適正施肥が植物病害の発生を抑制する 住友化学株式会社 アグロ事業部 事業企画部 一般的に、植物は養分が欠乏すると感染性病害への感受性が高まる。病害が発生すると、 たいてい養分の吸収、転流、配分などが阻害されるので、感染予防のみならず感染後の症状 軽減にも、適正な施肥が必要である。 「人を健康にする施肥 -第 9 章 施肥による植物病 害制御について‐」では、養分管理による病害抑制のポイントが論じられている。 ところで、植物が必要とする養分の多くはヒトや動物にも必要である。水素(H)、炭素 (C) 、酸素(O) 、カリウム(K) 、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca) 、リン(P)、硫 黄(S)は植物と動物及びヒトの必須多量元素である。動物とヒトに必須の微量元素はクロ ム、マンガン、鉄、コバルト、銅、亜鉛、セレン、モリブデンとヨウ素が挙げられる。植物 には鉄、亜鉛、マンガン、銅、ニッケル、塩素、ホウ素とモリブデンが必須で、加えて光合 成を行う植物にはコバルト、更に一部の植物ではケイ素とナトリウムも必須とされている (本書2~4章参照)。このことからも、必要な養分をバランス良く吸収して健康に育った 植物は食料や飼料としての栄養価値も高いことが理解される。 第9章 施肥による植物病害制御について(要約) 植物の養分欠乏は、機能を維持するための必須元素が、必要な時期に不足することで生 じる。原因としては、土壌中での養分量の不足、植物に養分が吸収されにくい状況(可溶 性、養分の形態) 、根の機能を制限する土壌条件(pH、通気性、硬盤の存在) 、或いは養分 欠乏を誘発する土壌微生物の活動や、生理的機能を悪化させる病気の伝染などがある。 植物は養分が欠乏すると感染性病害に罹病しやすくなる。亜鉛やホウ素が欠乏すると細 胞膜の浸透性が増し、細胞内養分(アミノ酸など)が滲出し、さまざまな病原体が誘引さ れやすくなる。穀類は銅が欠乏すると成熟が遅延し、うどん粉病の感染可能期間が長くな り、その被害が大きくなる。亜鉛は立枯れ病、株腐れ病などにも関係している。窒素が欠 乏するとアミノ酸やタンパク質含量が低下し、老化の進行によって耐病性が低下する。例 えばトウモロコシに破壊的な影響を与える茎腐れ(Stalk rot)は、しばしばストレス病ま たは老化病と呼ばれている。養分が十分にあり、活発に成長している植物は容易に感染し ないからである。 さまざまな感染症の症状は、養分欠乏による症状と似ている。病原体は、養分摂取(根 腐れ)、転流(導管萎縮) 、分配(こぶ、潰瘍、微生物による“シンク現象”)、利用(壊死 および毒素生産)などを損なう。例えば感染部位周辺に養分が蓄積するなどにより、植物 の栄養利用効率は悪化する(表 1) 。 表 1 植物栄養に対する病気の影響 養分管理によって病害を抑制する 6 つの主な戦略は次の通りである。 1) 環境に適応した栄養効率の高い作物・品種の選定 遺伝的病害抵抗性の利用により、経済的栽培が可能な地域が拡大している。しかしそ の抵抗性の完全な発現には養分の充足が必要である。例えばカリウムが欠乏すると、 コムギとアマのさび病、トウモロコシの萎凋病に対する抵抗性は失われる。ライムギ の立枯れ病抵抗性は、ライムギがマンガンその他の微量要素を効率良く吸収する能力 と関係している。コムギは微量要素の吸収効率が悪く、立枯れ病への感受性が高い。 ライムギとコムギの雑種は、系統によって立枯れ病に抵抗性もしくは感受性である。 2) 養分の完全な充足 不足している養分が充足される時、養分供給効果は最も強く現れる。窒素の充足によ ってトウモロコシの茎腐れなどが軽減される。しかし養分の不均衡は欠乏と同様に有 害である。例えば窒素の過剰は、他の養分との不均衡すなわち他の養分の不足によっ て茎腐れを増やす。窒素とリンが十分にあれば、カリウムはコムギの立枯れ病を軽減 するが、これらが不足しているとカリウム施用は病害を増やす。植物の生育ステージ、 土壌中の養分の可給性等を踏まえて必要な養分の種類とその吸収量を考慮すること が必要である。 3) 病害を誘引しない肥料形態の使用 窒素は陽イオン(NH4+)と陰イオン(NO3-)両者とも植物に利用されるが、異なる 代謝経路を通るために、病気に対する影響は異なる。施用する窒素の形態を選び、環 境を操作することで、実際に病気を制御できる。例えば硝酸性窒素と石灰の施用によ ってフザリウムによるメロンつる割れ病、トマトの萎凋病などを制御できる(表2) 。 表 2 窒素の形態と土壌 pH の影響を受ける病気 4) 病気が感染しにくい時期での施肥 施用した養分は、直接関与するか、植物滲出液を介して、病原体の発芽、成長、病原 性に影響する。病原体を活性化することなく、作物の養分欠乏は回避するように時期 を選んで施肥することが重要である。冬コムギでは、秋に窒素を施用すると栽培期間 を通じて、眼紋病菌に影響を与えることなく窒素を供給できる。春の施肥では眼紋病 が好む湿潤・冷涼な気候により病気が激しくなるが、病気が感染しづらく、コムギが 活発に成長する時期まで窒素施用を遅らせれば、そうはならない。 5) 病気を抑制する養分の使用 無機質肥料、または有機物肥料に含まれる副成分、例えばきゅう肥に含まれる亜鉛は コムギの株腐れ病、塩化カリに含まれる塩素イオンはトウモロコシの茎腐れなどを抑 制する。 6)栽培管理手段と養分管理の統合 輪作、緑肥・被覆作物、休耕などは養分の供給量を増やし、雑草を抑制する。耕起、 播種密度、播種時期、pH の調整と養分管理を組み合わせることで、植物の成長や微 生物を活性化させる環境を整え、養分改善の効果を更に高めることができる。 容易に手に入る無機肥料の出現により、植物の抵抗性強化や病気を回避する施肥で多く の病気を抑制できるようになった。効率的な施肥設計は、病原体への植物の抵抗性を強め るとともに、環境ストレスの影響を軽減し、生産された食料・飼料の栄養的な価値を高め る。 以 上
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