためて自己点検をするために も、この章を設けました。 (1) みだしなみ コンシェルジュが、というよりホテル・旅館に働く人のみだしなみは、清潔できちんと していることが前提です。派手に飾るのはタブーです。好感度を保つ。それがいちばんの ポイントになります。 ・とにかく清潔を心がける ・体臭や口臭に気をつける。 タバコを吸う人は衣服に付着したタバコの匂いに気が付かないことが多いので、とくに 注意が必要でしょう。喫煙するかどうかは個人の自由ですが、ホテルパーソンの国際標準 としては禁煙が一般的になっているは、すでに既成事実になっていることでしょう。 ・頭髪については清潔さと乱れがないこと。勤務に入る直前にチェックすること。男性の 長髪は原則なし。女性も長い髪はまとめる。 ・爪。短く、清潔に保つ。マニキュアは目立たない色のみ可。 ・女性の化粧は薄めで上品が基本。 ・香水については、つけない方が無難。 25 25 ・男性のひげは当然、毎朝、きれいに剃ること。 ・ワイシャツ、ブラウスは白が基本で、もちろん清潔なものを着用。 ・ズボンの折り目はくっきりと。 ・靴は黒。よく磨き、光沢を失わないように注意。やはり、ひとは相手の足元を見るもの です。 ・靴下、ストッキングは柄物は避ける。 ・ネックレス、イヤリング、派手な指輪などは着用しない。 ・腕時計は必須のものですが、シンプルで装飾的でないものを選んで着用すること。 ・ネームプレートは正しい位置に、きっちりと。斜めになっていないか注意すること。 (2) 姿勢・物腰 お客様が目の前に見えなくても、どこからか見られているかもしれません。いつも適度 な緊張感をもって待機していないといけないのが、ホテル・旅館のロビー(表)にいる人 の態度です。 「適度な緊張感」と表現したのは、緊張しすぎて顔がこわばっていては、誰も近寄らな くなるからです。 コンシェルジュはこのポイントをとくに注意してほしいものです。たとえば、お客様か ら頼まれた仕事をコンシェルジュデスクで処理しているときなど、集中して仕事をこなし ているのはいいのですが、それが過ぎると緊張感が漂いすぎて、「つけいる隙」がなくなっ てしまいます。お客様の方からのアプローチがあって仕事になることが多いコンシェルジ ュ職には、相談するのに気が張らない雰囲気を醸し出すことがとくに大事になってきます。 [表情] ・軽い微笑みをたやさない。口角(唇の両脇)を上げる。 ・柔和で落ち着いた安心感を出す。眉間にしわはいけません。 26 26 ・細かいことだが、はぐきはあまり見せないようにするのが上品。 [待機] ・足は心もち軽くひろげる体勢をとる ・背筋はまっすぐ ・両手の組み方は右手の甲を下にして前で組む。後ろに組んだり、腕組みはいけません。 ・視線はまっすぐで、あごを上げない。きょろきょろ視線を動かさず、上目づかい、流し 目はしない。 [歩き方] ・姿勢よく、きびきびと。基本的に走るのはタブー。 ・下を向いて歩かない。首が上下左右に振れないようにする。 ・お客様の動線を邪魔しない ・廊下は左側通行 ・複数で歩くときは横並びはしない。 ・ポケットに手を入れたまま歩かない ・お客様とすれ違う時などの挨拶は、足を止めて行う。歩きながらの会釈はしないこと。 ・お客様を後ろから呼び止めない。やむをえないときは、 「後ろから失礼します」の一言が 必要。 ・お客様から呼び止められたら、顔だけ振り向けることはしないで、体全体で振り向くこ と。 27 27 (3) 挨拶 挨拶はどんな世界でも、人と人がお付き合いする時の基本。正しい挨拶で一日が始め、 一日を終えれば、それだけで「場」の雰囲気は良くなるものです。 [お辞儀] ・基本的にお辞儀は明るい笑顔を見せ、腰から上体を折り、いったん停止し、ゆっくり起 き上がるのが習い。 ・このとき、大事なポイントはお辞儀を始める前に、お客様の眼を見て、それから腰を折 り、上体を起こしたときに、もう一度相手の目を見ることです。 いわゆる「アイコンタクト」。 これは簡単なことのようですが、日本人には案外、難しいことなのです。たとえば、先 生として授業をもって、教室の入り口で学生さんを迎えます。このとき、先生の方から「お はよう」などと挨拶すると、「おはようございます」と返事はしてくれるのですが、目は伏 せたまま、きちんとこちらの目をみてくれるのは、たいへん少数です。 接客ビジネスはアイコンタクト。これだけで、印象はがらりと変わってきます。「ああ、 ここはわたしのことをきちんと見てくれているな」とお客様に思ってもらうだけで大きな プラスになります。 とくにコンシェルジュのような、お互いの信頼感が大事なポジションでは、このアイコ ンタクトを大事にしたいと思います。 ・お辞儀には「会釈」「礼」「最敬礼」の3種類があるとされます。 ・「会釈」は前傾 15 度。視線は相手の肩先。呼吸は「1」と数えるくらい。相手とのすれ 違いざま、「おはようございます」や「いらっしゃいませ」といった軽い挨拶と一緒に行う ケースが多い。 ・ 「礼」は前傾 30 度。視線は相手の足元。呼吸は二拍子、 「1,2」と数える感じ。向かい 合って、きちんと挨拶をかわすときの礼です。 ・「最敬礼」は前傾 45 度。視線は1メートル先の床。呼吸は「1,2,3」と数えて頭を 上げる。お客様の出迎え、VIPへの挨拶、また謝罪などのときの挨拶。 ・よく 90 度近く腰を折るお辞儀をする人もいますが、これは神前や仏前でするもの。日常 28 28 ではやりすぎ、媚びになってしまう類のものです。 ・お辞儀はなんどもすると慇懃無礼な感じを与えるのでしないこと。 ・方向を指し示すときは、一本指でやってはいけません。相手を侮蔑することになってし まいます。 必ず指を揃え、手首はまっすぐ、手のひらを上にして示す。原則、右方向は右手で、左 方向は左手で行う。 ・ものの受け取り方は両手で受け取ることが原則。 「お預かりします」 「頂戴いたします」 「あ りがとうございます」などの言葉を添えること。小さなものは利き腕で受け取り、もう一 方の手を添える。 ・ものを渡すときは、向き(上下・前後・表裏)を相手の方に整えて、両手でお渡しし、 終えたらアイコンタクト。筆記具、はさみ・ナイフなどは先を自分に向けて相手に渡すこ と。 ・コンシェルジュは相談相手になるという職掌なので、お客様と名刺交換する機会も多い。 コンシェルジュが名刺をお渡しするときは、挨拶、社名、所属部署、名前の順番に言い ながら、上下をきちんと確認して、相手に渡すこと。いただくときは片手でも、しまいに かかるときはなるべく両手でおしいただいて、難読のお名前の場合はきちんと口頭で読み 方を確認すること。 本来、自分から先に出すのが鉄則だが、相手から先にいただいてしまった場合は「申し 遅れて失礼しました」と一言添えて、名詞を渡すこと。 ・お客様への挨拶や簡単な会話は、相手との距離が 70~120 センチくらいが適当で、真正 面ではなく、やや斜めにたつと、威圧感を与えないですみます。 (4)接客用語 言葉遣いの問題も重要です。とくに、日本語には敬語の存在があり、相手との立場のち がい、上下関係などを微妙に示すので、あやまって使うと、大変失礼なことをすることに なりかねません。 事本的には互いに相手を「思いやる」ことから始まる人間関係ですが、ホテル・旅館に はどうしても「金銭授受」が伴うので、むずかしい側面があります。相手に代価を支払っ ていただくからといって、余りに媚びへつらってはおかしいし、かといって友人同士のよ 29 29 うにくだけすぎるのもいけない。「親しき仲にも礼儀あり」の精神がこれほど必要な業界も 他にありません。 [接客7大用語] 日本の宿おもてなし検定委員会が編纂している『日本の宿おもてなし検定初級公式テキ スト」には、7大あいさつ用語が指定されています。これはホテルにも通用するものなの で、引用させていただきます。 ・「いらっしゃいませ」・・・・感謝を込めたお迎え ・「少々お待ちくださいませ」・・・・お客様を待たせるとき ・「大変お待たせしました」・・・・やや時間がかかったとき ・「はい、かしこまりました」・・・・ご用件をきくとき ・「申しわけございません」・・・・お客様の意向にそえないとき ・「恐れ入ります」・・・・お客様に頼み事をするとき ・「ありがとうございます」・・・・ お礼・感謝の気持ち [依頼したり、されたり] ・「失礼いたします」・・・・お客様へのお声がけ ・「よろしければご用件をお伺いします」・・・・用件を尋ねるとき ・「はい、かしこまりました」・・・・用件をお受けするとき ・「まことに恐縮でございますが」・・・・用件を受けかねるとき ・「お手数をおかけしますが」・・・・お客様に依頼するとき ・「いかがでございますか?」・・・・感想を求めるとき 30 30 ・「お待たせしました。どうぞこちらへ」・・・・ご案内するとき [敬語] ホテル旅館は、お客様に対し、敬意を示すことが仕事のようなものです。そのために、 会話における敬語の扱いには注意を払う必要があります。 敬語の本質はこちら(ホテル旅館側)がいかに先方を立てるか、にあります。 相手が「立つ」ためには、ふたつの方法論があって、ひとつは自分はそのままの状態で、 相手を持ち上げるやり方。これ「尊敬語」といいます。もうひとつは、相手の状態はその ままですが、こちらが下になることで、相対的に相手が持ち上がるやり方で、これを「謙 譲語」というのです。 ですから、尊敬語の主体は「相手」にあって、主語は先方にあるわけです。一方の謙譲 語は自分が下がるのですから、主語はこちらの側にきます。 ちなみに基本的な動作を尊敬語と謙譲語で使い分けると、 「する」の尊敬語が「なさる」、謙譲語が「いたす」 同様に「言う」が「おっしゃる」と「申す」 「行く・来る」が「いらっしゃる」と「参る」 「食べる」が「召し上がる」と「いただく」 「見る」が「ご覧になる」と「拝見する」 「聞く」が「お聞きになる」と「伺う・承る」となるわけです。 尊敬語と謙譲語の他に、「ていねい語」という概念があります。これは上下関係を示すも のではなく、ものをいうとき出来る限り品よく、ていねいにすることで、結果的に相手に 対する敬意を表現できる言葉です。 ていねい語は動詞に「です」「ます」「ございます」を付けたり、名詞に「お」や「ご」 を付けることで出来上がります。 たとえば、 「行く」を「行きます」、 「ある」を「ございます」と言うようなもの。また「自 宅」や「荷物」を「ご自宅」「お荷物」と言ったりするわけです。 このていねいを示す接頭辞の「お」や「ご」は外来語などに使うと滑稽です。ビールを 「おビール」 、トイレを「おトイレ」などと言うのは割によく聞くものですが、決して品の いいものではありません。 31 31 (5) 職場のなかでの振る舞い お客様の前でどれだけていねいな言葉遣いをしていても、自分の仲間と仕事を遂行して いるときの会話が乱れていると、あ~、このホテル旅館の接遇は上辺だけのものだな、と 思われたりします。 あなたがたが職場でどう振る舞っているかも、お客様はそれとなく観察しているものな のです。 ・お客様の前では、私語をだらだらとかわさない。それに会話の基本はていねい語である べき。 ・ひそひそ話はもってのほか。 ・いわゆる友達同士の会話のような「ため口」をかわさない。 ・愛称や、ファミリーネームではない、下の名前で呼び合わない。 ・但し、業務上、必要なやるとりはきちんと声を出して、手短に。てきぱきしていると、 これは好印象につながります。 ・これは職場の中でのことではなく、出勤、退社後のことになるのですが、ホテル・旅館 にはユニフォームがあるので、ついつい出退勤時は私服で、結構ラフでカジュアルすぎる ものを着こんでいるケースが見られます。自由時間の服装は個人任せですが、余りにだら しない恰好は考えものです。 いつもかっこよく、ロビーに佇んで、お客様に対応している人がだらしない恰好で外を 歩いているとき、馴染みの顧客に出会ったらどうでしょうか。ホテルや旅館の外でもいつ 誰に会うか分からないので、それなりに私服もこざっぱりしていることも案外、大切なこ とのように思います。 32 32 第4章 インバウンド客対応の初歩 (この章の狙い) インバウンド客とは、海外から日本にやってくる人のこと(逆に日本から海外に出るこ とがアウトバウンド)。 アウトバウンドの方は 1986 年には 500 万人をすでに超えていて、5年後の 1991 年には それを倍増、1000 万人に持っていこうと計画され(テンミリオン計画と称された)、実際に は1年前の 1990 年に達成されています。現在は 2013 年度ですが、1800 万人弱が日本から 海外に出国しています。 それに対し、インバウンドはというと、小泉政権の目玉政策のひとつに観光立国が掲げ られ、インバウンド客 1000 万人の目標を立てて、観光庁を旗振り役にビジットジャパンキ ャンペーンが展開されたにもかかわらず、なかなか目標に達しない状態が続いていた。そ の風向きが変わったのが 2013 年、東南アジア諸国へのビザ発行基準の緩和の影響、中国と の関係が改善されたこと、そして円安の進行があり、ついに悲願の 1000 万人を突破、2014 年もその勢いは衰えず、1300 万人台に乗せました。この流れは伸び率の増減はあっても、 基本的には上昇する流れでしょう。 この外国人観光客の増加を「地方再生」に結び付けることがぜひとも必要です。 みなさんに地方都市の端正さと文化、リゾート、温泉地のリラクゼーションなどを理解 してもらう。 そのためにも、地方都市のシティホテルやビジネスホテル、温泉観光地などでの日本型 コンシェルジュの役目が重要になってきます。ここでは、インバウンドのお客様にどのよ うに対応したらよいか、ごくごく初歩の知識を提供します。 (1)インバウンド客に対する基本的な心構え 大都市の国際級ホテルのコンシェルジュを取材したところ、そこ宿泊する外人客の半分 以上、時には8割近くがコンシェルジュデスクに何らかの形で寄るということを知りまし た。 とくに欧米の旅行者はホテルに泊まればコンシェルジュのアドバイスを受けて自分の旅 を豊かなものにするというのが常識のようです。ですから、地方都市や温泉観光地でも、 専門職を置く余裕がなくても、コンシェルジュ的なことをやれますよ、というメッセージ を出すだけでも、外人客に注目されることでしょう。 もちろん、国際ホテルのコンシェルジュの方々のように水際だった対応はできないかも しれませんが、初歩は初歩なりに一所懸命積極的に外人の皆さんと接触しようとする姿勢 は必ず好感度を高めることになるでしょう。 33 [おもてなしに国境はない] お客様を迎えるのに、日本人も外国人もない、ということです。人を迎えるときには、 まず笑顔。そこからスタートです。 当然、外人客の皆さん不安をもってチェックインしてくるのですが、それを解きほぐす んのは、もう笑顔と一所懸命、尽くしますよ、ヘルプしますよという態度です。英語を使 わなくても、相手の目をみて、微笑みで対応していれば大丈夫。アイコンタクトは、とく に重要でしょう。 [相手の母国語での挨拶] チェックインされるお客様の国籍を事前に把握できるときは、挨拶の言葉だけは、その 母国語でしましょう。 都会では割に普通にあることかもしれませんが、地方やリゾートなどで、母国語で話し かけられると、「えっ? こんなところで」と感激してくれるものです。 「いらっしゃいませ」 「おはよう」 「こんにちわ」「お休みなさい」くらいの挨拶用語につ いては、外国語一覧表を作って、壁に貼っておいたりするといいでしょう。 [敬称] 外国では、会話の最後に、サー、とマダム、セニョールといった敬称を付けることが多 いのです。 「ありがとうございます」を、ただ単なる Thank you.ではなく、Thank you,sir と mom(マム、女性一般) ms(ミズ、 言うが如しです。 英語では sir(男性) madam(既婚女性) 既婚・未婚問わず、現在の主流) フランス語は monsieur(ムッシュー)madam(マダム) mademoiselle(マドモワゼ ル)、スペイン語は señor(セニョール) señorita(セニョリータ) 外国の方は名前で呼ばれることを好みます。ミスタ・ブラウンとかミズ・マーガレット と積極的に名前を入れると親近感もってもらえます。 [日本語でいいから、積極的に話しかける] 34 英語に自信がないからといって、ぶすっとしたままでは、いい印象を持っていただけま せん。 感じたこと、伝えたいことを、日本語でいいから、ゆっくり発音しながら話かけること が意外に大事です。 それで、ときどき知っている英語を交えて、説明を補強する。一所懸命やっていると、 向こうも熱心に理解するよう頑張ってくれるものです。 日本型コンシェルジュにとって、最初に重要なのは、会話技術(カンバセーション・ス キル)ではなく、交流しようとする意思(コミュニケーション・マインド)なのです。 (2) インバウンド対応の初歩会話事例 [基本的な挨拶用語] ・いらっしゃいませ・・・・Welcome ・おはようございます・・・・Good Morning ・こんにちわ・・・・Good Afternoon ・こんばんわ・・・・Good Evening ・おやすみなさい・・・・Good Night ・はい・・・・Yes ・いいえ・・・・No ・承知しました・・・・Yes ・ありがとうございます・・・・Thank ・さようなら・・・・Good you very much Bye ・ よ い ご 滞 在 を ( よ い 旅 を ) ・ ・ ・ ・ Have nice trip) 35 a nice stay ( Have a *これからは中国語、韓国語も覚えておくと有効 [勇気を出して呼びかける] コンシェルジュの仕事には、相談されるのを待ち受けているというイメージがあるかも しれませんが、本当はこちらの側から、何かご用事はありませんか? と働きかけていく ことが良いのです。 何か頼みたいけど、引っ込み思案で遠慮なさっているかもしれないし、ここでホテルや 旅館のスタッフが積極的にアプローチすることで、顧客の満足度は飛躍的に高まります I help ・May you,sir(mom)?・・・・何かご用事はありませんか? *一般に相手に何かしてあげようというときは、May ・Is there anything we can do for I ・・・・が丁寧で有効です。 you?・・・・もう少し、*こちらから手伝いま しょう、という意思をより明確に伝える時 ・We can take care of it.・・・・わたしどもで手配いたしましょう。 *相手の安心を引き出します。 ・We Recommend ~・・・・~をお薦めいたします。 *問い合わせに対するアンサーとしては、リコメンドが適当 ・How about How about ~?・・・・~はいかがでしょう? Bunraku? ・How was ~ こちらからの提案をやわらくいうとき。 文楽はいかがでしょう? という感じで用いる ?・・・・~はいかがでしたか? お客様が体験されたことについての感想 を述べてもらうとき ・What kind of ~ do you like?・・・・どんな~がお好みですか? ~に food を入 れれば料理の好みになるし、souvenir を入れれば、どんな種類のおみやげですか、という ことになります。 その他、各種の手配業務に必要な英単語は第5章で扱います。 36 第5章 インフォメーション・ガイド機能 (この章の狙い) インフォメーションデスクといったコーナーを設けているホテルは数多くあります。大 半はチェックイン、アウトのための長いフロントカウンターの端の方に、お客様からの問 い合わせのための場所を作っているのです。そして対応するスタッフもフロントの係りや 近くにいるベルたちが兼任している例が一般的です。 簡単な問い合わせに対する答えなどには、これで十分ですが、お客様にとっては「相談 する」という感じにはなりません。 コンシェルジュとインフォメーション係りの差はそこにあって、後者が単に「聞かれた こと」に対し答えるだけなのに対し、前者はお客様の問い合わせに対し、単純な答えを与 えるだけでなく、こうしたらいいとか、この方が効率的といった具合に、お客様の要望の 底にあるものを探り出し、積極的な提案を行います。また、航空券やJRのチケットなど もお客様の代わりに買っておいたり、といったことまでします。 つまり、各種の手配を代行したり、お客様に対して、旅をより豊かなものにするための アドバイスも行う「お節介」が、コンシェルジュの本質のひとつなのです。 (1)ルーム・インフォメーション 客室予約と占有状況についての問い合わせのことです。 平たく言えば、「○○さんは何号室ですか?」といった類の質問です。 通常、大規模なホテルでは、こういうお客様のホテル利用状況についての質問に対して は、フロント部門に「インフォメーション・クラーク」という職を設けて、専門に対応さ せることも多いのです。ある意味、それほど重要なホテル業務のひとつでもあるわけです。 ということですが、コンシェルジュデスクがあると、どうしても問い合わせが行くこと にもなります。 ただ、この問題はお客様のプライバシーにかかわることだけに、慎重の上にも慎重を重 ねて対処しなければなりません。たらい回しにするということではなく、もしもフロント に専門部署があるなら、そこにご案内するほうが無難ということはあります。 [注意事項] ・ルーム番号問い合わせの場合、宿泊客の名前をフルネームではっきり言えない人は要注 意。 37 37 ・ルーム番号から宿泊客の名前を聞きだそうとする人は警戒。 ・同姓のケースが多いので、原則、フルネームで対応。外国人の場合、ファーストネーム だけでの問い合わせには応じないこと。 ・ビジネス客には会社関係、取引先からの問い合わせが多いものだが、身分を偽ってアプ ローチする人も多いので注意が必要。 ・団体客の場合、ルームナンバーつきのゲストリストが配布され、コンシェルジュもそれ を持っていると便利な時が多いが、くれぐれも紛失したり、置き忘れたりしないことが肝 心。 ・預かり荷物のことは、ベルなりクロークなりに案内すること。預かり証の発行など、様々 な手続きがあるため。 [お客様のルーム使用関連の用語集] ・accomodation・・・・宿泊施設の概要、ルーム数、収容能力など ・all inclusive・・・・交通費、宿泊費、観光代、税金、サービス料など旅行費用の全額が込 みになっていること ・american plan・・・・食事代込みのルームチャージのこと ・assignment・・・・「割り当て」のこと。room assigment というと、お客様にルームを割 り当てることを指す ・baggage・・・・手荷物。 hand unaccompanied ・B & baggage ( 携 帯 手 荷 物 ) checked baggage ( 受 託 手 荷 物 ) baggage(別送品)の別がある B・・・・bed & breakfast 一泊朝食つきの料金制 ・brochure・・・・(ブロシュア)パンフレットだが、定形郵便の封筒にぴったりサイズの縦 長のものを指すケースが多い。 38 38 ・cancel・・・・予約取り消し ・confirm・・・・予約確認 ・deposit・・・・予約などのときの保証金、内金、前受け金 ・room type・・・・お部屋の種別。日本では、シングル、ダブル、ツインという分類が主流 だが、グローバル的には、ワンベッドルーム、ツーベッドルーム、ということが多い。ワ ンベッドのなかで、ダブルサイズ(2名で使用)、シングルの別がある。ツーベッドでも、 サイズの大きなベッドを二基入れると、ダブルダブルなどと称する。シングルベッドを二 基入れる日本のツインという言い方はあまりしないようだ。 ・europian plan・・・・食事代を含まない純然たるルームチャージのみの宿泊料金制度。 ・FIT・・・・foreign independent travel の略称で個人で旅行する外国人旅行者のこと。 ただ、最近はFを free の頭文字とし、一般的な個人旅行者(日本人でも。外国人でも)を 指す場合も多い。これが旅館業界だと、団体客に対する「コマ客」などと言う。 desk・・・・国際会議やイベントなど大きなコンベンションのときに用意され ・hospitality るガイドデスク。常設のものではない。 ・JATA・・・・Japan Association of ・JNTO・・・・Japan National ・no Travel Agents。日本旅行業協会 Tourism Organization。独立法人国際観光振興会。 show・・・・ノーショウ。予約しているのに、無断で来館しないこと。反対語は、予約 しないでやってきて、泊めてくれということで、go ・on show という。 the spot・・・・「現地で」という意味。オプショナルツアーで行く美術館などの入場 料を「オン ザ スポットで」といえば、現地で各自払いと言う意味になる ・PAX・・・・これは完全に業界用語で、Passenger のこと。乗客。 ・rate・・・・料金のこと。ルームレートなら宿泊料金のこと。フラットレートだと均一料金。 ・rooming list・・・・部屋割り表 39 39 ・status・・・・地位、身分、情勢、事態といった意味だが、ホテルでは予約の手配状況のこと などを指す ・tariff・・・・(タリフ)もとは関税にかかわる料金表のこと。今は所属官庁に届け出をした うえで、お客様に示す料金表などを指す。 ・unwelcome guest・・・・歓迎されざる客。しょっちゅう謂れのないクレームをつけてきた りする、ホテルにとっての問題客。UG。 ・VIP・・・・Very Important Person。最重要顧客。 (2)ハウス・インフォメーション 自分のいるホテル・旅館の内部のことをきちんとお客様に伝えることがハウス・インフ ォメーション。 [館内諸施設の情報] 館内にあるレストラン、バー、売店、ショッピングモールなどについての場所と営業時 間については、常に即答できるようにしておくこと。 とくにレストランは営業時間がばらばらなので注意。お客様が目指すレストランがすで に閉店時刻を過ぎていたら、代わりに開いている施設を紹介することも大事。 [館内で行われている会議、パーティ、宴会、イベントなどの情報] 館内施設を使って行われている会議やパーティ、宴会、イベントについては、必ず把握 し、ある程度記憶し、問い合わせがあったときに、ぱっと答えられるようにしたい。 [その他のホテル・旅館で提供されているサービスの種類と料金] ホテル・旅館では独自の顧客サービスを行っているケースが多い。たとえば、最寄り駅 までの無料送迎サービスであるといったものだが、こういうものについてはきちんと覚え、 お客様に進んで情報を与えるようにしましょう。 また、ルームサービスの有無、お部屋で受けるマッサージの料金、プールやアスレチッ ク施設利用についてのシステムなどについても、明確なアンサーができるようにしておき 40 40 ましょう。 (3)交通機関 やはり、交通手段、時刻に関する相談事は多い。コンシェルジュとしては、交通情報の 入手の仕方について、習熟しておくほうがよいのです。 [JRなど公共交通機関] ・JRなどの公式時刻表は引けるように訓練しておくこと。 ・今はインターネットで、最短ルートなど調べられるし、プリントアウトもできるが、で きれば時刻表を援用したり、VIPなどのときは、関係部署への電話での問い合わせなど をして、きちんと確認をとるほうが無難。 ・できれば、駅などの構造を示す地図、図版などを付けてあげると親切だし、喜ばれる。 [航空券] ・最近はリコンファームの必要なエアチケットは少なくなっていると思うが、お客様によ っては航空会社へのリコンファームをしてくれという要望が出るケースもあるので、その 段取りは覚える。 ・主要航空会社の問い合わせデスクの一覧表などは装備しておく。 ・旅行会社が閉店したあとに各種の問い合わせが発生するとコンシェルジュ頼みになるの で、もしものときの情報ルートを開設しておくことも大事(フロントなどと協力して作っ ておく)。 ・キャンセル待ちの段取りも習得しておく。 [タクシー、ハイヤーなど] ・そのホテルや旅館指定の会社があるのが大半。ベルやドアボーイの仕事ではあるが、そ の運転手さんたちとのコミュニケーションをとっておくことも大事。外国人のお客様には、 目的地を書いたカードなどをお渡ししておくこともコンシェルジュの仕事のうち。 41 41 [目的地までの時間や料金を聞かれる] ・外国人の方が、目的地までの状況を聞くときは、 How far ~ How long で聞かれたら ~ How much 距離(何キロとか。 のときは、所要時間(何分とか) ~ のときは料金 です ・答えは、 It takes ~ by ○○ の文型でOK。 ~のところに、~キロや~分、~円を入れて、後ろの○○には使う交通手段を代入すれ ばよし。by car 歩の場合は、by なら自動車で、だし by JR といえば、JRを使ってとなります。徒 walk です。 (4)シティ・インフォメーション 旅行客が宿泊施設を離れて、その町や地域を散策したり、物見遊山したりして楽しみた い。そういうときこそ、コンシェルジュの出番です。自分の足で集め、自分の目で見て確 かめた情報をお客様に伝えて、その結果、喜んでいただく。コンシェルジュをしていて、 良かったと思う瞬間でしょう。 [観光資源] ・名所、旧跡、寺院、神社、美術館、博物館などについては、もれなくパンフレットやブ ロシュアをもらって、キープしておくこと。 行き方をきちんと説明し、できればその施設の特徴、鑑賞のポイントまでひと言添えられ ると素晴らしい。 ・美術館や博物館では常設展示の他、特集展示があったりします。そのイベント情報を定 期的に採集し、どこの美術館・博物館ではどんな企画をやっているかを示す一覧表などを 作ってコピーを置いておくと気が利いています。もちろん、休館日、開館時間なども記す こと。 アメリカで中級のホテルに泊まったとき、フロントの脇に美術館。博物館の催し物リス トがあって、ちょっとした業務の空き時間に1,2軒の美術館に行けて、たいへん得した 感じになったことがあります。日本でも最高級ホテルではなく、ビジネスタイプのホテル 42 42 などでもこういう心配りがあるといいなと思います。 [ショッピング] ・百貨店、ブランドショップなどを推薦するだけでなく、最近ではディスカウント家電、 ファストファッション店、時には古着屋さんなども紹介したいものです。 ・お客様のニーズはどんどんマニアックになっています。ショッピング先については、常 に今のトレンドをしっかり掴んでおくことが大事になります。 [レストラン] コンシェルジュにいちばん来る質問のトップはやはり、宿泊客が外食しようというとき のレストラン選定でしょう。 ・最初に、好みと予算を聞きます。それから苦手な食材も。 ・話題の店や定番的なお店のリストは常にもっていたいものです。コンシェルジュなら、 グルメガイドブックを開いて、さて、というのではつまらないです。相手の気持ちを探り 出して、ベストマッチのお店を探してあげたいです。 ・それには、ホテル周辺のお店をよく知らないといけません。この事前調査はたいていの 場合、自腹になってしまうでしょう。こういうことへの研究費が出るホテルはあまり聞い たことがありません。 自腹ですからなかなか大変ですが、それでもネットで調べて、割引のある時に行ったり するといった工夫で、自分で味やコストパフォーマンスを確かめたいものです。 ・コンシェルジュが我がレストランにお客様を送って下さるという評判が立つと、徐々に 招待が来たりします。図々しくなってはいけませんが、礼儀さえ尽くせば、そのような好 意に乗っていけない理由はありません。 ・ベテランになると、そのレストランへの予約も行うことになります。これは、と思った お店とのコミュニケーションには、各人の個人的な努力がものを言います(お礼のお手紙 を欠かさないとか)。 ・観光施設やショッピングもレストランガイドも同じですが、コンシェルジュ・スタッフ 43 43 共同で手引書を作ってもいいのですが、基本は自分のノートを作ることです。「わたしが、 お薦めします」の「わたし」の部分が旅するものには効くのです。あ~、ここにも自分の ことを気遣ってくれる人がいるんだ、と。 ・翌日、推薦店に行かれたお客様には感想などを求めましょう。そういう会話の「総量」 がそのホテルを贔屓にするかしないかの決め手になります。 ・なお都会から離れた観光地のホテル・旅館の場合、その地域に行くために経由しなけれ ばならない地方都市があって、そこで乗り換えにための時間が出来たりします。その都市 の飲食店などで推薦できる店を教えると感謝されることが多いのです。また、実際、その ような問い合わせも多いようです。 [宗教施設] ・最近、増えているのがイスラム圏からの来客。 教義により、定時にお祈りを捧げなければならないので、近くのモスクの所在地を把握 しておくこと。 もっとも、最近では簡易スタイルではありますが、礼拝室を設けるホテル旅館も現れて きました。 ・キリスト教の礼拝、とくに日曜日のミサなどの問い合わせもあります。主要な教会につ いてもマッピングしておきましょう。 [エンターテインメント] ・劇場での公演情報には注意を払っておきましょう。何が今、受けているか、常にウォッ チしておくこと。 ・チケットの手配を頼まれたりすることもありますが、難しいことも多いのです。歌舞伎 や宝塚、オペラなどは本当に入手難のときはお手上げになります。それでも、たとえばフ ァンクラブの方に知り合いがいたり、劇場の運営関係者と仲良くなったりしていると、無 理なチケットを入手できる可能性もあります。 こういうことも含めて、コンシェルジュは外部の方たちとコミュニケーションが大事な のです。 ともかく、プラチナチケットを希望されるお客様には、すぐにNOをいわず、自分なり の努力を示すことです。その姿を見て、お客様に納得していただくしかないのです。 44 44 ・美術館、博物館ガイドと同じく、近くの映画館、劇場、音楽のライブハウスなどの番組 表は常に最新のものを用意しておきましょう。 45 45 第6章 飲食施設についての基礎知識 (この章の狙い) コンシェルジュに対する問い合わせの中で一番多いのが、これからどこで食事をしたら いいか、という質問です。 ホテルから一歩、外に出てその土地ならではのおいしい料理を食べたい。また、前から 知っていたその国の代表的なレストランに行ってみたい。そういうお客様の要望に沿って、 お店を選択し、時には予約も入れて差し上げる。コンシェルジュの実力が判定されてしま う大事な仕事です。 (1)飲食施設の業種と業態 普通、レストランを紹介してください、と言われると、とっさに「何を」お食べになり たいですか? と反射的に聞いてしまいます。つまり、何料理を食べたいのか、どんな食 材に興味があるのか、を聞くのが最初です。 しかし、それを聞くだけでレストラン選びに入ってはいけません。必ず、お客様がどの ような「動機」で外食したいのか、それを探り出さないといけません。その動機の中には、 もちろん、ご予算いくらくらい、という微妙な問題も含まれているのです。 [業種] そのお店が「何を」メインの料理(商品)にしているかを示すのが、業種です。 簡単なことで、おそばを売っている店なら、そば屋さんになるし、網の上に牛肉をのせ て火であぶって食べるなら焼き肉屋さん。つまり、○○屋さんという形で表現されるお店 の分類の仕方が、「業種分類」です。 お客様からレストラン選びの依頼があったとき、まず知りたいのは、どんな業種のお店 に行きたいか、聞くことになります。 そのとき、かりにそば屋さんに行きたいな、と返事があったとします。コンシェルジュ なら、そば屋さんおリストくらいはメモにして持っているものです。そこから、やみくも にお店の名前を羅列すればいいかというと、それで話は終わりません。 同じ「そば」を商売にしていても、ざるそば一杯が1000円以上する名人芸の高級そ ば屋さんもあるし、町のなかに普通に存在する家族やサラリーマンが行き、出前もするよ うなそば屋さんもある。駅前や駅構内ある立ち食いのそば屋さんだって、そばを売ってい るにはちがいありません。 ホテルに泊まっているお客様だから、高級で有名なお店を紹介すればいい、というもの 46 46 でもないのです。なかには、駅の立ち食いそばを面白がるお客様がいるかもしれないし、 実際、味などでも評判のある立ち食いそば屋さんだって存在します。 コンシェルジュは、業種だけでなく、その中での様々なタイプのお店を知っていると、 とても有利になります。 [業態] 「何を売っている」か、でお店を分類するのではなく、 「どんなスタイルで売っているか」 を分類の基軸にするのが、「業態」というものの考え方です。 ですから、業態には価格の概念が係ってきます。同じそばでも低価格で早く食事を済ま せられるのが、立ち食いそば屋。何人かグループで行って、おつまみで飲んで、しめにそ ばを食べることができる「そば居酒屋」なんてものもあります。もちろん、高価格のそば 屋さんは、そば打ち名人の腕が売り物です。そばにしてはかなりの値段の高さを覚悟しな ければいけないけれど、さすが!という味のそばを食べられます。 つまり、業種の中に、複数の業態があるわけで、お客様が今、どんな業態のお店を希望 されているか、を探り出して推薦すると、まさに気の利いた助言になります。 業態には大雑把にいって、以下のようなものがあります。 ・ファストフード業態・・・・文字通り、早く食事が提供される業態です。商品の価格は安価。 ただし、セルフサービスでお店の雰囲気も機能一辺倒で潤いは少ない。しかし、食事に費 やせる時間があまりないときには、この業態が大事だ。 回転すしはある意味、すしのファストフードなのである。最近では立ってボリュームの ある牛肉を食べさせるファストフードスタイルのステーキハウスも出現している。 ・ファミリータイプフードサービス・・・・テーブルがあって、ウエイター、ウエイトレスが いるレストラン。値段はファストフードほどお手軽ではないが、それほど高いわけではな い。いわゆるファミリーレストランが典型。洋食を業種にするものが多いが、なかには鍋 料理を軸にした和食店や中華料理なども含まれている。 ・カジュアルタイプフードサービス・・・・アルコールを楽しみながら、食事ができるタイプ のお店。日本の居酒屋はもちろん、この業態に属する。たとえば、イタリアンワインにパ スタ料理の組み合わせだと、トラットリアというカジュアル業態になる。最近では、スペ イン料理のタパス(小皿料理)を出し、ワインやスピリッツ(ややアルコール度の高いお 酒)を楽しむのバールという業態も人気だ。 家族には向かないが、気心の知れた仲間同士、カップルなどの食事にフィットした業態 だ。 47 47 ・プレステージレストラン・・・・プレステージは威厳のある、とか最高級の、といった意味。 日本語に訳すと「名声店」。 古い歴史を誇る老舗や腕前の傑出した料理長がいて、その綾里を求めて世界中からセレ ブが押し寄せてくるようなお店が、これだ。フランス料理にも和食にあるし、すしでも安 倍首相がオバマ大統領をおもなししたすきやばし次郎などは、典型的なプレステージレス トランだ。 価格は1人前数万円になることも珍しくない。富裕層のグルメ需要、または重要な接待 などに用いられる業態なのである。 コンシェルジュが業種別のお店リストを持っているだけでは不十分で、それぞれのお店 が、どのような業態なのか、しっかり把握しておくとよいのです。 [お客様のTPOS] お客様がどのような状況で外食なさりたいのか、それをきちんと探り当てるのがコンシ ェルジュの手腕です。 そのためには、お客様がどのようなTPOSで食事をしたいのは、順を追って聞くのが 有効です。 ・Tはタイム(time)、時・・・・お客様はいつ食事をしたいのか。今すぐなのか、それとも明 日なのか。急ぎなのか、それともゆっくり時間をかけて食事をする余裕があるのか。 ・Pはプレース(place) 、場所・・・・食事場所として希望されるのはどこか。近くて歩いてい ける範囲か。多少遠くてもよいのか。タクシーや公共交通機関を使ってもいきたいか。眺 めのいいところが好ましいのか、自然が残っているところがいいのか、それとも庶民が集 って賑わいのあるところなのか。場所も重要なファクターです。 ・Oはオケージョン(occasion)、状況・・・・どういう動機を伴ってレストランに行くのか。 カップルでムーディに、とかファミリーでわいわいがやがや楽しくか。誕生日などの何か の記念日か。それとも重要な接待なのか。人は外食するとき、単にお腹を満たすだけでは ない理由があるものです。それを洞察力と話術で探りましょう。 ・Sはスタイル(style)、こだわり・・・・人にはそれぞれこだわりがあるものです。例えば、 菜食主義などは典型的なスタイルです。なかには、食事はカウンター形式で料理人と会話 をしながらとりたいというこだわりを持つ人もいます。そういう各人の独自の食事スタイ 48 48 ルもきちんと聞いておくのも大事なことです。 (2)各種専門店の特徴と対策 [フランス料理] 美食の代名詞。とくに外交がらみの接待などにはフランス料理がよい。世界中で、国家 元首が招かれるときの正餐はフランス料理と一応決まっているのです。 フランス料理はシェフの腕前がものを言います。有名シェフのお店は、それこそ半年前、 一年前から予約が入ることも珍しくありません。 フランス料理店の中でも、座席数が多く、天井が高く、内装もフランス王朝風の華麗な ものをグランメゾンと言ったりします。注文はほとんどカルト(コース)で行います。 ビストロはやや値段が安めのフランス料理。ワインもリーズナブルなものを揃えていま す。アラカルト・メニューもあり。 ブラッセリ―は、フランス版のカジュアル居酒屋か。料理はフランス料理のなかでもポ トフ(野菜煮込み)やソーセージ料理など庶民的なものを揃えていて、気軽な業態です。 [日本料理] 日本の伝統的な料理は茶の湯の系譜に属する懐石料理。 日本のいろいろな旬の素材を様々に調理し、やはりコース的な一連の流れで提供する。 器、盛り付けなどにも細心の注意を払い、目で見て美しいことをも追及している。価格 が1万円以上することが多く、プレステージレストラン業態に属しますが、とくに外国人 のお客様には、日本の繊細な芸を知っていただくためにも、食べていただきたいものです。 [すし] もはや外国人の定番。高級業態店もありますが、思い切って回転すしの評判店を紹介し てもかまいません。また築地魚河岸など市場にあるすし店なども喜ばれます。 [おでん] お魚のすり身は今や、surimi と英語になっているくらいポピュラーなものです。ローカ ロリーダイエット食としても注目。飲みながらいろいろな材料を食べられるおでんは、次 49 49 のブームになるかも。 [イタリアン] イタリア料理店はフランス料理ほど敷居が高くなく、入りやすいのが特徴。メニューも 親しみやすく、今、もっともグローバルな人気をもつ業種といえるでしょう。 [中国料理] 様々なタイプの中華料理店があります。お客様には、辛さ系の四川料理がお好みか、そ れとも豊満な味わいが特徴の広東料理なのか、そえくらいは聞かなければいけません。 また都市によっては、中国の方がお住いの中華街があるところも多く、そこのレストラ ンをきちんと把握しておくのも重要です。 [ラーメン] 今やグローバルフード。ドイツやニューヨークで人気のラーメン店が、新横浜のラーメ ン博物館に逆輸入で出店するくらいです。ラーメン店などを推奨するのも意外な選択で、 外人さんには喜ばれるかもしれません。 [居酒屋] アメリカやヨーロッパにはない業態です。狭い空間に肩を寄せ合って、盃を酌み交わす。 こういう文化は珍しく、外国の方は予想以上に喜びます。駅のガード下の縄のれんのよう な店もOK。ぜひともリストに加えておきたいものです。 (3)飲食施設との接点をつくる コンシェルジュはひとりひとり、独自のレストランリストを持っているべきでしょう。 プライベートで少しずつでも、自分で利用し、その感想を綴っておく。きっかけはテレ ビ番組でも雑誌の食べ歩き記事でもいいのですが、やはり自分の足と目と舌で確かめてお きたいものです。 こういうレストランリストは一朝一夕でできるものではなく、普段からこれはというお 店には行っておく習慣が大切です。 費用もかかります。コンシェルジュにこういうレストラン調査費のようなものが出るこ 50 50 とはほとんどないでしょう。自分持ちです。その出費を惜しんでいてはいけないのです。 苦しいけれど、最後は自腹で積み上げた知識が、生涯にわたる自分の顧客をもつことにつ ながることが多いのですから。 気に入ったお店とはホテルの名刺を渡し、ちゃんとした関係を築きましょう。先方もい いホテルから優良顧客を紹介してもらえるので、粗略には扱わないはずです。 感動したレストランのスタッフ、ホスピタリティには感謝の手紙もお忘れなく。他人に 感謝出来ない人が他人から感謝されることはありません。 こうした活動をやっていると、時々、ご馳走しましょうと言った申し出もあります。乗 って悪いとばかりは言えませんが、これが癒着になってはいけません。お付き合いにも適 度な距離感が必要ということなのです。 美食のガイドブック、例えばミシュラン、ザガットのようなものはコンシェルジュデス クに常備しておくべきですが、お客様が相談にいらしたとき、初めから美食ガイドブック を出しては、興醒めです。この二つのガイドブックは自分の勉強のために、と思って使う こと。 *ミシュランガイド・・・・フランス生まれの美食ガイド。覆面調査員がレストランを回り、 星を付けていくガイド。星は3つが最高。三ツ星レストランは予約がとりにくいものです。 *ザガット・・・・ニューヨーク生まれのガイドブック。こっちはレストランユーザーの投票 による評価付け。味、雰囲気、サービスの3ポイントの評価をユーザーに委ね、それを集 計して点数をつける。 味を優先するなら「ここ、サービスの充実を期待したいならここ、という風に店を選べる のが特徴。 51 51 第7章 食材・調理・飲料の基礎知識 (この章の狙い) 前章ではコンシェルジュの大事な仕事としてのレストラン紹介にまつわる知識について 触れましたが、この章では、料理の世界に入っていきたいと思います。 というのも、お客様とレストランをめぐる会話をする機会は意外に多く、そのとき料理 の素材や調理技術についての知識を備えていると、もっともっと対話がカラフルになり、 親密感が生まれるからです。 (1)西洋料理の世界 [西洋料理の種別] ・フランス料理・・・・14 世紀の後半王侯貴族に仕える料理人が作り出した料理の体系。19 世 紀から 20 世紀にかけて、天才料理人オーギュスト・エスコフィエ(1847~1935)が伝わ ってきたメニューの素材、調理法を集大成した。西洋料理の王者格。 ・イタリア料理・・・・フランス料理よりもシンプルで素材の形を残しているものが多い。第 一皿(プリモピアット)では、前菜、スープ、パスタが提供され、第二皿(セコンド)では 魚料理または肉料理がくる。これにチーズ、フルーツ、コーヒー(エスプレッソが多い) で構成。コースで供する店をリストランテと称する。 雰囲気を軽く、パスタ料理など親しみやすいメニュー構成の店がトラットリア。そして ピザ専門店がピッツェリアとなる。 ・ロシア料理・・・・煮込み料理が中心。肉や野菜を煮込んだボルシチ、ストロガノフ、ロシ ア餃子というべきピロシキ、パイ包みのつぼ焼きなどが代表料理。 ・英国料理・・・・ローストビーフが代表的料理。 ・アメリカ料理・・・・アメリカに入植した人々がワイルドに食べる料理。ステーキ、ポテト、 ターキーの蒸し焼き、フライドチキン、コーンなど。ハンバーガーもアメリカ料理の代表 といっていい。 [朝食] 52 52 ・コンチネンタルブレックファスト・・・・ヨーロッパのホテルで提供される朝食。①ジュー ス(トマト、オレンジ。パイナップル、グレープフルーツなどからチョイス)②パン(マ フィン、クロワッサン、スイートロールなどからチョイス、バター、マーマレードなどが 付く)③飲み物(コーヒー、紅茶、ミルク、ココアなど)の3品目で構成され、シンプル なもの。 ・アメリカンブレックファスト・・・・英国、カナダを含め英語圏のホテルの朝食は、コンチ ネンタルの要素にシリアル、肉料理、卵料理を加えたもの。 ①ジュース類②フルーツ(オレンジ、グレープフルーツ、ストロベリーなど)③シリアル (オートミール、コーンフレークス、パフトライスなど)④卵料理・ベーコン、ソーセー ジまたはハム添え(卵料理はフライド、スクランブルド、ボイルド、ポーチド、オムレツ など調理法を選べる)⑤トーストまたはロールパン(ときにマフィン、シナモンロールな どもあり)⑥飲み物(コーヒー、紅茶など)といった構成。 [コース料理] 西洋料理の昼食、夕食には、一品ずつオーダーするアラカルトの他、フルコースが設定 されていることが多い。これをフランス語でいうとターブル・ドート(table d'hote)とい う。いわばコース定食だ。その構成は ・オードブル(前菜)・・・・アピタイザー(食欲)喚起のための小さな料理。これで食前酒 を飲む ・スープ(ポタージュまたはコンソメ) ・魚料理(ポワソン)白ワインとともに ・シャーベット(口直し) ・肉料理(肉料理) 赤ワインとともに ・サラダ ・チーズ(省略することも多い) ・デザート 53 53 ・コーヒー 紅茶 [調理法] 魚料理については ・ムニエル・・・・ 塩・胡椒した魚に粉をまぶし、フライパンでバター焼きしたもの ・グリエ・・・・バターまたはオリーブオイルで魚を網焼き ・フリチュール・・・・フライのこと。フランス料理では魚をミルクに浸し、粉をまぶし油で 揚げることが多い ・ソテー・・・・フライパンで片面ずつ焼き上げる ・ポッシュ・・・・香味野菜のだしがきいたお湯で茹でる 肉料理については ・ロースト・・・・肉を塊のまま蒸し焼き ・ソテー・・・・フライパンで焼く ・グリル・・・・鉄板または網の上で焼き上げる ・ボイル・・・・茹で煮 ・ブレーズ・・・・長時間かけての煮込み ・ラグー・・・・シチュー ・フリッター・・・・フライ料理 *素材名と調理法の組み合わせでメニュー名が決まる 54 54 (2)日本料理の世界 ここでは誤解の生じやすい懐石料理と会席料理のちがいを中心に解説します。 [懐石料理] 会席料理と発音が同じなので、区別したいとき、こちらを「ふところ石」の方の料理な どと言ったりします。 懐石料理の語源はこういうことです。 昔、お腹が空いて困っている旅人が行く先にお寺を見つけて喜んだそうです。あ~、あ そこに行けば何か食べるものを恵んでくださる、と。しかし、お寺についてお坊さんが出 てくると、困った顔をなさっている。「実は、我が寺にも食料がなく、わたしも何も食べて いない状態なのです」と言う。そのとき、お坊さんは何を思ったのか、お寺の後ろに去っ て、しばらくすると紙に包んだものを持っている。それを旅人に差し出すのです。それは 食べ物でなはく、はんなりと火鉢の中で温まっていたこぶし大の石だったのです。当然、 食べられません。お坊さんは旅人にこう言ったのです。「食べ物はないけれど、せめてこの 温かい石を貴殿の懐(ふところ)の奥にいれ、お腹にあてなされ。温もりが伝わって、し ばし空腹の辛さからまぬがれるのではないかな」 つまりお坊さんは何もないのだけれど、少しでも旅人の空腹をまぎらわせてあげたい。 出来る限りのおもてなしが、温めた石を懐に入れてもらうことだったのです。 この、今、手元にあるもので精一杯、相手のためになろうとする精神のあり方。これを 「懐石」として、料理を出すことは、こういう気持ちで行うものだとしたのが「懐石料理」 の謂れなのです。 こういうおもてなしの精神の源は千利休さんが大成した茶道にあるもので、亭主が客を もてなす時、一汁三菜(吸い物、刺身、焼き物、煮物)の素朴なお膳だけれど、心をこめ て近くにあるものを集めて料理を出したものを懐石料理としたのです。別名茶懐石ともい います。 ですから、懐石は基本的に「お茶」を楽しむための料理です。 [会席料理] それに対し、お酒を楽しむための料理が会席なのです。 会席とはもともと連歌や俳諧の集まりのことで、その会場が料理茶屋のことが多く、そ こでお酒をみんなで酌み交わしながら、いろいろな料理を楽しもうと構想されたものが会 55 55 席料理です。 料理の組み立ては茶懐石と同じく、一汁三菜が基本ですが、これにお通し、揚げ物、蒸 し物、和え物などが加えられ、最後にご飯と味噌汁、香の物が出ます。なかなか食べ応え があり、今の日本旅館の夕食はほとんどが、この会席料理の趣向です。 [本膳料理] 室町時代に起源をもつ、もっとも格式の高い料理。会席料理の源流でもある。礼式を重 んじ、様々な儀式をともなっている。 料理は本膳に5または7種類の料理、二の膳に5種、三の膳に3種の料理をのせる。 [精進料理] お寺で供される料理で、俗にいう「なまぐさもの」、魚など動物性タンパク質の素材を一 切入れないで作る。もともとは僧侶の料理だが、今はダイエットブーム、野菜料理の見直 しでちょっとした人気メニューになりつつあるようです。 [郷土料理] 日本には郷土ごとに、そこの特産品をその土地ならではの調理法で作り上げた名物料理 があります。北海道の石狩鍋、愛知県のきしめん、香川県のうどん、高知県の皿鉢料理、 長崎県のしっぽく料理といったものなどですが、それぞれ地域の文化と歴史が反映してい ます。 (3)中国料理の世界 広い面積をもつ中国には、地域ごとに様々な料理が生まれています。ここでは代表的な 中国料理のジャンル分けを簡単に解説します。 [北京料理] 中国の歴代王朝の首都は北京。その宮廷で出された料理の体系が北京料理。代表的なメ ニューは北京ダック。 [広東料理] 56 56 中国南部の料理。ツバメの巣、フカヒレの料理などがよく知られる。海が近いので海鮮 料理も多い。飲茶なども広東料理の一部なのです。 [上海料理] 魚介と農産物が豊富な中国中部、江蘇州で発展した料理。酒や醤油、黒酢などをふんだ んに用いる濃厚な味わいが特徴。上海蟹、ツバメの巣のスープ、小籠包などが代表メニュ ー。 [四川料理] 揚子江上流の四川省の郷土料理。寒さ厳しい山岳地帯の料理ゆえ、唐辛子はじめ香辛料 をたっぷり使うのが特徴。麻婆豆腐、坦々麺、回鍋肉など日本でもお馴染みの料理が多い。 (4)アルコール飲料の基礎知識 ワイン一つをとっても、その銘柄ごとの味わいの違いを探究する道は険しく深い。ウイ スキーも日本酒も、そして最近では焼酎までも、今はブランドについてのうんちくが付き 物。 初歩知識ではそこまで踏み込まず、シンプルにアルコール飲料の種別だけは知識として 自分のものにしておこう。 [醸造酒] 主材料を発酵させてつくった酒 ・ワイン 主材料 ぶどう ・日本酒 主材料 米 ・ビール 主材料 ビール麦、ホップ [蒸留酒] 発酵してつくった醸造酒をさらに蒸留したもの 57 57 ・ウイスキー 主材料 麦、とうもろこし ・ブランデー 主材料 ぶどう ・ウォッカ 主材料 じゃがいも、とうもろこし ・ジン 主材料 大麦、ライ麦 ・焼酎 主材料 米、さつまいも、麦 [混成酒―リキュール] 醸造酒や蒸留酒に香料や糖分を加え独自の風味をつくった酒 ・ベルモット・・・・白ワインににがよもぎなどの香料を加えたフレイバードワイン ・チェリーブランデー・・・・さくらんぼ ・コワントロー・・・・スピリッツにオレンジの皮などでフレイバーを付ける ・カルヴァドス・・・・リンゴ酒 などがある。 58 58 第8章 日本文化理解初歩 (この章の狙い) 訪日外人観光客の激増にともなって、ホテルや旅館のスタッフが日本文化について尋ね られる機会が増えそうだ。 近くの神社のいわれとか、季節ごとのさまざまな行事の淵源、また時には日本人が古く からもっている習慣についての思いがけない質問なども出てきます。 日本が本当に国際化するといいうことは、わたしたちのすぐ足元にある文化や習慣など についてきちんと説明できること、そしてわたしたちのものの考え方を伝えることが出来 るようになることではないでしょうか。 そのことは、同じ日本人のお客様に対してもいえることです。 グローバルであることはローカルであるということ。 また逆にローカルであることがグローバルであること。 わたしたちはそういう時代に入っていると思います。コンシェルジュはじめ、宿泊業の スタッフ全員が、自らの文化に誇りをもち、地域自慢ができると、それがそのままグロー バルな注目を集めることになります。少しずつでも、我が国の文化・風土性についての勉 強を始めましょう。 (1)日本の季節感 日本文化の基礎にあるのは、季節の移ろいではないだろうか。 春は桜、夏は青い空と暑さ、そして台風、秋は実り、冬は雪景色。四季がこれほどくっ きり判別できる国はそうはないと思う。 日本人は本来、農業の民で、季節の移ろいに敏感でないと、収穫ができなくなる怖れが あります。だから、ちょっとした季節の変わり目を示す兆候にも敏感になったのです。 ホテル・旅館、とくにリゾート地の宿を訪れる人は、その自然とともに季節感を楽しみ たいものです。同時に、わたしたちもそれを楽しむ。同じ自然、同じ季節を共有できるこ との喜びは、必ずファンを生むことにつながるはずです。 [二十四節気] 今、わたしたちが使っている暦は1年を12カ月に分けていますが、日本では24等分 して、季節の変わり目の日を設けています。これは、今、わたしたちは何をしたらいいの か、とくに農業に従事する人たちには大事な情報でした。それを二十四節気といいます。 59 59 ・立春・・・・2月3~4日前後。春の気がそろそろ立ち込める頃かな、という日。寒さも底 をつき、これから春に向かう予感にみちた日。 ・雨水・・・・2月18日前後。氷雪が解け始めて、雨水も少しぬるんできたかな。地上には 草木の芽生えが生じ始めている。 ・啓蟄・・・・3月5日頃。冬ごもりの地下の虫がそろそろとお出まし。春がもうすぐそこと いう日。 ・春分・・・・3月21日春の真ん中。昼と夜の長さが等しい。お彼岸の中日。 ・清明・・・・4月5日頃。草木の花が咲く。清新の気が満ち溢れます。 ・穀雨・・・・4月20日頃。春雨が田畑に潤いを与えるさま ・立夏・・・・5月5日頃。夏めいた感じがする。初夏を告げる一日。 ・小満・・・・5月21日頃。いよいよ太陽の恵みが本格的になる。暑さ到来の予感。 ・芒種・・・・6月6日頃。芒(のぎ)は稲や麦の実の先にある毛のこと。芒のある穀類の種 を撒く季節。田植えを始めるシグナルだ。 ・夏至・・・・6月21日前後。昼がいちばん長く、夜がいちばん短い。 ・小暑・・・・7月7日頃。これから本格的な暑さが始まりますよ。 ・大暑・・・・7月23日頃。真夏の暑さのピークか。 ・立秋・・・・8月7日頃。暑さのピークが去り、秋の気が初めて立つ。この日を境に季節は 秋に向かいます。 ・処暑・・・・8月23日頃。夏の日差しもやわらかに。暑気も収まりはじめます。 ・白露・・・・9月8日頃。野草に露が宿るようになる。涼しくなってきたのです。 ・秋分・・・・9月23日。秋の真ん中。昼夜等分。お彼岸。 60 60 ・寒露・・・・10月8日頃。降る露にも冷たさが。秋も頂点に。 ・霜降・・・・10月23日頃。降る露も霜になりそうな寒さに。 ・立冬・・・・11月7日頃。冬の気が立つ日。以降、冬。 ・小雪・・・・11月22日頃。山間に雪が降る。寒気も厳しく。 ・大雪・・・・12月7日頃。北風吹き荒れ、雪も舞う。 ・冬至・・・・12月22日頃。冬の真ん中。夜がいちばん長い日。 ・小寒・・・・1月6日頃。寒の入り。寒気がより強く。 ・大寒・・・・厳冬の頂点。しかし、これを過ぎれば春がきます。 *二十四節気はもともとは旧暦で考えられていたものなので、新暦の日付とはずれるので、 やや違和感があるかもしれません。 もともとは2月の4日頃の立春をもって、一年の始めとしていたのです。茶摘みの歌のい 出てくる「夏も近づく八十八夜」もこの立春から数えて88日目の夜を指します。台風の 二百十日、二百二十日も同じです。 [五節供] 中国から渡ってきた暦の考え方に、あまり良くない日が指定されているものがありまし た。そういう悪日(あくび)だからこそ、潔斎し、神に供物を捧げて穢れを去り、災いか ら遠ざかろうというので、本来はお供えものをする日ということで節供と言ったのです。 これが季節の節目を表す句切りにもなるので、節句と当てられた感じが変化したのです。 ・人日(じんじつ)の節供・・・・1月7日。一年の始まりに、七草粥を食べ、無病息災を祈 る日。 ・上巳(じょうし)の節供・・・・3月3日。雛祭り。 ・端午(たんご)の節供・・・・5月5日。男の子たちを祝う一日。 61 61 ・七夕(しちせき)の節供・・・・7月7日。七夕の祭り。 ・重陽(ちょうよう)の節供・・・・9月9日。別名菊の節句。陰暦の9月9日は新暦の10 月にあたり、田畑の刈り入れが行われる時期。その9日に「お」をつけて「おくんち」(御 九日)と呼ぶ地域もあり、盛大な祭りを行う。長崎や唐津でゆうめいな「くんち」はこれ が起源。 日本全国各地、エリアごとに二十四節気や五節供を祝う風習は様々です。コンシェルジ ュとしては、ぜひとも足元の地域の季節行事を調べ、まとめ、お客様に伝えたいものです。 季節のことは、まさに「この時・この場」だけ。まさに「おもてなし」ではないでしょ うか。 [月の呼び名] 日本では夜、中天にかかる月もその姿かたちで、今日は何日だったんだ、と分かるよう に名づけを行っています。これがなかなか雅な響きをもっています。ふっと、口ずさむと 奥ゆかしいものです。 ・新月・・・・朔月(さくづき)とも言い、見えない月、月の始まり。 ・二日月・・・・陰暦の毎月2日に見える薄く、細い月。 ・三日月・・・・鎌のような鋭い姿。しかし、意味はこれから大きくなる希望を示すもの。 ・上弦の月・・・・7日目。満月にいたる真ん中の月。南の空にかかる。 ・十日夜・・・・「とおかんや」と読む。とくに陰暦10月10日には収穫の祭りを行う。 ・十三夜・・・・小望月(こもちづき)と呼ばれる、ぼってりした丸みのある月。 ・十四夜・・・・満月の直前。 ・満月・・・・望月(もちづき)とも呼ぶ。丸く輝くおおきな月。 ・十六夜・・・・いざよい。満月の一日遅れの月。 62 62 ・月待ち月・・・・満月を過ぎると一日、50分ほど昇る時刻が遅くなので、十七夜から二十 夜までをこう呼んだりする。 ・立待月・・・・たちまちづき。十七夜の月。日暮れ後すぐ昇る月 ・居待月・・・・いまちづき。十八夜。夜になり、座って待っていると昇る月。 ・寝待月・・・・ねまちづき。十九夜。そろそろ寝ようかというときに昇る月。 ・更待月・・・・ふけまちづき。二十夜。夜が更けて昇る月。 ・下弦の月・・・・欠けてゆく半月。 ・二十三夜・・・・夜更かししつつ、昇る月を見ると願いが叶うとされる言い伝えもあり。 ・沈静の月・・・・夜が更けきった時に昇り、すぐ消えていく月 ・晦・・・・つごもり。月の終わり。晦日。 (2)日本人のおもてなし 第 11 章の「サービス」と「ホスピタリティ」と重なる部分があるが、ここでは日本伝統 のおもてなし文化の姿を伝えます。 [一期一会] 「いちごいちえ」と読むこの言葉は、人と出会うことを大切にする日本人のDNAに合 っているのか、今の若者でもよく使う言葉になっています。ただ、その使い方が、「新しい 人に出会う」 「出会いを大切に」という意味に偏りすぎているきらいがあります。 実際は、毎日会ってお喋りしているすぐお隣の友達同士にも、ずーっと何十年も一緒に 暮らしているご夫婦にも「一期一会」はあるのです。このことに気づくと、実は、毎日、 毎日を平穏に過ごせることの大切さが分かります。だって、今日顔を合わせているから、 明日も会えるよね、とは言い切れません。お互い、何が起きるか先のことは分からないの ですから。 昨日来て今日去っていく旅人を相手にするホテル旅館のスタッフはそれこ毎日が「一期 63 63 一会」の連続です。でも、一緒に働いている仲間とも毎日が一期一会なのです。丁寧に、 チームワークをよくするためにも、この考え方が重要です。 一期一会という言葉は茶人としても有名だった幕末の大老、井伊直弼が作った言葉とさ れています。 意味は、今、一回この人に会っているその時は、二度と巡りくることがない時なのだ、 ということです。ですから、会っている相手が初めてかどうか、久しぶりかどうか、など は関係ないのです。毎日顔を合わせていても、旧知の人であっても、今、こうして会い、 ともに過ごしている時間はもう二度と来ない、だから大切にしあおう、という意味ではな いでしょうか。 こういう人と会い、ともに時間を過ごすことの大切さ、そしてその時間は二度と戻って こないという切なさを、 「茶道」という出会いの美学に結晶させたのが、千利休さんでした。 ですから、利休さんの樹立した「お茶」の道には、もてなす側(亭主)ともてなされる 側(客)がどのようにしたら気持ちのいい空間を作れるかの知恵が満載されています。 [一座建立] お茶席でのおもてなしを亭主が工夫する。できるだけのことをして客を迎える。そのお もてなしの気持ちが通じ合うと、その場が素晴らしく気持ちのいいものになる。これを茶 道では「一座建立」(いちざこんりゅう)と呼びます。 ホテル旅館でのスタッフとお客様の交流も「一座」、従業員同士の場も「一座」です。お もてなしの文化で、一瞬、一瞬過ぎて戻らない時とその場を大切にする精神。これが日本 文化の精髄です。 [もてなし] お茶室で亭主が客を待ちます。床の間の掛け軸を、今日の客に相応しいものに架け替え、 一輪挿しに可憐な花を投げ入れておく。 濃茶を楽しもうという茶会の場合は、カテキンが大量含まれ、胃に負担が重い濃茶を楽に かつおいしく、体に負担が少なく飲むために、お茶の前に軽い食事を用意しておくのが習 いです。 これを茶懐石料理と言います。このことは、第7章の(2)、日本料理の世界のところで も触れました。要するに、お茶で胃もたれしないように、はじめに食事をして胃酸を出さ せ、活発にしておくわけです。 その茶懐石料理が「ふところに石を持たせた」お坊さんの故事に象徴されるように、亭 主が「今、手に入るもの」で客を満足させようというのが大事なポイントです。 64 64 お金や人をいっぱい使って、天下の隅々から珍味を集めて豪華な料理を出すのは、お茶 のもてなしではありません。 懐石は亭主が庵の近くの山野をかけめぐり、川からは鮎などをとり、畑から野菜や果物 をとり、それで心づくしの料理を作るものです。亭主が、馳せ、駆けて走って材料を集め たから「ご馳走」(馳せて走る)というのです。 つまり、おもてなしに特別な用意はいらない。 今、自分が持っているもので、相手を喜ばせることを為そう。それでいいのだと思いま す。「もてなし」にどういう漢字を当てるか議論があるところですが、自分が持っているこ とで為す、「持て為し」というのもあっていいのじゃないでしょうか。 要するに、自分の知恵で、「この人だけが・この人にだけ」出来ることを編み出す。それ が日本のホスピタリティなのだと思います。 [叶いたがるは悪しし(あしし)] おもてなしは「やり誇り」はダメだよ、という利休さんの教えです。正確には「叶いた るはよし、叶いたがるは悪しし」です。 つまり、おもてなしは自然な状態で提供され、客も自然にそれを受け止める。そうする と、自然体で調和した気持ちのいい空間、時間が生まれるという意味です。 でも、ともすると、おもてなしをする側が、それを客に押し付けていることがあります。 「あなたを喜ばせていますね」というような態度はやはり、要らぬ心映えでしょう。やは り、これ見よがし、は嫌われます。 [利休七則] 利休さんはお茶人として全うするための極意を七箇条にまとめています。 ・茶は服の良きように(服は「飲む)の意味で、ここでは飲むのにちょうどいい加減の温 度、濃さで、と言っています) ・炭は湯の沸くように(炭火はいつもほどよい加減で) ・夏は涼しく、冬暖かに(客人の立場で寒暖を考える) ・花は野にあるように(すべてのしつらえが、自然であるように) ・刻限は早目に(常にゆとりをもつ。遅れをとるのはもってのほか) 65 65 ・降らずとも雨の用意(常に万全の備えをしておく) ・相客に心せよ(わざとらしくなく、自然に相手の気持ちに寄り添う) 以上が利休さんの7つのルールだが、どれも当たり前じゃないか、と言いたくなるよう な内容だ。このことは利休さんの知り合いの武将も「なんだそんなものか」と言ったそう だが、利休さんが「でも、あなたはすべて出来ていますか?」と問いかけたら、黙ってし まったという故事が伝えられています。 おもてなしといい、ホスピタリティと言いますが、実は秘術とかコツのようなものはな いのです。利休さんの七則のようなことをやり抜くことしかありません。 おもてなしの究極は「平凡に徹して非凡になる」ことだと思います。 66 66 第9章 海外文化理解初歩 (この章の狙い) 外国のお客様を迎える時、そのお国の文化を尊敬することはきわめて重要です。 その尊敬の心は、きちんとした国際的なマナーの裏付けのうえで、具体的な接遇に生か されなければいけません。 ここでは、文化や宗教の違いをきちんとわきまえて、外国人と接するための基礎知識を、 国際マナー(プロトコル)と、最近よく話題に上がる食事の宗教的タブーに絞ってまとめ ます。 (1)外国人と接する時の基本マナー(プロトコル) プライベートなくだけた雰囲気の時は別ですが、外交やビジネスがらみで外国人と接触 する場合、余計な摩擦を避けるために、様々なマナーがあって、それをお互い守り合うよ うにしています。その決め事をプロトコルといい、外人客の多いホテルではとくに大切に される決め事、習慣です。これからのホテル旅館のスタッフは必ず身に着けておかなけれ ばならない知識になってきました。 [握手] ・お互いが武器を手にしていないことを確かめ合うために始まった挨拶といわれる。手を 握り合うことは信頼を持ち合うことの裏返し。 だから、軽く触るのではなく、ぎゅっとある程度力をこめて、握る、握り返すことが必要 です。 ・手袋はとる ・相手の目を見ながら、手全体を握る ・女性には少し軽く ・原則的には、握手をしながらお辞儀はしないもの ・身分的に下位の者から握手を求めない。男性から女性に握手を求めるのも控えたい。 67 67 [エレベータと自動車] ・エレベータにお客様をご案内するとき、スタッフはドアを押さえながら、上位の人から 誘導。 ・入口から見て左奥が最上位者の位置 ・スタッフは最後に乗り、階数ボタンの前で半身に立つ ・降りるときは、下位の者から誘導する。 ・運転手付き自動車の場合、右ハンドル、左ハンドルどちらでも、最上位者は後部座席の 右側、次が後部左側。三位が後部中央。最後が助手席。 [レディファースト] ・外国の女性の方々には、レディファーストをきちんと行うこと。照れたりしてはいけま せん。 ・エレベータは男性がドアを押さえ、女性を先に乗せる ・階段やエスカレータは上りも下りも男性が先に立つ ・レストランでは女性を先に男がフォロー。着席では女性の椅子を男性が引く ・自動車に乗る場合は、男性がドアを開け、女性を先に。降りるときは、男性がドアの外 で、女性をアテンド。 ・クロークなどでは、男性が女性のコートなどの着脱をアテンド [ドレスコード] ・宴席の種類によって、主催者が列席者の服装を指定することがあります。これをドレス コードと呼びます。とくに政府関係などがとりおこなう正式な行事に属する宴席では、こ れを守ることが重要になってきます。 68 68 ・正餐(公式度の高い宴席) 男性:昼・モーニング(グレー系) 、縞タイ 夜・黒の燕尾服、ホワイトタイ(蝶タイがよい) 女性:昼・アフターヌーンドレス、光らない生地、長袖 夜・イブニング 袖なし、胸開き、踵たけのロングドレス *靴はパンプス ・ややインフォーマル(準公式)な宴席 男性:昼・ディレクターズスーツ(ブラックスーツの上着に縞ズボン、ネクタイは白黒の ストライプ、グレーまたはシルバー 夜・タキシード、ブラックタイ(縦襟シャツ&カマーバンド) 女性:昼夜ともロングドレスまたはカクテルドレス ・カジュアルな宴席 男性:昼夜ともダークスーツ、黒の蝶タイ 女性:昼・ワンピースまたはツーピース 夜・ロングドレスまたはカクテルドレス [席次] 国際会議などでの席次は微妙だ。夫婦単位で出席が原則なので、お客様のご夫人の扱い がキーポイントになります。 ヨーロッパ式(フランス式)と英米式の二種類があります。 ・ヨーロッパ式 1、主人(ホスト)が出入口側中央。主人の奥様(主夫人、ホステス)がその正面 2、第一位の男子客がホステスの右隣 3、第一位の夫人はホストの右隣 4、第二位の男子客はホステスの左泊まり 5、第二位の夫人はホストの左隣 6、第三位の男子客は第一位の夫人客の右隣 69 69 7、第三位の夫人は第一位男子客の右隣 といった順番で、男女が左右交互に振られるようにする。 ・英米式 1、ホストが出入口側のいちばん右側。ホステスがその対角線の位置、奥のいちばん右 に席をとる。 2、第一位の男子客がホステスの正面 3、第一位の夫人がホストの正面 4、第二位の男子がホステスの左側 5、第二位の夫人がホストの左側 といった順番で配置。 *結婚披露宴以外、夫婦の隣り合せは避ける。またお客様夫婦が真正面になるのも避けた いところです。 [国旗] 入り口に国旗を掲揚したり、国際会議の宴席で小さな旗を卓上に置いたりするのは、外 国の方をお迎えする大歓迎の意思表示です。これにもルールが定められています。 ・国旗掲揚は日の出から日没まで(夜は掲揚しないのが原則だが、必要な場合はライトア ップする) ・破損、汚損はタブー ・雨天、降雪時は屋外での掲揚はしない ・国旗は地面に絶対につけない ・他国の旗を掲揚する時は必ず自国の旗も掲揚する(自国の旗を掲揚しないことは、その 国の属国になったこととされてしまう) ・ポールの最上部に接していること ・複数国の国旗掲揚の場合はサイズ、ポールの高さは同一に 70 70 ・一本のポールに複数の国旗はいけません ・2か国の国旗掲揚の場合、向かって左が上位国(卓上の場合も同様)掲揚の順番は上位 国が先、降納のときは一番最後。お客様の国の国旗がいちばん時間的に長くなるように。 ・3か国以上の国旗を掲揚する場合は、日本の国旗を真ん中にし、向かって左、向かって 右、また向かって左の順番で、国名のアルファベット順に並べる。その国名は国連で定め た表記に従う。たとえばイギリスは United Kingdom of ~ である。これはきちん と調べておくこと。 ・半旗・・・・国葬や準国葬、外国元首の逝去などがあったとき、旗をポールの中央で掲げて 弔意を表します。 揚げ方は、一度、旗をポールの上端まで持っていき、それから半分の位置までおろす。 降納のときも、一度、旗をポール上端まで引き上げてそれから降ろします。 (2)食の宗教的タブー 最近、大きな問題として取り上げられる機会が多いのが、外国人旅行客の食事が、宗教 の戒律で縛られていて、その対応に追われていることです。とくに、近年、急増している イスラム教徒のみなさんには、食事の材料、調理などが厳しく定められているので、ホテ ル旅館はそれに対して格段の配慮が求められるようになっています。 以下、人種、宗教別に食のタブーについて触れていきます。 [イスラム教] ・「豚肉」については絶対的なタブー。その他、アルコール、血液などもタブー。 ・豚については肉身だけでなく、ラードを使用したり、豚肉エキスの入ったブイヨンを使 った料理もタブー。 ・イスラム教徒は禁酒が掟。さらに、料理に用いる料理酒、味醂の類もタブー。料理の最 後にアルコールをかけて炎で風味をつける調理法(フランベ)もいけない。 ・イスラムの食のことをハラルといい、最近ではイスラムの掟に従った調理場所、機器で 加工したハラル食の開発も盛んだ。 71 71 ・なお、食のタブーとは異なるが、イスラムにとって礼拝は必須(一日5回)。どんな場所 に居ても、定められた時刻には、メッカにあるカーバ神殿の方角(キブラという)に向か って礼拝する。 ロビーや宴会場、レストランでも、日本から見たキブラは西北西(北から西へ64度~7 2度)になるので、スタッフの方々はその方角を覚えておくとよい。 ・それから、イスラム教では、「頭部」が神聖なものとされています。頭を触ってはいけま せん。どんなにかわいいお子様でも、頭を撫でたりはタブー。 また、左手は不浄のものとされ、余り使いません。 [ユダヤ教] ・ユダヤ教には「カシュート」と呼ばれる食事に関する戒律が決まっています。 ・豚、馬、血液、イカ、タコ、エビ、カニ、ウナギ、貝類、そして「宗教上の適切な処理 が施されていない肉」「乳製品と肉料理の組み合わせ」などがタブー。 ・豚については、ラード、エキスの形でブイヨンやゼラチン、ソース、スープに混入され ているものについても、注意を払う必要があります。 ・乳製品と肉の組み合わせというのは、たとえばチーズバーガーなどが典型例。肉入りの クリームシチューなども同様。 ・「宗教上、適切な処理が施された食材は「コーシャミール」と呼ばれて、専門商社などが 扱っています。 ・野菜とお魚中心の日本食はユダヤ教徒には好評 [ヒンドゥー教] ・信仰人口は少ないとはいえ、インド、ネパールに多数存在します。日本への関心、好感 度も高く、食事でも配慮することが求められています。 ・牛は神聖な動物のため絶対に食べない。豚は不浄な存在で食べない。 ・肉食は鶏肉、羊肉、ヤギ肉は中心。卵はOKの場合もある。 72 72 ・乳製品は大量に摂取 ・匂いのきつい野菜も避ける傾向。ニンニク、ニラ、ラッキョウ、玉ねぎ、アサツキなど。 ・給仕をするときは右手を使い、左手は使わない。 ・鍋料理など、ひとつの鍋や皿を複数でつつき合って食べる習慣はありません。 [ベジタリアン] ・宗教的戒律で肉食が禁じられ、野菜のみ食する菜食主義がある一方、ダイエットなどの 理由でそうしている人も増えています。 ・菜食主義者をベジタリアンといいますが、その内容は実は多彩です。厳密に野菜のみと いう人もいれば、乳製品と卵はOKという人もいます。ベジタリアン食を希望するお客様 には、何と何が許されるのか、個別に聞いておく必要があります。 [食物アレルギー] ・食物アレルギーは時に死亡事故も起こす由々しい課題です。宗教的なことと離れますが、 常識として触れておきます。 ・必ず表示しなければならない5品目・・・・そば、落花生(アレルギーが起きると重篤) 、卵、 乳、小麦(発症の頻度が高い) ・表示が勧められている20品目・・・・あわび、いか、イクラ、エビ、カニ、サケ、サバ、 オレンジ、キウイフルーツ、桃、リンゴ、バナナ、くるみ、牛肉、鶏肉、豚肉、大豆、ま つたけ、山芋、ゼラチン 73 73 第 10 章 地元学の構築 (この章の狙い) 日本型コンシェルジュの特徴は、より深く地元と密着しているところにあります。 とくに温泉や名所旧跡地を抱えた観光地にあるホテル旅館には、その土地の文化や景観 を見たいと願ってやってくる顧客が多く、ホテルや旅館の従業員が呼び止められて、観光 ガイド、周遊のアドバイスを求められる機会が多いものです。 ですから、日本型コンシェルジュは、すぐ自分の足元にある地域の観光資源をしっかり 知り、顧客に正確に、そしてここがポイントですが、楽しく伝えることが大事になります。 できれば、地域の観光組合や旅館組合の行事に積極的に参加し、地域の「力」を紙の上 の知識としてだけでなく、具体的な活動をともなう町起こし的な企画にもかかわっていく ことが望ましい。 今、地域のことを深く旅人に知らせることを目的に「地域コンシェルジュ」を置く動き が地方自治体で顕著だが、ホテル旅館の社員はひとりひとりが、地域コンシェルジュにな る資格をもっていると思います。 そのためには、単にパンフレットや本に書かれたことを鵜呑みにするのではなく、自分 の足で周辺を歩き、写真をとり、ときに古老の話を聞いたりして、自分印の個性的な「地 元学」を構築することが理想的でしょう。ここでは、地域とホテル旅館を結ぶ役目として 必要な知識の習得法を展開します。 (1)「地元」を調べることの意味 この町の人口って、どのくらいあるの? どうでもいいいようなことですが、意外に、聞かれることの多い質問です。このあたり から出た有名人って誰かいる? というのもよくある質問のうちでしょう。 スタッフの誰もが、そういう何気ない質問にぱっと答えることができると、お客様には 小さな驚きとともに、お喋りができるきっかけになります。 ホテル・旅館のスタッフは、お客様にとって、いちばん身近な「地元人」。旅することの 醍醐味のひとつに、見知らぬ土地で、見知らぬ人とあって、会話をかわし交流することが あるとするなら、こういう「世間話」をすることができるのは、大きな魅力です。 まずは、地元について、これくらいは知っておきたい項目のリストを提示します。 [これだけは調べておきたい事柄] ・町(地域)の人口(人) 74 ・男女比(%)と平均年齢(歳) ・この町(地域)の代表的な産業 ・この町(地域)の代表的な農産物とその旬 ・この町(地域)に伝わる伝統の料理とその簡単な作り方 ・この町(地域)の名物 ・この町(地域)でお薦めの土産品 ・絶対に寄っていただきたい観光スポット ・この町(地域)出身の有名人、芸能人 ・地域の簡単な歴史(温泉地なら開湯したのはいつか) ・地域独自の風習 ・地域のお祭り 以上のようなことは、観光ガイドブックなどでも調べることができるので、そこから知 識を集約し、自分の手帳などに自らの手で記載し、いつも保持しているといいと思います。 ホテルや旅館で町の組合が発行しているものとは別のオリジナルなテキストをつくるケ ースもありますが、そのときも制作はホテル・旅館のスタッフの皆さんが協力して手作り することをお勧めしたいものです。 [フィールドワークの必要性] 地元のことを調べるためには、やはり活字媒体、インターネットだけでなく、実地に歩 いてみることが必要です。 歩いて、実際に自分の目で見て、自分で撮影し、自分で写真集をつくるくらいの気持ち が必要です。 最近では、各観光地が組合活動のレベルで、その地域のホテル・旅館に就職した人たち 75 を集め、わざわざ地域観光を行うところも多いようです。実際、やってみると、20 年もそ こで生まれ、育っているのに、旅行者の大半が行くような名所に足を踏み入れたこともな い人も結構いるそうです。「いつでも行ける」と思うと、なかなか行かないというのは、み なさんも身に覚えがあることでしょう。 ・自分自身独自の「地元学」を作っていこう ・地元学の本質は、そこに「あるもの」を探すことです。ただ、表面的に目に映るものば かりではなく、ときに一歩奥に、ときに蓋がしてあるものは、それをはがしたりして、新 発見する。 ・最初は自分の住んでいる家の周りから始めるとよい。 自分の家の周り 300 メートルくらいの植物相を観察する。ガイドブックに載っていない ようなお地蔵さんとか庚申塚を見つける。自分の母とか父、隣人のおじいいさん、おばあ さんを掴まえて、土地にまつわる古い話を聞きだしてメモをとる。 そして、スタッフ全員で、その「ご近所」調査の結果発表会を行ってみる。そうすると、 驚くほど面白い話が集まってきたりします。 それがオリジナルな「地元学」。 ・普通のガイドブックに載っていないような小さな話題こそ、旅人にとっては「ちょっと お得感のある」情報になるのです。 ・そして、暇を見つけては、意識的に観光資源発掘の機会を作っていきたいものです。 できれば、2~3人のグループ編成。 ゆっくり歩く(速足はNG) グループは各人、役目を分担する。ナビゲーター、写真をとるひと、地図に記入する人、 会話を記録する人、といった風に。 大事なのは「なぜ?」という問いかけの気持ちを常に持つことです。農家やお店の人に 遠慮なく聞いていくことです。 ・こういうことは、ホテル・旅館の忙しさのなかでは、なかなか時間を見つけにくいもの ですが、いつも旅人を迎え入れている人たちが、1年に1回や2回、自分が旅人になって、 その視線で自分の地域を見直すことはとても大事なことでしょう。 (2)地元密着をどう可能にするか 76 この十年ほど、「着地型観光」という言葉が生まれ、定着してきました。 これまで多くの旅行業者は、地方にお客様を送りこんできました。その送り先での観光 スポットめぐりなどの企画も、お客様が出発する都会、つまり「発地」で立案されていた のです。 それでは情報が偏る、地方のことはもっと地方に任せようという流れの中で、お客様が やっていたその土地、つまり「着地」で企画を立てる。それを着地型観光と呼びます。 餅は餅屋、地方のことは地方で、ということで考えてみれば当たり前のことなのですが、 いつのまにか旅行の世界も中央集権的になっていたことの反省が起きてきたわけです。 この流れは「地方創生」の掛け声とも密接に関係してくるでしょう。これからの観光も やはり地方が主役になっていくのです。 それでは、着地型観光のコアになりそうなニューツーリズムのパターンを以下に並べて おきます。 [世界遺産] 1972 年、ストックホルムで開催された国連人間環境会議のキャッチフレーズ「かけがえ のない地球」に呼応して、ユネスコが同年 12 月に「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に 関する条約」を採択し、絶対に未来に残していかなければならないものを保護していこう と決議した。その対象を「世界遺産」と称した。 世界遺産は3種類あります。 ・文化遺産(記念工作物、建造物、遺跡) ・自然遺産(地形、生物、景観) ・複合遺産(文化と自然双方の要素を兼ね備えたもの) 日本でも、つい昨年 2014 年、群馬県の富岡製糸工場と絹産業文化遺産群が登録され話題 になった。 世界遺産に登録されると、華やかなスポットライトが当てられ、一気に人気が出るので すが、逆に観光客が殺到しすぎて、環境が悪くなる反作用も出てきます。ある意味、着地 型観光の切り札的なものですが、劇薬といえないこともないのです。 [産業観光] ここにきて「大人の社会科」の異名もついて、人気沸騰中のツーリズムです。主に、そ の地域にある特徴のある大工場や手づくりの作業場などを見に行くものです。 協力する工場などには企業ブランドのイメージ向上のメリットがあり、参加する観光客 にも、たとえばビールの試飲であるとか、試作品のおみやげがつくといったメリットがあ る。 77 もちろん、製造工程での工夫の数々を知ることができ、知的興味も満足させられるのが、 このツーリズムの強みだ。 [グリーンツーリズム] 別名「アグリツーリズム」という、いわゆる農業・酪農体験のツーリズム。 観光客に実際に、農作業をしてもらい、自然と対話することの厳しさ、気高さを味わっ てもらうのが目的。 普通は数時間の模擬体験になるが、できれば2泊、3泊(本当をいうと一週間以上もあ りでいい)で、かなり本格的な体験をしてもらうのもいいのではないでしょうか。そうい うグリーンツーリズムはかなり辛いものになるが、達成したときの喜びは3倍、4倍、い や 10 倍以上になるのではないか。グリーンツーリズムも「模擬」から、より「リアル」に 変貌していく可能性もあります。 [エコツーリズム] 自然環境を大事にする活動としてのツーリズムだ。 2種類あって、ひとつは「自然観察ツーリズム」。 ネイチャーガイドさんについて回り、自然の懐の深さを知るツーリズムです。 もうひとつは「環境保全ツーリズム」。こっちは参加者が能動的に環境を保全する活動に 参加するもので、体験型観光に近い要素があります。 最近の観光はただ見るだけではない。参加したい、という欲求が強まっています。 [メディカルツーリズム] ヘルスツーリズムとも言いますが、体の調子を整えることを目的とした観光地(温泉地 が主体)も現れています。昔の「湯治場」の復活ということになりますが、新しいツーリ ズムでは病院や医師のアドバイスなどがきちんとついてくるのが特徴です。 最近では、眺めのいい場所に最新鋭の医療機器を備えた病院をつくり、そこに患者を呼 ぶケースも出てきます。親族縁者のお見舞いがあったりして、それで宿泊施設が潤うとい うこともあります。 社会の超高齢化が進むなかでは、メディカルツーリズムなどといかめしく言わなくても、 最低でも2週間くらいの滞在を基本にしたニュータイプの湯治場の出現が望まれてもいま す。 [文化観光] 78 その土地の伝統文化を売り物にする「伝統文化観光」と新しいアートなどを展示したり するイベント型の「現代文化観光」の二種類があります。 前者は世界遺産観光と関わり合いが深いのですが、後者は仕掛け的ですが、上手に行う とリピーターが生まれる生産性の高い観光地づくりにつながります。 瀬戸内海の直島を中心に、景観美を背景に数々のアート展を同時多発的に行う「瀬戸内 芸術祭」などが典型でしょう。また、四国・琴平にある古い劇場を使って上演される「こ んぴら歌舞伎」も文化観光のコンテンツとして強力です。 [シネマツーリズム] 大ヒットした映画の舞台、ロケ先を見て歩くツーリズム。ローマに行けば、ほとんどの 人がスペイン広場に行き、トレビの泉に行き、獅子の口に手を入れます。ヘップバーンの 『ローマの休日』のローマは究極のシネマツーリズムでしょう。 最近は観光地の側から積極的に映画のロケを誘致しようという動きがあり、そういう事 務をとりしきる組織をフィルムコミッションといいます。 シネマツーリズムは意外に強力な誘引力のあるコンテンツで、たとえば 2008 年に中国で 製作された『非誠勿擾』(日本題名「狙った恋の落とし方」)は、この国の映画史上、もっ とも興行収入を上げたものだが、この映画のロケ先が網走、阿寒湖、知床といった道東 地区で、2009 年から尖閣問題が起きるまで、中国人観光客が殺到したという。 [聖地巡礼] シネマツーリズムのある種の変型といえないこともないが、ヒットしたアニメの舞台と されたところにファンが行くことを、聖地巡礼と称します。 アニメーターは背景を描くとき、実際にある土地の風景やモノをヒントにすることが多 いのですが、アニメおたくはその”出典”を割り出し、その現地に足を運んで、物語世界 の余韻に浸ることが多いのです。実際の土地をテーマに物語を展開している人もいるし、 またアニメクリエイターの故郷というのも、聖地巡礼の理由になるといいます。 今でも、このコンテンツは増殖中ですが、このツーリズムが脚光を浴びるきっかけは、 2009 年に細田守監督が作った『サマーウォーズ』ではなかっただろうか。このアニメは日 本の典型的な田舎にある古いお家に住む大家族が主人公で、あるひと夏、極秘に地球に侵 入してきたエイリアンとその家族が田園的な風景の中で戦うというもの。画面には商店街 や古い車両の地方鉄道、山並みがノスタルジーたっぷりに描かれているのだが、そのモデ ルが信州・上田市だった。映画公開後、上田市民が見たことがないリュックサックを背負 った若者がうろうろするので、最初は市庁舎のお役人さんたちが警戒したというほどのも 79 のだったらしい。しばらくして、アニメのおかげと聞いてから、「サマーウォーズ」由来の 看板を市内のあちらこちらに立てたという。 [ジャパンクール] 今や日本の風俗、オタク文化が世界の憧れの的。 アニメももちろん大人気。ファッションも原宿に尽きる。キャリーパミュパミュはパリ でもロスでもコンサート会場を満員にするし、 もちろんAKB48 も今やグローバルスタンダード。 アイドル文化の聖地、秋葉原には世界各国からファンが押し寄せるし、夏と冬、二回ビ ッグサイトで開催されるコミックマーケット(通称コミケ)には1泊3日の弾丸ツアーで MANGA の買い出しにくる若者は相当な数にのぼる。 こうした日本発のかっこいいものをジャパンクールといい、インバウンドマーケティン グの重要なコンテンツになっています。 最近の変り種、ジャパンクールは NINJA。 アメリカ人の大半は、現代日本でもほとんどの人間がふだんから忍者の格好をしている と信じているのではないだろうか。NINJA はもはや世界語。忍者といえば伊賀、甲賀(三 重県と滋賀県)が定番と思いきや、いまやアメリカの人たちは長野県・戸隠高原まで戸隠 流忍術を学びにくるという話もあるほどです。 [ダークツーリズム] 新しいツーリズムの中で、もっとも最近、提唱されているものです。ダーク、つまり暗 黒ですから、悲惨だったり、できたら忘れてしまいたい出来事があった場所に、あえて「観 光」に行こうという呼びかけです。 ヨーロッパには昔からある概念で、アウシュビッツ、ダカウなどホロコーストの現場に 行って、歴史の愚行を根本から学習し直そうという動きを、こう称していたのです。 日本で言うなら、広島・長崎の原爆被災地なでを訪れるのはダークツーリズムの一種で しょう。この呼びかけは気鋭の社会評論家、哲学者が唱えたもので、東日本大震災の被災 地、そして福島原発の被害が顕著な地域に国民は出来る限り自分で足を運んで、何が起き たか自分の頭で考えよう、という主張なのです。 ですから、これは気晴らし(アミューズメント)のための旅ではありません。考えるため の旅です。 歴史の「負」の部分に逆にスポットライトを当てる考え方です。 ホロコーストや原爆はそれこそダークですが、かつて繁栄していたけれど、時代の流れ のなかで廃墟のように廃れてしまった土地もあります。たとえば、海底炭田から石炭を採 80 掘する拠点で、最盛期は幅 120 メートル、長さ 480 メートルの小さなところに 5000 人以 上の人が生活していた長崎・軍艦島などは、そういう廃墟の典型でしょう。こういうとこ ろに行くと、単に悲しさだけが残るのではなく、ここにもかつては笑い声や生活の音がた くさん流れていたんだとしんみりしてくるものがあります。 こういうかつて栄えて、今はさびれているところも観光資源になります。こういうもの をダークツーリズムではなく、トワイライトツーリズムと呼ぼうという人も出てきました。 81 第 11 章 「サービス」と「ホスピタリティ」 (この章の狙い) ホテル・旅館にはさまざまな職種が存在しますが、もっともお客様から信頼され、相談 や問い合わせを受けるセクションとなるとコンシェルジュに尽きます。 なんといっても、「よろず相談係」ですから、お客様から質問を受け、リクエストに応え るのが仕事ですから、根本的に「親切」でなければつとまりません。 空港行きのバスの時刻を正確に伝えたり、おいしいレストランを紹介するのが業務です。 つまり、そういうことは出来て当たり前のことです。むしろ、易しい業務に属するでしょ う。 しかし、コンシェルジュの仕事の醍醐味は、単にそういうインフォメーションの伝達で はなく、お客様が持ち込む様々な「個人的な用件」に対し、適切なアドバイスをし、アン サーを与えていくことにあります。お客様が100人いれば100の要件が発生する。そ のように考える方が正解です。 つまり、ホテルの職務の中で、もっとも顧客の立場を理解し、要求の中身をしっかり把 握し、親身になって接触する必要があるのが、コンシェルジュというものです。 これは、コンシェルジュには、相手を思いやって、なにかを能動的にして差し上げる。 要するに「おもてなし」=ホスピタリティが必要不可欠な要素ということなのです。 ここでは、日常、よく使われる「サービス」という言葉と「ホスピタリティ」がどう違 うのか、どのように使い分けたらいいのか、そのことについて、知っていただきたいと思 います。 (1)サービスとホスピタリティ 語源から探る発生の違い [サービスの本質は奉仕] 最初に、「サービス」という言葉がつく熟語を考えてみてください。突然、そう言われる とすぐに答えられないかもしれませんが、落ち着いて考えてみれば、みなさんの日常にサ ービスという言葉が結構使われていくことに気がつくはずです。 たとえばご近所のスーパーマーケットのちらしに「出血大サービス」なんて文字が躍っ ていたりしませんか。買い物していると。今から 30 分間、にんじん一本5円の「タイムサ ービスで~す」なんて放送があったりします。店屋さんの店頭に「サービス品」と札がか かっていて、安い品物を売っていたりします。 社会的な問題になっているのが、定刻をすぎて働いているのに残業代がまったくつかな い「サービス残業」です・ 82 こういう風に使われていると、 「サービス」という言葉に、どこかこちらが犠牲になって、 相手を得させている、というイメージがつきまとう感じをもつのではないでしょうか? 笑い話的になりますが、関西で「そんなん、サービスせなあかんがな」なんていうとき の「サービス」は大幅割引、ときにはタダにしなさいという意味もありそうな感じがしま す。 いいかえれば、こちらが「奉仕」してあげているから、買ってくれ、という感じでしょ う。 こんな「サービス」という言葉の語感は、どうやらラテン語の語源から、そういう意味 合いを含んでいるようなのです。 サービス(Service)のラテン語の原型は Servus(セルヴス)といって、「奴隷」の意味 です。現代英語の Slave(スレーブ)に近いのです。これはもともローマ帝国が旧ユーゴス ラヴィアの当時、Slavonia と呼ばれた地域から連れてこられたので、Servus という言葉が 生まれたといわれています。 この Servus が転じて、英語の Serve、つまり奉仕する、仕える、尽くすになったのです。 その名詞形が Service。 ですから、サービスには元から奴隷のように相手に対して奉仕する、 という概念が含まれているわけです。そのかわり、奉仕された方は対価を多くは賃金とい う形で支払うわけです。ですから、 「サービスせい」というのは。もう少しわたしの得にな るようにしなさいと言っていることになります。 Service とはそういう風に、相手に対し仕える概念ですから、神に対する人の宗教的な世 界では、人は一方的に神にサービスしなければなりません。サービスにはキリスト教でい う帰依、礼拝という意味もあります。神には疑問を持たず奉仕する。その対価はお金では なく、死後の安寧、天国に召されるという恩寵なのです。 これが身分上の「主人」(Master)に対して奉仕するものであれば、召使(Servant)に なってきます。 今、わたしたちは買い物をしても、外食しても、美容院にいっても、つまり何をするに も、他人の手をわずらわせなければなりません。つまり、どんな人も他人からの奉仕を受 けなければ生活できないのです。逆に言うと、お客様に何を売っても、従業員の活動、い ってみれば「仕える」ことがなければ、お代をいただけないことになります。それがサー ビスということの本質ではないでしょうか。 [ホスピタリティは良き待遇を与えること] サービスが神と人、主人と召使、奉仕される者と仕える者というように、どちらかとい うと上下の関係性から発生するのに対し、ホスピタリティはどうなのか? 83 ホスピタリティの語源はラテン語の Hospes(ホスペス)と言われています。これは、他 人を迎えてもてなしを行う領主、あるいは支配者という意味なのです。 それなりの権力をもつ人間(Host)が他国の人間を迎えて、争いを避けるために、ある いは味方につけるために、厚遇する。それが、やがて Hospitium(ホスピティウム)とい う動詞になり、お客を手厚くもてなすという意味になります。 ここから Hospital(病院)が生まれ、Hotel(ホテル)が生まれます。 ホスピタリティはサービスが上下の関係なのに対し、我と相手(顧客)が水平の関係に あるといっていいと思います。 もちろん、商業の世界では、サービス(つまり顧客のために体や頭を使う役務)がある から、「お代」をいただけるのですが、ホスピタリティは、こちらが相手(顧客)に対し対 等な立場で、好意を示し、それに対して相手もまた好感をもって、何度も来訪したり、そ の良さを他の人に口コミで伝えるなどのことで、その好意に報いるものです。 ホスピタリティは相手に一方的に「与える」ものという風に捉えられがちですが、すぐ れて「相互互酬」的(お互いが報いあう)なものなのです。 (2)サービス「業務」とホスピタリティ「おもてなし」 [サービスとホスピタリティは二階建て] サービスとホスピタリティの両概念を比較したものが 88 頁の表です。 ここではサービスは、そのお店がお客に対して、やって上げなければいけない最低限の 「業務」とい考えています。 たとえば、ファミリーレストラン。お客がその業態を選ぶのは、ファストフードのよう にセルフサービスではなく、テーブルにサーバーがきてお水を持ってきてくれたり、注文 を聞いてくれて、出来上がった料理も運んでくれるからでしょう。ついでに言うなら後片 付けもやってもらえる。つまり、ファミリーレストランにはファストフードにはない「奉 仕」の形があって、それをメリットとして感じるから、選んだわけです。つまり、セルフ ではなく、テーブルサービスがあるというのが「お約束」なのです。もしも、そのお約束 がなければ、お客としては「金返せ」になるでしょう。 こういう風に、お店がお客様に対し、して差し上げる最低限の「お約束」がサービスと いうもので、お客がそこでお金を使おうと決意する根拠になるものです。それはお店の側 からみれば、最低限しなければならない「業務」となるわけです。 84 それに対し、ホスピタリティは、業務を完璧にこなした上で、従業員が顧客に対して示 すプラスアルファの好意と考えれば分かりやすいのではないでしょうか。 好意ですから、なくてもお客には叱られなくてすみます。最低限の業務さえ果たしてい れば、の話ですが。でも、好意がうまく伝わると、お客様はその店のファン、その従業員 のファンになることでしょう。リピーターにもなってくれるし、口コミで良い評判を広め てくれるかもしれません。このプラスアルファの部分を、わたしたちは「おもてなし」と 呼べばいいと思います。 ただ、おもてなしが上手なだけで、業務がおろそかではお客は怒りだします。たとえば、 料理を出すときは、なるべく早く、丁寧に、温かいものは温かくが「業務」でしょう。そ れをないがしろにして、にっこり笑っておもてなししているつもりでも、それは通用しま せん。あくまで、サービス(業務)が1階、ホスピタリティは(おもてなし)は2階なの です。1階部分がしっかりしていなければ、誰も2階に行ってはくれないのです。 別の比喩ですが、「バスの運転手の素晴らしい微笑みは、壊れたエンジンの代わりにはな らない」という言い方もあります。 サービスを完璧にやった評価は、 「不満足ではない状態」を作るだけです。企業でサービ ス提供の基準をしっかりつくり、それを従業員がきちんとやれば、顧客満足が生まれるか というとそういうことではないのです。不満足ではない状態イコール顧客満足ではないか らです。 しかし、もしも業務の領域を超えたプラスアルファの「おもてなし」がうまく作動する と、それが顧客の心の中で「深い満足」に化学変化を起こすのだと思います。 [ホスピタリティは個人プレイ] 1階部分のサービスは、企業として最低限、これだけの業務は果たしますよ、という約 束だから、マニュアルにする方がいいのです。 そうして、誰がやっても同じ結果になるようにするのが、まずは約束を果たすことなの です。 そういう点で、サービスの本質は「いつでも・どこでも・誰もが・誰にでも」というこ とです。お客の種別が何であれ、逆にお店側の従業員が誰であれ、業務については、標準 化されているほうが望ましいのです。ですから、これはトレーニング(体育的な集合教育) が有効です。 それに対し、ホスピタリティは相手のお客様の状況によって千変万化しなければいけま せん。そこに定型などなく、常に「この時・この場・この人だけが・この人にだけ」発生 85 します。 こういうのはマニュアルになりません。出来るか出来ないかは、個人の資質に委ねられ てしまいます。つまり、個人プレイです。 ですから、たいへん個人のお客様に対する振る舞いのセンスが問われます。実際、サー ビスに年功的なベテランはいても、ホスピタリティは何歳になってもできない人がいるし、 入社したての 18 歳の子でもさらっとできてしまうものなのです。 ただ、ホスピタリティは、この人にこんなことをしてあげようというウイル(意志)が なければできないことですが、これは先輩や同僚たちがしっかりフォローしてあげている と、モチベーションが上がって出来るようになったりします。これはコーチングという領 域でしょう。 いずれにせよ、サービスは「覚えるもの」、ホスピタリティは「考えるもの」です。 コンシェルジュという職務ほど、マニュアルにできないものもありません。 要求されるものが大半「この時・この場・この人だけから」なのですから。コンシェル ジュほど、ホスピタリティ(おもてなし)のマインドが必要なものもないと思います。 (3)なぜ、今、ホスピタリティなのか?] ホスピタリティが、今、なぜ必要なのか? それを考えるには、人はなぜ、そのホテルや旅館、お店のリピーターになるかを示す、 以下の式を見ればよい。 お客様がリピーターになるかどうかの勝敗分岐点は、実に簡単な式で示せます。 顧客の事前の期待<<結果・・・・深い満足(リピーター化) 期待<結果・・・・・満足(口コミ) 期待=結果・・・・まあまあ(価格相応) 期待>結果・・・・・不満(裏切られた思い) 期待>>結果・・・・大不満(復讐したくなる) 顧客の満足は、買い物を始める前の期待感とお店(企業)が果たしてくれた結果の相関 関係に尽きます。 このお店(ホテル・旅館でもいい)なら、こんなものが出て、こんな感じの接客があっ て、と顧客は勝手に期待感をもつものだ。その期待値をこえた結果が示されると、それは 満足という評価になる。 期待と結果がイーブン(引き分け)なら、満足はしていないが、不満足でもない状態に なる。これがもしも、結果が期待値下回れば、不満になり、悪口の流布につながってしま 86 うのです。大不満ともなれば、今やインターネットなる武器を手にした顧客はお店に対す る復讐まで考えてしまうのではないかと怖ろしくなるほどです。 サービス(業務)のレベルでしくじらないようにやっていれば、期待=結果の段階にい ることはできます。でも、それでは競争力がありません。他の企業を抜くことはできませ ん。 ここに、ホスピタリティが入ったらどうなるでしょう? それは、この店ならこれくらいのことという「予定調和」を打破し、思いがけない体験 を顧客に与えることになります。 想定外の楽しい会話、思いがけないプレゼント、普通とはちょっぴり異なる趣向、とび きりの笑顔など、顧客の「想定外」のことが起きると、期待と結果の算式は一気に、満足、 深い満足に達してきます。 これがホスピタリティが必要な理由です。 ホスピタリティは本質的に個人プレイで、「この時・この場」限りの一回性のもの。だか らこそ、顧客はそれが提供されたとき、期待をはるかに超えた結果を実感するのです。 コンシェルジュという職務が大変なのは、顧客の期待値がもともと高いところにあるか らです。相当なことをやってくれるだろうな、という期待があって、デスクに来るのです から、コンシェルジュはマニュアル的な回答を提供するだけでは足りません。プラスアル ファのひとこと、顧客が考えていることのもう一歩先のことまで提案してあげること。そ れが深い満足を生みます。 たとえば、こんなところに行きたいと顧客から相談がある時、ご要望の場所だけをプロ ットして旅程を作って差し上げるだけでなく、ここに行くなら、こんなところもあるので 「余計なお世話になるかもしれませんが」と添えつつ、「行っていただくのはいかがでしょ う」と伝える。そういうことの積み重ねが、ホスピタリティ(おもてなし)ということだ と思います。 コンシェルジュだけでなく、そういう親切で面倒見のいい、嫌みなく「想定外」のこと をしてくれる従業員の含有量が多いホテルや旅館にこそ、人は「愛着心」をもつのです。 豪華なシャンデリアや華麗なフランス料理は素晴らしい。でも、本当にそこに愛着が生 まれるのは、そこに「いい人」がいるからなのです。 愛着は「モノ」に対して抱くのではなく「ヒト」に対して抱くもの。それを生むのはサ ービスではなく、まさにホスピタリティであることを理解してほしいと思います。 87 サービスとホスピタリティ概念 サービス Service ホスピタリティ Hospitality 業務 おもてなし なければ叱られる なくてもよいが、あれば喜ばれる 機能 性能 不満足の解消 深い満足の創造 手順・動作 態度・姿勢 アクション(状況に対して) ビヘイビア(人に対して) いつでも・どこでも 誰もが・誰にでも この時・この場 この人だけが・この人だけに 垂直 (上下) 水平 (横) 定 義 性 格 表 現 性 質 発生する 人間関係 ※ 神 主人 客 ⇒ ⇒ ⇒ 民 ※ 召使い ⇒ ⇔ 客 チームとしての社長 ⇔ 社員 従業員 組織としての社長 従業員 (茶道の)亭主 ⇔ 社員 マニュアル化 馴染む 馴染まない 事前の準備 出来る 出来ない 価格との関わり 高価格帯ほどコンテンツ増 価格帯に関係なし 経済効果 客単価増による売上高創出 リピーター創出 教 育 トレーニング (体育的) コーチング (知育・徳育的) 覚える 考える 相手への態度 理解 了解 目指すもの 高品質 高品位 本 質 達成するもの 発見するもの 8888 客 第 12 章 日本型コンシェルジュとして「生きる」こと (この章の狙い) 日本型コンシェルジュは、「はじめに」でも触れたように、都会の国際級シティホテルと は違って、コンシェルジュ専任というわけではありません。実際に、ホテルや旅館のなか で、様々な仕事をこなしながら、お客様から問い合わせや、依頼事項があったとき、即座 にコンシェルジュになって、対応していかなければなりません。 常に、顧客と向かい合って、対話を続けなければならないし、同時に複数の仕事をこな していく忙しさにも耐えなければいけない。やはり、この仕事にも「適性」があるし、顧 客に対して継続的に効果のある仕事を果たしていくためのコア・コンピテンシー(継続的 業績達成能力)もあります。 それらを意識的に自分のなかで磨いていくことも重要なテーマになっていきます。この テキストの最終章では、日本型コンシェルジュとして生きていくために、ひとりひとりが 何を心がけているべきかについて触れていきます。 (1)日本型コンシェルジュに必要な資質 日々、ロビーに現れては去るお客様を迎え、送り、その合間にフロントやベルの仕事を 補佐し、そして様々な顧客からのリクエストに応える。合間には調べ事をしなければなら ないし、常連さんの好みなどの情報を顧客情報にインプットするという仕事もあります。 自分を見失わず、そして精神的にも肉体的にもハードな環境のなかで、日本型コンシェ ルジュにとって何が大切なのか。コンシェルジュ研究の第一人者、勝又あずさ氏(成城大 学特任准教授)の論考をもとに、8つのポイントに整理してみました。 [一人、一人を大切に。尊敬と愛情をもって接する] コンシェルジュの仕事は「お世話係り」に他なりません。 相手に対して、尊敬と愛情をもって接するのは、基本中の基本というべきでしょう。 このとき、 「相手」というのには、お客様だけでなく、上司や同僚、部下といった自社内 のいわば「身内」とあなたの働いている会社にものや情報を納入してくれる「業者さん」 まで含まれます。 宅配便のお兄さんが大きな荷物を下ろそうとしているときに、思わず体が動いて手伝お うとする。そういう性格であってほしいものです。それは宅配会社の仕事でしょ、と割り 切ってもいいのですが、ほんの少しでも示された「業務範囲を越えた」好意は胸に響くも のです。その宅配さんを通じて、あなたの働いている施設の評判は確実に広がっていくこ 89 とになります。 [Honest Frank Fair] Honest は「正直」 Frank は「率直」 Fair は「公平」。 どれもが大事な要素です。 顧客のリクエストに、 「NOとは言わない」がコンシェルジュの鉄則とはいえ、時として どうしても応えきることができずに代案を示さなければいけないこともあるでしょう。そ ういう時に、正直な態度をとることが、好感をもっていただくことの第一条件です。 Frank と言うのは、率直を意味しますが、もったいぶらない、かっこつけない、という 態度を伴うというところがポイントです。フランクさを「人懐こさ」と訳していいかしれ ません。 Fair。実はこれがここでもっと重要なことです。お相手するお客様を人種、性別、年齢、 宗教などで差別せず、常に公平に接すること。コンシェルジュとしてだけでなく人間とし て大切なことです。 [自分の都合だけで仕事をしない] コンシェルジュの仕事は複雑です。次々に案内業務や依頼事項が殺到し、時には上司か ら資料の作成を頼まれたりもします。調べ物や事務処理など自分の仕事に取組みたいのに、 なかなかその時間がとれない。そんないらいらする状況もしょっちゅう発生します。 そういう時でも、大事なのは「自分の仕事は後回しにする」というところです。常に、 相手の都合や事情を配慮する。 相手への思いやりのなかで大事なのは「自分の時間を人にあげる」ということです。退 社時間が迫っている。早く自分だけの時間に戻りたい。そこにアポなしの来客。そこで思 わず「なんで今」と迷惑そうな表情が浮かんでしまう。気持ちはわかるが、そこがホスピ タリティの分水嶺。こういうときこそ、微笑みを浮かべながら、ほんの少しでも相手に自 分の時間を差し上げてみる。その好意は必ずや、先方の胸に届くものです。 [ものごとを柔軟に考え、想定外のことにも臨機応変に] お客様からのリクエストにお答えする過程で、 「こうしたらもっと楽しくなりますよ」 「そ の代わりにこんなアイデアはどうでしょう?」といった風に、臨機応変に対応していくこ とは、コンシェルジュの大切な資質のひとつです。そんな逆提案がうまく作動して、お客 様の喜びの声があがったときこそ、コンシェルジュをやっていて良かったと思う瞬間でし ょう。 90 臨機応変に、ということには、他に人に頼める余裕がないときは自分自身でやってしま うことも含まれます。 たとえば、今、旅程の相談で目の前にいるお客様の上着のボタンがとれそうで、ぶらぶ らしている。本来ならランドリーかハウスキーピングに回してボタンの縫い直しをお願い するのが筋だとしても、ここは隠し持ったお針箱を出して、ぱっと縫ってあげる。そうい う自分の技量でぱっとやってあげる敏捷さが大事です。顧客からおみやげの相談を受けた ら、自分の自由時間を使って、自らの足で探し回ることだって必要でしょう。コンシェル ジュがコンシェルジュに外注に出す、ということはありえないのです。 [精神的なタフさと忍耐強さ] このあとの「感情労働」の項目でも俎上にのせますが、コンシェルジュの仕事の大半は 対人接客。やはり、精神的なタフさが求められます。お客様はこちらが考えるやり方では 決して動いてくれないものです。 何度も述べていますが、コンシェルジュの仕事は定型化できないものです。言い換えれ ば、毎回が「例外例」。そんなことに常に向かい合ってへこたれない忍耐強さももちろん必 要です。 [オープンで風通しの良さを心がける] コンシェルジュの仕事はパーソナルなものです。ですから、どうしても「このお客様は わたしのもの」と誤解するような人も出てきてしまいます。一人で抱え込んで、情報を他 のスタッフと共有しようとしない。そういうことでは、職場の雰囲気が悪くなってしまい ます。常にオープンで、スタッフ間は顧客情報を共有して、チームワークで事に当たるこ ともポイントです。 [ユーモア。いつも笑顔で人から可愛がられる] いかめしいコンシェルジュは困ったものです。 いつも、笑顔でいてほしいものです。近づいて話かけやすい雰囲気を醸し出すのも、仕 事のうちです。 ユーモア。これも人懐こさには欠かせません。面白い冗談やエピソードをメモしたりし て、時に使うくらいの努力をしてもいいほどです。 [情熱をもち、本気で取り組む] 91 これに解説は不要でしょう。 (2)感情労働としてのコンシェルジュ コンシェルジュとして働きつづけることは、社会倫理が常に問われることでもあるし、 また独特な精神的な疲労にもさらされることですコンシェルジュの生活面について振れま す。 [コンシェルジュとしての社会倫理] ・顧客の秘密を守ること・・・・相談に来ているお客様の依頼内容はきわめてプライベートな ものです。ときには、他人に知られて困るようなことも。 「口が堅い」ことが必要です。 ・差別は厳禁・・・・資質のところでも触れたことです。自分が接している相手にもそうだし、 またその職場で他のスタッフたちが差別的言動、行動をしているのも許すべきではありま せん。 ・顧客のためといっても違法な行為は許されない・・・・難しい例ですが、お客様から一般的 な方法では入手困難なチケットの依頼があったとします。高価ではあっても、ネットで販 売しているチケットを買って、お客様に便宜を図ることが出来そうだ。でも、これはコン シェルジュがやってはいけないのです。ダフ屋行為は法律で禁止されているのですから。 ・私利私欲のための職権乱用はNG・・・・コンシェルジュは意外にも外部世界からの誘惑が 多いセクションです。 というのも、新しいレストランのオーナーは、有力なホテルのコンシェルジュに自分の 店のことを知ってもらい、あわよくば顧客に推薦するリストに載せてほしいので、開店披 露宴でるあるとかイベントのときに、招待するケースが多いのです。 こういう機会に店のことを知っておくのも、コンシェルジュの大事な仕事のうちなので すが、他のセクションの人たちから見ると「役得」に見えないこともない。応じるのはい いのですが、態度は慎重にすべきです。まして、新しいレストランや観光施設に「招待」 をこちらから申し出るようなことがあってはいけません。あくまで、招待されるのを待た なければいけません。私利私欲のために行動していると思われたら、おしまいです。 (2)感情労働としての日本型コンシェルジュ [感情労働とは] 92 聞きなれない言葉でしょう。 感情労働(Emotional Labour)は、肉体労働(Body Work)に対応する言葉です。工 場労働や建築現場での仕事など主に体を使う仕事が肉体労働。ITのプログラマーや作家 など、もっぱら頭を使うのが頭脳労働。それに対し、どんなに自分自身が悲しかったり、 疲れていたりしても、他人に接する時には微笑みを浮かべ、快活に振る舞わなければいけ ない。そんな仕事の仕方を、自己の感情をコントロールするので感情労働というのです。 アメリカの女流社会学者、A・R・ホックシールドがその著書『管理される心―感情が 商品になるとき』で大きく取り上げたテーマで、研究対象は飛行機のキャビンアテンダン ト、病院の看護師などの労働分野でした。ホックシールドは、その責任の大きさからして も、感情労働はもっとケアされていいし、これをきちんと扱わないと職場に鬱病などが蔓 延することを警告したのです。 コンシェルジュは大別すると、頭脳労働の要素の方が強いのですが、ホテル・旅館の組 織のなかでは、感情労働の部分がもっとも多いセクションでしょう。 不断に顧客からの視線にさらされ、自分の不機嫌さを表に出すことはタブーです。コン シェルジュ職はロビーの片隅にいて、いわば吹きさらしの中で働いているのですが、その 辛さも顔に出せません。 しかも、お客様からのリクエストに応えるのに、時間の制限がつきまとう緊張感もあり ます。 予想以上に気が休まらない職種です。コア・コンピテンシーとして「精神的なタフさと 忍耐強さ」が欠かせないのも、感情労働であるがゆえ、ということなのです。 それに加えて、感情労働には対顧客の部分と対自社内スタッフの二種類があるのが、や やこしいのです。 顧客に対して以上に上司や同僚に対して気を遣い、感情コントロールをしないと、職場 の雰囲気が悪くなってしまいます。コンシェルジュが、ともすると「花形」的な存在に見 えてしまうことも、社内での嫉妬を買ってしまうところがないとはいえないのです。 [ナルシシズムという罠] 言いにくいことですが、コンシェルジュが陥りやすい罠に、ナルシシズム(自己愛)が あります。 コンシェルジュという職務には、何度も述べてきたことの繰り返しになりますが、華や かで、そのホテルや旅館のホスピタリティを象徴するイメージがあります。その役目を担 うのですから、当然、誇りをもってしかるべきです。いや、逆にプライドがなければ、こ 93 の職務をまっとう出来ないことも事実です。 しかし、そのプライドは胸のうちに秘めておくべき性質のものでしょう。とくにマスコ ミなどからちやほやされることもあり、舞い上がりたくなる気持ちも分からないではない のですが、やはりそれが表に出ると興ざめです。 コンシェルジュが愛すべきは、顧客であり、スタッフであり、取引先であるべきで、「コ ンシェルジュやっている自分が大好き」という過剰な自己愛は、結局、お客様をいつか置 いてきぼりにしていくものと考えます。ベテランのコンシェルジュほど謙虚なものです。 (3)日本型コンシェルジュの将来 このテキストはあくまで、既存のホテル・旅館のスタッフが、これからコンシェルジュ 的なことに取り組もうとしたときの、ガイドの役目を果たすべく書かれています。 国際級都市ホテルの素晴らしいコンシェルジュの道だけでなく、地方都市やリゾートの 旅館や、はたまたビジネスホテルのような一見ハードボイルドに見える業態にも、顧客に 密着し、顧客の要望に適切に応え、顧客とその地域の文化・人との交流に寄与できる日本 的なコンシェルジュがいれば、どれだけ観光産業の高品位化がはかれることでしょう。 なかなかコンシェルジュの専門職を設けるのはむずかしいことでしょう。だったら、ホ テルや旅館の仕事にたずさわる人たち全員がコンシェルジュになってしまえ、というのが このテキストで本当に主張したいことなのです。大げさでなく、ハウスキーピングの人も、 夜警のガードマンの方たちにもそうなってほしいのです。 どんな立地のどんな業態のホテル・旅館でも、そこにいる誰かにものを頼めば、たらい 回しされることなく、即座に解決できる。しかも、微笑みをかわしながら。そのためにど んな知識が必要かをまとめました。 最後にコンシェルジュ職についてもっともまとまった書物を残してくれたホリー・ステ ィール(『究極のサービス―コンシェルジュのすべて』著者)の言葉を引用して締めくくり たいと思います。 「この仕事で一番大切な適性は人に親切にしてあげなければ気がすまない性格」 「人になにかしてあげたい。導いてあげたい。そして、そうすることによって自分も幸せ な気分になりたいという欲求が源なのです」 どんなホテル・旅館もこういう人たちでいっぱいになったとき、日本が本当に高品位な おもてなしの国になるのだと思います。 94 97 97 (参考文献) インバウンド概論 インバウンド推進のツボ①② JTB能力開発 2010 財団法人日本交通公社 2011 インバウンド対応が出来る中核ホテルマン育成のためのカリキュラム 学校法人浦山学園 2014 祥伝社 2006 日本実業出版 2007 学校法人浦山学園 2014 日経BP出版局 1995 黄金の鍵で、心、読みます(多桃子) お客様がまた来たがる極上のサービス(加藤健二) 気づく力と日本のおもてなし 究極のサービス(ホリー・スティール他) 群馬県温泉旅館のための外国からのお客様おもてなしハンドブック(鈴木良幸) 一般社団法人群馬温泉協会 2014 マクミランランゲージ 1999 世界比較文化事典(T・モリスン他) 多様な食文化・食習慣を有する外国人への対応マニュアル 観光庁観光産業課 2009 伝説のコンシェルジュが明かすプレミアムなおもてなし(前田佳子) 日本における「ホテルコンシェルジュ」の現状と育成 日本の七十二候と旬の食(斎藤訓之) 日本の宿おもてなし検定初級公式テキスト ホテルテキスト 宿泊Ⅰ フロントオフィス ホテルテキスト ホテル業務関連知識 95 95 ダイヤモンド社 2007 学校法人浦山学園 2014 洋泉社 2013 JTB能力開発 2008 ウイネット 2002 ウイネット 2008 ホテルテキスト 料飲Ⅰ レストラン・宴会 ウイネット 2005 講談社 2001 Reinhold 1994 わたしはコンシェルジュ(阿部佳) Basic hotel front office procedures (P・F・Renner) Van Organizational Behaviour in Hotels and Nostrand Restaurants ( Y John Principles of Hote Front Office Guerrier ) Wiley Operations ( S 1999 Baker ) Continum 2000 96 96 平成 26 年度 文部科学省 成長事業分野等における中核的専門人材養成等の戦略的推進事業 訪日外国人受け入れに対応する日本型コンシェルジュ育成事業 (教材 『日本型コンシェルジュの世界―あなたのホテル旅館を高品位にするために』) 平成 27 年 2 月 訪日外国人受け入れに対応する日本型コンシェルジュ育成事業 (代表校 学校法人穴吹学園) 連絡先 〒760-0017 高松市番町 2-4-14 学校法人穴吹学園 専門学校穴吹ビジネスカレッジ 電話 087-822-3007 * 本書の内容を無断で転記、記載することは禁じます。 98 98
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