地震、津波、そして壁新聞 最も洗練された情報通信技術を持つ国で、地震、津波、原発事 故という複合災害が発生した際、私たちは人々のいのちを救う ための情報を届けるツールとしてウェブサイトやソーシャルメ ディアに頼るべきなのでしょうか?インターニュースという NGO が先日発表した東日本大震災のコミュニケーションに関す る調査報告書によれば、必ずしもそうではないということがう かがえます。 2011 年 3 月 16 日仙台市の被災地で、雪の 中トランシーバーで更新する救急隊員(写 真提供:ロイター通信/アラートネット) 日本は地球上で最も情報通信等の技術が発達している国の一つ です。しかし例えば 2011 年 3 月 12 日石巻地域で、ツイッター や電子メールにアクセスしたり、ブログやフェイスブックで情 報をアップデートできた人は誰もいませんでした。被災者はテ レビすら見ることが出来なかったのです。ご存知の通りマグニ チュード 9.0 の大地震の後巨大津波が襲い、石巻の全世帯は完 全に停電してしまったからです。 そこで地元の新聞社はハイテクを活用するのではなく、あたかも何世紀かタイムスリップで逆のぼっ たように、手書きの新聞を作成しました。「被災者の方々は本当に情報を欲しがっていました」と言 うのは石巻日日新聞の編集者の武内宏之さん。「被災後全く情報がなければ、人々はずっとストレス を感じ、また不安を覚えたことでしょう。」 こうした喫緊の情報ニーズを満たすため、石巻日日新聞の記者の方々は一人ひとり現地に足を運び、 生存者や支援提供者に話を伺いました。そして戻ってくると直ぐに大きな紙にどこでどのようにすれ ば支援が得られるか等の最新情報を手書きし、こうした壁新聞は避難所毎にテープで留めて貼り出さ れました。 武内さんと石巻日日新聞の話はインターニュースというメディア関連を専門とする非政府組織(NGO) が最近発表した報告書の中で触れられています。この報告書は、東日本大震災時におけるコミュニケ ーションの役割を分析したもので、OCHA 神戸事務所等の支援を受けてとりまとめられました。昨今稀 に見るような複雑な緊急事態が発生する中、その発災当初から重要な情報を届ける上でどのようにな 課題に直面したのかが紹介されています。 これは携帯電話、ウェブ、ソーシャルメディア等が、緊急事態を生き延びる人々にとって欠かせない サービスとなっているまさに現代の話です。例えば家族の安否を確認し、離れ離れとなった家族が再 度繋がるために最も広く活用されたサービスは、政府でも赤十字でも NGO でもなくグーグル社による ものでした。このサービスでは災害後の3ヶ月で 61 万人以上の生存者や行方不明者の個人記録がアッ プロードされました。またソーシャルメディアとしては、生存者がリアルタイムの情報を求めたため、 ツイッターの利用がうなぎのぼりとなりました。例えば地震の直後一分間に 1 万1,000 回の「つぶや き」が記録され(通常平均は1分あたり 3,000 回)、首相官邸と東京電力は、災害発生後数日のうち にツイッター交信を始めました。この報告書によれば、ソーシャルメディアやウェブの活用は政府発 表から、クラウドソーシング、放射能汚染レベルの地図化等多岐にわたりましたが、被災者の多くは 家族や友人と「繋がる」ためにソーシャルメディアを活用しました。 報告書はまた、このようにネットワーク化が進む社会であったとしても、情報通信技術は「回答」の 一つに過ぎないと指摘しています。情報通信ネットワークが麻痺し、電力供給システムが崩壊、そし て何とか残されたネットワークさえオーバーロードしたとき、人々はかつて試みられ、また信頼され た旧いモデルに立ち戻ります。インターニュースは、インタビューされた方々が、特に地域に根ざし たラジオの重要性に何度も言及されるのを確認しました。これは単にネットワークシステムがうまく 機能しなかったということだけでなく、今回もっとも被災した年齢層、即ちお年寄りの方々が、イン ターネットを通じた情報ネットワークやソーシャルメディアについてよくご存知でなかったというこ ととも深い関係があります。 石巻日日新聞のエピソードが示すとおり、被災者は一般的なアドバイスよりも、直ぐに直接活用でき るような情報を欲していたわけです。例えば、住まわれている地域や避難所で受けられるサービス、 支援、ハザードに関する詳細などです。そして実際に支援を届けることのできる警察・消防等地域の 行政、NGO、ボランティアなどが立ち上がりました。宮城県の登米市では市長自らが「H@!FM」という ラジオ放送局から毎日声を送り、食糧や水といった支援状況についてアップデートしました。なお、 この「H@!FM」というコミュニティラジオ局は、大きな地震を予期してあらかじめ設立されていたも のでした。また地域の方々も放送局を訪れ次々に情報提供しました。例えば医師は医療物資のある場 所を、また商売をされている方々は商品在庫の状況を、といった具合です。震災から2年たった今も 「H@!FM」は復興の状況についてラジオ放送を続けています。 この報告書で取り上げられたコミュニケーションに関する様々な取り組みの大事な共通項は「信頼」 です。例えば登米市の「H@!FM」では、提供される情報の「裏取り」をする必要はありませんでした。 なぜなら「H@!FM」で話をする誰もが地元の方で、どういう方なのか地元の方にもよく知られているか らです。このことは将来危機に直面する政策担当者についても重要な教訓と言えるでしょう。即ち危 機において人々はすでに知っているもの、理解できるもの、そして信頼できるものを求めるというこ とです。個人および社会とのネットワークが携帯電話やソーシャルメディアを通じて広がっている若 者たちにとって、これらのプラットフォームはますます重要でしょう。何十万人という人々が即座に Google の「People Finder」で家族や友人を探したという事実自体、このように民間企業により開発 されたツールが、こうした人々がいまや家族の再統合を支援するといったような基礎的な人道支援の ための標準プラットフォームになりつつあると言えるでしょう。 報告書が指摘する別の教訓は、災害とともにすすむ技術革新の速さです。例えば首相官邸はツイッタ ー交信を始めるにいたる大きなプレッシャーのもとにおかれましたし、(技術的には違法の恐れがあ るにもかかわらず)10 代の若者が NHK のテレビ放送をそのまま携帯カメラで撮影し、即座にインター ネットに流すということを始めたのを契機に、テレビ局各社も放送内容をネットでも伝えるようにな りました。 したがって、報告書から導き出される提言が、地域の様々なメディア・情報ツールへの投資を行うべ きであるということは至極当然のことです。この観点では、特に緊急時の対応計画に情報やコミュニ ケーションに関する事柄が組み込まれるとともに、いかに情報技術部門-この中には民間企業やネッ トボランティア等も含まれますが-と協働すべきか学んでいくことが重要となります。 この報告書の中で興味深いのは、発展途上国においても、こうした情報とコミュニケーションをめぐ る同様の議論があることです。災害発生から数時間の間は、人々はまず自分の家族と再び繋がろうと します。日本は確かに世界で最も技術の進んだ国かもしれませんが、例えばハイチの大地震でも地域 ラジオ局や手書きの新聞など、情報に関する最も重要な取り組みのいくつかは共通しています。 最後に、報告書は日本政府がこうした教訓を基にすでにいくつか手を打ち始めていることにも触れて います。例えばツイッター配信の継続や津波予測能力の強化、携帯電話会社と協働した SMS(ショー トメッセージサービス)による災害情報の提供などがあります。まさに今、国際人道システム全体と して同様の取り組みを強化すべきでしょう。 ※石巻日日新聞:http://www.hibishinbun.com/
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