2 北海道内の水道水質検査機関を対象としたホルムアルデヒドに関する

道衛研所報 Rep. Hokkaido Inst. Pub. Health, 60, 29-32(2010)
北海道内の水道水質検査機関を対象とした
ホルムアルデヒドに関する外部精度管理について
Round Robin Test for Determination of Formaldehyde
at the Tap Water Quality Inspectional Laboratories in Hokkaido
伊藤八十男 千葉 真弘
Yasoo Itoh and Masahiro Chiba
Key words:round robin test(外部精度管理)
;formaldehyde(ホルムアルデヒド)
;tap water(水道水)
;
Hokkaido(北海道)
水道水に係る水質試験の結果は,その安全性を保証する
2.参加検査機関及び実施時期
基礎となるとともに,水道施設の適正な維持管理のうえで
本外部精度管理に参加した検査機関は,水道事業者 12,
も重要である.従って,水質試験により得られた値は正確
水道用水供給事業者 2 及び水道法第 20 条に基づく登録検
で信頼性の高いことが絶対条件であり,水道水質試験を行
査機関 12 の計 26 機関である.統一試料は平成 21 年 1 月
う検査機関にあっては,採水から分析に至る全過程におけ
下旬に関東化学㈱(東京)から各検査機関が購入し,結果
る精度管理の必要性が指摘されている1).
等の報告期限は同年 2 月 20 日とした.
北海道は,平成 6 年 9 月,水道水質の適正な管理と計画
3.統一試料及び設定濃度
的な水質検査や精度管理の実施等に係る「北海道水道水質
統一試料はホルムアルデヒドの水溶液であり,その濃度
管理計画」
(平成 17 年 3 月改定)を策定した.この計画を
は 0. 012 mg/L と設定した.ホルムアルデヒドの水道水質
円滑に推進するため,水道水質基準全項目試験を実施可能
基準は,0. 08 mg/L 以下である2).
な道内の水質検査機関による「北海道水道水質管理協議会
統一試料の調製は関東化学㈱に依頼し,次のように
(以下,協議会という)
」が設立された.
行 わ れ た. 関 東 化 学 ㈱ 製 ホ ル ム ア ル デ ヒ ド 標 準 原 液
協議会は,平成 7 年度より当所飲料水衛生科を指導機関
(1, 000 mg/L メタノール溶液,水質試験用)を超純水で設
として,水道水質基準全項目試験を行っている検査機関を
定濃度となるよう 2 段階に希釈・混合してホルムアルデヒ
対象に外部精度管理を実施している.この目的は,各検査
ド溶液 35 L を調製し,500 mL 容ねじ口アルミキャップ付
機関において採用されている分析方法,測定条件,得られ
き褐色ガラスびんに分注・密栓した.輸送時等の過冷却
た分析値の精度及び正確さの実態等を把握することによ
によって水溶液が凍結した際のガラスびんの破損を避ける
り,個々の分析担当者はもとより,参加機関全体の分析技
ため,統一試料容器内には全容量の 1 %程度の空間を設け
術の向上を図るとともに,道内の水道水質に係る試験検査
た.
結果の信頼性を確保することである.本報告は,平成 20
当所において,統一試料 3 本についてそのホルムアル
年度に実施されたホルムアルデヒドについての外部精度管
デヒドを定量したところ,0. 0109±0. 00010 mg/L(変動
理の結果をまとめたものである.
係数 0. 92%)であった.また,外部精度管理の実施に先
方
立ち,0. 015 mg/L に調製したホルムアルデヒド水溶液を,
法
容器内に 10%程度の空間が残るよう密栓し,冷蔵保存し
1.実施方法
た場合の濃度安定性を調べた.調製後 7 ~ 56 日間にわた
各検査機関は,精度管理用統一試料(以下,統一試料
り週 1 度の測定を行った結果,設定濃度と同程度のホルム
という)について,平成 20 年度外部精度管理実施要領に
アルデヒド濃度は,5 ℃の冷蔵保存において調製後少なく
従って分析を行い,その結果等を当所あてに報告した.当
とも約 2 カ月間は変化しないことが確認された.
所は各検査機関からの報告内容をとりまとめ統計的解析を
なお,各検査機関に対しては統一試料の入手後直ちに冷
行ったうえ,全体の結果を協議会に報告した.
蔵保存するよう指示した.
─ 29 ─
4.分析方法,測定回数及び結果の報告
Table 1 Formaldehyde Determination in Each Laboratory
分析方法は,厚生労働省告示3)及び上水試験方法4)に示
された方法を基本とし,各検査機関が日常採用している方
法により分析・測定を行うこととした.
測定は 5 回の併行測定とし,得られた 5 回の分析値及び
平均値,分析操作手順,機器の測定条件等を,当所で定め
た様式により報告するよう指示した.
結果及び考察
ホルムアルデヒドの分析は,全 26 検査機関において誘
導体化–溶媒抽出–ガスクロマトグラフ質量分析(GC/MS)
法3, 4)により行われた.この方法の概略は次のとおりであ
る.検水にペンタフルオロベンジルヒドロキシルアミン
(PFBOA)溶液を加えて 2 時間静置し,ホルムアルデヒ
ドを誘導体化させる.硫酸(1+1)を加えて誘導体化反応
を停止させた後,生成した PFBOA–ホルムアルドキシム
をヘキサンで抽出する.抽出液を脱水の後,一定量の内部
標準物質(1–クロロデカン)を加えて試験溶液とし,GC/
MS により測定する.検量線は,ホルムアルデヒドを含ま
ない水(以下,ブランク水という)にホルムアルデヒド標
準液(メタノール溶液)を,その濃度が段階的になるよう
添加し,検水と同様に操作して作成する.
各検査機関から報告された分析操作手順は,いずれも上
記操作とほぼ同様であり,GC/MS による測定条件等も標
準的と思われるものであった.また,提出された標準液及
び統一試料のクロマトグラム上で,測定対象物質のピーク
形状等が異常と思われる例はなかった.
各検査機関から報告された統一試料についてのそれぞれ
5 回の分析値の平均値(以下,測定値という)
,変動係数
及び Z スコアを Table 1 に示す.26 検査機関の測定値は
Laboratory
No
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
Average
C.V.(%)
Formaldehyde
(mg/L)
0. 0101
0. 0090
0. 0113
0. 0103
0. 0095
0. 0091
0. 0115
0. 0065
0. 0118
0. 0087
0. 0083
0. 0080
0. 0116
0. 0112
0. 0079
0. 0082
0. 0133
0. 0109
0. 0100
0. 0088
0. 0103
0. 0079
0. 0121
0. 0093
0. 0112
0. 0089
0. 0098
16. 6
C.V.
(%)
2. 6
2. 7
0. 5
0. 5
7. 4
2. 0
4. 0
3. 3
3. 7
1. 9
1. 4
1. 9
4. 5
2. 9
2. 0
1. 0
2. 1
1. 6
0. 4
1. 6
1. 1
2. 9
1. 3
0. 6
1. 5
2. 2
2. 2
-
Z score
0. 2
–0. 4
0. 8
0. 3
–0. 1
–0. 4
1. 0
–1. 8
1. 1
–0. 6
–0. 8
–1. 0
1. 0
0. 8
–1. 0
–0. 8
1. 9
0. 6
0. 1
–0. 5
0. 3
–1. 0
1. 3
–0. 2
0. 8
–0. 5
-
-
Results of formaldehyde determination were expressed as mean
values of 5 runs. C.V.;Coefficient of variation.
0. 0065 ~ 0. 0133 mg/L の広い範囲に分布していたが,平
均から離れた幾つかの測定値について Grubbs の方法5)に
統一試料には,前述のとおり,容器内に一定の空間を設
より異常値の検定(有意水準 5 %)を行ったところ,異常
けてある.ホルムアルデヒドは常温で気体であるため水溶
値と判定される測定値はなかった.
液からの揮散が想定されるが,一方では水に非常によく溶
厚生労働省通知 では,ホルムアルデヒドの試験にあた
ける物質であり,そのヘンリー定数は 25℃で 0. 0341 Pa・
り変動係数で 20%以内の精度を確保することとされてい
m3/mol という小さな値である8).25℃におけるホルムア
る.各検査機関の 5 回の分析値から算出された検査機関内
ルデヒドの気液分配平衡では,気相と液相との体積比を
変動係数は最大でも 7. 4%であり,各検査機関内でのホル
1:99 ~ 10:90 とした場合,ヘンリーの法則から,液相中
ムアルデヒド分析の併行精度は,概ね良好に保持されてい
初濃度の 99. 8%以上が液相に残存すると計算された.こ
たと考えられる.一方,各検査機関の測定値から算出した
のことから,統一試料の未開封保存中における,液相から
検査機関間変動係数は 16. 6%であり,検査機関間の測定
気相への分配によるホルムアルデヒド濃度の低下は,初濃
値のバラツキは大きかった.
度に対して無視できる程度と考えられる.しかし,開封時
分析精度の相対的な判定に有効とされる指標に,Zスコ
または開封後に統一試料を過度に激しく振り混ぜた場合に
アがある .各測定値の全測定値の中における相対的位置
は,ホルムアルデヒドの揮散が促進され試料中の濃度が低
6)
7)
(中央値からのずれ)を示すものであり,その値の絶対値
下した可能性がある.
により測定値を評価する.本外部精度管理においては,全
PFBOA–ホルムアルドキシムは揮発性であり,このこ
26 機関が「満足」
(|Z|≦ 2 )と評価された.
とを利用したヘッドスペース–GC/MS 法による測定例も
本外部精度管理において,検査機関間の測定値のバラツ
ある9).誘導体化等の前処理操作中に PFBOA–ホルムアル
キが大きかった.以下,その考えられる原因について考察
ドキシムが散逸した可能性は否定できないが,通常,検
する.
量線作成用の標準液と分析試料の前処理は同時に行なわ
─ 30 ─
れるため,標準液と分析試料とで PFBOA–ホルムアルド
きいほど測定値は低くなる傾向が認められた(相関係数:
キシムの散逸の程度に大差はないと考えられる.しかし,
0. 524).
一連の前処理操作にある程度の時間差があった場合には,
一方,最近,用いるブランク水の種類により,得られる
PFBOA–ホルムアルドキシムの散逸により誤差が生じた
検量線の傾きが異なることが報告された10, 11).厚生労働省
可能性がある.
告示3)に従って操作し,超純水,水道水及び数種のミネラ
ホルムアルデヒド分析におけるブランク水の要件とし
ルウォーターを用いて作成した検量線を比較すると,その
て,厚生労働省告示3)には「測定対象成分を含まないも
傾きは超純水で最も大きく,最小のミネラルウォーターと
の」,上水試験方法4)には「アルデヒド類のブランクが測
は約 20%の差があったという.検量線の傾きの差は,ホ
定に影響を及ぼさない程度であることを確認した精製水
ルムアルデヒドの誘導体化反応の速度の違いに起因してお
あるいはミネラルウォーター」と記載されている.試験
り,PFBOA の増量及び反応時間の延長によりその差は減
室内の空気中にも微量のホルムアルデヒドが存在するた
少する11).ブランク値が同程度であっても,検量線の傾き
め,それを全く含まない精製水を得ることは非常に難し
が大きいほど低い定量値が得られ,標準液と分析試料とで
く,ブランク水にはホルムアルデヒド濃度が低いミネラル
誘導体化率が等しくなければ正しい定量は望めない.
ウォーター等を用いる場合が多い.本外部精度管理におい
ても,ブランク水として超純水製造装置等により試験室で
精製した水を用いた検査機関(8)もあったが,ミネラル
ウォーター等の市販水を用いた検査機関(18)が多かっ
た.Table 2 に示すように,試験室精製水を用いた検査機
関と市販水を用いた検査機関における測定値の平均は,前
者が後者よりも 20%程度低く,有意水準 5 %で有意差が
認められた.厚生労働省告示3)では,ホルムアルデヒドの
定量に際してブランク補正は行われない.従って,ブラン
ク値が大きいと検量線の y 切片が大きくなり,結果とし
て低い定量値が得られる.各検査機関から報告された検量
線データから,ブランク未測定の 3 検査機関を除く 23 機
関について,ホルムアルデヒド濃度 0. 01 mg/L のシグナ
ル強度に対するブランクのシグナル強度の割合(以下,ブ
ランク強度比という)を求めた.Table 3 に示すように,
ブランク強度比は,バラツキが大きいが,平均で試験室精
製水が市販水よりも 2 倍以上高かった.各検査機関のブ
ランク強度比とホルムアルデヒド測定値との関係を Fig. 1
に示す.ブランク強度比が小さくとも低い測定値を得た機
関が幾つかあるものの,全体としてブランク強度比が大
Fig. 1 R elation between Obtained Formaldehyde
Concentration and Signal Intensity Ratio of
Blank to 0. 01 mg/L of Formaldehyde in Each
Laboratory
Table 2 Formaldehyde Determination in Two Laboratory Groups Using Laboratory–made Purified
Waters and Commercially Available Waters as Blank Water for Formaldehyde Analysis
Blank Water
n
Laboratory–made purified water
Commercially available water
8
18
Formaldehyde(mg/L)
Average
Range
0. 0085
0. 0065 – 0. 0115
0. 0104
0. 0082 – 0. 0133
C.V.
(%)
16. 9
12. 9
Table 3 Signal Intensity Ratio of Blank to 0. 01 mg/L of Formaldehyde in Two Laboratory Groups Using
Laboratory–made Purified Waters and Commercially Available Waters as Blank Water for
Formaldehyde Analysis
Blank Water
n
Laboratory–made purified water
Commercially available water
6
17
Signal intensity ratio
(%)
Average
Range
10. 9
0. 0 – 23. 1
4. 5
0. 7 – 23. 8
─ 31 ─
C.V.
(%)
71. 7
128. 4
以上のことから,本外部精度管理における検査機関間で
のホルムアルデヒド測定値のバラツキは,検量線のブラン
ク値や傾きの差に起因した可能性が大きいと考えられた.
それらに加え,統一試料採取時のホルムアルデヒドの揮
散,前処理時における PFBOA–ホルムアルドキシムの散
逸により誤差が生じた可能性も考えられた.
水道水中のホルムアルデヒドの分析精度向上のため,ブ
ランク値の低減化を図るとともに,分析試料やブランク水
の種類によらず一定の誘導体化率が得られるよう誘導体化
試薬の濃度,反応時間等の条件検討が必要である.
文
献
1)厚生省生活衛生局水道環境部長通知衛水第 265 号「水道法
の施行について等の一部改正について」,平成 4 年 12 月
21 日
2)厚生省令第 101 号「水質基準に関する省令」,平成 15 年 5
月 30 日,平成 22 年 2 月 17 日一部改正
3)厚生労働省告示第 261 号「水質基準に関する省令の規定に
基づき厚生労働大臣が定める方法」別表第 19,平成 15 年
7 月 22 日,平成 22 年 2 月 17 日最終改正
4)厚生省生活衛生局水道環境部監修:上水試験方法 2001 年
版,日本水道協会,東京,2001,pp.457–463
5)JIS Z8402–2,測定方法及び測定結果の精確さ(真度及び
精度)第 2 部 標準測定方法の併行精度及び再現精度を求
めるための基本的方法(1999)
6)厚生労働省健康局水道課長通知健水発第 1010001 号「水質
基準に関する省令の制定及び水道法施行規則の一部改正等
並びに水道水質管理における留意事項について」
,平成 15
年 10 月 10 日,平成 22 年 2 月 17 日一部改正
7)厚生科学審議会答申厚科審第 5 号「水道法第 4 条第 2 項の
規定に基づき定められる水質基準の見直しを行うことに
ついて(答申)
」別添資料 3「水質基準の見直し等につい
て」
,平成 15 年 4 月 28 日,p.57
8) 化 学 物 質 の 初 期 リ ス ク 評 価 書 Ver.1.0 No.71, 新 エ ネ ル
ギー・産業技術総合開発機構,東京,2006,p.3
9)Sugaya N, Nakagawa T, Sakurai K, Morita M, Onodera S:
J. Health Sci., 47
(1)
, 21–27(2001)
10)小泉義彦,宮野啓一,足立伸一:第 46 回全国衛生化学技
術協議会年会講演集,236–237(2009)
11)田畑佳世,松井 勤,松田史郎,小森孝郎,松本憲一,
田中智之:第 46 回全国衛生化学技術協議会年会講演集,
238–239(2009)
─ 32 ─