マスタードガス 【概要】 ・マスタードガスはナイトロジェンマスタード、ルイサイト、ホスゲンオキシム と同類で、びらん剤に分類される。暴露直後にルイサイトは疼痛と水疱、ホス ゲンオキシムは疼痛が接触局所に出現し、マスタードガスとナイトロジェン マスタードでは遅れて水疱が出現する。 ・常温では無色の液体。不純物が混合していると黄色∼暗褐色を帯びる。からし、 またはにんにくに似た特有の臭気(一般的に中毒濃度で臭気を感知できる)。 ・蒸気または液体に暴露すると、皮膚・粘膜から吸収される。数分以内に不可逆 的なアルキル化が起こり、皮膚および大量暴露では消化管や気道等の粘膜傷害 や骨髄障害が発生する。しかし、症状は2∼24時間(暴露量、気温、湿度等 により異なる)遅れて出現し、それまで暴露に気づかないこともある。高温 多湿では作用が増強される。 ・ 蒸 気 は 空 気 の 5 .4 倍 重 く 地 面 に 沿 っ て 拡 が る た め 低 所 で は 特 に 危 険 性 が 高 ま る 。 ・二次汚染を防ぐため、患者と接する者は防護を怠ってはならない(レベルD) ・特異的解毒剤はなく、対症療法が主となる。 1.毒性 ヒ ト 半 数 致 死 量 LCt50: 1500mg- 分 /m( 3 ) (ガス) 10μ gの 液 体 暴 露 で も 水 疱 を 生 じ る こ と が あ る 。 暴露量と中毒症状: 暴 露 量 (mg-min/m( 皮膚 3 ) >200 1000-2000 眼 <12 50-100 呼吸器 200 33-70 133-600 1000-1500 ) 発現までの時間 臨床症状 4-8 時 間 3-6 時 間 数 時 間 -数 日 紅斑、掻痒、知覚過敏 重症紅斑、水疱形成 発赤 4-12時 間 結膜炎、異物感、流涙、羞明 3-12時 間 角 膜 混 濁 (潰 瘍 )、 眼 瞼 浮 腫 、 羞 明 12 時 間 -2日 鼻 粘 膜 刺 激 4-6 時 間 咽頭痛、鼻汁、嗄声、咳、発熱 4-6 時 間 気 道 浮 腫 、 肺 炎 、 ARDS 2.中毒学的薬理作用 ・ 蛋 白 質 や 核 酸 等 の 高 分 子 化 合 物 の SH基 や NH2基 を ア ル キ ル 化 す る 。 細 胞 分 裂 が 旺盛に行われている基底細胞、粘膜上皮、骨髄幹細胞が障害をうける。 ・皮膚びらん作用や症状発現までの潜伏時間はアルキル化だけでは説明がつか ず、接触局所での作用機序についてはいくつかの仮説があるが、十分には解明 されていない。 3.中毒症状 接触部位に紅斑を生じ、水疱や浮腫を経て壊死に至る。 眼はマスタードガス暴露に敏感で、角膜刺激症状がより早く生じる。 大量暴露により痙攣、昏睡、骨髄抑制。 呼 吸 器 系 症 状:軽症の場合、1∼2週間で症状はおさまるが、咳は1ヶ月 以上に及ぶことがある。 重症の場合、多くは慢性気管支炎に移行する。肺気腫や肺線 維症に進展することもある。 眼症状:重症の場合、失明することがある。また、潰瘍、変質した傷害部位 の角膜炎が数十年にわたり再発することがある 皮膚症状:びらんまたは潰瘍は疼痛が激しく、治癒傾向が乏しい特徴がある。 4.検査 血液生化学検査、胸部X線検査、血液ガス分析 血算(1日1回以上):大量暴露では骨髄抑制が3∼5日後に明らかとなる 5.治療 (1)特 異 的 解 毒 剤 は な く 、 迅 速 な 除 染 が 傷 害 を 軽 減 す る 唯 一 の 方 法 で あ る 。 (2)呼 吸 循 環 管 理 ・呼吸器症状が早期から出現する症例は重症であるので、気管内挿管・呼吸 管理を要する。 ・上気道の刺激症状には吸入器の加湿、鎮咳剤の投与 (3)十 分 な 補 液 (4)化 学 性 肺 炎 、 二 次 感 染 対 策 (5)骨 髄 抑 制 対 策 : G-CSF 、 血 液 幹 細 胞 移 植 (6)眼 ・2%重炭酸ナトリウムで十分に洗浄する。または大量の水で15分以上 洗浄し、2.5%チオ硫酸ナトリウム液で中和する。暴露後10分以内が 望ましい。 ・市販の点眼剤でも刺激、結膜炎を軽減する ・結膜炎:抗生物質軟膏、ステロイド軟膏の塗布 ・眼痛:鎮痛剤の全身投与 ・羞明、眼瞼痙攣: 1 % 硫 酸 ア ト ロ ピ ン の 点 眼(1日数回) ・角膜混濁:角膜移植 (7)皮 膚 ・0.5%次亜塩素酸ナトリウム水溶液を用いて除染した後、大量の水で 洗浄する。なければ大量の水で洗浄する。 ・熱傷に準じた治療を行う。 ・ 強 い か ゆ み を 伴 う 紅 斑:カラミンローションやステロイドクリームの塗布 ・水疱:水疱皮膜は可能な限り保存する。破れた水疱は生理食塩水で洗浄し、 イソジンゲルやシルバーサルファダイアジンクリーム(ゲーベン ク リ ー ム (R)) を 塗 布 ・びらんが広範であれば植皮を要する。 6.観察期間または治療終了時期 暴露した可能性がある場合は、潜伏期間があるので少なくとも8時間は 経過観察が必要 体表面の5%以上の暴露または眼痛、流涙など角膜障害が示唆される場合 は入院が必要である。
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