9.比較社会学 野 宮 大志郎

第Ⅲ章 専任教員による専門分野紹介
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9.比較社会学──野 宮 大志郎
「比較社会学」というコトバを聞いて「何だろう……何をするの?」と首を
傾げる人もいる。事実、そういった質問を多く受ける。
「政治学」や「経済学」
と聞けば、ある程度イメージを持つことができる。しかし「社会学」と聞い
ても、あまりピンと来ない。とはいえ、これでは答えにならない。ここでは、
研究例をいくつか覗いてみることから始めよう。
1.比較社会学、いくつかの例
[インターネット]
インターネットは国際社会をどう変えたか。インターネットは人々の心を
結びつける道具となったのだろうか。イラク戦争反対運動デモでは、世界各
国の人々が人類史上かつてないほどの規模で手を結び合い、
「運動の波」を起
こした。この運動ではインターネットが大きな役割を演じたといわれている。
また、テロリストが各国に向けて自分たちのホームページで主張を行うなど、
インターネットは国家間の関係にも介入している。インターネットは国家に
そして国際社会にどのような変化をもたらすのだろうか。通信手段としての
インターネットが発達した社会とそうでない社会がある。これらの社会の間
でどのような違いがあるのだろうか。
[国際 NGO・ボランティア団体]
国際難民の援助や途上国での灌漑施設の建設など、近年国際 NGO やボラ
ンティア団体の活動が著しい。なぜ、今、これらの現象が起こっているのか。
こうした人々の活動は社会全体の変化と関係があるのか。またその帰結は何
だろうか。例えば、それらは旧来の政治参加とは異なる方式を提案すること
になるのだろうか。議会制民主主義システムにどう影響するのか、
しないのか。
[外国人労働者]
外国人労働者と呼ばれる人たちがいる。彼らはなぜ祖国を離れて外国に行
き労働をするのか。ある特定の国から別の特定の国へ労働者が流れることが
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多いのはなぜか。人々が外国人労働者になることによって、当の労働者が暮
らしていた社会や家族にはどのような影響が出るのか。例えば、送り出し国
の労働力需要に影響を及ぼすのだろうか。家族やコミュニティはどうなるの
か。
[娯楽・余暇]
人々の余暇・娯楽には踊りがともなう。日本では徳島の阿波踊りなどが有
名である。このような民衆の踊りは、いつ、どのような状況の下で生まれた
のか。発展する過程はどのようであったか、例えば、その過程で政府による
弾圧など政治が介入したことあるのか。あるとすればなぜか。後世の人々に
語り伝えられるためには、どのような維持・伝承システムが必要だったか。
世界中を見渡してみれば、どの国でもこのような踊りがある。どの社会でも
このような踊りが生まれ、伝えられてきているのはなぜか。
このように比較社会学では、実に多様な領域で研究をすることができる。
およそ「社会」に関係することなら何でもテーマとして取り上げることがで
きるといえよう。とはいえ、その研究にはある特定の眼差しがある。以下、
「社
会」と「比較」という言葉に焦点を当てて説明しよう。
2.なぜ社会学か、社会学をするということ
社会学は社会科学の中でも政治学に近い学問である。とはいえ、政治学と
社会学では、研究対象とアプローチの視点が異なる。
例えば、社会学で国家間関係の議論をするとしよう。政治学とは異なり、
国家や政府の行動という観点にはあまり重点を置かない。むしろ、私たち日
常を生きる普通の人々にとって国家間関係が意味するものを研究する。例え
ば、複数の国家間にある関係があるとしよう。その関係が当該国家によって
正式に承認されていなくても、また法的な正当性がなくても物理的に人々の
行き来を許すものであれば、
「外国人」労働者などの移民現象が起きる。国際
NGO や国際ボランティア活動また社会運動への興味も、こうした社会学的
な視点がもたらすものである。国際 NGO の難民救助支援活動は、時として
国家の行動よりも迅速にそして的確に行われる。
このように、
社会学では人々
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香港の反 WTO デモには世界中から参加者が集まった(2005 年 12 月)
のレベルでの国際関係に興味がある。
国際関係は、政府間・国家間の関係のみから創り出されるものではない。
人々が国境を越えて草の根レベルで交わることが時には国家や国連などの国
際社会を動かす。移民が問題化してくると、国家は移民に対する政策を打ち
出すことがある。事実、移民問題は国連でも 21 世紀に対応すべき大きな課
題として意識されている。また戦争反対など、街頭で声を張り上げることが
各国政府や国際社会の動向を変えることもある。さらに国際ボランティア活
動が国家の支援を引き出すことがある。
「踊り」は、本来的に社会に住む人々
によって創出されたものだが、さまざまな理由で、これが国際性を帯びるこ
とがある。たとえば、リオのカーニバルが浅草での毎年の恒例行事として取
り入れられてからしばらく経つ。また日本の阿波踊りが外国で紹介され、民
間交流の活発化に役立っている。このように、社会学にとって国際関係とは、
それぞれの社会に住む人々が紡ぎ出す国際交流であるともいえる。
一般の人々による国際交流という言葉を使ったが、それが含むものは多様
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である。移民や踊りまた NGO やボランティア活動などに加えて、国境を越
えての犯罪麻薬取引や買売春もその中に含まれる。さらには民間交流に国家
や地方自治体が関与することがある。例えば横浜とサンフランシスコという
国際友好都市間での人々の交流がある。またワールドカップやオリンピック
などもこれに含まれるかもしれない。さらには国際テロ事件のような国家や
政府ではない組織がある特定の国家に対して行なう行動もある。こうした現
象は、すべて社会学の研究対象となる。
3.なぜ比較なのか、比較するということ
社会現象の背景には、それぞれの国の歴史や国家間の関係さらにその瞬間
に働く社会的な力がある。たとえば「外国人労働者」というカテゴリーと問
題は、グローバル化の波の中で大きく取り上げられることとなる。確かに他
所からの人々の移住と労働は太古の昔からあった。しかし国際飛行線が網の
目のように世界中を覆い、情報が世界の隅々まで瞬時に伝達される今日でこ
そ、外国人労働者の問題は顕著になっている。
とはいえ外国人労働者のありようはすべての国で同じではない。外国人労
働者が高度な技術を持った貴重な知的財産として社会の上層部に位置づけら
れている国もあれば、異民族・異人種として社会の最底辺に位置づけられて
いる国もある。また当該国に定住しようとする外国人労働者が多い国もあれ
ば、一時的な滞在を目的とする労働者が多く入る国もある。なぜそのような
違いができるのか。比較をすることのひとつの意義はここにある。つまり、
比較をとおして差異を説明することが可能となる。たとえば移住希望者に門
戸を閉ざす国と移住者受け入れに寛容な政策を取る国との違いの原因を、そ
れぞれの国での民族構成の違いや国家の経済政策のあり方に求めることがで
きるかもしれない。徳島の阿波踊りとリオのカーニバルの例でも、その違い
とその原因を比較を通して探求することができる。このように、違いに気づ
くことそしてその原因を探求することは、比較を通して可能な営みとなる。
また比較は新しい理解の仕方を生み出す。話をわかりやすくするために、
上述の徳島の阿波踊りとリオのカーニバルを再度例に取ろう。私たちは通
第Ⅲ章 専任教員による専門分野紹介
常この二つのイベントを別々のものとして考える。そして交わりのないも
のとして話し、また研究しがちだ。しかし、もしこれら二つのイベントに重
要な点で多くの共通項があったとすればどうだろう。これら二つのイベント
を「民衆の踊り」としてひとまとめにすれば、そこから新しい考えが浮かぶ
かもしれない。例えば「民衆の踊り」が創り出される際の共通点は何なのか。
政府による弾圧を共に受ける経験をしたのはなぜか。時代ごとにより多くの
人々を巻き込んだイベントに発展していった背景には、どういう条件があっ
たのだろうか、などである。つまり、比較の結果、いままで別々と考えられ
ていたものを新しいカテゴリーのもとでひとまとめにすることによって、新
しい理解がもたらされることがある。このように、比較は私たちに新しい視
点をもたらしてくれる道具となる。
4.おわりに
私の中で社会学への興味が膨らむまでには、ある経緯があった。当時、国
際機関の歴史的成立過程と国際条約の形成、国家の対外政策決定過程、内閣
制や大統領システムさらには選挙などの国内政治プロセスなどを学んだが、
実はどれもピンと来なかった。いずれも「あちらの世界」の出来事として、
私の耳に入ってきた。日常を生きる人々に近いことを研究材料として取り上
げることができないものか、とずっと考えていた。今思うに、それが私を社
会学に近づけた理由だと思う。
社会学における比較研究は自由である。どのような現象でも取り上げるこ
とができる。人々のレベルでの国際現象に興味があれば、だれでも取り組む
ことが可能である。興味のある現象を比較することによって、その現象に対
するより深い理解を得ることができる。比較社会学は、研究の空に飛び立と
うとする人にとって、大きく飛ぶ翼を与えてくれるものである。
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5.参考となる文献・ウェブサイト
[基礎的参考文献]
『質的比較分析』
、鹿又伸夫・野宮大志郎・長谷川計二(編著)、ミネルヴァ
書房、2001 年。
『社会科学における比較の方法』
、N.J. スメルサー著(山中弘訳)、玉川大学出
版、1996 年。
『社会学』
、ブルーム、セルズニック、ブルーム著(今田高俊監訳)、1981、ハ
ーベスト社。
[ウェブサイト]
野宮大志郎の HP:http://pweb.sophia.ac.jp/~d-nomiya/index.htm