社会変革のための実験室 Laboratories for Social Change システミックな行動論に向けて Towards a Theory of Systemic Action BY ZAID HASSAN 私たちの現在の複雑な社会問題に対峙する上でのアプローチは機能していない。変化のた めの取り組みに参加している人の数、投資されるお金の増加、変革への関心の高まりにつ いては喜ばしいことなのかもしれない。しかし、絶滅する種の加速、財政赤字の急速な悪 化や肥満率の増加など基本的な傾向は継続して悪化をたどる一方だ。社会機構はもともと 担う意図すらなかった重い負荷でどんどんはりつめた状態に陥っている。 不公平さが増す中で、直接行動は、誰か他の人間が行動を起こすべきだという声高な要求 か、本質的な原因には触れずに症状だけを狂ったように緩和しようとするかのどちらかだ。 社会学者のアルリック・ベックが、「システミックな矛盾に対して個々の解決策を探す試 みだ」と表現しているように、特に環境問題に対して個人の行為や行動変容を迫る圧力は 強まっている。 複雑性への支配的な対策 The Dominant Response to Complexity 自然環境の悪化や経済危機のように多様で、複雑な社会問題に対する対策をみてみると、 組織機構、政策立案者、チェンジエージェントの中には広く2つのアプローチがあること がわかる。技術的で計画に根ざしたテクノクラート的なアプローチが複雑な社会問題への 取り組みにおいて支配的である。 ジャレッド・ダイアモンドはある日彼の生徒達に、イースター島の住人が(彼らの社会の 破滅へとつながっていく)最後の木を切り倒したときに何を考えていたかを想像してみる ようにいった。1人の生徒の答えは、「テクノロジーが我々を助けてくれるだろう」であ った。技術的なアプローチは偉大な賭けのように思えるが、未知の変数の中では状況の本 質的な原因に対処しているかどうかはわからない。 技術的な解決策は少なくとも想像できるかもしれないが、企業と政府で浸透しているプラ ニング(計画)に基づくアプローチは複雑性の高い状況にはほとんど使えない。状況はあ まりにも早く変化しているし、プラニングが意味をなすにはシステムが相互につながりす ぎている。 複雑な社会問題に対するテクノクラート的なアプローチはサブシステムの最適化として最 もよく理解できる。フォーカスすると選んだところに私たちの視野を狭める視眼的な視界 を必要とする。テクノクラート的アプローチへの継続的な投資は、私たちが短期的な利だ けを目的とする場合にのみ正当化できるだろう。せいぜいいくつかの小さなグループの困 窮を緩和したり、絶滅危機種をいくつか救えたり、金融危機は終わったのだと自分たちを 説得するのに使えるかもしれない。しかし、根本的な状況は変わっていない。 サブシステムやサイロの最適化に私たちの全ての資源を投資することを続けていくことで、 困難で予測不能で前例のないシステミックな変化の仕事を単純に避けている。別の言い方 をすると、予測不能な状況下で、過去に馴染みがあり、しかし効果的だとは限らない前例、 ツールやアプローチを展開することは結果的にはあまり賢い賭けにはならない。全体の中 の小さな部分、何百万人という人口の中の何人かの人々の評価基準でみれば私たちは成功 するだろう。そして、全体の評価基準でみれば私たちは確実に失敗するだろう。社会問題 はもしその症状をなんとかしようという行動が多くあったとしても、本質的には悪化の一 方であるという予測は固定的になるだろう。 複雑な社会問題に向き合う上での新たなアプローチが必要だ。 チェンジラボ The Change Lab チェンジラボはシステミックな行動論としての萌芽的な理論である。控えめにいって、私 たちの状況に対して人間としての創造性、連帯意識、勇気をもって全体性から対峙するこ とを勧めている。最も野心的にいうと、チェンジラボは完璧な行動理論である。 チェンジラボの核となっている前提は、多様なチームが一定期間、共に集合的な実践を経 ると、単一なチーム(同一組織に属しているもしくは同一指令下にある人々)よりも社会 問題に取り組む上でより効果的である、ということが証明されるだろうということだ。 チェンジラボは場(スペース)であり、チームであり、意図である。 それは方向性と動きの器なのだ。チェンジラボは、チームがその中で支配的なパターンや 傾向をどのように転換したらいいかを学ぶ場である。 チェンジラボの典型的な形は、影響を受けている人々(ステークホルダー)の異なる体験 を代表している人々と、目の前にある問題に対処しようとしている人々(実践家)の集団 の一定期間に及ぶ継続的な集まりである。より広い定義でいうと、この場は政府やビジネ ス、市民社会、共同体の組織またはコミュニティーからの代表者といった人々から成る。 このチームは、新しい現実の種を実証するために社会システムの中で変革を創造し、育て ていくという明確な目的の元に集まる。これらの種は新たな現実のモデルとなるイニシア チブ、もしくはプロトタイプの中で現される。変革はアイデアの単純な遂行から成るので はなく、アイデアを実施するための関係性の中に成り立つ。 この理論の一部はいくつかのチェンジラボの中での実践を観察することから起こってきた。 これまで実施されたラボを挙げると、サステイナブルフードラボ(グローバル)、ヴァー ヴィシュヤアライアンスチェンジラボ(マハラシュトラ、インド)、LINC(子供たち のセクターの中の協働のためのリーダーシップとイノベーションネットワーク)(ミドヴ ァール、南アフリカ)、そしてメドーラーク(ノーザングレートプレーンズ、アメリカ) などがある。新しいラボとしてはファイナンスラボ(イギリス)、子供を守るためのラボ (オーストラリア)、公共住宅のラボ(オランダ)、そして公的医療制度のラボ(ノヴァ スコティア、カナダ)などが含まれる。 This theory has arisen partly from observation of practice within a number of change labs. To date a number of labs have been convened, including the Sustainable Food Lab (global), the Bhavishya Alliance Change Lab (Maharashtra, India), LINC (Leadership and Innovation Network for Collaboration in the Children’s Sector” - Midvaal, South Africa), and Meadowlark (Northern Great Plains, USA). New Labs include the Finance Lab (UK), the Child Protection Lab (Australia), a social housing Lab (Netherlands), and a public healthcare Lab (Nova Scotia, Canada). これらをあわせると、何百人もの人々、何十もの組織そして何百万ドルが動員され、相当 規模の「実験」となっている。何年にもわたり、私たちはシステミックな変化を示すイニ シアチブにみられるいくつかの特性を特定し始めた。これらは複数のオーナーをもつイニ シアチブによって幅があるものの、ラボの場(スペース)のなかに一定の軋轢や意見の対 立がある、ステークホルダー間の関係性がラボを通して変化していく、など他にもたくさ んある。 チェンジ・ラボとそれが育む実践は、最終的には多様なステークホルダーの間で新たな社 会契約が創られることになる新しいシステミック行動理論の方向性を示している 新しい社会契約 New Social Contracts チェンジラボのコンテクストの中で人々が集まるのは、「停戦」の始まりあるとも考えら れる。つまり、「全体に対する部分の戦い」と呼ばれるものが一時停止することを表して いる。人々は戦争を継続するコストは高すぎるという認識から、協力する。 複雑な社会問題の状況下で、「全体」の関心を中心においた新しい社会契約が話し合われ る必要がある。これらの社会契約は複雑性に対して部分最適化とは劇的に異なるアプロー チで取り組むことを意味する。人口の全てを窮乏に陥れる代わりに、チェンジラボの最も 高次な希望は、社会の様々な構成員の間の社会契約を再交渉することだ。これは、ステー クホルダー達がそれまで自分たちの力が及ばない決定や権力に従うしかなかった状態から、 主体的に共有する現実の創造に含まれることを意味する。 ドリス・レッシングはこの記事のタイトルとして拝借した講義の中で、私たちはよく共産 主義が万人の正義という古来の夢から生まれたことを忘れているということを思い出させ る。私たちの願いは、1つ1つのチェンジラボが、格差ではなく正義を特性とする社会を 育む方法として抜本的な洞察と現実的な事例を提供することである。 この記事はザイド・ハッサンによる”labatories for social change”という刊行予定の本から抜粋 されたものである。 This article is excerpted from the forthcoming book “Laboratories for Social Change” by Zaid Hassan (2011).
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