拡張型心筋症(DCM) 井坂 光宏 マーブル動物病院 循環器科 今回は拡張型心筋症(DCM)のことについて最新の知見も踏まえながら書いていきます。 ■ 拡張型心筋症とは れる心筋線維の波状化型の2つに分類されます。心筋 拡張型心筋症 (DCM) は、心腔拡張、心筋の収縮およ にも変化をとらえることが可能なのですが、どちらの び拡張機能障害によって特徴づけられ、ヒト、犬や猫、 型の DCM なのかを判断するには、最終的に組織検査 ハムスター、マウスなど多くの動物種に認められ、一般 が必要となります 。 線維の波状化型に関しては臨床的にも心エコー検査的 16) 7) 的には雌よりも雄に好発します 。 猫では、106 匹の突発性心筋症に罹患した猫を調査し た結果、57.5%が肥大型心筋症、20.7%が拘束型心筋症、 ■ 診断方法 10.4%が DCM で、雌雄差はなく、DCM が一番短い生 1.血中濃度・尿中濃度 18) 存期であったとの報告もあります 。また、猫の DCM 血液検査では、近年種々の物質を測定することが有 に関しては、胸部レントゲン撮影にて心拡大が認めら 効であると報告されています れた時に心エコーが DCM の種類を鑑別するのに有効で 血中 ANP や心臓トロポニン I(cTnI)は無症候性 24) 8) 、10) 。 したが、心電図検査は正確性に欠けると思われます 。 期の DCM に対し、低い感受性、特異性ですが、血中 現在、ヒトでは 24 の遺伝子の突然変異は DCM に関 BNP 濃度測定は非常に有用であることが分かってい 連すると考えられています。ドーベルマン・ピンシャー ます は DCM の好発犬種の一つで、この疾患は典型的には に有用な検査項目の一つと考えています。また、猫の 成犬で発症し、家族性の疾患という疑いも持たれてい BNP 測定も数年以内にできるのでは? と期待してい 4) ます 。また、ミトコンドリア蛋白発現と犬の特発性 12) DCM との関係 、タウリン欠乏との関係 15) などが報 10) ので、犬の BNP 測定が簡易になった今、非常 ます。 尿検査では、犬の DCM に対し、尿中のバソプレッ 告されています。 シン、コルチゾール、カテコラミンを検討した結果、 遺伝子的な背景に関しては、好発犬種(ドーベルマ 健常犬と比較し、症候性 DCM や無症候性 DCM の犬 ン、ニューファンドランド、ボクサー、グレートデン、 では血漿バソプレッシン濃度や尿コルチゾール−クレ アイリッシュ・ウルフハウンドなどの大型犬種)にお アチニン比は著明に増加しており、また、尿中バソプ いて、6つの遺伝子(心筋アクチンα【ACTC】 、シス レッシン−クレアチニン比は無症候性 DCM と比較し、 テイン−グリシン豊富蛋白3【CSRP3】 、デスミン【細 DCM では著名に増加していました。尿中エピネフリ 胞骨格:DES】 、ホスホランバン【心筋収縮調節蛋白】 、 ン−クレアチニン比、尿中ノルエピネフリン−クレアチ サルコグリカン【SGCD:細胞膜構成蛋白】 、トロポモ ニン比も DCM で著明に増加していました。しかし、 ジュリン1【TMOD:筋収縮に関与する蛋白】 )を検 血漿コルチゾール濃度、尿中ドパミン−クレアチニン 討した結果、アイリッシュ・ウルフハウンドの DCM 比には有意差はありませんでした。結論として、DCM に対する関連遺伝子である可能性は低いと報告されて の臨床ステージ分類において、これらの物質を測定す 2) いますが 、逆にこれらのいくつかの遺伝子は「関与 14) ることは有効です 。 3) する 」との報告もあり、関連遺伝子に関しては未だ 結論が出ていない状況です。 2.胸部 X 線 組織学的にはボクサーやドーベルマンの DCM で認 胸部 X 線は心臓の軽度拡大に関してはあまり有用 められる脂肪浸潤−変性型、他の犬種でおもに認めら ではありません。しかし、継続的に撮影し、その変化 ※ NJK は、みなさんで作る雑誌です。症例紹介、御質問、御意見をどしどしお寄せください。応募、質問方法は投稿フォームを御覧ください。 10 Jun 2008 を検証することで進行度を推測することが可能です。 縮や上室性期外収縮、心室性頻脈、左心室または左心 DCM の臨床病期に関しては、鬱血性心不全の診断や 房拡大、心房細動が認められます。 治療の反応を判断するのに有用ですが、ドーベルマン・ また DCM に対し、24 時間心電図を記録するホル ピンシャーの場合には心拡大をしばしば見逃すので注 ター心電図の重症度判定や、DCM に対するリスク判 意が必要です。 別などへの有用性が示されています 22) 、23) 。特にドーベ ルマンなどでは心エコー検査で異常が認められる前に 20) 3.心電図 DCM を発見できて有用との報告もあります 。簡単 心電図は不整脈を発見するのに有効です。しかし! な指標としては、24 時間で 100 個以上の心室性期外収 正常な心電図所見だからといって DCM に罹患してい 縮がある場合には DCM や不整脈源性右室心筋症が疑 ないとは言えないので注意が必要です。DCM に関し われます。ちなみに、24 時間で 50 ∼ 100 個の心室性 ては無症候期に対して非常に有用で、特に好発犬種で 期外収縮がある場合には、2∼6カ月後にもう一度ホ は必須です。 ルター心電図検査を行うことが良いと思います。 主な基準として、 また、心拍変動(HRV)はドーベルマン・ピンシャー 1)ドーベルマンやボクサーで、一つまたはそれ以上 の DCM に対し、心エコー検査や、ホルター心電図、通 の心室性期外収縮があること(ちなみに、 ボクサー 常の心電図から得られる左心室機能障害や突然死の可能 では左脚ブロックを伴った場合は不整脈源性右室 性に対し、新たな情報を与える事はできません 。 21) 心筋症を疑います) 2)左心室または左心房拡大 4.エコー所見 3)アイリッシュ・ウルフハウンドでは心房細動が初期所見 心エコー検査はどのような心臓病に対しても器質的 などがあります。症候性期に対しては、心室性期外収 変化、血行動態変化などをとらえることができる大変 図1.心電図 上の2枚が軽度僧房弁閉鎖不全症。 下の2枚が拡張型心筋症。 下の2枚に、心房細動・心室性期外 収縮が認められます。 ※ NJK は、みなさんで作る雑誌です。症例紹介、御質問、御意見をどしどしお寄せください。応募、質問方法は投稿フォームを御覧ください。 Jun 2008 11 動きがよい! 壁厚が正常! 動きが悪い! 壁厚が薄い! 図2.心エコー(左心室壁)。正常(左)と DCM(右)。 EPSS が短い! EPSS が長い! 図3.心エコー(EPSS)。正常(左)と DCM(右)。 13) 有用な検査です 。しかし、DCM の初期段階では多 以外にも組織ドップラーやストレイン心エコーにより犬 数の心室性不整脈があっても多くの犬が心エコー検査 の DCM を早期に発見できることも分かっています 。 では正常と判断されますので、注意が必要です。一般 また、DCM に罹患したドーベルマンでは中等度または 的に DCM になると、 重度の拡張機能障害も存在することも分かっています 。 6) 9) 1)中等度〜重度の左心室拡大や心房拡大 2)左心室壁と心室中隔の収縮力が悪くなる(左心室 短軸像:乳頭筋レベル:図2) 5.その他 甲状腺機能低下症は高齢犬の DCM で高率に合併し 3)弁輪拡大による僧帽弁逆流 ていますので、必ず測定した方が良いかと思います。 4)大動脈血流速度の減少 また、タウリン欠乏はアメリカン・コッカースパニエ 5)僧帽弁 E 点心室中隔間距離:EPSS(正常では6mm ル、ダルメシアン、ラブラドール・レトリバー、ゴー 以下)の拡大(左心室短軸像:僧帽弁レベル:図3) ルデン・レトリバーなどの DCM に関与している可能 などが認められます。但し、EPSS など僧帽弁の影響や、 性が示唆されていますので、可能であれば測定するか、 左房から左室への血流の状態、圧などに大きく左右さ このような犬種の DCM に対してはタウリンも投薬し れるため、正確には収縮能を反映しえないのでは? た方が無難だと思います。犬の DCM に対するL−カル と思いますので、個人的には EPSS のみで診断するこ ニチンに関しても報告がありますが、血漿濃度が心筋 とはしない方が良いかと思います。無症候性の DCM 濃度を反映しているわけではなく、L−カルニチン欠 に対する診断基準は各本に記載してありますのでご参 乏が犬の DCM の直接的な原因ではありません。ただ、 考にして頂ければと思います。 タウリン欠乏が認められる時にはL−カルニチン濃度 最近では、通常の心エコー(M・Bモード、ドップラー) も減少していることがありますので、注意が必要です。 ※ NJK は、みなさんで作る雑誌です。症例紹介、御質問、御意見をどしどしお寄せください。応募、質問方法は投稿フォームを御覧ください。 12 Jun 2008 ■ 治療法 ではこれらの栄養素の欠乏が認められ、補充してあげる DCM に対する3大治療薬は、利尿剤、強心剤、そし 一方で DCM と診断された犬の多くでタウリンやカルニ て血管拡張剤です。 チン欠乏は認められていませんが、これらの物質の補充 利尿剤にはフロセミド、トラセミド、スピロノラク は有用であると考える研究者もいます 。つまり、治療 トンなどがありますが、単独投与は組織レニンアンジ としてこれらの栄養素を補充することで延命効果がある オテンシン系を活性化させますので、必ずアンジオテ か否かの結論は出ていませんが、補助療法としてこれら ンシン変換酵素阻害薬を併用します。また DCM は収 の栄養素を補充により改善するかもしれません。 縮力が低下しておりますので、陽性変力効果のあるジ 将来的には、DCM に対し、バソプレッシン受容体 ゴキシン、ホスホジエステラーゼ阻害薬、カルシウム 遮断薬やβ受容体遮断薬を使用することが可能 感受性増強作用のあるピモベンダンなども使用しま 唆している報告もありますので、期待しています。 ことで著明に心機能が改善することが分かっています。 11) 14) と示 す。陽性変力効果としては、ジゴキシンは比較的弱い ですし、緊急用としては使用できませんが、心房細動 ■その他の治療 が認められる時に非常に有用です。 獣医学領域では DCM に対する治療法は主に内科療 次に、静脈の血管拡張を促すことで前負荷を軽減し、 法ですが、人医学領域では外科的な治療法もありま 動脈の血管拡張を促すことで後負荷を軽減する目的 す。基本的に DCM への外科的治療は心臓移植なので で、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬を併用 すが 、提供者などの問題もありすぐに心臓移植を します。ACE 阻害薬は比較的軽度の動脈の血管拡張を する事は困難なのが実情です。そこで、心臓移植ま させますが、DCM に罹患した子の生存期間を延長す でのつなぎ手術として、心筋の外側を切り取って縫 ることや QOL を改善することが分かっています。 い縮めるバチスタ手術 最後に不整脈薬に関してですが、抗不整脈薬による 悪い場合に用いるドール手術などもあります 。ま 治療により DCM による突然死を減少させたという報 た、overlapping cardiac volume reduction operation 告もあります 17) 27) 28) が有名ですが、心臓中隔が 26) ので、不整脈が認められた時には抗 (OLCVR)法という新しい方法もあります。バチス 不整脈薬も使用します。ちなみに、一般的なフロセミ タ手術では動きの悪い領域を切除し、心筋を縫合する ド、エナラプリル、ジゴキシンで治療されているイン のですが、この方法は切開し、心筋を重ねて縫合する グリッシュ・コッカースパニエルとドーベルマン・ピ という方法です 。ひーさん自身この方法を提案し ンシャーの DCM に対するピモベンダン(0.3 ∼ 0.6 た先生と一緒に行いましたが、非常に良いな∼という mg/kg body weight/d)の有効性を検討した結果、ピ 印象でした。将来的にこのような手術方法も犬や猫の モベンダンを加えることで心不全クラスを著明に改善 DCM に対し施行できればな∼と思います。 25) し、コッカースパニエルに対しては生存率を上昇する 事はできませんでしたが、ピモベンダンを加えること ■予 後 でドーベルマンでは著明に生存期間が延長したという 突然死に関しては無症候性期においてドーベルマ 19) もあり、ドーベルマンの DCM に対し、一般的 ン・ピンシャーやボクサーでは起こりえます。欝血性 な3薬に加え、ピモベンダンを加えることは非常に有 心不全のような臨床症状がある場合には長期生存は困 用であると思います。 難で、また種々の研究から得られた生存期間等を比較 他の一般的な治療薬に関しては省略させていただき することは非常に難しいと思います。一般的には中央 ますが、近年心不全に対するβ遮断薬の使用効果によ 生存期間がドーベルマンでは3∼4カ月、他の犬種で る報告、DCM に対するカルベジロールの報告がありま は5∼6カ月です。また1年生存率は 10 ∼ 15%です。 した。カルベジロール(0.3mg/kg q12h)は心エコー検 特に、心房細動、両室性欝血性心不全、発症までが若 報告 1) 査項目、神経内分泌系項目に対し、有効ではなかった 齢(5歳未満)の場合には予後が非常に悪いことが分 と昨年報告されました。また、DCM に対する可能性の かっています。 ある新しい治療法として、07 年に発表された顆粒球コ いかがでしたでしょうか? DCM は欧米と比較し ロニー刺激因子(G-CSF; 10μg/kg, 皮下投与)があり、 日本では大型犬種の人気が少ないため、比較的遭遇す 5) その有効性が示されています 。 る機会の少ない疾患だと思いますが、このような子を さらに、前述のように、犬への新しい治療戦略として 診た場合にお役に立てればと思います。 タウリンとカルニチンがあります。DCM に罹患した犬 ※ NJK は、みなさんで作る雑誌です。症例紹介、御質問、御意見をどしどしお寄せください。応募、質問方法は投稿フォームを御覧ください。 Jun 2008 13 【参考文献】 1)Oyama MA, Sisson DD, Prosek R, et al. Carvedilol in dogs with dilated cardiomyopathy. J Vet Intern Med. 21: 1272-1279, 2007. 2)Philipp U, Vollmar A, Distl O. Evaluation of six candidate genes for dilated cardiomyopathy in Irish wolfhounds. Anim Genet. 39: 88-89, 2008. 3)Wiersma AC, Leegwater PA, van Oost BA, et al. Canine candidate genes for dilated cardiomyopathy: annotation of and polymorphic markers for 14 genes. BMC Vet Res. 19; 3: 28, 2007. 4)Meurs KM, Fox PR, Norgard M, Spier AW, Lamb A, Koplitz SL, Baumwart RD. A prospective genetic evaluation of familial dilated cardiomyopathy in the Doberman pinscher. J Vet Intern Med. 21: 1016-1020, 2007. 5)Park C, Yoo JH, Jeon HW, et al. 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J Card Surg. 20: S5-S11, 2005. 井坂 光宏(いさか・みつひろ:通称“ひーさん”) 酪農学園大学卒業し、研修医・研究生を経てアニマル動物病院にて臨時勤務医。 同時に北海道大学大循環器外科(医学)にて医学博士を取得。アーカンソー子供病院小児心臓外科に所属。 2008 年2月よりマーブル動物病院勤務。 循環器以外にも一般外来、避妊・去勢から一般外科、整形外科、神経外科まで行いながら楽しく働いております。話は変わって、今年、 ECVIM に演題を提出しましたが、採用されるのでしょうか?ドキドキです…。今回は、同僚との写真です(決して宣伝ではありません: 笑)。左から、荒瀬先生(皮膚)、尾上先生(整形)、ひーさん、伊藤先生(腫瘍)です。ご覧のように、美女に囲まれて働いております(笑)。 ※ NJK は、みなさんで作る雑誌です。症例紹介、御質問、御意見をどしどしお寄せください。応募、質問方法は投稿フォームを御覧ください。 14 Jun 2008
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