Special Features 1 住まいと健康 巻頭インタビュー 構成◉飯塚りえ composition by Rie Iizuka 早稲田大学理工学術院建築学科教授 田辺新一 イラストレーション ◉ 小湊好治 illustration by Koji Kominato 快適に暮らすことが 健康寿命を延ばす 生活の基本は 「衣食住」 といわれる。このうち 「衣」 と 「食」 は体との関係性が比較的イメージしやすいが、こ と 「住」 に関しては、 「シックハウス」 のようなネガティブな側面を除いてあまり注目されてこなかった。し かし温度、湿度、音、光などさまざまな要素が絡み合う住環境が健康に及ぼす影響は大きく、快適に暮ら すことは健康寿命を延ばすことにもつながるという。 快適性や健康性にはさまざまな室内環境要素が影響 もいます。 を与えます。普段の生活でその影響が最も大きいのが 日照も健康に大きな影響があります。建築基準法で 暑い、寒いといった温熱環境です。また、空気が清浄 は居室の開口面積が床面積の 1/7 以上と決まっていま かどうか。空気環境には粉塵や微生物、花粉、化学物 すが、これは、敷地の周りに余裕がある戸建住宅を想 質、一酸化炭素なども含まれますから充分な換気を確 定した数値で、隣にビルなどが建つ可能性がある商業 保することが大切です。他に音、振動、光なども快適 地区のマンションでは窓があっても充分に光が入らな 性の要素として考えられます。 いということもあります。もちろん日光がまったく入 騒音は、外壁や窓の遮音性能を表す透過損失で表さ らないというのは、非衛生的で不健康な状態です。ま れます。壁の種類や厚みから算出しますが、どこまで た、日射には体に大切なドルノ線という紫外線も含ま も静かであればよいというわけでもありません。交通 れています。北欧など、冬季に日照時間が少なくなる 騒音などは遮断されるべきですが、子どもが遊ぶ声く 地域では光を浴びないことでうつ病の可能性が高まる らいは適度に室内に入ってくるほうがよいという学者 ことも指摘されています。ガラスを使った建築が多い のも、単に美しい、かっこいいというだけでなく、日 照時間が少ない北欧にあっては、光に対する渇望なの 田辺新一 (たなべ・しんいち) 1958 年福岡県生まれ。早稲田 大学理工学部建築学科卒業、 同大学院修了。お茶の水女子 大学生活科学部助教授、デン マーク工科大学エネルギー研 究所、ローレンスバークレー 国立研究所客員研究員などを 経て、2001 年早稲田大学理工 学部建築学科教授。02 ∼ 03 年 デンマーク工科大学客員教授。 受賞歴に米国暖房冷凍空調学 会 (ASHRAE)R.G.Nevins 賞、 日本建築学会賞(論文)など。 著書・監修に 『OFFICing 環境考』 (リブロ) 、 『生活価値を創造す (東 る 21 世紀型住宅のすがた』 洋経済新報社) など。 2 です。それが満たされることで住宅の住み心地がよく なり、健康に暮らすことにもつながるのです。 温熱環境が住宅の快適性を大きく左右する 快適性や健康に対する影響が最も大きいのは、やは り温熱環境でしょう。断熱をしっかりして複層ガラス などの窓ガラスを利用すれば温熱環境は改善します。 しかし、日本では断熱というと快適性よりも「省エネ ルギー」の視点で評価されることがほとんどです。 2013 年には、住宅でも節電やエネルギー消費量を削 ■図1 温熱環境の6要素 ています。 例えば、 長袖シャ ツにセーターで勉強してい る時、静穏気流で、相対湿 度 40 %の時に室温 22 ℃が 快適だと算出できます。一 方、半袖シャツで扇風機が あれば、27 ∼ 28℃でも大 丈夫だと言えます。 イギリスには、HHSRS (Housing Health and Safety Rating System)といって、 非常にユニークな住宅評価 システムがあります(図 2、 3)。住宅のランキングのよ うなものですが、 「住宅は、 減するために省エネ改正法が施行されます。一般の 居住者や訪問者に安全と健康な環境を提供しなければ 方々にはあまり知られていないのですが、こたつやス ならない。環境とは、構造・設備・家具・外構・庭・ トーブなど、住宅の一部の部屋や短い時間しか暖房を アクセス手法が含まれる」という概念のもと、住宅に 使用しない日本の住宅で使われる暖房エネルギーはド 関する欠陥を「死に至る場合がある」から「怪我の可能 イツの半分程度です。そのため、断熱材を施したりガ 性がある」までの 4 段階に分けて数値化しています。 ラスを替えたりしても、すぐに消費エネルギーが大幅 それをさらに「寒さ」 「暑さ」 「やけど」 「転倒」 「カビ に減ることにはなりません。それをもって断熱はあま の発生」などの項目に分けて評価するのです。そして り必要ないとまで言う学者もいます。しかし、それは それぞれの事故が 1 年間に起きた回数と、どんなレベ 間違っています。 ルの被害がどれくらい起きているかという英国内の平 省エネありきではなく、住んでいる人が快適で健康 均値を算出、それらと建築年代とを合わせて基準表を に暮らす住宅のために断熱や適切な開口部が必要だと 作成しています。例えば 1940 年代に建てられた住宅 いうことなのです。 では、転倒事故が何軒ごとに 1 件起きているとか、最 住宅の温熱環境を考える評価法の一つに、 PMV 近の住宅はそれよりも少ないなどといったデータがあ (Predicted Mean Vote =予測平均温冷感申告)という るのです。イギリスでは、医者にかかるためには、ま 指標があります。人の暑い、寒いといった熱的快適性 ずホームドクターの診察を受けるという医療システム を、空気の温度に加えて放射 (輻射) 温度、相対湿度、 があり、住宅内でのこうした怪我なども記録され住環 気流という物理的要素と、在室者の着衣量、代謝量と 境の改善に活かされているのです。 いう人間側の要素の 6 つの側面から総合的、客観的に 問題があると考えれば賃借人は自治体に調査を依頼 評価するものです (図 1) 。空気の温度だけではなく、 床、 することができます。立ち入り調査を行い、客観的に 壁、天井の表面温度に影響を受ける放射温度も同じよ 評価され問題のレベルが基準を超えていれば家主に改 うに重要です。また、どのような作業をしているのか、 修義務が生じます。また、リスクの高い項目に関して どのような服を着ているのかによっても快適性は異な は改修工事の助成を優先的に受けることも可能です。 ります。PMV はそれらの要素を複合的に評価しよう バラマキではなく、科学的知見に基づいて対策すべき というものです。ISO の標準では、PMV が± 0.5 以内、 ところから行っているのです。このような政策は日本 不満足者率 10%以下となるような温熱環境を推奨し でも見倣っていくべきではないかと思います。医療分 3 野と住宅分野のデータを結びつけることで、快適で安 全に暮らすことができるのです。 しかし、一朝一夕に日本でここまでのデータを蓄積 し、対策を立てるというのは現実的に難しいとは思い ます。日本では住宅の私有権に対する考えが強く、個 人の所有物の中で起きた事故は行政とは関係ないとい う意識があるのかもしれません。ですが、これからま すます高齢化していく社会を迎えるにあたって、住宅 の中で事故が起きないようにするというのは、公共の 住宅の建築年代とそこで起きた事故の件数、それによる発生率を示し た基準表。病院の受診システム、不動産所有に対する文化の違いが可 能にしたイギリスのデータ。 ■図2 イギリスにおける住宅の健康評価基準 Falling on stairs etc Average Likelihood and Health Outcomes for all Persons aged 60 years or over, 1997-1999 年代別英国平均スコアとランク Dwelling type & age Class III % Class IV % Average HHSRS scores 218 2.2 7.7 22.1 68.0 (F) 169 226 2.1 7.4 20.5 70.1 (F) 155 1946-79 256 1.6 6.6 21.6 70.3 (F) 115 Post 1979 256 1.4 6.3 25.3 67.1 (F) 111 Pre 1920 214 3.9 8.0 19.3 68.8 (E) 249 1920-45 263 1.6 2.8 20.1 75.5 (G) 96 1946-79 410 2.8 5.3 17.7 74.2 (G) 97 Post 1979 409 2.6 5.2 19.4 72.8 (G) 93 All 245 1.9 6.7 21.7 69.7 134(F) 利益にとっても非常に大切なことです。事故による怪 ないかと思います。住宅の中で介護や医療の一部が行 Class II % 1920-45 Flats 我を科学的に未然に防ぐことで医療費も削減可能では Spread of health outcomes Class 1 % Pre 1920 Houses 建築年代の分類 Average likelihood 1 in 事故発生頻度(記載数値件数の中で 1 件発生,数値が大きいほど安全) 年代別、欠陥レベル別の 事故発生確率 われることも考えられますし、もう少し踏み込んで考 えてもよいのではないでしょうか。 加湿の過信には問題がある 快適性の要素に湿度がありますが、これは注意しな くてはなりません。日本では、建築物衛生法によって 相対湿度の管理基準値は 40 ∼ 70% と定められていま す。この数字の元になったのは 1960 年代、ハーパー というアメリカの学者による、湿度とインフルエンザ ウイルスの関係を調べる実験でした。それによると湿 度が 50% 以上でインフルエンザウイルスの生存率が 急激に減り、35% 以下では、しばらく生存している という結果が出ました。日本ではそれをもって「加湿 したほうがよいのだ」という認識が広まったのです。 実際、厚労省のウェブサイトでも「インフルエンザ対 HHSRS による寒さの評価は次の通り。1)健康的な暖房時の室温は 21 ℃程度。2)19℃以下では、少ないが健康に関するリスクがある。3) 16℃以下では高齢者に関しては大きな健康リスクがある。4)呼吸器 疾患、心血管疾患のリスクがある。5)10℃以下では特に高齢者に関 しては低体温症のリスクがある。6)心臓発作、脳卒中などの心血管 疾患は冬季の死亡率を 50%上昇させる。7)風邪、肺炎、気管支炎な どの呼吸器疾患は 3 倍になる。8)過度の寒さは、血圧の上昇、気管内 膜への冷気の影響で感染症への抵抗力の減少、関節リウマチの症状を 悪化させる原因になる。 ■図3 HHSRSの寒さに関する評価 「過度な寒さ」のリスク 呼吸器障害、 心疾患など 高齢者に 低体温症 が現れる 温度 深刻な リスクが 現れる 温度 10℃ 16℃ 健康 健康な リスクが 温度 現れる 温度 19℃ 低温 21℃ 高温 策には加湿が有効」と記載してありますが、CDC (Centers for Disease Control and Prevention =アメリ カ疾病予防管理センター)では、加湿がインフルエン 室温が18℃より下がらないと 過度に寒さを感じない。 ザの対策になるなどといった記述はありません。 「ワ クチンを打ちに行きましょう」 「人と会ったら手洗い、 4 りよい住環境を考えてほしいのです。 うがいをしましょう」と記載されているだけです。加 オフィスビルの加湿で一番の問題は、湿度を守るこ 湿し過ぎると結露が生じて、壁や壁内部にカビが発生 とを厳格に行い、逆に外から入れる空気の量を極端に するので、加湿しないほうがよいとうたっているとこ 減らしてしまうことです。冬は外の空気が乾燥してい ろもあるくらいです。家の中がジメジメしているのは、 ますので、それを室内に入れればその分加湿しなけれ ぜんそくやアレルギーなどの疾患につながります。で ばなりません。外気を遮断するのは、省エネルギーを すから、デンマークなどでは逆に部屋の中を加湿しな 考えてのことですが、湿度は保たれていても室内空気 いようにと言われます。ある一面はよくても、他に与 質は悪化してしまいます。都心にあるオフィスビルな える影響はどうなのか、いろいろな要素を加味してよ どは、照明、 OA 機器やパソコンなどの放熱量が多く、 Special Features 1 住まいと健康 冬でも冷房を入れているところが多いので 対象者の健康状態 (入院など) は、断熱改修をしないグループに比べ、 改修を施したグループで、明らかによくなっていることを示す画期的 な調査。 す。ですが、わざわざ冷房するのではなく、 冷たい外気を導入すれば室温が下がります。 ところが外気を入れると湿度が下がって基 ■図4 ニュージーランドでの研究事例 準を満たすことができなくなります。加湿 の効率も悪くなります。湿度と空気質、難 しい問題ですが両方を考えなければなりま せん。少なくとも、湿度 50% 以上を維持 断熱改修しないグループ 健康状態 (入院、通院など) する必要性はほとんどない、と私はいつも 言っています。過剰な加湿はよくないので す。それでは、高度が高いコロラド州や外 改修したグループ 気が冷たい北欧ではどのように過ごしてい るのかというと、彼らは小まめに水を飲ん 2001 2002 年 で喉を湿しています。 一方、住宅やオフィスで注意しなくては いけないのは、例えば喉がざらつく感じが して、乾燥しているなと思っても、それが Howden-Chapman, P, Crane, J., Matheson, A., Viggers, H., Cunningham, M., Blakely, T., O Dea, D., Cunningham, C., Woodward, A., Saville-Smith, K., Baker, M., and Waipara, N.(2005) Retrofitting houses with insulation to reduce health inequalities: aims and methods of a clustered, randomised community-based trial , Social Science and Medicine, 61 (12), December, pp.2600-2610 Ralph Chapman, Philippa Howden-Chapman, Des O Dea, A cost-benefit evaluation of housing insulation: results from the New Zealand Housing, Insulation and Health study October 2004, Report by the Housing and Health Research Programme at the Wellington School of Medicine and Health Sciences 本当に乾燥によるものなのか、見極めなくてはなりま 熱改修前の状態について 1310 軒の住宅に住む 4413 人 せん。特に新築時は室内のホルムアルデヒドなどの化 分から回答を得て、その後、半数の住宅に断熱改修を 学物質によって喉が刺激され、渇く感じがすることが 施し、半数はそのままにしました。2002 年に 1110 軒、 あります。しかも、目が痛い、臭いという他の症状が 3312 人分の追跡調査を行って、改修前後の室内環境 出ていないので、誤解しがちなのです。そういう時に と居住者の健康度を調査しています。この結果は次の 加湿をしても喉の渇きは解消できません。ですから私 ようなものでした。 は、乾燥していると思うなら、きちんと湿度計で測り 1)被験者の寒さ感が断熱改修前後で 95% 減少し、 ましょうと提案しています。湿度計で 50% を超えて 実際、寝室の温度は 13.6℃から 14.2℃へと上昇。一方、 いるのに何となく乾燥感があって加湿するというのは、 改修をしていない住宅の寝室は 0.2℃の上昇であった。 間違った対応なのです。 温熱環境の影響を示す科学的データ 温熱環境がどの程度、人の快適性に影響を及ぼすの かという問題については、実験室などで行われている 2)断熱改修前、全世帯の 3/4 にカビが発生してい たが、改修後は 1/5 に激減した。 3)断熱改修をした住宅では、健康に関する自己申 告結果が大きく改善され、特に 5 段階評価で、健康状 態が悪い方から 2 段階分の回答が 4 割減少した。 ものが多くあります。しかし、健康性に関しては、温 4)断熱改修を行わなかった住宅に比較して、呼吸 熱環境以外の要因を排除するのが難しく、実際の住宅 器不全は 57%、風邪・インフルエンザは 54% に減少 を対象に調査した有効なデータはあまりありません。 したうえ、子供の気管支喘息も半減した。 その中で 2001 ∼ 02 年にかけて 1300 軒あまりの住宅 を対象にニュージーランドで行われた断熱の健康性に 与える影響に関する大規模な介入調査は、科学的手法 に則りかつ明確なエビデンスを得られているという点 で、世界的にも価値の高いものです (図 4) 。 調査は以下のような手順で行われました。まず、断 5)子供の学校の欠席回数は断熱改修を行った住宅 では約半分になった。 6)通院回数には大きな違いはみられなかったが、 呼吸器不全による通院は半数になった。 断熱改修による温熱環境の改善が健康に影響を与え るということをこれだけ明確にしたのには感心します。 5 私はデンマークに留学して、ふた冬ほど過ごしまし たが、きちんと断熱されており、放射暖房も設置され 冷房設定温度 28℃ではだめだという結論を出してい ているので外は寒いのに室内は本当に暖かい。日本の ます。というのは、28 ∼ 29℃というのは、下着だけ 採暖の暖かさとは異なり、寒くないというのが正しい で寝ている時の快適温度なのです。一般のオフィスで でしょうか。そして、デンマークでは、夕食後に、外 はそれよりも着衣量も活動量も高く、暑いのは当たり 気温はマイナス 10℃というのに、腹ごなしに散歩す 前です。それを我慢して仕事をしなさいというところ るというのが一般的でした。家の中が寒かったら、そ が問題なのです。オフィスの目的は知的生産性を高く ういう生活行動にはなりません。北欧の人たちは、生 して働くことにあります。省エネのために我慢するこ 活の質や環境の質に対する意識が非常に高く、日本と とが目的ではないのです。 はレベルが違います。高気密、高断熱というのは、省 生産性を定量化しやすいコールセンターにおいて、 エネルギーからの発想ではなく、住み心地を追求して 生産性と室内環境に関する測定調査を行いました。約 のものなのです。 100 名のオペレーターが取り扱った年間累計 1 万 3169 室内の快適性は仕事の効率を左右する 人分のコールデータを対象として分析を行っています。 私たちの研究では、温熱環境の満足度が知的生産性 に影響を与えるという調査結果が出ています。 震災後、節電のためにオフィスの照明を暗くしたり、 6 クールビズによる軽装化には大いに賛成です。しかし、 平均室温が 25℃から 28℃に 3℃上昇した時に、時間 当たりの平均応答件数の低下率は約 6%となりました。 一日の就業時間を 8 時間とすると同じ成果を挙げるた めには、29 分間の残業が必要になります。 エレベーターを間引いたり、冷暖房の温度を調節した 加えて温熱環境が悪いと疲労が残ります。デンマー りしましたが、実際のオフィスで調べても、環境に不 クの大学と一緒に行った実験ですが、室温と脳の酸素 満があると、効率が落ちるという傾向があります。 消費量の関係を調べました。頭を使うと酸素を消費し 2011 年夏、700 人程を対象にした「昨年に比べてどれ ます。その消費量を測ることによって、脳の活動量を くらい作業効率が落ちましたか」というアンケートで 推測できます。例えば複雑な数学の問題を解く時には は、マイナス 6.6% 程という結果が出ています。オフィ 脳の酸素消費量が多くなるのですが、それを室温別に スが暗く、また暑かった時ですね。日本のオフィスの 調べると、正解率は同じでも温度が高い時は酸素の消 照明は大体 750 ルクスほどですが、当時は 300 ルクス 費量が多くなりました。短時間では頑張って作業効率 程のところもありました。今は、さすがに少し明るく は低下しませんが、不快な状況で作業を長時間続ける なって 500 ルクスほどです。750 ルクスを基準にして と効率が落ちてしまいます。ただ頑張るだけでは、疲 いるのは世界でも日本くらいでした。海外ではほとん 労感が高まるというわけです。 どが 500 ルクスですから、ちょうどよくなったのでは この実験で非常に興味深かったのは、日本人は、快 ないでしょうか。照明からの発熱量も減って冷房消費 適、不快、さらに 32 ∼ 33℃といった非常に不快な暑 エネルギーも少なくてすむので、節電にも一役買って さでも 1 時間程度の試験では成績に変化がないのに、 います。 同じ試験をデンマーク人に行うと、1 時間でも温度に また、オフィスの室温も同様です。クールビズでは よって作業成績に大きな差が出ることです。国際会議 冷房の設定温度は 28℃といわれてきましたが、最近 で話題になりましたが、デンマークの学生は、アルバ は「28℃を目安にしましょう」というような表現に変 イト代をもらっていても暑いとまったくやる気が起き わってきています。設定温度が 28℃でも室内ではそ ず、途中でやめてしまったりします。 「日本人は真面 れよりも高くなる場所があるのです。制御のための温 目だ」 「モチベーションが高い」 などと言われましたが、 度センサーがどの位置にあるかで実際の居住域の温度 結局頑張ってしまって疲労はたまっているんですね。 は変わってきます。私は、画一的に冷房設定温度 28 メンタリティの違いだと思いますが、環境が悪くても ℃とするのには大きな疑問を持っています。もちろん、 賃金を貰っているからと頑張って作業しようとするも Special Features 1 住まいと健康 のの、疲れて効率が悪くなっている、悪循環です。結 いることを示しています。矢印の向きは影響する方向、 局はトータルの生産性は上がっていない可能性もあり 数字は関連の度合いです。ストレス・疲労感は、慢性 ます。海外では、人件費とエネルギーコストなどを総 痛に対して 0.92 と非常に高い数値を示しているの 合的に考えて最適化しようとするのですが、日本では で、ストレスが下がれば慢性 痛も下がるということ どうしても「効率を上げよ、環境に配慮せよ、暑いの になります。 は我慢せよ」 の精神論になってしまいます。 「頑張ろう」 興味深いのは、住まいの満足度から慢性 痛の直接 という気持ちは非常に尊いものですが、科学的なデー の矢印は 0.13 と必ずしも強いわけではありません。 タに基づいて、判断をしてほしいと思います。 しかし住まいに満足すれば、ストレス・疲労感が軽減 快適に住むことで健康寿命は延ばせる されます。また、住宅の満足度は家事の楽しみとも関 温熱環境、空気・光などの環境要素が快適性・健康 性に与える影響、浴室のあり方、家電製品の役割など 係が深く、家事の楽しみはストレス・疲労感を軽減さ せるのです。住まいへの満足は慢性 痛を間接的に軽 減する作用があるということなのです。 いろいろな角度から、快適な住宅に住まうことで健康 これまで住宅は、 「こうすると健康を害する」 という 寿命を延ばせるのではないかという取り組みが始まっ ネガティブな側面は取り上げられるものの、 「こうす ています。 ると健康になる」というポジティブな面は、エビデン 私たちは最近、医師の方々と共同研究を行い、住ま スもなく科学的に説明するのが難しい状況でした。こ いの満足度とストレス・慢性 痛の関係を調査しまし の調査は、その意味で端緒になると考えています。前 た。多くの日本人を悩ませている腰痛や肩こり(慢性 回調査から 2 年が経過しますので近々、同じ方々に追 痛)というのは、その 8 割ほどが直接的な原因はわ 跡調査を行う予定です。 かっておらず、ストレス起因によるものだといわれて エネルギーの計測は簡単なので、すぐに省エネや節 います。であれば、住宅を含め生活環境の整備をする 電だけを目的にしてしまいます。快適性や健康性に関 ことによって、ストレスが減り、腰痛や肩こりといっ しても科学的にエビデンスを積み上げていけば、省エ た痛みがなくなることで QOL の向上につながるので ネとの両立をすることも可能なのです。これからの健 はないかと考えられるわけです。 康長寿社会のためにも、多くの時間を過ごす住宅に関 そこで慢性 痛に悩む 5000 人を対象にアンケート してもっと気を配るべきだと考えています。 を行いました (図 5) 。条件は、就労時間が週に 40 時間 以下、1 年以上同じ家に居住しているなどで、いわゆ る主婦の方です。設問は、属性、居住環境、家事のラ ■図5 住居のストレスと慢性疼痛の関係 イフスタイル、慢性 痛の症状などです。この調査に 慢性 よると、住まいの満足度や家事の楽しみが慢性 痛に 影響するという関係がみられたのです。最近、学術論 文としても査読を受けて発表しました。 0.92 痛 Chronic Pain 0.13 0.09 0.22 −0.04 −0.21 住宅の快適度と慢性 痛との関連など意外かもしれ ませんが、アンケートの結果に統計学的な分析を施し、 生活行動に関するものと、慢性 痛、ストレス、居住 環境を結びつけていくと、 「住まいの満足度」 「家事の 楽しさ」 「ストレス」 が腰痛などにどのように関連する ストレス・疲労感 Stress and Fatigue −0.27 家事の時間 Total Hours of Housework 0.12 家事の楽しみ Enjoying Housework 0.44 住まいの満足 Satisfaction of Living Environment のかが見出せるというものです。 図 5 では、それぞれのキーワードから慢性 痛に矢 印が向かっているのは、各要素が慢性 痛に関連して 「慢性 痛」の 73%は「住まいの満足」 「家事の楽しみ」 「ストレス・ 疲労感」 の 4 つで説明できる。 (図版提供:田辺新一) 7
© Copyright 2024 Paperzz