有王群及び無王群における、アナーキーミツバチワーカーの卵の policing

2006/07/06 KYOKO TAKASHIMA
有王群及び無王群における、アナーキーミツバチワーカーの卵の policing 率の違い
Visscher 1996)。ワーカーの機能的不妊は二つの異なるメカニズムによって引き起こされる。ま
Beekman M, Oldroyd BP (2003) Different policing rates of eggs laid by queenright & queenless ず、通常ワーカーは主に brood の発するフェロモン信号に反応して、生殖を控える(Trouiller et al anarchistic honey‐bee workers (Apis mellifera L.). Behav Ecol Sociobiol 54(7):480‐484. 1991; Arnold et al 1994; Mohammedi et al 1998; Oldroyd et al 2001b)。二つ目に、worker policing
として知られるプロセスで、ワーカーの産んだ卵は他のワーカーによって除去される(Ratniecks 訳注 1988; Ratniecks & Visscher 1989)。 policing:ワーカーが、他のワーカーの産んだ卵を食べて除去する行為。 WL 卵の選択的除去は、おそらくは女王が自分の卵に marking して、それによりワーカーが
anarchy:女王が存在するのに、産卵するワーカーがいること。 QL 卵(マークされたもの)と WL 卵(マークのないもの)とを識別できるようにしたために起こる。
egg‐marking signal:ミツバチの女王が、自分の産んだ卵につけるフェロモン信号。 Egg‐marking signal の性質はまだ分かっていないものの、(Katzav‐Gozansky et al 2001,2002; Discriminator colony:ワーカーが、egg‐marking signal のある卵(女王の産んだ卵)と egg‐marking Oldroyd et al. 2002)QL 卵と WL 卵の signal の有る無しが、ワーカーがこれら2種類の卵を見分
signal のない卵(ワーカーの産んだ卵)の識別を行うコロニーの意。 けるのに最もありそうな手段に思われる(Katzav‐Gozansky et al. 2001)。このような女王の
A B S T R AC T
egg‐marking signal により、受け手(ワーカー)と送り手(女王)両方が利益を得る。ワーカーは、雄
になる QL 卵よりも血縁度の低い WL 卵を取り除くことで、自分の間接的適応度が高くなる。女
有王群におけるワーカーの生殖は珍しい。ワーカーの産んだ卵(以下 WL 卵とする)は、おそら
く女王の持つ egg‐marking signal がワーカーにはないために、他のワーカーに食べられてしまう。
王は signal によってコロニー内の雄生産を独占出来ることになる(Ratniecks 1988)。 ワーカーは、この queen signal の欠如を利用して他のワーカーの卵を police し、女王は群内の生
殖を独占するようになる。アナーキーコロニーでは対照的に、雄のほとんどが WL 卵から生まれ
ワーカーが生殖を控えることでコロニーレベルで利益を得るのにも関わらず、あるセイヨウミ
ツバチのワーカーは有王群で産卵するが、それらの卵のほとんど全てが他のワーカーに食べられ
る。ワーカーがアナーキーワーカーの卵(以下 AWL 卵とする)を女王の産んだ卵(以下 QL 卵とす
る(Ratniecks 1993;Visscher 1996; Martin et al. 2002)。アジアのミツバチ(A.cerana)ではしかし、成
る)と誤認するために、AWL 卵は police されない。しかしこの研究では、無王群での AWL 卵は
功する生殖は稀であるものの、ワーカーの卵巣の活性化は相対的によく起こる(1~5%)(Oldroyd police され、野生型の無王群(非アナーキー)に酷似した WL 卵の除去率(policing 率)を示した。こ
et al. 2001a)。ワーカーが、女王や brood がいるにも関わらず生殖しようとする事実は、雄生産を
めぐる実際の闘争がミツバチコロニーで起きていることを示す。同時に、ワーカーの産生した雄
のことは、無王状況下では AWL 卵は化学的防御を失い、そのためにもはや QL 卵と同様には知
が少ないことは、worker policing がワーカーの生殖を妨げる有効なメカニズムであることを示
す。 覚されないことを示唆している。従って、egg‐marking signal は女王と brood が存在する場合に
限って適用され、女王と brood が不在ならば、アナーキーワーカーは egg‐marking signal を生産
しなくなると思われる。 ワーカーの機能的不妊の通常状態とは対照的に、極一部の稀な「アナーキー」コロニーでは、
雄の大多数が QL 卵ではなく限られた父系の WL 卵に由来する(Oldroyd et al.1994:Montague & INTRODUCTION
Oldroyd 1998; Chaline et al. 2002)。アナーキーコロニーにおけるワーカー由来の雄生産は、それ
社会性昆虫は長い間、調和のとれた社会の古典的な例と見なされてきた。しかし、Hamilton
らのワーカーの 2 つの特徴による。まず、アナーキーワーカーは brood がいるにも関わらず、卵
の研究(1964)以後、昆虫社会は多くの潜在的あるいは実際の闘争の場であることが分かっている。
闘争は昆虫社会が非クローン的であるために起こり、そのことがコロニー内の生殖に関する、個
巣を活性化することが出来る(Barron & Oldroyd 2001)。次に、アナーキーワーカーは police され
ない卵を産む(Oldroyd & Ratniecks 2000)。これらの二つの形質は Sidney University で飼われて
体間やグループ間の闘争の可能性に繋がる(Ratnieks & Reeve 1992)。 いるアナーキー血統に固定しており(Oldroyd & Osborne 1999)、14日齢のワーカーの 41%以上
社会性昆虫の大半において、ワーカーの生殖は偶発的に起こる。ワーカーは機能的な卵巣を持
が活性化した卵巣を持っている(Oldroyd et al.2001b)。そしてこれらのコロニーの雄のほとんどが
つが、女王の存在により、大抵生殖を控える(Bourke 1988)。有王群において、ワーカーが生殖を
行う程度は、個々のワーカーとワーカー全体の両レベルにかかる選択圧の相互作用で決定される。
ミツバチのような一妻多夫の種では、選択はワーカー全体のレベルに働いてワーカーの生殖を抑
WL 卵に由来する。以後「アナーキー」という単語をこれらの血統のワーカーを表すために使う
こととする。 制し、どの個体が雄を生むかというワーカー間の闘争を最小限にする(Ratniecks 1988)。同時に、
選択は個体レベルに働いてワーカーの生殖を促進する。自分の生殖のためにコロニーの brood 生
殖機構を利用することの出来るワーカーが、生殖しない仲間に比べて大きく適応的優位を得る
アナーキーは自然状況下のハチでは稀だが、アナーキーワーカー個体の適応度は、自分自身の
息子を産んでいるため、高くなる。同様に、アナーキーワーカーから生まれた雄は女王由来の雄
よりも有利である。なぜなら雌蜂の父親となることに加えて、娘ワーカーの生殖を経由して雄の
ミツバチでは、それらの選択圧を受ける結果、ワーカーが機能的に不妊となる方向に自然選択
子供も産生出来るからだ(Oldroyd et al.1994; Montague & Oldroyd 1998)。したがって、ワーカー
の生殖を希少なものに保つ選択圧は非常に強いはずである。しかし、個々のアナーキーワーカー
の行動に関連する、アナーキー行動による有意の適応コストは、たとえわずかに低い率であろう
が強くはたらく。大多数のコロニーにおいて、99.9%の雄の子は QL 卵に由来する(Ratniecks 1993; とも(Dampney et al.2003)、ワーカーの仕事を通常通り行うアナーキーワーカーでは見つかってい
(Oldroyd & Osborne 1999; Barron et al. 2001)。 1
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統計解析
ない(Oldroyd et al.1999)。以上の事実にも関わらず、生粋のアナーキーの血統で見られたような
利用する egg‐source コロニーを日によって使い分けるようにしたが、不規則に行ったので、
高確率のワーカーの生殖は、コロニーレベルでは維持され得ない(Barron et al.2001)。 ここで、無王・無 brood 群(以後無王群とする)のアナーキーワーカーと、有王群のアナーキー
システマチックな影響はない。このため、各 egg‐source コロニー間の違いは解析しなかった。 ワーカーから生まれた卵のその後を調査した。無王群・有王群の AWL 卵を、野生型・有王の
データは SPSS を用いて Cox の回帰生存解析(Collett 1994)方法で解析した。QL 卵、無王ある
discriminator 群へ移した。その結果、無王群の AWL 卵は、野生型の WL 卵とほぼ同じ割合で除
去された。一方有王群のアナーキーワーカーが産んだ卵ははるかに低い率で除去された。このこ
で除去された)と、正確な検閲(6時間後も残っていた卵への)を受けた生存率を比較した。Cox の
とは、無王群の AWL 卵が、通常 policing を妨げる signal を欠くことを示唆している。 回帰モデルにおける帰無仮説は、任意の期間での一グループ内の一個体(ここでは卵)の除去確率
METHODS
は、同時期の他グループ内の類似した個体(卵)の除去確率に比例するとみなす。我々が打ち立て
いは有王アナーキーWL 卵、野生型 WL 卵の、厳密な除去(移虫した卵は1、2、4、6、時間
たモデルは egg‐source、日にち、discriminator を説明変数として含む。このモデルを、日にち
卵の由来
と discriminator の影響を考慮に入れた上での、異なる egg‐source の生存率の尤度を計算するた
分析を開始する 7 日前、二つのアナーキーコロニーを二等分して、一方には現女王と若い brood
を入れ、他方には女王も、ワーカーが代わりの女王に育てられる若い brood も入れないようにし
めに用いた。データは、より情報の少ない除去確率機構(Collett 1994)ではなく、各時間における
卵の残存の非変換平均割合をグラフにして表した。 た。コロニーはそれぞれ二つの巣箱に分けられ、各巣箱の中には 4 枚の巣板がある。上下の巣板
は、女王は上の巣箱に入れないがワーカーは入れるように隔王板で仕切ってある。有王・アナー
R E S U LT S
キー群由来の、卵を採る巣板(egg‐source)は、隔王板の上の巣板からのみ採ったので、ワーカー
3つの discriminator colony 全てにおいて、有王・無王の AWL 卵はそれぞれ異なる扱いを受
由来の卵である(Montague & Oldroyd 1998)。 けた。無王・AWL 卵は早く除去され、有王・AWL 卵はそれよりもずっと遅く取り除かれた(Fig.1)。 全ての分析は 24 時間齢未満の未受精卵で行った。産みたての卵を得るために、egg‐source コ
Cox の回帰解析(Table1)は、4つの異なる egg‐source において、卵の除去率に統計的有意差が
ロニー内へ雄バチサイズの巣房のある巣板を、分析の 24 時間前に導入した。QL 卵はランダムに
あることを示している(“卵の由来”P<0.001)。日にちとコロニー識別の解析では、除去率の有
選択された3つの野生型コロニーから採った。これらの野生型コロニーは下記の discriminator 意な影響は見られなかった(“日にち”P=0.4)(“コロニー識別”P=0.2)。Table1 はまた、7日
colony とは血縁がない。野生型の WL 卵はランダムに選択された 2 つの無王・産卵ワーカーコ
間全体を通した3つの discriminator 全てのデータ(Fig.1“ALL”panel)を用いた除去率の対比較
の結果を表している。対比較は、無王・アナーキーワーカー卵と野生型ワーカー卵とが同じ割合
ロニーから採った。これらのコロニーは分析を開始する 17 日前に女王と brood を除去してある。 で除去されていることを示している(P=0.06)。一方で有王・AWL 卵は野生型 WL 卵よりもずっ
生物検定
とゆっくり除かれる(P<0.001)。有王と無王・AWL 卵もまた異なった扱いを受ける(P<0.001)。 調査は 2002 年 1 月から 2 月にかけて、Pearl Beach,New South Wales, Australia で行われた。 この頃、日照りと 2001 年 12 月の山火事のせいで採餌状態が悪かったため、この調査の間を通じ
て全てのコロニーに毎日砂糖水と砕いた花粉を給餌した。 DISCUSSION
様々な egg‐source の卵の除去率を分析するため、3つの野生型 discriminator colony を用いた。
それぞれ売られている標準的なコロニーで、2つの巣箱に入れられていて女王を下の箱に閉じ込
これに比べて、有王 AWL 卵の除去率は QL 卵・WL 卵の場合の中程度である。従って、無王・
める隔王板が付いている。各コロニーは17枚のハチに覆われた巣板から成り、その内の 8 枚に
験の結果は、Oldroyd & Ratniecks(2000)の、有王 AWL 卵は QL 卵や野生型 WL 卵の中程度の生
存率を示すという発見をも裏付ける。厳しい日照りに因る貧しい採餌状態のため、今回の生物検
無王・アナーキー群 WL 卵の除去率は、野生型 WL 卵の除去率とよく似ているように思える。
無 brood 群のアナーキーワーカーは、卵に egg‐marking signal を欠き、police される。この実
は brood と砂糖水供給装置が入っている。 定では比較的多数の QL 卵がワーカーにより除去された。しかし、相対的除去率を比べたために、
結論には影響していない。 分析を行うため、policing の標準分析方法(Ratniecks & Visscher 1989;Oldroyds & Ratniecks 2000)を用いて、4種類の卵(wild‐type・QL、wild‐type・WL、有王・アナーキー・WL、無王・
アナーキー・WL)20 個を、新しい試験用の雄バチの巣房へ移虫した。卵を元の巣房から出す際、
無王・アナーキー群 WL 卵の受容率が下がること(有王・無王・アナーキー群の WL 卵の除去
改造した鉗子か先を鈍くした針を用いた。それぞれの source の卵は試験用巣板に、任意の4列
に20個の卵が入るように移した。試験用巣板は一晩それぞれの識別されたコロニーに放置した。
卵の移虫後、試験用巣板を、予め各コロニーの上の巣箱の中央に設置した2枚の brood の巣板で
挟んだ。残った卵の数は試験用巣板の導入から1、2、4、6時間後に確認した。分析は 7 日間
率の違い)をどのように説明出来るだろうか。以下の 3 つの仮説が妥当なものとして考えられる。 仮説1
卵の事前選択がアナーキー群で起こり、その事前選択はアナーキー群が無王であった場合、減
少あるいは消失する。また、受容の域内にある卵は有王 AWL 卵ではないだろうか。 づつ行われ、それぞれの egg‐source からとった合計 420 の卵を用いた。これらは無王・アナー
キーコロニーの分割を行ってから9、11、12、13、19、22、23日後の実験である。 受容されにくい卵(正しくマークされていない卵)は police され、egg‐marking フェロモンがつい
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ている卵のみが実験で移送したときに残っていたのではないか。この仮説では、移送された卵は
無王群の brood のフェロモンの減少の影響の下で変化するのかを知る必要がある。現時点では、
アナーキー群の卵の大部分よりも受容されやすいと考えられ、policing 分析では低い除去率を示
我々はそのゴールの遥か手前にいる(Katzav‐Gozansky et al. 2002; Oldroyd et al. 2002)。 すだろう。もし無王・アナーキー群で policng 率が低ければ、事前選択は減少し、それによって
policing 分析における卵の平均受容性は低下するだろう。 アナーキーの有王群と無王群間の異なる事前選択率(無王群での低い policing 率から生ずる)は、3
つの理由から、この実験結果の原因ではなさそうである。まず、policing 率は有王・アナーキー
群では低下することが知られている(Oldroyd & Ratniecks 2003)。従って、事前選択が存在すると
してもあまり重要ではないと考えられる。次に Miller と Ratniecks(2001)は、卵 (QL 卵と WL 卵
の両方) の除去率が無王群において、低下するよりもむしろ上昇することを発見している。われ
われの無王・アナーキーコロニーでの無差別的な卵食の増加は、今回の結果を説明できない。な
ぜなら、それは低受容の卵(野生型ワーカーによって除去される卵)の比例的な増加をもたらさな
いからである。最後に、産卵から 2 時間以内に除去された卵が 7.3%未満であることから(Ratniecks et al.2003)、自然状態での AWL 卵の生存率が高くなると考えられ、これからも事前選択が重要で
はないことが示唆される。 仮説2
個体々々の産卵率は有王群、無王群のワーカーとで異なる。 これは有王・アナーキーワーカーが一日にわずかしか産卵せず、卵を police されないようにす
る egg‐marking signal を十分量生産出来る場合に起こりうる。しかし無王群では、個々の産卵率
は、ワーカーが大量に産んだ卵を保護する egg‐marking signal を生産できる限界まで上昇しうる。
ここで、野生型ミツバチコロニーにおける、有王下・無王下での個々の産卵率の違いに対する根
拠を挙げる。Ratniecks(2003)は野生型有王群でのワーカーの産卵を研究していた。そこで、2 匹
のワーカーはそれぞれ 2 つの発達した卵巣を持っていたものの、片方の卵巣に 1 個の成長しきっ
た卵があっただけだったと報告している。このことは、無王下での 1 日・1 匹あたり 19~32 個の
産卵数(Ratniecks 2003)と著しい対照をなしている。有王下と無王下でのアナーキーワーカーの産
卵率の違いを研究することは可能で、この仮説を検証しうる。 仮説3
無王の場合、極一部のアナーキーワーカーしか卵にマークしない。 無王の時に卵巣を発達させるワーカーの多数は、egg‐marking signal を生産する生化学的メカ
ニズムを確立することはないと推測される。卵に付けられる egg‐marking signal の量か質にばら
つきがあり、ワーカーの産卵が活発になるほど早く減退して、無王 AWL 卵の生存率が野生型
WL 卵の生存率に近づく(Fig.1)。このことが egg‐marking signal 生産の適応的スイッチオフだと
主張するわけではない。むしろ、これは有王・アナーキーワーカーが他の化合物を生産するよう
に仕向ける生化学的仕組みと、無王ワーカーに起こる他の生理学・行動学的変化の付帯兆候では
ないかと考えられる(Morgan et al. 1998; Simon et al. 2001)。 無王・アナーキー群における egg‐marking signal の欠如についての以上の仮説は、まだ推論に
過ぎない。その原因を完全に理解するには、signal の生化学的性質と、どのように合成されるか
ということに対するより深い理解が必要となる。いかにして Egg‐marking signal の性質と構成が、
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