日本とフランスにおける ボランティア活動と企業の社会貢献 〜活性化への提言〜 祖父江尚子 1789年のフランス革命をきっかけに、フランス国旗が決まり、「赤、青、白」の 3色が「自由、平等、博愛」を象徴していることはよく知られている。その中でも「博愛」 は、現在では一般的に、「仲間意識を持って、コミュニティ・社会を愛し大切にし、豊か な住みよい場所にしていくという心情・意欲を持って社会参加活動を行うこと」と解釈さ れ、「社会貢献」に最も近い語とされている。これはアメリカや日本では「フィランソロ ピー」と呼ばれ、フランスでは文化・芸術に関する活動を中心に「メセナ」と呼ばれ、1 990年頃から定着してきた。しかしながらフランスでは、革命以降、市民活動を国家が 強く警戒し、その規制を強めてきた歴史があるために、フランスのボランティア活動は英 米などに比較して、あまり活発に行われてこなかった。こうした背景を持つフランスでも 現在では、1980年代の地方分権化により、公的サービスを補充する機能として、「ア ソシアシオン(社団)」という組織の重要性が増しており、今後は更に発展していくこと が予想されている。 また、企業の社会貢献活動・フィランソロピーと呼ばれる分野にも注目が集まってい る。企業を取り巻く環境は、常に様々な変化に遭遇し、企業としてのミッションも単なる 製品・サービスを供給することに加えて、 「環境保全・福祉・教育・芸術」などを含む「社 会貢献」というミッションも果たすことが求められるようになってきた。これまでの経済 的合理性や効率性ばかりを重視した企業活動に、疑問の声が上がり、新たな評価基準で企 業の経営活動を評価していこうという動きが広がりつつある。しかし、フランスではこの 「企業の社会貢献」がやはり他国に比べ盛んではない。 そこで、卒業論文では、フランスのアソシアシオンと企業が連結し、「雇用不足解消」 「柔軟性のある市民活動」「良き企業市民の育成」など、今後の社会のニーズに応えてい く活動の道筋を提案することを目的とし、以下のように論じる。 まず、第1章ではフランスにおけるボランティア、アソシアシオンの歩みをその歴史 的背景、現状、問題点から考察する。その問題点を解決する提案として、第2章ではフラ ンス企業のフィランソロピーの変遷を、日本の企業の例と比較して見ると同時に、脆弱な フィランソロピーが活性化するためにその必要性を詳しく述べていく。又、続く第3章で は、フィランソロピーの活動の新しい展開とも言え、その活動内容や成果に注目が集まり、 期待が高まりつつある「日本のNPOやフランスのアソシアシオンと企業のコラボレーシ ョン」について、そのメリットと役割、問題点と解決策を検証していく。 1 ◆第1章 フランスにおけるボランティアの歩み◆ フランスにおいて、ボランティア活動を行う組織はアソシアシオンと呼ばれ、一般的 に「特定の分野に関する有志が集まって活動する同好会的なグループ」を指し、現在様々 な分野で多くの団体が活動している。しかし、フランスでは18世紀のフランス革命に象 徴されるように、市民と国家の間には独特の緊張関係が存在し、歴史上政府は市民の組織 化を厳しく制限していた。しかし、革命後、同業者組織や政治結社や下級労働者が市民集 団としての権利を主張し、存在を誇示するようになり、それ以後1790年には「集団と 結社の自由」が認められるが、翌年にはそれを禁じる「ル・シャプリエ法」が成立し、ア ソシアシオンの自由は認められてこなかった。続く1800年代も2度の帝政や王政復古、 諸外国との戦争などを背景に弾圧は続いたが、第2帝政に入り1848年にはようやく「ア ソシアシオンの自由と言論の自由」そして、フランスにおけるNPO法と称される「19 01年法」も成立し、以後団体数は飛躍的に増加し、その活動も活性化していく。 このような歴史をへて、都市化や農業社会や社会階級の変容などの社会環境の変化を 背景に、従来の政治や行政の業務では補いきれない様々な問題に対して、市民団体の協同 的活動の必要性が高まり、最近の統計によると(2002年度)現在では、その設立数は 88万とされる。また、ボランティアに従事する人は1100万人であり、規模は日本で 言うサークルのような同好会から大規模な民間非営利組織に至るまでの団体まで幅広い。 活動の分野は文化・スポーツ、社会生活、人道・介助、教育・訓練、環境と様々で、貧し い人々や困難な状況にある人々のためのサービスや新たな社会の需要に応じるサービスと いった活動が広がりをみせている。さて、アソシアシオンの活動を進める上での問題点に、 「活動資金不足」と「人材不足」が挙げられる。そこで、第2章では行政に代わる新しい 資金提供者であり、同時に活動の人材不足を補う役割も果たすことが期待される企業のフ ィランソロピーについて紹介する。 ◆第2章 日仏企業のフィランソロピー事情◆ 1990年頃から企業が本来の事業活動以外に「社会貢献」と呼ばれる活動に積極的 に取り組むようになった。音楽や芸術などの振興のための文化支援や各種ボランティアへ の参加、そして団体への寄付や環境保全、障害者支援、人権擁護活動など幅広い分野で企 業の社会貢献活動は行われている。この章では、このような「企業の社会貢献活動」=「フ ィランソロピー」に焦点をあてて、日本とフランスの現状を事例も紹介しながら現状、そ して今後の方向性を追ってみた。 まず、日本においては90年代に入ると、健全な社会において初めて企業は良好な経 営活動を維持し発展することができるため、だからこそ積極的に社会に関わっていこうと する姿勢を企業は見せ始めた。一般的にフィランソロピーを行うメリットとして、「地域 社会への帰属度や関心が高まる」「視野が広がる」「生涯学習の促進になる」「発想が柔軟 になる」「社員の会社に対する誇り、高感度が向上する」などが挙げられる。このように 2 その企業独自のフィランソロピーを展開させていくことは、社内の活性化につながり、他 社との厳しい競争関係において新しい企業文化を確立し、差異化を生み出すことができる とされている。またこういった活動を行うことで、地域の住民からの信頼も得て、企業の イメージが向上するばかりではなく、従業員1人1人の自社に対する意識(ロイヤリティ ー=忠誠心)も高まるというメリットを経営者は認識し、フィランソロピー活動を社会的 責任投資、経営戦略の一環として捉えるようになった。それに伴い、大企業を中心に社内 に専門部署を設置し、独立させる動きが活発になった。また、どの分野にもまんべんなく 支援するのではなく、経営理念や社風や事業の特徴などに沿って、企業としての目的や独 自性をより明確に打ち出そうとする動きも見受けられる。支援の形態は助成金などの金銭 的支援と、人材、物資、ノウハウの提供などの非金銭的支援がある。いづれにしても大切 なのは「継続して活動を行う点」と「社会のニーズに柔軟に対応した企画、その実践をす る点」 、そして「きちんと活動の情報公開をする点」である。 またフランスにおいては、以前から文化活動への資金活動が非常に活発で、例えば文 化省の予算は2400億円にものぼる程である。さらに「文化の地方分権化」も特徴と言 え、設備投資は全て政府と地方自治体との共同予算で行われていて、今後は地方自治体が 活発に文化活動を担っていくと期待されている。そのような背景の中で、民間のレベルつ まり企業による文化支援活動があまり行われてこなかった。その理由は「税制優遇措置の 不備」と「独立性」であるといわれている。2点目の「独立性」とはアソシアシオン側の 危惧である。アソシアシオンは基本的には「企業に頼らないという独自性」を維持したい という思いがあり、同時に「商業的だ」と言われるのを防ぐためでもある。そのような背 景の中で発展してきたものが、財団やスポンサリングである。このスポンサリングとは企 業が支援活動を商業、営利目的で100%広報活動であると位置づけている支援で、フラ ンス企業が優先している支援形態であった。しかし近年では、企業のフィランソロピーの 重要性も出版物などを通じて認知され、企業も従業員に対してボランティアに参加しやす い環境作りに力を入れている点も見受けられる。そこで、次章の3章ではその具体的な行 動として現在注目を浴びている「NPOやアソシアシオンと企業のコラボレーション」に ついて述べる。 ◆ 第 3 章 日 本 の N P O , フ ラ ン ス の ア ソ シ ア シ オ ン と 企 業 の パ ー ト ナ ー シ ッ プ◆ 80年代における企業とNPOの関係は「企業活動の監視、批判」を目的とした対立 関係であり、また、金銭的支援を中心とする「支える−支えられる」の関係が主であった が、バブル崩壊以降、経営活動の悪化や慈善収益の減益などを受けて、企業はより少ない 資源でより効率の良い、有効なフィランソロピーを模索する傾向が強まった。そして企業 とミッションを同じくするNPOと共に事業のパートナーシップとして提携をし、ヒト、 モノ、カネを活用し、社会の問題を積極的に解決する動きが現れた。企業はNPOの持つ 3 専門性や社会のニーズを的確に捉える先駆性、そして提携による企業価値の向上が期待で き、一方で、NPOとしては企業と提携を組むことで、確実に資金源を確保でき、かつ経 験豊富なマネジメント能力や技術を享受することができ、双方にとって有効な WIN−WIN の関係を構築することができる。 このような良好な関係を保つために、双方に求められることがある。まず、NPO側 にとっては、正確な情報公開などの「信頼のできる組織運営」そして「企業などのパート ナーに対する理解」、そして社会の問題を解決するべく新しいアイディアや方法を提示す る「ベンチャー精神」である。また、企業側にとっては「社会貢献に対する理念の明文化」 と社外はもちろん、社内に対しても「情報公開を行うこと」であるとされる。 しかしコラボレーションを行う上で「双方の情報不足」という問題点が挙げられる。 これは企業の規模が大きく、認知度が高い場合、そういった社会貢献の情報も入手しやす く交流も取りやすいが、企業の規模が小さい場合、例えば知人のツテなど、その交流は偶 発的なものとなってしまうという問題である。この解決策として NPO と企業が、過去の 活動の実績や活動内容に関する情報を共有できるようなシステム作りが考えられる。実際 にフランスにおいても Centre National du Volontariat のようなアソシアシオンが、ボランテ ィアをしたいと思う人へのボランティア情報やボランティア同士の交流と情報交換の場の 提供をしたり、そのような情報をホームページで紹介したり、社会貢献活動を積極的に行 う企業の活動情報を詳細に公開するといった活動を行っている。今後もこのような仲介的 組織が企業とアソシアシオンのマッチングを促すことが重要であると考えられる。 4
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