中国をめぐる最近の話題

情報メモ NO.22-17
2010 年 8 月 2 日 調査部(注)
中国をめぐる最近の話題
人民元相場の弾力化・頻発する工場のストライキ・上海万博・ビザ拡大
【ポイント】
① 人民元相場の弾力化 6 月に中国は人民元相場の「一層の弾力化」を表明した。背景に、為替介
入が景気の過熱やインフレの一因となっていた上、輸出産業への悪影響も吸収可能となりつつ
あったことがある。諸外国からの人民元切り上げ圧力も高まっていた。目先小幅な切り上げに止
まれば、各方面への影響は限定的とみられる。中長期的に元高が進むことを想定すると、輸出
製品を中国国内で製造する場合、人民元高は輸出競争力を削ぐ面がある一方で、元高は中国
の企業や消費者の購買力が増すことを意味する。
② 頻発する工場のストライキ 日系企業をはじめ中国の工場でのストライキが増加している。背景
として雇用情勢のひっ迫や、所得格差、日本の労使交渉のような制度化された交渉の仕組みが
乏しいこと、「農民工」と呼ばれる、20 代~30 代の農村からの出稼ぎ労働者の性格が変化してい
ること等が挙げられる。日系企業も中国人従業員とのコミュニケーションになお改善余地が残っ
ている可能性がある。今後外資系企業では経営の現地化の動きや、低付加価値品等の生産拠
点を中国内外の地域へ移転する動きが続こう。一方で、市場としての現地中国での販売を目的
とする場合、経営の効率化や高付加価値化による対応の流れが強まろう。
③ 中国人の観光(上海万博、ビザ拡大) 5 月より開催されている上海万博は目標とする 7 千万人
の入場者数の達成も十分可能である。7 月に日本政府は中国人がより少人数で自由な観光を日
本で行えるよう、個人観光ビザにつき、所得等の取得要件を緩和した。今後は中国からの旅行
者の所得水準も多様化し、訪日旅行の目的や訪問地域も次第に変化していくとみられる。
④ 終わりに 2010 年には中国の経済規模が日本を抜き、世界第 2 位の経済大国となることがほぼ
確実となっている。本稿のトピックスからは中国政府が国内において格差の縮小や社会の安定
を図りつつ、海外との一定の調和を図っていく姿勢がみられる。中国が輸出主導経済、「世界の
工場」から、次第に中間層が拡大して、「世界の市場」として内需中心の経済へ移行していくな
か、日本企業にとっては市場規模の大きさのみならず、先行きまで含め中国経済の「質」の変化
へ目を凝らすことが重要となっている。
【目次:ご関心のある項目からご覧ください】
1. 人民元相場の弾力化
2
2. 頻発する工場のストライキ
5
3. 中国人の観光を巡る話題
9
3-1 入場者数が増加する上海万博
3-2 日本が中国人に発給する
個人観光ビザの要件緩和
4. 終わりに
12
(注)本稿作成にあたり国際部及び上海・香港両駐在員事務所の協力を得た。
1/12
頁
頁
頁
頁
1. 人民元相場の弾力化
(人民元相場の小幅弾力化の背景)
 2010 年 6 月 19 日に中国人民銀行(中央銀行)は人民元相場の「一層の弾力化」を表明した。2005 年
7 月から対ドルでの切り上げが始まり、2008 年夏には 1 ドル=6.8 元と切り上げ前に比べ約 20%の元
高水準を記録した後、2008 年に入り世界経済危機への対応の一環として約 1 年半にわたり再び相場
が固定されていた(図表 1)。弾力化に踏み切った背景は、主に以下の①~③とみられる。
① 中国経済はリーマン・ショック後に実施した約 4 兆元(1 元=14 円換算で約 56 兆円)の大規模な景
気対策が効果を表し、2009 年初頭から高い成長が続き、「V字回復」の様相となった(図表 2)。こ
のところ物価が上昇に転じ(図表 3)、不動産価格も一部の都市で高い上昇を記録するなど(図表
4)、景気はむしろ過熱気味となった。人民元レートを維持するためのドル買い・人民元売りの為替
介入が、銀行融資の大幅増加とあわせ、市中に出回るお金の量を増やし、景気の過熱やインフレ
の一因となっていた。
② 回復の遅れていた輸出も漸く持ち直し、 輸出産業への悪影響の吸収が、多少の切り上げであれ
ば可能となりつつあった。
③ 輸出の回復に伴い貿易黒字が再び拡大し、米国をはじめとする諸外国からの人民元切り上げ圧
力が高まり、中国政府も一定の配慮を求められた。
 一方で弾力化を宣言した後の人民元相場をみると、7 月下旬では切り上げ前に比し、約 0.8%の元高
となっているに過ぎない。先物相場においても 1 年先までわずか 1.2%の切り上げしか織り込んでおら
ず、市場も当面の切り上げ幅は限定的なものに止まると評価している(図表 1)。
[図表1]人民元/ドルの推移 スポットレートと先物(注)
2008年7月16日
1ドル=6.810元
元高
ドル安
1年物の先物(注)
(1ドル=元)
5.0
2010年7月28日
1ドル=6.778元
5.5
6.0
人民元/ドルの直物レート
6.5
2005年7月21日
1ドル=8.2765元
→同8.110元に
約2%切り上げ
7.0
7.5
○2008年夏のリーマン・ショック前後から
8.0
人民元の対ドル相場を再び1ドル=6.8元前後にほぼ固定
○2010年6月21日より人民元相場の変動を再開
8.5
05/1
05/7
06/1
06/7
07/1
07/7
08/1
08/7
09/1
09/7
10/1
10/7
(注)ノン・デリバラブル・フォワード(NDF)。中国では為替レートの変動を抑えるため先物取引が制限されており、実際の外貨の受渡しを行うのでは
なく、取引の両当事者が取引時に決定したNDF価格と決済期日における実勢直物価格の差額を米ドルなどで決済する。
(資料)Thomson Reuters Datastream
(日次:~2010/7/28)
2/12

中国政府が先行きも含め対ドルでの人民元の切り上げを小幅に止める背景 は、主に以下の④,⑤と
みられる。
④ 対ドルレートがほぼ固定されていた 2008 年半ば以降でも、対ユーロでは 2 割弱の元高となってい
る(図表 5)。中国の最大の輸出先は欧州であり、輸出産業の直面する為替レート(実効レート)と
しては既に一定の元高となっている。最近、中国人民銀行高官は対ドルレートのみが注目される
状況を是正するため、通貨をウェイト付けした「名目実効レート」公表の必要性に言及している。
⑤ 中国政府には景気の「引き締め過ぎ」による失速を防ぎたい意向がある。すなわち不動産市場へ
の対策や銀行の預金準備率の引き上げなど、他の過熱抑制策も同時に実施しているなかで、こ
のところ欧州や米国の景気の勢いがやや弱まっており、世界経済の先行きに不透明感が高まっ
ている。中国政府としては過熱気味の景気から、安定的な成長軌道への軟着陸を達成するため、
慎重に内外の経済情勢を見極めているとみられる。
 もっとも、こうした漸進的な姿勢については、米国などからは不満も聞かれる。米国では 2010 年秋に
中間選挙を控え、一部の国会議員は人民元を本格的に切り上げない限り、中国の輸入品に懲罰的
な関税を課す法案の提出を検討しているといわれる。 人民元レートをめぐり再び中国への要求が米
国を中心に強まる可能性もある。
[図表2]中国の景気指標
PMI指数(右目盛:企業のマインドを表し、50が中立)
このところやや減速気味
30
(%)
25
60
50
工業付加価値
前年比(左目盛:年間累計)
20
40
15
30
「V字回復」
10
GDP成長率
5
7.9
6.5
9.1
10.7
11.9
10.3 20
10
(資料)中国国家統計局、Thomson Reuters Datastream
[図表3]中国 消費者物価 前年比上昇
食品
率
非食品
消費者物価指数前年比
(%)
10/5
10/3
10/1
09/11
09/9
09/7
09/5
09/3
09/1
08/11
08/9
08/7
08/5
08/3
08/1
07/9
07/11
07/7
07/5
07/3
0
07/1
0
(月次:~2010年6月
GDPは4-6月期までの四半期毎)
[図表4]中国主要都市建物販売価格
(前年比)
30
20
25
物価上昇
(インフレ)
(%)
20
10
15
0
10
▲10
5
北京
上海
▲20
0
深圳
主要都市
▲30
▲5
06/1 06/7 07/1 07/7 08/1 08/7 09/1 09/7 10/1
(資料)中国国家統計局
(資料)中国国家統計局
(月次:~10/6)
3/12
(月次:~10/6)
(人民元相場弾力化の影響)
 為替市場への影響を見ると、アジア通貨では、人民元の弾力化公表直後は韓国ウォンやシンガポー
ル・ドル、マレーシア・リンギット等が「人民元が高くなれば、対中国の競争力の観点から当該国の通
貨高も当局から容認され易い」との見方から、一時上昇したものの、その後は日本円と過熱気味の
景気を映したシンガポール・ドルを除き特に通貨高が進んでいるわけではない(図表 6)。
 円/ドル相場についてはこのところやや円高となっているものの、これは人民元弾力化の影響という
よりは、米国経済の減速に伴い日米金利差が縮小している影響や、投資家のリスク回避的な投資行
動から円に資金が流入した影響がより大きいとみられる(図表 7)。
 対中国向けビジネスの視点で考えると、目先小幅な切り上げに止まれば、各方面への影響は限定的
とみられる。中長期的に元高が進むことまで想定すると、輸出製品を中国国内で製造する製造業で
あれば、人民元高は輸出競争力を削がれる面がある。一方で、元高は中国企業や中国の消費者の
購買力が増すことを意味し、中国現地市場向けの販売という観点ではプラスとなる面がある。その
他、中国から海外への直接投資、例えば最近増えつつある中国企業による日本企業の買収といった
流れも強まろう。後述するように、訪日中国人観光客の増加にとっても追い風となる。
[図表5]人民元の対ユーロ、対ドル
(1ドル、1ユーロ=元)
レート
6
元高
ユーロ安、ドル安
[図表6] アジア通貨の対ドル相場
2010年6月1日=100
106
7
104
8
102
9
100
人民元相場
弾力化以降
アジア通貨高
元/ユーロ
10
98
11
96
12
(日次:~10/7/ 28)
(%)
人民元
韓国ウォン
台湾ドル
シンガポールドル
タイバーツ
(円/ドル)
140
長期金利差
(10年国債
:左目盛)
3
130
2.5
120
2
110
1.5
100
1
90
0.5
円/ドルレート(右目盛)
0
06/7
80
07/1
07/7
08/1
(資料)Thomson Reuters Datastream
08/7
4/12
09/1
09/7
10/1
10/7
(日次:~10/07/ 28)
7/28
7/25
7/22
7/19
7/16
7/13
7/7
7/10
7/4
7/1
6/28
6/25
6/22
6/19
6/16
(資料)Thomson Reuters Datastream
[図表7]日米金利差と
円/ドル為替レート
3.5
6/13
6/10
6/4
6/1
(資料)Thomson Reuters Datastream
日本円
94
6/7
元/ドル
(日次:~10/07/ 28)
2. 頻発する工場のストライキ

2010 年に入り日系企業をはじめ中国の工場でのストライキが増加している(図表 8)。
[図表8]中国における最近の主なストライキ等
企業名
本田汽車零部件製造有限公司
佛山市豊富汽配有限公司
広
東
省
・
自
動
車
部
品
廣瀬模具有限公司
中山富拉司特工業有限公司
電装(広州南沙)有限公司
広州日正弾簧有限公司
天
津
・
自
動
車
部
品
ー
カ
本田技研工業株式会社のトラ 広東省
仏山市
ンスミッション製造工場
株式会社ユタカ技研(本田技
研が約7割出資)と台湾企業
の合弁会社で、排気系の部
品を製造
株式会社ホンダロックの合弁
工場
日本プラスト株式会社(本田
技研が2割強出資)の現地法
人。エアバッグ、革巻きハンド
ル等製造
株式会社デンソーの現地法
人。自動車用燃料噴射装置
の製造販売
ニッパツ(日本発条株式会社)
が6割出資する合弁企業。コ
イルばね、スタビライザを製
造、販売
ストライキ
期間
5/17~6/4
従業
員数
ストライキの概要
給与引き上げ、給与制度の改
善、管理制度の変革を要求し
1,900
たストライキ。完成車工場でも
一時生産停止。
広東省
仏山市
6/7~6/8
500
―
広東省
中山市
6/9~6/18
1,500
―
広東省
中山市
6/17~18
500
―
広東省
広州市
南沙区
6/21~
6/23
広東省
広州市
6/22~
6/23
広東省
広州市
7/21
800
賃上げ要求、雇用条件改善で
合意
900
賃上げなどの労働条件改善
で終結。
1,100
―
月800元の賃上げで合意との
報道。
―
車載電装部品の生産・販売
天津星光橡簀塑有限公司
株式会社豊田合成が出資す
るボディーシーリング製品製 天津市
造工場
6/15~
6/16
天津豊田合成有限公司
機能部品・セーフティーシステ
天津市
ム製造・内外装部品の製造
6/17~
6/19
兄弟ミシン有限公司
ブラザー工業株式会社の中
国工場、高級ミシン等を製造
陝西省
西安市
6/3~6/10
天津三美電機有限公司
ミツミ電機株式会社の製造子
会社。電源、TVチューナ、ラジ 天津市
オチューナ等の製造
6/29~7/3
従業員が基本給や諸手当な
3,400 どにつき待遇改善要求、大筋
合意。
―
ストライキではないものの、過
30万 酷な労働条件等により深圳拠
人(深 点で2010年に入り10人の自
圳)
殺者が発生。10月より約70%
の賃上げを提示。
富士康国際
(フォックスコン:Foxconn社)
非
日
系
外
資
企
業
立地
オムロン汽車電子有限公司
ー
そ
の
他
メ
企業概要
電子機器受託生産(EMS)で
は最大手。台湾の鴻海精密
工業の現地法人。アップル社
深圳
はじめ世界の大手電機メー
カーから製造を受託
労働者が6月初旬にインター
1,800 ネットでストライキを呼び掛け
たとの報道。
900
賃上げや諸手当の改善を要
求。
本田技研のストが同社に波
及。30%程度の賃上げと各種
手当の充実を要求。
カールスバーグ社の出資比率
が約17%から約30%に引き上
500(ス
6/17~
オランダのカールスバーグ社
げられ外資の経営主導が強
重慶市
重慶ビール集団
ト参加
6/18
が出資
まるに際し、賃金や福利厚生
者)
への影響を懸念した労働者が
ストライキを実行。
(資料)企業概要については主に各企業のホームページ、ストライキの概要については主に各種報道に基づき作成。
北京星宇車科技有限公司
韓国の現代自動車系部品
メーカー
北京市
5/12
5/27~
5/29
―
 以下では①~④の視点からその背景を探る。
① 景気の過熱に伴う労働需給のひっ迫
 景気情勢の観点からは、2010 年初頭にかけての雇用情勢のひっ迫が労働者側の強気な賃上げ要
求の背景とみられる。求人倍率(求人数÷求職数)をみると、2008 年第 4 四半期にはリーマン・ショッ
ク後の経済危機の影響から 0.85 倍まで低下したものの、その後急角度で回復し、2010 年第 1 四半期
には 1.04 倍と、2000 年以来初めて 1 倍を超えた(図表 9)。最も景気情勢が厳しかった 2009 年の旧
正月には故郷に帰省した出稼ぎ労働者「農民工(8 頁参照)」のうち、実に 2 千万人は再び都会に戻る
職のあてが無い、と言われたほどに雇用環境が悪化したが、わずか 1 年あまりで状況は一変し、人
手不足になった。
 一方で、 賃金については経済危機の影響から昨年については上昇が小幅にとどまっていた (図表
10)。賃金改定の一つの目安となるといわれる最低賃金も昨年は多くの地区で引き上げが見送られ
ていた(図表 11)ので、今年に入り労働者側が賃金引き上げ要求を強める背景になっている。
 足元の物価上昇(3 頁図表 3)も労働者にとっては購買力の低下、即ち実質所得の低下をもたらし、賃
上げ要求を強める背景となっている。
② もともと多い労働争議
 中国において労使が待遇を巡り争うことは珍しいことではなく、中国政府の統計によれば 2009 年の
労働争議受理件数は 87.5 万件で、単純計算で 1 日当たり約 2,400 件にもなる(図表 12)。日本の『労
働争議統計調査』では 2007 年の労働争議の総件数が 636 件(うちストライキを伴うものが 156 件)に
過ぎず、大きな差がある。中国の労働争議が多い背景としては、以下の A~C が考えられる。
A 経済環境の変化が激しく、かつ所得格差も大きいため、労働者の待遇への不満が蓄積し易い。
B 本来労働者の利益を代弁する労働組合については、「工会」と呼ばれる中国共産党の下部組織
が公式なものとしてあるが、これはむしろ経営側をサポートするような性格が強いといわれ、 日
本の労使交渉のような制度化された交渉の仕組みが乏しい。
C 労働者の権利保護が強化され、労働者側の権利意識も高まっている。2008 年に中国では「労働
契約法」が施行され、労働者保護、経済補償金(退職金)支払いの義務化、終身雇用への切り替
えの義務等が規定された。
 中国においては罷業を伴う労働争議、すなわちストライキは権利として認められていないが、最近の
日系企業等で発生したストライキについては厳格な取り締まりはなされておらず、黙認されている。
中央政府、地方政府の姿勢はストライキを取り締まるというよりは、経営側と労働者側の間に入って
仲裁し、社会不安をもたらすような運動の拡大は防ぎつつ、労働者の賃金引き上げ・待遇改善に繋
がるものであればむしろ歓迎する、といった姿勢のようである。
6/12
[図表9]求人倍率
(倍)
1.04 1.2
1.0
0.8
0.85
0.6
求人倍率はリーマン・ショック後の
2008年第4四半期には
0.85まで落ち込んだものの、
急回復し、2010年第1四半期は初の1倍台
0.4
0.2
(資料)中国人力資源和社会保障部
[図表10]1人当たり賃金前年比(注)
2010:1
2009:2
2008:3
2007:4
2007:1
2006:2
2005:3
2004:4
2004:1
2003:2
2002:3
2001:4
2001:1
0.0
(暦年/四半期)
[図表11]広州市最低賃金
(%)
20
18
16
14
12
10
8
6
4
2
0
(元)
1030
860
780
1200
1000
860
800
600
400
200
0
2007
(注)年間の累計ベース、2009年通年分は未公表
(資料)中国国家統計局『中国経済景気月報』
(暦年/四半期)
2008
2009
(資料)日本貿易振興会による調査等から引用
[図表12]労働争議受理件数 (万件)
120
96.4
87.5
2009年87.5万件
=1日当たり約2,400件
44.7
15.5 18.4
22.6 26.0
100
80
50.0
31.4
60
40
20
0
2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009
(資料)中国人力資源和社会保障部、
一部は経済産業省2009年版『通商白書』より転載
7/12
2010
③ 農民工の変化
 広東省など華南地区の日系企業のストライキはいわゆる「農民工」と呼ばれる、20 代~30 代の農村
からの出稼ぎ労働者が中心となっている。こうした農民工は全国で約 2 億人に上るともいわれる。経
済対策を内陸部に重点的に実施したことも手伝い、最近では内陸部の成長が速く、賃金も上昇して
いて待遇も改善しているため、沿海部への出稼ぎ労働者が減少・不足しているといわれる。
 労働者の性格も変わりつつある。以前は故郷の実家に仕送りをするために残業を進んで行い、厳し
い労働環境もいとわなかったが、最近の農民工は 2 世代目が多くて農村に帰る基盤を持たないため
「都会で生き残らなければならない」といったプレッシャーが強かったり、一人っ子世代が多く、残業の
少なさ、福利厚生、休日、職場環境等にこだわる向きが強かったりするなど、昔と比べその性格が変
化しているといわれる。
 インターネットや携帯電話を通じ農民工の間で情報が伝播し易くなっていることも一つの背景である。
④ 日系企業特有の要因についての仮説
 労働者の主張は待遇改善であり、特定国への感情に基づいたものではないが、ストライキの 7 割を
日系企業が占めるといわれる。背景として、各種報道等も含め、以下のような仮説が挙げられる。
A 日系企業では現地人材への権限移譲が進む欧米系企業と異なり、日本人の駐在員が経営、管
理にあたる割合が高く、中国人従業員とのコミュニケーションになお改善の余地が残るといわれ
る。近時は中国工場での生産は高度化・複雑化する一方、労働者の賃金は抑制されていること
や、日本人の管理職、経営者と「農民工」の賃金格差等も不満を生む要因といわれる。
B 日系企業の良さが裏目となっている面も指摘されている。労働者の自殺が続いた台湾系のフォ
ックスコン社は労働者の定着率が低く、交流も希薄な一方、日系企業は比較的定着率が高く、労
働者間の連帯が生じ易いという。「日系企業は賃上げに応じる」との評が出ているともいわれる。
C 事象が頻発した自動車産業は完成車メーカーを頂点にピラミッド型の集積を形成しているので、
他企業の影響を受けやすい。「縦」の関係では完成車工場と部品工場との賃金格差も不満の背
景といわれ、「横」についても 1 社の部品メーカーでストライキが発生すれば、他社の労働者に影
響が及ぶことは容易に想像される。
(今後への影響)
 企業側が賃上げ・待遇改善を進めていること等から(図表 8)、ストライキの発生はこのところやや下
火となっているが、労働力人口の増加が頭打ちとなりつつあることもあり、労働需給のひっ迫は容易
には解消せず、賃金上昇は今後も続くとみられる。こうしたなか、日系企業をはじめ中国の外資系企
業には以下のような動きが想定される。
 経営の現地化の動きが一層強まる可能性がある。例えば株式会社小松製作所では 2012 年までに
主要子会社の 16 社の経営トップ全員を中国人にする方針を決めた(6 月 29 日付日本経済新聞)。
 低付加価値品・労働集約的産業を中心に生産拠点を中国内外の他地域へ移転する動きが強まる可
能性がある。例えば、今回賃上げを行った台湾のフォックスコン社は顧客に対してより賃金の安い中
国内陸部の工場での生産を打診したり、生産コストの増加分を顧客に負担するように要請した(6 月
29 日付Financial Times紙)。中国以外のアジア他国へ生産を移転する動き、いわゆる「チャイナ・プラ
スワン」としては、株式会社ファーストリテイリングが、将来的に生産拠点とすることも視野に入れ、バ
ングラデシュに貧困などの社会問題を解決することを目的とした合弁会社を設立すると発表したこと
が象徴的である(7 月 13 日付日本経済新聞)。人民元相場の弾力化もこうした動きを後押ししよう。も
っとも、市場としての現地中国での販売が拡大しているうえ、広東省の自動車産業のように既に大規
模な集積を形成している拠点にとっては、こうした移転の動きは限定的であろう。そうした企業では経
営の効率化や、高付加価値品の生産を志向する流れが強まるとみられる。
8/12
3.中国人の観光をめぐる話題
3-1.入場者数が増える上海万博




2010 年 5 月 1 日より開催されている上海万博は、当初入場者数が伸び悩んでいたものの、地方政府
等の強力な動員もあり、既に来場者数が合計 3,000 万人を超えている。上海はもちろん、中国国内で
の関心は非常に高く、このところ入場者数は 1 日平均 40 万人を上回って推移していて(図表 13)、人
気パビリオンについては長時間の入場待ちとなっているようである。
10 月までの 6 ヵ月間で大阪万博(1970 年)の記録した万博史上最高の入場者数 6,421 万人を上回る
可能性が高まっており、目標とする 7,000 万人の入場者数の達成も十分可能なペースである。ちなみ
に、目標入場者数のうち約 350 万人(5%)を外国人観光客と見込んでおり、うち日本人観光客は 100
万人を目標としているといわれる。
訪問者の感想によると、会場ではゴミの散乱が多少目についたりして、マナーの面ではまだ改善の
余地を感じた、とのことであった。
因みに、大阪万博のスローガンが「人類の進歩と調和」であったのに対し、上海万博のスローガンは
「よりよい都市、よりよい生活」で、都市化の進む中、中国政府の関心が社会基盤の整備や生活環境
の改善といった、人々により身近な部分にあることが窺われる。
[図表13]上海万博と大阪万博の入場者数(開催初日以降)
開催期間
会場面積(㎢)
上海万博
2010年
5月1日~
10月31日
5.3
大阪万博
1970年
3月15日~
9月13日
3.3
上海万博
大阪万博
大阪万博
6ヵ月目
最終月
平均
(人)
700,000
600,000
500,000
5ヵ月目
400,000
4ヵ月目
300,000
200,000
大阪万博
4ヵ月目
以降の
平均
入場者数
100,000
0
(注)大阪万博は1970年3/15の開幕日以降の推移
(資料)上海万博公式HP及び大阪万博についてまとめたHP(http://pc8801mk2.hp.infoseek.co.jp/) より作成。
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(~7/27)
3-2.日本が中国人に発給する個人観光ビザ(査証)の要件緩和

中国から各国への外国旅行者数(香港・マカオを含む)は 2010 年には 5,000 万人を超える勢いであり
(図表 14)、訪日旅行者数も 2009 年に約 101 万人を記録(図表 15)、2010 年に入っても更に増加し
ている(図表 16)。日本にとっても拡大する中国人の海外旅行需要をどうやって取り込むかが観光産
業や地域経済にとり重要な課題になっている。
[図表14] 中国発の外国旅行者数
(香港・マカオを含む)
[図表15]訪日外客総数(2009年、万人)
(万人)
6,000
その他
6
オセアニア
25
5,000
北アメリカ
87
4,000
韓国
159
3,000
欧州
80
2,000
1,000
その他アジ
ア
74
0
2004
05
06
07
09
08
台湾
102
10
香港
45
(注)08年までは『中国国家統計年鑑』、09・10年は人民日報電子版で
報道された、China Tourism Academyの推計値。
(資料)中国国家統計局、人民日報電子版
中国
101
(資料)日本政府観光局
[図表16]中国からの訪日旅行者数(月間)(万人)
08年
09年
2010年
16
14
12
10
8
6
4
2
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9 10 11 12
(月)
(資料)日本政府観光局
10/12
(個人観光ビザの要件緩和)
 こうしたなか、2010 年 7 月日本政府は中国人がより少人数で自由な観光を日本で行えるよう、中国
人に発行する個人観光ビザ(査証)の取得要件を緩和した(図表 17)。具体的には、①所得要件の緩
和②受付在外公館の拡大③ビザ申請を代理する旅行社の拡大、等である。これにより、個人観光ビ
ザの対象者はこれまでの 10 倍、約 1,600 万世帯まで拡大するといわれる。なお、所得要件の緩和に
ついては個別に当局が総合判断を行うが、報道によると従来の年収 25 万元(1 元=14 円換算で 350
万円)から、年収 3 万~5 万元程度に所得の基準が下がる見込みである(5 月 9 日付日本経済新
聞)。この要件緩和を受け、早速 7 月のビザ申請件数は 5,836 件と、前年の 1,033 件と比べて 5 倍以
上に増加した。
 中国からの訪日旅行の目的をみると、これまではショッピングや温泉の人気が高く(図表 18)、東京と
大阪近郊の観光地を周り、買い物を楽しむ「ゴールデンルート」と呼ばれるコースが定番であった。富
士山の人気が高いため、山梨県や静岡県を訪問する割合も高い(図表 19)。
 今後は中国人の所得水準向上や元高による購買力の増加といった流れが期待されるなかで、訪日
旅行者の所得水準も多様化し、リピーターをはじめ、海外旅行経験を重ねる旅行者も増え、訪日旅
行の目的や訪問地域も次第に変化していくとみられる。
 各観光地にとっては数少ない需要の増大が確実視される分野であり、先行きの変化まで見据えた取
り組みが求められる。
[図表17]中国訪日観光ビザの要件緩和
団体観光ビザ
家族観光ビザ
個人観光ビザ
2000年9月~ 【対象者】
【添乗員】
【対象地域】
2005年7月~ 【対象地域】
2008年3月~ 【対象者】
中国全土の国民(所得要件なし:4名~40名程度)
日本側及び中国旅行者側各1名(計2名)
発給対象地域に限定あり(北京市、上海市、広東省等)
対象地域を全土に拡大
【添乗員】
2009年7月~ 【対象者】
【手続き】
【添乗員】
【失踪防止策】
個人観光ビザ要件緩和
【実施時期】
2010年7月~ 【対象者】
【申請可能公館】
【取扱い旅行社】
十分な経済力を有する者とその家族(2名又は3名の少人数旅行)
日本側及び中国側旅行会社各1名(計2名)
「十分な経済力のある者」と同行する家族(1人でも発給可)
日本側旅行者の身元保証を得たうえで、中国側旅行会社を通じてビ
ザ発給を申請
なし
失踪者発生の場合に日本側及び中国側の旅行者に課されるペナル
ティー(一定期間の取り扱い停止措置)を団体・家族旅行よりも強化
2009年7月より試行開始
「十分な経済力を有する者」→「一定の職業上の地位及び経済力を有
する者」(要件緩和により対象者は約10倍の1,600万人程度まで拡大
する模様)
3館→7館に拡大
ビザ発給の申請を代行する旅行者を48社→290社に拡大
(資料)観光庁、外務省
[図表18]訪日旅行動機(居住地別:2008年)
中国
①ショッピング
②温泉
③歴史的建造物の見物
④自然景観
⑤日本食
韓国
①温泉
②日本食
③ショッピング
④繁華街の街歩き
⑤ファッション
(%)
50.9
39.7
25.3
24.4
23.0
41.1
38.4
36.8
22.9
19.7
米国
①歴史的建造物の見物
②日本食
③日本の伝統文化・工芸の体験
④ショッピング
⑤自然景観
(資料)日本政府観光局『訪日外客訪問地調査』
11/12
56.2
36.8
29.0
22.5
19.2
[図表19] 中国人の延べ宿泊客数(外国人宿泊客に占める比率と実数:2009年)
80
70万人
50%
45%
全外国人宿泊客に占める中国からの客数の比率(右目盛) 45%
2009年の実数(左目盛)
70
40%
60
32%
50
25%
40
30
35%
38万人
比率の全国平均
14%
19万人
30%
25%
20%
15%
20
10%
5%
0
0%
北海道
青森県
岩手県
宮城県
秋田県
山形県
福島県
茨城県
栃木県
群馬県
埼玉県
千葉県
東京都
神奈川県
新潟県
富山県
石川県
福井県
山梨県
長野県
岐阜県
静岡県
愛知県
三重県
滋賀県
京都府
大阪府
兵庫県
奈良県
和歌山県
鳥取県
島根県
岡山県
広島県
山口県
徳島県
香川県
愛媛県
高知県
福岡県
佐賀県
長崎県
熊本県
大分県
宮崎県
鹿児島県
沖縄県
10
(資料)観光庁『宿泊旅行統計調査報告』
4.終わりに

2010 年には中国の経済規模が日本を抜き、世界第 2 位の経済大国となることがほぼ確実となってい
るなか、本稿で取り上げた人民元相場の弾力化、頻発する工場のストライキ、上海万博や日本の観
光ビザ拡大、といった話題からは、中国が①国内において格差の縮小や社会の安定を図りつつ、②
海外との調和を図っていく姿勢、③輸出主導経済、「世界の工場」といった色彩から、次第に中間層
が拡大し、「世界の市場」として内需中心の経済へ移行していく変化等が垣間見える。日本企業にと
って市場規模の大きさのみならず、先行きまで含め中国経済の「質」の変化へ目を凝らすことが重要
となっている。
お問い合わせ先 ℡03-3246-9370 [百武]
(主な参考文献:順不同)
厳 善平「中国・珠江デルタにおける雇用と賃金に関する実証分析」『中国経済』 2010 年 7 月号
山口真美「中国・出稼ぎ新世代の戦い」2010 年 6 月
関 志雄「資産バブル膨張で問われる中国の金融政策のあり方」2010 年 4 月
馬 成三『図でわかる中国経済』蒼蒼社、2009 年 2 月
三菱東京UFJ銀行「拡大が予想される中国人観光客とわが国経済への好影響」2010 年 6 月
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