日本金属学会誌 第 79 巻 第 11 号(2015)555 561 特集「熱電材料研究の新展開~新しい物性解析技術と新材料~」 オーバービュー(解説論文) フォノニック結晶によるフォノン輸送制御と 熱電材料への応用 野村政宏 東京大学生産技術研究所 J. Japan Inst. Met. Mater. Vol. 79, No. 11 (2015), pp. 555 561 Special Issue on Progresses in the Development of Thermoelectric Materials: New Analyses and New Materials 2015 The Japan Institute of Metals and Materials OVERVIEW Control of Phonon Transport by Phononic Crystals and Application to Thermoelectric Materials Masahiro Nomura Institute of Industrial Science, The University of Tokyo, Tokyo 1538505 Phonon transport and thermodynamic properties of nanostructured materials have been investigated and utilized to improve thermoelectric performance for various materials. In nanostructures, phonon transport is completely different from that in bulk materials and results in dramatic enhancement in the thermoelectric performance. This article reviews the impact of nanostructuring on the phonon transport and mainly focuses on phononic crystal nanostructures, in which the wave nature of phonons also plays an important role. We demonstrate that it is important to efficiently scatter thermal phonons, which distribute to wide range of frequencies, with different phonon scattering mechanisms in the spatial domain. We also demonstrate an enhancement of thermoelectric property of polycrystalline thin films by phononic crystal patterning. [doi:10.2320/jinstmet.JA201504] (Received April 28, 2015; Accepted July 15, 2015; Published November 1, 2015) Keywords: phonon transport, phononics, phononic crystal, thermoelectrics 導率と電気伝導率の比が温度に依存するという 1. 緒 言 WiedemannFranz law の制約から解き放たれることを意味 している19) .これまでに,もともとバルクでも高い熱電変 一般的に,固体における熱伝導現象は十分に大きく均質な 換の性能指数 ZT を有する材料はもちろんのこと,ZT は極 材料を想定したものであり熱拡散として扱われる.熱キャリ めて低いが無害で安価な材料についてもナノ構造化が行わ アは,電子もしくは格子振動の量子であるフォノンであり, れ,多岐にわたる材料について高い ZT 値が報告されている. 金属中では電子が,半導体ではフォノンが主な熱キャリアと Fig. 1 に,これまでに報告されているいくつかの系の透過型 なる.ナノ構造においては,系のサイズがキャリアの平均自 電子顕微鏡(TEM)像または走査型電子顕微鏡(SEM)像を示 由行程(MFP )と同等になるため,熱伝導現象は拡散過程で す.格子熱伝導率を変化させる要素としては,Fig. 2 に示す は記述されず現象の正確な理解のためにはフォノンの弾道的 ように,不純物散乱,表面・界面散乱,フォノンフォノン 輸送を考慮することが必要である.フォノンの弾道的輸送お 散乱といった粒子的描像で記述されるインコヒーレントな散 よび構造による散乱に起因する特徴的なフォノン輸送は,原 乱過程によるものと,音響波に対して周期的な構造である 子スケールのカーボンナノチューブ1) とグラフェン2),半導 PnC 構造によるフォノンの波動性に基づいたコヒーレント 体超格子構造3,4),ナノ粒子内包構造5,6),多孔質構造7,8),ナ な過程によるものに分類できる.前者は,古典的な輸送理論 ノワイヤー9),フォノニック結晶(PnC)構造1015)などの様々 の基礎となるボルツマン輸送方程式(Fig. 2 内)に,散乱過程 な構造で報告されている16) .ナノ構造においては系に依存 を緩和近似で取り込む際に重要な緩和時間 t として,現象解 した熱伝導が起こるため,ある材料に様々な熱伝導率をもつ 析に用いられる.ここで,f はフォノンの分布関数で,f0 は 部分をモノリシックに作製することが可能になる.また,ナ 平衡時の分布関数,v は速度ベクトルである.一方,後者は ノ構造化によって材料固有の熱伝導率を著しく低減すること 形状や材料の密度,ヤング率の周期構造に対して, Floquet が可能になるため,熱電変換材料開発にも新しい選択肢を与 条件の下で有限要素法を用いてフォノニックバンド構造と群 えている17,18).電子とフォノンの平均自由行程の長さの違い 速度を計算し,フォノン輸送解析を行う.流体力学で用いら を利用して,電気伝導率をそれほど損なわずに熱伝導率を劇 れるクヌッセン数と同様に,熱輸送特性も系の特徴的長さと 的に下げるアプローチも可能になった.これは,電荷と熱キ フォノンの平均自由行程の兼ね合いで議論が異なる. ャリアの違いを際立たせる加工によって,金属において熱伝 本稿では,準弾道的フォノン輸送およびフォノンの波動的 556 日 本 金 属 学 会 誌(2015) 第 79 巻 Fig. 1 (a) ZT values for various thermoelectric materials.17) (b) SEM image of nanoporous BiSbTe,8) (c) TEM image of Si nanowire,9) and (d) SEM image of twodimensional Si phononic crystal nanostructure. Fig. 2 Summary of coherent and incoherent phonon transport phenomena in a PnC nanostructure. 特性が現れる好例である, Si PnC ナノ構造における熱伝導 パルス光過熱した後の温度変化を時間分解測定で追跡してシ にスポットライトをあて,フォノンの粒子的・波動的側面か ミュレーションとあわせて熱伝導率を得る測定手法であ ら述べる.また,熱フォノンのマルチスケール特性を考慮に る20) .金属は光を加熱用のエネルギーに変え,温度変化を 入れて設計された多結晶 Si マルチスケール構造における熱 反射率変化として光検出するためのトランスデューサーの役 伝導制御と熱電変換特性の向上について述べる. 割をする. 本研究では, Fig. 3 ( a )に模式的に示すようにマイクロス 実 験 2. 2.1 方 法 マイクロサーモリフレクタンス法 ケールの系に適用できるよう集光し,試料構造も工夫した. SOI ウェハの活性層の Si をエアブリッジ状にし,中央の Al 薄膜を有する Si アイランドを測定対象によって四方から支 メソスケール材料の熱伝導測定には,一般的に電気的手法 持させる構造を形成する.本構造では,測定対象の構造のみ が用いられている.本手法は,小さな温度変化で熱伝導率を を通じて熱散逸が起こるため,金属反射率の時間発展をシミ 計測可能であるという利点はあるが,試料作製に手間がかか ュレーションと合わせることで,高精度で熱伝導率を求める りフットプリントも大きくスループットが低くなる.我々 ことができる.励起用とプローブ用光源の波長は,それぞれ は,様々な PnC 構造に対して測定を行う必要があるため, 642 nm と 785 nm であり,集光スポットの直径は約 0.7 mm 光学的手法による高いスループットを持つマイクロサーモリ である.プローブ光の波長は Al の単位温度変化あたりの反 フレクタンス法を開発した.時間領域サーモリフレクタンス 射率変化であるサーモリフレクタンス係数が大きくとれるよ 法( TDTR )は,測定対象とする薄膜材料に金属を蒸着し, う選択し,その値は約 0.014 / K である.熱伝導率は温度 第 11 号 フォノニック結晶によるフォノン輸送制御と熱電材料への応用 557 Fig. 3 (a) Schematic of the mTDTR measurement and crosssection of the sample structure. (b) Temporal evolution of the TDTR signals for an unpatterned membrane and PnCs with r=73, 115, and 126 nm. Fig. 4 (a) SEM image of the whole suspended Si structure with 2D PnC nanostructures. (b) Calculated phononic band diagram for the square lattice (a=300 nm, r=135 nm) and heat flux spectra for an unpatterned thin film and the 2D PnC nanostructure. 依存であるため,過熱による PnC 部分の温度上昇は可能な ノ構造からの TDTR 信号(ドット)とシミュレーションカー 限り小さくすることが望ましい.本実験では温度上昇が 2 ブ(実線)であり,極めてよい再現性を与えている. 度以下になるようポンプ光のパワーを調整し,その温度上昇 範囲では熱伝導率が不変であることを確認している.また, 2.2 熱散逸チャネルを測定対象構造のみにするため測定は真空中 で行った. 試料作製 市販の SOI 基板または LPCVD 法を用いて作製したウェ ハを用いて, Fig. 4 ( a )に示すようなマイクロサーモリフレ シミュレーションは有限要素法を用いて行い,測定対象の クタンス法による PnC ナノ構造の熱伝導率測定に必要なエ ナノ構造は SEM により寸法を正確に把握した上で測定した アブリッジ構造を作製した.単結晶 Si PnC ナノ構造は,活 構造と同様の構造でシミュレーションを行った.熱伝導率 k 性層の厚みが 145 nm で埋め込み酸化膜層の厚さは 1 mm で のみを変数として上記に述べた手法により測定された あり,多結晶 Si PnC ナノ構造は,厚さ 1.5 mm の SiO2 膜上 TDTR 信号と比較することで最適な熱伝導率を導出した. に LPCVD 法で成長した厚さ 143 nm の多結晶 Si 薄膜を有 取り込んだ物理モデルは,式( 1 )のように伝熱のみである するシリコン基板上に,電子線描画装置やドライエッチング ため表面散乱による熱伝導低減の効果はナノ構造全体の実効 装置などを用いて作製した.中心部に 5 mm 角の加工を施し 的な熱伝導率として均一に反映される. ていない Si アイランドがあり,その上に 4 mm 角で厚さ rCp &T -kDT=Q(t ) &t (1) 材料は Si 単結晶で, r は密度 2329 kg / m3 , Cp は定圧比熱 125 nm の Al が蒸着されている.そのアイランドは 2 箇所 の PnC ナノ構造によって四方向からの支持によってエアブ リッジ構造になっている. 700 J/kg・K, Q(t )[W/m3]は加熱光パルスによって与えられ る時間依存の単位体積あたりの熱量である.実験と同様に, 時刻 t=0~500 ns の間 Al パッドにエネルギーをガウス分布 で与えた.熱拡散の様子を測定対象の熱伝導率をパラメータ 結果および考察 3. 3.1 マルチスケール構造による熱伝導制御 としてシミュレートし, Al パッドの表面温度の時間変化を フォノンは,ボーズ・アインシュタイン分布に従って周波 実験結果と比較することで最小二乗法により熱伝導率を決定 数分布をしており,室温では MHz 程度から THz 領域に達 した. Fig. 3 ( b )は,次のセクションで紹介する 2D PnC ナ している.これらのフォノンのうち,どの周波数帯のフォノ 558 日 本 金 属 学 会 誌(2015) 第 79 巻 ンが主に熱伝導に寄与するかは自明ではない.熱電変換材料 PnC ナノ構造によって,バルク中では MFP が 100 nm 程 開発を念頭において熱伝導率の低減を狙う場合,分布する周 度以上のフォノンモードを散乱することができるが, MFP 波数帯に合わせてフォノン散乱機構を導入することが効果的 が 100 nm 程度以下の熱フォノンには大きな影響がない.し である. Biswas らは, PbTe にスケールの異なる 3 つの構 たがって,数十 nm の領域に分布する結晶粒径をもつ多結晶 造を導入することで波長の異なるフォノンを広周波数領域に 薄膜を用いれば,短い MFP をもつ熱フォノンを効率的に散 わたって効率よく散乱させて ZT の飛躍的な向上を報告し 乱することが有効であると思われる.定性的な議論ではある た21) .彼らはこれを all scale hierarchical 構造と呼んでい が,Fig. 5 中に破線で示したように MFP=100 nm 程度を目 る.この考え方は Si にも適用可能であると考えられるが, 安として,散乱スケールの異なる粒界散乱と PnC ナノ構造 Si では PbTe と全く異なる熱フォノン分布になるため,累 による表面散乱によって広い MFP 領域に分布する熱フォノ 積熱伝導率に基づいた考え方で設計指針を立てることができ ンをマルチスケールでカバーすると考えられる. る. Fig. 5 は, Si における 300 K での累積熱伝導率と熱フ Fig. 6( a )は, LPCVD 法により成長したノンドープ Si の ォノンの MFP に対する分布を示したものである22).累積熱 表面の透過型電子顕微鏡像とそれを解析した粒径分布図であ 伝導率は,横軸をフォノンの MFP に対してプロットされ, る.625 度で成長することにより狙いどおり粒径 100 nm 以 それ以下の MFP を持つフォノンによる熱伝導率への寄与率 下に広く分布する多結晶薄膜を成長できた. PnC ナノ構造 を足しあげたものである.例えば,MFP=1 mm において累 による熱伝導率の低減を単結晶と多結晶 Si 薄膜で比べるこ 積熱伝導率は約 0.5 であるが,熱の半分は MFP が 1 mm 以 とにより, Si におけるマルチスケール構造が有効であるか 下のフォノンによって運ばれていることを意味する.そし どうかを議論する.Fig. 6(b)に単結晶および多結晶 Si 薄膜 て,図中の熱フォノン密度(破線)が高く,累積熱伝導率(実 およびそれらに様々な円孔半径を有する PnC ナノ構造の熱 線)が急激に立ち上がる 100 nm から 10 mm の MFP 領域が 伝導率を示す.図中で r = 0 nm のデータは薄膜値である. 主な熱フォノンが分布する領域であり,散乱機構を導入すべ 半径の増加とともに減少するが,これは隣り合う円孔側壁間 きターゲットである. の最短距離(a-2r )で定義されるネック幅が狭まるにつれ, フォノンの表面散乱頻度が急激に増大するためで,ネック効 果と呼ばれている7).PnC ナノ構造のパターニングが熱伝導 率に及ぼす影響を r = 100 nm のところで薄膜値と比較する と,単結晶では 75~ 38 W m-1 K-1 と 49 の減少を示し, 多結晶では 10.5 ~ 4.3 W m-1 K-1 と 59の減少を示した. この実験結果には再現性があり実験誤差も 3程度であるた め, 10 程度ではあるが熱フォノン分布を考慮して設計し たマルチスケール構造が効果的な熱伝導制御を実現している ことが示されている23).Fig. 6(b)において,薄膜値は r=50 ~100 nm の領域の熱伝導率を r=0 nm に外挿した値よりも 明らかに大きな値をとっている.この不連続な熱伝導率の減 少はフォノンの表面散乱の違いで理解できる.薄膜ではフォ ノン散乱を引き起こす表面が熱伝導の方向と平行であるが, PnC ナノ構造は熱伝導の方向と垂直な円孔側壁を導入する Fig. 5 Cumulative thermal conductivity plotted as a function of phonon MFP. Vertical broken lines represent thermal phonon density at each MFP. ため,フォノンの後方散乱を強く引き起こすためであると考 えられる.また,r>115 nm の領域で多結晶には大きな変化 がなく一定の減少が見られる一方で,単結晶については急激 Fig. 6 (a) Histogram of the grain size measured on the surface and TEM image of the sample (inset). (b) Thermal conductivities for singlecrystalline and polycrystalline Si PnC with a variety of radii. The broken horizontal lines represent the value for each crystal type membrane. 11 第 号 フォノニック結晶によるフォノン輸送制御と熱電材料への応用 559 な熱伝導率の減少がみられる.この領域ではネック幅が膜厚 TH は高温熱源の温度, TC は低温熱源の温度で T は平均温 の 145 nm に比べて著しく狭くなるため,単結晶中ではネッ 度である.第一項はカルノー効率で,その上限が決定される ク幅が熱伝導率を決定するためである.一方,多結晶では数 ことを示す.大きな ZT を実現するアプローチとして,分子 十 nm の結晶粒の界面における界面散乱が熱伝導率を決定し 構造やフェルミ面近傍の状態密度の検討によりパワーファク ているため,急激な減少はさらにネック幅が狭くなってから ター S 2s の増大を狙う電子論的なものと,フォノン輸送制 生じると考えられる. 御により格子熱伝導率の低減を狙う構造論的なものがあり, 本稿では,熱電変換応用を念頭において室温での測定に限 長年にわたって様々な材料系,構造を用いた取り組みがなさ 定して話を進めるため,フォノニック結晶の面白みが発揮さ れてきている.ナノに立脚した高性能な熱電変換材料設計指 れる周期構造によるフォノンの波動性に基づいたフォノン輸 針に関しては,多数の包括的な説明を行っている論文があ 送制御はあらわには見えてこないが,十分な低温環境下では る28). 観測可能である.Fig. 4(b)に周期 a=300 nm,円孔半径 r= 我々は,ドープした多結晶 Si 薄膜に PnC ナノ構造をパ 135 nm の正方格子をもつ 2D PnC ナノ構造におけるフォノ ターニングすることで,どの程度の性能向上が可能かを調べ ニックバンド図と熱流束スペクトルを計算した結果を示す. た.Fig. 7(a)~(d)は,それぞれ電気および熱伝導率を測定 バンド図は,人工周期構造の導入によりバルク Si と大きく するために作製した 2D PnC ナノ構造の SEM 写真と断面模 異なってくる.ブリルアンゾーンの運動量 k が小さいところ 式図である. p 型および n 型のドーパントは B と P であ に対称点が設けられるためバンドの折り返し効果( band り,キャリア濃度は約 2× 1020 cm-3 と 8× 1020 cm-3,膜厚 folding effect)が発生し,有限寸法のため多数の振動モード は 149 nm と 145 nm である.詳しい成長条件は文献 29 )で が周波数を埋めつくしている.適切に設計するとモードが疎 述べられている.電気測定用の試料は SiO2 上に 2D PnC ナ である基本振動モード周波数近傍に完全バンドギャップを開 ノ構造を形成し,四端子測定法に用いる Al 電極を蒸着し けることが可能で,本構造では 10 GHz 程度に存在する.バ た.断面模式図を Fig. 7(b)に示す.熱伝導測定用試料は上 ンドギャップに含まれる周波数のフォノンは,すべての方向 記と同様の構造である. について伝播が禁止される.高対称点近傍では群速度の低下 Fig. 8 に, p 型および n 型の多結晶 Si 2D PnC ナノ構造 がみられ,熱流束に反映される.Fig. 4(b)の右図において, の四端子測定法およびマイクロサーモリフレクタンス法で測 PnC ナノ構造では円孔のない薄膜(灰色)と比べて明らかに 定された電気伝導率と熱伝導率を示す.電気伝導率も熱伝導 低い熱流束を示すことがわかる.周波数が高くなるほど熱流 率と同様に円孔半径の増大とともに減少する傾向にあるが, 束の違いは顕著になるため,高温では大きな熱伝導率の低減 熱伝導率と異なって減少率が緩やかであることと,薄膜値か が可能になると期待されるが,実際は温度上昇によってイン らの不連続な減少が見られないことがわかる.これは,電荷 コヒーレントな散乱の頻度が増加してフォノンの MFP が短 の MFP がフォノンのそれよりも 1 桁程度短く,PnC ナノ構 くなることや,熱フォノンの波長が短くなることによって表 造による表面散乱の影響が少ないためである.ゼーベック係 面粗さに敏感になるなどの要因で波動性は薄れ,バンドの折 数 は , p 型 , n 型 試 料 に つ い てそ れ ぞ れ 240 mV / K, - 81 り返し効果は消失する.フォノンの波動性に基づく熱輸送制 mV/K であり30),これらの値を用いて ZT の値を計算した結 御の概念は古くからあるが,熱フォノンの波長が極めて短い 果を Fig. 8( c )に示す.円孔の増大にともなって ZT の値は こと(室温では 1 nm 程度)や,その検出が非常に困難なため 増加することがわかり,r=110 nm の構造で,p 型は約 2 倍, 挑戦的なテーマであり続けてきた.しかし,近年になって n 型は約 4 倍の性能指数の増大がみられた.これは,本構造 100 mK 程度の極低温環境で,その実現を示唆する報告があ が電気伝導率に比べて熱伝導率を著しく低下させた結果であ り12),我々は 4 K で PnC ナノ構造の結晶性を操作すること り,電荷とフォノンの MFP の違いを際立たせる構造寸法で で熱伝導率のチューニングに成功するなど24) ,研究が進展 している. 3.2 ナノ構造化による熱電変換能の向上 Si はバルクでは熱電変換材料として魅力的ではないが, 環境負荷が低く豊富に存在し,マイクロエレクトロニクスと 整合性がよいなどの利点から,ナノ構造化によって熱電変換 能を飛躍的に向上させ熱電変換材料として応用する試みは数 多い. MEMS および CMOS 技術によって多結晶 Si 薄膜を 材料としてデバイスが作製され,熱電変換特性が報告されて いる2527). 熱電変換材料の性能指数 ZT は S2sT/k で表される.ここ で,S はゼーベック係数,s は電気伝導率,T は温度,k は 熱伝導率であり,次式で簡易的に変換効率 h と結びつく. h= T H- T C 1+ZT-1 ・ TH 1+ZT+TC/TH (2) Fig. 7 SEM image and schematic of the cross section of (a) (b) Si PnC nanostructures (a=300 nm and r=110 nm) for the four probe measurement, and (c)(d) entire suspended Si microstructures supported by Si PnC nanostructures with circular holes aligned as a square lattice (a=300 nm and r=111 nm) for thermal conductivity measurement. 560 日 本 金 属 学 会 誌(2015) 第 79 巻 Fig. 8 Measured electrical conductivities (a) and thermal conductivities (b), and calculated ZT values (c) for the pdoped and ndoped polycrystalline Si PnC nanostructures with a variety of hole radii at 295 K. あることを示している.ネック幅を狭くすることで ZT の値 本稿の内容は,東京大学の Jeremie Maire ,鹿毛雄太, はさらに上昇すると考えられるが,電荷の MFP と同程度に Roman Anufriev,フライブルク大学の Oliver Paul, Dominik なる r>140 nm 以降では,ZT の伸び止まりと電気抵抗の増 Moser の各氏とともに行った研究である.また,東京大学 大が生じるため,最適な円孔半径値が存在すると考えられる. の平川一彦氏と塩見淳一郎氏には有益な議論を頂戴し,荒川 熱電変換デバイスは,温度が外界と異なる物体表面に貼り 泰彦氏には技術的支援を頂戴し深く感謝申し上げる.本研究 付けて使用することが多いため,面に垂直な方向に電流と熱 は,文部科学省イノベーションシステム整備事業,科学研究 流が生じるような構成になる.しかし,紹介した構造では面 費補助金( 25709090 )(一財)生産技術研究奨励会および前田 内に電流と熱流が生じる構成となっているため,デバイスの 建設の支援により遂行された. 作製には一工夫必要である.これまでに, CMOS および MEMS 技術を使って面内方向に温度差を生じさせる構造を ウェハ上に作製し,約 10 K の温度差で 1 mW cm -2 示すように 900 度程度で最も性能を発揮する材料である. 室温ではその 10程度の性能でしかなく,BiTe などの最高 性能を示す材料と比較した場合まだまだ物足りない.しか し,スマート社会化に貢献するワイヤレスセンサーネット ワークの構築に必要なエネルギーハーベスタとしての応用を 考えた場合,マイクロセンサーの駆動に十分であり,キャパ シターと組み合わせることによって 1 日に数回程度駆動で きれば十分な用途は数多くある. 1 mW cm-2 程度の発電量 を有するこのデバイスは,その要請に応えることができ低環 境負荷で安価であるため,有用な熱電変換材料開発の選択肢 の 1 つであると考えられる. 結 言 90 年代以降のナノ構造形成技術の向上は,熱電材料開発 に新しい方向性をもたらした.ナノ構造における熱輸送は複 雑なため,今日でも未解明な部分が多く研究の進展が望まれ ている.低環境負荷で高い熱電変換能をもった熱電変換材料 の開発は,スマート社会化や環境・エネルギー問題の解決に 寄与する.本稿では,その取り組みのひとつとして,多結晶 Si PnC ナノ構造における熱伝導の物理と熱電変換特性につ いて紹介した.効果的な熱伝導制御には広域に分散する熱フ ォノンへの対応が重要であり,スケールの異なるフォノン散 乱機構を有するマルチスケール階層構造が有効であること, また, PnC ナノ構造化によって ZT の値が 3 倍程度向上す ることを実証した. 献 の発電 が可能であることが報告されている2527).Si は Fig. 1(a)に 4. 文 1) J. Hone, B. Batlogg, Z. Benes and A. T. Johnson: Science 289 (2000) 1730. 2) J. H. Seol, I. Jo, A. L. Moore, L. Lindsay, Z. H. Aitken, M. T. Pettes, X. Li, Z. Yao, R. Huang, D. Broido, N. Mingo, R. S. Ruoff and L. Shi: Science 328(2010) 213. 3) Narayanamurti: Phys. Rev. Lett. 43(1979) 2012. 4) M. N. Luckyanova, J. Garg, K. Esfarjani, A. Jandl, M. T. Bulsara, A. J. Schmidt, A. J. Minnich, S. Chen, M. S. Dresselhaus, Z. Ren, E. A. Fitzgerald and G. Chen: Science 338 (2012) 936. 5) D. M. Rowe, V. S. Shukla and N. Savvides: Nature 290(1981) 765. 6) Y. Nakamura, M. Isogawa and T. Ueda: Nano Energy 12(2014) 845. 7) J. Tang, H.T. Wang, D. H. Lee, M. Fardy, Z. Huo, T. P. Russell and P. Yang: Nano Lett. 10(2010) 4279. 8) M. Kashiwagi, S. Hirata, K. Harada, Y. Zheng, K. Miyazaki, M. Yahiro and C. Adachi: Appl. Phys. Lett. 98(2011) 023114. 9) A. I. Hochbaum, R. Chen, R. D. Delgado, W. Liang, E. C. Garnett, M. Najarian, A. Majumdar and P. Yang: Nature 451 (2008) 163. 10) J.K. Yu, S. Mitrovic, D. Tham, J. Varghese and J. R. Heath: Nat. Nanotechnol. 5(2010) 718. 11) P. E. Hopkins, C. M. Reinke, M. F. Su, R. H. Olsson, E. A Shaner, Z. C. Leseman, J. R. Serrano, L. M. Phinney and I. El Kady: Nano Lett. 11(2011) 107. 12) N. Zen, T. A. Puurtinen, T. J. Isotalo, S. Chaudhuri and I. J. Maasilta: Nat. Commun. 5(2014) 1. 13) J. Maire and M. Nomura: Jpn. J. Appl. Phys. 53(2014) 06JE09. 14) M. Nomura, J. Nakagawa, Y. Kage, J. Maire, D. Moser and O. Paul: Appl. Phys. Lett. 106(2015) 143102. 15) M. Nomura and J. Maire: J. Electron. Mat. 44(2014) 1426. 16) L. Shi: Nanoscale Microscale Thermophys. Eng. 16(2012) 79. 17) A. Minnich, M. S. Dresselhaus, Z. F. Ren and G. Chen: Energy Environ. Sci. 2(2009) 466. 18) C. J. Vineis, A. Shakouri, A. Majumdar and M. G. Kanatzidis: Adv. Mater. 22(2010) 3970. 19) M. S. Dresselhaus, G. Chen, M. Y. Tang, R. G. Yang, H. Lee, D. Z. Wang, Z. F. Ren, J.P. Fleurial and P. Gogna: Adv. Mater. 19 (2007) 1043. 20) D. G. Cahill: Rev. Sci. Instrum. 75(2004) 5119. 第 11 号 フォノニック結晶によるフォノン輸送制御と熱電材料への応用 21) K. Biswas, J. He, I. D. Blum, C.I. Wu, T. P. Hogan, D. N. Seidman, V. P. Dravid and M. G. Kanatzidis: Nature 489(2012) 414. 22) E. Dechaumphai and R. Chen: J. Appl. Phys. 111(2012) 073508. 23) M. Nomura, Y. Kage, J. Nakagawa, T. Hori, J. Maire, J. Shiomi, D. Moser and O. Paul: Phys. Rev. B 91(2015) 205422. 24) J. Maire, R. Anufriev, S. Volz and M. Nomura: arXiv:1508.04574. 25) M. Strasser, R. Aigner, M. Franosch and G. Wachutka: Sensors and Actuators A 98(2002) 535. 26) J. Xie, C. Lee and H. Feng: J. Micromech. Systems 19(2010) 561 317. 27) X. Yu, Y. Wang, Y. Liu, T. Li, H. Zhou, X. Gao, F. Feng, T. Roinila and Y. Wang: J. Micromech. Microeng. 22(2012) 105011. 28) C. J. Vineis, A. Shakouri, A. Majumdar and M. G. Kanatzidis: Adv. Mater. 22(2010) 3970. 29) M. Nomura, Y. Kage, D. Mueller, D. Moser and O. Paul: Appl. Phys. Lett. 106(2015) 223106. 30) D. Moser, D. Ilkaya, D. Kopp and O. Paul: IEEE Sens. Conf., (2012) p. 989.
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