全文PDF - 感染症学雑誌 ONLINE JOURNAL

195
我が国で分離された Vibrio cholerae O1 及び non-O1
における薬剤耐性菌の出現状況
1)
東京都立衛生研究所,2)杏林大学保健学部
松下
加藤
秀1)
玲1)
森田 耕司2)
河村 真保1)
尾形 和恵1)
小西 典子1)
伊藤 忠彦1)
甲斐 明美1)
矢野 一好1)
登2)
金森 政人2)
工藤 泰雄2)
渡辺
(平成 14 年 12 月 11 日受付)
(平成 14 年 12 月 25 日受理)
Key words:
Vibrio cholerae O1, Vibrio cholerae non-O1, drug resistance, tetracycline,
fluoroquinolone
要
旨
我が国において 1981∼2001 年に,主として海外旅行帰国者の下痢症例より分離された Vibrio cholerae
O1(コレラ菌;V.c O1)271 株,及び V. cholerae non-O1(NAG ビブリオ;V.c non-O1)401 株における
薬剤耐性菌出現状況について検討した.
供試薬剤は CP,TC,SM,KM,ABPC,ST,NA 及び NFLX の 8 種である.更に,NA 耐性菌につ
いては,フルオロキノロン系薬剤(FQ)に対する MIC を測定した.
5 年間隔でみた V.c O1 における耐性菌出現頻度は,1981∼1985 年は 1.2%,1986∼1990 年 15.8%,
1991∼1995 年 53.5%,1996∼2001 年 70.8% であり,近年急激に上昇してきている.全体では 34.7% が耐
性菌で,耐性パタ−ンは 6 種認められたが,SM 単剤耐性が 75.5% を占めていた.V.c non-O1 では,
1981∼1985 年は 9.4%,1986∼1990 年 18.5%,1991∼1995 年 22.0%,1996∼2001 年 20.7% であった.全
体では 15.7% が耐性菌で,耐性パタ−ンは 21 種認められたが,SM 単剤耐性(25.4%)と ABPC 単剤耐
性(25.4%)が多かった.
TC を含む多剤耐性菌は,V.c O1 で 1992 年以降 10 株
(3.7%)
,V.c non-O1 で 1988 年以降 10 株
(2.5%)
検出された.これら 20 株中 13 株はタイ旅行帰国者からの分離株であった.NA 耐性菌は,V. c O1 で
1997 年に 1 株
(0.4%)
, V.c non-O1 で 1993 年以降 6 株(1.5%)
検出され, いずれも NA には高度耐性で,
検討した FQ には低感受性であった.これら 7 株中 V.c O1 を含む 4 株はインド旅行帰国者からの分離株
であった.
〔感染症誌
序
文
Vibrio cholerae O1(コレラ菌;V.c O1)は,1999
77:195∼202,2003〕
年 4 月より施行された「感染症の予防及び感染症
の患者に対する医療に関する法律(感染症法)
」
に
より,2 類感染症に位置付けられているコレラの
別刷請求先:
(〒190―0023)東京都立川市柴崎町 3―
16―25
東京都立衛生研究所多摩支所
松下
秀
平成15年 4 月20日
原因菌である.一方 V. cholerae non-O1(V.c nonO1)
は,V.c O1 とは菌体抗原型が異なる,即ち V.c
O1 の抗血清に凝集しない O1 以外の O 抗原群を
196
松下
秀 他
持つ V.c 全体の総称であり,non-agglutinable Vi-
Intermediate(耐性と感受性の中間)と判定された
brio(NAG ビブリオ)とも呼称され,我が国では
場合であるが,これまでに報告された MIC による
食中毒起因菌として取り扱われている.我が国に
測定結果の解析では耐性と判定される6)13)ことよ
おける両菌による症例は,熱帯・亜熱帯のコレラ
り,耐性として取り扱った.
常在地域への旅行者による輸入事例が主体である
キノロン剤 NA 耐性菌は,ニュ−キノロン剤と
が,近年では海外とは直接関連の認められない国
呼ばれる FQ にも交差耐性を示す14)∼16)ことより,
内事例もかなり報告されている1)∼4).
検出された NA 耐性菌と対照の NA 感受性 12 株
従来より V.c O1 及び V.c non-O1 に関しては,
5)
6)
薬剤耐性菌の出現頻度は低いとされてきた .し
については NA,FQ である NFLX,オフロキサシ
ン(OFLX),シプロフロキサシン(CPFX),レボ
かし,近年その薬剤耐性化,特にコレラに対する
フ ロ キ サ シ ン(LVFX)
,ト ス フ ロ キ サ シ ン
化学療法剤として汎用されてきたテトラサイクリ
(TFLX)及びスパルフロキサシン(SPFX)に対す
ン(TC)耐性を含む多剤耐性菌の増加,及びニュ
る MIC を,NCCLS の標準法17)に準拠した微量液
−キノロン剤と呼ばれるフルオロキノロン系薬剤
体希釈法で測定した.
(FQ)低感受性菌の出現が問題となってきてい
成
る
績
7)
∼11)
1.薬剤耐性菌出現状況
今回我々は,我が国で 1981∼2001 年に主として
1981 年から 5 年間隔(1996∼2001 年は 6 年間)
.
海外旅行帰国者の下痢症例より分離された V.c O
でみた V.c O1 における耐性菌出現状況を,検出耐
1,
及び V.c non-O1 における薬剤耐性菌出現状況
性菌の耐性パタ−ンと合わせて,Table 1 に示し
について検討したので報告する.
た.耐性菌出現頻度は,1981∼1985 年は 1.2%,
材料と方法
1986∼1990 年は 15.8%, 1991∼1995 年は 53.5%,
1.供試菌株
1996∼2001 年は 70.8% であり,近年急激に上昇し
我が国において 1981∼2001 年に,ヒト下痢症例
てきている.全体では 271 株中 94 株(34.7%)が
から分離された 271 株の V.c O1(全株エルト−ル
耐性菌あった.これら耐性菌の耐性パタ−ンは 6
生物型)
,及び 401 株の V.c non-O1,合計 672 株に
種 認 め ら れ,そ の う ち SM 単 剤 耐 性 が 71 株
ついて検討した.
(75.5%)を占めていた.その他,CP・TC・SM・
FQ に対する最小発育阻止濃度(Minimum in-
ST の 4 剤 耐 性 が 10 株(10.6%)
,CP・SM・ST
hibitory concentration;MIC)
測定試験には,検出
の 3 剤耐性が 8 株(8.5%)
,SM・ST の 2 剤耐性が
されたナリジクス酸(NA)耐性菌に加えて,無作
3 株(3.2%)
,CP・SM・ST・NA の 4 剤 耐 性 と
為に選択した 12 株の NA 感受性 V.c O1 を比 較
ABPC 単剤耐性がそれぞれ 1 株(1.1%)認められ
対照のために用いた.
ている.全体での薬剤別耐性菌出現頻度は,SM
2.薬剤耐性試験
(34.3%),ST(8.1%),CP(7.0%),TC(3.7%),
米国臨床検査標準委員会(NCCLS)の抗菌薬
12)
ディスク感受性試験実施基準 に基づき,市販の
ABPC(0.4%)
,NA(0.4%)の 順 で 高 く,KM
と NFLX 耐性株は認められなかった.
感受性試験用ディスク(センシディスク;BBL)
を
V.c O1 と同様に V.c non-O1 における耐性菌出
用いて実施した.供試薬剤は,クロラムフェニコ
現状況と,検出耐性菌の耐性パタ−ンを Table 2
−ル(CP;30µg),TC(30µg),ストレプトマイ
に示した.耐性菌出現頻度は,1981∼1985 年は
シン(SM;10µg),カナマイシン(KM;30µg),
9.4%,1986∼1990 年 は 18.5%,1991∼1995 年 は
アンピシリン(ABPC;10µg),スルファメトキサ
22.0%,1996∼2001 年は 20.7% であった.近年増
ゾ−ル・トリメトプリム合 剤(ST;23.25+1.25
加傾向にあるが,V.c O1 のような急増は認められ
µg),NA(30µg)及びノルフロキサシン(NFLX;
ていない.全体では 401 株中 63 株(15.7%)が耐
10µg)
の 8 種である.なお,CP 及び TC において
性菌であった.これら耐性菌の耐性パタ−ンは 21
感染症学雑誌
第77巻
第4号
Vibrio cholerae O1 及び non-O1 の薬剤耐性
197
Table 1 Drug resistance of V. cholerae O1 strains isolated from diarrheal cases
in Japan
(1981 ∼ 2001)
Year of isolation
1981 ∼ 85
1986 ∼ 90
1991 ∼ 95
1996 ∼ 01
Total
86
38
99
48
271
1
6
53
34
(1.2)
(15.8)
(53.5)
(70.8)
(34.7)
3
7
1
10
1
3
1
8
No. of isolates
No. of resistants
(%)
94
Resistance Pattern
CP・TC・SM・ST
CP・SM・ST・NA
CP・SM・ST
4
SM・ST
2
SM
ABPC
47
1
3
24
71
1
1
Drugs tested: CP, TC, SM, KM, ABPC, ST, NA, and NFLX
Table 2 Drug resistance of V. cholerae non-O1 strains isolated from diarrheal cases in Japan
(1981 ∼ 2001)
Year of isolation
1981 ∼ 85
1986 ∼ 90
1991 ∼ 95
1996 ∼ 01
Total
No. of isolates
No. of resistants
(%)
160
15
(9.4)
130
24
(18.5)
82
18
(22.0)
29
6
(20.7)
401
63
(15.7)
Resistance Pattern
CP・TC・SM・ABPC・ST・NA
CP・TC・SM・ABPC・ST
CP・TC・SM・ST
CP・SM・ABPC・ST
1
2
1
1
1
1
CP・SM・ST・NA
2
CP・SM・ABPC
CP・SM・ST
1
1
CP・KM・ABPC
CP・ABPC・NA
TC・SM・ST
3
1
1
3
1
1
1
1
1
3
1
1
2
SM・ST
SM・NA
KM・ST
1
TC
SM
ABPC
ST
1
5
5
2
1
1
6
7
3
1
1
1
1
SM・ABPC・ST
CP・ST
TC・ST
SM・ABPC
1
1
3
2
1
4
4
2
1
1
1
1
1
16
16
4
Drugs tested: CP, TC, SM, KM, ABPC, ST, NA, and NFLX
種と多かったが,SM 単剤耐性と ABPC 単剤耐性
れ て い な い 5 剤 耐 性(CP・TC・SM・ABPC・
がいずれも 16 株と最も多く,両者で耐性 菌 の
ST)が 3 株,6 剤耐性(CP・TC・SM・ABPC・
50.8% と過半数を占めていた.3 剤以上の多剤耐
ST・NA)
が 1 株認められた.全体における薬剤別
性は 11 種 18 株(19.1%)
,また V.c O1 では認めら
耐性菌出現頻度は,SM(9.2%),ABPC(7.0%),
平成15年 4 月20日
198
松下
秀 他
Table 3 Multi-drug, tetracycline resistant V. cholerae strains isolated from diarrheal cases
in Japan
(1981 ∼ 2001)
No. of strain
Country
visited
CP・TC・SM・ABPC・ST
1
Thailand
TC・SM・ST
1
Thailand
non-O1
CP・TC・SM・ ABPC・ST
1
Thailand
1989
1990
non-O1
non-O1
TC・SM・ST
TC・SM・ST
1
1
Thailand
Philippins
1990
non-O1
CP・TC・SM・ST
1
Thailand
1991
1992
1994
non-O1
O1, Ogawa
O1, Ogawa
TC・ST
CP・TC・SM・ST
CP・TC・SM・ST
1
1
1
Philippins
India
Turkey
1994
1995
non-O1
O1, Ogawa
CP・TC・SM・ST
CP・TC・SM・ST
1
1
Thailand
Middle East
1995
1997
non-O1
O1, Ogawa
CP・TC・SM・ABPC・ST・NA
CP・TC・SM・ST
1
2
Thailand
Iran(1)
Thailand(1)
1998
O1, Ogawa
CP・TC・SM・ST
4
Thailand(3)
China(1)
1999
1999
O1, Ogawa
non-O1
CP・TC・SM・ST
CP・TC・SM・ABPC・ST
1
1
Thailand
Thailand
Year of isolation
Serogroup
1988
non-O1
1988
non-O1
1989
Resistance pattern
Drugs tested: CP, TC, SM, KM, ABPC, ST, NA, and NFLX
Table 4 MICs distribution of nalidixic-acid resistant and sensitive V. cholerae strains to fluoroquinolones
Drug
NA
中国(1 件)であった.V.c non-O1 では 1988 年以
降 10 株(2.5%)検出され,その耐性パタ−ンは
CP・TC・SM・ABPC・ST・NA(1 株),CP・
NA resistant
7 strains
MIC(µg/ml)
NA sensitive
12 strains
MIC(µg/ml)
(2 株)
, TC・SM・ST
(3 株)
, TC・ST
(1 株)
で,
> 256
0.25 ∼ 1.0
旅行先はタイ(8 件)及びフィリピン(2 件)であっ
NFLX
OFLX
CPFX
LVFX
TFLX
0.5 ∼ 4.0
0.5 ∼ 2.0
0.25 ∼ 2.0
0.25 ∼ 1.0
0.25 ∼ 2.0
0.004 ∼ 0.016
0.004 ∼ 0.016
≦ 0.004
≦ 0.004
< 0.004 ∼ 0.008
SPFX
0.125 ∼ 1.0
< 0.004 ∼ 0.008
TC・SM・ABPC・ST
(3 株)
,CP・TC・SM・ST
た.
3.ナリジクス酸高度耐性でフルオロキノロン
系薬剤低感受性菌
Table 4 に示したように,検出された NA 耐性
菌 7 株の NA に対する MIC はいずれも>256 µg!
ml で あ っ た.FQ の NFLX に 対 し て は 0.5∼4.0
ST
(5.7%)
,CP
(3.9%)
,TC
(2.7%)
,NA(1.5%)
,
µg !ml , OFLX では 0.5 ∼ 2.0 µg !ml , CPFX では
KM(0.5%)の順で高く,NFLX 耐性株は認められ
0.25 ∼ 2.0 µg !ml , LVFX では 0.25 ∼ 1.0 µg !ml ,
なかった.
TFLX では 0.25∼2.0µg!
ml,SPFX では 0.125∼1.0
2.テトラサイクリンを含む多剤耐性菌
µg!
ml であった.なお,対照とした NA 感受性菌
検出された TC を含む多剤耐性菌の分離年,耐
12 株の MIC は,NA に対しては 0.25∼1.0µg!
ml,
性パタ−ン等の概要を Table 3 に示した.V.c O1
6 種 類 の FQ に 対 し て は<0.004∼0.016µg!
ml の
では 1992 年以降 10 株(3.7%)検出された.これ
範囲であり,NA 耐性菌 7 株は NA に高度耐性で,
らはいずれも血清型小川で,CP・TC・SM・ST
検討した 6 種 FQ いずれに対しても低感受性であ
の 4 剤耐性であった.検出された患者の旅行先は
ることが確認された.
タイ(5 件),中近東(3 件),インド(1 件)及び
これらの NA 高度耐性で FQ 低感受性の 7 菌株
感染症学雑誌
第77巻
第4号
Vibrio cholerae O1 及び non-O1 の薬剤耐性
199
Table 5 Nalidixic-acid resistant, fluoroquinolone low-sensitive V. cholerae strains
isolated from diarrheal cases in Japan(1981 ∼ 2001)
Year of isolation
Serogroup
Resistance pattern
Country
visited
1993
1995
non-O1
non-O1
CP・SM・ST・NA
CP・TC・SM・ABPC・ST・NA
India
Thailand
1995
non-O1
CP・SM・ST・NA
India
1996
non-O1
CP・ABPC・NA
India
1996
non-O1
CP・SM・ST・NA
Nepal
1997
1997
O1, Ogawa
non-O1
CP・SM・ST・NA
SM・NA
India
China
Drugs tested: CP, TC, SM, KM, ABPC, ST, NA, and NFLX
の概要を Table 5 に示した.V.c O1 では 1997 年
からは,V.c O1 以上に V.c non-O1 も分離される
に 1 株(0.4%)検 出 さ れ,CP・SM・ST・NA
ことより,これらの地域では本菌による下痢症の
の 4 剤耐性,血清型小川で,インド旅行者からで
発生も多いものと考えられる1).
あった.V.c non-O1 では 1993 年以降 6 株(1.5%)
本報では,我が国において 1981∼2001 年の 21
検出され,その耐性パタ−ンは CP・TC・SM・
年間に,主として海外旅行帰国者の下痢症例より
ABPC・ST・NA(1 株),CP・SM・ST・NA(3
分離された V.c O1 及び V.c non-O1 における薬剤
株),CP・ABPC・NA(1 株),SM・NA(1 株)で
耐性菌の出現状況,更に検出された TC 耐性菌と,
あった.それらの旅行先はインド(3 件)
,タイ
NA 高度耐性かつ FQ 低感受性菌の概要について
(1 件),ネパ−ル(1 件)及び中国(1 件)であっ
述べた.
まず,V.c O1 における薬剤耐性菌の出現状況に
た.
考
察
現在世界は,1961 年にインドネシアから始まっ
ついてみると,これまでの報告5)6)と同様,1981∼
1985 年の頻度は 1.2% と低率であったが,その後
た第 7 次コレラパンデミ−下にある.本流行は,
1986∼1990 年は 15.8%, 1991∼1995 年は 53.5%,
それまでのクラシカル生物型 V.c O1 に変わるエ
1996∼2001 年では 70.8% と,近年急激に高くなっ
ルト−ル生物型 V.c O1 によるもので,瞬く間にア
てきている.急増した 1991 年以降の耐性菌をみる
ジア全域,アフリカ,欧米へと拡大していった.
と,5 種の耐性パタ−ンが認められているが,SM
1991 年には,これまでコレラの発生がなかった南
単剤耐性が 81.6% を占めており,耐性菌の高い出
米大陸に侵入するなど,現在も世界中で猛威を振
現頻度は,SM 単剤耐性菌の急増によるもので
るっており,終息する兆しは全く見られていな
あった.一方,V.c non-O1 でも 1981∼1985 年の
18)
9.4% か ら,1986∼1990 年 は 18.5%,1991∼1995
我が国におけるコレラの発生は,終戦直後の引
年は 22.0%,1996∼2001 年は 20.7% と,近年耐性
揚者による発生以降ほとんど認められなかった.
頻度が高くなってきているが,V.c O1 のような高
しかし,海外旅行者や輸入生鮮魚介類などの著し
耐性率には至っていない.これら耐性菌の耐性パ
い増加に伴ない,1975 年を境として毎年相当数報
タ−ンは V.c O1 同様 SM 単剤耐性と,それに加え
告されている.1992∼2001 年の最近 10 年間では
て ABPC 単剤耐性がそれぞれ 25.4% を占めてい
1,023 名報告され,そのうち海外旅行者による輸入
たが,全体では V.c O1 の 6 種と比較すると,21
例が 878 名と大半(85.8%)を占めているが,輸入
種と多岐にわたっているのが特徴的であった.
い .
食品が原因と考えられる国内事例も毎年認めら
コレラに対する化学療法剤として,コレラ常在
れ,現在でも公衆衛生上の重要問題となってい
国で汎用されてきた TC を含む多剤耐性菌の出現
る3).また,コレラ常在地域への旅行者下痢症患者
増加が近年問題となってきている7)9)10).今回の成
平成15年 4 月20日
200
松下
績をみると,V.c O1 におい て は 1992 年 以 降 10
株検出され,これらはいずれも CP・TC・SM・
ST の 4 剤耐性菌であった.また,V.c non-O1 では
1988 年以降 10 株検出され,その耐性パタ−ンは
5 種認められた.このような多剤耐性菌について,
これまでに報告された耐性機序に関する検討成績
では,伝達性 R プラスミドによるものが多いとさ
れている6)7)9).更に,最近ではインテグロンに担わ
れていることも報告されており7)9)10),この点につ
いては今回検出された菌株について検討を加えた
い.
V.c O1 は,従来 FQ には高感受性であることが
知られており19),TC 耐性菌の増加に伴いコレラ
の治療にも FQ が汎用されるようになっている.
しかし近年,他の腸管系病原菌と同様,FQ に低感
受性(低度耐性と判定し,耐性側に含めている報
告もある)を示す菌株の出現が問題となってきて
いる8)11).今回の成績では,FQ 低感受性菌が V.c
O1 において 1 株,V.c non-O1 で 6 株認められて
いる.キノロン耐性機序が検討されている同様の
下痢原性ビブリオである腸炎ビブリオでは,大腸
菌などと同じく DNA ジャイレースサブユニット
A 遺 伝 子 gyrA 上 の キ ノ ロ ン 耐 性 決 定 領 域
(QRDR)と呼ばれる部所の変異,あるいはこれに
加えて,トポイソメレース IV サブユニット A 遺
伝子 parC 上の QRDR 部所の変異によることが
確認されている20).現在のところ V.c についての
報告はないが,今回検出された FQ 低感受性菌に
ついて検討したこれまでの成績では,腸炎ビブリ
オの場合とほぼ同様の成績が得られている21).な
お,この詳細については別途報告する予定である.
TC を含む多剤耐性菌 20 株のうち 13 株はタイ
旅行者から,FQ 低感受性菌 7 株のうち 4 株はイ
ンド旅行者から検出されているが,それぞれの国
におけるこれら薬剤の使用状況を反映しているも
のと考えられる.今後とも薬剤耐性菌の出現状況,
特に FQ 低感受性菌が低率ではあるが検出された
ことは,FQ 耐性菌の出現増加の危険性が高まっ
ていることを示すものであり,その動向について
は引き続いての監視が必要がある.
秀 他
文
献
1)松下 秀:旅行者下痢症.綜合臨床 1997;46:
1613―5.
2)松下 秀, 野口やよい, 柳川義勢, 五十嵐英夫,
森田耕司,和田博志,他:Vibrio cholerae non-O1
による散発下痢症例と分離株の諸性状.感染症誌
1997;71:1204―9.
3)松下 秀:我が国におけるコレラ,細菌性赤痢,
腸 チ フ ス 及 び パ ラ チ フ ス の 発 生 状 況.食 衛 誌
2000;41:J221―7.
4)Arakawa E, Murase T, Matsushita S, Shimada T,
Yamai S , Ito T , et al . : Pulsed-field gel
electrophoresis-based molecular comparison of
Vibrio cholerae O1 isolated from domestic and imported cases of cholera in Japan. J Clin Microbiol
2000;38:424―6.
5)O’grady F, Lewis MJ, Pearson NT:Global surveillance of antibiotic sensitivity of Vibrio cholerae.
Bull WHO 1976;54:181―5.
6)松下 秀,山田澄夫,工藤泰雄,大橋 誠:近年
分離されたヒト由来 Vibrio cholerae O1, V. cholerae
non-O1, V. fluvialis 及 び V. parahaemolyticus の 薬
剤 耐 性 と 保 有 伝 達 性 R プ ラ ス ミ ド.感 染 症 誌
1987;61:109―17.
7)Falbo V, Carattoli A, Tosini F, Pezzella C, Dionisi
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集,2002.
202
松下
秀 他
Increasing Drug Resistance in Vibrio cholerae O1 and non-O1 Strains
Isolated from Diarrheal Cases in Japan
Shigeru MATSUSHITA1), Maho KAWAMURA1), Noriko KONISHI1), Akemi KAI1), Rei KATOH1),
Kazue OGATA1), Tadahiko ITOH1), Kazuyoshi YANO1), Koji MORITA2),
Noboru WATANABE2), Masato KANAMORI2)& Yasuo KUDOH2)
1)
Tokyo Metropolitan Research Laboratory of Public Health, 2)School of Health Sciences, Kyorin University
Drug resistance trends were investigated for 271 Vibrio cholerae O1(V.c O1)and 401 V. cholerae
non-O1(V.c non-O1)strains isolated from mainly imported diarrheal cases during 1981∼2001 in Japan.
The results of drug resistance test using 8 drugs(CP, TC, SM, KM, ABPC, ST, NA, and
NFLX)showed that 34.7% of the V.c O1 strains and 15.7% of V.c non-O1 strains were multi-drug or
mono-drug resistant.
The incidence of drug resistant strains has increased since 1991, and it has been remarkable in
V.c O1 strains that increased from 1.2% in 1981∼1985 to 70.8% in 1996∼2001.
The drug resistance patterns of the resistant strains classified into 6 types in V.c O1 and 21
types in V.c non-O1. The prevalent patterns recognized were SM(75.5%), CP・TC・SM・ST
(10.6%)and CP・SM・ST(8.5%)in V.c O1, and SM(25.4%)and ABPC(25.4%)in V.c non-O1.
Ten V.c O1 strains(3.7%)and 10 V.c non-O1 strains(2.5%)were multi-drug resistant including
TC. Among those, 13 strains were isolated from travelers who returned to Japan from Thailand.
One V.c O1 strain(0.4%)and 6 V.c non-O1 strains(1.5%)were NA high-resistant and fluoroquinolones low-sensitive. Among those, 4 strains were isolated from travelers who returned to Japan
from India.
感染症学雑誌
第77巻
第4号