アンタルヤと - トルコ大使館 文化広報参事官室

アンタルヤと
地中海地方
カプタシュ・ビーチ、アンタルヤ
トルコの
リビエラ
アンタルヤでは、松の木に覆われたトロス(タウラス)山脈がキラ
キラと輝く澄んだ海まで広がって、岩の多い岬とひっそりとした入り
江による複雑な海岸線を作り出しています。
バクルル山
年間 300 日も太陽の恵みを受けるこの地方は、日光浴や水泳、ウィンドサーフィン、水上スキー、セーリング、
登山、洞窟探検などのスポーツのパラダイスです。3 月か 4 月にアンタルヤを訪れると、午前中はスキーを、午
後は温かな地中海で水泳が楽しめます。松林、オリーブや柑橘類の果樹園、椰子の木、アボカドやバナナのプラ
ンテーションが広がる景観の中に点在する重要な史跡を、目にすることができるでしょう。
トルコのリビエラは、トルコ観光の中心地です。ツーリストクラスからデラックスホテルまでニーズに合わせ
た宿泊施設が揃っています。温かくもてなしてくれるアンタルヤの人々が、あなたの休暇を快適で楽しいものに
してくれることでしょう。
アポロン神殿、スィデ
イヴリ―ミナレリ・モスク
メリハリのある素晴らしい景観に囲まれたトルコの主要なリゾート地アンタルヤは、木陰を作り出す椰子の並
木道と賞を受けたマリーナのある魅力的な町です。まるで絵画の様な美しいカレイチの古い界隈では、細く曲が
りくねった通りと古い木造の家々が、古代都市の城壁に隣接しています。
アンタルヤ
紀元前 159 年、彼自身にちなんでその都市をアッタレイアと名付けたペルガモンの王、アッタロスⅡ世によっ
て築かれて以来、アンタルヤには常に人が住み続けてきました。オスマン帝国の支配下に入る前は、ローマ帝国、
ビザンチン帝国、
セルジュク朝によって次々に占領されてきました。
町の中心にあるセルジュクの王アラエッディ
ン・ケイクバッドによって 13 世紀に建てられたイヴリ―ミナレリ・モスクの気品ある襞飾りのあるミナレット
(尖塔)は、アンタルヤのシンボルとなっています。同時代に建てられたカレイチ地区にあるカラタイ・メドレ
セ(神学校)は、セルジュクの石彫りの傑作と言えるでしょう。この町にある最も重要な 2 つのオスマン帝国
時代のモスクは、目を見張るようなタイル装飾を施した 16 世紀のムラット・パシャ・モスクと、18 世紀のテ
ケリ・メフメット・パシャ・モスクです。
ハドリアヌス門
アンタルヤ考古学博物館
マリーナの隣には、4 本の柱を天然の泉に立てその上に切石で建てられた 19 世紀後半の魅力的なイスケレ・
モスクがあります。フドゥルルク・クレスィ(塔)は、2 世紀に灯台として建てられたと考えられています。以
前は教会であったケスィック・ミナレリ・モスクは、ローマ、ビザンチン、セルジュク、そしてオスマン帝国に
よって継承される中で改築を重ねてきており、この町の長い歴史を裏付けています。
130 年にハドリアヌス帝がアンタルヤのファセリスを訪れた際には、同帝をたたえて、コリント式円柱と美し
く装飾された 3 つのアーチを持つ門が、
町の城壁に作られました。それが城壁を通り抜ける唯一の入り口でした。
マリーナの近くには、城壁の他の部分だけでなく、この門に隣接する 2 つの塔が今でも残っています。カレカ
プス広場にある時計塔もまた、旧市街の要塞の一部です。
カレイチの
伝統的家屋
アンタルヤ
アタテュルク公園とカラアリオール公園では、色鮮やかでエキゾチック
な花々と、山々を背景にした入り江のきらめく水が、なぜアンタルヤがこ
れほど有名なリゾート地となったかを物語ってくれるはずです。東海岸に
あるアクアパークでは、エキサイティングなウォータースライドを含む、
あらゆる種類のウォータースポーツが楽しめます。
す。午前中はセーリングを、午後はマリーナの安らぎを楽しめます。夜に
はライトアップされた古い城壁が、静穏と悠久の雰囲気を醸しだしてくれ
ます。
旧石器時代からオスマン帝国時代までの遺物が展示されている考古学
博物館では、この地域の豊かな歴史を垣間見ることができます。紀元前
5400 年から 8500 年頃のものとされる 2 色染めの陶磁器をぜひご覧くだ
さい。アタテュルク博物館では、トルコ共和国の建国の父が使用した品々
が展示されています。
(両館とも土曜・日曜・月曜休館)
受賞歴のあるアンタルヤ・カレイチマリーナとレジャーセンターは、ヨッ
トの停泊とサービスは勿論のこと、たくさんの土産物屋と気さくなカフェ
やレストランがあり、トルコで最も美しいマリーナの1つと言われていま
サバンジ・グラス・ピラミッド・コンベンション・
エキシビション・センター
サルコファガス(装飾棺)、
アンタルヤ考古学博物館
カシュ
秋に開催されるアンタルヤ・アルトゥン・ポルタカル(金のオレンジ)フィ
ルム・アート・フェスティバルは、多くの参加者と観光客に人気です。ア
スペンドスの古代劇場は、アスペンドス国際オペラ&バレエ・フェスティ
バルの素晴らしい舞台となっています。アンタルヤでは、毎年宝石フェア
も開催されています。
1996 年には、コンヤアルトゥ地区にサバンジ・グラス・ピラミッド・
コンベンション・エキシビション・センターがオープンしました。
アクアパーク
デュデン滝
日帰り旅行
夢のような景観、様々な種類の植物、雄大な山々と美しい海以上に魅力的なものがあるでしょうか。それに古
代遺跡の静寂と活動的な休日を加えて、申し分ない休暇をお過ごしください。アンタルヤからは、いろいろなと
ころへの日帰り旅行もできます。
アンタルヤの北東 14 キロにある上デュデン滝では、勢いよく流れ落ちる滝の向こう側を歩くというスリルあ
ふれる体験が出来ます。ララ・ビーチに向かう途中にある下デュデン滝は、直接海へ注ぎ込んでいます。近くに
ある休憩所から滝の絶景を楽しめますが、海からの眺めはよりいっそう壮観です。クルシュンル滝とニルフェル
湖はどちらもアンタルヤから 18 キロに位置し、すばらしい自然美に恵まれた名所です。
コンヤアルトゥ・ビーチ
エルマル
12 キロ東には、砂浜の続くララ・ビーチがあります。アンタルヤに近い所では、西にコンヤアルトゥ・ビー
チがあり、長く続く小石の浜から息を呑むような美しい山並みを望むことが出来ます。少し先にはベイ・ダーラ
ル(オリンポス)国立公園とトプチャム・ビーチがあり、さらに素晴らしい展望が広がっています。スチャンは
美しい自然にあふれた島です。美しい自然の中にもう少しいたいと思ったら、公園の北端にキャンプ場がありま
す。トゥネクテペ丘の頂上にあるホリデー総合施設と回転レストランまでドライブすると、周囲の景色を一望で
きます。
アンタルヤから 50 キロの地点にあるサクルケントは、バクルル山の北斜面にある、標高 1,750 ~ 1,900 メー
トルのウィンタースポーツに最適なリゾート地です。3 月と 4 月には、
午前中はスキー、
昼はアンタルヤのマリー
ケメル
テルメッソス
ナで美味しい新鮮な魚を味わい、午後は日光浴や水泳、ウィンドサーフィンを楽しむことができます。アンタル
ヤの北、デュズレルチャム公園では、環境保全プログラムで保護されている野生の鹿と山羊を見ることができま
す。途中、深さ 115 メートルの目を見張る様なギュヴェル峡谷に立ち寄るのもいいでしょう。
アンタルヤから 30 キロ、チャン山の東側にある旧石器時代のカライン洞窟は、トルコで最も古い居住跡です。
朝日に照らされる唯一の入り口は、相互につながっている 3 つの大きな部屋へと通じています。入り口にある
小さな博物館でも遺物の一部を展示していますが、ほとんどはトルコ各地にある様々な博物館に収蔵されていま
す。その中には紀元前 16 万年にさかのぼるものもあります。
クルシュンル滝
テルメッソス
テルメッソスの都市遺跡は、アンタルヤの北西に位置するギュルルク山国立公園のギュルルク(ソリモス)山
の西側にある 1,050 メートルの高原に位置しています。この都市の歴史の跡を取り巻いているのは、自然のま
まの見事な風景。公園の入り口には、自然と野生動物の博物館があります。
カライン洞窟
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サルダ湖、ブルドゥル
アンタルヤ
北部
手つかずの風景と動植物で知られるギョルレル・ボルゲスィ(湖水地方)は、アンタルヤから 150 キロ北の
山岳地帯に広がっています。絨毯やキリムで有名なブルドゥルは、美しい湖のある町としてもトルコ中に知られ
ています。バクルジェラル・チャルシュスのショッピングエリアでは、品質の良い銅の手工芸品が手に入ります。
また、この街には、17 世紀に建てられた、タシュオダ(現在は民族誌博物館)
、コジャオダ(別名チェリクバシュ)
やムスルルラル邸宅群などオスマン帝国時代の地域特性のある建築物が残されています。内装、外装ともにオッ
トマン様式の美を堪能することが出来ます(月曜休館)
。ブルドゥル考古学博物館には、この地域周辺から集め
た大変貴重な美術工芸品が収蔵されています(月曜休館)
。
インスユ洞窟、ブルドゥル
インジルハン、ブルドゥル
水泳も楽しめる美しいビーチのあるブルドゥル湖は、ウォータースポーツに絶好の場所です。スサムルク丘の
頂上に登ると、町と湖を一望のもとに見渡すことが出来ます。アンタルヤの 10 キロ南にあるインスユ洞窟は長
さ 597 メートル、
9 つの異なる池と鍾乳石と石筍であふれた部屋があります。クレムナ
(チャムルク)は、ブルドゥ
ルから 60 キロ、ブジャク郡のチャムルク村に近いブジャクからは 15 キロ。かつて重要なピシディアの都市で
あったこの町には、ローマ時代やビザンチン時代の遺跡もあります。インジリハン・キャラバンサライは、イン
ジルデレ(デレキョイ)にあるブジャクの西 7 キロに位置し、セルジュクの統治者ギヤーセッティン・ケイクー
バッドによって 13 世紀に建てられたものです。
サガラッソス、アーラスン、ブルドゥル
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エイルディル、ウスパルタ
サガラッソスの古代遺跡があります。かつてピシディアの首都であったこ
の街には、記念入場門、列柱の並ぶ通り、2 階建ての集会場、寺院や壮麗
な劇場などを含むローマ時代の遺跡があります。
ブルドゥルから南西へ 100 キロのギョルヒサル(スィビラ)には、大
半がローマ時代のものである競技場、2 階建て集会場、劇場、共同墓地や
大きな水道橋のある北部リキア人の古代都市遺跡があります。山々に囲
まれた海抜 1,050 メートルのこの地域には、砂浜や湖畔のカフェ、ホテ
ルやレストランでくつろぎながら涼をとるのに最適な美しいサルダ湖が
あります。また、紀元前 5400 年から 8500 年の陶磁器が出土したハジュ
ラル・ホユク(ハジュラル塚)もあります。ここは 1950 年に発掘され
ました。
タウルス山脈の高地にあるウスパルタは、湖畔にある町で、春と夏に
は野生の花々が咲き乱れる美しいところです。1417 年にセルジュク人に
よって建てられたウル・モスクにぜひ立ち寄ってみて下さい。屋根付き
市場のベデステンの起源は、1561 年にさかのぼります。ミマル・スィナ
ン・モスクとも呼ばれるフィルデウス・パシャ・モスクは、オスマン帝国
時代の偉大な建築家シナンによって、1561 年に建てられました。14 世
ブルドゥルの東 33 キロ、アーラスンの町から南に 7 キロの地点には、
ウスパルタ
紀のウスパルタ城は必見です。化粧品用にローズオイルを生産するバラ
園が町中にあり、甘い香りがあふれています。そのほかのお土産品には、
厚手のパイル地ウスパルタ絨毯などがあります。近くの丘にあるキラズル
デレとスィドレ地方は、のんびりと景観を楽しみたい観光客の人気を集め
ています。ウスパルタの南、芳香漂う松林に囲まれたギョルジュク湖は、
なんと海抜 1,405 メートルの高さにあります。
エイルディル湖の南端にあるエイルディルは、牧歌的な自然環境の中に
あります。人工的な建造物としては、リディア王クロイソスによって建て
られたエイルディル城があり、ローマ帝国、ビザンチン帝国、そしてセル
サガラッソス アーラスン、ブルドゥル
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ピシディア地方のアンティオキア古代都市の水道橋、ヤルヴァチ
ジュク朝によって増改築されてきた跡がうかがえます。セルジュク・ケメ
ルリ・ミナレは近代社会の変化にさらされ、今では道路の真ん中に建って
います。湖畔のレストランでは、
地元特産のホワイトバスをご賞味下さい。
海岸からは、遊歩道がエイルディル島まで続き、家の外ではた織り機を据
えてはたを織る人々の姿を見ることができます。
ウスパルタの北東にあるヤルヴァチは、ピシディアン地方のアンティオ
キア古代都市の近く、セレウコス王朝のもとで築かれた実際の年代は不明
ですが、おそらくは、メアンダー川が流れるマグネシア地方のアンティオ
コス
(紀元前 281 年~ 261 年)
王の植民地であったと思われます。アンティ
オキアはその後、ガラテア王国(紀元前 39 年~ 36 年)の支配下に入り、
紀元前 25 年から約 200 年にわたってローマ帝国の「シーザーの植民地」
でした。このことは現存する数々のラテン語の碑文によって裏付けられ
ています。町はローマ時代に 7 つの丘に広がる首都をまねて建設され、3
世紀の終わりにはピシディアの主要都市となり、ビザンチン帝国に受け継
がれて宗教関連の遺跡を増やしていくことになります。
湖の西側、丘の上にあるバルラのゲストハウスは、ゆっくりとくつろぐ
には絶好の場所です。エイルディル湖の南方 30 キロの地点、手つかずの
自然が残る涼しい山の保養地となっているコバダ湖の周囲には、コバダ国
立公園が広がっています。
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ピシディア地方のアンティオキア古代都市の岩墓、ヤルヴァチ
46 年頃、聖パウロと聖バルナバがこの地を訪れています。この町の大理石の通りを歩くときは、聖パウロ教会堂
や水道橋、アウグストゥス寺院、劇場、公衆浴場をご覧下さい。ただし、それらはすべて、713 年にアラブ人によっ
て破壊されました。13 世紀中頃には、住民のほとんどがこの古代都市を離れ、ヤルヴァチ付近に拠点を置きました。
ヤルヴァチの考古学博物館では、この地域の重要な美術工芸品を展示しています。お土産には、皮製の衣料品のほ
かにも、動物の皮でできた珍しい伝統的な品々があります。ヤルヴァチの東、カラクユ丘の頂上は月の神(男性だ
と言われています)の聖域であり、ここからの眺めは絶景です。ヤルヴァチの南にあるクズルダー国立公園の巨大
な杉林は、トルコでも指折りの景観の一つと言われています。
アルテミスの小像、ヤルヴァチ博物館
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ケメル、アンタルヤ
アンタルヤ
西部
海岸のすぐ向こうにそびえ立つのは、トロス(タウラス)山脈です。コンヤアルトゥ・ビーチからクルラング
チュ半島までの全域はベイ山地(オリンポス)国立公園で、国定自然保護区に指定されています。古代にリキア
半島と呼ばれたこの地域の歴史は、新石器時代からベルディビへの入植にまでさかのぼります。
アンタルヤからケメルまでは、42 キロの道が美しい山の風景の中を貫いています。このリゾートタウンは、
周辺の景色に溶け込むよう入念にデザインされており、とっておきの休暇を過ごすのに絶好の環境です。施設の
整ったケメル・マリーナでは、町の南にある自然のままの入り江やビーチでヨットを楽しめます。あらゆる種類
の高級なお土産物も揃っており、
買い物も楽しめることでしょう。マリーナの北にある海岸の遊歩道には、カフェ
やお店から直接ビーチへ下りる階段があります。ケメル・ビーチは「ブルーフラッグ・ビーチ」です(EU(欧
州連合)による「ブルーフラッグ」という造語は、
特にきれいなビーチを意味しています)
。ヨリュク(遊牧民)テー
マパークでは、職人が伝統工芸品を作るところを見学できます。隣接した入り江は、各種のスポーツや娯楽施設
ケメル・マリーナ
ファセリス
が松林の中にそっと隠れるようにたたずんでいる、楽しくて魅力的な場所です。4 月は色鮮やかなケメル・カー
ニバルの月です。春には、ヨットレースがケメル~北キプロス・トルコ共和国のギルネ、また別の都市との間で
も開催されます。
ケメルの北にあるクズルテペ、ギョイニュク(ブルーフラッグ)
、ベルディビ(ブルーフラッグ)、南にあるチャ
ムユワとテキロワ(ブルーフラッグ)は、様々な体験を楽しめる観光拠点となっています。休暇村はすべて周囲
の森林との調和を考えてデザインされています。ケメルから南へ 15 キロ下った標高 2,575 メートルのタフタル
(オリンポス)山の麓にあるファセリスの 3 つの港は、かつて商業の中心地でした。水道橋、アゴラ(集会場)、
浴場、劇場、ハドリアヌスの門やアクロポリス(城砦)の遺跡は、この町が歴史的に重要であったことを物語っ
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アリカンダ劇場
ています。南の港から見上げるタフタル山の眺めは壮観です。静かな砂浜
は絶好の遊び場で、穏やかな海で安心して泳ぎを楽しむことができます。
タフタル山の南側には、オリンポスの古代都市があります。西洋夾竹桃
や月桂樹の茂みが木陰を作ってくれるオリンポス谷には、陸路でも海路で
も行くことができます。静かな水面では光が戯れ、浴場のモザイクを引き
立てます。マルクス・アウレリウス(161 年~ 180 年)の時代に建てら
れたといわれる寺院の門、橋の一部やローマ劇場もまた、古代から今日に
至るまで残っています。入り江の周りの外壁や塔は中世のものです。
ヤナルタシュ、オリンポス
アドゥラサン、アンタルヤ
チュラル・ビーチから上った所にあるオリンポスの北側には、リキアの
英雄ベルレロフォンが翼の生えた馬のペガサスにまたがり、火を噴く怪
物キメイラを倒した場所とギリシャ神話が伝えるヤナルタシュ山(標高
300 メートル)があります。地面から漏れ出すガスが夜に明るく燃える
この場所は、ビザンチンの人々にとって信仰の地でもありました。
オリンポスの西の玄関フィニケは、柑橘類の木々や庭園に囲まれていま
す。砂浜が東へ延び、西には岩の多い湾と入り江が続きます。
フィニケからトゥルンチョオヴァを経由して内陸に 10 キロ入った地点
は、リキアの古代都市リミラです。カリアティデス(女像柱)で飾られた
紀元前 4 世紀のペリクレスの霊廟は、古代芸術の壮麗な作品です。城壁
や共同墓地、ローマ劇場も私たちの興味をそそります。
オリンポスの南、穏やかな海と砂浜が広がるシャウシュ湾では、穏やか
な海で水上スキーをしたり、色鮮やかな海洋生物を見つけたり、北側の岸
辺で素晴らしい海の洞窟を探検したりできます。
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カレキョイ、ケコヴァ
この道をさらに進むと、リキアの都市アリカンダがあります。紀元前 500 年までには人が住むようになりま
したが、火事や地震によって何度か崩壊し、ビザンチン帝国時代には、アカランダと呼ばれていました。トルコ
で最も美しい谷の一つを見下ろす山の上には、アゴラ(集会場)
、7 つに区分された劇場、競技場、会議場、水
道施設、体育館、浴場や点在する石棺を含む広大な遺跡が広がっています。浴場は今も良い状態で残っています。
現在はデムレ、またはカレと呼ばれている古代都市ミュラは、フィニケから西に 25 キロの地点にあります。
ここには、早くも紀元前 500 年頃から人が住んでいました。見事な彫刻を施された紀元前 4 世紀の墓石が、格
調高いローマ劇場を見下ろすように建っています。パタラで生まれた聖ニコラウスは、4 世紀にミュラの主教を
務め、345 年にこの地で亡くなりました。毎年 12 月に開催される聖ニコラウス記念祭は、太陽が降り注ぐ古代
リキアの地中海岸でクリスマス休暇を過ごす観光客で賑わいます。
デムレの聖ニコラウス
ミュラ(デムレ)
ミュラ(デムレ)
デムレの西にあるアンドリアスの古代の港チャヤーズには、水泳と日光浴に適したビーチがあります。古代の
貯蔵庫の隣にあるファウスティナとハドリアヌスの胸像に注目してください。
チャヤーズから船で 1 時間の島ケコヴァは、絵のように美しい島々、数多くの湾と古代遺跡で有名です。こ
れらの湾は一年中自然の港として使用することができ、ヨットで訪れる人々は手つかずの自然の景色を散策しな
がら楽しめます。ケコヴァ島の北岸に沿ったアポロニアでは、地震が大地を揺るがして古代の家々を澄んだ海の
底へと沈め、海底都市を作り出しました。カレキョイ城(スィメナ)からは、湾や入り江、島々とガラスのよう
に澄んだ海の上を静かに航海する色とりどりのヨットを一望できます。
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ケコヴァから西に進むと、三方を山々に囲まれた美しいカシュに到着し
ます。地元の気さくな漁師達が、
海岸沿いのお気に入りの湾や入り江、
ビー
チなどへ水上タクシーで喜んで連れて行ってくれるでしょう。カシュ周辺
の冷たい透明な海は、水泳やダイビングにうってつけです。
風光明媚なカルカンの道路沿い、カプタシュには美しいビーチがあり、
その端にはトルコブルーの洞穴があります。
西に少し行くと、小さな湾を見下ろす丘の上の美しい小さな町、カルカ
ンがあります。趣のある伝統的な白塗りの家、鎧戸を閉めた窓や通りに
まで垂れ下がっている美しい花々で飾られたバルコニーのあるこの町は、
静かな休暇を過ごすには絶好の場所です。土産物屋の立ち並ぶ細く曲がり
くねった道が魅力あふれるマリーナへと続き、毎朝近くのビーチや小さな
入り江へと、ボートが忙しく観光客を運んでいます。日が沈んだら、夕
食の前に屋上のテラスに集まって一杯飲みながら、ヨットの往来、マリー
カシュは紀元前 4 世紀に、アンティフェロスとして築かれました。現
在はリキア人の墓石や石棺、そして劇場だけが残されています。しかし、
町の魅力は今もそのままで、トルコの工芸品や皮製品、銅・銀製品、綿の
衣類、トルコで忘れてはならない手織りの絨毯などを売る土産物屋を覗き
ながら通りを散策するのも楽しいものです。
ケコヴァの海底都市
カシュ
買い物の後は、花に彩られたアクデニズ遊歩道の散歩や、ヤシの木陰で
ひと休みなどはいかがでしょう。バーやレストランではナイトライフが満
喫でき、町の周辺の山々では様々な体験や景観を楽しむことができます。
木の生い茂る丘を抜けて遠くの村や古代遺跡を訪ねてみましょう。活動的
な人なら、この地域の最高峰クズラル・スィヴリスィ山(標高 3,086 メー
トル)や 2 番目に高いアクダー山(3,030 メートル)に登りたくなるか
もしれません。
ナの賑わいやパノラマのような景色を楽しむのがカルカン流です。
かつては古代リキアの主要な港であったパタラは、曲がりくねった山道
をたどって遺跡に下りる手前にあります。ギリシャ神話によれば、アポロ
はここで誕生したそうです。史実では、聖ニコラウスの生誕の地とされて
います。ここにはもちろん、興味深い遺跡がたくさんあります。2 世紀に
その一部が発掘された劇場には、100 年に建てられた 3 つのアーチを持
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カシュのマリーナ
つ門があります。パタラには、素晴らしいビーチもあります。見渡す限り広がる 22 キロの真っ白な砂浜は、ど
んなビーチスポーツにも絶好の場所です。まだよく知られていないこの遠く離れた町は、あなただけの隠れ家を
見つけたような気分にさせてくれるでしょう。
古代リキアの首都クサントス、現在のトルコのクヌク村は、パタラの北 18 キロにあります。劇場、ハルピエ
スの墓、ネレイドの記念碑、アゴラ(集会場)や彫刻を施した柱など、リキア、ローマ、ビザンチン時代の遺跡
が融合し、独特の雰囲気を醸し出しています。6 キロ先にあるリキアの聖地レトゥーンには、神話でお馴染みの
神々、レートー、アポロ、アルテミスに捧げられた 3 つの神殿が、観光客の訪れを待っています。
ハルピエスの記念碑と
破風型記念碑、サントス 23
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ベレッキ
アンタルヤの
東部
アンタルヤの東には、広大で肥沃な平野が、果てしなく続く砂浜に沿ってアランヤまで広がっています。近代
的な観光施設が豊富に揃っており、保存状態の良い遺跡もあって、色々な楽しみ方が選べます。
ペルゲ(アンタルヤから 18 キロ)は、もとは紀元前 1500 年頃にヒッタイト人が定住していた古代パンフィ
リアの重要な都市でした。聖パウロは、最初の布教活動でこの町を訪れています。劇場のステージには見事な彫
刻を施した大理石のレリーフがあり、町の周辺から出土した他の彫刻は、競技場に展示されています。考古学に
興味のある人なら、両側にそびえ立つ 2 つの塔で守られた美しい門、かつてはモザイクで舗装され、たくさん
の店が並んでいた列柱のある長い道、広いアゴラ(集会場)
、公衆浴場や体育館に興味をそそられるでしょう。
ペルゲ、アンタルヤ
アランヤ
水泳や日光浴も楽しめるベレッキはアンタルヤから 40 キロ。近代的で贅沢な行楽地で、ゴルファーにとって
のパラダイスでもあります。ベレッキのナショナル・ゴルフ・クラブは、18 ホールの選手権コースと 9 ホール
の練習用コースだけでなく、あらゆる種類のウォータースポーツ設備を完備しています。最高のトルコ料理を味
わい、夜は野外ディスコも楽しめます。
思わずカメラに収めたくなるようなキョプリュ川に架かるセルジュク橋を渡るとアスペンドスです。道路はア
スペンドス宝石センターを通って、最も保存状態の良い古代劇場、15,000 人収容できるアスペンドス劇場へと
続いています。この劇場は現在も使用されており、観客席や舞台装飾、音響効果に建築技術の高さがうかがえま
す。近くには教会堂やアゴラ(集会場)
、そしてアナトリア地方最大の水道橋の一つが残っています。
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アンタルヤのアスペンドス劇場
砂金から美しい工芸品が作られる過程や宝石に彫刻を施す方法に興味のある方は、ぜひアスペンドス宝石セン
ターを訪れてみて下さい。大きなワークショップで宝石を作る過程をじっくり見学できます。
アンタルヤの北東、タシュアウルとベシュコナク方面へ向かう景色の良い道は、キョプリュリュ・キャニオン
国立公園へと続いています。曲がりくねった道が渓流を渡り、ヒマラヤ杉の原生林を抜けていきます。右へ左へ
とターンするたびにより美しい風景が目の前に広がるこの道では、のんびりとドライブを楽しんでください。ア
ンタルヤから 92 キロのこの公園は、動植物が豊富に生育する自然のままの美しい谷です。峡谷はキョプリュ川
に沿って 14 キロにもわたって広がり、場所によっては、その深さは 400 メートルにも達します。あちこちの
休憩所には、魚料理を出すレストランがあります。峡谷にかかるローマ時代のオルク橋とコジャデレ川にかかる
ビューリュム橋は、古代土木技術の巧みが忍ばれます。
キョプリュリュ・キャニオン
この公園からは、セルゲの古代都市やデデギョル山脈にも足を延ばすことができます。最高峰のデデギョルは
標高 2,992 メートルの高さを誇っています。キョプリュリュ・キャニオン国立公園の北西、曲がりくねった山
道の先は、古代ピシディアンの重要な都市であったアルトゥンカヤ(セルゲ)です。海抜 950 メートルにある
この商業都市には、城壁、塔、貯水池、ゼウス神殿、アゴラ(集会場)
、競技場、大きな岩に掘り込まれた劇場、
体育館や共同墓地が今も残っています。歴史学者によると、セルゲはアンタルヤとの直接貿易によって栄え、リ
ディア人や他の民族によって統治されました。
マナヴガット滝は高さこそありませんが、乳白色の泡立つ水が岩の上に力強く流れ落ちています。滝の隣には、木陰に
なったティーガーデンやレストランがあり、心地良く、涼しい休憩所になっています。特に1日観光した後には最高の
場所です。マナヴガット川をさかのぼる楽しいボートツアーに参加して、
この美しい地域をさらに探訪してみてください。
キョプリュリュ・キャニオン
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マナヴガット滝
トルコで最も有名な古代遺跡の一つに数えられるスィデは、ザクロとい
う意味の名前を持つ古代の港でした。現在は美しいリゾートタウンで、そ
の古代遺跡や 2 つの砂浜、たくさんのお店と幅広い宿泊施設は多くの観
光客で賑わっています。海の見えるカフェやレストランがたくさんあり、
細い通りに並んだ店では、皮製品や有名な金のジュエリーなどトルコの代
表的な工芸品が売られています。列柱のあるアーチの上に建てられた壮
麗な古代都市の劇場は、この地域で最大のものです。ほかにもアゴラ(集
会場)や海の近くのアポロ神殿、噴水、共同墓地などの遺跡があります。
広大なローマ浴場は、現在は博物館となっており、トルコでも有数の考古
学のコレクションが収められています。
スィデの東、松林の中にあるソルグンのリゾート地、ティトレイェン・
ギョル(ブルーフラッグ)とクズラーチは、砂浜ときらめく海で人気を呼
んでいます。くつろぎの味わいたっぷりで、
宿泊施設も豊富に揃っており、
数え切れないほどの体験が楽しめます。
スィデ
スィデの西、古代遺跡に近いクムキョイ、チョラクル、カメルヤといっ
た行楽地では、太陽と海が楽しめます。スィデの北東 15 キロにあるパン
フィリアのセレウジア(ブジャクシュフラル)には、ローマ浴場や寺院、
教会、霊廟、劇場やアゴラ(集会場)などの遺跡が良好な状態で残って
います。トルコにある洞窟の中でも、最も興味深く有名なものの一つは、
アイドゥンケント(イブラドゥ)の 12 キロ南東、マナヴガットの 55 キ
ロ北にあるアルトゥンベシッキ洞窟国立公園内にあります。石灰華(温泉
などの石灰質の沈殿物)や小川のほかに、湖や洞窟内の興味深い岩層も、
この地域に大きな魅力を添えています。アルトゥンベシッキ洞窟はマナヴ
スィデのアポロ神殿
スィデ考古学博物館
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アンタルヤ
アランヤ
30
ガット渓谷の西斜面にあり、この地域を訪ねたなら必ず訪れたい本物の
村、ウリュンリュを通って行くことが出来ます。
人気のある広大なリゾート地アランヤは、地中海に突き出た岩の多い岬
の突端にあり、
2 つの長く続く砂浜に挟まれています。1231 年にセルジュ
ク朝によって修復された、この海岸で最高の眺めの一つである要塞が岬
にそびえ立っています。保存状態の良い二重の壁を持つ要塞を引き立てて
いるのは、およそ 150 の塔。外壁の内側には、モスクやキャラバンサラ
イ、屋根付き市場の遺跡があり、内壁の内側には、荒廃した貯水池やビザ
ンチン時代の教会があります。アランヤの歴史はローマ時代にさかのぼり
ますが、1220 年にアラエッディン・ケイクバッドが冬の居城を構えて海
隊商宿アラーラファンは、1230 年にセルジュク朝のアラエッディン・
ケイクバッドによって、アラーラ川の岸辺に建てられました。近くの丘の
頂にあるアラーラ要塞からは、この地域全体の景色が見渡せます。
レッド・タワー、アランヤ
軍の基地にした時から、セルジュク朝のもとで繁栄し始めました。今も残
る建物からは、セルジュク時代のこの都市の重要性がうかがえます。堂々
とした要塞の他にも、ユニークな造船所や八角形のクズル・クレ(レッド・
タワー)には、ぜひ足を運んでみてください。
アランヤの町は、近代的なホテルやモーテル、数多くの魚料理のレスト
ランやカフェ、バーが立ち並ぶ美しい行楽地となっており、港を取り巻く
カフェは観光客が集まる人気のスポットです。ここには 3 つのブルーフ
ラッグ・ビーチもあります。
アランヤ
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町の美しい公園から、海岸に沿って港に向かう道路には、工芸品、皮製
品、宝石やハンドバッグ、そしてこの地方のシンボルとなっている楽しい
色塗りのひょうたんなどを売る数え切れないほどの店が軒を連ね、観光客
の目を楽しませています。8 月に賑やかな国際民族祭が開かれる時期には、
アランヤは活気溢れる陽気な雰囲気に包まれます。
ります(土曜・日曜・月曜休館)
。青く光る岩のあるフォスフォルル洞窟、
海賊が捕まえた女性を監禁したクズラル洞窟、そしてアシュクラル洞窟の
3 つの海の洞窟には船で行くことが出来ます。
強く照りつける太陽に疲れたら、アランヤから東に 15 キロのディム・
チャユ・バレーへ日帰りの旅に出かけ、美しい風景の谷の木陰で休み、谷
川の流れる音に耳を傾けましょう。アランヤから 30 キロ東、アイタップ
はロタペの古代の港町でした。ここでも、ローマ時代の遺跡と静かなビー
探検を楽しみたい方は、神秘的で奇妙な岩層を見ることができる、ダム
ラタシュ洞窟を訪ねてみて下さい。近くには、考古学民族誌博物館があ
ディム・チャユ(小川)、アランヤ
トライアスロンレース、アランヤ
チや湾を楽しめます。
ガーズィパシャに向かってアランヤから東に足を延ばしたら、ビーチの並
外れた美しさに目を奪われ、きっと立ち去り難くなることでしょう。魅力的
なガーズィパシャ郡は、ムスタファ・ケマル・アタテュルクによってその名
を与えられました。ガーズィパシャの近くには、多数の天然池を持つヤラ
ンドゥンヤ洞窟があります。コルサンラル・アシュク洞窟(海賊が愛する
ダムラタシュ洞窟、アランヤ
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ガーズィパシャ、アンタルヤ
洞窟)も訪ねてみて下さい。アダンダ山とギュネイ山にあるドアンジュの
王家の墓もまた一見の価値があります。ソリノスの古代都市の近くには、
快適な保養地があります。ハスデレにある絵のように美しいトルコの家々
も必見です。
アランヤから約 25 キロ西に位置するアヴサルラル(インジェクム)は、
美しい砂浜のある行楽地です。
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メルスィンの枝編み細工
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クズカレスィ、エルデムリ メルスィン
地中海沿岸
東部
マルクス・アントニウスは、アランヤからシリア国境までの美しいキリキア海岸を、結婚を祝してクレオパト
ラに贈りました。また、タルスス出身の聖パウロも、この地域の歴史と深く関わっています。現在この地域は、
豊富な穀物を生産する肥沃な土地と、地元の人々の温かいもてなしで知られています。
市場に出す作物の栽培園が密集するメルシン(イチェル)県は、トルコの地中海沿岸東部の中ほどに位置して
います。木陰を作る椰子の並木道、町の公園や近代的なホテルが明るい雰囲気を醸し出し、そこからは近くの遺
跡や数多くのビーチに足を延ばせます。急速に発展した都市であり、トルコの地中海沿岸で最大の免税港である
メルスィンからは、北キプロス・トルコ共和国のガーズィマゴサ(ファマグスタ)まで、カーフェリーの定期便
メルスィン・マリーナ
人間を彫った巨石、エルデムリ メルスィン
が出ています。魚市場では、手頃なレストランで獲れたての新鮮な魚を味わってみましょう。美味しい郷土料理
には、胡桃を人参で巻いたお菓子ジェゼリエや、肉なしのスパイシーなソースがかかった小さなピザ、ビベルリ・
エクメクなどがあります。外見は近代的ですが、メルスィン(古代ゼフィリウム)は、古代都市の遺跡で占めら
れています。ヒッタイト族にはキズワサと呼ばれていました。町の 3 キロ西にあるユムクテペ古墳では、これ
までの発掘調査によって、紀元前 6000 年から新石器時代まで継続して人が住んでいた集落がいくつか発見され
ています。ヒッタイトの女王プドゥヘパ(紀元前 1282 年から 1275 年)がシリアにあるウガリテの王ニクメパ
に宛てた手紙からは、メルスィンのギョクス(カリカドノス)川の先端にあるウラ(ヒリア)の住民が、ウガリ
テの人々との海上貿易に携わっていたことがわかっています。メルスィンのあちこちに様々な文明の遺跡が残さ
れていますが、そのほとんどはローマ、ビザンチン、そしてトルコ時代のものです。
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アラハン修道院、ムト
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カンルディヴァネ、メルスィン
メルスィンからアナムール
メルスィンからスィリフケまでの道路は、松林やオレンジの森を抜けて海岸線沿いに延びています。片側には
都市の遺跡や教会堂、墓などがあり、もう一方には砂浜のある小さな隠れた入り江がいくつも続いています。メ
ルスィンから 11 キロ西には、紀元前 700 年にロードス島の住民によって築かれたビランシェヒル(古代ポン
ペイオポリスとソロイ)
のメインストリートにかつて並んでいたコリント式の柱が残っています。カンルディヴァ
ネには古代カニテリスの遺跡があり、小さな寺院に似せた墓や教会、ローマやビザンチン時代に遡る石棺などが
あります。都市そのものも遺跡もすべて、深い谷の斜面にあります。
スィリフケ
美の 3 女神(モザイク)、スィリフケ
ナルルクユ洞窟、メルスィン
メルスィンから南西 50 キロのクズカレスィは美しいリゾート地で、素晴らしい砂浜、モーテルやキャンプ場も
あるコリコスの古代遺跡です。岸辺に建つ 12 世紀のコリコスの城は、200 メートル沖合の小島に建つもう1つの
城砦クズカレスィ
(乙女の城)
と向かい合っています。かつてこの2つの城砦は、
城壁によってつながっていました。
クズカレスィの先、小さな漁村ナルルクユの魚料理のレストランが立ち並ぶ入り江には、美の 3 女神と呼ば
れるローマ時代のモザイクがあります。さらに先へ進むと、谷底にジェンネット(天国)と呼ばれる自然が造り
だした幅 275 メートル深さ 125 メートルの洞窟があり、深い谷はジェヘンネム(地獄)と呼ばれています。天
国の谷には、5 世紀にキリスト教のチャペルに改造された神殿の遺跡があります。地獄と呼ばれる谷は、幅 50
~ 75 メートル、深さは 80 ~ 120 メートルです。その近くには、石筍と鍾乳石、炭酸石灰のあふれた深いナル
ルクユ洞窟があります。
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タシュジュ、メルスィン
洞窟内の湿った空気は、呼吸器系の疾患に苦しむ人によく効くと言わ
れています。彫刻を施したローマ時代の階段が、洞窟の中へと下りてい
きます。
恐れを知らない王の大霊廟(メズギット・カレスィ)は、スサノール・ビー
チの 12 キロ北、パスル村の 2.5 キロ東にあります。この大霊廟の正面は
高さ 8 メートル、コリント式の列柱と土台には高さ 1 メートルのプリア
ポスのレリーフがあります。これは最大の霊廟で、
ローマ時代のものです。
町の中には、
77 年または 78 年に造られたローマ時代の橋が、現在はギョ
クス川と呼ばれる古代カリジャドノス川に架かっています。ローマ時代の
神殿や、200 年に建てられた劇場の遺跡もあります。アタテュルクがか
つて滞在した地元の世紀末前後の家は、今は民俗誌博物館に改装されてい
ます。タシュジュへ向かう途中にあるスィリフケ考古学博物館には、この
地域から発掘された数多くの遺物が展示されています。スィリフケには、
アラッディン・モスクやテヴェクキュル帝の霊廟もあります。ギョクス・
デルタでは、300 種を超える鳥が保護されています。
少し内陸に入ると、スィリフケ(メルスィンから 90 キロ)の町が丘の
麓に広がっています。頂上に要塞のある高台は、かつて古代キリキアのセ
レウキアの城砦でした。
スィリフケの北、ウズンジャブルチに向かう途中にあるデミルジリ(古
代ウンビルオゴン)には、保存状態の良いローマ時代初期の墓廟があり
ます。
ウズンジャブルチュ(ディオカエサレア)、メルスィン
スィリフケ考古学博物館
標高 1,200 メートルにあるディオカエサレア(ウズンジャブルチュ)
の壮大な古代遺跡へ上る山道には、大きな墓が並んでいます。荘厳なゼウ
ス神殿、ヘレニズム時代のオルビウス、運命の神テュケの神殿、記念のアー
チ、161 年から 180 年の間に建てられた劇場、ビザンチン時代の教会や
塔の遺跡が目に留まります。4 キロ東には、ローマ時代の水道橋、劇場や
噴水のあるオルバ(ウラ)の遺跡があり、短時間で見て回れる一見の価値
のある場所です。
オルバ劇場、メルスィン
スィリフケ考古学博物館
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スィリフケから海岸沿いに南に進むと、最初の女性殉教者となった聖テクラの墓と教会があるローマ時代の共
同墓地、5 世紀のメリイェムリク(アヤテクラ)に到着します。
タシュジュは観光客用の宿泊施設の整った、砂浜と港があるリゾート地です。海上バスやフェリーの定期便が、
この町と北キプロス・トルコ共和国のギルネを結んでいます。
タシュジュから 44 キロ西のオヴァジュクは、
漁港とビーチで知られる静かな場所です。オヴァジュク半島(古
代カバリエレ)はトルコでも最高の自然美の一つとして知られ、ダイビングに最適です。ダイビングに興味のあ
る方は、キョスレリク湾(アフロディスィアス)とコスレリク島を訪れてみて下さい。
アヤテクラ、スィリフケ
アルスズ・ビーチ、イスケンデルン
ウズンジャブルチュ(ディオカエサレア)
、メルスィン
キョスレリク湾の海岸の先、オヴァジュクから 18 キロ南東に行くと、ローマ時代の遺跡や美しいモザイクに
出会います。オヴァジュクの西にあるアイドゥンジュクでは、セーリング海域がはっきりと指定されており、息
を飲むほど美しく伸びた海岸に沿ってヨットが安全に航行できるようになっています。海に向かって急降下す
る、松の木に覆われた山の斜面を縫うように走る海岸道路では、断崖や入り江、青緑色に輝く地中海の壮観な
眺望が広がります。
アイドゥンジュクからさらに西へ 36 キロのボズヤズは、広々としたビーチ沿いに清潔でゆったりとしたキャ
ンプ場のある行楽地です。
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マームリエ城、アナムール
カーブを描く 2 つの砂浜の間にある美しく保存状態の良いアナムール
城からは、海岸線の見事な景色が見渡せます。もともとは中世期に十字
軍によって建てられた城ですが、後にオスマン帝国の要塞として使われ
ました。
ムの遺跡があります。遺跡は海の上で段丘になっているので、頂上まで
登るとトルコでも屈指の清らかで自然のままの海岸を見渡せます。
ボズヤズから 13 キロ先の内陸へ数キロ入ったアナムールの町は、バナ
ナ農園に囲まれた山の懐に抱かれています。町の西側の美しいビーチに
は、二重の城壁、劇場、音楽堂、浴場や共同墓地のある古代アナモリア
メルスィンの東、肥沃なチュクロワ平原の端に、聖パウロ生誕の地タルス
スがあります。古代からあるこの都市は、何度も侵略を受け破壊されまし
たが、昔は首都でした。必見の考古学的な遺物には、青銅の武器、マルクス・
タルススからアンタキアへ
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聖パウロ教会のフレスコ画、タルスス
アントニウスとクレオパトラが逢引のためタルススへ来た時に通ったクレオパトラの門、ヒッタイトの神殿、古代
の教会、オスマン帝国時代のウル・ジャーミィ(モスク)やクバト帝の神学校などがあります。町のはずれにある
タルスス滝は、小川や滝を眺めながら、木陰で午後のひと時を過ごすのに最高の場所です。カラブルチャク公園は、
ユーカリの森の香りで満ちています。
ローマ時代の道路跡、タルスス
チュクロワ(キリキア)平原の中央に位置するトルコで 4 番目に大きな都市アダナは、豊かな農業地帯の中
心にあって、
盛んな繊維工業の中心地でもあります。ハドリアヌス帝によって造られ、
ユスティニアヌス帝によっ
て修復された全長 310 メートルのタシュキョプリュ(石橋)は、
町を 2 つに分けるセイハン川にかかっています。
もとは 21 あった石橋のアーチのうち、14 だけが今でも残っています。
この町の見所は、1509 年に建てられたウル・モスク、エスキ・モスク、ハサン・アー・モスク、19 世紀の
タルスス
ハタイ考古学博物館のレリーフ
時計塔や古い屋根付き市場などです。地元で発掘されたヒッタイトやローマ時代の遺跡を展示している考古学博
物館、魅力あふれる民俗誌博物館とアタテュルク文化博物館も、ぜひ市内観光に加えて下さい。
1 日の観光を終えたら、ひき肉を棒状に伸ばし串刺しにしたスパイシーなアダナ・ケバブを味わってみましょ
う。地元ならではの飲み物には、赤カブから作ったシャルガムや、ぶどうジュースの一種シュラなどがあります。
この町の北、セイハンダムと湖には、木陰の遊歩道、趣のあるティーガーデンやレストランがあり、暑さを避
けるのにもってこいの場所です。日暮れ時に町の方を振り返ると、きらめく光に縁取られ、静かにルビー色に染
まっていく曲がりくねった川の景色が望めます。
聖パウロの井戸、タルスス
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ユムルタルク、アダナ
宿泊施設のある最も近いビーチは、古代の港の城が絵のように美しい漁港にそびえ立つユムルタルクとカラタ
シュにあります。チャムルク公園では、漁師たちが景色を楽しみながら漁をしています。
アダナからイスケンデルンに向かう道のはずれ、ヤカプナルの近くに、シルクロード沿いにあるという利点を
生かして栄えた都市ミスィスがあります。ここには、ノアの箱舟や動物たちを描いた4世紀の美しいモザイクの
舗道など、ローマ時代の遺跡がいくつかあります。道をさらに進むと、ジェイハン川を見下ろす岩山の頂上に、
印象的なユランルカレ(シャフメラン城)の遺跡が見えてきます。ユランルカレの南、スィルケリ地方には、ム
ヴァッタリシュがエジプトに向かう途中ここに立ち寄ったことを示す、やや風化したヒッタイト語のレリーフが
あります。ジェイハンの北のディレッカヤ村(古代アナバルザ)には、ローマ時代やビザンチン時代の都市と見
アダナ
アナワルザのモザイク
アダナ・ケバブ
事な城が残っています。村の小さな博物館には、
ローマ浴場で発見されたモザイクの傑作を 2 点、
収蔵しています。
イスケンデルン湾の先端から内陸に入ったところにあるオスマニエは、そこからさらに 2 つの遺跡へ行くこと
ができる分岐点です。カラテペへの道を進むと、古代ローマの都市カスタバラ(オスマニエの中心から 15 キロ)
に着きます。ここには、列柱の並ぶ通り、円形競技場、浴場や丘の上の要塞などがあり、遠い昔が忍ばれます。
カスタバラ(ヒエラポリス)は、チュクロワ地方で最も重要な古代都市です。カラテペ―アスランタシュ野外博
物館(新ヒッタイトの遺跡)にあるアシタワダ王の夏の城の遺跡、ヒッタイト語やフェニキア語で彫られたヒッ
タイト語の解読に重要な銘板や見事な浅浮彫りのある野外博物館からは、古代文明の重要性と驚くべき美意識が
うかがえます。ここには、雄牛の 2 つの彫像と、ライオンの頭を持った人間の彫像が 1 つあります。
綿の木、アダナ
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ミスィス・モザイク博物館
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アダナ
この地域では十字軍の時代に多くの戦いが繰り広げられ、トプラッカレの威風堂々とした要塞は、一時期ヨーロッパ軍
に占領されていたこともあります。さらに歴史をさかのぼると、アレキサンダー大王はダリウス 3 世率いるペルシャ軍を、
紀元前 333 年にイッソス(ドルトヨル)平野で破っています。現在、この地域には柑橘類の大きな果樹園がたくさんあり、
ここからオレンジやタンジェリン、レモンがトルコ全土に運ばれていきます。
イスケンデルン湾の海岸線沿いを走るハイウェイをはずれたところにあるヤカジュク(パヤス)には、
モスク、
浴場、
市場、
隊商宿や神学校などを備えた 16 世紀の素晴らしいソクルル・メフメット・パシャ・コンプレックスがあります。その他の
歴史的建造物には、ジンクレスィ(精霊の塔)や城などがあります。
かつてのアレクサンドレッタであったイスケンデルンは、アレキサンダー大王がイッソス平野でペルシャ軍を破った後
に築いた町で、現在は良港を持つにぎやかな商業の中心地です。立派なホテルやレストラン、カフェなどが、公園とヤシ
アルスズ川、イスケンデルン
パヤスのソクルル・メフメット・
パシャ・コンプレックス
の木に囲まれた海岸に立ち並んでいます。イスケンデルンのお勧め料理は、
豪華な海老です。
美食家なら、細かくした甘い小麦に溶かしたチーズを混ぜた温かいデザートのキュネフェ
と、裏ごししたヒヨコ豆、にんにくとパプリカで作る前菜フムス(ペースト)も試したい
ものです。お土産には、手彫りの木のテーブルや椅子など、木製品がお勧めです。
イスケンデルンの南海岸にあるウルチュナル(アルスズ)のリゾート地には、素晴らし
いビーチ、ホテル、ゲストハウスやレストランがあります。
イッソスの水道橋、エルズィン
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アルスズ、ハタイ
アンタキアに向かう途中、幹線道路からはずれたところに、山の中のリゾート地ソウコルクがあります。ここ
は、太陽が照りつける夏の避暑地となっています。ベレン峠を越えたら、ビザンチン帝国、マムルーク、十字軍
によって繰り返し占領されたバグラス城に立ち寄ってみましょう。この城は、本来はアラビアへのルートを管理
するために建てられました。城の中には礼拝堂があります。
アンタキア(聖書に登場する町アンティオキア)は、雄大な山々に囲まれた肥沃な平野を流れるアスィ川(オ
ロンテス)に沿った町です。かつてはセレウコス王朝の首都であり、富と贅沢を極めたことで有名でした。その
繁栄は商業と文化により、
ローマ時代まで続きます。初期キリスト教の時代には、
その中心地となり、
「クリスチャ
ン」という呼称もこの場所で生まれています。
バクラス城、ハタイ
ハタイ考古学博物館
オケアノスのモザイク、
ハタイ考古学博物館
ハタイ考古学博物館は、世界でも有数のローマ時代のモザイクのコレクションを収蔵しています(土曜・日曜・
月曜休館)
。これらの素晴らしい石のモザイクは、ほとんどがアンタキアと近郊のダフネで発掘されたものです。
町の郊外には、12 使徒の 1 人聖ペテロの洞窟があります。この教会は、1963 年にバチカンにより聖地として
認定されました。活気あふれる市場やハビブ・ナッジャール・モスクなども見どころです。
洞窟の南にある鉄の門は、聖書に出てくるアンティオキアに実在した入り口の一つでした。当時とほとんど変
わっていない町の古い界隈を散歩していると、聖パウロ、聖ペテロ、聖バルナバや他の人々もこの通りを歩いた
ことを思い起こさずにはいられないでしょう。町の高台に建つアンティオキア城からは、町や平野を見渡す壮大
な景色を楽しめます。
ソテリアのモザイク、
ハタイ考古学博物館
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聖ペテロの洞窟、アンタキア
ハルビイェ、ハタイ
アンタキアの南には古代のダフネ、ハルビイェがあります。神話では、アポロンが木の妖精ダフネを自分の恋人
にしようとしましたが、彼から逃れるため、ダフネは月桂樹の木に変身したと伝えられています。ローマ時代、こ
の町は豪奢な住宅地でした。果樹園や庭園、月桂樹の木々や滝に覆われたこの場所では、美味しい食事も楽しめま
す。10 月は美味しいハルビイェナツメヤシが食べ頃です。素晴らしい月桂樹の香りの石鹸もここで売っています。
アンタキアから 25 キロのサマンダーは、自然のままのビーチがあるリゾート地です。町の北にあるセレウキ
ア・ペリア(チェヴリッキ)は、紀元前 300 年頃に築かれ、聖パウロと聖バルナバがここから最初の布教の旅
を始めた頃には、賑やかな港町になっていました。最も興味深い歴史的建造物は、雨水を脇へ流すために作られ
セルマーイェ・モスクと
カトリック教会、ハタイ
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チェヴリキ―サマンダーの岩墓
たティトゥスのトンネルです。今日の水準から見ても、素晴らしい土木技術が用いられています。古代の港や砂
浜、肥沃な平野の壮大な景観を一望できるカプスユ村にあるゼウス神殿までのドライブもお勧めです。
アンタキアからシリアへ行くには、二つの道があります。東のアレッポに向かう道は国境の町レイハンルを通
り、南への道はヤイラダーを通り、ラズキエ、トリポリ、ベイルートへと向っています。
ベシキリ洞窟、ハタイ
アジュル・エズメ
(トマトとパセリのペースト、前菜)
ティトゥスのトンネル、
チェヴリキ―サマンダー
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キュネフェ(名物デザート)
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文化遺産は壊れやすいものです。
世界の文化遺産は、大きなパズルのようなものです。物体である遺跡は、私たちの起源、発展そし
て私たちの現在の生活を洞察する力を与えてくれる全体像のかけがえのない一部なのです。遺跡は、
私たちが他の文化を正しく理解し、認識するのに役立ちます。新しい発見や新しい解釈がパズルに
加わり、全体像がもっとはっきりするようになります。私たちは、将来の世代もこのパズルを楽し
む機会を持てるように、遺跡のひとつひとつを保護しなければなりません。
私たちの文化遺産が地震、洪水などの自然災害および汚染や人間の行為などのようにゆっくりと作
用するプロセスからのストレスにさらされていることを、多くの人が気付いていません。記念品とし
て古代の陶器やモザイク画の破片を集めるなどといった悪気のない行為でさえ、何千回と繰り返され
ると破壊的な影響を持つようになります。石、金属または織物という物体に手を触れると、ごく少量
ですが油脂、酸または汗がその表面に付着します。遺跡に登ると、下部構造物が磨り減り、遺跡が破
壊されてしまう場合があります。名前を書いたり、彫ったりする行為は、永久的な傷を与えてしま
います。大きなバッグやバックパックを持って狭く混雑した場所を歩き回ると、物体を倒してしまっ
たり、壁画に引っ掻き傷を付けてしまい、台無しにしてしまったりする場合があります。私たちが
知らないうちに、文化遺産の破壊に手を貸してしまうという場合が数え切れないくらい多いのです。
2020 年には、毎年 16 億人の観光客が全世界を旅行すると予想されています。私たち全員が保存
に協力し合って、私たちの文化遺産の多様性と豊富さを楽しむことができるように、私たち自身の
意識を高めていきましょう。
国際文化財保存修復センター(ICCROM)
トルコ国内のツーリスト・インフォメーション・オフィス
写真
グラフィックデザイン
トルコ共和国大使館・文化広報参事官室(トルコ政府観光局)
〒 150-0001 東京都渋谷区神宮前 2-33-6
TEL 03-3470-6380(9:00 〜 12:30 14:00 〜 17:30) FAX 03-3470-6037 URL http://www.tourismturkey.jp/
印刷 (株)廣済堂
Tokyo 2008
無料配布資料
マルマラ海