標高の違いで異なる植物

南アルプスの植物1
標高の違いで異なる植物
あしやす
ひろが
南アルプス市芦安の駐車場から広河
わら
かんのんきょう
原へ向かい、観 音 経 トンネルを出ると、
全く違った景色を見ることができます
(写真1)
。
ふもと
また、 麓 近くの南アルプスの姿は、
どっしりとした雄大な山並みが映え、そ
の美しさが違って見えます。
らく
山登りは、どの山も決して楽ではあ
りませんが、長い樹林帯が終わり、突然
と明るい開けた高山帯に出たときのあ
写真1 観音経トンネルをぬけるとそこは別世界だ
の感動は、登山をした人でないと味わえ
ません。南アルプスの場合はそればかり
でなく、高さ(標高)の違いによって、いろいろな草花に出合い、登山者に安らぎを与えてくれ
ます。
植物の垂直分布
標高差の違いで、林相(林を見た感じ)は大きく異なります。南アルプスの麓 800∼900m以上
の所では、主に落葉広葉樹が生え、この一帯を山地帯と呼びます。さらに上に行くと、落葉広葉
樹は少なくなり、常緑針葉樹の林が続く亜高山帯です。そして突然と樹林帯が終り、明るく開け
じゅうたん
た景色に変わります。そこはハイマツが緑の絨 毯 を広げたような景色になりますが、高山帯と呼
ばれる所になります。このように、山梨県側の南アルプスは大きく3つの森林帯に分けることが
できます(表1)
。
その主な原因は、標高差による気温の違いが大きな原因となりますが、地形や土壌によっても
違います。
表1 植物の垂直分布
標高(山梨県)
2,700m以上
気候区分
植生帯(森林帯)
寒帯
高山帯
主な植物
ハイマツ,草丈の低い高山植物
(ハイマツ帯)
1,700∼1,800m以上
亜寒帯
亜高山帯,シラビソ帯
(常緑針葉樹林帯)
800∼900m以上
温帯
シラビソ,オオシラビソ,コメツガ,ダケカンバ,
亜高山帯下部までウラジロモミ
山地帯,ブナ帯
ミズナラ,ブナ,シラカバ,
(落葉広葉樹林帯)
山地帯上部からウラジロモミ
※気候区分は、従来の区分を使用しました。世界の気候でみると、標高の低い所から、冷温帯、寒温帯、亜寒帯と扱う専
門家もいます。
33
南アルプスの植物1
山地帯の植物
同じ山地帯でも、渓谷沿いの湿度の高い所と、乾燥気味の所では生育する樹木が異なります。
の
ろ がわ
野呂川流域は、カエデ類やシデ類、ブナなどの落葉広葉樹の他、ウラジロモミなどの常緑針
葉樹が多く見られます。この一帯は新緑の頃や、秋の紅葉の時期はとても美しいものです(写
真2)。
か
い こまがたけ
ほうおう さんざん
や しゃ じんとうげ
一方、甲斐駒ヶ岳・鳳凰三山の東側、夜叉神 峠 入口付近などは、やや乾燥気味で、ミズナラ
の林が多く見られます。
あまりやま
また、山地帯は林だけでなく、草原的な所もあります。鳳凰山登山口に当る甘利山には、低木
(背の低い植物)のレンゲツツジが一面に生えます。そしてその中にダケカンバやシラカバ(シ
とうこうしょく
ラカンバ)が点々とあり、6月下旬、橙 紅 色 のレンゲツツジの花が咲く頃、富士山を背景にした
景色はとても美しいものです(写真3)。
写真2 観音経トンネル付近の紅葉
写真3 甘利山のレンゲツツジ
かせんしき
野呂川河川敷では、フジアザミ(写真4)や、シナノナデシコ(写真5)を見かけることがあ
ります。これらは、フォッサ・マグナ要素の植物と呼ばれ、大昔日本列島を東西に分けた大きな
ちこうたい
地溝帯で、当時海であった所だけに分布する植物です。
写真4 フジアザミ
写真5 シナノナデシコ
34
写真6 ギンリョウソウ
南アルプスの植物1
亜高山帯の植物
うっそう
海抜 1,700∼1,800m以上になると、鬱蒼と茂ったシラビソを中心(優占)とした常緑針葉樹の
林に変わり(写真7)、オオシラビソが混生する所もあります。林床には、次期世代のシラビソ
の幼樹やゴゼンタチバナ、そして時折、妙な形をしたギンリョウソウ(写真6)を見かけること
きゅうしゃち
があります。急斜地や岩が露出した所には、コメツガが生えます。甲斐駒ヶ岳の亜高山帯から高
がん かい ち
きただけ
せん じょうがたけ
山帯にかけての乾燥気味の岩塊地にはカラマツが生育し(写真8)、北岳や仙丈ヶ岳とは違った
様相を示します。
くりさわやま
こ ま つ みね
写真7 シラビソ林(栗沢山)
写真8 甲斐駒ヶ岳駒津峰のカラマツ
なだれ
亜高山の雪崩が起きるような所では、周辺にダケカンバの林を伴った草地が見られます。北岳
おおかんばさわ
の大 樺 沢 はその代表で(写真9)、林にはミヤマハンノキやオガラバナ(カエデ科)、タカネザ
クラ(別名 ミネザクラ、写真 10)などが見られます。
写真9 雪崩が起きやすい北岳の大樺沢
せっけい
写真 10 タカネザクラ
こうけい そうげん
大樺沢は毎年8月上旬頃まで雪渓があり、高茎草原群落と呼ばれる草地には、イネ科のイワノ
ガリヤスや、ミヤマキンポウゲ、クルマユリ(写真 11)、ヨツバシオガマ(写真 12)、ハクサン
チドリ(写真 13)、タカネグンナイフウロ、湿った岩場にキバナノコマノツメ(写真 14)が生育
しています。また、紫色の花を咲かせるミヤマハナシノブ(写真 15)は、日本では北岳の周辺や
北アルプスの一部だけに生育しています。
35
南アルプスの植物1
写真 11 クルマユリ
写真 12 ヨツバシオガマ 写真 13 ハクサンチドリ 写真 14 キバナノコマノツメ
ミヤマハナシノブ
ろうと
紫色の花は漏斗状で深く裂けます。
分布
地は、
北アルプスと北岳の亜高山帯の草地
です。
どうして、ここにだけ生育しているのか
不思議な植物です。
写真 15 ミヤマハナシノブ
高山帯
南アルプスの魅力は何といっても高山帯でしょう。
海抜 2,700mくらいになると、樹林帯が切れ視界が広がります。斜面の下から上に向かって緑
じゅうたん
の絨 毯 が広がっています。これは、ハイマツです。このような所が高山帯で、ここに生育する植
物を「高山植物」と呼んでいます。
南アルプスの高山は、冬の低温と季節風にさらされる大変厳しい環境です。その中にはさらに
りょうせん
いろいろな環境があって、冬の季節風が直接当たる稜 線 の西側(写真 16)や、岩塊地(大きな岩
さ れ き ち
がごろごろしている所)
、砂礫地、雪が早く溶けてしまう所や遅くまで残る所などです。また、山
し ら ね さんけい
か
い こま
ほうおう さんけい
たいせきがん
体のでき方にも違いがあります。白根山系と甲斐駒・鳳凰山系では全く違い、白根山系は堆積岩、
かこうがん
甲斐駒・鳳凰山系は地下のマグマが冷えて固まった花崗岩(写真 17)の山です。
36
南アルプスの植物1
間ノ岳
ふうしょうち
稜線の西側風衝地
な かし ら ね
あ いの だ け
じぞうがたけ
写真 16 北岳山頂より中白根・間ノ岳
写真 17 花崗岩の山、鳳凰三山の地蔵ヶ岳
夏、亜高山帯上部から高山帯にかけて、一面に花が咲く所があります。このような所を「お花
畑」と呼んでいます(写真 18)
。夏山はこれを目当てに登山する人もいます。
また、高山では稀にこんな景色を見ることができます。ブロッケン現象と呼ばれるもので、霧
に包まれた稜線で太陽を背に受けると、自分の影が霧に浮かんで見え、周りに虹の輪が出ます。
なんとも幻想的な現象です(写真 19)
。
写真 18 北岳のお花畑(撮影:蘒原 桂)
写真 19 ブロッケン 間ノ岳にて(撮影:信藤祐仁)
南アルプスの高山帯に生育する高山植物の先祖の多くは、大陸と陸続きの古い時代から住み着
き、高山のいろいろな環境で適応したものだけが現在も生き続けています。いろいろな環境と長
い時の流れが、南アルプスの多種多様な植物や固有種を生んだと考えられるのです。
37
南アルプスの植物1
−コ ラ ム 2−
高山植物の氷河期との深い関わり
およそ 200 万年前から1万年前の間に、
地球上では数回寒い時代があったと考えられて
います。これを「氷河期」と呼んでいます。今から約2万年前をピークとする最終氷期に
は、今の日本の年平均気温より7∼9℃も低く、北海道は大陸と陸続きでした。
この時代、
高緯度の寒冷な気候に生育していた植物が日本列島に南下しました。
その後、
かんぴょう き
気温も上がり間 氷 期になると、これらの植物は再び寒冷な気候を求めて、高緯度の北極
近くに戻り、一部は標高の高い所に生育場所を移しました。このような経緯をたどり、現
いぞん
在も生育している高山植物を「氷河期の遺存植物」と言います。高山植物は、氷河期の時
代と深い関係があると考えられています。
南アルプスの北岳を代表する花として「キタダケソウ」があります。キタダケソウは、
ちょうせん
朝 鮮 半島に分布するウメザキサバノオと同一であるとする研究者もいます。
いずれにせよ、キタダケソウの祖先となる植物は何にあたり、そして一体どこから来た
のでしょうか?どうして日本では北岳だけにしか残っていないのでしょうか?
キタダケソウと同じ属(なかま)の植物は、ヨーロッパから東アジアにかけて十数種が
きょくしょてき
局 所 的 に分布していることはわかっています。これらのことから氷河期の遺存植物である
と考えられていますが、植物の存在は知られていても詳しい来歴や生態についてはまだま
だ研究すべき点がたくさんあるのです。
38
南アルプスの植物2
南アルプスの厳しい環境に生きる高山植物たち
南アルプスの高山帯には、多様な高山植物が生育し、時にお花畑を形成しています。高山帯は、
されき
低温、強風、乾燥などの気象条件や、土壌も岩や砂礫など、植物が生育するには厳しい環境です。
同じ高山でも北アルプスと比べて、南アルプスは冬の積雪量が少ないことは特徴の一つです。
りょうせん
稜線の西側や稜線の登山道沿いに生きる植物
南アルプスは南北に連なった山岳です。稜線の西側斜面は、冬の季節風がまともに当たり、降
った雪は吹き飛ばされ、岩がむきだしになって低温と乾燥で植物にとっては闘いの世界です。こ
ふうしょうち
のような場所を風衝地と呼んでいます。風衝地でよく見かける植物はハイマツで(写真1)
、斜面
の下部から上部に向かって這い上がっているように見えます(写真2)
。
場所によっては、ハイマツの周りに、キバナシャクナゲ(写真3)やコケモモ(写真4)の姿
きゅうか
を見ることがあります。ハイマツの球果(写真1)に入っている種子は、高山を生息地とするラ
イチョウの大切な食べ物です。
な かし ら ね
写真1 ハイマツの球果
あ いの だ け
写真2 中白根∼間ノ岳の風衝地帯
写真3 キバナシャクナゲ
写真4 コケモモ
39
南アルプスの植物2
西斜面や稜線上でも安定した砂礫地には、イネ科のミヤマノガリヤス(写真5)
、タカネヒゴ
タイ(写真6)
、オヤマノエンドウ(写真7)
、チシマギキョウ(写真8)
、ハハコヨモギ(写真9)
、
ミヤマシオガマ(写真 10)
、チョウノスケソウなどが生育します。
写真5 ミヤマノガリヤス
写真6 タカネヒゴタイ
写真7 オヤマノエンドウ
写真8 チシマギキョウ
写真9 ハハコヨモギ
写真 10 ミヤマシオガマ
すきま
稜線の大きな岩の隙間には、ミヤマダイコンソウ(写真 11)が生え、やや湿り気のある岩には
イワヒゲ(写真 12)やイワウメが生えています。
40
南アルプスの植物2
写真 11 ミヤマダイコンソウ
写真 12 イワヒゲ
稜線の東側に生きる植物
がん か い ち
稜線の東側は、西斜面よりもはるかに条件はよいでしょう。そのような所でも岩場や岩塊地、
おうち
す
砂礫地、雪が遅くまで残る凹地などいろいろな環境があります。それぞれの環境で植物は、棲み
分けをしているように見えます。
岩場の隙間にはクモマナズナ(写真 13)、タカネニガナ(写真 14)、ミヤマムラサキなど、
砂礫地にはミヤマオダマキ(写真 15)、イワオウギなど、凹地のやや湿り気のある所では、チン
グルマ(写真 16)、アオノツガザクラ(写真 17)、イワギキョウ(写真 18)、コイワカガミ(写
真 19)、クロユリ(写真 20)、ウサギギク(写真 21)などが見られます。
写真 13 クモマナズナ
写真 16 チングルマ
写真 14 タカネニガナ
写真 17 アオノツガザクラ
41
写真 15 ミヤマオダマキ
写真 18 イワギキョウ
南アルプスの植物2
写真 19 コイワカガミ
写真 20 クロユリ
写真 21 ウサギギク
かれん
夏になると南アルプスの山々では、いろいろな姿で可憐な小さな花が咲きます。岩に貼りつい
いや
て生きているもの、背の低い草地のなかに生きているものなど、その多様な姿は登山者の疲れを癒
してくれます。
−コ ラ ム 3−
高山の代表種、ハイマツ
ハイマツは北海道、本州の東北∼中部地方
の高山に生える高山を代表する常緑の低木
です。尾根など風当たりの強い乾燥した所に
生えます。ハイマツは厳しい環境に生える植
物ですから、幹はよく分かれ、長く地をはっ
て高さは大きくなっても1∼2mほどです。
ちしま
から ふと
日本以外では千島、樺太、カムチャツカ、
ちょうせん
朝 鮮 、中国北東部、東シベリアに分布しま
す。
「コラム2 高山植物の氷河期との深い関わり」で述べたように、ハイマツは氷河期
に日本列島まで南下した高山植物の一つです。日本の南限(最も南に位置すること)は南
てかり だけ
ざる が たけ
アルプスの 光 岳、山梨県では笊ヶ岳です。
小太郎尾根分岐のハイマツ、背後に見え
るのは仙丈ヶ岳
42
南アルプスの植物3
不思議な分布をする南アルプスの魅力的な植物
南アルプスの高山帯や亜高山帯には、南アルプスだけに分布する植物や、日本でも分布箇所の
限られている植物があります。特に、山梨県はそのような植物が多く見られます。これらの植物
の中には、語源が「キタダケ(北岳)、センジョウ(仙丈ヶ岳)、ホウオウ(鳳凰山)、アカイ
シ(赤石山脈)」と山名の付いた高山植物が多くあります。いつ、どこからやって来て、どのよ
うにして住み着いたのでしょうか。その成因については、未だに分からない部分が多くあります。
そのルーツを探ることは大変興味深いことです。
ふうしょうち
また、生育地が限定している植物は、他の植物が入り込めない生育環境条件の悪い風衝地や、
植物にとっては生育しにくい石灰岩地などに多く生育しています。しかし、生育地が限定されて
いる原因については、確実なことはまだ分かっていないのです。これらを探ることも大変興味深
いことです。
南アルプスの山名が付いている植物
キタダケデンダ,キタダケトリカブト,キタダケソウ,キタザワブシ,キタダケキンポウゲ,キタダケナズナ,
サンプクリンドウ,アカイシリンドウ,キタダケトラノオ,ホウオウシャジン,アカイシコウゾリナ,
キタダケヨモギ,センジョウアザミ,キタダケイチゴツナギ,キタダケカニツリなど
南アルプス以外には見られない日本固有植物(南アルプス固有植物)
日本固有種でなおかつ南アルプス以外には見られない植物は、タカネビランジ(写真1)、キ
タダケトリカブト(写真2)
、キタダケソウ(写真3)
、キタダケキンポウゲ(写真4)
、ホウオウ
シャジン(写真5)
、キタダケヨモギ(写真6)
、キタダケイチゴツナギ、キタダケカニツリ(写
真7)などがあげられます。
タカネビランジ ナデシコ科(写真1)
がんげき
分布は南アルプスです。草丈は 10∼20 ㎝程度で、高山帯の岩隙や
さ れ き ち
たんこうしょく
砂礫地に生えます。花は7∼8月に咲き、鳳凰山のものは淡 紅 色 が
多く、北岳のものは白色が多く見られます。白花のものをシロバナ
タカネビランジと呼んでいます。山地帯から亜高山帯にはよく似た
がくとう
せんもう
オオビランジがありますが、タカネビランジは萼筒に腺毛があるの
が特徴です。
キタダケトリカブト キンポウゲ科(写真2)
分布は南アルプス(北岳)です。草丈は 30 ㎝程度になり、高山
りょうせん
帯の稜 線 東側の草地に生育します。花は紫色で8月に咲きます。ト
かへい
リカブト属の分類は難しいのですが、葉の切れ込み、花柄(花の付
く柄)の毛の形を目安にすると区別ができます。キタダケトリカブ
トは、葉は細く裂け、花柄には曲がった毛があることが特徴です。
43
南アルプスの植物3
キタダケソウ キンポウゲ科(写真3)
分布は南アルプスの北岳です。高山帯の稜線東側の砂礫地に生えていますが、スゲ属(カヤ
ツリグサ科)が砂礫の間に多く生え、比較的水分が維持されている環境です。
草丈は 10∼15 ㎝程度で、花は6月中旬∼7月中旬頃に咲きます。花は白く径2㎝程度で、
がくへん
萼片5枚と花びら6・7枚あって二重になっています(写真3−1、2)
。
生育地には、同じ場所に、同じ時期に一見するとよく似ているハクサンイチゲの花が咲きま
すが、花びらがありません。白く見える部分はすべて萼片です。
(写真3−3)
「山梨の植物誌」植松春雄著には、
「キタダケソウは、1931 年清水・諏訪氏が北岳で最初の
発見し、1934 年中井・原が清水・諏訪氏が採集した標本をもとに学名を付けました。
Callianthemum hondoense Nakai et Hara です。
」と書かれています。
ちょうせん
キタダケソウの近縁種に北海道に生育するヒダカソウ、キリギシソウ、北朝 鮮 のウメザキ
サバノオがあります。ウメザキサバノオはキタダケソウと同一種扱いする専門家もいます。
写真3−1 キタダケソウ
写真3−2 キタダケソウ
写真3−3 ハクサンイチゲ
キタダケキンポウゲ キンポウゲ科(写真4)
あい の だけ
分布は南アルプス(北岳・間ノ岳)です。
草丈は 10∼20 ㎝程度で、高山帯の風衝砂礫地
に生えます。花は7∼8月に咲きます。花の
径 1.5 ㎝くらいで黄色、萼片の外側に白い毛
が生え、茎に付く葉は細く裂けるのが特徴で
す。八ヶ岳にはヤツガタケキンポウゲがあり、
非常によく似ていて、同一種扱いする専門家
もいます。
ホウオウシャジン キキョウ科(写真5)
分布は南アルプスの鳳凰山です。草丈は 10∼
20 ㎝程度で、8月中旬∼9月に咲きます。花は
かこうがん
花崗岩の岩隙に垂れ下がって咲きます。細い茎に
しょうけい
細い長い葉を付け、紫色の鐘 形 の花が咲きます。
の ろ がわ
野呂川とその支流の岩場には、イワシャジンが
生育します。花はホウオウシャジンとそっくりで
すが、葉の幅が広く、草丈も大きく葉の付く間隔
は、広くなっています。ホウオウシャジンは、イ
ワシャジンの高山型と考えられています。
44
南アルプスの植物3
キタダケヨモギ キク科(写真6)
分布は南アルプスです。草丈は 30 ㎝程度で、高山帯の稜線東
うじょう
ぎん
側の砂礫地に生育します。葉は細く羽状に切れ込み、全体に銀
はくしょく
白 色 の絹のような毛が密に生えているのが特徴です。南アルプス
とう か
には、全体がよく似ているハハコヨモギがありますが、頭花(小
そうじょう
さな花の集まり)の付き方が違います。キタダケヨモギは 総 状(茎
に沿って下から上に向かって付く)に付きます。
キタダケカニツリ イネ科(写真7)
分布は南アルプスです。草丈は 30 ㎝程度で、高山帯の稜線上
の風衝地の砂礫や岩隙に生育しています。イネ科の植物は地味
な花や実を付け、登山者もあまり振り向きませんが、分布上大
ぼしゅ
切な植物です。母種は北海道や北アルプス・南アルプスの草地
かじょ
に分布するリシリカニツリで、花の付いている花序に短毛が多
くあります。キタダケカニツリは、花序にほとんど毛がなく、
生育場所も風衝地に多く見られます。
南アルプスの他、特定地域だけに生育する日本固有植物
やつがたけ
日本固有種で、なおかつ南アルプス以外に八ヶ岳に生育するものとしてキタダケナズナ(写真
8)、サンプクリンドウ(写真9)があります。また、白山に生育するアカイシリンドウ(写真
10)があります。これらは特定地域にだけ生育する植物です。
キタダケナズナ 別名ハクホウナズナ アブラナ科(写真8)
分布は南アルプス北岳と八ヶ岳に生育する日本固有種です。草
丈は 10∼15 ㎝程度で、高山帯の稜線上の岩場に生育します。葉や
せいじょうもう
茎には星 状 毛(放射状に星のように付いた毛)が密に生えるのが
特徴です。花は6∼7月、アブラナ科の特徴を持った白い小さな
花です。北岳には、よく似ているクモマナズナやシロウマナズナ
があります。
45
南アルプスの植物3
サンプクリンドウ リンドウ科(写真9)
分布は南アルプスと八ヶ岳に生育する日本固有種です。草丈は
大きなものでも 10 ㎝程度の小さな植物です。高山帯の岩と岩の間
わき
や草地に生育します。花は8∼9月に咲き、葉の腋から花茎を伸
かかん
ばし先端に淡紫色の花を1つ付けます。花冠は筒状で、先は三角
形した5枚の裂片に分かれます。
アカイシリンドウ リンドウ科(写真 10)
か が はくざん
分布は南アルプスと加賀白山に生育する日本固有種です。草丈
は5∼6㎝程度の小さいものから、30 ㎝程になるものまでありま
す。高山帯の岩と岩の間の小さな砂礫地や草地に生育します。花
は8∼9月に咲き、茎の先端や上部の葉の腋に長い柄を伸ばし1
つ花を付けます。花冠は筒状で、先は4枚の裂片に分かれ淡紫色
です。越年草(秋に発芽して越冬し、翌年に開花結実する草本植
物)で、花がたくさん咲く年と、少ない年があります。
日本の特定地域に生育する植物が他国の寒冷地に分布する
遠く離れた他国の寒冷地の植物が、南アルプスと、南アルプス以外の一部の地域に生育する植
い ぞ ん しゅ
物があります。
「氷河期の遺存種」の一つです。
北極周辺の寒冷地にも分布する植物として、ヒイラギデンダ、タカネマンテマ、ムカゴユキノ
シタ、ヒメセンブリがあります。また、東シベリア、モンゴルなどの東アジアにも分布する植物
として、ヒゲナガコメススキ、朝鮮・中国からヒマラヤにも分布するセンジョウスゲなどがあり
ます。
ヒイラギデンダ オシダ科(写真 11)
ちしま
千島、シベリア、北ヨーロッパ、北アメリカの周北極
地方、日本では南アルプス北岳だけに生育します。葉は
うじょうふくよう
硬く、小さな葉(小葉)が数枚集まった羽状複葉で、葉
ほ う し のうぐん
の長さは 10∼20 ㎝です。胞子嚢群(ソーラスとも言い、
胞子の入った袋の集まり)は円形です。
46
南アルプスの植物3
タカネマンテマ ナデシコ科(写真 12)
千島、シベリア、北ヨーロッパ、北アメリカ、日本では南ア
ルプスだけに生育します。南アルプスでは、高山の砂礫地に生
育し、草丈は 10∼20 ㎝程度で、花は7∼8月に咲きます。
がく
萼は長さ1㎝程度、白色の地に 10 本の黒い筋があります。萼
の先に小さな淡紅色の花びらがあります。とても変わった形を
した花です。
ムカゴユキノシタ ユキノシタ科(写真 13)
しろうま
千島、シベリア、北ヨーロッパ、北アメリカ、日本では白馬
だけ
岳・八ヶ岳・南アルプスに生育します。南アルプスでは、高山
ふうしょうち
の風衝地の岩陰の砂礫のある所に生育し、草丈は5∼15 ㎝で、
わき
花は7月下旬∼8月に咲きます。葉の腋に小さな赤色のむかご
が付きます。
ヒメセンブリ リンドウ科(写真 14)
カムチャツカ、シベリア、ヒマラヤ、コーカサス、ヨーロッ
パ東部、日本では南アルプス・八ヶ岳に生育します。南アルプ
スでは、高山の風衝砂礫地に生育し、草丈は 10 ㎝くらいで、花
かかん
は8∼9月に咲きます。花冠は淡青紫色で深く切れ込みます。
ヒゲナガコメススキ イネ科(写真 15)
ちょうせん
朝 鮮 、中国、東シベリア、モンゴル、アルタイ、日本では、
北アルプスの白馬岳、南アルプスの北岳の風衝砂礫地に生育し
ます。草丈は 30 ㎝程度です。イネ科に共通した花を付けますが、
ごえい
のぎ
ヒゲナガコメススキは護穎に白い羽状の長い芒を付けるのが特
徴です。
47
南アルプスの植物3
センジョウスゲ スゲ科(写真 16)
朝鮮北部、中国∼ヒマラヤ、日本では南アルプスの仙丈ヶ岳
かほう
の亜高山帯に生育します。花後の小さな果胞(種子を包む皮)
は丸みを帯びます。スゲ類は目立った特徴がなく、関心のうす
い植物ですが、不思議な分布をするので興味深い植物です。
参考文献(南アルプスの植物1∼3)
・岩槻邦男(1994) 日本の野生植物 シダ,平凡社
・植松春雄(1981)山梨の植物誌,井上書店
・大久保栄治・中込司郎(1991)北岳山頂付近の石灰岩地とキタダケソウの分布,山梨県植物研究会
・勝山輝男(2005)日本のスゲ,文一総合出版
・北村四郎・村田 源・堀
勝(1990)原色日本植物図鑑草本編Ⅰ・Ⅱ,保育社
・北村四郎・村田 源・小山鐵夫(1990)原色日本植物図鑑草本編Ⅲ,保育社
・北村四郎・村田 源(1979・1991)原色日本植物図鑑
木本編Ⅰ・Ⅱ,保育社
・近田文弘(1982)南アルプスの自然と人,南アルプス研究会
・佐竹義輔 他(1984)日本の野生植物 草本Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ,平凡社
・佐竹義輔 他 (1992・1993)日本の野生植物 木本Ⅰ・Ⅱ,平凡社
・清水建美(1992)原色日本高山植物図鑑Ⅰ・Ⅱ,保育社
・増沢武弘(2002)極限に生きる植物,中央公論新社
・増沢武弘(1997)高山植物の生態学,東京大学出版
−コ ラ ム 4−
北岳に咲く、キンロバイ
しょうよう
キンロバイは、落葉低木で、小 葉 (小さな
ふくよう
葉)が数枚集まった複葉です。花はノバラを黄
色くした感じです。私は、南アルプスでは、北
岳でしかこの花を見ていません。
だいぶ前のことですが、モンゴルの平原でこ
れと同じ花を見ました。なぜか、ウマやヒツジ
はこの草を食べていませんでした。
どうして、北岳の高山帯に生育するものが、
モンゴルの草原ではごく当たり前にあるのでしょう。・・・「コラム2 高山植物の氷河
期との深い関わり」で述べたような考え方をすると、確かに納得ができます。
48