「文明の衝突」仮説の実証的研究 -ハンティントン教授によると米国の

The Murata Science Foundation
「文明の衝突」仮説の実証的研究
-ハンティントン教授によると米国の潜在敵国とされる
中国社会とイスラム社会に対して米国市民は
どのような態度をとっているか-
Testing the Clash-of-Values Hypothesis:
Analyses of Attitudes of the American Citizens Towards Rising China and Muslim
A01213
代表研究者 藤 井 誠 二 新潟県立大学 国際地域学部 講師
Seiji Fujii
Full-time Lecturer, Faculty of International Studies and Regional Development,
University of Niigata Prefecture
共同研究者 秋 葉 勝 彦 青山学院大学 国際政治経済学部 非常勤講師
Katsuhiko Akiba
Part-time Lecturer, School of International Politics and Economics,
Aoyama Gakuin University
This research project aims at testing the Clash-of-Values Hypothesis proposed by Samuel P.
Huntington using the AsiaBarometer Survey data.
Initially, we intended to take five approaches, but we conducted two of them. In the first analyses
of the quality of life, we assume the subjective life quality consists of two levels: overall quality
of life and satisfaction with 16 specific life domains. The overall quality of life is measured in
terms of happiness, enjoyment and accomplishment, while the satisfaction levels are measured
with the 16 specific life domains which are grouped into three spheres of life: materialist, postmaterialist and public. Fitting ordered logit regression we consider the relationships between
the two levels of life quality.
We found that life domains in public sphere tend not to be statistically significant and be related
positively with the dependent variables: happiness, enjoyment, and achievement. Japan and
Russia are similar in that none in public sphere is statistically significant and is positively related
with the dependent variables. Domains in post-materialist life sphere tend to be positively and
statistically significantly related to enjoyment in China and Japan.
The second analyses in terms of international security are conducted by holding the workshop
titled “The Japan-U.S.-China Triangle: Key to the Peace and Prosperity in the 21st Century.”
One of the arguments was done by Dr. Zhongqi Pan. “Sovereignty interest and regime security
are the most decisive factors that keep China stay with the non-interference principle. When
they are at stake, China will apply its non-interference principle rigidly. If what at stake are
national interests, China usually could find alternatives to make a compromise.” This argument
needs to be considered with the following statement by Huntington. “Core nation states of
civilization need to refrain from interfering in the conflicts in other civilization to avoid major
conflicts among civilizations.”
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Annual Report No.26 2012
プのアプローチ、つまり、まず人々の不安や
研究目的
欲求などを通して庶民がどのように暮らして
本研究の目的は、
『フォーリン・アフェアー
いるか探り、次いで家族、近所づきあい、職
ズ』1993年7月号においてサミュエル・P・ハ
場、社会制度と個人との関係を見るというア
ンティントンによって提唱された「文明の衝
プローチが採用されている。つまり、本研究
突」仮説をアジア29の国・社会と非アジア3か
計画は、文明の衝突というややもすると一般
国に暮らす5万人を超える人々を対象に行っ
市民にはなじみのない問題を、一般市民の日々
た世論調査データを使って実証分析すること
の暮らしを通して見られる人々の考えや価値
である。ハンティントンは世界を西欧文明、
観を体現しているデータを用いて分析する。
ラテンアメリカ文明、アフリカ文明、イスラ
概 要
ム文明、中国文明、ヒンドゥー文明、東方正
教会文明、仏教文明、そして、日本文明に分
1.研究の目的
け、これらが相互に対立・衝突する流れが新
本研究の目的は、1993年にサミュエル・P・
しい世界秩序の基調となると主張した。本研
ハンティントンによって提唱された「文明の衝
究では、文明の衝突を相手社会の自分社会へ
突」仮説をアジア29の国・社会と非アジア3か
の大きな負の影響が相互的であることを指す
国に暮らす5万人を超える人々を対象に行っ
ものと仮定する。つまり自他の相互影響がど
た世論調査データを使って実証分析すること
ちらも負で、しかも大きな値である時に文明
である。ハンティントンは世界を西欧文明、
の衝突が起きやすいと考える。そのような認
ラテンアメリカ文明、アフリカ文明、イスラ
識を規定する要因について次の5つをモデル化
ム文明、中国文明、ヒンドゥー文明、東方正
する:(1)二国間相互依存度(安全保障、国
教会文明、仏教文明、そして、日本文明に分
際経済学等の観点から)、(2)宗教の特徴(一
け、これらが相互に対立・衝突する流れが新
神教か否か、宗教が社会の軸になっているか
しい世界秩序の基調となると主張した。本研
等)、(3)市民が国家とどのような関係を持っ
究では、次の5つをモデル化する:(1)二国間
ているか(市民は国家に誇りに思っているか、
相互依存度(安全保障、国際経済学等の観点
市民は政府を信頼しているか等からみた国内
から)、(2)宗教の特徴(一神教か否か、宗教
要因が対外的な行動を促す度合い)、(4)民
が社会の軸になっているか等)、(3)市民が国
主主義国は他の民主主義国に対して平和的、
家とどのような関係を持っているか(市民は国
非民主主義国に対して好戦的か、(5)日常生
家に誇りに思っているか、市民は政府を信頼
活の特定の面に対する満足度からみた価値観
しているか等からみた国内要因が対外的な行
動を促す度合い)、(4)民主主義国は他の民主
(生活の質)、である。
本研究計画は、アジア29の国と地域と非ア
主義国に対して平和的、非民主主義国に対し
ジア3か国に暮らす5万人を超える普通の人々
て好戦的か、(5)日常生活の特定の面に対す
の日常生活を、人々が回答し易い比較的簡
る満足度からみた価値観(生活の質)、である。
単な表現を用いた質問から探った膨大なデー
タベースであるアジア・バロメーター研究計
2.分析1
画のデータを用いる。そこでは、ボトムアッ
上述の 5 つのモデル化のうち、(5)日常生
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活の特定の面に対する満足度からみた価値観
日本、ロシア、アメリカに共通する特徴であ
(生活の質)の分析では、人々が自分自身の日
ることがわかった。さらに公的な領域に属す
常生活を主観的に評価する生活の質には2つ
る生活面の中には3つの従属変数を正の方向
のレベルがあると考える。すなわち、(a)人々
へ有意に規定する面がないという点では、日
が自分自身の日常生活を総合的に判断して自
本とロシアは非常に良く似ている。「楽しさ」
己評価する生活の質と(b)友人関係や結婚生
と正の相関にあるのは脱物質主義的な領域に
活といった日常生活の特定の面に対する満足
属する生活面であるという傾向が見られるの
度であり、本研究は、これら2つのレベルの生
は中国と日本である。
活の質の関係に焦点を当てる。
自分の生活を総合的に見て判断する生活の
4.分析2
質は、「幸福感」、「楽しさ」、「達成感」という
上述の5つのモデルの中の(1)二国間相互依
3つの要素から構成されると考える(Shin and
存度(安全保障、国際経済学等の観点から)の
Inoguchi, 2010)。日常生活の特定の面は「住
分析については、平成23年12月11−12日に
居」「友人関係」「結婚生活」「生活水準」「世
国際文化会館に於いて行われた学術会議「The
帯収入」「健康」「教育」「仕事」「近所付き合
Japan-U.S.-China Triangle: Key to the Peace
い」
「治安」
「周辺の環境」
「社会福祉制度」
「民
and Prosperity in the 21st Century」に於いて研
主主義制度」「家族生活」「余暇」「精神生活」
究協力者と議論・討論を行うことによって行
の16個である。
う形とした。
まず、これらの16個の特定の生活面を主成
分分析によって3つの領域に分ける。「物質主
5.分析結果2
義的領域」「脱物質主義的領域」そして「公的
モデル(1)二国間相互依存度(安全保障、
領域」である。次に、総合的に判断する生活
国際経済学等の観点から)の分析結果につい
の質を従属変数、16個の特定の生活面に対す
てである。会議の参加者の一人Zhongqi Pan
る満足度を独立変数として、順序ロジット回
氏は、中国の外交政策の立案にとっては、国
帰分析をあてはめ、総合的な生活の質を規定
益と国力、政権の維持と正当性、戦略的思考
する要因を探る。従属変数を統計学的に有意
とアイデンティティという国内諸要因が重要
に規定する生活面の数を3つの領域ごとにカ
であると述べた。さらにPan氏は、中国は50
ウントし国・社会間の類似度を分析する。
年以上の間、国際問題については当事者間が
相互に干渉しあわないという方針を採用して
3.分析結果1
きたが、主権と政権の維持が問題となってい
モデル(5)日常生活の特定の面に対する満
るときには、その方針を堅持するのに対して、
足度からみた価値観(生活の質)の分析結果に
国益が問題になっている時には、それ以外の
ついてである。公的な領域に属する特定の生
方針を探るようになってきたと述べた。ハン
活面が他の2つの領域に属する生活面に比べ
ティントンは、「文明の衝突」仮説の中で、異
て、総合的に判断して自己評価する生活の質
文明間の大規模な戦争を避けるには、中核国
(「幸福感」、「楽しさ」、「達成感」)を正の方向
家は他の文明内の衝突に介入するのをつつし
へ有意に規定しない傾向がある点は、中国、
む必要があると述べている。つまり、この議
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Annual Report No.26 2012
論は、中国の国益が問題にならないようにす
ることが重要であることを示唆している。
−以下割愛−
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