流通科学大学教育高度化推進センター紀要 第 5 号,51-60(2009) (関西生産性本部主催) 訪米“教育力向上”調査団参加報告(1) Report of Universities in the United States(Kansai Productivity Center)(1) 井谷 明男* Akio Itani Especially the field of education, the evaluation to Japanese university education remains consistently very low level in the world. And recently, employee education scene shows warnings, then the universities are getting not to leave as it is. Not only Japanese national or publich universities but also private universities are reuqired to contribute to Japanese society by regarding universities as practical employed education field and by the implementation of human eductaion seriously. Kansai Productivity Center began to investigate by an established study group covering the American educational method since 2007. I, as a member of the 2008 investigation, report about some points which are considered benefit especially for the universities concerned. Keyword:Universities in the United States, Faculty development, University of Colorado at Boulder, The Kenneth W. Monfort Colledge of Business at Northern Colorado University, 1.序 関西生産性本部は戦後、様々な訪米調査を実施し、日本の民間企業を活性化へ導いて来た。最 近では、日本企業がアメリカ企業に学ぶ事は少なくなって来たのではないかとの意見も聞かれる が、今でもその開拓精神に裏打ちされたアメリカ企業の底力や、情報公開と公正を求める精神に は、常に日本の各組織が参考にすべき事が多い。特に教育分野においては、世界の中で、日本の 大学の評価は、戦後も一貫して極めて低水準のまま推移して来た。そして、最近では、日本企業 の社員教育の現場が警鐘を鳴らし始めており、この現状を大学界も放置して置く事はできない状 況になって来ている。日本の各国公立大学もそうだが、各私立大学も本腰を入れて、大学を実際 の社会人教育の場と位置づけ、真の全人的教育を実施し、日本社会に資することが求められてい る。関西生産性本部では、2007 年度からアメリカの教育力にも焦点をあてた調査団を組織し、調 査を開始している。これは 2008 年度調査に加わった者として、特に大学関係者に有益と思われる *流通科学大学教学部、〒651-2188 神戸市西区学園西町 3-1 (2008 年 9 月 30 日受理) C 2009 Center for Research and Development in Higher Education ○ 52 井谷 明男 点について報告するものである。 1-1.昨年の調査団(2007 年度) 昨年度(2007 年夏)、関西生産性本部は「訪米“大学マネジメント”調査団」を組織し、テーマ を「教育力強化に向けたマネジメント力向上の方策を探る」と設定して調査を実施、報告・提言 をまとめた。当時の調査団メンバーは団長:立命館大学副総長本間政雄氏、副団長:近畿大学副 学長宗像惠氏達 17 名であった。大学からの参加者が 13 名を占めていた。参加訪問先は、スタン フォード大学、カリフォルニア大学バークレー校、ウィスコンシン大学スタウト校、ミネソタ大 学、カールトンカレッジ、ジョージワシントン大学、アメリカン大学、西部地区認証協会(WASC)、 日本学術振興会サンフランシスコ研究連絡センターの 9 組織である。2007 年度は訪問先も大学、 及び教育機関関係に絞られており、内容も特にアメリカの大学の教育力の源であるマネジメント、 教員評価等に焦点をあてて、調査を実施されている。これも冊子として報告書-財団法人関西生 産性本部 「訪米“大学マネジメント”調査団報告書」 (2007 年 10 月)-にまとめられているので、 参考にして頂きたい。評価手法等について鋭く切り込んだ箇所なども見受けられるが、例えばカ リフォルニア大学バークレー校で実際に利用されている学生記入用の授業評価アンケートサンプ ルも付されており、現場に具体的に役立つ点も数多く見受けられる。 1-2.今回の調査団(2008 年度) 今年度(2008 年夏)、関西生産性本部は「訪米“教育力向上”調査団」と銘打ち、テーマを「大 学の教育力、企業の教育力強化策を探る」と設定して調査を実施、報告・提言をまとめることと した。昨年度と比較すると、大学だけでなく企業の調査も併せて実施することとした点であろう。 調査団の詳細は次の通りであった。 期間:2008/8/17(日)~8/25(月) 訪問都市:アメリカ(デンバー、ニューヨーク、シカゴ) 訪問先大学(5 大学) :コロラド大学ボルダー校、ノーザンコロラド大学、コロンビア大学、アル バーノカレッジ、豊田工業大学シカゴ校 訪問先企業(3 社) :ニューベルギー社、デュポン、GE(ゼネラル・エレクトリック) 参加者(18 名) :団 長 平松一夫(関西学院大学商学部教授(前学長)関西生産性本部副会長) 副団長 前田盛明(レンゴー(株)取締役常務役員 KPC 人材開発副委員長) 鈴木幾太郎(桃山学院大学 常務理事・経営学部教授) 定籐繁樹(関西学院大学 副学長・経営戦略研究科教授) 片山俊之( (株)NTT データ関西 取締役執行役員 企画総務部長) 奥山龍一(早稲田大学 教務部社会連携推進室 副室長) (関西生産性本部主催)訪米 “教育力向上”調査団参加報告(1) 53 浦畑育生(大手前大学 副学長) 寺田信彦(阪急電鉄(株) 取締役人事部長) 山田智彦(ダイキン工業(株) 人事本部 採用・育成グループ長) 北尾伸二 (関西電力(株) 人材活性化室人材開発グループチーフマネジャー) 倉坂昇治(西日本旅客鉄道(株) 人事部担当部長) 古沢昌之(大阪商業大学 総合経営学部教授) 古殿幸雄(大阪国際大学 ビジネス学部長) 津田信治(大阪ガス(株) 人事部人材開発チームマネージャー) 福岡賢二(神戸情報大学院大学 事務局長) 井谷明男(流通科学大学 教務課) 辻本健二( (財)関西生産性本部 専務理事) 国頭貫也( (財)関西生産性本部 事業部 プログラムディレクター) ※訪問時のもの 訪問趣旨:“教える力”“学ぶ力”の向上や“教育の質保証”が世界的なテーマになってきている。人 的資源によって発展を図らねばならないわが国にとって、この分野で遅れをとること は許されない。しかし大学の教育力は非常に低い現状にある。大学教育で世界をリー ドしているのはアメリカである。 アメリカの大学は世界の留学生の半数近くを引き付ける力を持っており、多くの大 学では「教育力強化センター」を設置して、教える力、学ぶ力の強化に取組んでいる。 先進的な企業では CFO(Chief Learning Officer)を設置して、人材育成力の強化を図っ ている。 これらを視察し日本の大学力強化を図るのが主な目的である。また大学のバック ボーンである企業の視察も行い、企業教育の現場と大学の関係も調査する。 以下、訪問した各大学機関に絞って報告を行いたい。報告は冊子として報告書-財団法人関西 生産性本部 「訪米“教育力向上”調査団報告書」 (2008 年 11 月)-の内容を主に参照させて頂い ていた。 2.コロラド州立大学ボルダー校(University of Colorado at Boulder) 2-1.序 最初の訪問大学であった。現在、米国で最もイノベーションな都市と言われている州都デンバー より北西 40km に位置している。大学の所在地であるボルダー市の人口は 94673 人。その約半数 54 井谷 明男 が大学の関係者とも言われている。また、広大で緑あふれる大学キャンパスは全米 4 位の美しさ とも言われている。キャンパスを大学のサポート業務に関わる学生(Sr.Assistant Director, Office of Admessions)に案内してもらったが、本格的なアメリカンフットボール場など充実した施設が随所 に点在していた。寮も素晴らしいそうである(外観のみ見学) 。ロッキー山脈に囲まれた雄大で、 環境が良い(水がきれいで水道水を飲む事が可能、年間 300 日が晴天)事もあいまって、集中し て勉強したいと考える米国の学生の間から人気が高い大学の一つである。 2-2.コロラド州立大学の組織と運営 その後、建物の一室に案内され、主に 2 名の方(Chancellor と Provost)からボルダー校に関す る様々なご説明を頂戴した。大学の運営に関しては報告書では次のように述べられている。 「CUB は前述している通り、University of Colorado という大学システムの中にある 3 つの大学(デ ンバー、コロラドスプリングス、ボルダー)の内のひとつである。CUB には約 29,000 人、デン バーには 10,000 人、コロラドスプリングフィールドには 7,500 人の学生が在席している。大学シ ステム全体を統括する President(総長)を取り巻く形で評議員会があり、その下にそれぞれ大学 の Chancellor(学長)がいる。規模としては小さいが、カリフォルニア州立大学に似たシステム で運営されている。 」 ただアメリカのキャンパスが別の場所に散らばっている大規模大学が全てこのような運営シス テムに統一されている訳ではなく、UCLA にはその大学の運営システムがある等、それぞれ異な るようである。 2-3.ボルダー校の戦略ビジョン(フラッグシップ 2030) ボルダー校は公立大学だが、州政府へは総予算の 8.5%しか頼れないそうである。従って、授業 料収入への依存度が高い。収入アップのために寄付金を募っている。寄付金をより集めていくた めには大学の具体的な目標が示されなければならない。 「フラッグシップ 2030」はボルダー校の 大きな目標を内外に明確に示すものである。喫緊の課題に対応する 8 項目とより長期的な 10 項目 により構成されている。 <フラッグシップ 2030 喫緊の 8 項目> 1. Enhanced Education and Scholership(教育とスカラーシップの促進) 2. Fostering Research Excellence(卓越した研究の育成) 3. Enhancing Graduate Education(大学院教育の促進) 4. Ensuring Access(高等教育へのアクセスの確保) 5. Supporting the Mission(大学のミッションへのサポート) (関西生産性本部主催)訪米 “教育力向上”調査団参加報告(1) 55 6. Investing in the Tools for Success(成功への設備投資) 7. Learning for a Diverse World(多様な社会のための学習) 8. Serving Colorado, the Community, and Our Graduates(コロラドコミュニティ-卒業生へのサー ビスの充実) <フラッグシップ 2030 より長期的な 10 項目> 1. Residential Colledges(住まいとしての大学作り) 2. Customized Learning(カスタマイズ学習プログラム) 3. Experienced Learning(経験する学習プログラム) 4. Colorado’s Research Diamond(コロラドリサーチダイアモンドプロジェクト(新技術・特許・ 知的財産の開発) ) 5. Transcending Traditional Academic Boundaries(伝統的な学問領域の超越) 6. Building a Global Crossroads(グローバル交差点の構築) 7. Creating University Villages(大学村の創造) 8. Alternative Degree Tracks(単位互換制度等) 9. Year-round Learning(通期制) 10. Making Enterprise Work(事業の開発) 「Customized Learning」は現行の教育システムの枠組みに関わらず学生が各学問分野の枠を越 えて授業などを選択できるというもので、学生と教員が共同で卒業までのプラン作りを個々に行 うものである。現在大学院では実施できているそうだが、学部生全体にそうした取組みを拡大す ることができるかどうかが今後の課題とのことであった。 「Experienced Learning」は例えば地元の小中学校の学校生活を向上させるようなプロジェクト を体験させるような事を行うものである。 他に「学生の能力測定方法」などについてもお伺いしたが、例えば、数学専攻の学生には卒業 時テストなどで測定しているとの事である。しかし、音楽やダンスコースの学生はパフォーマン ス評価を、また美術史などではポートフォリオによるしかなく、なかなかしっかりした測定には 困難が多いことを率直にお話し頂いた。 現在、教育上、力を入れている事に「クリティカル・シンキング能力養成」と「リーダーシッ プ養成プログラム」がある。 「クリティカル・シンキング能力養成」では試験から択一問題を減ら す取組みを進めている。また、従来から入学後すぐと 3 年時に作文コースを履修することが必修 となっている。 「リーダーシップ養成プログラム」は地域の集団のリーダーとして活躍している方を講師とし 56 井谷 明男 て招聘しリーダーシップについて教授してもらうものである。最も競争率が高いのは「プレジデ ンス・リーダーシップ・プログラム」で選考で合格した 65 名だけが参加できるという。 3.ケネス W. モンフォート カレッジ オブ ビジネス(ノーザンコロラド大学) :The Kenneth W. Monfort Colledge of Business at Northern Colorado University 3-1.序 ケネス W. モンフォート カレッジ オブ ビジネス(以下 MCB)は今回の 2 番目の訪問 大学であった。所在地はデンバー州・グリーリー市である。ノーザンコロラド大学には 5 つのカ レッジがあり、その一つである。学生数は 1200 名と小規模な大学である。米国において「優秀な ビジネス教育を受けることができる大学」にするという目的に特化し、その領域における他大学 との差別化に全力を注いで来た。1984 年頃には存続の危機とも言える状況下にあったが、学部の ビジネス教育に全精力を注ぐという方針を決定し、大学院を廃止するなどスリム化に努め、一つ の目的に向かって成果を挙げて来た。2004 年にはマルコム・ボルドリッジ国家品質賞教育部門を 受賞し、全米におけるその地位を確固たるものにした。小規模大学の生き残り策を実践した生き た事例とも言えよう。 到着後、温かくお出迎え頂いた。朝食のメキシコ風軽食も美味しかったが、昼食には焼きそば 等の日本食が用意されており驚いた。しかし、普段から学内の食堂でこれらを食べることもでき るとのことであった。教員に日本人(Keiko Krahnke 准教授)もいる等、親日家の多い大学である。 説明は小教室(60 名の階段教室)で行われたが、最初にこの教室がこの大学で一番大きな教室 であるとの説明を受けて驚いた。 3-2.マルコム・ボルドリッジ国家品質賞 マルコム・ボルドリッジ国家品質賞は誤解を恐れずに例えるとすれば「グッドカンパニー賞」 の大学版ようなイメージである。大学の組織・システムが良いかどうかが評価されるものである。 ただ、大変格式の高い賞であり、授賞式はホワイトハウスで行われ、賞は大統領から直接、授与 されるとのことである。授賞式には全教員が参加したそうである。賞は次の各要素の評価の総合 得点で競われる。 <マルコム・ボルドリッジ国家品質賞(MBNQA)の評価要素> リーダーシップ 120 点、戦略的立案 85 点、顧客・市場(学生・ステークホルダー)重視 85 点、 情報、分析とナレッジマネジメント 90 点、人材重視 85 点、プロセスマネジメント 85 点、事業活 動の成果 450 点 (関西生産性本部主催)訪米 “教育力向上”調査団参加報告(1) 57 3-3.MCB の強み:学部教育への特化 同大学は 1968 年に発足した。1980 年頃には経営の危機に瀕していた。大学の知名度が低く、 ステークホルダーの満足度も低く、寄付金も低迷していた。 1984 年、教員間で話し合いが行われた。まず当時、この大学が置かれていた状況などを客観的 に評価してみたところ、大学教育のリソースが広範で資源投入が集中的でないことがわかった。 また、他のアメリカ国内の大学を調査してみたところ、学部レベルで、経営ビジネス分野に特化 し、卓越性を追及している大学は無いことがわかった。そこで、学部レベルで卓越した経営管理・ ビジネスの教育に注力した大学作りをしていくことを決定した。その後、まず大学院を廃止。経 営管理・ビジネス分野以外の専門コースを徐々に減少させて行った。1980 年代に約 2000 名だっ た在学生数は現在約 1200 名程度にまで絞り込まれている。そして、この少数精鋭とも言える学生 たちには教育の質の保証を与えている。 3-4.MCB の強み:プログラム運営の戦略化 少人数化を図り、学部教育へ特化する以上、教育の中身がより問われる。MCB では教育プログ ラム運営上、次の 3 つに注力している。 (1)Higt-Touch(密な指導) 30 人以下の少人数クラス編成を行い、教授達による熱血・体当たり指導を実践する。 (2)Wide-Tech(広い(最新の)技術知識を身につける) 教室機器、パソコンなどの備品、ソフトウェアなど、常に最新の技術の導入を図り、教育サー ビスに供する。例えば、株式相場の上昇下降をリアルタイムに経験できる最新の機器を備えた シミュレーション演習室などが学内に用意されていた。 (3)Professional Depth(高度な(実学の)専門的知識・能力を身につける) 実務経験 20 年以上の教授陣を用意している。また、企業の第一線で活躍中の企業人による ビジネス演習を受けることができる。 3-5.高い価値(High-Value) そうした教育により次のエビデンスを教育の質の保証を表す一つの指標としている。 (1)就職率 98.3%。 (2)ETS(ビジネススキルテスト)における良い成績。 過去 5 年間、トップ 10%の 3 割が MCB 生。2007 年の卒業生の 84.6%が全国平均点以上の 成績を納めた。 (3)卒業生の高い満足度。 58 井谷 明男 3-6.教育の姿勢(FD など) Keiko.Kranke 准教授より主に普段の教員の指導や授業の中身などについて教えて頂いた。 (1)FD アメリカでは教師も時間とお金をかけて授業技術を磨くのが当然である。そうしなければ学 生から尊敬されず、授業が成り立たない。 (2)Inquiry(問合せ・探究) 日本では良い学生というと普段の授業では黙って先生の話を聞いて、一生懸命ノートを取り、 期末テスト等で高得点を挙げる学生が優等生の一般的なイメージである。授業中にあまり質問 して「きく」ということは非常に少ないと思う。しかし、Keiko 先生によれば、学生が「何故 だろう?ときいてきた」ときが最も学生が知りたいと思っているときであり、勉強したい意欲 に満ちている時であるという。 (3)Motivation(学習の動機付け) どうすれば学生は勉強をやる気になるのだろうか?日本の学生は与えられることに慣れす ぎている。本来の教育はナレッジを与えるのではなく、学生に「気づかせる」(Discover(気 づき) )ことがより重要なのである。学生は「知りたい」と思った時に無我夢中で勉強するの である。私もアメリカの大学院で学んでみて、初めて「学ぶ」ことに「喜び」を感じた。 (4)Authentic Project Program(本物・本当(1) ) 学生に「何を勉強したいか?」聞いて行くと大多数の場合、 「本当のこと(Auhenticity) 」を 知りたいという答えに突き当たった。本当のこととは何だろうか。模擬の商品企画レポートの 書き方を授業で指導し、期末に教員に提出させても「本当」にはならない。実社会の企業の方 に実際に提案できれば「本当」になるのではないか。「Authentic Project Program」は大学の地 元の地域活動に参加する。そして何かポジティブな提案や行動を起こす。学生たちは「本当」 に触れる学習ができたことに満足した場面も見受けられた。 「ナレッジ」ではなく「経験(体 験) 」である。 (5)Service Learning(本物・本当(2) ) これも地域活動に参加するプログラムで「本当」を体感するものである。例えば、英語ので きないヒスパニック系の住民などに、英語を教えたりするプログラムなどがある。 (6)Learning and development together(学びは(経験してこそ)人間的な成長につながる) Learning とはナレッジを座学で詰め込むことを指していることが多かった。しかし、現在の 社会が求める人材は知識を詰め込んだ人間ではない。社会や企業は人間的に成長した人間を輩 出することを大学に求めている。授業で知識を詰め込んで、人間的成長はクラブ活動その他で というイメージが強かった。しかし、述べてきたように学生が求める「本物」を追及していく と、最近では「Learning」と「Development」は複合して実施していくことが効果的であり、真 (関西生産性本部主催)訪米 “教育力向上”調査団参加報告(1) 59 の教育ではないかと考えるようになってきた。 3-7.その他 次の 2 つを教員採用の基本方針としている。 ①「easier to make nice people smart than smart people nice」 頭の良い人に教えるより、良い人に教える方が易しい。 ②「people that like to teach are better at teaching」 教えることが好きな人は教えるのが上手だ。 4.所感 各訪問先の大学で「本物」・「Inquiry」・ 「社会のために」という言葉はよく出て来たように感じ た。米国の学生にとって授業とはどのようなものなのだろうか。 米大学での授業内では態度やマナーよりも授業に参加することが何より重要である。寝る事が 最も不謹慎である。授業に出席しなければ単位は修得できない。参加型の授業なので出席は大前 提である。隣席の学生、及びグループ内での対話・意見交換の時間や、教員への質問、プレゼン 発表などが、授業内に多くあり、聞くだけという講義型の授業は少ない。授業では宿題が課され、 授業時間外に復習・予習をし、また教員の研究室等に質問に行き、宿題の意図の確認や授業内で わからなかった事を質問し、疑問・不明点を解消しておく必要がある。空き時間には図書館で資 料を収集し、自習室で勉強する。週に一度、主に土曜日に集中して遊び、他の曜日(日曜日~金 曜日)は勉強漬けである。学生は次回の授業でまた他の学生と授業の内容について討論等ができ るのを心待ちにしている。様々な授業を努力して受講し、単位の修得を積み重ねて、卒業要件を ようやく満たせば、卒業である。卒業まで漕ぎ着けた学生は、各授業での経験が自分のものとな り、コミュニケーションや人前でのプレゼンなどの能力が身に付いており、自信に満ち溢れて卒 業を果たす。 課外活動も大変盛んであり、スポーツの課外活動用の競技場設置など予算獲得にも力を入れて いる。学生の多くは、授業料を親に頼らずに自分で支払う。大学の教員はほとんどが PhD 等のド クターである。学生は授業評価アンケートを提出する。授業評価アンケートは教員評価の重要な ファクターの一つである。入学試験が日本ほど厳しくないが、入学後の授業が厳しいので、卒業 率が低く、退学率が高い。退学しても、また、自分がやる気になったときに再入学したり、他大 学に入学する、全く異なる分野に変更する等が容易である。本学は小さな大学だがそれでも毎年 約 1000 名の学士、約 20 名の修士、数名の博士を世に送り出しており、その責任は小さくない。 今回の経験を生かし、責任を果たすために微力を尽くしたい。 注)訪問したのは 5 大学だが、今回は 2 大学しか報告できなかった。また、機会があれば残りの 60 井谷 明男 大学についても報告したい。 <引用・参考文献> 財団法人関西生産性本部「訪米“大学マネジメント”調査団報告書教育力強化に向けたマネジメント力向上の 方策を探る」 (2007 年 10 月) 財団法人関西生産性本部「訪米“教育力向上”調査団報告書 -大学の教育力、企業の教育力強化策を探る-」 (2008 年 11 月)
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