Nepal 18 Tomas van Houtryve / Panos Pictures 武力紛争の ほぼ半数は地方武装勢力や民 兵間の戦闘で、政府軍は参加 第2章 武装勢力と戦場 していません。 政府が参加している紛争のほか、政治的暴力の主要な形態として次の2つが挙げられ ます。1つは非国家主体型紛争で、政府は参加せず、民兵、地方武装勢力、民族集団あ るいは宗教集団の間で戦闘が行われるものです。もう 1 つは一方的暴力で、 たとえばジェ ノサイドのように、反撃できない民間人を大量に殺害する行為です。 町や村が戦闘地域となってしまうと、被害者にとっては加害者が外国の兵士であろう と政府勢力であろうと、あるいはその土地の民兵であろうと大した違いはありません。 しかしこの区別は政治的暴力の世界的な傾向を理解するためには大変重要です。 つい最近まで非国家主体型紛争に関する信頼できる記録は全くありませんでした。こ の不足を埋めるため、スウェーデンのウプサラ大学は「人間の安全保障報告」のために 一連の新しいデータを作成しました。これらの統計は今のところ 2002 年から 2005 年までしか対象としていませんが、これまでデータがなかった非国家主体型紛争は、国 家参加型紛争とほぼ同じくらいの数にのぼることが確認されました。世界の紛争を分析 する際、これまではこの国家参加型紛争のデータのみに頼らざるを得なかったのです。 2002 年から 2005 年にかけて、非国家主体型紛争は年平均 30 件あり、一方、国家 参加型紛争は 31 件でした。 非国家主体型紛争は政府が弱体な貧困国に起こりがちで、2002 年から 2005 年に はその多くがサハラ以南アフリカで起きました。しかしこのタイプの紛争では死者は少 なく、国家参加型紛争と比べると、戦死者は 4 分の 1 に過ぎません。 それでは非国家主体型紛争は国家参加型紛争と同様に、減少しているのでしょうか。 残念ながらそれについては確かなことは言えません。4 年間のデータというのは信ずる に足る傾向を探るには短すぎますし、今のところこれより長い期間の信頼できる統計は ないからです。しかしわかる範囲で言えば、非国家主体型紛争は急減したサハラ以南ア フリカを除いて、他の地域ではあまり変化がなかったようです。 組織的殺人の主要なタイプの 3 つ目は専門家が「一方的暴力」と呼ぶものです。こ れは武装勢力間の戦闘ではなく、非武装の人々を意図的に虐殺するものです。実行する のは非国家主体である武装勢力の場合もあれば、政府勢力の場合もあります。 一方的な暴力にはジェノサイドも含まれます。ジェノサイドというのは、 国際法上「特 定の国民、民族、人種、宗教の集団の全体あるいは一部を壊滅させる意図をもった行動」 と定義されています。このような犯罪は、内戦の継続中や終結直後によくおきます。し かし実際には、一方的な暴力の「意図」があったかどうかを判断するのは難しいのです。 19 スーダンのダルフール地方における殺 非国家主体型紛争 人がジェノサイドとみなされるかどう 地域ごとの件数(2002 年~ 2005 年) かに関して論争がおきていることから 北米・中南米 中央アジア・南アジア 東アジア・東南アジア・オセアニア 中東・北アフリカ サハラ以南のアフリカ もわかるとおりです。 ジェノサイドの法的な定義には宗教 観に関わる虐殺も含まれますが、政治 観に関わる虐殺は含まれていません。 これに基づいて判断すると、1975 年 35 30 から 79 年まで行われたカンボジアの ポル・ポト政権による虐殺は、数百万 25 人のカンボジア人が抹殺されたにもか かわらず、宗教や民族集団を標的にし た殺人以外はジェノサイドではないこ とになります。そこで専門家によって は政治観の異なる集団を意図的に虐殺 することをポリティサイドと呼ぶ人も あります。 ア メ リ カ に 本 拠 を 置 く PITF( 政 情 不安調査特別委員会)はジェノサイド、 ポリティサイドなどの大量虐殺につい ても調査していますが、それによると 件数は 1950 年代半ばから 1970 年 20 15 10 5 0 2002 2003 2004 2005 2002 年から 2005 年にかけて、政府が参加 しない武力紛争のうち、半分以上がサハラ 以南アフリカで生じた。 代半ばまでの間に 10 倍に増えていま す。その後ほぼ横ばいを続け、1989 年以降急減しています。 一方、ウプサラ大学はこれとは別な数字を出しています。ジェノサイドやポリティサ イドであるか否かにかかわらず、民間人の殺害を意図した軍事行動全てを数え上げまし た。ウプサラ大学の統計は 1989 年からしかありませんが、この 17 年間の推移を見 ると、多少変動はあるものの明らかに増加傾向を示しています。 一体、どちらの説明が正しいのでしょうか。実はどちらも正しいのです。それぞれが 同じものを数えているわけではないからです。PITF の数字は何千人もの人々を殺害し た軍事行動しか数えていませんが、ウプサラ大学の数字には年間 25 人以上を殺害した 軍事行動全てが含まれています。ですから、冷戦後ジェノサイドのような大規模な民間 人の虐殺は件数が実際に減少しており、他方で、一方的暴力の小規模な軍事行動は増加 しているということなのです。 ウプサラ大学のデータによると、政府による一方的暴力の軍事行動件数は横ばいでし 20 一方的暴力の軍事行動 実行者による分類(1989 年~ 2005 年) 30 25 非政府武装勢力 政府 20 15 10 5 05 20 04 20 03 20 02 20 01 20 00 20 99 19 98 19 97 19 96 19 95 19 94 19 93 19 92 19 91 19 90 19 19 89 0 2002 年から 2005 年にかけて、非武装民間人の殺害を意図した軍事行動は、その3分 の2以上が非政府勢力によるものであった。 地域ごとの軍事行動の件数 1989 年から 2005 年までの 一方的暴力の軍事行動、合 計数 北米・中南米 中央アジア・南アジア 東アジア・東南アジア・オセアニア ヨーロッパ 中東・北アフリカ サハラ以南のアフリカ たが、反政府勢力、地方武装勢力、民 44 兵などによる軍事行動件数は 2 倍に 143 89 74 24 38 軍事行動の 合計:412 件 1989 年から 2005 年にかけて、一方的暴力の軍事行動 増えています。1989 年から 2005 年までウプサラ大学が記録をとった全 412 件中、4 分の 3 が 3 つの地域に 集中していました。35%がサハラ以 南アフリカ、22%が中央アジア・南 アジア、そして 18%が中東・北アフ のうち、74%がサハラ以南アフリカ、中東・北アフリカ、 リカで起きました。残りの 4 分の 1 中央アジア・南アジアの 3 地域に集中している。軍事 が北米・中南米、東アジア・東南アジ 行動の合計件数は最近増加している。 ア・オセアニア、ヨーロッパでした。 2002 年以降では、民間人に対する 150 地域ごとの推移 一方的暴力の軍事行動件数 (1990 年~ 2005 年) 120 一方的暴力の軍事行動は中東・北アフ リカ、特にイラクとスーダンで急増し ました。他の地域では目だった傾向は ありませんでした。 90 次章では死者数を見ていきます。組 織的な殺害の主要形態である国家参加 60 型紛争、非国家主体型紛争、そして 一方的暴力の3つを死者数で比較しま 30 0 す。 1990–93 1994–97 1998–2001 2002–05 21 紛争年数 2002 年から 2005 年の間、各国 が非国家主体型紛争を 1 件以上 経験した年数 4 1 3 0 2 データ無し ノルウェー スウェーデ ハンガリー チェコ スロバキア ユーゴスラビア デンマーク カナダ アイルランド オランダ ルクセンブルク ベルギー スロベニア スイス クロアチア ボスニア・ヘル ツェゴビナ アルバニア 米国 イギリス フランス ドイツ スペイン イタリア オーストリアリア ギリシャ イス チュニジア モロッコ ポルトガル メキシコ グアテマラ エルサルバドル ニカラグア コスタリカ 全紛争のうち約半 数 は、 政 府 軍 が 参 加し アルジェリア キューバ ドミニカ共和国 ジャマイカ ハイチ ベネズエラ トリニダード・トバゴ パナマ コロンビア ガイアナ ゲリラ集団ならびに民族や宗 ブラジル ペルー チャド ナイジェリア 中央アフリカ カメルーン コンゴ ナミビア チリ 国家参加型紛争よりも期間が短く、死 者数も少ない傾向があります。現在、 「人間の安全保障報告」では年間の数字 を発表していますが、データは 2002 年 までしかさかのぼることができません。政 府勢力が武装勢力の鎮圧に失敗するという ことは、国家の統治能力の限界を示します。 現在のところ、非国家主体型紛争は全て 22 ギニア シエラレオネ リベリア パラグアイ でした。非国家主体型紛争は一般に 途上国で起きています。 ニジェール ブルキナファソ ボリビア 闘が行われています。 最近 関する信頼できるデータはありません マリ モーリタニア ヨルダ アンゴラ 教集団の民兵などの間で戦 まで、このような非国家主体型紛争に セネガル ガンビア ギニアビサウ トーゴ ベニン ガボン ガーナ 赤道ギニア コートジ ボワール コンゴ共和国 エクアドル ていません。 種々の リビア ボツワナ ウルグアイ アルゼンチン コンゴ民主共 和国では 2002 年に非国家主 体型紛争が 5 件起きた。その後 2005 年まで 1 件も起きて いない。 南アフリカ共和 非国家主体型紛争 最近の非国家主体による紛 争、すなわち対立する地方 武装勢力や民兵の間の紛争 フィンランド デン ポーランド は、すべて途上国で起きて います。 デ ータは 2002 ロシア エストニア ラトビア リトアニア ベラルーシ 年から 2005 年 の 間しか ウクライナ モルドバ ルーマニア ブルガリア マケドニア トルコ キプロス ありません。 グルジア カザフスタン モンゴル アルメニア ウズベキスタン アゼルバイジャン トルクメニスタン タジキスタン シリア イラン アフガニスタン イラク クウェート ヨルダン アラブ首長国連邦 パキスタン ダン川西岸・ガザ地区 レバノン バーレーン エジプト インド サウジアラビア スラエル オマーン スーダン リカ共和国 エリトリア 中国 ネパール ラオス ミャンマー バングラディシュ ベトナム カンボジア ソマリア モザンビーク フィリピン タイ マレーシア ケニア ルワンダ ブルンジ タンザニア コモロ ザンビア インドの北東部 では 2002 年から 2005 年にか けて非国家主体型紛争が 5 件起きた。 2002 年のグジャラートにおけるヒンドゥー、 イスラム両教徒の衝突では、1500 人 以上が殺された。 ブータン イエメン エチオピア 日本 大韓民国 ウガンダ ンゴ 和国 北朝鮮 キルギス シンガポール インドネシア パプアニューギニア ソロモン諸島 マラウイ マダガスカル モーリシャス ジンバブエ オーストラリア スワジランド レソト フィジー 紛争の数 6 ニュージーランド 非国家主体型紛争が最も多かった国々 (2005 年) 3 非国家主体型紛争のほとんどに民族主 2 2 2 2 義者の不満や抵抗が関わっている。こ のような紛争が存在するということは、 その国家が最も基本的な国家機能の1 つである軍事力の独占的行使に失敗し たということを意味する。 ソマリア ナイジェリア コートジ ボワール エチオピア インド スーダン 23 非武装民間人の殺害 1989 年から 2005 年の間に 25 人以上の民間人 を殺害した一方的暴力の軍事行動が 1 件以上生 じた国家で、そのような状況下にあった年数 17 1–5 11 – 15 0 6 – 10 データ無し ノルウェー スウェーデ ハンガリー チェコ スロバキア ユーゴスラビア デンマーク カナダ アイルランド オランダ ルクセンブルク ベルギー スロベニア スイス クロアチア ボスニア・ヘル ツェゴビナ アルバニア 米国 メキシコ 9 月 11 日の ニューヨークへの攻撃とペン シルベニアで墜落した航空機のハ イジャックは、米国における唯一の 一方的暴力行動である。 キューバ グアテマラ エルサルバドル ニカラグア コスタリカ ジャマイカ イギリス フランス ドイツ スペイン イタリア オーストリアリア ギリシャ イス チュニジア モロッコ ポルトガル アルジェリア リビア ドミニカ共和国 ハイチ パナマ コロンビア ベネズエラ トリニダード・トバゴ セネガル ガンビア ギニアビサウ ガイアナ 国家参加型紛争と非国家主体型紛 争に続く第 3 の主要な政治的暴力と して、ジェノサイドやポリティサイド など意図的に非武装民間人を対象と した武力活動が挙げられます。この パラグアイ チリ ウルグアイ ニジェール ブルキナファソ ナイジェリア 中央アフリカ カメルーン 1994 年にルワンダで 50 万人から 80 万人といわれる 大虐殺が行われた。これは 1989 年 以降行われた全ての一方的暴力に よって殺された人々の少なくとも 5 倍に当たる。 ナミビア ボツワナ 南アフリカ共和 17 いわれますが、これは被害者が通常 反撃することができないからです。 13 13 コロンビア コンゴ 共和国 1992 年から武力紛争の件数は減 生件数は50%以上増加しています。 ただ、死者の数は武力紛争よりもか なり少ないようです。 24 各国が一方的暴力を経験 した年数 1989 年から 2005 年の間に、 一方的暴力を経験した年数 が長い国々 インド コンゴ アンゴラ アルゼンチン 殺害を意図した攻撃は「一方的」と 少してきていますが、一方的暴力発 チャド トーゴ ベニン ガボン ガーナ 赤道ギニア コートジ ボワール コンゴ共和国 ブラジル ボリビア マリ ギニア シエラレオネ リベリア エクアドル ペルー モーリタニア ヨルダ 一方的暴力 1989 年から 2005 年 までの間に全国家の約 3 分の 1 で民間人の殺 フィンランド デン 害を意図した軍事行動 ポーランド が生じています。 ロシア エストニア ラトビア リトアニア ベラルーシ ウクライナ モルドバ ルーマニア ブルガリア マケドニア トルコ キプロス グルジア カザフスタン アルメニア ウズベキスタン アゼルバイジャン トルクメニスタン モンゴル タジキスタン シリア イラン アフガニスタン イラク クウェート ヨルダン アラブ首長国連邦 パキスタン ダン川西岸・ガザ地区 レバノン バーレーン エジプト インド サウジアラビア スラエル オマーン スーダン 日本 中国 ネパール ブータン ラオス ミャンマー ベトナム フィリピン カンボジア ソマリア インドネシア政府、 自由アチェ運動(GAM)組織、 そしてイスラム教組織のジェマ・イ スラミアはいずれも民間人に対す る攻撃を行った。 タイ マレーシア ウガンダ ンゴ ケニア ルワンダ ブルンジ タンザニア コモロ ザンビア 和国 バングラディシュ 大韓民国 エリトリア イエメン エチオピア リカ共和国 北朝鮮 キルギス モザンビーク シンガポール インドネシア ソロモン諸島 マラウイ マダガスカル モーリシャス 1989 年から 1999 年 にかけてクルド民族武装組織である クルド労働党(PKK)による一方的暴 力により、トルコの非武装民間人が 1200 人殺されたが、これは国家が 参加する紛争につながった。 レソト 12 パプアニューギニア 11 11 10 10 オーストラリア フィジー ニュージーランド 9 これらの 9 カ国全てにおいて、一方的 暴力は長期にわたる反乱、内戦、ある いは非国家主体による紛争と密接な関 係がある。インドは統計の対象期間の 17 年間を通じてずっと、非武装民間 人を意図的に殺害する武力行動に悩ま ウガンダ ブルンジ ルワンダ アンゴラ トルコ スリランカ されてきた。 25
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