マスタードガス MUSTARD GAS 0.概要 ・マスタードガスはナイトロジェンマスタード、ルイサイト、ホスゲンオキシム と同類で、びらん剤に分類される。暴露直後にルイサイトは疼痛と水疱、ホス ゲンオキシムは疼痛が接触局所に出現し、マスタードガスとナイトロジェン マスタードでは遅れて水疱が出現する。 ・常温では無色の液体。不純物が混合していると黄色∼暗褐色を帯びる。からし、 ま た は に ん に く に 似 た 特 有 の 臭 気( 一 般 的 に 中 毒 濃 度 で 臭 気 を 感 知 で き る ) 。 ・蒸気または液体に暴露すると、皮膚・粘膜から吸収される。数分以内に不可逆 的なアルキル化が起こり、皮膚および大量暴露では消化管や気道等の粘膜傷害 や 骨 髄 障 害 が 発 生 す る 。 し か し 、 症 状 は 2 ∼ 2 4 時 間( 暴 露 量 、 気 温 、 湿 度 等 により異なる)遅れて出現し、それまで暴露に気づかないこともある。高温 多湿では作用が増強される。 ・ 蒸 気 は 空 気 の 5 .4 倍 重 く 地 面 に 沿 っ て 拡 が る た め 低 所 で は 特 に 危 険 性 が 高 ま る 。 ・二次汚染を防ぐため、患者と接する者は防護を怠ってはならない(レベルD) ・特異的解毒剤はなく、対症療法が主となる。 [毒性] ヒ ト 半 数 致 死 量 L C t 5 0 : 1500mg-分 /m ( 3 ) (ガス) 10 μ g の 液 体 暴 露 で も 水 疱 を 生 じ る こ と が あ る 。 暴 露 量 と 中 毒 症 状: 暴 露 量 (mg-min/m( 皮膚 3 ) >200 1000-2000 眼 4-8 時 間 3-6 時 間 紅斑、掻痒、知覚過敏 重症紅斑、水疱形成 <12 数 時 間 - 数 日 発 赤 50-100 呼吸器 ) 発現までの時間 臨床症状 200 33-70 133-600 1000-1500 4-12時 間 結膜炎、異物感、流涙、羞明 3-12時 間 角 膜 混 濁(潰 瘍)、 眼 瞼 浮 腫 、 羞 明 12時 間 -2日 鼻 粘 膜 刺 激 4-6 時 間 咽頭痛、鼻汁、嗄声、咳、発熱 4-6 時 間 気 道 浮 腫 、 肺 炎 、 ARDS [中毒学的薬理作用] ・ 蛋 白 質 や 核 酸 等 の 高 分 子 化 合 物 の S H 基 や NH2 基 を ア ル キ ル 化 す る 。 細 胞 分 裂 が 旺盛に行われている基底細胞、粘膜上皮、骨髄幹細胞が障害をうける。 ・皮膚びらん作用や症状発現までの潜伏時間はアルキル化だけでは説明がつか ず、接触局所での作用機序についてはいくつかの仮説があるが、十分には解明 されていない。 [中毒症状] 接触部位に紅斑を生じ、水疱や浮腫を経て壊死に至る。 眼はマスタードガス暴露に敏感で、角膜刺激症状がより早く生じる。 大量暴露により痙攣、昏睡、骨髄抑制。 呼吸器系症状:軽症の場合、1∼2週間で症状はおさまるが、咳は1ヶ月 以上に及ぶことがある。 重症の場合、多くは慢性気管支炎に移行する。肺気腫や肺線 維症に進展することもある。 眼症状 :重症の場合、失明することがある。また、潰瘍、変質した傷害部位 の角膜炎が数十年にわたり再発することがある 皮膚症状:びらんまたは潰瘍は疼痛が激しく、治癒傾向が乏しい特徴がある。 [検査] 血液生化学検査、胸部X線検査、血液ガス分析 血 算(1日1回以上):大量暴露では骨髄抑制が3∼5日後に明らかとなる [治療] (1)特 異 的 解 毒 剤 は な く 、 迅 速 な 除 染 が 傷 害 を 軽 減 す る 唯 一 の 方 法 で あ る 。 (2)呼 吸 循 環 管 理 ・呼吸器症状が早期から出現する症例は重症であるので、気管内挿管・呼吸 管理を要する。 ・上気道の刺激症状には吸入器の加湿、鎮咳剤の投与 (3)十 分 な 補 液 (4)化 学 性 肺 炎 、 二 次 感 染 対 策 (5)骨 髄 抑 制 対 策 : G-CSF 、 血 液 幹 細 胞 移 植 (6)眼 ・ 2%重炭酸ナトリウムで十分に洗浄する。または大量の水で15分以上 洗浄し、2.5%チオ硫酸ナトリウム液で中和する。暴露後10分以内が 望ましい。 ・市販の点眼剤でも刺激、結膜炎を軽減する ・結膜炎:抗生物質軟膏、ステロイド軟膏の塗布 ・眼痛 :鎮痛剤の全身投与 ・ 羞 明 、 眼 瞼 痙 攣: 1 % 硫 酸 ア ト ロ ピ ン の 点 眼 (1日数回) ・ 角 膜 混 濁: 角 膜 移 植 (7)皮 膚 ・0.5%次亜塩素酸ナトリウム水溶液を用いて除染した後、大量の水で 洗浄する。なければ大量の水で洗浄する。 ・熱傷に準じた治療を行う。 ・ 強 い か ゆ み を 伴 う 紅 斑: カ ラ ミ ン ロ ー シ ョ ン や ス テ ロ イ ド ク リ ー ム の 塗 布 ・水疱 :水疱皮膜は可能な限り保存する。破れた水疱は生理食塩水で洗浄し、 イソジンゲルやシルバーサルファダイアジンクリーム(ゲーベン ク リ ー ム(R)) を 塗 布 ・びらんが広範であれば植皮を要する。 [観察期間または治療終了時期] 暴露した可能性がある場合は、潜伏期間があるので少なくとも8時間は 経過観察が必要 体表面の5%以上の暴露または眼痛、流涙など角膜障害が示唆される場合 は入院が必要である。 1.名称 マスタードガス [ 別 名 ] イ オ ウ マ ス タ ー ド 、 サ ル フ ァ マ ス タ ー ド 、 sulfur mustard、 イ ペ リ ッ ト 、 y p e r i t e 、 HD 、 H [ 化 学 名 ] ビ ス (2- ク ロ ロ エ チ ル ) ス ル フ ィ ド 、 bis(2-chloroethyl)sulfide [CAS NO]505-60-2 [構 造 式] [分 子 式] (C H C 4 CH 2 H 8 2 Cl C l)2S 2 S 2.分類コード 6-69-1298-980 マ ス タ ー ド ガ ス 3 . 成 分・ 組 成 HD: 精 製 マ ス タ ー ド (蒸 留 さ れ 、 ほ と ん ど 純 粋 な マ ス タ ー ド) 1,15) H : 粗 製 マ ス タ ー ド (20 ∼ 30%不 純 物 ( 多 く は イ オ ウ ) 含 有 ) 現 在 化 学 兵 器 と し て 用 い ら れ る の は す べ て 精 製 マ ス タ ー ド 1) 4.製造会社及び連絡先 5 . 性 状・ 外 観 常温では無色の液体。不純物が混合していると黄色∼暗褐色を帯びる。 か ら し 、 ま た は に ん に く に 似 た 特 有 の 臭 気 を 有 す る 。 1,15) 精 製 マ ス タ ー ド (HD) は 臭 気 が 少 な い 。 1 ) 人 体 だ け で な く ゴ ム 、 皮 、 木 等 の 透 過 性 も 高 い 。 4,7) [ 分 子 量 ] 159.08 2) [ 比 重 ] 液 体 ;1.2741(20 ℃ ) 、 1.2685(25 ℃ ) 固 体 ;1.338(13 ℃ ) [ pH ] デ ー タ な し [ 沸 点 ]217℃ (分 解 ) 5 ) 、 227 ℃ 1 5 ) [ 凝 固 点 ] 14.45 ℃ 5 ) [ 蒸 気 密 度 ] 5.4( 空 気 = 1) [ 蒸 気 圧 ] 0.072mmHg(20 ℃ ) [ 揮 発 度 ] 630mg/m ( 3 ) 1,15) 5) 、 0.9mmHg(30℃ ) (20℃)、 温 度 に よ り 異 な る 。 [ 引 火 点 ] 105 ℃ 1 ) [ 爆 発 限 界 ] 燃 焼 性 が あ る 1) 11) 5,12) 3) [ 溶 解 性 ] 水 に 難 溶 。 25 ℃ で 水 1 L に 0.68g 1,3) 、 2 0 ℃ で 0 . 0 5 % 。 12) 油 脂 、 ガ ソ リ ン 、 灯 油 、 ア セ ト ン 、 ア ル コ ー ル に よ く 溶 け る 。 1) 水 中 で 緩 徐 に 加 水 分 解 さ れ 塩 酸 と チ オ ジ グ リ コ ー ル を 生 じ る 。 1) 塩 水 中 で は 加 水 分 解 が 遅 延 す る 。 1) [ 安 定 性 ] 化 学 的 、 物 理 的 に 比 較 的 安 定 。 12) ア ル カ リ 化 、 高 温 で は 加 水 分 解 速 度 が 増 加 す る 。 7) 加熱、または酸により分解し、毒性の強い硫化物、塩化物のフユーム が 発 生 す る 。 3) 水で徐々に加水分解され、塩素化ライムにより速やかに酸化され毒性 の 低 い ス ル フ ォ キ シ ド と な る 。(こ の 反 応 は 条 件 に よ っ て は 不 完 全 で 、 1952年 に ド イ ツ で 事 故 の 際 に 土 壌 を 水 と 塩 素 化 ラ イ ム で 繰 り 返 し 十 分 に 処 理 し た が 、2週 間 後 も 微 量 検 出 さ れ た) 12) 漂 白 粉 、 ク ロ ラ ミ ン 、 次 亜 塩 素 酸 ナ ト リ ウ ム で 不 活 化 さ れ る 。 3) 大 気 中 :マ ス タ ー ド ガ ス 蒸 気 は 光 化 学 的 に 分 解 さ れ る 。 半 減 期 推 定 1 .4日 水 中 の 半 減 期 :5分 (37℃ ) 8) 3) 低 濃 度 で は 、 迅 速 に 加 水 分 解 さ れ る 。 8) 高 濃 度 で は 、 1.75 時 間 ( 0 ℃ ) 、 4 分 ( 2 5 ℃ ) 、 43 秒 ( 4 0 ℃ )8) 海 水 中 の 半 減 期 : 水 中 半 減 期 の 2.5 倍 8) 15 分 ( 2 5 ℃ ) ∼ 175 分 ( 5 ℃ ) 。 8) 水中での加水分解速度は速いが、マスタードガスは水に難溶のため水 に 溶 け な い 部 分 が よ り 長 く 残 存 す る 可 能 性 が あ る 。 8) 水中に大量に放棄した場合、水より重いので底に沈み、分解速度は 溶 解 の 程 度(マ ス タ ー ド の 表 面 積 、 水 流 、 温 度 等 に よ り 異 な る)に 依 存 する。 水 温 が 14.4℃ 以 下 で あ れ ば 固 体 と な り 、 溶 解 に 数 ヶ 月 ∼ 何 年 も 要 す る こ と が あ る 。 8) 6.用途 化 学 兵 器(び ら ん 剤) ・ 皮 膚 、 眼 及 び 呼 吸 器 に 作 用 し 、 接 触 部 位 を び ら ん さ せ る 薬 剤 。 5) ・1859 年 に ド イ ツ の ニ ー マ ン に よ り 合 成 さ れ た 。 14) ・第一次世界大戦中にイープル戦でドイツ軍により初めて使用され、最近で は 1984 年 に イ ラ ン ・ イ ラ ク 戦 争 の 際 に 、 イ ラ ク 軍 が 使 用 し た 。 第 二 次 世 界 大 戦では使用されなかったが、大量に製造・貯蔵されて海洋等に投棄されたの で 、 漁 師 等 が 暴 露 さ れ る 事 故 が 発 生 し て い る 。 3,6) ・ 米 国 で は 現 在 は 製 造 さ れ て い な い 。(EPA,1985) 3) ・数カ国は現在も大量に保有しており、事故または意図的使用による危険性 が 懸 念 さ れ て い る 。 3) ア ル キ ル 化 剤 と し て 生 物 実 験 に 少 量 使 用 さ れ る 。 3) 7.法的規制事項 マ ス タ ー ド ガ ス:1925年 ジ ュ ネ ー ブ 議 定 書 に よ り 戦 時 使 用 禁 止 が 決 議 さ れ た ( 日 本 は 1970 年 に 批 准 ) 3,14) 2,2'- チ オ ジ エ タ ノ ー ル ( マ ス タ ー ド ガ ス の 前 駆 体 ) : 一 部 の 国 を 除 い て 輸 出 禁止 6) 8.毒性 蒸 気 は 空 気 の 5.4 倍 重 く 地 面 に 沿 っ て 拡 が る た め 低 所 で は 特 に 危 険 性 が 高まる。 15) [ 臭 気 閾 値 ] 空 気 中 で 30x10 ( 空 気 中 で 30x10 0.0150mg/m − 3 ) ( − 3 ) ( 3 ) mg/L( 化 学 的 に 純 粋 な ガ ス ) ppm(純 度 は 不 明) 8) 8) 8) 一般的に中毒濃度では臭気を感知できるが、訓練を受けていない ヒ ト は 気 づ か な い こ と も あ る 。 12) [中毒量] 地 面 の 汚 染 :10-60mg/m( 2 ) で も 防 護 具 や 除 染 が な け れ ば 有 害 12) 眼 : 最 小 中 毒 量 (Ct):12 ∼ 70mg-min/m ( 眼 ヒ ト 不 能 量 :100mg-min/m ( 3 ) 15) 3 ) 12) 眼 ヒ ト 半 数 不 能 量 :200mg-min/m ( 3 ) 5) 皮 膚 : 最 小 中 毒 量 ( Ct):200mg-min/m( 3 ) (但し、気温、湿度、皮膚の湿り気、 暴 露 部 位 に よ る) 15) 1 0 μ g の 液 体 暴 露 で も 水 疱 を 生 じ る こ と が あ る 。 15) 皮 膚 ヒ ト 半 数 不 能 量 :1000mg-min/m ( 3 ) (31 ℃ ) 、 2000mg-min/m ( 3 ) ( 2 1 ℃ ) 11) 暴 露 量 と 生 体 へ の 効 果 1) 暴 露 量 (mg-min/m ( 皮膚 眼 3 ) >200 ) 発 現 ま で の 時 間 臨 床 症 状 4-8 時 間 紅斑、掻痒、知覚過敏 1000-2000 3-6 時 間 重症紅斑、水疱形成 10000 1-3 時 間 早期紅斑 数 時 間-数 日 発赤 4-12 時 間 結膜炎、異物感、流涙、羞明 3-12 時 間 角 膜 混 濁 (潰 瘍)、 眼 瞼 浮 腫 、 <12 50-100 200 呼吸器 33-70 羞明 12 時 間 -2 日 133-600 4-6 時 間 鼻粘膜刺激 上 気 道:咽 頭 痛 、 鼻 汁 、 嗄 声 下 気 道:咳 、 発 熱 1000-1500 [致死率] 4-6 時 間 気 道 浮 腫 、 肺 炎 、 ARDS 11,17) 第 一 次 世 界 大 戦 で 暴 露 さ れ た 患 者12万 人 中 死 亡 者 は 2∼3%で あ っ た 。 イ ラ ン ・ イ ラ ク 戦 争 で は3∼ 4%と 報 告 さ れ て い る 。 死因は通常、呼吸不全または骨髄抑制による。 [致死量] 吸 入 ヒ ト ;LCt50:1500mg- 分 / m(3) 15) 吸 入 ヒ ト ;LCLo:23ppm/10 分 2,3) 経 皮 ヒ ト ;LDLo:60-64mg/kg/1時 間 2,3) 経 皮 ヒ ト ;LD:4500mg/ 人 ( 推 定 ) 12) 皮 下 ヒ ト ;LDLo:5mg/kg 2) 吸 入 ラ ッ ト ;LC 5 0 :100mg/m( 経 皮 ラ ッ ト ;LD 5 0 :5mg/kg 皮 下 ラ ッ ト ;LD 5 0 :1500μ g/kg 2) 静 注 ラ ッ ト ;LD 5 0 :700 μ g/kg 吸 入 マ ウ ス ;LC 5 ( 0 :120mg/m 3 ) 3 ) /10M 2) 2) 2) /10M 2) 経 皮 マ ウ ス ;LD 5 0 :92mg/kg 2) 皮 下 マ ウ ス ;LD 5 0 :20mg/kg 2) 静 注 マ ウ ス ;LD 5 0 :8600μ g/kg 2) 吸 入 ウ サ ギ ;LC 5 0 :280mg/m( 経 皮 ウ サ ギ ;LD 5 0 :40mg/kg 2) 皮 下 ウ サ ギ ;LD 5 0 :20mg/kg 2) 静 注 ウ サ ギ ;LD 5 0 :1100μ g/kg 2) 3 ) /10M 2) 吸 入 モ ル モ ッ ト;LC5 0 :200mg/m ( 経 皮 モ ル モ ッ ト;LD5 0 :20mg/kg 2) 皮 下 モ ル モ ッ ト;LD5 0 :20mg/kg 2) 吸 入 イ ヌ;LC5 0 :70mg/m 経 皮 イ ヌ;LD5 0 :20mg/kg ( 3 ) 3 ) /10M 2) /10M 2) 皮 下 イ ヌ ;LDLo:5mg/kg 静 注 イ ヌ;LD5 吸 入 ネ コ;LC5 吸 入 サ ル;LC5 2) 3) 0 :200μ g/kg 0 0 2) :70mg/m ( 3 ) /10M 2) :80mg/m ( 3 ) /10M 2) [刺激性] 皮 膚 刺 激 性 ( ヒ ト ♂ 2000mg/m ( 3 ) / 1 H ) : 強 い 刺 激 性 あ り 2) 眼 刺 激 性 ( ヒ ト ♂ 100mg/m ( 3 ) /6H):中 程 度 の 刺 激 性 あ り 2) 眼 刺 激 性 ( ウ サ ギ 200mg/m ( 3 ) /2M):弱 い 刺 激 性 あ り 2) [感作性] 感 作 性 : あ り 10) [発癌性] IARC の 分 類 :1( ヒ ト に 対 し て 発 癌 性 を 示 す ) (1987) 2) 第 一 次 世 界 大 戦 で の 暴 露 者 で は 、20年 以 上 後 の 肺 癌 の 発 生 率 が わ ず か に 高率であった。 11) 第 二 次 世 界 大 戦 中 に 工 場 で 暴 露 し た 労 働 者 で 、 呼 吸 器 系 ( 主 に 肺 ) 癌 の 10 倍 増 加 が 認 め ら れ た (Wada et al,1968) 。 吸 入 ラ ッ ト : 1 0 0 μ g/m ( 3 ) /1Y-I 吸 入 マ ウ ス :1250mg/m ( 3 ) /15M-C 2) 12) 2) 皮 下 マ ウ ス :6mg/kg/6W-I 2) 静 注 マ ウ ス :600mg/kg/6D-I 2) [遺伝毒性] DNA 損 傷 ヒ ト 細 胞 :1 μ m o l / L 2) ヒ ト HeLa細 胞 :2mg/L 2) 不 定 期 (unscheduled)DNA 合 成 ヒ ト HeLa 細 胞 :200mg/L 2) DNA 阻 害 ヒ ト 細 胞 :500 μ moL/L 2) ヒ ト H e L a 細 胞 :75mg/L 2) 9.中毒学的薬理作用 1)皮 膚 び ら ん 作 用 2)細 胞 分 裂 の 盛 ん な 組 織( 基 底 細 胞 、 粘 膜 上 皮 、 骨 髄 幹 細 胞 等 ) の 傷 害 作 用 15,16) 3) 発 が ん 作 用 作用機序 : ・ マ ス タ ー ド ガ ス は 生 体 内 で 反 応 性 が 高 く 、 不 安 定 なsulfonium 化 合 物 と な り 、 蛋 白 質 や 核 酸 等 の 高 分 子 化 合 物 の S H 基 や NH2 基 を ア ル キ ル 化 する。 11) ・D N A の ア ル キ ル 化 に よ り 架 橋 を 形 成 し 、 二 重 鎖 を 破 壊 す る 。 1 ) ・皮膚びらん作用や症状発現までの潜伏時間はアルキル化だけでは説明 がつかない。作用機序について、いくつかの仮説があるが、いずれも 十分には明らかにされていない。 1,15) ( 仮 説 ) D N A 破 壊 に よ り D N A 修 復 酵 素 で あ る p o l y ( A D P - r i b o s e )p o l y m e r a s e (PARP) を 活 性 化 し 、 そ の 結 果 NAD+ 減 少 → glycolysis抑 制 → H M S 代謝経路刺激→プロテアーゼ分泌→皮膚びらん形成という一連 の 反 応 を 起 こ す ( Papirmeister ら ,1985) 。 ( 仮 説 ) 細 胞 内 C a ポ ン プ と し て 働 く Ca2+-ATPase の 触 媒 で あ る グ ル タ チ オ ン に 結 合 し 、 細 胞 内 C a イ オ ン 濃 度 の 上 昇 → PLA2 等 の ホ ス ホ リ パ ー ゼ や プ ロ テ ア ー ゼ の 活 性 化 → エ イ コ サ ノ イ ド (ア ラ キ ド ン 酸) の 放 出 と い う 反 応 経 路 で 皮 膚 障 害 を 起 こ す (Ray ら ,1995) 1) 10.体内動態 ・吸収 暴 露 さ れ る と 3-5 分 の 間 に 不 可 逆 的 に ア ル カ リ 化 が 起 こ る 。 4 ) 液 体 ま た は 蒸 気 が 接 触 す る と 皮 膚 か ら 吸 収 さ れ る 。 3) 吸 収 速 度 ( 蒸 気 ) 1 . 4 μ g/cm(2)/ 分 ( 2 1 ℃ ) 、 2.7 μ g / c m ( 2 ) / 分 (31 ℃ ) 15) ( 液 体 ) 2 . 2 μ g/cm(2)/ 分 ( 1 6 ℃ ) 、 5.5 μ g / c m ( 2 ) / 分 (39 ℃ ) 経 皮 吸 収 さ れ た う ち の 10% は 吸 収 部 位 の 脂 肪 組 織 に 蓄 積 す る 。 3 ) ・分布 暴 露 数 分 後 に は 組 織 や 組 織 液 中 に マ ス タ ー ド は 検 出 さ れ な く な る 。 15) (水 疱 中 の 液 と 眼 や 皮 膚 が 接 触 し て も 毒 作 用 を 生 じ な い) 15) 剖検例での組織内濃度は 脂 肪 > 皮 膚 ( 含 皮 下 脂 肪 )> 脳 > 腎 > 筋 > 肝 > 髄 液 > 脾 臓 > 肺 3) ・代謝 2人 の 末 期 癌 患 者 にS ( 3 5 ) - マ ス タ ー ド 5mg(0.1mg/kg)静 注 後 の 尿 中 代 謝 物 は 、 bis-cysteinylethylsulfoneと チ オ ジ グ リ コ ー ル 及 び そ の 抱 合 体 で あ っ た 。 8) ラ ッ ト の 尿 中 代 謝 物 は 、 チ オ ジ グ リ コ ー ル 及 び そ の 抱 合 体 (15%) 、 glutathione-bis-beta-chloroethylsulphide 抱 合 体 (45%)等 3 ) ・排泄 解 毒 速 度 は 非 常 に 遅 い 。 5) ヒ ト :イ ラ ン ・ イ ラ ク 戦 争 で 暴 露1週 間 後 に 受 診 し た 患 者 の 尿 中 か ら マ ス タ ー ド が 検 出 さ れ た 。8) 2人 の 末 期 癌 患 者 にS ( 3 5 ) - マ ス タ ー ド 5mg(0.1mg/kg)静 注 後 、 尿 中 に 24時 間 以 内 に 23% 、 4 8 時 間 ま で に 27% 排 泄 さ れ た 。 8) チ オ ジ グ リ コ ー ル の 半 減 期 ( ヒ ト ) : 1.18 日 15) 11.中毒症状 [概要] ・ ガ ス ま た は 液 体 に 暴 露 す る と 、1時 間 ∼ 数 時 間 後 に 接 触 部 位 に 紅 斑 が 起 こ り 、 水 疱 や 浮 腫 を 経 て 壊 死 に 至 る(症 状 が 出 る ま で 汚 染 に 気 づ か な い こ と が あ る )。 4,5,7) ・ 皮 膚 に 対 す る 作 用 は 天 候 に よ り 異 な り 、 高 温 多 湿 状 態 は 作 用 を 増 強 さ せ る 。1) 症 状 の 発 現 は 24 時 間 ま で 遅 延 す る こ と も あ る 。 3 ) ・ 眼 は マ ス タ ー ド ガ ス 暴 露 の も っ と も 敏 感 な 標 的 器 官 で あ る 。 3,15) 暴 露 さ れ る と 角 膜 刺 激 症 状 が 数 分 後 か ら 出 る こ と も あ る 。 4) ・ マ ス タ ー ド 暴 露 の イ ラ ン 軍 兵 士9 4 人 中 の 症 状 の 頻 度 は 、 結 膜 炎 (94%) 、 皮 膚 発 赤 (86%) 、 咳 (86%) 、 色 素 沈 着 (82%) 、 霧 視 (80%) 、 羞 明 (72%)、 水 疱 (69%) 、 呼 吸 困 難 ( 4 5 % ) の 順 に 多 か っ た 。 9) ・第一次大戦中のマスタード暴露による早期死亡の原因の大部分は呼吸不全に よ る と さ れ る 。 1) ・死因:呼 吸 不 全 、 合 併 す る 呼 吸 器 感 染 、 敗 血 症 に よ る も の が 多 い(暴露4日 以 降)。 3,15) 致 死 量 を こ え る 暴 露 の 場 合 、 急 性 の 中 毒 症 状(中 枢 神 経 系 の 興 奮 、 痙 攣 、 重 度 の 気 道 傷 害 )が 出 現 し 、 早 期 に 死 亡 す る 。 12,15) 眼 : 軽 症 4 ∼ 12 時 間 後 流 涙 、 掻 痒 感 、 灼 熱 感 、 異 物 感 中 等 症 3∼6時 間 後 発 赤 、 眼 瞼 腫 脹 、 疼 痛 重 症 1∼2時 間 後 著 明 な 眼 瞼 腫 脹 、 疼 痛 、 角 膜 傷 害 気 道 : 軽 症 6 ∼ 24 時 間 後 鼻 汁 、 く し ゃ み 、 鼻 出 血 、 嗄 声 、 乾 性 咳 嗽 重 症 2∼6時 間 後 重 度 の 咳 嗽 、 軽 ∼ 重 度 の 呼 吸 困 難 皮 膚 : 軽 症 2 ∼ 24 時 間 後 紅 斑 重 症 2 ∼ 24 時 間 後 水 疱 15) [詳細症状] (1) 循 環 器 系 : 吸 収 さ れ る と 、 A-V ブ ロ ッ ク 等 の 不 整 脈 や 心 停 止 が 出 現 す る こ と が ある。 3) (2) 呼 吸 器 系 : 暴 露 量 に 応 じ て 上 気 道 か ら 下 気 道 へ 傷 害 は 進 行 す る 。 15) く し ゃ み 、 嗄 声 、 乾 性 咳 嗽 、 呼 吸 困 難 、 咳 3,15) 咽 頭 炎 の 症 状 が1∼2日 間 続 い て 気 管 支 炎 に 移 行 す る 。 4) 軽 症 で あ れ ば 1∼2週 間 で 症 状 は お さ ま る が 、 咳 は1ヶ 月 以 上 に 及 ぶ こ と も あ る 。 1) 重症の場合は、肺水種、無気肺に二次感染として気管支肺炎を合併 し 、 発 熱 、 喀 痰 等 と と も に 低 酸 素 血 症 が 出 現 す る 。 1) 肺 水 腫 (死 亡 す る こ と も あ る) 3) (3) 神 経 系 : 不 眠 、 う つ 状 態 、 筋 力 低 下 1 ) 頭 痛 、 め ま い 、 倦 怠 感 、 食 欲 不 振 、 嗜 眠 、 痙 攣 、 昏 睡 3) (4) 消 化 器 系 : 高 濃 度 暴 露 (1000mg-min/m ( 3 ) 以 上)ま た は 汚 染 さ れ た 食 物 の 摂 取 や 唾 液 の 嚥 下 に よ り 生 じ る 。 11) 嘔 気 、 嘔 吐 、 ま れ に 消 化 管 出 血 1) 服用した場合は、嘔気、嘔吐、下痢、腹痛、消化管全体に浮腫が 起 き 、 穿 孔 す る こ と も あ る 。 4,7) 一 過 性 の ト ラ ン ス ア ミ ラ ー ゼ 、 LDHの 上 昇 を 認 め る こ と が あ る 。 10) (6) そ の 他 : *血 液 :高 濃 度 暴 露 (1000mg-min/m( 3 ) 以 上 ) に よ り 骨 髄 抑 制 を 生 じ る 。 11) 骨髄やリンパ組織の形成不全に基づく汎血球減少症やリンパ球減少症 を 起 こ す 。 1,4) 白 血 球 増 多 の 後 、3∼5日 後 か ら 白 血 球 が 減 少 し 、 約10日 後 に 最 低 値 と な る 。 白 血 球 数 500 以 下 は 予 後 不 良 で あ る 。 11,15) 血 小 板 減 少 性 紫 斑 病 と な る こ と も あ る 。 赤 血 球 減 少 は ま れ 。 11) * 鼻 : 鼻 汁 、 鼻 出 血 ( 通 常 、 早 期 に 出 現 ) 9,12) * 皮 膚 : 蒸 気 暴 露 で は 通 常 I ∼ II 度 、 液 体 暴 露 で は I I I 度 の 熱 傷 1 5 ) 会陰部、腋下部、頸部等温かく、湿潤な部位の皮膚は障害を受けやすい。 1) 紅斑がはじめに出現し、紅斑部位は知覚過敏、軽い灼熱感、浮腫を伴う ことがある。 1) 水 疱 形 成(表 皮 下 層 の 液 状 化 壊 死 が 進 ん で 、 浸 出 液 が 貯 留 し た も の で 、 水 疱 内 浸 出 液 は 24 時 間 後 に は 凝 固 し 、 ド レ ナ ー ジ を 妨 げ 、 治 癒 を 遅 延 さ せ る)。 1) 色 素 沈 着 、 落 屑 、 蕁 麻 疹 1) イラン・イラク戦争の際に暴露した小児では、成人より皮膚障害が出現 す る 時 間 が 早 く 、 症 状 も よ り 重 か っ た 。 3) 反 復 暴 露 に よ り 皮 膚 が 感 作 さ れ る こ と が あ る 。 3) 組 織 学 的 変 化 は 暴 露 後3-6時 間 で 始 ま り 、 基 底 の 有 棘 細 胞(ケ ラ チ ノ サ イ ト)の 核 濃 縮 、 基 底 細 胞 の 変 性 、 細 胞 内 ・ 外 の 空 胞 形 成 、 基 底 細 胞 層 の 壊死、表皮の剥離へと進行する。 *眼:臭 気 を わ ず か に 感 知 す る 濃 度 で も 1時 間 暴 露 す る と 結 膜 炎 が 起 こ る 。 1) 通 常 30 分 ∼ 3 時 間 (24 時 間 以 内 ) に 症 状 が 出 現 す る 。 3 , 1 2 ) 角膜びらん、潰瘍を伴う病変はその程度により眼の異物感、刺激、流涙、 羞明、霧視、眼瞼痙攣、眼瞼浮腫等の症状が数ヶ月以上にわたって軽快、 再 燃 を 繰 り 返 す こ と が あ る 。 重 症 で は 失 明 。 1) 縮 瞳 ( お そ ら く マ ス タ ー ド の コ リ ン 作 用 に よ る ) 15) 潰 瘍 、 変 質 し た 障 害 部 位 の 角 膜 炎 が40年 に も わ た っ て 再 発 す る こ と が あ る 。 3) [後遺症] 呼吸器系:重症の場合は、多くは慢性気管支炎に移行する。肺気腫、肺線維 症を合併することもある。 1) マ ス タ ー ド 生 産 工 場 の 労 働 者 に 肺 癌 (扁 平 上 皮 癌 、 未 分 化 癌 が 多 い ) の発生や、血液検査で染色体異常が多く認められた。 1) 眼:重症の場合は失明する。 潰 瘍 、 変 質 し た 障 害 部 位 の 角 膜 炎 が 40年 に も わ た っ て 再 発 す る こ と が あ る 。 3) 皮 膚 : 暴 露 8 ∼ 13 年 後 の 調 査 で 、 傷 害 部 位 の 神 経 学 的 異 常 ( 刺 す よ う な 痛 み 、 灼熱感、痒み等)、色素沈着等が認められた。 16) [予後] 呼 吸 器 系 : 軽 症 で あ れ ば は 1-2 週 間 で お さ ま る が 、 咳 は 1 ヶ 月 以 上 に 及 ぶ こ と も あ る 。 1) 眼:中等度までの角結膜炎やびらんは治癒する。 1) 皮 膚:二次感染がなければ通常、保存的治療で治癒する。 1) 水 疱 の 治 癒 に は 数 週 間 ∼ 数 ヶ 月 要 す る 。 15) 12.治療法 1) 予 防 対 策 ・ 防 護 服(ゴ ム 手 袋 、 オ ー バ ー オ ー ル 等 )、 防 毒 マ ス ク (空 気 呼 吸 器 付 き )を 着 用 。 8) ・救援隊や患者の汚染除去、治療にあたる医療関係者もマスタードガスを吸着 す る 活 性 炭 の 層 で お お わ れ た 兵 士 用 の 防 護 服 を 着 用 。 4,11) ・兵士はマスタードガスの分解を早める可能性があるアルカリ性のクロラミンと フ ェ ノ ー ル 混 合 物 を 含 有 す る タ オ ル を 携 行 す る 。 7) 2) 汚 染 の 持 続 時 間 大気中:マ ス タ ー ド ガ ス 蒸 気 は 光 化 学 的 に 分 解 さ れ る 。 半 減 期 推 定 1 .4日 8) 土壌中:主 に 蒸 発 、 加 水 分 解 に よ り 消 失 し 、 一 部 は 浸 透 す る 。 9) 汚染された地面との接触または蒸発により被害を与えうる時間は、以下 の気象条件下では次のように推定される。 気 温 -10℃ 、 晴 、 無 風 、 積 雪 :2-8 週 間 4) 気 温 0℃ :50-92日 8) 気 温 10 ℃ 、 雨 、 中 程 度 の 風 速 :12-48 時 間 4) 気 温 15 ℃ 、 晴 、 微 風 : 2 - 7 日 4) 気 温 25 ℃ :31-51 時 間 8 ) 地 中 に 大 量 に 埋 め た 場 合 は 、 何 十 年 も 残 存 す る 可 能 性 が あ る 。 8) 水 中 : 半 減 期 : 5 分 (37 ℃ ) 3) 低 濃 度 で は 、 迅 速 に 加 水 分 解 さ れ る 。 8) 高 濃 度 で は 、 1 . 7 5 時 間 ( 0 ℃ ) 、 4 分 (25 ℃ ) 、 4 3 秒 (40 ℃ ) 8) 水中での加水分解速度は速いが、マスタードガスは水に難溶のため水に 溶 け な い 部 分 が よ り 長 く 残 存 す る 可 能 性 が あ る 。 8) 水中に大量に放棄した場合、水より重いので底に沈み、分解速度は溶解の 程度(マ ス タ ー ド の 表 面 積 、 水 流 、 温 度 等 に よ り 異 な る )に 依 存 す る 。 水 温 が 14.4 ℃ 以 下 で あ れ ば 固 体 と な り 、 溶 解 に 数 ヶ 月 ∼ 何 年 も 要 す る こ と が ある。 8) 海 水 中 に 溶 け だ し た マ ス タ ー ド の 分 解 半 減 期 は 1 5 分 (25 ℃ ) ∼ 175 分 (5 ℃ ) 8) 3) 除 染 処 置 組織に障害を起こす前に、迅速に除染することが重要である。 3) ・着衣を速やかに脱ぎ捨て、頭髪に付着している場合は直ちに頭髪を刈り、衣服 と頭髪はビニールの袋に入れる。 1,4) ・ 皮 膚 の 場 合 は 、 5 分 以 内 に 水 洗 し な い と 除 染 効 果 は な い と さ れ る 。 9) ・暴露部位の除染方法については次のようにいくつかの方法がある。 -0.5% 次 亜 塩 素 酸 ナ ト リ ウ ム 水 溶 液 ( 家 庭 用 漂 白 剤 ) か ク ロ ラ ミ ン T(p-ト ル エ ン ス ル ホ ン ク ロ ロ ア ミ ド ナ ト リ ウ ム)を 用 い て 除 染 し た 後 、 大 量 の 水 で 洗 浄 する。 上 記 薬 剤 が な い 場 合 は 、 大 量 の 水 で 洗 浄 す る 。 1) - 大 量 の 水 と 石 鹸 で 洗 浄 後 、 2.5% チ オ 硫 酸 ナ ト リ ウ ム 液 で 中 和 す る 。 3 ) - 塩 化 カ ル シ ウ ム 、 酸 化 マ グ ネ シ ウ ム で 除 染 後 、 水 と 石 鹸 で 洗 浄 し 、 2.5% チ オ 硫酸ナトリウム溶液で中和する。 7,13) -暴 露 直 後 で 水 疱 形 成 前 に 、 オ イ ル ま た は 他 の 脂 肪 族 炭 化 水 素 の 溶 剤 で 暴 露 部 位を十分に洗い、石鹸と水で十分に洗い流す 3,7,13) - 水 が な い 場 合 は 、 吸 着 粉 ( 小 麦 粉 、 タ ル カ ム パ ウ ダ ー 、 fuller's earth( 標 布 土 ) 等 ) を 皮 膚 に 振 り か け 吸 着 さ せ て 、 湿 っ た 紙 や タ オ ル で ふ き 取 る 。 11) ・ 眼 の 洗 浄 :2% 重 炭 酸 ナ ト リ ウ ム を 用 い て 、 で き る だ け 早 く 、 ま た 長 く 続 け る 。 4) ま た は 大 量 の 水 で 1 5 分 以 上 洗 浄 し 、 2.5% チ オ 硫 酸 ナ ト リ ウ ム 液 で 中 和 す る 。 3) 暴 露 後10分 以 上 経 過 し た 場 合 の 眼 の 洗 浄 は 効 果 が な い と さ れ る 。 4) ・ 汚 染 し た 衣 類 は 、 焼 却 ま た は 埋 め る 。 9) 4) セ ル フ エ イ ド ・M 2 9 1 皮 膚 除 染 用 キ ッ ト ( R o h m & H a a s 社 ) : 13) 兵士及び一般市民の予防薬として米軍との契約のもとで製造されている。 キ ッ ト は AMBERGARD555イ オ ン 交 換 樹 脂 を 充 填 し た 塗 布 パ ッ ド 6 個 か ら な り 、 汚染された皮膚を塗布パッドで拭いて薬剤を吸着させ廃棄する。 暴露がない場合に使用しても安全で、訓練に使用することができる。 安 全 性 や マ ス タ ー ド ガ ス に 対 す る 有 効 性 が テ ス ト さ れ 、 M258-Al 皮 膚 除 染 用 キットから取って換えられている。 ・M 2 5 8 - A l 皮 膚 除 染 用 キ ッ ト : 11) 米軍で使用。フェノールと水酸化物を含むタオルとクロラミンを含むタオ ルのセット ・ 兵 士 は 痛 み を 軽 減 さ せ る 救 急 薬 と し て サ ル ブ ス(salves)を 常 時 携 帯 し て い る 。 6) 5) 診 断 ・暴露を受けた皮膚(紅斑や水疱形成が特徴的)や眼 (結膜炎が必発症状)の 症 状 。9) ・ こ れ ら の 症 状 が 治 癒 傾 向 に 乏 し い 特 徴 が あ る 。 9) ・ルイサイトは暴露直後に痛みが出現し、何時間か遅れて傷害とともに痛みが 出現するマスタードと区別できる。 15) ・ 代 謝 物 チ オ ジ グ リ コ ー ル の 尿 か ら の 検 出 。 3,9,15) 6) 臨 床 検 査 10) 血液生化学検査、胸部X線検査、血液ガス分析 血 算( 1 日 1 回 以 上 ) : 大 量 暴 露 で は 骨 髄 抑 制 が3∼5日 後 に 明 ら か と な る 7) 治 療 ・組織へ障害を起こす前に、迅速に除染することが重要である。 3) ・ チ オ 硫 酸 ナ ト リ ウ ム が 低 毒 性 の た め 、 マ ス タ ー ド ス キ ャ ベ ン ジ ャ ー(scavenger) と し て ヒ ト に も 使 用 さ れ る が 、 有 効 性 は 明 ら か で は な い 。 3) ・ マ ス タ ー ド ガ ス が 細 胞 に 到 達 し た 場 合 は 、 特 異 的 解 毒 剤 は な い 。 7) ・治癒までに長時間を要し、他の同程度の物理的、化学的熱傷より重症化しやす く 、 他 の 病 気 に 感 染 し や す く な る 。 5) ・ 液 体 マ ス タ ー ド に よ り 体 表 面 積 の50%以 上 の 紅 斑 が 生 じ た 場 合 は LD50 値 の 2 倍 量 暴 露 と 推 定 さ れ る 。 15) ・暴露した可能性がある場合は、潜伏期間があるので少なくとも8時間は経過 観察が必要 ・体表面の5%以上の暴露または眼痛、流涙など角膜障害が示唆される場合は 入院が必要である。 ・暴露4∼6時 間 以 内 に 呼 吸 困 難 が 生 じ た 場 合 は 致 死 量 に 暴 露 し て い る と 推 定 さ れ る。 15) *経 口 摂 取 の 場 合 (1)基 本 的 処 置 A.催吐:禁 忌 3,7) B. 希 釈 : 牛 乳 ま た は 水 を 120-240mL(15mL/kg 以 下 ) 投 与 。 3 ) C. 胃 洗 浄 : 消 化 管 出 血 、 穿 孔 の 危 険 性 を 考 慮 し て 判 断 す る 。 痙攣対策をとった上で施行。 3,7) 3) D. 活 性 炭 の 投 与 : 有 効 性 は 不 明 。 内 視 鏡 検 査 の 妨 げ に な る 。 3) E. 塩 類 下 剤 の 投 与 : 有 効 性 は 不 明 3) (2)生 命 維 持 療 法 お よ び 対 症 療 法 (3)検 査 食道や消化管の刺激や熱傷について注意深く監視し、徴候が認められる 場 合 は 、 内 視 鏡 で 障 害 の 程 度 を 検 査 す る 。 3) *吸 入 の 場 合 (1)基 本 的 処 置:新 鮮 な 空 気 下 に 移 送 暴 露 後 15分 以 内 で あ れ ば 、 2.5%チ オ 硫 酸 ナ ト リ ウ ム 液 の ネ ブ ラ イ ズ が 中 和 に 少 し 効 果 が あ る か も し れ な い 。 3) (2)生 命 維 持 療 法 お よ び 対 症 療 法 呼吸循環管理 ・呼吸器症状が早期から出現する症例は重症であるので、気管内挿管・ 呼吸管理を要する。 ・上気道の刺激症状には吸入器の加湿、鎮咳剤の投与 十分な補液 化学性肺炎、二次感染対策 骨 髄 抑 制 対 策 : G-CSF、 血 液 幹 細 胞 移 植 15) [ 予 後 ] 軽 症 で あ れ ば 1-2 週 間 で 症 状 は お さ ま る が 、 咳 は 1 ヶ 月 以 上 に 及 ぶ こ と も あ る 。 1) 重症の場合は、多くは慢性気管支炎に移行する。肺気腫、肺線維症を 合併することもある。 1) マ ス タ ー ド 生 産 工 場 の 労 働 者 に 肺 癌(扁 平 上 皮 癌 、 未 分 化 癌 が 多 い)の 発生や、血液検査で染色体異常が多く認められた。 1) *眼 が 暴 露 し た 場 合 ( 1 ) 基 本 的 処 置 :2% 重 炭 酸 ナ ト リ ウ ム で 十 分 に 洗 浄 す る 。 ま た は 大 量 の 水 で 15 分 以 上 洗 浄 し 、 2.5%チ オ 硫 酸 ナ ト リ ウ ム 液 で 中 和 す る 。 暴 露 後10分 以内が望ましい。 3,4) (2)生 命 維 持 療 法 お よ び 対 症 療 法 ・ 市 販 の 点眼 剤 で も 刺 激 、 結 膜 炎 を 軽 減 す る ・結膜炎:抗生物質軟膏、ステロイド軟膏の塗布 ・眼痛 :鎮痛剤の全身投与 局所麻酔剤の使用は好ましくない。 ・ 羞 明 、 眼 瞼 痙 攣:1%硫 酸 ア ト ロ ピ ン の 点 眼( 1 日 数 回 ) 羞明が強い場合は暗い部屋に収容するかサングラスを 使用。 眼帯は圧迫により眼瞼を癒着することがあるので使用 しない。 ・ 角 膜 混 濁: 角 膜 移 植 [予後]中等度までの角結膜炎やびらんは治癒する。 1) 重症の場合は失明する。 角膜混濁には角膜移植が必要。 潰 瘍 、 変 質 し た 障 害 部 位 の 角 膜 炎 が40年 に も わ た っ て 再 発 す る こ と が あ る 。 3) *経 皮 の 場 合 (1)基 本 的 処 置:0.5%次 亜 塩 素 酸 ナ ト リ ウ ム 水 溶 液 を 用 い て 除 染 し た 後 、 大 量 の 水 で 洗 浄 す る 。 な け れ ば 大 量 の 水 で 洗 浄 す る 。 9) (2)生 命 維 持 療 法 お よ び 対 症 療 法 ・ 熱 傷 に 準 じ た 治 療 を 行 う 。 3,9) ・ 強 い か ゆ み を 伴 う 紅 斑: カ ラ ミ ン ロ ー シ ョ ン や ス テ ロ イ ド ク リ ー ム の 塗 布 1) ・水疱 :水疱皮膜は可能な限り保存する。破れた水疱は生理食塩水で洗浄し、 イソジンゲルやシルバーサルファダイアジンクリーム(ゲーベン ク リ ー ム(R)) を 塗 布 水疱中の液体はマスタードを含まないので、びらん作用はない。 15,17) ・びらんが広範であれば植皮を要する。 9) ・ 電 解 質 や カ ロ リ ー の 維 持 は 全 身 熱 傷 の 治 療 に 準 じ る 。 1) ・ 経 口 ス テ ロ イ ド 剤 、 ビ タ ミ ン E の 投 与 、 抗 菌 剤 の 塗 布 等 3) [予後]二次感染がなければ通常、保存的治療で治癒する。 1) 水 疱 の 治 癒 に は 数 週 間 ∼ 数 ヶ 月 要 す る 。 15) 皮膚病変は移植を要する例は少ない。 1,15) 熱 傷 に 比 べ て 治 癒 傾 向 が 乏 し い 。 9,17) 13.中毒症例 14.分析法 1) 検 出 法 レ ー ザ ー 反 射 光 の 蛍 光 検 出 法 : 数 km 離 れ た と こ ろ か ら 強 力 な レ ー ザ ー 光 を 空 気 中の毒ガスに照射し、その反射光の蛍光スペクトルから毒ガスの種類を判定 する。 6) CADS(Chemical Agent Detection System):戦 場 の 各 所 に サ ン プ リ ン グ ス テ ー ションを設置し、毒ガスに触れると自動的に高周波を発する。それを CADSコ ン ト ロ ー ル ス テ ー シ ョ ン で 受 信 し 、 高 周 波 ア ナ ラ イ ザ ー と コ ン ピ ュ ー タ ー で 判 別 す る 。 6) 毒 ガ ス 検 出 器:ガ ス 検 知 管 1) ケ ミ カ ル エ ー ジ ェ ン ト モ ニ タ ー (CAM 、 携 帯 用 検 出 器 ) 、 毒 ガ ス 検 出 器 G1D-2 等 6 ) 毒 ガ ス 検 出 紙:毒 ガ ス ( 液 体 ) に 触 れ る と 、 ガ ス の 種 類 に よ り 検 出 紙 の 色 が 変 わ る 。 6) CADD-PAC 検 知 紙 ( M8,M9 検 知 紙 ) ( 液 体 ) 15) 自 衛 隊 仕 様(液体) ガ ス ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー 法:安 定 な マ ス タ ー ド 分 解 産 物 で あ る チ オ ジ グ リ コ ー ル の 測 定 。 1) 2) 組 織 内 濃 度 血 液 、 血 漿 、 尿 中 の 微 量 チ オ ジ グ リ コ ー ル の 分 析: クロマトグラフィーマススペクトロメトリー法 (Black RM et al:J Chromatogr.449,261-270,1988) 8) マ ス タ ー ド 、 代 謝 物 の チ オ ジ グ リ コ ー ル の 尿 中 濃 度 は 暴 露 後1週 間 位 ま で 検 出 で き る 。 3) (イ ラ ン ・ イ ラ ク 戦 争 で 暴 露1週 間 後 に 受 診 し た 患 者 の 尿 中 か ら マ ス タ ー ド が 各 1,1.5ppb検 出 さ れ た ) 8) 15.その他 [参考資料] 1) 脇 本 直 樹 : 救 急 医 学 .19,1803-1808,1995. 2)RTECS,TOMES Plus(R).MICROMEDEX,Inc.,Colorado,Vol.33,1997. 3)Rumack BH & Spoerke DG( eds):MUSTARD GAS.MEDITEXT(R) Information System.MICROMEDEX,Inc.,Colorado,VOL.33,1997. 4) 安 川 隆 子 : 中 毒 研 究 .5,223-228,1992. 5) 中 毒 研 究 編 集 委 員 会 : 中 毒 研 究 .8,11-17,1995. 6)Anthony T.Tu: 続 身 の ま わ り の 毒 , 東 京 化 学 同 人 ,1993. 7)Rumack BH & Spoerke DG( eds):WARFARE AGENTS-NG.POISINDEX(R) Information System.MICROMEDEX,Inc.,Colorado,VOL.93,1997. 8)HSDB.MICROMEDEX,Inc.,Colorado,Vol.33,1997. 9) 井 上 尚 英 : 産 業 医 学 レ ビ ュ ー .9,99-118,1996. 10) 井 上 尚 英 : 臨 床 と 研 究 .73,155-160,1996. 11)Borak,J et al:Ann.Emerg.Med.,21,303-308,1992. 12)WHO:Health aspects of chemical and biological weapons,1970. 1 3 ) R u m a c k B H & S p o e r k e D G (e d s ) : W A R F A R E A G E N T S . 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