一昔まえのベンツが、現代人に教えてくれるもの

一 昔 まえの ベンツ が 、現 代 人 に 教 えてくれ るもの
050
051
いい時代だった
さに「お医者様のクルマ」である。
W114。1968年から76年ま
左側の運転席に乗り込むと、胸元に大径の
で生産された6気筒のコンパク
ステアリングホイールが迫る。直径は43cmも
ト・メルセデスである。試乗車は
あるが、堅い樹脂製リムの握りは細い。もちろ
72年3月初登録の230-6。まだキャブ
レター仕様だった2.3Rモデルだ。
ちょっと古い「ベンツ」がイイ、というのは、
た。とくにベージュなんていうと、イメージはま
しかし、35年前のクルマを“ちょっと古い”
んまだエアバッグなんてものはない。
居住まいも、古き佳き昔のクルマだ。ボデ
ィ外寸のタテヨコは、最新のCクラスとほぼ同
徳大寺さんの名言のひとつである。カッコ内
というのは、さすがに無理がある。ここまでく
じだが、部屋のレイアウトは大きく異なる。フ
をBMWやポルシェに置き換えても、しっくりこ
ると、
“かなり古い”よなあと思いつつ、待つこ
ロントピラーが立っていて、ダッシュボードの
ない。ビーエムもポルシェも、そりゃ新しいの
としばし、炎天下のサービスエリアにやってき
奥行きは浅い。角度の立ったフロントガラス
がいちばんイイでしょ、と思う。
た「たて目のコンパクト」を見て驚く。その程度
がすぐそばにある。おかげで“外”をすごく近
のよさにだ。品のいいベージュのボディには、
く感じる。これに比べたら、いまのクルマの室
まだ新車を思わせるような艶がある。
内は、はるかに閉所感が強い。ひきこもるは
クルマには
「機械の性能」
と
「イメージの性能」
がある。なかでもメルセデスは、とくにイメージ
外観と同様にインテリアも上々の雰囲気。下部のダイアルを回して開閉する三角窓やコラム式のATセレクターなど、ガッ
チリとした操作感が随所で味わえる。試乗車は1972年式のディーラー車。走行14万kmと嵩んでいるものの、さすがこの時
代のメルセデスはそれしきのことではビクともしない。価格は138万円。車両協力=ブレス Tel.042-550-6788
ずである。
の性能が重たい。ちょっと古いくらいがイイと
コンパクト・メルセデスのいいところは、
“S
思わせるのは、たぶんそのせいである。少し
クラスじゃないこと”である。ましてやこのころ
コラムシフトの4段ATをDレンジに入れ、い
置いといたほうが、脂が落ちて、おいしくなる
のコンパクトには、日本のエスタブリッシュメン
きなり高速道路を走り始める。2.3R 6気筒
100km/hだとほとんどエンジン音は聞こえな
というわけだ。
トのパーソナルカーという強い記号性があっ
SOHCでなにより感心したのは、静粛性だ。
い。滑らかさもさすが直6である。
ほんのわずかな時間だったが、程度極上コ
力があふれているはずだ。
ンパクト・メルセデスには、たしかにスローラ
35年落ちにもかかわらず、試乗車の程度が
イフな味があった。メルセデスに限らず、古い
これほどよかったのは、そのうち最初の28年
1365kgのボディをスルスルとよく走らせる。た
クルマにはそうした癒し効果がありがちなもの
間、ひとりのオーナーに仕えていたからだとい
だ、これがなかったらもっと好印象だったのに
だ。なぜなら、昔のクルマはいまほど儲けに走
う。完備された書類を見せてもらったとき、初
と惜しまれるのが、スロットルの不感帯だ。80
っていないからだ。せちがらくないのである。
代オーナーの住所と名前にピンときた。うち
120psのパワーは過不足ない。街なかでも、
年代くらいまでのメルセデスには、アクセルペ
230-6も、室内にいるだけで、そのことを痛
ダルに大きな遊びが設けられていた。エンジ
感する。内装のどこをとっても、いまのEクラ
ンのピックアップをわざと鈍くさせるこの設計
スより古臭いが、カネは絶対にかかってるよな
は、意図せぬ急発進、急加速をさせないため
あと感じる。とくにメルセデスは、ここ10年、
だと言われていた。果たして真偽のほどは定
20年でコストダウン方面の努力を人一倍熱心
かではないが、そういう説教じみた神話をまと
に進めたメーカーである。それだけに、古いメ
っていたのが昔のメルセデスである。
ルセデスには何にも増してスローライフ的魅
の近所の開業医である。ほんとに“お医者様
のベンツ”だったのだ。
Text:下野康史/Photo:五條伴好
4世代前のEクラスにあたるW114型コンパクト。その中古車は
“タテ目”としては例外的に安価で、同時代のSLやSクラスとは
比較にならない買いやすさだ。試乗車の138万円という価格も
ほぼ標準的と思われる。ただし近年その価値に多くの人が気付
き始めたようで、相場は上昇傾向。そうなるとタテ目のSクラスや
SLでよく見られるようなフルレストア物件も出始め、300万円を超
える個体も散見されるようになってきた。裏を返せば、キチンと
維持して味わっていくにはそれなりの金額が必要になるというこ
とだ。よって中古車選びは年式やグレード(200∼280Eまで存
在)
より、コンディションを優先したい。なお、230-6は6気筒車だ
が、4気筒の230-4というグレードも存在した。
052
053