高分子技術レポート - 山本貴金属地金株式会社

匠から科学へ、そして医学への融合
高分子技術レポート
5
Vol.
歯科材料モノマーの重合―酸素の影響
歯科材料モノマーの重合―酸素の影響
歯科材料部
目 次
1. はじめに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2
2. モノマー中の酸素定量 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
3
3. カンファーキノン(CQ)分解への酸素分子の影響 ・ ・ ・ ・ ・ ・
6
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
6
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
8
4. 種々のモノマーの重合速度への酸素分子の影響 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
9
3.1 CQ/アミン系
3.2 CQ開始への酸素の影響
5. 厚さによる反応率の違い
6. バリアー材の有効性
7. おわりに
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 15
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 21
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 24
2. モノマー中の酸素定量
歯科材料モノマーの重合 ― 酸素の影響
空気は,約 78 vol% の窒素と約 21 vol% の酸素を含むから,大気中でレジンを成形し硬化
(重合)
する
山本貴金属地金株式会社 歯科材料部 理事 工 学 博 士 山田
文一郎
と酸素共存下での重合となる.
酸素原子の電子配置は 1s2 2s2 2p4 であり,酸素分子
(O2)
では図 2 に示す
ように不対電子を2個もつ三重項が基底状態である.
このため,酸素分子はラジカル類似の反応を行う.
なお,
窒素はラジカル重合では不活性である.
1. はじめに
σx*
σx*
歯科修復材のレジンは,モノマーを重合してフィラーとともに硬化して得られる.
この場合の硬化はラ
ジカル重合
(歯科材料モノマーの重合 (1),(2))
で行うから,酸素が種々の望ましくない影響を与えるこ
とが十分に考えられる 1).歯科用レジンの多くは,多官能性メタクリル酸エステルをラジカル重合して必
2p
πy
πz
πy
πz
2p
πy
πz
πy
πz
要な圧縮強さや曲げ強さなどが確保されているから,レジンの硬化における酸素の影響がしばしば問題
になり関心がもたれる.
予想されることは,重合速度の低下,誘導期
(重合開始までに要する時間)
の出現,
ポリマー鎖長の短縮,硬化不十分による粘着性表面の生成などである.
今回は,通常のラジカル重合なら
πx
πy
πz
πx
πy
πz
びにレジンの硬化における酸素の影響について,重合を抑制する理由,開始への影響,種々のモノマーの
重合における影響,
試料厚さの影響,
酸素が原因となる抑制の低減など,
種々の観点から述べる.
なお,ラジカル重合においては,共存する物質により重合の進行が阻害される場合に,
「禁止
σx
(inhibition)
」と「抑制(retardation)
」が区別して定義されている 2).禁止剤は,重合を一定期間(誘導期)
まったく起こさせないが,禁止剤が消費された後には不在下に等しい速度で重合が進行する.
抑制剤を加
えると,誘導期なしに重合は起こるが重合速度は低下する
(図 1 参照)
.
しかし,
「禁止」
と
「抑制」
の程度は
σs
2s
禁止剤あるいは抑制剤の濃度やその他の重合条件で変わり,区別が明確でない場合や誘導期が表れ重合
σs
2s
σs
速度が低下することも少なくない.
酸素は,重合速度を低下させ抑制剤となる場合が多いから,本稿では
σs
酸素の効果には
「抑制」
を用いる.
酸素の原子軌道
三重項酸素の
分子軌道
酸素の原子軌道
一重項酸素分子の電子配置
図2 酸素の2sと2p軌道の電子配置
(a)
(b)
モノマーに溶解した酸素分子も三重項であるから,開始ラジカル(R・)あるいは成長ラジカル(M・)と
反応率
(c)
反応して酸素中心ラジカル(ROO・あるいは MOO・)に変わる.炭素中心ラジカルと酸素分子の反応は速
く速度定数が~ 5 x 108 L/mol・s と非常に大きな値であるが(溶液中の反応での上限に近い),生成した
酸素中心ラジカルのモノマーへの付加反応性が低いため抑制が起こる 3), 4).
O2
M (重合)
M
誘導期
hν
開始剤
重合時間
図1 抑制剤も禁止剤も含まない場合(a),抑制剤を加えた場合(b )および禁止剤を加えた
場合(c )のラジカル重合の初期におけるモノマー二重結合の反応率-時間のプロット
―2―
MOO
M
R
O2
ROO
スキーム1
―3―
M (重合)
空気で飽和した系の重合で,抑制の現れる期間に開始ラジカルと反応して消費される酸素の分子数を
中の成長ラジカルの定常状態濃度(~ 10-7 mol/L)よりずっと高く,大気中からの酸素分子の供給が続
見積もり 4 ~ 5 が得られており,
重合速度は窒素中の値の 1/8 倍である.
重合速度の比較から,
モノマー
く.このような状況下では重合の抑制は避けられない.また,HEMA,EHEMA や TEGDMA 中の酸素
中の酸素濃度は 4.2 x 10-6 mol/L と見積もられている(後述する表 1 の結果とは一致していない)3).重
濃度が低いことから,これが水酸基(OH)やエーテル結合(C-O-C)を含むモノマーの特徴であることが
合は進むが,酸素による抑制の影響が残る期間(
示唆されている.
)と開始速度( i)との関係はおおよそ次式で表される
ret
から,酸素濃度が高いと重合速度低下の程度が増し, i が増すと
ret
は短くなるであろう.
表1 空気で飽和したモノマー中の酸素濃度
ret
≈ [O2]/
(1)
i
酸素が開始ラジカルや成長ラジカルと反応して不活性化するとしても,重合系の酸素濃度が低く反
応で消費されれば影響は限られる.定量的な考察には,モノマー中の溶存酸素量を知らねばならない.
モノマー中の酸素濃度はどのような方法で知ることが可能なのであろうか.最近報告された方法は,有
機化合物であるモノマー中の三重項酸素を一重項に変換して特有の反応を利用して定量する.
モノマー
[Zn-tpp] x 104 (mol/L)
[DMA] x 103 (mol/L)
[溶解酸素] x 103 (mol/L)
HEMA
HDDA
アクリル酸ブチル
EHEMA
TEGDMA
TMPTA
1.00
1.00
1.00
1.00
1.00
0.1
2.00
2.00
2.00
2.00
2.00
2.00
0.83
1.17
2.07
0.59
0.98
1.06
5,10,15,20 - テトラフェニル-21 , 23 -ポルフィン亜鉛 (Zn-tpp) は,光照射で励起一重項となり項間交
O
差で三重項となる.基底状態の三重項酸素が Zn-tpp の三重項と反応すると,一重項酸素と基底状態の
1
hν
O
OH
と反応すると過酸化物を生じるか基底状態に戻るかのいずれかである.スキーム 2 は,Zn-tpp による一
重項酸素の生成とそれに続く DMA との反応を示す 5).
O
O
Zn-tpp を生じる(三重項―三重項消滅).ここで生成した一重項酸素は,ジメチルアンスラセン(DMA)
O
O
メタクリル酸 2‐ヒドロキシエチル
(HEMA)
1,6‐ヘキサンジオールアクリレート
(HDDA)
R
*
Zn-tpp(一重項)
O
(400-430 nm)
O
O
N
R
O
メタクリル酸 2‐エトキシエチル
(EHEMA)
N
N
O
O
Zn
R
項間交差
N
O
O
O
Zn-tpp(基底状態)
R
3
O
Zn-tpp (R = C 6 H 5 )
*
Zn-tpp(三重項)
トリメチロールプロパントリアクリレート
(TMPTA)
O
O
CH3
三重項 - 三重項
消滅
O2
(三重項,基底状態)
CH3
1
O2
(一重項)
CH3
3
O
O
O
トリエチレングリコールジメタクリレート
(TEGDMA)
酸素による抑制を低減させるには,不活性雰囲気(窒素や二酸化炭素)あるいは真空中での重合,実用
上の意味はないと思われるが,溶存する酸素の三重項から一重項への変換が行われる.酸素の三重項か
スキーム 2
CH3
ら一重項への変換は,Zn-tpp と同様の効果のある亜鉛 2, 9, 16, 23 -テトラ- -ブチル - 29 , 31
シアニン (Zn-ttp) を加えて行われている
6)
-フタロ
.三重項酸素と成長ラジカルあるいは開始ラジカルとの反
一連の反応で Zn-tpp が非可逆的に消費されることはなく,一分子の Zn-tpp が多数分子の一重項酸
応が重合抑制の原因となるが,一重項酸素はこのような反応を行うことはないから,溶存酸素分子を一
素を生成することができ,空気で飽和した試料溶液に Zn-tpp あるいは DMA の一方を加えても濃度低
重項状態にすれば抑制はなくなると考えられる.Zn-ttp の添加で誘導期が明らかに短くなるものの初
下は起こらない.したがって,DMA の反応量(380 nm の吸収で定量)から表 1 に示す溶存酸素濃度が
期重合速度は影響されないが,その後の重合速度は低下し到達反応率も下がる.しかし,酸素を除去し
求められる.この表に示すように,モノマーへの溶解酸素分子の濃度は 10-4 ~ 10-3 mol/L であり,重合
たアルゴン雰囲気では Zn-ttp の効果は小さい.
―4―
―5―
3. カンファーキノン(CQ)分解への酸素分子の影響
3.1 CQ/ アミン系
CQ と 3 級アミンの組み合わせは,可視光照射による重合の有効な開始剤として広く使われている.
ス
キーム 3 に示すように,CQ の励起状態
(CQ*)
とアミン
(AH)
の錯体における H+ 移動を含む機構で,ラ
ジカルを生成することが明らかになっている 7).
立体障害のため CQH・に開始活性はなく,A(-H)・が重合
を開始する.
1級および2級アミンを,CQ と組み合わせても開始しないか非常に遅い.脂肪族アミンは
芳香族アミンより効率は低いが,CQ 励起状態の消光(励起状態の電子が基底状態に戻る過程をいう)が
速いためであろう 8).例外は,2級アミンのフェニルグリシン
(C6H5NHCH2CO2H)
であり,CQ と組み合
CQ の吸光度(任意の単位)
0.4
0.3
CQ のみ
0.2
0.1
CQ + アミン
わせると有効な開始が可能となる.
0
0
O
O
hν
R
O
3級アミン
-+ N
O
O
O
励起 CQ(CQ * )
CH2R''
100
200
300
400
500
時間(秒)
H+ 引抜
図3 空気中( )と窒素中( )での可視光(470 nm)照射によるイソプロパノール中の
CQ (10-2 mol/L) 消費とEDAB (10-2 mol/L) 共存によるCQ消費の加速( )
R'
エキサイプレックス(励起状態の錯体)
3.0
R
N
+
H
O
CHR''
R'
CQ ケチルラジカル(CQH・)
開始ラジカル(A(-H)・)
スキーム 3
CQ をイソプロパノール((CH3)2CHOH,水素供与体)中で,4 - ジメチルアミノ安息香酸エチル
((CH3)2NC6H4CO2C2H5, EDAB)の存在および不在下で可視光を照射すると開始ラジカルを生成し消費
EDAB の吸光度(任意の単位)
O
2.0
空気中
1.0
窒素中
されるが,窒素中では空気中より消費が速い
(図 3)
.
アミンの添加で大きく加速されるが,加速の程度は
窒素中では空気中より小さくなる.
これは,スキーム 3 と反応
(2)
でアミンから生じたラジカルと酸素と
0
の反応
(3)
が速く,
抑制の原因となる MOO・生成の寄与が大きくないことを示すものであろう.
0
200
400
600
時間(秒)
AH + CQ* → [AH・+ CQ・-] → A(-H)・ + CQH・
(2)
図4 CQ(10-2 mol/L)存在下のイソプロパノール中での光照射による
EDAB (λmax = 307 nm,10-4 mol/L) の消費
C
C
N
+
O2
C
N
O
O
N
H
C
OOH
N
+
C
N
(3)
したがって,アミンを添加した場合の窒素中と空気中の差は小さい(図 3).あとで示すように,CQ
とアミン自身の反応も酸素に影響される.CQ との組み合わせでも,EDAB の窒素中での消失も空気中
より明らかに速い(図 4).
―6―
―7―
3.2 CQ 開始への酸素の影響
ここで DH は水素供与体であるアミン,モノマーあるいはポリマーであり,反応(7),
(8),
(9)および
アミン不在下では,CQ が溶媒などから水素を引き抜き開始ラジカルを生成する.イソプロパノール
(13)における D・は DH 由来のラジカルを示す.反応(12)は,CQ* の酸素分子による消光であり DH
溶液で,可視光を照射すると CQ の空気中での消失は窒素中より遅く,可視光照射下で CQ が酸素と反
との反応を阻害する.DH がアミンなら,反応(13)は反応(3)となる.成長ラジカルと酸素分子の反応
応することがわかる(図 3).
(16a) はすでにスキーム1で示したが,同じ反応は後述するスキーム 4 にも含まれ,〰MOO・のモノ
*
重合系における CQ の関与する反応は次の通りで,酸素もいくつかの反応に関与する
*
CQ → CQ(励起
CQ)
CQ* + DH
{
(励起)
.
マーへの付加活性が低いため重合が抑制される.しかし,酸素分子共存下では CQ もアミンも消費が速
7), 8)
(4)
く開始ラジカル生成も速い可能性がある.したがって,図 6 に示すたとえば TEGDMA 重合の酸素に
よる抑制には CQ/ アミンからのラジカル生成の加速と抑制の相反する効果が含まれるであろう 7).
→ CQ + DH (消光)
(5a)
→ CQH・ + D・ (H+ 移動によるラジカル生成)
(5b)
4. 種々のモノマーの重合速度への酸素分子の影響
(6)
CQ の可視光照射による消費(アミン不在)は,酸素および不活性雰囲気下のどちらでも TEGDMA 中
CQH・ + CQH・ → CQH2 + CQ(不均化)
ではトリメチロールプロパントリメタクリレート(TMPTMA)中より速い(図 5)
.
CQ のみを用いて可視
CQH・ + D・ → CQHD
(ラジカルカップリング)
(7)
光照射すると,活性は低いがメタクリル酸エステルの重合を開始し,重合速度はモノマーの種類で変わ
り,窒素
(不活性雰囲気)
中の重合は空気
(酸素含有)
雰囲気下より遅い.
モノマーの種類により,空気中で
D・ + M → M・
M・ + CQH・
M・ + D・
}
(重合開始)
(8)
の誘導期(重合開始までの期間)の長さ,初期重合速度ならびに到達反応率が異なる(図 6)
.
これらより,
モノマーの構造により CQ に対する水素供与能が大きく異なることが予想できる.TEGDMA,
(9a)
→ 不活性ポリマー(停止)
アミンは用いていないから,励起 CQ によるモノマーから水素引抜きが起こりやすいほど重合の開始が
(9b)
-CH2 -O- + CQ* → -CH( ・ ) -O- + CQH・
TETGDMA および PEGDA では,
水素引き抜きが起こりやすい-CH2O-基をいくつも含むためであろう.
早く,
重合が速く,
到達反応率も高いと思われる.
(10)
0.5
CQ* + O2
CQH・ + O2
}
(11)
(12a)
→ 酸化生成物
(12b)
D・ + O2 → DOO・
(13a)
DOO・ + DH → DOOH + D・ (連鎖反応による過酸化物生成)
CQ の吸光度(任意の単位)
-CH( ・ ) -O- + M → ポリマー
0.4
TMPTMA 溶液
0.3
0.2
TEGDMA 溶液
0.1
(13b)
0
2DOO・ → DOOD + O2
(過酸化物生成)
DOO・と反応生成物 + CQ* → CQ + ラジカル生成物(酸化生成物の分解)
M・ + O2 → MOO・
(14)
(15)
(低反応性)
(16a)
MOO・ + M → MOOM・ (高反応性)
(16b)
―8―
0
40
80
120
160
200
時間(秒)
図5 TEGDMAおよびTMPTM溶液の空気中( )および窒素中( )での
光照射(470 nm)によるCQ(初濃度10-2 mol/L)消費
図 5 のように,CQ 濃度の低下が遅い TMPTMA では重合が起こらないか遅く,TEGDMA 中では CQ
の消費が速いことから予測されるように重合が速い.TDMA は,空気中(A)では重合せず,DDMA と
TMPTMA は窒素中
(B)
では重合しない
(図 6)
.
―9―
1.0
O
PEGDA
(A)(空気中)
反応率
0.8
O
TETGDMA
0.6
O
O
O
O
2,2’
‐チオジエチルジメタクリレート
(TDMA)
O
TEGDMA
O
O
0.4
O
トリメチロールプロパントリメタクリレート
(TMPTMA)
DDMA
0.2
10
n
ポリエチレングリコールジアクリレート
(PEGDA)
0
0
O
O
TMPTMA
30
20
重合時間(分)
2,2-ジメトキシ-2-フェニルアセトフェノン(DMPA)を増感剤とする紫外線照射による重合の速度(最
大)
を測定し,種々のメタクリレートならびにアクリレートにつき空気中
( p (air))
と窒素中
( p (N2))
で比
0.8
TETGDMA
較されている(表 2)9).
空気中と窒素中での重合速度はモノマーの種類により異なるが,メタクリレート
TEGDMA
0.6
反応率
O
S
重合の酸素分子(空気)による重合速度低下はアクリレート重合より小さい.
これは,メタクリレート中
PEGDA
の溶存酸素量(表 1 参照)が少ないことと一致している.
エーテル結合を多く含むメタクリル酸エステル
である PEGDMA では,アクリル酸エステルである PEGDA より
0.4
TDMA
p (air)
の低下の程度が小さく,スキー
ム4
(反応
(16a)
を含む)
で示すように,
酸素中心ラジカルが活性な炭素中心ラジカルに変わる.
表 2 では,
重合速度比(
/
p (air)
)のみを示すため明らかではないが,一般にアクリレートの重合はメタクリレー
p (N2)
トより速い.
0.2
(B)(窒素中)
表2 空気中と窒素中での重合速度比較
0
0
20
40
メタクリレート
60
DEGDMA
TEGDMA
PEGDMA
PPGDMA
DDDMA
重合時間(分)
図6 CQ (0.12 mol/L)を開始剤とするPEGDA, TETGDMA, TEGDMA, DDMA, TMPTMAと
TDMAの空気中(A)および窒素中(B)での可視光照射による重合(40℃)
アクリレート
p (air)/ p (N 2 )
0.60
0.91
0.93
0.86
0.65
p (air)/ p (N 2 )
HA
EGMEA
DEGEEA
PPGDA
DDA
0.17
0.46
0.64
0.66
0.21
なお,
図 6 に重合結果を示したモノマーの構造は次の通りである.
O
O
O
O
O
O
O
4
P
O
テトラエチレングリコ-ルジメタクリレート
(TETGDMA)
O
O
+
O
H
H
O
O2
H
O
H
H
O
O
1,10‐デカンジオールジメタクリレート
(DDMA)
スキーム 4
― 10 ―
O
O
O
H
O
O
― 11 ―
O H
O
H
O
+
H
O
表 2 に結果を示したモノマーの構造は,
次の通りである
(構造をすでに示したモノマーは除く)
.
な炭素中心ラジカルへの変換(スキーム 4)
が寄与し抑制が減少することで説明される 9).
次に構造を示すモノマー
(Bis-GMA-DC および HEMA-C)
は,いずれも環状炭酸エスエテル構造
(点線
の枠内)
を含む.
これらを CQ/アミドの光照射で重合すると,酸素による抑制が著しく小さいことが指摘
O
O
O
O
O
O
O
されている 11).モノマーの二重結合や成長ラジカルの反応性が,このような位置への環状炭酸エステル
O
ジエチレングリコールジメタクリレート
(DEGDMA)
構造の導入で大きく変化することはなく,CQ の三重項生成にも影響することはないであろう.
考えられ
n
O
る理由は,環状炭酸エステル構造の水素が引き抜かれやすく酸素中心ラジカルを含む反応に組み込ま
ポリエチレングリコールジメタクリレート
(PEGDMA)
れ,
二重結合への付加活性の高いラジカル
(-CH(・)-O-)
へ変換する可能性がある.
なお,
環状炭酸エステル
O
O
12)
合 (4))
.
O
O
O
O
構造を含むメタクリレートは硬化(重合)が速いモノマーとして注目されている(歯科材料モノマーの重
O
n
O
ポリプロピレングリコールジメタクリレート
(PPGDMA)
ドデカンジオールジメタクリレート
(DDDMA)
O
O
O
n
O
O
O
O
O
O
デカンジオールジアクリレート
(DDA)
O
O
O
O
O
ヘキシルアクリレート
(HA)
O
O
O
ポリプロピレングリコールジアクリレート
(PPGDA)
O
O
O
O
O
O
O
O
O
O
O
O
O
エチレングリコールメチルエーテル
アクリレート(EGMEA)
O
O
O
ジエチレングリコールエチルエーテル
アクリレート(DEGEEA)
Bis-GMA 二炭酸エステル(Bis-GMA-DC)
O
酸素分子の影響がモノマーの種類により異なる理由として,重合混合物中での酸素の拡散に関連する
O
O
であろうモノマー粘度も考えられる.
しかし,粘度に大きな差があっても硬化への酸素分子の影響に差
がないことかもあるから,粘度は主要な理由ではないとされている.
まず,考えるべきはモノマーあるい
O
O
O
O
O
はポリマーのラジカル攻撃の受けやすさである
(スキーム 4)
.
別の実験では,イオウを含む TDMA の空気中での重合はイオウを含まない DEGDMA の重合よりが
メタクリル酸 2 - ヒドロキシエチル炭酸エステル(HEMA-C)
ずっと速く(3倍),到達反応率が高く(4倍以上)酸素の抑制が小さいことが示されている 10).これは,
酸素中心ラジカルあるいは成長ラジカル(R・)による - CH2-S - 基からの水素引き抜き(反応 (17))が
モノマーの構造因子の抑制への影響は,次のようなウレタンアクリレートを用いても研究されてい
-CH2 - O- 基からの水素引抜き(スキーム 4)より速く,-CH(・) -S - がただちにモノマーへ付加することで
る.
なお,ウレタン構造を含むアクリレートとメタクリレートは,環状炭酸エステル構造を含むモノマー
説明される.
と同様に重合が速いことで知られている 13).これらのウレタンジアクリレートを 2 枚の NaCl 板に挟む
か
(酸素を遮断)
,5% 酸素の雰囲気で NaCl 板上で厚さを変えて,DMPA を用いて紫外線照射で硬化した
-CH2 -S- + R・ → -CH(・) -S- + RH
(17)
場合の反応率―時間プロットを図 7 と図 8 に示す.
ブチルウレタンアクリレートの硬化では
(図 8)
,酸素による抑制が見られ薄くなるほど抑制は著しい.
-CH2-O- 基を含むモノマーの重合(硬化)では,酸素分子による抑制が小さくなることは図 6 ですでに
脂肪族ウレタンジアクリレートで(図 7)
,厚さの減少で抑制が見られるが 50 μm では反応率の低下は
示した.
これに関連し,二重結合はもたないが-CH2 -O-基を多数含むポリエチレングリコールやポリプロ
小さい.
開始速度は同じであるから,ほぼ一定値に達した反応率で比較すると,脂肪族ウレタンジアクリ
ピレングリコールを少量添加すると,DDA の重合
(空気中,ジメチルフェ=ルアセトフェノン
(DMPA)
レート硬化における抑制はブチルウレタンアクリレートの約 1/3 であるといえる.
これらより,
モノマー
増感)で重合速度の明らかな増加が認められ,スキーム 1 とスキーム 4 で生じる低活性な ROO・の活性
の高粘度ならびに架橋構造の生成が重合系の酸素量を下げるため抑制が小さくなると考えられる.
― 12 ―
― 13 ―
O
O
O
O
O
N
H
O
R
O
ブチルウレタンアクリレート
O
O
N
H
R
N
H
O
O
R
O
脂肪族ウレタンジアクリレート(Ebecry8402)
5. 厚さによる反応率の違い
物質に光を照射した際に散乱が起こるが,分子振動によって入射光とは異なる振動の散乱光も生じ
る.ラマンスペクトルはこの散乱を利用する.ラマン散乱は入射光と同じ振動数の散乱光よりずっと弱
いが,レーザーを光源とし入射光を強くすることで分子レベルの構造解析に利用することができる.
入射光との波数の差としてラマンスペクトルが得られる.モノマーの重合による消費は,Bis-
1.0
GMA/TEGDMA 共重合では CH2=CC(O) 結合による吸収(1640 cm-1)の Bis-GMA の芳香環による吸
NaCl 板(2 枚)
収(1609 cm-1)を基準として吸収強度で求めることができる.赤外吸収スペクトルと波数は同じである
0.8
が,スペクトルの得られる原理はまったく異なる.赤外吸収スペクトルは振動エネルギーの吸収による
50μm (NaCl 板上)
振動準位の励起で得られ,ラマンスペクトルは既に述べたように散乱に基づいており,入射光の一部が
0.6
反応率
試料の原子を振動させて散乱光の波長が変化することで得られる.
ブチルウレタンアクリレート
板状試料を透過光で観察すると,試料の厚さ方向のスペクトルの違いは平均化される.しかし,
「共焦
点」ラマンスペクトルでは,焦点があった部分だけ散乱光を検出することができスペクトルが得られ
0.4
る.
「共焦点」とは,点光源から出た光が検出器の一点に集まる状態をいい,レーザー光源を用いると理
25μm (NaCl 板上)
想的な点光源であり高強度の特徴が活かせる.一定の距離(深さ)に焦点をあわせてスペクトルを測定
0.2
すれば,厚さのある透明な試料であれば異なる深度のスペクトル測定が実現する(図 9).共焦点ラマン
6μm (NaC l 板上)
分光法は空間的な分解能と感度をもつ非襲性の唯一の方法であるが,試料の反射と干渉による空間的
0
0
20
40
60
80
な感度低下に留意が必要である.
重合時間(秒)
図7 ブチルウレタンアクリレートを2枚のNaCl 板の間 ( ) あるいはNaCl板上に広げた50 ( ),
25 ( ) および 6 μm ( ) の厚さで硬化した場合の反応率-時間プロット(5%の酸素雰囲気,
2.0 wt% DMPA, 20 mW/cm2)
ピンホール
反射光
1.0
NaCl 板(2 枚)
0.8
対物レンズ
50μm (NaCl 板上)
25μm (NaCl 板上)
反応率
0.6
0.4
焦点があう
脂肪族ウレタンジアクリレート
試料
0.2
焦点があわない
図9 共焦点ピンホール
0
0
10
20
30
重合時間(秒)
図8 脂肪族ウレタンジアクリレートを2枚のNaCl 板の間 ( )あるいはNaCl 板上に
広げた50 ( )および 25μm ( ) の厚さで硬化した場合の反応率―時間プ
ロット(5%の酸素雰囲気, 2.0 wt% DMPA, 20 mW/cm2)
― 14 ―
Bis-GMA/TEGDMA (1 : 1 mol/mol) 混合物を,
(1)CQ (0.3 wt%) とメタクリル酸 ,
- ジメチルア
ミノメチル (DEAMA,0.7 wt%) を加えて可視光照射,
(2)過酸化ベンゾイル(BPO)(0.5 wt%) を加え
て 120℃に加熱および(3)BPO (0.5 wt%) を加えてマイクロ波照射の3種類の開始方法で硬化し,反
応率測定が行われている.その結果は図 10 と図 11 の通りである 14).
― 15 ―
の酸素が消費されても新たな供給が少ないことを意味している.
1.0
(1)可視光硬化
(1)による開始では図 11 に示すように,重合による発熱のため最高温度は 85 ± 3℃まで上昇する.
また,加熱による硬化(2)では温度は次第に上昇し最高では 138 ± 7℃に達する.マイクロ波照射(3)
0.8
では 30 ~ 40 秒以内で 100 ± 30℃に到達する.
(2)と(3)では,重合中に温度が 80℃以上になるため,
(2)熱硬化
成長ラジカルと酸素分子の反応(反応 (16a) と (16b))で生じた過酸化物の分解による開始が寄与し,反
反応率
0.6
応率は深さによらずほぼ一定となる.
(1)による硬化では,重合による温度上昇が少なく過酸化物の分
(3)マイクロ波硬化
解温度に達しない(最高温度 < 100℃).このため,酸素による抑制の影響が残るが,
(1)で重合した後
0.4
に 100℃以上に加熱すると含まれる過酸化物の分解が起こり,レジンの化学組成を変えることなく酸
素による抑制の影響で低くなっていた反応率を高めることができる.
0.2
図 12 には,重合混合物の加熱による粘度変化を示す 14).Bis-GMA/TEGDMA 混合物の室温での粘度
は,Bis-GMA 含有量が多いほど高くなる.モノマー混合物を加熱すると,60℃以下では温度上昇で粘度
0
0
10
20
30
40
50
は低下するが過酸化物の分解は起こらず,100℃以上での粘度増加は過酸化物の分解で開始される重合
が進んだことを示す.モノマー混合物の組成により粘度の上昇程度が違うのは,生成した過酸化物の分
深度(μm)
解速度と酸素中心ラジカルに対するモノマーの反応性(付加反応性の差は小さく,側鎖置換基からの水
図10 Bis-GMA/TEGDMA(1/1 mol/mol)レジン硬化における深度による反応率の変化
(1)可視光硬化(0.3 wt% CQ, 0.7 wt% DEAMA)
( ),(2)加熱(BPO, 120℃)
( )
および(3)マイクロ波照射(BPO)
( )で開始
素引抜き反応性に差がある)の違いが反映されているのであろう.
フィラーを含む組成物では,フィラーによる酸素拡散の妨害,フィラー表面への酸素の吸着,フィ
ラー表面での酸素の移動など新たな現象の影響を考えねばならない.フィラーを含まない場合の重合
結果(図 10)と比較して,図 13 ではフィラーが < 30 wt% までは大きな差はない.酸素分子の影響を
160
受ける表面から近い領域と影響のない領域の境界は,フィラー含有量が < 30 wt% でも 15 μm であ
る.フィラーが 40 wt% 以上含まれると抑制の限界が浅くなるが,粘度増加による酸素拡散の抑制より
フィラー表面の速い拡散の寄与が大きくなると考えられる.
120
温度(℃)
(2)熱硬化
100
80
80
粘度(P a・s)
(3)マイクロ波硬化
40
(1)可視光硬化
0
0
200
100
[Bis-GMA]
60
= 20%
50%
40
66%
300
時間(秒)
図11 Bis-GMA/ TEGDMA(1/1 mol/mol)レジン硬化における表面近くで測定した温度変化
(1)可視光硬化(0.3 wt% CQ, 0.7 wt% DEAMA)
( ),(2)加熱(BPO, 120℃)
( )
および(3)マイクロ波照射(BPO)
( )で開始
20
80%
0
20
60
100
140
180
温度(℃)
図12 フィラーを含まないBis-GMA/TEGDMA混合物の加熱による粘度変化
図 10 に示すように,
(1)では表面から 15 μm 以上離れると反応率は約 0.9 に達し一定となるが,
15 μm より浅いと表面に近いほど酸素分子の拡散が多いため反応率は低下し,表面では 0.3 と低くな
る.このことから,酸素で抑制される領域と酸素分子の影響がない内部の境界が表面から 15 μm であ
るといえる.境界の反応率約 0.7 の CQ 濃度による変化はないが,これは表面から離れるとモノマー中
― 16 ―
― 17 ―
酸素の拡散量は
(18)
式で表される.
1.0
酸素拡散量 = ( /2)2/
反応率(%)
0.8
ここで, は拡散の距離,すなわち試料の厚さ
(大気にさらされている表面からの深さ)
であり, は拡散
50 wt%
0.6
定数である.
酸素の拡散定数を~10-6 cm2/s とすれば,厚さが 10 μm の試料で厚さ方向全体に拡散する
40 wt%
のに要する時間は 0.25 s であるが,厚さが 100 μm になると 25 s と得られる.
したがって,試料全体に
30 wt%
0.4
ついて酸素の影響を考える際に厚さは考慮すべき重要な因子であることがわかる.
20 wt%
厚さの異なる試料を作成して,紫外線照射
(増感剤に DMPA を使用し,365 nm を照射)
による硬化が
0 wt%
0.2
(18)
行われている.
フィルムの厚さが増すと,酸素の影響を受けない深部での重合が寄与し,初期速度も到達
16)
反応率も増加する
(図 14)
.
しかし,硬化後の試料の均一性は低下する.
また,紫外線強度を増し開始を
速くすると,
(1)
式で予測されるように酸素の消費が速くなる結果,抑制が低減し重合速度ならびに反
0
0
10
20
30
40
50
深度(μm)
図13 フィラー(SiO2)
(0, 20, 40 および50 wt%)を含むBis-GMA/TEGDMA (1/1 mol/mol)の
CQ/DAEMA 可視光照射重合における表面からの深度による反応率の変化
応率を高めることができる
(図 15).
この図で開始が最も速い場合
(照射強度 = 50 mW/cm2)
でも,同じ照
射強度の酸素不在下での硬化よりずっと遅く到達反応率も明らかに低い.
また,硬化の際に試料が接し
ている雰囲気中の酸素濃度が増すと,
初期の硬化速度は低下し同時に到達反応率も低下する
(図 16)
.
0.5
このようにいくつかの因子が同時に影響し,フィラー含有量が限度以上では抑制の及ぶ深さを減らす
が内部の反応率も低下させることがわかる.
なお,共焦点ラマン分光法で求めた試料の深さ方向の反応
45 μm
0.4
率測定の結果では,試料を表面に垂直に切った試料片の顕微鏡観察により求めた反応率は浅い範囲(80
市販のコンポジットレジン(主成分は Bis-GMA,TEGDMA,フィラーなど)を,円筒形容器(直径 4
mm,深さ 10 mm)
内で表面をポリエステルフィルムで覆って光照射により重合後,表面に垂直に中心を
切断して試料を作成しフーリエ変換顕微赤外吸収スペクトルにより反応率が求められている 15).その結
果,
次のような結論が得られている.
反応率
~ 90 μm)
でよく一致する.
0.3
35 μm
0.2
25 μm
0.1
1)
表面から約 1 mm の深さまでは,深さが増すほど反応率は増加し,さらに深くなると反応率は低
下し一定となる.
しかし,変化の詳細は製品により異なる.
なお,図 11 と図 13
(フィラー 50 wt%
以下)
では表面から 15 μm 以上離れると< 50 μm の深さまでは反応率の変化はない.
2)照射時間が長くなると最大反応率が高くなるが,変化がない場合もある.
3)空気中の酸素分子による抑制は,いずれの製品でも表面から約1 mm の深さまで認められる.
4)反応率とヌープ硬さとの比例関係はどの場合にも認められる.特に,無機フィラーの含有量が高
いコンポジットレジンでは反応率のわずかな差が硬さに大きく影響する.
0
0
0.2
0.4
0.8
1.0
硬化時間(分)
図14 厚さの異なる試料(ヘキサンジオールジアクリレート)の反応率と硬化時間の関係
O2 = 0.21 atm, DMPA = 0.2 mol/L (5 wt%), 光強度 = 50 mW/cm2
1)
~4) の特徴は,
図 10,
図 11 および図 13 の結果と必ずしも一致しないが,
試料の大きさ
(厚さなど)
に著しい違いがあることも一因と考えられる.
酸素はラジカル重合の活性種と直接反応するから,レジン硬化の条件が変われば酸素の効果の程度も
変化する.
アクリレートあるいはメタクリレートに含まれる酸素の平衡濃度は~10-3 mol/L であり(表1
参照 ),このすべてが消費されないと十分速い重合とはならないであろう.
したがって,フィルム状ある
いは板状で光照射重合する場合には,フィルム厚,溶存酸素量,開始
(ラジカル発生)
速度などの影響が硬
化条件により異なる.
― 18 ―
0.6
― 19 ―
1.0
6. バリアー材の有効性
50 mW/cm2(酸素不在)
0.8
酸素の影響を排除するには,真空中,不活性雰囲気(窒素あるいは二酸化炭素)あるいはフィルムによ
る表面被覆で硬化を行い,ラジカル重合の開始および成長の活性種が反応して活性を失うのを防ぐ.な
0.6
反応率
お,二酸化炭素は空気より高密度であるから,上部を解放した容器内で不活性雰囲気での作業ができ
る.ここでは,フィルム(酸素バリアー材)を用いる場合を例にとり述べる.フィルムの材質には,酸素
0.4
(気体)透過性の低いことが求められる.酸素透過性は一定時間後に膜を透過した酸素量から求め(図
50 mW/cm2
17),気体透過係数 ( ) は(19)式で定義される.
0.2
1 mW/cm2
25 mW/cm2
= 気体透過量(体積)× フィルムの厚さ/(透過面積 × 時間 × 圧力差)
(19)
0
0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
硬化時間(分)
の単位は,たとえば cm3 (STP)cm/(cm2・s・Pa) であり,cm3 (STP) は 1 気圧で0℃における気体の体
積を表す.
図15 照射光の強度を変えた場合のヘキサンジオールジアクリレートの反応率と硬化時間の関係
O2 = 0.1 atm, [DMPA] = 0.2 mol/L (5 wt %), 厚さ = 12 μm
透過膜
透過膜
1.0
酸素不在
0.8
1%
(A)
0.6
(B)
(A)
(B)
反応率
5%
図17 気体の膜透過((A)から(B)へ)
0.4
10%
いくつかのポリマーの酸素透過についての
0.2
21%
値は表 3 の通りであるが,歯科レジン硬化での使用を
考えると候補となるポリマーは限られる.なお,表 3 の
は 1.013 x 105 Pa で cm3 cm/(cm2 s Pa) を単
位とする値であり,値が大きいほど酸素透過が容易である.
0
0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
特許では,ポリビニルアルコール(PVA)
,ポリエチレングリコール,セルロース置換体などがバリ
アー材に使われている 18) -27).ペースト状の物質をそのままレジン表面に塗布する場合と,ポリマーを溶
硬化時間(分)
液で塗布し乾燥によりレジン表面に塗膜を生成する場合がある.バリアー材で,大気からのレジンへの
図16 酸素濃度の異なる雰囲気下での反応率と硬化時間の関係
光強度 = 50 mW/cm2, [DMPA] = 0.2 mol/L (5 wt %), 厚さ = 12 μm
酸素の供給を断てば抑制は低減するであろう.なお,ポリマーはモノマー単位に接頭語である「ポリ」を
つけて示しているが,PVA の繰り返し単位に相当するビニルアルコール(CH2 = CHOH)は存在せずア
セトアルデヒド(CH3CH = O)となる.したがって,PVA はビニルアルコールの重合ではなく,安定に存
このように,硬化過程に関しては試料厚さと酸素濃度の影響が著しいが,不活性気体であるアルゴン
在する酢酸ビニルの重合で得られるポリ(酢酸ビニル)
(-[CH2CH(OCOCH3)]-n)の側鎖を加水分解して
雰囲気
(
合成する.
O2
= 0)
で作成したフィルムと比較して,酸素存在下
(
O2
= 0.21)
で得たフィルムの機械的性質に
は差はない.
このことは,重合性二重結合と比べて酸素の濃度ははるかに低く,重合活性種と直接反応す
ることで重合速度への影響は大きいが,架橋構造に明らかな影響を与えるほどではないことを示してい
る.
― 20 ―
― 21 ―
ない場合よりも着色は少なく効果が認められる.光照射で硬化後の加熱でさらに着色が低下するのは,
表3 23℃におけるポリマーフィルムの酸素透過係数17)
ポリマー
温度(℃)
すでに述べたように成長ラジカルと酸素の反応(反応 (16a) と (16b))で生成した過酸化物が分解し残
x 1013 (cm3 cm/cm2 s Pa)
存二重結合の重合を開始するためであろう.
PVA
23
0.00006
ポリ(アクリロニトリル)
25
0.00015
ポリ(塩化ビニリデン)
30
0.00383
ポリ(テレフタル酸エチレン)
25
0.044
ポリ(塩化ビニル)
25
0.034
重合方法
バリアー材の種類
ポリ(メタクリル酸メチル)
34
0.116
高密度ポリ(エチレン)
25
0.3
ポリ(酢酸ビニル)
30
0.367
ポリ(スチレン)
25
1.9
低密度ポリ(エチレン)
25
2.2
ポリ(テトラフルオロエチレン)
25
3.4
光照射
光照射・加熱
光照射
光照射・加熱
光照射
光照射・加熱
なし
なし
PVAc)
PVAc)
PVA + 0.5%CQd)
PVA + 0.5%CQd)
表4 ハイブリッドレジンの硬化におけるフクシン着色で
評価したCQ含有バリアー材の効果
バリアー材の効果と評価について,試作ハイブリッド型コンポジットレジン(山本貴金属地金株式会
ΔEa,b) (n = 3)
72.5
69.4
61.5
37.6
32.8
29.4
(2.0)
(1.4)
(1.3)
(0.8)
(1.0)
(1.3)
a ) 白色背景と黒色背景の平均値から計算
b ) ( ) の値は標準偏差
c ) {(PVA 22.5%,
水 46.5%,エタノール 31.0%)} 溶液
d ) {(PVA 22.5%,
水 46.5%,エタノール 31.0%) + CQ 0.5 wt%} 溶液
社)28) の硬化に PVA を用いる場合について述べる 29).酸素による重合の抑制はレジン表面が最も著し
いから,フクシン着色で比較した表面の重合程度でバリアー材の有効性がわかる.メタクリル酸エステ
PVA の水 / エタノール溶液に少量の CQ を加えてフィルムを作成すると,バリアー材としての効果
ルとフィラーを主要成分とする硬化前のハイブリッドレジン表面に,PVA 水溶液を塗布すると,濡れ
が顕著に増加する.この溶液を用いた場合,光硬化後に加熱してもΔE の低下は少ない.これは,光硬化
がよくないため乾燥後のフィルム厚を均一にすることができない.均一な PVA フィルムが得られな
の際のバリアー材効果が大きく過酸化物の生成が少ないためと考えられる.CQ を含む PVA 溶液にア
ければ,フィルムの薄い部分では酸素の透過量が多くなりレジン表面に重合が抑制された部分が残る
ミンが溶出し(図 19),乾燥後のフィルム内に光照射で発生したラジカルが酸素と反応し,レジンへの
ことになる.PVA はエタノールを含む水にも溶解するから,エタノールを加えた水溶液にすると濡れ
酸素の拡散を効果的に遮ることができる.
は改善されるが,エタノールが多すぎるとレジン表面からモノマーの溶解が起こる.このため,エタ
ノールを含む溶液組成の最適化が必要である.その際,溶液の筆による塗布を想定し,均一な塗布のた
可視光(470 nm)照射
めに溶液粘度についても考慮する.
PVA + CQの
水/エタノール溶液
DEAMAの溶出
R
PVA 溶液筆塗り
R
R
R
乾燥(自然)
メタクリル酸エステル,CQ,DEAMA,フィラー
重合後,塗膜水洗除去
フクシン着色
測 色
図18 バリアー材効果の評価
図19 レジンからPVA溶液へのアミン溶出と可視光照射によるラジカル(R・)の発生
なお,表 4 で
((PVA 22.5%,水 46.5%,エタノール 31.0%) + CQ0.5 wt%)から作成したバリアー材を
用いて光照射・加熱重合しても,ΔE = 29.4 となり二重結合の残存を示す.これは,ジビニルモノマー
このようにして組成を決定した PVA 溶液を用いて,試料表面に塗布して自然乾燥でフィルムを形成
の重合では,側鎖となった未反応二重結合ばかりでなく成長ラジカルの運動性も架橋構造により大き
後,硬化したレジンのフクシン着色を行う.図 18 には,バリアー材効果を評価する手順を示す.未反応
く低下し反応が進まなくなり,二重結合についての反応率は 100%とはなり得ないためであり,酸素に
の二重結合の残存が多いほど赤紫着色の程度は増し濃くなるから,着色の程度を色差計で測定し色差
よる抑制が原因ではないと考えられる.
(ΔE)で表し表 4 に示す.
ΔE 値が大きいほど,着色が強く二重結合の残存が多いことを示すから,バリアー材が有効であり高
重合率に達すればΔE 値は小さくなるはずである.PVA のみを含む溶液を使用しても,バリアー材の
― 22 ―
― 23 ―
7. おわりに
《参考文献》
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今回は,歯科用修復材としてのレジン硬化における酸素の影響を取り上げた.
成長ラジカルと酸素の
反応ばかりでなく,光照射による開始では励起状態あるいは励起が酸素の影響を受けるなど,複雑であ
り定量的な解析は容易でないから結論を急ぐべきではない.
バリアー材についても,効果の比較はでき
るが,効果発現の詳細には言及できない.
このように限界はあるが,本稿は酸素の影響についての理解と
考察に有用であろう.
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18) 園田博文 , 原 不二雄 : スリーエム , 照射硬化性組成物の重合に用いる水性酸素遮断組成物 . 特開
平 9-241304.
19) 岡田浩一 , 日野憲一 : クラレ , 重合硬化性レジンの表面被覆剤 . 特開平 8-268827.
20) 宮本了一 , 中林宣男 , 佐竹俊郎 : 三井石油化学,ニッシン , 硬化性樹脂の硬化方法 . 特開昭
58-201628.
― 24 ―
21) 宮本了一 , 中林宣男 , 佐竹俊郎 : 三井石油化学,ニッシン , マスキング剤 . 特開昭 59-36604.
22) 山下 敦 , 小村育男 , 山内淳一 : クラレ , 歯科用レジンの表面被覆剤 . 特開昭 59-134705.
23) 山下 敦 , 小村育男 , 山内淳一 : クラレ , 歯科用レジンの表面被覆剤 . 特開昭 63-37082.
24) 小栗 真 , 藤波恭一 , 石田会美 : トクヤマ , 歯科用酸素遮断材 . 特開 2004-284969.
25) 石川勝由 , 石橋正也 , 高田昌広 : 三金工業 , 歯科用レジンの表面被覆剤 . 特開昭 62-5.
26) 日野憲一 : クラレ , 酸素遮断剤 . 特開平 4-169510.
27) 相澤将之 , 石田会美 : トクヤマ , 歯科用組成物 . 特開 2000-12872.
28) 星川 武 , 宮崎 愛 , 加藤喬大 , 安楽照男 : 山本貴金属地金株式会社 , フィラー,該フィラーを用い
た複合レジン,及び該複合レジンを用いた歯科補綴物 . 特開 2005-263648.
29) 井上裕介 , 山田文一郎 : ハイブリッド型コンポジットレジンにおけるエアバリアー材の開発- カ
ンファーキノンを添加したポリビニルアルコールの性能評価 . 日歯技工誌 , 30: 72-77, 2010.
《著者主な研究業績》
1. Yamada B, Zetterlund PB,“General chemistry of radical polymerization”
. In
, Matyjasewski K, Davis TP, eds, Wiley-Interscience, New York, 2002, pp.
117-186.
2. Yamada B, Zetterlund PB, Sato E, Utility of propenyl groups in free radical polymerization:
Effects of steric hindrance on formation and reaction behavior as versatile intermediates.
31: 835-877, 2006.
3. Kubota N, Kajiwara A, Zetterlund PB, Kamachi M, Treurnicht J, Tonge MP, Gilbert RG,
Yamada B: Determination of the propagation rate coefficient of vinyl pivalate based on EPR
quantification of propagating radical concentration.
208: 2403-2411,
2007.
4. McHale R, Carroll WM, Aldabbagh F, Yamada B, A study of efficient synthesis and
copolymerization of polyacrylic acid and polyacrylic ester macromonomers: Manipulation by
steric factor.
206: 2054-2966, 2005.
《著者職歴》
昭和40年 4月 大阪市立大学工学部応用化学科助手
講師,助教授を経て
平成 6 年 4月 大阪市立大学工学部教授
平成13年 4月 組織替えにより大阪市立大学大学院工学研究科教授
平成14年 4月 大阪市立大学大学院工学研究科科長
平成16年 3月 定年退職,大阪市立大学名誉教授
平成16年 7月~平成17年 6月 アイルランド国立大学ゴールウェイ校化学科教授
(アイルランド国立科学財団)
平成19年 3月 山本貴金属地金株式会社 歯科材料開発部理事
平成22年 1月 組織替えにより 山本貴金属地金株式会社 歯科材料部理事
ラジカル重合による高分子生成過程の研究,新規アクリルモノマーの合成と重合挙動に関する研究,
ESRによる重合活性種の検出と定量の研究などに従事
《高分子技術レポート 既刊》
Vol.1
Vol.2
Vol.3
Vol.4
Vol.5
歯科材料モノマーの重合-ラジカル重合の基礎(2009年10月)
歯科材料モノマーの重合-ラジカル重合の基礎(2)(2010年2月)
歯科材料モノマーの重合-修復材モノマー(1)(2010年3月)
歯科材料モノマーの重合-修復材モノマー(2)(2010年7月)
歯科材料モノマーの重合-酸素の影響(2011年8月)
編集者 安楽 照男
発行者 山本 隆彦
印刷所 小西印刷所
発行年月日 2011年8月30日
本 社 〒543-0015 大阪市天王寺区真田山町3番7号
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ISO 9001/13485
ISO 14001
認 証 取 得
認証範囲
本社及び高知工場
QAIC/JP/0455
認証範囲:高知工場
営本 20110830