1-2 学際的分析法・解析法に基づく生命動態の解明 ●代表者 斎藤 稔(物理生命システム科学科・教授) ●分担者 菅原正雄(化学科・教授) 宮田昇平(化学科・教授) 石川 晃(物理学科・教授) 中里勝芳(物理生命システム科学科・教授) 小山内裕美(物理生命システム科学科・助手) 【研究の目的および概要】 本研究の目的は,ゲノムやタンパク質・脂質をはじめとする生体高分子が織り成す生命現象を分子,細胞,細胞 集団レベルで観察・実験・計測して,生命体の各階層間の機能的な関係を明らかにし,生命体,特に脳・神経系を 複雑な動的システムとして時空間の視点から統合的に理解することにある。 このような研究を遂行するため,本研究では(1)抗体や核酸プローブ,化合物プローブを利用した分子レベル での観察・実験・計測, (2)高速・高分解能の計測・分析技術による細胞,細胞集団レベルで観察・実験・計測, (3)複雑系科学・自己組織化理論に基づくモデリングやシミュレーションを行う。 (1)では,特異性の高い抗体や 核酸プローブを駆使し,特定遺伝子の転写調節機構を明らかにする。また,金ナノ結晶あるいは金コロイドをプロー ブとした電子線 1 分子追跡法(Diffracted Electron Tracking; DET)やプローブによる標識が不要な原子間力顕微鏡 (Atomic Force Microscopy; AFM)を用い,細胞内あるいは細胞膜上における生体高分子の動態を明らかにする。 (2) では,生体内における情報伝達物質を高感度に検出する技術(電気化学バイオセンサ,表面プラズモン共鳴(Surface Plasmon Resonance; SPR)法)や画像化する技術(カルシウムイメージング法,機能的多ニューロン画像法(functional Multineuron Calcium Imaging; fMCI 法) ,膜電位イメージング法)を用いて,細胞内あるいは細胞間における情報伝 達のメカニズムを明らかにする。以上のように本研究では,分子,細胞,細胞集団レベルにおける生命現象を時空 間の視点で捉え,それを高速・高分解能で観察・実験・計測することを試みるが,さらに各階層間においてどのよ うな機能的な関連があるのかについて(3)に記した複雑系科学・自己組織化理論に基づくモデリングやシミュレー ションを用いて解析する。 【研究の結果および考察・反省】 ①トポイソメラーゼ阻害剤 3EZ,20Ac-ingenol は急性白血病細胞株である BALL-1 細胞を特異的に増殖阻害し,アポ トーシスを誘導する。この特異的な増殖阻害がどのような機構で発生するかの検証を行った。トポイソメラーゼ 阻害により生じた DNA 損傷により,DNA 損傷の監視機構である ATM/ATR が活性化された。さらに,細胞が細胞 自身の環境を認識し生存か細胞死かを選択している PTEN の発現が観察された。この損傷を認識しアポトーシス と修復を誘導するガン抑制系の ATM/ATR 遺伝子と PTEN 遺伝子が同一細胞で発現している初めての結果を得た。 2 種のガン抑制遺伝子がどのような機構で誘導されたかを,ATM/ATR の発現が PTEN の発現を誘導していると言 う作業仮説を立て,ATM/ATR の阻害剤と siRNA を用いて PTEN の発現が阻害されるかを検証したが,PTEN の発 現阻害は検出されなかった。 ② DET では走査電子顕微鏡(SEM)を用いて,タンパク分子に金ナノ結晶を標識して Wet Cell に密閉し,タンパク 分子の運動に伴う金ナノ結晶の方位変化を電子後方散乱回折(EBSD)のパターンの変化から動的に解析し,分 子自体の運動を 3 次元計測する。しかし,タンパク分子は電子線照射で大きな損傷を受けるため,電子線が金ナ ノ結晶だけを照射し,分子を直接照射しないような試料セッティング方式が必要となる。そこで,試料を Wet Cellの隔膜に対面する別の膜にセットして,金ナノ結晶がタンパク分子を電子線から遮蔽する方式を採用するが, 3 電子線が Wet Cell 内の大気ガス層を通過する距離が大きくなるので,その解像度のガス層厚さ依存性を調べた。 結果として,ガス層厚さが増すにつれ,像コントラストは低下するが,解像度の低下は予想よりも少なく,ガ ス層厚さ 80 μm 程度までは nm オーダーの解像度が得られることがわかった。 ③細胞外マトリックスの主要な成分であるコラーゲン IV(Col IV)は 3 本の α 鎖がらせん構造をとる配列を有して おり,物理的に強い強度と様々なプロテアーゼに対する抵抗性を示している。マトリックスメタロプロテアーゼ やカテプシンファミリーは Col IV を分解することのできるプロテアーゼとして知られている。腫瘍細胞の浸潤 がカテプシン B を阻害することで抑制されることが報告されているために,カテプシン B の酵素活性や阻害活 性を評価することが重要である。そこで,表面プラズモン共鳴(SPR)法の適用により,高感度かつ迅速にカテ プシン B のコラーゲン分解活性を評価する方法を構築した。そして,カテプシン B による Col IV の分解にはエ ンドペプチダーゼとエキソペプチダーゼが関与することを示した。また,ロイペプチンや CA-074Me によるカ テプシン B 活性の阻害効果を評価できることがわかった。 ④単一細胞の挙動を顕微鏡で観察するために,単一の細胞を収納することのできるマイクロサイズの穴を,ポリス チレン粒子を二次元的に集積させて作製することに成功した。この穴の直径は 3 マイクロメータであり,シアノ バクテリア Synechocystis. sp. strainPCC6803 1 個を収納できることが明らかになった。このような細胞をトラッ プできるマイクロアレイへの細胞の取り込み率を高めるためには,容器の作製条件や容器の表面処理方法につい てさらに検討する必要がある。 ⑤画像生理的手法を用いてマウス脳海馬および軟体動物中枢神経系の神経活動を調べた。(i)レーザー共焦点顕微 鏡を用いたカルシウムイメージング(機能的多ニューロン画像法 functional Multineuron Calcium Imaging; fMCI 法) により,マウス海馬スライスにおいて,単一細胞レベルの分解能で様々な時空間活動パターンが存在するという 通常の蛍光顕微鏡を用いたカルシウムイメージングでは得られなかった知見を得ることができた。その際,fMCI 法で通常用いられるカルシウム感受性色素である Oregon green の他に,最近開発された Cal-520 を用いてみたと ころ,より高い S/N 比で詳細に神経活動を測定できるようになった。これにより,ストレスステロイド(コルチ コステロン)を作用させると1神経細胞あたりの活動数は減少するが,一方で同期して活動する神経細胞数は増 加するという知見を得た。 (ii)膜電位イメージング法により,ナメクジ嗅覚系において忌避性匂い刺激により多 数のニューロンが同期的に活動することを見出した。一方,このような現象は一酸化窒素(NO)合成酵素の阻害 剤を投与することによって見られなくなった。このことから,匂い認識に NO が関与していることが示唆された。 以上のように,いくつかの生体現象に着目し,それらを分子レベル(①,②,③)および細胞・細胞集団レベ ル(④,⑤)で高速・高分解能で観察・実験・計測して新しい知見を得た。このような各階層における生体現象 の間にどのような機能的な関連があるのかを解析するために,「人工化学」という数値計算手法を開発した。人 工化学は化学反応系を数学的にモデル化しコンピュータ上でシミュレーションするものである。生体内の分子間 相互作用も化学反応であるから,人工化学の手法を用いて細胞あるいは細胞内小器官をモデル化し,コンピュー タシミュレーションを行うことにより,生体内の分子間相互作用が系全体に引き起こす動的かつ複雑な挙動を明 らかにすることが期待される。 【研究発表】 Detrended fluctuation analysis reveals temporal patterns of spontaneous oscillatory activity in the olfactory center of the land slug, Yoshimasa Komatsuzaki, Hirokazu Tanaka, Shohei Haga, Tamon Eto, Minoru Saito, 9th FENS Forum of Neuroscience, July 5-9, 2014, Milan, Italy. 4 Tone-Entropy analysis on odor-evoked neuronal activities in the procerebral lobe of a slug, Yoshimasa Komatsuzaki, Tamon Eto, Minoru Saito, 2014 International Biophysics Congress, August 3-7, 2014, Brisbane, Australia. チャコウラナメクジの嗅覚応答における NO 調節,石田康平,浜崎雄太,下川智也,斎藤稔,高梨文人,北村美一郎, 渡辺恵,第 37 回日本神経科学大会,2014 年 9 月 11 日∼ 13 日,横浜. マウス海馬スライスに見られる時空間活動パターンに対するゆらぎ解析,浜崎雄太,宇野祥規,和泉翔大,小山内 裕美,小松崎良将,斎藤稔,第 52 回日本生物物理学会年会,2014 年 9 月 25 日∼ 27 日,札幌. 膜電位イメージングを用いたチャコウラナメクジ嗅覚神経回路の解析,石田康平,下川智也,浜崎雄太,小松崎良 将,渡辺恵,斎藤稔,第 52 回日本生物物理学会年会,2014 年 9 月 25 日∼ 27 日,札幌. チャコウラナメクジの脳嗅覚中枢における匂い応答の数理解析,小松崎良将,江藤多門,斎藤稔,第 52 回日本生 物物理学会年会,2014 年 9 月 25 日∼ 27 日,札幌. A Study on Gas Sensor Using SAW Device, Katsutoshi Sugiyama, Katsutoshi Saeki, Minoru Saito, Yoshifumi Sekine, 2014 IEEE Asia Pacific Conference Circuits and Systems, November 17-20, Okinawa. ガスセンサ用櫛形電極の出力抵抗値に対する一検討,堀口拓,佐伯勝敏,斎藤稔,関根好文,第 58 回日本大学理 工学部学術講演会,2014 年 12 月 6 日,東京. 匂い刺激に対するナメクジ嗅覚神経系の時空間活動パターン変化とその非線形解析,石田康平,下川智也,浜崎雄 太,斎藤稔,第 24 回非線形反応と協同現象研究会,2014 年 12 月 6 日,東京. 軟体動物モノアラガイの巨大ニューロンに見られる複雑な発火パターンの非線形解析,川本祥悟,相川裕貴,仲田 正吾,浜崎雄太,斎藤稔,第 24 回非線形反応と協同現象研究会,2014 年 12 月 6 日,東京. マウスの海馬における様々な時空間活動パターンとその非線形解析,宇野祥規,浜崎雄太,小山内裕美,斎藤稔, 第 24 回非線形反応と協同現象研究会,2014 年 12 月 6 日,東京. ナメクジ嗅覚神経系に見られる時空間活動パターンの膜電位イメージング,石田康平,浜崎雄太,斎藤稔,第 4 回 日本生物物理学会関東支部会,2015 年 3 月 9 日∼ 10 日,東京. 新しいカルシウム感受性色素を用いたマウス海馬スライスのレーザー共焦点イメージング,浜崎雄太,小山内裕美, 宇野祥規,小原航,鈴木涼太,斎藤稔,第 4 回日本生物物理学会関東支部会,2015 年 3 月 9 日∼ 10 日,東京. 表面プラズモン共鳴法を用いたカテプシン B によるコラーゲン IV 分解反応の評価,日本分析化学会第 63 年会, 2014 年 9 月 18 日,広島. 5 トポイソメラーゼ I/II 阻害剤,3EZ,20Ac-ingenol によるガン細胞の増殖抑制のメカニズム,戸島晴花 , 福田静昭 , 松 崎桂一 , 北中進 , 澤田博司 , 宮田昇平,2014 年 11 月 25 日∼ 27 日,横浜. 電子線1分子追跡法による3次元ピコメートル精度水中動画観察,日本顕微鏡学会70回学術講演会,2014年5月12日, 千葉. パーキンソン病患者脳の走査電子顕微鏡とエネルギー分散型X線分析装置による元素分析,日本顕微鏡学会 70 回 学術講演会,2014 年 5 月 12 日,千葉. 電子線1分子内計測法を用いたタンパク質の超微細運動計測,小川直樹,溝川涼,土田佳那子,山本陽平,佐々木 裕次,養王田正文,石川晃,第 4 回日本生物物理学会関東支部会,2015 年 3 月 9 日∼ 10 日,東京. 【研究成果物】 A Study on Gas Sensor Using SAW Device, Katsutoshi Sugiyama, Katsutoshi Saeki, Minoru Saito, Yoshifumi Sekine, Proceedings of 2014 IEEE Asia Pacific Conference Circuits and Systems, B4L-C-01, pp.459-462. Single-Cell Trapping Using Microwell Arrays Fabricated from Self-Assembled Particle Monolayers, Miho Kawai, Teppei Nogami, Kyohei Takano, Akinori Okumura, Katsuyoshi, Nakazato, Masahiko Ikeuchi, Sachiko Matsushita, Molecular Crystals and Liquid Crystals 603(2014)248-255. 走査電子顕微鏡を用いた 1 分子ダイナミクス計測法の開発,小川直樹,溝川涼,広畑泰久,石川晃,日本大学文理 学部自然科学研究所研究紀要 50(2015)275-280. 6
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